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生産様式・労働様式・生活様式
成 瀬 龍
夫 は じ め に 生活様式の概念は,人間の生活過程にかかわる経済的諸範疇の包括的概念と して,また生活過程の歴史的階級的性格を明示する概念として,生活過程研究 における必要不可欠な概念である。にもかかわらず,生活様式の概念は,これ までしばしば生産の消費に対する一般的規定性や生産様式の概念の包括的規定 性,あるいは生産関係的規定(資本家と労働者の生活様式の階級的な区別)の うちに解消され,生活様式それ自体の定義,さらにまた生産様式と生活様式と の関連について明確に把握されることは必らずしも十分ではなかった。 「生産様式の発達・変化はそれとともに交換(流通),分配,そして消費の 様式,生活様式をかえる」といわれるが,今日の研究課題としてもとめられて いるのは,生産様式の生活様式に対する一般的抽象的な規定性の確認だけでな 1) 中村静治『生産様式の理論』青木書店,1985年,100ページ。 中村は,同著のなかで,生活様式に関して次のようにのべている。 「生活様式とはたんに衣食住の様式だけのことではない。家族形態から恋愛の仕 方,結婚式や求愛の仕方まで含む日常生活百般の人々の生活のありようのことであ る。この生活様式が,結局のところ労働過程で労働手段が機能する特殊な仕方,簡単 にいって労働手段の変化とこれに規定された労働様式とによって変わっていること は,わが国では原始の昔にさかのぼるまでもなく,ほんの半世紀前まで,すなわち農 業が機械化されるまでは,それが当り前であった大家族制度,家父長制がエレクトロ ニクス時代といわれる今日に至って崩れ去り,核家族が一般化していることをみれ ば,多く語る必要はないであろう。ことわるまでもなく,こうした生活様式の変化 は,こんどは逆に交換・分配様式に反作用をおよぼし,それがまた生産諸力の運動 に,労働過程における労働と労働手段の結合の仕方にはねかえされる一方,入々の社 会的,政治的,精神的生活過程一般を制約し,それが社会的意識的形態を制約するこ とを通じて法律的・政治的組織を規定する。」(同上,100−101ページ。) 本稿は,生産様式の概念について同著から基本的な示唆を得ているが,ただし,同く,生産様式と生活様式とのあいだの諸矛盾や両者の相互関連,あるいは, 2) 「消費の諸様式の特徴を特定の生産様式への依存のなかで考察」する科学的ア プローチである。生活様式の階級的区別に関する議論も,生活手段の獲得形態 や分配関係の階級的相違だけでなく,特定の階級の生活様式自体の発達・変化 や,現代資本主義のもとで顕著になっている諸階級にまたがる消費関係や消費 様式の認識がもとめられているといわなければならない。 3) 生活様式の概念定義については,われわれはすでに以前の稿において検討 を試みた。そこで,本稿においては,生産様式と生活様式との諸関連,とく に生産様式の生活様式に対する規定性の具体的なかみの考察を行うこととす る。 1.生産様式の生活様式に対する規定性 物質的財の生産は,人間社会の発展の基礎をなしているが,この物質的財の 生産過程は,労働手段と労働する人間の一定の技術的結合関係(協業や分業, 機械的労働など)である生産力を内容とし,その枠組・形式として人間と人間 が生産において取り結ぶ社会関係一この社会関係は生産者と生産手段の結合 関係,就中生産手段の所有形態に基礎をおいている を意味する生産関係に よって制約されている。生産過程は,生産力と生産関係のこうした内容と形式 4) の不可分な一体性を具現している。 著の生活様式に対する規定は,きわめておざなりである。生活様式の変化が労働過程 における労働手段の発達や労働様式の変化に規定されるという把握は正当であるが, 生活様式研究の視点からいえば,生産諸力の発達・変化がいかに生活様式の発達・変 化を呼び起こすか,その関連の考察が必要である。また,生産様式の理論は軽視しが ちであるが,特定の生産様式が技術的にいかに生産を行なうかということと同時に, それがどんな生活手段を生産するかということも,生活様式の理論にとっては重要な 事柄である。 2) E.Preteceille and丁一P Terraii, Capitalism, Consumption and Needs,1985, p.65 3)拙稿「生活様式の概念」『彦根論叢』(滋賀大学)第222・223号,1983年11月目 4)生産力と生産関係に関する内容と形式の関係としての理解については,F・テーケイ 著,羽仁協子・宇佐美誠次郎訳『社会構成体四一マルクス主義歴史理論(1)一』未来 社,1977年,を参照。
生産様式・労働様式・生活様式 99 生産様式とは,生産過程における生産力の運動形態,あるいは「生産手段と らう 労働者との結合の仕方」のことである。しかし,いまのべたように,生産力の 運動はその生産関係的な枠組・形式と切り離すことが出来ない。ある社会にお いて,どのように生産するかはその社会の生産様式,生産力水準によって決ま るが,いかなる社会的形態,たとえば商品形態か否かといったことや,あるい は何をいかなる品質で生産するかといったことはその社会の生産関係,生産手 段の所有者の生産目的によって規定される。あるいはまた,労働過程のレベル でいえば,労働者がいかに配置されるか,工場内における機械体系とそれに対 応する労働者の配置といった労働の技術組織的な編成の問題は生産力に含まれ る問題であるが,労働者がいかに管理されるか どのような労働力が選別さ れ,どのような労働条件で充用されるか一ということは生産関係に属する問 題である。したがって,生産様式とは,より厳密に規定すれば,「生産関係内 ゆ 部における生産迫力の運動形態」すなわち一定の生産関係のもとで生産力が財 の生産のために編成・展開される仕方,ということになる。 以上のような生産様式の概念に対して,生活様式とは財の消費を通じての人 間の生命と労働力の生産・再生産の仕方のことである。あるいは人間の生命と 労働力の生産・再生産の単位である家族と生活手段との結合様式であるといっ てもよいであろう。生活様式もまた,生産関係のもとで基本的な制約を受けて おり,生活手段の所有や獲得,分配や利用において階級的な性格を帯びている。 自営小農民のように,生産手段として土地を所有するものはその土地生産物を すべてわがものとして自己の生活手段にしうるし,その一部を商品化し他の生 活手段と交換することも出来る。しかし,近代社会のプロレタリアートは,生 産手段も生活手段も持たない人間である。それゆえに,自己の労働力を他人 (資本家)に売り,それと引き換えに手に入れた賃金で他人(資本家)から生 活手段を商品として購入すること以外に生活手段の獲得方法を持ち合わせてい ない。生産関係は,人間の諸階級のあいだの生産手段の所有関係とそれに対応 5)申村静治,前掲,24ページ。 6) 中村静治,同上,24ページ。
した生活手段の所有や獲得・分配の関係を包括しており,生活様式に対して賃 労働者的,資本家的,あるいは農民的といった社会階級的規定性を与える。 ところで,以上のような生産関係は,生産における人間の社会的位置関係と それに規定される生活手段の所有・獲得・分配の形態や条件を示すものである が,生命と労働力の生産・再生産が営まれる家族の態様や生産される生活手段 の素材的内容,家族の生活手段に対する消費欲望等を具体的に規定するもので はない。生活様式のこうした具体的なかみ,その変化や発達を規定するのは生 の 産様式である。 生産様式の生活様式に対する規定の仕方は二様である。 一つは,生活手段の生産それ自身が同時に人間の消費対象や消費欲望,消費 生活技術を生産することによってである。マルクスは,『経済学批判への序説』 のなかで,生産の消費に対する一般的規定性について次のようにのべている。 「生産は,(1鞘費のために材料をつくりだすことによって,②消費の仕方を 規定することによって,(3)生産によってはじめて対象として生みだされる生産 物を欲望として消費者のうちに生みだすことによって,消費を生産するのであ る。それゆえ,生産は,消費の対象,消費の仕方,消費への衝動を生産するの ゆ である。」 この説明を現代の生活手段である自動車に適用するならば,自動車生産が行 われるようになって,われわれは自動車を新しい交通手段として利用対象にも つようになり,それとともにわれわれは自動車に対する利用したいという欲望 をもつようになり,また:その利用=運転技術をわれわれの新しい生活技術の一 つに加えるに至った。 7)生産様式の生活様式に対する規定的関係については,松原昭(「現代資本主義と生 活様式」『早稲田商学』第308号,1985年1月)や浜口晴彦(「現代ルーマニアの生活 様式論」『社会科学討究』第31巻第1号,!985年9月)によって重視されているが, そこで指摘されているのはもっぱら生産関係の生活様式に対する規定的関係である。 生産様式の生活様式に対する規定的関係は,概念的理解を含めて明確にとらえられて いるとはいい難iい。 8)K:arl Marx一一Friedrich Engels:Werke, Band 13.「経済学批判への序説」『マルク ス==エンゲルス全集』第13巻,大月書店,620ページ。
生産様式・労働様式・生活様式 101 生産様式の変化,労働手段の発達による生産諸力の発展は新しい生活手段を 次々と生み出すことによって入間の生活様式を変化させ,新たな生活様式を生 み出していく関係にある。とはいえ,先にのべたように生産力は生産関係によ ってその社会的枠組・性格が規定される。たとえば,自動車が,現代のもっと も高度な生産力の成果物でありながら,それが社会全体の合理的な利用計画と 無関係に商品として大量生産され,交通事故や環境破壊によって巨大な社会的 損失と社会的費用を発生させているのは,現代資本主義の生産関係の所産とい わなければならない。 生産様式の生活様式に対するもう一つの規定性は,労働様式の生活様式に対 する諸影響,すなわち労働過程が有する生活過程に対する時間的空間的,さら に因子連関的な諸関係によってである。人間の生活過程が労働過程といかなる 連関を有しているかは,労働による疲労とその回復の時間的方法的連関をみる だけで十分あきらかである。生産力の発展は,労働者の労働様式の変革を必然 的にともなうが,この変革はまた労働と生活のあいだの因子的連関を変化させ て労働者の生活様式にも波及する。たとえば,自動車生産においては,あとで ふれるように生産過程に新しい生産・労働様式(フォード・システム)が導入 されるとともに,この労働様式に労働者を適合させる新しい生活様式の創出が 促された。 以上のような労働様式の生活様式におよぼす影響,労働と生活の因子的連関 については,次節であらためてとりあげるが,その前に,まずここでのべた生 産様式の生活様式に対する規定関係を図1に示しておこう。 図1.生産関係・生産力・生産様式・生活様式の関係 階級・所有関係 , 一生鹸係→就業様式→分聯式\
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丁 労働力・労働手段豆.労働様式と生活様式 1.機械的労働様式が家族生活様式におよぼす影響 資本主義下の労働過程における労働者と労働手段の結合の基本的特徴をなす のは,機械的労働(1abour through machine)である。産業革命による機械的 労働様式の登場は,それまでの入力主体の労働様式の根本的変革をもたらすと ともに,入間の労働と生活のあいだに多様な過程的連関をつくりだすに至った (図2参照)。技術革新による機械的労働様式の変化や発展は,同時にまた労 働者の労働と生活の諸連関を変化させ発展させてきた。機械的労働様式と労働 者の生活様式との連関は,とりわけ次のような点において指摘される。 第1に,生産過程における機械的労働様式の展開は,婦人労働力の充用にと もなって労働者家族の生活様式に対するインパクト,とりわけその家事・育児 様式に対する作用をおよぼす。機械的労働は,労働力として成人男子のほかに 婦人・児童の充用を可能とさせたが,家庭内で主婦・母親として家事・育児労 働の担い手である婦人が職場労働の担い手に組み入れられると,労働者家族に おいてはただちに家事・育児様式の変更が必要とされる。この変更を可能にす るのは,主婦の手の労働や家族内の労働に代替する機械的生活手段や社会的生 活手段の創出と発達である。ただしその可能性は歴史的にいえば,家事労働手 段が道具の段階にあり,社会的な育児施設などもほとんど未発達であった19世 紀の時代にはまったく限られたものであった。そうした労働者家族の母親の就 労に見合った家事・育児様式が発展するのは20世紀以降,とくに第2次世界大 図2 労働過程と生活過程の連関 一労働力 労働過程=(機械的)労働様式一
労働条件償働欄翻→生醐
→(婦人)家事,育児一 一技能熟練 →教育,職業訓練 一 一労働の強度・密度→睡眠,栄養,余暇 一 一労働災害 →傷病 m 一賃金 一一〉消費購買カ 一 一一・・カ活過程生産様式・労働様式・生活様式 103 戦後である。それは,耐久消費財のような家事労働負担を大幅に軽減する機械 的生活手段が普及したこと,社会的共同消費手段として育児施設が大量に整備 されるようになったことが背景にある。 第2に,機械的労働様式のもとでは,労働過程における労働者の疲労すなわ ち労働力の消耗と生活過程におけるその回復とは,いくつかの緊密な連関のも とに結びついている。まず第1は,時間的連関である。労働者は労働力の正常 な再生産のためには労働疲労を蓄積せずその日のうちに回復することが必要で ある。そのためには労働時間が適当な長さに制限されなければならない。もし 労働者の労働疲労が一定の結節点や限界を越えてしまうならば,労働生産性は 低下し労働災害や疾病が多発して労働力そのものが破壊されてしまうごとにな う る。機械的労働のもとでの労働時間の長さと労働時間中の労働疲労の程度,性 質は,労働者の1日の生活時間の利用配分や内容に基本的な影響を与える。エ ネルギー代謝率の大きな筋肉重労働や精神労働は,他の労働に比べて一般に疲 労回復時聞がより長くなる。労働者の生活過程で疲労回復のために必要とされ るもっとも基礎的な生活行為は睡眠であるが,睡眠時間は生活時間の中でその 長さが労働者自身のもっとも変更しがたい部分をなしている。もし労働時間が 延長され生活時間が短くなるならば,それに反比例して生活時間のより大きな 割合が睡眠時間に費やされる。現代の資本主義企業のようにオートメーション 機械化と3交替24時間フル操業体制が一般化している状況のもとでは,夜勤労 10) 働者にとっては睡眠の確保が家族あげての至上課題となる。 9) このことは,機械的労働が高度化した20世紀においては,産業界も一般に認めざる をえなくなったことである。とくに第1次大戦後になって,ヨーロッパでテーラー・ システムの能率主義への批判がたかまるなかで,イギリズ政府による産業疲労調査局 の設置(1918年)など,労働疲労防止のための公共的規制が展開されるようになつ た。(大田垣瑞一郎[産業発展と労働疲労]森五郎編『産業と労務』ダイヤモンド社. 1960年,101ページ。) 10)以下は,今日のわが国の自動車生産企業の夜勤労働者の妻が,夫の昼間の睡眠確保 のためにどんなに涙ぐましい努力をしているかを伝えるものである。 「子供が泣いたら外へ連れて出す」,「最初から子供をつれて近所へ出かける」,「夜 勤のときは子供を両親にあずける」,「夜勤のときは気がはっておこりっぼくなってお り,子供は小さくなっている」,「近所の子供がたくさん遊びに来るので追っ払う」,/
第2は,労働疲労の性質とその回復方法の質的連関である。労働疲労が筋肉 11) 的なものか精神的なものかによって,回復・休養の方法も変化する。機械的労 働の発展は,一方で労働者の肉体的な労働負荷の低減や危険・有害労働を減少 させてきたが,他方でその代りに精神的な労働負荷を増大させてきた。人間の 人力的作業における労働の強度の生理学的許容限界はエネルギー代謝率R・M ・R7といわれているが,機械化以前の段階においては,土建業の運搬・積込 み作業,製鉄業における圧延作業などは,しばしばこうした限界に達する重筋 肉労働であった。これらの作業は,機械化にともなって肉体的負荷が大幅に低 減してきた。しかし,機械労働のオートメーション化は,機械を具体的に操作 する労働を減少させる代りに監視作業といった感覚と抽象を主体とする精神・ 神経労働の増大をもたらしてきた。労働の精神的神経的性格が強まるに応じて, 12) 疲労も精神的神経的疲労の性格をもつようになる。現代社会で「オートメーシ ョン企業特有の疾病」としてノイローゼや胃潰瘍といったストレス性疾患が蔓 13) 延するようになったゆえんである。こうした精神的神経的疲労からの回復のた めには,精神的神経的な回復・休養の方法が必要である。次の一文は,戦後の わが国の製鉄業において,機械化にともない労働者の労働疲労の回復方法がい 「電話の使用はひかえる」,「テレビはつけない」,「夜勤すると夫の体重が1kg減るの で食事に気をつかう」,「夫が酒を飲んで寝るので飲みすぎを心配している」,「夜勤の ときはあれこれ気をつかうので本当に精神的にきつい」等々。 (立命館大学人文科学研究所『自動車工業労働者の労働と生活』同所紀要,第32号, 1981年3月。) 11)筋肉労働と精神労働の主な違いについては,労働科学の立場から次のように説明さ れている。 ①精神労働は肉体労働に比し一般にエネルギー消費が非常に小さく,その疲労でと くに栄養を大量にとる必要はない。 ②筋肉労働は体内のはたらきが活発になり,尿中の還元物資が増えるが,精神労働 にはそうしたことがない。 ③筋肉労働の疲労は精神労働に比して早く起こり,腰・眼・肩・大腿・足関節など が疲れやすいが,精神労働の疲労はやや遅れて起こり,肩・後頭・眼・背などに感 じゃすい。しかし疲労の回復は,筋肉労働の方が早く,精神労働の疲労は翌日にま でもちこまれやすい。 (細川汀『職業病と労働災害』労働経済社,1966年,63−64ページ。) 12)大田垣瑞一郎,前掲,106−108ページ。 13)石田和夫『現代企業と労働の理論』ミネルヴァ書房,1967年,116ページ。
生産様式・労働様式・生活様式 105 かに変化したかをよく示している。 「技術革新による機械化の範囲の拡大は,肉体労働の軽減をもたらす反面, 精神的緊張度を増大する。そこから生ずる疲労の質と量は従来とかなり異なっ たものであり,それに応じた休養とレクリエーションが必要となる。従来鉄鋼 業は,鮮場高熱作業といわれ,労働の疲労度も全産業中もっともいちじるしい ものの1つとされていた。休養とはまったくの休養,すなわち寝ることであっ て,飲酒による気分転換と睡眠がせいいっぱいという傾向にあった。体育施設 とか運動部があっても,それを利用するのは直接生産に従事する人々ではなく, 一部の職員とか研究・補助部門の人々だったようでもある。しかし,最近は, 世間一分前レジャーの活用とかレクリエーションばやりの影響もあろうが,そ れだけではなくて,体育・文化施設とか保養所・クラブといったものに対する !4) 要請がつよまってきている。」 労働時間短縮の方法として週休2日制や年次休暇,夏季休暇,あるいは家族 単位や職場集団でのレクリェーション,レジャーの盛行は,機械的労働が高度 化し精神・神経労働が広範な労働者のあいだにひろがるようになった20世紀の 産物である。 第3に,機械的労働は機械運転の規則性,反復性,持続性に対する労働者の 労働リズムの適応を要求する。労働者の生活過程は,こうした労働過程におけ る労働リズムへの適応に支障が生じないように営まれなければならず,精神的 肉体的な不調や撹乱要因の抑制と除去は,労働者自身によって生活過程で自覚 的にコントP一ルされなければならない。いいかえれば,機械的労働過程に対 する労働者の適応は,生活過程における労働者のモラルの必要性を生じさせる。 産業革命以来イギリスやアメリカ合衆国の産業資本家達が禁酒やピューリタン 的な道徳心,生活規律を労働者におしつけようとしてきた最大の理由は,こう した機械的労働様式に労働者の生活様式を適合させるためであったといってよ い。とはいえ,まだ19世紀には機械的労働の発展度合も低く,資本家の労働者 14) 日本鉄鋼連盟編『技術革新下の労働と労働法』日本評論新社,1962年,191ページ。
に対するモラル強制はごく限られた範囲にとどまるものであった。それに対し て,20世紀の独占段階以降機械的労働様式の高度化と労働過程へのテーラー・ システムやフォード・システムの導入による労働力の効率的利用が追求される ようになると,新しい労働様式に対する労働者の適応を確保するために工場内 はもとより工場外で労働者の生活様式に対する資本家の全面的なコントロール が展開されるようになる。 2.機械的労働様式が地域生活様式におよぼす影響 工場制生産下の機械的労働様式は,以上にのべたように労働者の家族生活様 式に種々の影響を及ぼすが,同時にまた機械的労働様式の普及と展開は地域社 会の生活様式に対しても根本的な変革を及ぼす。 地域社会における機械的労働様式の普及と展開は,機械的労働に従事する一 定の熟練・非熟練の労働者群の確保とさらにそれらの労働者の生活様式の面で の機械的労働への適応性を必要条件とする。こうした労働者群の確保や労働者 の適応性の確保は,地域社会構造や地域住民の生活様式に対して規定的な影響 をおよぼす一その代表的事例は企業城下町一一ことになる。しかし,既都市 化地域ではその影響は必ずしも常に目立ったものではない。他方,企業が農村 地域に進出し工場立地を行なった場合などにおいては,こうした労働者群の確 保や労働者の適応性の確保は地域社会の住民生活に対して構造的なインパクト を引き起こすことになる。 農村地域への企業進出や工場立地は,生産費用の低廉性とりわけ労働力費の 節約を主要動機として国内だけでなく国際的にも展開されるが,企業がこうし た農村地域で機械的労働様式に適応する労働力を確保するためには,その地域 の伝統的な共同体諸関係や生活様式を破壊し,資本主義的な雇用関係の形成と 15) 新しい地域生活様式の創出をはかることが必要とされる。 15)わが国の「高度経済成長」期には,機械的労働様式の普及や技術革新が労働者の生 活様式を含めて地域社会にいかなる影響をおよぼすかについて,地域開発問題やコン ビナート形成,オートメーションなどの問題を中心に研究調査(たとえば,日本人文/
生産様式。労働様式・生活様式 107 工場制の機械的労働様式が地域住民の生活様式に与える主要なインパクトと しては,以下のような点が指摘出来るであろう。 第1は,地域生活へのいわゆる「大工業の原理」の導入,すなわち機械的労 働過程のもつ時間的規則性や反復性が地域社会の住民生活全体に時間的な同期 性や律動性をつくり出すことである。地域社会の1日,1ケ月,1年の労働と 生活の時間配分の構造が,農業生産の自然的メカニズムから引き離されて,工 場制生産の機械的労働過程の生み出す時間的メカニズムに従うようになる。そ れによって農村農業地域で慣習的に存在して来た労働休日や亜熱帯地方での午 睡の習慣などは衰微し,機械制大工真下の労働日の諸規制に取って代わられる ことになる。 第2は,しばしば企業進出が農村地域社会に与える「近代的効果」と呼ばれ る消費構造の変化である。資本主義的企業の国内農村地域や国際的な「第3世 界」への進出においては,企業従業員の賃金と消費の関係が地域社会でデモン ストレーション効果を引き起こし,地域社会における住民の消費構造や消費生 活様式の変化の先導的役割を演じる。 第3は,地域社会における共同消費施設の導入とそれにともなう消費生活構 造の変化である。地域社会は,企業立地を受け入れるために道路や港湾施設, 水道,電力エネルギー施設といった産業用インフラストラクチュアの整備とと もに,工場労働者や企業従業員に対する住宅施設や学校,病院等の社会的機能 施設(social facilities)を確保しなければならない。こうした従業員・労働者 者用の施設の建設や整備は,進出企業の投資対象外として地域社会の負担にゆ だねられることが多いために産業用インフラに比して相対的に立ち後れる傾向 科学会『技術革新の社会的影響』東京大学出版会,1963年,さらに前掲の日本鉄鋼連 盟編『技術革新下の労働と労働法』日本評論新社,1962年,など参照)がなされてき た。「国際化」が叫ばれる最近においては,わが国企業の海外への生産基地移転の視 点からの研究調査(たとえば,吉岡雄一「工業化と地域社会変動」『総経研紀要』国 士館大学総合経済研究所,No.3,1985年)が増大している。 16)吉岡雄一,前掲,94ページ。
1マ) がある。しかし,地域住民の生活はこうした施設の整備を通じて共同消費過程 に組み込まれ,共同的消費生活様式を発展させていくことになる。 以上のごとく機械的労働様式の地域社会への普及と展開は,その地域社会の 伝統的共同体の空洞化や旧来の生活様式のスクラップ・アンド・ビルドの過程 として展開されるが,その過程は決してスムーズな生活様式の「近代化」を意 味するものではない。企業の国内農村地域への進出や多国籍企業の「第3世界」 への進出においてしばしば見出される現象であるが,現地雇用の非熟練労働者 の多くは通常きわめて低水準な賃金であるために,彼等の生活様式の都市的な 商品消費中心の生活様式への転換はかなり限られた範囲のものとならざるをえ ない。彼等は,一面では工場内の機械的労働に適応する職場生活様式や家族生 活様式をもちながら,他面ではまた伝統的な地域の共同体的生活関係への可能 lg) な限りの依存という,しばしば「二面的生活様式」をもっことが普通になる。 皿.独占資本主義と生産・労働・生活様式 資本主義経済は,19世紀末から20世紀の初頭にかけて自由競争の時代から巨 大企業による独占が支配する時代へと移行する。この過程やさらに第1次世界 17)わが国の「高度経済成長」期の初期において,当時の技術革新の最新の成果を結晶 化させたオートメーション工場の新設が従業員労働者の住宅や厚生福利施設の必要性 にいかに無頓着であったかについては,かつて東京大学社会学教室の調査レポート 「新設オートメーション工場の問題点」が,その実態をあきらかにしたことがある。 「調査の対象となった企業では,オートメーション工場の新設という事業に人的物 的エネルギーを傾倒していたが,それはもっぱら生産設備の問題に注がれ,工場稼動 の瞬間までそこで従事する労働者の生活の問題に関心が向けられることがなかったよ うである。……住宅問題,通勤問題食堂,休息所,物品販売所などの厚生施設につ いて,実際に労務者が工場で労働に従事する段階まで殆どといっていい程考慮されな かったのである。そのため工場稼動と共に,まず新規に採用した労働者を収容すべき 住宅問題に悩まねばならなかった。新規採用計画は住宅問題の解決一独身寮の建設 一をまって徐々に進められたのである。生産施設は完成したが,さて労働力を投入 しょうという時期に,労働者の収容施設の整備にテンポを合わせて労働力を投入して いかなければならない,というのはオートメ工場で起ったことだけに,いささか皮肉 な現象であった:。」(『労務研究』14巻11号,9ページ。) なお,この点に関しては,前掲の日本鉄鋼連盟編『技術革新下の労働と労働法』日 本評論新社,1962年,IXを参照。 18)吉岡雄一,前掲,103ページ。
生産様式・労働様式・生活様式 109 大戦を通じて,資本主義の生産力構造は大きく変化した。われわれは,次に, 生産・労働様式と労働者の生活様式の歴史的傾向,とりわけ独占段階における 両者の新たな関連について目を向けなければならない。 19世紀と20世紀を生産・労働様式の面で対比すれば,次のようないくつかの 基本的相違点が見出される。 (1)生産の集積と「新工場制度」の成立一作業場から大工場ヘー 小規模・小人数の作業場(workplace)から,数百,数千の労働者を擁iする 大工場へと変化し,工場が「建築様式の明確な一部門」として出現するように なった。 ② 生産手段生産型重工業から耐久消費財量産型重化学工業へ 「鉄と石炭」の時代といわれる19世紀は,消費財生産は繊維部門軽工業を主 体とし,重工業は野物業を中心とする生産手段生産型であった。20世紀は,こ れに対して「石油と自動車」の時代であり,自動車・家電などの耐久消費財の の 量産型重化学工業が新しく発達した。 (3)多品種少量生産から少品種大量生産へ 大量生産の展開は,工場内における大量生産技術の導入・普及の結果である が,同時にまたそれだけにとどまらなかった。巨額の機械設備投資を負担する 大企業にとって,投資費用の回収と高利潤の追求は19世紀的な少量生産方式か ら大量生産方式への移行を至上命令とさせた。いいかえれば,大量生産方式は, 一方では機械制大工業の技術的性格に根ざす本質的な発展の結果をあらわすも のであるが,他方それが20世紀に入って支配的となったこと,さらにまた大量 生産の価値的実現条件として大量消費の体制がワンセットで追求されるように なったことは,もっぱら独占の経済論理の産物にほかならない。 (4)労働力の「普通の管理」から効率的管理へ 19) D.Nelson, Managers and Workers:Origins of the New Factory System in the United States 1880−1920,1975.小林康助・塩見治人監訳『20世紀新工場制度の成立 一現代労務管理確立史論一』広文社,1978年,を参照。 20)榎本正敏編i著『現代資本主義の基軸』雄松堂出版,1984年,12一・13ページ。
19世紀の生産・労働様式は,多品種少量生産が主体で機械労働のレベルも低 く,労働過程はもっぱら熟練労働者の技能と知識,創意的な能力にゆだねられ ていた。生産過程からの労働力の効率的利用に対する要請は少く,この段階で は,資本の作業場内での労働者に対する管理はまだ「普通の管理」(テーラー) にとどまり,体系的な労務管理を展開するに至っていなかった。しかし,少品 種大量生産方式の登場や機械労働の高度化は,労働力に対する効率的利用への 要求を生み出した:。こうした要請に応えるものとして,1910,20年代にテーラ ー・ Vステム;「科学的管理」やフォード・システムが創出される。かくして 「技術の進展とともに管理の進展」(ブレィヴァマン)の時代が到来し,労働 の「合理化」を追求する企業内労務管理の体系が形成されるに至った。 今世紀においていち早く以上のような新しい生産力構造と大量生産・大量消 費体制を基軸とする巨大企業の資本蓄積様式を成立させたのは,アメリカ合衆 国であった。したがって,独占段階における生産・労働様式と生活様式の関連 も,1910,20年代のアメリカ合衆国においてもっとも明瞭かつ典型的なかたち で出現した。 アメリカ合衆国におけるこうした新しい生産・労働様式が労働者のどのよう な生活様式を出現させたかについては,以下のような3つの点を把握すること が出来るであろう。 第1は,新しい生産・労働様式に適合する労働者の生活様式の創出である。 19世紀においては,マルクスが「資本家は……安んじて労働者の自己維持本 能と生殖本能とに任せておくことができる」とのべたごとく,労働者の個人的 消費や生活様式に対する資本の具体的関心は皆無に等しいものであった。しか し,大量生産と機械労働の高度化のもとで労働力の効率的利用が要請されるよ うになると,生産様式と生活様式のあいだの矛盾が高まり,資本と国家は労働 21)H.Braverman, Labor and Monopoly Capital,1974.富沢賢治訳『労働と独占資本』 岩波書店,1978年,4ページQ 22)K:・Marx, Das Capital, Band L「資:本論」第1巻『マルクス・エンゲルス全集』 第23巻,大月書店,744−745ページQ
生産様式・労働様式・生活様式 111 者を労働過程に適応させるために労働力の再生産過程に介入し,特定の生活様 式の強制がなされるようになる。この過程が,もっとも典型的に現われたのが アメリカのフォード・システムである。それは,労務管理の外延化,すなわち 労務管理の範囲として作業場内での労働者の課業や生産性の基準設定にとどま らず,「管理」のなかに労働者の賃金と日常生活の管理まで取り込むものであ る。労働の「合理化」は,同時に労働者の生活の「合理化」の過程として追求 23) されたのである。 アメリカ合衆国では,さらにこうしたフォード型の産業資本家達の労働者生 活管理の試みは,労働者生活に対する国家的な統制やモラル強制を引き起こし た。その代表例が禁酒法である。「アルコールにたいする闘争」すなわち禁酒 は,グラムシが「産業のフt一ド・システム化に即応して,新しい型の勤労者 を成長させるのに必要な一条件」であったと指摘したように,産業資本家達に とって新しい生産方法に対する「勤労者の肉体的効率,その筋肉と神経の効率 24) の連続性を維持する」上で死活的重要性をもつものであった。しかし,資本家 の「私的イニシアティブ」や企業内労務管理によるその追求に限界があるなら ば,それは国家的イデオロギーへと高められ,「国家の仕事」となる。ピュー リタニズムやアメリカニズムに接ぎ木されたアメリカ合衆国における禁酒法の 23)森五郎「産業発展と労務管理」森五郎編,前掲,4−5ページ。 ベルト・コンベアによる新しい生産ラインを導入したフォード自動車会社では, 「利潤分配金」としての「1日5ドル制」の採用と同時に社会生活指導部が設置され, 監視隊による労働者の飲酒や欠勤の調査,改善の指導,社内預金制度,労働者の持ち 家促進のための法律相談,非英語国民の労働者に対する基礎英語教育の実施,職業訓 練,リフレーション施策などが推進された。これらは,前世紀の博愛主義的な福祉厚 生事業と異なり,薪しい生産・労働様式への労働者の積極的適応を確保するための生 活管理を目的とする福祉厚生事業の展開を示すものであった。これらの点について は,塩見治人『現代大量生産体制論 一その成立史的研究一』森山書店,1978年, 274−276ページを参照。 24)Opere Scelte di Antonic Gramsci III.山崎功監修・代久二編集『グラムシ選集 3』合同出版社,1962年,16ページ。グラムシは,彼の「アメリカニズムとフit・一一ド 主義」(1934年,『獄中ノー・一 b』)において,テーラー・システムやフォード・システ ムによる新しい生産・労働様式と労働者の生活様式の関係,労働者の生活様式に対す る資本と国家のイニシアティブや介入の意義を考察している。
制定は,こうした背景でなされたものである。 第2は,大量生産・大量消費体制への労働者生活の包摂,すなわち大量生産 方式に適合した労働者大衆の大量消費様式の創出である。 大量生産の価値実現条件としての大量消費は,もはや中産階級や資本家階級 の消費の拡大だけに依存するわけにはいかないものである。それは,前世紀的 な消費の階級的パターンの違いをある程度打ち破り,一般労働者大衆の消費市 場の大規模な拡大を要請した。しかし,前世紀的な労働者の所得と消費の低位 均衡を打破して大量消費を実現するためには,一方で労働者大衆の主観的な消 費購買動機と,他方で労働者大衆の客観的な消費購買能力を改革することが不 可欠である。前者の消費購買条件の改革,所得分配の水準や様式を基本的に変 更せずに労働者大衆にまで大量消費を実現する方法としてアメリカ合衆国で導 入されたのは,自動車等の高額な耐久消費財に対する消費者信用である。同じ く合衆国において後者の消費者大衆の主観的な消費購買動機の組織的で系統的 な改:革の方法として展開されるようになったのは,企業による大量宣伝広告を 中心とするマーケティングである。 第3は,大量生産・大量消費体制と自動車等の交通手段による新たな地域生 活様式の創出である。 19世紀の都市化は工業都市形成を中心とするものであったが,20世紀には人 ロが100万を越え,大量生産・大量消費体制に立脚する大都市の形成やモータ リゼーションが新たな都市化と都市生活様式の創出を促した。伝統的な農村生 活様式の衰退が激しくなる一方で,大都市の生活様式は住民の社会生活様式と してもはや決定的な比重と意義をもつに至った。またそれと同時に,20世紀の 都市化と都市生活様式は,モータリゼーションと住宅の工業的大量生産の発達 を背景に,郊外化と郊外生活様式を大規模に発達させるようになったことも基 本的な特色の一つである。 以上のごとく資本主義の独占段階において顕著になったことは,新技術とそ のもとでの労働力の効率的利用の追求はたえず新しい労働様式を生みだし,こ の新しい労働様式に労働者を適応させるため労働者の生活様式に対する資本や
生産様式・労働様式・生活様式 113 国家の積極的な関与が行なわれるようになったことである。新しい労働様式へ の労働者の適応を確保するためには,文化的伝統や家族と地域社会の慣習的な 生活意識や生活環境など労働者の旧来の生活様式を徹底的に解体・破壊し,そ の上で新しい生活様式を労働者に強制することが必要である。 「新しい生産様式への労働者のはっきりした順応は,それ以外のすべての生 計の道の破壊・労働者階級のために通常の生活水準をある程度高めることを許 す賃金交渉の決定・資本主義的な近代生活の網の目を張りめぐらして最終的に 25) 他のすべての生活様式を不可能にしてしまうことから生ずる。」 資本主義の独占段階における労働者の生活様式は,一方で労働様式への適合 性,他方で大量生産方式への消費様式の適合性という2重の適合的性格をおび ている。しかしながら,こうした生産様式に対する生活様式の適合性ばかりで なく,独占段階においてはまた,生産様式に対する生活様式の反作用の傾向も 発展してくることが注目されなければならない。生産様式と生活様式のあいだ の矛盾の高まりとその克服の過程では,資本による労働者の消費に対する闘争 ・イニシアティブの発展とともに,労働者の側からのそれに対する反作用も強 まってくるのである。 IV.生産様式に対する生活様式の反作用 労働者の生活様式は,生産様式によって規定されるだけでなく,一定の段階 になると資本に対する社会的規制を媒介に反作用し,逆に生産様式を規定する 関係をもつようになる。生活様式からこうした生産様式への反作用が生じるの は,資本主義的生産様式が労働者の生活様式に特有の貧困問題を発生させ,そ のために資本の生産支配に対する社会的な規制によって生活様式の転換や改善 を促すことが不可避になってくるからである。 たとえば,イギリス資本主義における都市計画の発展過程は,労働者階級の 生活様式からの生産様式に対する反作用として,都市労働者のための地域生活 25)H・ Braverman,前掲邦訳,169ページ。また, Preteceille&Terrai, oP. cit., P.68, 参照。
様式形成の性格をもっている。19世紀イギリスの産業革命の拠点となった工業 26) 都市は,L.マンフォードが「工場と鉄道と貧民街」とのべたように,労働者の 住宅は工場施設の単なる附属物にしかすぎず,空間は生産空間として資本に占 有され,労働者が人間的な生活を営なむ生活空間はほとんど未形成であった。 こうした状況のもとで19世紀中葉以降登場してくるイギリスの都市計画とその 展開は,都市における資本の運動に社会的規制を加え,上・下水道施設や学校 教育施設,公共住宅などの社会的共同消費手段の導入一イギリスでは,有名 なチャドウィックの報告『イギリスにおける労働者の衛生状態』(1843年)に よる労働者のための公衆衛生行政の必要性の主張から第1歩が始まる一によ って都市空間を労働者の生活空間として整備するものであった。以来現代に至 るまで,都’市計画の歴史的集積はイギリス入の生活様式の不可欠な要素となつ 27) ている。 生活様式からの生産様式に対する反作用は,工場立法による労働者の労働と 生活のあいだの諸関連に対する社会的規制としても展開されてきた。19世紀に おけるイギリスの工場立法は,標準労働日の設定や児童労働の禁止,婦人の母 性保護,保健衛生など,資本の生産活動の時間的空間的条件や労働力の充用面 において資本の営業の自由に基本的制限を課すものであったが,このことは, 労働者の職場労働と家族生活の連関を大きく変え,労働者の生活様式の大幅な 改善を生みだすことになった。工場立法がとりわけ決定的な意義をもったのは, 労働時間の制限・短縮である。マルクスは,「時間は人間の発達の場である。 26)L・mumford, The City History,1961.生田勉訳『歴史の都市 明日の都市』新潮 社,1969年,377ページ。 27)イギリスと違って,わが国の都市計画の場合は,明治以来上からの中央集権的な国 策として推進され,都市住民の地域生活様式の改善が中心目標にされることはほとん どなかった。わが国の都市計画は,今日においても企業活動や生産様式の新たな要請 に応じて都市を改造しようとする国策的な計画の性格は変わっていない。イギリスと わが国の都市計画のこうした違いは,たとえば最近の新聞紙上でも指摘されていて, イギリスの場合には「都市計画の歴史的集積が,イギリス人のライフ・スタイルにま で浸透し,都市計画の『国策化』が阻止されている」といわれている。(戒能通厚 「『情報都市化』と地価高騰 一イギリスと日本対比して一」『朝日新聞』1987年6月 4日夕刊。)
生産様式・労働様式・生活様式 115 思うままに使える自由な時間をもたない人間,……その全生涯が資本家のため うの労働にすいとられている人間は,駄獣にも劣る」(『賃金・価格・利潤』)と のべているが,工場法によって資本に拘束される時間と自分の自由な時間の区 別がもたらされたことは,労働者の肉体的保全とともに,その精神生活のゆ たかさを発展させる土台をつくりだした。また,工場法における児童労働の禁 止と教育の義務づけ,婦人の母性保護,保健に関する条項などは,その後の学 校教育による国民教育の制度や公的な社会福祉の制度,地域における公衆衛生 サービスの導入と発展の基盤となった。工場法のそれらの内容は,労働者の生 活に初めて公共性や権利性を導入するものであった。 さて,消費の内容や生活手段の質から生産が批判され,生活様式の見地から 生産様式の転換が主張されるようになるのは,今世紀の資本主義の独占段階に なってからである。その背景にあるのは,いうまでもなく1920年代におけるア メリカ合衆国での大量生産・大量消費体制の成立と第2次大戦後のその国際的 展開である。 大量生産・大量消費体制の成立と展開は,資本主義的生産様式の資源の浪費 性や環境の破壊性をいっそう強める事態を生みだしたばかりか,国民の消費生 産様式にも資源浪費的性格や環境破壊的性格,あるいは浪費的な消費と真のニ ーズの不充足というアンバランスな状況を生みだすに至った。大量生産・大量 消費体制のもとで私的な財の商品生産が社会的に優先され,商品として生産さ れない共同的なサービスや公共的消費が不:足し国民の真のニーズを充足する財 の生産が後回しにされる傾向がひろがるようになった。大量消費の実現のため に国民大衆にたいして展開される資本のマーケティング戦略は,一方で国民の 伝統的あるいは自主的創造的な生活文化や生活技術を解体するとともに,他方 では企業の開発した商品消費文化と商品消費技術をますます乱暴に国民におし つけるものになった。さらに,大量生産・大量消費体制が多国籍企業によって 国際的規模で展開されるようになると,それらは,自国民にとどまらず,他国 28)Karl Marx・一Friedrich Engels:Werke, Band 16.『マルクス=エンゲルス全集』第 16巻,大月書店,145ページ。
の民族的な資源や産業,文化に立脚した生活手段や生活様式を解体するように なる。 かくして,今世紀の,とくに後半になると資源浪費の防止や環境保全,自主 的主体的あるいは民族的な生活文化や生活技術の維持,真の社会的ニーズの充 足といった観点から,消費内容や消費様式の見直しが叫ばれるようになった。 そのような見直しが,ただちに生産様式に対する批判や転換の議論と結びつく のは当然である。マンフォードが,彼の1934年の著作『技術と文明』でいち早 くアメリカの大量生産・大量消費体制を批判し,「正常化された消費様式は, 合理化された生産様式の基盤である」とのべて「消費の正常化」と「真の産業 合理化」の必要性を強調して以来,生活様式に対する批判と転換の主張は,ま すます生産様式に対する批判と転換の主張と結びついてなされるようになって きている。 29)L・ mumford, Technics and Civilization,1934.生田勉訳『技術と文明』美術出版 社,1972年,484ページ。