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残余地代と限界生産力地代―学説史研究

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奈良教育大学学術リポジトリNEAR

残余地代と限界生産力地代―学説史研究

著者 寺川 末治郎

雑誌名 奈良学芸大学紀要

巻 3

号 1

ページ 87‑95

発行年 1953‑12‑25

URL http://hdl.handle.net/10105/5124

(2)

頭金地代と限界生産力地代

−学 説 史 研 究

寺 川 未 治 郎

概諾すれば地代理論は経済学体系のうちで長も研究の吉二くれている部門であらう。之を資本埋 論のめざましい近代性に比するまでもなく、賃銀にをと拍り潤にさへ劣る.それならば何故その やうに地代理論の研究はとり残されているのであらうか。問題が澤遠であるとか或は複雑である とかのためでは決してない。恐らくは今日の這苗のなかではどのみち花形たり得ないそれ固有の 性質に由来することであらうが、別の理由は地代諭の創説着(?)としてのRicar(loが工ラす

ぎたからでもあらう。彼の理論構成は幕別こぬきえないものとしてそびえ立っている。しかしそ の牙城にせ変ろうとする努力もまた決して絶無ではない。例へぼ有名な「地代は価格に入りこま ぬ」に対してはAlterIlaか▼e Cos七の立場から地代をも他の要因費用と同様に価格構成要素の一 つであるとの決論を出さうとする努力が一部学者によってなされいる。それにもかかはらすそれ らの研究の到達しえたところは高々費用概念の新しい分析といふ程度に終始して、Ricardoの意 識した土地有限性の問題を克服するに到っていない。その限り彼の立論の基磐は依然としてゆる がないであらう。しかしAlternati▼,▼e Costの考へ方もたしかにすて難い内容をもってをり今後 の発展に多く期待せられる。

今1つの制は近代経済学の主柱である限界生産九恩恵を以てRicardoの残余地代を解決しよ うとの努力である。前例とも多少のつながりを持つのであるが一応、価格構成要素云云の点は不 問にする。わが国では往年高田保馬博士がたしかその第二経済学の中で残余地代と限界生産力地 代とは結局∵致するだらうと説明されたその間題である。しかし当時二つの地代は一一致しない し、数学的にも耳の不一致を証明することが出来るとの声が学界の一部にはあった。博士もまた 何故どのやうにしてそれら二梅の地代が一致するかについては言及なく、餌に結局の一致を断定 せられたかに私は記憶している。ここに問題を学説史的に頼ると同時に博士の決定がやはり正し かった事情を Stiglerの示唆によって説くのが小論の目的である。

蒐づ学説史上Ricardo 経済学に貴も痛烈な非雅をあびせたものはJeTOIISであらう。彼の主 著の[触快な序文をよむほどの人は、彼による全く新しい地代の構成をその本文に忠いて現侍する のであるが、当の地代に図する限りJeY。IISが完全にRieaT(loの徒であるのをみて驚く。更に は彼も亦古典学派の多くの学者と共通に収穫の比例的漸減と頂分的漸減との二つの概念を混同す るといふ不注意を暴露する。従ってもLJe▼onsに時色があったとするならばそれはRical・do の地代せ同じ内容を数式で表現した点にあるのではなく、以鼓広く行はれた周知のグラフを始め て其の著書で紹介した点にある。学玉によっては之れでもって賃銀(広く解して)と地代との相 互関連が説明されたものとはめる者もないではない。然しこうした単純なexpositiollの程度で はそこに引き合はされた賃銭の限界生産力性も決して十分でなく、況んや相互関連そのものに患 レ、てをやである。地代を彼の新しい原理によって説こうとする努力は全くみられない。かくては 分配論を限界原理によって統一的に管改するなどは先づ絶望であらう。新経済学の中にRiea(lo

ゆづりの残余地代が堵居している格好・はまさに体系上の奇観であらう。

87

(3)

ここで時代が少し飛躍するが、利子や貨銀と同様に地代を限界生産力によって証明したCh坤−

ma:1の研究が1900年、Ecl−Il()mie・7011rIllも1,XVIに発表せられたのである。Je∵011S的なグラフ を利用しつつ、竣余生庄量は、かような残余を収受すべき生存要因の限界生毒物に相等しい筋合 を実に簡単に証明し得たのである。軸gトrが価格論で紹介している数式は共にChapmmが今 から50年前に捷供したものを微少訂JEしただけである。その説明は次の如くなされる。

耳,Htl

「、

\、、\ (動飢直川融射

DD は一一企業者によって雇用せられる均 質労働の酎立追増による限界生産力、0Xは 労働単位、OYは限界生産物をそれぞれ表 はす。この企菜着の疎く全生産物はOabI)

そのときの雇用労働はOa、賃銀率か、賃 銀支払層はOabc、そして利潤はDlle、但 し只今はこの利潤を地代と変へて承和する こと。与へられた経済圏内で均質企業者数をZとすると生産物総計はZxOahD。今改めてこの 圏内へ同質の企聖者1人を導入する。そして労働供給を一定と仮定すれば企業者はすべて一様に 雇用量をOhまで縮少。ah労働は今までの仝企葵者から解かれて、弟(Z+1)企筆者のもとに集 まる。それが合計でOhそして各企業者の新生産物はOheD、そのうち01両㍉甘賃銀、Derは利潤

(ここでは地代)、故に経済圏の新生産物総計は。

(Z+1)(OheD)=ZxOlleT)十Ohe工)=ZxOheT)十Ohcf+I)pf・・・・・・(1)

ところでOher=Zxllage,この均等式は賢銀安掩雷と利潤(ここでは地代)との合計はすべての企業者にお いて相等しいことを意味する。又之等企業者の生を力はすべて相等しいから労働の限界生葦力もすべての企業 者に等しく、he,(1)式=ZxOllCD+I)ef+Zxhage=ZxOIleD十Def十Zxheha+Zxegb……甘

然るに第(Z+1)企業者導入以前の生茸物:まzxOabt)=ZxOlle工)十zXheba‥‥‥(3J

かくて第(z十1)企業者に帰すべき生環物融公式−13ノ式としてpef+Zxegb,Zを短大と仮定すると1叫 zxegbともにゼロに近づく。依ってそれらを11堵1由すると残余生毒物De は限界生達物Dpfと完全に一 致する。これで証明は終り。土地と労働(前述どをり適当に変意して)とが共に限界生産力に怨じて報酬せら れるならば、生還物全量は分配しつくされてあとに物は項らね。ということになる。しかしこの論理を承認す

るには競学力均衡という厳しい条件がつく。再言すると生竜歯数を元すD抄曲線は要因の再調整によっても 変動を受けない即ち曲数の斉爽性が失はれないことが必革条件となる。勿論ここではて←シャルの意席の外部 経宿の作再もゼロにJヒめる。

土塊軍位が他の雪月革位とちがって異質性をその本質とするように学んだ者には仁音のCllnplunllの証明で はおそらく蒲足しがたいであろう。この点は後でいづれふれるほづである。ともかく CJ1apm甘nの簡軍すぎ る証明を補う意味からもプリ理論をつくしたときく学者の諭を番へることにしたい。それ調二Wi、Jksteedその 人であって輿にCh叩manに元立つ約十年に(わーOrdin礼tiollと喝して発表した。その思想は1910年の大著でlle ComlnOn SellSeのRellt Cつ茸に復元せられていると言はれる。便宜しこn Coln−nOllSe椚eに1って問題の

要点を抽出することにするが多少の私見もその謁頂において附加しておく。

Wick舶2(1は生壁要因のうち土地だけを 例外的に取扱ふRicareb以来JevoIISを もふくめての伝統に誤のひそむのを指摘す る。説明は・Je ・ 011只の創設したグラフによ って始まってゆく。右褐第2図では土地を

・一一定としてそれに充当する労働(坑木費用 をも加へた)の単位を横軸に、そして各労

(4)

働単位からの収穫甲分をタテ軸に盈ふて測定する。0Ⅹ1労働の稼ぐ収穫重体は0州▼1Ⅹ1とする と、そのうち労働1脚佗単位あたりⅩ1 ▼1の割合で計算すると、賃銀縁額は面積01Vl従って 残り yl州1は地代にあたる0 これまでは全くJu oIISの解釈と同じ。次にもし同一の土地に労 働を減少して01:。だけを充当するならば剥可勘ま0こ・、、 ヱエゴとなって前よりは減少するが労働報 酬は単位あたり Ⅹ○\Vコに上昇する 地代はy2川72となって仝収穫のヨリ小さい部分を受ける。か くして生じた土地単位の漸減報酬と労働単位の漸増報酬とは限界点から原点0へ後退するによづ てよみとろ。反之土地の漸層と労働の漸減報酬とは原点から右へ前進するによってよみとる。同 一土地へのヨリ多くの労働と、同じ労働へのヨリ少い土地とは同じ意味をもつ。従って一定土地へ のヨリ多くの労働、同じ労働へのヨリ少い土地は共に土地単位あたり、ヨリ大きい地代と労働単位 あたりヨリ少い賃銀とを意味すろ。叉この条件を逆北すれば報酬の関係もまた逆になる。これら は経済学徒には大切なしかしノ周知の事柄であらう。次にもし一一定点以後ヨリ多くの労働が同じ土 地に充当せらろならば土地の辛脚1は増加する。この事はだれもが理解する。しかしそれはヨリ多 くの土地を同一一労働に充当するならば労徴の報柳が増加する事と重く一致するといふ点は必すL も埋解されていない。第2図で地代は直、曲棟的な丘形をとり叉賃銀は単純に短形をとる。この 丘形は普通には土地に内在する特殊性によろものとして看過され防ちであるがそれは誤りで、叙 述形式を菱へるならば地代の丘形なるものは、土地を一定と前提した単なる方法的便宜に基くこ

とがわかる。著し一定土地への労働層減でなく逆に一定労働への土地増減を描くならば容易に賃 銀を丘形に地代を窮形に、表現出来るだらう。尤もこのように仮定する労働単位や土地単位がど の範河まで事実使用するかは所謂Altcrl1ative Costの原理に依るのであり、Altcrnative Cost は叉産菜の一一般条件、市場の現状や将来の見込みによって決って来ることであらう、このCo咄

≡埋論は只今はさしひかえてをく。

数例を用いて解説をつづける。

土地単位 80 労働単位60 収穫]邪0カール 同率で約して、

土地軍位 40 労働軍位30 収穫 630カール 労働時間あたり G30㌢ 30=望lカrル 土地睾位あたり 630÷ 40=15.75カrル

との生産者が今や同一の土地に剖時間でなく且時間だけの耕作を行うと仮定すると収穫は531.

40まで減少する。道営粗放化の結梨であらう。次ぎに労働を30ときめて土地を40から48へ増加し ても土臭の比は(5:男で不変。しかし収穫はさきの(5:8)より絶対量極だけ大きく637.68カールを 稼ぐ。何んとなれば労働の比(25:30)、並びに土地の比(40:48)が共にさきの牝に相等するから である。平均収穫は土地には13.2ううカール、分佃には21.2弼カール。わかるようにWick鴎ee(1 は比例さへ不変ならばあとの条件に変動なしとの考へ方に極めて強い。しかしこの点に国難な問 題のひそんでいろ事を承知せねぼならぬ。前述のところをかきあらためて、

収穫  労勘  土増  労働平均収  土地平均放

†15 75

030カール  30   40     21

〕、ニー  ‥・−

531.40ク   25 63.佃ク   30

このi卦⊂土地酎立40とおいて労働を25から30へ変動すろと労働には報酬減少が、土地には報酬 増加があらわれる。繚収穫では汎GOカールの増加。叉同じ労働にヨリ多くの土地を充当すると 絵収穫で・個カールの増加。しかし土地平均では減少。この状態を末尾の第3図で示す。その

89

(5)

(乱)では土地を40と一定し、Ⅹ軸へは労働時間敦を、Y軸には収穫を潮かる。(b)では抑作時 間を30と一定し、Ⅹ軸にはそれを受入れる土地の単位数を、Y軸にはやはり収穫をはかる。(a)

では25時間から30へ移動するに伴って98.6カールの炒収を期待する。逆の方向に移動すれば即ち 減収。25と30との間の産線に高サ19.72の矩形を立てろ。(a)で30から25への左移動は(b)で は40から48への右移動に等しく何れも(3:ヰ)から(5:8)へ。(b)では7.68の層収。これは40と48 との底線へ高サ0.98の矩形に相等する。労働が−∵定で土地単位βの増減から収穫7.68の増減が生 れる。即ち(a)において原点への運動と(b)において原点からの運動とは意味の等しレ、事実を 明記する必要がある。次ぎに(3:4)の比例を反対へ移動する。(7:8)を維持して労働の35と土地 40、或は労働の30と土地の34.286とを組合はすならば前者の収穫は705.98カール、後者はそれ山 師こ相等する605.13カール、(705.98−630)は(a)30と35との問に高サ15.20の短形に相当する。

叉30時間を決定して土地5.714の減少は(椙0−椚5.13)の減収を生む。これは(b)で40と34.2粥 の区間に高サ4.35の矩形に相等する。以上述べたところを要約すればWick醜ee(lの真意は次の 様な図式にまとまる。

a裏 移動方向(鼠点から)  (鼠点へ)

−−→       く−−一一−

1)土地の漸増収   2)土地の漸減収 労働の漸増収 b表 移動方向

・−1−−一一一一一・l・事      ←・一一   一  一

1)土地の漸減収   2)土地の漸増収 労働の漸増収     労働の漸減収 a表の1) とb表の2)、b表の1)とa表の2)

とは一致、この辺の認識が問題を解く鍵である。Je∵OnSからWickS如d まで例のグラフの 内容理解が相当に進歩したこと叉労働と土地との関連が関連の名に値するまで深化されようとし ているの射苦るであらう。そのためにはWiek軸刑1につきまとふ幾分の冗漫サに堪えねばなら ない。

説明をつづける。

第3図乱では土地を一定としてそこへ働く覚働増分受連続曲線に作製するならば周知の地代曲 線を得る。即ち収穫漸減が示される。

当の労働報酬は限界能率に比例して計算せられることになるから、タテ軸×横軸の矩形で表現出 来るであらう。(a)図でみるならば曲線内の面積が貨銀除額で、残余は地代である。同図の曲線 を適当に補間すれば地代は直、曲線の丘形商機になる。尤も土地はいかに肥沃でも労働をまって 始めて収穫を生む、だから一定の土地にⅩ時間労働を投下するときに得る収畦と(Ⅹ−1)を投 下したときの収穫との差量を測定し、之を連続的に進めて終りに一時間と〇時間との差に由来す る収穫を求めるならば全収穫が計算可能になる。(a)図の曲線はこうした原則によって作製せら れねばならない。このような曲線が限界曲線であるとは何人も気づくであらうが1Vickstee(lは 敢えてその名で呼ぼうとしない。ここで例をとってみやう。労働30と土地40の場合を求めるなら ば(a)の機軸の30、そこで上方へ労働力限界能率17.50を:よみとる、もし之紅がこのままで均衡 状態をあらはすならば(17.50×30)は賃銀となるべき収塵であって残余は−一足と決定せられた土 地40単位の地代となる。(b)でも例の曲線は(孔)の場合と全く同一の原則に従ふ0但し土、労 は今は全く道の開拓に立つことは承知のはづ。例′\ば(b)図の横軸の110は(a)の同軸の30に該 当するから、ここで限界能率2.625をよみとるならば地代は(40〉く2.625)、となり残余収穫は賃銭 額である。かくして総収穫630カールは(a)から賃銀の525、(b)から地代の105、合計630カー

(6)

ル。そして筍1表の数字とは完全に一致する。

同一の資料が二迫のグラフで表現出来ることとこの二種の表現は精確に描くならば完全に其の 意味の一致せねぽならぬことを明かに理解せられたい。従来土地は専ら丘形にそして貨銀は矩形 に表現せられたりは、各生産要因の表現方法としてその様な茂何図形に何等か固有の必然性があ るからでは決してない。それは単に一定と前提せられた要因の報酬が直、曲線面積として、叉可 変要因のそれが矩形として表現され来った事情によるにすぎない。この点に関する認識はまこと に重要である。どの形をとるとも寒の両横は等しく、且つ何れとも限界原則によって決定せられ る。この間の事情を璃1表の外に第2表及び第3表を添へ更には末尾に附した第4図(a)、(b)

によって解説する。第1表の収穫差畳は各点の限界収穫のことであり叉第2表、第3表には各点 の土地、労働単位あたり平均収穫が表示される。第4図像平均柁産、限界収穫を連続曲線として 問題を微細に且つ適格に捕裸出来るやうにしてある。これに用いた教学はC0−Ordi以前冊1には 詳細にかかげられているらしいがComlll。llSpllHtIでは第4図(払)に該当するものだけを脚誌

で示している。次がそれである。

J

収穫=2,24Sx2e7両Ⅹ

Ⅹほ土塊澤位40を一冠としてそれを充当せられる年あたり労働時間数

7

平均収穫曲線 2,248Ⅹe葡Ⅹ 限界収穫曲線

(仮称す)

第1表

獅(2−品つⅩe−孟Ⅹ

土地畢 位と時間数と

土地軍 位40へ の時愕 の制計数

2j 30 31 40

位30へ の土地

盟響1土地(A)

一定〔40)

への収穫

時間(B)

一定(30)

への収穫 欒樺完

48 40 34.3 3〔1

_1−−::

註、第3図、第4回とも本文の末尾へつけた。

第4図の限界曲線を彼は「曲 線、それを積分すれば矩形に等し

㌘孟漂㌘謂・‥」といふ表現であられている。

票の高暦の高 限界曲線と平均曲酎得たから、

之等曲線のよみを説いてをく。例 0.9G へぼ4図孔で時間35、土地40をと

ってその点の賃銀の限界値12.7を:

直上の平均値20.17から引く。そ れから7.45×35÷40=6.53、之が 残高計算の単位地代。次に比の同

「を求めて35:40ここ30:34・3bの横軸 に34.3、をとってその点の土地の限界値6ぷをその平均値17.7から引く、11.16×弧3÷30=12・丁は 残高計算による単位貨銀。即ち限界値をとるのと平均値との残余から計算するのと結局は同じ。

要するに上に説いたところは地代を丘形に、賃銀塔他を矩形に表現する図形自体に別段の必然 性を認めない主旨である。本文の第2グラフはJel▼onsの創案以来広く流行をみているのではあ るが、いづれもそれを土地に対する労働(窺本)の充当の割合及び順由に実現せられてゆく限界 生産量の変劫過程を叙述するのに使用せすに、それらり労働資本を受け入れる土地の本来的な肥 沃度の差等を示すことに終っている)卒然として土地自然に対して立つとき何人も見逃さないよ うな土地部分の各個畢質的な生産優秀性一利余生産物が研究の興味を誘ったであろらことや叉そ こに地代理論への契機の在ったであろう事情は十分肯ける。RiC乱でdoの形成した地代は全くそ れにあたる。彼の如く最劣等地を無地代と指定するならば、ヨリよき土地の収穫状態を表現する

には直、曲線形にまさるグラフは考へ難い、JeYOnSの考へもそこにあったことは坑へない。間

01

(7)

第2表  土地単位40を一定 土地一定

への耕作 労勘時数

土地一定 の収穫

γ u

0 6 7 0 n C 8 U   n 2 U t J 0 1 9 r 0 0

0 0 9 1 0 U   O   l 1 0

7

U 4 3

1

1

2

q

4

2

0

H

l

 

l

 

l

 

l

l

 

l β U   l 0 3 S

H   O   q

2 1 0 3

d U 9 7 1 U U 1 3 7 0 3 r O 7 U 9 U U 9 1 1 1 l   l   q

q 4 1

l

n C

H t

J   G   q J   Q U 7

4 1

I T J 1 7 q d 4 1 1

0

l   J

註 第3表に該当する土地の限界収穫の数 学を示していないので計算はしなかっ た。

麿は土地についてはそうした差等を表現するだけのものを新しい分配体系の中の一員として許し 得るかどうかの点である。人間の生理能率についても剛熟こ言へる。即ち原点に近く最優秀者を 立て順次に劣等者を右方へならべた上で最劣等者を基準とした分量を差引くならば丘形の残余が 能率地代として表現せられて差安へのないことは勿論である。すべて一財が他卿こ本来的に優越 するところに原因する価値差を地代と呼ぶならばそれも亦無意味ではない。二つのものを並べて 阿韻の機能を行はしめるとき、一者が他者に耳の本来能力においてまさることを証明するなら ば、価値の差等は許される。しかし例へば二倍の効能ある肥料が、或は二倍の果実をむすぶ果樹 がその優秀度に比例して高い価値を安配するといふあまりにもありふれた事豪をそのままそれと してそれが理論と言い得るものきあるかどうか、RicaTdoの地代は実にこの様なTruismの叙述 以外のものではなレ。それと共に最劣等地をfor:nOthillgで利用出来るといふ仮設では、それ に立脚して捕捉したresidはum を土地の生産性から逓離して観念してしまふ危険に陥る。土地 部分のもつヨリ優秀な生産性といふ事実が当初の出発点でありながら、土地そのものは乍然、常 に一定と措定する例の思考方法にわすらわされて、途中で問題の生産性を見失ったまま、到達点 では純粋残余物としての地代、そしてこの見方の地代諭だけが出来上ったわけであらう。しかし との様に順致せられた考へ方はそのままでは近代邦諭としての地代理論の構成を、阻害すること にはなっている。若し単に地代が他の要田が満足せしめられた後に残る何物かといふ程度に止ま るならばそれを目して一個の理論と呼び得るだろうか。Ⅹ=乱+b+Cとおいて乱が一一一つの意味 をもつために削こa=十X−b−Cとするだけではいけない。現にbやCには精確な意味が与へら れている。ただ地代にあたる a だけを残余式で片づけるといふ在来のはこび方に不満を痛感す ると言いたい、そこでこの様に取り残された地代にも亦近代理論の脚光をあびせようといふのが Wieksteedの意図であった。地代をも限界原理の内へ抱きこむ企ては不可能であろうか。これ が彼を捕へた問題意識であったはづ。それに彼は成功した。Chapmallの数学的解法はそれより 10年あとになった。周知のグラフの底練を逆に右から原点に向って歩むならば労働(資本)単位 に関係する土地の割合を増加することになる。そのコロラリーとして地代は土地の限界生産物と して、貸銀は叉残余として表現出来たことになる。方法としては要するにこれだけの事でするが 其の意味は大きい。この道遊説は彼と同時代のClarkやlVieser の考への中に無かったわけで

ないが彼ほど詳細に明断に、説明したものはいなかったとStiglerは附言している。

(8)

次に旧説の欠点の長大なるは限界といふ言葉の意味を古典学派のヒソミに倣って、供給量の限 界に於ける徴′J、量の増、減に用いなかった点である。使用量のうち本来的に最劣等の人や物を其

の名でよびならしている。そしてこの劣賀限界着が報酬計算の基準となるから所謂剰余はこの立 場の限界分配では、もはや何人も手をつけないままの貯戯庫といった形で残る。直前に説明した と同じくこの様な考へ方をつきつめると上等品は値が高いといふに帰する。反之新しい理論から する単位観では本来的な質的差別を完全に無視して、各単位に一定集団内では相互に自由に地位 の交替を認める。しかもこの交替によって事態に何等む変化も生じないことが条件である。即ち

−一定機能の遂行に賭する限りどこまでも方法的均寓性でやってゆく、だから質的差別を持ち出す か否か、之れが新旧理論の区別点になってくる。新しい限界分配は各要因の平等単位余部の生産 協働を求める代償として単位全部の報酬を十分考慮する方針ですすむから、忠のづから仝生産物 の完全分配を強く意識するとい誼矧こなるであらう。再言すると新しい限界分配が熱心に見守 っている点は限界生産力に応じて生産物が分配せられるならば生産物は全部過不足なく、配分せ られ終るかどうか。これである。限界生産力説の焦点は美はこの一点を招いてはないと言へる。

Wicksteed の言葉を直訴して引用しよう。「任意の生産要因の、限界能率に応じた分け前請求権 の倫理性或は社会性を掩討論議することは各人の自由にまかせる。又当の産業にとってそのよう な請求憎を応諾する必要があるかどうかも勝手に論議してよい。然し各要因が限界分配の場合 に、能率原理によって報酬を受けたあとに、なは分配せらるべき何等かの剰余叉は残余があるか どうかを今更論する資格は何人にも与へられていない。なは分有せられていない貯蔵一吾々が限 界分配から後退するにつれて増大する−といふ漠然としたしかし強いVibioIlを永久に妖怪的幻 想の辺土へ放逐してしまわねばならぬ」。彼には乍然この僕な激しい表現をはばからぬ説服の用意 が巽はなされていた。それを内容とした主張が例のC0−OrdiIlatioinであって数学でいふEuler の定理の登場をみた。其の意味合はStiglerの言葉を借りて「限界生牽力地代は残余地代と矛盾 せすと証明しただけではそれらが均等するとの証明にはならぬ」とすればわかるであらう。問題 の性質上もはや表やグラフでConvincingに解ナる境地ではない。恐らくはこの辺が限界原則の 解決すべき最終課題であらうか′何んとなればその間題を解決したとき始めて「なは分有せられ ていない貯蔵」の存否ももはや論議の余地を残さぬことに一応はなると言へるから。Wieksteedは

こうした量的関係を数学形式で解いた。Dallte,Arist。tleを好んで読んだ彼も数学は独習であ った為めか「とても複韓な記号を多く用いて、しかも堂々6頁にわたってぎごちない、ごたつい た数学でやっている」。Stiglerの批評はそうなっている。其のためかStiglerはPluXがCo・

or(iillatioIlの論評のとき別にまとめた式を1Vick鴎eeこ1自身の式の代りに其の著書で引用した。

次がそのPlllXの方程式である。

C =資本 と労働 も = 土地

Ⅹ = C;/L z=1/Ⅹ=L!C

P(Ⅹ)=hの一箪位に(】のⅩ軍位充当したときの生毒物 の(z)=Cの一軍位にLのz軍位充当したときの生種物

古典学渡では資本及び労働の報酬割合はその限界生毒力卸ちF/〔Ⅹ)、労、賛要因の全割ケ前は吏P/(=),残余 地代は

FCⅩ)−ⅩP/(Ⅹ)       ……・=‥・(1)

芸型ば労、賛一郎の生産物書き釣ると

93

(9)

¢(z)=登更=ZP(Ⅹ〕

霊=一芸であるから如結果をえる。

¢′(z)=P(Ⅹ)+zF′(Ⅹ)霊

……・=……(2)

=P(Ⅹ)−ⅩP(Ⅹ)     ・・…………(3)

ところで全生種物は軍位の生種物Ⅹ軍位数

と仮定するから、P=C必(z)      ………(3/)

∂P=C∂¢(z)    …‥:・・……糾 琵葬によってL=C.z,故にもLCを一冠とすれば、

ah=C∂z・‥ ・…‥(5)

ここで紬を(5)で割ると:次をえる。

堕一撃塑一票=砂′rz)…………(6)∂h ̄c∂z ̄

この(6)を(3)に代人し且つP′(Ⅹ)の代りに諾とかくと、

C∂P

諾=甘(Ⅹト∵㌃両

的  h・諾+C・諾=h・P(Ⅹ)=P r7)

(3.)は生惹画数が一次の斉爽性であるとの虹窪による。この仮琵性仙式の基礎になるもので書き改めると、

p=Cの(吉)即ちもL Cニューならば

AP=¢(AL)

この(7)式の意味・「分配部分の合計は各生魯要因が限界生産力の割合に応じて報酬を受けるな らば、金生壁物を完全に即ち過不足なく尽す。残余地代は限界生産物としての地代と等し」。これ こそWicksteedの求めたかった結果である。ColnmOn Measureに立っての分配牧学がかくして 得られた。

以上の方程式によって残余地代と限界生産力地代との一致性が確定せられた事と各生産要因が その限界力によって報酬せられるときは仝生産物は過不足なく取りつくされる事、この二つを証 明したlViek琉eedの勃寵は没し堆い。しかし生産規模に対する収益不変といふ条件がついたが 為めにEdge\\▼OrthやPaTeも0の手きびしい反撃を招いた。彼自身も一次の斉次性曲数をもち込 むことの理論として支持し難い点に気づいてCo.ordillatioIlのTIle貢S の撤回を承服するに至 ったと言はれる。然るに事実はCommon SeIISeの随所に茸次性癖敬の思慮はやはり耳の跡を絶 っていない。例へぼ前掲の土地単位80、労働時間60、収穫1260カール。同率の規模にきり巷へて 土地40、労働110、収穫椚0といふ劃一の仮定の如きは最も明白にその証拠であらう。従って彼は 当初の理論の基本観念を事実上は保持しているとも言へる。むしろ周遊は口頭にせよ何故彼はC 0−OrdinationのThesisの放棄を言明したかといふことになりそうだ。彼の式から斉次性を省去 するならば限界生重力郵命も当然成立せぬような関連に立っている。数式の前提で経済学的に許

しがたい数点を Stigler も挙げた。勿論lVieksteedは反対者の主張仁)正当を承知したからでは あるが、しかしそのあまりにもアツケナイ撤回理由の一つとして反対者の権威に本意ならすも圧 倒せられたためでもあらうとStiglerは説いた。我国では計一一の問題を中山博士は「純粋経済学」

の数学附炭で、叉棄柑博士は論文「限界生産力の成立」で\VicksteJ(1のとり入れた条件の不十 分或は不正当を指摘して限界生産力説のヨリ精確な姿を打ち出さうとした。ChapIIlallの数学の

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(10)

場合にもあったことであるが競争的均衡の場合といふ条件をStiglerはWicksteetlの場合にも 持ち出している。特に最近邦訳のflickgの「賃銀の理論」はでlVicksbedの思想の経済学的フク ミを妥当に修訂して、やはり主諷理論の主柱として残さうとする著書の努力がいちぢるしい。

なを1Vickstee乙1の当初のThesisが何故盛んな論争をまきをこしたかのやや詳しい事情の紹介 は別の機会にゆづりたい。

参考書

Stigler.tlle Theory Of Price,1950

SttigleT,PTOAucttion.andかistTilmtiontheoTies,1951 Wickjteed,tlle Comnon SetlSe Of P.E.vol.2,1950

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参照

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