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天皇制の深層(3)「タマ」と「カミ」の接合の方法 論・触媒としての「わざ」

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著者 長山 恵一

出版者 法政大学現代福祉学部現代福祉研究編集委員会

雑誌名 現代福祉研究

巻 7

ページ 75‑160

発行年 2007‑03‑31

URL http://doi.org/10.15002/00003016

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『天皇制の深層(3)』―「タマ」と「カミ」の接合の 方法論・触媒としての「わざ」

長 山 恵 一

ここまで、筆者は歴史学、民俗学、宗教学、言語学、深層心理学(精神療法)などの諸領域にお いて、タマとカミ(カラ)がいかなる関係にあるのかを論じてきた。タマは生命エネルギーとして の「魂」であり、私的な体験過程の側面を表し、一方、カミは質差を伴った外部性(他者性)や超 越性、公性、権威性といった事象とかかわっている。タマとカミは<私/公><内部/外部><自 然/文化>など相反する特性を有しながら、互いに切り離せない関係にある。タマは本来的に生命 や死霊といった個別人格性と関連するのに対して、カミは超越的な自然エネルギーにかかわる自然 神(霊威神)に由来し、そこには本来、タマのような人格性は伴わない。タマとカミが深くかかわ り一つに接合するプロセスとは、<カミの擬人化/タマの脱人格化>の過程であり、精神療法的に 言えば父性と母性の結合を介した<新たな子=新たな自分>の再生体験に他ならない。それは内的 体験としては、まさに死と再生であり、対象喪失・抑うつ的態勢、超自我の修正のプロセスである。

それは外部の治療構造(カラ・殻)とのかかわりで言えば、構造が受肉化するプロセスであり、体 験主体の依存攻撃的エネルギーの発露と構造の“生き残り”が相俟って外在性の質(外部性・カ ミ)が生み出される自己超越の経験相である。こうしたタマとカミの接合過程は依存攻撃的な破壊 のエネルギー(日本語で言えば「うらみ」「祟り」のエネルギー)が創造的な役割を果たすという パラドキシカルな出来事である。タマとカミの双方にかかわり、破壊のエネルギーを創造のエネル ギーに転換するのが「わざの知」である。精神療法のターニングポイントにおいては、構造と体験 過程は不可分一体化しており、作為と自然な内発的生成は別々に切り離せない。作為/非作為の錯 綜した只中にあって、自然な内発的生成を効果的に現成させ、触媒として働くのが熟練と経験の智 慧に基く「わざ」であり、それは本質的に両義的で状況依存的な身体「知」に属する。

タマとカミにかかわる<死と再生>の深層心理学は、祭りの祭儀・祭礼やハレ・ケ・ケガレと いった民俗学の根幹にかかわってくる。精神療法とは、いわば現代的なタマフリの「わざ」に他な らず、内観法などは、まさに個人的なタマフリにかかわる「伝統芸能」と言ってよいだろう。後に

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詳しく述べるが、最も典型的な「わざ」は、神まつり・神あそびに直接かかわる芸能であり、それ は「まつりごと」や「タマフリ」と深くかかわり、天皇制を読み解く鍵となる。

(1)天皇と文化芸能としての「わざ」

「わざ」の細かい検証に入る前に、これまで天皇と「わざ」についてどんなことが言われてきた のか、思いつくままにいくつか挙げてみよう。

「ワザの民」と天皇の関係については、歴史学の分野で網野善彦のいわゆる網野史学が有名であ る。網野(1984、1990)は中世の非農業民(芸能・手工業・漁労等を生業とする人)が天皇と結び つき、在地の権力者に束縛されない自由な活動を保証されていた様相を大胆に描き出している。網 野は日本=稲作農業国という固定観念の染み付いた日本観を覆す意欲的な仕事で知られているが、

彼の醍醐味はいわば「ワザの民」と天皇の結びつきを中世前期を舞台に歴史的に証明して見せたと ころにある。ワザを技術・作為という意味で理解すれば、農業にも農業生産のワザがあり、それは 必ずしも非農業民の専売特許ではない。生産技術に自然の恵みが加わって農業も漁労もはじめて豊 かな収穫がもたらされる点は共通している。つまり、農業と漁労は生産技術と言う作為の側面があ るにせよ、得られる成果は天候などの自然の偶然性に左右される部分が多い。ところが、手工業に なると様相が違ってくる。手工業は材料がどれほど手に入るかの点で自然の恵みの偶然性はあるに せよ、手工業製品は意思的に巧妙な技術(ワザ)を使い製品を創り出す点で、生産技術(作為性)

がダイレクトに製品(成果)に反映される。

現代ではワザは一般に技術の意味合いで使われるが、ワザの原義は技術ではなく、深く隠された 神意の顕現、あるいは神意の現われる「通路」を意味しており、それは本来的に「カミワザ(神 業・神技)」「ワザハヒ(災い)」であった。詳しくは後に言及するが、ワザは不定・不可視なる絶 対者との遭遇という非日常的な超越的経験相と深くかかわっている。芸能や遊びはそもそも神遊び に由来することはよく知られているが、それは日常を超えた非日常性が大きな特徴である。芸能

(者)はカミとの出会いという非日常性と深くかかわるために、一方では聖性・尊貴性・畏怖性を 帯びて語られ、同時に他方では差別性・穢れと結びつく点が多くの学問領域で指摘されている。ワ ザが、カミ・超越・非日常性と深くかかわることからすれば、「ワザの民」の典型は芸能者だと言 える。中世の芸能者は天皇と結びつき、みずからの技芸集団の始祖を天皇家と重ね合わせて権威付 けし、諸国を往来する自由通行の権利を手にしていたことは網野(1984)の研究に詳しい。天皇と 芸能・技芸の深いかかわりは中世に限定されない。歴代天皇は今に至るまで学問や和歌・音楽など の技芸をたしなみ、学問や技芸の象徴的な権威として文化の中心であり続けてきた。所功(1996)

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も言うように、天皇は神事を祀る宗教的権威であるとともに、学問・文化の正統の中心に位置して きた。平たく言えば、天皇(皇室)は政治権力や宗教的権威が地に落ちた戦国時代~江戸時代にお いてすら、文化的正統のカリスマであり、「みやび」な「文化ブランド」として象徴的に機能して きた。三島由紀夫(1967)が天皇を「みやび」の源流、日本文化の全体性を残りなく示現する「文 化概念」として理解したことはあまりに有名である。皇室の「ブランド力」は戦後大衆にも強い影 響力を持ち、猪瀬直樹(1986)は戦後に生活水準が向上・洋風化される中で、西武グループの創設 者、堤康次郎が軽井沢やプリンスホテルを洋風化された民主主義的天皇家という「皇室ブランド」

と巧妙に結びつけ、最大限に活用することで大衆消費社会の帝王として君臨していった様子を見事 に描き出している。

ワザはカミと深くかかわるだけでなく、芸能・技芸など日本文化の本質部分(言い換えれば日本 人の思惟様式の根幹部分)を構成し、個人的な民衆の深層心理から、村の祭り・祀り、さらには国 家としての「まつり(ごと)・大嘗祭」までそれは貫いている。天皇(制)から政治性を最大限脱 色したとして、後に残るのは宗教的権威と文化的正統としての天皇であり、その両者に「ワザ」は かかわっている。日本人の知のあり様、思惟様式には「ワザの知」が関係しており、個人の深層経 験として「ワザの知」がどんな特性を有しているのかを理解することは天皇の宗教的権威・文化的 正統の相互関係と内実を知るためには欠かせない。

和辻哲郎(1943)は日本のカミを不定なる絶対者、絶対者の顕現する「通路」として捉え、深く 考察したが、そこでは神聖性の「通路」が天皇に狭く限定されてしまうという致命的な傾向と論理 破綻が存在することが諸家から指摘されている(賴住1988、近代日本思想研究会2003)。和辻天皇 論がそうした隘路・自己撞着に陥ってしまったわけは「ワザの知」の特性を理解するとより深く了 解できる。「ワザ」は不定・不可視な絶対者の現れ出る「通路」であり、絶対者に具体的可視的な 形を与えるという機能がある。こうした「ワザ」の機能は国家権力という不可視な公性をいかに具 体的可視的に見せるかと言う多木浩二(1988)、原武史(2001)の天皇論にも通じるテーゼであり、

それはまた、宗教学の巨人、エリアーデ(1957)が宗教の普遍性として提唱したヒエロファニー

(聖体示現)にも直結する事態である。

「ワザ」は私的情緒的感覚(タマ・タマフリ)と公的宗教政治的制度(カミ)を結びつける機能 を持つことで次ぎのような諸家の天皇論とも深くかかわる。天皇制における公と私のかかわりを国 学、文学、歌論などの私的主情主義と神道の関係で論じた松本三之助(1969)の天皇論、また「天 子」「天皇」という言葉を鍵に庶民の日常感覚に流れ続けてきた宗教的権威の肉体化としての「天 子」、つまり制度や機構を超える心の問題としての天子的機能(=カリスマ)がいかに制度として の天皇に取り込まれ、明治の天皇制が設計されていったかを論証した飛鳥井雅道(1989)の天皇論、

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さらには天皇が国家の象徴であることを鍵に、象徴を原義に即して“無形で不可視の理念的存在に 形を与えることで可視的存在にするものと解して”捉え、そこから切実な自己理解としての「来 歴」がつむぎ出され、個人が自らの「来歴」を国家のあり方と重ねあわせる様相を論じた坂本多加 雄(1995)の天皇論などである。

「わざの民」と天皇の結びつきを中世前期を舞台に非農業民・芸能者・無縁・公界、といった切 り口から分析し、これまでのステレオタイプな常民・農業民の歴史観に根本的な見直しを迫った網 野史学の価値は極めて大きい。しかし、網野史学には「わざ」体験の特性そのものにかかわる分析 が乏しいので、その論調にはどうしてもイデオロギッシュな臭いが強く滲み出てしまう。こうした 違和感は山折哲郎も語るところであり、山折は網野史学の価値を十分認めつつも、以下のようにそ の点に言及している。

“網野によれば、中世前期までは、無主の山野河海および交通路に対する支配権を天皇が掌握し ていたという。当時の遍歴民たちはその「聖なる」天皇の直属民として諸国往反の自由を公認され ていたからだ。このよく知られた網野の第一テーゼは、しかし同時に、天皇という名の専制によっ て包囲されつづけてきた日本国家、という重苦しい第二テーゼと重複しつつ対抗していることに注 意しよう。その対立と緊張のあいだには、一挙には埋めがたい途方もない闇がかくされているであ ろう。この第一テーゼと第二テーゼのあいだに横たわる深い亀裂と断絶のなかに、おそらく国家と いうものの不可思議な魔力が潜んでいるのである。のりこえられるべき国家というものの巨大なエ ネルギーが封じこまれているのである。

そしてこの不思議な魔力と巨大なエネルギーを撃つためには、網野のいう「中世前期」はほとん ど有効な思想武器にはなりえないだろうと私は思う。「中世前期」というアンチテーゼの「典型」

をもってしては、「国家」という巨大なテーゼをのりこえる構想を打ちだすことは困難であるから だ。その歴史的な「典型」を「国家」を乗り越えるための思想武器に鍛えあげるためには、おそら く網野善彦がその歴史学者の境涯から身を翻して思想家へと転身をとげることが必要だったのかも しれない。”(山折2004、174-175頁)

「ワザ」は山口昌男(1976)の天皇論とも微妙な形で関連している。山折哲雄(1990)・吉本隆明

(1989)の両者は、山口の天皇制論が文化人類学的手法によって、天皇制を王権論一般の中に還元 してしまった旨の批判を述べている。赤坂憲雄(1988)は山口の天皇論の重要な論考(「天皇制の 象徴的空間」(山口1976))について、それが文化人類学的な方法論をベースにしながらも、渡辺保

(1974)の芸能論(歌舞伎論)にぴったり身を寄り添わせる形となっており、どこまでが山口の考

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えで、どこまでが渡辺の芸能論なのか分からないほどであるといみじくも述べている。これは筆者 流に言えば、「わざ」を抜きに内的体験としての天皇制は語れないからであり、山口は文化人類学 的な考察で抜け落ちた「それ」を渡辺の歌舞伎論-芸能論-で補おうとしたからに他ならない。

「ワザ」体験の内的意味合いを社会歴史的な出来事と結びつけて論じることは、天皇制が現代の民 衆の心性にいかに根付いているかの回路を知ることであり、何故、天皇が国家の統治原理たりうる かを知るキーポイントとなる。つまり、そこは内的体験(哲学・倫理・深層心理)としての天皇と 社会・歴史的存在としての天皇が出会う場所であり、比較精神療法学者としての筆者が、精緻な

「ワザ」の体系を持つ「日本的」精神療法-内観法の臨床・理論化の経験から、宗教、哲学、思想 史、歴史学、文化人類学、社会学に拡がる天皇制を「内的体験」として捉え直す立ち位置ともなっ ている。本稿の目的は「ワザ」の思惟様式を考察し、公的象徴・文化・宗教的権威がいかにして個 人の深層心理に滑り込んでいくか、その「からくり」を解き明かすことにある。

(2)ワザの原義

(Ⅰ)カミワザとしての「ワザ」

「わざ(行・業・態・技)」という日本語は今では一般に技術の意味合いで使われるが、『広辞 苑』によれば「わざ」の第一義はそもそも(ⅰ)神意のこめられた行為、深い意味のある行為。で ある。「わざ」の他の意味を列挙すると(ⅱ)すること。しわざ。おこない。行為。(ⅲ)つとめと してすること。職としてすること。しごと。職業。(ⅳ)しかた。方法。技術。芸。(ⅴ)仏事。法 事。(ⅵ)子を産むこと。お産。(ⅶ)こと。ありさま。次第。(ⅷ)わざわい。たたり。(ⅸ)武 道・相撲などで相手にしかける一定の型の動作。となる。

最も詳細な国語辞典である『日本国語大辞典』の「わざ」記述も広辞苑のそれとほぼ重なる。

(ⅰ)深い意味や、重大な意図をもつ行為や行事。(ⅱ)意識的に何事かをすること。また、その行 為。しわざ。おこない。(ⅲ)仏事。法要。(ⅳ)習慣化した行為で、目的をもつもの。仕事。つと め。職業。(ⅴ)できごと。事柄。物事のもつ深い事情や状態、次第などを問題にしていう。(ⅵ)

技芸。技術。手段。腕前。(ⅶ)特に、相撲・柔道・剣道などで、勝敗を決める一定の型をもった 技術、技法。(ⅷ)わざわい。たたり。害。

「わざ」は単なる技術・手段を意味する語ではなく、本来的に「わざわい」と同様、カミのしわ ざ(仕業)を意味することを多くの辞典は指摘している。例えば、『字訓』は「わざはひ」の項目 で“神意として深く隠されているものが、そのしるしとしてあらわれるものを「わざ」といい、

「わざはひ」という。「はひ」は「幸(さき)はひ」「賑(にぎ)はひ」と同じく、その作用として

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機能することをいう。”と述べている。『日本国語大辞典』においても、「わざわい」の項には“「わ ざ」は神のしわざの意、「わい」は「さきわい(幸)」などの「わい」と同じ。悪い結果をもたらす 神のしわざの意から。”と記されている。さらに語源について最も詳しい『日本語源大辞典』には 八つの説が紹介されているが、1 ~ 3 番目に上げられた以下の三つの説がよく知られており、また 内容的にも妥当であろう。(ⅰ)もと、神のふりごとの意。それが精霊にあたる側の身ぶりに転用 されたもの<国文学の発生=折口信夫>。こめられている神意をいうのが原義で、ワザハヒ

(災)・ワザヲキ(俳優)のワザに同じ<岩波古語辞典>。(ⅱ)ワザワヒ(禍)の転用。曲之霊が 禍を為すというところからか<国語の語根とその分類=大島正健>。(ⅲ)「態」の転用でシワサ

(為態)の意から<日本古語大辞典=松岡静雄・日本語源=賀茂百樹>

不可視で不定なる絶対者-カミ-は祭祀という「通路」を通してこの世に招かれ、仮の姿として 顕現するが、カミそのものはあくまで神聖性の母胎・背景としてとどまり、対象化されることがな い、という和辻の宗教論・天皇論(1943)は、そのまま「ワザ」の本質と重なる。「わざ」の原義 である「神意として深く隠されているものが、そのしるしとしてあらわれるもの」を筆者はこれ以 降、「ワザ」と表記し、一般的な技術・手段・方法を指す場合は「わざ(技)」、双方を含めて指す 場合は「わざ」と表記することにしたい。

古代文学から「わざ」を論じた増井元(1977)や芸能論から「わざ」を論じた工藤隆(1977)の 論考を見ると、「わざ」がいかに両義的な出来事であるかが分かる。

増井は記紀や風土記といった上代の文献を検証して、そこから「わざ」の本質を以下のように論 じている。彼によれば記紀を初めとする上代の文献には、既に「わざ」単独でその根源的語義を直 接に示すような好例は見当たらないという。しかし、そのことは「わざ」の原義を曖昧にするもの ではなく、「わざ」の語の多くの用例や、「わざはひ」「わざをき」「ことわざ」「わざうた」など

「わざ」から派生したいくつかの語は、その語義が元来「広く神意に由来する超自然的な行為や現 象」を指していたと捉えることで統一的に理解し得るという。現代語としての「わざ」は、祟りな どを表わす限られた場面を除けば、おおむね(身体的)行為・技術を意味するが、本来は「神の行 為」「神意の隠された事象」として、人間の日常生活の側から隔絶したものとしてあった。

さらに増井は「わざ」には「わざはひ」「わざうた」に示されるようにそれ自体の内に既に災禍 の意味が含まれており、そもそも「わざはひ」は「わざ+はふ」であり、「はふ」は蔓延・普遍な どの意味を含む語であるとして、「わざ」自体が得体の知れない災禍を意味する様子が窺えるとし ている。これとは逆に「わざ」には、「わざをき(俳優・倡優)」「ことわざ」に見られるように幸 いを招き寄せる者(わざ+をき(招く))やそれを正しく解釈することで幸運をもたらす(ことわ ざ)という用例から、好ましいプラスの側面も有していることが分かるという。増井はこうした相

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反する「わざ」について、“結論的に言えば、「わざ」はその観念の源においては災なるものも、福 なるものも共に含んでいた。それが人間の手にはどうにもならない神意による事象であるが故に、

人間の畏怖と尊敬の対象だったのである”と述べている。また上代文献に既に見られる仕事・職業 の意味に解し得る「わざ」にしても、それは“容易に習得できないような、とくに生産の面で大き な価値をもつ重要な技術であったはずである”とも述べている。

増井によれば「わざ」は本来的に「神わざ」であり、背後にカミを想定し、そこに起因させるこ とで了解し得る非日常的・非合理な畏怖すべき事象を、不可知な暗黒・混沌の世界の出来事として そのままに、非「わざ」=合理の側から「わざ」と呼称したものである。つまり「わざ」は他の通 常の概念のように、“混沌の中から新たに明確化してとり出した物事に肯定的に命名するのではな く、反対に、混沌の世界の方を不可知の領域として観念し”“不可知な事象を不可知なものという 枠におし込めることで、他の一切を合理化するという方法である”。最後の記述は一見、理解しず らいが、実に重要で、わざが本来的に対象化・限定化できないものーカミーを合理の側から「わ ざ」と名付け、限定するという矛盾に満ちた行為であることを示している。

増井の「わざ」理解を受け、上代・古代の芸能の領域を素材に「わざ」の様相をさらに詳しく論 じたのが工藤隆である。工藤(1981)は上代・古代の始原的芸能のあり様を「原タマフリ」と呼び、

「わざ」や「タマフリ」を天岩戸伝説などを手がかりに読み解いている。彼はまず「わざ」を以下 のように定義することから始めている。

“たとえば、異形であること、鉄を鋳造する技術、人並みはずれて秀れた跳躍力、雷、こういっ た普通でないもの、人間の理解を超えたもの全体を<わざ>(これが筆者のワザに相当する:著者 注)と称したのであり、要するに<わざ>とは“神威的なものの人間界での現われ”だとしていい。

これらの<わざ>を背景づけていた神威的なものの観念が希薄化して行ったとき、<わざ>は、単 なる技術・能力・行為(以下、わざと総称する)といった意味合いのものへとその領域を狭めて 行ったのであろう。また、神威的なものとは、人に幸をもたらすものであると同時に、遇し方を誤 れば神罰という形で様々な災禍を課して来るという二面的存在であるわけであり、この災禍の面が 際立ったとき、「わざはひ」のわざ(以下“わざ”とする)も生まれたのであろう。従って、「わざ はひ」の“わざ”は、<わざ>からわざへの中間過程を示すものとしていい。<わざ>→“わざ”

→わざ、という推移を想定していいかと思う。”(工藤1981、66頁)

工藤は天岩戸の説話の中で俳優(わざをき)が憑依して「かむがかる」様相を<わざ>として捉 え、次ぎのように原タマフリ体験やわざの構造を述べている。

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“原タマフリは、演者(たち)が歌舞などのわざを演じる中で「かむがかり」し(非日常的な精 神状態にはいり)、日常を超えた諸行動を行ない、見物の側もそれを見ていることによって内的に 高まり、かくして生命力が世界を満たすという構造を持っていた。この「かみがかり」という<わ ざ>を招き寄せるための<わざをき>として、演者は歌舞などのわざを行なうのである。つまり原 タマフリは、<わざをき>のためのわざと、それによって招き寄せられた「かみがかり」という

<わざ>と、この二つの「わざ」なしには成立し得ないことになる。

これを劇的世界の問題としてとらえ直せば次ぎのようになるであろう。演者はまず、自己を非日 常的な精神状態へと追い込むためのわざを持たねばならない。しかし、最終的な目標はその先にあ る。そうやって非日常的な精神状態へと到達することで、日常を超えたわざ(<わざ>に対応す る)を行なわなければならない。この二種類のわざをみることによって、観客の側も日常を越えた 精神状態へはいる。そして<タマフリ>が完成される。

すなわち整理すれば、劇的世界におけるわざとは、基本的には<わざをき>のためのわざと、

「かみがかり」にあたる<わざ>そのものと、この二つからなる、とすることができる。(工藤1981、 70-71頁)”

増田、工藤の「わざ」の論考をみると、「わざ」という事象が有限に限定された人間側の作為や 意図・日常性(わざをき(俳優)が行うわざ)と本来的に統御、作為できない無限定で自然(おの ずから)な、非日常的な絶対者-カミ-が同時に現成する(カミワザ)矛盾した事態であることが わかる。つまり、「わざ」は無限定で統御不能な神的事象(=ワザ)を限定されたモノや行為(コ ト)の中に宿らせ、あるいは顕現させる<作為/不作為>であり、その種の矛盾した出来事は宗教 学で言うヒエロファニー(聖体示現)そのものであり、天皇制とのかかわりで言えば中村の「始原 の祀り-祟り神」と「制度としての祀り-守り神」の関係につながる。精神療法的に言えば治療の ターニングポイントに見られる治療構造と体験過程のダイナミズム-依存攻撃(怨み)のエネル ギーと“生き残り”を介した外部性の創出、死と再生の内発的生成体験-であり、それは力動的精 神療法の核心をなしている。そうした両義的な「わざ」のあり様を折口は日本語の語源として、

“もと、神のふりごとの意。それが精霊にあたる側の身ぶりに転用されたもの”と理解したのであ ろう。

ワザは工藤が言うように「神がかり」そのものであって、それは「カミダーリ」「ターリー」と してのタタリである。超越的始原的な上記の経験相を体験主体・体験過程の側からみればタタリ-

突如、無から有が内発的に“おのずから”出現する位相転換-であり、そのタタリを実現させる

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「通路」、あるいは「方法」「構造」から同じ出来事を見れば「わざ」となる。

ヒエロファニー(聖体示現)については次節で述べるとして、「わざ」と「こと」の関係、「わ ざ」と作為性・意図性のかかわりについてさらに考察してみよう。

「わざ」の辞書的な定義やこれまでの「わざ」の議論から、「わざ」にはいくつかの重要な特性が 含まれていることが分かる。まず、第一に「わざ」は原義として、①「神威(神意)の顕現、カミ の仕業、神業」だが、本来、無限(無限定)・不定・普遍であるカミを、人間の世界(有限)に一 つの形相として顕現させるために、②「一定の様式・型を有する方法や手段を介して「カミ」を限 局化して扱う方法論的な特殊化・具体化」の側面があり、さらにはカミの神意・神業は本来的に統 御不能だが、人間界にそれを顕現させる方法・手段としては、③「人間の側の意図・意識的作為」

の要素が不可避に含まれる。

(Ⅱ)「こと」としての「わざ」

「一定の様式・型を有する方法や手段を介して「カミ」を限局化して扱う方法論的な特殊化・具 体化」という「わざ」の特性は、上記の辞書の定義にもあるように「こと」と関係する。「こと」

は「もの」と対置される極めて重要な日本語で、これを整理するだけでも一書が必要なほど重大な 言語・哲学的テーマである。

「こと」には、人間社会において生じる出来事や人間の行為・しわざを意味する「事」と、口で 言う言葉としての「言・辞」の二つがあり、これらは奈良時代以前には区別されることなく、未分 化なまま使われていた。平安時代以降、言葉の意の「こと」にはコトノハ、コトバが多く用いられ るようになったとされる。例えば、辞書を引けば、“古く、「こと」は「言(こと)」をも「事(こ と)」をも表すとされるが、これは一語に両義があるということではなく、「事」は「言」に表れた ときに初めて知覚されるという古代人的発想に基づくもの。”『日本語源大辞典』。“古代社会では口 に出したコト(言)は、そのままコト(事実・事柄)を意味したし、またコト(出来事・行為)は、

そのままコト(言)として表現されると信じられていた。それで、言と事とは未分化で、両方とも コトという一つの単語で把握された。”『岩波古語辞典(机上版)』などとある。つまり、言と事の 近縁性は、言葉を口に出して言うと、それがそのまま事実となって実現すると考えた古代人の言霊 信仰(例えば言挙げ(コトアゲ)など)に深くかかわっている。しかし、注意せねばならないのは、

言霊信仰では、すべての発語(行為)にそうした霊力があると見なされたわけではないことである。

古橋信孝(2003)は天皇の公的な言葉として和語で書かれた文章(宣命)と和歌を論じる中で、言 霊信仰に言及している。宣命は和歌と同様、発語・口伝されることを前提に特定の様式をもって書 かれている。それは和歌も宣命も一定の様式を持って発語される声に呪的な力あると考えられてい

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たからであるという。古橋は“声の言葉の呪的力、「言霊」は特別な言い方によってこそあらわさ れるのであって、一般的な言葉にあるわけではない。神への祈願詞にも一定の様式がある。その様 式が声の力や言霊を発揮させるのだ。”といみじくも述べている。言語・発語行為であれ、非言語 的な身体的行為であれ、様式化され一定の型を有した行為が、周囲の自然や他の人間に影響を及ぼ し、物事を実現する力があるとする呪的な考え方は上記の「わざ」としての「こと」、言と事の密 接な関係に色濃く反映されている。しかし、それは単に古代人の言霊信仰や呪術的態度で片付けら れる問題ではない。型として構造化された一連の行為や言語・発語行為が物事を実現させる力(影 響力)をもつのは、精神療法の構造・技法の本質であり、広くそれは「わざの知」とも関連してい る。概念としての知-認知科学的用語で言えば宣言的知識-とは違い、「わざの知(認知科学的用 語で言えば手続的知識)」は特定の状況や環境の中で物事をいかに効率的に扱い、課題を実現する

かという HOW TO のスキルにかかわる「知」の様式である。どの程度、それが効果的か合理的か

を別にすれば、呪術的思考と「わざの知」はそれほど隔たったものではない。そうした意味では

「わざ」としての「こと」が言霊信仰とかかわる事・言にかかわるのはそれほど不思議ではない。

「こと」の意味内容は極めて多岐にわたるが、「もの」と対置されて一般的に次ぎのように定義さ れている(『岩波古語辞典(机上版)』)。“こと(事)は、人と人、人と物とのかかわり合いによっ て、時間的に展開・進展する出来事、事件などを言う。”一方、もの(物・者)は“形があって手 に触れることのできる物体をはじめとして、広く出来事一般までも、人間が対象として感知・認識 しうるものすべて。コトが時間の経過とともに進行する行為をいうのが原義であるのに対して、モ ノは推移変動の観念を含まない。むしろ、変動のない対象の意から転じて、既定の事実、避けがた いさだめ、不変の慣習・法則の意を表す。また、恐怖の対象や、口に直接のぼせることをはばかる 事柄などを個個に直接指すことを避けて、漠然とした一般的存在として把握し表現するのに広く用 いられた。人間をモノと表現するのは、対象となる人間をヒト(人)以下の一つの物体から蔑視し た場合から始まっている”。さらに『日本国語大辞典』では“「もの」が物体・事柄など、それ自体 をいうのに対して、「こと」はそのはたらき、性質、関連などを表すのに用いる”。“ふつう、「も の」が、形を備えた物体、この世に生起するあらゆる現象のもとになる持続的な存在をいうのに対 し、「こと」は、その「もの」の働きや性質・状態、変化の過程、「もの」と「もの」との関係など をとらえる語とされるが、実際には、ある対象を「もの」ととらえるか「こと」ととらえるかは、

話し手の対象へ対し方によって揺れがあり、必ずしも固定したものではない。”とある。

折口は「もの」を「もののけ」の「もの」と同じく、霊魂や精霊の意味で理解したことはよく知 られている。しかし、それについては廣松渉(1979)の次ぎのような見解が妥当ではないかと筆者 は考える。“日本語「もの」が万葉集や古事記において、母能、慕能、毛乃などと音写されている

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ほか、意味を勘案して「鬼(もの)」「魂(もの)」などの文字を当てられていることは周知の通り である。しかし、このことから直ちに、元来の日本語「もの」に万有霊魂論的(アニミズム)な世 界了解のもとで霊的な存在を表意するのが本義であったと速断することは禁物であろう。現に万葉 記紀においても「物」の字があてられている用例が見られるのであって、仮令(たとえ)アニミス ティックな了解がこめられていたにせよ、ともあれ旧くから、天地間の万物・森羅万象が「もの」

と呼ばれ得たことが窺える。”

「もの」は個別的な物体を指す語ではなく、より広く森羅万象の不可変的な普遍存在性・原基性 を指し示す日本語である。加えて「もの」は対象として覚知可能な存在と言う意味で、<霊的なも の>から<物質的なもの>まで含む包括的な語であると言える。

筆者なりに大雑把に整理すれば、「もの」の欠くことのできない特性は「包括的な一般性」と

「不可変持続的な存在性」の二つの要件ではなかろうか(後者については大野2006、50頁参照)。一 般性が「もの」であり、特殊性・特異性が「こと」であるという対比を強調して、「もの」「こと」

を理解するのが白川静である。彼の辞書『字訓』によれば、「もの(物・者・鬼)」は“存在するす べて。人がその対象として感知し、認識しうるものはもとより、感覚を超えて存在すると考えられ るという超自然的なものをも含めて、物一般をさす。対義語の「こと」は殊(こと)。異(こと)

にして特殊、これに対して特殊として分化する以前の一般をいう。”「こと(事)」については、

“「こと」は「言(こと)」であり「事(こと)」である。それで古代語の表記には「事(こと)の禁

(さえ)」「事清く」のように、言と事を区別なく同じように用いる例が多い。事(こと)と異(こ と)とは、言と事のような親近な関係はないと考えられているが、いずれも、一般を意味する「も の」に対して、特殊の立場にあるものの意である。それで事が一般されるときには「ものごと」と いう。言も事も、もの一般からいえば特殊なもの、異なるものであった。”また「こと(殊・異・

別)」については“一般とは異なるもの、特殊なことをいう。「言(こと)」「事(こと)」と同源の 語で、それらもみな具体的なものとしての一般から離れ、それぞれ特殊な形態をとったものに外な らない。「事しあらば」[万506]とは非常のことであり、「事は定めつ」[万3418]といえば重要なこ とを定める意で、みな特別の意がある。”

『古語大辞典』の「こと(言・辞)」の項には、同じ「こと」でも言と事が近縁なのに対して、

「異」「琴」が遠いことが次ぎのように説明されている。“万葉集の用字法をみると、「言」「事」の 漢字が言葉の意にも事柄の意にも互いに通じて用いられているのに対して、同じ同音語でも、

「琴」や「異」の意には「言」「事」の字を用いることなく、また、「言」や「事」の意に「琴」

「異」の字を用いることもほとんどないと指摘されている。(山口佳紀)”。しかし、他方では同じ辞 典の「こと(異・別・殊)」の項目には、次ぎのような説明がある。“上代には例が少なく、中古に

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激増している。語源を「異所(けと)」とする説(大言海)があるが、「事(こと)」からの派生か。

「物(もの)」にも「物にもあらず」の用例があるように、取り立てて「こと」というべきことが

「殊(こと)」であり、そこから「異(こと)」も分岐したのであろう。万葉集からみえ始める「こ とさら」が「事」「殊」「別」のどれからでも説明できることも無視できない(原田芳起)”。

上記の言語学的説明を総合すると、事と言とは言霊信仰を介して相互に近縁な語だが、殊(こ と)と事・言も限定・特殊化を通した具体化という共通項が存在することが分かる。まさに「わ ざ」は不定で不可視な普遍者・絶対者としてのカミ(あるいは一般存在・不可変存在としてのモ ノ)を様式化された人間の言葉や行為(型としての「こと(事・言)」)を介して、特殊に限定され た有限な事象に顕現させることを意味する。

モノとカミの関係をどう捉えるかは、実に大きなテーマだが、ここでは、両者が共に普遍的・包 括的な超越的事象を指す語であり、前者は不可変存在性・覚知可能性を特徴とし、一方後者は不定 性・覚知不能性を特徴とする違いがある点を指摘するに止めておきたい。また後者-カミ-が社会 や集団の権威や規範と深くかかわる点は既に繰り返し指摘したところである。

(Ⅲ)「わざ」の作為・非作為

「わざ」が語義的にも“意識的に何事かをすること”であるのは「わざわざ」ここで説明するま でもない。「わざ」に由来する日本語「わざわざ(態態)」「わざと(態と)」がそもそも意図的・意 識的に何かを行う意であることが、何よりそれを物語っている。カミワザ・カミダーリという「わ ざ」本来の出来事においてすら、そこには憑依される巫女の受け身性・受動性とともに、カミを招 き入れる「わざをき(俳優)」としての巫女の技量-わざ(技)-の意図的作為性を工藤(1981) の記述から明瞭に読み取ることができる。

「わざ」における作為・非作為(自然)の問題は精神療法的には治療構造(作為性・意図性)と 体験過程(非作為性・おのずから性)の不可分性とに関連する。特に治療のターニングポイントに おける超越的経験相においては両者は極めて有機的に一体化している。そこでは、どこまでが作為 で、どこからが非作為・自然であるのかを単純な静的「マニュアル」として区分けしたり、取り出 すことができない。作為・非作為はダイナミックな動きの中で姿を現し、誤解を恐れずに表現すれ ば、具体的な「わざ」の実践においては、作為は非作為の不可欠な通路であり、非作為(自然性)

は作為の別表現といっても過言ではない。臨床実践における作為・非作為の不可分性は後に論ずる として、本項では我々が思考する際に無意識に使う日本語の基本構造(文法)に「わざの知」にか かわる上記の作為・非作為が深く極印されている点を大野晋の言語学の成果から見てみよう。

大野晋がわが国を代表する言語学者の一人であることに異を唱える人はいないだろう。彼は、あ

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る時、加藤周一氏から「日本語の助動詞はどんな順序で並んでいるんですか」と質問されて答えら れなかったというエピソードを挙げ(大野2006、134頁)、後の1968年に、日本の古典語の助動詞に は整然とした配列の順序があり、我々日本人はそれを極めて無自覚的に使っている点を明らかにし た(大野1968/2006)。

例えば、「御覧ぜ られ たてまつり たまふ めり しか」といったように、動詞の下にいく つもの助動詞を連ねて判断の種々相を区別し、その連なりがあたかも膠によって密着するように見 えることから日本語は膠着語と呼ばれたりするという。続けて彼は言う。

“多くの言語において助動詞は、判断の形式と密接な関係を持つ。日本語もその類に漏れない。

従って個々の助動詞が、いかなる判断を示すかを知り、その総和を求めれば、それは日本人がいか なる判断の種類を持つかを知る上で重要な役割を果たすだろう。しかし、さらに、その判断の配列 の秩序の考察が重要である。なぜなら、日本語で、われわれは助動詞の配列を無自覚的に行ってい るが、そこには一定の秩序がある。この秩序は、判断における心の機能の一つの様式と見るべきも ので、ここに日本人の思考、あるいは物の見方の、基本的な様式が示される。”(大野1968/2006、 138-139頁)

大野によると助動詞の配列順序に示される日本語の判断の様式、述語様式とは次ぎのようなもの である。

“まずある動詞が使われると、①それが人為的なものか、自然なものかを区別し、②それに対す る尊敬の有無を表現し、③それが完了しているか、現に存続しているかを明らかにし、④それが、

推量であるか、否定であるか、記憶であるかを示す。⑤その上で、必要があれば相手に持ちかけて いって命令の質問や教示などを行う。これが古典における日本語のあらゆる動詞文の述語様式であ る。”(大野1968/2006、149頁)。①②③④⑤は必要に応じて、①②④などと省略されることはある にせよ、①④②のような形で順序を逆転することはできない。つまり、①の機能を表す助動詞、

ル・ラル、ス・サスは“動詞の直下について、他の助動詞がル・ラル、ス・サスに先んじて動詞の 間に介在することを許さない。ということは何を意味するかといえば、ル・ラルは動詞の動作・作 用・状態が、自然に成立したものだということを他の肯定・否定・推量・回想等に先んじて直ちに 明示するのであり、ス・サスは動詞の動作・作用・状態が何らかの作為によって成立したのだとい うことを、肯定・否定・推量・回想・完了その他、もろもろの、助動詞としての認定に先立って明 示する役を帯びているのである。それは古代人の意識において、ある動作が行われればそれが、自

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然の成立か、作為的成立かに非常に深い関心が払われていた結果であると考えられる。”(大野1967/ 2006、125頁)と述べている。

日本語の文法に組み込まれた無意識的とも言える上記のような「構造」こそ、丸山真男が思想レ ベルで追い求めた日本人の思惟様式に他ならない。大野自身は助動詞の配列順番に示される、上記 の日本語特性・思惟様式を「自然の成り行き」の重視と、それに対する作為・人為の軽視というよ くある日本人論で解釈している。しかし、「自然の成り行き」重視や自然(自然な成り行き)/作 為(人為)の鋭敏な嗅ぎ分けは日本人に限ったことではない。精神分析でも、理論・概念は別にし て、実践的に患者とかかわる HOW TO の「わざ」の面ではバリントやウイニコットも「自然な成

表1 日本語の助動詞の配列順序(大野1968/2006)

動詞

活用形完備 さすしむらる

活用形完備 きこゆ奉る給ふ侍り

活用形やや欠く たりざりめりべかり(けり)

活用形不備 らむけむらしましまじべしまほしなりけり 活用ナ(助詞 がなかはかしぞよぞかし 相手へ働きか

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り行き」を極めて重視しており、作為と非作為(そのままの成り行きにまかせる)を鋭敏に嗅ぎ分 けている。これは「わざ」の本質にかかわる問題であり、精神療法だけに限らない。大野も言うよ うに西洋語は日本語より、はるかに論理的で、概念構成には便利な言葉だが、西洋人がピアノ演奏 の「わざ」を生徒に教えたり、溶接工が溶接技術を学んだりする際、日本人より「概念的」に学習 したり、体験内容を「論理的」に表現しているわけではない。

「わざの知」を教育心理学的に研究した生田久美子(1987)は、音楽学者ハワード(Vernon

Haward)の概念を拡大・援用して「わざ言語」という概念を作り出した。ハワードは、芸術の教

授プロセスに当たっては、そこで用いられる言語がしばしば理論的用語(theoritical jargon)、婉曲 的用語(gratuitous jargon)、技術的(実践的)用語(technical [practical] jargon)に分かれることを 指摘した。最後の技術的(実践的)言語は、科学言語のように物事の正確な分析にその目標がある のではなく、相手に関係のある感覚や行動を起こさせたり、活動の内容を改善する為に用いられる タイプの言語使用であるという。ハワードの技術的(実践的)言語を日本舞踊の稽古に応用して生 田は「わざ言語」という独特な隠喩的表現のあり様とその作用を解き明かしている。

福島真人(2001)は社会人類学の領域で、認知と技術と組織のインターアクションについて意欲 的な発言をしている。熟練の技術の知(わざの知)をポラーニ流の「暗黙知」とのかかわりで彼が 紹介する西洋の熟練工や研究者の論考を見れば、実践においては西洋人も日本人と同様、直感的に 事態に対処していることが分かる。

日本では「わざの知」が洗練され、芸術・産業活動に花開いたことは筆者がここで改めて力説す るまでもない。和歌・連歌や俳句・連句といった文芸から自動車(トヨタ自動車)に代表される

「摺り合わせ型」の物作り産業まで、「わざの知」の洗練と集積、組織化は際立っている。宗教文化 的に見ても、栗田勇(1994)によれば、日本では宗門宗派を超えて、天台本覚思想的な実践「行」

による修行や自己鍛錬・超越が重要な鍵となっている。

こうした「わざ」文化と日本語の文法は表裏の関係にある。感覚的に物事を全体的に把握し、描 写する日本語は概念的論理思考には全く不向だが、「わざ」使用に際しては大きな威力を発揮する。

日本語が作為・自然(非作為)に鋭敏に反応する言語体系を有するのは、日本文化の「わざの知」

の伝統と深くかかわっていることと無縁ではない。

当該の物事・事象が人間の作為か、自然に起きた出来事なのかを日本語が鋭敏に峻別するのは、

大野が言うように日本文化が非作為性・自然を単に尊いと考えるからではない。「わざ」の実践に おいては、作為・自然(非作為)は極めてダイナミックな様相を帯び、その都度、その都度、変転 して姿を現してくる。局面、局面で「作為」と「自然」はめまぐるしく生きて変化する。「わざ」

を使う人は、その都度、出来事のどの部分が自分の「作為」で、どこが「自然な成り行き」なのか

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を嗅ぎ分けねばならない。作為・自然を鋭敏に嗅ぎ分け、その都度、状況に応じて適切に対処する ことが洗練された「わざ」実践には必要である。実践現場では主体の作為的行為と、それによって 引き起こされる環界の変化・影響・効果とは密接不可分に結びついており、一連の出来事の連鎖の 中で「わざをき」は自らの作為の程度やその質・事象へのかかわり方を鋭敏に調整する。こうした

「わざ」実践のあり様と作為・自然を鋭敏に峻別する日本語の文法様式(センサーとしての思惟様 式)はセットとして働いている。

日本人は作為を嫌い、物事の自然な様相や物事が自然に生起する「おのずから(自然)性」を何 よりも重視すると言われる。しかし、この場合の自然や「おのずから」性の内容を仔細に検証する と、自然と人為(作為)とは必ずしも対立するものでなく、日本文化で言う自然とは作為・人為と の深いかかわりを抜きに到底理解できない。例えば、東西文化における自然をテーマにしたシンポ ジウムで、佐伯彰一(1974)は日本文学・芸術における自然について次ぎのように述べている。日 本では型への指向が強く、形や約束事を重んずることと、ナマの自然とが、容易に結びつけられ、

実際は人工的な型が自然の一部として受け取られる考え方が日本の文学・芸術の自然の主役を演じ てきた、と述べている。芭蕉が俳句で作意(作為)を嫌ったことはあまりに有名だが、芭蕉の本業 である連句の実際を少しでも知れば、そこは多くの決まりごとや様式に満ちた世界であり、連句の 洗練された自然さとはあくまで文学的教養・知識が前提とされた自然であって、単純に見えたまま 句作することが自然ではない。皮肉な物言いをすれば、芭蕉の言う自然体の俳句・連句の風情とは 壮大かつ精緻な技巧体系の別称といってもよい。千利休は花は野にあるように、と言ったが、野に ある花をそのまま花器に植えたなら自然な風情になるかといえばそうではない。そこには自然に見 せる大変な技巧・修練が存在する。「自然にみえる」「自然の風情」とは、技巧の洗練と技巧を超え た効果の絶妙なバランスの上に成り立っている。

作為・自然(非作為)への鋭敏さや文化的洗練は日本文化では特に際立っているとは言え、文化 的・社会的な決まりごとは生活様式の型として、どの文化にも普遍的に見られるものである。例え ば、モースは様々な文化において日常的に学習される様々な身体にまつわる所作(例えば休息の取 り方、食事の仕方、排便の仕方など)を身体技法と呼び、こうした身体技法では、生理学、個人心 理学(個人的習慣)、社会学(文化的に構成されるそうした技法)の三つを同時に見なければなら ないとした。つまりモースの言う身体技法は福島(1995)が言うように、ナマの身体のそれではな く、文化的に構成され社会的に学習された身体性であって、それは生理学と社会学の双方に開かれ 社会的無意識としての行為の無意識を形成している。こうした身体技法(モース)を見ても、そこ では作為・人為・文化と自然(非作為)は複雑に交錯しており、単純な二分法で片付けられない問 題であることが分かる。作為と自然(非作為)を鋭敏に弁別する日本語文法に隠された思惟様式は、

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<社会文化的な自然>である身体技法としての「型」や「わざ」として型を使用する実践と深くか かわっている。

(3)ヒエロファニー(聖体示現)としてのワザ

本来、形の無い不定なる究極者・絶対者(カミ)が、この世に具体的な形をとって顕現するとい うのが日本のカミの基本的なあり様である。カミは本来的に不可知・不可視で「深く隠された神 意」であり、そうした「不可知なカミの神意」が何らかの通路(例えば巫女の憑依)を介して、こ の世に突如、顕現するのがタタリであって、そうした顕現の通路にかかわる「意図性・作為性・限 定性」が「わざ」である。こうした究極者・絶対者のあり様は、まさしく和辻天皇論(1943)の核 心をなす部分だが、果たしてそれは『日本的』なものだろうか。結論を先取りして言えば、上記の ような究極者・絶対者の「顕現」の様相は、宗教学の巨人、エリアーデがヒエロファニー(聖体示 現)という造語で表現した「聖」の普遍的なあり様に他ならない。特定の通路(わざ)を介して

「(無限定なる)聖」が顕現するという奇妙な出来事は、「わざ」や天皇制を理解する重要な鍵であ り、それを宗教学のヒエロファニー(聖体示現)という概念で捉え直すことは、「わざ」と天皇の 内的関連を考える上で、大切な糸口を我々に与えてくれる。

現代の宗教学に巨大な足跡を残したエリアーデは宗教を定義する代わりに、世界の宗教に共通し て見られる現象としてヒエロファニー(聖体示現)を提唱し、それを彼の宗教学の中心に据えて壮 大な宗教学の体系を築き上げていった。ヒエロファニー(聖体示現)についてエリアーデ自身の言 葉に耳を傾けてみよう。

“人間が聖なるものを知るのは、それがみずから顕れるからであり、しかも俗なるものとは全く 違った何かであると判るからである。この聖なるものの顕現をここでは聖体示現(Hierophanie ギ リシャ語 hieros=神聖な、および phainomai=現われる、から来る)という語で呼ぶことにしよ う。この語が都合のよいことは、その語源的組成が含むところのもの、すなわち何か聖なるものが われわれに対して現われるということ以上の意味を全然もたない点にある。およそ宗教の歴史は-

最も原始的なものから高度に発達したものまで-多数の聖体示現、すなわち聖なる諸実在の顕現か ら成り立っていると言ってもよかろう。最も原始的な聖体示現(たとえば何かある対象、石とか木 に聖なるものが顕われること)から、最高の聖体示現(キリスト者にとってイエス・キリストにお ける神の化身)に至るまで一貫した連続が流れている。われわれはいつも同じ神秘的な出来事に直 面する。すなわち、かの<全くの他者>、この世のものならざる一つの実在が、この<自然>界、

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<俗>界の不可欠な要素を成す諸事物のなかに顕われるのである。

近代西洋人は聖なるもののいろいろな顕現様式に直面して或る不安を感ずる。すなわち或る種の 人間にとって聖なるものが石や木の中に顕われ得る、ということが理解し難いのである。しかしわ れわれはまもなく、それが石そのものの崇拝、あるいは樹木そのものの信仰を意味するのではない ことを知るであろう。聖なる石、聖なる木は、石としてあるいは木として崇拝されるのではない、

-それが崇拝されるのは、それが聖体示現であるからであり、もはや石や木ではなく、かの聖なる もの、<全く別なもの>である何かを示しているからである。

どんなに原始的なものでも聖体示現はすべて背理を示すということは、いかほど強調してもしす ぎることはない。聖なるものを啓示することによって、事物は或る<全く別のもの>となるが、し かしその後も依然としてその事物であることに変わりはない。というのも、それはその後も宇宙的 環境世界に関与しているからである。聖なる石といえども依然として一個の石である。つまり、見 かけは(精確に言えば、世俗の観点からは)それを他のすべての石から区別する何物もない。しか し石が聖なるものとして啓示される人びとにとっては、眼前の石の現実が超現実的な現実に変わる。

言い換えれば、宗教的経験ももつ人間にとっては、全自然が宇宙的神聖性として啓示され得る。そ のとき、宇宙は全体が聖体示現となるのである。”(エリアーデ1957/1969、4-5頁)

奥山(2000)、棚次(2004)も解説するように、エリアーデのヒエロファニー(聖体示現)は一 種の論理矛盾を内包しており、そうした絶対的な論理矛盾にかかわるダイナミズムは「聖なる弁証 法」と呼ばれている(棚次2004)。つまり、聖を絶対(無限)と見なすならば、俗は相対(有限)

であり、絶対が相対に顕現するということ自体が自己矛盾である。このヒエロファニー(聖体示 現)における聖の弁証法を聖に即して見れば、聖が俗に顕現するという逆説(聖の俗化)であり、

反対に俗の側から見れば、俗が聖化・聖別されるという逆説(俗の聖化)となる。この二重の逆説 が同一現象において達成されるのがヒエロファニー(聖体示現)であり、俗なるもののなかで聖が 分離し顕現すると同時に、その聖の顕現が聖の限定を意味するという逆説的特質こそエリアーデの

「聖の弁証法」なのである(奥山2000)。

天皇制との兼ね合いで、ヒエロファニー(聖体示現)を援用する利点はいくつかある。最も大き な利点は、そうした宗教学上の概念を導入することで、西洋のキリスト教と天皇制における超越 者・絶対者の把握様式を俯瞰して比較することが可能になり、その結果、天皇制を単純にアフリカ 王権の亜種に還元することなく、日本人の皮膚感覚に即しつつ、一定の普遍的視野のもとに天皇制 を論じることが可能になることである。そもそもヒエロファニー(聖体示現)で宗教を理解すると いう方法論自体が世界の宗教を過度に細分化せず、また『宗教とは何か』をアプリオリに定義する

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ことなく、どの宗教が高次か、低次かといった西欧中心的な進化論的宗教論に身を投じることなく、

世界の宗教を論じようとしたエリアーデの学問戦略の中心的な「装置」だからである。天皇がある 種の宗教的権威であることは多くの研究者が認めるところだが、だとすれば、各種宗教をヒエロ ファニー(聖体示現)という切り口で普遍的に論じようとしたエリアーデの試みが本書の有用な ツールになることは容易に了解できるだろう。

エリアーデ自身、述べているように、ある種の西欧人にとって、聖なるものが石や木の中に顕わ れ得る、という感覚は理解し難い。つまり一切の限定や規定から免れているはずの絶対者(無限)

が相対(有限)に顕現するという感覚が受け入れ難いのである。正統的な西洋哲学の伝統からすれ ば、フッサールを持ち出すまでもなく、相対(有限)から絶対(無限)をどう位置づけるかという

「有限(俗)から無限(聖)へ」という方向性-すなわち『超越』こそが西欧哲学の正統であり、

こうした俗(人間)から聖(神)への方向性は哲学のみならず、キリスト教の教義の長い歴史の中 でも根強い性向として継続している。キリスト教教義の中心に位置するのは、三位一体論、キリス ト論の二つであることは論を待たない。この二つを「概念的」に整理したことで、我々と同じ人間 でありながら同時に神であるイエス・キリストという矛盾した存在をキリスト教は説明することが 可能となり、それはキリスト教が西洋社会に根を下ろす神学上の基盤を提供してきた。坂口

(1996)によれば、三位一体の議論の核心は人間であるイエス・キリストがどうして神であり得る のかという点にあり、逆にキリスト論では神であるイエス・キリストの人性(人間性)は神性とど ういう関係にあるのかが中心のテーマである。いわば前者は俗(人間)から聖(神)という方向で あり、後者は聖から俗へという方向性を内に含んでいる。三位一体は神学論争上、キリスト論より も早期に解決されたテーマだが、聖から俗へという方向性を内包したキリスト論は容易に解決でき ない神学上の難題であった。キリスト教神学のみならず、西洋哲学・思想においても<俗>から<

聖>の方向ばかりでなく、<聖>から<俗>へという方向性も存在する。しかし、西洋的な正統や 主旋律はあくまで前者であって、後者はその副旋律、あるいはアンチテーゼとして位置づけられる ことが多い。前者を宗教哲学的に言えば「超越」であり、後者は「ヒエロファニー(聖体示現)」

である。

上記の西洋の事情と全く正反対なのが日本の思想・宗教である。相良亨(1989)が日本思想史を 通して明らかにしたように、また和辻倫理学の基本テーゼともなっている「形の無い不定そのもの の究極者が、この世に具体的な形をとって顕現する」という感覚、すなわち「無限から有限に」と いう方向性(=「わざ」)は日本における絶対者の自然(おのずから)な有り様である。まさにこ れがエリアーデのヒエロファニー(聖体示現)に他ならない。「超越」と「ヒエロファニー(聖体 示現)」を実存意識を中心に眺めると、ちょうど正反対の関係にあることを棚次(2004)は指摘す

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る。彼によれば、「超越 transcendence」は語源的に、trans(超えて)+ scandere(登る)であり、

それはしばしば内在 immanence との対比の下で使われ、超越は実存 existence(ex 外に+ sistere 立つ)や脱自 ecstacy(ek 外に+stasis 立つこと)などと同様、世界や意識を超え出る運動性を語 源的構造の内に孕んでいる。これと反対なのがヒエロファニー(聖体示現)(hieros=神聖な+

phainomai=現われる、から来る)であるのは言うまでも無い。棚次はいみじくも“超越は人間の

実存意識の外へと超え出る行為であり、ヒエロファニーは反対に人間の実存意識の内へと顕現する 現象である”と述べている。

「聖(無限)」から「俗(有限)」へを特徴とするヒエロファニー(聖体示現)は日本の宗教学上 の重要概念である本地垂迹説の理解にも大変有益である。本地垂迹説は日本のカミ(神)とホトケ

(仏)の関係を示す宗教教理であり、「本地」とは仏教の仏であり、仏(本地)が日本の神々として 仮に姿を顕したものが垂迹神とされる。<本/迹><権/実>に現われた宗教教理のねじれ現象と 日本人心性について中村生雄(1994)の論考をベースに見てみよう。そこには日本人の宗教感覚と して、聖(無限・本質)から俗(具体的な顕れ、現象)へというヒエロファニー(聖体示現)的方 向の根強さがはっきり窺える。それは中村(1994、103頁)の言葉を借りれば“<実>という理念 よりも、<権>という現実的・実用的な効能を求める日本人の実利的・功利主義的性格が反映し”

ており、“隔絶した絶対者の存在でなく、より抽象度の低い身近な存在に生活実感に根ざした親し みを抱くという、日本人の現実志向的、現世志向の反映”に他ならない。

神仏習合の根底をなす本地垂迹説の<本/迹>とは、そもそも法華経を解釈する天台教学上の教 理的な概念である。<本>は普遍の実体、永遠の本質を意味し、一方、<迹>は多様な現象、方便 としての権(かり)の姿の顕れを意味する。法華経の前半部分に登場する釈迦(ブッダ)は永遠不 滅の超越神たる久遠本仏が歴史上の人間の姿をとって<権(かり)>に顕れた存在に過ぎないとさ れる。後半部の如来寿量品になって法華経の真の主役である久遠実成の仏がはじめて登場し、前半 部分は衆生を<実>の久遠本仏にいざなうための方便として<権(かり)>の仏として釈迦を立て たことが明らかにされる。天台教学では法華経のこうした二重構造を前半の迹門と後半の本門とに 分けて捉え、この<本/迹>関係を他の経典内容の判別にも適応して、法華経のような究極的真実 を含むお経を<実経>、それ以外のものを権(かり)の教えとして<権経>とに分類する。つまり、

仏教教理的には、<本>に対して<迹>は仮設的・方便的であるがゆえに劣ったものであり、また

<権>は現象的・派生的にあるゆえに<実>より劣位に置かれる。宗教教理上<迹><権>である 日本の神が、<本><実>である仏の存在に一方的に上昇してゆき、ついには仏教教理の中で外来 の仏と土着の神祇が調和融合されて本地垂迹説が完成されるに至る。

ところが、中世になると、こうした<権>と<実>の関係は全く逆転しまう。中村によれば、

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