薬物犯罪者の処遇に関する一考察
著者 緒方 あゆみ
雑誌名 明治学院大学法学研究 = Meiji Gakuin law journal
巻 86
ページ 213‑243
発行年 2009‑01‑31
その他のタイトル Consideration about Treatment of Drug Offenders
URL http://hdl.handle.net/10723/1990
薬物犯罪者の処遇に関する一考察
緒 方 あゆみ
Ⅰ 問題の所在
薬物事犯の行為類型としては,禁止薬物の輸入,所持,使用,譲渡等がある。
そのうち,薬物の自己使用により,依存状態または中毒性精神病を発症した薬 物犯罪者(1)に対しては,どのような処遇が行われているのであろうか。薬物犯 罪者は,薬物依存症(2)や中毒性精神病者という精神障害者であるとともに,犯 罪者でもある。再犯防止のため,責任能力が認められる機会には,犯罪者とし て罪を償うことと同時に,罪を問われる原因となった薬物からの脱却を図り,
再び薬物に手を出さないよう,刑事施設で専門的な治療および矯正処遇を行い,
刑事施設を出た後も,刑事司法と精神科医療・精神障害者福祉の両面から継続 した支援を行うことが求められる。
刑事施設においては,入所時の分類調査でMz指標(3)と分類された者は,精 神障害受刑者として医療刑務所に収容され,専門的な治療およびリハビリテー ションプログラムが行われる(4)。しかし,医療刑務所は数が少なく,収容人員 が限られているため,薬物依存による精神障害(覚せい剤精神病,覚せい剤中毒 後遺症等)が認められても,一般刑務所での受刑生活に耐えられると判断され た場合は一般刑務所に収容される。一般刑務所では,2006 年5月に施行され た刑事収容施設及び被収容者等の処遇に関する法律(以下,「刑事収容施設法」と 略称する)により,薬物犯罪者は,特別改善指導として薬物依存離脱指導を受 講することが義務づけられ,全国の刑務所で,新しく作成された標準プログラ
ムに基づいて,グループワークを中心に,民間自助グループの協力も得て薬物 依存離脱指導を実施しており,今後の効果が期待されるところである(5)。 しかし,薬物犯罪者が刑事施設から出た後,すなわち,社会内処遇について は課題が多い。医療刑務所に収容されている者は,その精神障害の重さゆえ,
仮釈放が認められることはほとんどなく,満期で出所する(6)。そのため,保護 観察が付されないので,治療の継続は一般の精神科病院等に対応を委ねること になる。精神保健福祉法に基づき,出所時に刑事施設長から都道府県知事に通 報が行われ(26 条),自傷他害のおそれがあると判断されると措置入院の手続 がとられる(29 条)場合もあるが(7),あくまでも措置入院は一時的な緊急的な 入院形態であり,その後の治療の継続については,本人の自発的な意思および 同意が必要となる。措置入院手続がとられず,本人が置かれた環境や情報不足 等から精神科医療にアプローチできなかった場合には,症状が悪化し,再犯に 至る可能性は少なくない。また,一般刑務所から出所した者についても,保護 観察が付されるか否かにかかわらず,社会に戻った後は,再び薬物に手を出さ ないよう,精神科での治療や公的な福祉サービスを受けたり,自助グループ等 に自らアクセスしたりして薬物離脱のための努力をし続ける必要があるが,そ の努力は必ずしも行われてはいないのが現状である。
わが国における薬物犯罪者の処遇に関する問題状況は以上のとおりである が,薬物犯罪者が刑事施設を出た後,彼ら/彼女らが地域社会の中で安心して 自立した生活を送るためにはどのような支援が必要なのであろうか。イギリ ス(8)は,司法精神医療の先進国であり,早くから精神障害犯罪者の処遇につい て,刑事司法システムと司法精神医療システムとが連携して取り組んできた。
イギリスでは,対象者の精神症状の程度により,刑務所での処遇になじまない と判断されると,精神障害犯罪者を専門に治療する病院に送られ,症状が回復 した時点で再び刑務所に移送されて残りの刑期を過ごす。また,刑期を全うし て社会に戻った者については,保護観察所と精神科病院とが連携して専門の
チームを作り,個別に作成した治療・処遇プログラムによって社会内処遇・社 会復帰支援が行われている(9)。薬物犯罪者についても同様であり,治療が優先 される者には刑罰に優先して専門の病院での治療が義務付けられ,社会に戻っ た後も専門のチームが断薬を継続できるよう本人を支援する制度が構築されて いる。また,イギリスでは,2005 年 12 月から,パイロット事業として,一部 の治安判事裁判所に薬物事犯を集中的に取り扱うドラックコートが創設され,
薬物犯罪者の再犯防止に効果を発揮しているようである(10)。
そこで,わが国の薬物犯罪者の処遇(施設内処遇および社会内処遇)のあり方 に関して,現状および問題点の検討を加え,イギリスの動向を参考にしながら,
わが国の今後の課題について私見を展開したい。
Ⅱ わが国における薬物犯罪者の現状および処遇
1 薬物事犯の現状
1 検挙人員
わが国には,規制薬物の取締りに関する法律として,覚せい剤取締法,麻薬 及び向精神薬取締法(以下,麻薬取締法とする),あへん法,大麻取締法,毒物 及び劇物取締法,麻薬特例法等がある。薬物事犯において,検挙人員が最も多 いのは覚せい剤取締法違反であり,平成 19 年版犯罪白書によると,平成 18 年 の覚せい剤取締法,麻薬取締法,あへん法および大麻取締法違反の検挙人員 14,932 人のうち,覚せい剤事犯は 11,821 人と全体の約 80%を占めている。覚 せい剤事犯の検挙人員はここ数年減少傾向にあるが,それに反して覚せい剤の 押収量が前年度に比べて増加していること(前年度比約 17%増),覚せい剤事犯 の検挙人員に占める暴力団構成員の割合が年々増加傾向にあること(平成 18 年 は 52.4%),覚せい剤事犯の次に検挙人員が多い大麻事犯は過去最高の検挙人員
(2,423 人)を記録していること,暗数の存在を無視できないこと(11)等から,
決して楽観視できない。
なお,覚せい剤取締法違反で検挙された者のうち,使用目的で検挙された者 は,平成 18 年は全体の約 56%(6,515 人)であり,うち,暴力団構成員等が占 める割合は約 51%(3,626 人)と半数である。
2 処 遇
平成 19 年版犯罪白書によると,平成 18 年の覚せい剤取締法違反の起訴率は 約 84%であり,最近 20 年間はおおむね 80〜90%の高水準で推移している。一 審の無罪率はほぼ0%であり,多くの対象者が執行猶予付判決または実刑判決 を受けることになる。
覚せい剤取締法では,覚せい剤の譲渡し・譲受け,所持および使用について は,10 年以下の有期懲役が科せられると規定している(営利目的を除く)。平成 18 年の地方裁判所における科刑状況は,総数 11,303 人のうち,1 年以上 2 年 未満(実刑・執行猶予)が約 56%(6,728 人)と最も多く,次いで 2 年以上 3 年 以下が約 39%(4,364 人)である(12)
しかし,近年は,量刑が重くなる傾向が見られ,刑期が 1 年未満の者は1%
にも満たない(0.3%,32 人)。重罰化の傾向に関しては,刑事施設における過 剰収容の問題が深刻化していることから,単純な所持・使用事犯に対しては,
できるだけ社会内処遇で,すなわち保護観察の対象にすることによって対処す べきであるとの指摘がなされている(13)。しかし,保護観察が十分に機能しな かった場合,成績不良として仮釈放の取消しや刑の執行猶予の取消しがなされ,
再び刑事施設に収容されることになってしまう(14)。薬物犯罪者,特に自己使 用事犯者に対して,刑事施設内および社会に戻った時に,どのような処遇・支 援がなされており,どのような問題を抱えているのかについては,後で検討し たい。
ところで,平成 18 年の刑事施設における覚せい剤取締法違反の新受刑者数 は 6,802 人であり,罪名別の構成比では全体の約 21%を占める。男女比では,
男子 6,018 人(全体の約 20%),女子 784 人(約 34%)であり,他の犯罪と比較 すると,男子は窃盗についで多く,女子は覚せい剤取締法違反が一番多い(15)。 また,検挙人員同様,新受刑者数においても暴力団関係者の占める割合は高く,
覚せい剤取締法違反で服役している者の割合は,非加入者が全体の約 19%な のに対して,加入者は約 35%と高く,暴力団関係受刑者に対しては,特別改 善指導として,暴力団離脱指導が実施されている(16)。また,近年増加傾向に ある外国人受刑者については,全体の約 8%(107 人)が覚せい剤取締法違反 者である。年齢別構成比は,男女ともに 30 歳代が最も多い(男子約 39%,女子 約 43%)が,29 歳以下の若年層については,男子が約 15%に対して女子が約 26%と差がみられる(17)。
平成 18 年の保護観察新規受理人員に占める薬物犯罪者は,仮釈放者(3 号観 察)は全体の約 22%,保護観察付執行猶予者(4 号観察)は約 11%と比較的高 いが,ここ数年は,全体に占める割合は,いずれも低下傾向を示している。男 女別で見ると,仮釈放者は,男子約 19%・女子約 38%,保護観察付執行猶予 者は,男子約 8%・女子約 23%と,いずれも女子の割合の方が高いが,これは 前述の男女別の新受刑者数の罪名別構成比でもわかるように,女子の覚せい剤 取締法等の違反者の割合の高さから導かれるものであろう。
2 薬物に起因する犯罪
1 現 状
薬物犯罪のもう一つの形態として,薬物の常用がきっかけとなって犯罪を引 き起こす場合がある。警察庁「平成 19 年の犯罪情勢」によると,平成 19 年の 薬物常用者(18)による刑法犯検挙人員は 770 人(うち,覚せい剤等常用者(19)は 699 人)
で,ここ 10 年では最も少ない。罪種別の内訳は,凶悪犯(殺人,強盗,放火,強姦)
が約 9%(68 人),粗暴犯(暴行,傷害,脅迫,恐喝,凶器準備集合)が約 21%(162 人),窃盗犯が約 45%(349 人)であり,薬物常用者の場合,凶悪犯の占める割 合がかなり高いことが分かる(20)。その理由としては,①覚せい剤等の薬物が もたらす使用後の一時的な興奮状態や高揚感,②繰り返し使用することにより,
耐性がつき,精神的・精神的依存状態になって,薬物に対する激しい欲求(ク レイビング)や禁断症状としての暴力的・攻撃的な性格があらわれたこと等が あげられるであろう(21)。
さらに,薬物の常用により,幻覚や妄想等の精神症状が現れた場合,その精 神症状(薬理作用)ゆえに犯罪を引き起こすこともあれば,自らの生命に危険 を生じさせることもある。また,薬物に起因する事故者(乱用死,自殺及び自傷 並びに交通事故による死傷者)の数は,平成 19 年は 50 人であり,ここ 10 年では,
平成 12 年の 103 人をピークに大幅に減少しているが,ここ数年はおおむね横 ばいである(22)。薬物に起因する事故は,他者に矛先が向かえば,薬物に起因 する事件,すなわち「犯罪」につながり,社会の安全を脅かすことになる。し かし,その原因は「薬物の使用」が本人の身体および精神に何らかの支障を生 じさせたことにあり,単純に末端使用者を取り締まるだけでは犯罪を防止でき ない。したがって,薬物の使用により発現した精神症状により自傷他害のおそ れのある者に対しては,緊急的・一時的に精神保健福祉法による措置入院等を 行い,すみやかに治療につなげることが必要である。
2 薬物犯罪者の責任能力と心神喪失者等医療観察法
自らの意思で薬物を反復・継続して使用することにより,幻聴・幻覚や妄想 等の精神症状が現れて犯罪を引き起こした場合,刑事責任能力を問えるのであ ろうか(23)。覚せい剤等の薬物依存・中毒者に関しては,責任能力は肯定され る傾向にあり,起訴されると,完全責任能力があるとするか一部責任能力を認 めて刑を減軽するかのいずれかの判断がなされる(24)(25)。平成 18 年版犯罪白書
によると,平成 17 年に心神喪失者・心神耗弱者と認められた者 811 人のうち,
覚せい剤中毒(中毒性精神病を含む)者は 14 名(約 1.7%)であった。その内訳は,
心神喪失及び心神耗弱が認定されて不起訴処分になった者が 12 人(約 86%), 裁判において心神耗弱が認められた者が 2 人(約 14%)であり,他の病名の精 神障害犯罪者に比べて不起訴率が低いのが特徴である(26)。
薬物中毒を含む精神障害者の責任能力の有無,すなわち刑法 39 条に規定す る心神喪失にあたるか心神耗弱にあたるかの判断基準は,「犯行時,幻覚・妄 想によって行為者の全人格が支配されていたかどうか」であるが(27),覚せい 剤による幻覚妄想下で犯罪が行われた場合,判例は,昭和 50 年代以降,原則 として心神喪失を認めない傾向にある(28)。したがって,心神耗弱であるとし て一部責任能力を認めるか完全責任能力があるとするかについては,裁判所は,
幻覚・妄想の人格支配の程度ないしはその行為動機への影響の程度に加えて,
被告人の人格・性格等を考慮して判断しているようである(29)。
2005 年7月に施行された「心神喪失等の状態で重大な他害行為を行った者 の医療及び観察等に関する法律」(以下,「医療観察法」と略称する)は,心神喪失・
心神耗弱状態で重大な犯罪(殺人,強盗,強姦,強制わいせつ,傷害,放火)を引 き起こした精神障害犯罪者に対して,特別な医療施設で強制治療を受けること を内容とする法律である。医療観察法が制定されるまでは,精神障害により,
犯行時に心神喪失・心神耗弱状態であったとして不起訴処分になった者,裁判 において心神喪失が認定されて無罪となった者は,刑務所において罪を償うこ となく社会に戻されるため,自らが犯罪を引き起こす原因となった精神障害を 治療する機会を積極的にもとうとしない限り,症状が悪化して再び犯罪に手を 染めてしまうリスクが高くなるという問題点があった。しかし,責任主義の観 点から,その精神障害のために刑事責任を問うことはできないと判断された精 神障害犯罪者を,「継続的かつ適切な医療並びにその確保のために必要な観察 及び指導を行うことによって,その病状の改善及びこれに伴う同様の行為の再
発の防止を図り,もってその社会復帰を促進する」(医療観察法 1 条)ためとは いえ,安易に強制治療の対象とすることは許されない。したがって,「医療観 察法による医療を受けさせる必要があるか否か」は慎重に判断すべきであり,
地域精神科医療・地域精神保健福祉に委ねた方がよい場合は,従来通り,地域 に戻して社会復帰支援を行うべきである(30)。
医療観察法の制定当初,薬物・アルコール等の物質関連障害は,同法の対象 外であると理解されていた。なぜなら,物質関連障害の場合,完全責任能力が あると判断されることが多く,そもそも医療観察法の手続にのらないこと,ま た,医療観察法の手続に入ったとしても,薬物使用による幻覚・妄想状態のよ うな一過性の精神病状態は,鑑定時には症状が消失しているため,同法による 医療の必要がないと判断されるからである(31)。しかし,薬物の使用がきっか けとなって重大な犯罪を引き起こした者に統合失調症等の他の精神障害が併存 する場合は,当然医療観察法の対象となる。だが,一部の精神科医からは,薬 物等の依存症の治療は,開放処遇を前提とした本人の自発意思による契約治療 の形で行われるのが原則であり,医療観察法における強制治療はなじまないと する批判がなされている(32)。しかし,医療観察法における医療の必要性があ る対象者について,薬物依存症者だからといって排除すべき理由はない。すで に,一部の指定入院医療機関では,物質関連障害を併発している者に対して,
特別な治療プログラムにより対応しており(33),医療観察法の枠組みにおいて も,薬物の再使用防止のための継続的な治療および見守りは可能であると考え る。
3 薬物犯罪者の処遇
1 施設内処遇
刑事施設に収容された受刑者に対しては,刑事収容施設法 84 条により,作業,
改善指導,教科指導を内容とする矯正処遇が実施される。薬物犯罪者に対して
は,薬物依存症や中毒性精神病等の治療と並行して,特別改善指導として薬物 依存離脱指導が行われる。
a.医療面
薬物犯罪者の多くは刑務所で受刑生活を送るが,分類調査時あるいは刑務所 に入所してから,刑務所での受刑生活に耐えられないと判断された場合,医療 刑務所に収容される。医療刑務所は全国に 4ヶ所(八王子,岡崎,大阪,北九州)
あるが,うち,精神障害を有する受刑者(Mz指標)を専門に収容しているのは 2ヶ所(岡崎,北九州)であり,いずれも男子のみである。2003 年の数値である が,北九州医療刑務所おいて,薬物性精神障害と診断された者は約 33%と全 体の 1/3 を占めている(34)。医療刑務所における薬物犯罪者の治療及び処遇は,
その者の病状や症状,問題性等に応じて,①薬物・精神療法,②(個別・集団)
作業療法,③作業等を組み合わせて行う。また,集団的精神療法が可能な者に 対しては,学習会やグループミーティングへの参加を通じて断薬のための教育 を行っている(35)。
b.教育プログラム
刑事施設では,薬物事犯受刑者に対し,特別改善指導として薬物依存離脱指 導を行っている。刑事収容施設法が施行される前は,処遇類型別指導の一つと して,講義,グループワーク,カウンセリング等を内容とする薬物乱用防止教 育を行っていた。しかし,参加するか否かは任意であったこと,具体的な指導 内容は刑事施設ごとに委ねられていたこと,外部講師や施設職員による講話や ビデオ視聴が中心のプログラムであったこと等から,それほど効果はあがって いなかった。このような背景から,国は,薬物乱用対策推進本部が 2003 年 7 月に策定した「薬物乱用防止新 5 か年戦略」において,既存の覚せい剤等の薬 物乱用防止教育の有効性を検証し,より効果的な教育を行うためのプログラム 内容の統一及び質的向上を図ることを打ち出した(36)。
薬物事犯受刑者の薬物依存離脱指導の受講は義務である(37)。標準プログラ
ムのカリキュラム内容は,後述するDARCやNA等の薬物依存症回復施設や 自助グループ等で実施されている,薬物を使用するようになった体験等を語り 合うことを通じて,自分が抱える問題を自覚し,更生に役立てることを目的と する「ミーティング」と呼ばれるグループワークを中心に,視聴覚教材やワー クブックを活用する等,受講者の自発性や意欲を引き出す手法が取り入れられ ている(38)。また,出所後も薬物離脱のためのケア・支援を継続して受けられ るよう,民間自助団体等が指導者や協力者として積極的に関与している。グルー プワークは,受刑者達が悩みや問題を抱えているのは自分だけではないと実感 できること,出所後も仲間と一緒なら断薬を継続できると希望を持つようにな ること等から一定の効果をあげており,今後の指導効果が期待される(39)。
2 社会内処遇 a.司法面
仮釈放が認められた者や,保護観察付執行猶予判決が下された者に対しては,
保護観察が付される(40)。保護観察所では,2004 年度から,覚せい剤事犯によ り受刑し仮釈放された者等に対して簡易尿検査を実施している(41)。簡易尿検 査はあくまで任意であり,本人の自発的な意思により検査が行われる(42)。社会復 帰の初期段階に保護観察所が積極的に介入することにより,薬物の誘惑を断ち,
定期的に尿検査を実施することによって,覚せい剤を使用しない期間=断薬期 間を積み重ねていくことにより,覚せい剤のない生活習慣を取得させることを 目的としている。
保護観察に簡易尿検査が導入された背景として,再使用の有無の実態把握が 困難であること,保護観察中の対象者に覚せい剤等の薬物使用を強く疑われる 行動や症状が認められても,使用を否定する本人に対して保護観察官や保護司 は強制的に介入することができず,また家族が監視しようとすると,人間関係 が悪化してしまい保護観察に支障が生じる等の問題があった。そこで,千葉保
護観察所が薬物依存専門の病棟及び外来を有する国立下総療養所(現下総精神 医療センター)の協力を得て研究会を立ち上げ,1998 年から限定的に試行し一 定の成果が認められた(43)ことから,全国の保護観察所においても実施される ことになった。
簡易尿検査が導入されてから今年で 5 年目となり,処遇効果は着実にあがっ てきているようであるが(44),他方で,陽性結果が出た場合の措置をどうする かという問題も指摘されている。陽性反応が出たということは,覚せい剤を使 用した可能性があることを意味するから,対象者が自ら警察に出頭しない場合,
保護観察所は刑事訴訟法 239 条 2 項(公務員の犯罪告発義務)により通報するこ とになる(45)。したがって,尿検査は威嚇や犯罪捜査的な色彩が濃くなり,対 象者と保護観察官との関係が悪くなったり,対象者が所在不明になったりする 可能性が高い。簡易尿検査に同意する対象者を増やすためには,簡易尿検査は 抜き打ちではなく事前に予告されること,検査間隔は一定期間空けられること 等を十分に説明することにより,対象者の心理的負担をできるだけ軽減するよ うにすべきである。そして,定期的に簡易尿検査を実施することで,対象者の 生活リズムを整え,対象者が前向きに社会復帰に向けて薬物からの離脱を継続 する気持ちを持てるようになれば,結果として保護観察の成績も向上するであ ろう(46)。
b.医療面
薬物犯罪者は,薬物依存症や中毒性精神病等の精神病者でもあるので,彼等 が再び薬物に手を出さないようにするためには,身体的・精神的な薬物依存状 態から抜け出せるようにすること,すなわち医療面からのケアも重要である。
精神保健福祉センターや保健所には専用の相談窓口が設けられており,同じ悩 みで苦しむ仲間が集まるミーティング,家族教室等が実施されている。また,
一部の精神科病院・クリニックには薬物依存治療を専門に行っているところが あり(47),入・通院治療や集団精神療法を行うデイケア・ナイトケア(48)を通じて,
薬物依存症者が社会の中で自立した生活を送れるよう支援し,特に薬物犯罪者 については,断薬の継続を見守ることにより,更生および再犯の防止にもつな がっている。長期間通院が必要な者に対しては,医療費の負担を軽減するため,
障害者自立支援法に基づく自立支援医療費制度(旧通院医療費公費負担制度)が ある。また,定期的に家族会や家族教室を開催することにより,薬物依存症者 にとって,依存からの回復に必要不可欠な存在である家族に対する支援も行っ ている。
c.就労面
薬物からの離脱に関する支援に加えて,薬物犯罪者の社会内処遇において重 要な支援として,就労支援がある。薬物事犯に限らず,「元犯罪者」というレッ テルを貼られた者達の(再)就職活動は決して容易ではない。また,就職でき ても,経済情勢により左右されやすく,職に就いていないと生活が不安定とな り,ストレス等から再び薬物に手を出してしまうおそれが高くなる(49)。法務 省調べの速報値によると,2007 年の薬物事犯の保護観察対象者 4,901 人の就職 率は約 67%(3,302 人)であり,最近 10 年はほぼ横ばいである(50)。
保護観察を受けている者や出所者に対する就労支援として,法務省は厚生労 働省と連携して職業相談・職業紹介を行ったり,協力雇用主を募って職場体験 講習やトライアル雇用を実施したり,身元保証制度により対象者が企業に損害 を与えた場合には見舞金を支給するなど等の就労支援を行っているが,サービ スを提供できる範囲・人数には限界がある。そこで,法務省は,身元引受人が いない仮釈放者に対して,宿泊機能を有した施設に入所させ,保護観察官の指 導・監督の下,就労支援を行う「自立更生促進センター構想」を打ち出し,平 成 20 年度から全国 3 か所で運用を開始する予定であったが,近隣住民による 反対運動等から計画がストップしており,今後の動向が注目される。
d.民間自助団体との連携
薬物依存者にとって,ともに支えあう仲間や民間自助団体の存在は,薬物離
脱の継続のために最も重要なことであり,医療機関は治療共同体として,刑務 所や保護観察所は施設内・社会内処遇を行う上でのパートナーとして民間自助 団体と連携を図っている。薬物依存症者の民間自助団体としては,NA(Narcotics Anonymous),DARC(Drug Addiction Rehabilitation Centre),MAC(51),Nar-Anon(52)
等があり,全国的に展開している。NAは,薬物依存症の当事者が,決められ た時間に決められた場所(公共施設を利用する場合が多い)で定期的に集まり,「12 のステップ」と呼ばれるテーマについて語り合う「ミーティング」を実施す ることにより回復を目指すものである(53)。この手法は,先に述べた刑務所に おける薬物依存離脱指導においても用いられている。NAの特徴としては,匿 名性(アノニマス)がある。名前や住所等を明かす必要がないという安心感か ら,過去の薬物使用の経験や悩みを打ち明けることができ,同じ問題を抱える 仲間と語り合うことによって思いを共有し,薬物を断つ気持ちを高めていく。
DARCは,薬物依存症者が,その回復を図ることを目的として,薬物依存症か ら回復した者がスタッフとして運営・援助する自助組織である。わが国では,
1985 年に東京に開設され,現在は全国に 40ヵ所以上に支部がある。DARCは 薬物依存症者専門のリハビリテーション施設であり,NAで行われるミーティ ングを中心に,デイケアや就労支援プログラムを実施して日中過ごす場所を提 供し,また,社会復帰のための中間施設として入所施設を整備している。しか し,同じ依存症であるアルコール依存に比べると,犯罪とのつながりがあるこ と等から地域住民の理解が得られにくく,また,運営は自治体の補助金や寄付・
献金,各種講演会の謝礼等でまかなっているため,困難な運営を強いられてい るところが多いようである(54)。NAやDARCの活動内容に関しては,後にイ ギリスの現状を述べる際に改めて言及することにする。
薬物依存症者の社会復帰を阻害する要因として,住居の確保がある。更生保 護施設は入所できる期間に限りがある。精神障害者のための共同住居(援護寮,
グループホーム,福祉ホーム)は,犯罪歴のある薬物依存症者を受け入れてくれ
るところは少ない。精神障害者保健福祉手帳を取得すると公営住居に優先的に 入居できる場合もあるが,自治体によって入居枠や入居基準がまちまちである。
アパート等を借りるにも保証人を見つけられないことが多く,生活保護受給者 の場合,住み込みで働き始めると支給を打ち切られてしまうため,医療機関に かかることができなくなり,再び体調を崩して路頭に迷うおそれもある。予算 等の問題もあるだろうが,DARCのような薬物依存症から立ち直ろうとしてい る者たちの受け皿となる中間施設を全国に整備し,彼らが再び薬物に手を出さ ないよう,暖かく見守っていく環境作りが求められる(55)。
Ⅲ イギリスにおける薬物犯罪者の現状および処遇
1 薬物事犯の現状
1 規制薬物の分類
イギリスでは,1971 年薬物乱用法(The Misuse of Drugs Act 1971)により,規 制薬物を身体に悪い影響を与える程度によって,クラスA(最も有害)からクラ スCまでの 3 段階に分けて,薬物の所持,使用,取引等を処罰している(56)。 わが国では大麻取締法により重い規制がかけられている大麻について,イギリ スでは,2003 年末まではクラスBに指定されていたが,2004 年からはクラス Cに変更され,個人使用目的での少量の所持は取締りの対象外となっている。
大麻がクラスBからCへ引き下げられた理由として,政府は,大麻は身体に 有害な薬物ではあるが,クラスBに分類されている覚せい剤ほど身体への危険 性がないことをあげている。しかし,本当の理由は,大麻が社会に蔓延して摘 発が追いつかない状態になっていたこと(57)と,近年,若年層のエクスタシー,
LSD,コカインといったクラスAの薬物使用者が増加していること(58)に求め られる(59)。政府は,2005 年に薬物法(The Drugs Act 2005)を制定し,クラスA
薬物の流通・取引を阻止するため,警察の権限を強化して取締りにあたっている。
2 傾 向
また,政府は,1998 年および 2008 年に公表した「反薬物戦略」(Anti-Drugs Strategy)および「10ヶ年薬物戦略」(The Ten-year Drug Strategy)において,学 齢期の子供(11〜15 歳)や若年層(16〜24 歳)を中心に,クラスAの薬物乱用 者を段階的に減らすことを目標に掲げている(60)。英国犯罪統計(British Crime
Survey)の 2006/07 年期の数値によると,全体では,1996 年に調査開始以来
最も低い数値(最高値から 10%減)(61)を記録したが,クラスA薬物に関しては 1998 年より高く,政策効果はあまりあがっていないようである(62)。
2004 年の規制薬物の所持,使用,取引等の薬物事犯の検挙件数は 105,570 件 であり,前年より約 21%(28,400 件)減,過去 10 年間では 2 番目に少ない数 値であった。しかし,クラスA薬物は全体の約 34%(36,350 件)を占めてお り,検挙件数も年々増加している(1994 年比では約 28%,26,200 件増)(63)。薬物 事犯の約 85%が不法所持であり,うち,大麻は約 56%である。年齢構成比は 若年層の割合が高く,25 歳未満が全体の約 53%を占めている。男女比は,女 性は全体の約 12%(10,450 人)である(64)。薬物事犯で検挙された者 89,820 人の うち,起訴された者は全体の約 62%(55,880 人),有罪判決が下された者は約 55%(49,310 人),警告処分を受けた者は約 37%(33,470 人)である(65)。警告処 分は,所持罪では最も多い処分(全体の約 44%)であり,次に多いのが罰金(約 22%)であるが,クラスA薬物に関しては厳しい処分が下される傾向にある(66)。 保護観察処分を言い渡された者は 9,960 人(全体の約 12%)である(67)。
2 薬物犯罪者の処遇 1 刑事手続
薬物使用が原因で精神障害を発症し犯罪を行った者は,薬物犯罪者であると
ともに精神障害犯罪者でもあるが,わが国とイギリスの精神障害犯罪者の処遇 に関する最大の違いは,司法精神科医療と刑事司法とが一方通行か双方向かで ある。わが国では,精神疾患を有していても,責任能力が問えると判断された 者は,刑務所や医療刑務所で服役し,症状が悪化しても余程のことがない限り 外部の医療機関にかかることはなく,刑務所を出て治療を受けた場合は刑の執 行が停止される。一方,医療観察法の対象者となった者は,「この法律による 医療を受けさせる必要」があると判断されると,指定医療機関で治療を受け,
そのまま社会復帰を目指すことになる。
他方,司法精神医学の先進国であるイギリスでは,司法精神科医療と刑事 司法制度が連携して精神障害犯罪者の治療及び処遇を行っており,責任能力 の有無よりも「適切な医療が利用可能であるか」(appropriate medical treatment is
available)を重視する(68)。司法精神医学を専門とする医師や看護師は,被疑者・
被告人及び受刑者の精神状態をチェックするために,定期的に警察署,拘置所,
裁判所,刑務所等を訪れ,刑事手続段階において,被疑者・被告人に精神科治 療が利用可能であることが判明すると,ダイヴァージョン(正式の刑事司法手続 からの離脱)により刑事手続が中断されて保安機能を有する精神科病院での治 療が優先され,症状が回復した時点で再び刑事手続に戻される(69)。
2 司法面
a.薬物治療・検査命令
先に述べたように,精神障害犯罪者に関しては,刑事手続よりも医療が優先 されるが,薬物犯罪者に対してもダイヴァージョンが行われる。1998 年犯罪・
秩序違反法(The Crime and Disorder Act 1998)は,61 条に「薬物治療・検査命令」
(Drug Treatment and Testing Orders, DTTOs)を規定している(70)。薬物治療・検 査命令とは,16 歳以上の薬物使用者及び薬物乱用が原因で犯罪を引き起こし た者のうち,自らの薬物依存状態から脱したいと望んでいる者に対し,裁判所
が 6 月以上 3 年以下の範囲で,最低週 2 回以上の尿検査を受けること,保護観 察所の指導に従うこと,定期的に裁判所に出廷すること,医療機関で治療を受 けること等を条件に,刑罰に代わって社会内で処遇する(community sentence)
ことを内容とする命令をいう。
薬物治療・検査命令が新設された背景としては,適切な治療及び保護観察に より,社会の中で更生できる者については,刑務所ではなく社会内で処遇を行 うべきであるという施設内処遇から社会内処遇へと,処遇の中心が移ったこと がある。その他の背景としては,1983 年精神保健法 1 条における精神障害の 定義が「精神病,精神発達の遅滞又は不全,精神病質,その他の精神の不調又 は障害」であり,薬物やアルコール等の依存症は精神障害の定義から除かれ ていたため,裁判所は,同法 37 条の刑罰に代えて保安病院での入院治療を命 ずることを内容とする病院収容命令(hospital order)を出せなかったことがあ げられる(71)。また,イギリスには精神科の治療を提供する医療刑務所が 1ヶ所
(HMP Grendon)しかなく,医療刑務所では,反社会性人格障害者や小児性愛 傾向のある性犯罪者等に対して,自律的な治療共同体の中で集団精神療法を 行っている(72)。したがって,薬物依存症者にはなじまないものであり,薬物 犯罪者に十分な治療環境を与える方策が求められていたことがあげられる。
b.薬物介入プログラム
2003 年から始まった「刑事司法介入プログラム」(Criminal Justice Intervention Programme)の中に,「薬物介入プログラム」(Drug Intervention Programme, DIP)
がある。薬物介入プログラムは,薬物犯罪者(特にクラスAの薬物使用者)に対し,
適切な治療の場所を提供し,再犯を防止することを目的としている。現在,毎 月 1,900 人以上の薬物犯罪者が同プログラムに参加しているが,国は毎週 1,000 人の参加を目標にしている(73)。また,DIPの取り組みとして,2004 年度から 全国で実施されている「継続・アフターケア制度」(Throughcare and Aftercare)
がある。継続・アフターケア制度は,刑務所から出所した薬物犯罪者を対象に,
彼等が社会に戻ってからも,断薬のための治療を継続し,薬物を使用しない生 活を維持するために,刑務所,保護観察官,医療・福祉の専門職等が「薬物対 策チーム」(Drug Action Team)を組んでケアマネジメントを行い,薬物犯罪者 の社会復帰および社会への再統合(re-integration)を支援するというものである。
提供されるサービスは,住居,金銭管理等の自立生活支援,教育,就労支援等,
幅広い内容となっている(74)。DIP開始後は,制度利用者の再犯率が減少して おり,処遇効果は上がっているようである(75)。
c.ドラッグ・コート
薬物・治療検査命令の新設により,裁判所は薬物犯罪者に対して,刑罰に代 えて治療を受けさせることを内容とする処分を言渡せるようになったことか ら,2005 年 12 月に 18ヶ月間のパイロット事業として,一部の治安判事裁判所 において薬物事件(薬物の自己使用及び薬物使用に起因する事件)を集中的に 取り扱う「ドラッグ・コート」(Drug Court)が設置された(76)。ドラッグ・コー トは,裁判官,検察官,弁護人,保護観察官,警察等から構成され,被告人の 希望により,裁判官の監督の下,刑罰に代わって一定期間治療・更生プログラ ムを実施する。プログラムを修了した被告人の控訴は棄却される。逆に,プロ グラム未修了者は刑事手続に戻されるが,できる限りプログラムを中断するこ とのないよう,内容は定期的に見直される。ドラッグ・コートは,アメリカで 1990 年頃から実施されている制度であるが,イギリスではスコットランドが 先に導入した。わが国においても,近年導入の是非が議論されているところで ある。
プログラムの具体的な内容は,尿検査の実施,自助団体のミーティングへの 参加,定期的な裁判官による審問を受けること,必要に応じて精神科治療を受 けること等である。すでに各州で実施しているアメリカでは,ドラッグ・コー トの導入により,再犯防止効果に加えて,裁判費用や刑務所収容にかかるコス トの削減にもつながったことが報告されている(77)。イギリスでも,2008 年に
公表された報告書(78)において,処遇効果やコスト面に大いに貢献していると の評価がなされたため,2008 年 10 月からさらに拡大して実施することになり,
今後の動向が注目される(79)。
⑶ 民間慈善団体・自助団体との連携
イギリスは,宗教的背景等から慈善団体による活動が盛んであり,薬物犯罪 者に対しては,精神障害者を支援する団体,犯罪者の更生を支援する団体,薬 物依存症者を支援する団体等が,地方自治体や地域の保護観察所と連携して 様々な社会復帰支援活動を展開している(80)。
薬物依存症者に対する支援として,先に述べたNAがある。NAは,薬物依 存者の自助団体(self-help group)であり,薬物依存症者が薬物を使わない生活 を継続する(=クリーンでいる)ために,同じ悩みを抱えた仲間が集まるミー ティングに定期的に参加し,「12 のステップ・12 の伝統」と呼ばれるテーマや 当日司会者に指定されたテーマについて語り合ったり,指定された文献を一緒 に読んだりして回復を目指すものである。NAの参加条件は,特になく,入会 金等も不要であり,運営費は主としてメンバーからの献金でまかなっている。
入会時に自分の名前を告げたり誓約書にサインしたりすることがないので,
匿名性が確保され,自分の思いを偽らずに語ることができる。ミーティング は,クローズド(当事者本人のみが参加可能)のものとオープン(家族や友人等,
本人以外の人も参加可能)のものがある。都市部では,話しやすい環境を提供す るため,男女を分けたり,ゲイ・レズビアン・トランスジェンダーのみを対象 としたミーティングを開催している。ミーティングの基本は「言いっぱなし,
聞きっぱなし」であり,他者の意見に反論や批判をしてはならない。他者の考 えや思いを共感することで一緒に回復を目指すのである(81)。その他,全国的 に展開している薬物依存症者の自助団体として,コカイン依存に対象を絞った CA(Cocaine Anonymous)(82)や,薬物依存症者の友人や家族が集まるFA(Families
Anonymous)がある(83)。
Ⅳ おわりに
以上,わが国とイギリスにおける薬物犯罪者の現状,法制度,施設内処遇及 び社会内処遇・社会復帰支援に関する取り組みについてみてきたが,最後に若 干の私見を展開し結びとしたい。
薬物犯罪者の処遇に関して,わが国とイギリスにおける大きな相違点とし て,イギリスでは司法精神医療と刑事司法が密接に連携していることがあげら れる。イギリスでは,薬物犯罪者に対しては,薬物治療・検査命令やドラッグ・
コートにより,刑罰よりも治療を優先する制度を確立し,できるだけ社会内で 処遇するようにしている。そして,刑事司法及び医療・福祉の専門職者がチー ムを組んで継続的かつ幅広い支援を行うことをとおして,その者の社会復帰を 促進し,再犯を防止している。
他方,わが国では,薬物の自己使用は違法行為であるから,まずは罪を償う べきであるとする考え方に基づき,治療よりも刑罰を優先する結果,責任能力 が問えると判断されると,薬物犯罪者を(医療)刑務所に収容することになる。
近年では,刑事施設内に収容している時から,民間自助団体の協力を得て薬物 依存離脱指導が実施されており,その効果が期待される。しかし,満期出所者は,
出所後は自分から積極的なアプローチをしない限り,社会復帰のための情報を 得たり同じ悩みを抱えている仲間を探したりすることはできないため,ちょっ としたきっかけで再び薬物に手を出してしまうおそれが高い。また,保護観察 対象者も,精神障害犯罪者のように複数の専門職種からなるチームで支援する 体制が構築されていないので,保護観察官・保護司が支援できる範囲には限界 がある。治療が必要な者には医療機関につなげること,そうでない者にはNA やDARC等の民間自助団体とコンタクトをとり,薬物を使用しないという気
持ちを持ち続けていられるような環境を整え,就労支援等も並行して行うこと により,社会の中で自立した生活が送れるようにすべきである。
わが国でもイギリスでも共通に抱えている問題として,末端使用者の増加が ある。イギリスでは,若年層を中心にクラスA薬物の使用者が増加しており,
再犯防止施策とともに未使用者に対する予防・啓発活動を強化する必要がある だろう。他方,わが国でも,若者向けに「ダメ。ゼッタイ。」普及運動(84)が展 開されているが,どれほど国民に浸透しているかは疑問であり,密売者による 供給・流通を徹底的に取り締まることも含めて真剣に取り組まなければならな いであろう。諸外国でのドラッグ・コートは,その処遇効果の高さ,費用の面 でメリット等,魅力的な制度であることは間違いない(85)。
しかし,近年,わが国においても導入が議論されているドラッグ・コートに 関しては,現時点ではその導入には消極的にならざるを得ない。確かに,ドラッ グ・コートは,刑事施設の過剰収容が深刻となっているわが国においては,で きる限り社会内で更生させる制度として画期的なものかもしれない。そうだと しても,ドラッグ・コートは,プログラムの作成や見直しに際して,裁判官,
検察官,弁護人,保護観察所,警察等,すべての司法機関のスタッフが一同に 会し,情報を共有し,一緒に処遇に当たらなければならない。しかし,一定期 間同じ人が担当し続けるのは困難であり,プログラム実施の中心機関となる保 護観察所は,保護司の高齢化等から人員の確保ができないおそれがある。もっ とも,一つの可能性として,医療観察法での精神障害犯罪者の精神保健観察を 担当する社会復帰調整官のように,薬物犯罪者の社会内処遇を担当する特別職 を新設し,医療・福祉・心理等の専門的な知識を有する者を募集して研修を行 い,彼等にケア・マネッジメントのリーダー及び関係諸機関との連絡係を担当 させるということが考えられる。
近年のわが国において注目される取り組みとして,DARCの研究部門である,
APARI(アジア太平洋地域アディクション研究所)における刑事司法サポートがあ
る。これは,アパリとの契約を結んだ薬物犯罪者に対し,刑事司法手続の段階 から介入して薬物依存症からの回復を目指すことを内容としている。具体的に は,保釈中の被告人にDARCに入寮してもらって自助グループへの参加等の 薬物研修を行い,その進捗状況を報告書にまとめて裁判所に提出して評価を求 めたり,刑務所にいる人に通信教育を行ったり,執行猶予判決が下された後及 び仮釈放・満期出所した後にDARCに入寮してもらい治療プログラムを受け るというものである。6 年間で 150 人の支援実績があり,今後の活動が期待さ れる(86)。薬物犯罪者にとって一番の社会資源は,同じ悩みで苦しむ仲間であり,
国や地方自治体は,DARC等の民間自助団体に経済的な支援を行い,支援活動 を拡大できるようにすべきである。そして,薬物を使用しない生活を継続する ためにも,住居及び職場の確保は重要であり,犯罪者でもあり薬物依存症に苦 しむ者でもある薬物犯罪者に対して,できる限り手厚い支援を行うべきであろ う。
付記 本稿は,財団法人社会安全研究財団平成 18 年度若手研究助成により,研究の 機会をいただき提出した報告書をまとめたものである。
註
(1) 本稿にいう「薬物犯罪者」は,「急性薬物中毒状態,薬物依存状態または中毒 性精神病が原因となって犯罪に手を染めた者およびわが国の法律で禁止された薬 物(覚せい剤等)を使用し,罪に問われた者」を対象とする。
(2) 厚生労働省平成 17 年患者調査によると,2005 年 10 月現在のわが国の薬物依存 症の状態にある患者は,推計約 9,000 人(男性 6,000 人,女性 3,000 人)であり,前 回調査時(2002 年)と比較して 1.5 倍増加している。
(3) Mz指標は,精神病者(統合失調症,躁うつ病等の狭義の精神病にかかっている者), 精神病の疑いが相当適度認められる者及び強度の神経症にかかっている者並びに 拘禁性反応,薬物による中毒症(強度の薬物依存を含む)若しくはアルコールによ る中毒症又はその後遺症が著しく認められる者が対象となる。
(4) 薬物中毒・依存症の精神障害受刑者に対する医療刑務所における治療について,
古賀幸博「矯正施設での覚せい剤依存症治療」林幸司編著『司法精神医学研究
精神鑑定と矯正医療』(新興医学出版社,2001 年)13 頁以下。
(5) 薬物依存離脱指導標準プログラムについて,法務省「刑事施設における薬物事 犯受刑者に対する処遇」
http://www.moj.go.jp/SHINGI2/TEKISEIKA/tekiseika18.pdf.
(6) 黒田治「医療刑務所における精神科医療の現状と問題点」Psychiatry 26 号(2002 年)15 頁。その他の理由として,精神障害受刑者は刑務作業の成績が一般的に悪 く,また,家族に引き受ける意欲が乏しいこと等があげられる。町野朔・水留正 流「医療刑務所の現状 北九州医療刑務所・岡崎医療刑務所」日本精神病院協会 雑誌 22 巻 3 号(2003 年)69 頁。
(7) 刑務所から都道府県に通報をしても,診察不要または措置入院不要という回答 がほとんどだそうである。精神障害受刑者の措置通報に関する問題について,浜 井浩一「心に障害を持つ受刑者の世界−刑罰システムと精神医療システムの交錯」
法学セミナー601 号(2005 年)85 87 頁。
(8) 本稿での「イギリス」は,イングランド&ウエールズを意味する。
(9) イギリスにおける精神障害犯罪者の処遇について,拙稿「精神障害犯罪者の社 会復帰支援施策」同志社政策科学研究 6 巻 1 号(2004 年)77 頁以下。
(10) 2005 年のパイロット事業では,2ヵ所の治安判事裁判所にドラッグ・コートが 設置された。2008 年 10 月からは,さらに 4 か所設置される予定である。
http://www.justice.gov.uk/news/announcement010408d.htm.
(11) 田村義保「覚せい剤乱用者総数把握のための調査研究⑹」財団法人社会安全研 究財団委託調査研究報告書(2006 年)では,覚せい剤の不法使用(乱用)について,
平成 10 年〜15 年にかけて覚せい剤使用者を知っていると答えた者の数から乱用 者数を推定するという調査を行い,「覚せい剤の乱用者数は減少していない」と 結論づけている。
(12) ただし,平成 19 年版犯罪白書によると,1 年以上 2 年未満の約 53%(3,544 人), 2 年以上 3 年以下の約 32%(1,376 人)の者に対して執行猶予付判決が下されている。
(13) 安永健次他「最近の刑事立法の動向について」法律のひろば 2007 年 1 月号(2007 年)10 頁。
(14) 10 年以上前の数値になるが,平成 7 年版犯罪白書によると,保護観察受理時覚 せい剤使用歴の有無別に見た保護観察終了時の状況は,仮出獄(仮釈放)者と保 護観察付執行猶予者では違いが見られ,仮出獄者は,覚せい剤使用歴がある者の 方がない者に比べて不良と評価された者が 3.6%少ないのに対し,保護観察付執 行猶予者は,使用歴がある者の方がない者に比べて不良と評価された者が 12.7%
も高かったという結果がでている。この点に関して,山口昭夫「覚せい剤事犯受 刑者の特質と処遇」罪と罰 129 号(1996 年)32 頁以下は,保護観察付執行猶予者