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72 青山雅史 集委員会 (2014) や若松 先名 (2014) などにおいても詳細な記載がおこなわれていない宮城県北部の迫川流域に位置する仙北平野 ( 図 1) における液状化発生地点の分布や液状化に起因すると考えられる構造物被害について記載する また 液状化発生地点と土地条件との関係について

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2011年東北地方太平洋沖地震による

宮城県北部仙北平野における液状化発生地点の土地条件

青 山 雅 史 群馬大学教育学部社会科教育講座 (2015年 9月 30日受理)

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Masafumi AOYAMA

Faculty of Education,Gunma University (Accepted September 30th,2015)

� はじめに

2011年東北地方太平洋沖地震(以下、本地震)に より、東北地方太平洋側から関東地方の広範囲にお いて地盤の液状化が発生した(東日本大震災合同調 査報告書編集委員会 2014;若松・先名 2014、2015)。 液状化は、同じ地点において繰り返し発生しやすい ことがこれまでに指摘されており(陶野ほか 1983; 若松 2011)、本地震においても、過去の液状化発生 履歴を有する地点において、再液状化が発生したこ とが報告されている(若松 2012)。また、液状化は 埋立地や旧河道・旧湖沼などの特定の地形上(土地 条件)において発生しやすいことがこれまでにも指 摘 さ れ て い る(岩 崎 ほ か 1982;若 松 1991a、 1991b)。これらのことから、液状化履歴を有する地 点に関する情報や土地条件(地形条件)に基づいた 液状化危険度評価がおこなわれることがある(松岡 ほか 1993、2011;国土庁防災局震災対策課 1999; 国土地理院 2007;中埜ほか 2015)。したがって、各 地域の液状化危険度を評価し、今後の液状化被害の 低減を目指していくうえで、本地震による液状化発 生地点の分布や液状化に起因する被害を記載、記録 し、液状化発生地点の土地条件を分析することは、 防災的な観点から重要なことである。 本地震による液状化発生地点の分布や液状化被害 の状況に関しては、東日本大震災合同調査報告書編 集委員会(2014)が包括的な報告をおこなっている。 本地震では、特に東京湾岸域や利根川下流域におい て多数の地点で液状化が発生し、それに起因する被 害が多く発生したことが多数の研究機関、研究者に よって明らかにされている(小荒井ほか 2011;国土 交通省関東地方整備局・公益社団法人地盤工学会 2011;安 田・原 田 2011;先 名 ほ か 2012;若 松 2012;小山・青山 2012;青山ほか 2014;東日本大 震災合同調査報告書編集委員会 2014;若松・先名 2015)。東北地方における液状化に関する報告もなさ れているが(阿子島 2011;吉田ほか 2011;Yama-guchi et al.2012;青山 2013;東日本大震災合同調 査報告書編集委員会 2014;若松・先名 2014)、関東 地方と比較すると研究事例が少なく、本地震による 液状化発生地点や液状化被害の全貌が明らかにされ ているとは言い難い。 そのような現状を踏まえ、本稿では、これまで報 告が比較的少なく、東日本大震災合同調査報告書編 71 群馬大学教育学部紀要 人文・社会科学編 第 65巻 71―80頁 2016

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集委員会(2014)や若松・先名(2014)などにおい ても詳細な記載がおこなわれていない宮城県北部の 迫川流域に位置する仙北平野(図 1)における液状化 発生地点の分布や液状化に起因すると考えられる構 造物被害について記載する。また、液状化発生地点 と土地条件との関係について、簡単な検討をおこな う。

� 調査地域と調査方法

本研究の調査地域である宮城県北部の仙北平野 は、本地震において震度 6強から 7と強い揺れを観 測した地域である。本調査地域では、2011年 4月 7 日にも宮城県沖を震源とするマグニチュード 7.4の 余震によって震度 6強から 6弱の揺れを観測した。 本稿において報告する液状化発生地点や液状化被害 が本震によるものかその余震によるものかを判別す ることは困難であり、本震で発生したものと余震で 発生したものの両方を含んでいる可能性がある。 本研究の調査対象地域を流下している宮城県北部の 迫川は、奥羽山脈の栗駒山地を源流域としており、 仙北平野内の登米市と石巻市の市境において旧北上 川と合流する河川である。かつては、迫川は北上川 とともに仙北平野内部を蛇行して流れており、江戸 期以降は河川改修事業による河道直川化がおこなわ れ、次第に現在のような直線的な河道へと変化して いった(宮城県土地改良史編纂委員会 1994)。また、 仙北平野内部には多数の湖沼や湿地が存在していた が、明治後期以降の干拓事業によって陸域化が進み、 農耕地へと変化していった(富樫・加藤 1994;宮城 県土地改良史編纂委員会 1994)。 本研究では、現地踏査と Google Mapのストリー トビュー、および Google Earth画像の判読により、 液状化発生地点の分布や液状化に起因すると考えら れる構造物被害の状況を明らかにした。また、GIS (地理情報システム)を用いて液状化発生地点と国 土地理院発行土地条件図や旧版地形図などとの重ね 合わせをおこない、液状化発生地点の土地条件(地 形条件)や土地履歴について検討した。 現地踏査では、徒歩または自転車による踏査を実 施し、液状化に起因すると考えられる構造物被害(マ ンホール等構造物の埋め戻し土の液状化によるマン ホールの浮き上がり、路面の沈下・陥没や、構造物 の抜け上がりなど)の記載、マンホール浮き上がり 量や構造物抜け上がり量(構造物周辺の地盤沈下量) の測定などをおこなった。現地踏査は、2012年 8月 から同年 9月にかけて複数回実施した。東北地方太 平洋沖地震発生から約 1年半経過したのちの調査で あるため、その間に修復が完了していた液状化に起 因する構造物被害もあったと考えられ、本地震によ り発生した液状化は本稿の報告以上に多く発生して いたと思われる。 Google Mapのストリートビューの判読では、登 米市中心部(佐沼地区)におけるマンホールの浮き 上がりが生じた地点の確認、抽出をおこなった。こ の判読に用いた Google Mapストリートビューの撮 影日は 2011年 10月である。Google Earth画像の判 読では、おもに農耕地における噴砂発生地点の抽出 をおこなった。噴砂は、多くの研究において液状化 の発生を示す指標とみなされている(国土交通省関 東地方整備局・公益社団法人地盤工学会 2011;東日 本大震災合同調査報告書編集委員会 2014;若松・先 名 2015)。本研究における判読では、既存研究(若 青 山 雅 史 図1 調査地域(地理院地図を用いて作成) 72 松 2012;青山ほか 2014;若松・先名 2014)と同様 に、噴砂の供給源である噴砂穴の存在が確認でき、 その周囲の堆積物を噴砂として認定した。判読作業 に用いた Google Earth画像の取得日は 2011年 4月 6日である。 液状化発生地点と国土地理院発行土地条件図や旧 版地形図との 重 ね 合 わ せ の 際 に 用 い た GISは、 ESRI社 ArcGIS10.3.1である。土地条件図は、国土 地理院発行数値地図 25000(土地条件)を利用した。 旧版地形図については、スキャナで電子データ化し た旧版地形図の画像データを GIS上において幾何 補正したうえで、液状化発生地点との重ね合わせを おこなった。また、旧日本陸軍第二師団参謀部によ り明治期に作成された迅速測図についても、液状化 発生地点の土地履歴を検討する際の参考資料として 用いた。

� 調査結果

調査地域における液状化発生地点の分布と液状化 被害の状況を図 2に示す。本調査地域では、水田や 畑における噴砂、マンホール、下水道管渠や構造物 周囲の埋め戻し土の液状化に起因すると考えられる マンホールの浮き上がり、路面の陥没・変形や構造 物の抜け上がり(構造物周囲の地盤の沈下)などの 発生が多数の地点において確認された。 噴砂は、旧迫川や旧北上川の河道沿いの水田や畑 において多く発生していたことが Google Earth画 像を用いた判読から明らかにされた(図 3)。また、 登米市中心部の佐沼地区東部の水田においても、複 数の地点において噴砂の発生を確認した(図 4)。東 京湾岸域や利根川下流低地などの関東地方の液状化 発生地点では、1ha以上にわたり連続的に噴砂が生 2011年東北地方太平洋沖地震による宮城県北部仙北平野における液状化発生地点の土地条件 図2 仙北平野における液状化発生地点(噴砂および液状化に起因する構造物被害)の分布 73

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集委員会(2014)や若松・先名(2014)などにおい ても詳細な記載がおこなわれていない宮城県北部の 迫川流域に位置する仙北平野(図 1)における液状化 発生地点の分布や液状化に起因すると考えられる構 造物被害について記載する。また、液状化発生地点 と土地条件との関係について、簡単な検討をおこな う。

� 調査地域と調査方法

本研究の調査地域である宮城県北部の仙北平野 は、本地震において震度 6強から 7と強い揺れを観 測した地域である。本調査地域では、2011年 4月 7 日にも宮城県沖を震源とするマグニチュード 7.4の 余震によって震度 6強から 6弱の揺れを観測した。 本稿において報告する液状化発生地点や液状化被害 が本震によるものかその余震によるものかを判別す ることは困難であり、本震で発生したものと余震で 発生したものの両方を含んでいる可能性がある。 本研究の調査対象地域を流下している宮城県北部の 迫川は、奥羽山脈の栗駒山地を源流域としており、 仙北平野内の登米市と石巻市の市境において旧北上 川と合流する河川である。かつては、迫川は北上川 とともに仙北平野内部を蛇行して流れており、江戸 期以降は河川改修事業による河道直川化がおこなわ れ、次第に現在のような直線的な河道へと変化して いった(宮城県土地改良史編纂委員会 1994)。また、 仙北平野内部には多数の湖沼や湿地が存在していた が、明治後期以降の干拓事業によって陸域化が進み、 農耕地へと変化していった(富樫・加藤 1994;宮城 県土地改良史編纂委員会 1994)。 本研究では、現地踏査と Google Mapのストリー トビュー、および Google Earth画像の判読により、 液状化発生地点の分布や液状化に起因すると考えら れる構造物被害の状況を明らかにした。また、GIS (地理情報システム)を用いて液状化発生地点と国 土地理院発行土地条件図や旧版地形図などとの重ね 合わせをおこない、液状化発生地点の土地条件(地 形条件)や土地履歴について検討した。 現地踏査では、徒歩または自転車による踏査を実 施し、液状化に起因すると考えられる構造物被害(マ ンホール等構造物の埋め戻し土の液状化によるマン ホールの浮き上がり、路面の沈下・陥没や、構造物 の抜け上がりなど)の記載、マンホール浮き上がり 量や構造物抜け上がり量(構造物周辺の地盤沈下量) の測定などをおこなった。現地踏査は、2012年 8月 から同年 9月にかけて複数回実施した。東北地方太 平洋沖地震発生から約 1年半経過したのちの調査で あるため、その間に修復が完了していた液状化に起 因する構造物被害もあったと考えられ、本地震によ り発生した液状化は本稿の報告以上に多く発生して いたと思われる。 Google Mapのストリートビューの判読では、登 米市中心部(佐沼地区)におけるマンホールの浮き 上がりが生じた地点の確認、抽出をおこなった。こ の判読に用いた Google Mapストリートビューの撮 影日は 2011年 10月である。Google Earth画像の判 読では、おもに農耕地における噴砂発生地点の抽出 をおこなった。噴砂は、多くの研究において液状化 の発生を示す指標とみなされている(国土交通省関 東地方整備局・公益社団法人地盤工学会 2011;東日 本大震災合同調査報告書編集委員会 2014;若松・先 名 2015)。本研究における判読では、既存研究(若 青 山 雅 史 図1 調査地域(地理院地図を用いて作成) 72 松 2012;青山ほか 2014;若松・先名 2014)と同様 に、噴砂の供給源である噴砂穴の存在が確認でき、 その周囲の堆積物を噴砂として認定した。判読作業 に用いた Google Earth画像の取得日は 2011年 4月 6日である。 液状化発生地点と国土地理院発行土地条件図や旧 版地形図との 重 ね 合 わ せ の 際 に 用 い た GISは、 ESRI社 ArcGIS10.3.1である。土地条件図は、国土 地理院発行数値地図 25000(土地条件)を利用した。 旧版地形図については、スキャナで電子データ化し た旧版地形図の画像データを GIS上において幾何 補正したうえで、液状化発生地点との重ね合わせを おこなった。また、旧日本陸軍第二師団参謀部によ り明治期に作成された迅速測図についても、液状化 発生地点の土地履歴を検討する際の参考資料として 用いた。

� 調査結果

調査地域における液状化発生地点の分布と液状化 被害の状況を図 2に示す。本調査地域では、水田や 畑における噴砂、マンホール、下水道管渠や構造物 周囲の埋め戻し土の液状化に起因すると考えられる マンホールの浮き上がり、路面の陥没・変形や構造 物の抜け上がり(構造物周囲の地盤の沈下)などの 発生が多数の地点において確認された。 噴砂は、旧迫川や旧北上川の河道沿いの水田や畑 において多く発生していたことが Google Earth画 像を用いた判読から明らかにされた(図 3)。また、 登米市中心部の佐沼地区東部の水田においても、複 数の地点において噴砂の発生を確認した(図 4)。東 京湾岸域や利根川下流低地などの関東地方の液状化 発生地点では、1ha以上にわたり連続的に噴砂が生 2011年東北地方太平洋沖地震による宮城県北部仙北平野における液状化発生地点の土地条件 図2 仙北平野における液状化発生地点(噴砂および液状化に起因する構造物被害)の分布 73

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じたり構造物の沈下・傾斜などが発生した地域が多 く見られたが、本調査地域ではそのような比較的広 い面積にわたって連続的に噴砂や構造物の沈下・傾 斜などが生じた地域は見られなかった。 マンホールの浮き上がりは、登米市中心部の佐沼 地区の迫川右岸側において多数発生した。マンホー 図3 旧迫川沿岸部(登米市米山町中津山東千貫、図 10aの№1)における 噴砂発生地点の Google Earth画像 図4 登米市中心部北東側(登米市迫町佐沼、図 10bの№2)における 噴砂発生地点の Google Earth画像 図5 登米市中心部付近(登米市迫町佐沼、図 10bの №3)におけるマンホール浮き上がり 図6 登米市南方町長根(図 10aの No.4)におけるマ ンホール浮き上がり 74 青 山 雅 史 ルの浮き上がり量は、大きい地点で 50cm程度で あった(図 5)。マンホールの浮き上がりが多数発生 していた地点やその周辺では、下水道管渠の埋め戻 し土の液状化に起因すると考えられる路面の連続的 な沈下・陥没も生じていた。南方町地区の長根、大 上や尼池(西郷小学校周辺)においても、マンホー ルの浮き上がりが多数生じていた(図 6、図 7)。こ の付近のマンホールの浮き上がり量は、30~100cm であった。 市内中心部の佐沼地区の迫川右岸側では、構造物 周囲の埋め戻し土の液状化に起因すると考えられる 構造物の抜け上がりが複数の地点において確認され た。登米市迫体育館では建物周囲の埋め戻し土の液 状化が生じて建物周囲の地盤が沈下したとみられ、 建物周囲の地盤との間に 10~15cmの段差が生じた 箇所が見られた(図 8)。これと同様の被害は、南方 町西山成前の登米市南方武道伝承館の建物周囲にお いても発生し、建物周囲に沿って多数の箇所におい て段差や陥没が生じた(図 9)。建物周囲の地盤との 間に生じた段差は約 10cmである。 なお、本稿では詳しく言及しないが、本調査地域 の迫川上流側にあたる栗原市においても、迫川上流 部の鶯沢地区の二迫川沿いにおいて多くの地点で噴 砂が発生し、若柳地区の迫川右岸側においては約 50 cmのマンホール浮き上がりや路面の沈下・変形が生 じていた。

� 液状化発生地点の土地条件

本調査地域における液状化発生地点と地形区分 (土地条件)を重ね合わせたものを図 10に示す。液 状化発生地点の多くは、旧河道、自然堤防や氾濫平 野に位置している。旧河道やそれに沿った自然堤防 では、多数の噴砂発生地点が確認された。氾濫平野 においては、マンホールの浮き上がり、路面の陥没・ 変形や構造物の抜け上がりなどの構造物被害の発生 が確認された。 旧迫川の旧河道には、多くの噴砂(液状化)発生 地点が分布する。旧迫川は、昭和初期(1932~1940 年)の河川改修により現在の迫川の河道が開削され 図7 登米市立西郷小学校(登米市南方町尼池、図 10a の№5)におけるマンホール浮き上がり 図8 登米市立迫体育館(登米市迫町佐沼、図 10bの №6)における体育館建物の抜け上がり 図9 登米市南方武道伝承館(登米市南方町西山成前、 図 10aの№7)における建物の抜け上がり 75 2011年東北地方太平洋沖地震による宮城県北部仙北平野における液状化発生地点の土地条件

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じたり構造物の沈下・傾斜などが発生した地域が多 く見られたが、本調査地域ではそのような比較的広 い面積にわたって連続的に噴砂や構造物の沈下・傾 斜などが生じた地域は見られなかった。 マンホールの浮き上がりは、登米市中心部の佐沼 地区の迫川右岸側において多数発生した。マンホー 図3 旧迫川沿岸部(登米市米山町中津山東千貫、図 10aの№1)における 噴砂発生地点の Google Earth画像 図4 登米市中心部北東側(登米市迫町佐沼、図 10bの№2)における 噴砂発生地点の Google Earth画像 図5 登米市中心部付近(登米市迫町佐沼、図 10bの №3)におけるマンホール浮き上がり 図6 登米市南方町長根(図 10aの No.4)におけるマ ンホール浮き上がり 74 青 山 雅 史 ルの浮き上がり量は、大きい地点で 50cm程度で あった(図 5)。マンホールの浮き上がりが多数発生 していた地点やその周辺では、下水道管渠の埋め戻 し土の液状化に起因すると考えられる路面の連続的 な沈下・陥没も生じていた。南方町地区の長根、大 上や尼池(西郷小学校周辺)においても、マンホー ルの浮き上がりが多数生じていた(図 6、図 7)。こ の付近のマンホールの浮き上がり量は、30~100cm であった。 市内中心部の佐沼地区の迫川右岸側では、構造物 周囲の埋め戻し土の液状化に起因すると考えられる 構造物の抜け上がりが複数の地点において確認され た。登米市迫体育館では建物周囲の埋め戻し土の液 状化が生じて建物周囲の地盤が沈下したとみられ、 建物周囲の地盤との間に 10~15cmの段差が生じた 箇所が見られた(図 8)。これと同様の被害は、南方 町西山成前の登米市南方武道伝承館の建物周囲にお いても発生し、建物周囲に沿って多数の箇所におい て段差や陥没が生じた(図 9)。建物周囲の地盤との 間に生じた段差は約 10cmである。 なお、本稿では詳しく言及しないが、本調査地域 の迫川上流側にあたる栗原市においても、迫川上流 部の鶯沢地区の二迫川沿いにおいて多くの地点で噴 砂が発生し、若柳地区の迫川右岸側においては約 50 cmのマンホール浮き上がりや路面の沈下・変形が生 じていた。

� 液状化発生地点の土地条件

本調査地域における液状化発生地点と地形区分 (土地条件)を重ね合わせたものを図 10に示す。液 状化発生地点の多くは、旧河道、自然堤防や氾濫平 野に位置している。旧河道やそれに沿った自然堤防 では、多数の噴砂発生地点が確認された。氾濫平野 においては、マンホールの浮き上がり、路面の陥没・ 変形や構造物の抜け上がりなどの構造物被害の発生 が確認された。 旧迫川の旧河道には、多くの噴砂(液状化)発生 地点が分布する。旧迫川は、昭和初期(1932~1940 年)の河川改修により現在の迫川の河道が開削され 図7 登米市立西郷小学校(登米市南方町尼池、図 10a の№5)におけるマンホール浮き上がり 図8 登米市立迫体育館(登米市迫町佐沼、図 10bの №6)における体育館建物の抜け上がり 図9 登米市南方武道伝承館(登米市南方町西山成前、 図 10aの№7)における建物の抜け上がり 75 2011年東北地方太平洋沖地震による宮城県北部仙北平野における液状化発生地点の土地条件

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図10 調査地域における液状化発生地点と土地条件 a.旧迫川周辺部,b.登米市中心部(佐沼地区)と東部. 地理院地図(数値地図 25000土地条件)を用いて作成.図中の番号は写真(図 3~図 9)撮影地点. 76 青 山 雅 史 るまでは、迫川の本川であった(宮城県土地改良史 編纂委員会 1994)。旧迫川はかつては典型的な蛇行 河川であり、河道周辺部には三日月湖が点在してい たが、昭和初期以降に三日月湖の陸域化(農耕地化) が進行した。1970年代以降には、河川改修による河 道直川化がおこなわれ、かつての河道蛇行部が農耕 地へと変化していった。それらのことは、旧版地形 図や過去に国土地理院により撮影された空中写真な どから読み取れる。旧迫川沿岸部の噴砂発生地点は、 この河川改修によって河道が放棄され、農耕地化し た領域において多く分布している(図 11)。これは、 造成されてからの経過年代が数十年程度と「若い」 旧河道の造成地(埋立地)において多くの液状化が 発生したことを示しており、利根川下流低地におけ る液状化発生地点の土地条件(先名ほか 2012;若松 2012;青山ほか 2014)と同様の傾向を示す。 旧迫川周辺部には、かつては湖沼や湿地が多数分 布していたが、明治後期以降に干拓が進み、平野内 部の農耕地が増加していった(宮城県土地改良史編 纂委員会 1994)。このような領域においては、液状 化の発生は少なかった(図 10)。利根川下流低地にお いても、旧湖沼・旧河道を埋め立てた領域では液状 化が広く発生したが、干拓地においては河川堤防の 液状化による被害は生じたものの、面的な広がりを 持 つ 液 状 化 の 発 生 は 見 ら れ な かった(青 山 ほ か 2014)。干拓地は、水深の浅い湖沼から人為的に水を 抜くことによって湖底が陸化した領域であり、埋め 立てによって陸化された旧湖沼とは異なり液状化が 発生しうる程度の厚さを持つ砂質土が表層に存在し ていないことが多いため、干拓地上の砂からなる河 川堤防や盛土においては液状化が発生するものの、 干拓地の地盤自体が液状化することは少ないと考え られる。 登米市中心部の佐沼地区東部に見られる噴砂発生 地点は、蛇行している旧河道やそれに沿って分布す る自然堤防に位置する(図 10)。これらの旧河道は、 江戸期の慶長年間の 1605~1611年に実施された河 川改修事業以前までの北上川河道(建設省東北地方 建設局 1991)と、元禄元年(1688年)頃におこなわ れた迫川の河川改修以前までの迫川河道(迫町史編 纂委員会 1981)であったとされる。これらの旧河道 は、一部を除いて明治中期には陸域化していたこと が迅速測図から読み取れる。したがって、前述の旧 迫川沿いの旧河道と比べると古い時期の旧河道であ 図11 旧迫川沿岸部における液状化発生地点の土地履歴(旧迫川の河道変遷との関係) a.平成 21年更新数値地図 25000「西野」,b.大正 1年測図 1:50,000地形図「涌谷」 液状化被害に関する凡例は図 2を参照. 77 2011年東北地方太平洋沖地震による宮城県北部仙北平野における液状化発生地点の土地条件

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図10 調査地域における液状化発生地点と土地条件 a.旧迫川周辺部,b.登米市中心部(佐沼地区)と東部. 地理院地図(数値地図 25000土地条件)を用いて作成.図中の番号は写真(図 3~図 9)撮影地点. 76 青 山 雅 史 るまでは、迫川の本川であった(宮城県土地改良史 編纂委員会 1994)。旧迫川はかつては典型的な蛇行 河川であり、河道周辺部には三日月湖が点在してい たが、昭和初期以降に三日月湖の陸域化(農耕地化) が進行した。1970年代以降には、河川改修による河 道直川化がおこなわれ、かつての河道蛇行部が農耕 地へと変化していった。それらのことは、旧版地形 図や過去に国土地理院により撮影された空中写真な どから読み取れる。旧迫川沿岸部の噴砂発生地点は、 この河川改修によって河道が放棄され、農耕地化し た領域において多く分布している(図 11)。これは、 造成されてからの経過年代が数十年程度と「若い」 旧河道の造成地(埋立地)において多くの液状化が 発生したことを示しており、利根川下流低地におけ る液状化発生地点の土地条件(先名ほか 2012;若松 2012;青山ほか 2014)と同様の傾向を示す。 旧迫川周辺部には、かつては湖沼や湿地が多数分 布していたが、明治後期以降に干拓が進み、平野内 部の農耕地が増加していった(宮城県土地改良史編 纂委員会 1994)。このような領域においては、液状 化の発生は少なかった(図 10)。利根川下流低地にお いても、旧湖沼・旧河道を埋め立てた領域では液状 化が広く発生したが、干拓地においては河川堤防の 液状化による被害は生じたものの、面的な広がりを 持 つ 液 状 化 の 発 生 は 見 ら れ な かった(青 山 ほ か 2014)。干拓地は、水深の浅い湖沼から人為的に水を 抜くことによって湖底が陸化した領域であり、埋め 立てによって陸化された旧湖沼とは異なり液状化が 発生しうる程度の厚さを持つ砂質土が表層に存在し ていないことが多いため、干拓地上の砂からなる河 川堤防や盛土においては液状化が発生するものの、 干拓地の地盤自体が液状化することは少ないと考え られる。 登米市中心部の佐沼地区東部に見られる噴砂発生 地点は、蛇行している旧河道やそれに沿って分布す る自然堤防に位置する(図 10)。これらの旧河道は、 江戸期の慶長年間の 1605~1611年に実施された河 川改修事業以前までの北上川河道(建設省東北地方 建設局 1991)と、元禄元年(1688年)頃におこなわ れた迫川の河川改修以前までの迫川河道(迫町史編 纂委員会 1981)であったとされる。これらの旧河道 は、一部を除いて明治中期には陸域化していたこと が迅速測図から読み取れる。したがって、前述の旧 迫川沿いの旧河道と比べると古い時期の旧河道であ 図11 旧迫川沿岸部における液状化発生地点の土地履歴(旧迫川の河道変遷との関係) a.平成 21年更新数値地図 25000「西野」,b.大正 1年測図 1:50,000地形図「涌谷」 液状化被害に関する凡例は図 2を参照. 77 2011年東北地方太平洋沖地震による宮城県北部仙北平野における液状化発生地点の土地条件

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る。明治期以降の河川改修により本川から分離し、 1950~70年代に埋め立てられた利根川下流低地の 旧河道では連続的に噴砂が発生したが(青山 2014)、 北上川と迫川に挟まれた領域に分布するこの北上川 の古い旧河道においては、噴砂が生じていた地点は その一部の領域のみであった。この旧河道の一部に は、昭和 30年代まで湖沼として水域が存在し、その 後の干拓によって陸域化した領域も見られた。この ようなことから、この北上川と迫川に挟まれた領域 の旧河道には、埋め立てや盛土などにより表層部に 人為的に形成された緩い砂質地盤が存在する領域が 少ないことが考えられ、そのことが液状化発生地点 数がそれほど多くなかった要因の一つである可能性 がある。 佐沼地区の迫川右岸側において多数見られたマン ホールの浮き上がりなどの液状化に起因する構造物 被害が発生した領域は、氾濫平野に位置する(図 10)。国土地理院の webサイト上で公開されている 「地理院地図」で閲覧可能な土地条件図初期整備版 では、その液状化被害が発生した領域の多くが泥炭 地に該当することが確認された(図 12)。また、この 領域は、1980年代以降に造成された比較的新しい造 成地であることが旧版地形図や過去に撮影された空 中写真から確認できる。登米市と隣接する宮城県大 崎市中心部の古川地区においても、それと同様の土 地条件および土地履歴を持った領域(泥炭地盤上に 造成されていた水田を 1980年代以降に市街地へと 改変した新しい造成地)において、マンホールの浮 き上がりなどの液状化被害が多数発生したことが報 告されている(吉田ほか 2011;Yamaguchi et al. 2012;青山 2013;東日本大震災合同調査報告書編 集委員会 2014)。また、南方町地区の長根や大上に おけるマンホールの浮き上がり発生地点も、氾濫平 野上の泥炭地である(図 12)。液状化は、粘性土が卓 越する氾濫平野や後背湿地などでは、堆積年代の新 しい砂質土からなる埋立地や旧河道・旧湖沼などと 比較すると相対的に生じにくいとされる。しかし、 透水性の低い泥炭地盤におけるマンホールや下水道 管渠などの砂質埋め戻し土では、過剰間 水圧がそ の周囲に消散されにくく液状化の継続時間が長くな ることにより、それらの砂質埋め戻し土のみが液状 化し、マンホール浮き上がり量が砂質地盤からなる 地点よりも大きくなるとされる(Yasuda and Kiku 2006)。本調査地域においても、砂質堆積物からなる 図12 マンホールの浮き上がり被害が顕著であった地域の土地条件 a.登米市迫町佐沼,b. 登米市南方町 国土地理院発行土地条件図(初期整備版)を用いて作成. 液状化被害に関する凡例は図 2を参照. 78 青 山 雅 史 と推定される自然堤防におけるマンホールの浮き上 がり量は 20cm程度であったが、泥炭地盤からなる 領域におけるマンホールの浮き上がり量は 30cm以 上のものが多数見られ、最大で約 100cmであった。 また、佐沼地区の比較的古い時期から市街地が形成 されていた自然堤防からなる領域では顕著なマン ホールの浮き上がりや構造物の抜け上がりなどは見 られなかった。本調査地域のマンホールの浮き上が りや構造物の抜け上がりなどが多数生じた領域で は、周辺地盤における噴砂の発生は確認なかったこ とから、本調査地域のマンホールの浮き上がりや構 造物の抜け上がりなどが多数生じた領域において も、粘性土地盤での過去の液状化被害発生の事例(若 松ほか 2006;Yasuda and Kiku 2006)と同様に、 マンホール、下水道管渠や構造物周囲の砂質埋め戻 し土のみが限定的に液状化し、その周囲の地盤では 液状化は生じなかったとみられる。

� ま と め

2011年東北地方太平洋沖地震により宮城県北部 の仙北平野において発生した液状化発生地点の分 布、液状化被害の状況を明らかにし、液状化発生地 点の土地条件について検討した。 本調査地域においては多数の地点において液状化 が発生し、それに起因するとみられるマンホールの 浮き上がり、路面の陥没・変形や構造物の抜け上が りなどの構造物被害が生じた。旧迫川の旧河道や北 上川の旧河道とそれに沿った自然堤防においては、 噴砂が発生した。特に、昭和初期以降の土地改良に より陸域(農耕地)へと変化したかつての旧迫川河 道蛇行部(三日月湖)では、多数の地点で噴砂が発 生した。これは、三日月湖や河川改修により放棄さ れた河道蛇行部の埋め立てに用いられた砂質土が液 状化した可能性が考えられる。氾濫平野上の登米市 中心部佐沼地区の 1980年代以降に造成(市街地化) された領域では、マンホールの浮き上がり、路面の 陥没・変形や構造物の抜け上がりなどの液状化被害 が多数発生した。特に、泥炭地上の造成地において、 多数の地点でマンホールの浮き上がりが発生し、最 大 100cm程度のマンホールの浮き上がりが生じた。 これらの液状化被害は、粘性土(泥炭地盤)上に盛 土された砂質土や、マンホール、下水道管渠や構造 物周囲の砂質埋め戻し土などの液状化に起因するも のと考えられた。 関東地方における液状化発生状況と比較すると、 関東地方の旧河道・旧湖沼では、1 ha以上にわたっ て連続的に液状化が発生した領域が多数見られた が、本調査地域においては、そのようにある程度広 い面積にわたって液状化が生じた領域は見られず、 局所的なものが多かった。これは、河川改修により 埋め立てられたと考えられる旧河道の面積が小さい ことや、旧湖沼は干拓により陸化された領域が多く、 表層に液状化が発生しうる程度の厚さを持つ砂質堆 積物が存在しないことに起因すると思われる。その 一方、本調査地域には透水性が悪い泥炭地盤が多く 分布しているため、構造物埋め戻し土の液状化に起 因すると考えられるマンホールの顕著な(30cm以上 の)浮き上がり、歩道路面の連続的な陥没・変形な どの液状化被害は多数発生した。このような液状化 発生状況の地域的差異に関する定量的な解析は、稿 を改めて論じたい。 本稿の骨子は日本地理学会 2013年春季学術大会、 日本地球惑星科学連合 2013年大会、日本地理学会 2014年春季学術大会、日本地球惑星科学連合 2014 年大会において発表した。本研究をおこなうにあた り、東京地学協会平成 25年度研究・調査助成金「東 北地方太平洋沖地震による内陸部における液状化被 害に関するインベントリー作成」(代表者:青山雅 史)、日本学術振興会科学研究費補助金挑戦的萌芽研 究「多時期の地理空間情報と GISを用いた地盤の液 状化に関する危険度評価の試み」(代表者:青山雅 史)を使用した。 文献 青山雅史 2013.東北地方太平洋沖地震による宮城県北部に おける液状化発生地点の地形条件と土地履歴.日本地理 学会発表要旨集 83:188. 青山雅史・小山拓志・宇根 寛 2014.2011年東北地方太平 79 2011年東北地方太平洋沖地震による宮城県北部仙北平野における液状化発生地点の土地条件

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る。明治期以降の河川改修により本川から分離し、 1950~70年代に埋め立てられた利根川下流低地の 旧河道では連続的に噴砂が発生したが(青山 2014)、 北上川と迫川に挟まれた領域に分布するこの北上川 の古い旧河道においては、噴砂が生じていた地点は その一部の領域のみであった。この旧河道の一部に は、昭和 30年代まで湖沼として水域が存在し、その 後の干拓によって陸域化した領域も見られた。この ようなことから、この北上川と迫川に挟まれた領域 の旧河道には、埋め立てや盛土などにより表層部に 人為的に形成された緩い砂質地盤が存在する領域が 少ないことが考えられ、そのことが液状化発生地点 数がそれほど多くなかった要因の一つである可能性 がある。 佐沼地区の迫川右岸側において多数見られたマン ホールの浮き上がりなどの液状化に起因する構造物 被害が発生した領域は、氾濫平野に位置する(図 10)。国土地理院の webサイト上で公開されている 「地理院地図」で閲覧可能な土地条件図初期整備版 では、その液状化被害が発生した領域の多くが泥炭 地に該当することが確認された(図 12)。また、この 領域は、1980年代以降に造成された比較的新しい造 成地であることが旧版地形図や過去に撮影された空 中写真から確認できる。登米市と隣接する宮城県大 崎市中心部の古川地区においても、それと同様の土 地条件および土地履歴を持った領域(泥炭地盤上に 造成されていた水田を 1980年代以降に市街地へと 改変した新しい造成地)において、マンホールの浮 き上がりなどの液状化被害が多数発生したことが報 告されている(吉田ほか 2011;Yamaguchi et al. 2012;青山 2013;東日本大震災合同調査報告書編 集委員会 2014)。また、南方町地区の長根や大上に おけるマンホールの浮き上がり発生地点も、氾濫平 野上の泥炭地である(図 12)。液状化は、粘性土が卓 越する氾濫平野や後背湿地などでは、堆積年代の新 しい砂質土からなる埋立地や旧河道・旧湖沼などと 比較すると相対的に生じにくいとされる。しかし、 透水性の低い泥炭地盤におけるマンホールや下水道 管渠などの砂質埋め戻し土では、過剰間 水圧がそ の周囲に消散されにくく液状化の継続時間が長くな ることにより、それらの砂質埋め戻し土のみが液状 化し、マンホール浮き上がり量が砂質地盤からなる 地点よりも大きくなるとされる(Yasuda and Kiku 2006)。本調査地域においても、砂質堆積物からなる 図12 マンホールの浮き上がり被害が顕著であった地域の土地条件 a.登米市迫町佐沼,b. 登米市南方町 国土地理院発行土地条件図(初期整備版)を用いて作成. 液状化被害に関する凡例は図 2を参照. 78 青 山 雅 史 と推定される自然堤防におけるマンホールの浮き上 がり量は 20cm程度であったが、泥炭地盤からなる 領域におけるマンホールの浮き上がり量は 30cm以 上のものが多数見られ、最大で約 100cmであった。 また、佐沼地区の比較的古い時期から市街地が形成 されていた自然堤防からなる領域では顕著なマン ホールの浮き上がりや構造物の抜け上がりなどは見 られなかった。本調査地域のマンホールの浮き上が りや構造物の抜け上がりなどが多数生じた領域で は、周辺地盤における噴砂の発生は確認なかったこ とから、本調査地域のマンホールの浮き上がりや構 造物の抜け上がりなどが多数生じた領域において も、粘性土地盤での過去の液状化被害発生の事例(若 松ほか 2006;Yasuda and Kiku 2006)と同様に、 マンホール、下水道管渠や構造物周囲の砂質埋め戻 し土のみが限定的に液状化し、その周囲の地盤では 液状化は生じなかったとみられる。

� ま と め

2011年東北地方太平洋沖地震により宮城県北部 の仙北平野において発生した液状化発生地点の分 布、液状化被害の状況を明らかにし、液状化発生地 点の土地条件について検討した。 本調査地域においては多数の地点において液状化 が発生し、それに起因するとみられるマンホールの 浮き上がり、路面の陥没・変形や構造物の抜け上が りなどの構造物被害が生じた。旧迫川の旧河道や北 上川の旧河道とそれに沿った自然堤防においては、 噴砂が発生した。特に、昭和初期以降の土地改良に より陸域(農耕地)へと変化したかつての旧迫川河 道蛇行部(三日月湖)では、多数の地点で噴砂が発 生した。これは、三日月湖や河川改修により放棄さ れた河道蛇行部の埋め立てに用いられた砂質土が液 状化した可能性が考えられる。氾濫平野上の登米市 中心部佐沼地区の 1980年代以降に造成(市街地化) された領域では、マンホールの浮き上がり、路面の 陥没・変形や構造物の抜け上がりなどの液状化被害 が多数発生した。特に、泥炭地上の造成地において、 多数の地点でマンホールの浮き上がりが発生し、最 大 100cm程度のマンホールの浮き上がりが生じた。 これらの液状化被害は、粘性土(泥炭地盤)上に盛 土された砂質土や、マンホール、下水道管渠や構造 物周囲の砂質埋め戻し土などの液状化に起因するも のと考えられた。 関東地方における液状化発生状況と比較すると、 関東地方の旧河道・旧湖沼では、1 ha以上にわたっ て連続的に液状化が発生した領域が多数見られた が、本調査地域においては、そのようにある程度広 い面積にわたって液状化が生じた領域は見られず、 局所的なものが多かった。これは、河川改修により 埋め立てられたと考えられる旧河道の面積が小さい ことや、旧湖沼は干拓により陸化された領域が多く、 表層に液状化が発生しうる程度の厚さを持つ砂質堆 積物が存在しないことに起因すると思われる。その 一方、本調査地域には透水性が悪い泥炭地盤が多く 分布しているため、構造物埋め戻し土の液状化に起 因すると考えられるマンホールの顕著な(30cm以上 の)浮き上がり、歩道路面の連続的な陥没・変形な どの液状化被害は多数発生した。このような液状化 発生状況の地域的差異に関する定量的な解析は、稿 を改めて論じたい。 本稿の骨子は日本地理学会 2013年春季学術大会、 日本地球惑星科学連合 2013年大会、日本地理学会 2014年春季学術大会、日本地球惑星科学連合 2014 年大会において発表した。本研究をおこなうにあた り、東京地学協会平成 25年度研究・調査助成金「東 北地方太平洋沖地震による内陸部における液状化被 害に関するインベントリー作成」(代表者:青山雅 史)、日本学術振興会科学研究費補助金挑戦的萌芽研 究「多時期の地理空間情報と GISを用いた地盤の液 状化に関する危険度評価の試み」(代表者:青山雅 史)を使用した。 文献 青山雅史 2013.東北地方太平洋沖地震による宮城県北部に おける液状化発生地点の地形条件と土地履歴.日本地理 学会発表要旨集 83:188. 青山雅史・小山拓志・宇根 寛 2014.2011年東北地方太平 79 2011年東北地方太平洋沖地震による宮城県北部仙北平野における液状化発生地点の土地条件

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参照

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