NICTでは、図1に示す新しい光無線通信装置の開発を行ってきま した。この装置の特徴は2010年5月号のNICTニュースにも紹介され ていますが、光ファイバ*1中の信号を指向性の鋭いレーザビームに変 換して通信相手に正確に当て、相手側ではこの光信号をできるだけ 損失無く光ファイバに結合させて、再び光ファイバを使って相手側の 端末に接続する機能を、大規模かつ高価な装置を使わずに実現し たことにあります。このためには、光ファイバの信号波長1.55μmと相 手を識別するビーコン光の波長0.98μmの2波長に対応したレーザ結 像光学系を新たに開発する必要があり、設計原理を理解し、必要 な性能を持った光アンテナを研究所内でいつでも試作できるようになる までに5年ほどの時間がかかりました。 アマチュア天文の分野では天体望遠鏡を自作することがあります が、高精度のレーザ結像光学系、例えば、10倍のビームエキスパ ンダ*2を自分で設計・製作する技術者・研究者はほとんどいません。 この理由は、波長の1/10以下の精度を要求するレーザ用の光学系 を設計・製作することが容易ではないからです。仮に、専用の光 学設計ソフトウェアを使って設計ができたとしても、その結果を実現 するためには、その設計に合った光学ガラスを入手し、レンズ形状 に加工し、使用する光の波長に合った無反射コートを施した上で、 設計通りの配置になるような組立機構(レンズホルダ)を製作しなければ なりません。これには百万円以上の経費と数カ月の期間が必要です。 筆者の研究テーマである無線通信用の光アンテナについてみる と、数年前までは仕様書を作って実績のある業者に設計・製造を 依頼することがほとんどでしたが、受注する側に技術力がないと消 極的な仕様にせざるを得なかったり、技術的な限界にチャレンジし すぎると多大な経費がかかったりすることが多く、ある程度の妥協は 仕方ないものと諦めていました。 ここでは光学系の試作とはどういうものなのかを、乱暴な例えです が電子回路を試作する場合と比較してみたいと思います。光学系を 組み立てるレンズや反射鏡は電子回路で言うと抵抗やコンデンサな どの受動部品に、レーザ光源やフォトダイオード、ミラー制御機構は トランジスタやダイオード、オペアンプなどの能動部品に対応します。 電子回路設計では回路シミュレータが普通に使われるようになりまし たが、光学設計でも、複数の商用ソフトウェアが販売されており、 100年前なら数十日を要した組レンズの収差計算を一瞬で行うことが できます。しかしながら、回路シミュレータがあるからといって新しい 回路方式が考案できるわけではないのと同じで、光学設計ソフトウェ アの高度な自動設計機能をもってしても、新しい機能、高い性能を 持った光学系が設計できるわけではありません。何を最適化すれば 良いのか、つまり評価関数が分からない場合が多いからです。また、 従来の光学系の開発手法は、抵抗やコンデンサを新しく作ることか ら試作を始めることに相当します。これでは、時間と経費がかかる のは当然と言えます。 そこで、筆者は電子回路の試作と同じアプローチをとることにしま した。電子回路の試作では、既存の受動部品、能動部品を考慮し て回路を設計し、動作をシミュレーションや実部品で組み立てて評価 した後、プリント基板を設計し、部品を実装して完成させます。この 手順を光アンテナ光学系に置き換えると、まず、波長0.98μmから
研究所内で光学系を試作する意味
電子回路の試作と同じアプローチで新しい光学系を作る
試
作開発
− 確かな技術で研究を支える −
第
4
回
有本 好徳
(ありもと よしのり) ワイヤレスネットワーク研究所 宇宙通信システム研究室 主任研究員 大 学 院 修 了 後、1979年、郵 政 省 電 波 研 究 所(現 NICT)に入所。衛星管制、衛星通信、宇宙光通信など の研究に従事した後、現在は光無線通信装置の開発に 携わっている。博士(工学)。 ■ 「試作開発」利用者背景
− 市販レンズを使った波長1.5μm帯の広視野光アンテナの開発 −
次世代光無線通信を支える試作開発部品
図1●倍率17倍の光アンテナを取り付けた光無線通信装置。信号光のビーム径が40.9mm、内部損失 が1.9dB、回折限界の視野が±0.3度、追尾制御帯域が10kHzで世界最高の性能を達成している。 光アンテナ PIDコントローラ ミラー駆動機構 ビーコンLD 捕捉センサ (CCDカメラ) 精追尾センサ (4分割PD) シングルモード ファイバカップラ 4.8cm NICT NEWS 2012. 55
17設計例(a) 製作例(b) 1.55μmで無反射コーティングが施されてレーザ結像の精度を持った 市販レンズをくまなく調査します。それらの中から最適な組み合わせ を見つけて光学系を設計し、その性能を光学設計プログラムで確認 した後、レンズホルダを設計・製作し、光学系を組み立てて完成さ せることになります。幸い、この波長帯で使用できるレンズの組み合 わせがいくつか見つかりました。 高精度の光学系を組み上げるためには、電子回路のプリント基板 に相当する高精度の組立機構を市販レンズの形状に合わせて設計 製作する必要があります。この過程で、社会還元促進部門の試作 開発にある機械加工設備とその利用経験が大変役に立ちました。 筆者が設計した倍率5倍のビームエキスパンダとファイバ結合レンズ の光学系を図2(a)に、実際に製作したものを図2(b)に示します。レー ザの波長に合わせて第2レンズの位置を調整するために図2(b)の 黒色の部分に市販のヘリコイド機構*3を使っていますが、この構造 に合わせて残りのレンズホルダを設計しています。自作の場合、この ような図面があれば、1日でレンズホルダを加工し、夜には組み立て てその性能を評価することが可能で、もし性能に問題があれば何度 でも設計・製作・評価のサイクルを繰り返すことができます。また、 加工途中にミスがあっても自分が設計したものなら図面の方を修正し てそのまま加工を続けることもできます。もし何らかの失敗があったと しても、自分でその原因を特定できるのでその結果が次の設計への 貴重な経験になります。また、試作サイクルを繰り返す中で新たな 発見が生まれたりします。図2のビームエキスパンダでは、全角で2.5 度の回折限界視野を3個の市販レンズだけで実現していますが、こ の性能は数年前には筆者は想像すらできませんでした。 図3に最近2年間に所内で開発した光アンテナの外観を示します。 いずれも今までになかった広視野の回折限界性能を市販レンズだけ で実現しています。 ここで紹介した手法により、ビーム直径が5cm以下で波長0.8μm から1.55μmのレーザ結像光学系を短期間に試作することができま す。図3の倍率の一番大きな光アンテナについては、試作開発スタッ フに複数台の追加製作を依頼し、外部機関との共同研究に使用し ました。また、本稿で紹介した光アンテナについては特許出願と共 に国際学会でも発表しています。