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Service-Profit Chain と SECI モデルによる 加賀屋のサービスの実証研究

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(1)

1 はじめに

日本の伝統的宿泊形態である旅館が衰退して いると指摘されている中,近年の旅館経営は,

世の中のニーズに合わせてマスから個へ変わ り,おもてなしを強化した少人数客を対象とし た旅館がリピート率を高め,一方で,大規模旅 館が縮小する傾向にある。しかし,107 年とい う歴史を持った老舗旅館である加賀屋は,世間 と逆行する巨大化経営を行いながらも 33 年間

「おもてなし日本一」を維持し,稼働率 80%を 保ち続けている。組織の巨大化は,人的サービ スにおいてサービスの均一化が難しく,マニュ アル重視のサービスになりがちである。しか し,巨大化しながらも,おもてなし日本一を維 持し続ける加賀屋の経営は,独自の経営手法が あると推測され,今後,旅館が持続的経営を 行う上でヒントになる要素があると考え,加 賀屋のサービスの原点を探ることにした。こ の問題意識のもと,従業員満足(以後 ES と記

述),顧客満足(以後 CS と記述)と利益の関 係を論じた Heskett(1994,1997)のサービス プロフィットチェーンモデル(以後,SPC モ デルと記述)が加賀屋の現場に存在していると 考えた。また,加賀屋のサービス価値を維持し 続けるには,日本の持続的経営を研究し,個人 と組織の知識の共有化を重視した野中(1997,

2001. 201)のナレッジ・マネジメント理論が当 てはまると仮説をたて,この 2 点を用いて加賀 屋のマネジメントを検証する。

2 研究の背景と課題

(1)日本の宿泊産業の現状

厚生労働省調査によると宿泊産業の旅館は,

1970 年代から 80 年代にかけて客室数は増加を 続けていたが,1985 年頃を境に 20 年間で約 2 割減少し1),2010 年にはホテル数が旅館数を 上回った2)。旅館の減少理由は,高度経済成長 での施設拡大後,経済状況悪化による有利子負 債の返済能力不足による廃業や倒産による減少

Service-Profit Chain と SECI モデルによる  加賀屋のサービスの実証研究

Research on the Service of Kagaya Ryokan by the Service-Profit Chain and SECI Model

小泉 京美

KOIZUMI, Kyomi

本稿は,伝統的宿泊産業の旅館が衰退していく中,サービスの均一化が難しい巨大旅館に成長 しながらも「おもてなし日本一」を 33 年間維持し続けている老舗旅館加賀屋を,Heskett のサー ビスプロフィットチェーンモデル(SPC)と野中の SECI モデルを用いて,サービスマネジメン トの点から,サービスの原点を探究したものである。検証は,顧客に接する客室係に焦点をあて,

インタビュー調査を用いて行った。その結果,加賀屋は創業以来の経営理念である人重視の経営 を基盤に,SPC と SECI モデルの両者が組織内で実行される仕組みがあり,「加賀屋の流儀」と なって強い企業風土を構築していることが原点であることが明らかになった。

キーワード: ryokan, service-profit chain, knowledge management, SECI model, tacit knowledge,  explicit knowledge

(2)

やライフスタイルの変化など3),外部環境変化 によることが指摘されている。内部環境面で は,旅館の経営形態も一つの要因と考えられ る。旅館は,代々家の財産を受け継ぎ,土地や 利権を持つ資産家が旅館を始める場合が多い。

旅館の平均部屋数が 16.4 部屋ということから,

ホテルと比較すると小規模経営の事業主が多 く,売上げ平均もビジネスホテルを除くホテル では「10 億〜 50 億」であるのに対し,旅館は

「2 億〜 5 億」と少ない4)。2007 年の JTBF 観 光経済レポート5)によると,半数の旅館が赤 字経営であるが,唯一リピート率を上げている のは,個人客をターゲットに癒しや人的サービ スに重点をおいた小規模旅館である6)(日本交 通公社編,2004;21 世紀旅館ホテルを考える 研究会,2002)。

今後の旅館経営は,人的サービスを重視する 必要があるが,顧客のニーズに合ったサービス を行うには,企業が抱える問題を解決していく 必要がある。例えば,宿泊産業全体の問題であ るが,優秀な正社員の雇用確保と従業員のリテ ンション向上の点である(五十嵐,2013)。厚 生労働省の調査(2013)によると新規大卒の 3 年後の離職率は,製造業が 20%以下に対し宿 泊産業は 50%前後と,約半数が 3 年以内に離 職をしている。特に旅館は,仲居という客室係 が存在する場合があり,仕事内容がチェックイ ンからチェックアウトまで同じ客室係が対応す ることが多いことから,施設集約型のホテルと 比較すると,労働集約型の旅館は,仲居の対応 が直接旅館の評判を左右すると言っても過言で はない。しかし,実態は季節変動の影響を免れ ず,経営側は客室係の雇用をパートタイマーに 依存するケースが多い。結果,現場社員に経営 目標の徹底や社員教育などが手薄になり,サー ビス向上が難しくなっているのが現状である。

その上,旅館の場合,社長が主人,女将が奥さ んという,家族的経営(家業)の旅館が多く,

ホテルと比較すると「企業」として組織的に機 能している旅館が少ない。したがって,従業員

の確保,社員教育などを含めた人材マネジメン トのオペレーションの部分が弱く,家業から抜 け出せない旅館が多いのが現状である。

このような背景から,旅館は,従業員の高い パフォーマンスで顧客を満足させ,利益に結び つける効果的な人材マネジメントとサービスを 効率的に行い,顧客満足を高めるための従業員 のオペレーションシステムを作りだすことが課 題の一つとなっている。

3 先行研究

(1) サービス・プロフィット・チェーンの理論 と問題点

サービスの研究は,1970 年代から北欧諸国 を中心にはじまり,1980 年代に米国で急速に 発展したと言われている(蒲生,2008)。理由 の一つは,消費時代の到来の結果,サービス 産業の比重が高くなりはじめ,従事者が多く なりサービスの不均一化が問題となったこと による(経済産業省統計)7)。製造業とサービ ス産業の商品の違いは「有形」と「無形」の 違いにある。サービスは,商品を提供する 従業員の対応いかんによって提供する商品価 値が変わり,さらに受け手も感情がある人間 であることから,商品に対する満足度が変わ るという,「無形性(Intangibility)」「同時性

(Simultaneity)」「異質性(Heterogeneity)」「消 滅性(Perishability)」の有形の商品にはない 4 つ の 特 徴 が あ る(Norman,1984;Gronroos,

1990;Looy,1998;Kotler,2003)。

Normann は,サービスにはサービスを行っ ている時に認知される「真実の瞬間」があり

(同時性),その瞬間に得たサービスは全て,そ の時点で消費され形としては残らないが(消滅 性),その場所で得た経験だけは顧客の記憶に 残り,次の消費行動に影響を与えると述べてい る。

Heskett(1994,1997)は,この「真実の瞬間」

に着目し,高収益を生むサービス生産システム モデル「サービスプロフィトチェーン(Service-

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Profit Chain)」を提唱している(以後,SPC と 記述)。このモデルは,売上や利益の成果を達 成する上で必要な要因の関連性を,社内サービ ス・ES・CS を用いて示したフレームワークで ある。Heskett によると,企業の利益と成長は,

原動力となる顧客と接する現場の従業員の対応 が一番重要であるという考えから,CS を向上 させるためには,ES 向上に新規投資を行うこ とで競合他社と差別化ができるという考え方で ある。ES 向上の施策として,職場環境(work  place design)以外に社内サービス(internal  service) と し て, 従 業 員 の 採 用・ 育 成・ 職 務 設 計・ 評 価・ 報 酬(employee selection & 

development/job design/employee recognition 

& labor reward)が示され,収益向上の投資先 を明確にしているのが特徴である。このモデル の利点は,近藤(1996)によると,それぞれの 生産過程の各場面における活動の結果変数が示 され,活動が明確であるため,適切な方法とし て利用すれば,活動内容(ES・サービス品質・

サービス価値・顧客満足・利益率等々)を測 定することができると述べている。一方,ES と CS の関係を実証した研究によると,負の相 関関係の職業8)もあることから,この相互関 係は必ずしも明確ではなく,SPC に主張され ているような単純なモデルではないとし,近 年,SPC モデルを疑問視する声もある(小野,

1995;藤村,1997;Love-man,1998;Jones et  al.,2003;Pritchard and Silvestro,2005)。し かし,ES とサービス風土(service climate)9)

の先行研究をまとめた徐(2000)10)によると,

ホテル,レストラン業界においては,ES・サー ビス品質・CS は正の相関でプラスの影響を与 えるという研究が多く,サービス風土と CS の 相関関係は,初期の研究から一貫して実証され ている11)。本研究は旅館に関するものであり,

特に顧客と接点を持つ客室係を中心に調査を行 う点から,先行研究を踏まえた上で,SPC モ デルは有効と考えられる。ここでは ES=CS と いう関係ではなく,CS を高める要因が ES に

影響を与えているサービス風土が関係している ものであると考えられ,加賀屋独特のサービス 風土を伝承する手法があると推測される。

(2) ナレッジ・マネジメント理論とサービス・

プロフィット・チェーン

ナレッジ・マネジメントとは,企業経営に必 要なヒト・モノ・カネの 3 つの資源に 4 つ目の 資源として,知識(knowledge)に着目した,

野中(1990,1995)竹内(1995)が提唱する知 識創造経営の理論である。この理論は,知識と いう観点から組織を考えたとき,組織内にある 個人の知識を効率的かつ有効的に共有すること により,個々の見えない知識の集約からイノ ベーションが起こり,組織が強く変革する重要 性を述べている。

ナレッジ・マネジメントが重要となった背 12)は,第一に Drucker(1993)が労働や貨 幣資本に支えられた工業化社会の終焉を予言 し,次の社会を「知識社会」と呼び,企業の競 争力や生産力の源泉が,土地や工場などのハー ドの「見える資産」から「見えざる資産」(伊丹,

1984)にシフトするという考えにある。第二に,

「贅肉のない筋肉型組織(Lean organization)」

思考から,コストダウンのための人件費削減に よるリストラなどで従業員が持っている知識の 損失による技術力の低下。第三に,情報技術の 進歩による社内の膨大な情報の処理・蓄積・利 用の構築の必要性が挙げられている。野中は理 論の中で,知識を「暗黙知(tacit knowledge)」

と「 形 式 知(explicit knowledge)」 の 2 つ の 知識に分けている。暗黙知は,経験や勘にも とづく言葉に出来ない非言語知識であり,形 式知は知識を文字化・数式化・図表化できる 言語化された知識,例えばマニュアルや資料 などである。「暗黙知」という概念を初めて提 唱したのは Polany(1966)であるが,野中は Polany の暗黙知は理論化するに至っていない とし(野中,2010),知識創造のプロセスを暗 黙知と形式知の継続的な相互変換により,知識

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は生成され変化し続けるという考え方を打ちだ した。この「暗黙知」と「形式知」の継続的 な相互変化は,「共同化(Socialization)」「表出 化(Externalization)」「連結化(Combination)」

「内面化(Internalization)」の 4 つの変換モー ドを経て為されるとされ,SECI モデルと呼ば れている。SECI モデルは,継続的に知識を創 造し続けるには,知識を共有するために組織と 個人をつなげる「場」の設定が必要であり,会 議・プロジェクトチーム・サークル・メーリン グリスト・非公式ミーティング等を使い,相互 の対話を作る必要がある。結果,「暗黙知」と

「形式知」のスパイラルが発生し,個々の知識 が組織のものとなって組織内に浸透し内在化さ れていくという理論である。

野中理論は,従来の日本企業の代々受け継が れていく企業文化や風土を理論化したことに対 し評価される一方で,知識そのものの意味の 理解が Polany と異なり,形にならない暗黙知 は共有化不可能という論争がある13)。しかし,

本稿ではサービスそのものが無形性の性質を持 つものであること,旅館そのものが日本式経営 の原点であり,加賀屋が長期的経営で成功して いることから,本研究は野中の SECI モデルが 当てはまると考える。

4 本稿における仮説

サービスを研究した先行研究(丸山,2004;

疋田,2006;細井,2006・2010)から,「おも てなし日本一」を持続するためには,従業員の 現場の力が起因していると考えられる。先行研 究から,高収益を上げる SPC モデルは現場と 顧客を要とし14),高収益の環境を作るために しっかりとした企業理念とサービス風土を必要 としている。よって,加賀屋には,強い企業理 念が存在し(仮説 1),ES を強化するための職 場環境や教育が完備され(仮説 2),結果,強 いサービス風土が組織の中で構築されていると いう仮説を設定する(仮説 3)。そのサービス 風土とは,まさに顧客を満足させる風土であ

る。顧客が満足を感じるのは,対価に対する サービスを受けることは当然であり(一貫性の 管理15)),顧客が満足や感動を感じるのは,対 価以上のことを顧客が受け,期待を上回る時で ある16)(Heskett, et, al., 1994)。個々の従業員 が加賀屋のサービスを理解し行動に移すことが できるのは,マニュアルに基づいたサービス以 上に顧客のニーズを察知する勘と感性による応 用が必要である。その感性や勘を身に付けるに は,人から人へ見えない「暗黙知の伝承」が現 場で行われているはずであり,その伝承を生む ための「場」が現場に存在し(仮説 4),他の 組織に模倣されにくい知識を創出し,知識が組 織内で共有化される SECI モデルの仕組みが加 賀屋には存在する(仮説 5)ことにより,サー ビス日本一が保持されると考える。これまでの 加賀屋の研究は,従業員の教育,社内サービス の質の点についてマーケティング・マネジメン トの視点で述べられているが,サービス技術 の伝承部分が明確には述べられていない。本 稿で使用する SPC モデルは高収益モデルでは あるが,持続性を証明するものではないため,

SECI モデルを使うことで持続性の欠如部分を 補完することが出来ると考える。

5 調査方法

本調査は,インタビュー調査と観察調査の手 法を用いて実施した。調査対象者には調査主旨 は伝えず,顧客側の立場で加賀屋を観察し,宿 泊中は客室係など現場の人と対話形式で観察を 行った。観察調査後,疑問点を補うために,管 理職,人事関係者ならびに採用内定者にインタ ビューを実施した。調査概要は以下である。

石川県加賀屋 2013 年 2 月 14 日 1 泊, 同年 9 月 5 日 人事担当者にインタビュー

台湾日勝生加賀屋 2013 年 6 月 1 日 2 泊,6 月 3 日 支配人(日本人)とセールスマネー ジャー(台湾人)2 名にインタビュー調査を実 施。

内定者インタビュー 2013年10月15日(1名)

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6 加賀屋旅館について

(1)加賀屋旅館の概要

加賀屋は,石川県七尾市和倉町の和倉温泉に 位置し,明治 39 年(1906 年),小田與吉郎が 創業した 107 年間続く老舗旅館である。加賀屋 は,12 室 30 名収容の旅館から始まり,現在,

総客室数 246 室,収容人員 1,400 名,年間宿泊 数 22 万人,年間稼働率 80%を超える大規模旅 館である。現在加賀屋は,ブランドの異なる 4 つの旅館17)と 9 つの関連企業18)を伴う合計 13 グループの一つとして運営されている。グ ループ全体の従業員約 800 人のうち加賀屋 300 名,年商 140 億円19),売上高 80 億円を占める 巨大旅館企業に成長した。旅館・ホテルの業種 別売上高では,全国 7,995 社中 78 位,都道府 県別では,石川県 109 社中 1 位である20)。特 筆すべきは,旅行新聞社が主催する,日本旅行 業協会や業界マスコミ専門家で構成される「プ ロが選ぶ日本のホテル,旅館 100 選21)」で 33 年間連続 1 位の評価を得ており,さらに,皇室 の宿泊先として 6 回選出されなど,国内で「お もてなし日本一」のブランド力を維持してい る。平均客単価は,100 部屋以上の大型旅館が 1 万 2,153 円22)に対し,加賀屋の平均単価は 3 万 5,000 円23)という高額にも関わらず宿泊客 数を伸ばしている。2007 年の能登半島地震で 被害を受け,1 ヶ月間閉館状態となり,2008 年 度はマイナス 43 億円の赤字であったが,翌年 には 37 億円に黒字回復し,現在まで黒字を維 持し続けている24)。さらに,2010 年 12 月に は,世界で初めて日本旅館の形態で台湾台北市 郊外の北投地区25)に,台湾大手ディベロパー 日勝生生活科技股有限公司との合弁で日勝生加 賀屋として海外進出を果たした26)。ここ数年,

アジアの旅行客の間で加賀屋の人気は高まり,

日本・アジアともに特別な日に泊まる「ハレの 日」の為の旅館として加賀屋はブランド価値を 高めている。加賀屋の経営は,小田家一族で引 き継がれ,初代は明治 39 年に創業した與吉郎,

それを受け継いだ長男の與之正が 2 代目として 妻の孝とともに現在の加賀屋の基盤を作った。

現在は,3 代目禎彦が会長,孝信が 4 代目社長 となり,副社長に会長の長男の小田與之彦,客 室をまとめる女将は会長の妻と嫁という小田家 一族で伝統を守り続け,「加賀屋の流儀27)」と いう加賀屋独自のサービスを守り続けている。

(2)企業理念

小田会長の経営目標は,旅館を「家業」か ら「企業」にすることであった。労働集約型産 業の旅館が生き残るためには,一人ひとりの労 働を軽減する労働効率性と,常に顧客を笑顔で もてなす,モチベーションを生み出す人的作用 の融合が必要であり「極上のもてなしと客室係 こそ,加賀屋の最大の商品」と考えている28) 加賀屋の最大の商品であるサービスは,「プロ として訓練された社員が給料を頂いて,お客様 のために正確にお役にたち,お客様から『感激』

と『満足感』を引き出すこと」と定義29)され,

商品を同じ状態で供給するためには教育が必要 であるという,人重視の考えが加賀屋のサービ スの根底にある。人重視の事例として,2007 年 3 月に発生した能登半島地震により,館内の 復旧工事のため休業し,収益ゼロの状態の時で も従業員をレイオフすることなく,逆に収益が ない時にも関わらず教育に投資をしている30) 例えば,営業中は人員の都合で実施しにくいス キルアップトレーニングを行うために幹部従業 員の外部企業研修31)や客室係のサービスの復 習教育を実施している。このように小田会長 の経営は,過去の勘や情に頼る経営ではなく,

サービスを科学的に出来る部分は効率化を行い ながらも人を大切にする,科学的効率経営と人 材育成の融合に特徴がある。

(3)採用と教育 1)採 用

小田会長曰く,以前は将来を加賀屋に託そう という人材は集まらなかったそうであるが32)

(6)

現在は毎年約 30 名前後を採用している。受験 希望者は,県内以外の人も多く,東京から採用 試験を受験する大学生も増え,従業員の出身地 域の範囲は広い。採用は,大学新卒,既卒,高 卒に分かれ,応募はインターネットの就職サイ トのリクナビを通じてエントリーを行う。職種 は,加賀屋を担当する客室係(20 名〜 30 名)・

総合職(10 名前後)・グループ企業や加賀屋の 客室係以外のサービススタッフ(若干名)に分 かれている。加賀屋の客室係は,布団の上げ下 ろし業務以外は全員正社員である。給与は客室 係 22 万円,総合職 18 万 1,700 円,サービスス タッフ 16 万 4,000 円と 3 職種の中では客室係 が一番高く(2013 年度現在),2013 年度の大卒 総合職の平均給与 19 万 9,600 円33),補助職が 18 万 1,692 円を比較すると加賀屋の客室係りの 平均給与は,平均大卒より高い給与形態であ る。試験は全て現地の和倉で実施され,2 回の 面接(2 次面接は役員面接)と筆記試験(SPI)

である。2 次面接の時,受験者は,前日に加賀 屋の姉妹旅館「あえの風」に前泊し,翌日,面 接を受けるという仕組みである。採用後,加賀 屋に宿泊体験研修がある。内定者は,冬季休暇 中,職場に慣れることを目的としてアルバイト の機会がある。アルバイト期間中の宿泊場所の 確保はされているが,加賀屋までの移動に関す る交通費は実費である。工夫されている点は,

採用時点で行う宿泊体験である。直接体験する ことで加賀屋の仕事と実態のギャップをなく し,仕事のミスマッチによる離職防止を防いで いる。また,宿泊体験により顧客側の視点で加 賀屋ブランドを肌で感じることで,職場で顧客 視点の発想を持ってサービスにあたるプラスの 効果があると考えられ実施されている。

2)教 育

客室係の新人研修期間は,入社してすぐに 3 日間の集中講義,7 日間実務に関する教育プロ グラムがあり,着付けはもとより華道・茶道の 教育も行う。研修期間は 3 ヶ月と長く34),指 導は指名されたベテランの客室係が担当し,化

粧方法は外部講師を依頼して実施している。客 室係の研修は,土産物売り場などの関連セク ションで勤務をしながら 1 ヶ月間実施され,そ の間は「もてなし係」と呼び,接客の仕事と研 修を兼ね備えている。なお,新人研修期間は宴 会の席には出ず,宴会のバックヤードで配膳の 手伝いをしながら教育を受ける。その後 OJT として,同じ先輩に 2 ヶ月間付いて現場で直接 指導を受け,3 ヶ月後,女将のサービスチェッ クを受ける。合格者は女将から研修修了書を受 領し,正社員として独り立ちするという徹底し た新人教育が行われている。正社員後,希望者 は社内ビジネススクールや海外視察研修を受け ることができる。このような教育重視施策によ り感動のもてなしをする伝説の客室係の存在が 実現している。

(4)サービス強化策 1)職場環境整備

職場環境作りは,社員が仕事に集中するため の補完的役割をするために必要であるという考 え方である。社員が笑顔でもてなしができる職 場環境や福利厚生を充実させ,従業員の労働軽 減を図り,人材教育費や環境づくりに投資をす ることで従業員の定着化を図るよう,常に一定 のサービスを提供できるようにしている。例え ば,①客室係の正社員化35),②母子寮と企業 内保育園を備えた専用施設「カンガルーハウ ス」の設置36),③料理運搬システム導入など である。この運搬システムは,厨房から各館の 配膳室までボタン一つで料理を運ぶシステムで あり,客室係の労働負荷を軽減し,空いた時間 を顧客に接する時間を多くし,さらなるサービ スの向上を図ることを目的として設置されてい る。ちなみに,このシステムは 1981 年に日本 のホテル・旅館業界で初めて導入されている。

2)顧客満足向上施策

顧客満足を向上させるために,毎日,宿泊顧 客の情報を共有するミーティングやクレーム検 討会議など,意見を表出化し検討する場が設け

(7)

られている。

以下が主だったものである。

①  全体会議による企業方針の浸透化

②  年間約 25,000 通の顧客アンケートのデー ターベース化と分析改善

③  女将を入れた経営幹部の週 1 回のクレーム 改善会議と部門会議

④  客室係がサービス中に得た情報をフロント に集中させ,フロントが顧客のニーズに 合ったサービスを実施するよう指示するこ とにより,顧客のニーズの取りこぼしを防 ぐ情報一元集中管理システム

⑤  各フロアー女将制度による客室係のリー ダーシップ養成

7 調査結果からの考察

調査の結果,従業員は加賀屋の社員であると いう誇りを持っており,採用内定者も加賀屋と 接する時間が多くなるに従って,自分が加賀屋 に相応しい人材になる必要性を感じている。さ らに,伝説の客室係の存在により,創設者の企 業理念が現在も伝えられ,現場に浸透している ものと言える。理念を浸透させるシステムとし て,強い企業理念のもと,採用の工夫,社員の 能力開発,報酬制度,福利厚生など,社内サー ビスの質を高めるための職場環境整備が行われ ている。特徴的なのは,労力を軽減し,顧客と の対話時間を増やすという発想から生まれた人 的サービスと科学的サービスの融合するシステ ム作りであり,その例が,自動運搬装置の設置 や託児所の設置である。現在,日本が抱えてい る問題の一つである女性の働くための環境整備 を中小企業でありながら,いち早くとり入れ雇 用の安定化を図るなど,内部環境を整え働き易 い環境作りをしている。さらにサービスに直接 関わる教育以外に茶道・華道など,社員の能力 向上に間接的に影響を与える教育プログラムへ の投資や,研修終了後,女将から修了書の授与 を行うことによって仕事へのモチベーションを 上げ,社員としての誇りを持たせるなど,ES

を高める施策がある。このような人材育成の施 策は,人重視の創業者の経営理念に基づいて実 施されているものであり,仮説 1,仮説 2 の強 い企業理念と ES 強化のための職場環境と教育 は,実施されていると言える。調査から社員の 勤続年数も長く,職場への誇りは強いサービス 風土から生じる一つの結果であり,仮説 3「強 いサービス風土」も成立していると言え,調査 結果から高収益をあげる SPC モデルの施策が,

加賀屋では実施されていると言える。

次に,SECI モデルの形式知と暗黙知の相互 関係である。加賀屋では最初の座学で,加賀屋 のおもてなしの神髄教育や新人教育のマンツー マン指導による先輩から後輩への知識や技術の 伝承は,3 ヶ月間の入社教育の間に知識が刷り 込まれ,この時期に表層化されていない暗黙知 の知識の共同化がなされている。次に,研修最 後の女将のサービスチェックにより,変動しや すいサービスのブレをなくし,個々の客室係に より加賀屋流サービスが「表出化」され,加賀 屋流おもてなしとして形式知化されていく。現 場で経験した個々の情報は,社員が持っている 知識を共有化する「場」として,情報一元集中 管理システム設置やクレーム全体会議で共有 化され,個々の知識や情報の暗黙知が加賀屋 の「場」を通じて表出化し,互いのサービスが 連結化される。改善された新たなサービスや提 案事項が現場で実行されることにより,新しい サービスとなって個々のサービスに内面化され ていく。33 年間「おもてなし日本一」の業績 の維持性は,この暗黙知から形式知へと変える システムが機能することによって「加賀屋の流 儀」が伝承され,「場」で交換された情報が新 しいサービスに変化し,サービスイノベーショ ンを生む好循環スパイラルが生じ,顧客満足に つながっているからである。以上のことから仮 説 4 の「場」の存在,仮説 5 の SECI のモデル が加賀屋では実行されていると言える。

「加賀屋のおもてなし」を持続的に維持し続 ける原点は,人重視の強い「企業理念」であり,

(8)

それを貫くために一族で組織のトップを構成し ているものの,現場では,通常の旅館と比較す ると働き易い「職場環境整備」や長期間に渡る 教育など「人材育成システム」の存在である。

SECI モデルを成功させるには,4 つの項目を バランスよくスパイラルさせる必要があるが,

このバランスの土台が加賀屋流 SPC モデルで あり,SPC と SECI モデルの両者が「加賀屋の 流儀」となって強いサービス風土を構築されて いる。つまり加賀屋は,Heskett の SPC モデ ルが組織内でシステム化された高収益モデルが 土台にあり,SECI モデルの好循環スパイラル により模倣困難な加賀屋流サービスが伝承され ていることが,33 年間連続おもてなし日本一 になっている原点であると言える。

8 おわりに

本稿は,日本の経済発展において,伝統的宿 泊産業の旅館が衰退していく中で老舗旅館の加 賀屋が,サービスの均一化が難しい巨大旅館に 成長しながらも「おもてなし日本一」を 33 年 間維持し続けているサービスの原点を,SPC モデルと SECI モデルを使い検証した。時代の 流れとともに巨大化していく中で,107 年前か らの企業理念を軸に人材育成と職場環境整備を 行い,従業員の成長とともに企業が成長してい く人重視の経営は,宿泊産業だけでなく全ての 企業に通じる。日本の失われた 20 年の不況時 代に行われたリストラ政策により,日本が持っ ている「知」が他国に流出し,新興国が日本企 業を脅かすまでとなった今,企業は,組織内に ある暗黙知とその「知」を組織に内在化させる 重要性を再認識しはじめている。個々の企業に とって財産である揺るぎのない「技術」や「知」

は,人の中の経験や教育から作られているとい うことを再認識し,再度,人重視の経営を見直 す時代に来ていると言える。特に今後の日本 は,日本の強みである相手の見えないニーズを 察知し表現する,「おもてなし」の心を持った ソフトのサービス面を輸出する時代に来ている

と言われている。その「おもてなし」は見えな い「知」であるため,一度備わり稼働すれば,

無形であるからこそ模倣困難であり,他者に追 随されない強固な強みとなる。そのためにも,

再度人材育成に焦点をあて,長期的マネジメン ト経営を考えていきたい。

最後に,本研究は先行研究の理論をもとに現 地調査と資料に基づいて分析したため,定性的 で説得性に欠ける部分があるのは否めない。今 後は SPC モデルや SECI モデルの相互の要因 を用いて,定量的な分析を行っていく必要があ ると言える。

【注】

1) 厚生労働省白書。

2) 国土交通省観光庁資料(2014)p.16。

3) 国土交通省観光庁資料(2014)p.23。

4) 国土交通省 観光白書。

5) JTBF は公益財団法人日本交通公社の略。

6) 国土交通省観光庁資料(2014)p.16。

7) 一定以上のサービスを保持するために国土交通 省策定した国際観光ホテル整備法が一例。

8) 藤村(1997)の医療現場の研究では,外来患者 と看護師の満足度に正の相関は確認されていな い。入院患者と看護師との満足度は負の相関,

医師とは相関関係がみられない。

9) 組織コミットメントや組織風土からの組織行動 研究の領域のアプローチ。顧客サービス志向の 風土をサービス風土として,徐(2009)は扱っ ている。

10) ES と CS の因果関係を 24 の先行研究,サービ ス風土と CS 関係を 22 の先行研究をもとに研究 課題を追求している。

11) Kralj and Solnet(2010)の研究では,顧客と接 点が多いホテルカジノ従業員に対し,CS に最も 影響を及ぼすサービス風土の次元が,サービス の修復,顧客対応,従業員エンパワーメント,

サービス技術であり,非カジノ従業員の場合は,

サービスビジョン,サービスリーダーシップ,

顧客対応,サービスの失敗防止であるという研 究結果がでている。

12) 経営行動科学ハンドブック,pp.154-155。

13) シュラインエッグとガイガーにおける知識概念,

ギュルテンベルクとヘンティンクによるシュラ インエッグが・ガイガー批判を榊原(2006)が 論じている。

14) 顧客サービスの競争優位戦略,p.35。

(9)

15) Diane Schanlensee, Kenneth L. Bernhardt,and  Nancy Gust(1995).

16) SPC では,「健全な利益と企業の成長」「顧客満足 と顧客ロイヤリティの形成」「サービス価値の増 大」「従業員満足とサービス生産性の向上」「イン ターナルサービス(従業員サービス)の向上」の 5 つの成果が連鎖的に生まれると言われている。

17) 加賀屋・あえの風・料理旅館金沢茶寮・虹と海。

18) 加賀屋 HP 参照。

19) グループ総売り上げ(加賀屋企業グループサイ トより)。

20) 市場調査報告書(2013/10/15)。

21) 評価基準は「もてなし部門」「料理部門」「施設 部門」「企画部門」の 4 項目の評価。2013 年度は,

「もてなし部門」1 位「料理部門」2 位「施設部門」

2 位「企画部門」2 位で,加賀屋は総合評価 1 位 となっている。

22) 観光経済新聞 kankokeizai.com web 3013 年 2 月 16 日記事。

23) 2013 年 9 月インタビュー調査。

24) 加賀屋は 3 月決算である。

25) 北投は台北市内から地下鉄で 30 分の郊外にある 温泉地であり,北投で温泉旅館を開業したのは 日本人であるなど,日本との関係が強く日本統 治風情が残る街である。

26) 日勝生とはフランチャイズ契約である。加賀屋 ブランドとして接客や料理のノウハウを提供す る資本提携会社。

27) 細井勝(2010)。

28) 細井勝(2010),pp.270-271。

29) おもてなしの心(グループ採用パンフレット)。

30) 細井勝(2010)。

31) 総料理長を銀座「久兵衛」,支配人を池袋のメト ロポリタンホテルに派遣している。

32) 細井勝(2010)pp.210-211。

33) 一般財団法人 労務行政研究所。

34) 石川・戸川(2008)とインタビュー調査。

35) 布団の上げ下ろしの準備をする客室係を除く。

36) 1986 年設置。

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参照

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