製袋機におけるヒートシールモデルの統計的研究
[要約版]
猪俣 考史
中央大学大学院 理工学研究科 経営システム工学専攻
目 次
第1章 序 3
1.1 背景 . . . 3
1.2 研究課題 . . . 3
1.3 論文の構成 . . . 4
第2章 技術的背景 6 2.1 ヒートシールプロセス. . . 6
2.1.1 ヒートシールの方式とプロセスパラメータ . . . 6
2.1.2 ヒートシールの特性. . . 7
2.1.3 材料の熱特性 . . . 7
2.1.4 生産機におけるヒートシールプロセスパラメータ . . . 8
2.1.5 プロセスパラメータの安定状態の把握 . . . 9
2.2 統計モデルの利用とパラメータの推定. . . 9
2.2.1 統計モデル . . . 9
2.2.2 統計モデルのパラメータ推定 . . . 10
2.2.3 最適化アルゴリズム. . . 10
2.3 本研究の位置付け . . . 11
第3章 溶着面温度特性の把握 13 3.1 はじめに . . . 13
3.2 研究に用いる溶着面温度データ . . . 13
3.2.1 試料 . . . 13
3.2.2 溶着面温度の測定方法 . . . 13
3.2.3 解析対象の溶着面温度データ . . . 14
3.3 溶着面温度のモデリング . . . 16
3.3.1 熱収支モデルの組立. . . 16
3.3.2 パラメータ推定方法. . . 16
3.4 パラメータ推定結果とモデルの評価 . . . 17
3.5 結論と考察 . . . 19
3.5.1 溶着面温度の推定 . . . 19
3.5.2 融解状況の推定 . . . 19
第4章 統計モデルを用いた製袋機ヒートシールプロセスパラメータの推定 22 4.1 はじめに . . . 22
4.2 製袋機の動作と観測データ . . . 22
4.2.1 リンク機構とシール部の挙動 . . . 24
4.2.2 原動部の位相角θ(t)のモデリング . . . 26
4.3 モデリングとプロセスパラメータの推定 . . . 27
4.3.1 統計モデルの構成 . . . 27
4.3.2 モデルのパラメータの推定 . . . 27
4.3.3 プロセスパラメータの算出 . . . 29
4.3.4 初期値設定方法 . . . 30
4.4 パラメータ推定とモデルの評価 . . . 31
4.4.1 使用するデータ . . . 31
4.4.2 比較に用いる正弦波モデルGf,Gs . . . 31
4.4.3 計算手法 . . . 31
4.4.4 あてはめ結果 . . . 32
4.4.5 プロセスパラメータ推定値の評価 . . . 34
4.5 結論と考察 . . . 36
第5章 振動を伴う状態変化過程のデータを用いた安定状態の推定 37 5.1 はじめに . . . 37
5.2 対象とモデリング . . . 37
5.2.1 観測対象と観測データ . . . 37
5.2.2 対象のモデリング . . . 38
5.2.3 初期安定点の定義 . . . 39
5.2.4 モデルのパラメータ推定手法 . . . 39
5.3 パラメータ推定に用いるアルゴリズムと初期値の設定. . . 41
5.3.1 提案モデルの特徴 . . . 42
5.3.2 最適化のアルゴリズム . . . 43
5.3.3 初期値設定法の提案. . . 43
5.4 初期値の提案手法および最適化手法の評価 . . . 45
5.4.1 シミュレーションデータ . . . 45
5.4.2 初期値の比較 . . . 45
5.4.3 計算手法 . . . 45
5.4.4 結果 . . . 46
5.5 観測データへの適用 . . . 47
5.6 結論と考察 . . . 48
第6章 まとめと今後の課題 50 6.1 まとめ. . . 50
6.2 今後の課題 . . . 51
謝辞 52
第 1 章 序
1.1
背景包装資材は,物品を生産し消費する社会生活において,不可欠な存在となっている.近 年,地球環境の保護,食糧問題など様々な規模の課題が山積しているが,これらの課題に 対しても,包装資材が解決策の1つとなり,課題解決に貢献することが求められている.
こうした社会的な要請もあり,包装資材の中でも軟包材に注目が集まっている.
軟包材はフレキシブル・パッケージとも呼ばれる主にプラスチックフィルムを加工した 包装材料である.軟包材を用いた包装は,内容物が固体・液体であるかを問わず,軽量,
コンパクトに物品を包装することができる.そのため,物流効率が上げることができ,不 要となった包装の廃棄物の重量も軽くすることができるなどのメリットがある.
こうした理由があり,軟包材の用途は拡大を続け,水や食料といった生活雑貨だけでな く,薬品や医療器具,精密機器など様々な物品を保護し,輸送や保管に耐えられるように 設計され,利用されるようになっている.
軟包材に利用するプラスチックフィルムは,用途に応じて,外部からの荷重に耐える強 度や,酸素や湿気あるいは薬品などから内容物を守るバリヤ性,密閉性等を付加するため に機能性のフィルムを多層化して用いたり,紙や金属薄膜と組み合わせて用いたりするこ とがある.
このような軟包材の製品形態は,印刷が施されたフィルムをロール状に巻き取った形態 や,あるいは,パウチと呼ばれる内容物の充填が可能な小袋状に成型加工された形態をと る.この軟包材を袋状に加工する工程は製袋工程と呼ばれ,製袋機と呼ばれる加工機械に よって生産されている.この製袋機で生産される製品についても,用途の多様化が進み,
品質管理,工程管理のレベルアップが必要な状況となっている.
近年の生産設備においてはIT化が進み,多くの品質項目ならびに生産工程の管理項目 の観測が行われ,工程解析などへの活用が進んでいる.こうした生産環境の変化を取り込 み,製袋機においても工程の詳細を観測し,工程解析を行い,製袋品の品質向上,生産性 向上が必要となっている.
1.2
研究課題本研究は,製袋機における品質管理をより高度に実施することを最終目的とした研究活 動の中の一つに位置付けられている.製袋機の中で,製品の機能を作りこむ重要な工程と してヒートシール工程がある.ヒートシール工程は,プラスチックフィルムを加熱し,接 着する工程である.これまで,ヒートシールの特性把握は研究室レベルで行われているに
とどまっており,本研究では,これを製品の生産に用いる製袋機へ展開し,製袋機におけ る品質管理・工程管理を行うために必要となる手法の研究を進める.
製袋機で生産される製品の品質評価は,想定される内容物を封入した製品を1m前後の 高さから落下させ破袋するか調べる落袋試験や,耐荷重を調べる耐圧試験など,製品が利 用される環境を想定した試験が実施されている.しかし,これらはいずれも破壊検査であ り,出荷する製品について検査することはできない.
そのため,工程のプロセスパラメータを用いて製品の品質を推定する方法を必要として おり,工程のプロセスパラメータと製品品質との関係を把握することが重要な課題となっ ている.
これまで,ヒートシールについて多くの研究者が,シール強さ発現のメカニズムや品質 測定の方法について研究を進めてきた.それらの研究により,プラスチックフィルムの溶 着面の温度が,ヒートシールのシール強さ発現に重要な役割を果たすことが明らかになっ てきた.しかし,この溶着面温度は,特殊な熱電対を用いるほかに測定する手段がなく,
工程のプロセスパラメータを用いて精度良く推定する手法の構築が課題となっている.さ らに,シール強さが発現する温度を説明する理論的かつ定量的な指標はまだなく,プロセ スパラメータの管理値は実験的に求められているのが現状である.
ヒートシールにおけるプロセスパラメータは,シール温度,シール時間,シール圧が挙 げられる.これまでの研究は,これらのプロセスパラメータを測定できるように,テスト シーラなどの特別な実験装置を用いて行われており,製袋機などの生産設備で研究が行わ れた例は見られない.この理由として,生産設備においてプロセスパラメータの測定手段 が整っていないことが挙げられる.製袋機で測定可能なプロセスパラメータはシール温度 のみであり,シール時間とシール圧は生産条件の設定値として操作できるが,機上で実際 に再現されている値については測定する手段はない.
また,製袋機の生産条件と製品の品質との関係を把握するために,製品のサンプリング が行われる.このサンプリングは,製品生産時の品質管理目的でのサンプリングとは異な る.製袋機を停止させた状態で生産条件を設定し,製袋機を稼働させたのち,機械の状態 が安定した時点を見計らいサンプリングを行う方法がとられる.特に製袋機のシール温度 は,フィードバック制御の応答が遅い系であることが知られており,機械稼働直後から安 定状態へ至るまで変動が大きく,時間を要する.このため,シール温度を監視したうえで,
製袋機の安定状態の判断が行われることが望まれる.
そこで,ヒートシールにおいて重要な役割を果たす溶着面温度をプロセスパラメータを 用いて精度を良く推定する手法,製袋機におけるヒートシールのプロセスパラメータを推 定する手法,および,品質評価用のサンプル取得の際に必要となるプロセスパラメータの 安定状態を判断する手法を構築することが,本論文における研究課題である.
1.3
論文の構成本研究の流れは以下のようにまとめられる.まず,製袋機で用いられるヒートシールの 概容とヒートシールの特性とプロセスパラメータの関係について,これまでの研究例を挙 げて述べる.また,本研究が目指すヒートシールの詳細な理解を行うために,統計的手法
本研究の主要な結果を,第3章から第5章で与える.まず,第3章にて溶着面温度特性 のモデル化について論じる.ヒートシールプロセスではシーラントを溶融し,一体化させ ることでシールを実現することから,溶着面の温度を精緻に把握・管理する必要があると 考えられる.そこで,溶着面温度の時間応答特性のモデル化について検討する.このモデ ルの検討では,溶着面温度の推定を精度を向上させると共に,融解熱の状態を把握するモ デルの構成とその評価結果[17]について論じる.
次に,製袋機におけるシール時間およびシール圧を推定する手法について述べる.これ まで製袋機のヒートシール工程では,重要な3つのプロセスパラメータであるシール温 度,シール時間,シール圧の中で測定可能なものはシール温度のみであった.これら3つ のパラメータによって決定される溶着面温度を算出し,シール特性との関係を調べるため には,シール時間とシール圧を把握する必要がある.しかしながら,製袋機には実際にプ ラスチック材料に荷重をかけ,加熱している時間を測定する仕組みは特に無く,シール圧 においても同様であった.そこで,製袋機のシール機構部分の位置の変化を測定し,この データを解析することでシール時間およびシール圧を推定する技術[8]について論じる.
以上が,第4章である.
次の第5章では,製袋機の安定状態の推定手法について論じる.製袋機におけるプロセ スパラメータの1つであるシール温度は,制御の応答速度が遅いため,振動を伴う状態変 化過程をたどる特徴を有している.製品の品質と工程のプロセスパラメータとの関係を把 握するためには,製品のサンプルを取得し,評価する必要があるが,工程が不安定な状態 で生産された製品は,品質の均一性が低いと考えられるため,サンプル取得の際は,工程 の安定状態を見極める必要がある.そこで,製袋機の安定状態の推定手法[12]について論 じる.この中で,シール温度の挙動に包絡線を想定し,振動が減衰する様子を記述するモ デルを構成し,パラメータ推定に用いる最適化アルゴリズムと,初期値の設定方法の検討 を行った.
最後に第6章にて,本研究における成果をまとめる.
第 2 章 技術的背景
2.1
ヒートシールプロセス2.1.1 ヒートシールの方式とプロセスパラメータ
ヒートシールに用いられるプラスチック材料[16]は,加熱によって固体から液状化ある いは軟化し,その後の冷却によってもとの固体に戻る熱可塑性を有する樹脂が用いられる.
この熱可塑性を示す樹脂は,結晶性材料と非結晶性材料とに分類され,これらの樹脂の相 転移が生じる温度は,結晶性材料であれば融点(TM),非結晶性材料であればガラス転移 点(TG)とされている.ヒートシールプロセスは,接合する2つの熱可塑性の材料を加熱 し,材料の温度をTM,TG付近,あるいは,これ以上とすることで液状化させ,2つの材 料を一体化させる.その後,冷却して一体化した状態を固定する一連の工程である.
こうした加熱・冷却を行うヒートシールの方式はいくつか存在する.
ヒートジョー方式 高温に保たれた加熱体を組合せ,重ねあわせたプラスチック材料を外 側から挟み込むことで加熱,接着する方式.
インパルス方式 重ねあわせたプラスチック材料を,外側から圧着体と抵抗線で挟み込み,
抵抗線に大電流を短時間で流すことで発熱させ,加熱,接着する方式.
熱風加熱方式 外部からの加熱が適さない厚手のプラスチック材料に適した方式で,接着 させる面に熱風を吹き付け加熱し,その後圧着,冷却する方式.
このほか,超音波方式やインダクション方式などのさまざまな方式が利用されている.
本研究の対象である製袋機のヒートシールの方式は,ヒートジョー方式である.
このヒートジョー方式のヒートシールプロセスにおいて,工程管理にかかわる技術者の 間では,次の3つの項目が製品の品質に影響を与える要因と考えられ,重要なプロセスパ ラメータとして位置づけられている.
シール温度 シールバー(加熱体)の温度
シール時間 材料にシールバーを接触させ,加熱する時間 シール圧 材料をシールバーではさみこむ圧力
製袋機で利用される材料は,製品の袋に要求される機能・性能によって,さまざまな樹脂 から選定される.これらの材料に対して,所望のヒートシール品質を得るために,これら 3つのプロセスパラメータを最適化する研究が行われている.
2.1.2 ヒートシールの特性
C. Mullerら[5]は,直鎖状低密度ポリエチレン(LLDPE: Linear Low Density Polyethy- lene)[14]を材料とするヒートシールを用いて,シール品質を測定するため,引張(ピー ル)試験方法について検討したうえで,シール温度とシール時間と,シール強さの関係に ついて研究を行った.この中で,ヒートシール工程の観察方法として溶着面の温度の観測 方法を示し,シール温度とシール時間による溶着面温度の変化を観測した.そのうえで,
シール温度とシール時間を組み合せて変化させた試料を作成し,シール強さを測定したと ころ,シール温度あるいはシール時間に対してシール強さの指数関数的な応答を観測した.
Tesuya T.ら[9]は,2軸延伸ポリプロピレン(OPP: Oriented Polypropylene)や無延伸ポリ プロピレン(CPP: Cast Polypropylene)[22]を材料とするヒートシールの特性把握の研究を 行った.この研究では,シール特性の評価は,引張試験で得られるシール強さに加え,破 断モードの調査,溶着面付近の形状を電子顕微鏡を用いて観察し,シール強さ発現と共に,
加熱による材料の力学特性の変化について示した.この中で,シール温度に対するシール 強さの変化は,シール強さが発現する温度を超えて高温になると,シール強さが低下する ことが示された.
これらの研究に示されるように,種々の樹脂について,プロセスパラメータであるシー ル温度,時間,圧力がおよぼすヒートシールの特性への影響が観察,考察されてきた.そ の中でも,菱沼[1, 24, 26]は,ヒートシールプロセスにおいて接着層の溶着面の温度がシー ル強さを決定づけるものとし,溶着面温度をプロセスパラメータを用いて調節することが 合理的と考えた.そこで,シール温度とシール時間と溶着面温度の関係を測定するMTMS 法を開発し,溶着面温度の目標設定手法について提案を行った.MTMS法はシール溶着面 に熱容量の小さい小型の熱電対を挿入し,加熱体による加熱過程における溶着面の温度変 化を測定するものである.ここで,溶着面温度Tmの変化を表すモデルとして,
Tm=Ts
(1−exp−S T/k)
(2.1) を示した.ここで,Tsはシール温度,S Tはシール時間,kはプラスチック材料の熱容量 に関係するパラメータである.菱沼はこのモデルを用いて,加熱条件に対する溶着面温度 の応答をシミュレーションできるとしている.この一方で,観測された溶着面温度の上昇 過程に現れる変曲点に注目し,この変曲点とシール強さとの関連について研究を行ってい る.このため,変曲点がない式(2.1)は,観測データを基に溶着面温度を精度良く推定す るモデルとして適しておらず,溶着面温度のモデル構築を課題として残している.
このように,ヒートシール特性を評価する代表的な特性としてシール強さが用いられて きた.ヒートシールの特性に影響を与えるプロセスパラメータはシール温度,シール時間,
シール圧であると考えられており,特にシール温度,シール時間によって決定されるプラ スチック材料の溶着面温度と,シール強さに強い相関があることが明らかになっている.
2.1.3 材料の熱特性
ヒートシールがプラスチック材料の融解によって生じる現象であることから,材料であ るプラスチックの熱特性を把握し,シール強さとの関係について調べる研究がなされてい る.具体的には,示差走査熱量測定(DSC: Differential Scanning Calorimetry)[15]などの熱
分析を行い,プラスチック材料の温度と融解熱量の関係を観測し,シール強さとの相関を 調べる取り組みである.
C. Mullerら[5]は,材料としてLLDPEを採り上げ,材料中の結晶性あるいは分子量分
布などの構造に変化が生じる熱処理を行った試料を作成し,DSCを用いて熱特性を取得 し,融解熱の発生が変化することを示した.ヒートシールに用いられる結晶性あるいは非 結晶性を有するプラスチック材料は,分子量が均一にそろったものではなく,高分子の重 合度合いにより分子量の分布は幅広く,これに従い融解熱の分布も低温側の裾が広くなっ ていることを示した.
一方で,プラスチック材料の熱特性の現れ方が,分析時とヒートシール時とでは異なる ことが懸念される.一般にDSCによる熱分析は,材料の温度に対する分解能・精度を確保 する目的で,材料の温度変化に時間をかけて行うことが多い(例えば,10◦C/1min.).こ れに対して,製袋機上のヒートシール工程は,1sec.未満で昇温が完了し(100◦C/1sec.程 度),分析装置と比較すると極めて高速な昇温が行われている.
十時[19, 20]によると,昇温時間や圧力条件により融解熱の発生のしかたは大きく異な
ることが示されており,実際のヒートシール工程に似た環境下で分析する必要があると考 えられる.
こうした問題への対応として,菱沼[25]はMTMS法を開発し,この中で,溶着面温度 の上昇過程において温度上昇が鈍る現象に注目し,この現象を融解熱による影響と考え た.この融解熱の影響を受ける温度域を,溶着面温度の測定結果を数値的に2階微分(差 分)することで抽出し,ヒートシール強さが得られる目標の温度として設定する手法を考 案した.
これにより,生産工程で実施されるヒートシールの環境に近い溶着面温度データを用い て,材料の熱特性を調べることが可能となったが,変曲点の温度1点に情報が要約されて しまい,精緻な解析を行うことができなくなってしまう問題を有していた.
2.1.4 生産機におけるヒートシールプロセスパラメータ
これまで述べてきたように,ヒートシールのプロセスパラメータと品質特性との関係に ついて,種々の研究が行われている.しかし,これらの研究で扱われているシール強さと 溶着面温度との関係,溶着面温度とシール温度やシール時間との関係を把握し活用する取 り組みは,実験室レベルにとどまっている.実際の製袋機上のヒートシール工程において プロセスパラメータを測定した事例や,プロセスパラメータと製品品質の関係について研 究した報告例は見ることはできず,これまでの研究は,製品や工程の設計段階に適用され る限定的なものとなっている.
製袋機においては,シール温度,シール時間,シール圧を調整することができるが,こ れらのパラメータがどのように工程で反映されているか観測する手段が乏しいのが現状で ある.シール温度については,シールバーの温度測定が常時行われ,温度を制御する機構 が設けられているが,シール時間およびシール圧については,工程でどのように再現され ているか観測する手段がない.こうした状況であるため,製袋機を扱ったヒートシールの 特性とプロセスパラメータの報告は見ることができない.
さらに,シール時間とシール圧については工程内の変動幅を知ることができないため,
品質検査の結果によってのみ工程は監視・管理されることとなる.しかし,前述のとおり 製袋機における品質の測定は破壊検査のため,検査精度を高めようとするとサンプル数が 多く必要となり,品質向上と生産性向上はトレードオフ関係に陥ってしまう問題が生じて いる.
また,プロセスパラメータの測定手段がないことは,複数の製袋機の機差を把握できな いということであり,同一の製品を複数の製袋機を用いて生産する際,製袋機ごとに生産 条件の設定を行う必要が生じる.そのため,各製袋機で製品の材料を用いたテストを必要 とし,生産性の低下を招くこととなっている.
2.1.5 プロセスパラメータの安定状態の把握
一般に,工業製品には品質の均一性が求められる.このため,工程を安定した状態で維 持することが必要となり,工程の監視がなされ,設備稼働開始時の初期流動状態の管理,
工程変動を迅速に検出する取り組みが行われている.
製袋機のヒートシール工程は,金属の伝熱を利用した工程であり,プロセスパラメータ のシール温度は,制御の応答速度が遅いという特徴を有する.このような応答速度の遅い 工程では,稼働開始など状態変化が生じたのちは,振動を伴って安定状態に移行していく ことが見られる.
こうした工程が不安定な状態で生産された製品は,品質の均一性が低いと考えられ,工 程が安定している状態で生産された製品と区別されることが多い.そのため,どの時点で 工程が安定したか判断を行う必要が生じている.
2.2
統計モデルの利用とパラメータの推定2.2.1 統計モデル
さまざまな現象を科学的に認識する手段として,統計モデルを利用する手法が行われて いる.統計モデルは,現象にかかわる因子と,現象の結果である特性値との関係を数式で 表現したものであり,データの挙動に応じてあてはまりの良いモデルが探索され,改良が 重ねられる.また,構成したモデルを用いることで,特性を最適化するための因子の操作 が可能となり,モデルのパラメータや誤差の分散を評価することで,その結果を予測する ことも可能となる.
こうした統計モデルの利用範囲は広く,あらゆる事象を対象に,種々のモデルが検討さ れている.一変量であればその分布を仮定するモデルが検討され,複数の変量の関係を回 帰するモデル,線形モデルや一般化線形モデルなどの様々なモデルが考案されている.
さらに因子の構造をモデルに組み込むモデリング技術についても研究が行われている.
また,熱力学や流体力学などにより支配される現象では,理論に基づくモデルが構築され,
利用されている.
このように,科学的な知見に基づき因子間の作用を記述したモデルは,モデルの解釈が 容易で,信頼を得やすく,工学的な技術構築にむけて重要性が増している.
近年の計測技術の高度化に伴い,データの量が飛躍的に増えている.平均や分散が変化 する未知の時点を推定する手法は,Hsu[3]やKander & Zacks[4]などに見られるが,これ
らの手法はデータ数が大量である場合,変化点として推定される候補が複数列挙される問 題を有するようになった.そこで,観測対象についてモデリングを行い,数理モデルを介 して現象を把握し,所望の状態を特定することが行われている.
このように,本研究対象においても,製袋機のヒートシールの溶着面温度データや,製 袋機から得られるデータをモデル化することで,ヒートシールプロセスや製袋機の工程の 理解を深めることが期待できる.
2.2.2 統計モデルのパラメータ推定
物理的あるいは化学的な理論に基づく統計モデルは,非線形な関数,あるいはいくつか の関数が組み合わさった関数となることがある.こうしたモデルのパラメータの推定を行 う際,最小二乗法や最尤法を用いる.残差平方和や尤度関数などの評価関数の最適化には,
局所的探索を繰り返すアルゴリズムを計算機プログラムとして実装したソフトウェアを利 用する方法が一般的である.
非線形最小二乗法においては,多数の局所的最適解が存在する非凸計画問題を扱うこと がしばしばみられる.非凸計画問題に対し局所的探索を繰り返すアルゴリズムは一般に,
大域的最適解への到達,あるいは,得られた解の大域的最適性を保証しない.これは局所 的探索が通常,停留点やKarush-Kuhn-Tucker(KKT)条件[6, 18, 29]など,最適性の必要 条件のみを終了条件としているためである.
大域的最適性を保証する枠組み(大域的最適化)についても盛んに研究が行われている [2]が,問題のクラスを限定したり,分枝限定法など大域的最適性を保証するための計算 負荷の非常に大きな方法論を必要し,大規模な問題には不適であったりと,普遍的に有効 なアルゴリズムの存在は望めない状況にある.
そこで,モデルの特徴を利用した初期値の設定方法を考案し,幾つかの局所的探索アル ゴリズムと合わせた評価を行うことで,問題への実用的対応となすことが多い.
2.2.3 最適化アルゴリズム
非線形計画問題に用いられるアルゴリズムは,目的関数の導関数を用いる手法(勾配法)
と用いない手法(直接探索法)に分けられる[18].
直接探索法の中でもNelder–Mead法[29]は,古典的な方法でありながら頑健で,プロ グラムとしても簡潔であることから,現在においても広く用いられている.Nelder–Mead 法は,関数について仮定や近似を用いず,n次元の目的関数において,通常n+1個の端点 をもつ超多面体の各端点を探索点とし,超多面体の操作と目的関数値の評価を繰り返しな がら,最適解を求めようとするものである.そのため,微分方程式を数値解析的に求解す るモデルを扱う際に有用である.
しかし,関数の構造を利用しないため,次元数が大きくなると,計算量が増え,収束に 時間がかかる問題が発生する.こうした問題点に対処するべく,勾配法に分類されるアル ゴリズムが数多く研究されてきた.
中でも,準ニュートン法の1つであるBFGS法[6, 18]は,各反復でヘッセ行列の逆行列 を求めなければならないというニュートン法のもつ欠点を修正しつつ,ニュートン法の持
つ理論的に高速な収束を担保したもので,制約なしの非線形計画問題に対する局所探索ア ルゴリズムの中では最も汎用性と実用性が高いアルゴリズムとして知られる.
Levenberg-Marquardt法[6](以下,LM法)と信頼領域法[6, 29]は第k反復において,
信頼領域子問題という制約付き最適化問題の求解を行うアルゴリズムである.
LM法は非線形回帰に特化した方法で,ヘッセ行列をヤコビ行列を用いて近似するガウ ス-ニュートン法において,直線探索を行う代わりに信頼領域子問題を扱う.
信頼領域法は汎用的な方法であり,目的関数と,これを2次近似したモデル関数の値を 比較し,モデル関数を利用できる範囲(信頼領域)を求め,この範囲でモデル関数を用い て最適化問題の求解を行う.BFGS法およびLM法との大きな違いとして,前記2法が各 反復の近似ヘッセ行列を半正定値に限定する一方,信頼領域法では半正定値でないヘッセ 行列をそのまま扱う点が挙げられる.また,条件付きではあるが,信頼領域法によって得 られた解x(k)は,局所的最適解であるための2次の必要条件(x∗が関数 f の局所解であれ ば,∇f(x∗) = 0,かつ,∇2f(x∗)は半正定値となる)を満たすことが示されている(例え ば,Nocedal and Wright[6],定理4.8).
ここでは,制約条件を持たない最適化問題を,
min f(x) (2.2)
と定式化する.ここで,f は目的関数,xはn次元の決定係数である.
2.3
本研究の位置付け前述のとおり,ヒートシールにおいて多くの研究者が,シール強さ発現のメカニズムや 品質測定手法について研究を進めてきた.ヒートシールの成否にプラスチック材料の溶着 面の温度が重要な役割を果たすことが明らかになってきたが,シール強さが発現する温度 は何度なのかを説明する定量的な指標はまだない.また,溶着面温度を精度良く推定する ためのモデルも提案されていない.さらに,製袋機においては,ヒートシール工程の重要 なプロセスパラメータであるシール時間,シール圧の測定手段がなく,生産性の向上,品 質向上の妨げとなっている.
本研究は,製袋機におけるヒートシールの高度な品質管理を実現することを最終目的と した研究活動の中に位置しており,これまでの実験室レベルで行われていたヒートシール の特性把握を,生産設備である製袋機上で行うために必要となる手法の研究を進める.
まず,溶着面温度の正確な推定を可能にするモデルの構築を行う.製袋機上のヒート シール工程において,溶着面温度を測定することは機械の制約上不可能であるため,テス トシーラの溶着面温度測定データを用いて,ヒートシールのプロセスパラメータと溶着面 温度の関係を精度良く記述するモデルについて研究する.ここで,溶着面温度のモデルに 融解熱の発生を記述する項を設けることで,溶着面温度と融解熱の発生状況との関係が把 握可能になると考えられる.そこで,融解熱の発生を記述する項を有する溶着面温度モデ ルを構成し,モデルに含まれるパラメータの推定方法を検討する.
次に,ヒートシールのプロセスパラメータであるシール温度,シール時間,シール圧の 中で,製袋機上で観測がなされていないシール時間,シール圧を推定する手法について研 究する.製袋機でシールバーとプラスチックフィルムが接触している時間そのものを計測
することや,プラスチックフィルムへの荷重を計測することはできないが,これらに代え て,製袋機のシール機構部の位置の経時変化を計測することができる.このシール機構部 の位置の変化を記述するモデルを構築し,これを用いることでシール時間,および,シー ル圧に比例するシール荷重の推定を行う手法について研究を行う.
最後に,シール品質の評価を行うためのサンプル取得に際して,工程の安定状態を見極 める必要があるため,製袋機の安定状態の推定手法について研究を進める.製袋機におけ るプロセスパラメータの1つであるシール温度は,制御の応答速度が遅いため,振動を伴 う状態変化過程をたどることがわかっている.そこで,この状態変化過程のモデルを構築 し,安定状態の定義とその状態推定を行う手法を検討する.
第 3 章 溶着面温度特性の把握
3.1
はじめに本章では,溶着面温度を精度良く推定することを目的に,テストシーラで測定した溶着 面温度のデータを用いて,溶着面温度の時間応答特性をモデル化に取り組む.これまで提 案されたモデルは熱伝導方程式に基づく指数関数で記述されたものであったが,材料の融 解に伴い発生する融解熱の影響により,溶着面温度の上昇が鈍る現象を記述できないモデ ルであった.そのため,モデルを利用した温度推定には,技術的に重要な融解熱が発生す る領域で大きな誤差を生じる問題を有していた.
そこで,融解熱を考慮した熱収支を均衡させるモデルの提案を試みる.これにより溶着 面温度の推定を精度良く行うと同時に,溶解熱の発生状態を把握することを検討する.
3.2
研究に用いる溶着面温度データ3.2.1 試料
本研究では,あてはまりの良い溶着面温度の時間応答特性のモデル化とあわせて,モデ ルのあてはめ結果から融解熱の発生状況を推定することを目的としている.そこで,試料 は一般的な軟包材に用いられるプラスチック材料の中から,表3.1のとおり,ガラス転移 点(Tg)が異なる3つの樹脂を選定し,利用する.
表3.1:試料に用いた樹脂一覧
樹脂 グレード Tg 表記
直鎖状低密度ポリエチレン1 通常 116◦C LLDPE 無延伸ポリプロピレン2 通常 137◦C CPP 無延伸ポリプロピレン 耐熱 164◦C H-CPP
3.2.2 溶着面温度の測定方法
溶着面温度の測定は,図3.1に示すように,試料となるプラスチックフィルム2枚を重ね 合わせ,その間の加熱・シールされる部分に線径25µmの熱電対((株)アンベエスセムティ 製 極細熱電対KFG-25-200-100)をセットした.これを一定の温度に保った2つのシール
2Linear Low Density Polyethylene
2Cast Polypropylene
バーの間に配置し(図3.1(a)),試料をシールバーで一定時間はさみ込み(図3.1(b)),試 料の温度上昇の様子をデータロガーで記録した.なお,データロガーのサンプリング周波 数は1kHzとした.
熱電対 可動シールバー
プラスチック フィルム 固定シールバー
(a)加熱前 (b)加熱時
図3.1:溶着面温度測定
3.2.3 解析対象の溶着面温度データ
前項にて説明した測定方法を用いて,測定条件は表3.2に示すとおり,テストシーラの シール温度を2水準,加熱時間を1.5∼2.0sec.とし,全ての試料について各条件で2回測 定を行い,全12組のデータセットを得た.これらのデータを,樹脂の種類別に,図3.2に 示す.
溶着面温度は,指数関数のようにシール温度に相当する温度に漸近する挙動を示してい
るが,LLDPEやH-CPPでは温度上昇の過程で僅かに歪んでいるように見ることができる.
また,LLDPEのA1-bにおいては,1.5∼2.0sec.の間に,測定のトラブルが原因とみられる
ノイズが含まれている.
表3.2:利用するデータの名前と測定条件 データ名 樹脂 シール温度
A1-a LLDPE 170
A1-b ↑ ↑
A2-a ↑ 220
A2-b ↑ ↑
B1-a CPP 145
B1-b ↑ ↑
B2-a ↑ 170
B2-b ↑ ↑
C1-a H-CPP 170
C1-b ↑ ↑
C2-a ↑ 220
C2-b ↑ ↑
0.0 0.5 1.0 1.5 2.0
100150200
溶着面温度データLLDPE
シール時間[sec.]
溶着面温度[◦C]
A1-a A2-a
A1-b A2-b
(a) LLDPEの溶着面温度データ
0.0 0.5 1.0 1.5 2.0
100150200
溶着面温度データCPP
シール時間[sec.]
溶着面温度[◦ C]
B1-a B2-a
B1-b B2-b
(b) CPPの溶着面温度データ
0.0 0.5 1.0 1.5 2.0
100150200
溶着面温度データH-CPP
シール時間[sec.]
溶着面温度[◦C]
C1-a C2-a
C1-b C2-b
(c) H-CPPの溶着面温度データ
図3.2:溶着面温度データ
3.3
溶着面温度のモデリングプラスチックフィルムの溶着面温度の推定のために,溶着面温度のモデリングを行う.
モデル化については,熱の供給と吸収をバランスする熱収支モデルを作成する.その際,
プラスチックフィルムの融解熱の関数を加え,融解による温度上昇の停滞を考慮する.
3.3.1 熱収支モデルの組立
モデルは熱収支を等式で表すものとし,左辺を熱の吸収,右辺を熱の供給とした次の式
(3.1)を基本モデルとする.
bT′(t)=a−T(t) (3.1)
ここで,aはフィルムと接するシールバーの温度であり,Tは溶着面温度,kはプラスチッ ク材料の熱容量や熱伝達性によって定まる熱特性に係わるパラメータである.
しかし,実際のデータには溶着面温度の温度上昇と共に相転移が発生し,融解熱が消費 され,温度上昇の停滞が溶着面温度特性に現れることがある.
そこで,融解熱を考慮した熱吸収項を用いて,融解熱を考慮した熱収支モデルとして次 を提案する.
bT′(t)+cM(T(t))=a−T(t) (3.2) ここで,Mは融解熱の関数,cは融解熱量に相当する.この融解熱の関数Mとして,ロジ スティック分布およびネガティブグンベル分布の2つの確率密度関数を検討する.
ロジスティック分布 ML(T)= exp(
−Td−e) d{
1+exp(
−Td−e)}2 (3.3) ネガティブグンベル分布 MG(T)= 1
d exp (T−e
d )
exp (−exp
(T −e d
))
(3.4)
3.3.2 パラメータ推定方法
時刻t={t1, . . . ,tn}における溶着面温度の観測値をTm={Tm1, . . . ,Tmn}とする.
溶着面の温度のモデルは式(3.1)および式(3.2)のとおり一階微分方程式となっている.
ここで,溶着面温度のモデルは5つのパラメータを含むため,溶着面温度Tは時刻tお よびパラメータa,b,c,d,eの関数である.さらに,微分方程式の求解の際に与える溶着面 温度の初期値T0もパラメータとして含まれる.微分方程式を4次のルンゲ・クッタ法を 利用して求解し,最小二乗法を用いてパラメータβ=(a,b,c,d,e,T0)を推定する.
モデルの残差平方和をS とすると,
S(β)=
∑n i=1
{Tmi−T(ti|β)}2
(3.5)
となり,パラメータの推定値bβは,次のとおり.
bβ=arg min
β S(β) (3.6)
さらに,融解熱量は正の値をとり,観測データの温度範囲内に融解熱のピークが存在す ると仮定し,次の制約を設ける.
c>0
T0<e<a (3.7)
以降,モデルyや残差平方和S,パラメータβの表記にモデルを識別するために大文字 のアルファベットの添え字を付すことがある.基本モデル(3.1)はB,融解熱の分布関数 Mにロジスティック分布(3.3)を用いる提案モデル(3.2)ではL,同じくMにネガティブグ ンベル分布(3.4)を用いる提案モデルではGの添え字とし,TB,SB(β),βBのように表記 することがある.ただし,βB =(a,b,c)とする.
3.4
パラメータ推定結果とモデルの評価ここでは,これまでに記した全てのデータについて,基本モデルおよび提案モデルのパ ラメータ推定の結果を示す.
溶着面温度モデルのパラメータ推定を行った.図3.3にデータA1-aへ各モデルをあては めた結果を示す.
6080100120140160
0.0 0.5 1.0 1.5 2.0
−2−1012
A1:LLDPE
Time [sec.]
ResidualsTemperature[◦C]
Obs.
TB
TL
TG
図3.3:モデルあてはめ結果 A1:LLDPE
図の上段に溶着面温度の推移を,下段に残差(Ti −Tmi)を表した.基本モデルTBで
0.4sec.付近に見られた観測値との大きな乖離が,融解熱を考慮した提案モデルTL,TGで
は1◦C未満に縮小していることがわかる.