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〈論文〉前置詞句について

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(1)

抄録 英語の前置詞句について、その構造を Chomsky(2013)に提案される標示のアルゴリ ズムにより論ずる。前置詞句が、項や付加詞といった異なる意味機能に呼応するように {P, DP}または{ , PP}のような異なった構成を取り、後者のみが完全な前置詞句とし ての P の標示を付与されると主張する。 P はフェイズとなり、束縛にとっての局所領 域をも定義する。一方、項前置詞句は P でなく DP と標示されなければならないとする ことにより、前置詞句内の再帰代名詞・代名詞の分布が説明される。また、項前置詞句が DP と標示されることから、指定分裂文の焦点要素が取り得る範疇も導き出され、その他 の関連する問題も説明される。 1.はじめに 次の例に見られるように、同一の統語範疇が意味的に異なった機能を担うことがある。  (1) a.I gave a book to John.

b.His whereabouts are unknown to this day. c.John broke the crystal vase to pieces.

(1a-c)において下線を付しているのは何れも前置詞を主要部とするいわゆる前置詞句 であり、(1a)の to John は動詞 gave の項、(1b)の to this day は付加詞、(1c)の to pieces は the crystal vase の結果状態を述べる(二次)述語の機能が与えられている。文 中において担っている機能が異なっていれば、同一の範疇であっても統語的に異なった振 る舞いをするのは当然のこととも思われるが、そのような事実は言語の計算機構から概 念・意味(Conceptual-Intentional/C-I)機構への転送という観点においてどのように捉え られるべきであろうか。ミニマリスト・プログラムで仮定されている「強い極小主義の命 題(Strong Minimalist Thesis)」、つまり、言語は意味と音声を結びつける最適解である とすることが妥当とすれば、表面上、同一範疇のように認識されていても、意味機能にお いては異なるものとして解釈されるように統語構築物(syntactic object/SO)が形成され ているのではないかと考える。

本論文では、(1)の例にも挙げた英語の前置詞句ついて、特徴的な統語的振る舞いを取

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り上げながら、意味機能との関係からその構造を現行のミニマリスト・プログラムの枠組 みにより論ずる。まず、第 2 節で、項と付加詞において前置詞句の介在がもたらす再帰代 名詞の分布に関しての相違を概観する。それに説明を与えるため、第 3 節では Chomsky (2013)で提案されている標示のアルゴリズムを導入する。Chomsky によれば、標示は SO の意味解釈のために必要とされるが、前置詞句が項や付加詞といった異なる意味機能 に呼応するように異なった構成、具体的には、{P, DP}または{ , PP}を取り、後者の みが言わば完全な前置詞句としての P の標示を付与されることを主張する。第 4 節で は、述語に意味選択されている項前置詞句が P でなく DP と標示がされることにより、 再帰代名詞・代名詞の分布に関する事実を説明する。 P はフェイズと見做されて束縛の 局所領域を定義し、また、いわゆる付加詞条件の効果も導く。第 5 節では関連する問題を 扱うが、取り分け、指定分裂文の焦点要素が取り得る範疇やコピュラ同定文における一致 に関して若干の議論を加える。第 6 節は結論である。 2.項 vs. 付加詞?  (2)−(3)のような対比から議論を始めたい。   (2) a.Johni relies [on himself relies [on himself relies [on himself ].ii

b.Johni sent a letter [to himself sent a letter [to himself sent a letter [to himself ].ii

  (3) a.*Johni saw a snake [near himself saw a snake [near himself saw a snake [near himself ].ii

b.*The boxi has books [in itself has books [in itself has books [in itself ].ii

文中に生起する再帰代名詞については、一定の局所領域中で同一指示の先行詞から C- 統 御され、束縛を受ける必要があるとする束縛条件 A が充たされていなければならない。 (2)の例はその文法性からこの条件を充たしているものと考えられる。つまり、再帰代名 詞 himself がその局所領域において先行詞となる主語 John から C- 統御を受けているので ある。当該の束縛で問題となる局所領域を仮に再帰代名詞を含む最小の節(TP)として みると、表面的には(3a, b)でもそれぞれ再帰代名詞 himself/itself が局所領域内で意図 される先行詞 John/the box に C- 統御を受ける。一見、(3)の例においても、(2)の例と 同様、束縛条件 A が充たされているように思われる。しかしながら、何れの例も非文と なる。  (2)の a, b、(3)の a, b でそれぞれ共通している点に目を向けるならば、(2)で再帰 代名詞を含んでいる前置詞句は述語動詞にとって意味的に必須な項である。これに対し、 (3)で再帰代名詞を含んでいる前置詞句は、それを欠いても文が成立するという意味にお いて随意な付加詞的要素と見做せる。文法的である(2)の例と非文法的な(3)の例はこ の点で好対照を成している。端的に言えば、前置詞句の、項であるのか付加詞であるのか

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といった文中における意味的な機能によって、その中に含まれる再帰代名詞がその外に生 起している先行詞に束縛されるか否かが決定付けられているように思われる。  比較的最近の研究において、介在している前置詞句がその機能により再帰代名詞 のような照応形の束縛に影響を及ぼすといった主旨の観察は、例えば Lee-Schoenfeld (2008)に見出される。統語的な局所制約を与えるため、現行のミニマリスト・プログ ラム(Chomsky (2000)以降)においては「フェイズ」という概念が導入されている。 Chomsky (2000)では CP と、外項を伴った P ( *P)がフェイズの資格を持つとされた が、フェイズの候補についてはその後、様々な可能性が追究され、Abels (2003)、Lee-Schoenfeld (2008)、Drummond, Hornstein and Lasnik (2010)、Bošković (2014)などで は前置詞句もフェイズになるとされている。Lee-Schoenfeld は、C、 、D および前置詞 が主要部となる句について、その内部で主題役割付与が完結し、外部から意味選択を受け ずに主題関係上独立しているならば、その句はフェイズと見做され、照応形束縛のための 局所領域になるとしている1(フェイズが照応形束縛の局所領域になるという議論につい ては他に Quicoli (2008)、Hicks (2009)等がある)。前置詞句について、外部から意味選 択されないという状況は付加詞のそれにほかならず、主題関係上独立していることから、 再帰代名詞の束縛にも関与するフェイズとなる。Lee-Schoenfeld はドイツ語を分析対象と しているが2、このような分析によって(2)と(3)の対比が説明できるため、英語にも 適用可能と思われる。  項として意味選択される前置詞句がフェイズにならず、付加詞の前置詞句がフェイズに なることから、束縛条件 A の適用対象となる(2)−(3)と束縛条件 B(代名詞は局所領 域内で束縛されてはならない)の適用対象となる(4)−(5)が全く対照的なパターンを示 す事実は確かに導かれる。

  (4) a.*Johni relies [on himi].

b.*Johni sent a letter [to himi].

  (5) a.Johni saw a snake [near himi].

b.The boxi has books [in iti].

しかし、それほど単純でない事実がある。(3)と(5)では a, b 何れも前置詞句が付加詞 であると思われるが、Wilkins (1988)が指摘しているように、その中からの要素の摘出 可能性については違いが見られる。

  (6) a.Who did John see the snake [near who

  (6) a.Who did John see the snake [near who

  (6) a.Who did John see the snake [near ]? b.*What does the box have books [in what

b.*What does the box have books [in what

b.*What does the box have books [in ]?

(6a, b)で前置詞句が付加詞であるとすると、付加詞からの摘出を禁ずるいわゆる付加 詞条件により、何れにおいても同じような結果が現れることが期待される。が、(3a)と

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(5a)に対応する(6a)では前置詞句から疑問詞 who が摘出可能であり、(3b)と(5b) に対応する(6b)では前置詞句から疑問詞 what が摘出できない。このような事実から、 項と付加詞という区別だけでは十分な説明が得られない。また、前置詞句が項か付加詞か によって(2)−(5)における再帰代名詞と代名詞の相補的な分布が捉えられるとすると、 (7)のように再帰代名詞と代名詞が重複して分布するケースは問題となろう。

  (7) a.Johni looked [around himi/himself/himself/himself ].ii

b.Johni pulled the blanket [over himi/himself/himself/himself ].ii

 以下の議論では Lee-Schoenfeld (2008)の基本的主張は受け容れるが、項の前置詞句が なぜフェイズとならないのか、更に、意味選択上、項と見做されない前置詞句の振る舞 いについてどのような説明が必要となるか検討を加えたい。Lee-Schoenfeld は前置詞句は 本質的に主語を持たないと述べている(注 1 も参照)。この点については、前置詞句が項 であろうと付加詞であろうと一様に当てはまるように思われる。だとすると、機能的ス テータスが項か付加詞かを問わず、前置詞句の内部で前置詞の項が全て揃い、主題役割付 与は完結するはずである。文の構造は、ミニマリスト・プログラム以前のようには D- 構 造を仮定せず、併合のみによってボトムアップ式に、漸進的且つ同時平行的に組み立てら れていく3。この前提に立てば、項になるものと付加詞になるものとが文構築の初期段階 から構造上、異なった特徴を持ったものとして区別されることはないと考えられる。むし ろ、文派生の段階で、あるいはその結果、前置詞句が項や付加詞として識別できるように なると考えるのが妥当と思われる。次節では、このような手順がいかに可能となるのかを 考える。それにより、前置詞句が示す幾つかの統語的矛盾点について可能な説明を与えて みたい。 3.標示のアルゴリズムと前置詞句  前置詞句がどのように項あるいは付加詞と識別されるのかを議論するために、本節では Chomsky (2013)が提案している基本的な統語計算の仕組みを導入する。特に統語構築 物 SO に対しての標示のアルゴリズムが重要となるが、前置詞句に適用される際、どのよ うな標示の可能性が考えられるのか述べてみたい。  拡大標準理論を踏襲、改訂したモデルにおいては、文の構造に組み込まれる各投射は必 ず何らかの範疇標示を持ち、それが(8)の X バー式型から逸脱するようなものであれば 排除されると仮定された。   (8) a.X′ = X Y″* b.X″ = Z″* X′ ミニマリスト・プログラムにおいては文構造の構築が 2 項的演算である併合によって行わ

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れるが、Collins (2002)などが主張しているように、X バー式型に基づく投射の標示が不 要になる可能性がある。併合の際、この演算の適用を受ける 2 者のうち一方が他方を選択 する関係になるならば、結果として得られる SO の標示は(9)のように併合されたどち らか一方のそれを継承するのは必然的である。   (9) Merge (á, â) → {á, â} = ã (ãã (ãは á または â) これは従来、X バー式型で捉えられてきた内心構造以外の何ものでもなく、少なくともこ の理由で独立した X バー式型を仮定する必要は無くなる。また、X バー式型で用いられ た範疇標示は継承される素性の 1 つに過ぎないため、それにより全体を代表させる理由も 無い。もちろん、X バー式型に含まれた投射レベルを表すバー/プライムなどは、SO が 語彙目録中の要素のみから構成されなければならないとする「包括性条件(Inclusiveness Condition)」から仮定できず、不要である。  Chomsky (2013)は SO の標示を不要とすることについて可能性は認めるものの、標 示は C-I 機構における解釈のために不可欠な情報であるとしている。この考えに従えば、 SO は標示が与えられていなければ意味解釈がされず、排除されることになる。Chomsky によれば、標示の付与は派生過程においてフェイズ毎に C-I 機構への転送時に適用される 演算の 1 つである。原則的に、標示は、SO を構成する á と â のどちらか一方が主要部と 判断される場合、適用可能になる。最小探査の結果、SO の中で最も埋め込みの浅い語彙 項目を主要部と見做し、主要部の標示を SO の標示とする。したがって、SO = {á, â}に おいて á, â の何れも空集合でないとき、á が単集合であり â が単集合でないならば、á が SO の主要部と判断され、SO の標示となる。なお、標示というときには範疇標示でなく、 語彙項目が持つ情報全体を指すが、以下では提示の目的のために従来的な範疇標示を用い るので注意されたい。  具体的に P の標示を例に取ろう。

  (10) a.There [SO [arise a problem]].

     b.That girl [SO [solve the problem]].EAEA

(10a)の SO は非対格動詞句であり、SO = { , VP}である。 はそれのみから成る単集 合であるのに対して、VP は 2 項からなる集合{arise, a problem}である。したがって、 併合によって出来上がる SO は転送時に P(より正確には )と標示されることは自明 である。(10b)の SO は他動詞句であり、その標示は(10a)ほど自明でない。(10b)の SO は{DPEA, P}であるが(, P}であるが(, P}であるが(EAEAは外項 DPEAが外部併合された基底位置での出現を示 す)、DPEAは{that, girl}であって単集合でなく、併合相手である P (= { , VP})も単 集合ではない。DPEAと P の双方とも主要部の埋め込みの程度は同等である。したがっ て、(10b)では SO に標示がされず、その結果、C-I 機構において意味的に述語を欠いた

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解釈が与えられてしまう。よって(10b)は非文になると予測されるが、事実ではない。 Chomsky はこの点に関し、Moro (2000)の動的反対称性の基本的な考え方を採用しな がら、次のような解決策を提案している。(10b)の DPEAは基底においては併合した P と言わば対称的な関係になっているため、何れの主要部も SO の主要部とならない。が、 DPEAは基底位置に留まらず、TP に内部併合して表層の主語位置に現れる。一般に内部 併合は基底位置での出現を音声的に極小化し、究極的には不可視にするが、音声的にだけ でなくその後の統語計算にとっても不可視にする。これにより、(10b)の SO の主要部は と判断され、標示は問題なく行われる。  ついでながら、 P から摘出され TP と内部併合した DP は、伝統的な用語を用いれば TP 指定部を占めることになるが、これは X バー式型に基づいて投射するのが T 側とし ていたことによる。Chomsky (2013)が指摘するように、このようなことは単に規定され ているに過ぎず、TP と DP を併合した結果が TP にならなければならない必然性は無い。 併合の結果作り出される SO = {DP, TP}について、DP が単集合でないとすると、埋め 込みの最も浅い主要部の標示を継承するという原則的な標示の手順が適用できない。標示 がされない限りこの SO には意味解釈が与えられないが、もしそうだとすると(恐らく虚 辞以外の)主語 DP が出現するような文は存在し得ないことになる。標示のもう一つの手 順として、Chomsky は、SO = {á, â}で á と â 双方の主要部が共有しているような卓越 的な素性が最小探査によって検出された場合、主要部そのものでなく共有された卓越的素 性のみを SO の標示にすることができるとする。ただし、共有される卓越的素性とは、単 に齟齬がないという意味での「合致」では不十分であり、未指定だった互いの素性値が指 定されるという意味での「一致」が起こっていなければならない。SO = {DP, TP}にお いて、D と T の双方が共有する卓越的素性は ø 素性である。それを樹形図で敢えて示す ならば(11)のようになる。 (11)  øø ø ø ø ø ø (11)のような外心的な構造であれ、(9)のような内心的な構造であれ、標示が最小探査 によって行われるのは異ならない。なお、(11)については第 5 節で立ち戻る。  (10)で P の標示の手順を見たが、V(P)と を併合して P が組み立てられることを

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前提としている。Chomsky (2013)によれば、V は語根でそれ自身では範疇を決定する 特性を持たないのに対し、 は一種の機能範疇で範疇を決定する要素であるため、SO の 標示に貢献するのは後者である(cf. Marantz (1997), Borer (2005))。このような分析が その他の範疇にも当てはめられ、かつての名詞句は語根 N の句ではなく、それと併合さ れる機能範疇 あるいは D の句であり、形容詞句も語根 A の句ではなく機能範疇 の 句とされる。同様に、前置詞句についても Svenonius (2003)などの分析に見られるよ うに、語根 P の句ではなく機能範疇 の句となる。前置詞句の構造を基本的にこのよう に仮定することにするが、完全な前置詞句としての P に対し、言わば不完全な裸の PP の存在も否定されるわけではない。PP は が欠如していることから P とは標示されな い。その標示については直ぐ後で論ずる。前置詞句が P であるとすることにより、Lee-Schoenfeld (2008)等が前置詞句をフェイズとしたのを、裸の PP ではなく、 P がフェイ ズになると読み替えることができ、以下ではそのように仮定する。  Lee-Schoenfeld は前置詞句が意味選択された項の場合、フェイズにならないとしたこと を思い出したい。これについて、例えば、動詞が DP に担われるべき着点の主題役割を内 項に選択しながら、いわゆる構造格としての与格を付与する能力を持ち合わせていないよ うな状況を考えよう。

  (12) a.Mary sent a mail to me.

     b.[P + send [P [PP to DP]]] Chomsky (2004)によれば、述語の項構造の具現は移動を伴わない外部併合によって行 われるが、そのような項構造の具現は述語の局所領域内、換言すれば、フェイズ内で完結 する。(12a)で P フェイズを派生する際、(12b)のように動詞の着点項 DP が P 内に 埋め込まれているならば、この DP は動詞の項と見做されない。 P がフェイズであると 仮定するため、 P フェイズが完成すると の補部領域である PP が外部機構に転送され てしまい、 P フェイズに属す要素がその外側の P フェイズの要素から見えなくなって しまうためである。したがって、(12a)は解釈不可能な要素を含むとことになってしまう が、実際にはそのようなことはない。  完全な前置詞句は PP と の併合で形成される P であるとしたが、ここで PP と が 併合することは義務的でないという提案をしたい。 が辞書から選ばれず PP と併合され なければ、言うまでもなく、 P の標示はあり得ず、 P フェイズも形成されない。そのよ うな場合、(12a)で P フェイズを派生する際、(12b)のように着点 DP が P に埋め込 まれることはない。P が着点 DP と併合されるとき、最小探査により最も埋め込みの浅い 主要部を見つけて標示を行おうとするが、P 自身は語根であって範疇決定要素ではないた め PP の標示はできない。P と同程度に埋め込まれている DP は単集合ではないものの範

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疇決定要素 D の標示を受け継いでいる。このことから、むしろ、(13)のように DP の標 示が与えられると分析する。当該の SO が標示を得るための可能性は他に無いため、これ は一種の最終手段とも取ることができる。   (13) [P + send [DP to DP]] (13)では P フェイズが介在せず、動詞の項構造が P フェイズ内で全て具現することに なる。かつて Ross (1967)や Postal (1971)は前置詞を(14)のように NP の構造の中で 接頭辞的要素として分析した。   (14) [NP P NP] (12)では動詞が構造格としての与格の付与能力を持たないと仮定したが、項 DP と併合 した P が動詞からの内在格付与の仲介役として(あるいは、その内在格が音声的に実現 した形態格、つまり、接頭辞的要素として)振る舞っているのではないかと考える。  前置詞句が (P)を欠く PP(標示としては DP)でなければならないのは、動詞のよう な述語要素が同一フェイズ内で項構造を具現させるため、つまり、前置詞句が述語の項と なる場合である。一方、前置詞句が他の要素と主題関係上、独立性が高い付加詞のような 場合には、範疇決定要素 が出現しない限り前置詞句自体に標示がされず、C-I 機構への 転送後に付加詞として認識されないことから適切な意味解釈が与えられなくなる。 は、 また、V 補部の DP に対する他動的 ( *)と平行的に、P 補部の DP に格付与を行う能 力を持つ。もし、付加詞の前置詞句であるにも拘らず が併合されなければ、{P, DP}が DP の標示を得たとしても、P 補部の DP に対して格が付与されず、他の要素からも格が 付与されないことから、結果として、適切な音声解釈が与えられず非文になると考えられ る。以上のように、前置詞句の意味機能上の違いが前置詞句そのものの構成上の違いに関 連付けられるのである。 4.P^DP vs. P  前節では Chomsky (2013)により、前置詞句の文中における機能の違いに応ずるよう にその構成が異なり、それにより、標示のされ方やフェイズの形成の有無に違いが生ずる ことを述べた。本節では、このことが再帰代名詞・代名詞の分布に対してどのようなこと をもたらすのか論じていく。なお、以下の議論において前置詞句の正確な区別をするとき には、接頭辞的前置詞を伴う DP については「P^DP」を、主要部 の標示が与えられた 完全な前置詞句については「 P」を使用するが、従来の意味で区別をせずに言う場合に は「前置詞句」を続けて用いる。  まず、第 2 節で見た前置詞句に含まれる再帰代名詞の束縛について、(2)の例を再掲し たい。

(9)

  (2) a.Johni relies [on himself relies [on himself relies [on himself ].ii

b.Johni sent a letter [to himself sent a letter [to himself sent a letter [to himself ].ii

これらの例では前置詞句が動詞に内項として意味選択されている。したがって、前節で提 案した分析により、前置詞句の標示は P でなく DP (= P^DP)になっていることが必要 である。これが正しいとすると、フェイズとなる P が介在しないことになり、動詞の全 ての項が出揃う P フェイズの中で、再帰代名詞が主語 DP をその先行詞とすることがで き、実際に束縛条件 A を充たしていることを説明する。同様のことは先行詞が 2 通りに 取れる(15)にも当てはまる。

  (15) Johni told Billj [P^DP about himself about himself about himself ].i/ji/j

再帰代名詞とは逆に、代名詞は束縛条件 B を充たすべく局所領域内で先行詞を持たない。 (16) (= (4))を例に取ろう。

  (16) a.*Johni relies [P^DP on himi].

     b.*Johni sent a letter [P^DP to himi].

この場合も(2)や(15)と同様、 P フェイズが介在していないとすれば、同一指標に よって意図されるような束縛は( P フェイズ内で)不可能となる。意味選択の関係があ るものの間にはフェイズの境界が介在してはならないことにより、P^DP に代名詞が含ま れた(16)の非文法性は自然に導き出される。  以上の例では再帰代名詞と代名詞の相補分布が単一フェイズ( P)の中で把握された が、(3)と(5)での相補分布についても振り返っておきたい。

  (3) a.*Johni saw a snake [near himself saw a snake [near himself saw a snake [near himself ].ii

b.*The boxi has books [in itself has books [in itself has books [in itself ].ii

  (5) a.Johni saw a snake [near himi].

b.The boxi has books [in iti].

これらの例で、前置詞句は随意な付加詞的要素であると第 2 節で述べた。他から意味選 択されず、主題関係においてその内部で完結したものであるとすると、それは P^DP で はなく P となるべきである。それにより、意図される先行詞が P フェイズに生じる際、 P フェイズに含まれた再帰代名詞・代名詞は既に外部機構に転送されていると考えられ、 先行詞と同一のフェイズ内には存在しない。同一フェイズ中で期待される束縛が成立しな いため、再帰代名詞を含んだ(3a, b)は束縛条件 A を充たせず非文となるが、代名詞を 含んだ(5a, b)は束縛条件 B を充たすので文法的な文が派生されることになる。   P フェイズの有無によって束縛の基本的な事実は説明された。ここで、項・付加詞と いう二分法では前置詞句を掴み切れないとした(6)の例を(17)として再録する。   (17) a.Who did John see the snake [P near near near whowho]?

(10)

     b.*What does the box have books [P in in in whatwhat]?

(3)と(5)で付加詞と見做された前置詞句は随意性、主題関係上の独立性という点では 共通しているものの、(17a, b)に示されるような相違がある。これについてはどのよう に考えるべきであろうか。すぐに気が付くこととして、Wilkins (1988)にも指摘されて いることではあるが、(5a)では P の near him の有無によって文意が変わり、この P が生起している場合、それが直前の目的語 the snake に対する述語として機能する。(5b) ではそのようなことが無く、 P は純然たる付加詞以外の解釈は無い。Chomsky (2004) 以降において、付加詞は文の基本構造を作り出す集合併合ではなく、付加構造を作る対併 合によって文に導入される。Chomsky (2008)に従い、次のような規定をしておこう。   (18)  集合併合で文に組み込まれた SO の要素のみが上位集合の要素から可視的であ る。 上位集合の要素からの探査にとって可視的であることが内部併合適用の前提条件になると すると、(17b)で純粋な付加詞の P に含まれた要素は探査対象にならず内部併合ができ ない。付加詞条件はこのように新しく説明し直される。(17a)では P の要素である who が移動されているので、 P は集合併合されたものでなければならない。集合併合そのも のは Chomsky が言うように基本的に自由に適用され、その結果の合法性はフェイズレベ ルで判断される。(17a)の P フェイズが外部併合で(19)のような構造として組み立て られるとしよう。ただし、 P フェイズ中で起こると思われる移動については省略する。   (19) [P DPEA [VP DPIA see P]]

この構造では VP 内で、see と最初に併合する P が次に see と併合する内項 DPIA (the

snake)と叙述の関係になる。(5a)および(17a)で前置詞句は動詞からの意味選択が 無く P となるものの、DPIAと叙述関係を成り立たせることから、 P が外部併合されて

いるこの構造は結果として合法と見做される。この点において単なる付加詞である(5b) および(17b)の P とは異なっていると言えるが、その標示が P であるという点では違 いが無い。 P はフェイズになると仮定していることから、その中からの疑問詞の摘出は Chomsky の提案するフェイズ不可侵性条件(Phase Impenetrability Condition/PIC)に 従って行われなければならない。ここでは PIC を次のように定義しておく。   (20) フェイズ á は、その極辺を除き、á の外部にある要素から接近不可能である。 フェイズの極辺は従来の指定部および主要部に相当するが、 P フェイズの極辺を経 由して移動させるならば、PIC に違反することなく疑問詞を摘出することができる4 Riemsdijk (1978)は前置詞句内に COMP を仮定して移動の脱出口としたが、そのように 仮定する根本的な理由がフェイズ理論から与えられることが指摘できる。  では、(7a, b)についてはどのような分析が可能であろうか。これらの例では問題とな

(11)

る前置詞句内に再帰代名詞だけでなく代名詞も生起することができ、両者の間の相補性が 失われているように見える。

  (7) a.Johni looked [around himi/himself/himself/himself ].ii

b.Johni pulled the blanket [over himi/himself/himself/himself ].ii

(7b)の例から考えたい。この場合、上の(5a)および(17a)で与えた分析が、まず、 適用可能ではないかと思われる。 P が言わば結果の二次述語になると分析すれば、(19) に示したように、 P が VP の中で DPIA (the blanket)と叙述関係を結ぶような構造とな

る。

  (21) [P Johni [VP DPIA pull [P over himi]]]

二次述語として機能する前置詞句は純粋な付加詞と同様、随意的な要素であることから P であると考えられ、 P であるならばフェイズとなり、その中には先行詞を必要としな い代名詞のみ生起可能となる。それとは別の可能性として、前置詞句内に含まれた DP を 動詞の着点項と見做すことができる。この場合には、動詞からの意味選択が可能なよう に、前置詞句が P^DP となっている必要があり、P^DP はフェイズとならないので、その 中に現れ得るのは先行詞を必要とする再帰代名詞となる。

  (22) [P Johni [VP DPIA pull [P^DP over himsef over himsef over himsef ]]]ii

 (7a)でも前置詞句を結果の二次述語と分析すれば、その標示は P となる。しかし、 その主語が何になるかが問題である。これは動詞が非能格自動詞であることに起因する が、look を turn one s eyes in some direction のように分析してみると、顕在化するこ とはないが one s (= John s) eyes が二次述語の主語となり、 P による叙述は可能と思わ れる。 P 中にはやはり代名詞が生起することになる。他方、前置詞句に含まれた DP を 動詞の内項とすれば、前置詞句は P^DP となり、その中には再帰代名詞が生起すること になる。  (7)のような例で再帰代名詞・代名詞の分布を捉えるために複数の構造を与えるとい う可能性については Hestvik (1991)でも触れられているが、それぞれの構造に応じて 話者が異なった解釈をしているわけではないとして退けられている。これに関し、(21) と(22)の構造を比較すれば、前置詞句の標示がそれぞれ P と P^DP になるが、それ以 外に大きな違いは無いと言える。(21)では P が DPIAを叙述するが、(22)も、Larson (1988)が与格構文の分析で主張しているように、P^DP が(pull と複合して)DPIAを

叙述するような構造であり、Hestvik の批判を受けないと考える。Hestvik は Chomsky (1986)の束縛理論を発展させた分析を提案している(注 1

参照)。束縛理論適合性(BT-compatibility)に基づき、含まれているのが再帰代名詞か代名詞かによって SO が束縛に とっての局所領域となるか否かが決定されるとする。しかし、指示指標など既に動機付け

(12)

を失った概念(第 3 節参照)を含む束縛理論適合性が現行のミニマリスト・プログラムと どのように整合し得るのか不明である。また、生起するのが再帰代名詞か代名詞かにより 意味解釈上の違いが実際に無いわけではないため5、むしろ、上のような分析が支持され る可能性がある。いずれにせよ、更なる議論は必要かと思われる。 5.P^DP の DP として特性  以上では、機能範疇的要素 が併合された場合には前置詞句が P と標示されてフェイ ズとなるが、併合されなかった場合には DP と標示されフェイズにならないことを提案し た。それにより前置詞句に含まれた再帰代名詞・代名詞の分布の仕方を特に論じてきた が、本節ではこの提案から導出されると思われる他の事柄について述べる。  前節で取り上げた束縛は C- 統御という構造関係に基づいているが、まず、それについ て、(23)のような例を見たい。

  (23) Johni talked to Mikej about himself about himself about himself .i/ji/j

この例では再帰代名詞 himself の先行詞として、主語 John だけでなく、前置詞 to の補 部 Mike も可能である。主語は再帰代名詞を C- 統御する位置を占めているので先行詞と なるのは自明のことと思われる。自明としたが、前置詞句に含まれている再帰代名詞が 動詞の項であり、意味選択が遂行されるように、前置詞句が を欠いてフェイズとなら ない P^DP になっていることが前提である。もう一つの先行詞候補である Mike につい てであるが、前置詞句内に埋め込まれており、従来の単純な前置詞句の構造を仮定した 場合、姉妹(併合相手)となる前置詞 to に含まれない再帰代名詞を C- 統御することはな いはずである。C- 統御が成り立たないにも拘らず束縛が可能であるという事実について、 Chomsky (1981)は隣接する talk^to が他動詞として再分析され、それにより to の補部 であったはずの DP が再帰代名詞を C- 統御できるようになるとしている。この分析によ れば、talk と to が隣接していない(24)は再分析が適用されずに非文となるはずである が6、実際には非文とならない。

  (24) I spoke angrily to the men about each other.

Pollard and Sag (1992)は、(24)のような例は C- 統御に基づく束縛の説明にとって、動 機付けの弱い複雑な C- 統御の定義を与えない限り解決されない難問であると述べている。 しかし、本論文の提案によれば、(23)の to Mike、(24)の to the men が動詞の項であ ることから P^DP となり、前置詞を伴わない DP と同様の扱いを受けることになる。し たがって、併合の結果得られる全く単純な C- 統御により、このような例の束縛も十分に 捉えることができる。

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  (25) John seemed to themi to like the menj.  (i ≠ j)

(25)では、主節に含まれる代名詞 them が不定詞節に含まれる指示表現 the men と同一 指示になることができない。これは、指示表現が自由でなければならないとする束縛条件 C からの要求であるが、実際には代名詞は前置詞 to の補部であり、問題の指示表現を C-統御しない。が、前置詞句 to them が主節動詞に項として意味選択されることから P^DP になっているとすると、代名詞が指示表現を C- 統御することが可能となる。したがって、 束縛条件 C から両者が同一指示にならないことが説明される。ただし、束縛条件 C は局 所領域に限られないため、フェイズが束縛に関与するのとは別の段階で適用される必要が ある。  P^DP は DP の標示がされていることにより、主要部 D の特性から意味的により指示 的あるいは個別的な事物、つまり、< > タイプの要素として解釈される(Partee (1987) 参照)。そのような特性は、(26)に挙げる指定文、その中でも特に(26b)のような分裂 文に結び付けられる。

  (26) a.Mary s husband is John.

     b.It was John who bought a hat and a coat.      c.What John bought is a hat and a coat.

Akmajian (1970)などによって指摘されているように、分裂文では(26b)の John のよ うに DP と、(27)の to John のように前置詞句が焦点要素として許容されることがよく 知られる。

  (27) It was to John that I spoke.

一方、擬似分裂文は焦点要素として、(26c)の a hat and a coat のような DP だけでなく、 (28)に見るようにさまざまな範疇を許す。

  (28) a.What he is is angry with himself. angry with himself. angry with himself (形容詞句)(形容詞句)      b.What John did was buy some wine. (動詞句)      c.Where John was was in the garden. (前置詞句)      d.What she said was that he was injured. (補文)

(27)では焦点要素である前置詞句が前提節内の内項に対応しているが、前提節内の意 味選択によりこの前置詞句は P^DP になるように思われる。DP の標示によって意味的に < > タイプの要素になるとすると、それにより、指定文の特徴であるコピュラ後の要素 の < > タイプ解釈が導き出される。言うまでもなく、このような解釈のされ方は(26b) にも当てはまる。次の(29)も指定分裂文の例である。

  (29) It is with great pride that I accept this nomination.

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内項ではなく、むしろ、付加詞に相当する。上での分析から、主題関係において独立性の 高い付加詞は P^DP でなく、 が併合された P でなければならない。標示が DP でなく P であれば、焦点要素は < > タイプの解釈を受けないことになり、指定文としては不適 格になると予測される。  (26a, c)に見るように、指定文ではコピュラに先行する前提要素に含まれた変項に対し 後行する焦点要素が値を与えるが、指定分裂文では(26b)のように前提要素が文末に置 かれて代名詞 it がその代用となる。Hedberg (2000)によれば、代名詞 it は虚辞ではなく 実質的な DP あり、意味的に it は前提節と複合体を形成する。また、2 項述語 be の介在 により、it は be に後続する < > タイプ要素と同定される。Hedberg の分析に従えば、指 定分裂文の be は虚辞的コピュラではなく、焦点要素となる < > タイプ項を選択する(cf. Reeve (2011))。(27)と(29)で前置詞句が be の項として意味選択されているとすれ ば、それは P^DP となり、DP の標示がされた SO として C-I 機構へ転送されることにな る。要するに、ここで DP の標示がされるべきなのは前提節内の項ではなく、be の項な のである。なお、(29)の前置詞句が < > タイプ要素と解釈される場合には、心理状態の 特定の種類を指し示していると理解できる。これが正しいとすれば、指定分裂文における 焦点要素の標示は DP と前置詞句の 2 つではなく、むしろ、DP のみに限られることにな る。  分裂文の焦点には DP と前置詞句以外の要素も出現し得ることが報告されている (Reeve (2011)やその引用文献などを参照されたい)。具体的に、(30)では形容詞句が 焦点として生起している。

  (30) It is proud of himself that John seems to be.proud of himself that John seems to be.proud of himself

Reeve (2011)は、焦点要素が DP の場合と形容詞句のような場合とでは派生の仕方が異 なると主張する。前者では(31a)に示すように、DP に前提節 CP が対併合されて付加構 造を形成し、全体は DP となる。後者ではその可能性が無く、(31b)に示すように前提 節 CP 内から繰り上がった焦点要素が前提節 CP に対併合され、付加構造全体は CP とな る7

  (31) a.( be) [DP DPi [CP wh/Opi wh/Opwh/Op ]]

     b.( be) [CP XP [CP ]]XPXP Reeve の分析には、派生の違いが使用文脈の違い(強い対比文脈か否か)に関連付けら れるといった利点もあるが、本論文では(31)の分析は取らない。Reeve の 2 つの派生を 認めたとすると、例えば、(31b)に含まれる繰り上げが集合(内部)併合ではなく対併 合になるのはなぜか、また、果たしてこのような繰り上げの誘因はあるのか、(31b)で は焦点となるべき XP が CP の付加位置にある一方、(31a)については焦点 DP が CP を

(15)

包含しており、そもそもこのような構造でそれらが前提から分離した焦点と見做し得るの か、疑問である。その他、問題は少なくない。  指定分裂文であれば be 直後に焦点となる < > タイプ項が選択されるものとすると、 (30)の形容詞句も C-I 機構へ転送される際、DP の標示が為されているべきである。範疇 を決定するのは機能範疇的な要素であって AP はあくまでも語根の SO であるとすると、 D が AP と外部併合をして DP を形成する派生があったとしても、それほど不合理なこと とは思われない。しかし、D が NP(または、N の何らかの拡大投射)以外を補部として 外部併合することは、事実としてやはり変則的である。このため、形容詞句が指定分裂文 の焦点となるときには一定条件の下、ある種のタイプ変更が起きているものと考えるが、 厳密にどのような条件が課されるのかについてはここでは論じない。前置詞句の場合には P の補部が DP であり、機能範疇的な の併合が無ければ自動的に D の標示がされるた め、タイプ変更に依ることなく指定分裂文の焦点になれることが形容詞句などとの相違点 になる。指定分裂文における無標の焦点が DP および前置詞句とされてきたのは、言わば このためとも考えられる。(28)の指定擬似分裂文との違いについては、含まれる be の 意味選択的特性の違いなどが考えられるが、それについても稿を改めて議論することにし たい。  再び前置詞句の議論に戻ろう。前置詞句が意味選択されるような場合には P ではなく P^DP となることが指定分裂文からも動機付けられたと思われる。他に < > タイプの要 素として前置詞句が文中に生起する例としては、Stowell (1981)がコピュラ同定文と呼 んだ次のようなものが挙げられる。

  (32) a.[Under the chair] is a nice place for the cat to sleep.      b.Is [under the chair] a nice place for the cat to sleep?

(32)において前置詞句は主語位置を占めている。これは(32b)の直接疑問文における 主語・助動詞倒置の事実からも明らかである。意味的には < > タイプの要素であると考 えられるが、指定文の例で見たように、< > タイプであるならば前置詞句は P^DP になっ ていると期待される。実際に、Bresnan (1994)に引用される付加疑問文(33)において 文末の付加要素中、主語が代名詞 it で置換されていることからも、主語の前置詞句は D の標示がされた SO、つまり、P^DP と見做すことが可能である。

  (33) Under the bed is a good place to hide, isn t it?

この分析によれば、Bresnan が提案しているような抽象的な名詞を主要部とする(34)の 構造を仮定する必要は無い。

  (34) [NP (A PLACE) [PP under the bed]]

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る 2 つの < > タイプ項が同定可能か否かを C-I 機構の規則によって判断されればよい。  前置詞句が P^DP になることにより、コピュラ同定文では動詞 be が主語項として < > タイプ要素を意味選択していると考える。be 動詞は外部併合により局所的に意味選択 を行うが、その後、主語項が TP に内部併合される際、第 3 節で述べたように、標示の 問題が生じてくる。SO の標示は最小探査によって埋め込みの最も浅い主要部の標示が 継承されるが、P^DP (= DP)と TP の併合では D と T が同程度に埋め込まれている。 Chomsky (2013)に従えば、D と T の双方に共有された卓越的素性である ø 素性が(11) に図示したように SO の標示となる。しかし、次のような Stowell (1981)の例は問題と なろう。

  (35) [Under the stars] is a nice place to sleep.

P^DP に埋め込まれた stars が複数であることから、D の ø 素性にも複数に関する情報が 含まれると思われる。一方、is に実現されているように、T の ø 素性には単数に関する 情報が含まれている。とすると、両者の間には ø 素性の一致が起こっていないことにな る。コピュラ同定文でも関係する ø 素性の一致が起こることは Levine (1989)で挙げら れている次のような例に見て取れる。

  (36)  Under the bed and in the fi replace are not the best (combination of) places to leave your toys.

(36)では 2 つの主語 P^DP が等位接続されているが、等位項の総数と T (are)の数の情 報が一致している。P^DP は標示としては DP であるが、P^DP の中で最も浅く埋め込ま れた主要部は実際には範疇決定能力を持つ機能範疇 D ではなく語根の P である。P は標 示に関しては主要部と見做されないものの、最小探査にとっては D よりも浅く最寄りの 主要部となるため、P の介在が(35)での素性一致に影響を及ぼしているのではないかと 思われる。英語の前置詞は表面上、屈折を示さないが、ø 素性についてデフォルト値であ る 3 人称単数が与えられており(Schütze (1999)参照)、最小探査時に、D の ø 素性に優 先すると仮定してみれば、(35)での一致を捉えることができる。 6.結論  英語の前置詞句に関する諸問題について、Chomsky (2013)の標示の理論に基づき考 察を行ってきた。かつての X バー式型に従えば前置詞句は一様に分析がされるが、それ では十分に説明できない問題に対して解決策を与えることができた。範疇決定能力を持つ の併合の有無により前置詞句が P と P^DP とに区別され、前者はフェイズを形成する が後者は形成しないとするのが本論文の中心的主張であった。 の併合は全く自由である が、適切な解釈が与えられるためには結果として出来上がる SO が意味選択に掛かる構造

(17)

的条件を充たさなければならない。つまり、前置詞句が項となるときは P^DP である必 要があり、付加詞や(二次)述語となるときには P である必要がある。これを前提に、 Lee-Schoenfeld (2008)等の主張するようにフェイズが束縛にとっての局所領域を定義す ると仮定することにより前置詞句内における再帰代名詞・代名詞の基本的な分布が捉え られた。更に、再帰代名詞・代名詞の非相補性の問題についても、内項 P^DP と二次述 語 P が共に V 補部位置に外部併合されるとすることで可能な説明が与えられた。P^DP は接頭辞的な P を伴ってはいるものの、通常の項 DP と異ならない。このような分析は、 再帰代名詞・代名詞の束縛についてだけでなく、指定分裂文の焦点要素の(無標の)範疇 をも自然に捉えることができる。標示は C-I 機構における解釈のための指示となる。D の 標示を持つものが(補文を除いて)一般に述語の項と解釈されるとすれば、強い極小主義 の命題にとっても望ましい状況と思われる。  前置詞句に議論の焦点を当ててきたが、紙幅の都合により、前置詞の残置や随伴(第 5 節で触れたものを除く)といった重要な問題を議論することができなかった。提案され た分析についても広く通範疇的に、あるいは、通言語的に適用することができるのかと いった問題が残される8。その他の関連する問題を含め、今後の課題としたい。 1 ミニマリスト・プログラム以前で、これに近い議論として Hestvik (1991)がある。 Hestvik は Chomsky (1986)が提案している束縛についての局所領域を修正し、次 のような定義を与える:  a. á  a. á  a. にとっての束縛領域 D は、á および á の統率子を含む最小の完全機能複 合である。   b. ã は、その主要部に関係する全ての主題役割が項位置に具現しているよう な領域である場合、そしてその場合に限り、完全機能複合となる。 Hestvik によれば、前置詞句は本質的に主語を持たずに完全機能複合となる。 2 Lee-Schoenfeld (2008)は以下のような例を挙げながら、付加詞前置詞句と項前置詞 句に含まれる代名詞の束縛のされ方の違いを説明している。

 Eri sah [PP direct vor sichi/ihmi] eine Schlange auf dem Boden.

he saw directly in-front-of self/him a snake on the fl oor He saw directly in front of him/himself a snake on the fl oor.

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 Die Fraui interessiert sich nur [PP für sichi (selbst) / sie*i].

the woman interests self only for self (emphatic) /her The woman is only interested in herself.

では前置詞句が付加詞でありフェイズとなるため、その中に含まれる代名詞 ihm はフェイズ内で自由でありさえすればよく(束縛条件 B)、単純再帰代名詞 sich と同 様、フェイズ外の主語 er による長距離束縛は可能である。一方、 では前置詞句が 再帰動詞 sich interessieren の項であるためフェイズとならない。代名詞 sie は主語 die Frau と同一フェイズのメンバーであると見做され、両者間には束縛関係が結ば れない。この場合には、代名詞が単純再帰代名詞と異なった振る舞いを示す。 3 併合は、Chomsky (2004)により、文の基本的な構造を構築する集合併合(set

merge)と付加構造を作る対併合(pair merge)に分類される。以下では特に断らな い限り、併合は集合併合を指す。また、集合併合は従来の「基底生成」に相当する外 部併合(external merge)と「移動」に相当する内部併合(internal merge)に更に 分類されるが、これについても区別が必要なときのみ言及することにする。

4 前置詞句ではないが、二次述語からの疑問詞の摘出は次のような例でも観察される。  Whati did John arrive [whistling ti]?  (Borgonovo and Neeleman (2000))

この場合も無条件に摘出が許されるわけではなく、一次述語である動詞と二次述語と の間に一定の意味的条件が課される。これについては本論文の射程外である。 5 (7)のような例に含まれるのが再帰代名詞か代名詞かで意味解釈が変わるという指摘 はこれまでも為されており(例えば、Kuno (1987))、Hestvik (1991)もそれについ て言及している。Hestvik は、そのような意味的相違がここで問題としている非相補 性の直接の原因と考える必要は必ずしも無いとする。 6 (24)とは対照的に、次の例は実際に非文となる。  *I talked about Johni to himselfi.

to 句が一種の後置を受けているようにも見えるが(cf. Postal (1971))、もし項の位置 を占めていないならば、それは P^DP ではなく P となり、再帰代名詞の束縛を阻止 するフェイズの介在を裏付けているようにも思われる。

7 より正確には、(31a, b)の何れの派生を取るかは焦点要素に対応する関係詞の有 無が関わる。Reeve (2011)によれば、DP の場合、(31b)の派生もあり得るとす る。前置詞句の場合には前置詞によって(31a, b)の両方が可能な場合(in, on)と、 (31b)のみが可能な場合(to, with)があるとする。

8 本論文の分析が日本語のような言語の後置詞句にも適用できる可能性がある。日本語 では、DP だけでなく後置詞句も構造格付与の対象となることが知られる(Takezawa

(19)

(1987)など参照)。意味選択されている項後置詞句を DP^P と見做し、DP と異なら ないものとすれば、構造格は英語と同様、DP のみに付与されることになる。

参考文献

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参照

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