装う − 着物作家からみた日本の美 −
著者 大松 紳一
図書名 平成25年度大手前大学公開講座講義録「集う −衣
・ 食 ・ 住 ・ 遊−」
開始ページ 5
終了ページ 26
出版年月日 2016‑07
URL http://id.nii.ac.jp/1160/00001090/
第一回平成二十五(二〇一三)年四月二十日
装う1着物作家からみた日本の美1
大松紳一(おおまつ・しんいち)
﹁しっかいや﹂という業種を︑皆さん︑御存知でしょうか︒主に古い着物を洗い張りし︑再生のための
加工をしたり︑派手になった着物を年齢に合わせ染め直すなど︑いわゆる着物に関して︑どのような要望
にも応える︒そんな職業です︒その家業を父から引き継ぎました︒漢字で﹁悉皆屋﹂と書くごとく︑染め
に関しては︑無地染︑黒染︑型友禅︑手描友禅など︑すべての職先を廻ります︒
きじ五︑六年手伝っておりますと︑古い着物だけでなく︑白生地に︑自分の好きな柄(模様)を染めたくな
しょくかたり︑毎日廻っている職方さんを観察し︑見様見真似で職人さんの所へ修業に出ることもなく︑作家
に就き︑伝統柄の模写︑運筆︑写生など︑基礎技術を習得することもなく全くの我流で︑最初は身
えばつけさげ内の黒絵羽織や絵羽コート︑簡単な附下などから始めました︒運が良いことに︑時代が戦後復興期と重な
り︑作った着物が売れ︑面白くなり気合を込めて︑作るようになりました︒
そんなわけで︑基本の修業を全く積んでおらず︑我流もいいところですから︑着物作家と呼んでいただ
くのは︑面映ゆく︑おこがましい限りです︒どうぞそのあたりを御諒解下さり︑広いお心で作品を御覧下
さい︒
では着物の話へと移ります︒
そこに飾っています振袖(写真1)は︑私の小学校の同級生の娘さんに初めて作った振袖です︒スタイ
ル抜群︑可愛い娘なので︑何にもとらわれることなく︑面白いと思うまま︑好きに作りました︒良く映え
るようにと帯も色を選び織りました︒好評で︑席が映えるからとお茶の先生から所望され︑何度か着て下
さったそうです︒
次のは十五︑六年前に作りました留袖です(写真2)︒素材は古典柄の亀甲ですが︑新しさ︑めでたさ
を表現したくて作りました︒染め仲間から﹁大松亀甲﹂と好評でした︒ちなみに︑この留袖は学長柏木氏
の奥様が着用下さってます︒
つづいてこちらの訪問着(写真3)です︒早朝︑日課で散歩している京都市内︑梅小路公園で早春︑
﹁いのちの森﹂と名付けられた林間を抜けますと︑光が若葉に射し込み︑凄く新鮮で気持の良い若葉のト
ンネルです︒新緑の生命感と緑陰を抜ける感覚を着物に表現したくなり︑九カ月かけ何とか完成しまし
た︒今年(二〇=二年)二月︑小売屋さんがお客様に売って下さった折︑今回の講座の話をなさったとこ
ろ︑コ番新しい作品ですから︑是非これを皆様に御覧いただかれたら︑仕立をせず仮絵羽で展示なされ
こしらえば﹂と︑皇居の園遊会には以前にお持え下さった私の着物で出席されました︒私は一度も皇居などへ行っ
たことはありませんが︑三年に一度くらいはどなたかがお召くださり行っています︒記念品でしょうか︑
菊の御紋が入ったものをお土産としていただいたことがあります︒
次は訪問着です(写真4)︒柏木氏が﹁夜桜見物に行こう︑出ておいで1﹂と誘って下さり︑夙川の夜
桜を観に行きました︒隣りの席となった年配のおじさんが︑話の非常に面白い方で︑話が弾むうち︑﹁家
内に︑この夜桜の訪問着を作ってやって欲しい﹂となり︑作りました︒少し時季遅れですが︑夙川の桜と
いうことで御覧いただきました︒
次はもみじの訪問着(写真5)です︒ちょうど今の時季︑新緑の薄い葉と葉の間を春風がスーッと通り
抜けて行く︑その様子を表現したく︑写生を入念にし作りました︒
次はチユーリップです(写真6)︒日本・オランダ通商百周年記念でチユーリップなら馴染みがあろう
と仰り︑作りました︒写真ではボケていますが︑もっと鮮やかで︑金色と黄色の混ったロマンチックな着
物に仕上げました︒次は附下です(写真7)︒私が色の中で一番大切にしているのは﹁白﹂です︒白はど
の色と並べましてもその色を引き立ててくれます︒この白をメインにすればどうなるか︑と作ったのがこ
れらです︒引き染め屋の大将に﹁こら商品になりまへんで1嬬衿より酷いでっせ1﹂と言われながら作
りました︒引き染めというのは︑刷毛に染料をつけて反物を一気に染める技法です︒今ならも少し気の利
いた色に染めるでしょうが︑きっと洋服にも対抗出来る面白い作品だと︑今も思っています︒
次へ移ります(写真8)︒私の着物を気に入って下さった方が︑有馬温泉へ招待下さり(落語家とその
弟子と四人連れ)︑大喜利まで演って下さり︑芸子さんまでお呼びになり︑何せ落語家︑鳴り物はお手の
もの︑夜遅くまでドンチャン騒ぎとなりました︒明くる日︑正月明けで雪が降った中︑温泉につかり庭を
みと見ていますと︑植わっている垣に雪が積もり︑美しい景色に見蕩れていました︒で︑招待下さった方に礼
状に添え︑その景色を絵にし送ろうと描いていました︒そこへ染色職人さんがお見えになり︑﹁この絵で
着物を作らせて欲しい﹂と仰いました︒そしたらまた別の職人さんが﹁これを基に着物が作りたい﹂と言
まきのりわれるので︑黙って時間差で同じ絵を渡し︑出来たのがこれらです︒片方は得意の撒糊で(写真81①)︑
ろうけつ片や蝋纈で(写真81②)と︑全く別の世界が染め上がりました︒
私は︑四十名程の職人さん達とお付き合いがあり︑各々個性︑得意不得意があり︑作品と合う職人さん
に頼んでいます︒一言に頼むと申しましても︑口で﹁もう少しはんなりと﹂とか︑﹁派手に﹂﹁地味目に﹂
と伝えても︑双方の意図は︑十年近く付き合わないと伝わりません︒もっと深く付き合いますと︑職人
さんと喧嘩が出来るまでになり︑本物の付き合いとなります︒私の下画を見て︑﹁こんなん絶対よう染め
ん1と思うてるやろ1やったろやないか1﹂とお互い喧嘩腰で作れるまでになれば︑面白い物が出来ま
す︒有名な染色家は自前で工房を抱えていますが︑私はそうは出来ませんので︑思いと違って変な物が出
来たり︑思いがけぬ面白い物になったりします︒それが楽しいです︒
次の着物(写真9)は︑展示会にお越し下さった方が﹁私達︑銀婚式を迎えます︒妻が桜が好きなの
で︑桜の着物を頼みます﹂と仰り引き受けました︒年に一度咲く桜︑銀婚式なので二十五個の花を染め︑
半年後お越しになったお二人が﹁いくら勘定しましても︑二十五個には足りないのですが﹂と仰います︒
めくで︑﹁ちょっと裏を捲って下さい﹂と八掛を見ていただきました︒﹁私が振り返りましても︑皆さんに︑
お見せ出来ぬ年も一年や二年はあるものです︒それは八掛に染めることにし︑合計で銀婚式記念とさせて
いただきました﹂と落語の落ちのようなことで納得いただきました︒
次は色留袖︑瀬戸内海の図です(写真10)︒その島の一つに︑お客様の宅があり︑旧家で一昔前では︑
駕籠で外出なさり先駆けの方が︑行き交う人を誰々さんです︑と挨拶を促されるようなお家でした︒その
方に︑娘に色留袖を作って欲しいと頼まれました︒家紋が桐でしたので︑桐を中心に染めましたら︑喜ん
でいただきました︒半年後︑お会いした時︑﹁皆さんに︑凄いと褒めていただくのですよ﹂と仰ったので︑
実はメインの桐の島がお宅の島︑ここは因島︑これは向島︑ここは本州︑こちらは四国今治と説明しまし
たら︑お客様が予期せぬ程感動なさり︑以後︑お客を迎えられる折は︑衣桁に飾られお迎えしておられる
と小売屋さんからお聞きしました︒
では次︑留袖です(写真11)︒三十年程前︑病院の待ち合いで︑何気なく雑誌を見ていますと︑パリ・
コレクションかミラノ・コレクションが載っており︑中に︑皮をテープ状にして染め上げたのを身体に巻
き付けたようなデザインの服が目に飛び込み︑ドギマギしましたので︑何とかこれを着物に出来ないか︑
と絵を何度も描き直し︑思い切って留袖にしました︒すぐに気に入って下さる方がおられ︑小売屋さんが
仰るには︑﹁見ているより着た方が格段に良かった1﹂と言って下さったそうで︑嬉しかったです︒
次は桜の訪問着です(写真12)︒一九九八年四月︑日本で二度目のソフトウェア工学国際会議が京都で
三千名余りで開催され︑出席者に贈る記念タペストリーを染めるよう頼まれました︒持ち込まれた図案
は︑東山連峰の下︑賀茂川︑清水寺︑五重塔と月︑いかにも京都気な図で︑﹁世界中︑国も人種も文化も
感覚も異なる人達に配るなら︑パッと見て︑奇麗1と感じる方が良いのでは﹂と言いますと︑﹁そう仰る
なら貴方が考え作って下さい﹂ということになり︑一本の桜が満開の絵を描き︑三千枚ですから型を彫り
染めました(四〇センチメートル×七〇センチメートル)︒その型を活かし︑授賞式に着用する訪問着を
染めました︒一人は昼の花見︑一人は地色を黒にし︑夜桜を楽しむ文化を表現しました︒
いちょう次は銀杏の訪問着です(写真13)︒京都の堀川通りの北に銀杏並木の美しい所があり︑通っていると︑
暑苦しい夏からサアこれから秋1という瞬間があり︑空の色も蒸し暑い夏空から秋口︑澄んだ色に変る︒
その変化しかかる表情を捉えたく︑日参し堀川通りで写生し︑作りました︒
何故このように沢山着物の写真が揃っているかと申しますと︑滋賀県琵琶湖岸にある琵琶湖ホテルの社
長から︑﹁安く貸してあげるから還暦記念個展を催したら﹂と言って下さり︑小売屋さんや知り合いへの
連絡をし集めましたので︑このように一部ですが手元に帰って来たのです︒
同じ物は二枚だけあります︒基本︑お断りしますが︑一度執拗に頼まれ︑先のお客様に説明し諒解を得
て作りました︒また︑大変手間が掛りました振袖を︑始めから色違いで三枚染めたことがあります︒
次は振袖です(写真14)︒取り引きしている組紐屋が面白い組紐を作られるので︑店に来てもらい色々
作っていただき︑デザインし染めました︒
次も振袖で(写真15)︑天使の羽と頭上に輝いているリングです︒これをお召し下されば︑天上の雲間
で本人が天使になれると喜んで下さると作りましたが︑わかってもらえず残っています︒どなたか︑お好
みの方がおられましたら染屋に二言は御座いません店まで引き取りにお出で下されば︑差し上
げます︒宜しかったら是非どうぞ︒
というところで作品の説明は終りまして︑着物の歴史につき︑耳学問で得ました知識を話させていただ
きます︒今のように広く着物が行き渡りましたのは江戸中期以降で︑それまでは︑皇室とそれに連なる朝
ぢきぬ廷人達のみで使用されていて︑一般人の着用していた物といえば︑麻︑木綿︑地方で自家消費用の地絹︑
っるとうぎん沖縄なら芭蕉布︑山間地では藤の蔓を晒し叩き繊維状にし織る藤絹︒着物というより仕事着︑作業着でし
た︒