• 検索結果がありません。

楊逸『獅子頭』における「獅子頭」の意味

N/A
N/A
Protected

Academic year: 2021

シェア "楊逸『獅子頭』における「獅子頭」の意味"

Copied!
14
0
0

読み込み中.... (全文を見る)

全文

(1)

楊逸『獅子頭』における「獅子頭」の意味

李  雁  南

An Analysis of Yang Yi’s Lion Head

LI Yannan Lion Head is a long Japanese novel, written by Chinese writer Yang Yi in 2010 2011. “Lion head” is not just a food but also a symbol. This paper analyzes the meaning of the relationship between lion head and hero. The lion head is a part of the hero, but then became a substitute that replaces the hero’s personality. After the hero crossed over the border from China to Japan, the lion head became a mixed one. In the end, the lion head has been lost. In my opinion, Yang Yi is a writer using Japanese language, but she is not a Japanese writer. She imprinted Chinese mark on her Japanese literary creation, and thus make her literature has the characteristics of mixed and cross-border symbols.

キーワード:楊逸,獅子頭,中国,越境,混血,移民作家

Key Words : Yang Yi, Lion Head, China, cross-border, mixed, Immigrant writer

 2008 年に初めて外国人作家として芥川賞を受賞して以来,楊逸はずっと意欲的に新作を 発表しつづけた.2007 年のデビュー作『ワンちゃん』と 2008 年の受賞作『時が滲む朝』に 比べてみれば,2009 年の『金魚生活』,2011 年の『獅子頭』,2014 年の『あなたへの歌』な ど,作家としての楊逸の成長がはっきりと目に見える.素材の面では国境を越えて中国か ら日本に移住する中国人を主人公とし,中国人の日本体験を描き,言語の面では中国語を 母語とする中国人作家ならではのユニークな中日混血の日本語表現を駆使し,筋立の面で は,私生活の些細なできごとにこだわったり現実と幻想の境目を彷徨ったりするような今 日の日本人作家と違って運命の変わり目を中心に長い人生の流れを大河小説風に描いてい く.「越境した文学者」と呼ばれ,作品も「越境文学」と呼ばれるのに対して,楊逸は「も し私の小説に中国人が出てこなかったら,たぶんみんなガッカリするだろうなと思います よ」(楊ほか 2009:201 )と笑ったという.

 確かに日本語で書く外国人作家なら,日本の編集者からも読者からも日本人作家との差

中央大学政策文化総合研究所客員研究員

Visiting Research Fellow, The Institute of Policy and Cultural Studies, Chuo University

(2)

異が最初から期待されるのも当たり前といえば当たり前だろう.そんな期待に応えるよう に,楊逸の文学は題名から素材や人物設定や筋立てや言葉遣いなどにわたって,すべて「中 国」という記号を目立たせようとしている感じが免れない.例えば,2010 年 2 月から 2011 年 7 月まで『朝日新聞』での連載を経て,2011 年 10 月朝日出版より単行本として出版さ れた長編小説『獅子頭』はその代表的な一つといえよう.

 題名の「獅子頭」は中国江南地方の名菜で,いろいろな作り方はあるが,基本は,豚肉 のひき肉を調味料を入れてから大きな丸い団子にして蒸すという料理である.日本人読者 は「ししとう」と発音するかもしれないが,わざわざ「シーズトォ」と中国語そのままの 発音を注音している.主人公の張二順も「二重の順」(楊 2011:9 )という中国特有の迷 信から村の占い師によって付けられた名前で,「アーシュン」と,これも中国語の発音が付 けられた.小説は「シーズトォ」と「アーシュン」との葛藤のなかで展開していく.

一、内在される「獅子頭」

 田舎生まれ,田舎育ちの少年二順にとって,料理人である父の関係で中国東北地方の有 名な海浜都市大連の雑技学校に入ったのは人生の最初の大転換であった.雑技学校に入っ た二順の辛い訓練にじっと耐え抜く姿は息子を愛する父親の心を痛めた.父は料理人であ る便宜を利用して,食事ごとにこっそりと二順の茶碗のご飯の下に小さな肉団子を埋めた.

中国の四大名菜に数えられる「獅子頭」とは程遠い粗末な肉団子にはすぎなかったが,成 長期の少年にとってこの地味な肉団子に父親の愛がいっぱい込められているように見えた のであろう.二順は父親の肉団子にとても満足していた.

 しかし,そんなささやかな満足と幸福は雑技団の公演で上海に行き,公演成功の祝宴で,

淮揚1 )料理の老舗レストランの本物の「獅子頭」を食べた後で失われてしまった.

 「狐色のソースをたっぷりとかけられ,獅子の長いたてがみに見立てた細い千切りの 生姜は,まんべんなく丸っこい肉団子を覆っている.箸でつっつくと,肉汁がジワっ と中から滲み出て,思わず涎も垂れてしまいそうになる.」(楊 2011:30 )

この本場の「獅子頭」に比べれば,父親が公演から帰ってきた息子を労うために作ったの はいつもどおりの「砂糖をたくさん使ったようで,ほかの調味料と調和できぬまずさ」(楊  2011: 32 )の粗末な肉団子であった.それにがっかりした二順は上海の「獅子頭」がどん なにおいしかったか説明した.しかしいくら説明しても,父は試行錯誤を重ねるばかりで,

変な肉団子の試作を次々と出してくるだけである.

(3)

 少年二順にとって,父の粗末な肉団子と豪華な淮揚料理の「獅子頭」は成長の原風景と 外の世界への憧憬との二律背反のような存在であったろう.父親への甘えと反発の中で,

二順はひそかに本物の「獅子頭」を何遍なく懐かしんでいた.この矛盾を打破したい願望 があるからこそ,足を痛めて再び雑技の舞台に戻れなくなった二順は父親がいる雑技学校 の食堂の下働きに満足できず,父親に告げずに雑技学校から飛び出して大連の都心部に入 り,「淮揚名菜」という小さな江南料理の店で働くようになった.いわば,「獅子頭」が二 順を少年から一人前の成人の世界へと飛翔させた原動力にほかならなかった.

 たくさんの料理の作り方を淮揚名菜で勉強したが,なかでも二順が心を傾けたのはもち ろん「獅子頭」である.ここで,二順は店主の娘である雲紗と知り合い,しかも共に料理 学校に入った.料理学校の卒業を祝うため二順と雲紗が一緒に作った食事会のメニューの 中心に据え付けられたのはやはり例の「獅子頭」であった.「淮揚名菜」の店主,雲紗の父 親が二順の作った「清蒸獅子頭」の味を認めた.それで「出会ってからその味に魅了され,

十年以上追い求め続けた獅子頭,そのうまさのわけがぼんやりとしながらも見えてきたよ うだ.」(楊 2011:85 )と,二順は「獅子頭」の成功を自分の料理人としての門出の象徴 として喜んでいた.

 それだけではなく,料理学校から卒業して,大連一流のレストラン「光洋飯店」で働く ようになったあとでも,二順は雲紗が提案した「獅子頭」を上手に作ったことによって,

料理長に認められ,「めでたく一品料理を作るプロの料理人に昇格した.」(楊 2011: 68 ) この「獅子頭」のおかげで二順は一人前の男になって雲紗と結婚した.

 いわば,「獅子頭」は二順が少年から青年へと成長する過程に深く刻み込まれた烙印のよ うなものであった.「獅子頭」の粗末な原型と考えられる父親の肉団子は二順の少年時代の 成長の記憶であり,上海で食べた本場の「獅子頭」は二順の外界に対する憧憬と成長への 渇望を象徴し,また淮揚名菜で覚えた「獅子頭」作りは二順の青春の一部分で,同時に雲 紗との恋の一部分でもあった.二順は「獅子頭」の前身である肉団子を通して,父親の愛 のぬくもりを感じ,また上海の「獅子頭」を通して,広い世界に触れ,父の元から離れて,

もっと広い世界に飛び立つ成長の夢を見,さらに,「淮揚名菜」の「獅子頭」を通して,成 長の脱皮を遂げ,恋を知ったのである.「獅子頭」は二順の成長の友であり,青春の印であ り,さらに人生の不可欠な一部分である.このように,「獅子頭」は二順の人生の中に内在 化され,二順という人間存在の一部分になった.

二、同一される「獅子頭」

 二順が雲紗にプロポーズした時,以下のようなやりとりがあった.

(4)

「(君は)お姫様でも女神でもない.あの,あの,獅子頭のような,頭だよ.」

「何,わたしが食べ物なの?」

「いや,そう,そうじゃないんだ.獅子頭じゃなくて,ただの頭だ.」

「頭?」

「ん,頭だ.俺が手足で,雲紗は頭だ.つまり一緒にいないと俺は頭のない人間になっ ちゃうってこと.」(楊 2011:96 97 )

 獅子頭・頭・雲紗・俺の頭という四位一体の構図からみれば,二順にとって獅子頭とい えば,もはや単純な「料理」という客観的対象ではなく,知恵が込められ,愛情も込めら れた象徴的な存在となったのである.

 こういう獅子頭に執着する二順はますます獅子頭作りに打ち込んで,雲紗が提案して,

二順が実践した「獅子宴」コース料理はつい「光洋飯店」の看板料理となった.二順もこ の「獅子宴」コース料理で日本人老紳士に注目された.

 日本人老紳士との初対面で,二順は「こちらが獅子宴を作った張です」(楊 2011: 102)

と紹介された.この時点より,「獅子宴」あるいは「獅子頭」はまるで二順のもうひとつの 名前のようになったわけである.老紳士が二順を日本に招く原因も「お前が作った獅子宴 を日本人に食べさせたい」(楊 2011:104 )ためであり,また,光洋飯店が二順を日本に 行かせるのも「日本人民に獅子頭を作れるってことは,お前にとってどれだけ名誉なこと か」(楊 2011:104 )とのことであった.

 二順という個性的な人間の存在がここで抹殺され,残るのは二順が作った「獅子頭」と いう物象だけである.「獅子頭」は二順という人間存在に取って代わり,二順自身と同一化 された.「獅子頭」と二順の合体は,物語の前半と後半をわける分岐点であり,後半で二順 は大連よりもっと外の世界にひとりで放り出されることによって前半とはまったく違う問 題と格闘しなければならなくなる.

 しかし,ここで絶対見過ごしてはいけないことがある.それは,昔の恋人,今の妻,二 順によっていみじくも獅子頭に喩えられた雲紗の存在である.雲紗こそ,いろいろなアイ ディアを考え出し,しかも二順に獅子頭の作り方と獅子宴の提案をした人である.雲紗に 比べれば,二順は獅子頭や獅子宴の実行者にすぎない.前述の二順自身の言葉を借りてい えば,まさに雲紗が「頭」で,二順自身が「手足」である.それにもかかわらず,「頭」雲 紗ではなくて,「頭のない」「手足」である二順は「獅子頭の二順」として日本人老紳士に 認められ,光洋飯店から日本に派遣されてしまう.なんということだろうか.手足が頭か ら切り離されてたったひとり遠い日本へ行くとは.しかしこれこそが小説の主題に求めら れる筋書きだといえよう.

(5)

 若妻とたった生後 6 ヶ月の幼い娘雲舞を中国に残して,二順はいやいやながら日本に出 発した.「頭を大連に残して,手足だけ日本に行っちゃって,大丈夫かな」(楊 2011: 121)

と雲紗が涙ながら二順に言った送別の言葉は日本に行ったあとの二順と獅子頭の失敗につ いての予言なのであった.

 大都市の大連で生活していたにもかかわらず,二順はまともな教育を受けたこともなく,

あまり見識もない田舎少年のままで,物事を深刻に考えたことはほとんどなかった.父の 関係で雑技学校に入り,同窓の鬼猫の提案で二人の雑技番組を出し,また雲紗の提案で獅 子頭を作ったり料理学校に入ったり光洋飯店で獅子宴コースを出したりした.技能の成長 は目に見えるものであるにもかかわらず,人間の成長はいっさい見えない.まるで自分の 人生を操り人形にして,糸を他人の手に任せるような生き方である.こんな二順は獅子頭 を作る技術だけを頼りに,言葉も通じなければ国情も文化も全く違う異国の日本へ単身で 赴く.いかにも危なっかしい.

 二順と獅子頭との同一化の過程は二順が「獅子頭の中国人,張二順です」(楊 2011:

133 )という自己紹介より日本での生活を始めた時点で既に完成された.獅子頭は二順の 別称となり,またかつての中国の光洋飯店でも現在の日本の中華料理店「南鮮府」でも二 順の存在価値ともなってしまったのである.この同一化は二順の「中日友好のために本当 に獅子頭を作るだけでいいのか」(楊 2011:124 )という懐疑の中で反芻されつつ,どう しても打破できない頑固な壁のように,二順を中に閉じ込め,一歩も外へ踏み出すことを 許さなかった.

 南鮮府の狭い厨房と暗い地下室の宿舎を往復するなかで,二順は日本での生活を始めた.

言葉が通じなくても,寮友の中国人厳明の勧めで中国語を早口で発音することでごまかそ うとして,正しい日本語を勉強する意欲も抑圧されたうえに,厨房と宿舎を離れてもっと 広い異国の外界に接触することも欲しなかった.客観的な面からみれば,二順はたしかに その肉体を中国から日本という外国に移してはいるが,しかし主観的な面では二順は自分 の「頭」を大連から日本にたつあの時点の中国に残したままである.日本に来て以来,二 順の「頭」はすこしも新しい成長を遂げなかった.

 しかし,二順は自分の頭である妻の雲紗にもかつていろいろなアイディアを提供してく れた友達の鬼猫にも実情を隠すことにした.

 「悩みに悩んで,夕方になってやっと手紙を書き上げた.宛名だけ変えて同じ内容を 二通に写した.初めに想像していた,日本に着いてすぐ出席した盛大で熱烈な歓迎会 の様子を描き,豪華な宿舎,獅子頭で博した日本人民の好評など,中日友好の使者と して日本での一週間の活動を報告書の調子に仕上げた手紙である.」(楊 2011:135 )

(6)

二順は嘘をついたのである.この嘘のせいで,操り人形のようで手足だけが動いていて,

頭で考えたことの知らない二順はとうとう自分の人生の糸をもっている鬼猫や雲紗と隔絶 されてしまった.狭くて暗い厨房と宿舎に閉じ込められた二順は自分で出口を見出すこと はできないうえに,出口を見つけてくれそうな鬼猫と雲紗をもつい見失ってしまったので ある.

 二順自身の人間成長が止まったと同時に獅子頭も魂を失ったように時代とともに前進す る活力を失ってしまい,ついに「獅子頭」は南鮮府の中華一品料理となり,またランチの 定食料理になってしまったのである.昔の光洋飯店の看板料理であった豪華な想像力に富 んだ「獅子宴」から日本の中華料理店の「獅子頭」ランチ定食への墜落は,二順自身の運 命の軌跡と重なるものと見られよう.二順と獅子頭の同一化はこうして表面的な名称だけ ではなく,本質的なものとなってしまったわけである.

三、混血される「獅子頭」

 二順が自分の運命を大きく変えた南鮮府のウエートレス幸子と最初に言葉を交わした時 にも獅子頭が登場した.二順が自分の作った獅子頭を食べているところ,「ニーハオ」と幸 子が中国語で声をかけてきた.

「(幸子は)中国で尊重されるような飾り気なく労働者らしい女性のイメージとは大分 離れてむしろ,憎むべき搾取階級である民国時代の地主の妻というあだっぽいタイプ の女に見えるが,でも中国語を教えていけば,いつかきっと中国の革命思想に共鳴し て純朴になるだろう.」(楊 2011:140 )

という考えから,二順は進んで幸子と付き合い始めた.中国語を教えてあげたり,一緒に 紅葉を見に行ったりしたが,二人の関係は紅葉見から帰った夜,幸子の誘惑で肉体関係を 結んだ時点から,根本的に変わってしまった.

 幸子が妊娠した.「頭」を持っていない二順は今回も中国にいた時と同じように,自分の 運命を操る糸を寮友の厳明の手に任した.厳明は日本に来て以来,二順と同じように自分 を厨房と宿舎によって密封された空間の中に閉じ込めた人である.そんな厳明はかつて中 国で覚えさせられた文化大革命のイメージで,二順が日本人の幸子を妊娠させたことで政 治犯となり,死刑に処せられるかもしれないと言ったので,二順は怖さのあまりに,厳明 の斡旋で妻の雲紗と離婚して,幸子と結婚した.

 二順が幸子を「地主の妻」から「労働者」に改造しようとする考え方も厳明の政治犯と

(7)

か死刑とかの話も今日の中国人読者が読めば笑いたいぐらいの古めかしい感じのするもの ではあるが,しかしそれこそ楊逸が日本人読者に読んでもらいたい「中国」であるかもし れない.「彼女(楊逸)の作品に改革開放前の中国人の生活への回想があり,飲食・農村生 活・文化大革命の体験・民主主義運動といった素朴な中国文化を紹介した.(中略)これら 素朴な内容が日本人読者の中国に対する興味と『昔』への思いを呼び起こしたのである.」2)

(藤田 2012:105 )中国は今アメリカや日本をはじめとするいわゆる「先進国」に仲間入 りしようとしている.もはや文化大革命時代のように,毛沢東の教えを日常の口頭禅とし たり,階級闘争とか革命とかを口ずさんだりするような時代ではない.今日の中国の大都 市に行けば,まったくニューヨークや東京に負けないほどの繁栄ぶりで,まさに国際都市 という感じである.経済の発展とともに民族自尊心も高ぶっている今時の中国人が専ら今 日の中国の繁栄ぶりを外国人に見せたいと思っているのに対して,日本人読者がもっと読 みたいのはたぶん現在の国際的で日本とはあまり違っていない中国ではなくて,むしろ昔 の面影を忍ばせる古い中国であろう.政治的な雰囲気が濃く,労働人民の革命の情熱が燃 え上がる昔の中国こそ,今の日本人読者に新鮮感を与え,それから懐かしい昔の時代を思 わせるのではなかろうか.いわば,楊逸が書いた「中国」は日本人読者の期待にうまく一 致しているところこそ魅力的であろう.

 結婚したあと,二順は南鮮府での仕事を辞めて,幸子と二人で小さな食事処「幸腹食堂」

を開店した.今回は豪華な獅子宴どころか,獅子頭ランチもできず,ラーメンやチャーハ ンぐらいの本当に庶民的な中華料理しか作れないような状況に陥ったのである.「このよう な料理,一流のコックだと自負する二順にはちょっと屈辱的で,客に出せるようなものに 思えなかった.」(楊 2011:251 )二順はすっかり気が滅入ってしまった.店の経営など を幸子に任せて,幸子とも息子の涼太とももちろん店に来る日本人の客ともあまり交流が ない二順にとって,唯一の話し相手になってくれるのは,幸子の母である美栄子しかいな かった.

 二順はこのように小さな食事処の料理人に転落し,獅子頭から分離させられたようにな ってしまったが,一方では,南鮮府のほうで獅子頭料理を続けて出すために,光洋飯店か ら新しく獅子頭を作る料理人を招いてきた.二順が日本に行ったあと,ずっと光洋飯店で 獅子宴を担当した雲紗である.二順と違って,来日する前に既に日本語をちゃんと勉強し ておいた雲紗が南鮮府の厨房に入ってすぐ流暢な日本語で料理人たちの人気を博した.日 本人鈴木とも二順の寮友であった厳明とも愉快に付き合い,バリバリと働きながら,同じ く大連から来た大学の先生である李先生の勧めで,積極的に日本文化に触れ,富士山へも 見物に行った.雲紗こそ新しい時代の中国人らしく,異文化に対する好奇心と求知心をい っぱい持っていて,肉体が越境すると同時に,精神世界の本質的な越境も自分の積極的な

(8)

努力のもとで実現できた,名実相伴う真の越境者である.雲紗と李先生の登場は『獅子頭』

における中国人の人物像を二順や厳明といった異文化の監禁者から能動的な異文化の体験 者へと充実させていくのである.

 厳明が間に立ってくれて,二順と雲紗がとうとう幸腹食堂で会った.美栄子が得意なカ レーライスで接待してくれたが,頭のいい雲紗がカレーと獅子頭を合一する「獅子頭カレ ー」をその場で考案した.雲紗は二順が幸子と離婚して自分と再婚すると言ったのをそっ けなく断ったにもかかわらず,依然として,二順の,ないしかつて二順と同一されたが,

今は二順と分裂された獅子頭の,「頭」,つまり魂である.

 この「獅子頭カレー」は雲紗の提案と,美栄子のコメントと,二順の実践とで,完璧に 完成された.「わき出た肉汁がカレーのまろやかな味と相性ピッタリ.死ぬほど美味しくな った」(楊 2011:354 )という大成功であった.その後,二順は「獅子頭カレー」だけに 満足せず,更に日本の食材によく見られる魚を生かして「和風獅子頭」を作り出した.

 「野球ボール大の特製和風獅子頭を,二つ割りにして器に見立てたパイナップルの皮 の半分まで敷いたライスの上に載せ,周りにサイコロの形にしたパイナップルの果肉 を散らばせ,中辛のカレーをかけた.」(楊 2011:354 )

 「獅子頭カレー」も「和風獅子頭」も中国の名菜である「獅子頭」と日本料理とを混血さ せたものである.たとえ離婚していても,雲紗が頭で,二順が手足だという組み合わせは 変わっていなかった.積極的に日本文化に触れ,日本での異国体験を楽しく満喫した雲紗 にとっては,「獅子頭カレー」は彼女が望んだ異国文化と自国文化の融合であり,自分の珍 しい異国体験の記念品のようなものである.一方,来日してからずっとどこか狭い空間に 閉じ込められた二順にとっては,「獅子頭カレー」と「和風獅子頭」の試作を通して,自分 の祖国と故郷と家庭への懐かしさが込められただけではなく,日本での唯一の話相手であ る美栄子からの好意もその中に滲みこませたのであろう.こういうふうに,「獅子頭」は雲 紗によって南鮮府で復活すると同時に,二順によって幸腹食堂で混血児として新しく生ま れ変わったのである.

 獅子頭の混血は下落の一方道をたどる二順にわずかな光をもたらした.光洋飯店の獅子 宴は最大のクライマックスであれば,その後はずっと低迷が続き,混血した獅子頭の登場 はその低迷の中でもう一つ小さなクライマックスを作り上げる.しかし,それは最後の結 末に備えての準備段階で,束の間のことにすぎなかった.「起承転落」という中国の文章作 法の「転」に当たる部分である.楊逸の書き方にはやはり中国的なところが残っていると 思う.『獅子頭』からみれば,獅子頭の「内在」は始まりの「起」の部分で,「同一」は前

(9)

を受け継いで高潮をなす「承」にあたり,「混血」は結末に向かう「転」で,それに「喪 失」は最後の「落」となる.

四、喪失される「獅子頭」

 束の間の復活を経て,「獅子頭」はとうとう終わりに向かっていく.

 まもなく来日 1 年後に,雲紗は母親が腰を痛めたことで大連に帰った.一方,新しくフ ァミリーレストランがオープンした脅威で,安くておいしい「獅子頭カレー」があるにも かかわらず,小規模な家庭料理店の幸腹食堂はとうとう閉店してしまった.結婚した当初 からずっと離婚を考えてきた二順は閉店の当日ほとんど無交流な夫婦生活をやめる決心を して,幸子に離婚を言い出したあと,家出して,新宿のある小さな料理店で働くようにな った.

 雲紗の帰国と幸腹食堂の閉店は獅子頭の終結を意味していると同時に,雲紗をはじめと する他人の頭で生きてきた二順の人生が一段落したことの象徴でもある.その後,家出し た二順は六畳の小さなアパートに身を置くだけで,幸子との離婚を進んでやる気もなく,

雲紗との再婚も年数が積み重なるにつれてだんだん遠ざかっていく.いまや,二順にアド バイスをして,二順の人生を左右するような「頭」たち,鬼猫も雲紗も厳明もみんな二順 から遠ざかっていった.それと同時に,ずっと二順の人生の道連れである獅子頭も二順と かけ離れてしまうようになったのである.

 獅子頭の最後の登場はもはや二順自身のためではなかった.かつての南鮮府時代の同僚 鈴木と大連の娘との結婚を祝うために,二順は数年ぶりにもう一度獅子宴を作ったのであ る.かつて獅子宴で門出を祝い,結婚を祝い,光洋飯店で名を挙げた二順は今回こそ自分 のためではなく,他人の幸福のために獅子宴を作るわけである.

 周りの人たちはみんな幸福になった.原点に止まっているのは二順だけのようだ.「衣錦 還郷」の夢を抱えつつ,雲紗と雲舞のもとに戻りたくても,幸子との離婚の手続きがなか なか進まない膠着状態に甘んじている.まるで二順の人生は大連から日本にたつ時点で停 止しているようで,日本に来た後の全てが悪夢のようなものでしかなかった.かつて南鮮 府の厨房で薄々感じていた悲哀と不安がずっと長く日本での生活で尾を引いていく.

 「社会から隔離された,南鮮府の厨房という小さな異空間に閉じ籠るようになってか らは,中国での時間のみならず,日本での時間も,自身の人生も来日した日に止まっ たままになっているのではないかと,今さらながら,はたと気づいた.ぞっとしてく る.自分ひとり置いてきぼりにされ,世の中は,ちゃんと揺るがずに動いていて,進

(10)

んでいる.」(楊 2011:322 )

 そんな二順の人生の軌跡と重なったのはずっと獅子頭にほかならなかった.光洋飯店の 獅子宴を頂点に,二順が日本に来たあと,獅子頭は南鮮府の獅子頭ランチに転落し,さら に幸腹食堂で獅子頭カレーという小さな食事処のお昼の定食に転落するようになり,最後 にファミリーレストランとの競争で敗北した.最後の四喜獅子頭の登場は転落の道を突っ 走ってきた獅子頭にいささかの明るさを与えたが,しかし,不幸なことにそれは二順自身 のための登場ではなかった.獅子頭と同じように,二順の人生も日本に来てから転落の一 方道だった.自分の「頭」である雲紗と離婚して,再婚の幸子ともうまくいかず,南鮮府 でも幸腹食堂でも新宿の食事処でもずっと小さな厨房の中で黙々と働いてばかりいた.繁 華を極めた国際都市である東京に身を置いていても,二順が実際いるのはだれもいない孤 独な砂漠である.

 小説の冒頭で二順が妻の雲紗と娘の雲舞と一緒に獅子舞を見ていた時,獅子に呑まれそ うになる悪夢が描かれた.

 「頭が獅子の真っ赤な口に嵌ったようで,もうじき食われてしまうのだろうか.全く 絶望的だ.硬直する二順は獅子に倣い,口を大きく開け,獅子の舌を目がけて思い切 り噛みついた.」(楊 2011:5 )

 まるで獅子舞の獅子に呑まれるこの夢のように,二順の人生は獅子頭に左右されるよう なもので,幸運も悪運もすべて獅子頭からもたらされたものである.成長と青春の記憶と して獅子頭を内在し,また「獅子頭の張二順」と称されるように獅子頭と同一視され,「和 風獅子頭カレー」という中日混血の獅子頭を作り出しても,二順自身と獅子頭との分裂は 結局避けられなかった.獅子に噛み付くという夢の場面は獅子頭に対する二順の執着と怨 恨を象徴しているといえよう.

 それに「獅子頭」という一つの物象を中心に物語を展開させるような楊逸の書き方はマ クロの視点に立つことが多くてミクロの視点から書き始めることをあまり好まない中国の 文学とは違い,いかにも日本的な書き方らしく感じられる.中国の作家の多くは歴史や多 数の人間の運命を変える重大な事件と広い空間に跨る宏大な場面が好きで,日常の些事に あまり触れたくない傾向があるのに対して,日本の作家はむしろ自分の体験や見聞に基づ き,小さなところから着目し,身辺の雑事を描くことを好む.そういえば,「獅子頭」とい う中華料理を中心に据えた書き方はいかにも日本的な感じがするが,中国と日本を舞台に して主人公の半生を描く文章の構成はまたいかにも中国人作家の書いたものらしい.それ

(11)

こそ,中日の混血児として生まれる楊逸の文学の魅力であろう.

 二回も結婚して,娘と息子を一人ずつ持っているにもかかわらず,二順は異国の日本で いつまでも孤独者である.生まれ故郷といつも精神的に自分を支えてくれる親友から離れ て,一旦外国という異空間に放り出されれば,根無し草のようになってしまう.新しい土 地に根を下ろすために,積極的に異国文化に触れ,異国社会に溶け込もうとするのではな く,ただただヤドカリのように労働の場と下宿の場で構築される小さな殻に身を隠すだけ である.

 このような肉体だけが異国に移動していて,精神的な働きは出国した時点で停止した,

偽りの越境者は,なにも楊逸が書いた二順だけではない.近代に入って以来 100 年以上に わたる中国人の海外移住,特に肉体労働によって生活を営む中国人の海外移住者の中によ く見られるような人物で,しかも 20 世紀以来全世界で花を咲かせてきた「華人文学」3 ) 作家によってよく描かれた人物像でもあった.こんな人物はいずれも異国で何年住んでい ても永遠に「沈黙の他者」であり続けるような陰の存在のままである.例えば,アメリカ で活躍し,中国国内でも広く読まれる厳歌苓4 )の名作『扶桑』の主人公扶桑はアメリカで 生活する中国人遊女で,殆ど自分の意志を持たずに,妓楼の部屋の小さな窓から外を眺め るだけで,動物的本能によって生存しているにすぎない.

 この意味ではもっと広い視野をもって楊逸を,海外で外国語を使って書く「華人作家」

の一人として考えれば,その存在はもっとはっきりと見えてくるのであろう.

 楊逸はまず,1980 年代以来日本に留学し,学業を終えたあとでも日本で生活し,日本で 文章を書き,中日の間を往来する数多くの「在日華人作家」の一人である.ただ,大多数 の在日華人作家が中国語で日本のことを書いて中国人読者を目指している.今このような 作家たちは中国で「販日者」,つまり日本のことを中国で販売する者だと呼ばれているが,

彼ら自身も冗談半分に自分たちは「日本」を販売することでお金を儲けたと自嘲している.

こういえば楊逸は彼らとは逆に,日本語で中国人や中国のことを書くことによって,日本 に「中国」を販売する「販中者」となってしまう.実は楊逸が 2008 年芥川賞を受賞して以 来,中国での評判はあまり良くなかった.いや,「中国で」というのは不適当かもしれな い.なぜかといえば,楊逸は日本語で書いているので,普通の中国人読者は分からないか らだ.受賞作の『時が滲む朝』は政治と関わる敏感な内容があるということで,中国語訳 は台湾の大地出版社より出版されるだけで,大陸のほうでは出版しなかった.そのため,

楊逸の本を読んだのは日本語の分かる中国人,主に日本研究をする中国人学者だけとなっ てしまう.日本語専門出身で,大学時代から夏目漱石を読んで日本語を勉強してきた中国 の学者たちにとって,楊逸の不自然な日本語表現,粗末な文章の組み建て,文化大革命や

(12)

天安門事件など敏感な話題を取り立てて書く意図,それにわざと中国の古くて粗野的な一 面を日本人読者に晒し出すことなど,読んで不愉快な思いをさせられることが多い.しか し,これだけで楊逸を全面的に否定していいかといえば,決してそうではない.楊逸の登 場は,日本語で書く中国人作家の存在を日本人読者に示しているばかりでなく,その宏大 な物語の展開と,違和感を持つ新鮮な日本語表現など,今日の日本文壇に新風を吹き込ん だものともいえよう.

 また楊逸を,海外から日本に入っていく「越境作家」のひとりとして考えることもでき る.楊逸は同じく日本語で書くアメリカのリービ英雄やアーサー・ビーナード,韓国ゆか りの柳美里や李良枝,イランのシリン・ネザマフィ,モンゴルのデビッド・ゾペティ等と 並んで,現在の日本文壇で活躍している外国人作家のひとりである.彼らの存在は日本文 学,ないし日本語という言語にとって,大きな刺激であり,また脅威であるかもしれない.

その中の一例として楊逸を取り上げていえば,楊逸の日本語表現はこなれていないところ が多々ある.中国語由来のことばづかいが頻出する.これは楊逸の文学の特徴であるが,

わたしはそればかりでなく,日本人の文学雑誌編集者の考えかたが変化したのではないか と感じる.外国語の表現と入り混じったこなれない日本語,それはいわばクレオール日本 語である.これまでも日本語を母語としない人が日本語で書いた文章は多々あった.そし て新聞雑誌に掲載されたそれらの文章は,実に見事にととのった日本語になっている.本 人以外のなんらかの手が入ったか否かはともかく,編集者たちの日本語に対する要求水準 は高かったのである.狭かったと言ってもいいかもしれない.それに対して,楊逸の登場 は日本語の書き言葉の世界を広げた.その判断をしたのはおそらく編集者であろう.わた しはその判断に注目したいのである.楊逸はむしろこなれていない日本語で日本語表現の 世界を広げたと思う.楊逸の日本語をそのまま認めたことは編集者や読者たちの日本文化 に対するある種の自信の表れともいえるかもしれない.

 要するに,『獅子頭』は中国人の海外体験を基本にしながら,多種多様な素材と書き方に 挑戦してきた楊逸の日本語文学の一作である.文化大革命を体験し,開放改革後の出国熱 で日本に行き,日本での留学生活と結婚・離婚を経て,精神の原風景である祖国への未練 と回顧との中で,日本という異国で「他者」である自分を意識しつつ,その差異を目立た せながら,日本の文壇で立身しようとする楊逸は,書きたいことがいっぱいあって,しか もそれが十分に日本人読者の好奇心を満足させることができるという面からいえば,幸運 ではあるが,しかしいくら日本語で懸命に書こうとしていてもあくまでも中国と日本の中 間に立って,どっちつかずな状態に置かされている面から言えば,また不幸な作家でもあ ろう.楊逸の大きな物語を粗末に取り扱う書き方を非難し,中国語をそのまま挿入したり 中国語式日本語表現をわざと使ったりする表現法を不満がったりする日本学者は少なくな

(13)

いが,一方楊逸の越境創作と日本人作家による日本文学との差異を最初から認めてそれを 肯定する学者もいる.

 「彼女に比べると,ごく小さな私的圏域に視点を限定し,その中で恋愛と呼べるかど うかもわからない人間関係やとりとめのない感情の変化を追うことに集中しがちな現 代日本の多くの若手作家たちが,不幸な存在に見えてくる.彼らは楊逸とは対照的に,

本当は書くべきものをあまり持っていないのではないか,と思えてしまうからだ.」(沼 野 2008:227 )

 2017 年 6 月,台湾生まれ日本育ちの中国人作家温又柔5 )の,異文化の間に挟まれる在日 中国人二世の話を取り上げた作品『真ん中の子どもたち』は芥川賞の候補作に選ばれた.

受賞こそできなかったが,候補の四作に入ったことだけでも十分意義があるといえよう.

2008 年 1 月,楊逸が『ワンちゃん』で芥川賞候補に入ってからほぼ 10 年ぶりである.こ う見てみればこれからの日本文壇における中国人作家をはじめとする外国人作家の活躍が 期待されるものであろう.外国人作家の登場が本来の日本文学にとってどんな意味を持つ のかが,これから大きな課題になることは予測できるものである.それは「日本―日本人

日本語―日本文化」(小森 1998:283)という国家・民族・言語・文化の四位一体で固 められた確固たる存在であった伝統的な日本文学にとって,まさに挑戦と脅威ではあるが,

同時に日本文学が狭い限られた空間から脱出して,もっと大きな世界文学の大空に飛び立 つ契機でもあるといえよう.

1)「淮揚」は「ホワイヤン」と中国語読みで注音された.「淮揚菜」は中国の四大名菜の一つで,

発祥地は淮安・揚州を中心とする淮河流域と揚子江流域である.

2)日本人学者が中国語で書き,中国の学術誌に発表した論文で,引用部の日本語訳は筆者によ る.

3)中国人が中国以外の地域で海外体験を書く文学の総称.使用言語はその地域で使われる言語か 中国語.近年来,「華人文学」についての研究は中国で盛んに行われている.

4)厳歌苓,1958 年上海生まれ,現在はアメリカ籍.中国語・英語を使って創作する作家.代表 作には『ひとりの女の史詩』『扶桑』『多鶴おばちゃん』などがあり,その作品は映画やドラマに なったことが多い.

5)温又柔(おん・ゆうじゅう),1980 年台湾生まれ,3 歳の時に両親とともに日本に移住.留学 生作家として活躍.代表作は『好去好来歌』( 2009 ),『来福の家』( 2011 )などがある.

参 考 文 献 小森陽一(1998)『〈ゆらぎ〉の日本文学』日本放送出版協会.

(14)

沼野充義(2008)「新しい世界文学の場所へ―大きな楊文学についての小さな論」『文学界』第 62 巻第 9 号 226 231 頁.

藤田莉那(2012)「日本华人文学的视野与发展空间」『華文文学』第 110 巻(2012 年第 3 号)97 107 頁.

楊逸×シリン・ネザマフィ(2009)特別対談「私たちはなぜ日本語で書くのか」『文学界』第 63 巻 11 号 190 205 頁.

楊逸(2011)『獅子頭』朝日新聞出版.

参照

関連したドキュメント

The present study aim to compare Chinese students and Japanese students with regards to the multiple aspects of friendship.218 Chinese students and 247 Japanese students complet-

抱く。そして、いつしかアイデンティティを喪失し、スティーヴンの操り人形と化して、"I am truly not myself, I am truly gone, I have disappeared from

Xue Xuan interpreted Li (principle) and Qi (energy flow), Yin-Yang and Qi, movement and stillness on the theories of Zhou- Dunyi and Cheng Yi (Yinchuan), and placed them in

East Asian Social Survey (EASS) is based on Chinese General Social Survey (CGSS), Japanese General Social Surveys (JGSS), Korean General Social Survey (KGSS), and Taiwan Social

Life stories of Japanese language teachers are employed to analyze their views on Japanese language, Japanese language learning and teaching, in order to define a purpose of

Novel CACNA1C mutations identified in Japanese patients caused both Brugada syndrome and Idiopathic Ventricular Fibrillation without QT shortening..

First, I canalized and examined the views that some of the Japanese language education researchers had relating to the moral education, and then, based on the

Analysis of Metaphorical Expressions in Japanese Compositions Written by Native Chinese and Korean Speakers: From the Viewpoint of "index simile," "joined