Rikkyo Clinical Psychology Research 2012, Vol. 6, 45-55
The purpose of this study was to examine the direction research should take to improve the effectiveness of the cognitive-behavior approach, by reference to neurobiological research on the cognitive theory of depression. Through the reference of Cognitive-neurobiolocial model (Disner et al, 2011) integrated with integrate Beck’s cognitive model of depression and neurobiolocial researches, it was revealed various factors related to the frontal top-down interventions. The results confirm that it is efficient to understand cognitive control in the frontal with over time, such as using NIRS. In addition, it was suggested future research also needs the process of cognitive-behavior approach focusing on cognitive control.
Key words : Cognitive-neurobiolocial model, Cognitive behavioral therapy (CBT), depression, Cognitive control, Cognitive intervation
立教大学大学院現代心理学研究科 岩山 孝幸
On the direction of cognitive control research according to Cognitive-neurobiolocial integrate model of depression
Takayuki Iwayama
抑うつの認知的 神経生物学的統合モデルによる認知 操作研究の方向性について
目的
昨 今,う つ 病 に 対 す る 対 策 の 必 要 性 が 求 め ら れ て い る。世 界 保 健 機 関(World Health
Organizaiton: 以下WHOとする) の調査によれ
ば,全世界において,うつ病(以下,うつ病は単 極性うつ病(大うつ病性障害) を指すものとす る)による疾病負担(障害調整生命年数(1)を基 準とする)は,2004年時点で第3位に位置してい るが,2030年には第1位になると推定されている
(WHO, 2004)。欧州神経精神薬理学会(European College of Neuropsychophamarmacology:ECNP) による最新の調査によれば,2010年時点で, 欧 州の全人口の38%に相当する約1億6500万人が うつ病や不安障害などを含む精神疾患や神経疾患 に苦しんでおり,この内,薬物療法などの必要な 治療を受けている者は3分の1に留まっていると
され,十分な治療を施されないことが多大な経済 的・ 社会的損失につながっていることが明らか とされている(Wittchen, Jacobi, Rehm, Gustavsson, Svensson, Jönsson, Olesen, Allgulander, Alonso, Faravelli, Fratiglioni, Jennum, Lieb, Maercker, van Os, Preisig, Salvador-Carulla, Simon, & Steinhausen, 2011)。 我が国においても, 厚生労働省(2010) によって発表された最新の調査「自殺・うつ対策 の経済的便益(自殺やうつによる社会的損失)」 によれば,2009年度における自殺・ うつ病によ る経済的損失は2.4兆円にもなると試算されてお り,うつ病・自殺に対する対策を早急に講じるこ とは社会的な要請であると言える。
うつ病の治療法については, 米国精神医学会
(American Psychiatric Association: 以 下APAと す る)の気分障害に関する治療ガイドライン(最新
第3版)(APA, 2010)において,薬物療法と心理
展 望
療法が代表的な治療法として挙げられており,有 効性が実証された心理療法としては認知行動療法
(Cognitive Behavioural Therapy:以下CBTとする)
が挙げられている。我が国でも,2010年4月の診 療報酬改定によりCBTが点数化されており,う つ病に対する治療的介入としてCBTは重要なも のとなっている。
厚労省によるCBTの研修制度は2010年度から 公費負担で始まっており,大学レベルでも,千葉 大学による千葉認知行動療法士トレーニングコー ス(2)などの先駆的な取り組みがなされている。ま た,2011年4月には独立行政法人国立精神・神経 医療研究センター内にCBTセンター(3)が設立さ れるなど,CBTの普及・研究が進められている。
一方で, 神経生物学的な立場からも, うつ病 に対する生物学的な指標を示唆する最近の報告
(Fuchikami, Morinobu, Segawa, Okamoto, Yamawaki, Ozaki, Inoue, Kusumi, Koyama, Tsuchiyama, & Terao, 2011)や,近赤外線スペクトロスコピィ(Near- Infrared Spectroscopy: 以 下NIRSと す る) を 用 い た補 助診断(福 田正人, 2009;2011) な ど の 解明が進められている。 また最近では,Disner, Beevers, Haigh, & Beck(2011)による,Beckの抑 うつの認知モデルを神経生物学的な研究結果と統 合したモデルの報告もある。Disner et al.(2011) は,認知的な枠組みの中で神経生物学的なデータ を統合することは,うつ病の病因論や治療法の更 なる理解のために必要な,包括的で理論主導型の 検証を可能とすることを指摘している。
したがって, 本論文では,Disner et al.(2011) の 認 知 的 ― 神 経 生 物 学 的 モ デ ル(Cognitive- neurobiolocial model)を参考にしながら,うつ病 に対する認知行動的アプローチに基づく認知的介 入の更なる向上に資する基礎研究性の方向性を論 じることとする。
抑うつの認知モデル(Beck)
認知的 ― 神経生物学的モデルに入る前に,そ の統合の元となるBeckの抑うつの認知モデル
(Beck, 1987)を概観する。
Beckのモデル(Figure1) によれば, 潜在的な スキーマ(schema;内的に蓄えられた考えや経験 など)が内的/外的な出来事によって活性化さ れ,情報処理の方法に影響を与えると考えられて いる。(4) 図1
スキーマは, 情報処理に影響を与え, ある状 況下で個人が自身の経験をどのように解釈する かを決定する。 早期に有害な体験をすると,抑 うつスキーマが形成され,その後のスキーマの内 容と関連した出来事によって活性化される。 一 旦,抑うつスキーマが活性化すると, 自己, 世 界, 将来に対してネガティブな情報処理が生じ る。こうして,抑うつスキーマは,うつ病の脆弱 性(vulnerability)となる。
情報処理論の観点からは,抑うつスキーマの活 性化によって,注意や解釈,記憶に特定の障害が 起こるとされる(Clark, Beck, & Alford, 1999)。自 己や周囲に対するネガティブで悲観的な処理は広 範囲に渡るため,結果として,抑うつ的な人は,
自分に欠陥がある,毎日が苦痛に満ちている,現 在の苦しみが続いていく, といったスキーマに 沿った非機能的態度を発展させてしまう。非機能 的態度が活性化されると,抑うつ的な人は気分と 一致する方へ選択的に注意を向けるため,ネガ ティブ情報が符号化され,ポジティブ情報は閉め 出されてしまう(Kellough, Beevers, Ellis, & Wells, 2008)。
同様に,記憶のバイアスに関するエビデンスも 報告されており,抑うつ的な人は,ポジティブな 題材よりネガティブな題材を報告することが多い ことなどが分かっている(Mathews & MacLeod, 2005)。
最近の研究では, 記憶や注意の障害は, ネガ ティブ刺激から距離をおく “抑制” が上手くでき ないこととの関連が見られると報告されている
(レビューとして,Gotlib & Joormann, 2010)。 こ の “抑制” は,反芻的な反応スタイルとして臨床 的 に 明 ら か に さ れ て い る(例 え ば,Joormann, 2006)。抑うつ的反芻は,抑うつの持続などと関 連している(Nolen-Hoeksema, 2000)。
ここで,Beckの抑うつモデル(Figure1) で考 えると, 早期の有害な体験(遺伝やパーソナリ ティ要因と関連する)によって,抑うつ的自己ス キーマ(潜在的な非機能的態度としても知られ る)が形成される。ネガティブなスキーマは,一 旦ストレス刺激によって活性化されると,脳内の 情報処理に影響を与え,結果として注意や処理,
記憶にネガティブな影響を与える。注意や記憶の 偏りは,“抑制” の失敗の結果として生じる。こ の処理は,大うつ病エピソードの開始や維持に関 する認知システム内のフィードバックループを促
進する(Figure1内の抑うつ症状からスキーマ活
性化への矢印)。
Disner et al.(2011)は,抑うつに関する既存の 神経生物学的モデルと並行にする形でレビューを 行っており,抑うつにおける認知的バイアスは,
脳内の低次領域の調整を行う高次領域の失敗,す なわち認知操作の低下によって持続する,低次領
域から高次領域への非機能的ボトムアップ処理に よって生じると指摘している。 以下,Disner et al.(2011)の認知的バイアスの神経学的説明を概 観する。
情動刺激に関する注意の偏り
適切な情動のきっかけに注意を向けられないこ とは,認知モデルの中核を成すと考えられている
(Posner & Rothbart, 2000)。気分障害に罹患してい ない場合は,ポジティブ刺激へ注意が向くことが 多いが,臨床的な抑うつ群の場合,怒りや幸せ,
あるいはニュートラルな刺激に対してではなく,
悲しみを誘う刺激に注意が向けられることが多い
(Gotlib, Krasnoperova, Yue, & Joormann, 2004)。ネ ガティブ刺激から距離を置けないことは,抑うつ 症 状 の 悪 化 や 持 続 と 関 連 し て い る と さ れ る
(Hasler, Drevets, Manji, & Charney, 2004)。神経学 的なメカニズムで記述すると以下のようになる。
Figure 1 抑うつの認知モデルにおける情報処理(Disner et al., 2011をもとに作成)
脆弱性
・遺伝・パーソナリテ
スキーマの活性化
処理の偏り
抑うつ症状
・行動面・情動面
・身体面・動機面
注意の偏り 記憶の偏り
内的/外的情動刺激
環境要因 ィ
皮質野は視覚的注意の切り替えをコントロール する頭頂間溝(Intraparietal sulcus:IPS),前頭前 皮質(prefrontal cortex:以下PFCとする)の領域 を含んでいる(Corbetta, Akbudak, Conturo, Snyder, Ollinger, Drury, Linenweber, Petersen, Raichle, Van Essen, & Shulman, 1998)。これらの領域は,競合 的な視覚刺激の選別に関係するが,1つの刺激に 注意を向けることは,同時に他の競合する刺激の 抑制を意味する(Kastner, De Weerd, Desimone, &
Ungerleider, 1998)。注意の切り替え活動は,刺激 選択のコントロールに関する前頭前野腹外側部
(ventrolateral prefrontal cortex: 以 下VLPFCと す る) や 実 行 機 能 と 関 連 す る 前 頭 前 野 背 外 側 部
(dorsolateral prefrontal cortex: 以 下DLPFCと す る),視覚的注意の切り替えに関連する頭頂皮質
(superior parietal cortex:以下SPCとする)などの 高次の皮質構造からのトップダウン的介入を必要 とする。
抑うつ群では,ネガティブ刺激への注意が多く なり, ポジティブ刺激への注意が減ることが分 かっている(Kellough et al., 2008)。これは,右前 頭前野腹外側部(右VLPFC),右前頭前野背外側
部(右DLPFC),右SPCの活動低下と関連し,そ
の結果,抑うつ群はネガティブ刺激への注意を切 り離せず,長期的な抑うつにさらされてしまう
(例えば,Beevers, Clasen, Stice, & Schnyer, 2010)。 こ れ は,吻 側 前 帯 状 皮 質(rostral anterior cingulate cortex:以下rostral ACCとする)におけ る 不 十 分 な 抑 制 処 理 に 関 連 し て い る(Shafritz, Collins, & Blumberg, 2006)。 健 常 群 で は,ポ ジ ティブ刺激に関する注意を抑制した場合にrostral ACCは活動を示すが,抑うつ群においてはネガ ティブ刺激を抑制した場合に活動を示す(Eug, egrave, Joormann, Cooney, Atlas, & Gotlib, 2010)。
このことから,健常群はポジティブ刺激に関し て,抑うつ群ではネガティブ刺激に関して,注意 をそらすために認知的な努力を必要とすると考え られる。
Disner et al.(2011) は, 認知モデルから, 抑 う つ 群 に お い て は, 刺 激 の 選 択(VLPFCの 活
動低下) やネガティブ刺激への注意の切り離し
(DLPFCとACCの機能に関連する),適応的な刺
激への視覚的注意の切り替え(SPCの機能低下)
などが上手く機能していないと結論づけている。
情動刺激の処理の偏り
抑うつ群は,ある刺激を周囲から受け取ると,
特にそのネガティブな側面を意識すると認知モデ ルでは考える(Mathews & MacLeod, 2005)。神経 学的なメカニズムで記述すると以下のようにな る。
情動刺激の感知は扁桃核(amygdala) と関連
し,左DLPFCからの間接的な抑制インプットに
よって部分的に調整される(Wayne, 2001)。健常 群では, 情動的な情報の処理中に扁桃核は活性
化し,左DLPFC活動は逆相関を示すが,抑うつ
群ではネガティブ情報を処理する際に扁桃核は 過活動を示す(Siegle, Steinhauer, Thase, Stenger, &
Carter, 2002)。この扁桃核の反応パターンは意識
下で自動的に生じ,周囲や社会的相互作用に関 する知覚を非機能的に変化させる。(Victor, Furey, Fromm, Ohman, & Drevets, 2010)。
ネガティブ情報の知覚は,両側DLPFCにおけ る扁桃核への認知的操作の低下によって生じる
(Gotlib, & Hamilton, 2008)。両側DLPFCにおける 機能変化は認知操作の低下に関連し,その結果,
扁桃核活動の増加を促進し,非機能的な情動処理 に至る(Siegle et al., 2002)。
抑うつ群におけるネガティブな情動情報の処理 の維持は, 中枢神経系の信号伝達に関する視床
(thalamus)(Sherman & Guillery, 2002)やDLPFC か ら の ト ッ プ ダ ウ ン の 認 知 操 作 を つ な ぐ 背 側 ACC(Ochsner, & Gross, 2005), 辺縁系からの情 動 フ ィ ー ド バ ッ ク を 統 合 す る 下 側 帯 状 皮 質
(subgenual cingulate cortex)と関連する(Greicius, Flores, Menon, Glover, Solvason, Kenna, Reiss, &
Schatzberg, 2007)。
また,健常群においては,ポジティブ感情を経 験したり維持することは,報酬や動機づけに影響 を与える側座核(nucleus accmbens) と密接に関
連 す る(Tremblay, Naranjo, Graham, Herrmann, Mayberg, Hevenor, & Busto, 2005)。
抑うつ群において,報酬に対するポジティブ感 情の減少は,側座核とPFCの活動低下と関連する が,特に,ポジティブ感情を意識的に維持するこ と を 求 め ら れ た 場 合 に 顕 著 で あ っ た(Heller, Johnstone, Shackman, Light, Peterson, Kolden, Kalin,
& Davidson, 2009)。このことは,PFCからのトッ プダウン制御を介したポジティブ感情の維持が正 常に機能していないことを示唆している。以上の ことから,Disner et al.(2011)は,抑うつ群にお いては,PFCの活動低下は側座核の報酬への感受 性を低下させ,報酬を求める行動を妨げる原因と 考えている。
思考の偏りと反芻
認知モデルによれば,抑うつ症状の発症は反芻 思考によって部分的に媒介されることが示されて いる(Spasojević & Alloy, 2001)。また,抑うつ症 状 は 反 芻 思 考 に よ っ て 強 め ら れ る(Nolen- Hoeksema, 2000)。Disner et al.(2011) は 反 芻 を 情動変化,記憶処理,自己参照処理の増加とトッ プダウン処理の減少,に分けて論じている。
反 芻 思 考 は 情 動 想 起 に 関 す る 扁 桃 核 や 海 馬
(hippocampus:以下HPPとする)領域の活動と関
連するが,抑うつ群では,下側帯状皮質の反応低 下と扁桃核活動の持続と関連している。さらに,
扁桃核と反芻は強く関連しており,反芻思考にお ける情動処理の中核的役割を扁桃核は担っている
(Siegle, Carter, & Thase, 2006)。
反芻は自己参照的処理に関連するより広範な 神経ネットワークによって処理される。内側前 頭前皮質(medial prefrontal cortex:以下MPFCと する)は反芻の鍵となる領域であるが(Cooney, Joormann, Eugène, Dennis, & Gotlib, 2010),扁 桃 核 と 直 接 関 連 し(McDonald, Mascagni, & Guo, 1996),自己参照的帰属と自己参照的評価の双方 に 関 連 し て い る(例 え ば,Ray, Ochsner, Cooper, Robertson, Gabrieli, & Gross, 2005)。
認知的再評価によって反芻を減らす試みは,
MPFC活動の低下と関連し,自己参照とネガティ ブ認知の減少を示唆するが,ネガティブな反芻に 関するMPFC活動の増加は,抑うつ群が自己参照 的に刺激を解釈する傾向があることを裏付ける。
さ ら に, 抑 う つ 群 に お い て は, 反 芻 思 考 は 左
DLPFCとVLPFCの活動低下に関連するトップダ
ウン的認知操作の減少によって維持される(Ray et al., 2005)。また,DLPFCとVLPFCの活動低下
はrostral ACCの活動パターン変化と関連してお
り,ポジティブ情報の抑制が促進され,ネガティ ブ情報の抑制が妨げられることで反芻へと至る。
したがって,Disner et al.(2011)は,抑うつ群 の反芻思考は,情動経験に関する扁桃核,HPP, 下側帯状皮質活動の持続,自己参照的認知を促進 するMPFC活動の減少,情動刺激の抑制に関わる
rostral ACCの機能変化によって促進されると結論
づけている。
ネガティブ刺激に関する記憶の偏り
ネガティブ刺激の偏った記憶は抑うつの認知モ デルの重要な要素である(Mathews, & MacLeod, 2005)。記憶の偏りは,注意と処理の偏りと密接 に関連している(Koster, De Raed, Leyman, & De
Lissnyder, 2010)。扁桃核の反応はその他の領域の
ボトムアップ処理を通じて,記憶の偏りの中核を 担う(Hamilton & Gotlib, 2008)。
健常群において, 扁桃核の活動は顕在記憶に 関するHPPの活動,スキル学習に関連する尾状
核(caudate)と被殻(putamen)の活動によって,
情 動 刺 激 の 想 起 を 促 進 す る(Packard, Cahill, &
McGaugh, 1994)。
抑うつ群では,扁桃核の活動は,符号化中のネ ガティブな想起を促進するHPP,尾状核,被殻の 活動増加に関連する(Hamilton & Gotlib, 2008)。 以上のことから,Disner et al.(2011)は,抑うつ における記憶の偏りは,符号化中の扁桃核の活動 増加と,ネガティブ情報の想起に関するHPP,尾 状核,被殻の活動増加が原因であることを示唆し ている。
また,抑うつ群では,報酬の評価に関する腹側
(ventral)MPFCは, 幸せな出来事を想起してい る間に活動が増加し,悲しい出来事を想起してい る間に活動が低下する。 すなわち,抑うつ群で は,幸せな記憶を想起するために,MPFCのトッ プダウン処理によるより多くの認知努力を必要と するが,ネガティブ記憶の想起はトップダウン的 処理の影響をあまり受けない(Keedwell, Andrew, Williams, Brammer, & Phillips, 2005)。Disner et al.(2011)は,より詳細な検討の必要性を指摘し ながらも,抑うつ群におけるネガティブ刺激に関 する記憶の偏りは,前頭野のトップダウン的処理 を必要とせず,HPPや尾状核,被殻の活動をきっ かけとする扁桃核の過活動と関連していると結論 づけている。
非機能的態度とネガティブスキーマ
非機能的態度,特にネガティブな自己スキーマ は,抑うつの認知モデルの中核を担っている。非 機能的態度に関する神経学的研究は少なく,既存 の研究では非機能的信念と関連する領域がいくつ か特定されているのみである(Disner et al, 2011)。 ネガティブな自己参照的課題に取り組んでいる 間,抑うつ群は,重度の抑うつ症状と相関する MPFC,ACC, 扁桃核の活動が見られる(例え ば,Yoshimura, Ueda, Suzuki, Onoda, Okamoto, &
Yamawaki, 2009)。
認知階層の中下層に位置するこれらの領域は,
スキーマの偏りの基盤となる自己参照的思考の ネットワークを構築する。扁桃核は,認知階層の 下層付近に位置し,情動処理と密接に関連してい る(Sergerie, Chochol, & Armony, 2008)。MPFC は,認知階層の上層に位置し,内的自己表象に関 す る 重 要 な 領 域 と 考 え ら れ て い る(Gusnard, Akbudak, Shulman, & Raichle, 2001)。ACCは3つ の媒介機能を持っており,背側(dorsal)ACCは トップダウンの認知信号を伝え,ventral ACCは 情動の分類に影響を与え,rostral ACCは情動刺激 の自己参照に関連する(Yoshimura et al., 2009)。 したがって, 扁桃核,MPFC,ACCの過活動 は,抑うつ群における,ネガティブな外的刺激の
自 己 へ の 関 連 づ け を 強 め る こ と が 示 唆 さ れ る
(Yoshimura et al., 2009)。
以上のことから,Disner et al.(2011)は,扁桃 核,MPFC,ACCの過活動は, 抑うつ群のネガ ティブな自己参照的の促進,維持に関わる回路を 形成し,抑うつの認知理論の知見にも一致すると 結論づけている。
認知的 ― 神経生物学的統合モデル
以上のレビューから,Disner et al.(2011) は,
抑うつの認知的偏りの根底にある神経生物学的メ カニズムは,2つの鍵となるシステムに影響を受 けていることを指摘している。
1つは,認知の偏りを引き起こし,認知操作を 弱め,偏りを持続させる神経生物学的プロセスで ある。このプロセスは最初,辺縁系の過活動の伴 うボトムアップ経路からもっとも影響を受け,そ の次に,PFCへと続く下側帯状皮質や,ACC,尾 状核や,被核,側座核,HPPなどの活動を反映す る。
もう1つは,認知操作の低下,すなわち,脳の 情動領域における抑制活動に関するトップダウン システムの低下である。認知操作の低下は,自己 参照的スキーマに関するMPFCや,反芻や処理の 偏 り に 関 す るDLPFC, 注 意 の 偏 り に 関 す る
VLPFCと関連しており,ACCと視床を通した皮
質下のトップダウン処理に制限をかける。PFCか らのトップダウン的認知操作が制限され,非機能 的なボトムアップ的活動が起きると,注意や処理 の偏りの一因となる扁桃核活動の増加,ポジティ ブ刺激の遮断の一因となる側座核活動の鈍麻,非 機能的態度と記憶の偏りの一因となる尾状核と被 殻の機能異常などが生じる。
抑うつの認知モデルで言えば,認知操作の干渉 を受けず,認知的偏りを強化する皮質下の領域 は,抑うつを持続させるスキーマに関連する刺激 の知覚を増加させる。
従来のCBTはBeckの認知モデルの要素の内,
特に非機能的態度に対するコラム法や,ソクラテ ス的質問などの直接的な認知的介入技法を用い
ている(Beck, Rush, Shaw, & Emery, 1979)。認知 的バイアスを改善するためのCBTやその他の技 法は,スキーマの正確さの認識への気づきを目 標としている(Butler, Chapman, Forman, & Beck, 2006)。
Disner et al.(2011)のレビューからCBT的介入 に関して言えることをまとめると,抑うつ症状を 引き起こすようなボトムアップ反応によって引き 出されるネガティブ刺激を減少させるために,
トップダウン的認知操作を促すようなCBT的介 入を行うことが有効であるということである。こ のことは,抑うつ群において,扁桃核の過活動が CBT的注意訓練によるDLPFC機能の向上により 平 常 化 さ れ たfMRI研 究 で も 確 認 さ れ て い る
(Siegle, Ghinassi, & Thase, 2007)。
今後の研究の方向性
上記の統合的モデルのレビューから,Disner et al.(2011) は今後の研究の方向性として, ポジ ティブではなく,ネガティブな刺激へと向かう処 理につながる神経生物学的なメカニズムの特定を 挙げている。また,認知的な偏りが形成された後 の抑うつの維持,回復プロセスに関する研究の重 要性も指摘している。
岩山(2011)は,CBT的アプローチのレビュー をする中で,認知操作研究の必要性を指摘し,特 にNIRSなどの経時的測定法を用いて,課題実施 中の認知操作に関する基礎研究を示している。比 較的浅い皮質領域しか測定できないというNIRS の限界(福田,2009)に着目しながら,Disner et al.(2011)のレビューと合せて考えると,心理学 的研究においては,さらに以下のような方向性が 示される。
①認知的課題などを呈示した際に,ネガティブな 予期をしているかどうかを,前頭葉機能の活動 を見ることで確認することができる
②注意の切り替え訓練において呈示される,刺激 属性に関するポジティブ/ネガティブ判断を,
前頭葉機能の活動を見ることで経時的に確認す ることができる
③報酬/損害などリスク認知が関わる課題を呈示 したときの認知的操作を,前頭葉の活動を見る ことで経時的に確認することができる
④反芻的な思考プロセスへの発展や解消に関する 認知操作の効果を,前頭葉の活動を見ることで 経時的に確認することができる
例えば,①については,Teasdale & Dent (1987) による古典的なポジティブ/ネガティブ用語の想 起課題の研究によって明らかとなっているが,こ の種の自己報告を用いた研究デザインでは,認知 操作との関連が十分に検討できない可能性があ る。また,②,③については,刺激語などを呈示 し,反応時間によって認知操作を見る研究(例え ば,服部2011)などによって部分的に明らかと なっているが,前頭葉機能との関連から検討する ことによって,より強いエビデンスが得られると 考えられる。④については最近の研究により,従 来の知見と異なる内省から反芻への発展が示唆さ れており(Takano, & Tanno, 2009),内省を促進す るCBT介入のマイナス面も含めたプロセス研究 を行うために,前頭葉機能に着目した研究が考え られる。
袴田(2011)は,CBTによる脳機能の変化に関 す る レ ビ ュ ー を 行 う 中 で,「こ れ ら の 知 見 が
“CBTによって何処かしらの脳領域・部位に変化 が認められた” という事実以上のものを何も物 語っていないとうことを認識せずにはいられな い」 と述べており,CBT的介入が奏功する要因 とそうでない要因を検討する必要性を指摘し,従 来の治療効果の前後を検討する研究デザインに対 して,時間的経過に着目した研究の重要性を主張 している。Disner(2011)らが呈示した統合モデ ルは,神経生物学的な知見と心理学的な知見の橋 渡しとなるモデルであり,今後は神経生物学的な プロセスをパーソナリティなどの個人要因も含め た,心理学的な反応様式との関連から検討するこ とで,より個々人に適した認知的介入に資する研 究を行っていく必要があると考えられる。
注釈
(1) 障害調整生命年数(Disability-Adjusted Life
Years:DALYs) とは, 疾病や傷害によっ
て失われた生活や生命の質を包括的に測定 するための指標として国際的に用いられて いるもので,障害をもちつつ暮らした年数
(Years of Life lost due to Disability:YLD) と 死 亡 が 早 ま る こ と で 失 わ れ た 年 数
(Years of Life Lost:YLL)との合計による 年数を単位としたものを意味する。
(2) http://chibacbt.com/
(3) http://www.ncnp.go.jp/cbt/
(4) 紙幅の都合上,Disner et al.(2011)の論文 にある図の内,Beckの認知モデルを紹介 した図のみを載せ,その他は割愛した
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