へーゲルの『法哲学』 : その成立の背景(6):『惑星軌道論』(前編)
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(2) 下城 一. 20. 星の間にある小惑星の存在の可能性に関説し、理性的体系哲学の立場からその実在を否定 してみせたヘーゲルの非科学的な思弁哲学ぶりを示すものとして後々の悪評を被ってもい るものである。だが、それにしても何故、この時ヘーゲルは、それまでに彫琢を重ねてき た宗教哲学的論考でも政治・法哲学的論考でもなく、直前に執筆した「フィヒテとシェリ ングの哲学体系の差異」 (1801 年)でもなく、敢えて、当時勃興目覚しかったニュートン自 然科学に正面から異を唱えようというこのテーマを選択したのだろうか。就中、小惑星の 発見が大いに期待されていた観測ブームの中においてである。 実のところそこには、ライプニッツ、カントをそれぞれの頂とする、当時のドイツの哲 学思想全体の大きな本流と新興自然科学の学的関係の問題が伏流していた。自然科学の勃 興は、既にその本流の向きを変えるほどの力を持ち始めており、ニュートン力学の成功は、 カント哲学をその初めから自然科学の陣営に引き込むほどの勢いを見せていた。中世から 近代、或いは近代から現代への転換とも言い得る、この自然科学の勃興を巡る学問観全体 の大転換が惹起せずにはいなかった問題を浮き彫りにし、そこにヘーゲルが勇躍イエナ大 学に提出した教授資格申請論文『惑星軌道論』に込めたその時点における哲学思想上の真 意と、そこからのヘーゲルの体系哲学の展望とを洞察するのが本稿の主題である。 若きヘーゲルは数多くの草稿群を書き遺したが、そのギリシア哲学的知見については、 さしたる論考を書き遺していない。がしかし、1802 年にシェリングと協働編集する『哲学 批評雑誌』に発表した「懐疑主義と哲学の関係」に盛られた弁証法思想の深さを見る限り、 ヘーゲルが. ――. 後の哲学史講義を見るまでもなく. ――. 既に非常に高度なレベルで. ギリシアの哲学思想を理解し、ソクラテス・プラトンの哲学に対してとりわけアリストテ レス哲学をそれらの完成形・最高度のものとして高度に理解していたであろうことは疑い ない。ニュートンの色彩論に対するゲーテの反論を理解するにしても、ただアリストテレ ス自然学をもって近代自然科学によって乗り越えられたものと切って捨てるだけの史観か らは見えてこないその真意を、ヘーゲルが精確に捉えていた可能性が大いにあるのである 5。 近代自然科学が本質的に回避している哲学的・世界観的な盲点を、それまでの学問観を挙 げて補完しようとして取り組まれた哲学的試みの系譜がそこに観てとられねばならない。 そのことは、カントがニュートン力学の哲学的基礎付けと称して、実際には、ニュートン が自然科学的に回避した力の概念を、敢えて形而上学・独断論に引き戻しても復活させて、 ニュートン力学を補完的に拡充してみせたその経緯に如実に見て取れる。自然科学者の誤 りを主張するヘーゲルの思想もまた、現在の自然科学的世界観からは全くの思弁的誤り・ 形而上学的強弁にしか見えないとしても、当時の、あるべき「学」の彫琢を目指していた 哲学者の目からは、プラトニズム的・数学的・二元論的自然科学では説明のできない盲点 を正確に照準した、アリストテレス哲学的世界観に遡る理性的哲学の実践に他ならなかっ たことが見てとられねばならない。. 2.
(3) へーゲルの『法哲学』. 21. 第一節 『惑星軌道論』起稿の思想的背景 カントの批判哲学が彼岸に押しやった理念的なもの=真理の顕現を、理性ではなく感性 を通じてこの現実のうちに掴み取ろうとする、シラーを典型として取り組まれてきた美的 プラトニズムの哲学的試みは、その蹉跌を、ヘルダーリンが人生そのままに、学生時代か ら取り組んできた『ヒューペリオン』で予示し、悲劇『エンペドクレス』で、自身の運命 と重ねて、決定的に辿ってみせるよりなかった。ヘルダーリンその人の悲劇は、その理論 的蹉跌をそのまま人生として生きる以外ない生のその非凡さにあった。 その一部始終を目の当たりにしながら、当初はともにその美的陶酔を呼吸しつつ 6、愛に 期待を寄せ、そうであるがゆえにその愛における僅かな亀裂も見逃さず、やがてその運命 の過酷さを嫌というほど思い知らされることになるヘーゲルの落胆ぶりが如何に大きかっ たかは、伝記作者ローゼンクランツが報告している当時のヘーゲルの幾つかの詩作の内容 の異様さから読み取ることができる。 「… 「来い、ここへ」この語は彼を本能より引き離し、飼主のもとへと強いる。 されど一匹の牝犬がにもかかわらず彼を右に惹きつける。停れ。戻れ。彼は聴かず。鞭 がおまえを待つ。私はもはや彼を見捨てる。 垣より彼は忍び入る。病める良心が歩みを遅らせる。 「私のもとへ来なさい」 。おまえは遠く私をめぐりて、尾を振る。彼はそうせずにはいら れないのだ ―― 汝らいまだ「そうせずにはいられない」こころを見たことはないだろうか。ここにそれ を見る。彼は他のように振舞うことはできなかったのだ。 おまえは、打擲に悲鳴を挙げる。 「主の呼ぶ声に従え」 との。 」. (1798/12/107). ローゼンクランツによれば、当時ヘーゲルは、ファウストよろしくむく犬を飼っていた とされる。それを凝視めるヘーゲルの目はしかし、どこかこの世界を離れ去ってしまった かのような寂寥感に包まれている。 遡って 2 年前 1796 年、ヘルダーリンの招きに応じてフランクフルトへ赴く途次、アルプ スを旅行しながら想を得たとされる「エロイジス」の、まだその蜜月を夢見て酔いしれた かのような神秘的な合一感と比較すれば、その落差は歴然といえよう。 「… 心は観照のうちにわれを忘る。 わがものとわたしが呼ぶものは消えた。 わたしは無限にみずからを捧げる。. 3.
(4) 下城 一. 22. わたしは無限のうちにあり。一切なり。ただ一切なるのみ。 めぐり来る思想より遠離かり、 限りなきものに戦き驚きつつも 心はこの観照を捉えず。 空想は心に永遠なるものを近づけ、 それを形態と結ぶ。 ―― よくこそ来たった、汝ら、 おごそかなる霊ども、崇き影どもよ、 それらが額より完成の光は輝く。 心は恐れない。わたしは感じる 汝らを包む光輝、厳粛も総てわが故郷なりと。 (1796/88). … 」. 両詩の間に横たわる広大な心理的間隙を看過しなければ、一見同じ自然との合一を主題 に歌われたかに見える以下の詩に、しかし、最早決定的な世界との齟齬を、その基調低音 として読み取ることは難しくないであろう。 「… 流れに抗いて寄する浪よ。 わが所を固守せんと我は努めぬ。 周りに満つる汝が冷気に包まれ それに抗がう争いのうちに強められて われは濡れつつ岸辺に歩み寄りぬ。 されど彼方に酔える顔ばせもちて ルナは靄のうちより押し昇りたり。 そが頬は大地と霧をめぐる熱き戦いに紅潮せるや、 はたまた死すべき輩吃の前に肌を露わにして処女のごとく頬を染むるなるや。 われらとわが平地、木々の方に そは媚びつつ輝きをむけたり。 不死なるものは乏しくもならず、 卑しくもならずして、大地に身を委ね、大地とともに生くればなり。… 」 (「月光浴」1800/8/21 9) 「不死なるものは乏しくもならず、卑しくもならずして、大地に身を委ね、大地ととも に生くればなり」 、最終行に記されたその運命の反対が、有限なる死すべき人間の運命であ った。そのことをヘルダーリンの現実が嫌というほどヘーゲルに見せつけていた。 既にして、自然との合一は、ヘーゲルにとって手放しの陶酔ではありえなくなっていた。 全体と対立する個が、如何にして無限者に達するかについて考察する宗教哲学的文脈にお. 4.
(5) へーゲルの『法哲学』. 23. いても、アクセントはむしろその宗教的高揚の渦中において決して消え去らない個として の現実性の方に向け変えられてきている。一見、論理的な無味乾燥の進歩に見えるヘーゲ ルの弁証法論理の展開は、だから、実際には、青春の希望の蹉跌をそのまま論理化した、 ヘーゲルの人生そのものの軌跡だったと言える。 「思考する生は、形あるもの、すなわち死すべきもの、移ろいゆくもの、限りなく対 立するもの、たがいに闘い合うものから、生命に溢れ、移ろうことのないものを、多様 性という死せるものや自分自身を殺すものをともなわない関係を、統一すなわち考えら れた関係ではなくて、ひたぶるに生き、ひたすら逞しく、限りのない生を取り出して、 これを神と名づける。こういう人間の高揚、と言ってもこれは有限より無限への高揚で はない. ――. 何故ならば有限とか無限というものは単なる反省の産物に過ぎないし、. そのようなものとしての両者の分離は絶対的だからである. ――. 。そうではなくて、. 有限な生から無限な生への高揚こそ宗教である。無限な生を抽象的な多と対立させて精 神と呼ぶことができる。というのは精神とは多様なものの生ける合一であるが、それは 自分の形態としての多様に対立するものであって、それから分裂して生命を失った空虚 な多としての多様に対立するものではない。というのもそのような場合には、精神は法 則と称され、ただ考えられたもの、生命を失ったものに過ぎない空虚な統一となるだろ うから。精神とは多様なものと合一した、生命を与える法則であって、この時に多様は 生命を与えられるものとなるのである。もし人間が、この生命を与えられた多様性を同 時に一群の多者として措定し、しかも生命を与えるものと結びつけるならば、これら一 オルガン. つ一つの生命は機関となり、全体は生命の無限総体となるのである。もし人間が無限の 生を全体の精神として同時に自己の外部に、というのは人間自身が限られたものである から、措定するならば、つまり自分自身を同時に限られたものである自己の外に措定し、 自分を生けるものにまで高め、この上もなく心のこもった密接な仕方でそれと合一する ならば、彼は神に祈っていることになる」 (1800/9 10) 「思考する生」が、 「形あるもの、すなわち死すべきもの、移ろいゆくもの、限りなく対 立するもの、たがいに闘い合うもの」を、「生命に溢れ、移ろうことのない」 「生」に変え る. ――. ヘーゲルがここで、単なる生物学的「生」ではなく、「思考する生」「移ろうこ. とのない生」とし、また単なる「反省」では「絶対的分離」しかもたらさないとしている ことは充分留意されておいてよい 11 ―― 。単なる反省の産物に過ぎない「有限や無限」 あるいは「分裂して生命を失った単なる多としての多様」に対立するだけの「精神」であ れば、それは「法則」に過ぎない。 「多様なものと合一した、生命を与える法則」が「精神」 である。 見られるとおり、全体を統一する「精神」が、このとき二重の仕方で規定されている。 「思 考する生」が、自らの「ひたぶるに生き、ひたすら逞しく、限りのない生」を「神」と名. 5.
(6) 下城 一. 24. 付けるときのような、 「全体」としての「生命の無限総体」としてあらわれる「精神」がそ の一方であり、それに対し、「ただ考えられたもの、生命を失ったものに過ぎない単なる統 一」でしかない「法則」としての「精神」がもう一方の規定である。その二重の規定のう ちで、このときしかしヘーゲルの目は、繰り返し「単なる統一」でしかない「法則」とし ての「精神」の方に回帰している。続けてヘーゲルは書く。 「多様なものがここではもはや多様として措定されないで、同時に徹頭徹尾、生きた 精神との関連において、生命を与えられたものとして、機関として現れるとしても、正 しくそのことによって依然としてしかし何ものかが排除されることとになり、従って不 完全性と対立とが、つまり死せるものが残ることになるであろう。換言すれば、多様な ものがただ機関としてのみ関係の中に置かれると、対立そのものは除去されるが、生と いうものは決して合一や関係としてみなされうるものではなくて、同時に対立ともみな されなければならないものである」 12 ヘーゲルがスチュアートの『経済学』を学んだのもこの時分である 13。 「所有」を原理と して、 「個」を原子論的に措定する近代市民社会の論理として、それは理解された。 「国家が所有の原理を持つとすれば、教会の法は国家の法律に反していることになる。 国家の法律は徹頭徹尾限定された権利に、つまり極めて不完全に、所有者として考えら れた人間に関わっており、これに対して教会では人間は一個の全体者であり、行動し組 織を作る見えるものとしての教会の目的は、人間にこの全体性の感情を与え、かつそれ を保持するということである。教会の精神において働くことによって、人間は全体者と して、単に一つ一つの法に対抗して働くばかりではなく、国法の精神全体に対抗して、 つまり国法全体に対抗して働くことになる」 14 近代市民社会を組織する「経済」原理は、「国家の法律」として、 「徹頭徹尾限定された 権利」しか与えないのであり、 「人間」を「極めて不完全に、所有者として考えられた人間」 として、限られた側面からしか規定しないのである。ヘーゲルは続ける。 「. …国家が堅くその全体を誇示し、押し寄せる教会の波を権力を持ってその岸から. 遠ざけようとするならば、国家は非人間的で恐るべきものとなり、狂信を生み出すこ とになるだろう。狂信はひとりひとりの人間や人間的な諸関係を国家の権力の中で見 るから、それらの中にある国家を、従って同時にそれらを打ち砕くのである。. ――. しかしもし国家の原理が完璧な全体であるとすれば、教会と国家が別々のものである ことは不可能である。後者にとって念頭に置かれたもの、支配的なものは、前者にと っても、想像力によって表現され生きたものとして、まさしく同じ全体者である」. 6.
(7) へーゲルの『法哲学』. ここからヘーゲルが、 「完璧な全体」としての「国家の原理」の探求に向かったことは理 解に難くない。 自然との合一は、それゆえもはや、それだけでは全くヘーゲルを安心させうるものでは なくなっていた。ヘーゲルを駆り立てて止まなかったものは、現実への衝迫である。 「 春は切迫す。外的な生命に向かいて迫る。 あたかもそれを迎え、また人間をも迎えて、 自らを捧んとて蕾はふくらむ。 太陽は成長す、声高くかつあらあらしく、 あらゆる官能の努力は外に向かう。 ―― そのときなお汝わがうちにも像をたつるなり。 自然の形より高き像を。 逃れんとする内なるものをとらえんと。 いざや精神は自然と合一すべし。 されど急ぐことはなく、また汚さるることなく。 さらば、貴き祭司よ、汝の厳しさは すでに結ばれたりと密かに思うものをなおも分かつなり。 ようやく汝がものとして母に受け入れられ、 ようやく罪の女神の前に解き放たれ、 愛は今や光に満ちて、汝より燃え上がることを許されて、 汝に仕えつつ、汝が幸いのみ花咲き得ん。 … 」(1800) 15 こうした思想的深化を経験しつつ、ヘーゲルはヘルダーリンが去ったフランクフルトに なお 2 年留まり、その後漸くイエナに赴く。そこでヘーゲルがイエナ大学に提出した教授 資格申請論文が『惑星軌道論』であった。しかし何故それは『惑星軌道論』でなければな らなかったのか。 民主主義的自由の香りの漂うビュルテンベルクの生家に育ち、現実に対する繊細な観察 眼を持った若きヘーゲルの理想を、いつも打ち倒してきたのが、立ちはだかる現実であっ た。そのことは、これまで記してきた通りである。それは『イエス伝』で運命に打倒され るイエスと重ねて見守らざるを得なかったヘルダーリンの内面的思想悲劇の運命だけでな く、外界に目を転じても、このとき、自ら政治文書を公刊するまでに案じたドイツの政治 情勢も状況は同じであり、 『ドイツ憲法論』の執筆を巡ってヘーゲルは、「ドイツはもはや. 7. 25.
(8) 下城 一. 26. 国家ではない」と言い放つよりなかったのにほかならない. 16。若き日に歓喜の声を挙げて迎. えたフランス革命でさえ、このときにはナポレオン軍の略奪・狼藉になりさがってドイツ を脅かし、失意のヘルダーリンが移り住んだホンブルクでは、それでもドイツの遅れた政 治的解放を促すためにフランス軍を引き入れることが、略奪・狼藉の屈辱を耐え忍んでも なされねばならないことかどうかが真剣に議論されねばならないという始末であった 17。 そうしたなかヘーゲルは、シェリングに宛てて、周知の「青年時代の理想は、反省の形 式に転じ、 同時に一つの体系へと変わっていかなければならなかった」 という書簡を書く 18。 1801 年 1 月、ヘーゲルは、フランクフルトを漸く離れ、シェリングが既に教授の座に列 しているイエナ大学の講師となることをめざす 19。慣例に従って提出を求められることにな っていた教授資格申請論文を、しかし、先に『フィヒテとシェリングの哲学体系の差異』 の公刊にあたっていたヘーゲルは、それによりその締切に間に合わせることができず、異 例の形で、先に討論テーゼ 20を提出して公開討論を行い(8 月 27 日)、その後 10 月 18 日に なって漸く急遽作成した『惑星軌道論』を教授資格論文として提出する 21。 しかし、そのような行動をとったヘーゲルの真意を忖度するとき、奇妙な点に気づく。 既に見てきたとおり、ヘーゲルはこれまでに、 『ユダヤ教の本質』や『キリスト教の実定性』 『イエス伝』 『キリスト教の本質とその運命』といった宗教哲学的な論考をかなりの量書き 溜めてきており、また「愛」を巡る弁証法論理的論考の諸断片、政治パンフレット、草稿 『ドイツ憲法論』といった政治・法哲学的論考も手許にあり、就中、直近の『フィヒテと シェリングの哲学体系の差異』の原稿が手許にあったはずである 22。もちろん、これ以外に、 ローゼンクランツの報告する、カント哲学に関する複数の論考、ギリシア哲学に関する論 考・メモ群、スチュアート経済学に関する論考、シェークスピアに関するメモ等もあった に違いなく、とすれば、それらを差し置いてもなおヘーゲルが、このとき、仮令未完成で あっても、 『惑星軌道論』をテーマに選び、なおかつ新惑星の発見を目指した観測ブームの 渦中というリスクを敢えて引き受けながら 23、もってイエナ大学に乗り込もうとしたことに は相応以上の理由があったと見なければならない。時流の自然哲学に合わせて見繕ったと いった程度のものなら、他にももっと色々な論題もあったはずで、見方によっては非常に リスクの高いテーマと承知の上の選択だったはずである。冒頭記したように、提出された 『惑星軌道論』は勃興著しかったニュートン的自然科学に敢えて異を唱える を変えて見れば蛮勇の試みであったわけで. ――. ――. 立場. 論より証拠、直後に新惑星の発見とい. う検証的事実に遭遇することとなり、確かにそれが時流の先端をかすめたものだったとは いえ、ヘーゲル流の自然学の思弁性が即座に露呈されかねない、極めてリスキーなテーマ だったことは、疑いない。にも拘らず、敢えて、時間のない状況の中で、 『惑星軌道論』が 選ばれた、その真意は何か。 加えて更に考えておかねばならないことは、 『惑星軌道論』が果たしてヘーゲルが、その とき主張したかった事であったのかどうか、ということである。ヘーゲルがそれを通じて 言いたかったこと、またそれを受理したイエナ大学の哲学者陣が、それをどのような意図. 8.
(9) へーゲルの『法哲学』. 27. のものと受け取ったかは、充分慎重に捉え直してみる必要がある。間違っても、現代の自 然科学的文脈からそれを未熟な思弁哲学的失敗作であるとか、自然科学に対する正反対の 立場からの思弁哲学的・形而上学的批判であるとかいった受け取り方をしてはならない。 それが当時新興のニュートン自然科学の本質的欠落を補い、それが扱うことのできない世 界の起源の問題にまで踏み込み得る哲学的・形而上学的補完の役割を持つものとして、ニ ュートン自然科学を規範とし頂点とする新興の近代的学問観に上位する真の哲学的・形而 上学的学問観を打ち立てようとする試みの一部として提出され、またそう受け取られた可 能性が看過できないからである 24。 結論先取的に言えば、このときのヘーゲルの真意は、惑星軌道の論証などにあるのでは なく、ケプラーや形而上学的天文学などを引き合いに出しながら、ニュートン力学を規範 とする新興の自然科学一般の本質的欠点を指弾し、一点突破的に自らが構想し準備しつつ ある真の学問体系の片鱗を併せて開示してみせるところにあった。シェリングを含むイエ ナ大学教授陣も含めて、そのように受け取ったことは疑いない。現代まで席巻する自然科 学的な学問観からは見えてこない、それに代わる、哲学と自然学(Physik 連続する、もうひとつの. ――. というより本来の. ――. 物理学)とが. 学問観への期待がそこにはあ. ったのである。 遡れば、前批判期のカントが、一貫して宇宙論的な論考を重ねていたことが知られてい る。特に 1781 年の『純粋理性批判』の出版に遡ること 26 年前、1755 年に執筆された『天 界の一般自然史と理論』は、それをカントが、後にカント-ラプラス説として有名になっ たその太陽系銀河生成論の先取権争いをランベルトと行ったこととも相まって、批判期以 後の 1780 年代 90 年代になっても尚、立て続けに刊行を繰り返している事実がある。内容 的に言えば、後に見るように、若きカントがケーニヒスベルク大学での教授資格を希望し て提出した三論文『火について』 (1755)、『形而上学的認識の第一原理についての新解明』 (1755)、 『自然モナド論』 (1756)はいずれも、当時の自然科学的な最新知見をもとに、そ の補完として哲学的意義付けを行ったものであり、補完というよりはむしろ、哲学理論を 用いて自然科学的知見を、その不足も含め批判的・統一的に説明し直し、もって自然科学 そのものを拡充してみせる試みであったことが想起されねばならない。 先回りして言えば、自然科学が説明することのできないこの世界の起源を説明する哲学 によってこそ、真の学問は構築されうると、若きカントによっても、また若きヘーゲル並 びにその周辺によっても、当時考えられていたというのが歴史の真相である。ニュートン が導入した「慣性」原理を. ――. 現代自然科学的に見れば、それこそ「隠れた性質」を. 措定せずに済むための、形而上学的独断論と科学とを分ける、前近代と近代の分水嶺だが、 その数学的な理解は 18 世紀末になっても未だ一般化していないというのが歴史の実情であ る. 25. ―― カントが、自然科学的無知からではなくて、哲学的理性により敢えて、 「力」. の概念を再導入して置き換えて見せたその企図は、だから、自身の本来の学的立場からす る、自然科学の哲学的な補完、すなわち自然科学の本来の学問による、その欠落の補完を. 9.
(10) 下城 一. 28. 通じての統一的再構築・自然科学の完全な形を目指したその拡充の試みであったのである。 それ故カントは、自身の手による哲学的補完がニュートン力学の科学的・数学的本質を 180 度変えるものになることの自覚の上でなおその敢行を辞さず、かつニュートン力学に対す る賞賛を一貫して変えずにいられたのにほかならない。若き日の『天界の一般自然史と理 論』で表明したその極めて自然神学的な立場を、批判期以降も一貫して堅持したその事実 が、近年のプラースやM.フリードマン等の主張する、三批判も含めたカント哲学体系全体 の自然哲学的企図を裏付けるものと言って過言ではないと思われる 26。 そう考えるとき、現代の自然科学万能の学問観から見れば、余りにアナクロニックで反 科学的というしかないヘーゲルの『惑星軌道論』の冒頭の筆致が、どういった学問観の系 譜の上で述べられており、何を言いたいがための誇張であるのか、その真意の有りどころ が一体どこなのか、それらの点が自ずと見えてこよう。 「天体を除いて、自然が作り出す地上のいかなる物体も、自然の第一の力、すなわち 重力の点から見れば、十分に自立的とは言えない。これらの物体はいずれも、たとえこ れらがどれほど完全にそれ自身の仕方で宇宙の像を表現していても、全体の圧力によっ て消滅することになる。これに対して天体は、土塊に束縛されることなく、その重心を 自らのうちに十分に担っているから、神々のように透明なエーテルの中をゆったりと移 動する。だから太陽系と呼ばれるこの生命体以上に理性の崇高で純粋な表現はないし、 また哲学的考察にふさわしいものは他に存しないのである。かつてキケロがソクラテス を称えて、哲学を天上から引きずり下ろしてこれを人間の日常生活に適用したといった あの称賛は、全く注目に値しないことであるばかりか、あるいは少なくともこう解釈さ れるべきであろう。. ――. つまり、哲学が天上から引き下げられ、そして再び天上に. 持ち上げられるように、全努力が傾注されるのでなければ、哲学は人間の日常生活に何 ら益するところとなりえまい、と。 狭く限定された学位論文の枠内では、このように重大な対象を取り扱うにはいささか 適当ではない。そこでここでは、ただ基礎的原理を提示するだけでよしとせざるを得な いであろう。これを試みるにあたって、私はまずさしあたり〔1〕天文学がその物理学的 な面において一般に依拠しているところの基礎概念を論じておきたい。次に〔2〕、真の 意味での哲学が、太陽系の機構について、主として惑星の軌道に関して確証している諸 点について叙述したい。そして最後に〔3〕、古代哲学から有名な例を借用することによ って、数学的な比例関係の規定についても、哲学がどれほど有益であるかを提示したい と思う」 (GWⅤ237) 一著の序文としては余りに短く性急な文章のなかでヘーゲルは、矢継ぎ早にはっきりと その自身の学問的意図を明らかにしている。その最初の提示は、ニュートンその人が敢え てそれ自体の解明に立ち入ろうとしなかった「重力」を「自然の第一の力」と明言して見. 10.
(11) へーゲルの『法哲学』. せている点であり、次に自立的な天体が、 「神々のように透明なエーテル」の中を進むとさ れている点である。ヘーゲルは宇宙空間に遍満する質量的「エーテル」概念を重要視した が、それついてはデカルトが支持したものの、ニュートンがそれをアプリオリな基準系と しての絶対空間に読み替えて以後 まで. ――. ――. 現代量子力学等における「場」の考え方に至る. 現代自然科学において放逐され続けてきた発想である。第三に、天文学が、. 力を扱う「物理学」であらねばならないにもかかわらず、その基礎概念として数学に依拠 してしまっている、としている点。最後に、太陽系の機構を真に説明するとされているの は、理性的(ratio 比例的)な「哲学」以外にない、と明言されている点である。 これらのヘーゲルの対ニュートン批判的な明言が、新興の自然科学的学問以前のもうひ とつの真の学問への期待として、如何にドイツの学問状況を規定し続けてきたかについて は、前述した、カントの前批判期の思想発展の様子から明らかであろう。ニュートンが導 入した「慣性」原理を、哲学的理性的に「力」の概念で置き換えて見せたカント同様、ヘ ーゲルもまた、ニュートンがその「万有引力」の概念により、同一の法則が支配するもの として、ギリシア・アリストテレス哲学以来の区別を撤廃した天上界と地上界の質的相違 について、27. ―― 自然科学的立場からはそれこそニュートン力学の功績とされる ――. それを「再び天上に返す」とあたかも形而上学的に蒸し返しているように見える点も、先 に見た、このときのヘーゲルの思想的発展段階に照らせば、真相は、天上と地上の生成を 同一のものとしつつも区別せねばならないとして説明しようとする、哲学的理性的な弁証 法的論理の展開がそこに明かされていると見倣し得るのであり、同一でありながら、断じ て区別・対立は抹消されはしないとの、この時までにヘーゲルが到達していた哲学的信念 が、まさにそこで披瀝されていると見ることができるのである。 「力」を放逐する数学を学問規範とすることで世界の起源を説明できない自然科学的世 界観の限界が、そこに見届けられているだけでなく、そのように始められるヘーゲルの『惑 星軌道論』が、如何に、そうした新興の自然科学的世界観の限界を超えて真の学問を構築 しようとする、ライプニッツ‐カントと続く哲学本流の系譜の上に立脚するものであった か、以下、その実相を明らかにする。. 第二節 自然科学の方法と形而上学的補完 若きカントは、1755 年の『天界の一般自然史と理論』の冒頭に付した要旨で次のように 述べている。 「第一部 銀河の現象から導き出される恒星群の一般的体系的構造の概要。この恒星系と惑星系 の類似。天空の遥か彼方に楕円形になってあらわれるこのような体系の発見。被造物全. 11. 29.
(12) 下城 一. 30. 体の体系的構造に関する新しい考え方。 結論。惑星の離心率は距離に比例して大きくなるという法則に基づいて、土星の彼方 にもっと多くの惑星が存在することを蓋然的に推測する。 第二部 第一章 宇宙の機械的起源を説く学説の根拠。それに対する反対根拠。あらゆる可能な考え方 のうち、双方を満足させる唯一の考え方。自然の最初の状態においては、すべての物質 の要素は宇宙空間のすべてにわたって分散していた。引力による最初の活動。最も強力 な引力点における物体形成の始まり。この中心物体に向かう要素の全般的落下。物質が 極小部分に解体されるとき、この部分は斥力を持つ。斥力と引力が結合することによっ て落下運動の方向が変化する。これらの運動はすべて一様に同一の方向へ向かう。すべ ての粒子はひとつの共通平面へ押し寄せ、そこに堆積しようとする。これらの粒子の運 動速度は徐々に落ちて、それらが位置する距離に見合う重量と均衡状態になる。すべて の粒子が中心物体のまわりを円をえがいて自由に公転する。惑星はこれらの運動する要 素から形成される。要素から合成された惑星は、共通平面内では同一方向に、中心点の 近くではほぼ円をえがきながら、中心点から遠ざかるにつれて離心率を増して自由に運 動する」 (Ⅰ237f. ) ちなみに、続く第二章では、惑星の密度についてニュートンの説明が不十分である理由 が論じられ、第三章では、惑星軌道の離心率と彗星軌道について、第四章では、衛星の起 源と惑星の自転について、第五章、土星の輪の起源と自転周期の算出、第六章、黄道光に ついて、第七章、空間、時間における無限な範囲の創造について、同補論、太陽の一般的 理論と歴史、が論じられるが、第八章に至って、宇宙構造に関する機械的学説が正当であ ることの証明、が論じられ、加えて、ニュートンに機械的学説を放棄させることになった 難点、他方、宗教を考慮した学説の難点が論じられ、自分の機械的起源説の正当性が主張 されることになる。第三部では、種々の天体の住人について論じられ、結語は、来世の人 間が予測される。 第一部、第二部第一章の引用、続く第二章以下の概要からも知られるとおり、本書は、 自然科学的論考と目されているもののその内実は、充分自然哲学的であり、形而上学的で ある。第一部で説かれる惑星体系の構造は、先ず恒星天の構造と比較され ル『惑星軌道論』序文の構成との類似に注目したい. ――. ――. ヘーゲ. 、その楕円構造が被造物全体. の構造へと推究される。その延長線上で、土星の彼方の未知の惑星の存在についても蓋然 的に推測されている。第二部第一章では、もっと直截的に、自然科学的・機械論的説明の 欠落に対する補完として、. ――. エーテルという言葉こそ用いられないものの. ――. 起源における物質要素の宇宙空間における遍満が説かれ、ニュートン・自然科学が回避し た「引力」による「最初の運動」が論じられ、次いで、それに基づく物体形成の始まり、. 12.
(13) へーゲルの『法哲学』. 落下、カント自然哲学のオリジナルな概念であり要である斥力(変化の原因力=起動力) の発生が説かれ、楕円運動・円運動としての公転運動が、全宇宙、被造物全体の基本構造 として総括的に論じられる。 累ねて注目されるべきは、カントがここで、自身の形而上学色濃厚な議論とニュートン の自然科学として展開されている議論とを一切区別せず、同一平面上で自身の学説を、自 然科学に豪も矛盾しない学として取り扱っている事実である。自然科学が数学的に回避し た起源論的説明を、カントはむしろそれこそが自然科学の欠を補完しうる本来の科学であ るとして、積極的に主張しているのである。 本書の序文でカントは次のように述べている。 「. …宇宙の巨大な構成部分を無限の範囲にわたって結合して一つの体系にするもの. を発見し、天体そのものの形成やその運動の起源を機械論的法則によって自然の最初の 状態から導き出す. ――このような探求は、人間の理性の力をはるかに超えるかにみえ. る。他方そうした探求は不遜にも、最高存在者の直接の手によって生じるはずの結果を、 自立した自然から出てくるものと考えるから、宗教はこの不遜を厳粛に告発することに なろうし、このような差し出がましい探求の中に無神論者が言い逃れを見出しかねない と憂慮する。… 彼はこう非難する。もしあらゆる秩序と美をそなえた宇宙が一般的運動法則に従う物 質の結果に過ぎないとすれば、もし自然力の盲目の機械的作用がカオスからそれほどま でみごとに展開しうるのであり、そのような完全性に自ずと到達するとすれば、宇宙の 美を注視することから引き出される神的創造者の証明は全く無力になる。自然は自足し ていて、神による支配は不要ということになるだろう。キリスト教のただなかにエピク ロスが再びよみがえり、信仰は自然を照らし出す明るい光を授けてくれるのに、不信心 の哲学がこの信仰を踏みにじることになろう、と。 この非難がそれなりに筋の通ったものであるとしても、私は神の真理が無謬であると 極めて深く確信しているので、神の真理に矛盾するものはすべてこの真理によって十分 に反駁されたものとみなし、これを拒否するだろう。しかしながら、私の学説と宗教は まさに一致するのであって、この一致のおかげで私の確信は、どれほどの困難を顧慮し ようとも、恐れを知らぬ不動心に高まる。 宇宙の美と完全な秩序から全知の創造者を確認する証明の価値を、私は全面的に承認 する。…」 (Ⅰ222) 自身の立場があくまでニュートン的な自然科学的・機械論的な側に組みし、一方しかし、 断じてその立場がエピクロス的唯物論=無神論に陥る立場なのではなく、キリスト教神学 的な立場と十全に一致しうる立場であることをカントは高々と宣言する。こうした宇宙論 的論考が、前批判期の独断論的立場ゆえの一過性的なものなのでは決してなく、本書をカ. 13. 31.
(14) 下城 一. 32. ントが批判期以降も一貫して放棄しなかったことについては先述した通りである。 しかし、問題は、無論ここからである。カントがここで想定している宇宙の「あらゆる 秩序と美を備えた」 「統一」「調和」は、熱帯地方の海風の見事な気温調節機能を例に説明 される。 「風は地球のためになんと役立っていることだろうか。人間はなんと聡明に風を利用 していることだろうか。それにもかかわらず、風を起こすのに、大気や熱の一般的性質 以外になんの仕掛けも必要ではなかったし、これらの性質は地球のためのこうした目的 などなくても、存在したに違いない。 … もっとも一般的な法則に従って規制される物質は、その自然的なはたらきによって、 あるいはそう名づけたければ盲目の機械的作用によって、全知の計画であるかに見える 整然とした結果を生み出す。大気、水、熱は、あるがままに任せておいても、陸地をう るおす風や雲や雨や河川といったあらゆる有用な結果を生み出し、これらの結果がなか ったら自然は悲惨、荒寥そして不毛のままにとどまらざるをえなかっただろう。しかし、 それらはこのような結果を単なる僥倖、あるいは偶然によって生み出すのではない。 … むしろ、見て取れるように、それらはおのれの自然的法則によってこのようなやり方以 外でははたらけないように制限されているのである。このような一致をいったいどのよ うに考えるべきだろうか。様々な本性をもったいろいろなものが相互に結合してこれほ どすぐれた調和と美を生み出す、しかもいわば死せる物質の範囲外にあるものを目的と して、つまり人間や動物の利益のために生み出すということは、そうしたさまざまなも のに共通の起源が認められるのでなければ、すなわち万物の本質的特性を相互に関係さ せながら按配した無限の知性が認められるのでなければ、いったいどのようにして可能 なのだろうか。もし万物の本性が必然的に独立して互いに依存していないのなら、万物 がおのれ独自の自然的な努力をしながらも、まるで熟考の上での懸命な選択によって結 合されたかのように相互に適合するということは、なんと驚くべき偶然だろうか、ある いはむしろなんたる不可能事だろうか」 (Ⅰ225f.) 見られるとおり、カントがここで強調する自然の統一と美とは、自然科学的な法則によ って説明され得る対象の範囲を大きく超えて、歴史的対象とでもいうべきものに拡大され ている. 28。自然科学と社会科学の区分の自覚はおろか、ダーウィンによる進化論的史観の. 確立も未だである歴史的事実を想起しなければならないのであって、カントの立場をそれ らの点で未分化な未熟なものとして非科学的として批判するのは現代からの視点でしかな い。そうではなくて、この時カントが、新興の自然科学を補って、その欠落を埋めること が可能な本来の学問を打ち立てようとしていた、その時代のパースペイクティヴが理解さ れねばならないのである。 そのうえで、カントは世界を遍く覆うこうした統一と秩序の根拠を、ニュートン自然科. 14.
(15) へーゲルの『法哲学』. 学的な機械論的法則観とも両立し得る自然科学的秩序として、なおかつその自然科学的法 則秩序との決定的な相違点も含めて、その発生の原初的起源の根源的存在者に求められる とする。そしてそれが、後に見る、カント独自の「力」の概念である。 「今や自信を持って、今の考察を私の現在の企てへ適用してみよう。宇宙全体の物質 は遍く分散していて、まったくのカオスになっていたと仮定しよう。私の見るところで は、確実な引力法則に従って素材が形成され、斥力によって物質の運動は変化する。満 足すべきことに、恣意的な虚構の助けを借りずとも、確実な運動法則だけを誘引として 秩序だった全体が形成される。この全体は、我々が眼前にしている宇宙体系とあまりに 似ているので、両者は同一だと思わざるを得ない。このように思いがけずも自然の秩序 が大規模に出現するわけだが、この出現ではこれほどに複雑な秩序がこれほどに簡素で 単純な根拠に基づいているので、私には当初は疑わしく思える。しかし私は、前述の考 察から、ついに次のことを教えてもらうことになる。すなわち、自然のこうした出現は 自然にとって何か法外なことではなくて、自然の本質的な努力はこの出現を必然的にと もなう。そして、これによって、自然は根源的存在者に依拠していることがもっとも見 事に証言される。なぜならこの根源的存在者は、もろもろの存在者そのものとその第一 の作用法則の源泉さえもおのれのうちに含むからである」 (Ⅰ226) 「. …私の学説では、物質は一定の必然的法則に拘束されている。物質が全面的に. 解体し分散している時でさえ、そこから美しい秩序だった全体が全く自然に展開する。 この全体はたまたま偶然に生じるのではなく、物質の自然的特性によって必然的に生じ るのである。してみれば我々は、こう問わざるを得なくなるのではなかろうか。すなわ ち、物質にはなぜ秩序と調和を目指す法則が備わっていなければならなかったのか。互 いに独立した本性をを持つ多くのものが自ずと互いに規制し合って、秩序整然たる全体 をうみだすなどということは、果たして可能であっただろうか。そしてもしこれらのも のが実際にそうした全体を生み出すとするなら、それらの最初に起源は共通していると いうこと、そしてこの最初の起源とは、万物の本性の目的が互いに調和するようはから った完全に自足的な最高の知性であるということが、明らかに証明されるのではなかろ うか、と。 したがって万物の原素材である物質は一定の法則に拘束されており、妨害を受けずに この法則に従えば、必然的に素晴らしい結合を生み出さざるを得ない。物質にはこの完 全性の計画から逃れる自由などない。それゆえ物質は、最高の英知的意図に服している のだから、物質を支配する第一原因によって必然的にこのような調和した関係を持たざ るを得なかった。そして、自然はカオスの中にあってさえ規則的かつ秩序立って働かざ るを得ないというまさにこの理由によって、神は存在するのである」 (Ⅰ227f.) カントの視点は、正確に、カオスにおいて秩序が発生するその端緒、その起点の差異の. 15. 33.
(16) 下城 一. 34. 励起に照準されている。差異の発生を説明困難とせざるをえなかったスピノザの実体一元 論に比して、その秩序発生の根拠を偶然的逸脱に求め、偶然としか解釈しなかったエピク ロスが、それゆえ批判され、その同じ逸脱の励起・引力の発生をカントはそれこそ神の差 配に則る最高の絶対的必然的事象とみなすのである。偶然としか思えない秩序と美の最初 の発生・差異化こそが、神の、それゆえ絶対的な必然事にほかならない。 本文で確認しておくと、カントは第八章で、 「宇宙構造に関する機械的学説がそもそも正 当であることを証明する」として極めて繊細な機械論的・自然科学的考察を展開している。 それによれば、地球の地軸の傾きが、その快適な四季を生み出す原因だが、とはいえ太陽 系全体の惑星の秩序からすればそれは微小ながら逸脱に違いなく、どうして神はこうした 逸脱を敢えて意図したのか、自身の機械論的惑星生成観に拠るのではない限り、すべてを 全能の神の意志とみなす立場からはそれが説明困難とならざるをえないこと、同様、各惑 星の配置の逸脱や彗星の問題、衛星の個数の問題にしても、引力の起点を神の必然とする 自身の機械論的惑星生成論であってはじめて、その諸々の差異を、観察的事実に忠実に即 しつつ、かつ偶然論・無神論に陥ることなく、自然科学的に説明可能であるとして、カン トは言う。 「. …惑星軌道がほぼ共通平面上にあるのが一番良いことなら、全く厳密に共通平面. 上にないのはなぜか。逸脱を回避すべきであったのに、その一部が残っているのはなぜ か。 … 全能に支えられた全知の意図が惑星軌道を正円にしようと努めたのであれば、 現在そうなっていないのはなぜか。. …惑星軌道が正円であろうと少々離心的であろう. と、共通の関係平面に完全に一致しようといくらか逸脱しようと、宇宙の利点にはなん のかかわりもなかった。それどころかむしろ、このように一致するよう制限してもらう 必要があったというのなら、はじめから完全に一致するのが一番良かったのである。か りに、神は絶えず幾何学を使うという哲学者の発言が正しいとするなら、そして、この ことは一般的自然法則の道程にもあらわれているとするなら、この規則は全能の意思の 直接の作品に完全にその痕跡を残しているだろうし、これらの作品にも全く完全な幾何 学的厳密性が認められることになろう。こうした厳密性が自然に欠如していることは、 彗星を見ればわかる。彗星の運行及びその運行によってそれが被る変化を考えると、彗 星はどうみても創造の不完全な項だと思わずにはいられない。. …宇宙は一般自然的法. 則から自然的に展開したのではなく、神によって直接に最高の配置をあたえられたと説 く学説にとって、このような記述は、どれほど確実であるにしても、さぞ不愉快なこと であろう。しかしながら機械的説明方法においては、この記述はむしろ自然の美と全能 の啓示を少なからず賞賛することになる。自然はあらゆる可能な段階の多様性を含むの だから、その範囲には完全性から無に至るあらゆるものが潜んでいる。欠如そのものも 過剰のしるしであって、この過剰のゆえに自然の総体は無尽蔵なのである」 (Ⅰ338). 16.
(17) へーゲルの『法哲学』. 自然科学的に見ても極めてバランスの良い、こうした繊細な観察的事実に則った議論を 展開したあとで、カントはしかし、続けて勇躍、ニュートンが断念した「宇宙の機械的起 源」の議論に進む。 「もし事柄そのものの本性から出てくる何らかの根拠が、宇宙の機械的起源を説くこ の学説に全面的に矛盾するとは思われないとすれば、今述べた類推は偏見であるどころ か、その機械的起源を蓋然的なものにできるだろう。すでに何度か述べたように、宇宙 空間は空虚である、あるいは少なくとも無限に希薄な物質で満たされている。したがっ てこの物質には、共通の運動を天体に押し込める手立てなどなかった。この難点は極め て重要かつ正当だったから、自分の哲学の見解に当然の自信を持っていたニュートンで さえ、この難点を解消する希望を放棄せざるを得なかった。すなわち、他の現象がこぞ って機械的起源を示したにもかかわらず、惑星に内在する跳躍力は如何にしてそのなか におしこめられたのかを、自然法則と物質の力によって解明できなかった。 … 天体に与えられた跳躍力の方向と特性は、宇宙の体系的構造を決定する。ニュートン は、この跳躍力を自然力から理解しようとする希望を捨てた。しかしながら、ニュート ンを絶望に追い込んだこの難点こそ、これまで〔私が〕論じてきた学説の源泉であった。 …前述の類推によって極めて確実に確定したように、互いに秩序だって関係し調和する 天体の運動や軌道は自然的原因をその起点としていると仮定する(実際そう認めざるを えないのだから)としても、この原因は現在の宇宙空間を満たしているのと同じ物質で はありえない。従って、以前にこの空間を満たしていた物質が運動して集まり、空間を いまそうであるように空虚にした後で、この運動は天体の現在の運行の根拠になった。 あるいは、このことからすぐに分かるように、惑星、彗星さらに太陽さえも構成するこ れらの物質そのものは最初、惑星系の空間の中に分散し、この状態で運動を開始したに 違いない。これらの物質はその後もこの運動を保持したから、結合して特別な球になり、 かつて分散していた宇宙物質の素材全てを含む天体を形成した。この形成される自然の 素材を運動させた駆動装置を発見するのは、ここでは難しいことではない。大量の素材 を結合させた原動力は、物質に本質的に内在する引力である。したがって引力は、自然 の最初の活動にあたってその運動の第一の原因になったからには、運動の源泉だったの である」(Ⅰ339) 見られるとおり、ニュートンが数学に依拠することで物質の本質としてそれが内在する ことを判断保留とした ――. ――. それこそが近代自然科学と自然哲学の分水嶺と見なされた. 「引力」が、物質の本質として実在するとの判断、すなわち世界の起源、世界の運. 動の開始の起源、換言すれば差異化の端緒として「引力」が確実に実在するとする判断の 根拠を、カントは、物質要素の遍満を始原状態とする独自の宇宙生成論を仮設することに より、全く機械論的に合理的に導き出してみせているのである。カントが宇宙生成論を展. 17. 35.
(18) 下城 一. 36. 開した真意は何よりそこにあった。ニュートン自然科学が、最も近代自然科学的本質を発 揮して敢えて回避したものと見なされた数学的アプローチによる宇宙の起源における「引 力」の実在について、それを、それこそが世界の起源の差異化の駆動力であるとしてカン トは、自然科学的に論じ直してみせたのである. ――. カントの場合、より自然科学的な. 立場で、ニュートン力学の論理構制に即して、真の物理学(Physik)を目指した拡充・補 完的論証を行ってみせているところに、後の、新興の磁性論等を広く導入するシェリング・ ヘーゲルとの違いがある. ――. 。そこに新興の自然科学的世界観に対するこの時代の正. 面からの、本来の学問の立場に立っての批判の足場があり、それがヘーゲルの時代に至る までなおその学問観の底流、本流をなしていたのである。 かくして全知全能の創造者は、この世界の最初に物質の要素の全てのうちに「引力」を 置いたその偶然的所業により、この世界の必然的な生起を生み、今ある世界のすべての秩 序と統一の美とを生み出したのである。本章の冒頭をカントは次のように始めていた。 「宇宙に目を向ければ、その構造が極めて見事に配備され、その諸関係の完全性に神 の手の確かなしるしがあることを知らずにはいられない。理性はこれほど豊かな美と素 晴らしさに思いを凝らし驚嘆した後では、これらはすべて偶然と僥倖に由来するとあえ て主張する厚顔な愚行に憤激するのも当然である。全知が計画を立て、全能がそれを実 行したに違いない。さもなければ、我々が宇宙構造において、一つの目的に収斂するこ れほど多くの意図に出会うことなど不可能だからである」(Ⅰ331) そして本書の末尾に、カントは、全知全能の神が、それゆえ「この惑星の性質があらゆ る減少の段階を経て徐々に展開の奥深くに消え去り、惑星の整然とした運動に満足してい た神だが、それゆえ体系を完全な無規則と無秩序のままに停止させる欠如も排除しなかっ た」としたうえで、その章を、次の言葉で閉じている。 「自然は完全性と秩序へむかうよう本質的に定められているにもかかわらず、その多 様な範囲の中に、欠如や逸脱にさえおよぶあらゆる可能な変化を含む。自然はこのよう に無限に豊穣だからこそ、生物が住む天体だけでなく彗星をも生み出し、有益な山も危 険な崖も、豊かな田園も荒涼たる砂漠も、美徳も悪徳も生み出したのである」(Ⅰ347) カントのこうした立場はライプニッツのオプティミズムとの対決を余儀なくさせるもの だが. 29、そもそもこの時のカントの立論を支えた物質的要素の宇宙空間全体への遍満とい. う思想については、処女作『活力測定考』での、延長を力に置き替えてみせたライプニッ ツの理論に連なるものであった。加えてその発想をカントは、批判期以降の『自然哲学の 形而上学的原理』 (1785)でも一貫させ、徹底してその立場からニュートン自然科学の批判 的書き換えに挑み続けるのである。. 18.
(19) へーゲルの『法哲学』. 37. 1746 年の学部卒業論文『活力測定考』(1749 年公刊)でカントは、ニュートンの自然科 学の意義を充分認めつつ、その数学的本質による力の本性の考察の欠落を埋めるべく、ラ イプニッツの活力概念に依拠して論考を展開する。 「これから見てみたいのは、自然の物体には該当するが数学的物体には認められず、そ れによって、前者を後者とは全く異なった種類のものにしているような性質とは、何であ るのかということである。数学的物体が、まったくその運動の外的原因によってもたらさ れたのではない力を持っているということは、数学では認められない。すなわち数学では、 物体にその外部からもたらされた力以外の力は認められず、したがって、この力は物体の 運動の原因の中に、つねに厳密に、同じそのままの量で見出される。このことは力学の根 本法則であり、これを前提すれば、デカルト派以外の測定は生じるはずがないのである。 けれども自然の物体には、これから示すように、全く別の性質がある」(Ⅰ140) 第三章冒頭第一一五節の議論だが、見られるとおり、静止状態と等速運動状態を同一の ものと見なし、力を、変化をもたらす「外力」として以外は認めないニュートンの「慣性 力」概念の数学的本質上の不十分さをカントは批判しているのである。そこで持ち出され るのが、ライプニッツが認めた「活力」である. 30。カントはライプニッツの「活力」の概. 念を突破口に、ニュートン力学の数学的本質の不十分さを打破して、 「力」の概念の拡張の 必要を立言する。 冒頭第一章第一節「物体の力一般について」でカントは言う。 「. …運動している物体は力を持つとされる。抵抗に勝ち、ばねを押し縮め、質量を. 移動させる、これらは作用すると言われるものである。感官の教えるところ以上に目を 向けない限り、こうした力は全て物体に外部から伝えられるものだから、静止している 時には物体は何ら力を持たないとみなされる。ライプニッツ以前の学者たちはすべて、 アリストテレスを唯一の例外として、この見解だった。. …人間の理性はライプニッツ. に多くのものを負うているが、彼が初めて、物体には延長に先立って本質的な力が宿り、 さらにはその力は延長にさえも先立ってその物体に属していると教えたのだった。延長 以外に、いやむしろ延長に先立っている何ものかが存在する、というのが彼の言葉であ る」 (Ⅰ17) ライプニッツが「作用する力」 ( vis activa ; die wirkende Kraft )と呼んだこの実 「運動力」 在的な「力」は、元来、形而上学の中で追求されるべきものであった。がそれが、 としてのみ受け取られたのでは、実際に運動が生じた時にしか力は行使されないことにな り、この力の概念的探求としては不十分である(Ⅰ18)。「諸実体が自分の外部に作用する. 19.
(20) 下城 一. 38. 力を〔自ら〕持たないとすると、空間も延長もありえない。なぜならこの力がなければ結 合はなく、結合がなければ秩序がなく、秩序がなければ結局は空間もないからである」 (Ⅰ 23) 。だが、この「力」の洞察は数学的には困難であり、それ故カントは、形而上学を用い て、 「ライプニッツが『弁神論』のある箇所で行っている、一点を通って互いに垂直に引け る直線の数の証明は循環論法ではないかと思うので、延長の三次元性を、数の累乗に見ら れるものから証明しようと考えてきた」と言う(ibid.)。「数の最初の三つの累乗は極めて 単純であり、それらを他の冪数には還元できないが、四乗は平方の平方であって、二乗の 繰り返しに他ならない。こうした数の性質は私にとって、空間次元の三次元性を説明する のには好都合」であるとカントは言い(ibid.) 、次のように続ける(第十節) 。 「ある事物の性質として生じる全てのものは、その事物自身の完全な根拠を自分の内 に含んでいるものから導出されねばならないので、延長の諸性質、従ってまた延長の三 次元も、諸実体が自分たちの結合している事物に関して持っている、力の諸性質に基づ いていることになるだろう。ある実体が結合している他の実体と結合する際に作用して いる力は、その採用の仕方に現れる何らかの法則抜きには考えられない。諸実体が互い に作用し合う法則のあり方は、多くの実体の結合や複合のあり方をも規定しているに違 いないので、諸実体の全集合(すなわち空間)が計測される際の法則、すなわち延長の 次元は、諸実体が自分たちの本質的な力によって、結合しようとする際の法則によるこ とになるだろう。 第十一節 こうしたことから、以下のように考えられる。すなわち諸実体は、我々もその一部分 をなしている存在する世界においては、互いに結合する際に、距離の二乗に反比例して 自ら作用を拡張するようなたぐいの力を持っているのである。第二に、こうして生じて くる全体は、その法則のために三次元という性質を持つことになる。第三に、この法則 は任意のものであり、神はその代わりに別の、例えば三乗に反比例するという法則を選 択することもできただろう。そして最後に第四として、別の法則からは別の性質と次元 を持った延長が出てくるだろうということである」 (Ⅰ24f.) 卒業論文『活力測定考』の若きカントは、こうしたライプニッツ形而上学経由の実在的・ 理性的な宇宙生成論的視点に立って、ニュートン力学の数学的要である「慣性力」‐「外 力」概念の批判を展開する。 批判期以降のカント哲学思想においても、この形而上学的・実在論的な宇宙生成論的立 場をカントは執り続ける。先に触れたように『天界の一般自然史と理論』の出版をカント が批判期以降繰り返し行ったこと以外に、カント自身が、批判哲学を前提とする、その体 系哲学上の中心と考えていた『自然哲学の形而上学的原理』においても、カントの探求の 核心は物質に内在する実在力の証明であり、ニュートンの三法則の、 「慣性則」を実質的に. 20.
(21) へーゲルの『法哲学』. 39. 外した形での、その補完・拡充であった 31。 『純粋理性批判』出版の六年後、1787 年に発表された『自然哲学の形而上学的原理 (Principia metaphysica )』第三部門「力学. (Mechanik)」でカントは、ニュートン力. 学の所謂「三法則」を踏襲しつつも自身の『純粋理性批判』の「カテゴリー」表( 「実体性」 ・ 「因果性」 ・「相互性」 )に基づき、その「第一法則(慣性則)」 「第二法則(運動法則) 」を 変更した(Vgl. Ⅳ 452f) 。カントは、ニュートン力学の近代性・定量的科学性を最も体現 していた「第二法則」 ―― 運動量の変化率・時間微分 ―― を採用せず、 「保存則」 をその第一法則とし、「第二法則」にニュートンの「第一法則」 ・即ち「慣性則」を格下げ している。 ニュートン力学の科学的特質を枉げてこのときカントが自身の「カテゴリー表」に固執 したのには無論理由がある。 『原理』執筆の根本動機、即ち「本来的にそう呼ばれるべき自 然学は、先ず第一に自然の形而上学を前提する」 (Ⅳ 469)との信念から直截「第二法則」 の改訂は発している。カントに拠れば、「全ての力学的法則は動力学的法則を前提する」の であり(Ⅳ 536) 、先のニュートン力学「三法則」の変更もカテゴリ-表で「質」に相当す る( Vgl. Ⅳ 474) 「動力学( Dynamik) 」を前提せねばならない。 運動の起源を問う「動力学」の「第一定義」でカントは次のようにいう。 「物質とは空間を充当する限りにおける運動するものである。空間を充当するとは、 自らの運動によって一定の空間へ侵入しようとする一切の運動に、抵抗することであ る。充当されていない空間は虚空間である」. (Ⅳ 496). 見られる通りここで取り上げられている「抵抗力」 、即ち「斥力」 ( Vgl. Ⅳ 536)こそ、 「動力学に対する総註」で「物質の種別」. ――. 「個体性」. ――. を成立させる物質. 存在の第一原因、言い換えれば「根底の力」 、即ち「根源力」としての「引力‐斥力」であ る(Vgl. Ⅳ 498) 。何故ならカントがあくまで実在的な「起動力( die bewegende Kraft ) 」 であると定義した「運動の原因」 (Vgl. Ⅳ497) 、 「引力‐斥力」の持つ意味は 32、カテゴリ ー表「量」に相当する『原理』 「第一部門 運動学Phoronomie」の「第一定義 ―― 物質 とは空間において運動するものをいう」 (Ⅳ 480)に則れば、まさに「物質」に他ならない からである。 要するにカントは、批判哲学を踏まえた『自然哲学の形而上学的原理』に於いてもなお、 ニュートンを修正して、物在・世界を可能にする根本原因としての根源的な「力」の実在を 主張しているのであり、それは『純粋理性批判』 「超越論的弁証論. 付録」で、「実体の原. 因」・「根源的で絶対的な唯一の根源力( Grundkraft )」(A 648f B676f)が主張されてい たのと同様、一貫して、カントは、世界の根源的実在原因としての力の存在を主張し続け ているのである 33。 以上見た通り、若きカントが『天界の一般自然史と理論』で示した「力」の定義. 21. ――.
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