等価伝達関数を用いた多重ループ系におけるセンサ故障時の補償方法の検討
Compensation for a Sensor Fault in Multiple Loop System using ETF
精密工学専攻
15
号 狩野敦俊Atsutoshi Karino
1. 緒言
近年,産業用ロボットはじめとした様々な機械がより精密 な作業を必要とされてきている.そのため,機械の制御シス テムは,カメラやセンサ等のデバイスにより多くのセンサ情 報を用いることにより,大規模・複雑化している.このよう な制御システムにおいて,一部のデバイスが故障することに より,システム全体に対して多大な影響を及ぼし,不安定化 させる恐れがある.そのため,センサ故障に対するシステム のロバスト化が重要となってきている.
故障対策として,一般的には緊急停止などの措置が用いら れる.しかし,電気自動車や介護ロボットなど,急停止が外 部環境へ大きな影響を与えるような機械の場合は緊急停止 を避け,動作継続を行いながら故障対策を行う必要性がある.
そのような動作継続を目的とした制御手法としてリライア ブル制御が提案されている
(1)
.そのため,本研究室ではリラ イアブル制御におけるひとつ手法の開発を目指し「等価伝達 関数(Equivalent Transfer Function
以下ETF
と呼ぶ)」を提 案している.本論文では
ETF
をモータ単体の実験機ではなく,より実環 境に近い多リンク系でのETF
の特性を検討するために2
リン クマニピュレータを開発し,適用した.また,電流制御用,速度制御用
ETF
,ETF
を用いた故障判定システムをそれぞれ システム内に実装し,提案方式の有効性について検討する.また,提案方式を適用する際に生じる問題とその解決策につ いて明らかにする.
2. 等価伝達関数(ETF)
2.1 ETF の基本概念
多重ループ制御系は,センサの数を増やし,多数のフィー ドバックを設けることで,速応性や安定性などの制御性能を 高めている.しかし,センサ故障等により一部のフィードバ ックループが欠損すると,制御系全体が不安定な状態に陥る ことがある.そこで,
Fig.1
のように,欠損したフィードバ ックループをETF
に切換え,故障後も制御系の安定を保つリ ライアブル制御方式が提案されている(2)
.ETF
は欠損後の制 御系を全体の伝達関数が正常時と等価になるように設計す る.そのため,ETF
を用いると,理論的には欠損後も正常時 に近い応答が得られる.また,ETF
の一般式は式(1)
のように 表される.ただし,Fig.1
のG Pi
は制御対象の,G Ci
は補償器 の伝達関数である.∑∏
∑∏
−
= =
−
= =
−
−
+
⎟ ⎟
⎠
⎞
⎜ ⎜
⎝
⎛ +
= 1
1 1
2
1 1
1 1
1 1
n
i i
j Pj Cj n
i i
j Pj Cj Cn
Cn n
G G
G G G
G
G (1)
G
n-1ETF
G
C1G
Cn-2G
P1G
Pn-2G
Pn-1G
Pn−
+
x
n− +
− +
r
nG
CnG
Cn-1+G
n-1ETF
G
C1G
Cn-2G
P1G
Pn-2G
Pn-1G
Pn− +
−
+
x
n− +
− +
− +
r
nG
CnG
Cn-1+Fig. 1 Block diagram of Reliable Control using ETF
2.2 ETF を用いた故障検出法
ETF
が組み込まれたシステムでは,故障後に出力を切換え る際の信号の連続性を保つために,ETF
の計算が常に行われ ている.そこで,自動的に故障を検出するためにFig.2
に示 すようなETF
を用いた故障検出システムを用いる.故障検出 の原理は以下に示すとおりである(1)
式(2)
に示されるようにETF
の出力X etf
と目標値との偏 差X E
を比較し,モデル誤差X def
を計算する.(2)
式(3)
のように閾値X thres
を設け,正常時では発生しない 大きさのモデル誤差を検出し,故障と判定する.−
X c + G
n-1X etf
X E X sensor
+
−
X def Comparing
with X thres
Switching Signal
Switch ( Feedback signal )
−
X c + G
n-1X etf
X E X sensor
+
−
X def Comparing
with X thres
Switching Signal
Switch
( Feedback signal )
Fig. 2 Block diagram of the fault detection system
etf E
def X X
X = − (2)
⎩ ⎨
⎧
⇔
≥
⇔
≤
failure X
X
normal X
X
thres def
thres def
(3)
2.3 故障個所判定法
2.2
節において示された故障判定方法では,ETF
を複数個 システム内に組み込んだ場合に欠損個所を誤判定する可能 性がある.例えば,電流センサが故障した場合には,速度ETF
においてもモデル誤差が増大し,故障であると誤判定してしまう.しかし,
Fig.2
に示すように,欠損判定はETF
の 出力と制御系の出力の差であるため,欠損判定箇所より外側 のループにおける故障の影響はETF
と制御系の両方に影響 を与えるため,誤差は増大しない.一方,判定箇所より内側 に故障が起きた場合,ETF
側は正常値を計算するが,制御系 では故障の影響により,正常値とは異なる値を出力するため モデル誤差が増大する.そこで,Fig.3
のフローチャートに 示すように,その特性を用いて誤判定を防止するために故障 個所を判定し,故障個所のETF
だけを切換えるアルゴリズム を適用する.このアルゴリズムは,まず速度故障を確認した 場合,電流故障も確認する.そして,電流センサ故障を検出 した場合・検出しない場合でFig.3
のように,電流センサ故 障と速度センサ故障を判定する.Control start
Check failure
Speed sensor failure Normal Yes
No
Yes Is X
Eof current increasing? No
Is X
Eof speed increasing?
Current sensor failure Control start
Check failure
Speed sensor failure Normal Yes
No
Yes Is X
Eof current increasing? No
Is X
Eof speed increasing?
Current sensor failure
Fig. 3 Algorithm for a determination of failure part.
3. 2 リンクマニピュレータへの適用
3.1 実験機の構成
現在までの研究ではモータ単体のサーボ系においてのみ研 究を行ってきた.しかし,モータ単体の実験機では実環境に おけるギアやリンクなどの外力による外乱などの影響につ いて検討することは難しい.そこで,本論文では
2
リンクの マニピュレータを実験機として使用し,電流と速度故障用のETF
の実装を行い,特性について検討する.Fig.4
は2
リン クマニピュレータの外観図,Fig.5
は2
リンクマニピュレー タのシステム構成をそれぞれ示している.また,Table1
に2
リンクマニピュレータのパラメータを示す.Motor1
Motor 2 Link 2
Link1 Motor1
Motor 2 Link 2
Link1
Fig. 4 Appearance of the 2 link manipulator
Motor1
Motor2
and (Encoder)
Link2 Link1
and (Encoder)
(Bevel Gear) i 2(Current Sensor)
i 1(Current Sensor)
Motor Driver2
Motor Driver1
PWM Signal
PWM Signal
ω 2
θ 2
Controller1 (Micro
Computer)
θ 1 ω 1
Controller2 (Micro
Computer) Motor1
Motor2
and (Encoder)
Link2 Link1
and (Encoder)
(Bevel Gear) i 2(Current Sensor)
i 1(Current Sensor)
Motor Driver2
Motor Driver1
PWM Signal
PWM Signal
ω 2
θ 2
Controller1 (Micro
Computer)
θ 1 ω 1
Controller2 (Micro
Computer)
Fig. 5 Structure of the 2 link manipulator
Table 1 Parameter of 2 link manipulator
Quantity Link1 Link2
Length[m] 0.15 0.15
Mass[kg] 1.1 0.25
Position of the center of gravity [m] 0.073 0.13
Inertia [kgm 2 ] 0.0049 0.0123
Gear ratio 1:411 1:111
3.2 制御システム
本実験機におけるモータ制御システムのブロック線図を
Fig.6,制御用パラメータを Table2
にそれぞれ示す.Fig.6を見ると,電流センサ故障と速度センサ故障を想定した実験を 行うために電流・速度それぞれの故障に対応した
ETF
をそれ ぞれ組み,故障後にスムーズに切換るように故障判定と欠損 個所判定を行うシステムも組み込まれている.また,電流故 障用,速度故障用のETF
を式(4),
式(5)
にそれぞれ示す.さら に,2リンクマニピュレータにおける自重による負荷トルク やイナーシャなどのパラメータ変化などの外乱の影響を抑 制するために外乱オブザーバ(3)
が組み込まれている.外乱オ ブザーバは制御対象の出力側からノイズが含まれやすいの で式(6)に示すようなフィルタを設けてノイズを除去してい る.なお,フィルタの設計については,外乱の同定実験を行 い,スモールゲインの定理により設計を行った.0.408 + s 10 1.50 + s 10 9.30
10 1 . 14 s 10 9.30 + s 10 9.30
4 3 - 2
7 -
-3 -4
2 -7
1 × ×
× +
×
= ×
G (4)
2539 + 54.4s s 406 . 0 s 10 1.2 + s 10 9.30
45.8s s 08 . 1 s 10 3.5 + s 10 2.07
2 3
3 - 5
7 -
2 3 -3 4
-6
2 × × + +
+ +
×
= ×
G (5)
) 1 06 . 0 )(
1 05 . 0 ( ) 1
( = + +
s s s
Q (6)
K
PP KSPss+KSIs K s KIP+ II
m msL R + G2(s) 1
G1(s)
K
t Js 1s 1
K
EK
tnJ
ns Q
Ktn
1 Current feedback loop Speed feedback loop Position feedback loop
Failure ETF for current failure
ETF for speed failure
Disturbance observer
−
++
+
+ +
+
+
+
+
−
− −
τ
Lθ
cθ
mK
PP KSPss+KSIs K s KIP+ II
m msL R + G2(s) 1
G1(s)
K
t Js 1s 1
K
EK
tnJ
ns Q
Ktn
1 Current feedback loop Speed feedback loop Position feedback loop
Failure ETF for current failure
ETF for speed failure
Disturbance observer
−
++
+
+ +
+
+
+
+
−
− −
τ
Lθ
cK
PPK
PP KKSPSPssss++KKSISIs K s KIP+ II
s K s KIP+ II
m msL R +
1
m msL R + G2(s) 1
G2(s)
G1(s) G1(s)
K
t Js 1 Js 1s 1 s 1
K
EK
EK
tnJ
ns Q Q
Ktn
1 Current feedback loop Speed feedback loop Position feedback loop
Failure ETF for current failure
ETF for speed failure
Disturbance observer
−
++
+
+ +
+
+
+
+
−
− −
τ
Lθ
cθ
mFig.
6 Brock diagram of a motor system.
Table 2 Parameter for motor control system
Quantity Link1 Link2
Proportional gain of position control K
PP15 10
Proportional gain of speed control K
SP0.0012 0.0009
Integral gain of speed control K
SI0.0085 0.0065
Proportional gain of current control K
IP70 50
Integral gain of current control K
II750000 55000
4. 実験による提案手法の検討
4.1 実験条件
実験を行う際の故障の定義や実験条件について述べる.ま ず,故障の定義について本実験では断線状態,すなわち,セ ンサ情報がゼロになる状態を想定する.これは,プログラム により任意時間にセンサ情報をゼロにすることにより断線 故障状態を模擬する.また,目標指令としては加速区間
2[s],
等速区間
4[s]
,減速区間2[s]
,最終値1[rad]
になる台形速度を 与える.さらに,2
リンクマニピュレータにおけるセンサ故 障において,リンク1
側のセンサ故障の影響の方が大きいこ とが考えられる.そのため,本実験ではリンク1
のセンサ故 障についてのみ取り扱う.最後に,各実験条件を以下に示す.
条件
(1)
正常時に2
リンクマニピュレータを駆動させる.条件(2) 2[s]において電流センサ故障が起こる.
条件
(3) 2[s]
において速度センサ故障が起こる.条件(4) 故障検出・故障個所判定により
ETF
へ切換える.上記の条件を用いて,実験から
ETF
を用いたリライアブル 制御の特性および有効性を確認する.4.2 実験における検討 4.2.1 電流センサ故障の影響
まず,条件(1)と(2)におけるリンク
1
とリンク2
の応答をFig.7
,Fig.8
にそれぞれ示す.まず,Fig.7
を見ると,リンク1
では電流センサ故障後には正常時に比べ,電流・速度応答 共に不安定化しており,最大振幅が約6[mm]
となり,平均では振幅約
3[mm],角度変位約 0.01[rad],周波数 8[Hz]以上で振
動している.また,
Fig.8
より,手先の挙動を考えた場合,リンク
1
の角度の変位は手先に大きく影響し,最大振幅が約3.7[mm]
,平均では,振幅約3[mm]
,角度変位約0.08[rad]
, 周波数5[Hz]
の振動を起こしている.そのため,リンク2
の 各応答からも,電流センサ故障後にリンク1
の故障の影響が 大きく表れていることが分かる.またFig.9
にセンサ故障後 のリンク1
の角度応答の拡大図示す.0 1 2 3 4 5 6 7 8
-0.5 0 0.5 1 1.5
An gl e[ ra d ]
0 1 2 3 4 5 6 7 8
-5 0 5
S p eed[ ra d /s ]
0 1 2 3 4 5 6 7 8
-2 0 2
Time[s]
C u rr ent [A ]
Normal Failure
Fig. 7 Responses of motor 1 in condition (1) and (2).
0 1 2 3 4 5 6 7 8
-0.5 0 0.5 1 1.5
An gl e [r a d ]
0 1 2 3 4 5 6 7 8
-2 0 2
S p eed[ ra d /s ]
0 1 2 3 4 5 6 7 8
-0.5 0 0.5
Time[s]
C u rr ent [A ]
Normal Failure
Fig. 8 Responses of motor 2 in condition (1) and (2).
2 2.5 3 3.5 4
0.1 0.2 0.3 0.4 0.5
Time[s]
Angle[rad]
Fig. 9 Extended figure of angle of motor1.
4.2.2 速度センサ故障の影響
次に,条件
(1)
と(3)
におけるリンク1
とリンク2
の応答をFig.10
,Fig.11
にそれぞれ示す.Fig.10
とFig.11
を見ると,電 流センサ故障に比べて影響が小さいことが分かる.これは,電流制御用のゲインに対して,速度制御用のゲインは比較的 小さく欠損後の影響が小さいものと思われる.しかし,リン ク
1
の応答を見ると欠損後に振動が発生し,わずかながら応 答が不安定化し,
角度応答では振幅約3[mm]
,角度変位約0.03[rad]
,周波数8[Hz]
以上の振動が2[s]
発生している.また,故障後の振動を示すために,
Fig.10
の角度応答の拡大図をFig.12
に示す.0 1 2 3 4 5 6 7 8
-0.5 0 0.5 1 1.5
An gl e [r a d ]
0 1 2 3 4 5 6 7 8
-5 0 5
S p eed[ ra d /s ]
0 1 2 3 4 5 6 7 8
-2 0 2
Time[s]
C u rr ent [A ]
Normal Failure
Fig. 10 Responses of motor 1 in condition (1) and (3).
0 1 2 3 4 5 6 7 8
-0.5 0 0.5 1 1.5
An gl e [r a d ]
0 1 2 3 4 5 6 7 8
-2 0 2
S p eed[ ra d /s ]
0 1 2 3 4 5 6 7 8
-0.5 0 0.5
Time[s]
C u rr ent [A ]
Normal Failure
Fig. 11 Responses of motor 2 in condition (1) and (3).
2 2.5 3 3.5 4
0.1 0.2 0.3 0.4 0.5
Time[s]
Angle[rad]
Fig. 12 Extended figure of angle of motor 1.
4.2.3 ETF の有効性
最後に,電流・速度センサ故障から
ETF
に切換えた場合の リンク1
の応答をFig.13
,Fig.14
にそれぞれ示す.Fig.13
とFig.14
において,電流・速度センサ故障に対して,故障発生後
0.07[s]
内に故障個所を正しく判定し,切換えられている.また,
Fig.13
の角度応答においては定常偏差なく正常時と同等の応答を示しており,故障の影響を応答に反映させていな いことがわかる.一方,
Fig.14
においては,故障判定は同様に
0.07[s]
内に行えている.しかし,切換え後,角度応答において定常偏差が
0.6[rad]
程度残っていることが分かる.これ は,速度制御用ETF
の設計において微分器が出てしまったこ との影響であると考えられる. なお,正常時応答,Fig.13
と
Fig.14
の角度応答の拡大図をFig.15
に示す.Fig. 13 Responses of motor 1 in condition (1),(2) and (4).
0 1 2 3 4 5 6 7 8
-0.5 0 0.5 1 1.5
An gl e [r a d ]
0 1 2 3 4 5 6 7 8
-5 0 5
S p eed[ ra d/s ]
0 1 2 3 4 5 6 7 8
-0.5 0 0.5 1 1.5
Time[s]
D e te ct s ig na l
Normal
Using ETF
Current Speed
Fig. 14 Responses of motor 1 in condition (1),(3) and (4).
2 2.5 3 3.5 4
0.1 0.2 0.3 0.4 0.5
Time[s]
An gl e [ra d]
Normal Using current ETF Using speed ETF
Fig. 15 Extended figure of angle of motor 1.
5.結言
本論文では,
ETF
を用いたリライアブル制御の特性及び有 効性を確認するための実験から以下のこと分かった.(1)
故障個所判定法を適用し,故障後に該当する故障個所 のETF
が円滑に切換ることを確認した.(2) 2
リンクマニピュレータにおいても,故障後にETF
を 用いることで,制御系の安定化できることを確認した.今後は,定常偏差などの諸問題に対して改善を行う.
参考文献