統語論と意味論のインターフェイス : 統語論中心 主義と並列主義の再考
著者 江連 和章
雑誌名 大妻女子大学紀要. 文系
巻 53
ページ 138‑125
発行年 2021‑03‑12
URL http://id.nii.ac.jp/1114/00006976/
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1.序
一般文法理論(general theory of grammar)では,その要の一つとして文法(grammar)の内 部構成を明示する文法構成(architecture of grammar)が提示される。ここでの文法とは,人間 の脳に内在する言語知識としてのそれであり,Chomsky(1986)における内在言語(internalized language,I-language)を指す。周知の通り,文法構成については,特に統語論(syntax)と意味 論(semantics)の関係をめぐる問題を中心に,長期に渡り様々な主張,提案,議論が展開されて いる。本小論ではこの常態化された問題に改めて焦点を当てる。その目的は,現在主流を成す二つ の文法観である統語論中心主義(syntactocentrism)と並列主義(parallelism)のそれぞれが提示 する文法構成について,統語論と意味論の関係を中心にあらためて比較検証し,再考することにあ る。両主義の文法構成の特徴を整理した上で,特に統語論と意味論に関わる両文法構成のあり方の 是非を,理論的観点に加え,文の生成(generate)および意味合成(semantic composition)の記 述に関わる経験的観点から再確認し,議論,検討をおこなう。結論として,統語論中心主義が掲げ る文法構成における統語論の中心的な役割を認めつつも,並列主義が重要視する意味論の自律性
(autonomy)や生成能力(generative capacity)を適切に認める必要性があることを主張し,両主 義の長所を活かす代案の方向性を示す。
研究史上,特に生成文法史にてミニマリストプログラム(the minimalist program)(Chomsky 1995 参照)が提唱されて以降,これら二つの文法観をめぐる問題については概念的議論が幅をき かせ,特に理論評価の原点である記述的妥当性(descriptive adequacy)に基づく検証や議論が軽 視されている感がある。本論では,今一度経験的事実の明示的記述の重要性を再認識し,統語論と 意味論の関係について異なる見解を持つ二つの文法観について,概念的考察に重ねながら,経験的 観点から検討することの必要性を説く。
以下,2 節では統語論中心主義と並列主義について,それぞれの文法構成の特徴を中心に概観し,
3 節にてそれらを対比的に検証する。そして,4 節にて文法構成における統語論と意味論のあり方 を再考し,本論の主張と代案の方向性を提示する。
統語論と意味論のインターフェイス:
統語論中心主義と並列主義の再考
江 連 和 章
【キーワード】 統語論中心主義,並列主義,文法構成,生成能力,意味合成
2.二つの文法観:統語論中心主義と並列主義
言語知識としての文法は,その文法構成として一般的な用語を用いると音韻部門(phonological component)(または音韻論(phonology)),統語部門(syntactic component)(または統語論),
意味部門(semantic component)(または意味論)の三つの部門から成る。これら 3 部門が文法構 成内においてそれぞれどのように位置付けられ,互いに関係し合うかについては様々な案が提唱さ れているが,大枠としては,統語部門をその中心に置く統語論中心主義と,各部門の対等性を強調 する並列主義の二つの文法観に二分される。
研究史上,これら二つの文法観の定着に至る出発点は,周知されるように,1950 年代に発足し た Chomsky の生成文法(generative grammar)と,1960 年代後半以降それから分岐した Postal,
Lakoff,McCawley,Ross らによる生成意味論(generative semantics)との統語部門と意味部門 の関係をめぐる対立にさかのぼり,その後も様々な立場から議論が重ねられてきた
(1)。本論でその 研究史を再述することは割愛するが,今日では,Chomsky のミニマリストプログラムを中心とす る広義の生成言語学(generative linguistics)が統語論中心主義を,他方,Lakoff,Langacker,
Talmy,Goldberg らを中心とする広義の認知言語学(cognitive linguistics)が並列主義を標榜し,
それぞれの研究プログラムを牽引,推進している。
本論ではこれら二つの文法観について概観し,さらに検証へと進めるが,その際重要となる文法 的 概 念 が, 文 法 構 成 に お け る 部 門 の「 自 律 性 」 で あ る。 こ れ は, 生 成 文 法 が そ の 初 期
(Chomsky1957:17 参照)より一貫して認める「統語論の自律性」に基づく概念であり,その詳細 も含めると様々な意味で用いられるが,おおよそ⑴のように記述できる。
⑴ 部門の自律性
部門の内容および機能が,他の部門に依拠することなく独自に定式化され,当該部門が形 成する構造を独自に決定する。
また,⑴より,自律的な部門は,その生成能力および他部門との関係について,⑵に示す特徴を 有する。
⑵ 自律的部門の特徴
a.生成能力:独自の生成能力を有し,それにより当該部門が形成する構造を生成する。
b. 他部門との関係:他の部門からの情報入力を受けても,それにより当該部門およびそれが 生成する構造が影響を受けることはない。
以下では,部門の自律性⑴とその特徴⑵を基に二つの文法観を特徴づけ,検証へと進める。
2.1.統語論中心主義
Chomsky による生成文法は,これまで理論的変遷と発展を繰り返してきたが,その標準理論
(Chomsky 1965 参照)の時期からミニマリストプログラムに至るまで統語論中心主義の立場を貫
いており,細部の違いはあれ,原則彼の理論に依拠する生成言語学の研究者たちもこの立場に立
つ。その具体的な文法構成である「統語部門中心構成」(syntactocentric architecture,以下 SA)
の概略を,⑶に示す。(注:部門間を結ぶ一方向矢印は,情報の出入力関係を示す。)
⑶ 統語部門中心構成(SA)
(解釈部門) (生成部門) (解釈部門)
音韻部門 統語部門 意味部門
音韻構造 統語構造 意味構造
SA では,統語部門が自律的な生成部門であり,文を生成する生成能力を持つ。音韻部門と意味 部門からの入力を受けることはない。他方,音韻部門と意味部門は自律的ではなく,生成能力が与 えられていない。これらは,統語部門から出力される統語構造(syntactic structure)を入力とし て解釈し,それぞれ音韻構造(phonological structure)と意味構造(semantic structure)に写像 する解釈部門として位置づけられる。文を生成する際には,唯一の生成部門である統語部門におい て辞書(lexicon)から選択した語彙項目をもとに構築する統語構造を,解釈部門である音韻部門 と意味部門が単に「指示」として受け入れ,いわば機械的に音韻構造と意味構造を形成する。この ように SA は,全体として余剰性のない,3 部門の情報が密接につながり合う文法構成を成す。こ のような統語論中心主義に立つ文法理論は,「指示の理論」とでも特徴づけることができよう。
2.2.並列主義
並列主義では,統語論中心主義とは異なり,その文法構成として,複数の自律的な部門が独自の 生成能力を備えており,互いに対等,並列的に位置づけられる。この「並列構成」(parallel archi- tecture,以下 PA)においては,それぞれの部門が生成する構造が互いに対応づけられ,全体的に 整合するよう評価されることにより,文が生成される。統語論中心主義の「指示の理論」と対比さ せると,並列主義は「対応の理論」とでも特徴づけられる。
PA は,前述したように並列主義の立場をとる広義の認知言語学全般において想定されているが,
その力点の置き方や具現の仕方については多様であり,実際これまでにも様々な理論が提唱されて いる。代表的なものだけでも,Langacker による認知文法(cognitive grammar)(Langacker 2008 他)では,実質統語部門を設けず,音韻部門と意味部門の並列性,音韻構造と意味構造の直 接対応が強調される。また,構文文法(construction grammar)(Goldberg 1995,2006 他)は,
統語部門と意味部門との間の構文的対応関係を理論の中心に置く。他方,Lakoff(Lakoff 1987 他)
や Talmy(Talmy 2000a,Talmy 2000b 他)の認知意味論(cognitive semantics)では,意味と形 式の対応の中でも,総じて意味の領域の解明に焦点を当てる。このように PA についての具体的見 解は多岐にわたるが,本論では,統語論中心主義の SA と対比させる並列主義の具体的な文法構成 として,並列主義を強く意識し理論に反映させている Jackendoff の概念意味論(conceptual se- mantics)が提唱する「3 部門並列構成」(tripartite parallel architecture,以下 TPA)(Jackendoff 1990,2002 他)を取り上げる
(2)。
TPA の文法構成は,⑶の SA と比較対照的に,概略⑷のように示される
(3)。(注:部門間を結ぶ
双方向矢印は,情報の相互対等な出入力に基づく対応関係を示す。)
⑷ 3 部門並列構成(TPA)
統語構造 音韻構造
(生成部門) (生成部門) (生成部門)
音韻部門 統語部門 意味部門
意味構造
TPA では,SA とは異なり,音韻文法,統語部門,意味部門の 3 部門全てが等しく自律的な生 成部門であり,それぞれ独自の生成能力を有する。文を生成する際には,各部門において他部門に 依拠することなく,音韻構造,統語構造,意味構造のそれぞれが,辞書から選択された語彙項目に 記載される各情報をもとに生成され,これら 3 構造が互いに隣接する部門との対応規則(corre- spondence rules)を通じて結びつけられる
(4)。それぞれ独立した 3 構造が互いに出力および入力 として作用し対応づけられ,全体的に整合するよう評価されることにより,文が生成される。
3.文法構成の検証
統語論中心主義の生成言語学が依拠する文法構成 SA と,並列主義の典型として,概念意味論が 提唱する文法構成 TPA のそれぞれについて,文法構成全体からの視点,特に統語論と意味論の関 係に焦点を当てた対比的検証をおこなう。統語論中心主義と並列主義の比較は,周知の通りこれま で幾度となくなされているが,冒頭でも述べたように比較的概念的な議論に終始することが多い。
本節では,今一度経験的事実を明示的に記述することの重要性に立ち返り,理論的観点に加え,経 験的観点を重視した事実の確認と検討をおこなう。
3.1.統語部門中心構成の検証
統語部門を唯一単独の生成部門とする SA は,文法構成全体から見た場合いくつかの長所がある。
まず,文法理論として,SA は一般的に理論の妥当性において求められる簡潔性(simplicity),経 済性(economy),非余剰性(nonredundancy)等の要件を満たす
(5)。文生成の出所,指示基盤を 唯一統語部門に委ね,音韻部門と意味部門におけるそれぞれの構造形成は,統語部門から入力され る指示情報を解釈することによりいわば機械的に定まるとする文法構成は,この限りにおいて極め て簡潔かつ経済的であり,余剰なものを含まない。
次に,類型論的視点から言語の形式面に目を向けると,SA は,通言語的な統語構造の画一性と 整合するといえる。文の基本的統語構造は,多様性に富む意味構造と比較した場合,通言語的にみ て総じて画一性が高い。大まかに述べると,語から句へ,そして,主部と述部の組み合わせから成 る文の統語構造は,理論によりその捉え方や表示法は異なるものの,大枠としては通言語的にかな りの程度で共通性を示しており,必ずしも普遍的ではないにせよ,概ね画一的に示されるといえよ う。この統語構造の画一性が経験的に妥当であるとすると,その事実は,音韻部門や意味部門から の影響を受けることなく,自律的な統語部門において独自の生成規則により統語構造を構築する統 語論中心主義と整合しており,SA により自然なかたちで導出することができる。特に,言語の形 式よりもはるかに多様で流動性に富む意味の領域から,この画一性の高い統語構造を導き出すこと は困難である。この点については,認知言語学全般が標榜する,言語の形式は人間の認知能力に
「動機づけ」(motivate)られるとする立場に対して,より明示的で精緻な説明を求めることにな
る。
また,文の統語構造の通言語的画一性は,SA においては言語と思考の関係についても興味深い 帰結を予測する。すなわち,いみじくも Chomsky(1966)が言語の深層構造を「思考の形式の反 映」と捉えたように,統語構造の画一性は,人間の思考の形式的共通性と共鳴することになる
(6)。 統語部門からの入力を基に,それを反映するかたちで意味構造へと写像する統語部門中心の文法で は,統語構造と意味構造の間に(少なくとも大枠については)準同形(homomorphism)の平行的 類似性が容易に成り立つため,入力となる統語構造が言語の違いを超えて画一的である程度に応じ て,思考の形式にも通言語的な共通性があることを予測するのである。
さらに,これが統語論中心主義の最大の長所となるが,統語部門の(音や意味に依存することな く)統語構造を独自に生成する能力は,言語の再帰性(recursiveness),より巨視的には言語の創 造性(creativity)を可能にする。Hauser et al.(2002)が論じるように,自然言語の最大の特徴 が再帰性であるとすると,それを可能にするのは,人間のみが言語能力の一部として有する統語論 であるとするのが自然であろう。そしてまた,上述と同様,この点からも意味や思考に関する重要 な事実が導出される。すなわち,再帰的に複雑な統語構造を生成することにより,それと連動し て,その構造を入力として解釈する意味部門においても準同形の複雑な意味構造の形成が可能にな り,言語を持つ人間のみが他の動物にはない複雑な思考能力を有することになる
(7)。
以上,統語論中心主義の文法構成 SA は,⑸にまとめる 3 点の長所がある。
⑸ SA の長所
1.理論の妥当性において求められる簡潔性,経済性,非余剰性を満たす。
2. 自律した統語部門独自の生成能力により,通言語的に画一的な文の統語構造を導出し,ま た,言語の再帰性,さらには創造性を可能にする。
3. 2 と連動して, 人間の思考形式の共通性や,複雑な意味構造の形成,すなわち複雑な思考 能力を可能にする。
他方,これら長所の背後には,特に意味部門に関わる重要な問題が少なくとも大きく二つ残され ている。
一つは,統語論中心主義そのものの問題ではなく,SA を標榜する生成言語学が抱える問題であ る。生成言語学研究では,著者が把握する限り,その初期から現在まで統語構造を入力として形成 される意味構造について,また,統語構造と意味構造の対応関係については具体的にほとんど触れ られておらず,閑却された課題となっている
(8)。研究プログラムにおける(少なくとも現状での)
方策であろうことは理解できるが,文の統語構造に対応する意味構造が具体的に示されない限り,
生成を担う統語部門と解釈する側に立つ意味部門の関係の是非を,実質的に検証することは当然で きない。これに関連する具体的疑問点として,例えば,そもそも統語部門において選択して参照さ れる語彙項目に付されている語彙意味的情報の扱いや,ミニマリストプログラムにおける概念・意 図体系(conceptual-intentional system)から計算体系(computational system)に課されるイン ターフェイス条件の実質が,不明瞭なままであることが挙げられる
(9)。
語彙意味的情報の扱いについては,かねてより指摘されていることではあるが,特に意味部門を
解釈部門とすることの是非に直接関わるため,その視点からあらためて概略を述べておく。これ
は,SA における辞書の位置付けと関わることであり,文の生成過程において語彙項目に付される
情報の所在と役割が不明瞭であるという疑問点である。統語部門において文の統語構造を生成する
際には,まず辞書から語彙項目を選択しその情報を参照する。このことは,特別な仮定を設けない 限り,それぞれの語彙項目に記載されている統語的情報に加えて,音韻的情報と意味的情報も合わ せて統語部門に入力されることを意味する。そして,それは厳密にはすなわち,自律的である統語 部門での統語構造生成の際に,統語的ではないこれらの情報にも依拠している可能性があり,さら に生成されて音韻部門と意味部門に出力される統語構造そのものも,これら音韻的情報と意味的情 報を含む可能性があることを帰結する。このことは非常に重要であり,統語部門の自律性や,それ と音韻部門および意味部門との関係を見極める上で,この点を過小評価してはならない。SA の主 張では,統語部門からの入力である統語構造を音韻部門と意味部門が専ら解釈することにより,音 韻構造と意味構造がそれぞれ形成されるが,その統語構造そのものが,本来であれば音韻部門と意 味部門それぞれに属されるべき音韻的情報と意味的情報を含み,純粋に統語的情報からのみ成る構 造であるとは限らないことに大いに注意する必要がある。殊に統語部門と意味部門の関係について は,「文の意味構造は,それを構成する語彙項目の意味的情報を基に統語構造に則して合成的に決 定される」とする趣旨の「合成の原則」(the principle of compositionality)を改めて確認すれば,
意味部門の自律性と生成能力を認めず,統語構造を解釈するだけで意味構造へと写像できるとする SA の主張には,統語構造の中に語彙レベルの意味的情報を含む可能性があるという点だけでも不 明瞭さが残る。このことをあらためて指摘しておく
(10)。
意味部門に関わるもう一つの重要な問題は,統語論中心主義の SA そのものが抱える経験的な問 題である。統語部門を唯一自律的な生成部門であるとし,意味部門はあくまでも自律的ではなく生 成能力が与えられない解釈部門と位置付ける SA であるが,経験的には,統語部門からの入力指示 を意味部門が解釈するだけは扱えない多様な言語事実が,これまでに指摘されている。これについ ては,並列主義である TPA の有力な長所となるため,次項にて扱う。
3.2.3 部門並列構成の検証
並列主義の TPA は,統語論中心主義に相対して,統語部門のみならず,音韻部門と意味部門も 等しく自律した部門として,それぞれに同等の生成能力を与え,文の生成の際には 3 構造が並列的 に構築され,互いに対応づけられる。Jackendoff は,この言語能力に関わる TPA の理論を,より 広範な一般認知能力全般についての心的理論の一部として位置づけており,それぞれ独自の構造を 生成する 3 部門が対応規則としてのインターフェイスを通じて連絡し合う並列主義の文法構成は,
その他の心的能力と共鳴する全く自然なものであるとする(Jackendoff 2017 参照)
(11)。
文法構成全体の中でも統語論と意味論の関係に焦点を当てよう。これについては,経験的観点か らの検証を重点的におこなうことにする。具体的には,意味部門における文の意味合成に関わる事 実の明示的記述について検討する。前項でも触れたが,以下で取り上げる一連の英語事実は,SA のように統語部門からの入力指示を意味部門が解釈するだけは適切な意味構造を合成的に形成する ことはできず,意味部門独自の生成能力により意味構造を構築することを示す有力な経験的事実で ある。それらを明示的に記述するためには,統語部門と同様に意味部門を自律的な生成部門として 位置付け,意味部門独自の生成能力を積極的に認める必要があり,この点で並列主義の TPA を経 験面から強く支持する根拠となる。
3.2.1.意味合成と意味部門の生成能力
2.1 節で確認したように,統語論中心主義の SA では,意味部門は自ら生成することなく,統語
部門から出力される統語構造を指示入力として解釈することにより意味構造を形成する。合成の原 則に従い,部分から全体へと意味合成を行うことで文の意味構造が形成されるという主張である。
その際の疑問として,3.1 節で述べたように,語彙項目に付される意味的情報の所在と役割が不明 瞭であるという点が残るが,それについてはここでは繰り返さない。いずれにしても,実質的に は,統語構造と比べてはるかに多様性に富む文の意味構造を,それを構成する語の意味的情報に全 く依拠することなく,統語構造からの写像により統語的な情報のみに基づき形成することは不可能 であり,文法構成において語彙項目の意味的情報の所在と役割を明示することは必須である。SA ではそれが未だ具体的に示されていないのが現状であるが,ここでは,仮にこの問題については不 問とし,意味部門において文の統語構造が入力され意味構造を形成する際,何らかのかたちで語彙 項目の意味的情報を参照することができると仮定しておく。他方,TPA では,3 部門全てが自律 的であり,注 4 でも言及したように,語彙項目も 3 部門にまたがる対応規則であるため,語彙項目 の情報は 3 部門にまたがって提示される。語彙項目の意味的情報は当然意味部門に属するので,意 味部門にて文の意味構造を生成する際には,問題なくその情報に依拠することができる。
以上の前置きを踏まえて,文の意味構造の形成に関わる経験的議論に進みたい。では,意味部門 における文の意味構造の形成は,意味部門の主体的な操作は特に必要とせず,合成の原則に従い,
単に文を構成する語彙項目の意味的情報と統語構造により合成的に決定されるとするだけで妥当で あろうか。結論から述べると,このような捉え方は大筋としては適切であるが,詳細について経験 的に検証するとこのままでは決して妥当とはいえない。文の意味構造を合成の原則により十全に形 成するには,さらに,統語部門に依拠しない意味部門独自の生成能力が必要なのである。
意味部門独自の生成能力を支持する経験的事実はこれまでに数多く観察されており,これについ ては TPA を掲げる Jackendoff 本人が,様々な英語事実を整理し,文の意味合成の一側面である複 雑合成(enriched composition)の観点から論じている。Jackendoff は,経験的見地から,文の意 味合成のあり方は基本的には単純合成(simple composition)であるが,それでは対応できない複 雑合成の場合があることを指摘している。単純合成とは意味合成についての従来の標準的な考え方 であり,簡潔に述べると,合成の原則を文字通り厳密に解釈し,句や文の意味構造が,それを構成 する語彙項目の意味的情報を統語構造に従い単純に結合させることによって決定されるという合成 のあり方である。他方,複雑合成とは,意味構造を合成する際,単に語彙項目の意味的情報を統語 構造に合わせて結合させるだけでは不十分であり,意味構造の適格性(well-formedness)や語用 論的情報を充足させるために,語彙項目の詳細な付随的意味情報に依拠したり,語彙項目によって 表されない意味を意味構造の中に形成する合成のあり方である。形式と意味の対応という点からと らえると,単純合成の場合は,統語構造と意味構造がおおよそ一致して対応するのに対し,複雑合 成の場合には,統語構造と意味構造の間に不一致がみられ,意味構造の側に統語構造からだけでは 導出できない意味が存在する。このように単純合成と複雑合成を区別した場合,意味部門独自の生 成能力を要し,その存在を特に支持するのは,統語構造から導出できない意味構造を形成する複雑 合成に属する一連の経験的事実である。次項では複雑合成の場合に焦点を当て,意味部門における 生成能力の必要性を確認する
(12)。
3.2.2.複雑合成:統語構造と意味構造の不一致
前項で述べたように,文の意味合成において複雑合成がなされる場合には,統語構造と意味構造
の間に不一致が生じ,意味構造の中に統語構造からは導出できない意味が存在する。Jackendoff
は,本人も言及するように,この複雑合成の考え方やその具体例となる事実の多くを Pustejovsky
(1995 他)に依拠している
(13)。複雑合成の事例は豊富に存在するが,本論では Jackendoff(1997,
2012)が示す事例と,さらに関連する Pustejovsky(1995)が扱う事例を合わせて整理して提示し,
幅広い経験的領域からみて意味部門の生成能力が必要であることを確認する。
多岐にわたる複雑合成の主要な事例を,形式と意味の対応の点から整理し,一覧するかたちで⑹ に示す。おおよその区別ではあるが,⑹の[1]は 意味構造に新たな意味が付加される事例であり,
[2]は意味構造に詳細な意味が含まれる事例である。
⑹ 複雑合成の事例(英語)
[1] 意味構造の一部に,語彙項目によって表されない意味が付加される事例 (各具体例の後に,付加されるおおよその意味を簡略表記する。)
a.アスペクト強制(aspectual coercion)
Joe jumped until the bell rang. (行為の「繰り返し」)
b.質量名詞から可算名詞への交替
I’ll have three coffees, please. (coffee の「有限化」)
cf. Count/Mass alternations(Pustejovsky 1995)
c.容器からその内容物への解釈の交替
The baby finished the bottle. (bottle の「内容物」)
cf. Container/Containee alternations(Pustejovsky 1995)
d.図から地への解釈の交替
Mary crawled through the window. (window の「すきま」)
cf. Figure/Ground Reversals(Pustejovsky 1995)
e.語用論的情報に依拠する指示の転移(reference transfer)
The ham sandwich in the corner wants some more coffee.(ham sandwich を「注文 した人」)
[2] 意味構造の中に,語彙項目の付随的な意味情報に基づく詳細な意味が含まれる事例 (各具体例の後に,意味構造に示される詳細な意味を簡略表記する。)
a.補部強制:補部名詞の付随的意味情報の付加
Mary enjoyed/began the novel. (novel の目的「~を読むこと」,または作成「~を書 くこと」)
Let’s leave after the coffee. (coffee の目的「~を飲むこと」)
cf. complement coercion(Pustejovsky 1995)
b.形容詞の選択束縛による名詞修飾:名詞の付随的意味情報に言及する詳細な修飾関係 a fast boat (boat の機能「進むスピードが速い」)
a fast typist(typist の行為「タイプを打つのが速い」)
a fast book(book の内容量「短い時間で読むことができる」)
cf. selective binding(Pustejovsky 1995)
c.形容詞の意味的主要部としての名詞修飾:統語的主要部との不一致 a fake gun (fake の実現に伴う意味的主要部「(銃の)偽物」)
d.状態変化動詞から創造動詞への交替
John baked the cake. (bake と cake の作成情報の連動による「~を作る」)
cf. John baked the potato.
cf. co-composition(Pustejovsky 1995)
e.生産物から生産者への解釈の交替
The newspaper fired its editor. (newspaper の「発行社」)
cf. Product/Producer alternations(Pustejovsky 1995)
f.植物から食物への解釈の交替
Mary ate a fig for lunch. (fig の「果実」)
cf. Plant/Food alternations(Pustejovsky 1995)
g.過程名詞から個体名詞への交替
The merger will produce cars. (merger の結果としての「合併会社」)
cf. Process/Result alternations(Pustejovsky 1995)
h.場所から人間への解釈の交替
New York kicked the mayor out of office. (New York の「市民」)
cf. Place/People alternations(Pustejovsky 1995)
cf. Jackendoff 1997: 53, 54, 60, 62, 64 Jackendoff 2012: 67
-69 cf. Pustejovsky 1995: 31, 44, 115, 122, 127, 231
⑹に示す 13 点の事例は,それぞれの具体例にて簡略に表記したように,いずれの場合も統語構 造からだけでは導出できない意味が存在している。本論にて個々の事例を取り上げ説明することは 控えるが,統語構造から導出できない以上,これらの意味は当然意味部門において独自に形成され るものであり,それはすなわち,意味部門が統語構造に依拠することなく,独自に意味構造を生成 する能力を有することを経験面から示すものである。
特に本論で強調するのは,多岐にわたるこのような意味部門の生成能力を必要とする複雑合成の
事例が示す多様性である。すなわち,複雑合成は文の意味合成において特殊な合成のあり方なので
は決してなく,幅広い意味の領域において一般的に観察されるものなのである。複雑合成が実際に
広く浸透しているという事実は,幅広い経験的領域から意味部門の生成能力を支持する強固な証拠 となる。本論では,この多様な経験的根拠をあらためて整理して確認することを一つの主眼とし て,意味部門は独自の主体的な生成能力を有することを主張する
(14)。文の意味構造を合成の原則 により十全に形成するためには,統語部門に依拠しない,意味部門独自の生成能力が必要なのであ る。⑴と⑵で示した部門の自律性という点から述べれば,それはすなわち,TPA と同じく,文法 構成において意味部門を自律的な生成部門として積極的に認めることになる。
以上のように,並列主義である TPA は,文法構成全体としては,3.1 節で指摘した統語論中心 主義 SA の長所 3 点⑸に対する見解は明示されていないものの,何よりも統語部門と意味部門の関 係に関わる一連の経験的事実の点から,⑺に示す長所がある。
⑺ TPA の長所
意味部門が自律的な生成部門であるため,その独自の主体的な生成能力により,統語構造 と意味構造の不一致の現象として幅広い領域で観察される,意味構造に統語構造からだけで は導出できない意味が存在するという経験的事実に対して,明示的な記述を与えることがで きる
(15)。
⑺は,統語部門と同様に意味部門を自律的な生成部門として位置付け,意味部門独自の生成能力 を積極的に認める並列主義の文法構成である TPA を,実際の言語事実に則した経験面から盤石に 支持する有力な長所である。
他方,⑹の複雑合成の一連の経験的事実は,統語論中心主義の SA にとっては大きな問題になる。
意味部門における文の意味構造の形成は,統語部門から出力される統語構造を解釈することに依拠 し,意味部門による主体的な生成操作は特に必要とせず,単に文を構成する語彙項目の意味的情報 と統語構造により合成的に決定されるのが SA の構想である。しかし,この構想では⑹の一連の事 実に対して明示的な記述を与えることはできない。
可能な構造が大枠としては狭く限定される統語構造に比べると,意味構造はそれよりもはるかに 多様である。だからこそ,その多様な意味を限られた構造で対応づけ,合成的に形成することを指 示する統語構造の役割があるとも言えるのだが,SA のように,統語部門の生成能力だけで意味構 造への指示を十全に提供することは,記述的妥当性の点からみて経験的に不可能なのである。意味 部門は単なる解釈部門ではなく,このように内容豊かな意味構造を生成することができる仕組みを 備えた自律的な生成部門であることが本質である。
4.文法構成の再考:代案に向けて
前節では,統語部門中心構成 SA と 3 部門並列構成 TPA のそれぞれについて,文法構成全体か
らの視点,そして特に意味合成の記述的明示性の点から対比的に検証し,それぞれの長所と短所を
整理した。意味合成に焦点を当てた経験的事実の確認では,広範に観察される複雑合成の事例に基
づき,TPA のように意味部門を自律的な生成部門として独自の生成能力を認めることの必要性を
説いた。これらの結果を踏まえると,二つの文法構成 SA と TPA それぞれの特に長所を取り込む
べく,代案となる文法構成について再考し,それを構築することは極めて有意義である。これにつ
いては場を改める必要があるが,以下にその方向性について,統語部門と意味部門の関係を中心に
本論の立場を簡潔に示すことにする。
まず,上述したように,本論の主眼である複雑合成に関わる経験的事実に対応するために,意味 部門は自律的な生成部門であり,独自の生成能力を有することが不可欠である。これは正しく TPA 本来の長所⑺であり,この点を重視すれば,統語論中心主義の SA ではなく,統語部門と意 味部門を全く対等に扱う並列主義の TPA をそのまま支持することになる。
他方,統語論中心主義 SA が有する 3 点の長所⑸も極めて重要である。その根幹は,述べるまで もなく統語部門の自律性と,意味部門に対して意味構造形成に指示を及ぼすその強力な生成能力で ある。この点を踏まえれば,統語部門が文法構成において主役的存在として機能することが必須に なる。統語論中心主義の文法観は,大筋としては適切であるといえよう。
これらの点を踏まえると,TPA と SA それぞれの長所を共存させる折衷的な文法構成の代案が 具体化する。統語部門と意味部門はそれぞれ自律的であり,独自の生成能力を有する。そして,両 部門の関係については,並列主義のように単なる対称的な対応関係ではなく,統語論中心主義同 様,統語部門から意味部門に対しては意味構造形成の指示を与えるという非対称的な関係になる。
筆者は,この非対称性をもたらす根源は,両部門の生成能力が及ぼす効力の大小,比喩的な述べ方 をすれば,生成能力の「強弱」の相違であるととらえ,この相違を文法構成の理論に取り込む必要 があると考える。⑻に代案としての文法構成が満たすべき特徴を示す。
⑻ 代案:文法構成の特徴
a. 統語部門と意味部門はそれぞれ自律的な生成部門であり,独自の生成能力を有する。
b. 統語部門の生成能力は意味部門のそれと比べてより強く,その効力は文法構成内における 文の生成全体にかかわる。統語部門は生成した統語構造を出力として意味部門に入力し,
意味構造形成の指示を与える。
⑻の特徴を反映させた統語部門と意味部門の関係は,概略⑼のように示される。
⑼ 代案:文法構成における統語部門と意味部門
(生成部門) (生成部門)
統語部門
統語構造 意味部門
意味構造
⑼の部門間を結ぶ非対称的な矢印は,情報の出入力関係について,TPA と同様,双方向対等な 対応関係を表すことに加え,SA と同じく,統語部門からは意味部門に対し意味構造形成の指示を 与えるという,より細やかな非対称的関係を示す
(16)。
以上が,代案となる文法構成の概要である。統語部門の強い生成能力による意味部門への指示を
基に,自律性を有する意味部門が独自の生成能力により適切な意味構造を構築するという,SA と
TPA を折衷させた文法構成である
(17)。この文法構成においては,現時点ではあくまでも原理的に
ではあるが,SA の長所 ⑸と TPA の長所 ⑺の両方を合わせ持つことが可能になる。
5.結 語
統語論中心主義と並列主義の文法構成について,特に統語論と意味論の関係に焦点を当て,それ ぞれの文法構成の確認と検証,そして経験的事実に基づく再考をおこなった。冒頭で触れたように この問題は長期に渡り論じられ続けているが,本小論の主眼は,今一度経験的事実の明示的記述の 重要性に立ち返り,その観点から検討する必要性があることを再確認することにある。
具体的には,文の意味合成に関わる重要な経験的事実として,複雑合成の広範囲に及ぶ多様な事 例を整理,確認することで意味部門独自の生成能力の必要性を説き,そして,統語部門の中心的役 割と意味部門の自律性および生成能力の両方を適切に認める折衷的代案としての文法構成の方向性 を示した。この背後にある文法観としては,同じく両主義の長所それぞれを取り込む統語部門中心 並列主義(syntactocentric parallelism)とでも称せられるものに立つことになる。この文法観に 基づく新たな文法構成の定式化については,機会を改めて論じることにする
(18)。
《注》
( 1 ) 生成文法と生成意味論の対立と論争,いわゆる「言語学戦争」(“the linguistic wars”)については,
その後の経緯や評価も含めて Harris(1993)と Huck and Goldsmith(1995)を参照。
( 2 ) 日本語訳語は大室(2017)に拠る。同書は概念意味論の基礎をわかりやすく概説している。なお,大 室(2017)が指摘するように,概念意味論を研究目標の共有という点等から生成文法の意味論と位置付 けることもできるが,その並列主義に基づく形式と意味の結びつき方についての考えは,広義の認知言 語学,特に構文文法のそれとも深く共鳴する(Jackendoff 1997,Culicover and Jackendoff 2005 参照)。
従って,本論では,概念意味論を生成言語学の統語論中心主義と対峙する並列主義の理論として捉え る。直近の Jackendoff による概念意味論の総括的概説,および生成言語学の統語論中心主義との批判 的比較については Jackendoff(2017)を参照されたい。
( 3 ) 1 点注記する。概念意味論では,言語の意味を概念の一部と捉えるため,正確には,言語の意味を表 示する構造は「意味構造」ではなく「概念構造」(conceptual structure)である。しかしながら,統語 論中心主義と並列主義を比較検討することを眼目とする本論では,この名称の違いはそれほど重要では ないため,比較を明瞭にするために「意味構造」として示す。
( 4 ) TPA では,辞書およびそれに登録される語彙項目も実質 3 部門にまたがる対応規則とみなす。また,
厳密には,例えば情報構造(information structure)などのある種の情報については,音韻構造と意味 構造が直接対応づけられる。Jackendoff(2002: 125
-132),Jackendoff and Audring(2020: 5
-13)他を 参照。
( 5 ) Chomsky(1995: 1)は,これらの要件を独立して妥当とみなせる概念的自然さ(conceptual natural- ness)として示している。
( 6 ) Chomsky(1966: 35)を参照。
( 7 ) 言語を介して複雑で豊かな意味や思考が可能になる点については,TPA を唱える Jackendoff も言及 している(Jackendoff 2017: note5 参照)。
( 8 ) Chomsky は最初の公刊書である Syntactic Structures にて,「意味論と統語論の関係は,独自の根拠 により統語構造が確定された後においてのみ,研究することができる」と論じる(Chomsky 1957:
17)。生成文法の意味論研究が閑却されている問題については,例えば,太田(1996: 4
-5)を参照。
( 9 ) 本論の文脈に照らすと,計算体系は統語部門に相当し,概念・意図体系は意味部門にほぼ相当する。
(10) Frege に端を発する合成の原則については,例えば,Partee et al.(1993),飯田(1987)を参照。
(11) また,Jackendoff は言語進化の観点からも考察しており,音韻部門と意味部門が統語部門よりも先に
発達したとの仮定に基づき,音韻部門と意味部門が生成能力を有する自律的部門であることは,進化の
過程からみても自然であるとの見解を示している(Jackendoff and Wittenberg 2017 参照)。
(12) 単純合成と複雑合成の詳細と関連事実については,Jackendoff(1997,2012)を参照。Jackendoff
(1997: 48
-49)に,単純合成と複雑合成それぞれについての特徴をまとめた記述が示されている。なお,
詳細には,単純合成の場合でも,例えば TPA では概念形成規則(conceptual formation rules)が重要 な役割を果たすように,合成の前提となる適格な意味構造を規定し形成するために意味部門独自の生成 能力を必要とする。述べるまでもなく,形式意味論の研究領域でも同じ立場に立つ。この点については 別機会に扱うことにする。
(13) Jackendoff による複雑合成に関わる Pustejovsky(1995 他)への言及については,例えば,Jackend- off(1997: 49)を参照。実際,Pustejovsky(1995)は複雑合成という述べ方はしないものの,複雑合 成に類する興味深い事実を多数指摘している。Pustejovsky によるそれらの事実の扱いについては本論 では触れないが,語に含まれる詳細な意味情報とそれに対する意味操作に基づく生成的な語彙理論を展 開し,その枠組での分析を提示している。
(14) 紙幅の都合上,(16)に示した複雑合成の個々の事例については,適宜別機会にて扱う。なお,[1]d および [2]a, b, d, e, g の事例については,大室(2019)が意味論の自律性を主張するべく,形式と意 味の不一致という視点から丁寧に紹介している。
(15) 統語構造と意味構造の不一致という点でより一般的に取り扱われるものとして,特定の形式と意味の 対応を規定する文法的構築物である構文(construction)がある。これについては,これまで幾度とな く繰り返されてきた議論を踏まえ精緻な検討を要するため,本論では指摘するに留める。
(16) 統語部門と意味部門の間の双方向的かつ非対称的関係は,統語論の中心的役割を想定しながらも,言 語現象に対する意味や機能の側からの説明を重要視する意味・機能的アプローチに立脚する研究の一部 と共鳴する。また,Wakefield and Wilkins(2007)は,神経生物学の領域において,このような双方 向・非対称的関係の存在を解剖学および機能的観点から支持している。
(17) 意味部門の自律性について言及しておく。代案の文法構成では,意味部門は統語部門からの指示を受 けることを必須の前提として,独自の「弱い」生成能力により意味構造を形成する。この点で意味部門 の自律性は,⑴および⑵で示した部門の自律性の記述と特徴を一部満たすものの,全てを完全に充足す るものではない。すなわち,「全面的な」自律性ではなく,「部分的・準自律」と位置付けられる自律性 である。この自律性の下位類化については,別途定式化する必要がある。
(18) 統語部門と音韻部門の関係については本稿では扱わないが,筆者の見解は,概念意味論の従来の議論 および主張も加味して,これらの部門間の関係も⑼に示す統語部門と意味部門の関係と同様であると考 える。この見解が適切であれば,統語部門の強い生成能力に基づく意味・音韻両部門への指示を基軸と しながらも,両部門も自律した生成部門として独自の生成能力を持つ「統語部門中心 3 部門並列構成」
(syntactocentric tripartite parallel architecture,STPA)と称せられるべき,正に SA と TPA を全体 的に折衷させた文法構成を構築することになる。
参考文献