西
ド
イ
ツ
英 語
教 育 事 情
バ
イ
エ ル ン州
を中
心
と し
て
合
田
吉
孝
第
1
報
1
〜
4
57
年
7
月
15
日
から
57
年
8
月
22
日
ま で,
海
外
研 修
に で る機
会
を 与
えら
れ,当
初
の目 的
で あっ た,西
ドイ
ツ英 語 教 育 事 情
につ い て,報 告
およ び 資料 紹 介 をす
る。内
容
(1 〜
10
)
1
.
西
ドイ
ツ教
育
制 度
につ い て2 .
バイ
エ ル ン州 文 部 省
へ の質 問
3 .
ドイ
ツ に おけ る英 語 教 育
の歴史 的 背 景
4 .
バイ
エ ル ン州
にお け る英 語 指 導 要 領
5
.
バイ
エ ル ン州
にお け る英
語 教
科書
6 .
バイ
エ ル ン州
に お け るギ
ム ナ ジ アムコ
ー
ス の卒 業 試 験 英 語 問題
につ い て7
.
英 語 教 育 雑 誌
の論 文 紹
介 .
8 .英
語 教 育 関 係 雑 誌
Spotlight
につ いて9 .
ミュー
ヘ ン にお ける市 民 英 語 講
座 にっ い て10 .
ま と め1
西
ドイ
ツ教
育制 度
に
つ いて
現 行
の西
ドイ
ツ教 育 制 度
は次
の よう
に なっ て い る。1965年
当
時
の西
ドイ
ツ の , いわ
ゆ る 「三 分 岐 型
」 と言
われ
た伝 統 的 な教 育 制 度
から
,図
の よう な現 行 制 度
に改 革
さ れ た。「三
分 岐 型
」 の構
造 を 温
存
し た ま ま各 種
の細
かな手 直
し が加
えら
れた そ う
であ
る。図
にっ い て,西
尾幹
二氏
は 『日本
の教育
ドイツ の教 育
』 で次のよ うに のべ て い る。
『
図 表
1
は1965
年 当 時
の西
ドイ
ツ の, い わ ゆ る 「三 分 岐 型
」 と言
わ れ た伝 統
的 な教 育
制度
で あ る。
満
6
才
から
4
年
間
,
すべ て の子供
は共
通
の 「グル ン トシ ュー
レ」 に通
い, 9 〜10
才
で
最 初
の振 分
け が始 ま
る。 グル ント
シュー
レ4
年 を終 え
て カ・
ら別 れ
て9
年
制
の「ギムナ ジウム」一
63
一
NII-Electronic Library Service 図 表〔
1
〕1965
年当時の 三分 岐型教 育 制 度蒼
合 呑 字 教 育 大 学■
■
曹
技 師 養 成 所一
一
一
.
実 業 学 校 年齢 20 また は それ以上 学 年 19−
20曽
18−
19 9% 職 業学 校 職 業 専修 学 校 17−
1816−
1715−
16 3 2 1 0 9 8 7 6 5 11
1
1 14
−
15 15% 高 等 学 校 ギ ム ナ シ「
ウ ム こ こまで全日制 就学 義務 基幹学校 70%ハ
ウフトシ1一
レ (1963年 ま で 国 民 学 校上級 学年 )ワ
τ
Lク
細λ
一
レ
・
r一
バ
ー
ン
訃ウ
ー
フ
ェ
13−
14 12% 審舜享 響(
懸黝
uナ 砺ユ
ー
レ 12−
13ll−
1210−
11胴
9−
10o.
9−9
7オ
1けλシュ
ー
レ 8−
9 43
2
1 基 礎学校 プ
1L
’
トシュ
ー
レ
(1963 年ま で国民 学椥 玉oo % 7−
86−
75−
6 1 幼 稚 園 11 1 1 1 1 ノ 1 4−
53−
4 出 典 資 料 :マ
ッ クス・
ブランク教 胃 研 究 所 編 「 ド イ 7 連 チ[E共 馴1[醐己二±S 匸† る 教fl唱
市rl]va」
1979fl二 年 図表 〔2
〕現行
の西ドイ ツ教育制 度 約 19 高 等 領 域 中 等 領 域n
]
中 等 領 域 1]
1
、_
_
禦
_
_
」
]
1
* 必ずしも †ぺ
ての州には存 在しない
p−・
部は学 校案 験,
**ま だ それほど 署 及 して いない。.
部 は 学 校 実 験囗
出 典 資 料:図 衷〔1〕に同じ(
「日本
の教 育
ドイ
ツの教 育
」西 尾 幹
二著
よ り)
へ進
む少 数
のエ リー
ト志
願者
は,
入学 時
には,
同 年 齢 中
の割 合
が15
% だ
が,
落 第 や 転 校
に よ っ て自 己 選 択
が行 わ れ
,卒 業 試 験
にま
で達 す
るのは ご覧
の よう
に9
%
で,
最
初
の6
割
強
に減
っ て し まう
。 さら
に,
グル ン トシュー
レ の4
年 を終 了
し た後
, 「実 科 学 校
」 へ6
年
間 通う
中
間
層
が 存
在
す
る。 そ れ 以外
の,約
7 割
という最 大
多
数
者
は基 礎 学校
の い わ ば延 長
と して の 「基
幹学
校
」へ通
い,最初
から数
え て8 年
乃 至
9 年 (州
によっ て年
限
が違
っ てい た)
の課 程 を卒 業
後,
た だ ちに就 職
し,
か た わら通 例 週
一
日
の 「職 業 学 校
」 へ通 う
。「
職 業 学 校
」は
,大 工
・
左 官
・
パ ン製 造 者
・
売 子
・
事 務
はも
とよ り,
機 械
工 や時 計 修
理 工か ら劇 場 裏 方
の小 道 具係
に至
る まで,
約
450
も
の職
種 を網羅
して,
ドイツ の誇
り とす
る熟練
技 術 者
の育
成
に努
めて い る。経 費
は全 部 州 政 府
の負 担
であ る
。 日本 な ら企 業
が受 持
つ職 業 教 育 を
,州 政 府
が公
的事 業
と し て受 持
っ て い る ところに ドイツ の特
徴
があ
る。 日本
の学
校 は 生徒
に一
般
教 養
を
与
え れ ば よい とさ れ る。職 業 訓 練
は企業
の現 場
に お任
せ で ある。 と ころ が, ドイツ の ような個
人主
義 の強
い国
では
,
各 人 は 企 業
に丸 抱
えにな
るので はな く
,
自分
の責 任
で資 格 を
身
にっけ
,
そ
れを 企
業
に売
る の であ
る。
公 的機
関 が
引
受 け な けれ ば
,資格
を与
え る職業教
育
は他
の どこでも
な し得
る わけ がな
い 。一
64
一
N工 工一
Eleotronio Library合田 :西ドイツ英語 教育事情
「
職 業 学 校
」 の生 徒
は 「徒弟
」という名
で 見習
い労 働 に就
く が,3
年後
,各 地
の商 工 会 議 所
の主 催
す る試 験
に合
格 し
て 「助
手 」 も しく
は 「職 人
」 の資 格 を獲 得 す
る。 そこ で職場
と正規
の契 約 を結
ぶこと
が初
めて可能
にな
る。 勿論
賃 金 も
一
躍 数 倍
にな
る。 さら
に, こ こが大
切な
とこ ろ だ が,
向
上心
のあ
る者
に は上
級へ進
ん で行 く道
が開
かれ
て い た 。「
徒 弟
」 のた めに夜 間 と土 曜 を利
用 し て 「職
業
上
構
学 校
」 が 用意
さ れ てい た。毎
週8
時
間
,
2
年
の補 習 教 育 を
こ こで受
け た者
は,
3
年 目 は 全
日制
にな
る が,
よ り高 度
の職 業
専
門
学
校
へ行
くこ と が可 能
だ っ た。 そ し て勿 論
,
最 後
の到 達 点
と し て, ドイツ古来
の伝統
で あ る 「親 方
」試 験 を受
け る道
が与
えられ
ていた
の であ
る。他 方
,
「ギム ナジ ウム 」 コー
ス の者
は最 後
に F卒 業 試 験
」 に合 格
し さえ す
れば
,自動 的
に大
学
入学資格 を
得 ら
れ る。ま
た,中
間 の 「実
科 学 校
」 コー
ス の者 は
6
年
の修 業 後 に
「中
級
修
了証
」を与
えら
れ,大 抵
は そこか ら さら
に各 種
の上級 学 校
,専 門
学
校
へ進
ん だ。「ギム ナ ジウ ム」 コ
ー
ス の者 も最 初
の6 年
間 さ え無事
に す ませ れ ば 「中 級 修 了 証
」を許
さ れ る の で,相 当
数
がそ
こで退 学
し て彼
ら と合
流
し た。』以
上
の説
明 は複雑
に入り組
ん だ現 実
の制 度 を
多
少
単
純 化
し て,私
の論 を
理解
して もら う
た めの便 宜 上
,
州
によ る独 自 な制 度 や 枠
に入
り切 ら ない諸 学 校 を思
い切
っ て省
い て提
示 して い る。図 表
2
は,
中等 教 育 を
2
段 階
に分
け,
「中
等 領
bi
1
」 「中 等 領
域
H
」 とな
っ てい る が,後 者
、
は 「高 等
学
校
・
上 級 学
年
」 のみが1
つ のま と ま り を
示 し てい る の に ひ き か え,
他
は多種 類
の学
校 が
いく
っ も不 揃
い に並 ん でい る にす ぎ
ない こ と に気
がっく
で あろ う
。も と も
と性
格
を 異
にし た多種 多様 な学 校
が併 存
した の が職
業
関 連 領 域
で ある。 とこ ろが,先
に述
ぺ た 「構 造 計
画
」 で は, こ れを
「中
等 領 域
ll
」と
し て一
括
し, 理想
と して はや
が て進 学 関 連 教 育 課 程
と職
業 関 連 教 育 課 程 と
が1
っ の学校
の中
に併
設
さ れるべ きこと
, カリ キュ ラムを
改 革
して授 業 内
容
を
で き る だ け統合
す
べ きこと を主 張
して い る。
少 な く とも
,職 業
コー
スを
歩
む者
に差 別感
を与
えな
い よう
にす る た めに,
名 称
だ け は 「中
等 領
域
H
」 と して同
一
に し てい る。職 業
教育
と普 通 教 育
の等 価 値 性 を確 立 す
るた
め に,両
方
の教
育
内 容 を互
い に近
づ け るこ とを
強 く唱
え て きた
「制度 改 革
」 の精 神
はこ こ にも端
的 に 反映
して い る。し か し
私
たち
日本
人 か ら 見 る な ら ば, これも
ま たい っ か来
た道
であ
る。名称
だ け は 全国
450
の 日本
の4
年 制 大
学
はこ と ご とく
「大 学
」 であ
る。100
人 に95
人の 日本 人 は
,
今 や 名 称
だ け は同
一
の 「高
校 卒
」 で あ る。学 校 間
「格 差
」 に よっ て こ こ から生
じ る矛
盾を
う
まく逸 ら し
てい る の が じつ は 日本
人の巧 妙
さ だ が,
ドイ
ツで は高 等
学
校 同 士,職 業 学 校 同 士
で,相 互
に 「格
差
」が あ
っ て はな ら な
い一
ま
た事 実
日本
に比
べ れ ば ない に等
しい一
とい う考
え方
だから,高
等
学 校
と職 業
学
校
の教
育内容
を近
づ け,名 称 だ
けを同
一
にす
ると
いう
こ と は ど だい無 理 な
,ば
かば
かし
い話
であ
る。無
理を実 行
す れ ば矛
盾
が噴 出 す
る。 現政権
の 「構 造 計 画
」 が単
な る 理想
の青 写 真
に留
まり
, 5
年 を待
たず
し て挫 折
し て し まっ たのは理
の当 然
で あっ た。一
65
NII-Electronic Library Service
職 業 教
育
と普
通教 育
の間
で,
教 科 書
や授
業
の内 容 を似
た もの に近 づ け よう とす
る と か えっ て前 者
に劣等
感
や疎 外 感 を
与
え や すい結果
にな
る。 し か し 「綜 合 制 学 校
」 が ドイツで伸 び 悩
んだ
の は,普 通 教
育
の側
に お け る学 力
の低 下
に根 本 原 因 が あ
る。掌
校
が大 型
化
し,先
生の眼
が行
き届
かず,
非 行 を招
き易
い という事 情 も あ
る。場 所
が郊
外
の労 働 者 居 住 地 域
に多
く建 設
さ れ,階層
的ハ ンデ
ィキ
ャップ
を
かえ
っ て際 立
たせ た。今
ま で伝 統 的
ギム ナジ
ウム に子 弟 を
入 れ
てい た家
庭
で は,当然
「綜 合 制 学 校
」 には子 供
を
入れ
た がら な
い 。 し か し政 府 は親
の エ ゴイ
ズ ムを抑
え て,「
綜
合
制 学 校
.
」 の普 及 を 図 ろ う
と し た。 とく
に進 歩 的 な
ベ ル リン や ヘ ッ セ ン州
で は そう
であ
る。当 然
そこ に葛 藤
が生
じ る。70年代後
半
に争
い は顕
著
にな
っ た。一
部
の親
は 公立
学
校
へ の不信
を募 ら
せ,
私 立
の名
門
ギムナ ジ ウム に大
き な 期待 を寄
せ る という
, 日本
にも
と か く み られ
る新 し
い現
象
も
発
生
した。現
政
府
は伝 統 的 ギ
ム ナ ジ ウムを
いず
れ はい っ さい廃
止
してしま う方 針
だ という
,関 係
者
の 不安
がる声 を
私
は よく
耳に し た。 し か し国
民的
コ ンセ ンサ
ス の得
ら れ ていな
い案 件 を
,政
府
と雖 も強 行
は出 来 な
い 。 ま た学者
の見
ると
ころでは,
や が て人
口 の低
下 が 問 題 を
一
挙
に解 決
して しま う だ ろ う という見 通
し も語 ら
れ てい る。経
口避 妊 薬 解 禁
後
の出
生 率
の低 下
が,
80
年
代
後
半
か ら教 育
に著
しく影
響
してく
ると予 測
さ れて い る ドイ
ツで は,好
む
と好 ま ざ
ると
にか かわ らず
,
例
え ば 田舎
な ど で は,経 済 効 率
か ら 「綜
合
制 学 校
」 にな ら
ざるを得
ない だ ろう
と いう
のであ
る。種 類 と程 度
の異 な る多 数
の学 校 を
一
地
域
に併
存
さ せ る こ と が で き ない ほ ど,就 学
入 口が減
っ て しま う と
いう見 通
しであ
る。
と も あ れ 「
綜 合 制 学 校
」 は ドイツ 人の さま ざ まな 思 惑
と価 値 観 を刺 戟
し攪 拌
し て今
日に至
っ てい ると
い え る で あ ろう
。』こ の よ
う な教 育 制 度
のな
かで,英
語教 育
の開 始
の時 期
と そ の時
間数 は
,
伝 統 的
に連 邦
を構
成
す る各
州
の文 部 省
によっ て,教 育 行 政 上
の権 限
が行
使
される。連
邦文部省
は存 在
しな
い。この た め
1945
年
以来
,
各 州 協 定 と
いう形 式
に よっ て,
学
校 系統
や教 育 課
程な
どに関
し て各
州
間
の統
一
が はかられ
て き た。2
バ
イ
エ ル ン文部省
への
質問
状
以
上の予 備 知 識
のも
と で,
次
の文 書 を
6
月
9
日付
で文 部
省
,英 語 教 育 担 当 官
に発 送
し た。そ
れ
に対
し て,
次
の よ う な回 答
があ
っ た。An
dasBayerische
StaatsminiSterium
fUr
Unterricht
und
Kultus
zu
Htinden
vonHerrn
Dr .
DUnninger
Salvatorstr
.
2
8
MUnchen
2
一
66
一
aM
:
rk
M
vRfilaE4tw
Betr.:
Athtage
tiber
dus
EV:ziehnungssystem
fikr
EhgtiSch
in
der
BRD
Sehr
geehrter
Herr
Dr.
Dtinninger,
hoffentlich
erirmernSie
Sich
an
mich,
eine
Japanerin,
die
schon einrnalim
Mai
82
bei
Ihnen
war, umdie
Informationen
Uber
das
Erziehungssystem
rur
Englisch
in
der
BRD
zusammeln.
Sie
haben
mirdamals
freundlicherweise
Broschtire
ttber
das
deutsche
Schulsystem
gegeben.
Ich
habe
sie
sorghaltiggelesen
und
das
Schulsystem
in
der
BRD,
besonders
in
Bayern
geau
ver-standen.Die
Informationen
sammele
ich
fur
meinenSchwager,
der
sichauf
einer
Universittit
in
Kobe,
einejapanische
Hafenstadt,
mit
dem
Erziehungssystem
fiir
Englisch
beschtiftigt.
Er
hat
mir neulichgeschrieben
und
die
Punkte
genannt,
die
er
sehr
gern
wissen m6chte.Es
sindfolgende
Punkte
:1
.
Wann
beginnt
rnan
mit
dem
EnglischiUnterricht
in
der
Schule.
2.
Welche
Texte
werdenin
der
Schule
verwendet.Gibt
es
eineM6ghcnkeit,
die
gebrauchte
LehrbUcher
zu
bekommen.
3.
Gibt
es einebestimmte
ZahI
von
W6ftern,
die
unbedingtin
der
Schule
gelernt
werden
mussen.
-4.
Wo
liegt
die
Zusttindigkeit
fur
die
Leitung
der
Erziehung
jn
der
BRD,
besonders
der
fur
die
fUr
Enghsch.
Gibt
es
dabei
bestimmte
Regelungen
fUr
die
Erziehung
fiir
Englisch,
der
die
Lehrer
in
der
Schule
fblgen
sollten.an
Japan
gibt
es
eine
Erziehungsregelung
vomKultusministerium.)
Gibt
es
eine
bestirnmte
Methode,
nachder
die
Lehrer
den
Englisch-Unterricht
erteilen.
5.
K6nnten
Sie
bitte
eine
QUelle
fur
Zeitschriften
Uber
das
Erziehungssystem
flir
Englisch
undDissertationen
von
Enghsch-Lehrern
nennen.Ich
danke
Ihnen
im
voraus
fur
thre
Bemnhungen.
Enghsclrunterricht
in
Bayern
Zum
Schreiben
vom
9.
6.
1982
undzur
Vorsprache
arn
5.
7.
1982
Beilage:
2
Amtsblitter
2
Abiturpriifbngsaungaben
Gerne
komrne
ich
Ihrem
Wunsche
nachAuskunft
iiber
den
Englischunterricht
in
Bayern
nachund
bedntworte
Ihre
Fragon
wiefolgt:
1.
Der
Englischunterricht
beginnt
in
der
5.
Jahrgangsstufe,
soweit nichteine
richtung
des
Gymnasiums
gewahlt
wird, ander
Latein
bzw.
FranzOsisch
1.
Fremdsprache
ist.
An
den
Gymnasien
mit
Latein
als
1.
Fremdsprache
setztEnglisch
in
der
7.
Jahrgangsstufe,
an
den
Gymnasien
mitFranzOsisch
als
1.
Fremdsprache
in
der
7.
oder9.
Jahrgangsstufe
ein.2.
Uber
die
lernmittelfrei
zugelassenenSchulbticher
flir
Englisch
inforiniert
Sie
das
beiliegende
Amtsblatt
des
Bayerischen
Staatsministeriums
fur
Unterricht
undKultus.
Der
Lehrplan
kann
bedmgen,
da!$
daneben
andereBiicher,
die
nicht unterdie
Lernrnittelfreiheit
fallen
(z.
B.
-67-NII-Electronic Library Service
Lektiiren),
im
Untenicht
yerwendet
werden.
Vom
Staat
gestellte
Schulbticher
k6nnen
nichtvertiutsert
werden.
Hinsichtlich
des
Kaufs
gebrauchter
Schulbticher
aus
privater
Hand
kann
das
Ministerium
verstandlicherweisekeine
Ratschliige
erteilen.3.
In
Englisch
als
1.
Fremdsprache
beltiuft
sich
die
bis
zumEnde
der
10.
Jahrgangsstufe
(d.
h.
nach
6
Jahren
Unterricht)
zubeherrschende
Gesamtzahl
vonW6rtern'
auf ca.3000.
In
den
Jahrgangsstufen
11
mit13
wirdder
Wortschatz
stiindig erweitert, ohnedai}
einebesSimmteZahl
festgelegt
ist.
Normative
Wirktsng
hat
in
bezug
aufden
Umfang
des
Wortschatzes
jedoch
die
zentraleAuigabenstellung
im,
Abitur.
Langiahrige
Erfahrungen
mit
dem
Zentralabitur
in
Bayern
zeigen,
dad$
die
Vorbereitung
der
Abiturienten
auf
den
fUr
die
Abiturienten
n6tigen
allgemeinen
Wortschatz
anallen
Gymnasien
gleichnatsig
geleistet
wird.Als
Beispiele
fUr
die
schriftliche
Abiturpnifung
im
Englischen
lege
ich
gerne
je
eine
Grundkurs-
undeine
ungskursauigabe
bei.
In
der
schrifllichenReifepriifung
im
Fache
Englisch
sowiein
den
schriftlichen
Leistungserhebungen
in
der
Kollegstufe
(Jahrgangsstufen
11
mit13),
soweit essich um
Textauigaben
undloderVersionen
(Obersetzungen
vomEnglischen
ins
Deutsche)
handelt,,
ist
als
Hilfsrr}ittel
einyom
Staatsministerium
fifr
Unterricht
und
Kultus
genehrnigtes
einsprachiges
WOrterbuch
zugelassen.
Angesichts
der
in
Bayern
zentral
gestellten
priifUng
ist
hier
zurWahrung
der
Chancengleichheit
imrner
nurder
Gebrauch
eines
rnten
Lexikons
in
jeder
der
ggnannten
modernen
Fremdsprachen
erlaubt.
Derzeit
ist
dies
The
Advanced
Learner's
Dictionary
ofCurrent
English
(Cornelsen
&
Oxford
University
Press).
4.
Die
Zustin'ndigheit
flir
Fragen
des
Unterrichts
liegt
bei
der
Kultusverwaltung
des
jeweiligen
Landes
in
der
Bundesrepublik
Deutschland.
In
Bayern
ist
dies
das
Bayerische
riuni
fiir
Unterricht
undKultus,
das
den
Enghschunterricht
an
den
Schulen
durch
Curriculare
Lehrpltine
regelt.Es
freut
mich,Ihnen
als
Muster
den
Curricularen
Lehrplan
fiir
Englisch
als
1.
Fremdsprache
in
der
7.
und
8.
Jahrgangsstufe
des
Gymnasiums
iibermitteln
zu
k6nnen,
dem
Sie
auch entnehmenk6nnen,
dad}
der
Englischunterricht
in
Bayern
grundsgtzlich
in
englisch erteilt wird.
5.
Ich
hoffe,
dats
Sie
nach unseremGesprtich
im
Ministerium
Kontakt
mitdern
Staatsinstitut
fiir
Schulph'dagogik
auigehommen und vondort
entsprechendelnformationen
erhalten
haben.
Gerne
steht
Ihnen
das
Ministerium
ftir
weitereAuskiinfte
zurVerfugung,
wehnSie
solche
nach
Ihrer
Vorsprache
im
rvtinisterium
und nachder
dabei
abgesprochenenArt
der
Beantwortung
Ihrer
Fragen
noehbenOtigen
sollten.Mit
freundlichen
GrUtsen
I.A.
(Dorner)
Ministerialrat
-68- -68- -68- -68- -68- -68- -68- -68- -68- -68- -68- -68- -68- -68- -68- -68- -68- -68- -68- -68- -68- -68- -68- -68- -68- -68- -68- -68- -68- -68-
合田 :西 ド イツ英語 教 育 事 情交 換
さ れ た文
書
の要旨を
のべ る とQ1
英
語教
育
はい っ始
めら れ
る かA
通 常 は
5
年生
か ら始
めら
れる。 た だ し,
ギ
ム ナジ
ウム で, ラ テ ン語 を第
1
外 国 語
と して選
択
し た場
合
は
7 年
生 も
しく
は9
年 生
から始
め ら れ る。Q2
学 校 で 使 用 さ れ
る教科
書
の種類
は ど れ ぐ らい あ るの か。ま
た,そ れ
らの教 科 書 を入 手
で きるか。
A
学
校
で(
高
等 学 校
,
実 科 挙 校
,基
幹
学
校
)使
用
が許
可 され
てい る教
科 書
は添
付
の官 報 を参
照 さ れ たい 。
Q3
英 語 必 修 単
語 は どう な
っ てい るか。A
lO年
生
の終
了
(
中等
領
域
に お け る英 語 教 育 終
了)
ま で に約
3
,
000
の単 語 を習 う
と定
めら
れてい る。
11年
生 から
13
年 生
の間
に(
ギムナ ジ ウム の最 後
の3
年
間)単
語
の数
は増
や さ れ るが
,
必 修 単 語 数
は,決 め
てい ない 。 語 い数
は高
等 学 校 卒 業 試 験
の課 題
に応
じて影 響 を う
ける とい え る。
卒 業 試 験
問 題を 同封
し たので参 照
され
たい 。 ま た試験
に おい ては(
Translate
English
into
German
)
文 部 省
よ り認 定 を
う け た英
々辞 典
The
Ad
ッancedLearner
’
sDictionary
ofCurrent
English
が,同
一
条 件 確 保
の意 味
で,指 定 辞 書
と なっ てい る。Q4
日本
の英 語 教 育
で は,指
導
要
領
というも
の があ
る が,西
ドイ
ツ で は どうな
っ てい る か。A
西
ドイ
ッ で は教 育 行 政 上
の権 限
は州
の文 部 省
にあ る。 バイ
エ ル ン州
で はバ イエ ル ン文 部
省
が
そ
れを統 轄
し てお り,指導要領
を作 成 し
てい る。英
語
を
第
1
外
国 語 と し
て選 択
してい る7
年 生
,8 年
生 な どの指 導 要 領 を 同 封
す るの で参
照 さ れ たい 。Q5
英
語教
育
に関 す
る論 文
,英
語教 育 関係 雑 誌 な
どを紹 介
して ほ しい 。A
学 校 教 育 国 立 研 究 所
で資 料 を集
めら
れ るこ とを
期 待 する。以
上
が交換
さ れ た文 書
の要
点
で あ る が,
さら
に詳
しい こと は,
文 部 省 英 語 教 育 担 当
である,
Dr .
Hans
W .
.
Phum
氏
を
訪 問
さ れ たいと
の コ メ ン トが あっ た。Dr .
Hans
W
Phum
氏
との会 見
によっ て,上
記質 問
に対 す
る補 足
説
明 が あ り,西
ドイツ英 語
教 育 事
情
の知 識 を
え た。以 下
が その要
旨で ある。英 語
教
育
は,そ
の他
の近 代 外 国 語 教 育
と同 様
に,
他
の諸
国
民 と接触
を 可 能
にす
るも
の で あり
,
こ のた めす
べ ての段 階
に おい て,外
国 人
との会
話 の機
会
を配 慮
す るこ と が必 要
であ
る。外
国
語教
育
を通
じ て他
国
民の考
え方
や生 活 様 式
,精
神
生活 な ど
につ い ての深
い印 象 を 受
けるので
あ
る。中等
領
域
に おい て の英 語 教 育
は,
生徒
が 日常 用 語 を
中
心
とす
る会 話
お よ び記
述
に精 通 す
ること を 目
的 と し,
授
業
は英 語
で行 わ れ
る。
ま た外
国
語教
育
を通 じ
て,言語
の一
69
一
NII-Electronic Library Service
本
質
を
理 解 し, ドイ
ツ語
に対 す
る理解 を
深 め ることを 目
的 とす
る。中 等 領 域
にお いて は,生
徒
が
経
験 領 域
にお け る事 柄 や 考
えを
口述
お よび 記
述
で き る表 現 能 力 を
つ け る た め に,正
確 な言 語 知 識 を
与
え るこ とが最 も大 切
であ
る。学
習 を通 じ
て他 国
の文 化
,地
理,歴 史
,宗
教
や精
神
生 活 を理 解
させる
こと
で あ る。 クラスサ
イ ズ は35
名
ぐ ら
い で,そ
れぞ
れの学 校
で異
な るが
,授 業
日数 は 週 平 均
12〜28時
間
で,そ
の内
訳
は,5
年 生
一 6 時
間
,6
年 生
一 4
時
間
,
9
,
10
年 生
一
3
時
間
,11年
生
一 4 時
間
,12
年 生
一
6
時
間
,13
年
生
一 2
時 間 と な
っ てい る。英
語
の教員
には大学
在
学中
あ るい は 卒業
後
1 年
以上
の外 国 留 学
の経 験
と,
母
国
語 ドイ
ツ語を
,専 攻
外
国
語 で他
国
の人々 に教授 す
る経 験
と が要 求
されてい る。州
に よる採 用 試 験
合
格 者
は6
ヶ月 間
ゼ ミ ナー
ル に出 席 す
る。 こ のゼ ミナ
ー
ルは5
人 に対
し1
人
の教 師
,
そ
れ も経 験
豊富
なベ テ ラ ン教 師
が指導
にあ
た る。
こ の研 修 を終 了
し た後,
は じ め て現 場
に派 遣
され授 業 を
担
当 す
ること に な る。一
定
の期 間
が終 了 す
る と再 び
ゼ ミナー
ル にも
ど り ,更
に研
修
を
う
け る。
その後
,現 場
に帰 り週
12
時
間
の授
業
を担 当 す
る。3
ド
イ
ツに お け る
英語 教
育
の歴史
一 初 期
か
ら
1964
年 ま
で
一
(
1
)
英 語 教
育
の開始
中
世
から近 世
に いた る ま で は, ラテ
ン語
の学 習
に重
要
な意
義
が与
えら
れ てい た。 ラテ ン語 は教
会
の言
語
であ
り,ま
た中世
の諸 官 庁
,
法
律,経済
用語
でも あ
っ た。研 究 論 文
,
法
律
書
類,内
外
契
約
書 も
,17
世 紀 ま
で はラテ ン語
で書
か れ た。 ラ テ ン語
の知 識
は大学
で の学
問
の必 須 条 件
で あり
,
教
育資格
取得
(
学
士
,博
士号
)
に必 要
であ り, 知識
人 の シンボ
ル であ
っ た。英 語
,
フ ラ ン ス語
の知 識 は
20
世
紀
にい た るま
で,
ラ テ ン語
に おけ る知 識
より
もレベ ル の低
いも
の と し て みな
され
てい た。 こ の時代
の英 語 教 師
はラ テ ン語
の教 師 が
大学
教 育 を受
けて いな
け れ ば な ら な い の に ひ きかえ
,
必 ず し も大 学 卒
業者
で なく
ても
よかっ た。ル
ネ
ッサ ン ス以
後,徐
々 に ラテ ン語 は 官 庁
用語
か ら その姿 を消
し始
め た。 ドイ
ツ語
で は まず
北 と東
ド イツ の海
岸
都市
部
の教
育
機 関
で英
語
教
育
が始
まっ た。 こ の海岸
都 市
という
のは
ハ ンザ
時代
よ りイ ギ
リス と さ か ん な 貿易
取引
があ
っ た ところ
で あ る。 こ の ような 背 景
から
,
英 語
は か な り早
い時
代
か ら,北 海 部
ま た は東 海 部
に注 ぐ河
川の上 流 商 業 地 区
,
ま た は 見本
市 都 市 な
ど で教
え ら れ てい た。特
にハ ンザ 都
市 Hanover
と英 国 王 室
との取
引
が英 語 教 育 を推 進 す
る一
因
とな
っ た。 ハ ンザ都
市 Hanover
に よっ て設
立
され た
Gottingen
大 学
は1747年
の設 立
以来
, ドイ
ツ の英 語 教 育
の中
心 と なっ てい る。 こ の初 期
の時
代
は,
と り.
わ け経 済
,実 用 的
,
ま た英
国
王家
どの取 引 な
どの理由 が英 語 教 育 普 及
の原 因
と なっ た。外国
語
授
業
の実 践
につ い てみ れば
, 18
世 紀 ま
で ラ テ ン語
な ど に対
し て用
いら
れて い た教 授 法
は,文 法 規
則
な
どの暗
記
,
母
国
語
へ の翻訳 な
どが
中
心 で, テキ
ス トには英文学,
聖 書 な ど
が用
いら
れ てい た。18
世
紀
末 頃
から
,母 国 語
から英 語
へ の翻訳 も行 わ れ
る よう
にな
った
。一
70
一
N工 工一
Eleotronio Library合田 :西 ドイツ英 語 教 育 事
情
こ のよ
うな
教授法
,Karl
P16tz (1819− 1881)
の教 授 法
が19
世 紀 末 ま
で ヨー
ロ ッ パの外国
語
教 育
の主 流
であ
っ た。 このPl6tz
教 授 法
の要
点
は,文 法
規則
や 語 形 変
化
,例 外
や例
文 な ど
の の丸
暗
記
,翻 訳
(
外国
語
から母 国 語
へ の翻 訳
のた め
の文)
以 上
2
つの要素
から な り
,
読 み物
は 文 法 規 則
や例外
の実 例 を拾
い出
し,文 法
の原
理を
確
認 す る た め で あっ た。他 方
ギムナ ジウ ムと は反 対
に,都
市
に市 民
の手
で設
立 さ れ た レ ア ル シュー
レ において英 語 教
育
は盛 ん
に お こな
わ れて い た。 レ アル シュー
レは特
に その性
質
上,
実 用 教 科
に重 点 を
お き, 生 き た外
国 語 (英 語 ) 教 育 を実 践
してい た。英
語 が正
教 科
と して認
めら れ
た過
程1832年
,当
時
ドイツで の最 大 重 要 国
であ
るプ
ロイ
セ ン文
部省
はす
べ て の商 業 国 民
学
校
とレ ア ル シュー
レ に おい て,
自
由
選
択
科 目
と して英 語 を 選 択 し
た。ま た
1852年
に はプ
ロ イ セン におい て,英
語 はレ アル シュー
レと国 民 学 校
(
BUrgerschule
)
の必修 科 目
と
して公 布
さ れ た。1892年
に英 語
が ギム ナジ ウ ム で選 択 科 目
と し てカリキ
ュ ラム に組
みこま れ る よう
にな
っ た。 これ ら
の背
景
に は20
世紀
に入り
English
Speaking
Countries
の強 力
な政 治
,
経 済 力
が他
の言
語を押
し のけ
は じ め たと
いう事 情
がう
か がえ
る。
その結 果 英 語
は必修
と なっ て い くこ と にな
る。(
3
)
英
語 教 育 改 革
の動
き19
世 紀
ま でKarl
PIOtz
の文 法 重 視
の翻 訳 な ど
が教 授 法
の主 流
で あっ た。 こ の教 授 法
は(
a)
文
法 中心
の暗 記
であ
るた
め学
習
作業
が常
に演繹
的 な 方 法 と な
る。(
b
)
テ キス トを
読
む場
合
も
,内 容
の理解
,鑑
賞
あ るい は内 容
に現
わ れ た場 面 や 文 脈
の把 握
と それ
に適合
す
る表 現
の習 得 と
いう
ような
こと よ
りも
,文 法 規 則
や例 外
の実
例
の抽出
に重 点
が お か れる
。(
C)
作 文
は文 法 規
則
の適 用
が目標
で ,英
語の慣
用 性 が無 視
される。(
d
)
音 声 面
が軽 視
さ れ,個
々 の単 語
の発 音 以 外
は文
と して の音
調
,
リ
ズムな
どにつ い て指
導
が行
な わ れ ない 。(
e>
口頭 作 業 な ど
によ
る文 型
の練
習
や英 語
によ
る対 話 な
どが完
全 に無 視
さ れ る。な
どの欠 陥
があ
っ た。19
世 紀
末
に第
一
改 革
の動
き が起
っ た。1882
年
にWilLelm
Vi6tor
(1850− 1918
)
が発 表
した外
国 語 教 授 法
に関 す
る小 論 文Der
Spra ・
chunterricht muss unkehren
(
一
・
The
Teaching
oflanguage
mustbe
started afresh)
で,
そ れ
が大 施 風 を捲 き起
した
。 そ の要
旨 は.
(
a>
発
音
指 導
の徹 底
,(
b
)
反 復 音 読
の重 視
,
(
c)
読 書 材
料
に則
し た文
法
の帰 納 的 指 導
,(
d
)
外
国
語を通
じて の直
読
直
解
,
(
e>
新 出 語 句
や構 文
の指導,
母 国 語
使 用
は許
さ れ る が 全文 訳
は し ない。(
f
)
外 国 語
によ
る質 疑 応 答
,
(
g)
暗
唱 し た文 を文 学 化
して教 科
書
の文 を再
現 す る。 こ のい わ ゆる復 文
(
retranslation)
を
作
文 指
導
にか える,
な ど
であ
っ た。Vietor
の投
じ た一
石
は,1882年
ス ェー
デ ンのス トッ ク ホ ル ムで開 催
さ れ た言語 学 会
におい てJespersen
な
どを
中
心
と し た研
究
グルー
プ ’Avonsgne
tanden
’
(
−
Can
’t
we soonput
an endto
this
?)
が設
立 さ れ,
革 新 的 な 外
国
語教 授
法 のた めの活 動
が開 始
され
た。3 年後
の1888
年
に国
際 音 声
字
母
が 制定
さ れ,
英 国
でも
1889
年
Sweet
がThe
Practical
Study
ofLanguage
を 出
版 し
,
音 声 重 視
の外 国 語 教 授
法 に強
い裏
づ けを与
え た。
翌
1900
年
フ ラ ン スの パ リ で開 催
さ れ た万
国
教
育者
大
会
において,
外 国 語 教 授 法
に関
す る新
旧教 授 法
の得 失
にっ い て論 争
が 行 わ れ, フNII-Electronic Library Service ラン ス の
音 声 学 者
Paul
Edouard
Passy
(
1850
−
1940
)
な
ど が長 所 を主 張
した
ことも あ
っ て,こ の
教 授 法
は ドイ
ツ のみな らず
ヨー
ロ ッパ の教 育 界
におい て,1920
年 代
ま で主
導
的 な地
位 を
保
っ
た
。 フ ランス でも
Fraugois
Gouin
(
1831− 1895)
によっ て グア ン教
授法 (
Gouin
Method
)
ま た
は心
理的 教 授 法
(
Psychologica1
Method )
とい われ
る教 授 法
が発 表
され た。 これ はGouin
自 身
が文 法 訳 読 教 授 法
によ
っ て ドイツ語 学 習
に失
敗
し た苦
い経
験
と反
省
と,
幼 児
が母
国
語
フラ ン ス語 を 習 得 す
る過 程
の注 意 深
い観察
か ら,幼
児
の言
語習得
の自然 な方 法
とそ
の心理 過
程を外
国
語 教 授 法
に適
用 し たも
の であ
っ た。改
革運
動
の最高
潮
時
に現
わ れ た ものが,
‘Wiene
Thesen
’
とい わ れ るも
の で,‘
Gustov
Wendt
’ により
1898
年
ドイ
ツ近 代 語 学
会
議
で発表
さ れ, そ の二年 後
に近 代 語 学 者
の重 要 合 意
テー
マと し
て,
大 学
,
高 等 学 校 な ど
で公 式
に採 用
さ れ た。そ
の内 容
は,
(
a)
外国
語
の熟
達
を
授
業
の最
高
目
標
とす
る。(
b
)
授
業言
語
は英
語 か, フ ラ ン ス語
で行 う
。(
c)
母 国 語
へ の翻 訳 は
理解
し が た き場
合
のみ 可 と す る。(
d
)
外国
語へ の翻 訳
は最 少 限 と す
る。(
e)
文 法 演 習
のか わり
に,物 話
中
の慣 用 語 法
およ び同 義 語
の指 導 を充 分
にす る。授業
に 用 いら
れ る教材
は主
と し て現 代 文
とす
る。な
お,そ
の選 択
に あたっ て は 次の点
に留 意
す る。(
a)
教 材
は他 国
の国
民性
の知識
,
風物
の 知 識を伝 え
るも
の で,
で きるだけ
さ し絵
な
どを使
用 し たも
の と す る。
学
年
に応
じ て, た とえ ば
ギム ナ ジウ ム の第
七学
年
には外国
の歴 史
, ま たそ
の地 理
,主 都
の地 誌 を紹 介
で き る もの。最 高 学 年
で は 歴史
上の主
要
な
時代
,時 事 問 題
の評 論 な ど を含
ん だ もの と す る。(
b>
科 学
技
術
的内
容 も適
当
に考
慮
され な
け れば
な ら ない。(
c)
詩
に はあ ま
り時 間 を
さ かず
,国 際 的 な作 品
のみ を使 用 す
る。(
d
)
文 学 史
は除
外 す
る。(
e)ド
ラマ は休 暇 中
の必 読 課 題
と す る。(
f
)
聞
い た内容
を
発表
で き る表
現能 力 を
つ け る。(
4
)
1945年
以
後
の外国
語 教
育
の展
開第
二次 大 戦
後,
ドイ
ツは物 質 面
,精 神 面
とも
にど ん底 状
態
であ
っ た。新
しい時
代
に対 応 す
る た めの外国
語教
育
の学習
目
的の改 訂
,新 構 想
が 必要
であ
っ た。19
世 紀
に英 語
,
フ ラ ン ス語
が古
典
語, ラ テ ン語
と同 列
となっ た時
のよう
な 議論
,
討
論 が再 び 行
われ
た。
最大
の テー
マ は外 国 語
教 育 は 全 生 徒
に対
して実
施
さ れ るべ き か否
か , また
はエ リー
ト的生 徒
に 対 し て の み実 施
され る べ きであ
るの か, であ
っ た。第
2
の テー
マ は授
業
内 容
は教 養
を
与
え るも
のであ
る の か,
それ
とも実 用
知識 を 与
えるも
のか,
で あっ た。実
際の展開
は戦 後
の占領
区
域
によっ て異 な
っ た。 ソ ビ エ ト占領
区
域
で は,1946
年
,5
学 年 全 員
がロ シ ア語 を 第
一
外 国 語
と して学
ん だ。西
側占領
区域
では 英 語
, また
はフ ラ ン ス語 が 自
由
選
択科
目
と し て,Volksschule
のカ リキ
ュ ラム に組
み込
まれ た。
都 市
国
家 連 邦 州
(
Bremen ,
Hamburg
,Berlin )
で は5 学
年
から全 生 徒
が外 国 語 を
ひと
っ選 択 す
ること
にな
っ た。戦
後,占
領
国
に よっ て教
育
改 革
が行
わ れ た が,
最
も問題
になっ たの は上 級
学
校
で何 を 第
一
外
国
語 とす
るかであ
っ た。Niedersachsen
Sehleswing
・
Holstein
Hambury
で1
ま英 語 を第
一
外
国 語
に,Nordrhein
−・
WestfaIen
はラテン語 を第
一
に, 女学
校
は英
語, フ ラ ン ス占領 区 域
で はフラン ス
語 を第
一
外 国 語
にと
,
きわ めて穏
当
な態
度 を示 し
たのが,
Hessen
,Wittenberg ,
Bayern
一
72
一
合田 :西ドイツ英語 教 育事 情 で
あ
った
。
1964年
に,州 総 理 大 臣
によ
るハ ンブ
ルグ
協
定
により
,
次
のよ う な事
項
が制 定
さ れ た。英
語
を
第
一
外
国 語
とす
る。英
語
はHanptschule
で必 修 科 目とす
る。 ドイ
ツ経 済
の復 興
,発 展
,輸
出
の増 加 な ど
に伴
い ,外
国
語運
用能 力を
必 要 とす
る職 場
が増
加
し た。海
外
へ の進 出
が一
層外国
語 教 育 研 究
に拍
車
を
か け ることにな
っ た。外国
語 運 用 能 力
の必 要 性
が高
か った最
中
にも
,教 育
理想 主
義者
と実 務 教 育 主 義 者
と の間
で,外国
語教育
は,そ
の目的 は教 養 主 義
か,実務主
義
かの論
争
があ
っ た。そ
の結果
は1964
年
のハ ン ブル グ協 定
で,実 務
教 育
主
義者
の判 定 勝 ち と
いう結 果
とな
っ た。 さら
にそ
の協定
は次
の事
項 を
強 調
してい た。(
1
旧
常
生活 環
境
に お け るコ ミュ ニケ
ー
ジ
ョ ン能
力
の養
成(
2
)
書
き言 葉 よ
り, 話 し言 葉 を重 視
す る。(
3
)
耳 と
口 によ
る帰 納
的方 法 を重視
し た,
Audiolingual
Approach
によ
る1
ヶ国 語 授 業
。 参 考 文 献we
Multhanp
Einfuhrung
in
die
Fachdidaktik
Englisch
Quelle
&Meyer
Heidefbeng
垣田直 己編
英
語 教育
学 研 究ハ ン ドブッ ク大修 館 高木 捨三郎 編
英語 学
英 語 教 育 研 究 辞典
南
雲 堂 小川 芳 男編英語 教 授 法 辞典
三
省
堂4
バイ
エ ル ン州
にお
け る英 語
指導要 領
第
9
,10
学年
のケ
ー
スバ イエ ル ン
州
にお ける英 語 指 導 要 領 を 文 部 省
Dr .
Thum
氏
より入 手
,説
明を
受 け た。全 文 訳
は次 回
の研 究 課 題
と し,
比
較
対
照を
す
る予 定
であ
る。今 回
IS
outline を
示 す
こと
に し た。一
73
一
NII-Electronic Library Service
Seite41
des
Bay
.ens
SAmtsblatt
thenStaatsministeriumsrdrUnt
,ernB
1234
A
ditundKultus
TeilI
Sondernummer
2
A"sgegeben
in
MOn(hen
am29,
Januar, 1982Jahrgang
t982
Inhalt
Seite
@・
CurricularerLehrplan flir
Engllsdi
als 1. Fremd-spradie inder 9.und !O.Jgst.desGymnasiums..4tCuTricularer Lehrplan
itir
Englisch
als
1.
Fremdspradie inder9.
und 10.Jahrgangsstufe'
'
des
Gymnastums
Bekanntmachung desBayertschenStaatsmtnistertums
i"rUnterrichtund Kultus
vom 22.0kteber
19el
Nt
Ilt6-
Blt522t3@
AlsAn]age wiid der
Curricul-are
Lehrp!anturEnglischals 1,Fremdsprache inder9,und 10,Jahrgangsstufedes
Gyrnnasiums ver6ffentlicht, Ertrit・tfUrdie 9.
Jahrgangs-stufe mit Beginn des Schuljahres1982iB3 und ittrdie
10,Jahrgangsstuie mit Beginn des Schuljahres t983/84
in KTaft,Zu den
jeweiligen
Terminen wirdder
mitBe-kanntmachung vom
1,
Augusit
1964
(KMBI
S,341)ver-6tfentlichte
Lehrplan fUrdie NeuerenSpradre4
f"rdie genanntev Jahrgangsstnfen im FachEnglischauigehoben,Professor Hans M aier
Steatsminister
KMBITt9S2So,-Nt.2S.-1