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原子力開発地域での地域づくり学習

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Academic year: 2021

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(1)

弘前大学教育学部教育学科教室

Department of Pedagogy,Faculty of Education,Hirosaki University

1.福島原発事故後の動向

(1)「脱原発」への動き

 東日本大震災から4ヶ月近く過ぎた2011年6月24日 になって、政府は地震や大津波で損壊した道路、住宅 などの直接的な被害額が16.9兆円にのぼるとの推計を 発表した。これは、1995年の阪神大震災の936兆円の 約1.8倍におよぶ大規模なものである。しかし、その なかには、東京電力福島第1原発の設備損壊額は入っ ているものの、原発事故の周辺被害や放射性物質の飛 散による広域的な被害、住居移転に関わる被害、さら には風評被害などは含んでいない。今回の震災では、

死者、行方不明者は2万人を超える規模となったが、

原発事故が引き起こされたことによって、事態が一向 に収束に向かわずに、被災地域、被災者が日々拡大 しているという特徴がある。原子力安全・保安院は、

INES(国際評価尺度)に基づいて、事故の深刻度を当

初スリーマイル島事故並のレベル5と発表していた が、4月12日にいたって、過去最大であったチェルノ ブイリ事故と同等のレベル7であると訂正し、世界中

に衝撃を与えている。

 福島原発事故によって、原子力開発と地域の暮らし をめぐっての状況は大きく転換しつつあることは事実 であろう。そこには、原子力開発政策の中で曖昧にさ れていた重要な部分が、地域づくり学習の具体的な課 題となって住民の中に突きつけられていることを見な ければならない。

 この間問題とされたことの一つは、「想定外」とい われたこの事故は、実際は前から国会でも指摘されて いたように、十分「想定」されていたものであったと いうことである。1)にもかかわらず、アメリカの核戦 略を受けた推進勢力が未完成の技術のまま原発の実用 化を急いだこと、慎重派や反対派を退けたいわゆる

「原子力ムラ」を作り上げ「安全神話」をまき散らし 続けてきたことなどが、多くの国民の前にさらけ出さ れ、一気に批判が高められてきた。多くの住民が国や 電力会社に「だまされていた」ことをめぐって、新た な課題があることを示している。

 もう一つは、これまで東京電力と国が公表してきた データが、次々と覆されてきたことである。事故の

原子力開発地域での地域づくり学習

―福島原発事故後の青森県の事例から―

Some Learning Tasks in the Inhabitants' Movement of Anti Nuclear Fuel Cycle Facilities Construction (2)

大  坪  正  一

Shoichi OTSUBO

要 旨

 福島原発事故を受けて青森県内地域団体代表者に対して行った「第2回青森県の将来に関するアンケート調査」

の結果から、新たな事態の中での原子力開発地域の地域づくり学習の課題をあきらかにする。核燃サイクル施設建 設反対運動の本質的な課題は、地域づくりの視点であって、施設立地のための安全協定を拒否する地域・自治体を つくり出すことにある。2008年の第1回調査と比較をして、「核燃に依存しない地域づくり」をめざす意識は大幅 に増えているが、依然として、「もっと慎重に推進してほしい」というものが多数である。これらを生み出してい る基盤として、「想定外」の意識、「安全な原発」の意識、「原子力発電の必要性」の意識、「被害者になる可能性」

の意識、について分析し、地域づくり学習の課題として提示した。

キーワード:地域づくり学習、福島原発事故、原子力開発

(2)

状況は 「 ~と見られる」という情報が中心であって、

「突然~が起こった」という実態が伝えられ続けてき た。現場で何が起きているのかが、そこにいる「専 門家」集団にもよく把握できていないという状況で ある。1号機に至ってはカメラや温度計が中に入れ ず、4ヶ月以上たった今でもその様子はわかっていな い。原子力発電所が集中的に立地している地域におい ては、いったん事故が起きると現場に近寄れない、近 寄っても長く作業ができないという、原発事故の特殊 性をまざまざと実感させるものであった。すべての原 子力開発地域が、このような事故を起こす可能性があ ることが実証されたのである。これは同時に、原子力 の危険性の見返りとしてもたらされる「原発・核燃マ ネー」による地域づくりには、いったん事故が起きる と地域自体が崩壊してしまうということが具体的に示 されたことである。原子力施設は危険なのか安全なの かを超えて、地域づくりにとって多少危険でもやむを 得ないものなのかどうかが問われているということで あろう。

 以上の課題は、そのまま住民の学習の課題でもあ る。特に、原子力開発を引き受けざるを得ないよう な、周辺社会における地域づくりのあり方として、必 要不可欠な学習課題がより明確化されたことの意義は 大きい。

 福島原発事故を機に、それまで「温暖化対策に原 子力発電の比重を50%に引き上げる」といったような

「原子力ルネッサンス」の状況は一変したかのように 見られる。FUKUSHIMAは今や世界語となって世界 中で注目を集めており、マスコミにおいても、それま で登場する機会が少なくなっていた反原発や脱原発の 論者が、しばしば顔を出すようになってきている。事 故後の5月25日、スイス政府は2034年までに原発を廃 止することを表明、6月8日には国民議会で脱原発が 決議された。ドイツ政府は、6月6日に2022年までに すべての原発を閉鎖することを決定、イタリアでは6 月10日に原発再稼働をめぐる国民投票が行われたが、

94%が原発凍結に賛成するという結果をもたらした。

それでは、果たして日本は脱原発の流れに大きく舵を 取ったといえるのだろうか。

 全て海沿いの福井、福島、新潟など限られた地域に 集中しているとはいえ、日本はアメリカ、フランスに 続いて、54基(世界第3位)もの原発を持ち、建設中 3基(大間、東通、島根)、建設準備中11基(東通な ど)を含めると原発大国である。そのうち東日本大震 災では11基が停止し(定期検査で停止されていた原発

21基)、建設中・計画中の原発は現時点(2011年6月 30日)で一時凍結がかかっている。福島第一原発の放 射能漏れ事故を受けて、運転再開には何よりも地元住 民の了解が求められるということとなると、自治体と 安全協定を結び運転を再開することは大変難しいと考 えられる。現在運転中の原発は22基であるが、電力需 要との兼ね合いでは、今後の電力政策、発電計画も当 然見直されていく可能性は大きい。

 福島原発では、原発への水の供給が止まった事故対 策の折、海水を注入して冷やすという対応が遅れたの は、その原発をまだ使い続けようとした企業の論理が あったことが批判されたが、結果的には廃炉にするし かない状況に追いやられた。また、その後政府は、中 部電力に対して浜岡原子力発電所(静岡県御前崎市)

の運転を全面的に停止するよう要請した。東海地震の 震源域の真上に位置し、津波対策が不十分であると判 断されたからであった。5月9日、中部電力は、運転 中の4、5号機の停止と停止中の3号機の当面運転再 開を見送ることを発表した。そして、13日に4号機を 停止、14日には5号機を停止したことにより、浜岡原 発の全ての原子炉が停止したことになった。現在多く の市民の手によって、浜岡原発の廃炉をめざす運動が 一層強く取り組まれている。

 以上のように、国による原発の安全指針が今回の事 故で総崩れになったことによって、その見直し作業は 必至である。それは、現在のような「安全神話」に 乗っかった甘い基準ではなくて、厳しい基準が要求さ れることになるはずである。結果として、電力を原子 力に頼るという路線は大きく撤退せざるをえないこと になるかもしれない。

 筆者はかつて、核燃サイクル施設の止まり方につい て3つの可能性を示した。これは、何年も前から、日 本科学者会議(JSA)が毎年原子力発電(核燃)問題 で全国シンポジウムを開催しているなかで、技術的に も、経済的にも、政治的にも、原発や核燃サイクル施 設は止まらざるをえないことが指摘されていたことに よる。今回の事態によって、その可能性はさらに一層 拡大されたといえよう。2)

 第1の可能性は、爆発して止まる場合である。チェ ルノブイリ原発やスリーマイル島、日本では「もん じゅ」や柏崎刈羽原発などの例によって明らかなよう に、安全性が確認されないまま本格稼働したりする と、事故を起こしてストップする可能性は大であるか らだ。これはきわめて悲惨な終わり方であるが、今回 福島で実証された事態は、悲惨な選択をしてしまった

(3)

ということだろうか。

 第2には、事業そのものが撤退する場合である。つ まり、原子力発電のコストの問題が中心である。原発 を動かす際には、発電コストだけではなくて、住民対 策費や安全対策費など様々な経費がかかるからであ る。また、原発や核燃サイクルは「あまり人の住んで いない辺地に作る」ということであるから、送電費、

変電費、配電費、販売費、一般管理費、その他費用合 計を加えたもの、つまり一般家庭に電力を供給する時 点のコストで比較すると、原子力発電の電力はコスト 高になることは以前から指摘されているところであ る。そして、今回のような原発事故による補償の問題 を追及していけば、現時点でもさえ数兆円とも言われ ているが、東京電力という大企業がつぶれるぐらいの 莫大な金額を要することは明らかである。

 つまり、電力会社は商売でやっているわけで、儲か らないとわかればいつでも撤退するという存在であ る。地域のために原子力開発や核燃事業をやっている わけではないからである。大事故によって生じた莫大 な負債を考えたとき、撤退する可能性が大きくなって いることは明らかであろう。また、自分のところの原 発が事故を起こさなくても、世界中の他の原発が事故 を起こすことによって、撤退に追いやられる場合も考 えられよう。今回の浜岡原発がその例である。3)

 前の2つのように他人に頼るものではない第3の止 まり方は、施設立地のための安全協定を拒否する地 域・自治体をつくり出すということである。これは、

住民自身による積極的な止め方であり、我々が問題に する地域づくりの視点である。すなわち、他人任せで はなくて、住民がみんなで地域づくりに参加するなか で、原発や核燃に依拠しない地域づくりを選択すると いうことである。不安を残すような危険なものを拒否 する、日本のゴミ捨て場にされるなどという他人の勝 手で進められる屈辱的な地域づくりを拒否するため に、みんなの意見で地域づくりを計画化するというこ とである。

 前述したように、震災で一時凍結されている原発の 立地などでは、再稼働するためにはハードルがかなり 高くなっているのは否めないだろう。そうであるがゆ えに、地域づくりの視点は、原子力施設に対する安 全優先の規制を可能にする体制づくりを提起する。例 えば、原子力安全・保安院が原発推進の先頭に立って いる経済産業省の一部局からなっているなどは、全く もって問題外の体制である。推進機関と規制機関はき ちんと分離し、独立した機関として権限をもたせるな

どの仕組みを作り出していく必要がある。また、原発 依存の日本のエネルギー政策を変えるために、地域が 力を発揮する体制をつくりださねばならない。代替可 能な自然エネルギーの研究や普及、エネルギーの転換 に伴う諸問題を解決できる体制をつくりだしていくこ となどである。これらの体制が地域に可能になったと き、初めて、日本が脱原発の動きに変わったことにな るといえるのではないか。

(2)2011年青森県知事選挙の結果から

 それまで、「安全神話」のもとに、原発・核燃マ ネーに頼っての原子力開発地域の地域づくりは、大き く揺らぐことになりつつある。福島県の復興ビジョン 検討委員会は、基本方針に「脱原発」を明記し、原子 力に依存しない社会づくりを掲げたが、果たして、青 森県民はそのような流れに向かって進んでいると言え るのだろうか。4)現在の原子力開発が見直され、原発 や核燃に頼らない地域づくりに転換していくために は、地域においてはどのような課題があるのか。特に 青森県のような原子力立地地域で、今後の地域づくり をめぐってどのような住民の学習課題を提示している のか。それらのことが具体的に検討される必要があろ う。

 震災後1ヶ月の4月に、日本全国で一斉地方選挙が 行われた。(被災地である岩手県、宮城県、福島県は 延期)この結果を見ると、例えば焦点となった東京都 では、「震災は天罰」と暴言を吐き、わざわざ訪問先 の福島で「私は原発推進論者だ」「日本の原発は東京 湾に作っても安全だ」などと公言した石原慎太郎氏 が、ほとんど街頭にも立たない選挙戦で4選されるな ど、脱原発の勢力が必ずしも前進しているという状況 にはなっていない。むしろ、都市部でも農村部でも、

震災対応に不手際が目立つ政府与党が敗北し、旧来の 原発推進勢力であった、自民党が勢力を伸ばしてい る。

 そして、原発立地における震災後の初めての知事選 が青森県で実施され、6月5日に投票が行われた。結 果は、選挙前の予想どおり、自民党と公明党が推薦し た現職三村申吾知事が、得票率75%と圧勝して3期目 の当選を決めた。投票率は41.52%と前回をやや上回っ たものの、多くの有権者は投票所に足を運ばなかっ た。安全協定を見直す知事を当選させることはできな かった。この結果だけを見ると、日本が脱原発の流れ に変わったなどとはとうていいえないほどの状況であ る。ここから、私たちは何を教訓にすべきなのだろう

(4)

か。

 3人の立候補者は、原子力問題に関する政策を次の ように述べていた。

 現職の三村氏は、反対運動からの公開質問に知事と してたびたび見解表明をしているとおり、「原発や核 燃サイクルは国策として行われており、私は国策に協 力しているだけであるから、賛成も反対もない」とい う基本姿勢をもっていた。すなわち、「国の判断待ち」

ということが政策であり、政府の政策によって推進も 凍結も撤退もあり得るという、地方自治体の長として は全く主体性をもたない無責任なものであった。さす がに批判があったためか、告示後は県独自の検証委員 会設置をするという「慎重に推進」という政策を表明 した。これは、1995年に核燃積極推進派の北村知事に 対抗して立候補し当選した木村守男氏の選挙政策と同 じようなものである。

 政府与党の民主党と国民新党が推薦した山内崇氏

(民主党県幹事長)は、当初は運転停止となった東北 電力東通1号機については「保留」、建設中の東通2 号機や大間原発は「条件付き工事再開」、計画中の東 京電力東通2号機と東北電力2号機は「凍結」として いたが、告示後これらの原発全てを「一時凍結」とい う政策を発表した。しかし選挙戦最終盤では「私は反 原発ではない」ことをくりかえし、国民感情を考えて の「凍結」であるという立場を表明している。

 共産党の吉俣洋氏は、東通1号機は「段階的撤退」

に、建設中や計画中の原発は「中止」という政策を最 初から表明していた。候補者の中では唯一、「撤退計 画を立て自然エネルギーへと転換し、地産地消の産業 を形成する」という原発撤退路線政策を打ち出してい

た。

 震災以降の脱原発の意識と国民感情は、吉俣候補の 政策に最も近いように感じられるが、吉俣候補が支持 をどんどん集めているとか、肉薄しているとかの情勢 は、選挙戦の最初から一切伝えられることはなかっ た。選挙戦終盤に発表された朝日新聞社が5月28、29 日に実施した青森県民対象の世論調査(電話調査)に よると、県内で建設中の原子力発電所2基について、

「建設を中止するほうがよい」という人が48%を占め、

「建設を進めるほうがよい」の25%を上回っているこ とが報道された。しかし、県内にある東北電力東通原 発1号機や核燃料サイクル施設について、「県民が受 ける利益と不利益では、どちらが大きいか」という質 問では、「利益のほうが大きい」が43%で、「不利益」

32%を上回っている。施設が集中する下北半島を中心 とする地域では、利益51%、不利益26%で、利益のほ うが大きいと感じている人がかなり多いということが 示された。「慎重に推進」という三村知事の原発政策 については支持33%、不支持30%と拮抗していたが、

結論としては「原発争点になりきれず」という見出し が躍った。(2011年5月30日 朝日新聞)

 また同日、地元紙である東奥日報には、県内40市町 村長のアンケート結果が掲載された。それによると、

理由はいろいろあれ、三村候補を支持する市町村長は 40人中29名と圧倒的であった。その他は誰の支持をも 表明しない首長であり、県との争いを避けたいとする 市町村長の姿勢がうかがわれた。翌日には、同じアン ケートのなかで、原発問題に関する意見の結果が掲載 された。それによると、「安全性を確保して進めてほ しい」という三村候補の政策に類似した意見が圧倒的

表1 2011年青森県知事選挙結果 凍結候補

得票数 83,374

得票率 17.79%

推進候補 得票数 349,274

得票率 74.53%

撤退候補 得票数

35,972

得票率 7.68%

市 部 計 64,061 18.82% 246,991 72.54% 29,404 7.68%

( 弘 前 市 ) (16,352) (36,551) (5,633)

東 津 軽 郡 1,824 16.17% 8,545 75.77% 909 8.06%

西 津 軽 郡 1,740 18.38% 7,205 76.11% 522 5.51%

中 津 軽 郡 235 32.55% 468 64.82% 19 2.63%

南 津 軽 郡 2,823 20.58% 9,996 72.86% 901 6.57%

北 津 軽 郡 3,058 18.80% 12,331 75.79% 880 5.41%

上 北 郡 4,218 10.05% 35,893 85.56% 1,839 4.38%

(六ヶ所村) (388) (4,055) (132)

下 北 郡 1,231 15.97% 6,171 80.07% 305 3.96%

三 戸 郡 4,184 15.42% 21,754 80.18% 1,193 4.40%

(5)

であった。違った意見を表明していたのは、「抜本的 見直し」という意見の青森市長、「原子力政策を再検 証する試みが必要」とした黒石市長、「原発はもう無 理」という意見の蓬田村長、「原発は新たに作らない、

更新しない」という意見のおいらせ町長、の4人程度 であった。(2011年5月30日、31日 東奥日報)

 表1は今回の選挙結果である。核燃反対運動の最盛 期に行われた1991年の県知事選挙では、弘前市をはじ め津軽地域では、「白紙撤回」候補が「積極推進」候 補の得票を上回ったりしていたが、今回は三村氏は全 ての市町村で6割を超える得票で他を圧倒しているの が特徴である。5)

 投票日当日の読売新聞による出口調査(県内の投票 所80か所で投票を終えた有権者を対象に行い、3053人 が回答)では、県内の原子力施設については、「安全 性を確保して推進」が最多の45%で、「当面は凍結・

運転見合わせ」が31%、「白紙撤回・廃止」が16%で あったが、「安全性を確保して推進」と答えた人の8 割超が三村氏支持層であるばかりか、「当面は凍結・

運転見合わせ」の回答者も7割近くが三村氏支持層 だった。また、「白紙撤回・廃止」においても三村氏 支持層がトップで、ほかの2氏は慎重、反対派の受け 皿になりきれなかったと解説している。(2011年6月 7日 読売新聞)青森県民の中での脱原発の動きは、

まだまだ弱いものであることを認めざるを得ない。6)

2.第2回青森県内地域団体代表者アンケー ト調査結果より

(1)2008年調査の結果 

 核燃・だまっちゃおられん津軽の会は、2011年5月 に県内の首長や農林漁業、商工・観光団体などの代 表者(『東奥年鑑』からの悉皆調査)931人を対象に、

「福島原発事故を受けて青森県の将来に関する緊急ア ンケート調査」を郵送法で実施し、260名の回答を得 た。県知事選と重なる時期であり、反対運動の団体か らの調査ということで回収率が懸念されたが、それで も28%の回答があり、地域的にも偏りはなくかなり集 まったといえる。震災後の地域代表者の意識変化を知 る上では貴重な資料となった。7)

 同会は、会の結成直後の2008年11月に、「核燃再処 理工場の稼働と青森県の将来に関するアンケート調 査」を同様の方法で実施していたので、今回は約2年 半ぶりの第2回目ということになる。(前回は241名が 回答)このアンケートは、青森県の将来の地域づくり

についての考えを、核燃問題を通して聞こうとしたも のであったが、特に核燃賛成の人たちの考えを伝えて もらうことができたことと、賛成論者と反対運動の意 見交流として重要な意義を持ったものであった。これ ら2回と調査結果を比較をしてみると、震災前と震災 後の意識変化を見ることができる。

 2008年の第1回調査では、核燃事業に対しては、賛 成反対を問わず、この事業が続いても現状の地域づく りについては危機感があるという内容になっており、

「バラ色の夢」が実現されている姿とはほど遠いもの であることが指摘されていた。

 例えば、青森県の産業振興のために核燃事業に期 待しているかどうかの質問では、「期待している」が 48%、「期待していない」が30%であった。このうち、

「非常に期待」は16%であり、「全く期待していない」

は13%であった。団体別に分けてみると、商工・観光 団体では「期待している」が54%に対して、農林漁業 団体は43%と低かった。

 期待している場合の理由で多いものは、「核燃を起 爆剤として産業振興」であり、「エネルギー対策」と いう国民的視点に立っての意見よりも「補助金・交付 金・税収」といった現実的意見の方が多いのが特徴で あった。一方、期待できない場合の理由で一番多いの も、「産業振興にならない」であり、「安全性、風評被 害」の意見を上回っていた。

 次に、青森県の地域づくりは、核燃サイクルと共存 した形で行った方がいいか、それとも、核燃事業に依 存しない地域づくりを考えた方がよいか、という二者 択一で選んでもらった質問では、全く半々の回答で あった。核燃に対する期待が「どちらともいえない」

という人で、「共存」を支持しているのは10%にも満 たない程度であり、半数近くが「依存すべきでない」

と回答している。

 つまり、これまでの核燃問題では、「危険か安全か」

での対立点が中心にいわれてきたが、それよりも「共 存か依存すべきでないか」の方が、青森県の地域づく りをめぐっては重要ではないかと考えられたのであ る。県民は安全だと思って推進しているのではなく て、多少危険を感じながらも核燃事業に賛成している という実態である。つまり、核燃事業が産業振興にな るかならないかが基本的な対立点であり、核燃事業を 地域の主産物と考えるか副産物と考えるかが決定的で あると分析された。副産物での地域づくりは、結局地 域に根を張らないその場しのぎの地域づくりになって しまうからである。このような状況は震災後にどう変

(6)

わったのだろうか。

(2)2011年調査の結果

 まず今回の福島原発事故が、自分にとって「想定 外」であったかどうかについては、「全く想定外であ り驚いた」が半数以上の55%を占めた。「ひょっとし たらという思いは少しはあった」が28%、「やはり起 きてしまったかという感じであった」が17%であっ た。(図1)事故は起きないと信じてきた人や、こん なに大変な事態にはならないと思っていた人にとって は、認識を変えるほどの経験であったと推察される。

 次に、福島産品を中心とした風評被害に関しては、

「こんなに大きいとは思わなかった」が60%、「この程 度はやむをえない」が32%、「問題は無い」が3%で あった。(図2)福島県ではなくて自分自身が受けた 被害に関しての意見を述べた部分もあったとは思える が、予想していたよりも大きいものであると感じてい る人が多数であった。

 一連の事態を受けて、原子力開発の考え方に関して は、84%もの人が「変わった」と回答している。以前 から「反対」であるので「変わらない」というのが 9%であり、どうあっても「賛成の考え方は変わらな い」としているのは6%であった。(図3)圧倒的多 数が、何らかの変化をしているというのは事実である が、問題はその「変わった」という中身である。どの ように変わったのかを見ると(複数回答)、「安全神話 が崩れた」53%「エネルギー政策の転換」51%は多い が、一番多いのは「もっと慎重に推進」63%である。

すなわち、もっと安全に推進してほしいということで あって、「中止」30%「廃止」7%などの変化は意外 に少ない。(図4)

 そこで、青森県の地域づくりに関しての意識である

が、第1回目の調査と比べて「核燃と共存」が9ポ イント減り、「依存すべきでない」が12ポイント増え たことによって、倍近い差となって現れている。(図 5)この2つの意識は、前回は半々であったことか ら、「核燃問題の決定的対立点」と分析されていたも のであるが、福島事故を受けて最も大きく変化するこ とになっている。全体平均と比べて「共存」の割合が 高くて「依存しない」が低いのは、団体では農林団体 である。漁業団体は両者低くて、「わからない」が多 くなっている。「議員・首長」や「商工・観光団体」

はどちらも高くなっているので、核燃における利害関 係がはっきりとわかる結果が生じていることが推察さ れる。地域別では、三八、上北、下北という南部地域 に「共存」の割合が高いが、特に下北地域は他を圧倒 している。また、震災によって考えが変わったという 人で見てみると、平均と比べて「慎重に推進してほし い」が「共存」の割合が高く、「もっと補償を大きく」

は両者が高い。「安全神話が崩れた」はどちらも低く、

「わからない」が多くなっている。(表2)

図1 福島原発事故

想定外 55%

ひょっとしたら 28%

やはり起きた 17%

図2 風評被害

こんなに大きいとは 思わなかった

60%

この程度は やむを得ない

32%

問題はない 3%

その他・不明 5%

図3 原子力開発の考え

変わった 84%

変わらず

・賛成 6%

変わらず・反対 9%

変わらず・不明 1%

(7)

表2 共存―依存しない(%)

共  存 依存しない わからない・その他

全体 25.8 47.7 27.5

農林業団体 26.2 43.1 30.8

漁業団体 19.2 30.8 50.0

議員・首長 34.8 52.2 13.0

商工・観光団体 30.8 50.5 18.7

その他 16.4 54.5 29.1

東青地域 13.0 56.5 30.4

西北五地域 22.2 44.4 33.3

中弘南黒地域 31.1 51.1 17.8

三八地域 31.4 40.0 28.6

上北地域 28.2 43.6 28.2

下北地域 51.9 25.9 22.2

原子力政策の考え変わった 25.7 46.8 27.5

安全神話が崩れた 23.3 44.0 33.7

慎重に推進してほしい 35.8 35.8 28.4

もっと補償を大きく 26.1 60.9 23.0 原発はコストが高いと思った 11.8 56.9 31.3

これ以上原発を作るな 6.1 74.2 19.7

すべての原発を廃炉にすべき 0 93.3 6.7

エネルギー政策の転換 11.6 65.2 23.2

核燃サイクルはやめるべき 0 74.3 25.7

核燃事業に期待する 47.4 23.0 29.6

核燃事業に期待しない 2.4 74.4 23.2

産業振興のため核燃に期待 53.3 19.6 27.1 エネルギーのため核燃に期待 52.1 21.9 26.0 補助金などのため核燃に期待 54.4 20.6 25.0 温暖化対策に核燃を期待 58.8 15.7 25.5

0 10 20 30 40 50 60 70

安全神話が崩れたもっと慎重に 推進

もっと補償を 原発はコ

ストが高い

これ以上原発を作る な

すべての原発廃止 エネルギ

ー政策転換 核燃サイ

クル中止 その他 図4 どのように変わったか(%・複数回答)

(%)

53

63

11

23

30

7

51

16

2 53

63

11

23

30

7

51

16

2

(8)

 第1回調査と比較してみると、団体別では漁業団体 が「依存しない」が減り「わからない」が増えている ほかは、「依存しない」が増えているとがわかる。「共 存」の減少率はその他の団体が最も高い。(図6)地 域別では、「共存」が増えているのは三八地域のみで あり(「依存しない」も増加)、下北地域でも「依存し ない」は大きく伸びている。(図7)

 青森県の基幹産業である農林漁業の振興に関して は、これまで第1次産業が切り捨てられてきたこと

を反映して、「政策転換」という意識が一番多いが

(56%)、「自助努力」(55%)や「国の援助」(52%)

も同等の値を示している。むしろ「県の援助」(36%)

を考えている人が少ないというのが特徴である。青森 県が「貧乏県」なのであまり期待できないとか、これ までもほとんど援助されてこなかったことに対する期 待の薄れということなのだろうか。

(3)変わったものは何か

核燃と共存すべき

核燃に依存すべきではない

わからない・その他

2008 2011 0

10 20 30 40 50 60

図5 青森県の地域づくり(%)

35 35

26 30

48

26

35 35

26 30

48

26

共存 依存しない わからない 共存 依存しない わからない 共存 依存しない わからない 共存 依存しない わからない 共存 依存しない わからない

農林業団体 漁業団体 議員・首長 商工・観光団体 その他の団体

2008 2011 0

10 20 30 40 50 60

図6 団体別共存 ― 依存しない(%)

(9)

 84%が震災後に原子力政策の見方が「変わった」と 答えていたとしても、その中身は「もっと慎重に推進 してほしい」ということだったとすると、青森県民の 意識は大きく変わったといえるのだろうか。そこで、

この調査によって示されたもので、震災後に変わった といえるものは本当は何なのかについて述べていくこ とにする。

 2008年調査では、「どちらともいえない」という選 択肢をおいたため、期待しているのは半分弱であった が、「どちらともいえない」を除いて今回の結果と比 較してみると、図8のようになる。「期待している」

は全体で52%となったものの、「非常に期待している」

は21%から7%へと14ポイントも激減している。また

団体別に見ると、首長・議員では今回回答者が増えた ために期待するという意見が増えているが、各団体と も期待は減少している。商工・観光団体よりも農林漁 業団体の方が期待は低く、減少率も大きい。(図9)

 期待している理由の第1は、前回と同じくやはり

「産業振興のため」であった。(68%)今回は複数回答 であったため、直接的に前回との比較はできないが、

前回は、核燃を起爆剤として産業振興(57%)、エネ ルギー対策(15%)、補助金・交付金・税収(20%)

であった。すなわち、半数以上が何らかの「期待」を しているのだが、「青森県の産業振興には(多少危険 であっても)原発、核燃が必要だ」という意識は根強 いということである。(図10)

共存 依存しない わからない 共存 依存しない わからない 共存 依存しない わからない 共存 依存しない わからない 共存 依存しない わからない 共存 依存しない わからない

2008 0 2011

10 20 30 40 50 60 70 80

東青 西北五 中弘南黒 三八 上北 下北

図7 地域別共存 ― 依存しない(%)

図8 核燃事業への期待(%)

0 20 40 60

2008 2011

非常 に期待

ある程度期待

あまり期待していない

全く期待 していない 21

41

22

17 7

45

35

13 21

41

22

17 7

45

35

13

(10)

0 20 40 60 80

図9 団体別核燃事業への期待(%)

57

50

67 65

48

65 60

38

2008 2011

農林漁業団体 首長・議員

商工・観光団体

その他団体

0 10 20 30 40 50 60 70 80

図10 期待している理由(%・複数回答)

産業振興 のため

エネルギ ー対策

補助 金・交付金

・税 収など

地球温暖化対策

その他 68

54 50

38

2 68

54 50

38

2

産業振興に ならない

安全性 風評被

将来不安 その他 図11 期待できない理由(%・複数回答)

0 10 20 30 40 50 60 70

27

66

36

60

3 27

66

36

60

3

(11)

 期待できない理由で多いのは、「産業振興にならな い」ではなくて、「安全性」(65%)や「将来不安」

(61%)であった。前回は、「産業振興にならない」が 29%であり、「安全性、風評被害」(23%)を上回って いたのだが、震災を受けた結果として安全性問題が中 心的意見に変わってしまった。すなわち、期待してい る人=核燃賛成と期待しない人=核燃反対の意見がか み合わなくなっているというのが今回の結果である。

これは、多少危険でも産業振興のためにはやむをえな いという賛成者(期待を持っている人)に対して、危 険だからやめろと批判しているだけであって、十分に 説得できる理由にはなっていない。逆に、福島原発事 故を受けて日本全体が脱原発になってしまったら、原 発立地地域や青森県は食っていけなくなるとして、危 機感をいっそう募らせ、現状維持を求める反作用が起 こってくる根拠にもなっているといえよう。

3.福島原発事故以降での新たな学習課題

 県知事選結果にも現れているように、青森県内で は、脱原発が急速に広まっているといったような状況 にはなっていない。むしろ、危機意識が拡大されたこ とによって、「青森の産業振興には原発、核燃が必要」

という声の方が強まっているという見方もできる。反 対運動は、これらの意見に「かみ合う」議論を展開し ていかなければならない。だからこそ、「今後は慎重 に原発を推進してほしい」という人々については、さ らに深く掘り下げられる必要がある。今回の調査結果 から見ると、原発・核燃に対する期待の背景には、次 に挙げる4つの意識があることが考えられる。これら の意識にどのように対応していけばいいのか、最後に この点についての学習課題を述べることにする。

(1)「想定外」という意識

 圧倒的多数が感じた「想定外」の事態。しかしこの 言葉によって、国の責任、会社の責任、原発推進論者

(研究者も含めて)の責任が免除されるわけでもない。

この言葉は、多くの国民をあきらめさせようとして使 うイデオロギーである。実際は「想定」されていたの だが、原発推進に対して疑問や慎重論を指摘していた 人々の意見を無視して突っ走ったところに今回の悲劇 があった。問題は、今回の事態を「未曾有」とか「想 定外」などといっているほど「無能」な専門家を、未 だに信頼し続けていることである。想定できなかった 学者や政治家をなぜ退場させることができないのか。

そこにあるのは、国家主導の地域づくり政策の中で作 り出されてきた、地域における「おまかせ民主主義」

の構造ではないか。

 そもそも、日本の原子力開発はアメリカの核戦略に 主導されて展開してきた。アメリカが核兵器開発を続 けるためには、「平和利用」を打ち出さざるを得ず、

世界で唯一の原爆被爆国である日本が原発を推進する ことが、世界に対する大きな宣伝になるからであっ た。1955年に調印された日米原子力協定は、原発建設 を前提としたものではなかったものの、国策となった 原子力開発は、自民党政権のもとアメリカの援助で原 発を次々と建設していくという計画に変貌していっ た。その結果、日本学術会議が提唱していた原子力研 究3原則「自主・民主・公開」は骨抜きにされ、原子 力委員会は検討委員会ではなくて原発推進委員会とな り、疑問や批判を差しはさむ人々を排除して「原子力 ムラ」を作り出していった。国策が前提になっている 故に、その国策はいいのか悪いのかといったことは検 討の課題にはならない。よって、例えば原発の安全を チェックする規制機関である原子力安全・保安院が原 発推進の経済産業省の中にあるなどという、「原子力 の安全に関する条約」(1994年)などの国際条約を無 視した構造が続けられてきたのである。

 「原子力ムラ」の中にいる専門家は原発推進のため の専門家であるから、当然安全や防災、災害に対する 専門家ではない。事故が起きたらどうするかという

「想定」をしたり、事故の対応ができる専門家はいな いのである。こういう人たちに「おまかせ」している というのは、なんと恐ろしいことなのであるか考える 必要があろう。今回の福島では、「隠すな、嘘つくな、

過小評価するな」という原発事故の3原則が全く無視 されているように見えるのは、そもそも事故などとい うことを考える専門家が現場に一人もいないからでは ないか。8)

 もう一つ恐ろしいことは、「原子力ムラ」にいる専 門家はどんなに最高の専門性を発揮して原発を設計、

建設、点検等をしているといっても、実際に仕事をし ているのは一般の労働者であり、原発の専門家ではな いことである。それも下請け、孫請けになれば、「訳 もわからず連れてこられたら原発だった」などという 現場作業員が、原発を作ったり動かしているという事 実を見なければならないということである。専門家が 計画、設計して安全を保障したとしても、それを実際 やっているのは素人であるという実態を見れば、安全 性がどんなに説明されても机上の空論になる。その計

(12)

画通りきちんと作ったり、運転したり、点検している かどうかは疑わしいからだ。

 20年にわたって原発建設の現場監督として働いてき た平井憲夫氏は、自らのホームページで、実際の現 場から見た「素人が造る原発」の危険性を述べてい る。すなわち、原発に「落下」だとか「漏れ」だとか のヒューマンエラーが多いのは、いくら設計が立派で も設計通りには造られていないからだと指摘する。原 発は放射能被曝の問題があって、腕のいい人ほど年間 の許容線量を先に使ってしまって中に入れなくなるの で、後継者を育てることが難しい職場である。現場に プロの職人が少なくなるので、素人でも造れるように 工事がマニュアル化され、全くの素人が経験不問とい う形で募集される。素人は事故の怖さを知らないの で、なにが不正工事やら手抜きかもわからないで作業 しているというのが、今の原発の実情であると述べて いる。さらには、検査官は専門外の天下り役人で、定 期点検工事の作業員も技量のない人が担当しているな ど、検査体制も素人によってなされていて、手抜き工 事や不具合を見抜ける体制にはなっていない。安全神 話に疑問や批判を差し挟むことを許されない専門家が 立てた計画・設計と、何が危険でどうすれば安全なの かをよく知らない素人の現場作業者によって原発が動 いているとしたならば、このような人たちに「おまか せ」しておくことができるのだろうか。9)

 今回の事故でわかったことは、素人の現場作業員 は、決死の覚悟があろうがなかろうが、あたかも実験 材料のように危険な作業を命ぜられているという事実 である。原発に依存するかしないかを考えているうち に、原発労働者が一斉に危険な職場での作業を放棄し たら、原子力開発政策は成り立たないということであ る。地域がいくら期待しても、仕事をする人がいなく なれば、これらの事業を進めることはできない。原 発・核燃の止め方の第4の道筋がようやく見えてきた ということであろう。 

(2)「安全な原発を作ることができる」という意識

 安全神話が崩れたといっても、危険だからやめよう というまでには至っていない。そこには、今回の「失 敗」を教訓にして安全な原発を作ればいいという考え がまだ存在しているからである。津波を4~5mと 想定していたのが間違いなのであるから、今度は15m に耐えられるように防波堤を築けばいい、といった ような考え方である。これに対して、じゃあ20mの津

波が来たらどうするという反論があったとすると、25 mにすればいいというような「水掛け論」が延々と続 く。危険か安全かという問題は、このように決着のつ かない議論を続けるということであって、推進側にす るとそんなに恐れるような事柄ではないのである。

 確かに、安全を証明することは難しい。これまで安 全だったからといって、次に何が起こるかはわからな いからである。核燃に期待できない理由として、「今 はいいけど将来が不安」という声が結構あることは、

以上のことを示しているのだといえる。しかし逆に、

危険を証明するのも結構難しいものである。専門家が やっているから大丈夫というおまかせ論や、これまで 大丈夫だったから安全といった経験論、さらには「危 険だからって火を使わないの? 飛行機墜落確率0%

でないから使用しないの? 原発と何が違うのか?」

(2011年3月20日核燃だまっちゃおられん津軽の会ブ ログに対する「平和な日常」氏からのコメント)など といった反発がある。これらに対して、一番効果ある 反論は実際に事故を起こすことであるが、これは前に も述べたように最も悲惨な解決策である。

 この水掛け論をやっているうちは、エネルギー政策 の転換などという事業は難しい。再生可能の新エネル ギー開発は、それこそ地球全体の叡智を集めて取り組 むべき課題であって、反対運動が対案を提示しろなど といってできるような簡単なものではないからであ る。「安全な原発ができるかできないか」という議論 は、まさに推進側の土俵に乗った議論である。安全な 原発ができようができまいが、そもそも原子力で電気 を作ることが必要なのかどうかから見直していくこと が必要なのではないか。

 原子力による発電とは、難しいシステムのようだ が、結局は核分裂反応を人為的に作り出すことによっ て熱を出し、お湯を沸かしてその蒸気を使ってタービ ンを回すという仕組みである。お湯を沸かす以降は火 力発電と同じ原理であるが、そのためには放射線の管 理や廃棄物処理など大変な労力とコストがかかる代物 である。立命館大学の大島堅一氏は、経済産業省試算 による電源別の発電コスト(1キロワット時あたり)

で、太陽光49円 風力14円、水力11.9円、火力10.77 円、原子力5.3円とされているのは根拠がなく、日本 の電気料金全体は世界で最も高い部類なのに原子力だ けは世界で一番安いなどということはありえないこと を述べている。そして、試算に盛り込まれていない放 射性廃棄物処理処分費用(実際は、六ヶ所村に使われ る再処理などの費用およそ19兆円しか試算されておら

(13)

ず、これでは日本全体の原発から出てくる廃棄物の半 分しか処理できない。)や廃炉費用と自治体への補助 金や原子力技術開発(年間約4000億円)などを盛り込 むと、発電コストは水力7.26円、火力9.90円、原子力 10.68円となり、原子力は最も高い発電システムにな ることを明らかにしている。さらに、事故被害とその 対応費用を加えると、原子力の発電コストはさらに高 いものとなってくる。結局高くなった分は電気料金に 上乗せされて解決されるのだが、こういう発電は果た して必要なものなのだろうか。10)

(3)「電気は必要だ、だから原子力も必要だ ( 必要悪 だとしても)」という意識

 電気の必要性と原発の必要性はイコールではないの だが、電気は必要だから多少危険でも原発を使うのは やむをえないという意識は強い。そのためにか、原発 事故の直後から、政府と電力会社が一体となっての計 画的停電とか節電キャンペーンとかが始まった。現 在必要な電気の約30%は原子力に依拠しているのだか ら、これらを全部止めると生活が成り立たないとか、

特に日本の基幹産業である製造業、工場生産がストッ プしたら大変であるという圧力がかけられている。こ のことは、事実なのであろうか。

 図12は、電気事業連合会が公表している電源別発電 電力量の推移である。2009年度では原子力の供給実績 は全体の29%を占めているので、「3割が停電」とい うキャンペーンのもとになっている数字である。しか しよく見ると、1980年代以降人口はそんなに増えてい

ないのに、発電電力量は増大していることがわかる。

日本の電力需要には、温暖化などの影響も少しはある とは思うが、「オール電化の家」などを大々的に売り 出してきたことなど、企業戦略や我々の生活スタイル の問題も相当影響しているといえよう。そこで、2009 年実績から原子力による発電分を引いた量を比べてみ ると、1985年~90年頃の発電量に匹敵していることが わかる。冷静にデータを見れば、いますべての原発を 停止したとしても、バブルの頃の電力需給水準に戻れ ばいいだけの話である。これは、我々の生活において そんなに困難を伴うものとは思われない。

 さらに、稼働率のことを考慮に入れると、原子力発 電は火力と違って急に起動したり停止したりできない 設備なので、60%~70%という高い稼働率を保ち続け ている。その分火力や水力の稼働を押さえているのが 現状である。京都大学の小出裕章氏は火力の稼働率は 48%、水力は25%程度であると指摘しているが、原発 が止まったらこれらの稼働率を上げていけば十分それ で間に合うし、電力消費のピークは真夏の数日間に過 ぎないものであるから、すべての原発を止めても生活 上の支障はないのである。11)

 以上のように、今回の事態の中で、危険を冒してま で原発にしがみつかねばならないという根拠は薄い。

それでは、こんなになっても原発を推進しようという 人たちがいるのはなぜか。

 その一つは、日本のエネルギー政策はアメリカに従 属して進められてきたということがあげられる。戦後 日本の復興に関わって、アメリカは、「軍事、政治、

0 2000 4000 6000 8000 10000 12000

1980 1985 1990 1995 2000 2005 2009 年度 電機事業連合会資料より作成

年間発電電力量

原子力 火力 水力 新エネルギー 図12 電源別発電電力量(億kWh)

(14)

経済、エネルギー、食料などすべての分野で日本をア メリカに従属させながら、目下の同盟者として」12)い くという、対日政策を展開してきた。このいわゆるサ ンフランシスコ体制のなかで、アメリカの原子力産業 は自分達が開発してきた軽水炉タイプの原子炉や核燃 料としての濃縮ウランを日本に対して売り込み、エネ ルギー分野での従属関係を確立させてきたのである。

これ以降、1960年には56.6%あった日本のエネルギー 自給率は、アメリカ石油メジャーによる石炭から石油 へのエネルギー源転換要求と、石油ショック以降の原 発推進によって、2008年度には4%までに落ち込むと いう深刻な事態を招いている。にもかかわらず、政府 は原子力は準国産エネルギーとして位置づけているの で、原子力エネルギーを拡大することによって、自 給率が18%まで引き上げられると宣伝しているのであ る。13)実際はウランは輸入品であり、近年のようにウ ラン価格が高騰したり、ウランの埋蔵量からしてせい ぜい数十年で枯渇することから、日本では安全なエネ ルギーを確保する政策が成り立ってはいない。原発は 人類の将来を託すエネルギー源ではなく、過渡的なも のである。原発政策推進の問題は、日本の対米従属、

ひいては戦後のサンフランシスコ体制の問題に立ち向 かわなければ、「危険だ」だけでは解決の方向性は見 えない。

 もう一つは、日本の財界による「原発利権」の問題 である。原発建設費や営業費用、事業報酬の費用が高 くなると、電力会社は電気料金を高く設定することで 損失を出さない仕組みがある。(総括原価方式)また、

総電力収入が上がれば、利益を増やすこともできる。

これによって、原発メーカー(東芝、日立、三菱重工 など限られたメーカーの独占)と建設大手のゼネコン

(鉄鋼やセメント会社なども含む)、それらに多額の資 金を貸し付ける銀行も安全確実に利益を上げることが できるという、いわば「スーパー談合」14)というべき 利益共同体が形成されている。さらには、上記の企業 に天下りすることのできる官僚、政治献金で癒着して いる政治家もこの中に入り込んでいる。また、電源三 法交付金等を使った公共事業によって、原発立地地域 を中心とした利権構造も成立している。御用学者を動 員して「安全神話」を広めるぐらいは簡単なことであ る。原発や核燃を廃止したり撤退させたりするために は、これら多数が関与している「原発利権」との闘い が必要なのである。

(4)「自分達は被害者になるかもしれない」という意識  「もっと慎重に推進」という意識には、自分達も福 島の人達と同じような被害に遭うかもしれないとい う、危機意識が生み出されていることを示している。

確かに被害者になるのは誰でもいやだと思うが、今回 の事故は、誰が加害者で、誰が被害者なのだろうか。

 被害を受けている人といえば、まず考えられるの が、事故によって避難区域に指定され、後に警戒区域 として強制的に立ち退きをさせられた第一原発から 20㎞圏内の住民である。その後、屋内退避区域が20㎞

から30㎞までの区域に広げられ、自主避難が進められ た。また、30㎞圏外にあっても放射能汚染が集中する 区域が広がってきたところから、計画的避難区域も設 定された。これによって役場そのものが移転せざるを えなくなった自治体が9町村に拡大されるなど、この

「避難民」が拡大していることは前にも述べたとおり である。この避難・退避によって営業上の損失を受け た多くの事業所や農漁業をはじめとする地元産業、そ れらに雇用されている人々も同様に被害者である。そ ればかりではなく、汚染による第1次産業を中心とし た直接被害、風評被害、地域のイメージダウンによっ て観光業など影響を受ける業種に従事している人々も 被害者であろう。

 こうしてみると、ほとんどの福島県民が該当するの かもしれないが、汚染が拡大することによってその被 害を受ける地域、住民は県外にも広がっている。ま た、国の復興対策を考えれば、「社会保障と税の一体 改革」などで国民に負担がかけられようとしており、

影響は日本国民全体に及ぶことになろう。さらに、全 世界から見れば、HUKUSHIMAもAOMORIも同じよ うな場所にある地域として捉えられている。日本全体 が風評被害に遭っているようなものである。実際、台 湾などへのリンゴの輸出は3.11以降激減しているとい われているし、他の輸出産業にも同じような傾向が示 されている。日本製ということだけで、食品以外のも のまでが被害を受けているのである。当然、青森県民 も被害者であるともいえるが、結果として、勝手に汚 染物質を海洋投棄されたり、大気中に振りまかれたり で、世界中が迷惑をしているということになると、世 界中が被害者になっているのかもしれない。

 しかし、原発立地地域に住んでいる住民は、果たし て本当に被害者としてだけの存在なのだろうか。「あ なた方が危険な原発立地を認めなければ、みんなが被 害を被ることはなかったのではないか」という声が聞 こえてはこないか。また一方では、電源三法交付金を

(15)

はじめとする原発マネーで、かなり生活が潤ったとい う事実がある。それは危険と背中合わせで支払われて いる金であり、それをもらっていたということは、自 分達が単純な被害者であるなどということにはならな いであろう。避難を余儀なくされている立地地域の住 民は、事故を起こしたくて起こしたわけではないし、

事故を想定していても安全だと嘘をついていたわけで もない。いわば、「だまされてしまったことによる罪」

のようなものであるが、そのことによっても、「加害 者」の一端には加わっているとみなされてもやむをえ ないといえる。六ヶ所村や東通村、大間町などを抱え る青森県民は、以上のことをどう考えるべきなのだろ うか。

 地元福島で、福島原発問題を財政学の立場から長年 検討してきた清水修二氏(福島大学副学長)は、誰が 事故の責任を負うべきかということを、個人的な見解 として次のように述べている。それによると、第一に 責任を負うべきなのは東京電力株式会社であって責任 4割、国策として推進してきた政府の責任3割、その 誘導政策に乗って原発依存を深めてきた地方自治体が 責任2割とした上で、無知であったかもしれないが、

それらを支持し容認してきた国民にも責任1割がある としている。15)すなわち、立地促進に熱心だったかど うかはいろいろあるとしても、有権者という意味では 一般の住民も同等であること、かつ、立地地域でない 都市の住民も、自らが多く負担している税金が立地推 進に使われていることを知らないとしたらそのことに も責任があると述べている。

 事故を起こしたら大変だから慎重にやってください というのは、自らが被害者になることのみを恐れる意 識であって、上記のような「加害者」になる可能性を 全くといって自覚していないものである。原発や核燃 というものはそのような単純なものではなくて、いっ たん事故を起こすと世界中に被害をばらまくものであ る。利権のために、後は野となれ山となれといって積 極的に推進してきた人と全く同じとはいわないが、結 果として加害者の立場になってしまうことの危険性を 自覚する必要があるのではないか。その時、「加害者 になってしまうかもしれないのでもっと慎重に推進し てください」と主張できるのだろうか。

4.おわりに

 福島原発事故の経験を通してさえ、青森県民の中に まだまだ浸透している「慎重に進めればよい」という

意識のもつ問題点を、以上のようにとりあげてみた。

それぞれが、日本国民の意識の上で根強く存在する、

近代史を貫くような課題でもある。そこには、「危険 か安全か」といったような単純な論争では解決ので きないものも多い。「原発・核燃マネー」によって振 り回される地域づくりを転換するためには、地域団体 代表者の意識に示されているような、地元の産業振興 のために原子力開発を起爆剤にするという考え方、自 分以外のところで事故が起きても「もっと慎重にやれ ば大丈夫」と考える意識を生み出しているものに対し て、有効な反論を準備していかねばならない。危険性 の学習だけでは不十分なのである。原子力開発は産業 振興には結びつかないこと、慎重に推進する必要性も 可能性もないこと、他人任せにしておくと自分たちが 加害者になるかもしれないこと、等々が具体的な学習 課題として浮かび上がってきたといえる。

 今回の事態で明らかにされたことが一つある。それ は、原子力発電所を誘致して、原子力と共に歩む地域 づくりをやってきた福島県双葉地方であるが、そのこ とによって地域が豊かになったわけではなく、逆に地 域が破壊されてしまったという事実である。そして、

さらに重要なことは、その際に、乗り込んできた大企 業である東京電力は、事故を起こしたことに対する責 任もとることができないばかりか、原発を廃炉にし事 業を撤退することにおいても地域に何ら責任を負った ものではなかったということである。外から入って きた資本は地域づくりのためにやってきたわけではな かった。資本は旧来の地域を解体し消滅させるか、企 業城下町のような企業従属型に変質させることはあっ ても、住民の望むような新たな地域を創出していく作 用は持たなかったのである。

 よって、爆発して廃炉になるまで、原発を起爆剤と しての産業振興などということはなかったし、原発以 外の関連産業が発展することもなかった。次々と集積 されたのは原発のみであった。これは発電所の関連産 業というものがあまりないことと、原発マネーで地域 が豊かになる分賃金コストが高くなるので他の事業所 が入りにくいこと、危険なためあまり人の住んでいな い辺地に造られることなどが主な理由である。逆に、

放射能漏れや爆発などの危険性にさらされ、地元に残 らなければならない後継者は大企業である原発にとら れるなど、地場産業であった農林漁業は衰退していく 道をたどっているのである。

 福島県よりもさらに辺地である青森県において、爆 発や撤退でもって核燃・原発を止めるわけにはいかな

(16)

い。爆発はあまりにも悲惨であり、撤退は全くのあな た任せの地域づくりであるからだ。その後には無力感 が残るだけだろう。県民の力で、住民自治の力で原子 力政策を変えようとするならば、その力は原子力に依 存しなくとも地域づくりを実践できる力である。その 力を作り出すための学習課題を具体的に提起していく ことが重要である。16)

1)例えば、不破哲三『「科学の目」で原発災害を考える』

日本共産党中央委員会出版局、2011年、など参照 2)拙稿「地域づくりにおける住民の学習課題」弘前大学

教育学部紀要第102号、2009年、参照。

3)2011年3月に、青森県は2008年度の「市町村民経済計 算」結果を発表したが、1人当たりの市町村民所得が 県内で最も高いのは、六ヶ所村で1363万円6000円だっ た。これは5年連続1位ということであるが、この高 所得をもたらしているのが「核燃マネー」だとする と、撤退後はどうなってしまうのか。また、たぶんそ のうちもっとコストが安くて、安全なエネルギーが導 き出される可能性の方が高い。世界的には脱原発の流 れがあるのはこの点を反映しているものでもあるし、

日本の電力会社も当然のこととして、他方では原子力 以外の発電を検討しているのである。このような事態 が一方では進んでいるとしたら、原子力開発立地は新 たな対応が求められざるをえないだろう。

4)朝日新聞社の全国知事アンケートによると、山形、滋 賀県知事が将来は「原発をやめる」と回答、栃木、埼 玉、神奈川、静岡、長野、大阪、鳥取、岡山、高知、

の13知事は「減らす」と答えている。福島県知事は無 回答、青森県知事は「どれでもない」という回答だっ た。また、25知事が停止中の原発の再稼働を拒否して いる。(2011年6月16日 朝日新聞)

5)91年県知事選挙に関しては、注 (2) 前掲論文参照。

6)青森県は震災後の4月になってから、県内の小学校4 年生に対し、青森県エネルギー総合対策局原子力立地 対策課発行、社会科副読本「あおもり県の電気」とク リアファイルを発送し、子どもたちへの提供を依頼し ていたという事実が発覚した。また、小学校4年生以 上の学年に対しては、青森県発行、エネルギー総合対

策局原子力立地対策課広報企画グループ企画・編纂

「あおもりエネルギーカレンダー」を発送した。各学 校に送付された3種の教材の使用・生徒への配布は、

それぞれの学校の判断によってなされたとされている が、福島原発事故が収束の見通しも立たず、放射線被 害が周辺住民に多大な影響を及ぼす事態になっている 時に、原子力発電所・核燃料サイクル施設の必要性や 放射線の「安全性」を知らせる教材を配布したこと は、県民感情を逆撫でする行為であるという批判が起 こったのは当然であった。しかし配布後の学校に対す るアンケート調査 (333校配布125校回収)によると、

副読本は83.2%、クリアファイルは80.0%、エネル ギーカレンダーは80.8%がエネルギー教材として「効 果的である」と回答している。

7)団体別では、農林漁業団体91、首長・議員23、商工・

観光団体91、その他団体55である。地域別では、東青 46、西北五45、中弘南黒45、三八35、上北39、下北 27、全県23である。なお、2008年調査に関しては、注 (2) 前掲論文参照。

8)安斉育郎立命館大名誉教授は、東京大学工学部原子力 工学科1期生であったが、唯一原子力政策を批判する 立場にあったので、東大の研究者であった17年間ずっ と助手のままで、研究費も回されなかったことを述べ ている。(2011年5月20日 朝日新聞)

9)平井憲夫氏のホームページ「原発がどんなものか知っ てほしい」より http://www.iam-t.jp/HIRAI/pageall.html 10)大島堅一「原子力依存のエネルギー政策の転換を」

『経済』2011年7月号、新日本出版社、など参照。

11)小出裕章『原発のウソ』扶桑社新書、2011、など参照。

12)吉井英勝『原発抜き・地域再生の温暖化対策へ』新日 本出版社、2010、64頁。

13)同上 61頁。

14)同上 70頁。

15)清水修二『原発になお地域の未来を託せるか』自治 体研究社、2011、46~48頁。

16)本稿は、核燃・だまっちゃおられん津軽の会が主催 した「緊急シンポジウム-福島原発事故によって失わ れたものを我々は取り戻すことができるのか」(2011 年6月2日 ) における講演をもとに、加筆修正してま とめたものである。

(2011.8.5受理)

参照

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