高感度・迅速なマイクロ生化学分析デバイス用 三次元構造反応場の開発
首都大学東京大学院 システムデザイン研究科
ヒューマンメカトロニクスシステム学域
学習番号 14989503
Author: Yuma Suzuki Regents professor: Ming Yang
目次
記号一覧... I 第 1 章 緒論
1.1. 本研究の背景...1-1 1.1.1. 生化学分析...1-1 1.1.2. イムノアッセイ...1-3 1.2. マイクロ生化学分析デバイスの開発...1-6 1.2.1. マイクロ生化学分析デバイスの概要...1-6
1.2.2. マイクロ生化学分析デバイスの高感度化・迅速化に対するアプローチ.1-8
1.2.3. マイクロ生化学分析デバイスの研究・開発...1-9
1.3. マイクロ生化学分析デバイスの高感度化・迅速化における課題...1-15
1.3.1. 反応場の生体分子輸送における拡散による輸送時間短縮の限界...1-15
1.3.2. 微細構造の二次元配列化による反応場の高比表面積化の限界...1-16
1.4. 生化学分析の高感度化・迅速化に向けた新規微小反応場の提案...1-17 1.4.1. 生体分子輸送の促進化へのアプローチ...1-17
1.4.2. 反応場の更なる高比表面積化へのアプローチ...1-18
1.4.3. マイクロピラー構造を有するフィルム積層型反応場の提案...1-19
1.5. 高感度化・迅速化に向けた提案デバイスの設計における課題...1-21 1.6. 本研究の目的と位置づけ...1-25
2.3. CNTsピラーアレイ構造反応場における生体分子吸着量評価...2-6
2.3.1. CNTsピラーアレイ構造反応場の作製方法...2-6
2.3.2. マイクロピラー構造を有するマイクロ反応場の作製結果...2-10
2.3.3. マイクロ反応場の生体分子吸着量の評価方法...2-11
2.3.4. マイクロ反応場の生体分子吸着量の評価結果・考察...2-12
2.4. 粒子追跡法によるマイクロピラー構造基板上のナノ粒子輸送評価...2-14
2.4.1. 粒子追跡法によるマイクロピラー構造基板上のナノ粒子の測定...2-14
2.4.2. マイクロピラー表面近傍のナノ粒子個数評価の結果・考察...2-17
2.5. 生体分子輸送・吸着に対する反応場の微細構造化の効果...2-22 2.6. 結言...2-25 第 3 章 生体分子輸送のシミュレーションモデルの開発と反応場における
生体分子輸送シミュレーション
3.1. 緒言...3-1 3.2. 微小反応場の生体分子輸送に対する物理作用...3-2 3.2.1. 溶液流れによる対流...3-3 3.2.2. ブラウン運動による拡散...3-5 3.2.3. 反応場表面での表面相互作用...3-6 3.3. 生体分子輸送モデルの構築...3-10 3.4. 生体分子輸送シミュレーションの妥当性評価...3-12
3.4.1. エバネッセント光を用いたPIV法によるマイクロ流路内のナノ粒子分布
の測定 ...3-12
3.4.2. 生体分子輸送モデルを用いたマイクロ流路内のナノ粒子輸送シミュレー
ション ...3-14 3.4.3. シミュレーション解析結果及び考察...3-17
3.5.1. 微細構造反応場の流体解析...3-29
3.5.2. 微細構造表面の電気二重層形成シミュレーション及び微細構造間の電位
分布 ...3-41
3.5.3. 微細構造間の生体分子輸送シミュレーション...3-45
3.6. 微細構造反応場における生体分子吸着までに至る分子輸送...3-51 3.7. 結言...3-55 第 4 章 マイクロピラー構造を有するフィルム積層型反応場の開発
4.1. 緒言...4-1 4.2. マイクロピラー構造を有するフィルム積層型反応場の設計概念...4-2
4.2.1. 空間の高さ方向を活用した反応場の三次元構造化と対流機構の付与....4-2
4.2.2. マイクロピラー構造を有するフィルム積層型反応場の提案...4-2
4.3. マイクロピラー構造を有するフィルム積層型反応場の作製...4-4
4.4. ELISA法によるフィルム積層型反応場の有効性評価...4-7
4.4.1. フィルム積層型反応場を用いたヒトIgA ELISAの手順...4-7
4.4.2. ELISAの検出感度に対するフィルム積層型反応場の回転効果の検証...4-9
4.4.3. フィルム積層型反応場の回転速度による蛍光強度への影響...4-11
4.4.4. 各構造寸法のフィルム積層型反応場に対する蛍光強度の測定結果・考察..
...4-13 4.5. 結言...4-15 第 5 章 フィルム積層型反応場の設計パラメータによる
5.2.3. インキュベーション時間による蛍光強度への影響...5-7 5.3. 生体分子輸送モデルによるフィルム積層型反応場内の 生体分子輸送シミュレ ーション...5-9
5.3.1. フィルム積層型反応場内の生体分子輸送シミュレーションの解析手法.5-9
5.3.2. フィルム積層型反応場内の生体分子輸送シミュレーションの解析結果・考
察 ...5-15 5.4. フィルム積層型反応場における生体分子輸送の理論解析...5-20
5.4.1. フィルム積層型反応場における影響因子...5-20
5.4.2. 影響因子の数式モデル化における形状モデルの構築...5-22
5.4.3. ウェルのみの場合における影響因子の数式モデル...5-24
5.4.4. フィルム積層型反応場を用いたウェルの場合における影響因子の数式モ
デル ...5-24 5.4.5. 理論解析結果・考察...5-28 5.5. 生化学分析の高感度化・迅速化に向けたフィルム積層型反応場の設計指針...
...5-32 5.6. 結言...5-35 第 6 章 結論
6.1. 本研究で得られた知見のまとめ...6-1 6.2. 本研究の学術的・工業的価値...6-4 6.2.1. 本研究の学術的価値...6-4 6.2.2. 本研究の工業的価値...6-6 6.3. 今後の展望...6-8 参考文献... a 謝辞...i
記号一覧
Symbols Explanation
𝑥, 𝑥𝑏 Diffusion distance of a biomolecule
𝐷𝑏 Diffusion coefficient of a biomolecule
𝑡, 𝑡𝐷 Diffusion time of a biomolecule
𝑆𝑤 Surface area of a well
𝑉𝐿 Volume of reagent solution in a well
𝑆𝑝 Surface area of micro structures
𝑆𝑆𝑤 Specific surface area of a well
𝑆𝑆𝑝 Specific surface area of a well with micro structures 𝑊𝑒𝑙
Electric interaction energy of electric double layer between a flat plate and a spherical particle
𝜀0 Permittivity of vacuum
𝜀𝑟 Relative permittivity of reagent solution 𝑟𝑝 Radius of a spherical particle or biomolecule
𝑉𝑠 Surface voltage of a flat plate
𝑉𝑝 Surface voltage of a spherical particle
𝑥𝑝, 𝑥𝑠𝑝 Distance between surfaces of a flat plate and aspherical particle
𝑑𝑝 Diameter of a spherical particle
𝐷⊥
Diffusion coefficient of a spherical particle in a vertical direction to a flat plate
𝐷𝐻
Diffusion coefficient of a spherical particle in a horizontal direction to a flat plate
∆𝑡𝑑𝑖𝑓 Effect time of diffusion
∆𝑡𝑠𝑢𝑟𝑓 Effect time of surface interaction
𝜆 Thickness of surface interaction layer
Symbols Explanation
𝜅 Inverse of Debye length
𝑇 Atmosphere temperature
𝑒 Elementary charge
𝑁𝐴 Avogadro constant
𝐴 Hamaker constant
𝑚𝑝 Mass of a spherical particle or a biomolecule
𝑭𝐵 Brownian force vector
𝜉 Gaussian random coefficient
Δ𝑡 Calculating time step
𝑭𝐸𝐷𝐿, 𝑭𝐸 Vector of electrostatic force by electric double layer
𝑭𝑣𝑑𝑤 Vector of van der Waals force
𝒏𝑣 Vector normal to reaction field surface
𝜙 Level-set function
𝑭𝑠𝑡 Vector of surface tension between a gas and a liquid 𝑻𝑠𝑡 Tensor of surface tension between a gas and a liquid
𝜎 Coefficient of surface tension between a gas and a liquid
𝑰 Identify matrix
𝒏, 𝒏𝑖𝑓 Vector normal to interface between a gas and a liquid
𝛿 Delta function of Dirac
𝑧𝑖 Valence of chemical species i
𝑐𝑖 Concentration of chemical species i
𝑧𝑝 Valence of a spherical particle or a biomolecule
𝑭𝑠𝑡𝑝 Vector of surface force from interface between a gas and a liquid to a spherical particle or a biomolecule
𝛾𝑝 Surface tension from the interface between a gas and a liquid to a spherical particle or a biomolecule
∆𝑡𝑐𝑜𝑣 Effect time of convection
𝑣𝑓𝑙𝑜𝑤 Fluid velocity
𝑑ℎ𝑦𝑑𝑟𝑜 Hydrodynamic diameter of a circular tube
𝑔, 𝑔𝑝 Gap between micro pillars
ℎ, ℎ𝑝 Height of a micro pillar
𝑑, 𝑑𝑝 Diameter of a micro pillar
Symbols Explanation 𝑛𝑡𝑜𝑡𝑎𝑙
Number of supplied biomolecules to a space between films per a time step
𝑁𝑡𝑢𝑏𝑒, 𝑁𝑐 Number of circular tubes in a space between films
𝑑𝑓𝑖𝑙𝑚 Outside diameter of a film
𝑑ℎ𝑜𝑙𝑒 Central-hole diameter of a film
𝑑𝑤𝑒𝑙𝑙 Well diameter
𝑡𝑤 Diffusion time of a biomolecule in a well 𝑆𝑓 Surface area of a film in a film-stack reaction field 𝑆𝑆𝑓 Specific surface area of a well with a film-stack reaction field
𝑛𝑓 Number of films in a film-stack reaction field 𝑡𝑓,𝑑 Diffusion time of a biomolecule in a circular tube 𝑡𝑓,𝑓 Transit time of a biomolecule with fluid flow in a circular tube
𝑣𝑓 Fluid flow in a circular tube
𝑃𝑒 Peclet number
𝑄𝑐 Volumetric flow rate through a circular tube
𝐴𝑐 Cross-sectional area of a circular tube
𝑄𝑓 Volumetric flow rate through a space between films 𝑉𝑇
Volume flow rate through all spaces between films during the rotation of a film-stack reaction field
𝑡𝑖
Incubation time of biomolecules during the rotation of a film-stack reaction field
𝑥𝐷
Diffusion distance of a biomolecule in a circular tube during the biomolecule transit with fluid flow
𝐸𝑅 Reaction efficiency in a circular tube
𝑄𝑓,𝐸
Volumetric flow rate through a space between films contributing to the biomolecule reaction in the space
𝐿 Minimum dimension in structural dimensions of micro pillar array
緒論
第1章 緒論
1.1. 本研究の背景
1.1.1. 生化学分析
生化学分析とは,血液や尿などの体液中に存在する糖やコレステロール,ウイルス由来 のタンパク質などの生体分子を,特異的に化学反応する物質を利用して検出する手法であ る.生化学分析デバイスは,病院の検査室や検査センターに広く普及している.また,近 年では世界的な人口増加に伴う爆発的な感染症の蔓延(パンデミック)を防止するために,
空港や商業施設など多くの人々が行き交う場所に対する生化学分析デバイスの普及が求め られている[1-6].生化学分析デバイスは,臨床診断に広く用いられることから生体分子を 高感度かつ迅速に検出することが要求されている.
生化学分析デバイスは図1.1に示すような基本構成に基づく[7].対象となる生体分子を検 出する手順を以下に示す.
① 対象となる生体分子を送液系部位によって分子認識系部位まで輸送する.
② 生体分子が分子認識系部位と結合する.
③ 分子認識を信号変換系部位によって各種の信号に変換する.
④ 信号処理系で検出した信号を生体分子検出として処理する.
上記の手順から,生体分子を高感度かつ迅速に検出するためには,生化学分析デバイスの 基本構成に示す各系の部位に対する工夫が求められる.送液系では,より多くの生体分子 を迅速に分子認識系部位まで輸送させる機構が要求される.送液機構の例としては,ポン プや攪拌機構,後の節で示すウェルやマイクロ流路などが挙げられる.分子認識系には,
対象とする生体分子と特異的に結合する,つまり高い選択性が求められる.分子認識系に は特異性の高さから,抗原抗体反応(Antigen-Antibody reaction)を利用して抗体や酵素基質 反応(Enzyme-substrate reaction)を利用して酵素が修飾されることが多い.信号変換系には,
分子認識系での結合による変化を鋭敏に信号出力することが求められる.信号変換の方式 としては,化学発光による光信号,電極反応による電気信号などが挙げられる.本研究で は,高感度・迅速な生化学分析デバイスの実現を目指すことから,送液系に焦点を絞って 議論する.また,本研究では送液系及び分子認識系部位を総称して,反応場(Reaction field)
Fig. 1.1 The schematic image of biosensor composition.
Target biomolecule
Molecular recognition
Signal transduction Solution sending
Signal
Signal processing
1.1.2. イムノアッセイ
診断技術において現在主流の分析手法が免疫学的測定法,いわゆるイムノアッセイ
(Immunoassay)である.イムノアッセイは,対象とする生体分子の定量法の一種であり,
感染症の診断に広く用いられている[8-11].イムノアッセイでは,対象となるタンパク質で ある抗原(Antigen)とそのタンパク質と特異的に結合反応するタンパク質である抗体
(Antibody)による抗体抗原反応を利用することで抗原を検出することが可能である.イム ノアッセイの中でも酵素基質反応を利用した酵素免疫測定法(Enzyme-Linked Immunoassay;
ELISA)は,酵素標識されたタンパク質に対して酵素と基質が反応し基質が発色したり吸光 スペクトルが変化したりすることで,その基質の蛍光強度や吸光度を測定することでタン パク質を定量的に検出する手法である[12-15].ELISAは,一般的に96穴ウェルマイクロプ レートを用いて,ウェルの壁面を反応場として行われる.また,高感度・高選択性である ことから,ウイルス由来抗原の検出といった診断技術に広く使われてきた.ELISA には,
プロトコル(タンパク質検出までの手順)の違いによって3つの手法がある.図1.2は,各
手法でのELISAのプロトコルの概略図を示している.以下にそれぞれのELISAの手法につ
いて説明する.
(a) 直接法
ウェル壁面に対象となる抗原を直接固相化(インキュベーション; Incubation)させ,そ れに対して二次抗体(酵素と結合した抗体)をウェルに加えて抗原と反応させる.ウ ェルを洗浄した後,そこに基質を加えて酵素と基質が反応し基質が変化し,蛍光強度 または吸光度を測定する.段階が少なく簡易な手法であるが,最初の抗原のインキュ ベーション時に,溶液に抗原以外のタンパク質が含まれている場合はそのタンパク質 の影響を受ける.また,抗原の量や特性自体の影響も受けやすい.それによって定量 性が低下する.
(b) サンドウィッチ法
ウェル壁面に一次抗体(酵素と結合していない抗体)をインキュベーションさせ,洗 浄した後,そこに抗原と加えて一次抗体と反応させる.さらに,二次抗体を加えて一 次抗体と二次抗体が抗原を挟む,いわゆるサンドウィッチ構造をとって反応させる.
基質をウェルに加えて酵素基質反応させて後,蛍光強度または吸光度を測定する.直 接法に比べ手順が複雑になるが,一次抗体と二次抗体を用いることで選択性が高い.
ただし,一次抗体に結合していない抗原が洗浄で取り除かれずウェル壁面に残ってい る場合,二次抗体がその抗原と反応する恐れがあり,定量性が下がってしまう.
(c) 競合法
二つの異なる既知濃度の抗原・標識抗原溶液を用いて,一次抗体がインキュベーショ ンされたウェルにそれぞれ加え抗体抗原反応をさせる.洗浄後に基質を加えて酵素基 質反応させ,それぞれの蛍光強度・吸光度を測定し比較することで定量化する.定量 性が高いが,インキュベーションされた抗原の数が限られていることから,抗原の濃 度範囲に限りがある.
ELISA は高感度に抗原であるタンパク質を特異的に検出することが可能であるが,その
分大量の溶液量を必要とする.そのため,実際のヒトの診断においては大量の血液を用い るため侵襲性が高く,実用性という観点から課題が残る.また,抗体抗原反応の平衡状態 に達するためには数時間から数日を要する場合がある.したがって,ELISA のようにウェ ルを用いたイムノアッセイでは,迅速な分析を行う手法として限界がある.そのため,こ のイムノアッセイに対して少量のサンプルで迅速に診断が行われる新たな技術が求められ ている.
Fig. 1.2 The schematic image of ELISA protocol. (a) Direct ELISA. (b) Sandwich ELISA.
(c) Competitive ELISA
Well wall Well wall Well wall
Well wall Well wall Well wall Well wall
Antigen
Primary antibody
Secondary antibody (Enzyme-conjugated antibody)
Labelled antigen (Enzyme-conjugated antigen)
Substrate
(a)
(b)
Well wall Well wall Well wall
(c)
Well wall
Well wall Well wall
1.2. マイクロ生化学分析デバイスの開発
1.2.1. マイクロ生化学分析デバイスの概要
近年になって,POCT(Point of Care Testing[16-18],Bedside Testing [19]といった場所を問 わずに迅速免疫測定を目的としたイムノセンシングシステムが新たな臨床診断技術として 注目されている.こういったシステムの要求仕様として,以下の4点があげられる.
① 小型な装置
② 高感度な検出
③ 迅速な反応・診断
④ 簡便な操作性
以上の要求を満たすシステムとして,近年,従来の化学・生化学分析装置の構成要素を 小型化し,一つの基板に集積化した-TAS(Micro Total Analysis Systems)やLab-on-a-chip
(LOC)といったマイクロ生化学分析デバイスが注目されている[20-22].その背景には,
マイクロ・ナノテクノロジーやバイオテクノロジー分野,MEMS(Micro Electro Mechanical Systems)技術,半導体プロセスの微細加工技術の発展が後押しとなっている[15, 17, 20-27].
このような分析デバイスでは,その代表寸法の微小化によって,図1.3に示すように検出部 となる反応場の比表面積(表面対体積率)が増加するとともに,対象となる生体分子の拡 散距離を小さくなる.生体分子の拡散距離xは以下の式で表される[24].
𝑥 ∝ √𝐷𝑏𝑡 (1.1)
Db は生体分子の拡散係数,t は反応場表面までの到達時間である.これより到達時間は式 1.1を変形して以下のように表せる.
𝑡 ∝𝑥2
𝐷 (1.2)
なる[18].したがって,マイクロ生化学分析デバイスによって迅速かつ低侵襲での診断が可 能となり,実用性の観点から大きく期待される.しかしながら,反応場の微小化に伴い反 応場の表面積が絶対的に減少し溶液量が少なくなることで溶液に含まれる生体分子の絶対 量は少なくなることから,低濃度の溶液に対しては生体分子の検出が困難になる.そのた め,低濃度溶液での検出には,結果的に多くの溶液量を必要とする.つまり,反応場の微 小化は従来のELISAなどのイムノアッセイに比べて感度が下がる恐れがある.そのため,
マイクロ生化学分析においては高感度化と迅速化の両立が求められている.
Fig. 1.3 The schematic image of miniaturization in reaction field.
Scale- down
A few mm ~ 10 mm 10 μm ~ 100 μm
Biomolecule Diffusion
Adsorption/
Reaction
↓
Detection Diffusion distance
Macro-scale < Micro/Nano-scale
Specific Surface Area
1.2.2. マイクロ生化学分析デバイスの高感度化・迅速化に対するアプローチ
マイクロ生化学分析デバイスの基本構成は従来と変わらず,図1.1に示す概念図と同様で ある.したがって,デバイスの高感度化と迅速化を達成するためには各系の部位に対して 工夫や改善が必要となる.図1.4にマイクロ生化学分析デバイスの高感度化・迅速化に対す るアプローチと本論文の研究分野,及び図1.5に本研究分野の目指す高感度・迅速な生化学 分析の性能をまとめた模式図を示す.送液系においては,より多くの生体分子を分子認識 系部位までに輸送するような反応場の設計が必要となる.分子認識系においては,生体分 子を特異的に結合・反応する分子認識生体分子の開発が求められる.信号変換系には,分 子認識を鋭敏に信号出力する検出手法の開発が要求される.信号処理系では,コンピュー タのハードウェア・ソフトウェアの改善による信号処理能力の向上が求められる.マイク ロ生化学分析デバイスでは,反応場及びデバイス全体が小型化されるため,反応場の設計 及び検出手法の開発は,高感度化・迅速化に対して特に要求される項目である.本研究で は送液系に着目していることから,次節では,高感度化・迅速化に向けたマイクロ生化学 分析デバイスの研究・開発動向について説明する.
Target biomolecule
Molecular recognition
Signal transduction Solution sending
Signal
Systems of micro bio-analysis device Approaches for high detection sensitivity and rapid reaction
Reaction field
Development of molecular recognition biomolecule
• Antibody
• Enzyme
• Functional group
→ Improvement of selectivity
Modification and novel development of detection method
• Chemical luminescence
• Electrode reaction (voltage or current change)
→ Improvement of signal detection Modification of computer performance
• Hardware
Design of reaction field
• Miniaturizing reaction field
• Micro-structuring reaction field
• Modifying the method of solution sending
→ Improvement of reaction (adsorption) efficiency Research field in this study
Fig. 1.5 Goal in this research field.
1.2.3. マイクロ生化学分析デバイスの研究・開発
高感度化と迅速化の両立に向けて,マイクロ生化学分析デバイスの研究が世界的に盛ん に行われている.特に微小反応場の表面積拡大と生体分子の拡散距離の短縮を狙って,微 小反応場に対するマイクロ・ナノメートルオーダーの微細構造の二次元配列化が高感度 化・迅速化のアプローチとして取られている.本節では,幾つかの微細構造を有するマイ クロ生化学用反応場の報告事例を紹介する.Xueらは図1.6に示すマイクロキャピラリーを 有するマイクロウェルデバイスを開発した[28].マイクロキャピラリーの壁面を反応場とし てイムノアッセイを行ったところ,従来の96穴マイクロウェルプレートでは2時間以上か かっていた反応が25分まで短縮することに成功した.また検出感度においては100倍以上 の向上を達成した.これは96穴マイクロウェルプレートのウェルの直径が7 mmであるの に対してマイクロキャピラリーの直径は20 mであるため,生体分子の拡散距離が大幅に 短縮されたためである.また,ウェル内がマイクロキャピラリーによって微細構造配列化 されているため,比表面積が増大し検出感度の向上に寄与した.また,Zhangらは図1.7に 示すように,マイクロ流路内に直径15 mのポリスチレン微粒子を配列させたマイクロ流 体デバイスを開発した[29].このデバイスをガンのバイオマーカータンパク質の検出に対す るイムノセンサーとして使用した.ポリスチレン微粒子を配列させることでマイクロ流路 内の比表面積を増大させ,ピコオーダーの検出感度を実現した.その他にも,多孔質シリ コンの三次元ナノ構造を用いたヒトカリクレイン2(Human Kallikrein 2, hK2)のイムノアッ
セイ(図1.8)[30]や,シリコンナノワイヤ基板を用いた免疫グロブリンM(Immunoglobulin
M, IgM)イムノアッセイ(図 1.9)[31],自己組織化したカーボンナノチューブ(Carbon
Nanotubes, CNTs)を反応場としたウシ血清アルブミン(Bovine serum albumin, BSA)のイム
Reaction (Adsorption) amount
Reaction time
Conventional bioanalysis Demanded bioanalysis
Increasing reacted (adsorbed) biomolecules amount Reducing reaction time
Fig. 1.6 Schematic diagram of the compact immunoassay in a microwell array on MCP, integrated with an x-y stage and a laser-induced fluorescence measurement system (a), cross-section of a single microwell consisting of MCP and a PDMS slide (b), and the schematical illustration of the compact ELISA performed in microchannels within MCP, in which each microchannel with 20 μm diameter is acted as a micro-reactor with short diffusion distance (c). [28].
Fig. 1.7 (a) Schematic illustration of microfluidic device with microbeads array; (b) Schematic illustration of microbeads-based multi enzyme-nanoparticle amplification for sensitive analysis of AFP antigens. [29].
Fig. 1.8 Porous silicon (P-Si) matrix used for microarrays. P-Si chips and PDMS wells (a) Capture antibody spotted P-Si chips were located in the wells to start the immunoassay. The scanning electron micrographs show a sequential zoom into a typical surface; (b) Macro-pores of micrometer size are clearly seen, combined with a micro- and nano-morphology (pore size around sub-µm to µm) [30].
Fig. 1.9 Schematic illustrations of the preparation of micropatterned SiNWs that covalently immobilized proteins and integration of micropatterned SiNWs with microfluidic channels. (a) The SiNWs were modified with APTES and GA to covalently immobilize proteins. (b) The hydrogel micropatterns were fabricated on surface-modified SiNWs and proteins were immobilized on unpatterned SiNWs. (c) PDMS-based microchannels were integrated with micropatterned SiNWs [31].
Fig. 1.10 Fabrication of CNTs-structured micro reactor. (a) CNTs synthesis by thermal chemical vapor deposition (CVD) method on Si/SiO2 wafer substrate. (b) Printing CNTs on PDMS. (c) Appearance view of CNTs-structured micro reactor [32].
1.3. マイクロ生化学分析デバイスの高感度化・迅速化における課題
前節で述べたように,微細構造を有する反応場によって生化学分析の高感度化・迅速化 がなされてきたにもかかわらず,現状では当該デバイスは普及されていない.これには,
大きく二つの課題がデバイスの高感度化・迅速化の大きな壁となっているためである.
1.3.1. 反応場の生体分子輸送における拡散による輸送時間短縮の限界
微小反応場内の生体分子輸送において,反応場と生体分子表面間との距離によって様々 な支配的な因子が異なる[35-37].本研究では,100 nm 以下の直径を持つ生体分子を対象と し.図1.11および以下に示す三つの支配因子に着目した.
① マクロスケールにおける溶液流れによる対流(Convection)
② マイクロスケールでのブラウン運動による拡散(Diffusion)
③ ナノスケールにおける反応場表面と生体分子表面間の相互作用(Surface interaction); 泳動(Migration),分子間力など
反応場において溶液流れが存在する時(マイクロ流路壁面を反応場としている場合),反応 場表面と生体分子間距離がマクロスケールで離れていると,生体分子は溶液流れによる対 流によって流れ方向に沿って輸送される.また,溶液の流速が生体分子の輸送速度に影響 を及ぼす.一般的に,溶液流れの流速分布において流路壁面に近くなるほど流速は遅くな ることから,生体分子が反応場表面に近づくと対流による影響は小さくなる.そこで生体 分子自身のブラウン運動による拡散が顕在化する.拡散によって生体分子はランダム方向 に輸送される.また,生体分子の寸法や雰囲気の特性(溶液の温度や粘性)によって拡散 による輸送距離は変化する.さらに反応場表面と生体分子が近づくと,反応場表面と生体 分子間の分子間力及びに各表面に形成される電気二重層(Electric double layer; EDL)による 静電相互作用によって,反応場表面と生体分子間に引力・斥力が発生する.反応場の表面 物性や,生体分子表面の官能基,溶液内のイオンの濃度やpHによって,その引力と斥力の 平衡は大きく変わる.そのため,その平衡状態によって反応場表面近傍における生体分子 の輸送及び吸着は変化する.
マイクロ生化学分析デバイスにおける生体分子輸送は,反応場表面までの供給において 拡散が支配的である.生体分子の拡散の特性を示す拡散時間は,式1.2に示すように拡散距 離の二乗に比例し,生体分子の拡散係数に反比例する.拡散距離は反応場の寸法および微 細構造寸法と相関関係にある.一方で,拡散係数は生体分子の種類(直径,形状など)に
Fig.1.11 The conceptual image of physical factors related with biomolecule transport in reaction field. The biomolecule diameter is less than 100 nm.
1.3.2. 微細構造の二次元配列化による反応場の高比表面積化の限界
マイクロ生化学分析デバイスにおける微小反応場の代表寸法は,図1.12に示すように10
mから100 mとサブミリ・マイクロメートルオーダーである.一方で微細構造の代表寸
法は10 nmから10 mとマイクロ・ナノメートルオーダーである.微小反応場において微
細構造を二次元配列させることで反応場の表面積が増加し高比表面積化につながる.しか し,微細構造が持つ表面積が小さいために,微細構造を付与しても比表面積の大きな増大 につながらない.また,微小反応場の代表寸法の小ささから多くの微細構造を二次元配列 させることが困難である.したがって,微細構造の二次元配列化では,高比表面積化が達 成されず,生体分子の反応・吸着量を増大させるのに限界がある.
Wall Wall - - - -
+ + + + + +
+
+ -
+ -
+ + + +
Convection Diffusion Interaction
Scale of distance between wall and biomolecule
Macro (~100 μm) Micro (100 μm~100 nm) Nano (100 nm~)
Reaction field
Characterized length:
10 μm~100 μm Specific surface area:
2D-arranging
1.4. 生化学分析の高感度化・迅速化に向けた新規微小反応場の提案
先述したように,反応場の生体分子輸送における拡散の支配性による輸送時間の短縮の 限界および微細構造の二次元配列化による反応場の高比表面積化の限界が,マイクロ生化 学分析の高感度化・迅速化への大きな課題となっている.この課題を解決するためには,
反応場における生体分子輸送の促進化および更なる高比表面積化を実現する必要がある.
1.4.1. 生体分子輸送の促進化へのアプローチ
生体分子輸送の促進化を実現させるためには,主に下記に示す二つアプローチが考えら れる.
① ナノメートルオーダーの微細構造間距離を持つ反応場の作製
② 反応場への対流機構の付与
①のアプローチでは,構造間距離をナノメートルに選定して反応場に配列させることで,
生体分子の拡散時間を従来に比べてさらに短縮することが可能であると考えられる.しか し,微細構造をナノメートル間隔で配列させることは,その作製手法の観点から困難であ る.微細構造を作製する手法は一般的にトップダウンプロセスとボトムアッププロセスに 分けられる[70-71].トップダウンプロセスは,フォトリソグラフィーに代表されるように エッジング技術を用いてマクロメートルオーダーの部材からマイクロ・ナノメートルオー ダーの微細構造を作製することが可能である.しかしながら,複数の加工プロセスを必要 としコストが増大する.一方で,ボトムアッププロセスは,物理気相成長法(Physical Vapor Deposition; PVD)や化学気相成長(Chemical Vapor Deposition; CVD)のようにナノ材料の自 己組織化や化学反応を利用して微細構造を作製する手法である.ナノ材料や分子サイズレ ベルの材料を配列させ,容易にナノメートルオーダーの微細構造を作製することが可能で ある.しかし,構造配列の制御が難しいことから所望の寸法を持つ微細構造の作製が困難 である.したがって,現状の作製手法ではナノメートルオーダーの微細構造間距離を持つ 反応場の作製は困難である.
②のアプローチでは,対流を活用して生体分子の輸送速度を増加させることで,迅速に 反応場表面へ生体分子を輸送させることが可能である.例えば,図1.7に示したようにマイ クロ流路を反応場とした場合,送液ポンプを利用することで対流を発生させることが可能 である.しかしながら,マイクロ流路には高圧を付加することが可能な送液ポンプを必要 としシステム全体が大型化し汎用性に欠ける.一方,図 1.13に示すコンパクトディスク型
コストは高くなる.また,コンパクトディスク型デバイス専用に検出機器を必要とするた め,マイクロ流路同様にデバイスとしての汎用性に課題が残る.
以上のことから,生体分子輸送の促進化を実現させるためには,低コストなデバイスの 作製手法で対流機構を持ちながら汎用性の高いシステムであることが必要である.
Fig. 1.13 (A) Bidirectional flow caused by pneumatic energy and centrifugal force [72]. (B) Conventional pneumatic pumping and latex micro-balloon pumping [73]. (C) Buoyancy driven bubble mixing [74].
1.4.2. 反応場の更なる高比表面積化へのアプローチ
一方で,反応場の更なる高比表面積化を実現するためには,主に以下に示す二つのアプ
微細構造の緻密配列化された反応場の作製はコストの面から困難である.
②のアプローチでは,従来活用されなかった空間の高さ方向に対して反応場を三次元的 に積層させることで,微細構造の二次元配列化以上の表面積の拡大が期待される.例えば,
図1.14 に示すようにマイクロチップ内に複数のマイクロ流路を積層させることで,チップ 全体の寸法を保ったまま表面積を拡大させることが可能である.しかしながら,このよう にマイクロ流路を複数積層させることでより多くの試薬量を必要とするため,低侵襲性と いう観点では実用には不向きであると考えられる.また,積層化させるための作製手法に コストの面から工夫が必要である.
以上から,反応場の更なる高比表面積化を実現するためには,高アスペクト比微細構造 または反応場の三次元構造化を達成する低コストな作製手法が必要となる.
Fig. 1.14 The schematic image of a stacked microchannel.
1.4.3. マイクロピラー構造を有するフィルム積層型反応場の提案
前節では,反応場における生体分子輸送の促進化および更なる高比表面積化を達成する ための様々なアプローチを列挙した.本研究では,現状用いられている様々な作製手法を 考慮して,反応場の対流機構の付与および反応場の三次元構造化に着目した.図 1.15は本 研究が提案するマイクロピラー構造を有するフィルム積層型反応場の模式図である.フィ ルム積層型反応場は,マイクロピラー構造を有する複数の樹脂フィルムとマグネットシー ト,フィルム固定用の金属ピンで構成されている.フィルム状のマイクロピラーによって 積層されたフィルム間にはマイクロメートルオーダーの隙間が設けられている.デバイス 底面のマグネットシートによってマグネットスターラーを用いてデバイスをウェル内で回 転させることで,フィルム間の溶液に遠心力が作用する.したがって,図 1.15の側面図に
Flow Flow Flow Cross-section
通過した溶液は,フィルム積層型反応場の中心穴へと循環し再度フィルム間を通過する.
この循環流によって,フィルム表面上の拡散層(境界層)における生体分子の濃度を一定 に保ちフィルム表面へと供給することが可能である.ウェル内の溶液を循環させているた め,限られた試薬量で生体分子を反応させることが可能であり,低侵襲性に優れている.
さらに,複数枚のフィルムとマイクロピラー構造によって反応場の表面積を増大させるこ とが可能である.また,マイクロピラー構造によってフィルム間の溶液は蛇行して流れ,
マイクロピラー構造表面への生体分子の衝突確率を増大させることが期待される.以上の 特徴から,マイクロピラー構造を有するフィルム積層型反応場によってマイクロ生化学分 析の高感度化・迅速化が達成されると期待される.
また,本デバイスは,ELISA法で広く用いられる96穴マイクロプレートのウェル内で使 用されるため汎用性の点で優れている.本デバイスの作製手法には,ナノインプリント法 とプレス加工法を用いた.ナノインプリント法によってフィルム上にマイクロピラー構造 を形成し,プレス加工法によってフィルムを打抜くとともに積層させて作製した.ナノイ ンプリント法およびプレス加工法は,大量生産の観点で優れており,フィルム積層型反応 場を低コストで作製することが可能である.
96-well microtiter plate
Side view
Film with micro-pillars array Magnetic sheet
Metal pin
1.5. 高感度化・迅速化に向けた提案デバイスの設計における課題
本研究で示す提案デバイスを含め,マイクロ生化学分析デバイスの高感度化・迅速化を 達成するためには,高感度化・迅速化に向けた微小反応場の最適設計が求められる.最適 設計を行うためには,反応場および微細構造の寸法や濡れ性や官能基などの表面特性とい った微小反応場の設計パラメータと,検出感度および反応時間と相関関係にある生体分子 吸着量および吸着時間との因果関係を明らかにする必要がある.しかしながら,従来の反 応場開発においてはトライアンドエラーによって開発が行われており,設計パラメータと 生体分子吸着量および吸着時間との因果関係は明らかにされておらず,最適設計に至って いないのが現状である.この主な理由として,生体分子輸送という物理現象の複雑さが挙 げられる.図1.16 に示すように設計パラメータと吸着量・吸着時間との関係性の間には反 応場の生体分子輸送に及ぼす物理パラメータが介在すると考えられる.物理パラメータの 中には,対流に及ぼす流速や圧力,拡散に及ぼす拡散係数,表面相互作用に及ぼす表面電 位やイオン強度,Hamaker定数が含まれる.設計パラメータと吸着量および吸着時間との因 果関係を明らかにするためには,設計パラメータと生体分子輸送の物理パラメータとの関 係性を明らかにし,反応場における生体分子輸送を把握する必要がある.
Design parameters
• Dimension of reaction field and micro structure
• Surface property (wettability, functional group)
Adsorption amount (Detection sensitivity)
Adsorption time (Reaction time) Biomolecules transport
(physics parameters)
• Convection: fluid velocity, pressure
• Diffusion: diffusion coefficient (biomolecule size, viscosity, temperature)
• Interaction: surface voltage, ion strength, Hamaker constant
Sinaらは,コンピュータシミュレーションによって形状モデル化されたマイクロ流路に おける生体分子の分布を計算し,対流・拡散・泳動(電気二重層による静電相互作用及び 流路内の外部電場による泳動)の影響を検証した.また,微細構造化されたマイクロ流路 モデルを作製し,微細構造の形状による生体分子分布への影響を検証した.さらに,マイ クロ流路壁面生体分子の吸着効率に対する各物理因子の影響を検証した[38, 39].図1.17は,
微細構造を持たない矩形形状のマイクロ流路における生体分子分布と吸着効率に対する,
対流及び泳動の支配性を示している.ここでは,流路内に外部電場が存在しない場合,流 路壁面に形成される電気二重層による静電反発作用によって流路壁面近傍には生体分子が 分布されづらくなっていることが分かる.また,対流によって吸着効率は下がることが図
1.17dから明らかになった.外部電場が存在する場合,外部電場の影響によって生体分子が
泳動によって流路壁面に輸送されて分布していることが分かる.さらに,外部電場によっ て生体分子の吸着効率に対する対流の影響は弱まることが明らかになった.一方で,図1.18 は微細構造を持たない矩形型のマイクロ流路(PP)と,円筒形状の微細構造を持つ流路(CM), 平板形状の微細構造を持つ流路(SP)における生体分子の分布及び吸着効率を示している.
微細構造を持たないマイクロ流路に比べ,微細構造を持つマイクロ流路には反応表面に対 してより多くの生体分子が分布していることが分かる.また,対流と拡散の比を表す無次 元数(ペクレ数; Peclet number)に対する吸着効率(図1.18g)を見ると,どの流路において も対流が支配的になることで吸着効率が下がっていることが分かる.さらに微細構造を持 つことで吸着効率が向上していることが明らかになった.
以上の先行研究から,生体分子の吸着における対流・拡散・表面相互作用の支配性を理 論上で示された.また,物理パラメータを用いた無次元数によって対流・拡散・表面相互 作用の比を指標として,反応場における生体分子吸着を評価することが可能であることが 示された.しかしながら,実際の生化学分析デバイスとしての検証は行われておらず,こ の知見を基にしたデバイスは未だ実現には至っていない.また,生体分子吸着に対する微 細構造の効果を明らかにしたにもかかわらず,微細構造の寸法といった反応場の設計パラ メータの影響は検証されておらず,反応場の設計という観点で物理パラメータを用いた指 標だけでは不十分である.さらに,定常状態の生体分子分布の議論で留まっており,時間 経過における生体分子分布の変化は検証されていない.時間経過における生体分子分布の
Fig. 1.17 (a) Open channel parallel plate (PP) in which top and bottom surfaces are reactive. (b, c) Sample bulk concentration in PP without and with the electric field (zero space charge density) at t = 60 s. (d) Capture efficiency versus dimensionless number Λ which means the electro-migrative transport ratio to convective transport for zero and nonzero charge density [38].
(a)
(b) (c)
(d)
(a)
(b)
(c)
(d)
(e)
(f)
(g)
1.6. 本研究の目的と位置づけ
図 1.19 に本研究の目的と位置づけを示す.本研究の研究分野はマイクロ生化学分析用反 応場の開発であり,当該研究分野の研究目標は,高感度・迅速なマイクロ生化学分析デバ イスの実現と普及である.前節までに述べたように,先行研究では高感度・迅速なマイク ロ生化学分析デバイスの実現を目指して,微細構造反応場の開発が盛んに行われてきた.
しかしながら,現状では高感度・迅速なマイクロ生化学分析デバイスの実現には至ってい ない.それには,下記に挙げる課題を解決する必要がある.
反応場における生体分子輸送の促進化
反応場の更なる高比表面積化
上記に挙げる課題の解決手段として,本研究では以下のアプローチに着目した.
反応場への対流機構の付与
空間の高さ方向を活用した反応場の三次元構造化
上記のアプローチを実現するために,本研究ではナノインプリント法とプレス加工法に より作製されるマイクロピラー構造を有するフィルム積層型反応場を提案した.本研究の 目的は,生化学分析に対する提案デバイスの有用性の実証とマイクロ生化学分析デバイス の高感度化・迅速化を目指した反応場の設計指針の構築である.本目的を達成するために,
マイクロ生化学分析デバイスに関する先行研究では実証されていない以下の項目を明らか にする必要がある.
反応場の設計パラメータと生体分子吸着量および吸着時間との因果関係
反応場の設計パラメータと生体分子輸送における物理パラメータとの関係性
本研究では,設計パラメータとして微細構造寸法,物理パラメータとして流速,拡散距 離,表面電位,イオン強度に着目した.上記の項目を明らかにし,本研究目的を達成する ために,以下の検証項目に取り組んだ.
① 実験とシミュレーションによる生体分子吸着量・吸着時間,生体分子輸送における物 理パラメータに対する反応場の微細構造化の効果及びその寸法の影響検証
吸着時間に及ぼす影響因子の数式モデル化とその理論解析
上記の検証項目に取り組み本研究の目的を達成することは,当該研究分野の目標達成に 大きく貢献すると考えられ,社会に与えるインパクトは大きいと期待される.
Fig. 1.20 Points of this study in this research field and research purpose in this study.
Target biomolecule Solution sending
Signal Signal
processing Molecular recognition Signal transduction
Reaction field
Bioanalysis system
Development of reaction field Design of reaction field
Goal of research field Micro-structured
reaction field
Film-stack reaction field
Design parameters
Adsorption amount Adsorption time Biomolecules transport
(physics parameters)
Previous studies This study
Research purpose: Establishment of Design Guide
Popularization of micro-bioanalysis device
Previous studies
This study
Adsorption amount
Reaction time
Conventional bioanalysis Demanded bioanalysis
Increasing adsorbed biomolecules amount Reducing
reaction time
1.7. 本論文の構成
本論文は以下に6章から構成されている.図1.18に本論文の構成図を示す.
前節で述べたように,本研究の目的である生化学分析に対する提案デバイスの有用性の 実証とマイクロ生化学分析デバイスの高感度化・迅速化を目指した反応場の設計指針の構 築を達成するために,本研究では以下の検証項目に取り組んだ.
① 実験とシミュレーションによる生体分子吸着量・吸着時間,生体分子輸送における物 理パラメータに対する反応場の微細構造化の効果及びその寸法の影響検証
② マイクロピラー構造を有するフィルム積層型反応場の作製と生化学分析への適用によ る有効性の検証
③ 反応場の設計パラメータと生体分子輸送の物理パラメータを用いた生体分子吸着量・
吸着時間に及ぼす影響因子の数式モデル化とその理論解析
①の項目については2章および3章で検証を行った.2章では生体分子輸送の中の拡散・
表面相互作用に着目し,3 章では対流・拡散・表面相互作用に着目している.これにより,
2章と3章において,対流・拡散・表面相互作用を含む反応場の生体分子輸送における物理 パラメータの影響度を分析・評価し,生体分子輸送に着目した微細構造反応場の設計につ いて議論する.一方,②と③ついてはそれぞれ4章と5章で検証を行った.2章と3章の知 見を踏まえて,4章で反応場への対流機構の付与と反応場の三次元構造化の効果について議 論する.さらに,5章ではフィルム積層型反応場を対象に微細構造反応場の設計指針につい て議論する.
各章の具体的な内容は以下に記述する.
1章では,当該研究分野における社会的背景から,マイクロ生化学分析デバイスの開発の 現状と課題を述べ,本研究の目的と当該研究分野における本研究の位置づけ,本論文の構 成を述べた.
2章では,生体分子輸送における拡散・表面相互作用に着目して,カーボンナノチューブ ピラー構造反応場の生体分子吸着量測定と粒子画像流速測定法で用いられる粒子追跡の可 視化によるマイクロピラー構造基板上のナノ粒子分布測定から,反応場の微細構造寸法に よる検出感度および生体分子輸送への影響を検証した.
3章では,対流・拡散・表面相互作用を含めた生体分子輸送のシミュレーションモデルを 開発し,生体分子輸送における物理パラメータに対する微細構造寸法の影響を検証した.
4章では,構造寸法が数mから数十mのマイクロピラー構造を有するフィルム積層型反
と生体分子輸送シミュレーションの両面から整理した.特に,ウェル内の循環流量・生体 分子の拡散距離と対流距離の比を示す反応効率・フィルム積層型反応場の比表面積を,反 応場の設計パラメータと生体分子輸送の物理パラメータを用いて数式モデル化することで,
フィルム積層型反応場の検出感度・反応時間と設計パラメータの因果関係を明確にし,同 反応場の設計指針を構築した.
6章では,本論文の総括を行い,当該研究分野における本研究の学術的価値および工業的 価値を示した.また,マイクロ生化学分析のさらなる高感度化・迅速化を目指した展望を 提示した.
Fig.1.18 Structure of this thesis.
Research purpose
• Establishment of design guide for film-stack reaction filed
• Effectivity of film-stack reaction field for micro-bioanalysis
Effect of structural dimensions on micro-structured reaction field for micro bio-analysis Micro-structured
reaction field
Biomolecules transport Convection
Diagnosis property
Adsorption amount
Reaction time
Diffusion Interaction Chapter 2
• CNTs reaction field
• PIV with micro-pillar substrate
Chapter 3
Biomolecules transport simulation
Three-dimensional structurization of reaction field, Biomolecule transport acceleration Chapter 4
Development, ELISA
Film-stack reaction field Chapter 5
Simulation, Theoretical analysis
Design parameters
Adsorption amount Reaction time Biomolecules transport
(physics parameters)