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博物館・資料館における文書史料の公開をめぐって
著者 田中 慶治
雑誌名 高円史学
巻 15
ページ 56‑60
発行年 1999‑10‑01
その他のタイトル Access to Historical Documents in Museums and Archives
URL http://hdl.handle.net/10105/8757
⁚ 余 録
⁚
博物館・資料館における文書史料の公開をめぐって
田 中 慶 治
博物館・資料館の学芸員の仕事といえば︑﹁展示﹂を思
いうかべるのが一般的な反応であろう︒しかし﹁展示﹂と
は学芸員の仕事のごく一部分にすぎない︒学芸員の仕事の
うち﹁展示﹂と同等に︑あるいはそれ以上に重要な仕事が
数々ある︒それらの仕事の中に﹁資料収集﹂・﹁調査・研
究﹂というものがある︒学芸員をしていれば︑量の多い少
ないはあるにしても﹁資料収集﹂と︑それに伴う﹁調査・
研究﹂は経験することになる︒歴史分野担当の学芸員なら
収集する資料とは︑おもに文書史料ということになる︒そ
してその収集した文書史料群の﹁調査・研究﹂の方法の一
つに﹁文書目録﹂の作成がある︒﹁文書目録﹂とは︑文書 群の文書について一点一点整理し︑それを目録化してあるものであり︑文書を閲覧するときには必要不可欠なものである︒それはともかく︑作成された﹁文書目録﹂については︑やがて刊行されることになる︒博物館・資料館が﹁文書目録﹂を刊行した場合︑その文書群については公開されるのが︑原則といえよう︒ましてや昨今では情報公開法の成立もあり︑行政に対しての住民の情報公開の要求は強いものがある︒今後︑国・公立の博物館・資料館においては︑その所蔵する文書史料の公開は必須のものになるものと思われる︒そこで本稿は博物館・資料館における収集文書の
公開に関する問題の一端にふれてみることにする︒
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収集文書の公開については︑種々のケースが考えられる︒
全面公開をする場合︑条件をつけて公開をする場合︑非公
開とする場合などのケースが考えられる︒ほとんど条件を
つけず︑ほぼ全面的に収集文書を公開している館の例とし
ては︑国立国文学研究資料館史料館がある︒この館では︑
一八歳以上の人なら誰でも収蔵史料を閲覧することができ
る︒これは閲覧するほうの立場からすれば︑はぼ理想に近
い状態といえる︒利用者にしてみれば︑全国津々浦々の博
物館・資料館が国立国文学研究資料館史料館のようなシス
テムを採用してくれれば︑と願うであろう︒私も利用者の
立場としてのみならば︑このシステムにはおおいに賛成す
る︒しかしながらこのシステムは市町村立の博物館・資料
館のように地域に密着している博物館・資料館では採用で
きないのである︒以下その理由を若干述べることにする︒
博物館・史料館で収集する文書史料には︑まさに種々雑
多なものが含まれている︒そしてそれらの中には︑プライ
バシーに関する史料や︑現実問題として利害のからむ史料 が数多く存在しているのである︒私が常日頃に目を通している史料群のなかにも︑プライバシーに関わる史料は数多くある︒金銭の貸借︑結婚・離婚といった日常的な問題から︑夜逃げ︑婦子の勘当︑犯罪を犯し処罰をされたなどという個人あるいは家にとって不名誉とされる事例まで︑ほぼ毎日のようにでてくる︒これらの文書は無制限に公開できるとはとても思えない︒また地域内あるいは地域間での紛争︑個人や地域での権利をめぐる争いの事例等は︑私の所持している文書のデータベースの中では枚挙のいとまがないほどである︒ちなみに現在私が勤務している奈良県新庄町では︑近代のかなりの時期まで毎年のように水争いが起こっている︒それはともかく︑これらの紛争や権利をめぐる争いについては︑裁判が継続中であったり︑これから裁判をおこそうとしている事例もあろう︒古文書とは一応は非現用文書であって何の効力も持たないはずである︒しかし実際には裁判資料として活用されているのである︒とてもうかつに文書の公開など行えないことは明らかである︒
現実に私も︑ある住民から明治時代の文書の読解を頼ま
れ︑住民サービスの一環として読解を行った︒読解を行っ
た後︑その住民からその文書は裁判資料にするつもりであ
ると聞かされ︑少なからず驚いた経験がある︒念のため付
け加えておくが︑もちろんこの文書は住民が私のもとに持
ち込んだものである︒
ではどうすればよいのか︒実際に博物館・資料館・自治
体史編纂室等でとられている方法としては次のような方法
がよく見られる︒寄託史料・寄贈史料の場合︑史料閲覧希
望者は史料所蔵者・旧所蔵者に史料閲覧の承諾を取り︑所
蔵者の承諾があれば史料閲覧は許可するという方法である︒
はたしてこれで事足りるのか︒答えはNOである︒史料に
登場する事例は︑何も史料所蔵者に関することばかりでは
ない︒その他の人々も史料の中に登場する︒そしてその内
容がそこに登場する人にとって不名誉な事例であったり︑
利害のからむ問題であったりすることもある︒史料所蔵者
の承諾を得た閲覧者の口から︑個人の不名誉な事例が語ら れることはないとは誰も言い切れない︒また利害のからむ問題が新たに明らかになり︑争いが起こることも想定される︒所蔵者の承諾のみで史料の公開を行うのは危険である︒老婆心ながら国立国文学研究資料館史料館では︑問題が生じた時に史料を公開した責任が取りえるのだろうかと心配になる︒それではいっそのこと収集史料はすべて非公開としたほうがよいのか︒現実にせっかく﹁文書目録﹂を刊行したのに︑史料については一切非公開という自治体もある︒
しかし今後︑行政の情報公開がますます求められる時代
に︑いつまでも収集文書は非公開とはいっておれなくなる
のは明らかである︒今後︑史料の公開・閲覧については︑
一定の制限を設けつつも公開・閲覧を行ってゆくという方
向に進むものと思われる︒この公開・閲覧の制限について
は︑現在のところ残念ながら︑ケースバイケースというか
なり場当たり的な対応をしている機関が多い︒そもそも文
書史料など誰も閲覧しないのだから︑場当たり的対応で十
分であるという意見も多い︒そのような機関には︑一度プ
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ライバシーの問題に関わる史料の閲覧を申し出てみるのも
面白い︒正直なところ新庄町でも﹁収集史料の公開規定﹂
など︑どこにも存在しない︒すべては︑町唯一の歴史分野
担当学芸員たる私の裁量にかかっているのである︒幸い新
庄町では現在のところ﹁文書目録﹂の刊行は行っていない︒
私は今後︑﹁文書目録﹂を刊行するまでに﹁収集史料の公
開規定﹂なり﹁利用基準﹂の作成について︑相当な準備を
進めておかねばならないのである︒
そういった目で改めてみてみるならば︑全国的には藤沢
市文書館・広島県立文書館などが︑先進的に史料閲覧に関
する利用基準等を定めている︒大阪府下だと︑員塚市郷土
資料室が﹁福原家文書﹂の公開規定を定めている︒私は︑
きたるべき史料公開の日に備え︑これらの利用基準・規定
を勉強している︒ところがこれも︑いうは易くおこなうは
難し︑である︒どこにも万能の利用基準・規定などありは
しない︒利用基準・規定では対応できない例外的な事態も
種々想定される︒そもそも利用基準には︑﹁担当者の判断 による﹂というようなあいまいな表現が多々ある︒いずれにしても史料の公開に関しては︑結局最後には学芸員の判断が大きく左右してくるのである︒ここで学芸員の資質が問われることになる︒誤解のないようにいっておくと︑私は何も利用基準・規定は必要ないといっているのではない︒利用基準・規定を作成しておくのとそうでないのとでは︑いざというとき対応に大きな差がでることは当然である︒利用基準・規定は最低限必要なものであることは間違いない︒少なくとも私は利用基準・規定を作成しようと考えている︒現在のところ利用基準・規定を定めることが︑文書の公開・閲覧の際におこるかも知れない問題を防ぐかなり有効な方法であることは確かである︒
本稿は︑現役の歴史分野担当学芸員として直面する種々
の現実問題のうち︑収集文書の公開という一点にしぼって
述べてみた︒この問題は歴史分野担当学芸員なら必ず直面
する問題の一つである︒またこのような問題については
﹁博物館実習﹂ではほとんど触れられることはない︒歴史
分野担当学芸員は現場にでてみてはじめて︑頭を抱えたく
なるような問題に山ほど直面するのである︒そしてそれら
の問題には明快な解答などどこにもないのである︒もう一
言付け加えるならば︑市町村立規模の博物館・資料館では
館が生きるのも︑死ぬのも学芸員の資質の善し要しがすべ
てであるといっても過言ではない︒このことは学芸員とし
て生きてゆくかぎり逃れられないプレッシャーである︒私
はこのプレッシャーと山積する難問の板挟みにあいつつ︑
日々の業務を楽しくこなしているのである︒
︵新
庄町
教育
委員
会︶
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