熊本学園大学 機関リポジトリ
ラサリーリョ・デ・トルメスの人生(下)
著者
岡村 一
雑誌名
熊本学園大学文学・言語学論集
巻
24
号
1
ページ
156-188
発行年
2017-06-30
URL
http://id.nii.ac.jp/1113/00003025/
熊本学園大学 文学・言語学論集 第24巻第1号(2017年6月30日)
ラサリーリョ・デ・トルメスの人生︵下︶
作
者
不
詳
岡村
一
訳
こ んなわけで、 弱った体に鞭打つはめになりましたが、 心優しい方々のお情けに縋りながら少しずつ道を進み、 やがてこの名高いトレドの 市 へり着きました。 着いて二週間経つころには、 おかげさまで傷口も塞がりました。 怪我が治らないうちは、いつもなにかしら恵んでもらえていたんでございますが、治ってからはきまってこう言 われました。 ﹁おい、ろくでなしのぐうたら。とっととあるじを探して奉公しろ﹂ そんなときは心の中で呟きました、 ﹁で、どこへ行けばそいつはみつかるんでしょう? それとも神様が新しくぱっと作り出してくださるんですか、 世界を創ったときみたいに?﹂と。 こうして家々をまわっておりましたが、施してもらえるもんといえば雀の涙。なにせ﹁慈悲﹂は とう 0 0 にこの世 を見限り、天へ昇ってしまっておりますんで。そんなある日、ひとりの 郷 士と巡り会いました。この人はいちお うの身なりをし、髪なんかにもきれいにを入れ、悠々とした足どりで通りを歩いておりました。あたしに目を 留めましたから見返すと、こう尋ねました。 ﹁おい、奉公先を探しておるのか?﹂ ﹁はい、そうです﹂と答えると、その郷士さんは、 (188) ― 188 ―熊本学園大学 文学・言語学論集 第24巻第1号(2017年6月30日) ﹁では、ついてこい。わしに出会えたとは天恵だな。今日、なにかご利益のあるお祈りでもしたな?﹂と。 そこでついてまいりました。神様に感謝いたしました、この人にこんな言葉をかけてもらえたのを。それに服 装、雰囲気からして、これぞ求めていた人と感じておりましたんで。 こ の 三 人 目 の あ る じ に 出 会 っ た の は 朝 で、 そ の あ と こ の 人 は あ た し を 連 れ て 街 を あ ち こ ち 歩 き ま わ り ま し た。 パンなんかの食べ物を売っている市場もいくつか通りましたが、そんなときはここで売っているもんを買って担 がせて欲しいと思いました。そう祈りさえいたしました。というのもあれは買い物にちょうどいい時間で、日ご ろみんなあのぐらいに要るもんを買いに出ます。けれど、あるじはこんなもんの前をさっさと素通りいたしまし た。 ﹁ ひ ょ っ と し た ら こ こ に は 気 に 入 っ た の が な い の か も し れ な い、 た ぶ ん 別 の 場 所 で 買 う つ も り な ん だ ろ う ﹂ あ た しはそう呟きました。 こうやって歩くうち十一時の鐘が鳴りました。するとあるじが大聖堂へはいりましたんで、あたしもついてま いりました。あるじはとても神妙な面持ちで、ミサやなんかの典礼に参列いたしました。これが全部終わって人 がみんな出てしまったあと、あたしたちも大聖堂を後にして、また通りをすたすたくだりはじめました。あたし は 天 に も 昇 る 心 地 で ご ざ い ま し た、 自 分 た ち は 食 い 物 を 手 に 入 れ る 心 配 を し な か っ た と。 て っ き り 信 じ ま し た、 今度のあるじは食い物の蓄えが山のようにある人にちがいない、帰ったらもう飯の支度ができてるんだろう、そ れもおいらが食いたいようなご馳走が、しかも食いたいだけ、と。 こんなことを考えていると午後一時の鐘が鳴り、あたしたちは一軒の家の前に着きました。あるじが立ち止ま りましたんで、あたしもそういたしました。あるじはマントの片側を背中からまわして左肩に掛けると、袖から 鍵を取り出して扉をあけ、あたしといっしょに中へはいりました。その家の玄関はとても暗く陰気な感じでござ い ま し た。 そ れ は も う 薄 気 味 悪 く て、 あ れ で は は い ろ う と す る 人 間 は み ん な ぞ っ と し て し ま う ん で は な い か と。 でも、はいってしまえば小さいけれど庭があり、部屋もまずまずでございました。 (187)― 187 ―
ラサリーリョ・デ・トルメスの人生(下) 中へはいるとあるじはマントを脱ぎ、あたしに手は汚れていないかと尋ねたうえで、はたいて畳むのを手伝わ せました。それから傍の、壁に作りつけられた漆喰の椅子を丹念にふうふう吹いてきれいにして、その上に置き ました。これだけ済ませると、畳んだマントの横に腰掛け、生まれはどこか、どうしてこの 市 へきたかについて こと細かに尋ねました。あたしは詳しく話したもんの不本意でございました。というのもその時間はそんなこと を尋ねるより、食卓の支度をして料理をよそえと言いつけるほうが先だと思いましたから。けれど、とにかく思 いつくかぎりの噓八百の身の上話であるじを満足させました、いいことばかり並べ、そうでない話は控えて。な にしろあとのほうはお上品な場にそぐわない気がいたしましたんで。 話 を 聴 い た あ と も、 あ る じ は し ば ら く そ の ま ま じ っ と し て お り ま し た。 そ れ を 見 て 嫌 な 予 感 が い た し ま し た。 かれこれ二時近いというのに、死人かと思うぐらいなにかを食べようという様子が見えないんでございます。次 にこう思いあたりました││そういえばああやって扉に鍵を掛けてた、かといって家の中には階段の上も下も生 きて動いてる人の気配がない││。目にはいったのはがらんとした部屋で、ひとり掛けの椅子も長椅子も机も台 も、そしてあの坊主が持っていたような櫃もございません。ひと言で申せば魔法の家のよう。じっと腰掛けてい たあるじは、やがてあたしに﹁おい、坊主、昼飯は食ったか?﹂と尋ねました。 ﹁いいえ、まだです。会ったときは、まだ八時にもなってなかったから﹂と答えると、 ﹁ 確 か に 朝 早 く は あ っ た が、 わ し は も う 飯 を 済 ま せ て お っ た。 そ れ で、 こ う し て な に か 食 え ば、 も う 夜 ま で な に も口にせんのだ。覚えておけ。だからなんとかがまんしろ。晩飯の時間になったら食おう﹂ 旦那様、実際の話、これを聞いたときは危うく卒倒しかけました。いえ、ひもじさというより、自分の運のな さをつくづく思い知ったからでございます。あのとき、それまでの苦労があらためて頭に浮かび、そのつらい思 い出にまた涙が流れました。あのとき、あの坊主から逃げだそうといったんは思ったもんの、なるほどこいつは あわれな罰当たりだけれど、ひょっとしたら次に出会うあるじはもっとひどいかもしれないと、そう考え直した ことを思い出しました。つまりあのとき、それまでのつらい毎日と、この先それほど長くは生きられない 運 命 を (186) ― 186 ―
熊本学園大学 文学・言語学論集 第24巻第1号(2017年6月30日) 悲しんで泣いたんでございます。でも、とにかく、懸命に涙を隠して申しました。 ﹁ 旦 那 様、 お い ら は 子 供 だ け ど、 お か げ さ ま で あ ん ま り が つ が つ し て な い ん で す。 こ れ に か け ち ゃ、 同 い 年 ぐ ら いの子供の中で自慢できるって思います、おいらはおまえたちみたいに食いしん坊じゃないぞって。それで、今 まで仕えてきたご主人様たちにも、このことじゃずっと褒められてました﹂ するとあるじは、 ﹁ そ い つ は 美 徳 だ な。 そ れ ひ と つ で お ま え を い ち だ ん と か わ い が っ て や れ る ぞ。 な に し ろ が つ が つ す る の は 豚 と 変わらん。ちゃんとした人間は節度をもって食うものだ﹂と。 あたしは内心呟きました││ほうら、やっぱり! 出会うあるじ出会うあるじ、みんな空きっ腹はいい薬だと か美徳だとか抜かしやがる。なにが薬だ、なにが美徳だ!││。 あたしは玄関の隅へいって、施し物のパンの残りを懐から取り出しました。あるじはそれを見て申しました。 ﹁おい、こっちへこい。なにを食っておる?﹂ あるじの傍へいってパンを見せると、三つあったうちのひとつ、一番ましで大きなやつをとりあげて申しまし た。 ﹁いやいや、これは実にうまそうなパンではないか﹂ ﹁えっ? だけど旦那様、うまそうなんですか、これが?﹂そう言うとあるじは、 ﹁ああ、そのとおりだ﹂と答え、そして﹁どこで手に入れたのだ? きれいな手で捏ねたやつだろうな?﹂と。 あたしが﹁それはわからないけど、でも変な味はしません﹂と返事したら、 ﹁ だ と よ い が な ﹂ そ う 言 っ て あ わ れ な あ る じ は パ ン を 口 へ 持 っ て い き、 さ っ き の あ た し に 負 け な い 勢 い で 貪 り だ しました。そして﹁うまい、うまい、いや実に﹂と。 これで相手がどんなていたらくかわかりましたんで、あわててパンを腹に詰め込みました。なにしろこっちよ り早く食べてしまえば、まだ残ってる分を片づけるのを手伝う気満々でいるのが、ありありだったからでござい (185)― 185 ―
ラサリーリョ・デ・トルメスの人生(下) ます。こうして二人ほとんど同時に食べおえました。そのあとあるじは、ちょっとだけ胸についていた細かなパ ン屑を手で払い落とすと、隣の小部屋へいきました。そして口の欠けたあんまり新しくない壺を持ってきて、ま ず自分が飲み、それからあたしに勧めました。あたしがいい子ぶって、 ﹁いえ、おいら、お酒は飲みません﹂と言ったら、 ﹁ただの水だ。だから別におまえも飲んでかまわん﹂と。 そこで壺を受けとって飲みました。でもがぶ飲みはいたしません、苦しいのは喉の渇きのせいではございませ んでしたので。こんな調子で夜まで過ごしました、あるじが尋ね、それにこっちがなるだけ上手に答えるという 形でやりとりしながら。夜になるとあるじは、水を飲んだあの壺の置いてあった部屋へあたしを連れていって申 しました。 ﹁おい、向こう側に立て。見てろ、この寝床の整え方を教えてやる。今度からおまえがひとりでやれるようにな﹂ 二人向きあって立ち、みじめったらしい寝床を整えました。たいして手間はかかりませんでした、なにしろ並 べた長椅子の上に葦の簀の子を敷いて布団が伸べてあるだけのやつでしたんで。この布団というのが、いちおう 布団として使ってはいても、いつ洗ったかというような代物なうえ、その役に立たないぐらい中の羊毛がすかす かで、とてもそうは見えませんでした。きれいに伸べなおすとき、なんとかふわふわにならないかとやってみま したが、やっぱり無理。なにせ固いのを柔らかくするのはなかなか難しゅうございます。この腐れ布団はほんと に中味がなくて、簀の子の上に敷くと葦の一本一本が浮き出て、がりがりにせた豚のあばら骨そっくり。この 栄養失調の布団には類友の毛布が組になっておりましたが、これがまたもとの色さえわからなくなっているよう なやつで⋮⋮。 こうして寝床を整え、やがて夜が更けるとあるじは申しました。 ﹁ ラ サ ロ、 も う 遅 い し、 こ こ か ら 市 場 ま で は か な り あ る。 そ の う え こ の 市 は 強 盗 が 多 く て な、 暗 く な る と 出 没 し て服を剝ぎとるのだ。だから今夜のところはなんとか辛抱しておこうではないか。夜が明けてあしたになればど (184) ― 184 ―
熊本学園大学 文学・言語学論集 第24巻第1号(2017年6月30日) うにかなるだろう。というのも、わしはひとり暮らしだから買い置きなどはない。飯というとこのところ外食ば かり。だが、これからはそういうわけにいくまい﹂ ﹁旦那様、 おいらのことは心配要りません。ひと晩ぐらい食わなくたって大丈夫、 平気です。なんならもっとだっ て﹂そう言うとあるじは、 ﹁ だ っ た ら お ま え は 長 生 き す る ぞ、 ま す ま す 元 気 で な。 な に し ろ 今 の 常 識 に よ れ ば、 長 生 き に は 小 食 が 一 番 だ か らな﹂ 思いました、もしもそれが長生きの秘訣だとするなら、おいらは絶対死なないね、だってずっとその秘訣を守 らされてきたし、これからだって因業な生まれのおいらは、死ぬまで守るはめになるだろうからね、と。 それからあるじはズボンと胴着を脱いで枕許に置いて、寝床に横になりました。あたしは足許で寝るよう言わ れましたんでそういたしましたが、一睡もできませんでした。と申しますのも簀の子の葦とこっちの浮き出た骨 とが、ひと晩じゅうずっと取っ組み合いの喧嘩をいたしましたんで。それまでさんざん苦しんだり苦労したりひ もじい目に遭ったりしたせいで、体にはもうひと摑みの肉も残っていなかったんではないかと。おまけにあの日 はなんにも腹に入れてないも同じだったから、ひもじくてひもじくて⋮⋮。ひもじさと眠気は折り合いがよくご ざいませんでした。あまり感心した話ではございませんが、あの晩、朝までずっとと言っていいぐらい繰り返し 自分と、そして自分の運の悪さを呪いました。けれどなんといっても苦しかったのは、あるじを起こさないよう 寝返りを我慢したことで、いっそ死なせてくだいと何度も神様にお願いいたしました。 朝になって起きると、 あるじはズボンとか胴着とか、 上着とかマントとかをはたいて埃を払いにかかりました。 あたしもそれを手伝いました。それからあるじは落ち着き払ってゆっくり服を着て、あたしに水を注がせて手と 顔を洗い、髪を梳かし、剣帯に剣を着けました。剣を着けるとき、こう申しました。 ﹁ あ あ、 こ れ が い か な る 業 物 か、 坊 主、 お ま え が 知 ら ん の は 口 惜 し い ぞ! た と え 万 金 を 積 ま れ よ う が 手 放 す つ もりはない。かの名工 ア ントーニオの鍛えし名剣は数々あれど、これの切れ味にはおよぶものはひと振りもない (183)― 183 ―
ラサリーリョ・デ・トルメスの人生(下) のだ﹂ そうしてあるじは鞘から剣を抜き、指で刃を触りながら申しました。 ﹁どうだ、この刃は? 首を賭けてもよいが、こいつをさっとやれば羊毛の玉すら切れるのだぞ﹂ 聞いてあたしは心の中で呟きました、でもおいらの歯は 鋼 じゃないけど、がぶっとやれば 四 リブラのパンだっ て食いちぎれるよ、と。 こう言ったあと、あるじは剣を鞘に収め直して身に帯び、大玉のロザリオを剣帯に着けました。そして悠然と した足どりで、背筋をぴんと伸ばし、頭や体をそれは優雅に動かしながら、また、マントの裾を肩に掛けたり腋 に挾んだりしながら、右手を腰にあてて出ていきました。玄関を出るとき、こう言い残しました。 ﹁ ラ サ ロ、 わ し は こ れ か ら ミ サ へ い く が、 し っ か り 留 守 番 し て お く の だ ぞ。 そ の あ い だ に 寝 床 を 整 え、 終 わ っ た ら川へいって壺に水を汲んでおけ。川は出て下ったところだ。家を出るときは戸締まりを忘れるな。泥棒にはい られるといかん。鍵はこの戸の柱に掛けておけ、おまえがいないとき帰ってきてもはいれるようにな﹂ それからあるじは道をのぼっていきました。顔つきも身のこなしもそれはまあ優雅で、知らない人間が見たら アルコス伯爵のごく近い親戚か、そうでなくても身のまわりの世話をする小姓ぐらいには映ったでございましょ う。 ﹁ あ り が た い、 か た じ け な い!﹂ と、 あ た し は 見 送 り な が ら 呟 い て お り ま し た。 ﹁ 人 に 病 を 与 え、 そ し て 癒 や し て く だ さ る 神 様! あ の 満 足 顔 を 見 れ ば、 ゆ う べ は ご 馳 走 を 食 べ て ふ か ふ か の ベ ッ ド で 寝 た っ て 誰 で も 思 い ま す。 そして、まだ朝早いのにたらふく食べたって。神様、あなたは人が思ってもみないようなすごい秘密をお作りに なるんですね。あの立派な風采やそこそこの身なりを見て、誰がされないでしょう? 誰が思うでしょう、あ のお上品な紳士がきのう一日、下男のラサロが胸の櫃に昼じゅう夜じゅうしまって持ってて、あんまりきれいで なくなってるはずのあのコチコチのパンひとつで過ごしたなんて? そして今朝、手と顔を洗ったあと、手拭い がないから上着の裾をかわりに使ったなんて? まさか、誰も夢にも思わないでしょう。ああ、神様、この世の (182) ― 182 ―
熊本学園大学 文学・言語学論集 第24巻第1号(2017年6月30日) 中、さぞあちこちに腐るほどいるんでしょうねえ、神様のためには耐え忍ばないことでも、面目なんていうつま らないもんのためには耐え忍ぶ人たちが!﹂ 玄関に立ってこんなことをあれこれ思ったり考えたりしながら、長く細い道を遠ざかるご主人様を見送ってお りました。角を曲がって姿が消えるとまた中へはいり、家じゅう隈無く、階段の上も下も見てまわりました。そ のあいだ立ち止まることはございませんでした。なにしろ手を出したくなるようなもんが見あたらないんでござ います。だから時間はいくらもかかりませんでした。そのあと貧弱な固い寝床を整え、それから壺を抱えて水汲 みにまいりました。川へおりてみると、畑のほうにあるじがいて、ベールで顔を隠した女二人をしきりに口説い てる最中。どうやら、あのあたりにきまっている商売女のようでございました。いえ、それがいつも大勢たむろ しているんでございます、夏になると涼みがてら朝飯にありつきにいくのを日課にしているこんな連中が。誰か が必ずご馳走してくれるとあて込み、手ぶらであの涼しい川辺へ朝っぱらから出てまいるんでございます、土地 の旦那様方がそういう癖をつけてしまわれたもんで。 で、申したように、あるじは女たちといて、詩人の マ シーアス気どりでオウィディウスの詩の文句にも負けな い甘い言葉を語っておりました。女たちは相手に充分その気があると見て、恥ずかしげもなく、お礼はいつもの あれ 0 0 で払うから朝御飯をご馳走してくださいとせがみました。それを聞いて寒い懐と熱く求める胃袋を思い出し たあるじは、とたんにひどい悪寒に襲われて青くなり、しどろもどろの下手な言い訳をはじめました。きっと女 たちは見立てにかけては年季がはいっていたんでございましょう、あるじの症状を見て、これは相手にしても無 駄とさっさと見切りをつけました。 あたしはそのあいだキャベツの芯を齧っておりましたが、その朝飯が済むと、なにせ新参の下男でございます から、あるじの目に留まらないうちそそくさと家へ戻りました。家は相当汚くなってる場所もあったもんの、い ざそこを掃こうとすると道具が見あたりません。さて、どうしようかと思案いたしましたが、とりあえず昼まで あるじを待ってみよう、帰ってくるかもしれないし、そのときひょっとしてなにか食べ物を持ってくるかもしれ (181)― 181 ―
ラサリーリョ・デ・トルメスの人生(下) ない、うん、それがいいと思い至りました。けれど甘い期待でございました。 二時になってもあるじは戻ってまいりません。もう腹が減ってしかたなかったんで、戸締まりをして言われた 場所に鍵を掛け、またもとの稼業をはじめました。低く弱々しい声を出し、両手を胸にあて、殊勝げに天を見あ げて﹁功徳になります﹂とやりながら施しを求めたんでございます、とくに大きいと見えた家々の門口をまわっ て。けれど、なにしろあたしはこの稼業がすっかり身についておりました。つまりあの目の見えない大師匠につ いて修行を重ね、 その免許皆伝の弟子になっておりました。 だからこのトレドの 市 に慈悲の心なんかなかったし、 そのうえあの年はあんまり豊作ではございませんでしたけれど、おおいに手練手管を使い、時計が四時を打つ前 にはパンを四リブラ腹に収め、別に二リブラ以上袖や懐に入れておりました。家へ引きあげる途中、臓物屋の前 を通りがかったついでに、そこにいた女のひとりになにか恵んでくださいと頼むと、牛の足のぶつ切りをひとつ と、臓物を煮たのを少しくれました。家へ着いたら、ご立派なご主人様は先にご帰宅なさっていて、マントを畳 んで例の壁の椅子の上に置き、中庭をぶらぶらなさっておいで。あたしが帰ってきたのを見ると寄ってまいりま したんで、こりゃあ遅いと叱られるぞと覚悟いたしましたが、幸いそうはならず、どこへいっていたかと訊かれ ただけでございました。あたしは答えました。 ﹁ 旦 那 様、 二 時 に な る ま で こ こ に い た ん で す け ど、 遅 く な り な さ る よ う だ っ た か ら、 街 へ 出 て 慈 悲 深 い 人 た ち の お情けに縋ってました。はい、これだけいただきました﹂ 服の裾にくるんでいたパンと臓物を見せると、それを目にしたあるじはほっとした顔になって申しました。 ﹁ お ま え が 帰 っ て か ら 食 お う と 待 っ て お っ た の だ が、 い っ こ う 戻 ら ん の で 済 ま せ て し ま っ た ぞ。 だ が 施 し を 求 め るとはまっとうな考えだ。盗むより、 功徳になりますと言って物乞いするほうがよい。うん、 うん、 ずっとよい。 ひとつだけ頼みたいのだが、 わしの家に住み込んでおると知れんよう気をつけてくれよ。 面目にかかわるからな。 まあ、この 市 でわしは知られておらんも同然だから、どうせ噂にはなるまいと思うが。⋮⋮そもそもこんなとこ ろへなどのこのこ出てくるべきではなかったのだ!﹂ (180) ― 180 ―
熊本学園大学 文学・言語学論集 第24巻第1号(2017年6月30日) ﹁ そ れ は、 旦 那 様、 大 丈 夫 で す よ ﹂ と、 あ た し は 申 し ま し た。 ﹁ そ ん な こ と を 訊 こ う な ん て 人 は 誰 も い ま せ ん。 お いらだって喋る気はありません﹂と。 ﹁そうか、 では早く食ってしまえ、 坊主。運が向けば、 近いうち貧乏暮らしにおさらばできるだろう。ただし言っ ておくが、この家へ越してきてからなにひとつうまくいったためしがない。きっと家相が悪いのだろうな。不吉 な 家、 縁 起 の 悪 い 家 と い う の が あ っ て、 そ こ に 住 む 者 に 不 幸 を も ら た す の だ。 こ の 家 は き っ と そ う し た 類 い だ。 まちがいない。だが約束してやる。たとえただでやると言われようが、月末にはここから出てゆく﹂ あたしは壁の椅子の端に腰掛けました。卑しいやつと嗤われないよう、外で軽く摘まんだことは黙っておりま した。そして晩飯にとりかかり、臓物とパンにかぶりつきました。食べるあいだそっとかわいそうなご主人様の 様子を窺うと、そのとき皿がわりになっていたあたしの服の裾から目を離せないでおりました。あわれみを感じ ました、自分があれぐらい神様にあわれんでいただければと思うぐらい。と申しますのも、苦しいのがわかりま したんで。あれは自分自身それまで嫌というほど味わい、そしてそのときもまた毎日味わっていた苦しみでござ いました。食べませんかと勧めたほうがよくはないかと思いました。けれど晩飯は済ませたと言った手前、勧め ても受けないんではと心配いたしました。つまりあたしとしては、物乞いして恵んでもらったもんでもってあわ れなあるじに苦しみを凌いでもらいたい、そしてきのうみたいにその日の﹁朝飯﹂を食べてもらいたいと、そう 望んでいたわけでございます。なにしろきのうより食べ物は多い、こっちの腹は減ってないというんで、そうし てもらいやすくなっておりましたから。 幸い願いは叶いました。そしておそらくあるじの願いも。というのもあたしが食べはじめると、ぶらぶらして いたあるじが寄ってきてこう申したんでございます。 ﹁ い や、 ラ サ ロ よ、 実 に 見 事 な 食 い っ ぷ り だ な あ。 こ れ ほ ど 見 事 に 食 う 人 間 は 生 ま れ て 初 め て 見 た ぞ。 た と え 腹 が減っていなくても、こいつを見れば誰しも食い気が起こってくるだろうな﹂ あ た し は 心 の 中 で 呟 き ま し た、 お じ さ ん が 食 い た く て し か た な い せ い だ よ、 食 い っ ぷ り が 見 事 に 見 え る の は、 (179)― 179 ―
ラサリーリョ・デ・トルメスの人生(下) と。 でも、なんとかしようと自分から動いて、こっちが手を差し伸べるきっかけを作ったわけですんで、応えてや るべきだと思い、こう申しました。 ﹁旦那様、 ﹃うまいもんは別腹﹄って言います。このパンはほっぺたが落ちるぐらいうまいです。それにこの牛の 足はほんとに上手に煮てあって、味つけもいいんで、これだけうまけりゃ誰だってがっつきたくなりますよ﹂ ﹁牛の足か、そいつは?﹂ ﹁はい、そうです﹂ ﹁言っておくが、この世で牛の足にまさる食べ物はないのだぞ。 雉 でさえこいつほどうまいと思うことはない﹂ ﹁じゃあ、どうぞ、旦那様。食べてみればどんなかわかります﹂ 牛の足と、一番白いパンからちぎったやつを三つ四つ渡してやると、隣に腰をおろし、食べたくてたまらない 気持ちまる出しでかぶりつき、果ては小骨の一本一本に至るまで齧りました。郷士といえば猟犬がつきもんでご ざいますが、もしあるじにそんなのが一頭いたとしても、さすがにあそこまでは齧り尽くさなかったんではない かと。 ﹁ に ん に く ソ ー ス を か け れ ば、 こ い つ は 最 高 の ご 馳 走 に な る の だ が な あ ﹂ あ る じ が そ う 申 し ま し た ん で、 あ た し は、空きっ腹っていうもっといいソースがかかってるじゃないかと、聞こえないよう呟きました。 やがてあるじは﹁実にうまかった。今日一日なにも食っておらんかのごとくだった﹂と。 あたしは密かに皮肉ってやりました、豊年万作になるのがそれとおんなじぐらいほんとだったら万々歳なんだ けどね、と。 そ れ か ら、 水 の 壺 を 持 っ て く る よ う 言 わ れ ま し た ん で、 持 っ て き て 渡 し ま し た。 水 は 川 か ら 汲 ん で き た ま ま 減っておりませんでした。水が要らなかったということは、あるじに食べ物があり余っていなかった証拠。あた しも水のご相伴にあずかり、あるじと二人、もうなにも言うことはないという気分で床について、またゆうべみ (178) ― 178 ―
熊本学園大学 文学・言語学論集 第24巻第1号(2017年6月30日) たいにして寝ました。 話がだらだら長くなるといけませんので端折りますと、あわれラサロは打ち出の小槌となり、一方それを自分 のもんにしたこのはったり屋先生は、朝になるとあの満ち足りた顔を作って悠々とした足どりで街を歩いて時間 を潰す││そのあと一週間から十日ぐらい、こんなふうにして過ごしました。そのあいだあたしは自分の運の悪 さ に 頭 を 抱 え る ば か り。 そ れ ま で 仕 え て い た 強 突 く 張 り ど も か ら 逃 げ、 ま し な あ る じ を 探 そ う と し た の は い い け れ ど、 出 会 っ た の が 食 べ さ せ て く れ な い ど こ ろ か、 反 対 に こ っ ち が 養 わ な け れ ば い け な い 相 手 だ っ た な ん て ⋮⋮。でも無一文の甲斐性なしとわかっても、あたしはこの人がとても好きでございました。反感よりむしろ気 の毒さが先立ちました。 家へ食べ物を持って帰ってやるため、 ひもじさを我慢することもたびたびございました。 と申しますのも││ ある朝、 この気の毒な人が寝床から起きて、 下着姿のまま用を足しに上の階へあがっていったんでございます。 その隙にあたしは気になっていたことをはっきりさせようと、枕許に置いてあった胴着とズボンを広げて探って みました。すると、しわくちゃになったすべすべのビロードの巾着がみつかりました。中には一文もはいってお りません。もうずいぶん金には縁がないような感じでございました。そのとき思いました││この人は文無しな んだ。だから無い袖は振れないってわけだ。それにひきかえ、あの欲張りじじいや罰当たりの我利我利坊主は神 様 か ら お 恵 み を い た だ い て る。 ひ と り は 信 者 が お 布 施 を く れ て、 も う ひ と り は 舌 先 三 寸 で 金 や 物 が 転 が り 込 む。 なのにやつらのおかげでこっちは餓え死にするところだった。だから憎んであたりまえ。でも、この人は気の毒 に思ってやらなきゃいけないんだ││。 ほんとうの話、今でもあんななり、あんな歩き方であんな気どった感じの人に出会うたび、これもまたあるじ のお仲間、あのとき見たのと同じ苦しみにのたうちまわってるんではないかと心配になるんでございます。一文 無しだったにしろ、今誰に奉公するか選べと言われたら、申したようなわけで、前の二人ではなくこっちを選ぶ でございましょう。ただ、この人については、ひとつだけちょっと首を傾げる点がございました。あんなに気位 (177)― 177 ―
ラサリーリョ・デ・トルメスの人生(下) を高くしなくてもよさそうなもんと思っておりました。暮らしはどんどん苦しくなる一方なんだから、抑え気味 にしたほうがいいのにと。でも、どうやら、気位を高くするのは、あの身分の人たちの中ではあたりまえの固く 守 ら れ て い る 掟 ら し く て ⋮⋮。 ﹁ 財 布 は 空 で も 頭 は 下 げ る な ﹂ と い う や つ で ご ざ い ま す。 あ わ れ な も ん で。 こ ん な馬鹿な生き方をしていれば長生きできないでございましょう。 さて、こんなありさまで、お話ししているような毎日を送っておりましたが、持って生まれた悪運はどこまで もつらくあたってまいります、おかげでこの苦労ばかりの恥の多い暮らしさえ、続けられなくなってしまいまし た。どういうしだいかと申せば││。その年、この土地では小麦が不作で、よそ者の乞食はひとり残らず 市 を去 る べ し と 市 会 で 決 ま り ま し た。 そ し て 以 後 み つ け た 場 合 は 鞭 打 ち に 処 す、 と お 触 れ が 出 た ん で ご ざ い ま す。 で、 決まったとおり行なわれ、お触れから四日目、クアトロ・カリェスのあたりを乞食連中が鞭で打たれながら、ぞ ろぞろ引かれていくのを目にいたしました。あたしはその様子を見て怖気を震い、お触れに背いて物乞いをして やろうなんて、これっぽっちも考えませんでした。そのころ家の中を覗けた者があるとすれば、そこでどれほど ﹁ 節 制 ﹂ が 行 な わ れ て い た か、 住 人 が ど の ぐ ら い 元 気 が な く て 無 口 だ っ た か を 目 に し た で ご ざ い ま し ょ う。 そ れ は も う ひ ど い も ん で、 二、 三 日 ひ と 口 も 食 べ ず ひ と 言 も 喋 ら ず と い っ た 始 末 で ご ざ い ま し た。 な ん と か 命 を 繫 げ たのは、木綿糸の糸繰り職人のおばさんたちのおかげ。メリヤスを織っている人たちでございましたが、近くに 住んでいて、近所づきあいがあり、知り合いだったんでございます。おばさんたちはあたしのやつれた様子を見 てかわいそうに思い、わずかばかりではございましたが恵んでくれました。おかげで、骨と皮になりながらもど うにかこうにか生きておりました。 あたしはわが身があわれでございました。けれど、あるじのあわれさにはもっと心が痛みました。一週間なに ひとつ口にしなかったんでございます。少なくとも家ではそのぐらいはなにも。そのあいだあるじがどこをどう 歩きまわっていたのか、なにを食べていたのか存じません。正午ごろ道を下ってくる姿は、それは見物でござい ました。背筋をしゃんと伸ばし、純血種のグレーハウンドの胴よりも長くして! 面目という厄介なもんを保つ (176) ― 176 ―
熊本学園大学 文学・言語学論集 第24巻第1号(2017年6月30日) ため、藁しべ一本持って││もう家にはこんなもんすらろくにございませんでしたが││玄関に出て歯のあいだ をせせっておりました、別になんにも詰まっていないのに。そして相も変わらずこう言って家相の悪さをこぼす んでございます。 ﹁ 外 観 が よ く な い。 こ の 家 の 不 吉 さ が そ う 見 せ る の だ。 見 て の と お り、 陰 気 で、 さ び し く て、 暗 い で は な い か。 ここにおるかぎり苦労とは縁が切れまい。早く月末にならんものか。そうすれば出ていくのだが﹂ さて、こうしてひもじさに責め立てられ、苦しい毎日を送っていたわけでございますが、ある日、なにがどう な っ た も ん か、 あ る じ の お 寒 い 懐 に 一 レ ア ー ル と い う 金 が 転 が り 込 み ま し た。 あ る じ は そ れ を 持 っ て、 ま る で ヴェネチア一国の富でも手に入れたみたいに、大いばりで帰ってまいりました。そして、うれしくてたまらない といった感じのにこにこ顔で、それを渡しながら申しました。 ﹁ ほ れ、 ラ サ ロ、 い よ い よ 運 が 向 い て き た ぞ。 市 場 へ い っ て パ ン と 酒 と 肉 を 買 っ て こ い。 ひ と つ 貧 乏 神 の 鼻 を あ かしてやろうではないか! ほかにも喜ばせてやることがあるぞ。別の家を借りたのだ。だから、この縁起の悪 い家とは今月いっぱいでおさらばだ。このぼろ家も、こいつにまっさきに瓦を置いたやつもくそくらえ! ここ を借りたのが運の尽きだった! 天地神明に誓って、わしはここに住みだしてから酒一滴、肉ひと切れ口にして おらん。気の休まることも全然なかった。それにしても、どうだこの不吉な外観は! この暗さ、さびしさは! さあ、早くいってこい。今日は酒池肉林だ!﹂ あたしは渡された一レアールと壺を持って飛び出し、市場めざして急ぎ足で通りをのぼりました。うれしくて 天 に も 昇 る 心 地 で ご ざ い ま し た。 け れ ど 急 い だ と こ ろ で な ん に な る の か? 因 果 な 生 ま れ つ き の 悲 し さ、 い い こ と に は き ま っ て け ち が つ く よ う に な っ て お り ま す。 こ の と き も 同 じ で、 そ れ は こ う い う し だ い で ご ざ い ま し た││よくぞあるじに金をお恵みくださったと何度も神様に感謝し、この一レアールをなるだけうまく、上手に 使うにはどうすればいいだろうと胸算用しながら通りをのぼっていると、思いがけず死人に出迎えられてしまっ たんでございます。輿に乗せられ、坊さんはじめ大勢につきそわれて通りを向こうから下ってまいります。あた (175)― 175 ―
ラサリーリョ・デ・トルメスの人生(下) しは壁際へ寄って道を空けました。遺体を載せた輿が通り過ぎると、すぐそのあとから││あれはきっと後家さ んでございましょう││喪服姿のひとりと、ほかの女たちの一団がぞろぞろ歩いてまいりました。そのとき後家 さんは泣き叫びながらこう申しておりました。 ﹁ あ あ、 あ な た、 ど こ へ 連 れ て い か れ て し ま う の? さ び し く て 悲 し い 家、 暗 く て 陰 気 な 家。 食 べ る こ と も 飲 む こともない家よ!﹂ それを聞いて、あたしは世の終わりがきたみたいに驚いて呟きました。 ﹁ああ、どうしよう! この死人はうちへ運んでいくんだ!﹂ そうして 踵 を返し、人々をかき分け、うちをめざし、きた道を息を切らして駆けおりました。こうして家の中 へはいると、大急ぎで扉を閉め、お願いです、助けてください、こっちへきていっしょに玄関を守ってください と叫びながら、あるじにしがみつきました。まさかそんなことで大騒ぎしていると思わないあるじは、少しどき りとした様子で申しました。 ﹁おい、なんだこれは? なんという声を出すのだ。どうした? なぜそう乱暴に扉を閉める?﹂ ﹁たいへんです、旦那様、こっちへきてください。ここへ死人を運んできます﹂ そう言うとあるじは、 ﹁なんだと
!?
﹂と目を剝きました。 ﹁ す ぐ そ こ、 ち ょ っ と の ぼ っ た と こ ろ で 死 人 に 出 く わ し た ん で す。 後 家 さ ん が つ い て 歩 き な が ら 言 っ て ま し た。 ﹃ あ あ、 あ な た、 ど こ へ 連 れ て い か れ て し ま う の? 暗 く て 陰 気 な 家、 さ び し く て 悲 し い 家、 食 べ る こ と も 飲 む こともない家よ!﹄って。だから旦那様、うちへ運んできます﹂ そう上機嫌でいられるはずもないあるじだったのに、なんと、それを聞くと腹を抱えて笑いだしました。笑っ て 笑 っ て、 ず い ぶ ん 長 い あ い だ 喋 れ な か っ た ぐ ら い で ご ざ い ま し た。 あ た し は そ の あ い だ 扉 に 閂 を 掛 け た う え、 半身になって体を押しつけ、絶対はいってこられないようにいたしました。やがて葬列は通り過ぎていきました (174) ― 174 ―熊本学園大学 文学・言語学論集 第24巻第1号(2017年6月30日) が、そのあともまだ、死体を家の中へ運び込んできはしないかと、どきどきしておりました。飽きるほど笑いは しても、まだ飽きるほど食べていないご主人様は、笑いやんだあとこうおおせになりました。 ﹁ ま っ た く だ な、 ラ サ ロ。 後 家 さ ん が そ う 言 う の を 聞 い て、 お ま え が そ ん な ふ う に 思 っ た の も 無 理 は な い。 だ が 幸いそうはならず、通り過ぎてくれたのだから、さあ、扉をあけて、早く食い物を買ってこい﹂ ﹁ 旦 那 様、 通 り の 向 こ う へ い っ て し ま う ま で 待 ち ま し ょ う ﹂ と 言 う と、 焦 れ た あ る じ は 通 り に 面 し て い る そ の 扉 のところへきて、大丈夫だからと言ってあけました。あたしは怖くて生きた心地がしておらず、こうでもしても らわないとどうにもなりませんでした。で、また使いにまいりました。けれど、あの日ご馳走を食べはしたもん の、うまいともなんとも感じませんでしたし、それから三日間は青ざめっぱなしでございました。あるじと申せ ば、あのときのあたしの思い込みを思い出しては、さもおかしそうに笑っておりました。 三人目の文無しのあるじ、つまりこの郷士さんとはしばらくこんなふうに暮らしましたが、そのあいだじゅう ずっと、どういうつもりでこの人がトレドへ出てきて住んでいるのか知りたく思っておりました。と申しますの は、この人に奉公することになった最初の日にもう、よそからきたんだと気づきましたんで。なにしろ土地の人 間にほとんど知り合いがなく、つきあいらしいつきあいもございませんでした。やがて望みどおり知りたいこと が知れました。どういういきさつかと申せば、ある日あたしと二人でまずまずの食事をしてそれなりに満足した あるじが、身の上話をはじめたんでございます。なんでも カ スティーリャ・ラ・ビエーハ地方の出だそうで、同 じ村の 騎 士に帽子をとって挨拶したくなかったという、ただそれだけの理由で地元を離れたんだとか。あたしは 申しました。 ﹁ 旦 那 様、 相 手 が 言 い な さ る よ う な 身 分 で、 財 産 が も っ と あ り な さ る ん だ っ た ら、 先 に 帽 子 を と ら な い ほ う が 失 礼なんじゃないですか、だって向こうもちゃんと帽子をとりなさってたっていうお話だから﹂ ﹁ な る ほ ど 騎 士 で あ っ た。 確 か に 財 産 が あ っ た。 わ し に 対 し て 帽 子 も と っ て お っ た。 だ が な、 い つ も こ ち ら が 先 に挨拶しておるのだから、たまには向こうが気を遣って先にしてもよさそうなものではないか﹂ (173)― 173 ―
ラサリーリョ・デ・トルメスの人生(下) ﹁でも、たぶん、おいらだったらそんなこと気にしないけど。とくに自分より身分も財産も上なら﹂ こう申すとあるじは、 ﹁ お ま え は 子 供 で、 面 目 の な ん た る か が わ か ら ん の だ。 今 の 時 世、 面 目 は 心 あ る 者 に と っ て 命 に も 替 え が た い の だぞ。で、ひとつ教えておくが、見てのとおりわしは郷士、しかし道で伯爵と出会い、きちんと帽子を脱いで挨 拶されなかったならば、次に見かけたときは帽子をとらずに済むよう、近づく前になにか用があるふりをして適 当な建物の中へはいるか、あるいはもし横道があればそこへはいる。天に誓って、わしにはそれだけの才覚があ るのだ。そもそも郷士は神と国王のほか、何者に対しても義務を負っておらん。また心ある者であれば、誇りを 高く持つことを片時も忘れるべきではない。今でも思い出すが、 故 郷 におった時分、ある職人を罵り、手を出し か け た こ と が あ っ た。 と い う の も わ し の 顔 を み る た び、 ﹃ 神 様 の ご 加 護 が ご ざ い ま す よ う に ﹄ な ど と 抜 か し お っ た か ら だ。 わ し は そ い つ に 言 っ て や っ た、 ﹃ お い、 下 種 下 郎 殿 よ、 き さ ま は な ぜ そ う 礼 儀 を 知 ら ん? な ぜ そ こ いらの人間に挨拶するごとく、 ﹃神様のご加護があるように﹄などと言わねばならん?﹄ 。以来、その男は遠くか らでも帽子をとり、しかるべき挨拶をするようになった﹂ ﹁ だ っ た ら 神 様 の ご 加 護 が あ り ま す よ う に っ て 言 っ て、 他 人 に 挨 拶 す る の は い け な い ん で す か?﹂ と 訊 く と あ る じは、 ﹁馬鹿を言うな! それは身分の低い者への挨拶だ。だがわしのように身分の高い相手に向かっては、 ﹃あなた様 のお手に口づけいたします﹄ぐらい言うのが礼儀だ。あるいは最低でも﹃あなたの手に口づけします﹄だな、わ しに挨拶するのが騎士である場合だが。こんな具合に、 故 郷 であの男が神様のご加護、神様のご加護と馬鹿のひ と つ 覚 え の よ う に 言 う の を、 こ ん り ん ざ い 容 赦 し な か っ た。 あ れ に 限 ら ず 誰 で あ れ、 ﹃ 神 様 の ご 加 護 が あ る よ う に ﹄ な ど と 抜 か す や つ は 赦 さ ん し、 こ れ か ら も 赦 す つ も り は な い。 そ ん な 挨 拶 を し て よ い の は 国 王 陛 下 だ け だ ﹂ ﹁あれあれ﹂とあたしは内心呆れました、 ﹁だから神様があんまり気にかけて助けてくださらないんだよ。なにし ろ、 他 人 がおじさんのご加護をお願いしちゃいけないって言うんだからなあ﹂と。 (172) ― 172 ―
熊本学園大学 文学・言語学論集 第24巻第1号(2017年6月30日) あるじはこう続けました。 ﹁ だ い い ち わ し は そ れ ほ ど 貧 し く な い。 故 郷 へ 帰 れ ば 家 屋 敷 ぐ ら い は あ る の だ。 も し こ れ が バ リ ャ ド リ ー ド か ら 十六 レ グアも離れた生まれ在所でなく、あの 市 きっての高級地区コンスタニーリャにでもちゃんと無事建ってお るとすれば、善美を尽くした大邸宅だ、二十万マラベディーでも買えまい。 鳩 10 小屋も持っておった。残念ながら 壊れてしまったが、 もしそうでなければ毎年二百羽をくだらん雛が生まれておるだろう。 ほかにもいろいろある、 いちいち挙げんが。面目を考え、すべて捨てた。そしてこの 市 へ出てきた、なにかよい口がみつかるだろうと見 込んでな。だがあてが外れた。聖堂参事会員など教会のお偉方には何人も会ったが、話にならん我利我利亡者ば かり。世界じゅうの人間が束になってかかろうが、あの性根ばかりは変えられまい。木っ端騎士の連中にも仕え てくれと頼まれた。だがこういう者への奉公はひどく骨が折れる。なにしろ人間であるのを忘れ、便利使いされ る道具とならねばならん。それが嫌なら﹃出ていけ﹄と言われておしまいだ。報酬といえばたいてい長期の分割 払い。だがもっと多く、もっとも可能性の高いのは、ただ食わせるだけというやつだ。たとえ連中が改心して奉 公人の労に報いる気になったところで、衣裳部屋へ呼ばれ、汗染みのついた胴着か、着古したマントなり上着な りを一着もらうぐらいがせいぜい。爵位持つ人物をあるじにしようが、やはり貧乏暮らしに変わりはない。 では、ひょっとしてわしは能なしで、満足のゆく奉公ができんのか? 誓って言うが、もしわしが誰かと主従 の縁を結べば、そのあるじにとってなくてはならん側近となり、おおいに﹁忠義﹂を尽くしてみせる。なにしろ 噓 に か け て は 人 後 に 落 ち ん し、 名 人 級 の 阿 諛 追 従 が で き る の だ か ら な。 あ る じ が 十 八 番 の 冗 談 を 言 っ た と き は、 たとえそれが面白くてたまらんというのでなくとも大笑いするとか、どんなに本人のためになろうが気に障るこ とは口が裂けても言わんとか、目の前では言葉も行ないもとびきりまめまめしくするが、目に触れんときはおざ なり、きちんとやろうとせんとか、聞こえるとわかっておればわざとほかの奉公人と喧嘩してみせ、あるじにか かわることは少しもおろそかにせんよう見せかけるとか。あるじが下僕の誰かを叱っておるときは、その下僕を 庇うようでいてその実火に油を注ぐようなことを言い立てるとか、あるじが気に入っておれば褒め、逆であれば (171)― 171 ―
ラサリーリョ・デ・トルメスの人生(下) 意地悪く愚弄するとか、屋敷の中の者や外の者について告げ口するとか、他人の生活を探ろうと嗅ぎまわってご 注進に及ぶとか。ほかにもさまざま似たような﹁忠義立て﹂があるが、どれもわしにとっては朝飯前。昨今御殿 ではこんな見あげた振舞いがあたりまえで、そこのあるじたる人々のお気に召す。この人々は立派な人間が屋敷 うちにおるのを好まんどころか、むしろ忌み嫌い、見くだして馬鹿呼ばわり。やれ世事に疎いの安心して物事を 任せられんのと貶す。近ごろは小ずるいやからがあるじに対し、このような手をあれこれ弄しておる。わしもで きれば同じようにやってみたいが、いかんせん運に恵まれず、そのあるじがみつからんのだ﹂ こんなふうにあるじは、自分がどんなに能のある人間か語る一方で、相も変わらず自分の運のなさをこぼした んでございました。 さて、 あるじとこうして話していると、 玄関から男と婆さんがはいってまいりました。 男は家賃、 婆さんはベッ ドの借り賃の催促。 二人の計算によれば、 二ヶ月分であるじが一年かかっても得られないぐらいの額になります。 確 か 十 二、 三 レ ア ー ル だ っ た ん で は な い か と。 あ る じ は 二 つ 返 事、 市 場 へ い っ て 二 カ ス テ リ ャ ー ノ 金 貨 を 一 枚 崩 してくるから、昼過ぎにもう一度きてくれないかと申しました。ところが出ていったきり二度と戻りませんでし た。だから二人はまた あと 0 0 できたもんの あと 0 0 の祭り。あたしは二人に、まだ帰ってきていないと申しました。夜 になってもあるじは戻ってまいりませんので、ひとりで家にいるのが怖かったあたしは、あの隣のおばさんたち の家へいき、わけを話して泊めてもらいました。朝になるとあの取り立ての二人がそこへやってきて、隣の旦那 は? と 尋 ね ま し た。 け れ ど、 ︽ そ っ ち の 扉 が 駄 目 な ら こ っ ち の 扉 ︾ と や っ た と こ ろ で ⋮⋮。 お ば さ ん た ち は こ う 答えました。 ﹁ほら、うちに旦那が使ってる子がきてますよ。家の鍵も持ってます﹂ 二人に旦那は?と訊かれましたんで、どこにいるか知らない、両替に出ていったきり戻っていない、お金を両 替したあと、自分を置いておじさんやおばあさんたちから逃げてしまったんだろうと申しました。それを聞いて 二人は捕り方の役人と公証人を呼びにいき、まもなく連れて戻ってまいりました。そして鍵をとりあげたうえで (170) ― 170 ―
熊本学園大学 文学・言語学論集 第24巻第1号(2017年6月30日) あたしについてこいと命じ、立会人を呼び集め、財産を差し押さえて賃料の 形 にしようと玄関の戸をあけて中へ はいりました。そして家じゅう探しまわりましたが、お話ししたとおりきれいなもんでございましたんで、 ﹁あるじの持ち物はどうした? 櫃とかタペストリーとかの家財道具は?﹂と、あたしに尋ねました。 ﹁わかりません﹂と答えたら、 ﹁こりゃあゆうべのうちにどこかへ運んで隠したんだな﹂と。そして﹁お役人様、この小僧を捕まえてください。 こいつはありかを知ってます﹂と。 そう言われた役人はあたしのほうへきて、シャツの襟を摑んで脅しました。 ﹁おい、あるじの持ち物がどこにあるか言え。言わんと豚箱へぶち込むぞ﹂ こんな目に遭ったのは初めて。それは襟を摑まれたことは何度も。けれどもっとやさしくでございました、目 の見えない男を導いてやるためでしたんで。だから怖くてたまらず、べそをかきながら、訊かれたことはちゃん と答えますと申しました。すると、 ﹁よし、よし。じゃあ隠さず喋るんだ、恐がらなくていいから﹂と。 公証人が財産目録を作ろうと、壁に作りつけられた漆喰の椅子に座り、あるじはどんなもんを持っていたかと 尋ねましたんで、こう答えました。 ﹁はい。あの旦那様は、とっても立派な屋敷と、壊れてるけど鳩小屋も持ってるって言ってました﹂ そうしたら、 ﹁ そ り ゃ あ い い。 た と え ど ん な ぼ ろ 屋 敷 で も、 そ れ で お れ た ち に 借 り を 返 せ る ﹂ と。 そ し て﹁ で、 そ い つ は 市 の どこにあるんだ?﹂と尋ねました。 ﹁生まれ在所にあるって⋮⋮﹂そう答えたら、 ﹁いや、こりゃあ仕事がしやすい。で、その生まれ在所っていうのはどこだ?﹂と、また訊きましたから、 ﹁ カ ス テ ィ ー リ ャ・ ラ・ ビ エ ー ハ 地 方 の 出 だ っ て 言 っ て な さ っ た け ど ﹂ そ う 答 え る と、 役 人 と 公 証 人 は げ ら げ ら (169)― 169 ―
ラサリーリョ・デ・トルメスの人生(下) 笑って申しました。 ﹁そりゃ詳しくて結構な話だな、あんたらが貸しを取り立てるには。結構すぎるかもしれんが﹂ やっぱりその場にいたあの隣のおばさんたちが、こう証言してくれました。 ﹁ 旦 那 方、 こ の 子 は か か わ り ご ざ い ま せ ん。 あ の 郷 士 の 旦 那 ん と こ へ き た の は つ い こ の あ い だ で、 旦 那 に つ い て なに知ってるかっていえば、みなさんと同じでなんにも。かわいそうにおちびちゃん、お腹空かしてうちへくる もんだから、そのたんびこれも人助けと、分けてやれるだけのもんを分けてやってました。で、夜になると旦那 んちへ帰って寝てたんでございます﹂ 関係ないのがわかると無罪放免になりました。役人と公証人は男と婆さんに手間賃を催促いたしましたが、そ れがもとでひどい言い争いがはじまり、大騒動になりました。というのも男と婆さんが、なんの手間賃だ、なに も 差 し 押 さ え な か っ た じ ゃ な い か、 鐚 一 文 払 う 義 理 は な い と は ね つ け、 役 人 と 公 証 人 は、 も っ と だ い じ な 件 が あったのに、それをうっちゃってここへきたんだぞと言い返したからでございます。こうしてお互いさんざんや りあったあと、最後は役人の助手が婆さんの古毛布を 持って 0 0 0 ││まあ、毛布自体はもうそんなに 持たない 0 0 0 0 ような 代物でございましたが││怒鳴りあいながら五人連れ立って去っていきました。そのあとどうなったかは存じま せん。思いますに、あのかわいそうな毛布は、みんなのため金を払ったんじゃないかと。だとしたら結構な使わ れ方でございました、なにせそれまで苦労を重ねやっと楽隠居という段になって、またあちこち貸し出されたわ けでございますんで。 お話し申したとおり、あたしは気の毒な人だった三番目のあるじに捨てられ、いよいよ自分の運命のむごさを 思い知りました。それがどれだけあたしを打ちのめすかが、はっきりいたしましたから。物事を普通とは正反対 にしたからでございます。つまり普通はあるじが下僕に捨てられるのに、あたしの場合そうはならず、あるじが あたしを捨てて逃げてしまいましたんで。 (168) ― 168 ―
熊本学園大学 文学・言語学論集 第24巻第1号(2017年6月30日) 次 11 のあるじを探さなければなりませんでしたが、四人目はメルセス会の修道士でございました。さっきから話 に 出 て い る お ば さ ん た ち が 口 を 利 い て く れ た 男 で、 親 戚 だ と 申 し て お り ま し た。 こ の 男 は 坊 主 の 勤 め が 大 嫌 い、 修道院で飯を食うのも大嫌い、外を出歩くのが大好き、生臭いことや 他 人 を訪ねるのが死ぬほど好きというやつ でございました。それはもうすごくて、この男ひとりで履き潰してた靴の数は、修道院のほかの坊さんたちの分 を全部合せたより多かったんではないかと。あたしが生まれて初めて履き潰した靴は、この男からもらったやつ でございました。ただ履き潰したといっても、一週間と持たなかったんでございますが。あたしもまたそれだけ しか持ちませんでした、とにかくあんなにあちこち歩きまわられては⋮⋮。ここでは申しあげませんが、ほかに もいろいろあって、この男のもとを去りました。 そ 12 のあと、これまた持って生まれた悪運のせい、あの五番目のあるじと出会いました。 贖 13 宥状を配り歩くのが 商売の男でございましたが、まあ、こいつぐらい厚顔無恥なのもおりません。ある意味、並ぶ者なしの贖宥状配 り。これだけのやつは見たこともないし、これからも見ないでございましょうし、また誰か見た者があるとも思 えません。と申しますのも手練手管に長けているうえ、のべつなにかもっといい手はないかと考えているような 手合いだったんでございます。 贖宥状を配ろうと町や村へ足を踏み入れると、まず坊主というか司祭になにか手土産を渡します。これまたあ んまり値打ちのない、たいしたことないもんでございます││時期によって ム 14 ルシア産のレタス一個とか、ライ ムやオレンジを二、 三個とか、桃一個とか、黄桃を二つ三つとか、ひとり頭青梨二、 三個とか。こうやってご機嫌 とりに努めて商売の便宜を図らせる、つまり贖宥状を売るため教区の信徒を集めさせていたんでございます。贖 宥状のご利益か、あるじはあらかじめ相手の学がどの程度か調べがついておりました。もしもラテン語がわかる と聞けば、ぼろが出ないようそれをひと言も口にいたしません。けれどそのかわり、品のあるきれいなスペイン 語で立て板に水で喋ります。相手が金の力にものを言わせた坊主、つまり学を認められてまっとうに坊主になっ (167)― 167 ―
ラサリーリョ・デ・トルメスの人生(下) たんでなく、金で坊主になった人間とわかれば、その前で聖トマス・アクイナスに大変身、二時間もラテン語で べらべらまくしたてます。いえ、実際はラテン語なんかではないんでございますが、少なくともそう聞こえると いうわけで。 土地の連中がなかなか贖宥状を受けたがらないときは、なんとか工夫して無理にでも押しつけ、それでみんな に迷惑をかけておりました。また、ときどきは悪賢い手を使うことも。現に見た手口をいちいち語っていたら日 が暮れてしまうでございましょうから、ひとつだけ、よくぞ考えた、どれだけ悪賢いんだというやつをお話しい たします。それをお知りになれば、どんなにしたたかな男だったか充分お示しできるかと。 あ る と き ト レ ド 地 方 の ラ・ サ グ ラ の あ る 村 に 二、 三 日 足 を 留 め、 説 教 を し な が ら 例 に よ っ て 熱 心 に 贖 宥 状 を 勧 めておりました。けれど受ける者がございません。どうやら誰もその気がない様子。これに癇癪を起こしたある じは、どうしてくれようと考えたあげく、翌日村人を集め、贖宥状を配るのは今日が最後と告げようと決めまし た。 そしてその晩のこと、食事が終わったあと、捕り方の役人と甘いもんを賭けて勝負をはじめました。ところが やがてその勝負をめぐって喧嘩になり、罵りあいをはじめました。あるじは役人を泥棒と、役人はあるじをペテ ン師と呼びました。あげくのはて、わがあるじたる 代 15 理配布官 猊 下 が、賭けごとをしていた玄関にあった畑番用 の槍を摑み、役人のほうも腰の剣に手をかけるという騒ぎに。あたしども三人がわあわあ叫んだりどたんばたん やるのを耳にして、泊まり客や村人たちが駆けつけてきて引き離しました。すっかり頭に血がのぼっていた二人 は、こいつ殺してやると、止めにかかっていた人々の手をふりほどこうともがきましたが、大騒動を聞きつけて 野 次 馬 が わ っ と 集 ま り、 宿 屋 が 人 で れ 返 る よ う な あ り さ ま に な り ま し た ん で、 さ す が に 刃 傷 沙 汰 は ま ず い と、 また口喧嘩に戻りました。そのとき役人はあるじに、おまえはペテン師だ、おまえが贖宥状と触れまわってるの は偽物だと毒づきました。結局、村人は仲直りさせるのは自分たちの手に余ると諦め、役人を宿屋から別の場所 へ連れ出すことにいたしました。こうして、あとには腹の虫のおさまらないあるじがひとり残されましたが、そ (166) ― 166 ―
熊本学園大学 文学・言語学論集 第24巻第1号(2017年6月30日) のあるじもやがて泊まり客や村人たちに、どうかもうそれぐらいにしてお休みくださいと 宥 められ、主従、床に 就きました。 朝になるとあるじは教会へいって、贖宥状を配るためのミサと説教を知らせる鐘を鳴らすよう求めました。村 人は集まりはしましたが、贖宥状についてぶつぶつ申しておりました、あれは偽物だ、役人が喧嘩のとき自分で ばらしてたじゃないか、と。そういうわけで、ただでさえ気が進まなかったのが、今度の一件で絶対もらうもん かという気持ちになっていたんでございます。 代 理 配 布 官 猊 下 は 説 教 壇 へ 登 っ て 説 教 を は じ め、 あ り が た い 贖 宥 状 を 受 け れ ば 大 き な ご 利 益 と 赦 し が 得 ら れ る、この機会を逃してはならない、と人々を煽りました。話が最高潮に達したとき、教会の入り口にあの役人が 姿 を 現 わ し ま し た。 役 人 は 入 堂 す る と き の 型 通 り、 跪 い て 十 字 を 切 っ て 短 く 祈 る と、 立 ち あ が っ て 大 き な 声 で ゆっくり、言葉を選び選びこう話しはじめました。 ﹁ 善 男 善 女 の み な さ ん、 あ た し の 言 葉 に ち ょ っ と だ け 耳 を 貸 し て く だ さ い、 あ と は 誰 の 話 を 聴 こ う が じ ゃ ま は し ませんので。あたしは今ここで説教してるこのペテン師といっしょにこの村へきましたが、実はまるめ込まれて いました、仕事を手伝えば分け前をやると言われて。でも、そんなことをすれば自分の良心を穢し、みなさんに も損をさせてしまうと感じて、やっぱりいかんと思い直しました。そこで今みなさんにはっきり言います。この 男が勧めている贖宥状は偽物です。こいつの言葉を鵜呑みにして、そんなもんを受けてはいけません。もうあた しはどういう意味でもその贖宥状とは無関係。今を限りに職杖を手放します。地面へ投げ捨てます。いつかこの 男が詐欺で捕まったら、どうか証人になって、あたしは仲間じゃない、ペテンの片棒を担いでいない、反対に噓 だとばらしてやつの正体を教えたと、そう証言してください﹂ 役人はこれだけ言うと黙りましたが、実はその途中で、その場にいた何人かの旦那が立ちあがって、騒動にな らないよう役人を教会の外へ出そうといたしました。けれどあるじがその人たちを止め、いいからほっておいて なんでも言いたいだけ言わせてやりなさい、言うとおりしなければ破門ですよ、と申したんでございます。そし (165)― 165 ―
ラサリーリョ・デ・トルメスの人生(下) て自分もまた役人が今みたいなことを全部言ってしまうまで、黙って見ておりました。役人が口を噤むとあるじ は、ほかにもっと言いたいことはあるか、あれば言いなさいと促しました。すると役人は、 ﹁ あ ん た に つ い て も、 あ ん た の ペ テ ン に つ い て も、 言 い た い こ と は ま だ 山 ほ ど あ る。 で も 今 は こ の ぐ ら い に し と くよ﹂と。 代理配布官猊下は説教壇の中で跪いて手を合わせ、上を見あげてこう 宣 いました。 ﹁われらが主たる神よ、あなたの目から隠れるものはなく、あなたにはすべてが明らか。あなたに不可能はなく、 あなたは全能。それゆえあなたは真実を、いかにわたくしが不当な辱めを受けているかをご存じ。けれど、わた くしのことはかまいません。彼を赦します、主よ、わたくし自身があなたからお赦しいただけるよう。どうか目 をつぶってやってください。自分がなにを言い、なにをしているかわかっていないのです。しかしあなたに対し て行なった侮辱、これについてはお願いいたします。正義のため望みます。どうか捨ておかれませんよう。この 場の誰かが、あるいはこのありがたい贖宥状を授かろうと考えたかもしれないのに、あの男の偽りを信じ、気が 変わってしまいかねませんので。それは、そのわれらが隣人にとりこのうえなく悪しきこと。ゆえに主よ、お願 いいたします。捨ておかれませんよう。むしろただちにこの場で奇跡をお現わしください、このようになさって ││仮にあの人物の言葉が事実で、わたくしがペテン師の悪党であれば、この身を説教壇もろとも沈め、地の底 深くに留めて、どちらもふたたび地上へ出てこられないようなさってください。反対にわたくしの申すことが真 実で、 あれの言葉が噓、 悪魔に唆され、 会衆からかくも大きなご利益を奪い去ってしまうためのものであるなら、 同じくあれを罰し、一同の目にその邪な魂胆が明らかになるようなさってください﹂ ご 主 人 様 が こ う し て 敬 虔 に 祈 り お え る や い な や、 邪 な 役 人 は 派 手 に 倒 れ ま し た。 床 に ぶ つ か っ た と き、 教 会 じゅうに響きわたるほどすごい音がいたしました。それから役人は呻き声をあげ、歪めた口から泡を吹き、顔を しかめて手足をばたつかせながら、床をごろごろ転げまわりました。それを見てみんなわあわあ叫んだり、どた ばたやったりして、もうたいへんな騒ぎ。互いになんと言っているか聞きとれないありさまでございます。中に (164) ― 164 ―
熊本学園大学 文学・言語学論集 第24巻第1号(2017年6月30日) はぞっとして青くなっている者も。そうかと思えば﹁主よ、この人を助けたまえ、救いたまえ﹂と祈る者があっ たり、 ﹁当然の報いだ、 あんな噓を言い立てたんだから﹂と白い目で見る者があったり。あたしにはおっかなびっ くりに映りましたが、そのうちその場にいあわせた何人かが役人に近づいて腕を摑みました。近くにいた人々を ぼかすか殴っていたんでございます。脚にしがみつく人たちもおりました、死んでも離さないという感じで。な にしろこんなに癖の悪いラバもほかになくて、それはもうむちゃくちゃ蹴っておりましたんで。こうやってずい ぶん長いあいだ体を抑えておりました。なにしろ十五人を超す人間が上に乗っていたんでございますが、気を抜 こうもんならみんなしたたか顔を殴られたでございましょうから。 こんな騒ぎをよそに、ご主人様は相変わらず説教壇で跪いたまま天井を仰いで、手を上へ差し伸べておいでで ございました。そして顔には神秘の光に照らされているような恍惚の表情を浮かべ、教会の中に満ちていた泣き 声も叫び声も物音も、その神聖なる法悦境から目覚めさせることはできませんでした。 教会に集まっていた善男善女があるじのもとへ駆け寄り、大声で呼び起こして頼みました││かわいそうにあ の人が死にそうです。どうか助けてあげてください。これまでの振舞いや暴言は水に流してあげてください、も う そ の 報 い は 受 け と ら れ る ん で す か ら。 こ の 命 の 瀬 戸 際 か ら、 今 の 苦 し み か ら 救 う た め な ん か で き な さ る ん な ら、功徳と思ってしてあげてください。なにしろ主があなた様の願いに応え、あなた様への辱めの報いにただち に罰を下されましたんで、もうあの人が罪を犯したこと、あなた様が誠実に真実を述べられたことは、自分らに ははっきりしましたから││。 代理配布官猊下は、心地よい眠りから覚めたみたいな目でその人々を見、罪びとを見、そして周りに集まって いた面々を見まわし、それからとてもゆっくりした口調でこう 宣 いました。 ﹁ 善 男 善 女 の み な さ ん、 神 が か く も ま ざ ま ざ と そ の み 徴 を 現 わ さ れ た 者 の た め 願 う な ど、 本 来 け っ し て あ っ て は ならぬことです。しかし悪に報いるに悪をもってするなかれ、 受けた辱めは赦すべし、 というのもまた神の教え。 ですから安心してお願いしてよいでしょう、神よ、そのみ教えどおりなさってください、どうか神聖なる信仰を (163)― 163 ―