学校管理権の教育法的検討 : 学校の自治保障のあ り方 (宮坂廣作教授退職記念号)
著者名(日) 神田 修
雑誌名 山梨学院大学法学論集
巻 45
ページ 65‑81
発行年 2000‑05‑25
URL http://id.nii.ac.jp/1188/00000839/
論
説
学校管理権の教育法的検討
学校の自治保障のあり方
神 田
65学校管理権の教育法的検討
目 次
はじめに 一 学校管理権と領域区分
二 学校管理権の捉え方と教育委員会制度
三 学校管理権論の特色と問題点
四 学校の自治と管理権のあり方
はじめに
小論は︑地域の初等・中等学校の管理権について若干の検討を加え︑公立学校の自治を保障する原理について考
学校管理権の教育法的検討
65論 説
神
学校管理権の教育法的検討
ーーー学校の自治保障のあり方│││
次
円口
は じ
め に
一学校管理権と領域区分 二学校管理権の捉え方と教育委員会制度 三学校管理権論の特色と問題点 四学校の自治と管理権のあり方 はじめに
田
小論は︑地域の初等・中等学校の管理権について若干の検討を加え︑公立学校の自治を保障する原理について考
法学論集 45〔山梨学院大学〕66
えるのが目的である︒ところで今日︑周知のように教育改革が広く提起され︑新たな立法下でその実践的取組みが
次第に求められるようになてきている︒そのなかで︑とくに学校のあり方について︑その﹁自主性・自律性の確
立﹂︑﹁学校裁量権の拡大﹂などが提起される一方︑﹁学校運営組織の見直し﹂とともに﹁地域住民の学校運営への
参画﹂のしくみなどが提案されるに至っている︵中央教育審議会答申﹁今後の地方教育行政の在り方について﹂一
九九八年九月二十一日︶︒他方︑地方教育行政改革も立法改革をともなって進みつつある︒
このような学校や教育行政改革は︑周知のように一九九〇年代の﹁地方分権﹂化と﹁規制緩和﹂政策を背景にし
ている点に大きな特徴があり︑そのゆくえは大いに注目されるところである︒しかし︑学校の権限拡大や自主性・
自律性の確立が提案されても︑学校の管理権やその教育委員会行政との関係をはじめ︑自主性のなかみも法的には
明らかであるとはいえず︑全体として教育法的にはなお不明な点が多い︒
そこで︑この際︑小論では︑主にこれまでの行政側の学校管理権論によりながら︑学校管理権についてあらため
て教育法的な検討を加え︑地域の学校の自治保障のあり方について考えることにする︒第一に︑学校管理権とその
領域区分︑第二に︑学校管理権の捉え方と教育委員会制度︑第三に学校管理権論の特色︑問題点などについて若干
考察し︑最後に学校の自治を保障する原理と管理権のあり方について提起する︒
学校管理権と領域区分
1
学校管理権について
66
えるのが目的である︒ところで今日︑周知のように教育改革が広く提起され︑新たな立法下でその実践的取組みが
45 (山梨学院大学〕
次第に求められるようになてきている︒そのなかで︑とくに学校のあり方について︑その﹁自主性・自律性の確
立﹂︑﹁学校裁量権の拡大﹂などが提起される一方︑﹁学校運営組織の見直し﹂とともに﹁地域住民の学校運営への
参画﹂のしくみなどが提案されるに至っている(中央教育審議会答申﹁今後の地方教育行政の在り方について﹂
九九八年九月二十一日)︒他方︑地方教育行政改革も立法改革をともなって進みつつある︒
このような学校や教育行政改革は︑周知のように一九九 0 年代の﹁地方分権﹂化と﹁規制緩和﹂政策を背景にし
法学論集
ている点に大きな特徴があり︑そのゆくえは大いに注目されるところである︒しかし︑学校の権限拡大や自主性・
自律性の確立が提案されても︑学校の管理権やその教育委員会行政との関係をはじめ︑自主性のなかみも法的には
‑66‑
明らかであるとはいえず︑全体として教育法的にはなお不明な点が多い︒
そこで︑この際︑小論では︑主にこれまでの行政側の学校管理権論によりながら︑学校管理権についてあらため
て教育法的な検討を加え︑地域の学校の自治保障のあり方について考えることにする︒第一に︑学校管理権とその
領域区分︑第二に︑学校管理権の捉え方と教育委員会制度︑第三に学校管理権論の特色︑問題点などについて若干
考察し︑最後に学校の自治を保障する原理と管理権のあり方について提起する︒
学校管理権と領域区分
1
学校管理権について
67学校管理権の教育法的検討
学校管理権とは学校に対して権限を有する者が何らかの規制を加え︑これを維持・運営していく法的権能であ
り︑働きである︒これを大きく分ければ次の二つの面からなる︒一つは学校に対する教育委員会の﹁管理権﹂︵学
校教育法五条︑地方教育行政法壬二条︶であり︑他の一つは学校内部の﹁管理権﹂である︒前者は︑教育行政
機関としての教育委員会のそれであるから教育委員会の教育行政権の一かんとして行われるものである︒これに対
し︑後者は校内の管理権であるから学校管理権者としての面を有する学校長や教頭︵学校教育法二八条︶などによ
るそれであるが︑前者と同一レベルのものとはみなし難い︒学校は行政の場ではなく︑自治体地域の社会的営造物
︵﹁公の施設﹂地方自治法二四四条︶であり︑また憲法原理的に言えば︑何よりも子どもの教育をうける権利︑学
習する権利を保障すべき教育活動の場だからである︒そこで︑現行教育法制からすれば︑この場面の管理権は︑学
校の管理権というよりは教育法学がすでに指摘してきたように学校の自治︑運営としてとらえることが適切であ
る︒
ところで︑あらためて確認するならば︑法律は一般的に学校設置者の学校管理権を定め︵上記の学校教育法五
条︶︑教育委員会は︑この学校設置者の代表的な執行機関︵地方自治法一八○条の五︶として公立学校の管理権者
となる︒このように学校設置者ー地方公共団体︵自治体︶を管理権者とし︑具体的に教育委員会に学校管理権を付
与しているのが現行法制である︒しかし︑このような法制は︑第二次大戦前の大日本帝国憲法︵明治憲法︶下のし
くみ・権限所在などと根本的に異なることを知る必要がある︒ パ レ 明治憲法下では︑教育委員会のような教育行政権が特別に存在しなかったことに加えて︑国民学校令︵昭和一六
H一九四一年︶によってみれば次のように規定されていた︒すなわち︑﹁市町村長﹂が﹁市町村⁝⁝二属スル国ノ 学校管理権とは学校に対して権限を有する者が何らかの規制を加え︑これを維持・運営していく法的権能であ り︑働きである︒これを大きく分ければ次の二つの面からなる︒ 一つは学校に対する教育委員会の﹁管理権﹂(学
校 教
育 法
五 条
︑
P
地方教育行政法
4二三条) であり︑他の一つは学校内部の﹁管理権﹂である︒前者は︑教育行政
機関としての教育委員会のそれであるから教育委員会の教育行政権の一かんとして行われるものである︒これに対
し︑後者は校内の管理権であるから学校管理権者としての面を有する学校長や教頭(学校教育法二八条)などによ
るそれであるが︑前者と同一レベルのものとはみなし難い︒学校は行政の場ではなく︑自治体地域の社会的営造物
(﹁公の施設﹂地方自治法二四四条) であり︑また憲法原理的に言えば︑何よりも子どもの教育をうける権利︑学
習する権利を保障すべき教育活動の場だからである︒そこで︑現行教育法制からすれば︑この場面の管理権は︑学
校の管理権というよりは教育法学がすでに指摘してきたように学校の自治︑運営としてとらえることが適切であ
る
67学校管理権の教育法的検討
ところで︑あらためて確認するならば︑法律は一般的に学校設置者の学校管理権を定め(上記の学校教育法五
条)︑教育委員会は︑この学校設置者の代表的な執行機関(地方自治法一八 O 条の五)として公立学校の管理権者
となる︒このように学校設置者 H 地方公共団体(自治体)を管理権者とし︑具体的に教育委員会に学校管理権を付
与しているのが現行法制である︒しかし︑このような法制は︑第二次大戦前の大日本帝国憲法(明治憲法)下のし
くみ・権限所在などと根本的に異なることを知る必要がある︒
明治憲法下では︑教育委員会のような教育行政権が特別に存在しなかったことに加えて︑国民学校
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昭和二ハ
(H
一 九
四 一
年 )
によってみれば次のように規定されていた︒すなわち︑﹁市町村長﹂が﹁市町村:::ニ属スル国ノ
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国民学校︵註小学校のこと︶二関スル事務ヲ管掌シ国民学校ヲ管理ス﹂︵三七条︶るとされたのに対し︑学校設置
者である市町村は﹁国民学校ノ経費﹂を﹁特別ノ規定アル場合ヲ除クノ外﹂負担︵二四︑三三条︶したにすぎなか
った︒なお︑﹁国民学校職員ノ執行スル国ノ国民学校二関スル教育事務ハ地方長官之ヲ監督ス﹂︵四〇条︶︑とされ
ていた︒ 2 教育委員会の学校管理権の区分
教育委員会の学校管理権の内容は︑地方教育行政の組織及び運営に関する法律︵地方教育行政法︶二十三条に
列挙されているが︑ここに挙げられている権限にかかわって文部行政側の見解はこれを一般に次の三つに分類して
きた︒﹁物的管理﹂︑﹁人的管理﹂及び﹁運営管理﹂がそれである︒﹁物的管理﹂とは﹁物的施設に対して行われる管
理﹂であり︑﹁人的管理﹂とは﹁営造物の人的手段に対して行われる管理﹂である︒これに対し﹁運営管理﹂とは︑ ︵2︶ 前二者を除く﹁営造物の管理のすべて﹂で︑その﹁活動の面に関して行われる管理﹂であるとされる︒もっとも内
容上︑いずれの管理に区分するかは論者によって若干相違する場合もある︒たとえば﹁校務分掌﹂を﹁運営管理﹂
︵3︶ ︵4︶
に入れている例がある一方で︑これを﹁人的管理﹂に位置づけている場合もある︒
このような学校管理の三領域区分説は︑戦後はじめから採用されていたのではなく︑一九五〇年代半ばごろから
行われるようになった︒もともと学校などの営造物管理権は︑行政法学上︑傅統的には﹁物的管理﹂と﹁人的管
理﹂の二つの領域に区分されていたが︑五〇年代半ばごろから文部省当局者が︑新たに﹁運営管理﹂を設定し︑こ
の三領域区分説がとられるようになったとみられる︒ここで行政側の著作からその経過をみると学校管理概念は︑
次のように変化したようである︒
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国民学校(註小学校のこと) るとされたのに対し︑学校設置 ニ関スル事務ヲ管掌シ国民学校ヲ管理ス﹂(三七条)
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者である市町村は﹁国民学校ノ経費﹂を﹁特別ノ規定アル場合ヲ除クノ外﹂負担(二四︑三三条)したにすぎなか
った︒なお︑﹁国民学校職員ノ執行スル国ノ国民学校ニ関スル教育事務ハ地方長官之ヲ監督ス﹂(四 O
条 ) ︑
とされ
て い
た ︒
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教育委員会の学校管理権の区分
教育委員会の学校管理権の内容は︑地方教育行政の組織及び運営に関する法律つ地方教育行政法︒)二十三条に
法学論集
列挙されているが︑ここに挙げられている権限にかかわって文部行政側の見解はこれを一般に次の三つに分類して
きた︒﹁物的管理﹂︑﹁人的管理﹂及び﹁運営管理﹂がそれである︒﹁物的管理﹂とは﹁物的施設に対して行われる管
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理﹂であり︑﹁人的管理﹂とは﹁営造物の人的手段に対して行われる管理﹂である︒これに対し﹁運営管理﹂とは︑
前二者を除く﹁営造物の管理のすべて﹂で︑その﹁活動の面に関して行われる管理﹂であるとされる︒もっとも内
いずれの管理に区分するかは論者によって若干相違する場合もある︒たとえば﹁校務分掌﹂を﹁運営管理﹂
に入れている例がある一方で︑これを﹁人的管理﹂に位置づけている場合もある︒ 容
上 ︑
このような学校管理の三領域区分説は︑戦後はじめから採用されていたのではなく︑
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五 0 年代半ばごろから
行われるようになった︒もともと学校などの営造物管理権は︑行政法学上︑侍統的には﹁物的管理﹂と﹁人的管
理﹂の二つの領域に区分されていたが︑五 0 年代半ばごろから文部省当局者が︑新たに﹁運営管理﹂を設定し︑こ
の三領域区分説がとられるようになったとみられる︒ここで行政側の著作からその経過をみると学校管理概念は︑
次のように変化したようである︒
ハ レ まず︑一九五〇年発刊の﹃教育法令事典﹂では︑人的︑物的二領域区分で学校が説明されていた︒これに対し︑
︵6︶
一九五四年の書物の一つでは学校管理権を﹁人に対する管理権﹂︑﹁物に対する管理権﹂︑﹁学校教育の管理権﹂およ ︵7︶ び﹁財務管理権﹂の四つに区分する一方︑同年発刊の他の著作では︑これらをそれぞれ別の表現で﹁対人管理﹂︑
﹁対物管理﹂︑﹁学校運営管理﹂および﹁財務管理﹂とされていた︒ここでは︑後者の著作により︑前者の﹁学校教
育の管理権﹂に相当する部分が﹁学校運営管理﹂とされ︑五〇年代半ば以降︑これをさらに統合︑整理するかたち パ レ で﹁人的﹂︑﹁物的﹂︵対物︑財務を統合︶︑﹁運営﹂管理に区分されるに至ったとみられる︒
69 学校管理権の教育法的検討
二 学校管理権の捉え方と教育委員会制度
ここで学校管理権のとらえ方を︑教育法の見地から確認しておきたい︒教育委員会の学校管理権は︑教育行政権
の重要部分をなすので当然のことながら現行教育法制における教育行政の基本原理をふまえたものでなければなら
ない︒この原理は︑教育基本第十条第二項︵教育行政条項︶で確認しているところであり︑端的に言って教育条
件整備義務行政権とも言うべきであって︑裏がえせば︑教育の自主性︑教師や学校の教育権︑学校の自治を保障
すべき行政権︵同条一項関係︶であるといえよう︒もつとも他方では︑憲法原理︵教育をうける権利︑学習権な
ど︶をはじめ国際教育法︵子どもの権利条約など︶に確認されている子どもや父母の権利・自由もふまえて︑この
教育条件整備行政権を考える必要がある︒このことは︑学校自治を保障する原理を考える際にも通じよう︒
このような原理に立てば︑学校管理権は決して一義的︑包括的に或いは支配的な権限としてとらえることができ
一 九
五 O 年発刊の﹃教育法令事典﹂では︑人的︑物的二領域区分で学校が説明されていた︒これに対し︑
一九五四年の書物の一つでは学校管理権を﹁人に対する管理権﹂︑﹁物に対する管理権﹂︑﹁学校教育の管理権﹂およ
び﹁財務管理権﹂の四つに区分する一方︑同年発刊の他の著作では︑これらをそれぞれ別の表現で﹁対人管理﹂︑
ま ず
︑
﹁対物管理﹂︑﹁学校運営管理﹂および﹁財務管理﹂とされていた︒ここでは︑後者の著作により︑前者の﹁学校教
育の管理権﹂に相当する部分が﹁学校運営管理﹂とされ︑五 0 年代半ば以降︑これをさらに統合︑整理するかたち
で﹁人的﹂︑﹁物的﹂(対物︑財務を統合)︑﹁運営﹂管理に区分されるに至ったとみられる︒
学校管理権の捉え方と教育委員会制度
ここで学校管理権のとらえ方を︑教育法の見地から確認しておきたい︒教育委員会の学校管理権は︑教育行政権
学校管理権の教育法的検討
の重要部分をなすので当然のことながら現行教育法制における教育行政の基本原理をふまえたものでなければなら
ない︒この原理は︑教育基本第十条第二項(教育行政条項)で確認しているところであり︑端的に言って庁教育条
件整備義務行政権
8とも言うべきであって︑裏がえせば︑教育の自主性︑教師や学校の教育権︑学校の自治を保障
すべき行政権(同条一項関係)であるといえよう︒もっとも他方では︑憲法原理(教育をうげる権利︑学習権な
ど)をはじめ国際教育法(子どもの権利条約など) に確認されている子どもや父母の権利・自由もふまえて︑この
教育条件整備行政権を考える必要がある︒このことは︑学校自治を保障する原理を考える際にも通じよう︒
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このような原理に立てば︑学校管理権は決して一義的︑包括的に或いは支配的な権限としてとらえることができ
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ないのみでなく︑そのあり方は事項ごとに検討し︑見定めなければならないことになる︒具体的には学校の自治と
の関係で後に若干考えてみることとするが︑ここでは原則的に学校管理権のとらえ方を大きく二つに分けて確認し
ておく︒その第一は︑対象事項が教育の内容・方法などいわゆる教育の内的事項︵教育課程︑生活指導など︶の場
合は︑各学校の教育自治に委ねるべきであって︑教育委員会の管理権といっても︑指揮命令権ではなく︑むしろ非
権力的で専門・技術的な指導助言ないし助言指導権と解すべきである︒この管理権を公の支配権を有する者の権力
的な規制と解することになれば︑教育の自主性や学校の自治の原理に反し︑まさに禁じられている政治ないし行政
による﹁不当な支配﹂︵教育基本法十条一項︶となる︒
第二は︑教育の外的条件である外的事項︵学校施設︑設備︑学校予算︑教職員人事など︶の管理の場合︑学校側
よりは教育委員会に決定権がある場合が多い︒これは︑教育行政による教育条件整備がなされるべき場面であるか
ら当然のことである︒ただ︑その管理権が教育委員会の一存にまかせられ︑学校の側が何ら関与できないというこ
とではない︒これらの点についても︑後にその具体例をみることにしたい︒
このような学校管理権のとらえ方は︑教育委員会制度ほんらいの性格にかんがみても適合的なことが見落されて
︵9︶
はならない︒たしかに今日の教育委員会は教育基本法第十条︵教育行政条項︶の具体化的な意義を担って創設され
たいわゆる公選制教育委員会をかなり大きく修正している任命制教育委員会制度ではある︒なお︑この点
は一九九九年の地方分権化の法改正によっても任命制という点で基本的に変更はない︒しかし︑教育委員会制度
は︑国の文部省行政権はもとより一般行政権とも異なる特別な行政権ーすなわち︑自治体の主要行政機関として
教育・学術・文化に関する事務を専門的に管理し︑執行する一定の独立性が保障されている行政委員会iである
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ないのみでなく︑そのあり方は事項ごとに検討し︑見定めなければならないことになる︒具体的には学校の自治と
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の関係で後に若干考えてみることとするが︑ここでは原則的に学校管理権のとらえ方を大きく二つに分けて確認し
ておく︒その第一は︑対象事項が教育の内容・方法などいわゆる教育の内的事項(教育課程︑生活指導など)
の 場
合は︑各学校の教育自治に委ねるべきであって︑教育委員会の管理権といっても︑指揮命令権ではなく︑むしろ非
権力的で専門・技術的な指導助言ないし助言指導権と解すべきである︒この管理権を公の支配権を有する者の権力
的な規制と解することになれば︑教育の自主性や学校の自治の原理に反し︑まさに禁じられている政治ないし行政
法学論集
による﹁不当な支配﹂(教育基本法十条一項)となる︒
第二は︑教育の外的条件である外的事項(学校施設︑設備︑学校予算︑教職員人事など) の管理の場合︑学校側
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よりは教育委員会に決定権がある場合が多い︒これは︑教育行政による教育条件整備がなされるべき場面であるか
ら当然のことである︒ただ︑その管理権が教育委員会の一存にまかせられ︑学校の側が何ら関与できないというこ
とではない︒これらの点についても︑後にその具体例をみることにしたい︒
このような学校管理権のとらえ方は︑教育委員会制度ほんらいの性格にかんがみても適合的なことが見落されて
はならない︒たしかに今日の教育委員会は教育基本法第十条(教育行政条項)の具体化的な意義を担って創設され
たいわゆる
P公選制教育委員会︒をかなり大きく修正しているか任命制教育委員会 s 制度ではある︒なお︑この点
は一九九九年の地方分権化の法改正によっても任命制という点で基本的に変更はない︒しかし︑教育委員会制度
は︑国の文部省行政権はもとより一般行政権とも異なる特別な行政権
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l すなわち︑自治体の主要行政機関として
教育・学術・文化に関する事務を専門的に管理し︑執行する一定の独立性が保障されている行政委員会ーーである
71学校管理権の教育法的検討
ことに変りはない︒こうした委員会制度は︑もともと一般に政党政派から独立し公正中立に行政を執行するるこ
と︑また︑官僚支配を排する一方︑行政に民意を反映させ︑さらにこれを専門・技術的に処理することなどが目ざ
されている制度である︒ ︵10︶ こんにち︑民意反映のための制度的しくみは昨今の改革をもってしても不十分であるとはいえ︑指導助言なし助
言指導といった非権力的で専門・技術的な働きが大いに期待される教育長や指導主事制度など他の行政︵委員会︶
には一般にみられない特別なしくみを備えていることも注目されるのである︒教育委員会制度にはこれ以上立ち入
らないが︑いずれにせよこの制度は︑原則的に言えば︑教育条件整備に専念する一方︑指揮監督・命令や規制的な
管理行政権とは︑本来あまり縁のない制度であり︑現行教育法制上︑学校管理行政主体にふさわしい制度であるこ
とが確認される必要があろう︒
三 学校管理権論の特色と問題点
1 学校管理権論の特色
教育委員会の学校管理権の法的性質について文部行政側ないし行政側に立つとみられる見解はどのようになされ
てきたか︑次に概観してみよう︒結論的に言えば︑ほぼここ三十年来︑それは概して指導助言権を有することはも
とより否定はされないものの︑教育委員会の一般的︑包括的な支配権ないし指示命令権が説かれてきた︑と言って
よいだろう︒次のような解説例がその一つであろう︒すなわち︑﹁設置者がその設置する学校を管理するとは︑設 ことに変りはない︒こうした委員会制度は︑もともと一般に政党政派から独立し公正中立に行政を執行するるこ と︑また︑官僚支配を排する一方︑行政に民意を反映させ︑さらにこれを専門・技術的に処理することなどが目ざ されている制度である︒
こんにち︑民意反映のための制度的しくみは昨今の改革をもってしでも不十分であるとはい辺︑指導助言なし助
一言指導といった非権力的で専門・技術的な働きが大いに期待される教育長や指導主事制度など他の行政(委員会)
には一般にみられない特別なしくみを備えていることも注目されるのである︒教育委員会制度にはこれ以上立ち入
ら な
い が
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いずれにせよこの制度は︑原則的に言えば︑教育条件整備に専念する一方︑指揮監督・命令や規制的な
管理行政権とは︑本来あまり縁のない制度であり︑現行教育法制上︑学校管理行政主体にふさわしい制度であるこ
とが確認される必要があろう︒
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学校管理権の教育法的検討
学校管理権論の特色と問題点
1
学校管理権論の特色
教育委員会の学校管理権の法的性質について文部行政側ないし行政側に立つとみられる見解はどのようになされ
てきたか︑次に概観してみよう︒結論的に言えば︑ほぼここ三十年来︑それは概して指導助言権を有することはも
とより否定はされないものの︑教育委員会の一般的︑包括的な支配権ないし指示命令権が説かれてきた︑と言って
よいだろう︒次のような解説例がその一つであろう︒すなわち︑﹁設置者がその設置する学校を管理するとは︑設
法学論集 45〔山梨学院大学〕 72
ヤ ヤ ヤ ヤ ヤ ヤ ヤ
置者が︑当該学校に一般的な支配権をもって︑学校の存立を維持し︑かつ︑その本来の目的をできるだけ完全に達
ヤ ヤ ヤ ヤ せしめるために必要な一切の行為をなすことである︒⁝⁝教育委員会は設置者が当然の権能として有する包括的な
⁝ ︵U︶
管理権に基づいて︑前述のような物的管理・人的管理・運営管理の一切を行うこととなっているのである︒﹂︵傍点
−引用者︶ ︵12︶ また︑﹁教育委員会と学校の関係﹂と題する比較的最近の解説の例として次のようなものもある︒﹁管理とは一般
に︑公の支配権を持つ者が︑その支配権に基づいて︑その対象を規制する権能を意味する﹂︒教育委員会は﹁学校
に対して一般的支配権をもって全面的な責任を負う管理機関である⁝⁝﹂そして教育委員会は必要と認める場合︑
ヤ ヤ ヤ ヤ ヤ ヤ ヤ ヤ
その管理権能にもとづいて﹁校長に対して︑必要な指導助言︑指示命令を行うことができる﹂︒他方︑教育委員会
は学校の自主性の発揮などに﹁配慮﹂を払う必要があるが︑これは学校に対するコ般的な支配権の自己抑制﹂で
ヤ ヤ ヤ ヤ
あって︑必要な場合には﹁一般的または具体的な指示命令を出し得る﹂︵傍点−引用者︶︒
ここで注目しておきたいことがある︒それはこうしたいわば支配権説は︑一九五〇年代末ごろから主張され
てきたが︑その論拠がすべて同様ではないことである︒かつて五〇年代末から六〇年代には︑﹁特別権力関係論﹂
︵13︶ ︵14︶
に依拠する見解もあり︑また︑﹁教育事業経営権﹂の見地から︑結論的に包括的支配権を説く見解もみられた︒ま
︵15︶
た︑次のような所説もある︒すなわち︑わが国の学校は法人格を与えられていないので︑権利・義務の主体となり
得ず︑教育事業の主体となるものではない︒事業主体はあくまでも法人格をもつ設置者であり︑その機関である
ヤ ヤ ヤ ヤ ヤ ヤ
﹁教育委員会は学校管理機関として学校運営全般についてこれを規制する立場にある﹂︵傍点−引用者︶︒学校や教
員の自主性や主体性が求められるということは﹁このような法律上の立場﹂とは別の﹁運用上の問題﹂である︑と
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置者が︑当該学校に一般的な支配権をもって︑学校の存立を維持し︑かっ︑その本来の目的をできるだけ完全に達
せしめるために必要な一切の行為をなすことである︒:::教育委員会は設置者が当然の権能として有する包括的な
管理権に基づいて︑前述のような物的管理・人的管理・運営管理の一切を行うこととなっているのである︒﹂(傍点
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ー引用者)
また︑﹁教育委員会と学校の関係﹂と題する比較的最近の解説の例として次のようなものもある︒﹁管理とは一般
に︑公の支配権を持つ者が︑その支配権に基づいて︑その対象を規制する権能を意味する﹂︒教育委員会は﹁学校
法学論集
に対して一般的支配権をもって全面的な責任を負う管理機関である:::﹂そして教育委員会は必要と認める場合︑
その管理権能にもとづいて﹁校長に対して︑必要な指導助言︑指示命令を行うことができる﹂︒他方︑教育委員会
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は学校の自主性の発揮などに﹁配慮﹂を払う必要があるが︑これは学校に対する﹁一般的な支配権の自己抑制﹂で
あって︑必要な場合には﹁一般的または具体的な指示命令を出し得る﹂(傍点 l
引 用
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︒
ここで注目しておきたいことがある︒それはこうしたいわば
8支 配
権 説
︒ は
︑
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五 0 年代末ごろから主張され
てきたが︑その論拠がすべて同様ではないことである︒かつて五 0 年代末から六 0 年代には︑﹁特別権力関係論﹂
に依拠する見鯵もあり︑また︑﹁教育事業経営権﹂の見地から︑結論的に包括的支配権を説く見(除もみられた︒ま
た︑次のような所説もある︒すなわち︑わが国の学校は法人格を与えられていないので︑権利・義務の主体となり
得ず︑教育事業の主体となるものではない︒事業主体はあくまでも法人格をもっ設置者であり︑その機関である
﹁教育委員会は学校管理機関として学校運営全般についてこれを規制する立場にある﹂(傍点ー引用者)︒学校や教
員の自主性や主体性が求められるということは﹁このような法律上の立場﹂とは別の﹁運用上の問題﹂である︑
と
73 学校管理権の教育法的検討
︵16︶ いう︒さらに次のような主張もある︒すなわち︑行政作用は行政の主体が客体に対し︑規制や助成などを行うが︑
﹁教育委員会の行う学校の管理行政は行政組織内部の管理作用であり︑行政機関の内部事務である﹂︑﹁教育委員会
と学校はともに行政の主体として︑住民に対し﹂ているのであって︑両者が対立するもののごとく考えるのは問題
である︑といった趣旨の見解である︒
行政側の支配権説と言っても︑以上にみるだけでも明らかなように︑若干変化してきたことは否定できないし︑
その根拠︑主張のし方︑ニュアンスの相異などもあり︑また︑最近はさすがに特別権力関係論を説くようなものは パルレ みられないようである︒しかし︑その筋立ては違っても︑また︑非権力的な指導助言権を一方で認めながら︑学校
︵教育︶を行政一般に解消︵学校を︑地域社会的施設で地域自治体に特有な営造物口公の施設であることを評価の
外に置いている︶したり︑或いは管理関係について事項別にその性質を問わなかったりしているのが特徴であり︑
そして結論的には包括的な支配権や指示命令権が貫徹しうる学校管理権論に仕立てられてきたのが実情であったと
言えよう︒
ヤ ヤ ヤ ヤもっとも︑前記の中央教育審議会答申のように︑﹁すべての学校が必ず従わなければならない指示・命令とそれ
・ ⁝ ︵18︶
以外の指導・助言とを明確に区別して運用すること﹂︵傍点︑引用者︶が提案されているのは注目される︒しかし︑
この場合も区別の内容が明らかではなく︑今後具体的に教育行政においてどのよう管理権論がなされるか注目され
る︒
2 学校管理権論の問題点
このようにみてくると︑行政側の学校管理権論は︑すべて同一とは言えないにしても︑教育法制論からすると概
(日 )
いう︒さらに次のような主張もある︒すなわち︑行政作用は行政の主体が客体に対し︑規制や助成などを行うが︑
﹁教育委員会の行う学校の管理行政は行政組織内部の管理作用であり︑行政機関の内部事務である﹂︑﹁教育委員会
と学校はともに行政の主体として︑住民に対し﹂ているのであって︑両者が対立するもののごとく考えるのは問題
で あ
る ︑
といった趣旨の見解である︒
行政側の支配権説と言っても︑以上にみるだけでも明らかなように︑若干変化してきたことは否定できないし︑
ニュアンスの相異などもあり︑また︑最近はさすがに特別権力関係論を説くようなものは その根拠︑主張のし方︑
みられないようである︒しかし︑その筋立ては違っても︑ また︑非権力的な指導助言権を一方で認めながら︑学校
(教育)を行政一般に解消(学校を︑地域社会的施設で地域自治体に特有な営造物 H 公の施設であることを評価の
外に置いている)したり︑或いは管理関係について事項別にその性質を問わなかったりしているのが特徴であり︑
そして結論的には包括的な支配権や指示命令権が貫徹しうる学校管理権論に仕立てられてきたのが実情であったと
学校管理権の教育法的検討
言 え
よ う
︒
もっとも︑前記の中央教育審議会答申のように︑﹁すべての学校が必ず従わなければならない指示・命令とそれ
以外の指導・助言とを明確に区別して運用すること﹂(傍点︑引用者)が提案されているのは注目される︒しかし︑
この場合も区別の内容が明らかではなく︑今後具体的に教育行政においてどのよう管理権論がなされるか注目され
る
2学校管理権論の問題点
73
このようにみてくると︑行政側の学校管理権論は︑すべて同一とは一言えないにしても︑教育法制論からすると概
法学論集 45〔山梨学院大学〕74
して批判的に克服することが課題であると思われる︒その第一の根本的な問題は︑前掲にみられるように教育に独
自な法の原理を体系的にふまえて立論されているとはいえないことである︒学校の管理において︑たとえば学校の
自主性の尊重やこれに対して﹁配慮﹂する必要性について以前に比べかなり取り上げられるようにはなってきた
が︑基本的には上述のように﹁運用﹂上の問題とされ勝ちである︒また︑教育委員会と学校との関係において﹁指
導助言﹂と﹁指示命令﹂が同列に扱われており︑どちらが基本であるのか或いはその適用場面や法的相異など明ら
かではない︒一九九〇年代末からの教育改革提起においてもなお︑そのような傾向が克服されているとはいい難い
ようである︒中央教育審議会答申﹁今後の地方教育行政の在り方について﹂︵一九九八︑九︑二十一︶においても︑
前述したように教育委員会の学校に対する﹁指示・命令﹂と﹁指導・助言﹂とを﹁明確に区別して運用すること﹂
が提起されているに止まっているからである︒
第二は︑学校管理権の領域区分にかかわる問題とその評価である︒五〇年代半ばごろから学校管理概念として新
たに﹁運営管理﹂が設定されたことは前にふれた︒言うまでもなく学校は行政官庁や他の営造物とちがい︑子ども
を育てる教育活動を中心に︑それに対応すべき特殊なしくみや制度を有するか或はそれを必要とする組織である︒
こうした学校の特性は実態的︑慣習的にはもちろんのこと︑法令上にも多々認められるところである︒﹁運営管理﹂
概念の設定は︑積極的に考えれば従前の﹁物的︑人的管理﹂のみでは︑このような学校の特性を説明できずかつこ
れに応えられない区分であるがために新設されたものとの評価もできよう︒
しかし上述のような学校管理権論としての問題性は﹁運営管理﹂に着目しこれが新設されたことにあるよりは︑
この三領域の管理面の性質の差異が﹁運用﹂上は注目されることはあっても︑教育法原理的な見地からは着目され
74
して批判的に克服することが課題であると思われる︒その第一の根本的な問題は︑前掲にみられるように教育に独
45 (山梨学院大学〕
自な法の原理を体系的にふまえて立論されているとはいえないことである︒学校の管理において︑ たとえば学校の
自主性の尊重やこれに対して﹁配慮﹂する必要性について以前に比べかなり取り上げられるようにはなってきた
が︑基本的には上述のように﹁運用﹂上の問題とされ勝ちである︒また︑教育委員会と学校との関係において﹁指
導助言﹂と﹁指示命令﹂が同列に扱われており︑どちらが基本であるのか或いはその適用場面や法的相異など明ら
一 九
九 0 年代末からの教育改革提起においてもなお︑ かではない そのような傾向が克服されているとはいい難い
D法学論集
ょうである︒中央教育審議会答申﹁今後の地方教育行政の在り方について﹂(一九九八︑九︑二十二
に お
い て
も ︑
前述したように教育委員会の学校に対する﹁指示・命令﹂と﹁指導・助言﹂とを﹁明確に区別して運用すること﹂
‑74
が提起されているに止まっているからである︒
第二は︑学校管理権の領域区分にかかわる問題とその評価である︒五 0 年代半ばごろから学校管理概念として新
たに﹁運営管理﹂が設定されたことは前にふれた︒言うまでもなく学校は行政官庁や他の営造物とちがい︑子ども
を育てる教育活動を中心に︑ それに対応すべき特殊なしくみや制度を有するか或はそれを必要とする組織である︒
こうした学校の特性は実態的︑慣習的にはもちろんのこと︑法令上にも多々認められるところである︒﹁運営管理﹂
概念の設定は︑積極的に考えれば従前の﹁物的︑人的管理﹂のみでは︑このような学校の特性を説明できずかっこ
れに応えられない区分であるがために新設されたものとの評価もできよう︒
しかし上述のような学校管理権論としての問題性は﹁運営管理﹂に着目しこれが新設されたことにあるよりは︑
この三領域の管理面の性質の差異が﹁運用﹂上は注目されることはあっても︑教育法原理的な見地からは着目され
ず︑その上で学校管理権による一般的︑包括的支配権あるいは命令権が説かれてきた点にある︒学校の特性に立つ
のではなく︑これを行政一般に位置づけたり︑或いは管理関係の性質を不問とする先述の管理権論も︑教育法原理
をふまえようとしない見解のしからしめるところである︒こうした管理権論に依拠するならば︑本来拘束的な支配 ハリレ 権は受け入れがたい教育活動をはじめそれに関連する校内のしくみ︵校務分掌など︶に対して一律に権力的な支配
を及ぼすことが可能となる︒このような意味あいからすれば︑﹁運営管理﹂の新設は︑学校の﹁運営﹂にまで︑そ
れまでとちがって権力的︑拘束的な﹁管理﹂が入り込むことを容認する転機となったということができよう︒
75学校管理権の教育法的検討
四 学校の自治と管理権のあり方
学校管理権の基本的なあり方は︑何よりもまず教育の自主性をはじめ父母や子どものかかわりを含め︑教職員を
中心とする学校の教育権を保障すること︑つまり学校の自治をふまえることである︒その上での指導助言権を含む
教育条件整備権限であることにその重要な意義があると言えよう︒この権限のあり方について︑教育法学説は︑こ パリレ れを﹁各学校運営を総合調整する教育条件整備権限の総体﹂であるとし︑地方教育行政法や学校教育法にいう パぬロ 教育委員会の所管学校﹁管理﹂権といっても︑それは﹁事項別に各種の権限が存することの総称にすぎない﹂とも
言われてきたところである︒そこで次に︑学校の自治及びそれとのかかわりで学校管理権のあり方を事項に立ち入
って若干考えてみよう︒
あらためて言えば︑学校の自治とは︑子どもの学習権の保障を中心に各学校の教育計画や活動ないし校内のしく ず︑その上で学校管理権による一般的︑包括的支配権あるいは命令権が説かれてきた点にある︒学校の特性に立つ のではなく︑これを行政一般に位置づけたり︑或いは管理関係の性質を不問とする先述の管理権論も︑教育法原理 をふまえようとしない見解のしからしめるところである︒こうした管理権論に依拠するならば︑本来拘束的な支配 権は受げ入れがたい教育活動をはじめそれに関連する校内のしくみ(校務分掌など)に対して一律に権力的な支配 を及ぽすことが可能となる︒このような意味あいからすれば︑﹁運営管理﹂の新設は︑学校の﹁運営﹂にまで︑ れまでとちがって権力的︑拘束的な﹁管理﹂が入り込むことを容認する転機となったということができよう︒
四
学校の自治と管理権のあり方
学校管理権の基本的なあり方は︑何よりもまず教育の自主性をはじめ父母や子どものかかわりを含め︑教職員を
学校管理権の教育法的検討
中心とする学校の教育権を保障すること︑ つまり学校の自治をふまえることである︒その上での指導助言権を含む
教育条件整備権限であることにその重要な意義があると言えよう︒この権限のあり方について︑教育法学説は︑こ
れを﹁各学校運営を総合調整する教育条件整備権限の紘一附﹂であるとし︑庁地方教育行政法︒や学校教育法にいう
教育委員会の所管学校﹁管理﹂権といっても︑それは﹁事項別に各種の権限が存することの総称にすぎない﹂とも
言われてきたところである︒そこで次に︑学校の自治及びそれとのかかわりで学校管理権のあり方を事項に立ち入
って若干考えてみよう︒
75
あらためて言えば︑学校の自治とは︑子どもの学習権の保障を中心に各学校の教育計画や活動ないし校内のしく
法学論集 45〔山梨学院大学〕76
︵22︶ みなどを︑校長を含む教職員ないし学校全体の意思により自主的︑主体的に決定し︑運営すべきである︑という原
理である︒もっとも︑この﹁学校﹂概念には︑校長︑教職員が中心主体ではあるが︑子ども︑父母︵保護者︶を含
み︑学校として責任を負うことができる学校運営のあり方を示す教育法原理である︒
しかし︑学校の自治といっても︑事項によって内容なり機能が相対的に異なり︑決して一義的にとらえることは
できない︒それは︑学校管理権のあり方と同様に︑教育法の基本原理をふまえなければならないからであり︑学校
の自治で中心となる原理は︑さきにふれたように教育の自主性︑直接責任性︑ひいて教師・学校の教育権の独立保
障である︒この点は︑教育条件整備権限を重要な柱とする学校管理権と基本的に異なるところである︒
そこで︑学校の自治の中核をなすのは教育計画や活動︵内的事項︶の教育自治であり︑教育課程の編成︑入学・
卒業・進級など学校教育措置︑校則の制定︑教材の選定︑生徒処分︑学校行事など全校的な事項がその代表例であ
る︒これらの事項は︑教師・学校の教育権行使の中心事項として教育の自主性︑直接責任性の原理にもとづき職員
会議などを通じ専門的︑自主的に決定し︑運営する必要がある︒これらの内的事項︵たとえば教育課程の編成︶の
︵23︶決定について学校管理規則などで﹁校長﹂とされている例があるが︑その場合でも︑校長ひとりに決定権があると
するのではなく︑職員会議などの審議を通じて学校の教育自治として決定するのが筋である︒
これに対し︑校長は指導助言の立場でその決定にかかわり学校内外にこれを示す権限をもつが︑教育委員会は︑
この場合は指導主事︵学校管理者としての校長︶を通じ指導助言権を有していると解さるべきであろう︒また︑子
ども︵児童生徒︶は教育をうける権利・教育への権利︵憲法こ十六条︑子どもの権利条約二十八条など︶からして
学校教育への参加権を原理的にもちうる一方︑父母は親の教育権︵民法八二〇条︑子どもの権利条約十八条など︶
76
みなどを︑校長を含む教職員ないし学校全体の意思により自主的︑主体的に決定し︑運営すべきである︑という原
45 (山梨学院大学〕
理である︒もっとも︑この﹁学校﹂概念には︑校長︑教職員が中心主体ではあるが︑子ども︑父母(保護者)を含
み︑学校として責任を負うことができる学校運営のあり方を示す教育法原理である︒
しかし︑学校の自治といっても︑事項によって内容なり機能が相対的に異なり︑決して一義的にとらえることは
できない︒それは︑学校管理権のあり方と同様に︑教育法の基本原理をふまえなければならないからであり︑学校
の自治で中心となる原理は︑さきにふれたように教育の自主性︑直接責任性︑ ひいて教師・学校の教育権の独立保
法学論集
障である︒この点は︑教育条件整備権限を重要な柱とする学校管理権と基本的に異なるところである︒
の教育自治であり︑教育課程の編成︑入学・ そこで︑学校の自治の中核をなすのは教育計画や活動(内的事項)
‑76
卒業・進級など学校教育措置︑校則の制定︑教材の選定︑生徒処分︑学校行事など全校的な事項がその代表例であ
る︒これらの事項は︑教師・学校の教育権行使の中心事項として教育の自主性︑直接責任性の原理にもとづき職員
会議などを通じ専門的︑自主的に決定し︑運営する必要がある︒これらの内的事項(たとえば教育課程の編成)の
決定について学校管理規(脚などで﹁校長﹂とされている例があるが︑その場合でも︑校長ひとりに決定権があると
するのではなく︑職員会議などの審議を通じて学校の教育自治として決定するのが筋である︒
これに対し︑校長は指導助言の立場でその決定にかかわり学校内外にこれを示す権限をもつが︑教育委員会は︑
この場合は指導主事(学校管理者としての校長)を通じ指導助言権を有していると解さるべきであろう︒また︑子
ども(児童生徒) は教育をうりる権利・教育への権利(憲法二十六条︑子どもの権利条約二十八条など)からして
学校教育への参加権を原理的にもちうる一方︑父母は親の教育権(民法八二 O 条︑子どもの権利条約十八条など)
77学校管理権の教育法的検討
を有する立場から学級をはじめPTAその他のしくみなどを通じ︑諸要求を出していく権利があり︑参加権を有す
る︒
なお︑たとえば教育課程の編成に関連し︑学校の側と教育委員会の制度的な基準づくりがどうかかわるのが望ま
しいか︑といったレベルの問題もある︒現行法制上︑学校が教育課程編成のすべてを独自に決定できないことは言
うまでもない︒法令上の一定の規定や学習指導要領という国の教育課程基準があり︑加えて︑各学校にとっては教 パぬレ 育委員会の教育課程基準︵設定権︶との関係もある︒学習指導要領に法規性があるとの解釈に立ち︑これをもって
学習指導要領の規定内容をすべて一律に法的拘束性ありとするかのような行政側解釈がなされ易い現状では︑教育
委員会の基準設定権や解釈運用じたい制約を受けることになろう︒
しかし︑学校の自治の見地からすれば︑教育責任を直接︑専門的に果している各学校はもとより︑父母・住民に
もこの基準づくりに参加の道︵そのしくみは一義的にきまってはいないが︶を開くことが︑子どもの教育権利保障
の教育責任を一層進めることにつながろう︒そして︑これこそ地域の学校の教育自治であり︑こうしたことを保障
するのが︑まさに教育委員会の条件整備的な指導助言行政の本来のあり方だと言えよう︒ ︵25︶ 第二は︑学校運営組織の自治で︑職員会議をはじめ校内人事という面もある教育関係校務分掌などである︒これ
らは教育内的事項と密接にかかわって決定することを要する事項である︒その中心は何といっても職員会議で学校
の自治の心臓部である︒職員会議の性格をめぐってこれまで議論が分かれてきたが︑行政側解釈ではいわゆる校長
の権限︵学校教育法二八条三項︶﹁補助機関説﹂が主流をなしてきたようである︒しかし︑職員会議の場合も︑学
校の自治からすれば︑一義的にすべて校長補助機関というわけにはいかないのであって︑内容的に︑少なくとも教 を有する立場から学級をはじめ PTA その他のしくみなどを通じ︑諸要求を出していく権利があり︑参加権を有す
な る
お ︑
たとえば教育課程の編成に関連し︑学校の側と教育委員会の制度的な基準づくりがどうかかわるのが望ま
し い
か ︑
といったレベルの問題もある︒現行法制上︑学校が教育課程編成のすべてを独自に決定できないことは言
うまでもない︒法令上の一定の規定や学習指導要領という国の教育課程基準があり︑加えて︑各学校にとっては教
との関係もある︒学習指導要領に法規性があるとの解釈に立ち︑これをもって 育委員会の教育課程基準(設定権)
学習指導要領の規定内容をすべて一律に法的拘束性ありとするかのような行政側解釈がなされ易い現状では︑教育
委員会の基準設定権や解釈運用じたい制約を受けることになろう︒
しかし︑学校の自治の見地からすれば︑教育責任を直接︑専門的に果している各学校はもとより︑父母・住民に
もこの基準づくりに参加の道(そのしくみは一義的にきまってはいないが)を開くことが︑子どもの教育権利保障
学校管理権の教育法的検討
の教育責任を一層進めることにつながろう︒そして︑これこそ地域の学校の教育自治であり︑こうしたことを保障
まさに教育委員会の条件整備的な指導助言行政の本来のあり方だと言えよう︒
第二は︑学校運営組織の自(御で︑職員会議をはじめ校内人事という面もある教育関係校務分掌などである︒これ す
る の
が ︑
らは教育内的事項と密接にかかわって決定することを要する事項である︒その中心は何といっても職員会議で学校
の自治の心臓部である︒職員会議の性格をめぐってこれまで議論が分かれてきたが︑行政側解釈ではいわゆる校長
の権限(学校教育法二八条三項)﹁補助機関説﹂が主流をなしてきたようである︒しかし︑職員会議の場合も︑学
77
校の自治からすれば︑ 一義的にすべて校長補助機関というわけにはいかないのであって︑内容的に︑少なくとも教
法学論集 45〔山梨学院大学〕 78
育内的事項では審議・決定権を︑外的事項の場合は審議権を有し︑意見表明はなしうるしくみと解すべきである︒ ︵26︶ 職員会議についてこれ以上の言及は控えるが︑ともあれすべて校長補助機関説では︑開かれた教育責任主体として ︵27︶ の学校のあり方にふさわしいとはいえないであろう︒
また︑校務分掌の組織の決定と分担についてこれを﹁校長﹂が行うという見解がある︵行政側には学校内部組織 ︵28︶ 編成権は教育委員会がもつという見解もある︶が︑教育内的事項とかかわりの深い校務分掌組織と決定は︑職員会
議の議を経て教職員による自治的決定に属すべきことである︒なお︑学校管理規則で校務分掌としての主任の発令
︵承認︶が教育委員会と定められている場合であっても︑職員会議の決定の上で︑それ︵発令ないし承認︶がさな
るべきであるというのが︑学校自治の教育法の考え方である︒なお︑この場合︑校長はその決定を内外に表してい
パめレく表示権をもつ︒
第三は︑教育外的事項︑すなわち学校施設設備︑学校予算︑教職員人事などの場合である︒これらは前にふれた
ように︑教育行政︑校長権限とされているので︑学校の自治として決定できるとはいえない︒もっとも学校の自治
が除外されているということではなく︑発言権や審議権はあると言えるし︑学校としての意向が行政に生かされる
ことは望ましい︒例を教職員人事にとるならば︑それは教育委員会や校長の権限として法定されてはいるが︑職員
会議ないし校内人事委員会といった組織の審議を通じて教職員の意見を反映させることが自治体としての学校のあ
り方にふさわしいと言えよう︒
なお︑この外的事項面についても︑父母は教育要求権をもつ立場から父母・住民の意向ないし審議権を積極的に ︵30︶ 保障することが重要な課題である︒教育条件整備義務は教育行政権側にあるとしても︑よりよい学校環境や安全︑
78
育内的事項では審議・決定権を︑外的事項の場合は審議権を有し︑意見表明はなしうるしくみと解すべきである︒
職員会議についてこれ以上の言及は控えるが︑ともあれすべて校長補助機関秘では︑関かれた教育責任主体として
の学校のあり方にふさわしいとはいえないであろ(列︒
45 (山梨学院大学〕
また︑校務分掌の組織の決定と分担についてこれを﹁校長﹂が行うという見解がある
編成権は教育委員会がもっという見解もある)が︑教育内的事項とかかわりの深い校務分掌組織と決定は︑職員会 (行政側には学校内部組織
議の議を経て教職員による自治的決定に属すべきことである︒なお︑学校管理規則で校務分掌としての主任の発令
法学論集
(承認)が教育委員会と定められている場合であっても︑職員会議の決定の上で︑ それ(発令ないし承認)がさな
るべきであるというのが︑学校自治の教育法の考え方である︒なお︑この場合︑校長はその決定を内外に表してい
く 表 示 権 を も っ ︒
‑78‑
第三は︑教育外的事項︑すなわち学校施設設備︑学校予算︑教職員人事などの場合である︒これらは前にふれた
ように︑教育行政︑校長権限とされているので︑学校の自治として決定できるとはいえない︒もっとも学校の自治
が除外されているということではなく︑発言権や審議権はあると言えるし︑学校としての意向が行政に生かされる
ことは望ましい︒例を教職員人事にとるならば︑それは教育委員会や校長の権限として法定されてはいるが︑職員
会議ないし校内人事委員会といった組織の審議を通じて教職員の意見を反映させることが自治体としての学校のあ
り方にふさわしいと言えよう︒
なお︑この外的事項面についても︑父母は教育要求権をもっ立場から父母・住民の意向ないし審議権を積極的に
保障することが重要な課題であ(初︒教育条件整備義務は教育行政権側にあるとしても︑よりよい学校環境や安全︑
教育諸条件は子どもの学習をはじめ︑生活︑人問関係などの保障にとっても重要なものであり︑教育責任を負って
いる学校のみでなく父母・住民も︑こうした面の整備を要求する権利があるからである︒とりわけ外的教育条件や
その基準などは︑各学校を超えた︑少なくとも自治体・地域レベルの中でないと︑決定し︑運営できない事項が多
い︒教育委員会の学校管理権には︑学校の自治の基盤をよりたしかにもする︑こうした要求や基準づくりに応える
教育条件整備行政権性が求められているのだといえよう︒
79学校管理権の教育法的検討
︿註V
︵1︶参照︑神田修︑寺崎昌男︑平原春好編﹃史料教育法﹄︑一九九一年︑学陽書房
︵2︶ 文部省地方課法令研究会﹃新学校管理読本﹄︑第一法規︑一九七二年︑三二〜四頁
︵3︶ 木田宏﹃教育行政法﹄︑良書普及会︑一九五七年︑一九八頁︵同書新版︑一九八三年︑二〇二頁︶
︵4︶ 鈴木勲﹃学校経営のための法律常識﹄第一法規︑一九七五年︑二〇頁
︵5︶ 天城勲﹃教育法令事典﹄︑一九五〇年︑十一〜二頁︑二三頁
︵6︶ 波多江明︑土居源太郎﹃校長の職務権限﹄︑一九五四年︑三八頁
︵7︶ 天城勲﹃学校教育法逐条解説﹄︑学陽書房︑一九五四年︑四五〜六頁 なお︑本文中の三区分説については神田修﹁学校の自
治と教育委員会の管理権﹂﹃立正大学文学部論叢﹄六〇号︑一九七八年二月で取上げている︒
︵8︶ 木田宏前掲﹃教育行政法﹄一九八頁
︵9︶ 教育委員会制度については︑たとえば神田修﹃教育委員会制度論﹄高柳信一︑小沢辰男︑平原春好編﹃教育行政の課題﹄︑勤
草書房︑一九八○年など
︵10︶ 民意反映のためのしくみが不十分であるとして取組まれた例として東京・中野区の教育委員準公選条例の例がある︒参
照︑兼子仁︑神田修﹃中野区・教育委員準公選を知るために1教育行政は住民参加からi﹄︑エイデル研究所︑一九八五年︑ 教育諸条件は子どもの学習をはじめ︑生活︑人間関係などの保障にとっても重要なものであり︑教育責任を負って いる学校のみでなく父母・住民も︑こうした面の整備を要求する権利があるからである︒とりわけ外的教育条件や その基準などは︑各学校を超えた︑少なくとも自治体・地域レベルの中でないと︑決定し︑運営できない事項が多 い︒教育委員会の学校管理権には︑学校の自治の基盤をよりたしかにもする︑こうした要求や基準づくりに応える 教育条件整備行政権性が求められているのだといえよう︒
学校管理権の教育法的検討
︿註﹀ (
1 )
参照︑神田修︑寺崎昌男︑平原春好編﹃史料教育法﹄︑一九九一年︑学陽書房
( 2
)
文部省地方課法令研究会﹃新学校管理読本﹄︑第一法規︑一九七二年︑三二 i
四 頁
( 3
)
木田宏﹃教育行政法﹄︑良書普及会︑一九五七年︑一九八頁(同書新版︑一九八三年︑二 O
二 頁
)
( 4
)
鈴木勲﹃学校経営のための法律常識﹄第一法規︑一九七五年︑二 O 頁
( 5 )
天城勲﹃教育法令事典﹄︑一九五 O
年 ︑
十 一
i 二頁︑二三頁
( 6 )
波多江明︑土居源太郎﹃校長の職務権限﹄︑一九五四年︑三八頁
( 7
)
天城勲﹃学校教育法逐条解説﹄︑学陽書房︑一九五四年︑四五︐
•.
六頁なお︑本文中の三区分説については神田修﹁学校の自 ︑
2治と教育委員会の管理権﹂﹃立正大学文学部論叢﹄六 O 号︑一九七八年二月で取上げている︒
( 8
)
木田宏前掲﹁教育行政法﹄一九八頁
( 9
)
教育委員会制度については︑たとえば神田修﹃教育委員会制度論﹄高柳信一︑小沢辰男︑平原春好編﹃教育行政の課題﹄︑勤
草書房︑一九八 O 年など
(叩)民意反映のためのしくみが不十分であるとして取組まれた例として東京・中野区の︐教育委員準公選条例︒の例がある︒参
照︑兼子仁︑神田修﹃中野区・教育委員準公選を知るためにーーー教育行政は住民参加から││﹄︑エイデル研究所︑一九八五年︑
79