― 85 ― 著者プロフィール
広島県出身.中京大学文学部心理学科(現:心理学部)
終了後,ニューヨーク大学大学院音楽療法学科にて修 士号取得.卒業後,ニューヨーク大学付属ノードフ・
ロビンズ音楽療法センターにて即興音楽中心のアプ ローチを学び,ディプロマコース修了. がんセン タ ー, 高 齢 者 施 設, ハ ワ イ の 非 営 利 福 祉 団 体 Sounding Joy Music Therapy を経て,2012年より同 団体の日本支部,Sounding Joy JAPAN を設立し,事 務局長を務める.現在は,新潟県を拠点に臨床や講演 活動を行う.米国音楽療法協会認定音楽療法士,ノー ドフロビンズ認定音楽療法士,新潟県音楽療法士協会 副会長
音楽療法と聞いて,まず何をイメージするだろう か.長椅子に掛けてリラックスする音楽を聴く,好き な音楽を聴いて癒される,などといった答えがよく聞 かれる.欧米で発展してきた音楽療法は,近年,日本 でも医療や福祉の現場など,様々な分野で少しずつ取 り入れられてきた.高齢者や発達障がいを持つ人の 他,リハビリテーションや緩和ケア,精神科の現場で も音楽療法士たちは活躍している.
欧米では,心理学と音楽が芸術的に融合された,心 理療法としての音楽療法が実践されており,多くの質 的,量的研究が重ねられ,効果があると立証されてき た.しかし,日本ではまだ心理療法として音楽療法が 用いられる現場は他の分野に比べて比較的少ない.そ こで,本稿では,心理療法としての音楽療法の可能性 を考察したい.
<道具としての音楽・音>
心理療法として音楽療法を用いる際,音楽や音はど ういう役割を果たすのだろうか?音楽療法では,音楽 や音を治療のための道具として使う.音楽や音は,言 語化できない気持ちや感情を,言葉以外の方法で表現 するための道具として使うことができる.例えば,子
*Corresponding author:
Sounding Joy JAPAN 代表 大竹孔三
www.facebook.com/soundingjoyjapan Tel:080-3886-8824
E-mail:[email protected]
カレントトピックス
心理療法としての音楽療法の可能性 Music Therapy as Psychotherapy
大 竹 孔 三
*Sounding Joy JAPAN 代表
米国音楽療法協会認定音楽療法士,ノードフロビンズ認定音楽療法士,新潟県音楽療法士協会副会長
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大竹孔三
どもがトラウマ体験をした場合,それを大人のように 言語化して気持ちを理解,整理することは難しい.し かし,音楽療法なら,その時の気持ちを音で表現する ことで,感情を発散させ,音として表現された気持ち を客観的に捉えて,自分の感情を理解し,整理するこ とが可能になる.
<自分の気持ちを感じる>
クライアントの中には,自分の気持ちに気づかず に,または気づかないようにして生きてきた結果,積 み重なったストレスからくる身体・精神症状を訴える 人が少なくない.音楽は「感じること」を助ける道具 でもある.嬉しい,悲しい,怒り,などといった感情 を音や音楽で表現することで,感じることをしないよ うにプログラミングされていた脳を,少しずつほぐし ていくことができる.
<ラポール形成と精神的サポートとして>
心理療法でまず大切なことはセラピストとラポール を形成することであろう.それなしには,クライアン トの深い自己開示は期待できない.自己開示なしで は,治療のための材料が得られず,症状の原因となっ ている核心に迫ることが難しい.クライアントがその 時に聴きたい曲を演奏したり,クライアントと自由に 即興演奏で心を通わせることで,セラピストとの信頼 関係や,本格的な治療のプロセスに入るための安心で きる治療環境を作ることができる.また,クライアン トが上記にあるようなトラウマ体験を音や音楽で表現 している時にも,クライアントが希望すれば,その表 現をサポートするような形でセラピストが伴奏するこ
とが可能である.そうすることで,クライアントは精 神的支えを得て,一人では入れなかった闇のトンネル に,セラピストと 2 人で挑むことが可能になる.
<事例紹介>
過去のケースで,性的トラウマを抱えたクライアン トとの心理療法としての音楽療法を紹介したい.ここ では名前を A さんとする.A さんは,高校生の時に 性的暴行に遭った.当時はとても思い出したくなく て,すぐにその記憶に蓋をしてしまったため,その時 の感情は理解されないまま何年も眠っていた.しか し,ふとしたきっかけで大学卒業後に思い出し,それ からは日常生活が送れないまでの鬱状態に陥ってし まった.決まった就職先も,途中退社することになっ た.
A さんは週に 1 回,約45分の心理療法的音楽療法 のセッションを始めることとなった.音楽療法を始め てから,最初の 2 ヶ月はセラピストとピアノや他の楽 器を使って即興音楽で音遊びをしながら信頼関係を構 築していった. 3 ヶ月目に入った頃,A さんの方か ら,トラウマへ挑みたいと決心され,介入が始まった.
その作業は,当時,目を向けてあげられなかった自分 の感情を音で表出し,感じることが目標になった.当 然,それは今まで避けてきたことであって,生易しい ものではなかった.幼少期からピアノを習っていた A さんは,その時の気持ちをピアノで即興演奏して 探っていった.同時に,セラピストも一緒に弾いてほ しいと訴え,セラピストは A さんの表現を太鼓の伴 奏でサポートした.最初は辛くて,「これ以上は無理 です」と言って途中止めすることも多かった.しか し,繰り返して行くうちに,今まででは気づかなかっ た感情が何層にもなって表れた.A さんも,音で表 現して初めて,自分にそのような感情があったことに 気づいてびっくりする場面も度々あった.
音楽療法を始める前は,混沌としていた当時の感情 は単なる恐怖でしかなかったが,音によって表現さ れ,消化され,自分の中で整理の付くものへと変化し ていった.どんな感情がそこにあるのか分からずに,
ただ恐怖に支配されていたが,表現を繰り返していく うちにその正体が分かり,その感情に振り回されるこ とがなくなった. 「今までぐちゃぐちゃだった(自分 の感情)のが,今はきちんと整理されて,タンスにし まうことができた感じ」とその時の気持ちを語った.
セッションルームの様子
心理療法としての音楽療法の可能性
― 87 ― 1 年後には鬱症状も全く見られないまでに改善し,治 療は終結した.補足になるが,A さんはこの 1 年他 の心理療法を受けたり,服薬したりすることはなかっ た.
<注意点と今後への期待>
心理療法として音楽療法を用いる場合,辛い記憶や 感情を扱う場合が多い.音や音楽でそれを表現するこ とを促すため,今まで蓋をしてきたものが急に飛び出 してきて,クライアントが感情のコントロールを失っ てしまうこともある.セラピストは,このようになる ことを想定し,フォローできる技術を持っておくこと が必須である.また,症状の原因となっている核心に 近づくプロセスは大変デリケートで,クライアントの 自己開示や理解のペースを無視すると,防衛反応が起 きてしまい,治療の継続すら困難になりかねない.心 理療法として音楽療法を用いる際は,以上のような危 険も理解し,治療過程を安全に進められる訓練を十分 に受けた上でなされなければならない.
音楽療法では,リラクゼーションや,気分転換を促 すことももちろん可能である.しかし,言葉ではなか なかたどり着けない感情に触れたり,それを表出させ る道具としても音や音楽は優れた力を発揮する.症状 の原因を直接扱うことができるので,対症療法だけで はなく,根本的な解決が可能になる場合もある.問題 の根源に辿り着き,そこを乗り越えることで,クライ アントも自信を持って自分に向き合い,人生の舵を しっかりとることができるのではないだろうか.現代 の日本では,心のケアの重要性が認知されつつある.
音楽療法が,心理療法の一つの選択肢になり,音楽療 法によって,より人生を豊かに,幸せに送れる人が増 えることを願ってやまない.
参考文献
B r u s c i a , K . E . ( 1 9 9 8 )『 T h e D y n a m i c s o f M u s i c Psychotherapy』Barcelona Publishers.
スメイスタース , ヘンク(2006)『心理療法としての音楽療法』
(多田茂・中河豊訳) ヤマハミュージックメディア.
師岡宏之(2001)『心理治療としての音楽療法ー音楽療法とカ ウンセリングの実際』音楽之友社 .