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[講演要旨]昭和三陸地震津波(1933)における共助と復興支援

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Academic year: 2021

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(1)歴史地震 第31号(2016) 201頁. [講演要旨] 昭和三陸地震津波(1933)における共助と復興支援 弘前大学 大学院地域社会研究科* 白石 睦弥. §1. はじめに 昭和三陸地震津波は,昭和 8 年(1933)3 月 3 日午 前 2 時 31 分に三陸沖を震源として発生した地震(マ グニチュード 8.1)と,それに伴い発生した津波により 北海道・青森県・岩手県・宮城県の各道県に被害を 及ぼした. この地震は日本海溝に沿って,太平洋プレートの 折れ曲がり地点で正断層運動が発生したもので,最 大震度は岩手県・宮城県の沿岸などでⅤを記録し, 有感域は関西地方にまで及んだ.津波は験潮儀記 録によれば,わずかな上げ潮で始まり,これに続いて 引き潮が多くの地点で確認された.その後,地震の 揺れから 30 分から 1 時間後に各地に津波が到達し た(『日本歴史災害事典』昭和三陸地震津波の項・宇 佐美龍夫『最新版日本地震被害総覧』№471 昭和三 陸地震津波の項). §2. 昭和三陸地震津波の被害概要と背景 昭和三陸地震津波では,地震による被害は少なく, 津波による被害が顕著であった.津波の這い上がっ た高さは綾里(現大船渡市)において 23.0 メートルな どで,三陸沿岸を中心とする各地に死傷者・家屋流 失倒壊など多くの被害をもたらした(図 1・表 1).. 明治 29 年(1896)の明治三陸地震津波から 40 年 を経ずして発生したこの震災は,被災地域だけでなく 全国的な災害に対する意識を高めることとなった.同 震災は,北原糸子氏の分類によるとおり,近現代災 害の中では第Ⅲ期「戦時体制下の災害」に位置づけ られ(北原糸子『津波災害と近代日本』15-22 頁),大 日本帝国の国際連盟脱退と前後して発生した.しか し,その最中にもかかわらず,国による同震災への対 応は大正 12 年(1923)に発生した大正関東地震のイ メージを受け継ぎ,迅速なものであった.さらに,陸海 軍の対応も速やかで,在郷軍人が総出動したほか医 療救護に尽力した. §3. 昭和三陸地震津波にみる共助と復興支援 昭和三陸地震津波は,東北地方の視点に鑑みれ ば,昭和 5 年の昭和恐慌,翌 6 年の冷害と農村疲弊 が連続した後の漁村への打撃ととらえることもできる. 現在,内閣府などでは「地域コミュニティにおける 助け合い」などを共助と定義しており,当然それは阪 神・淡路大震災(1995 年)や東日本大震災(2011 年) にも見られたことではあるが,前述の通り,地域間や 地域コミュニティの中での共助については,当時の東 北地方はあまりに非力であったと言わざるを得ない. 一方で,隣接集落を救援に行った話も新聞に美談と して掲載されている例もある(『河北新報』昭和 8 年 3 月 11 日). そのほかに初期の地域復興の力となったものとし て,ボランティア的動向が見られる。消防組や青年 団・愛国婦人会など,そもそも組織化されているもの が対応した場合と,個人が対応した場合に分けられ るようであり,震嘯災一周年に際しての表彰者一覧 (『宮城県昭和震嘯誌』46-55 頁)には,団体だけでな く個人名も見られる. 謝辞 北原糸子先生から,昭和三陸地震津波に関する 多くの史料の提供とご教示を賜りました.記して感謝 申し上げます.. 図 1 昭和三陸津波における各地の津波の高さ (『日本の地震活動』92 頁より). 県 岩手県 宮城県. 表1 *. 人命(人) 死者. 傷者. 家屋(棟). 不明. 計. 流失. 倒壊. 1,408. 805. 1,263. 3,476. 2,969. 1,111. 315. 151. 105. 571. 399. 240. 焼失 201. 船舶(艘) 浸水. 計. 2,076. 6,357. 1,645. 2,284. 流失 6,768. 破損 1,536. 計 8,304 2,208. 昭和三陸津波による岩手県・宮城県の被害(『岩手県昭和震災誌』・『宮城県昭和震嘯誌』より). 〒036-8560 青森県弘前市文京町1 電子メール: mutsumi.o.shiraishi @ gmail.com. ― 201 ―.

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