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新潟県中越地震をふりかえって

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Academic year: 2021

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- 4 - 1 教訓は生かされたか

昨年 10 月に発生した新潟県中越地震は、

被害の規模としては阪神淡路大震災以来と なったが、災害対応という点で、はたして 10 年前の阪神淡路大震災の教訓は生かされた のだろうか。

まず第一に、政府の危機管理体制の立ち 上げについては、さすがに今回は素早い対 応がなされた。地震発生後、直ちに官邸に関 係各省庁の局長で構成される緊急参集チー ムが集合し、官邸対策室が設置されるとと もに、消防庁など関係各省庁でも職員の参 集や災害対策本部の設置がすみやかに行わ れた。また、緊急消防援助隊や自衛隊、警察 の現地派遣も素早いものがあった。

ただ、こうした広域応援には、現地に到着 するまでにかなりの時間が必要だ。実際、今 回の中越地震で、陸路、応援に入った緊急消 防援助隊のうち、最も早く現地(小千谷市) に到着した山形県隊でも地震発生から 7 時 間程度の時間を要していたようだ。それま での間は、地元の消防や自主防災組織など が救出・救助活動や消火活動に当たらなけ ればならないのである。被害が同時に多発 する大規模災害には、地元に密着し、動員力 のある消防団や自主防災組織の一層の増員

や育成が不可欠だということが改めて認識 されたと言える。

ところで、阪神淡路大震災では、死者の大 部分が建物の倒壊による圧死や窒息死だっ た。その結果、住宅等の耐震化の必要性が強 く指摘された。今回の中越地震では、地震の 強さに比べ、建物の倒壊は比較的少なかっ た。これは、中越地方が、我が国有数の豪雪 地帯であるために住宅の柱や梁が他の地域 より太く、ガッシリと作られていたためだ といわれている。建物の倒壊が少なければ、

圧死などによる死者や負傷者の発生も少な く、当然、救助・救急案件も減る。交通路の 確保も比較的、容易になるだろう。そして中 越地震では、事実、そうだったのであり、住 宅等の耐震化の重要性が、これも改めて認 識されたと言える。

しかし、この 10 年、全国的にみて住宅等 の耐震化は残念ながらあまり進んでいない ようだ。

また、阪神淡路大震災では発災が冬の 1 月 ということもあり、被災者とりわけ高齢者 のなかには風邪をこじらせたり、肺炎や過 労で亡くなった人が少なくなかった。震災 関連死である。今回の中越地震でも、地震後 の過労やエコノミー症候群などによる震災 連死が目立った。むしろ統計上は震災関連

●巻頭随想

新潟県中越地震をふりかえって

佐 野 忠 史

(財)自治体衛星通信機構 専務理事

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- 5 - 死で亡くなった人が、圧死などの地震の直 接的な作用により亡くなった人の数を上回 ったのである。震災関連死を少なくするた め、有効な手だてはなかったのであろうか。

率直に言って、震災関連死の防止という点 で、私たちは阪神淡路大震災の教訓を生か してきたとは言えない。

2 システム思考の欠落

阪神淡路大震災では、医療機関相互の連 携が不十分であったために、負傷者が特定 の病院に集中し、適切な治療を受けること のできなかった事例が多々あった。ところ が当時、近県の医療機関だけでなく、神戸市 内の病院の中にも余力のあった病院が存在 しており、そうした病院間の連携や救急搬 送が適切に行われていれば助かった人も少 なくなかったといわれている。このため、大 規模災害時に、医療機関相互の連携を図る ことができるよう「広域災害・救急医療情報 システム」が開発された。しかし、このせっ かくのシステムも中越地震では、通信回線 の途絶や停電などにより、地震発生後一日、

ほとんど情報が発信されず、期待されたよ うな調整機能を発揮できなかった。

通信回線の途絶や停電といえば、阪神淡 路大震災では兵庫県庁の衛星を利用した防 災行政無線が、非常用電源のオーバーヒー トにより、発災後、しばらくして不通になっ てしまった。そのため、被害の状況が国等に すみやかに伝わらず、それが政府の対応が 遅れた一因ともいわれている。

今回の中越地震でも同様の事例が続出し

た。山古志村をはじめ 19 市町村で、衛星利 用の防災行政無線が停電により一時不通に なってしまったのである。当初、これは停電 に備えた非常用電源設備の不備によるので はないかと思われたが、その後の調査によ れば、手動起動や可搬式のものも含め非常 用電源設備は備わっていたものの、そもそ も非常用電源が衛星通信機器に供給される 仕組みになっていなかったり、仕組みはあ っても電力が不足してブレーカーが落ちた ことなどが原因ということであった。時代 の先端を行く衛星通信が、機器そのものに は障害が発生しなかったにもかかわらず、

非常用電源の確保が適切に行われなかった ため、せっかくの機能を発揮できなかった のである。

また、各市町村の役場等に設置された地 震計と県庁を通じて気象庁とを結ぶ震度情 報ネットワークも十分に機能しなかった。

各市町村からの震度情報は地震発生と同 時に一斉に県庁に送られる仕組みになって いるが、停電や、回線数が少ないために輻韓 が起こり、震度 7 を記録した川口町などの 震度情報がすみやかに伝わらなかった。

吉村昭に「零式戦闘機」という著作がある。

その出だしは、深夜、名古屋市内を牛車に乗 せられてノロノロと各務原の飛行場に向か う零戦の描写から始まる。市内の工場で生 産された零戦は、牛に引かれて各務原の飛 行場に運ばれ、そこで試験飛行を行ってい たのである。科学技術の粋を集めた最新鋭 の零戦とそれを引く牛車…いうまでもなく 牛車による運搬が、零戦の大量生産という 点で大きなボトルネックになっていた。

戦力というものは個々の航空機や軍艦の

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- 6 - 性能だけでなく、関連するシステム全体の 底上げが必要なのであり、パイロットの養 成や飛行場の設営能力、航空燃料の質、軍艦 の修繕能力などが、米英軍と比べ著しく劣 っていたために、せっかくの航空機や軍艦 の能力が十分に発揮できなかったというこ とが、戦後、多くの人から指摘されている。

われわれ日本人は、現在においても、こう

したシステム思考(ロジェスティック・シス テムへの考慮とでも言うのだろうか)がや や苦手なのかもしれない。そのことが、中越 地震の際、「広域災害・救急医療情報システ ム」や地域衛星通信ネットワークシステム、

震度情報ネットワークシステムが期待され たような機能を発揮できなかったことにつ ながったのだと思われる。中越地震の教訓 の一つだと言わなければならない。

参照

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