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資料4 : 滋賀大学60周年国際会議

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滋賀大学 は、2009年に大学創立60周年 を迎 えるに あた り、記念事業の一環 として 「国際協力 :二校 間 交流か ら多校 問連携へ」 と題 した国際会議 を開催致 します。 滋賀大学 は、東 アジア ・太平洋地域 を中心 に海外 の大学 との間での交流 を積極 的 に推進 して来 ました が、近年 その活動 はい っそ う活発化 してい ます。 2008年11月現在、13の大学並 びに大学連合 と学術 ・ 学生交流協定 に基づ く活動 を行 ってい ますが、その 中 9の 協定が2000年以降 に新 たに締結 された もので す。特 に2006年の国際セ ンター設立 を契機 に、交換 留学生制度やス タデ イツアープログラムの拡充、研 修 を目的 とした職員 の相互訪間の増加等、活動 の内 容 も多様化 して きてい ます。 大学 における国際化 は、質的 に も量的 に も大変 な ス ピー ドで進展 してお り、大学 を取 り巻 く環境 も大 き く変化 してい ます。政府の 「留学生30万人計画」 骨子 に示 されてい る ように、『日本 を世界 に よ り開 かれた国 とし、アジア、世界 との間の ヒ ト、モノ、 カネ、情報の流 れ を拡大す る 「グローバル戦略」 を 展 開す る』 ため に不可欠 な体制作 りが個 々の大学 に 求め られる時代 が来 ま した。世界 の高等教育機関問 の国際協力 は、従来の単発 ・個別の交流型活動 を中 ″、とした ものか ら、大学の理念 と経営戦略 に基づ く 連携型事業へ とその姿 を変 えつつあ ります。そのた めのキー ワー ドは、「ローカルお よび グローバ ル な 連携 を基盤 としたネ ッ トワークの構築」である と考 えます。 滋賀大学 は、多数の専 門ス タッフを有 し、世界各 地の大学 と多様 な分野で教育 ・研究活動が可能 な大 規模総合大学ではないため、学生や教職員の国際的 活動や地域社会の国際化支援等 において十分 な対応 がで きていないのが現状 です。そのために、小規模 大学の国際化推進のために連携 を図 り、個 々の大学 の蓄積 を活か しなが らも、限 られた人的資源や財源 を効率 よ く活用で きるような方式 を考 えれば、全体 として総合大学 に匹敵す るような、多様 な分野 にお いて多彩 な内容 を持 った国際的な活動 を実現するこ とが可能 になる と考 えます。 また、ニ カ国間二校 間 の活動 を多国間多校 間の活動 に拡充す ることで、活 動が よ り効率的で効果的な もの とな り、発展 の可能 性 も拡が ることが期待 で きます。 今 回の国際会議 では、参加大学の国際化 に関す る ビジ ョンと取 り組み を紹介 し、将来 に向けての戦略 的構想 について意見交換 を行 うとともに、交流校 問 の国際的な活動 を推進すべ く、学生や教職員 に参加 大学 に関す る情報提供 を行 い、具体 的な活動の進め 方 について協議す ることを目指 してい ます。学内の みな らず、近隣の大学お よび大学の国際協力 に関心 がある方 にご参加いただ き、活発 な意見交換が なさ れ、情報の共有化が図 られる場 となることを願 って い ます。 なお、本年 は、1988年に滋賀大学 とオース トラリ アのデ イーキ ン大学 との間で学術 ・学生交流協定が 締結 されて20年目となる節 目の年です。爾来、両大 学 は幅広 い分野で交流 を続 けて きま した。 また、本 年 は、本 学 か らデ ィー キ ン大 学 の前 身 の Victoria Teachers Collegeに最初の交換留学生が派遣 されて、 35年目で もあ ります。両大学の交流の歴史 は、様 々 なプログラムに関わって きた多 くの教職員の国際交 流の重要性 に対す る信念 と熱意の証 しで もあ ります。 両校 の交流 を振 り返 り、今後の協力関係 の よ りいっ そ うの強化 を図るべ く、国際会議期 間中に 「デ イー キ ン ・滋賀大学交流20周年記念式典」 を挙行 いた し ます。多数の方々のご臨席 を承 ります よう、お願い 申 し上げます。

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滋賀大学交流協定校参加者 リス ト

番 号 国 協定校 氏 名 役 職 1 オ ー ス ト ラ リ ア デ イーキ ン大学 Liz Stinson デ イーキ ンインターナシ ヨナル (国際部) 部長 David Lowe 人文教育学部 学部長 Ann」ohns ビジネス法学部国際パー トナーシ ップセ ン ター長 Ben Stubbs 附属英語学校長 ワ 々 タ イ チェ ンマ イ大学 Annop Pongwat 教育学部 学部長 3 チ ェンマ イ ラチ ャパ ッ ト大学 Ruangdet Wongla 学 長 Songkiet Sangkamanee 国際課 4 プリンス オブ ソンクラ大学 Pairote Klinpituksa 副学 長 Thantawan Arparattanakhun 国際部長

5 メ キ シ コ グアナファ ト大学 oel Arredondo Garciaビジネス学部 学部長

6 ア メ リカ 学 大 工立 ン ガ ヽン △ 日 ミ

Paul Reagan CMUキ ャンパス長

7 中 国 東北財経大学 Yu Tao 国際交流処 職 員 8 湘淳大学 Li BOchao 副学長 Hu un 日本語学科長 9 モ ン ゴ ル 人文大学 Turbat.T 言語文化学部 学 部長 1既 91

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スタノュール

11月 14日 (金) 10:00-11:30 オ ープニングセ レモニー 場所 :滋賀大学彦根 キ ャンパス講堂 開会の辞 滋 賀大学学長 成 瀬龍夫 来賓祝辞 文 部科学省高等教育局企画課国際企画室長 氷 見谷直紀 来賓祝辞 滋 賀県立大学学長 曽 我直弘 協定校挨拶 チ ェンマイ ・ラジャパ ッ ト大学学長 Dr.Ruangdet Wongla 協定校挨拶 チ ェンマ イ大学学長 Dr.Pongsak Angkasith プログラム紹介 滋 賀大学国際セ ンター長 平 井肇 11:30-12:50 昼 食会 場所 :滋 賀大学彦根 キ ャンパス大会議室 12:50-14:15 セ ッション 1 場所 :滋 賀大学彦根 キヤンパス経済学部会議室 滋賀大の交流協定校 について 滋 賀大学国際セ ンター准教授 児 玉奈 々 チ ェンマ イ ・ラジヤパ ッ ト大学 (タイ) グアナ ファ ト大学 (メキシコ) 湘渾大学 (中国) 人文大学 (モンゴル) チ ェンマイ大学 (タイ) 14:15-14:35 コ ー ヒーブレイク 14:35-16:00 セ ッション H 場所 :滋 賀大学彦根 キ ャンパス経済学部会議室 ハ ノイ教育大学 (ベ トナム) プ リンスオブソンクラ大学 (タイ) デ ィーキ ン大学 (オース トラリア) 東北財経大学 (中国) 」CMU(ア メ リカ) 17:00-19:00 歓 迎会 場所 :彦根 キ ャッスルホテル 11月 15日 (土) グループ A 1 1 : 3 0 - 1 3 : 0 0 セ ッション│ │ │ 場所 : 琵琶湖 ホテル ( 3 F オ レンジ ・ブラウン)

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基調報告① 滋 賀大学副学長 秋 山元秀 基調報告② デ イーキン大学国際部長 Ms.Liz Stinson 基調報告③ 人 文大学言語文化学部長 PrOf.Turbat.T 質疑応答 13:30-15:00 昼 食会 場所 :琵琶湖ホテル (2F ザ ・ガーデン) 15 : 0 0 -1 6 :30 セ ッシ ョン i V 場所 : 琵 琶 湖 ホテ ル (3F オ レンジ ・ブ ラウ ン) 午前 中の基調 報 告 を受 けて情報 ・意見 交換 グループ B 1 1 1 3 0 - 1 3 1 0 0 セ ッシ ョン l l l 場 所 : 琵 琶 湖 ホテル ( 3 F オ レンジ ・ブ ラウ ン) 基調報告① 滋 賀大学副学長 秋 山元秀 基調報告② デ イーキン大学国際部長 Ms.Liz Stinson 基調報告③ 人 文大学言語文化学部長 PrOf.Turbat.T 質疑応答 13:30-15:20 昼 食会及び琵琶湖視察 @ミ シガン船 15:30-16:30 大 津視察 グループ A&B 17:30-19:00 滋 賀大学 ・デ ィーキン大学交流20周年記念式典 場所 :ロ イヤルオークホテル (BF ロ ーズオーキ ッ ド) 開会の辞 滋 賀大学副学長 近 藤学

来賓祝辞 オ ース トラリア大使館 Counse1lor Ms.Michelle Allan

DUoSU交 流の歴史 について 滋 賀大学国際セ ンター長 平 井肇 基調講演① 前 デイーキン大学メデイア ・サービス部長 D r . E d B r u m b y 基調講演② 元 デイーキン留学生 木下雅仁 今後の交流について デ イーキン大学国際部長 M s . L i z S t i n s o n 1 9 : 0 0 - 2 0 : 3 0 ク ロージングセレモニー 場所 : ロ イヤルオークホテル ( B F パ ールオーキッド) 1 1 月1 6 日 ( 日) 視察旅行 ( 希望者のみ) あ るいは自由時間 O θ n u

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才―プ■ングセレモ三―

ご出席 の皆 さん。 ご多忙 に もかかわ らず、 この会 議 にご出席 いただ きま してあ りが とうござい ます。 滋賀大学長 として歓迎 の挨拶 を申 し上 げます。 わが大学 と国際交流協定 を結 んでいる海外 の大学 の リー ダーの方 々 とここで一同に会す ることは大変 な喜 びであ ります。 最初 に、われわれが こうした会議 を開催す る理 由 をのべ たい と思い ます。 第 1は 、滋賀大学 とオース トラリアのデ ィーキ ン 大学 との正式 な国際交流が20年前 にス ター トした こ とです。今年 はその交流協定締結の20周年であ りま す。明 日のタベ には、デ イーキ ン大学の代表の方々、 在 日本 オース トラリア大使館 、オース トラリア大阪 総領事館 、 ビク トリア州政府の大阪事務所 の関係者 の方 々 とともに記念式典 を開催致 します。 第 2に 、滋賀大学 は、1949年国立学校設置法 によ り男女共学の国立大学 として設立 され ま した。われ われは来年60周年 を祝 い ますが、 この会議 はその記 念事業の一環であ ります。 この機会 に、われわれは 国際的な学術交流のい っそ うの発展 について決意 を 新 たに してお ります。 第 3に 、最近、 日本政府 は 「留学生受 け入れ30万 人計画」 を発表 しま した。政府 の計画の背景 には、 世界 のグローバ リゼーシ ョンの もとで急速 に進行す る高等教 育 の国際化が あ ります。 と くに、「知識基 盤社会」 の到来 は、高等教育の拡大 と改善 を、先進工 業 国か否か を問わず、すべ ての国に とって最 も重要 な戦略の一つ とさせ てい ます。われわれは、 日本政 府 の計画 に沿 って、海外 か らよ り多 くの留学生 を受 け入れ、かつ海外 にわが大学の よ り多 くの学生 を送 り出す ためによ り大 きな努力 を払 いたい と思い ます。 しか し、われわれは、それ を成 し遂 げるには、新 しい国際協力の展 開な しには困難である と感 じてい ます。 そ こで、われわれが提案 したいのは、国際交流の 新 しい制度 を導入す る試みです。例 えば、 これ まで の 2校 間の交流関係 に加 えて新 たに多校 間の交流方 式 を導入す ることです。そのね らいは、われわれの あいだでの協カパー トナーを拡大 し、それによつて 学生や教員 によ り多 くの交流 の機会 を提供 し、その エーズに応 えてい くことです。各大学はそれぞれ特 色ある学術分野 と専 門な学術 ス タッフを擁 してい ま す。われわれが新 しい タイプの協力 を発展 させ るこ とがで きれば、教育 と研究の多様 な資源 を共有 し、 その結果選択 の幅 を広 げ国際的な流動性 を高めるこ とがで きる と考 えます。 この点 について、 この会議 の出席者である 」CMU (the」apan center for Michigan Universities)は興 味深いモデルを提供 して くれている と思い ます。 新 しい試みの 1つ として、ダブル・デ ィグリー (共 同学位)制 度あるいは単位互換制度の導入 も重要 な 課題 です。今 回の出席大学 のい くつ か は ダブル ・ デ イグリー制度の導入 について関心 をお持 ちです。 ダブル ・デ ィグリー制度 は西洋諸国では普及 してい ます。 しか しなが ら、 日本の大学ではこれ ままだ新 しい留学制度であ り、制度 を設 けている大学の数 は 多 くあ りませ ん。 日本の大学 には学年歴や履修単位 の認定方法 といった困難 な問題があ ります。 しか し、 滋賀大学 は、 これ らの実施 について可能 な ところか ら着手 したい と考 えてい ます。 私 は、 この会議が、われわれの間の よ りいっそ う の学術交流の発展 といっそ うの友好 関係 の新 しいス テ ップになることを期待 し、開会の挨拶 とさせ てい ただ きます。 2008年11月14日 (滋賀大学長 成 瀬龍夫)

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滋賀大学iこ

お伊る国際質筋り=唐 の男犀を目指 して

=震 周質筋妙う多窟周題肝ヘー

1 `よ じめ に 本年、 日本では 4人 の 日本人科学者が ノーベル物 理学賞 と化学賞 を受賞す る とい う栄誉 に恵 まれ ま し た。ただその うちの 2人 は現在 アメ リカ合衆国在住 の研究者であ り、 さらにそのなかの一人はすで に合 衆国の国籍 を取得 してい ます。 またこれ までの受賞 者の中には今 もなお海外 で研究 を続 けている人 もあ ります。 この ように科学の教育研究の世界では、著 しい国 際化が進み、それ によつて優れた研究成果が生み出 されていることは疑いのない ところです。世界 中の 研究者 間の 自由な交流 と刺激 によって、科学者 たち は真理の解明 をすすめ、世界の平和 と人類の発展の ために貢献 して きま した。 しか し、 日本人は個 々の研究では世界一流 だが、 日本全体 の国際化 は三流である といわれ ます。 とく に大学の国際化 は遅れている と批判 されてい ます。 外 国か らや って くる留学生 たちにとって、大学 をは じめ とす る 日本の教育研究機 関があ ま り勉強 しやす い環境 を提供 していない こと、 日本 の若者たちが海 外 に出かけて異文化 を体験 した り、外 国の大学で勉 強 した りす ることに必ず しも積極的でない ことが指 摘 されてい ます。そ して何 よ りも、 日本 の社会全体 が、外 国のモ ノや文化 の受容 に対 しては驚 くほ ど寛 容 であるのに、実際 に身近 な ところでの外 国人の受 け入れや外 国語 を使 った交流 に きわめて消極的であ ることがあげ られ ます。 これは東 アジアの辺縁 にある島国 として、長い問 いわゆる鎖国 を続 けて きた 日本 の伝統や、 日本語 と い う世界 の主要言語 とは異 なる独 自性 をもち、修得 に困難が ともな うとい うような事情が原 因か もしれ ませ ん。 しか し社会経済が国際化 し、情報や交通が グローバ ル化 している21世紀 に、国際化 に対す る 日 本 の特殊性 を強調 したままでいることは許 されない で しょう。 とくに高等教育の分野での国際化 は、 日 本の社会全体の国際化 を進めるうえで非常 に重要 な 課題であるといえます。 最近、 日本の高等教育機関の国際化 について、政 府 ・文科省 で も重要 な政策 として位置づ け、積極的 な大学 に支援 を行 な うようにな りま した。2005年に は全 国か ら20の大学 を選 んで、「大学 国際戦略本部 強 化 事 業 ( S t r a t e g i c F u n d f o r E s t a b l i s h i n g

lnternational Headquarters in Universities)」とい う事 業 を立 ち上 げてい ます。 この事 業 で は、各大学 で 「国際戦略本部」 といった全学横 断的な組織体制 を 整備 し、国際戦略 を打 ち立てなが ら、学内の各種組 織 を有機的 に連携 した全学的、組織的な国際活動 を 支援す るとともに、国際展 開戦略の優 れたモデル を 開発す ることによ り、他大学の創意工夫ある自主的 な検討 を促す ことを目的 としてい ます。 これに選 ばれた大学では、それぞれの大学 に国際 交流のための専 門的な組織 を設 け、大学 を挙 げて国 際交流 を推進す る計画 を作成 しま した。現在で も東 京大学や京都大学では、 この計画 に したが つて国際 交流の充実 に努め ようとしてい ます。 私 たちの滋賀大学 も2006年4月 に滋賀大学国際セ ンター (SUl)を設置 し、文科省 の支援 も得 て、本格 的 に大学の国際化 に取 り組み始め ました。それ まで の滋賀大学では、国際化 といって も留学生対策が主 な問題で、留学生セ ンター とい う、留学生 を支援 し た り、 日本狽Jから学生 を送 り出す ときの世話 を した りす る組織があるだけで、組織 的に国際交流 を扱 う 部 門があ りませ んで した。滋賀大学国際セ ンターの 設置 は、滋賀大学が本格的 に大学の国際化 に取 り組 もうとい う姿勢 を示 した もの といえます。 このたび の国際会議へ の呼 びかけに多 くの大学か ら多数のゲ ス トが参加 していただいたのは、長年 にわたる滋賀 大学 と協定大学 との友好交流が成果 をあげてお り、 95

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最近の国際セ ンターの活動 を認めて くだ さっている か らだ と思い ます。 現在 、滋賀大学 には世界各 国か ら来 てい る166人 の留学生がい ます。国際交流 に関す る協定 を結 んで いる大学 ・大学運合 も13にのぼってい ます。留学生 の多 くは中国か らの留学生ですが、アジアでは韓国、 台湾、モ ンゴル、ベ トナム、 タイ、マ レーシア、 イ ン ドネシア、 ミャンマー、 カ ンボジア、バ ングラデ シュ、ブー タン、 イン ドな どに及 び、そのほか、メ キシコ、 オース トラリア、アメ リカ合衆回、ルーマ ニアな どか らも留学生 を迎 えています。協定 を結ん でいる大学では、オース トラリアのデ イーキ ン大学 が1988年と最 も早 く、その後、 タイの ラジヤパ ッ ト 大学、チ ェンマイ大学、 プ リンス ・オブ ・ソンクラ 大学、中国の湘淳大学、東北財経大学、アメリカ合 衆 国の ミシガ ン州立大学連合、韓 国の啓明大学、大 田大学、ベ トナムのハ ノイ教育大学、 メキシコのグ アナ ファ ト大学、モ ンゴルの人文大学へ と広が って ゆ きま した。それ以外 に も近 々、協定 を結ぶ予定の ところ もあ り、滋賀大学 と世界 とのつ なが りは今後 いっそ う拡大 してゆ くもの と思い ます。ス タデ イツ アーや文化 交流 を 目的 に して滋賀大学 を訪 れ る教 員 ・学生 も増 え、交流の様式が多様化 しているの も 注 目す るべ き点です。 しか し滋賀大学か ら協定大学 も含 め海外 の大学 に留 学 し、そ こでの学位 をとった り、卒業後、海外 の大 学で研究 を続 けた りしている学生 は、それほ ど多 く あ りませ ん。現在、交換留学で協定 を結 んでいる大 学へ赴いている学生 は10人余 りで、短期 間の研修 に 参加す る もの も50人∼60人程度です。教員 ・研究者 相互 の交流 も一部の分野 を除いてあ ま り活発 である とはいえませ ん。滋賀大学が、世界各地の大学や教 育 ・研究機 関 と相互 の交流 を通 じ、滋賀大学 自身の 教育 ・研究内容 をどの ように変化 させ、豊かに して い くかが、 これか らの大 きな課題です。 2 我 が 国 の 大 学 国 際化 政 策 と留 学 生 30万 人 計 画 現在、 日本全 国で11万8000人の留学生 を受 け入れ てい ます。今か ら20年前 の1988年には 2万 5000人、 10年前の1998年には 5万 1000人で したが、その後、 急速 に増加す るようにな り、2003年 に10万人 を越 え ま した。 この ように留学生が増加 した背景 には、政 府 は積極 的な留学生政策があ りま した。1983年、当 時の中曽根首相が主導 して 「留学生受 け入れ10万人 計画」 をたて、積極的に留学生 を受 け入れるように して きま した。 しか し留学生が増 える とともに、 日本の大学の国 際化 に対す る遅れた面 も明 らかになって きま した。 た とえば、留学生が学 ぼ うとしている要望 にかな ら ず しも適合 しない 日本の大学教育や、留学生の生活 への支援体制が必ず しも十分でないなども問題です。 また卒業 してか ら、 日本 国内で就職 を希望す る外 国 人学生 に とって、 日本の企業 はあ ま り積極 的に雇用 しようとしない とい う問題 もあ ります。 その ような状況のなかで、 日本の高等教育 と全体 社会が、今後、 どの ように真の国際化 を実現す るの かは、 日本の大学が直面 している大 きな課題 なので す。 2005年に提 出 された「我が国の高等教育の将来像」 とい う中央教育審議会の答 申では、新 しい時代 にお ける高等教育の国際化 について次 の ように述べ てい ます。 √・・・留学生交流 ば今後 とも重要佐 を増 す と考え られ,各 高等教 育稜膚がそれぞれの特色 を発轟 した 形 で世界各国か らの優秀 な学生 の受入 れやg本 人学 生 の派遣 だ多 め,日 が これ を支援 してい ぐ必要があ る。 その際,留 学生 の質の稼深,受 ス体制の方完 渡 g訪 か ら帰回後 だ至 る体系的 な留学生支援体制の 方実等が重要 である。 また,今 後 は,高 等教 罰 雛 推 お いて も海タト分校 ・ 拠点 の設 置,外 国 の教 育 ,研 究 稜 膚 との逆 捗乳 θ一 二e2阿血g等 を通 じて国境 を越 えた教 散 甥 静 や 研究

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の涙 房義 目溶力 な大学膚の競争 と協調 ,筋力が一 唇進展 してレく もの と考 え られ る。 最近、欧米 の高等教 罰 締 物 号 東 アジア ・東南 ア ジア各国 だ冴勉夜 を房設 し,動 のみの教 育を受 けることで居 な力ゞらだ して本国 の学位 を斧 られるよ うだすること力濫 ん だ行われ始 め ている。 また,申 国 ・孝回 ・マ レー シア・シングポール等 アジアの日 々 で も,こ の よ うな国際動 向 だ積極 的 8班 地 ,外 国 の優れた高等教 訪 房 を誘致 しまたはこれ と逆携 す るための施策 を浸 房 し始 め ている。… ・戎力ゞ国 だカ レ出て も,海 外 の高等教 育陵房 と戎力ざ国 の稜房が泥携 して,戎 力】目 l_‐力ける海外学を の疲与や海外 だカゲ る戎 が 目 の学 位 の疲 与 な どが 複数 計 画 され てい る。 以上 の ことは,戎 力遁影舛ど歳人厨力式減少 を統 ける 申,各 高等教 育簾房 ば国際的 な競 争殉環境 の下で も, 人″ 養成 や学術研 究 活動等 だついて何佐 ・存色灰 び 経 営戦略 の勝 化 を一唇遂 め/rゲればな らないこと を意味 している。 なお,国 境 を越 え 誓 房 される大学教 拗 だ よる学位授 与の稜 会 を拡大 するだ当た っては,戎 が 回 の学位 の国際的通用 佐のた保 だ十分 留意 すること が必要 である。 また,戎 力ゞ目 を含めた各国 の大学P/y 見 各大学 の適格 認定 窪 わ た評伍 教 育内容灰 び 学をの迅R佐 等 だつレヽて学 留著力ゞ半J断 することので きるよ うだ,国 際的 な大学 の質 の筋 房 する情誠 ネ ノ トヮーク を楯架 すること力号争彦 である。戎ラゞ回 ′ま,こ うした国際的 な協議 だ宥を殉 だ参力『・寅威 す べ きである。 また,戎 力ゞ国 の大学が世界各国か らの優秀 な留学 生 ・研究 者 をひき行 けるために も,教 育 ・研究 の質 力逆影融多だ月 て高 いを置 を占めることが必要 である 力号 今後 は,留 学生 宏 冴等 も含め て,国 境 を越 え て展房 され る戎力ゞ国 の高等教 育だよる国際的 な寅滅 とレウ 冴点 を常だ念ズ だ置 いてレSぐ必要カウ る。存 だ,学 術研究分野 だお いてアジア地域内 部 でのパ ー トナー シノプをどう構築 してい ぐかば,我 が目の高 等教 育だとって大 きな課題 である。ゴ この ような高等教育の将来像 をふ まえて、政府で も大学の国際化 に向けて重要 な施策が出されてい ま す。先 に紹介 した ような2005年の 「大学国際戦略本 部強化事業」 もその一つです。 さらに来年度 に向け て、政府 は 「留学生30万人計画」 をたて ようとして い ます。その計画の概要は次の ような ものです。 (1)海 外 での情報提供及 び支援 の一体的な実施 日本への留学 に関す る情報が不足 していること、 入国の手続 きが煩雑 なことな どを解消す るために、 海外 に拠点 を設 け、海外 で入学試験が受 け られる ような体制 をつ くる。 海外 での 日本語の普及 につ とめ、海外 での 日本 語習得 を容易 にす る。 (2)留 学生の受 け入れ環境 ・就職支援 の充実 留学生宿舎や奨学金制度の充実。就職支援 のた めの インター ンシ ップな どを産官学が連携 して充 実す る。 (3)大 学の国際化 の推進― グローバル30拠点の形 成 英語 による授業や学位取得 の体制 を整備、外国 人教員の増加 などをはかる。そのために先進的な 取 り組み を行 う大学30校を選定す る。 (4)日 本人学生の海外留学の推進 短期 ・長期 の派遣学生 を大幅 に増やす。 この計画が どの ように推進 されるかはまだわか り ませ んが、各大学 はこの ような政策 をふ まえて独 自の国際化 プログラムをもつ ことが求め られてい るのです。 3 大 学 問 国際 交流 の連 携 とネ ッ トワー ク 今 回の国際会議 で、滋賀大学の国際化 プログラム として提案 を したい ことがあ ります。 すでに述べ た ように、滋賀大学 は教育学部 と経済 学の 2学 部か らなる大学です。現在で も多 くの海外 か らの留学生が滋賀大学の両学部 に来て くれていま すが、 もし滋賀大学 に もっと他 の教育研究内容 をも 97

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つ学部があったなら、おそ らくもっと多 くの留学生 が来て くれるのではないか と思い ます。 また滋賀大 学か ら海外 に留学す る学生が、質量 ともに増加す る ことは疑いあ りませ ん。 例 えば、滋賀県 は 日本で最大の淡水湖である琵琶 湖 を擁 してお り、環境創造県 として環境 に対 して先 進的な取 り組み を して きたことで よ く知 られてい ま す。滋賀大学で も環境教育や環境政策 について、早 くか ら両学部で国際的 に も高い水準 の研究 を行 って きたばか りではな く、環境綜合研究セ ンターを設立 して、環境 について大学全体 で教育研究 を進めて き ま した。そのため に環境研究 に興味 を持つ多 くの留 学生が、滋賀大学 に留学 してす く`れた成果 をあげて きま した。 しか し滋賀大学が提供 している環境 についての研 究内容 は、環境 についての研究のすべ ての分野 をカ ヴ ァー しているわけではあ りませ ん。 とくに自然科 学的な分野 については、必ず しも十分ではあ りませ ん。教育学部 には、 自然科学の分野か ら環境研究 を 専 門に している研 究者 もい ますが、当然の ことです がすべ ての分野 をカヴ ァーす ることがで きませ ん。 しか し滋賀県 にある滋賀県立大学 には、環境科学部 があ り、 自然科学分野の環境研究の研究者 を擁 して す く`れた実績 をあげてい ます。 また他 に も近隣の大 学や行政機関で、環境 について多様 な専 門分野 をも つ学部 ・大学院 ・研究所等があ ります。それぞれが 独 自の個性や特色 を持 った研究 をすすめてい ます。 もし滋賀大学 とこれ らの大学 ・研究所等が連携 し て、環境研究 についての統合的な一つの教育研究 プ ログラムをつ くることがで きた ら、留学生だけでは な く、海外 の研究者 に とって も、い まよ りももっと 多様 な可能性 をもった教育研究上の交流が実現す る のではないで しょうか。 受 け入れる 日本側 の大学で も、 これ まで個 々の大 学 だけでは実現が難 しか った事業が実施で きるよう になることにな ります。た とえば、留学生 に とって、 日本語 の学習 は留学の成果 をあげるための最 も重要 な条件 の一つですが、一つ一つの大学 だけでは十分 な 日本語学習の条件 を整 えるのは難 しいのが実情 で す。それ を複数の大学が共同 して、留学生 に対す る 日本語学習のプログラムを立 ち上 げれば、それぞれ が行 っていた もの よ りす く`れた学習条件 を提供で き るはずです。 このほか、留学生のための居住施設 な どについて も、大 きなメリッ トが生 まれることが予 想 され ます。 さらに海外で 日本語 ・日本文化 を学習 したい とい う要望 をもっている学生 にとって も、 この ような 日 本語学習の運携 プログラムがあれば、 これ を有効 に 活用す ることがで きるで しょう。 今 は環境 についての教育研究や 日本語学習 を例 に して説明 しま したが、他 の分野 について も同 じこと がいえるで しょう。滋賀大学 は、滋賀県内にあるい くつかの大学 に対 して この ような連携 を呼びかけ よ うとしてい ます。 これ までは海外 の大学 との交流 とい うのは、原則 として一つ一つの大学問で行 って きま した。 しか し、 もし日本側の大学で連携 をはか り、連携 を行 ってい る複数の大学で一つのプログラムをもって海外 の大 学 と交流す ることにすれば、留学生 を送 り出す側 に も、受 け入れる側 に も様 々なメ リッ トが生 まれる と 思 われ ます。わた したちはこれ を多校 関連携 による 新 しい国際交流 と呼んでい ます。 この連携 を、 さら に海外 の複数の大学 問をもつ な ぐネ ッ トワークに発 展 させ たい と願 ってい ます。 4 滋 賀大 学 の 国際化 Actton Plan 滋賀大学では、今後、以下の ような国際化 に向け ての戦略的プランを検討 し、で きるだけ早期 に実現 してい きます。 (1)大 学構成員の国際化 ① 学 生の国際化 世 界各地からの留学生を 受け入れるとともに、日本人の学生 ・院 生が積極的に海外で学ぶようにする。 ② 教員の国際化 本 学の教員が海外での

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キヤリア形成 につ とめるようにするとと の 共同研究を推進 し、大学 としてその実 もに、教員構成の国際化 を進める。 施 を支援する。 ③ 職 員の国際化 管 理運営に携わる職員が ⑤ 情 報発信の国際化 教 育 ・研究の成果を 国際性 を身につけ、海外 における職員の 世 界 に向けて発信する。 SD活 動 を積極的に行 う。 (3)キ ャンパスの国際化 (2)教 育研究プログラムの国際化 ① 施 設 ・設備の国際化 ITを 活用 したネッ ① 教 育内容の国際化 英 語など外国語によ ト ヮークによる国際交流 を推進する。 る授業の実施 を推進する。留学生のエー ② 支 援施設の国際化 留 学生や海外からの ズや世界の動向に敏感に対応 した授業内 研 究者のための宿舎や生活支援施設を充 容の開発 につ とめる。大学教育のグロー 実 する。海外からの来訪者にとってフレ バル ・スタンダー ドヘの対応 をはかる。 ン ドリーなキャンパス作 りをはかる。

② 教 育体制の国際化 学 士 ・修士 ・博士な (4)近 隣大学問連携 (University Network Shiga) どの学位の国際基準 に応 じた体制の構築。 の 推進

ダブルディグリーなど、新 しい制度 を導 彦 根地区、滋賀県内の大学で協同 して国際交 入する。 流 ネットワークを構築する。

③ 研 究内容の国際化 教 員の個別研究、共 (5)海 外協 定大 学 との相 互 ネ ッ トヮー ク構 築 同研究、各種 プロジェク トによる研究を、 (Global Network Shiga)

国際水準で実施する。 滋 賀大学を中心 に、海外協定大学問のネット ④ 研 究体制の国際化 国 際通用性のある研 ワ ークを構築する。

究 を奨励 し、海外の研究機関 ・研究者 と (滋 賀大学副学長 秋 山元秀)

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November 15

Good evening everyone. ヽ 在y name is ttlanabu Kondo. I arn the pro vice―president specializing acadernic and financial affairs. Please call me Kon.

It is a great pleasure for me to speak at the opening address for the 20th Anniversary Ceremony of

lnternational Exchange Between Shiga University and Deakin University. Since l have been concerned in quite a way with the history of this international exchange, this is a very special occasion for me.

By the way, November is a good month to enjoy the color changing of autumnal leaves in 」apan. If

there is a time, please enjoy the beautiful scenery of this mountainous area in 」apan.

Now, although Shiga University and Deakin University have continued international exchanges for 20 years, I would like to consider the reasons for our good relationships over such a long period. Since PrOfessor Hirai who is in charge of Shiga

University lnternational(SUl), wi11 later outline the history of the relationship of both universities, I think it appropriate to explain my personal reflection of the relationship.

Probably it was around 1997 that l began my relation with the Deakin University.

There was a big international symposium focusing on environmental issues that was held in Shiga University in 1997 and because l was interested in the environmental policy of Australia, I participated in this symposium.In this symposium, I met Dr.

Robert Wallis and Dro Ed Brumby who participated froln the Deakin University at the time.The outcomes

of this symposium were sunllnarized in the splendid book by Dr.Itakura and Dr.Eards.This symposium had a big significance for Shiga University to initiate environmental research in the whole university.

帥Iy first visit to Deakin University was the environmental symposiurn held on the Warrnambool campus in October, 2000. I、 vas indebted very much to Dr.Robert Wallis then.Also kindly,he and his wife invited us to their house and showed the wine cellar of bOast. Mloreover, it was very surprising for me that there was a golf course within the campus and the golf course was opened to citizens; this course was a good income source for the university. It was also good to have taken a drive on the Great Ocean Road by rental car, after the symposium, and to have enjoyed the grand scenery of Southern Ocean.

In Apri1 2001, I became a director of lnternational Students Centere This institution was a precursor of SUi. In February 2002, I organized the Shiga

University international symposium focusing on international student exchange named Shiga University lnternational Exchange Serninar in my capacity as a director.

We got MIs.Rosemary Livingstone who was a rnanager of Deakin lnternational at that tirne to give a lecture in this serninar.

After the serninar, fortunately, I was invited to give some lectures and visited the Warrnambool campus again in November 2002. Although l hardly remember about、 vhat l spoke about, it can remember well that the Australian wine was deliclous at a low price.Moreover,I was appointed examiner for a PhD

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candidate's paper exarnination by the request from Dr. Rob.

In the same year, I also visited both campuses in Geelong and MIelbourne. I recall meeting Professor Philip Clarke, presently Pro Vice― Chancellor when he was then the Dean of the Faculty of Business and Law.And l met again with Ms.Rosemary in

Melbourne, and she kindly took me to the delicious restaurant on the beach.

In the rneantilne, Shiga University developed a popular short―term international training program called the Australia Research Tour.Through this prograrll, we are indebted to you, the staff of the Deakin

University, very much by warrn acceptance and hospitality of the student of Shiga University. MIoreover, as a new plan, Deakin University has kindly accepted six staff of Shiga University in this surnlner for staff training.

Since l became a vice president from April, 2008, I am deeply grateful for this Opportunity as a representative of Shiga University.

The international exchange of both universities has developed steadily, It began from the individual research exchange between teachers at first, and resulted in the hosting of an international symposium. This was the first step.

Next, Shiga University commenced the Australia research tour program which gre、 v into student exchange activities. This can be called second step. And it is developing into the exchange including staff training now. We can call this third step.

Furthermore, the new forrl of the international exchange containing a consortium type was proposed today.

As you can see, we can surlllnarize that this process is the history into、vhich the many一 sided relationships have been developed through challenging new possibllities and opening up a new vista of the future. What can we learn from our experiences?

We can cOmpare the international exchange like love story. Even if one side shows interest, if a partner does not reciprocate, nothing will eventuate. “It takes two to tango"│

To ensure the relationship is productive, what shOuld we do?Isn't it impOrtant to continue the efforts tO open up the possibllity and find a new way in order to ensure continued goodwill and productive outcomes? According to my personal episodes, I could summarize the learnings fronl the international exchange of both universities in the following wOrds, that is, “A cornlnon challenge strengthens the cooperative relationship between universities".

I wish to appreciate again such efforts Of rnany people who had advanced and supported our cooperation

for a long tilne.

As for the balance sheet of student exchange bet、veen both universities, Shiga University sends more students than Deakin University, and accepts a fewer students from Deakin University, SO, Shiga University is in the state of an excess exports and the Deakin University is in the state of an excess of imports. Putting other words, I hear that Shiga University has to repay a debt as far as student exchange is concerned.

Probably Shiga University should make an effOrt to abolish an ilnport barrier by increasing the lectures taught in English more, introducing a double degree system, and making student accornrnodation more readily avallable.

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We prornise to continue such efforts. If they realized, I ask you to let as many students as possible study in Shiga University, even though the storrn of a strong yen blows vlolently at that tirne.

The Japanese university system was changed and became incorporated in 2004. The environment which surrounds National Universities 、 vas changed completely, and the irnportance of university independent management is increasing.

I think that Deakin University has many experiences

which should be learned concerning independent management and university integration.

I hope this ceremony could become a starting point for building new relations not only with Deakin University but all other universities which have participated in this ceremony.

Thank you once again for joining us tonight and hoping

have a pleasant tirne.

(Vice President Manabu Kondo)

参照

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