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ERM

の多様性と保険会社の

ERM

杉 野 文 俊

■アブストラクト

ある業種なり企業なりのERMは 全社的リスクマネジメント 統合的 リスクマネジメント コーポレートガバナンス 内部統制 戦略的リス クマネジメント 制度的リスクマネジメント という6つのコンポーネン トからなる三次元モデルで捉えることができる。最近の実態調査によると,

保険業と一般事業とで,ERMの導入が容易でないことは同様であるが,保 険業の場合には, ソルベンシー目的のERM であるという特徴が顕著で ある。ソルベンシーⅡを始めとして,現代のソルベンシー対策は,保険(ハ ザード)リスクやファイナンシャル・リスクのみならず,オペレーショナ ル・リスクや戦略リスクなども含めたあらゆるリスクを対象とするものであ り,ERMなしにはあり得ないというこ と で あ る。そ れ 故,保 険 会 社 の ERMは 統合的リスクマネジメント 内部統制 制度的リスクマネジメ ント の領域に軸足を置くものになっているといえる。

■キーワード

三次元モデル,実態調査,ソルベンシー目的

1.はじめに

ERMは1990年代の中頃から,伝統的なリスクマネジメントとは不連続の ものとして台頭してきた新しいタイプのリスクマネジメントである。それは

*平成23年10月23日の日本保険学会大会(神戸学院大学)報告による。

/平成24年4月4日原稿受領。

ERM

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全社的リスクマネジメント や 統合的リスクマネジメント などと呼ば れるように ,全社的なものであり,統合的なものである。ERMの生成発 展に関しては,国際会計事務所のコンサルティング活動,内部統制,国際標 準化などの潮流がある 。 全社的 あるいは 統合的 というのは,ERM の性格について言われることであり,ERMの構成要素(コンポーネント)

であるともいえるものである。

本稿では,第一に,ERMがそれら以外にも,コーポレートガバナンス,

内部統制などからなる多様なものであることを明らかにする。第二に,それ らコンポーネント間の有機的な関係を表徴するものとして,三次元のERM モデルを提示する。ERM とはリスクマネジメントの思考法であり,どの企 業にも当てはまるお仕着せのERM があるわけではない 。すなわちERM は,その企業が三次元空間のどこに位置するかによって,企業の数だけある こととなり,きわめて多様性に富むものである。第三に,保険会社と一般事 業会社のそれぞれについて行われた大規模な実態調査の内容を紹介する。そ して第四に,それらをもとに,保険業のERMについては,どのような特徴 や課題があるかを考察することにする。

ERMの特徴は,①純粋リスクのみならず投機的リスクも対象とすること,

②目的が倒産の防止ではなく企業価値や競争優位であること,③部門縦割り

(サイロ型)ではなく部門・機能・文化横断的なものであること,④部門・

階層の如何にかかわらず全社員で取り組むものであること,⑤責任者がリス

ERM ERM

1) 以 前 はEnterprise-Wide Risk Management(EWRM), Enterprise Risk Management(ERM), Integrated Risk Management, Holistic Risk M an- 

agement, Total Risk Managementな ど の 名 称 が 混 在 し た が,現 在 で は Enterprise Risk Managementに収斂されている。わが国でも 全社的リス クマネジメント あるいはERMという呼称が定着している。

2) それぞれの流れからERMの代表的なフレームワークである①DeLoach, J.

W.(2000),②COSO(2004),③ISO31000 (2009) が生まれている。

3) DeLoach(2000, p.5) によれば,ERMは お仕着せのもの(one-size-fits- all)ではなく,ビジネスモデル,戦略,組織構造,文化,資源の如何によっ て全て異なる ものである。

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クマネジャーではなく役員クラスであること,⑥有形資産のみではなく無形 資産にも焦点を当てるものであること,⑦戦略と一体のものであることなど である。

2.ERM のコンポーネント

⑴ コンポーネントとは

何をもってERM のコンポーネントとするかは論者によってさまざまであ る。たとえば,Lam, J.(2003) によれば,①コーポレートガバナンス,② ラインマネジメント,③ポートフォリオマネジメント,④リスク移転,⑤リ スク分析,⑥情報技術,⑦ステークホルダーマネジメントである。また保険 会社の役員が掲げる10大事項,①リスクの監視と報告,②リスクアピタイ ト・ステートメント,③リスクリミットとコントロール,④EC(経済資本)

モデル,⑤リスクガバナンス構造,⑥ECと意思決定,⑦リスク文化,⑧新 興 リ ス ク の 管 理,⑨ 個 別 リ ス ク の 管 理,⑩ 資 源 ・ シ ス テ ム ・ プ ロ セ ス

(Towers Watson,2010, p.6)を,あるいはAonのサーベイで抽出された コンポーネントである①取締役会のコミットメント,②役員が責任者,③リ スク文化,④ステーククホルダーとの協働,⑤リスクコミュニケーションの 透明性,⑥ファイナンシャルリスク・オペレーショナルリスクと意思決定,

⑦リスクの計量化,⑧新興リスクの発見,⑨価値創造(Aon Corporation, 2010)を挙げることもできよう。

コンポーネントとは文字通りERMの構成要素であり,ERM をERMた らしめている特性であり,ERMのもつ多様な側面のことである。どの構成 要素を重視するか,ERM という高い山に登るのにどの面からアタックする かは,業種や企業によって異なる。そうしたこと自体がERMの多様性とも いえるが,本稿の目的では,①統合的リスクマネジメント,②全社的リスク マネジメント,③内部統制,④コーポレートガバナンス,⑤戦略的リスクマ ネジメント,⑥制度的リスクマネジメントという6つのコンポーネントから なるものとしたい。

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⑵ 全社的リスクマネジメント

全社的 というのは,“enterprise-wide,”あるいは “enterprise”を意訳 したものであるが,ERM は 全社で行う リスクマネジメントであること,

あるいは 全部門の全階層の社員が全員で行う リスクマネジメントである ということを表すものである。それはDeLoach(2000,p.5) によれば 機 能・部門・文化横断的 なものであり,Walker et al.(2002,pp.24‑26) によれば,リスクマネジメントに 現場の人間(subject matter expert) を関与させる ことである。すなわち社長には社長の,部長には部長の,課 長には課長のリスクマネジメントがあるということである。その 全社的 なリスクマネジメントを象徴するのが リスクオーナー 共通言語 リス ク文化 などの概念であり,リスクは リスクに近いところで最も良く処理 される ということであり(DeLoach,2000, p.27, p.149), ラインマネジ メント がERMのコンポーネントである(Lam, J.,2003)とされる所以 である。

こうしたERMのアナロジーとしてあるのは,日本型経済システムのサブ システムであるとされる 全社的品質管理 である(杉野,2003)。品質管 理の問題は,品質管理部の専門家ではなく,それぞれの現場で対応する,す なわち現場労働者の 不確実性をこなすノウハウ や 問題と変化をこなす ノウハウ によって解決するという思想である(小池,1997,p.ⅳ)。さら にいえば本部重視か現場重視か,トップダウンのアングロサクソン経営か,

ボトムアップの日本的経営かということにもなる。統合的リスクマネジメン トがトップのイニシアチブによりミッション・戦略・方針・計画からはじま るトップダウンのものであるとすれば,全社的リスクマネジメントは,一人 ひとりの社員がそれぞれのリスクオーナーとして取り組むボトムアップのリ スクマネジメントであるということになる。

⑶ 統合的リスクマネジメント

統合的 とは,全てのリスクをトータルに,統合的に処理するという意  

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味である。それは部分最適に対して全体最適というのに似たものであり,全 体的に統合的に処理することによって,トータルではより効率的,効果的な リスクマネジメントになるという考え方である。先駆的な事例としては,ハ ネウェル社が火災とPLと為替のリスクを統合的に処理したケースが有名で ある。

統合的リスクマネジメントに関係する概念としては リスク選好 リス ク許容度 リスク限度 などが,コンポーネントとしては リスクの計量 化 と ポートフォリオマネジメント などがある。いずれもERMの中核 となる概念とコンポーネントである。中でも リスクの計量化 は重要であ り,その 金融工学的な側面に注意が向けられすぎる きらいもある(竹谷,

2003,p.40)。ちなみに 統合的リスクマネジメント は保険と金融の融合 によって,また金融リスクのリスクマネジメントにおいて発達した手法であ る(Doherty,2000, pp.3‑15)。米国では,ハザード(保険)リスクはリス クマネジャーが,財務リスクはトレジャラー(財務部長)が担当するマター であり,それぞれがサイロ型のリスクマネジメントであった。そして真の ERMがあまり浸透しない中で,保険と財務部門の統合,すなわち保険リス クと金融リスクの統合をもってERMと呼ぶことが少なくない(Doherty, 2000;Lam,2003)。

⑷ コーポレートガバナンス

コーポレートガバナンスとリスクマネジメントの関係については,ターン バルガイダンスを嚆矢として,株主などがコーポレートガバナンスの一環と して,経営者によるリスクマネジメントを求めるものであるとするのが一般 的である。しかしコーポレートガバナンスの本質は オーバーサイト であ り, ステークホルダーが経営者を規律付けるための方法とプロセス であ るとすれば,それはステークホルダーを主体者とする 経営者リスク のリ スクマネジメントであるということになる(杉野,2005)。

DeLoach(2000) では,第4章をERM の基盤としての 目標・目的・

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オーバーサイト に当てている。ERM の最高責任者はCEOであり,CEO が作成したERMの方針と戦略を取締役会が承認するというのがDeLoach (2000, pp.97‑104) におけるコーポレートガバナンスである。わが国で,リ スクマネジメントの大綱を定めるのは取締役会の責任であるとされているの と同様である。背景にあるのは取締役会に課されている説明責任の高まりで ある(DeLoach,2000, p.11)。とくに欧米では,取締役会が執行役などに 委任するのではなく,自らの責任で取り組んでいることの説明を求められる からである(竹谷,2003,p.157)。

COSO(1992) では内部統制にコーポレートガバナンスの視点を確保して いるのが特長であるが,それはそのままCOSO(2004) にも継承されてお り,COSO(2004, p.38) では適切に機能する取締役会の存在をERMの 内部環境 に含めている。ERMによっても,人の判断や意思決定の誤り をゼロにすることはできない。つまりERM によって保証されるのは,戦略 の正しさではなく,より良い意思決定が可能となること,戦略の状況をタイ ムリーに把握することができるということである(COSO,2004, p.28)。取 締役会による監督,すなわちコーポレートガバナンスがERMのコンポーネ ントであるのはそうした理由によるものである。

⑸ 内部統制

内部統制とリスクマネジメントの関係,および内部統制がERMのコンポ ーネントであることは,COSO(1992) がCOSO(2004) となった経緯から も明らかである。COSO(1992) では リスクの評価 が5つの構成要素の 一つであったが,内部統制とリスクマネジメントの関係は,とくに会計プロ フェッションの間では,自明のことではなかった。他方,リスクマネジメン トの分野では古くから 内部統制は会計士をリスクマネジメントの分野へ引 き込むもの だとされていた。もともと 統制 は 計画 組織 指揮 などとともにマネジメントの基本的な機能の一つであり,企業リスクマネジ メントにおいて,内部統制はリスクマネジメントの範疇のものであるとする

 

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のは当然のことであった 。またCOSO(1992) は,内容的にリスクマネジ メントのフレームワークであったとしてもおかしくはないものであった。そ れ故,COSO(2004) はもっと早くに出来ていても良かったものである(杉 野,2007,2009)。

COSOは2001年にERMフレームワークの開発に着手し,2003年にCOSO (2004) の公開草案を公表した。COSO(2004) はCOSO(1992) を踏襲し たものであり,目的に 戦略 を,構成要素に 目的の設定 事象の識別

リスクへの対応 の3つを追加したものである。構成要素の追加は既存の 要素の細分化あるいは明確化の域を出ないものであり,重要な変更点は 戦 略 が追加されたことである。これは内部統制のフレームワーク(COSO, 1992)をERMのフレームワーク(COSO,2004)にするのに必要としたの は 戦略 だけであったということである。つまり内部統制(リスクマネジ メント)+戦略=ERMであり,それが 内部統制はERMのコンポーネン ト であるとする所以である。

⑹ 戦略的リスクマネジメント

全体性 は戦術との比較において戦略がもつ基本的な性格であり,その 文脈では全社的リスクマネジメントが戦略的リスクマネジメントであるのは 当然ということになるが,ERMの代表的なフレームワークにおいて戦略が どのように扱われているかをみてみよう。

COSO(2004) における 戦略 の位置づけは先述のとおりである。ISO 31000でも …プロセスを…戦略及び計画策定…に統合… (序文), …戦 略及び意思決定…に適用… (原則及び指針), …戦略上…の方針及び実務 の中に組みこまれる (2.3)とされている。さらに 組織の状況の確定 に 関して 方針,目的及びこれらを達成するために策定された戦略 を内部状

4) 経済産業省(2003,p.11,p.13)では,内部統制は リスクマネジメントを 支えるもの であり,法律分野では内部統制とリスク管理は同義である(神田,

2006,p.76)。

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況の一つとして挙げている(2.11,4.3.1,5.3.3)。これらはどちらかと言 えば,戦略を所与のものとして,ERMをそれに統合させるということであ る。DeLoach(2000, p.93) はさらに一歩踏み込んで ERMと戦略は一体 である ということ,すなわち 戦略が先にあり,ERMは後からそれに整 合させる というのではなく 戦略とERM は同時並行的に一体的に策定さ れなければならない ということを主張している。

さらに リスクの対応 を比較してみると,ISO31000 は 回避 最適 化 保 有 移 転 で あ り,DeLoach(2000) は 回 避 軽 減 活 用

保有 移転 である。伝統的リスクマネジメントの 損失制御 に当たる ものを,ISO31000では 最適化 と言うことにした。DeLoach(2000) で は 軽減 と 活用(exploit) である。 最適化 と言うのも, 軽減 + 活用 と言うのも内容的に大きく変わるところはない。しかしDeLoach (2000) は 活用 という言葉を使用することによって, リスクをテイクす る ということをきわめて直截に表しているわけであり,リスクをとるため のリスクマネジメントであることの証左である。

⑺ 制度的リスクマネジメント

企業にERMを導入するということは,社内に制度としてのERMを構築 することである。その際に参考とすべき国際標準として作成されたのがマネ ジメントのシステムであるISO31000である。ERMの制度とは,このISO 31000のほかにも多くの制度の束からなるものである。つまりERMは多様 なコンポーネントからなるものであるが,それぞれのコンポーネントごとに いくつもの制度があるからである。ISOの関連では,ISO9000(品質管理),

ISO14000(環境責任),ISO26000(企業の社会的責任)などがある。そ の他,事業継続マネジメント,消費生活用製品安全法,消費者契約法,PL 法,個人情報保護法,公益通報者保護法などもある。コーポレートガバナン

5) たとえば,“Strategy is nothing more than disciplined risk management.”

である(DeLoach,2000, p.134)。

 

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スについては,取締役制度,監査役制度,委員会等設置会社,ディスクロー ジャー,株主代表訴訟の制度,内部統制に関しては,会社法と金融商品取締 法などである。これらは全てリスクの源泉であり,企業が制度的な対応を必 要とされている事柄である。制度的リスクマネジメントとは,こうした諸々 の制度を取り入れ,整備し,強固で安定的なものにすることであり,ERM の基盤となるものである。

3.ERM の三次元モデル

第一の軸は,統合的リスクマネジメントか全社的リスクマネジメントか,

あるいはトップダウンかボトムアップかという違いをメインに対立させたも のである。第二の軸は,内部統制か,コーポレートガバナンスか,あるいは 内か外か,という対立である。内部統制を含めてコーポレートガバナンスで あるとする立場もあるが,ここでは両者を敢えて区別することとした。内部 統制は内部のものであり,経営者が責任をもって取り組むものである。コー ポレートガバナンスはステークホルダーが組織の外部から経営者あるいは組 織を規律付けるものであるという違いである。ステークホルダーは株主や監 督官庁である。保険事業の場合には,監督官庁による規制が大きな要素であ る。第一と第二の軸については分かりやすいが,第三の軸については若干の 説明を要する。

このERMモデルは経営戦略論の3D思考法(沼上,2009)から示唆を受 けて作成したものである。ERMの6つのコンポーネントと対応する経営戦 略論の学派はモデルの括弧内に示したとおりである。経営戦略論におけるゲ ーム論学派は比較的新しい理論であり,経営戦略論の中では最も活発に研究 がなされている分野である。沼上(2009)によればゲーム論的アプローチを 特徴付ける概念は 時間的展開・相互作用・ダイナミクス であり,計画・

組織・プロセスよりも経営者による経営戦略の問題である。第三の対立軸は 戦略的リスクマネジメントと制度的リスクマネジメントである。

これをERMに当てはめれば,時間的展開と相互作用とダイナミクスの中

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でいかに戦略的なERMであるかということである。これはERMが臨機応 変,環境適応型のものであるということである。すでに述べたとおり,戦略 のもつ全体性の側面に着目すれば,戦略的リスクマネジメントとERMは同 義であり,すべてのコンポーネントをバランスよく備えたものが戦略的リス クマネジメントであるということになる。しかし,ここでの戦略的リスクマ ネジメントとは,たとえばコンプライアンスをどこまでやるか,公的規制へ の対応をどこまでやるかといった文脈のものであり,制度的リスクマネジメ ントを対極のものとするリスクマネジメントのことである。制度的リスクマ ネジメントとは,ERMは 国際標準や法律によって形成される種々の制度 を束ねたもの であるという側面を捉えたものである。

もともとERMとは多様な存在を前提としたものである。ERMは企業の 戦略と一体化することで,各企業に固有の業務プロセスに埋め込まれるべき ものである。それ故,現実にはさまざま形態,レベルのERMが観察される わけであり,前述したような保険リスクと金融リスクを統合することによっ てERMと称することがあるのはその一例である。その場合には,3次元空

図表1:ERM の三次元モデル

 

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間の上方(統合的RM)の奥(制度的RM)の側に位置するERMである。

さらに一般的にいえば,日本的経営は右辺(内部統制)の下方(全社的 RM)に,株主主権経営は左辺(コーポレートガバナンス)の上方(統合的 RM)に寄ったERMということになるであろう。

4.ERM の実態調査

⑴ 保険会社の ERM

世界の保険業界におけるERMの現状については,タワーズ・ペリン(タ ワーズ・ワトソン)が隔年に大規模な実態調査 を実施しており,2008年と 2010年の調査結果が参考になる。両者の主要なポイントは図表2のとおりで ある。

6) 世界の主要な保険会社350社以上の役員359名から得た回答をまとめたもので ある。収保100億ドル超の大会社が約16%,10億ドル超が50%以上,10億ドル 未満が45%である。地域は,北米が50%,欧州が31%,アジア・太平洋が17%,

生損保などは,生保が34%,損保が33%,再保険が10%などである(Towers Perrin,2009)。Towers W atson (2010) は465名 の  CRO,CFO,Chief Actuariesなど(そのうち3分の2は役員クラス)が対象,50%以上が収保10 

億ドル超,13%が100億ドル超,10億ドル未満が47%,北米31%,欧州31%,

アジア・太平洋が19%など,生保が37%,損保が29%,再保険が13%などであ る。

オペレーショナル・リスクが弱点

経済資本(Economic Capital:EC)が定着 戦略的な意思決定に影響

欧州企業が先行 規模が関係

容易でない(significant challenge)

ソルベンシーⅡの影響が大 ECについて地域・規模のばらつき 要員・資源の確保が課題

ERMの影響は拡大傾向 ERMの要はリスクアピタイト 金融危機には一定の効果

2010年調査(Towers Watson,2010)

出所:Towers Perrin(2009) とTowers Watson(2010) より作成。

2008年調査(Towers Perrin,2009)

図表2:タワーズ・ワトソン調査結果のポイント

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2008年調査はリーマン・ショック直前の5月〜6月に行われたものであり,

2010年調査においては,金融危機との関連が一つのテーマとなっている。た とえば金融危機のもとでのERMの有効性(ERM  performance)を問う質 問に対して,58%の会社は 満足 ,31%は どちらともいえない ,11%は 不満足 と回答している。金融危機に際しては,ERM 以前に,そもそも 伝統的リスクマネジメントが有益であったとの点もあるが , リスクマネ ジメントは業績に貢献 (66%以上), リスク文化が業績に貢献 (64%),

ECによる意思決定が業績に貢献 (56%)との回答もあり,2008年〜2010 年の間にも,ERMは確実に前進したといえよう。しかし どちらともいえ ない と 不満足 が合わせて42%あるということは,ERM はまだ発展途 上にあるということである。

もう一つTowers Watson(2010) で強調されているのは,リスクアピタ イト(リスク選好)の重要性である。リスクアピタイト・ステートメントは,

リスクテイクに関する会社の基本方針を定めたものであり,それがあるかど うかはERMのメルクマールである。リスクアピタイト・ステートメントを もつ会社の数は2008年には47%であったが,2010年には59%であり,リスク アピタイトの文書化についてはかなりの進歩があったといえる。リスクアピ タイト・ステートメントに含まれる計算根拠(metrics)としては,法定資 本・法定資本のバッファー(2008年が55%→2010年が66%),EC(同じく54

%→62%)などであり,3分の1の会社が収益の変動性を計算に入れ始めて いる。

リスクアピタイトで特筆されるのは,リスクアピタイト・ステートメント がある場合とない場合で,ERM の効果に対する満足度に66%対47%という 差が生じていることである。さらには,リスクアピタイト・ステートメント とボトムアップのリスク限度額をリンクさせる会社では,その満足度が76%

〜88%(大・中規模会社の場合)に上昇していることである。

7) 個別リスクの管理,リスクの監視・報告などリスクマネジメントの基本が有 効であったという意味である(Towers Watson,2010, p.7)。

 

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Towers Watson(2010) では新たに要員・資源がネックであることが指 摘されている。人材の不足が課題であるとする会社は56%,データの品質・

統合などが問題であるとする会社は45%である。 リスク文化 が課題であ るとする会社は41%である。リーダーシップが課題であるとする会社は2008 年には35%であったのが,2010年には19%であり,会社トップや取締役会あ るいはCROなどの関与は大幅に改善されている。投資家,格付会社やソル ベンシーⅡなどのプレッシャーもあるので,ERMが会社トップの関心事に なるというのは自然の流れであろう。その他,Towers Perrin(2009)のポ イント(図表2参照)を Towers Watson(2010) の結果とともにみると 以下のとおりである。

第一に,ERMの導入は 容易ではない という事実がある。ERM に自 信があるという会社は全体の五分の一にもならない。何らかのモデルを使用 してECを算定しているのは2008年が57%,2010年が66%である。ただし66

%のうちの85%はさらに改善の余地ありとのことである。内部モデルの承認 に自信があるのは2008年も2010年も同様に10社に1社である。

第二に,ERMの成否には,会社の 規模が関係 していることである。

収保100億ドル超の大会社は,ERMのほとんどの側面において,非常に進 んでいる。ECの算定を終えているのは,収保100億ドル超の大会社が84%

(87%),10億ドル〜100億ドルの会社が69%(77%),10億ドル未満の会社が 37%(46%)である(括弧内2010年)。ECを戦略計画,資本配分,製品設 計,価格設定などの意思決定に利用する会社,競争優位をERMの目的とす る会社の割合などにも,同様の規模による違いが見られる。

第三に, 欧州企業が先行 していることである。ECを算定しているの は欧州が78%に対して,アジア・太平洋が59%,北米は45%である(2008 年)。2010年にはバミューダが92%,欧州が84%であるのに対して,カナダ が55%,米国が49%である。

第四に,ERMによって,経営上の 意思決定に変化 が生じていること である。2008年には80%の会社が,2010年には92%の会社が過去2年間に

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ERMの影響があったと回答している。①リスク戦略・リスクアピタイトが 47%,②資産戦略が52%,③再保険戦略が46%,④製品価格が44%であり

(2010年),生保はアセット戦略が44%,損保は再保険戦略が42%,再保険会 社は価格設定が50%である(2008年)。 ECによる意思決定 を優先課題と するのは44%,とくにバミューダでは82%,英国では70%である。ただし66

%の会社は,将来ともECを報酬に連動させる計画はないとしており,その ためERMの影響は限定的なものにとどまる可能性がある。

第五に, ECが定着 しつつあることである。過去3回の調査結果と比 較して特徴的なことは,ECがグローバルスタンダードとなってきているこ とである。ECへの移行は,2004年が32%,2006年が56%,2008年が68%で ある。その算定方法はVaRが主流であり,2004年の52%から2008年の67%

に増加した。

第六に, オペレーショナル・リスク については,比較的に困難である ということである。オペレーショナル・リスクへの対応は十分であるとする 会社は7%である。今後の課題とするのは37%であり,保険リスクが9%,

信用リスクが11%,市場リスクが16%であるのと比較するといかに大きな数 字であるかがわかる。

最後にソルベンシーⅡは資本要件を厳格化することになるだろうとの意見 は,2006年が14%,2008年が31%,2010年が54%と増加している。ソルベン シーⅡの影響は,資本の増強が60%,価格の高騰が59%,競争力の変化が59

%,合併・再編が59%である。内部モデルを使用するとする会社が優勢であ るが,オペレーショナル・リスクについては2008年の51%から37%に後退し た。欧州以外でも23%がソルベンシーⅡを何らかの形で反映させるとしてい る。そのうちアジア・太平洋は35%,北米は13%である。

⑵ 一般事業会社

Aon Corporation(2010) は,2009年の7月と8月に行われた調査であ り,回答を寄せた企業は201社,その内訳は,北米・ラテンアメリカ,欧州,

 

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アジア・太平洋などの5地域,売上高250億ドル超の大企業から10億ドル未 満の小企業まで,産業 (Industrials),消費関連 (Consumer Discretionary),

エネルギー,通信サービスなどの10業種(金融機関が12%含まれている)か ら な る も の で あ る。回 答 者 はAonが 開 発 し たERM成 熟 モ デ ル(Aon Enterprise Risk Management Maturity Model―図表3参照―)によっ 

て自社のERMを自己評価した上で質問に回答し,Aonがその結果を成熟 段階ごとに集計して分析解説したものである。

レベル3とレベル4が全体の55%,レベル5が全体の7%である。2007年 の第一回調査では,それぞれ35%と3%であったものであり,2年間の前進 がみてとれる。しかしレベル5が全体の7%でしかないという事実は,

ERMの導入が容易ではないことを物語るものである。Aon Corporation (2010) の特長は,ERM の先進企業に共通する9つのコンポーネント (hall- mark)を抽出して,それぞれに関する状況とデータを提示していることで ある。Aon Corporation(2010) で判明した事実につき参考となるのは次 のとおりである。

①取締役会のコミットメント

リスクマネジメントを取締役会に報告する会社は100%(レベル1では4

%)であり,リスクマネジメント情報を戦略計画に利用する会社は92%(レ ベル3では31%),M & Aには71%,資本配分には51%である。79%(レベ

レベル5(Adv

図表3:エーオン ERM 成熟モデル

プロセスはダイナミック,環境適応,経営上の意思決定にリンク 上記の一貫した能力あり,方針・技術が全社的に適用されている 上記の十分な能力あり,方針と技術が定義され利用されている リスクを発見・評価・管理・監視する能力が限定されてい

に限定されている

anced)

レベル4(Operational レベル3(Defines レベル2(Basic

コンポーネントと活動が非常

成。

レベル1(I

出所:Aon Corporation(2010) より作 cking)

  nitial/La

り 入っ て い ます 取 字

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ル1では9%)がERMは株主価値に貢献していると回答している。

②役員が責任者

ERM責 任 者 の 役 職 名 はCFOが24%,VP/Director of Risk Manage- mentが14%,CROが13%,CEOが9%などである。レベル5については,

CFOが50%,また金融機関についてはCROが42%である。

③ERM文化

ERM文化に関しては,上級管理職ほどには,中間管理職を関与させるこ とができていないという実態がある。中間管理職の関心を喚起することがで きないのは,リスクマネジメントの仕組み(metrics)を業績評価に連動さ せていないからかもしれない。ERM が企業文化に完全に適合しているとい う会社は15%,かなりの程度に適合しているという会社は33%である。

ERMの目的を完全に理解しているのは,レベル5の場合でも,上級管理職 が57%であるのに対して,中間管理職は14%でしかない。

④ステークホルダーとの協働

顧客,取引先,従業員などのステークホルダーとの協働によって,バリュ ーチェーンに潜むリスクを発見し,ステークホルダーとの関係を強化するこ とができる。高度のERMでは,戦略の意思決定にリスクマネジメント情報 を活用するが,ステークホルダーとの協働によって,リスクマネジメント情 報の質を高めることができる。ちなみにERMの目的はリスクマネジメント 情報の活用であるとする会社(レベル5)は71%,ERMは戦略計画に影響 するとする会社(レベル5)は21%である。

⑤リスクコミュニケーションの透明性

リスクコミュニケーションの透明性に成功し,それが一体感のある文化の 醸成に貢献しているとする会社は51%である。レベル5の93%がステークホ ルダーとともにリスク情報を開発し,そのうちの71%がステークホルダーと のリスク文化の共有に成功している。

 

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⑥ファイナンシャル・リスクとオペレーショナル・リスクの意思決定への 統合

ERMの高度化とはリスクマネジメントと戦略との一体化が深まることで あり,先進企業においては,定量的・定性的なリスクの計量化が良く行われ ている。レベル5の50%は全社レベルでの意思決定に定量的なデータを役立 てている。

⑦リスクの計量化

レベル3,4,5のほとんどは定性的なツールによるリスク評価にとどま っている。VaR,数理分析,確率モデルなどの定量的ツールを使いこなし てリスクアピタイトとリスク許容度を算定しているのは,レベル5と4が36

%,レベル3が27%,レベル2が16%,レベル1が4%,全体で23%である。

レベル5の14%とレベル4の12%は計量化を全く行っていない。

⑧新興リスクの発見

新興リスクの発見にはクリスタルボールが必要であり,ERM のもっとも 困難なコンポーネントの一つである。一般に新興リスクの発見に成功してい るのは従業員レベルまでリスク文化が浸透している企業であるといえるが,

その成否は一様ではない。レベル5の93%はステークホルダーを,79%は内 部情報を活用している。しかし全体としては,供給業者や顧客情報を利用し ているのは36%,新興リスクの発見の成功経験があるのは23%,12%は新興 リスクを発見する方法を知らない状況である。

⑨価値創造

ERMにメリットがあるかどうかは,最終的には,価値創造に寄与してい るかどうかである。全体の65%は少なくともリスクマネジメントが株主価値 の向上につながったという個別の成功体験はもっている。

5.おわりに

①Towers Perrin(2009),②Towers Watson (2010),③Aon Corpo- ration(2010) の実態調査から言えることは次のとおりである。第一に,保

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険会社と一般事業会社の如何を問わずERM の導入は容易ではないこと,し かしERMの導入に成功する会社の数は確実に増加しており,ここ数年の伸 長が著しいことである。保険会社については,ERM に自信のある会社は25

%程度であり,一般事業会社については,レベル5が7%,レベル3と4は 55%であった。

第二に,保険会社と一般事業会社を比較して特徴的なのは,前者について は①リスクアピタイトが極めて重要であるとされていること,②ECが ERMの中核的な概念となっていること,③リスクの監視と報告,リスクリ ミットとリスクコントロールなどリスクマネジメントの基本が重要なコンポ ーネントであること,④欧州が先行していること,⑤リーダーシップのハー ドルは低くなっていること,⑥ERMの影響は資産戦略,再保険戦略,価格 戦略などに関するものであること,⑦要員の不足がネックになっていること などである。それに対して後者の場合には,①取締役会のコミットメント,

②役員が責任者であること,③中間管理職を関与させること(リスク文化),

④ステークホルダーとの協働などがERMのコンポーネントとされており,

⑤レベル5では79%が,レベル1〜5では65%が,ERMは株主価値に貢献 したとしていることである。こうした点から言えるのは,前者は ソルベン シー が,後者は 株主価値(企業価値) が目的のERMであるというこ とである。

ソルベンシーとは言うまでもなく 倒産の防止 であり,それだけであれ ば伝統的なリスクマネジメントの範疇に属するものである。しかしそのソル ベンシーを 価値創造 が目的である ERM の枠組みをもって行うとい うのはパラダイムのシフトともいうべきものである。ちなみに ソルベンシ ー目的のERM の典型であるソルベンシーⅡは,ERM の三次元モデルに 照らしても,バランスの良くとれた優れたフレームワークである。そのソル ベンシーⅡにおいて,三つの柱のうち最も困難であるのは,ピラー2の定性 的要件,すなわち内部統制,リスクマネジメント,コーポレートガバナンス などであるとされているのは,下記結論との関係でも示唆に富むところであ

 

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る。

保険会社のERM は三次元モデルの 統合的リスクマネジメント 内部 統制 制度的リスクマネジメント の領域に軸足をおくものとなっている。

これは保険会社のERMが ソルベンシー目的のERM であることからし て当然のことである。しかしそのことは,同時に 全社的リスクマネジメン ト コーポレートガバナンス 戦略的リスクマネジメント が課題である ということを意味する。すなわち中間管理職のものにもなっているか,コー ポレートガバナンスは問題ないか,ステークホルダーとの協働はなされてい るか,企業戦略との一体化は図れているか,といった問題である。

(筆者は専修大学商学部准教授)

参考 献

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参照

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