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中国の外資導入政策と技術移転戦略の展開

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【研究ノート】

中国の外資導入政策と技術移転戦略の展開

卫       娣   

は じ め に

 周知のように中国は,1979年の改革・開放以降,外資導入にともなう技術 の移転によって,経済発展を遂げている.そして,急速な経済成長により,

現在世界第2の経済大国になった.中国経済は「世界の工場」とも「世界の 市場」ともよばれ,GDPも輸出入も増大しているのである.

 しかし,実際には中国は世界に工場とされており,“Made in China”と言っ てもそれは中国に進出した外国資本の製品であり,国内の市場もその外国資 本のブランドの寡占状態にある.これまでの発展モデルの転換点にさしかか りつつある中国が経済発展を維持するためには,中国企業が技術を向上させ なければならない.技術を向上させる方法としては,現状では技術移転を中 心に考えざるをえない.

 本稿の目的は,これまでの中国への技術移転の形態の変化とその限界を体 系的に示すことである.すなわち経済特区から経済技術開発区,そして「三 沿」開放都市・高新技術開発区という特定地域への外資導入政策の変遷に伴い,

技術移転の主体となる企業の形態も合作から合弁さらには独資へと変化した こと,また対象となる技術も変化してきたことを明らかにする.それにした がって中国の技術移転は促進から停滞へと局面の転換をむかえたことを示す.

本稿の構成は以下のとおりである.

 1においては,技術移転論についての先行研究を整理,検討することにより,

(2)

本稿の分析視点を明確にする.

 2以下においては, 中国における「改革・開放」以降の外資導入政策の,「点

→線→面」という空間的展開を明らかにする.また,国内外の経済環境の変 化をふまえて,外資導入政策の展開にしたがって,技術移転の主体となる企 業形態と移転の対象となった「技術」も変化してきたことも明らかにする.

 中国では外資導入政策の転換によって,独資企業の割合が増え,技術が秘 匿される傾向が強まったので,外資導入とともに期待される技術の移転が難 しくなってきている.一方,中国企業自らによる技術の研究・開発には,様々 な問題がある.こうした状況下において,中国の技術移転戦略がどのように 変化していくのかを考察するための足がかりを最後で求める.

1 本稿の分析視点

1. 1 技術移転論における先行研究 1. 1. 1 直接投資における技術移転論

 本稿では,外資導入政策とそれに伴う技術移転を中心に論じるので,まず,

外国企業による技術移転に関する先行研究について考察する.

 現在,国境を越えた資本や労働力の移動は世界貿易や投資を活発化させて いる.そして企業の海外直接投資が経済のグローバル化の中心になっている.

直接投資の1つの重要な側面は,受入れ国側に様々な経済効果を及ぼすとい うことである.その中でも技術移転の効果が大きいと考えられることが多い.

 企業は,本国よりも外国に生産・販売拠点を置くことで,より合理的に活 動ができると考えた場合,直接投資を行う.ハイマーとキンドルバーガーの

「市場の不完全性」を巡る理論によると,直接投資は独占・寡占的多国籍企業 の国際展開と結びつけて説明される1).つまり,多国籍企業が独占・寡占レン

1) 高中(2001)17ページ.

(3)

ト(独占・寡占による収入)を確保するために行うのが海外直接投資である2). 直接投資を行う企業としてアメリカの多国籍企業を念頭に置くと,これらの 企業は世界的な巨大企業であり,特に発展途上国を進出先として考えると,

進出先のどの現地企業と比較しても抜群に規模が大きい.したがって,それ らの多国籍企業が直接投資して設立した現地企業は,現地の市場をほぼ独占・

寡占的に支配できると考えられる.この独占・寡占から得られる独占利潤を 目指して,直接投資が行われるという考え方である.独占利潤の額が十分に 大きければ,異国という不利な条件を克服しても進出しようという誘引が生 まれる.

 このような「市場の不完全性」を巡る理論では,主に企業規模(大規模生産)

と範囲(多様な製品群の生産)によって競争優位が成り立ち,外資企業が独占・

寡占的な地位を築くと説明した.

 ダニング3)は,企業が海外直接投資を行う際の条件として重視されていた諸理 論を,折衷理論としてまとめている.①所有の優位性(Ownership advantages),② 内部化の優位性(Internalization advantages),③立地の優位性(Location advantages)

である.特に内部の優位性を保つためには,企業が保有する技術を他企業に譲 渡しないで,自社グループ内での占有を選好し内部化することを選択する.

 一方,企業が資本関係を持たない外国企業に対して,市場を介して技術を 移転しようとする場合,適切な契約相手を探し,契約を作成・締結し,契約 条件が遵守されているかを監視するといった一連のプロセスが必要となる.

それは技術輸出企業にとって高い取引費用(transaction cost)を形成する.

 近年の「ICT(情報通信技術)革命」によって,技術移転において新たな展開 がみられるようになった.関下4)は,技術支配の仕組みを戦略として,中核(コ ア)技術の「秘匿」により独占・寡占(市場支配)する一方,一般化した技術を

2) Hymer (1960); Kindleberger (1969).

3) Dunning (1993) pp. 269―295.

4) 関下(2011)1ページ.

(4)

商品化(コモディティ化)して,販売 ・ 貸与する「伝播」(R&F5)の獲得)になっ たと主張した.

 つまり,直接投資に関する技術移転の理論によると,外資企業における技 術の秘匿傾向によって,市場独占・寡占に至り,技術移転を阻害すると考え られるのである.

 

1. 1. 2 開発経済における技術移転論

 以上のような企業を主体とした直接投資における技術移転の理論に対し,国 を主体とした技術移転を扱うのが,開発経済の理論である.本稿では,外資導 入政策による技術移転戦略について論じるので,こうした視点が不可欠である.

 先進国から発展途上国に対する技術移転の重要性について問題が提起され るのは,1960年代になってからのことである.1961年の第16回国連総会で,

南北問題を解決するために1961年から1970年までを「国連開発の十年」と する決議がなされた.1964年のUNCTAD(国連貿易開発会議)の第1会期にお いても,技術移転に関する決議が行われた.これらの決議に基づき,1960年 代の技術移転に関しては,国連を中心に発展途上国への援助というかたちで 議論されたが,具体的な進展は見られなかった6)

 1970年代には,国連で1971年から1980年までを「第二次国連開発の十年」

とする決議がなされた.そこでは,科学技術の重要性を認識した上で,技術 移転が実行されはじめていた7)

 こうして国連をはじめとした国際機関は,技術移転に関する調査・研究や 国際的な枠組作りに精力的に関与していった.

 1975年にUNCTADが発表した技術移転に関する報告書では,発展途上国 の先進国への「技術依存性」について述べられている.つまり,発展途上国

5) R&Fとは,技術特許料収入(ロイヤルティーズ&ライセンスフィーズ)のことである.

6) 安藤(1989)3―4ページ.

7) 同上書,4ページ.

(5)

と先進国の間には,技術の非対称性がある,この非対称性は技術の依存をも たらす主因である.この技術の非対称性は具体的には以下の通りである8).  ① 商品類型の非対称性,生産手段の非対称性,および貿易拘束の非対称性

から生じる「生産および貿易構造」の弱さ.

 ② 技術上の知識の非対称性,熟練の非対称性,および金融上の非対称性か ら生じる「技術上および金融上の依存関係」.

 ③ 管理の非対称性,およびイニシアティブの非対称性から生じる「管理と イニシアティブの能力」の弱さ.

 そして,この非対称性に基づく技術依存に関する理論は次の2つに分けら れる.それは,発展途上国の経済開発政策における「構造主義」および「従 属論」である.

 「構造主義」理論は次のように主張する.発展途上国の経済はモノカルチャー 経済構造を持ち,先進国に一次製品を輸出し,先進国から経済発展に不可欠 な工業製品を輸入するという構造的特徴を持つ9).しかし途上国と先進国と の上記のような非対称性によって,途上国に不利である.この途上国経済の 構造的弱点を克服するためには先進国からの工業製品の輸入を制限して,自 国内でこれら工業製品を保護育成する必要があり,「輸入代替工業化政策」を 実施すべきであると主張した.

 「従属論」では,発展途上国の経済体制は先進国に対する従属性を強く持つ と主張した.世界経済を支配する中核的な先進国に従属する途上国は,先進 国が必要とする鉱物資源,農作物などの一次産品を供給し,先進国が生産す る工業製品の輸出市場となる10).従属論に影響を受けた輸入代替工業化戦略 においては,多国籍企業は先進国への従属を強めるものと考えられ,特に南 米諸国などにおける海外直接投資の導入が敬遠された11)

8) UNCTAD (1975) pp. 3―35.

9) 稲葉(2013)241ページ.

10) 同上書,242―243ページ.

11) 田中(2013)4ページ.

(6)

 さらに,シューマッハー12)をはじめとした経済学者達は,発展途上国の状 況に適した技術,いわゆる「中間技術」・「適正技術」と呼ばれる技術の移転 が必要であると主張した.

 つまり,技術を移転する際に,現地のマクロ環境,労働者の素質,インフ ラの整備など様々な要因が,技術移転を阻害する可能性がある.技術を定着 させるためには,単に先進・先端の技術を望むのではなく,現地の状況に合 わせた技術を移転した方が望ましいというのがこの理論の考え方である.

1. 2 技術移転論をふまえた本稿の分析視点

 上述した海外直接投資と技術移転の理論は,すべて市場経済体制の下で,

利潤最大化を追求する企業の行動に関する研究である.しかし,中国は,「社 会主義市場経済」を標榜する体制であるので,経済活動が政府の強い影響を 受けている.

  そ れ は,ガ ー シ ェ ン ク ロ ン が,強 調 し た「 後 発 の 利 益(advantage of

backwardness)」13)によって説明できる.すなわち,発展途上国は先進国から「技

術革新の備蓄」を借用するだけではなく,制度を活用し,キャッチアップし ようとすべきだというのである14)

 この「後発の利益」は,ガーシェンクロンがソ連とドイツ,イギリス,フ ランスの工業化過程を比較して提起した「後発性の優位,あるいは後発性の 利益」という仮説で,後発国の工業化に関する最も基本的な理論である.

 ガーシェンクロンの論議では,後発国が工業化する際には,4つの特徴が みられると指摘されている15)

 第1に,遅れて工業化をスタートさせる国は,先発国の技術と資本が利用 できるので,先進国よりも工業化のスピードが速い.中国には「欧米諸国は

12) Schumacher (1973) pp. 236―238.

13) Gerschenkron (1952) p. 27.

14) 中兼(2012)28ページ.

15) 玉木(2005)85ページ.

(7)

道を作る,中国はその道で走る」というような言い方があるが,このことを さしている.

 第2に,後発国の産業構造は,先発国に比べて早くから重化学工業化する.

後発国では工業に適した熟練労働者が不足しているので,労働者の代わりに 最新技術を輸入して導入することになる.また先発国では旧来の工場を廃棄 しにくいが,それに対して後発国では新たに巨大な資本投資が可能なので,

資本集約的で最新技術を持つ巨大設備産業が建設されるようになる.

 第3に,重化学工業は大規模経営が求められるが,後発国では資本投入に 応じて大企業化が進みやすいので,独占やカルテルなども形成されやすくな る.

 第4に,後発国では資本も企業者も不足している.しかも企業に対する不 信があり,大規模経営への要請が強い.したがって工業化の担い手である企 業は,投資銀行や政府によって「上から」形成されることになる.それゆえ 重化学工業と大企業が重視されるのである.

 中国の経済発展は,ガーシェンクロンの指摘のように,国家が重要な制度 的要因となって,後発性の優位を発揮したと考えられる.すなわち,中国の ような体制のもとでは,政府の経済に対する干渉と関与がより強いので,技 術移転政策をどのようにとるのかによって,現実の技術移転が大きく左右さ れることになるのである.

 また,開発経済の理論によると,どのような経済開発戦略や「適正技術」

を選択するかによって,技術移転の効果が大きく変わると考えられる.その ため,中国では直接投資による技術移転によって移転される「技術」も,政 策によって定められてきたといえるのである.

 そこで,本稿では末廣の分類16)に基づいて,移転される技術を分けて分析 する.中国における「適正技術」あるいは適正化させる技術を最も適切に説 明できると考えるからである.

16) 末廣(2000)227―228ページ.

(8)

 すなわち末廣の分類によると,生産技術は「製品技術(Products technology)」 と「生産技術(Production technology)」と「製造技術(Production management know

- how)」の3つにわけられる(第 1 表).「製品技術」とは,商品化にあたって容

量や熱消費量で示される製品の性能と,構造や強度などで示される製品の機能 の2つを商品化するための設計並びに開発技術をさす.「生産技術」とは,設 計図や作業(製造)指図書に従って特定の製品をつくりだす組立て加工技術や 操作技術(オペレーション技術)を指す.そして,「製造技術」とは,設備機械を 直接扱う技術ではなく,製品の品質や生産の効率性を向上させるために,生産 設備,部品,補助具,原材料と労働者・技能者の間の組み合わせを工夫したり,

生産の手順・段取りを改善したりするノウハウをさす.いわゆる職場での生産 管理技術がこれに該当する.

 以上をふまえて,本稿では第 2 表のような枠組で,外資導入政策の変遷に 伴う技術移転戦略の変化を分析する.すなわち,外資導入政策の展開を試験 段階,沿海地域開放段階,全方位開放段階と移行段階の4つに分けて,各段 階の中心となる政策にしたがって,技術移転の主体となる企業形態が変化し ていく(第 1 図の三資企業の割合の推移はこの変化を表す)こと,そして,各段階 において求められた「技術」も変化していったことを検証していく.

(9)

17) 内資企業は研究開発の基となる技術あるいは技術の知的所有権を持っていないことが多いた め,完全な意味での技術開発とは言えないと考えられる.

第 1 表 本稿における技術移転の対象

第 2 表 外資導入政策と技術移転の変化

生産技術のタイプ 技術の内容 中国における技

術移転の対象 製品技術

Products technology

製品の性能(容量,熱消費量,効 率など),機能(構造,強度)を 作り出す設計・開発技術(R&D)

研究開発技術

(R&D)

生産技術

Production technology

設計図や製造指示書に従い製品 を作り出す加工・組立技術,も しくはオペレーション技術(装 置産業)

加工・組立技術

製造技術

Production management know-how

製品を作り出すための生産設備,

原材料,部品,ひと(生産労働 者),情報の組み合わせを考える,

職場での生産管理技術

管理ノウハウ

(出所)末廣(2000)228ページより作成.

(出所)筆者作成.

なる政策中心と 政策の特徴 技術移転の主体

技術移転の対象 外資側 中国側

試験段階 経済特区 ・ 独立的な行政地域

・ 特殊経済政策・管理

体制 合作企業 技術提供 技術受入 機械・設備加工・組立技術 開放段階沿海地域 経済技術

開発区

・ 生産型企業の誘致を

・ 国有企業との合弁指向 合弁企業 技術協力技術指導 技術吸収

プラント機械・設備 管理ノウハウ 全方位開放段階 「三沿」

開放都市 ・ 生産拠点としての存在

・ 独資企業の台頭

合弁企業 技術移転 技術吸収 サプライチェーン管理ノウハウ 独資企業 技術秘匿 ― 管理ノウハウ

移行段階 高新技術産業開発区

・ 内資企業に同様の優遇

・ ハイテク産業の誘致 を指向

(独資企業) 技術開発外資企業 ―

研究開発技術 内資企業 ― (技術

開発)17)

(10)

2 試験段階

――経済特区における技術移転――

 中国は改革・開放を始める前の30年間において,「自立更生」の発展戦略 のもとで,旧ソ連との経済・軍事協力や,東欧諸国との合弁企業の形を中心に,

海外から技術と設備などを導入した経験はあったが,海外直接投資を受け入 れる形でのいわゆる外資系企業は基本的にはなかった.この閉鎖的な経済条 件のもとで,プラントを買うのが中国の技術導入の主な形態であり,ほとん どハードウェアで,しかも重複導入が多かった.その技術導入の効果は大き

沿﹂開

第 1 図 三資企業の割合の推移

(出所)『中国統計年鑑』各年版より作成.

(注) 三資企業とは,中国において外国資本が設立した合弁企業,合作企業,独資企業という3種類 の企業の総称である.合弁企業は,外資と中国企業が出資比率に応じて権利・義務を按分する 形態であり,合作企業は出資比率によらずに契約に基づいて権利・義務を配分する形態である.

独資企業は外資のみで出資される形態を指す.

(11)

くなく,終始「導入―停滞―再導入―再停滞」という悪循環から脱すること ができなかった18)

 このような失敗を経て,自己の主導の下に,外国の先進技術を利用し,経 済的に整合性のある効率的経済体系を構築し,工業体系を構築するために合 理的な国際分業に加わることをめざし,1978年に「改革・開放」が実施された.

2. 1 外資導入政策の特徴

 ここでの「開放」は「改革」の一環として位置付けられているのであり,

主体的「改革」の中身がまた「開放」の中身を規定する.いわゆる「開放」

とは,経済の部面において言えば,単なる輸出貿易額の拡大や貿易額のGDP に占める割合の引き上げではなく,いかに対外経済交流の拡大を通じて,対 外貿易,外国の資本や先進技術・管理ノウハウを主体的に自国の経済建設の ために役立たせるかということである19)

 この観点に基づいて,まず1978年12月に開かれた中国共産党の第11期第 3回中央委員会会議では,「国全体としては,統一した対外政策の実施に基づ き対外貿易体制を改革し,対外的な経済技術面の交流と協力の規模を積極的 に拡大し,経済特区の設立と運営や沿海都市の一層の開放を努めなければな らない」20)と述べている.

 更に,1979年6月に開かれた中国第5期全国人民代表大会第2回会議にお ける政府活動報告の中で,「経済交流と技術導入は,各国の経済技術の発展 にとって不可欠の重要な手段である」21)と明記している.対外開放は,外国資 本と先進技術によって中国経済を振興させようという強い願いのもとで,7月 8日に上記の会議で採択され,「中華人民共和国中外合資経営企業法」を公布 し,実施した.これは,外資による直接投資を許可する最初の法的規定となる.

18) 樊(1992)117ページ.

19) 董(1999)77ページ.

20) 「中国共産党第11期第3回中央委員会会議公報」

21) 中国研究所編(1980)297ページ.

(12)

1979年から1980年の間に,広東,福建省を実験モデルとして,深圳,珠海,

汕頭,アモイの4都市で経済特区を創設し,特区内の外資企業に対して「特別 政策,弾力的措置」が実施された.いわゆる,隔離されて独立した行政地域に おいて,特殊な経済政策や管理体制が実施されたのである.この経済特区は,

輸出に重点を置く「外向型経済発展戦略」をとり,技術・管理経験・知識・対 外政策の「四つの窓口」としての機能を発揮することを期待されていた.

2. 2 技術移転の主体と対象

 この時期には,合作企業を中心として,外資導入が始まった.合作企業と は,出資比率とは関係なく契約によってあらかじめ利益分配を決めておく経 営の方式である.通常,中国側は土地使用権,建物と労働力などを提供して,

外国側は現金,技術,工業所有権などを投資対象とし,合作生産や共同経営 を行う.

 しかし,当時中国のインフラ設備は劣っており,外資投資に関する法律と 対外政策はまだ不完備な状態で,主に香港 ・ マカオ・台湾などの華人・華僑 企業から投資を受けていた.その主な方法は,合作企業を中心とした「前店 後廠」と「三来一補」であった.

 「前店後廠」とは,香港に貿易や管理の機能を置き,背後に位置する広東省 に生産拠点を置くという意味である.かつて香港にあった繊維アパレル企業 を深圳など中国本土に移転することで,徐々に形成された委託加工貿易方式 である.また,「三来一補」いうのは以下の4種類の委託加工方式を言う22).  ①「来料加工」(外資系企業が原材料を無償で提供し,加工したものを逆輸入する 方式であり,支払いは加工賃のみである).②「来様加工」(外資企業が仕様やサンプ ルを示し,同じ製品を作らせ輸入する方式).③「来件装配」(部品を持ち込んで加工・

組立のみを依頼するノックダウン方式).④「補償貿易」(外資が中国側に機械設備を

22) 上田(2011)141ページ.

(13)

提供・輸出し,その機械代金の見返りとして,生産された製品で返済を受ける).  こうした合作企業の形態を中心とした委託加工貿易の方式によって,加工・

組立技術が移転された.

 ところで,割合が少なかったとはいえ合弁企業は労働集約型企業において 中国に根を下ろした23)

 とはいえ,この段階において,外資導入は始まったばかりであり,試験段 階であった.主に,合作企業を中心に,委託加工貿易の方式によって,加工・

組立技術と設備が移転された(第 3 表).しかし不完全な投資環境であったの で投資回収の速いサービス業(ホテル・レストランなど)に投資が集中するのも 自然なことである.そのため,外資導入の重点は,技術より資金の導入に置

23) 例えば,中国とドイツの合弁による上海フォルクス・ワーゲン社は,25年の合弁期間を契

約し,10年以内の乗用車30万台とそのエンジン50万台の生産規模の工場の設立を計画した.

アメリカの米国自動車企業(AMC)が北京ジープを設立し,フランスのプジョー社と国際金 融会社が共同で広州プジョーを設立し,日本のいすゞが重慶で慶鈴トラックを設立した.この ように,自動車産業では,合弁の形で生産設備を導入した.また,日立は早速北京に事務所を 設立し,中国に進出した最初の日系製造業企業になった.その間,日立は中国に大量の機械・

設備を輸入した.例えば,火力発電設備,気象測定用コンピューター及びテレビ組立設備など である.樊(1992)28ページ.

第 3 表 企業形態別直接投資利用状況(1979―1984年)

(単位:万ドル)

企業形態別 件数 契約額 実行額

外資直接投資合計 3,248 933,412 340,440

合弁企業 931 138,198 42,791

合作企業 2,212 471,394 122,347

合作開発 31 242,291 131,105

独資企業 74 47,133 9,801

その他 ― 34,396 34,396

(注) 「その他」の形態による直接投資は,委託加工・組立貿易において外資 が実際に提供した設備金額.

(出所)中国対外貿易経済合作部HP統計データより作成.

(14)

かれた.

3 沿海地域開放段階

――経済技術開発区における技術移転――

3. 1 外資導入政策の特徴

 1986年10月に中国国務院は外国投資指導グループを設置した.ほぼ同時に,

国務院は「外国投資の奨励に関する規定」すなわち「国務院二十二ヵ条」を 発表した.この「国務院二十二ヵ条」で肝心な点は,初めて外資導入の重点 を輸出型,技術先進型,およびエネルギー開発,交通と素材生産などのイン フラ施設と基礎産業に置いたことである.更に,1987年,国家計画委員会(現 国家発展改革委員会)計画経済研究所の王建副研究員が国際大循環論を打ち出 し,「 両頭在外,大進大出 」(輸入と輸出という2つの太いパイプを外国市場と繋ぎ,

輸出入の大突進をすすめる)という主張をした.これによって,中国の外資導入 政策が,輸出志向と輸入代替の結合型工業化戦略であることを明確にした.

 この戦略に基づいて,経済特区の設立を経験した上で,経済技術開発区の 設立が決定された.経済特区を主体とする広東,福建省などの華南地方限定 の外資導入に対して,経済技術開発区は上海,天津,大連などの従来の工業 基地を中心とする華東 ・ 東北地方にも設立されることになった.それは,先 進技術を持つ生産型外資企業を重点的に導入することによって,南北相互補 完を図ることをめざしていた.

3. 2 技術移転の主体と対象

 経済技術開発区とは,1984 年に設立した14の開放都市24)が主体となって,

所在都市の機能を利用して郊外に設立されたものである.国の批准を受けた 特定地域で,特殊政策を実施し,比較的狭域で国際レベルの投資環境を作り

24) 14の開放都市は天津,大連,秦皇島,煙台,青島,連雲港,南通,上海,寧波,温州,福州,

広州,湛江,北海である.

(15)

上げ,先進技術の導入や生産型企業を誘致することが,経済技術開発区の目 的である.ここでの技術導入を支えるため,旧国家経済貿易委員会,財政部,

税関総署は1986年に「導入技術の消化吸収を推進することについての若干の 規定」を制定し,企業が導入技術の消化,吸収を行い,技術の国内企業への 移転を実現すべく努めることを奨励した.

 また,「国務院二十二ヵ条」の「外引内連」(開放地域は外国先進技術の導入と 国内伝統産業改造の橋渡しの役を果たすべきである)という方針に基づいて,古い 工業基地と中心都市にある国有企業の優位性を発揮させ,技術水準の高い外 国投資をより多く導入することをめざしたことが,経済技術開発区の特徴で ある.ここでは主に国有企業の生産力の上昇を目的として,先進国企業との 合弁企業が設立された.

 例えば,有名な宝山鋼鉄公司,煙台万華ウレタン股份有限公司などはすべ て日本企業の生産ラインの導入によって設立され,発展したものである.ア メリカコンピューター企業ワング社は上海市計算機開発公司と合弁で上海王 安コンピューター発展公司を設立し,1980年代の先進レベルを有する王安コ ンピューターVS系列のスーパーミニコンピューターを中国で生産し始めた.

日系企業の東芝もこの時期に,長虹やTCLなど有力な国有企業と提携し,家 電生産,設備導入,半導体などの技術を移転した25)

 さらに,1986年,松下電器は北京市との間でカラーテレビ用ブラウン管製 造に関する1億米ドル以上を投資する合弁企業の設立に合意し,日立製作所 は福建省でカラーテレビ製造合弁企業を設立した.この一連の動きは,カラー テレビ生産大国の中国を作り上げる基礎になった「カラーテレビ国産化プロ ジェクト」の一環であった.この「カラーテレビ国産化プロジェクト」は,カラー テレビを構成する5つの部品(中国では「五大部品」と言い,ブラウン管,集積回 路,チューナー,フライバックトランス,プリント基板を指す)の生産ラインを,1 社もしくは複数の外資企業(特に日系企業)から中国国有企業の大型工場に導

25) 樊(1992)33ページ.

(16)

入することをめざし,部品製造から完成品まで,中国国内で一貫した生産体 制を構築し,以後の中国テレビ産業の国際競争力を高める上で大きな役割を 果たした26)

 この「国有+外資」というかたちで,大型機械・設備の導入により先進の 組立生産ラインを揃え,生産過程中で関連する生産プロセスや経営管理など の技術を導入した.

 しかし,このように評価できる技術移転はまだ多くない,アンバランスの 状況である.特に,外国企業から導入した技術の多数は,国内企業と比べて 相対的に先進的であるにとどまり,既に使いこなした実用技術である.設備 が1980年代の水準に達するものは50%にも満たない.また,技術導入に関 する規制措置が不完備であったため,輸入した設備の一部は中古のもので,

稼働中よく故障がおこることがあった.江蘇省無錫市のある合弁企業は外国 側の投資のすべてが3台の車の購入に充てられ,設備もしくは技術での投資 がまったくなかった27).さらに,1989年6月の「天安門事件」の発生によって,

26) JETRO (2011) 7ページ.

27) 範(2004)

第 4 表 企業形態別外資利用状況(実行ベース) (単位:億米ドル)

合弁企業 合作企業 独資企業

契約件数 投資金額 契約件数 投資金額 契約件数 投資金額

1985 1,412 5.82 1,611 5.85 46 0.13

1986 895 8.04 582 7.94 18 0.16

1987 1,395 14.86 789 6.20 46 0.25

1988 3,909 19.75 1,621 7.80 410 2.26

1989 3,659 20.37 1,179 7.52 931 3.71

1990 4,091 18.86 1,317 6.74 1,860 6.83

1991 8,395 22.99 1,778 7.63 2,795 11.35

合計 23,753 110.69 8,877 49.68 6,106 24.69

(出所)中国対外貿易経済合作部HP統計データより作成.

(17)

外資直接投資が激減するにしたがって,技術の導入も冷え込んでいった.

 ここまでの海外直接投資の導入は,貿易促進による外向型経済発展戦略と 結合する形で行なわれた.その意味においては,経済技術開発区で活動する 外資企業に対する優遇政策を製品の輸出を主とする生産型企業に限定してい た.また,「中外合弁企業の外貨収支バランス問題に関する規定(第4条)」には,

「外資企業は一旦技術先進企業として指定されると,その製品を外貨建ての価 格で国内販売することができ,国は同種類の製品の輸入を禁止する」と規定 した.これは,外資による中国市場の独占・寡占をもたらす伏線となった.

4 全方位開放段階

――「三沿」開放都市における技術移転――

4. 1 外資導入政策の特徴

 鄧小平が1992年に深圳,珠海など中国南部を視察した際の,「2つの加速」

(改革・開放と経済発展を同時に加速すること)を強調する講話,いわゆる「南巡 講話」がきっかけとなって,中国経済は対外開放の新局面に向かった.そこで,

「十大経済区」と「七大経済地帯」を重点として 「 地域全体の優位性発揮 」 を めざした地域経済発展計画が設定された(第 5 表).これは,鄒家華(元副総理)

によって提案された新たな外資戦略である.「中国を縦に連ねる沿海地帯につ づいて,朝鮮・シベリア地域を視野に入れた東北部地域,ロシア・モンゴル と東ヨーロッパ市場に対応した内モンゴル・新疆ウィグルなど西北部国境地 域,インドシナ・ASEAN市場との結合をめざす西南地域,「T字型経済発展 戦略」(東部沿海地区をTの横線とみなし,長江を縦線として延々と遡行することで ある)を伸ばした長江上中流域の内陸地域など経済発展の遅れている辺境,中 部および西部を沿海地域に連携させ,相互の優位性を引き出そう」28)というも のである.これら一連の動きは,開放都市・地域を中核に横の連携が強調され,

外資主導による地域経済圏の構想である.国内経済の流れから隔離されてき

28) 「国民経済和社会発展“九五”計画和2010年遠景目標鋼要」

(18)

た従来の「特区」をより拡大した経済圏構想が志向されたのである.

 1980年代の中国対外開放は沿海地域が中心であったのに対し,1990年代の それは,もはや沿海地域に限定するものではなくなり,内陸部へ拡大する趨 勢となった.第7期全国人民代表大会第5回会議での田紀雲(元副総理)が提 出した「三沿戦略」がその証明であり,沿海地域と内陸部が一体となった対 外開放の新しい局面を迎えることとなった.「三沿」とは,従来の「沿海」に

「沿辺」と「沿江」を加えることである.「沿辺」とは,東北3省とロシア,

北朝鮮あるいは雲南とベトナム,ミャンマーなどとの国境沿いの辺境地域の ことで,「沿江」とは,長江下流口の上海浦東地域から波及効果をめざす長江 流域のことである.さらに一歩進み今後の発展が期待される黄河流域(沿黄)

を加えての「四沿」あるいは「多沿」戦略ともいう29)

29) 『中国経済新聞』(1992. 6. 8.付)「九十年代実施対外開放“三沿”戦略」 第 5 表 「十大経済区」と「七大経済地帯」

「十大経済区」 「七大経済地帯」

① 東北経済区(黒龍江・吉林・遼寧三省 と内モンゴル自治区東部)

② 華北環渤海経済区(北京・天津・河北・

③長江デルタ経済区(上海市・江蘇・浙江)山東)

④南方沿海経済区(広東・広西・福建・海南)

⑤長江中流経済区(湖南・湖北・江西・安徽)

⑥ 黄河中流経済区(山西・陝西・河南,

内モンゴル自治区西部)

⑦黄河上流経済区(甘粛・寧夏・青海)

⑧新疆経済発展区

⑨長江上流経済区(四川・貴州・雲南)

⑩チベット特殊経済区

①東北地区

② 北京・天津・河北・山東を含む環渤海

③ 地区上海浦東地区を先導とする長江沿岸地

④珠江デルタを中心となる東南沿海地区区

⑤中原地区

⑥ 西南および華南の一部省・自治区を含 む大西南地区

⑦大西北地区

地域性により区分され,生産のための産業

配置という視点から形成する経済圏構想 地域優位性を考えながら,市場という視 点から形成する経済圏構想

(出所)河内(1995)179ページ,より作成.

(19)

4. 2 技術移転の主体と対象

 ここでの外資優遇は技術導入が対象とされ,技術導入契約によるノウハウ の取得がめざされた.この技術移転で重要とされたものは工業技術提供契約 で,主としてノウハウの導入を目的し,製造過程(方法),製品の技術データ

(文書,有形物,数式,図面など),技術者育成が契約上の必要条件となっている.

日本の通商産業省の定義によると,ノウハウという場合,具体的には,有形 ノウハウとして図面,設計図,仕様書,報告書,指導書,見本,原料明細,

未完成技術の諸データ,マーケティング関連資料,製造機械の仕様書などが 上げられ,無形ノウハウとして秘密方法,秘密情報,個人的熟練,技術者の 派遣あるいは指導があげられる30)

 このようなノウハウの移転,伝達だけで生産活動が可能となるならば技術移 転そのものは比較的容易である.日系企業を対象とした東アジア知財問題研究 会の調査31)によると,日本企業と中国企業との技術連携アライアンスや特許ラ イセンスなど契約に基づく技術移転による技術流出が増加した.大手企業にお いては,初期的な技術流出はすでに終了していた.中堅 ・ 中小企業の多い製造 措置,部品などの分野では,装置の図面を出したことによる技術ノウハウの流 出,技術の拡散などは現在も存在する.ただし,中国に関しては,高度な技術 の移転はまだ進んでいない.中国では組立などの生産ラインを中心に生産拠点 が移転したが,そのノウハウは一定の保護政策により移転が少ない.

 この段階での技術導入政策におけるもう1つ基本的な考え方は,市場の一 部を外国企業に譲ることと引き換え,海外の優れた技術を吸收することであ り,中国語で「以市場換技術(市場を以って技術と交換する)」よばれる方針である.

こうした認識に立って,中国は海外の資金,技術,人材,管理ノウハウを積 極的に導入し,投資環境と管理方法を改善し,導入規模を拡大する一方で,

国内市場を一段と開放した.そこで,インフラ設備,ハイテク ・ 新技術産業,

30) 通商産業省企業局外資課編(1970)15―16ページ.

31) 『日経BP知財』(2005. 5. 31.付)

(20)

伝統産業の設備更新に重点を置き,中国の資源と市場における比較優位を発 揮し,外資の直接投資と海外先進技術の導入を通じて経済発展を推進した.

 特に自動車産業をはじめとした「以市場換技術」という外資戦略によって,

海外の一流メーカーとの合弁を通じて,技術が1回限りではなく,継続導入 されるようになった.もっとも重要なのは,外資が中国でサプライチェーン を構築することで,中国製造業全体のレベルが向上し,中国が「世界の工場」

になる基礎を築いたことである.

 例えば,中国の国家発展開発委員会工業部門のある指導者が,ドイツの自 動車企業を含めた外資が中国の自動車産業で果たした役割を次の3つにまと めている32)

 ① 企業管理,品質管理,生産管理および商品技術などの面において,外資 の合弁企業は重要な貢献をした.

 ②合弁企業の存在により,中国の自動車部品産業の発展が促進される.

 ③ 自動車産業を主管する部門をはじめ,中国政府は外資との協力関係を通 じて,車両の管理制度および技術に関わる法体制などにも大きな影響を 受けた.

 しかし,外資との合弁の過程で,中国側は技術の導入,消化,吸収,革新 という一連の流れを通じて技術を自分のものにするということをしておらず,

外資の技術提供にずっと頼り続けるという受身の態勢になってしまっている.

特に,この時期に「造船不如買船,買船不如租船(船を造るより買うほうがいい,

船を買うより借りるほうがいい)」33)という論理の復活により,国外の先進技術に 対する依存が一層強まった.こうした「市場と交換する」ことによって,外 資による中国市場の独占・寡占傾向がますます強くなったのである.

 そこで,外資により技術秘匿の面が強がり,中国と先進国の技術格差を一

32) 王(2007)47ページ.

33) 改革開放前に,遠洋大型汽船の製造について劉少奇が提案したもので,当時は合理的な資源

(人力,資金)配分をめざすものとされた.

(21)

層拡大し,国外の先進技術に対する依存が強まる.中国は技術導入する際に,

高い取引費用を支払わなければならない.

 産業における「コア技術」が外資企業に握られたままで,自主 ・ オリジナ ル技術が育たないことへの危機感を感じた状況で,中国政府は積極的に「中 国が独自の知的財産権を有する技術」の開発を奨励する政策を展開している.

「自主創新」の政策としての高新技術産業開発区の設置である.

5 「 地域 」 から「産業」への移行段階

――高新技術産業開発区における技術移転――

 2000年代に入って,東アジアは,そこで生産を行う企業にとって,もはや 単なる先進国市場向けの「安価な生産拠点」ではなく,東アジア自体が重要 な市場になっている.そのため,東アジアは自らの市場から汲み取ったニー ズに基づいて革新的な製品・サービスを開発し,それらを自らの市場に投入 するという,製品開発拠点へと徐々に変容している34).中国も同じように,「生 産拠点」から「製品開発拠点」への転換を求めている.

 1990年代以降,中国では改革開放政策が絶えず進展し,高度な経済成長を 続けてきた.中国への直接投資は,産業構造の高度化を急速に推進している.

初期の労動集約型産業から資本技術集約型産業へのレベルアップをしている.

その中で,中国での外資系企業による研究開発機関の設立が,最も注目を集 める現象の一つになっている(第 2 図).

 「科学技術振興の火炬(たいまつ)計画」の一環としての高新技術産業開発 区の設置はそのスタートである.高新技術産業開発区の設置は,ハイテク産 業による伝統的産業の改造,海外から導入された技術の学習・吸収の加速化,

ハイテク技術の商品化・産業化の促進,国際競争力の増強などを目的として いる.科学技術研究機関と大学が密集する地区を選び,政策によって研究・

開発(R&D)を促進し,ハイテク企業を集中的に育成することをめざしている.

34) 都留(2012)24ページ.

(22)

 ここでは,高新技術企業と認定されれば,外資のみならず国有企業など内 資企業も優遇されるようになったのである.高新技術企業の条件は次のとお りである.

 ① 高新技術(マイクロエレクトロニクス,電子情報技術,宇宙科学,生命科学,新 素材,省エネルギー技術など)製品の研究・開発・生産・経営に従事.

 ②企業法人資格を待つ.

 ③ 大卒以上の学歴の技術員が従業員の30%以上で,そのうち高新技術品開 発に従事する技術者が技術員の10%以上.高新技術製品の生産やサービ スを主とする労働集約型高新技術企業では大卒以上の学歴の技術員が従

業員の20%以上.

 ④高新技術・製品研究開発経費が当年の売上の5%以上.

 ⑤ 技術性収入と高新技術製品売上額の総和が総収入の60%以上.新設企業 の高新技術投入が総収入の60%以上.

 つまり,高新技術産業開発区では,研究開発をメインとする外資企業と内 資企業を両立させ,より良い競争環境を作り出すことによる内資企業の発展 を目指しているのである.ここでは,郷鎮企業や私営企業など民営経済にお

第 2 図 外資により設立された研究機関の増加状況

(出所) 日本貿易振興機構北京事務所知識産権部(2013)「中国における外資企業の研究開発(R&D)

発展状況報告書」11ページ.

(件)

(年)

(23)

ける産業構造の高度化を進めるとともに,海外からの帰国留学生や研究者の 起業を通じたさらなる高次化,すなわちR&Dという頭脳部分を意識したもの と言えよう35)

 その象徴が北京の中関村である.ここは「校弁企業」といわれる大学発の ベンチャー企業の集まりがその起源である.例えば,聯想計算機公司グルー プ(中国科学院計算技術研究所),北大方正(北京大学),清華紫光(清華大学)な どのブランドを創造し,多くは一時的に国内市場占有率のトップを占めた.

 こうして,「校弁企業」と中国信息産業部科技司から発展した内資企業の連 合という形で,「中国が独自の知的財産権を有する」とされる技術が開発され ている.具体的には,TD-SCDMA方式や,無線LAN通信におけるWAPI規格,

EVDという中国規格のDVD,中国規格の映像圧縮技術AVSなど,電子情報 分野の技術を中心に広い分野で「独自技術規格」化が推進されてきているの である(第 6 表).

 しかし,高新技術産業開発区におけるこうした「自主創新」政策を背景と した中国独自技術開発の推進も以下のような問題がある.

35) 横井(2007)155ページ.

第 6 表 中国の「独自技術規格」

国際規格 中国規格 R&D機構 場所

CDMA TD-SCDMA 中国郵政部電信科技研究所+大唐電信科技

産業集団 北京高新技術区

WIFI

WAPI 西安電子科技大学+西電捷通 西安高新技術区 IGRS 北京大学,北京郵政大学+レノボ,華為な

ど24企業 北京中関村

DVD EVD 阜国数字,新科,長虹,夏新など9企業 上海高新技術区 HVD 創維,長虹,TCL,万利達など19企業 上海高新技術区

MPEG2 AVS 創維,TCL,華為,ハイアールなど12企業 北京中関村

(出所)筆者作成.

(24)

 ① 「中国独自規格」といっても,既存の国際規格に比べ,成熟度が低く商 用化まで時間がかかっている.

 ② 製品化,商品化,産業化に向けての青写真がなく,かつ既存の国際規格 からの置き換えコストが大きい.

 ③ 目先の利益の最大化に走る傾向が強く,また,企業内R&Dが欠けている ので,自主開発より既存国際規格を受け継ぐ方向に進む.

 ④ 研究資金調達,政策優遇などを受けるために技術の「捏造」が起こりや すくなる.

 ⑤ 研究開発の基となる「コア技術(コア部品)」あるいは技術の知的所有権 を持っていないことが多いため,完全な意味での自主開発とは言えない 場合がある.

 例えば,2010年11月17日,アメリカのニューオーリンズ市で行われた世 界スーパーコンピューターの処理速度判定で,中国天津高新技術産業開発区

(中国国防科技大学と協力)が開発した「天河1号」は世界第1位になったが,

主なプロセッサーはアメリカ製品であった.すなわち,「天河1号」には「中 国芯」の「飛騰一1000」が用いられていたが,7,000個以上のCPUと3,300 個のプロセッサーはすべてインテル社の製品で,7分の6のチップがアメリ カ製品であった36).中国の研究・開発の能力が高まったというよりは,組み 立て能力が優れていたということである.

 こうした状況からみると,中国は自らR&Dを行うことが困難で,技術力を 高めるためには,外資により設立した研究開発機関を介し,協力してR&Dを 行うことが望ましい.

 しかし,中国で行う研究開発の現状を見ると,外資企業の主導で行われる ことが多い.第 3 図は,中国国内で取得された特許に占める割合を企業の国 籍別に示したものである.欧米企業においては,中国国内の大学や企業など

36) 汪(2011.7.26. 付)

(25)

中国の外資導入政策と技術移転戦略の展開(卫  娣)

現地機関の特許を引用しているケースが多く,中国国内でのイノベーション との連携が進んでいるため,割合が上昇傾向にあるが,まだ1-2%程度し かない37).それは外資系企業,特に日系企業に対して,「技術流出の懸念」を あげる場合が多いので,中国でR&Dが行われると言っても,中国現地企業の 関与が少ない.

6 新たな技術移転戦略としての「外資ガイドライン」

―むすびにかえて―

 以上のように,中国は後発国の優位性を利用し,点(経済特区)→線(経済 技術開発区と「三沿」開放都市)→面(高新技術産業開発区)という外資導入政策 の展開により,外資導入とともに技術導入の規模を急速に拡大させてきた.

 本稿では,改革・開放後における,外資政策の展開によって技術移転が促 進された段階から独資企業が主体となったことによって技術が秘匿されて技 術移転が停滞する段階までの過程を検証した.

 すなわち1では,技術移転に関する海外直接投資と開発経済の理論的な先 行研究を整理することにより,以下の議論に関する分析視点と方法を明確に

37) 元橋(2013)

高新技術(マイクロエレクトロニクス・電子情報技術・宇宙科学・生命科学・新素材・省エネルギー技 術など)・製品の研究・開発・生産・経営に従事.

企業法人資格を待つ.

大卒以上の学歴の技術員が従業員の30%以上で,そのうち高新技術品開発に従事する技術者が技術員の 10%以上.高新技術製品の生産やサービスを主とする労働密集型高新技術企業では大卒以上の学歴の技 術員が従業員の20%以上.

高新技術・製品研究開発経費が当年の売り上げの5%以上.

技術性収入と高新技術製品売上額の総和が総収入の60%以上.新設企業の高新技術投入が総収入の60%

以上.

つまり,高新技術産業開発区では,研究開発がメインとした外資企業と内資企業を両立し,より良い競争環境 を作り出し,内資企業の発展を目指しているのである.ここでは,郷鎮企業や私営企業など民営経済の産業構造 の高度化を進めるとともに,海外からの帰国留学生や研究者の起業を通じたさらなる高次化,すなわちR&D いう頭脳部分を意識したものと言えよう35)

その象徴が北京の中関村で,ここは「校弁企業」といわれる大学発のベンチャー企業の集まりがその起源であ る.例えば,聯想計算機公司グループ(中国科学院計算技術研究所),北大方正(北京大学),清華紫光(清華大 学)などブランドを創造し,多くには一時的に国内市場占用率のトップを占めた.

6中国の「独自技術規格」

国際規格 中国規格 R&D機構 場所

CDMA TD-SCDMA 中国郵政部電信科技研究所+大唐電信科技産業集団 北京高新技術区

WIFI WAPI 西安電子科技大学+西電捷通 西安高新技術区

IGRS 北京大学,北京郵政大学+レノボ,華為など24企業 北京中関村

DVD EVD 阜国数字,新科,長虹,夏新など9企業 上海高新技術区 HVD 創維,長虹,TCL,万利達など19企業 上海高新技術区

MPEG2 AVS 創維,TCL,華為,ハイアールなど12企業 北京中関村

(出所)筆者作成.

3中国における特許の中国国内発明の比率

(出所)元橋(2013)より作成.

こうして,「校弁企業」と中国信息産業部科技司から発展した内資企業の間の連合という形で,「中国が独自 の知的財産権を有する」とされる技術が開発されている.具体的には,TD-SCDMA方式や,無線LAN通信にお けるWAPI規格,EVDという中国規格のDVD,中国規格の映像圧縮技術AVSなど,電子情報分野の技術を中心 に広い分野で「独自技術規格」化が推進されてきているのである(第6表).

しかし,高新技術産業開発区におけるこうした「自主創新」政策を背景とした中国独自技術開発の推進も以下 のような問題がある.

「中国独自規格」といっても,既存の国際規格に比べ,成熟度が低く商用化まで時間がかかっている.

製品化,商品化,産業化に向けての青写真がなく,かつ既存の国際規格からの置き換えコストが大きい.

目先の利益を最大化に走る傾向が強く,また,企業内R&Dが欠けているので,自主開発より既存国際規

35) 横井(2007155ページ

第 3 図 中国における特許の中国国内発明の比率

(出所)元橋(2013)

(417) 247

(26)

した.2以下では,4つの段階に分けて,外資導入政策の展開と技術移転の主 体となる企業の変遷をまとめた.

 こうした検証を通じて,「三沿」開放都市政策を実行して以降,世界がその 工場とした中国では,外資系企業が国有企業に取って代わり中国の技術導入 の主体となったことが明らかとなった.その結果として,中国商務部の調査 によると,技術導入総額にしめる外資系企業の割合は50%以上で,国有企業 や民営企業の割合を大きく上回っている38).さらに,WTOへの加盟によって 技術に関する規制が撤廃されて,独資企業に対する規制も緩やかになったこ ろから,「三資」企業において独資企業の割合が50%を超えた.独資企業は 技術を秘匿する傾向が強いので,外資導入とともに期待された技術の移転が,

不利になってきた.すなわち,中国側が直接学習する機会が少なくなってい るのである.そのため,R&Dによって技術力と市場競争力を高めることが,

中国経済にとって大きな課題になった.

 そこで,中国政府は中国企業自らのR&Dを促進するために,「自主創新」

戦略を提案した.この戦略を全面的に実行したのが,もう1つの地域的外資 政策,すなわち高新技術産業開発区の設置である.高新技術産業開発区では,

外資企業のほか内資企業も,一定の条件を満たせば設立が可能であり,両方 ともが技術開発をしている.内資企業によるR&Dは中国独自の技術・規格に こだわり,国際的な基準と外れることがある.また,内資企業はR&Dの基と なる技術の知的所有権を持っていないことが多い.

 以上のような変化をふまえて,中国の外資導入政策は,「外資直接投資産業 指導目録(外資ガイドライン)」の策定により大きく変化した.すなわち,経済 特区,経済技術開発区,「三沿」開放都市,高新技術産業開発区など特定地域 への外資の誘致から,産業政策への変化である.つまり,「外資を必要とする 産業=中国が世界的水準から遅れを取っている産業」について,リストを公

38) 胡(2003)34ページ.

(27)

表し,産業別に優遇する方針になったのである.

 1995年6月,当時の国家計画委員会・国家経済貿易委員会・対外貿易経済 合作部は共同で「外資直接投資産業指導目録(外資ガイドライン)」を公表した.

これは,外資による直接投資が,中国国内では,外資系企業との不公平な競 争条件への不満,偽装外資企業の発生,地域間格差の拡大などの問題を生じ させ,国外では,WTO加盟をにらんだ「内国民待遇」などの議論を呼び起こ し,外資導入論争を引き起こしたため,その管理の強化を図るためのもので あった.

「外資ガイドライン」は,奨励項目,制限項目,禁止項目の3つに分類され,

これら三つの項目に属さないものは許可項目として,ガイドラインには例記 されない.この「外資ガイドライン」は1995年に最初に公表されてから,今 日までに5回にわたって修正されている.その詳細については稿を改めて論 じるが,奨励項目の変遷からみると,外資の進出を奨励している業種に対して,

進出に条件を付ける傾向が強まっている.

 こうしたことから,この「外資ガイドライン」は,独資企業の台頭によって,

技術移転が停滞している現状から抜け出すための新たな技術移転戦略と考え られるのである.こうした新たな技術移転の戦略については稿を改めて検討 する予定である.

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