静止軌道衛星の表面帯電緩和法の開発
16360426
平成16年度 〜 平成18年度科学研究費補助金
(基盤研究(B)) 研究成果報告書
平成1 9 年6月
研究代表者 趙 孟佑
( 九州工業大 学 工学部 教授 )
は し が き
本報告書は、2004年度から2006年度に亘って行われた、静止軌道衛星の帯電緩和方法に ついての研究成果をまとめたものである。90 年代末以降に頻発している大型静止軌道衛 星の放電事故を防止するためには、表面帯電の実用的解決方法が必要である。本研究 によって得られた知見を生かすことが、静止軌道衛星の信頼性向上につながると信じている。
最後に、本研究を遂行するにあたり、ご協力いただいた関係者の方々に深く感謝いたします。
研究組織
研究代表者: 趙 孟佑 (九州工業大学工学部教授)
研究分担者: 大塚 信也 (九州工業大学工学部助教授)
研究分担者: 豊田 和弘 (九州工業大学宇宙環境技術研究センター助教授)
研究分担者: 國中 均 (宇宙航空研究開発機構・宇宙科学研究本部教授)
(研究協力者:岩田稔(九工大)、細田聡史(九工大)、増井博一(九工大)、久田安正(JAXA)、
藤田辰人(JAXA)、野崎幸重 (NEC東芝スペースシステム)
交付決定額(配分額) (金額単位:千円)
研究発表
(1) 学会誌等(発表者名、テーマ名、学会誌名、巻号、年月日) (2) 口頭発表(発表者名、テーマ名、学会等名、年月日)
Mengu Cho, et al, “Mitigation of Geo Satellite Solar Array Surface charging: Laboratory Experiment”, ISMSE, Collioure, France, June 2006
Y. Sanmaru, et al, “Basic Experiment on Charging Mitigation of Solar Array in Geostationary Orbit Environment”, The 22nd International Symposium on Discharges and Electrical Insulation in Vacuum, Matsue, September 2006
(3)出 版 物(著者名、書名、出版者名、年月日)
研究成果による工業所有権の出願・取得状況
放電対策装置、趙・三丸・細田・藤田・久田、特願2006-156782、2006年6月6日出願 直 接 経 費 間 接 経 費 合 計
平成 16年度 8,200 0 8,200
平成 17年度 3,600 0 3,600
平成 18年度 3,300 0 3,300
総 計 15,100 0 15,100
目 次
第一章 序論
1.1 はじめに ・・・1
1.2 研究背景 ・・・1
1.3 静止軌道 ・・・1
1.4 避雷針効果による放電抑制原理 ・・・2
1.4.1 放電発生原理 ・・・2
1.4.2 避雷針効果原理 ・・・3
1.5 電界放出による放電抑制原理 ・・・4
1.6 研究動向 ・・・5
1.7 研究目的 ・・・7
第二章 実験装置
2.1 静止軌道模擬チャンバー ・・・8
2.2 試験サンプル ・・・12
2.2.1 避雷針クーポンダミーセル ・・・13
2.2.2 避雷針クーポン電界放出素子 ・・・14
2.2.3 手作り電界放出素子 ・・・16
第三章 実験方法および結果
3.1 ダミーセル検証試験 ・・・20
3.1.1 避雷針クーポンTYPE A ・・・20
3.1.2 避雷針クーポンTYPE D ・・・23
3.2 電界放出素子試験 ・・・25
3.2.1 電界放出検証 ・・・25
3.2.2 避雷針クーポンTYPE C電界放出素子試 験 ・・・27
3.2.3 避雷針クーポンTYPE B電界放出素子試験 ・・・28
3.2.4 避雷針クーポンTYPE D電界放出素子試 験 ・・・31
3.2.5 手作り電界放出素子試験 ・・・33
3.2.7 電界放出素子まとめ ・・・41
第四章 結論
4.1 総括 ・・・44
4.2 今後の課題 ・・・45
・参考文献 ・・・46
・謝辞 ・・・46
第一章 序論
1.1 はじめに
人類の人工衛星打ち上げの歴史は約50年であるが、近年ではより身近なものとなってきている。一昔 前までは衛星の打ち上げや運用は国家レベルのプロジェクトであったが近年では小型衛星であれば民間 の団体でも打ち上げ運用が可能になった。民間人の宇宙旅行も現実のものとなっており、一昔前では夢や あこがれであった人類の宇宙進出が技術の進歩とともにひとつひとつ現実となっていっている。将来は宇 宙ホテルや宇宙工場が完成する日も来ることだろう。しかし、そこには大きな障害がある。宇宙機は多機 能化を目指し、多くの電力を太陽電池で発電する必要がある。そのためには送電の際の損失を小さくする ためにより高い電圧での発電送電が有効である。しかし、宇宙空間には危険なプラズマが存在し、太陽電 池発電が高電圧になればなるほど放電により宇宙機が機能停止するリスクが増大する。宇宙開発の発展に おいて最も重要な課題の一つが太陽電池の放電による損害を無くすことである。これが解決したとき、宇 宙機の信頼性と性能は格段に上がるだろう
1.2 研究背景
人工衛星の動力源はほとんどの場合、太陽電池発電である。太陽電池の信頼性は人工衛星の寿命、発電 能力は人工衛星の性能を左右する極めて重要なファクターである。しかし発電能力が上がるにつれて放電 の危険が高まり、信頼性が犠牲になってしまう。信頼性を犠牲にせず、いかに発電能力を上げるかが重要 である。高度約36000km の静止軌道には気象衛星、通信衛星、放送衛星と我々の生活に貢献する人 工衛星が周回している。この軌道は赤道上空のみの軌道であり混雑化を避けるため多くの打ち上げはでき ず、一機一機の衛星には多機能化が求められ、大型化、大電力化が進んでいく。その過程で太陽電池の放 電事故による人工衛星の損失の危険性が高まってきている。図1.2.1 は人工衛星保険が適用された事故原 因の件数、図1.2.2 はその保険金額の割合を示している。最も事故が発生しているのが太陽電池アレイで あり、件数、金額共に事故原因の約半数を占めている。現在は100Vのバス電圧が主流であるが、より高 電圧のバス電圧を用いると放電の危険性が増加するため太陽電池の事故対策は最重要課題である。
図1.2.1(左)人工衛星事故原因別の件数の割合( フロスト&サリバン社調べ)[1]
Fig. 1.2.1(left) Ratio of the number of case according to cause of spacecraft anomaly (Frost & Sullivan) [1].
図1.2.2(右)人工衛星事故原因別の保険請求額の 割合(フロスト&サリバン社調べ)[1]
Fig. 1.2.2(right) Ratio of value of claims according to cause of spacecraft anomaly (Frost & Sullivan) [1].
1.3 静止軌道環境
赤道上高度約36000km の軌道を周回する宇宙機は地球の自転と同じ周期で周回することができる ことから、この軌道を静止軌道(GEO: Geostationary Orbit)という。この静止軌道は地球から見ると常に 同じ位置に存在し、かつ高高度なので地球に対して広角な視野を持ち、通信や気象観測において非常に使 い勝手が良い。しかし、軌道が限られ、低地球軌道などに比べ打ち上げに要するコストがかかるため、よ り多機能である必要がある。このため、衛星大型化、大電力化の最も進む軌道である。静止軌道はプラズ マ密度が10-6m-3程度で、低地球軌道のプラズマ密度10-12m-3に比べてはるかに薄くそのプラズマとの相互 作用で発生する放電は無視できるほど小さなエネルギーである。しかし、太陽フレアから発生する高エネ ルギー電子が地磁気変動を起こして流入してくるサブストームに静止衛星は遭遇することがある。図1.3.1 はサブストーム時の地磁気の変動を示す。サブストームに遭遇した場合、太陽電池アレイ上では危険なエ
ネルギーを持った放電が発生し、送電回路の短絡により電力供給が断たれ、衛星の機能が停止して全損に 至ることもある。表1.3.1に静止軌道上でアメリカの衛星SCATHAが観測したプラズマパラメータの平均 と最悪の場合の値を示す。
図1.3.1 サブストーム発生時の地磁気の変動 [3]
Fig. 1.3.1 Geomagnetic variation when occur substorm [3].
表1.3.1 静止衛星 SCATHAの観測したプラズマの 平均値と最大値 [2]
Table 1.3.1 Average and worst case plasma environment observed SCATHA [2].
1.4 避雷針効果による放電抑制原理
1.4.1 放電発生原理
太陽電池の断面方向から見た放電発生状況を図 1.4.1 に示す。この図のカバーガラス、ポリイミド以外 は導電性の材質でできており太陽宇宙機の接地電位を持っている(太陽電池とインターコネクタは発電電 圧分だけ接地電位と異なるがわずかな差である)。インターコネクタは太陽電池セル間をつなぐ露出した 金属で熱サイクルによる膨張、収縮を吸収させるため、空間に露出している。通常の環境では衛星構体電 位Φsとカバーガラス電位Φcgはほぼ0である。サブストーム発生時には高エネルギーの電子により2つの 電位は急激に負に陥る(図①)。しかしこのとき、絶縁体であるカバーガラス表面では二次電子放出が発 生し(図②)、正電荷が蓄積する(図③)。このとき太陽電池側面には電界E=(Φcg-Φs)/dがかかる(図④)。
この式から距離dが小さいほど電界は強められることが分かるが、代表的なdの小さい箇所がカバーガラ スとインターコネクタ近傍である。このような絶縁体、導体、真空の3つが接している箇所をトリプルジ ャンクションと呼び、最も強電界のかかる箇所である。このトリプルジャンクションで電界がある一定の しきい値を越えることによって金属から電界放出が発生し電子が放出される。このとき放出された電子は カバーガラス側面に衝突しながら上昇し、さらに二次電子を放出させ側面の正電荷の帯電が加速していく。
この帯電によりさらに電界も加速的に強められ、さらに電子を放出していく(図⑤)。側面をたたく電子 の爆発的な増加に伴いカバーガラス側面に吸着していたガスが脱離されていき(図⑥)、ガスの層の中で 電離が起き(図⑦)放電に至る(図⑧)。このとき金属に正電荷が流れ込み、周辺カバーガラスに蓄えら
れた正電荷を取り込む。これが放電発生のメカニズムである。本研究ではΦcgとΦsの電位差ΔVが1~2 kV 程度で放電が発生することが分かっている。これまで説明したΦcg>Φsの帯電を逆電位勾配と呼ぶ。
Φcg<Φsの場合は順電位勾配と呼び、この場合は放電の起きる電位差ΔVが10kV近く必要となり、放 電の危険は少なくなる。この電位勾配を決めるのがカバーガラスの二次電子係数
!
eであり、!
e>1なら 逆電位、!
e<1なら順電位勾配となる。この!
eは入射電子(一次電子)エネルギーE、入射角度θ、材質 ごとの最大二次電子係数!
emaxとそのときの入射エネルギーE
max(表1.4.1参照) から次式で求まる。!e(E,")=!emax
E
Emaxexp 2#2 E Emax
$
%&
'
()exp 2 1*+
(
#cos")
,- (式1.4.1) [5]表1.4.1 材質別の最大二次電子係数とそのときの 入射エネルギー [5]
Table 1.4.1 Maximum secondary electron coefficient of each materials and incidence energy [5].
Material !
emaxE
max[eV]
Aluminum 0.97 300
Aluminum oxide 1.5-1.9 350-1,300
Magnesium oxide 4 400
Silicon dioxide 2.4 400
Teflon 3 300
Kapton 2.1 150
Magnesium 0.92 250
図1.4.1.1 静止軌道環境下太陽電池アレイ上の放 電発生原理
Fig. 1.4.1.1 Discharge principle on solar array in GEO environment.
1.4.2 避雷針効果原理
放電抑制手法として考案したものがダミーセルである。太陽電池のカバーガラスが放電に至る乖離電圧 ΔVまで帯電する前にダミーセルで放電を起こすことで、放電プラズマにより周囲の太陽電池カバーガラ スの帯電をリセットすることができる。その考え方が地上にある避雷針と酷似しているためこの素子の効 果を本研究では“避雷針効果”と呼んでいる。図1.4.2.1がダミーセルによる避雷針効果の模式図である。
このダミーセルには太陽電池より先に放電が起きる構造が求められる。カバーガラスが太陽電池より帯電 しやすくする、放電の起きやすいトリプルジャンクションが多くする、などが挙げられる。
図1.4.2.1 ダミーセルの避雷針効果モデル Fig. 1.4.2.1 Lightning rod effect model of dummy cells.
1.5 電界放出による放電抑制原理
金属内の自由電子は金属内を自由に動くことができるが、通常表面から外には出ることができない。電 子が金属面から離れようとするとき電子を失ってできた陽イオンとクーロン力によって引き合う力が働 くからである。電子にこの力以上のエネルギーを与えることで金属面から電子が飛び出す。電子銃はフィ ラメントに電流を流し、熱エネルギーを持たせることでこの飛び出すためのエネルギーを持たせている
(熱電子放出)が、強電界を印加することで加熱なしで電子放出させることができる。図1.5.1 の斜線部 分は金属のもともと持っているエネルギー、実線1は真空中へ電子が飛び出すために乗り越えるべきポテ ンシャル障壁である。金属面付近に実線2の電界が生じている場合、ポテンシャル障壁は点線3のように
なり
!"
だけ低くなる。さらに電界を強くしていくと実線2の傾きが急になり実線3の幅は非常に薄くなる。こうなると金属内の電子は電位の壁を乗り越えないで、直接この薄い部分を突き抜けて外に出てくる ようになる。これをトンネル効果といい、このときの電子放出を電界放出という。よって、常温でも強電 界をかけることで電子放出させることが可能になる。電界放出は109V/m 以上の強電界によって発生する が、表面凹凸の電界増倍によってそのしきい値は数桁下がることもある。また、熱電子放出と違い、ガス 吸着、原子拡散に著しく敏感であるため安定した電界放出源のためには超高真空が必要となる。電界放出 発生時の電界と放出電流密度の関係は、Fowler Nordheimの式として理論的に次の式で与えられる。
J = CE2
!
exp "D
!
3/2 E#
$%
&
'(
[A/m2] (式1.5.1) [6]
C=1.54
10
!6 , D=6.8310
9 (C,D;鏡像効果を考えない場合の定数)E:電界強度(V/m),
!
:仕事関数(eV)図1.5.1 電界放出発生時の金属表面の様子 [7]
Fig. 1.5.1 Surface of metal when field emission [7].
本研究にて考案した電界放出を用いた電位緩和方法の原理を図 1.5.2 に示す。宇宙機構体に電気的に接
地するように電界放出素子を搭載する。サブストームの発生時に太陽電池のカバーガラスと同様に電界放 出素子の上にある絶縁シートも宇宙機構体と異なった電位を帯電することになる。このとき太陽電池と同 様、電界放出素子も逆電位勾配
を形成する。そして、その絶縁シートと電界放出素子本体の電位差が一定を越えると電界放出が発生し、
電子放出により、宇宙機構体の電位は正方向へ引き上げられる。放電は電子なだれにより爆発的な電界強 化と脱ガスによって数μsec オーダーで瞬間的に発生するが、この電子放出は絶縁シート側面が薄いため 電子なだれが起きにくく、爆発的な電界強化、脱ガスによる電離はほぼ無く、ゆるやかで比較的長時間の
間(数sec から数 hour)、電子を放出するため宇宙機構体の負帯電が緩和され、放電の起きにくい電位を
形成する。本研究ではこれを“電界放出効果”と呼ぶ。
図1.5.2 電界放出素子を搭載した宇宙機のサブス トーム遭遇時の電位変化
Fig. 1.5.2 Spacecraft potential with field emission device under substorm conditions.
1.6 研究動向
・電界効果電子エミッタを搭載した静止軌 道宇宙 機の電位コントロールのシミュレーション[8]
Science Applications International CorporationのM. J. Mandell氏らは静止軌道宇宙機の負帯電を緩和するた めスピント型陰極の電界効果電子エミッタを考案しNascap-2kによってその効果をシミュレーションして いる。電界効果電子エミッタは1cm 角の大きさで 50eV,1mA の電子を放出できる。エミッタの電圧、電 流をモニタするシステムや電界、電流センサと放電検知システムが搭載されている。図1.6.1 はサブスト ーム(NASAワーストケース;電子温度12keV、電子密度1.12 106m-3、イオン温度29.5keV、イオン密度
0.236 106m-3)遭遇時の宇宙機の電位を示している。Φcg-Φs=1kVの逆電位勾配を示している。これに対
して図1.6.2は電界効果電子エミッタを使用して宇宙機構体の電位を電子電流によって+50Vを維持してい
る。Φcg-Φs=-50V の順電位勾配を示している。また、エミッタの取り付け位置についてもシミュレーシ ョンしているが、宇宙機の地球と反対側の面に取り付けると放出電子のゆがみが無くなり、電子がスムー ズに流れる。また、電子の加速エネルギーを50eVの状態で宇宙機の電位が変化したときの放出電子の軌 道を計算したところ、Φs=45Vのときは電子が宇宙空間に放出されているが、Φs=55Vのときは放出電子 が宇宙機の方へ戻ってくるため効率的でない。
本研究の電界放出効果と類似した放電抑制手法であるが、電界、電流センサ、放電検知システム、電子 エミッタの電源などの回路が必要で、電子放出を外部で制御する点で本研究の電界放出素子とは異なる。
図1.6.1 Nascap-2kによるサブストーム遭遇時の宇 宙機電位シミュレーション(電子エミッタ な し)[8]
Fig. 1.6.1 Simulation of spacecraft potential under substorm conditions using Nascap-2k (without Field effect emitters) [8].
図1.6.2 Nascap-2kによるサブストーム遭遇時の宇 宙機電位シミュレーション(電子エミッタ あ
り)[8]
Fig. 1.6.1 Simulation of spacecraft potential under substorm conditions using Nascap-2k (with Field effect emitters) [8].
・静止軌道宇宙機のプラズマコンダクタによる帯 電電位差の緩和[9]
Air Force Research LaboratoryのB.K. Dichter氏らはキセノンプラズマを用いたCharge Control System (CCS) をアメリカの軍用衛星 DSCS に搭載して実験している。CCS には Electrostatic Analyzer (ESA)と Surface
Potential Monitor (SPM)とプラズマジェネレータとガスタンクが含まれる。ESAはイオンと電子の温度を測
定し、SPMはポリイミドや試験用サンプルの表面電位と宇宙機構体グランドの電位差を計測する。プラズ マのガスや電源をマイコンによって制御する。図1.6.3はCCSのプラズマ源をONにしたときとOFFにし たときの電位差を示している。OFF のときでは最大3500V の電位差が発生しているがON のときは最大
1200Vまでしか電位差は発生しないという結果が出ている。
信頼性の高い放電抑制手法であるが、帯電センサとプラズマ装置が必要で、多くの装置を制御しなけれ ばならない。その回路の重量やコストの面で本研究のダミーセルや電界放出素子の方が有利である。
図1.6.3 CCSプラズマ源ONとOFFの時の表面電 位の計測値[9]
Fig. 1.6.3 surface potential measurement of CCS plasma source ON or OFF [9].
1.7 研究目的
宇宙機の帯電放電現象が注目され、研究が盛んになってきているが帯電放電の対策は発展途上にある。
本研究では九州工業大学の宇宙環境技術研究センターLa SEINE(Laboratory of Spacecraft Environment
Interaction Engineering)の所有する静止軌道環境模擬チャンバーを用いて2種類のサブストーム発生時の
宇宙機放電対策を考案し地上試験した。一つは放電の起きやすい素子を宇宙機に搭載し、その素子が他の 太陽電池で放電が起きる前に放電することによって周辺の太陽電池の表面電位を緩和させる避雷針 効果 を用いた方法である。二つ目は電界放出素子により宇宙機電位が負に陥ったときに宇宙機構体から安全に 電子を逃がす電界放出効 果を用いた方法である。本研究では宇宙機に低コストかつ高信頼性の放電抑制 手法を提供することを目的としている。
第二章 実験装置
2.1 静止軌道環境模擬チャンバー
実験に使用した装置を図 2.1.1 に示す。メインとサブのチャンバーがあり、供試体を入れるのはメイン チャンバーで、直径600mm、奥行き900mmの円筒型をしている。チャンバーには、粗引き用ロータリー
ポンプ(ULVAC 製;VD401)、ターボ排気用ロータリーポンプ(ULVAC 製;GVD-201)、ターボ分子ポ
ンプA(ULVAC製;UTM50)、ターボ分子ポンプB(SEIKO-SEIKI製;STP-400C)が備わっていて、チ
ャンバー内の気圧を最大1x
10
!4Paの真空状態にできる。サブチャンバーにはプラズマ源があり、プラズ マを生成することもできる。外部回路用高電圧源(グラスマン製;EW60R10)は 0~60kV、0~10mA の電流電圧を出力でき、供試 体を負バイアスするのに使う。放電時の電流から電源を保護するために制限抵抗10MΩを接続して使用す る。この電源はサブストーム遭遇時の宇宙機機体の負電位を模擬するものである。チャンバー上部に高エ ネルギー電子を照射する電子ビーム銃が備え付けてあり、サブストームの高エネルギー電子環境を模擬す る。加速電圧0~30kV、電子電流密度0~200μAの範囲で電子を照射することができる。また、チャンバ ー上部にガラスの窓があり、高感度IR カメラ(SONY 製;XC-E150)が取り付けてある。カメラの映像 をパソコンで動画として取り込み保存することができる。
チャンバー内部を図2.1.2 に示す。供試体を置く板はアクリル製である。内部供試体の表面電位を非接 触で測定可能な表面電位計(Trek社製;MODEL341)があり、プローブヘッドをXYステージ(シグマ光 機製;SGSP26-150,SGSP26-200)に備え付けてある。これにより2次元の表面電位分布が測定できる。XY ステージの可動範囲は140mm 180mmである。チャンバー内外の電気配線は20kV 耐圧のフランジを介 している。電子ビーム銃の射出口には電磁シャッター(COPAL社製;DC-392)が設置されており、電子 ビームの照射を瞬時に遮断することができる。
図2.1.1 静止軌道模擬チャンバー外観 Fig. 2.1.1 GEO environment chamber externals.
図2.1.2 静止軌道模擬チャンバー内部
Fig. 2.1.1 Inside of GEO environment chamber.
試験のシステムを図2.1.3に示す。主な測定パラメータは真空度、供試体バイアス電圧、放電電流波形、
試験動画、表面電位分布、電子ビームの加速電圧、電流密度、電子ビーム照射時間である。その他、温度 測定、プラズマ使用時はプラズマ測定も可能である。各データは DAQ(National Instruments 製;Data
Acquisition)によりパソコンに保存する。オシロスコープで測定したデータは GPIB ケーブルによってパ
ソコンに保存する。放電画像はIRカメラで撮影し、Formac studio (Formac製) によってA/D変換しパソコ ンに取り込む。このデータは実験終了後にプログラム処理を施し、一定以上の発光強度の放電画像のみを 抜き出す。放電の検出には電流プローブを用いており、トリガレベルを越えたときの電流波形を保存する。
表2.1に試験に使用したプローブを示す。
図2.1.3 試験システム Fig. 2.1.3 Experiment system.
表2.1.1 実験の際使用するプローブ
Table 2.1.1 Probe used in the experiment.
Name Band width Rating Type Company
AC/DC CURRENT
PROBE
DC!50MHz "5 or "10 TCP305 TEKTRONIX AC
CURRENT PROBE
935!120MHz "1 or "10 P6022 TEKTRONIX 600V,100A
DC CURRENT
MONITOR DC!10MHz "1 or "10 9274 HIOKI 600V,20A
DC CURRENT
MONITOR DC!10MHz "100 3274 HIOKI 600V,150A
High voltage
probe DC!75MHz "1000 20kV P-6015A TEKTRONIX
図 2.1.4 は表面電位計の内部回路を示している。プローブヘッドに電極があり、この電極と非測定面と
の間に静電容量Cができる。このプローブヘッドの電位を変化させ非測定面と同電位にすることでこのC を打ち消し、そのときの電位を測定する仕組みである。これにより非接触で測定面の電位に影響を与えず、
非測定面とプローブの距離に依存せず測定できる。また、図2.1.5 に示すように測定対象との距離によっ て電位測定範囲が異なる。表面電位の二次元スキャンはX-Y stage を1mm間隔の測定点を最大14x18点 で測定している。このステージはプログラム入力により範囲内であれば任意の動作でスキャンすることが できる。
図2.1.4 表面電位計内部回路[10] 図2.1.5 距離と測定範囲[10]
Fig. 2.1.4 Circuit in surface potential probe [10] Fig. 2.1.5 Distance range of measurement [10].
図 2.1.6 は電子ビーム銃の構造を示している。フィラメントに電流を流し、熱電子を放出させ、カソー
ド・アノード間に電界を形成し電子を加速させる。真空状態が悪いとフィラメント付近で放電が発生して しまうことがあり10-3Paの前半以下で使用することが望ましい。図2.1.7は電子ビームのコントローラー である。このコントローラーで加速電圧、電流密度、照射範囲、照射位置を調整できる。本研究で利用頻 度の高い電子ビームの設定;加速電圧5.0 keV, 電流密度50 µAに設定したときの試験サンプルに照射され る電流密度分布を図2.1.8に示す。
図2.1.6 電子ビーム銃 図2.1.7 電子ビームコントローラー
Fig. 2.1.6 Electron gun. Fig. 2.1.7 Electron gun controller.
90 45 0 -45 -90 70
35 0 -35 -70
Y[mm]
X[mm]
-2.0 0.0 2.0 4.0 6.0 8.0 10.0 12.0 Current density [mA/m2]
図2.1.8 静止軌道模擬試験の電流密度分布 (5.0keV, 50µA)
Fig. 2.1.8 Current density distribution on GEO environment experiment (5.0keV, 50µA).
電子ビーム銃の操作上の注意点は試験サンプルが逆電位勾配を形成するように照射しなければいけない ことである。一旦、順電位勾配を形成してしまうと元の電位状態に戻す手段は時間を置くかチャンバーを 大気開放するしかなくなり実験延期という事態になり得る。1.4 章で述べたようにΦs>Φcg;順電位、Φ s<Φcg;逆電位で、これを決定づけるのはカバーガラスの二次電子放出係数
!
e>1;逆電位、!
e<1;順 電位である。式(1.4.1)に示している!
eは、θ=0一定の場合を考えると入射エネルギーEのみの関数となり、!
eは図2.1.9に示すE依存性を示す。実験時は試験サンプルに入射する電子エネルギーがE=(電子ビーム加速電圧 )−( 試験サン プル表面 電位)となることを考慮してパラメータを設定する必要がある。
電子ビーム照射により、試験サンプル表面が帯電するため、Eは加速電圧が一定でも刻々と変化する。ま た、(加速電圧)<(表面電位)の場合は電子が跳ね返され、試験サンプルまで届かなくなるため、順電 位勾配を形成することはない。二次電子係数が未知の材質を確実に逆電位勾配にするにはバイアス電位よ り低い加速電圧から照射し、徐々に加速電圧を上げ、表面電位に変化が起きれば逆電位となる。効率的な 放電試験を行うにはさらに放電頻度が高くなるような加速電圧を探す必要があるが、加速電圧を上げすぎ ると順電位勾配になるため、試験中に表面電位を観察することが重要である。
0 0.5 1 1.5 2 2.5 3 3.5
1 10 100 1000 104
!"#$%&'(
)*+,-.
!
E[eV]
図2.1.9 カプトン、カバーガラス(Brr/s-0213;corning)の二次電子係数[5] [11][12]
Fig. 2.1.9 Secondary electron coefficient of Kapton and cover glass (Brr/s-0213;corning) [5][11][12].
2.2 試験サンプル
本研究では独自の試験サンプルを作成し、避雷針効果と電界放出効果の検証試験を行った。アルミ板中 央にカバーガラスcorning-0213を使用した高効率Si太陽電池セルを配置し、その周囲に試験素子を配置し、
アルミ板の残りのスペースをポリイミドフィルムで覆ってある。このクーポンを避雷針クーポンと呼び、
TYPE AからTYPE Dまで四種類の異なるクーポンを作成した。これらの避雷針クーポンは全て(株)NT
スペースシステムに製作依頼している。
2.2.1 避雷針クーポンダミーセル
避雷針効果を実証するために太陽電池を模擬して放電が起きやすいセル“ダミーセル” を考案した。
ダミーセルの構造は以下の考えに基づいて設計された。
(1)高二次電子係数のカバーガラス(帯電速度増加)
(2)薄厚カバーガラス(距離dを小さくし、電界強化)
(3)セル側面の金属を粗く削りむき出しにする(電界集中する箇所を増やす)
(4)セルカバーガラス上に接地した導電性コーティングを櫛形に塗布する(電界集中する箇所を増やす)
本研究では以上の4つの案をもとにダミーセルを製作し検証した。製作した試験クーポンを図2.1.2 に示 す。このクーポンは避雷針クーポンTYPE Aである、中央には放電比較用太陽電池、その他はダミーセル 4種類が左右一列に並び、列ごとに配置順番を変えている。図中の番号は上記の4つのそれぞれの案で設 計されたことを示す。
図2.2.1.2 避雷針クーポン TYPE A
Fig. 2.2.1.2 Lightning rod coupon TYPE A.
避雷針クーポンTYPE Aでの試験結果から効果の期待できるダミーセルを絞り、避雷針クーポンTYPE Dを作成した。避雷針クーポンTYPE Dを図2.2.1.3に示す。中央に比較用太陽電池、クーポン右側に3種
類のダミーセルが配置してある。このダミーセルは TYPE A のダミーセル(3)をもとに作られている。図
2.2.1.4にダミーセルの断面図を示す。ダミーセルV1のカバーガラスとセルの縁はやすりでサンディング
してあり絶縁コーティングせず金属部がむき出しである。バスバー(セル横にある強化銀の電極)もむき 出しである。ダミーセルV2はセル周りを全てRTV-S691コーティングしてあり電極がむき出しになって いる部分が全くない。ダミーセル V3 は V1 と同じくセル縁の金属がむき出ししているが、バスバーも RTV-S691コーティングしている。
図2.2.1.3 避雷針クーポン TYPE D
Fig. 2.2.1.3 Lightning rod coupon TYPE D.
図2.2.1.4 避雷針クーポンTYPE Dのダミーセル断面図
Fig. 2.2.1.4 Cross section of dummy cell in lightning rod coupon TYPE D.
2.2.2 避雷針クーポン電界放出素子
電界放出素子は二つ目の放電回避手法である。この素子は導電性の接着剤などを宇宙機構体グランドに 接地し、その上に絶縁シートを貼付けた簡単な構造でできている。図2.2.2.1は避雷針クーポンTYPE Cの 電界放出素子である。クーポン基板に導電性接着剤S692 を塗布し、上にカプトンを貼付け、炭素棒を突 き刺している。その形状から“剣山”と名付けた。
図2.2.2.1 避雷針クーポンTYPE C 電界放出素子 “剣山”
Fig. 2.2.2.1 Field emission device ”Pin holder” in lightning rod coupon TYPE C.
図2.2.2.2は避雷針クーポンTYPE Bの電界放出素子、“CFRP”を示している。これはCFRPをs692で
クーポン基板に貼付けたものである。CFRPはプラスチックにカーボンファイバーの混ざった構造であり、
絶縁材と導電材の複合材である点が他の絶縁シートと異なっている。図中のクーポン右側のものはCFRP 表面に突起をつけるためにサンディング加工してあるため“CFRP(粗)”とする。図中に“CFRP”と“CFRP
(粗)”両方の表面の顕微鏡写真を示している。
図2.2.2.2 避雷針クーポンTYPE B 電界放出素子”CFRP”
Fig. 2.2.2.2 Field emission device ”CFRP” in lightning rod coupon TYPE B.
避雷針クーポンTYPE B、TYPE Cの電界放出素子をもとに避雷針クーポンTYPE Dを製作した。図2.2.2.3 に避雷針クーポンTYPE Dと素子断面図を示す。以下の電界放出素子を実装している。
剣山;TYPE C剣山と同様
剣山(剣なし);剣山から炭素棒を抜き取ったもの S692王冠;s692を王冠状に塗布したもの
CNTチップ;カーボンナノチューブのチップ CFRP短冊;CFRPを短冊状にs692で貼付けたもの
CFRP短冊(粗);CFRP短冊の表面をサンディングしたもの S692短冊;S692を短冊状に塗布したもの
図2.2.2.3には電界放出効果のあった素子のみ断面図を示している。
図2.2.2.3 避雷針クーポンTYPE D 電界放出素子
Fig. 2.2.2.3 Field emission device in lightning rod coupon TYPE D.
2.2.3 手作り電界放出素子
避雷針クーポンの試験から TYPE D の剣なし剣山の構造を模して電界放出素子を製作した。図 2.2.3.1 にその基本とする図面を示す。基板にはアルミ板、黒い部分がS692(旭化成ワッカーシリコーン)、黄色 部分がポリイミドである。製作した素子を図2.2.3.2に示す。s692塗布の際上部のポリイミドを貼り、S692 硬化後に9つの穴を針で開けている。この素子をSP0とする。
図2.2.3.1 避雷針クーポンTYPE D“剣なし剣山” の図面
Fig. 2.2.3.1 Cross section of “Pin holder without carbon stick” in lightning rod coupon TYPE D.
図2.2.3.2 自作した電界放出素子SP0 Fig. 2.2.3.2 Handmade field emission device “SP0”.
さらにこの電界放出素子の形状を変えて5つの素子を作成した。図2.2.3.3と図2.2.3.4に示す。その構 造は以下の通りである。
・SP1:上部ポリイミドの穴の開け方を変えており、s692を塗布する前に穴をあけている
・SP2;避雷針クーポンの剣山を作った後に炭素棒を抜いている、上のポリイミドはs692を塗布する前か ら穴をあけておき、s692 を塗布して貼付け、穴に炭素棒を刺した状態でs692 硬化後に炭素棒を抜いてで きたものである
・SP3;サイズを縮小し30mm角ではなく10mm角の電界放出素子である
・ SP4;s692の厚みを薄くしている
・ SP5;s692の厚みを厚くしている
図2.2.3.3 形状を変えて作った電界放出素子
Fig. 2.2.3.3 Field emission devices changed shape.
図2.2.3.4 形状を変えて作った電界放出素子断面 図 Fig. 2.2.3.4 Cross section of field emission devices changed Shape
次に作成したものは図2.2.3.5に示す上部の絶縁シートをポリイミド以外の材質にしたものである。その 素材は以下の通りである。
・厚さ130µmのポリエチレン(HI-ZEX MILLION;三井化学)、
・40µmのフィルムフラーレン(ポリエチレンにフラーレンを混ぜたもの)、
・25.4µmのFEP テフロン(DuPont Japan)、
・1.0mmの合成石英ガラス(信越石英)、
・1.1mmのホウケイ酸ガラス(松浪硝子工業)
を使用して製作している。ガラス材のものはひび割れの恐れがあるため穴開け加工はしていない。その他 の材質の穴あけはSP0と同様s692硬化後に針で開けている。
それぞれの素子をS-PE0 (PE)、S-FF0 (フィルムフラーレン)、S-FT0 (FEPテフロン)、S-SFS0 (合成石英ガ ラス)、S-BG0 (ホウケイ酸ガラス)とする。
図2.2.3.5 絶縁シート素材を変えた電界放出素子
Fig. 2.2.3.5 Field emission devices that changed insulation seat materials.
図2.2.3.6にPETとテフロンの二次電子係数を示す、どちらもポリイミドよりも二次電子係数が高く、よ
り帯電しやすい電界放出素子となる可能性がある。また、ガラスに含まれるSiO2の二次電子係数も示して いる。
0 0.5 1 1.5 2 2.5 3 3.5
1 10 100 1000 104
!"#$%&
'(
)*+,%&
-./0
!
E[eV]
図2.2.3.6 高分子材料やガラス材の二次電子係数 [5][13]
Fig. 2.2.3.6 Secondary electron coefficient of polymeric material and glass material [5][13].
第三章 実験方法及び結果
3.1 ダミーセル検証実験
ダミーセル検証試験はサブストーム遭遇時の静止軌道環境を模擬し、そのときの比較用太陽電池の放電 回数と、ダミーセルの放電回数を比較して検証する。
3.1.1 避雷針クーポンTYPE A
避雷針クーポンTYPE Aのチャンバー内外の試験回路図を図3.1.1.1に示す。避雷針クーポンTYPE Aの ダミーセルは左半分と右半分に分けて試験を行っている。表面電位のスキャン範囲、ビーム照射範囲、電 流測定プローブの数などの関係でクーポンの半分のみを負バイアス電源に結線し、もう半分のダミーセル は電気的に浮いている状態である。U1 は放電比較用太陽電池セルである。CP は電流プローブ、VP は高 電圧プローブである。
図3.1.1.1 避雷針クーポンTYPE A試験回路図
Fig. 3.1.1.1 Experimental circuit of lightning rod coupon TYPE A.
表3.1.1.1は避雷針クーポンTYPE A のダミーセル検証試験の履歴である。試験の日付、試験時の真空
度、電子ビーム銃の加速電圧、照射時間、U1、ダミーセル3の放電回数を表している。ダミーセル1、2、 4については放電が発生していないため表から省いている。合計放電回数から放電する確率を割り出すと、
U1放電確率は0.83%であり、残りの99.17%がダミーセル3で発生している。U1の放電を1%以下に抑制 しているためダミーセル3の避雷針効果は非常に優れていると言えよう。
表3.1.1.1 避雷針クーポンTYPE A試験履歴、放電 回数
Table 3.1.1.1 Examination history, discharge number of lightning rod coupon TYPE A.
Date Pressure [Pa] Electron gun [keV] Time U1 Dummy cell 3
2005.6.10 10x10-4 5.9 1h29m 2 28
3.5x10-4 6.3 0h16m 0 0
3.5x10-4 5.9 0h10m 0 2
3.5x10-4 5.1 0h05m30s 0 4
3.5x10-4 5.3 0h05m30s 0 480
3.5x10-4 5.5 0h06m 1 105
3.5x10-4 5.7 0h05m 0 33
3.5x10-4 5.9 0h05m 0 3
10x10-4 5.3 0h00m15s 0 259
10x10-4 5.9 0h05m 0 1
10x10-4 5.3 0h05m 5 40
2h28m 8 955
2005.6.13_1
2005.6.13_2
2005.6.14
Total
図3.1.1.2はダミーセル3が放電したときの典型的な電流波形を示す。放電によりダミーセル3には周囲 の帯電電荷が流れ込み、U1 には電荷を中和する電流が流れる。このとき表面帯電が一旦リセットされる ことになる。そして、これを繰り返すことでU1が放電することはほぼ無くなる。
図3.1.1.2 ダミーセル3放電時電流波形
Fig. 3.1.1.2 Discharge current waveform of dummy cell 3.
図3.1.1.3は試験ケース2005.6.13_1の放電発生箇所と放電多発箇所の顕微鏡写真を示す。図中の が放
電箇所であるがダミーセル3でも特に放電が集中した箇所があり、その付近を顕微鏡で観察するとセルカ バーガラスが割れている箇所が存在した。この割れは試験前からあり、製作過程でセル側面を削り加工し た際にできたと思われる。割れによって放電する確率が上がっていた可能性も考えられる。
図3.1.1.3 ダミーセル3の放電多発箇所付近顕微 鏡写真[5.53x4.15mm]
Fig. 3.1.1.3 Photomicrograph of many discharge occurred area on dummy cell 3 [5.53x4.15mm].
図3.1.1.4は電子ビーム加速電圧5.5keVの試験ケース中の表面電位分布である。この電位は乖離電圧(試
験開始前−5kVバイアス時に測定した表面電位との差)で示されている。U1および各ダミーセルの表面 電位は正に帯電し、逆電位勾配を形成していることが分かる。
図3.1.1.4 避雷針 TYPE A表面電位(電子ビーム5.5keV100uA照射時間5sec) Fig. 3.1.1.4 Surface potential of lightning rod coupon TYPE A.
3.1.2 避雷針クーポンTYPE D
避雷針クーポンTYPE Dのダミーセル検証試験の回路図を図3.1.2.1に示す。ダミーセルV1、V2、V3、 放電比較用太陽電池セルU1、U2を負バイアス電源に結線している。電子ビームはU2と3つのダミーセ ルに公平になるように、U2とV2の間にビーム中心を合わせて照射している。
図3.1.2.1 避雷針クーポンTYPE D試験回路図
Fig. 3.1.2.1 Experimental circuit of lightning rod coupon TYPE D.
表3.1.2.1に避雷針クーポンTYPE Dのダミーセル検証試験の履歴を示す。試験の日付、試験時の真空度、
電子ビーム銃の加速電圧、照射時間、それぞれの素子の放電回数を表している。なおU1では放電が発生 していない。U2の放電は合計12回である。全放電回数1750回からU2の放電する確率を割り出すと約
0.69%である。放電回数の最も多いダミーセル V3 の放電確率は約 74.46%であり、V1 の放電確率は約
24.80% である。また、トリプルジャンクションの存在しない V2 では放電が1回しか起きていない。避
雷針クーポンTYPE Aと同様、放電比較用太陽電池U2は1%以下に放電が抑制された。
表3.1.2.1 避雷針クーポン TYPE Dダミーセル試験履歴、放電回数
Table 3.1.2.1 Examination history, discharge number of dummy cells on lightning rod coupon TYPE D.
Date Pressure [Pa] Electron gun [keV] Time U2 V1 V2 V3
5.2keV 0h03m 1 38 0 660
5.1keV 0h36m30s 2 14 0 47
5.0keV 0h27m 1 9 0 22
5.2keV 0h02m 0 30 0 137
5.3keV 0h01m 0 2 0 69
5.4keV 0h05m 1 12 0 158
5.5keV 0h08m 0 1 0 73
5.2keV 0h15m30s 0 197 0 98
5.1keV 0h18m10s 3 19 1 13
5.0keV 0h32m 4 19 0 7
2006.2.21 1.6x10-4 5.2keV 1h53m20s 0 93 0 19
4h21m30s
12 434 1 1303
Total
4.3x10-4
1.5x10-4 2006.2.17
2006.2.20
図3.1.2.2はダミーセルV3で放電した時のU2、V3の典型的電流波形を示している。V3の放電により U2には中和電流が流れている。図3.1.2.3はこの放電前後の表面電位変化を示している。図の左が放電前 の表面電位、右が放電直後の表面電位である。放電前U2表面は+1.4kV帯電していたが、放電後には+0.2kV 程度になっている。ダミーセルの放電によりU2の表面電位はリセットされ、放電に至る前に蓄えた電荷 を放出する。このため、放電確率は1%以下となる。また、図3.1.2.4 には2006.2.17の試験ケースでの放 電発生箇所を示している。
図3.1.2.2 ダミーセル3放電電流波形
Fig. 3.1.2.2 Discharge current waveform of dummy cell 3.
図3.1.2.3 ダミーセル3放電による表面帯電電位 緩和(図3.1.2.2の放電時)
Fig. 3.1.2.3 Charged surface potential relaxation by discharge on dummy cell 3 (when Fig3.1.2.2).
図3.1.2.4 避雷針クーポンTYPE D放電箇所分布
Fig. 3.1.2.4 Discharge point distribution of lightning rod coupon TYPE D.
3.2 電界放出素子検証試験
電界放出素子の検証試験はダミーセル検証試験と同様、サブストーム遭遇時の静止軌道環境を模擬する。
そして、そのときの電界放出素子の発光、電流を計測して電子放出を確認する。電界放出発生時の電流は 微小なため、電流プローブでは測定できない。そのため、負バイアスした試験素子の電位をDAQ(National
Instruments製)を用いて1秒ごとにサンプリングし、電位変化分から電流を割り出す。
3.2.1 電界放出検証
電界放出素子の電子放出が電界放出であることを検証するための試験を避雷針クーポンTYPE Cの剣山 にて行った。図3.2.1.1にその試験回路図を示している。剣山の上、距離約 0.5mm の位置にアノード電極を 置き、接地する。そして剣山に負バイアスをかけアノード電極との間に電界を形成させる。アノード電極 側に電流が流れたとき、真空中に電子放出が発生したことになる。
図3.2.1.1 避雷針 TYPE C剣山の電界放出特性検証 試験回路図
Fig. 3.2.1.1 Experimental circuit of field emission characteristic verification of pin holder on lightning rod coupon TYPE C.
図3.2.1.2左にI-V特性を示す。印加電圧2000V付近から電子が放出され、電流を検出することができ
た。このI-V特性からファウラーノルドハイムの式を用いてプロットしたものが図3.2.1.2右のグラフであ る。このグラフは線形に近似することができ、これにより電子の流れが電界放出によるものであることが 証明される。
0 0.02 0.04 0.06 0.08 0.1
2000 2500 3000 3500 4000
Anode current[mA]
Bias voltage[V]
-33 -32 -31 -30 -29 -28 -27 -26 -25
0.25 0.3 0.35 0.4 0.45 0.5
!"#"$%&'()*"$"+)'*,*-""".#"&'*,,//"
ln(I/V^2)
1000/V
図3.2.1.2 避雷針 TYPE C剣山のI-V特性、F-Nプロット
Fig. 3.2.1.2 I-V curve and F-N plot of pin holder on lightning rod coupon TYPE C.
さらにF-Nプロットの傾きから剣山の電界増倍係数βを求めることができる。
ここで、電界放出式
J = CE
2! exp " D!
3 2
E
#
$
%
%
&
' (
(
(式1.5.1) [6]に
E = !V / d
、j = I / S
を代入すると(β;電界増倍係数)ln I
V
2= ! dD"
3/2# $ 1
V ! ln "d
2CS#
2 (式3.2.1)図3.2.1.2の実験データのプロットの傾きとこの式の傾きは等しいとすると
! dD"
3/2# = !19.858
(式3.2.2)ここで
D = 6.83 ! 10
9,
d = 0.5 ! 10
"3,#c = 5
を代入すると
! " = 1923
(式3.2.3)が求まる。
この試験から剣山のマクロな電界増倍係数が1923 となることが分かる。実際の静止軌道環境模擬試験で は上部のポリイミドが帯電してアノード電極の役割を果たすことになるが、剣山が電界放出源となり得る ことが証明された。
3.2.2 避雷針クーポンTYPE C電界放出素子試験
避雷針クーポンTYPE Cの剣山の静止軌道環境における電界放出の試験について述べる。実験の手法は ダミーセル検証試験と変わらない。図3.2.2.1に試験回路図を示す。避雷針クーポンの全素子を負バイアス 電源に結線してある。真空度は1.55 10-4Paである。
図3.2.2.1 避雷針クーポン TYPE C剣山試験回路図
Fig. 3.2.2.1 Experimental circuit of pin holder on lightning rod coupon TYPE C.
図3.2.2.2は試験中の発光箇所と電界放出発生時のクーポンの電位変化を示している。バイアス電圧が−
5kVから−0.5kVまで上昇した状態から、4秒付近で放電が発生し、一旦電位が下がるが再び電界放出に より電位が−0.5kVに戻っている。このときの電界放出電流量は(5kV -0.5kV) / 10MΩ= 0.45mAとなる。
図3.2.2.2 避雷針クーポン TYPE C発光点と電界放出中のクーポン電位
Fig. 3.2.2.2 Coupon potential variation in field emission and luminescence point of lightning rod coupon TYPE C.
図3.2.2.3 に避雷針クーポンTYPE C剣山の発光例とその付近の顕微鏡写真を示す。発光箇所は炭素棒と
s692の縁両方で確認された。
図3.2.2.3 避雷針クーポンTYPE C剣山の発光と顕微鏡写真
Fig. 3.2.2.3 Luminescence and microphotograph of pin holder on lightning rod coupon TYPE C.
3.2.3 避雷針クーポンTYPE B電界放出素子試験
避雷針クーポンTYPE B CFRPの試験回路図を図3.2.3.1に示す。避雷針クーポンTYPE B全ての素子 を負バイアス電源に結線している。
図3.2.3.1 避雷針クーポンTYPE B CFRP試験回 路図
Fig. 3.2.3.1 Experimental circuit of CFRP on lightning rod coupon TYPE B.
表3.2.3.1は避雷針クーポンTYPE B CFRP試験の履歴である。試験の日付、試験時の真空度、電子ビ
ーム銃の加速電圧、クーポンバイアス電圧、照射時間、電界放出の有無を示している。避雷針クーポン
TYPE BではCFRP、CFRP(粗)ともに電界放出が発生している。しかし、CFRP(粗)については3回の
試験ケースがあるが、最後のケースでは電子ビーム環境は全く同じであるにも関わらず電界放出が発生し ていない。
表3.2.3.1 避雷針クーポン TYPE B試験履歴
Table 3.2.3.1 Experimental history of on lightning rod coupon TYPE B.