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ドイツ社会民主党の財政政策(五)

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ドイツ社会民主党の財政政策(五)

その他のタイトル Fiscal Policy of German Socialdemocratic Party (V)

著者 広田 司朗

雑誌名 關西大學商學論集

巻 5

号 4

ページ 281‑302

発行年 1960‑10‑30

URL http://hdl.handle.net/10112/00021716

(2)

シ ュ テ ン ゲ ル 財 政 改 革 へ の 途

ドイツ社会民主党の財政政策

一 九

一 面

の こ の

一八七九年の財政改革に際して︑ビスマルクの帝国財政独立化の意図にたいする連邦分立主義的立場からの修正 として実現せられたフランケンシュクイン約款によって︑従来の邦国分担金制度の存続とともに邦国にたいする交 付金制度が導入せられたことは︑すでに考察したところである︒この交付金制度は︑その当初財源として関税およ びタバコ税をあてたが︑後印紙税および火酒消費税もこれに加えられた︒

交付税

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拡大と税率引上げその他の事情による関税収入の増大は当然交付金額の増大を結果した

0 1

かくて八 0 年代以降にお

いては交付金は分担金を上廻り︑邦国財政の負担軽減の役割を果したのである︒このような事情は一八九六年にリ ーバー法を成立せしめたが︑しかし帝国主義的発展にともなう経費の一層の膨脹︑とくに陸海軍にたいする間断な

い支出の増加は︑九 0

年代以降の労働者階級の勢力伸長にともなう間接税増徴策強行の困難化にともなって︑

においてほ邦国への交付金を上廻る分担金の増大という事態を生じ︑他面においては帝国財政の公債への依存度を

ドイツ社会民主党の財政政策国︵広田︶

田 司 朗

(3)

な か っ た

︒ ドイツ社会民主党の財政政策国︵広田︶

~

さらに一層強めるにいたった︒かつてボサドウスキーは︑ ﹁ドイツ帝国という船には二つの浸水箇所がある︒その

④ 

︱つは分担金の継続的増大であり︑他の一っほ負債償還への強制を欠いていることである﹂と述べたが︑事態ほま

さにその言葉通りであった︒

この事態にたいする対策は︑公債償還問題に関して前記リーバー法およびそれの数次にわたる改正と一九

0 三年

三月二八日の赤字公債償還に関する法として示された︒しかしリーバー法およびその改正法は︑その財源となるべ き交付金の分担金にたいする超過額が消失すれば︑もはやその意義を失わざるをえなかったし︑また一九

0 三年の 法律も赤字公債の減少に多少役立ったにしても︑公債累増傾向を阻止するには程遠いものにすぎなかった︒それよ りもむしろ交付税超過額の公債償還への充当を規定する法的措置によって︑邦国の財政手段が帝国に留保され︑こ の点で邦国財政への圧迫が現出するにいたったことが注目せられた︒さらにまたフランケンジュタイソ約款に規制 された財政運営方式自体も︑帝国および邦国の財政︑とくに後者のそれを圧迫し︑両者の関係を複雑にせずにはおか

一方において帝国から邦国へ︑他方において邦国から帝国への財政資金の流れの人為的創出は︑それ自

体がすでに無意味な資金移動である許りでなく︑帝国財政を複雑かつ曖昧にするものであった︒また分担金がその 当初においてはあくまで補助的性格のものであったにしても︑それが邦国財政にとって取得し得べき収入の一定額 の控除である限りにおいて︑その財政にたいして圧迫ないし侵害の要因となったことは否定できない︒しかもその 額がさほど大きくないかもしくは交付金の枠内にとどまっていた間は︑邦国財政への圧迫もそれほど重大な意味を もたなかったとも考えられるが︑交付金を上廻る巨額を帝国に供与しなければならなくなった場合には︑邦国財政

⑧ 

の蒙る影響について邦国政府が苦痛を感じたのは当然であろう︒それのみでなく︑この分担金および交付金の支払

0

(4)

( 2 )   ( 1 )  

民主党の見解について考察しよう︒ 操作に関する従来の慣行は︑邦国財政運営をさらに一層困難なものにせずにはおかなかった︒すなわちその支払操 作についてみれば︑分担金は前払の形で帝国に供与されるのにたいして︑交付金は四半期毎に支払われるため︑こ

⑨ 

の額の増大するにつれて邦国財政運営は支障をきたさざるをえなかったのである°ゲルロフの指摘するように︑昔 日の善行はいまや災厄となった︒その成立の当初邦国分立主義的意義を強調せられたフランケンシュクイン約款 も︑その運用の過程において一の障害を意味するものとなったのである︒

以上のような問題点は︑ いうまでもなく︑帝国主義的発展にともなう帝国財政支出の膨脹と無関係ではない︒帝

国公債発行残高が累増し︑本来邦国の間接課徴権の帝国への委譲にたいする補償の意味をももっていた交付金が分

^  

担金の増大によってその意義を大きく減じ︑しかもすでに筒単にふれたように︑ドイツ艦隊法が帝国間接税の増徴

従来の帝国と邦国の財政関係︑

財政構造の限界を示すものであり︑帝国財政の改革を必然的なものとせずにはおかなかった︒かくて二 0 世紀初頭

一連の財収改革が行われたが︑その第一の試みとして登場したのがシュテンゲル

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g e 一の﹁小

財政改革﹂(‑九 0 四年︶と﹁大財政改革﹂(‑九 0 六年︶である︒以下われわれは︑この財政改革にたいする社会

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284 

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例えばドイツ艦隊法の規定︵第一次艦隊法の第八条︑第二次艦隊法の第六条︶は︑海軍行政の経常費︑および臨時費の超過 饒 .

需 要 に よ っ て 生 ず る 不 足 額 を 間 接 税 増 徴 に よ っ て 支 弁 す る こ と を 禁 止 し て い る ︒

︵ 大 野 英 二 ︑ ド イ ッ 金 融 資 本 成 立 史 論 ︑ ニ

ドイツ社会民主党の財政政策固︵広田︶ を禁止するにいたったことは︑ ﹁間接税は帝国へ︑直接税は邦国へ﹂という従来の

(5)

( 3 )  

1

分担金

1

交 付 金 閂 過 分 担

1

塁過交付

千 マ ル ク 千 マ ル ク 千 マ ル ク 千 マ ル ク 1872  82,267  82,267  1875  51,712  51,712  64,147  38,243  25,904  85,204  68,024  17,180  84,827  83,456  1,371  73,955  85,503  11,548  64,040  105,027  40,987  102,778  115,792  13,014  119,178  137,057  17,879  170,937  176,324  5,387  207,780 '2:77,801  70,021  215,267 355,034  139,767  301.102 378,915  77,812  316,499  383,377  66,878  316,302 蕊 •925 42,623  369,037  338,759  30,278  385,433 382,860  2,574  382,737  400,126  17,389  399,375  414,568  15,193  419,899  433,115  13,216  1898  454,859 467,586  12,7 1899  489,954 476,875  13,079  1900  527,662 508,473  19,190  1901  570,933  555,707  15,226  1902  580,640 556,2.35  24,405  1903  565,856 542,092  23,764  1904  219,650  195,927  23,723  1905  213,250  189,059  24,191  1906  230,166 205,924  24,2

Gerloff, a.a.O.,  S. 522.  Finanzarchiv, Jg.  22, ss. 288289. 

1公 債 残 高

千 マ ル ク 1877.3.31  16,300  1878  72,204  1879  138,861  1880  218,058  1881  267,786  1882  319,239  1883  348,951  1884  373,125  1885  410,000  18~6 440,000  1887  486,201  1888  721,000  1889  883,756  1890  1,117,982  1891  1,317,798  1892  1,685,567  1893  1,740,842  1894  1,915,714  1895  2,081,220  1896  2,125,255  1897  2,141,2

1898  2,182,247  1899  2,297,951  1900  2,298,500  1901  2,395,650  1902  2,813,500  1903  2,813,500  1904  3,103,500  1905  3,203,500  1906  3,543,500 

ドイツ社会民主党の財政政策国︵広田︶

五八頁︑二六

0

頁 ︶

公債累増傾向と交付金および分担金の推移を示せば次の通りである︒

Gerloff,  Die  Finanz‑und  Zollpolitik des Deutschen  Reiches. Jena, 1913. S.521. 

(6)

( 1 0 )  

(9)  (8)  (7)  (6) 

( 5 )   ( 4 )  

二 ︑ 小財政改革と社会民主党

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a . O .

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  4 0 0

.  

リーバー法の改正は︑一八九七年三月二四日︑一八九八年︱︱一月一

1 1

︱日︑一八九九年三月 1 一五日および一九

0

0 年 ︱

︱ 一 月 一

1 ‑ 0

の法律としてあらわれた︒一九

0 1 ︱ 一

年 一

1

一月二八日の法律は︑帝国財政予算の均衡をほかるためになされた赤字公債発行を契

機として制定せられた︒それによれば一九

0

二年以降の交付税超過収入︵予算見積額にたいする増加収入︶の全額と一九〇

︱︱︱年度帝国財政剰余金を赤字公債償還に充当すべきことが規定せられた︒

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8 7 .  

交付金は各四半期の経過後六ー八週間して漸く交付されるのにたいして︑分担金は月々の前払の形で支払われた︒したがっ て分担金は帝国への前渡金であった︒この前払給付は︑交付金の増大につれて増加し︑邦国財政を圧迫せずにはおかなかっ た︒例えばヴュルテムベルクに例をとると︑帝国からの交付金は一九

0

二年第一四半期に約四七

0

万マルクで八月中旬に支 給せられた︒ところがその時までにヴュルテムベルクは︑年額二

︱ ︱ 1 1

1 0

万マルクの分担金のうち約九

1 1

0 万マルクを帝国に

納付しなければならない︒ところでヴュルテム︑ベルクの受ける交付金は年額

1 1

︱ 四

0

万マルクであり︑分担金との差額は僅

かに九 0

万マルクにすぎないのである︒つまり分担金が前払いであるという慣行のために︑ヴュルテム︑ベルクの財政運営は 圧迫を蒙らざるをえなかったのである︒

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2   J g . ,  

S .   2

8 4 .  

いわゆる小財政改革は︑帝国財政運営を簡単にする意図をもって︑

た︒法案は︑第一に関税︑

0 三年︱二月三日附の法案として示され

タバコ税および印紙税に関するフランケンシュクイン約款を廃止し︑交付税を将来火酒

ドイツ社会民主党の財政政策国︵広田︶

(7)

ドイツ社会民主党の財政政策国︵広田︶

消費税に限定すること︑第二に一九 0 三年度の赤字公債が償還されるまで交付金の超過収益と帝国財政剰余金を帝

国に留保する旨規定した一九 0 三年三月二八日附の公債償還規定を廃止すること︑第三に分担金による邦国財政の

圧迫を緩和するために︑分担金は過去五年間の交付金平均額を超過すべきでないこと︑第四に憲法七〇条の改正に

よって︑帝国財政剰余金はまず交付金によって補償せられない分担金

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に︑さらに共通の臨時支出 山   の 返 還

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の支弁に利用されるべきことを規定するものであった︒ 図 しかしながらこの政府案は議会において意外に強い抵抗に逢着し︑結局改革は︑第一点として従来の交付税中関税

およびク.^コ税が除外せられ︑印紙税および火酒税のほかに火酒醸造用槽税

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と火酒原料税

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が交付税に導入せられたほか︑従来﹁帝国税が採用されない限りにお

いて﹂という条件のつけられていた分担金制度が︑この条件の削除によって恒久的なものたらしめられ︑同時に支

払われるべき分担金は︑会計年度末にあらわれる事実上の収入不足を補填するに必要な額に抑えられるという点に

③ 

と ど ま っ た ︒

この改革によって年々の分担金および交付金額は減少するにいたったが︑社会民主党はこの改革にたいしていか

なる態度をとったか︒基本的見解としては︑帝国財政改革は︑それが直接税中心の体系に変革せられる限りにおい

て党の目標たることができた︒しかし現実に施行せられた改革は党の志向するところとは程遠いものであり︑かく 囚 てその改革はおよそ改革という名称に値するものとは考えられなかった︒上述した帝国財政危機の打開は︑党の見

解によれば︑二つの方向における現存制度への訣別によってのみ可能であった︒すなわち陸海軍事費の制限と直接

税による収入調達がそれである︒帝国財政危機の原因が艦隊政策や植民地政策に求められるべきにもかかわらず︑ ニ 四

(8)

も期待することができなかった︒

二 五

帝国財政の節倹への刺戟が失わ その原因の結果として現われた諸事情を計算上の措置によって解決しようとする政府の見解について︑党は何物を

その改革は党によれば畢覚簿記方法

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の問題にほかならな

かったのである︒しかもその反面において改革案は批判されるべき若干の問題を含んでいた︒党の議会活動報告の

述べるところによれば︑その第一の批判点は帝国議会の権限の制限という点にあった︒すなわち交付税の整理︑交

付金および分担金の削減は︑帝国の議会の協賛権からの独立︑帝国議会の権限の制限を意味するものであった︒と

くに前稿において述べたように︑関税収入の増加する事態に際して関税が交付税の枠よりはずされ︑同時に分担金

の縮減が意図されることは︑議会の予算権に大きな影響を与えるものと考えられた︒さらに第二点としては︑分担

金の縮減および無補償分担金の排除にともなって邦国財政の相対的強化とともに帝国財政収入が相対的に減少し︑

これによって帝国財政支出にたいする参議会での各邦国代表の反対が弱められ︑

れ︑その公債依存への傾向に拍車がかけられるという点が指摘せられた︒ズューデクムもまたその論評において︑

フラソケンシュクイソ約款が交付金制度の創設によって帝国公債の累積と深い関連をもっていること︑ し か も シ ュ

テンゲルの小改革がこの帝国財政の窮境をなんら打開するものでないことを述べ︑さらに財政支出膨脹を抑制しか

つ帝国議会の収入協賛権を保証する唯一の手段としての分担金の意義を強調するとともに︑社会民主党がシュテン

⑧ 

ゲルの小改革に拒否的態度をとる理由を列挙し︑党の改革に関する積極的主張が︑前述のように︑不生産的経費の

縮減と直接税の導入にあることを指摘し︑シュテンゲルのこの改革がいわば睛著にほかならないときめつけている︒

かくて党の小財政改革にたいする否定的見解は明らかである︒議会フラクションもこの改革案にたいして当然拒否

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的な態度を表明した︒ゲルロフはこの小改革が大きな意義をもつものでないことを指摘しているが︑党も︑上述し

ドイツ社会民主党の財政政策国︵広田︶

(9)

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( 9 )   ( 8 )   ( 7 )   ( 6 )   ( 5 )   ( 4 )   ( 3 )   ( 2 )   ( 1 )  

たところから判断できるように︑ ドイツ社会民主党の財政政策固︵広田︶

一方で批判的見解を表明しながらも︑他方では小改革のもつ意義をそれほど大き

く評価していなかったと考えていいであろう︒問題はむしろ次の大財政改革にあった︒

P ro t o ko l l  d es   Br em en er   Pa r t e i t a g e s 1 9 ,   0 4 .   S S.   68 6 9.   Fi na nz ar ch iv ,  2 2  J g . ,  

S .   2 8 2 .   G e r l o f f ,   a . a . 0 . S . ,     4 0 5 .   Fi na nz ar ch iv ,  2 2  J g . S S ,   .   2 91 3 02 .  G e r l o f f ,   a . a . O . ,   S S .   4 05 4 06   Ca lm an n, i  D e  F i na n z po l i ti k e   d r  c i eu t s ch e n   Sozial

de mo kr at ie   18 67 11 91 4.   Mu nc he n  1 9 2 2 .   S .   1 5 1 .   P r o t o k o l l ,   1 9 0 4 .   S .   6 8 .  

以前にも指摘したように︑党のフランケンシュクイソ約款にたいする評価ほ変ったといわれている︒すなわち以前において はこの約款による邦国分立主義の強化が懸念せられたが︑いまやこの約款をもって危険な﹁個人支配﹂にたいする牽制手段

と考えるにいたったのである︒

(C al ma nn , a . a . O . ,   S .   1 5 2 )   P r o t o k o l l ,   1 9 0 4 .   S .   6 9 .  

Ca lm an

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a . a . 0 . , S .   1 5 3 .  

ズューデクムは︑社会民主党が小改革案を容認しがたい理由として︑それが帝国財政運営にたいする邦国の責任をなくすも のであること︑帝国を邦国に依存せしめるのでなくむしろ邦国を帝国に依存せしめるものであること︑有産者階級をその負 担の増大から守るものであること︑国民代表の弱い権利をさらに弱めるものであること︑新しい間接税の前奏曲にほかなら な い こ と 等 を あ げ て い る

Al be rt Su de k 日n , Di e  F in an zr ef or m  d es   Fr ei he rr n  v on   St e n g e l S o .   z i a l i s t i s c h e   Mo na ts he ft e  1 9 0 4 ,  

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5 3 )  

Su de ku m,   a. a . O . ,

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V gl . S  ud ek um ,  R ei ch sf in an ze n  u nd   Fi na nz re fo rm ,  Di e  N eu e  Z e i t , 2 1     J g . ,   1 .   Bd . 

s s .  

49 85 04 . 

ただ例外としては︑予算委員会でなされた火酒醸造用槽税払戻の引下げに関する提案にたいして党が賛成したことである︒

これは︑提案がいわゆる﹁愛の贈物﹂にたいする攻撃を意味するものであったからである︒

( P r o t o k o l l , 1 9 0 4 .   S . 7 0 )   G e r l o f f ,   a . a . O . S . ,   4 0 6 .  

(10)

簿記方法あるいは予算の単純化とよばれている小財政改革は財政危機解消のための第一歩であったが︑しかし上

措置を講ずるものではなく︑かくて第二のより根本的な改革が必要であった︒この改革への機運は小改革とほぼ同

じ時期にベルリンで開催せられた各邦国大蔵大臣会議においてすでにあらわれた︒その後財政事情の一層の悪化も

手 伝 っ て

一 九

0 五年秋にいたって財政改革への動きは具体化せられた︒すなわち政府は︑公債償還︑帝国廃疾基

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d s ︑陸海軍増強その他の費用のための経費膨脹に対処して︑収入増加をはかるべく︑ビー

ル税とクバコ税の増徴︑紙巻クバコ税

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帝国印紙法の改正による受領証税

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運送状税

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動力車税

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および相続

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の採用を提案するにいたった︒

この財政改革案は︑

た 後

す る た め に は ︑ 経費の節減か収入の調達をはからなければならないが︑

二 七

I

小改革はそのいずれにたいしても十分な 述したようにそれはきわめて不十分なものでしかなかった︒

大 財 政 改 革 と 社 会 民 主 党

少なくとも財政支出の増大︑

相続税を提案することによって従来の間接税体系を突き破っている点で劃期的ではあった

③ 

が︑しかしまたゲルロフの指摘するように中途半端な性格のものでもあった︒このことは財政改革をめぐる各党の 囚 意見の相異を想像させるのであるが︑事実改革案は帝国議会に提出・審議される間に多くの批判や反対を惹き起し

かなり大幅の修正をもって一九 0 六年六月三日に成立した︒成立した財政改革案は︑

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において超過分担金や公債償還に関する規定を行うとともに︑

ドイツ社会民主党の財政政策国︵広田︶ 公債累積の事態に対処 その摘要法

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その他に相続税法︑帝国印紙税法︑

(11)

ドイツ社会民主党の財政政策国︵広田︶

ところでこの大財政改革にたいする社会民主党の見解なり態度はどうであったか︒

九日にかけてマンハイムで開催せられた党大会での議会活動報告は︑

﹁頻繁かつ累増的巨額を要求する海軍案︑陸軍案および植民案について社会民主党が帝国議会で予言したことは︑

苦き真実となった︒ブルジョア諸政党の盲目的な万オ協賛癖

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は帝国を重い公債負担の中

⑥ 

に陥れた﹂と︒社会民主党は帝国主義的政策による財政事情の悪化︑財政改革の必然性を予見していたのである︒

報告は︑政府案の覚書で謳われている租税負担の公正な配分が有名無実であることを指摘するとともに︑改革案を

めぐる租税委員会の中途半端な審議の実態を簡潔に述べている d この委員会で党は所得税および財産税を要求する

提案を行った︒しかし社会民主党に反対する諸党は︑自由思想党とボーランド党を除いて︑この提案を拒否した︒

成立した改革案は︑保守党︑帝国党︑国民自由党︑中央党および経済連合の一部によって構成される租税ブロック

によって推進せられた︒

ところですでに指摘した改革の中途半端な性格は︑社会民主党によってもぎびしく批判されざるをえなかった︒

すなわちこの改革において採択せられた相続税が財政危機救済の基盤たらしめられず︑他の間接税で不十分な場合

に利用されるいわば補完的な手段とされたことは︑帝国財政改革にたいする基本的原理の喪失であり︑原理なき妥

⑧ 

協と考えられた︒いうまでもなく党の租税政策的目標は直接税体系の確立にあった︒しかもこの改革において所有

課税の導入が必至であった以上︑党が相続税問題に主力を注ぎ︑これを通じて直接税体系の確立に努力したことは

当然である︒とはいっても党は政府の相続税案にたいしてはじめから積極的に賛意を表明したのではなく︑委員会 5  税法および紙巻タバコ税法を内容とするものであった︒

その冒頭において次のように述べている︒

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0 六年九月二

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(12)

二 九

が︑それについては後に考察することにして︑ここではさしあたって成立した相続税法その他にたいする党の見解

成立した相続税は︑相続財産税

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として︑親等に応じた税率と取得財産額の大きさに応ずる累

進税率が二重に適用せられた︒しかしこの相続税も党のきびしい批判を免れることはできなかった︒そのいうとこ

﹁新たに搾りあげられる人民を前にして古風な品位のない揉み消し運動を演じようとして考えた一種

の儀礼税

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e r ﹂にすぎず︑有産階級の負担が相対的に軽いという意味において不公正であり︑またそ

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U  のことに関連して収益力の点できわめて不十分であると考えられた︒ベルンシュクインもまた次のように述べてい

﹁シュテンゲル案を考察するかぎりでは︑帝国経費支弁のための相続税の導入のみが基本的に新しいものであ

った︒しかしそれに関する法律はきわめて臆病に決定せられ︑かつまたきわめて多くの例外と留保条件を附せられ

て い た :

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﹂と︒このような党の批判的見解は︑相続税案に関する若干の具体的要求として示され︑その要求を内

容に盛り込むことによって党は独自の案を提出したのである︒もとよりその提案は悉く否決された︒ベルンシュタ

インはまたいう﹁帝国政府が提案した相続税法および帝国議会多数派によるそれの形成の中に徹底的な社会政策的

視点を求めても無駄であろう︒純粋に財政的な関心がそれを規定しており︑そしてまた一定の支配的な階層および

団体の特殊利益︑王家︑土地所有︑教会等にたいする顧慮はそれに限界を引いた﹂と︒党は多数派の手になる相続

税案に賛成投票を行なったが︑それは帝国における直接税体系確立の端緒を開くという意味においてなされたのに

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ほ か な ら な い ︒

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ドイツ社会民主党の財政政策国︵広田︶

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についてみよう︒ においては当初党独自の相続税案を提出したのである︒ この提案は委員会において承認されるにいたらなかった

(13)

ら党はこれに反対を表明した︒ ドイツ社会民主党の財政政策固︵広田︶

相続税以外の租税に関しても党はそのほとんどすべてについて拒否的態度を表明した︒すなわちビール税および

ク.^コ税に関しては︑それらがひとしく間接税負担の加重を意味するだけでなく︑前者については︑大醸造業者の

高い収益力の把捉とその集中化傾向の阻止を提唱する賛成論者にたいして︑高収益力の捕捉は直接税によってこそ

最大限に可能であること︑ビール製造業の集中化傾向の阻止は党の国民経済的視点と矛盾するのみでなく︑かかる

集中化傾向の阻止は他の分野例えば旅館営業における集中化を促進する点で矛盾を包蔵することを指摘して︑ビー

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ル税引上げに反対した︒また政府原案のク.^コ税引上げにたいして︑零細企業者の没落︑クバコ産業労働者の失業

労働者の失職を促す点を指摘し︑ という理由で反対した党は︑紙巻クバコ税にたいしても︑それが家内労働による賃金低下を招来するとともに就業

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その対策として家内労働の禁止と失業者にたいする補償を提案した︒

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︑この租税が大衆負担を意図するものであること︑きびしい監督規定と罰則を設けている点を

あげ︑それが﹁いわゆる営業の自由に反しかつ租税警察的で︑製造業者と商人の活動を低下させる監督と峻厳苛酷

な刑罰体系⁝⁝をもつ妖怪である﹂と酷評するとともに︑この統制の事実および課税による負担増大を通じて専売

ないしは私的独占への傾向の促進されることを明らかにし︑この新しい税法が労働者にたいして失業と租税負担の

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加重という形で有害な作用を与えると結論している︒また各種の印紙税すなわち運送状税︑通行税︑動力車税等に

ついては︑それが交通および通商の発展を阻止し︑その負担が主として中産階級に集中するとの理由によって︑党

はこれを拒否した︒しかし利益配当税にたいしては︑これが一定種類の所得への直接課税とみなされることによっ

て︑贅成の立場が表明せられた︒最後に連邦分担金超過額の法的制限に関しては︑すでに述べた予算権上の理由か

ガイアー

(14)

( 2 )   ( 1 )  

れ た

この政策を正当に評価するためには︑ り︑かくてまたその総括的規定である摘要法については全体として反対投票を行った︒ガイアーのいうところによ れば︑この租税政策は経済発展をなんら顧慮することなく﹁言葉のもっとも悪い意味において財政的に﹂推進せら

﹁帝国財政改革﹂という言葉を﹁帝国予算の赤字支弁のための新税﹂

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とおきかえるべきであり︑そこには国民経済的および社会政策的考慮はなんら払われていないのである︒この財政

改革は社会民主党にとってアジテーションの好材料を提供したといわれているが︑一方において党は従来の伝統的

⑳ 

な態度を固持して︑改革案に痛烈な批判を浴せかけるとともに︑他面においては﹁今日の帝国議会多数派において

フラクションはそれを公正に配分するために全力をつくした﹂といわ 新しい租税負担の否決が考えられない以上︑

れるように︑党の独自の立場から以下にみるような積極的主張を展開したのである︒

この会議の内容としては︑帝国財政支出の増大に対処するための消費税の形成と一切の受領証

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および運送状

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への帝国印紙税の拡張についての諒解がなされたと伝えられている︒

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しかしこ

の計画は︑上述の艦隊法の規定に抵触した︒しかも艦隊法の問接税に関する禁止規定が採られた時に当然考えられたこと

は︑直接税の採用ということであった︒しかしまた他面において帝国直接税導入にたいする邦国諸政府の反対はきわめては

げしいものがあった︒ここに今回の財政改革とくに租税改革の性格なり形態なりを規制する条件の一っが考えられる︒

この点について簡単に述ぺると︑一九

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六年以降において見込まれる財政支出二四六ないし二五六百万マルクの増加の内容

は次の通りであった︒

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ドイツ社会民主党の財政政策国︵広田︶ 以上で明らかなように︑ 社会民主党はシュテンゲルの大財政改革のほとんどすべてにたいして反対の立場をと

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(15)

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( 3 )  

ドイツ社会民主党の財政政策国︵広田︶

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なおこれらの増税案のほかに摘要法規において︑公債償還︑分担金制度等についての規定が行われた︒

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この改革案の中心的な問題点は相続税案であった︒この相続税案が長い問の時躇抵抗の後に参議会の承認を得るにいたった ことについてほ︑食糧品関税による大衆負担が有力な因をなしていた︒すなわち大衆の過重な負担が存在する現実の下で は︑所有課税の面での一定の譲歩がなければ財政改革案が帝国議会で可決の見通しがたたないという事情が存在したのであ る︒しかしまた他面において改革案の覚書は︑相続税案のみが採択されて他の提案が拒否されることのないように要求し ていた︒すなわち︑相続税の提案と同時に間接税の拡充が同時に要求せられたのである︒

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参照

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