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産業利用を目指した カーボンナノチューブの マクロスケール技術開発

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産業創成工学専攻 電気電子機能開発学講座 博士後期課程 学位論文

産業利用を目指した カーボンナノチューブの マクロスケール技術開発

Development of macroscale technology

for industrial applications using carbon nanotubes

学籍番号 : 51430705

提出者 : 井上 寛隆 (Hirotaka Inoue)

提出年月日:2021 年 3 月 18 日

指導教員:林 靖彦 教授

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カーボンナノチューブ(Carbon nanotube: CNT)が発見されて30年が経過しようとしている.

これまでに世界中で多岐にわたる研究開発が展開され,並外れた超強度性が実験的に実証され たほか,カイラリティ分離したCNTを用いたマイクロプロセッサの実動作確認,6 メートル を超える超長尺 CNT が合成されるなど,夢の素材と呼ばれた CNT の実用化が着実に近づき つつある.本研究では,無数のCNTを配向性良く束ね,ハンドリング可能な実用的サイズま でスケールアップしたCNT紡績糸について,紡績可能なCNTの合成から紡績工程の改良,ポ ストプロセスによる特性改善,そして新規応用デバイスの開発まで一連の研究を行なった.

1章では,CNTの基本的な特性や合成手法,紡績プロセス,CNT紡績糸の応用例などを 説明する.さらに,CNTの長尺・高密度合成実現に向け,これまでに取り組まれてきたアプロ ーチについても詳説する.

2章では,様々な合成条件を系統的に調査することにより,乾式紡績可能なCNTフォレ ストの構造を特定した.また,触媒粒子形成プロセスにおける温度条件を精密にコントロール することにより,紡績性を維持しながらもチューブ径,層数を制御したCNTを合成可能であ ることを示した.

3 章では,CNT 紡績糸応用デバイスの一例として,コイル状高分子線材ソフトアクチュ エータに対するヒータ線としての利用を提案した.柔軟かつ高強度なCNT紡績糸の特性を活 かし,熱によって伸縮動作をする高分子線材ソフトアクチュエータに対するヒータ線として複 合構造を形成することで,効果的に加熱,冷却でき,エネルギー効率の優れるアクチュエータ となることを実証した.

4 章では,CNT 紡績糸からなるフレキシブル熱電変換素子について,素子作製前に通電 加熱処理を施すことで,p 型およびドーピング処理後のn 型熱電変換効率を大幅に改善した.

通電加熱によりCNT紡績糸中に存在していたアモルファスカーボンがグラフェン構造へと相 転移し,これが熱電効率向上に寄与していることを,理論計算と実験的測定を組み合わせるこ とにより示した.

5 章では,CNT 紡績糸に対して,大気圧下で連続的に通電加熱処理を施すことができる セットアップを新規に構築した.本セットアップを用いてCNT紡績糸に張力負荷しながら通 電加熱をすることで,2倍以上の高強度化を実現した.張力を伴う通電加熱は CNT 紡績糸の バンドル密度および配向性を改善し,またCNTバンドルの高密度化によってアモルファスカ ーボンからグラフェンへの相転移が促進されることで,分子間力が強固になることを示した.

これら合成からアプリケーション提案まで一連の研究で得られた知見は,産業応用に適した CNT の大量生産およびデバイス開発における指針となり得るものである.本成果をベースと してCNT関連の研究知見を集約することで,CNTデバイス開発をさらに加速し,我々の生活 を豊かにする素材となることが望まれる.

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目 次

第1章 序論 ... 1

1.1 カーボンナノチューブの発見と展望 ... 1

1.2 カーボンナノチューブの合成手法 ... 4

1.3 カーボンナノチューブの長尺・高密度成長 ... 7

1.4 カーボンナノチューブの紡績手法 ... 10

1.5 カーボンナノチューブ紡績糸の応用展開 ... 13

1.5.1 電気伝導線材応用 ... 13

1.5.2 高強度線材応用 ... 14

1.5.3 高熱伝導線材応用 ... 15

1.5.4 その他のデバイス応用例 ... 16

1.6 本研究の目的 ... 18

1.7 参考文献 ... 19

第2章 紡績性カーボンナノチューブフォレストの構造制御 ... 27

2.1 緒言 ... 27

2.2 実験方法 ... 29

2.3 実験結果および考察 ... 32

2.4 結言 ... 41

2.5 参考文献 ... 42

第3章 カーボンナノチューブ紡績糸/高分子線材複合型ソフトアクチュエータの開発 .... 49

3.1 緒言 ... 49

3.2 実験方法 ... 51

3.3 実験結果および考察 ... 53

3.4 結言 ... 58

3.5 参考文献 ... 59

第4章 カーボンナノチューブ紡績糸を用いたフレキシブル熱電発電素子の高効率化 ... 63

4.1 緒言 ... 63

4.2 実験方法 ... 65

4.3 実験結果および考察 ... 68

4.4 結言 ... 75

4.5 参考文献 ... 75

第5章 張力を伴う連続通電加熱によるカーボンナノチューブ紡績糸の高強度化 ... 81

5.1 緒言 ... 81

5.2 実験方法 ... 82

5.3 実験結果および考察 ... 87

5.4 結言 ... 100

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謝辞 ... 109

研究業績 ... 112

【筆頭著者論文】 ... 112

【共著者論文】 ... 112

【国際会議】 ... 114

【国内学会】 ... 115

【国際会議(共著)】 ... 117

【国内学会(共著)】 ... 119

【学会活動】 ... 125

【受賞】 ... 126

【研究助成】 ... 127

【奨励金・給付奨学金・その他】 ... 129

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1 章 序論

1.1 カーボンナノチューブの発見と展望

1991年に発見されたカーボンナノチューブ(Carbon nanotube: CNT)[1.1]は,フラーレン[1.2], グラフェン[1.3, 1.4]にならぶ,ナノカーボンを象徴する物質である(図1. 1).フラーレン,CNT,

グラフェンは,sp2混成軌道を持つ炭素分子から構成されており,それぞれ0次元,1次元,お よび 2 次元の物質と考えることができる.CNT はグラフェンを丸めフラーレンの半球で蓋を したような構造をしており[1.5],チューブ径は1 nm以下の細径のものから50 nmを超える太径 のものまで存在している.軸方向の長さは最大650 mmもの長さを持った超長尺CNTの合成 も報告されており[1.6],非常にアスペクト比が高い点もCNTの特徴の1つである.

CNT は大きく分けて図 1. 1 (c) のような単層カーボンナノチューブ(Single-walled carbon nanotube: SWCNT)[1.7]と図 1. 2 のような多層カーボンナノチューブ(Multi-walled carbon

nanotube: MWCNT)[1.1]の2種類に大別される.SWCNTは比較的細く,数ナノメートル程度の

直径を持つものがほとんどである.MWCNT は,図 1. 2 のように各チューブの層間距離が約

0.34 nmで,数層から数十層が同心状となっている.

1. 1 代表的なナノカーボンの構造.

(a) フラーレン,(b) グラフェン,(c) CNT.

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グラフェンを丸めた円筒構造を持つCNTは,その丸め方(カイラリティ)によって物性が 変化する.図1. 3に示す基本並進ベクトルa1a2を用いることで,任意の格子点はCh=na1+ma2

で表される.ここで,Chをカイラルベクトル,(n, m)をカイラル指数と呼ぶ.カイラリティは,

チューブ端の形状によってジグザグ型(図1. 2の最外層(赤)),アームチェア型(図1. 2の最 内層(緑)),カイラル型(図1. 2の中間層(青))と呼ばれる3種類の構造に大別される.CNT の電気伝導性はカイラリティに大きく左右され,n-mが3の倍数のとき金属的,そうでない時 が半導体的な性質となる.このようにCNTはカイラリティの違いで電気的性質を変化させら れることから,エレクトロニクス分野における広範な応用が期待されている.

1. 2 MWCNTの構造.

1. 3 CNTのカイラリティ.

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近年では,半導体的 CNT の選択的分離技術が進歩しており,2019 年には分離,精製した

99.99%の半導体的CNT を用いた16 bitのマイクロプロセッサが報告された[1.8].CNT からな

る電界効果トランジスタが 14000 基以上組み込まれており,商業向けマイクロプロセッサと 同様なタスクを実演した.さらに,CNT上に酸化金属を付着させ,p型およびn型半導体を作 り分ける技術も併せて報告され,分野を超えて大きな衝撃を与えた.

また,カイラリティは機械強度にも影響を与えていることが2019年に実験的に示された[1.9]. ナノサイズのCNT 1本ずつに対して引張試験を行なうため,孤立したCNT を架橋成長させ,

広帯域レイリー散乱分光法によりカイラリティを特定,走査型電子顕微鏡(Scanning electron microscopy: SEM)内に設けられた引張試験用のMEMS(Micro electro mechanical systems)デバ イスによって引張試験を行なうという,最先端のナノテクノロジーを集約した実験が行なわれ た.その結果,チューブ径が小さく,カイラル角が30°に近い「近アームチェア型」と呼ばれ

るSWCNTの強度が特に優れていることが明らかにされた.

CNT は次世代デバイスの材料と成り得る様々な優れた特性を有している.あらゆる原子結 合の中で最も強いといわれるsp2結合構造を持つため,柔軟で引張強度に優れ,ヤング率が1

TPa,引張破断応力が120 GPaという驚異的な値が実験的に確認されている[1.10, 1.11].これは鋼

のヤング率200 GPa,引張破断応力2 GPaを遥かに上回る.その並外れた高強度性とあわせて 軽量性にも優れる(1.0~1.5 g/cm3)ことから,宇宙軌道エレベータを実現し得る唯一の材料と しても注目されている.宇宙軌道エレベータとは,地球表面と静止軌道(上空 36000 km)を 結ぶエレベータであり,ロケットを打ち上げる場合と比べて安価かつ安全に物資を宇宙に運ぶ ことができる.静止軌道から地表に向けてケーブルを垂らす際,ケーブルが地球側に引っ張ら れることから,逆方向にカウンターウェイトが設けられる.ケーブルには,自重によって破断 しないよう軽量かつ高強度な材料が必要とされ,この際の評価に引張破断強度を密度で割った 破断長 [km]が用いられる.宇宙軌道エレベータのケーブル材料には,約5000 kmもの破断長 が求められるが,従来の材料は鋼鉄で50 km,ケブラーで250 km,炭素繊維で400 km程度で あり到底要求される強度値に及ばない.理想的なCNTの破断長は6000 kmを超えると報告さ

れており[1.12],CNTの発見により宇宙軌道エレベータの実現が現実味を帯びてきた.

CNT の熱伝導性は,チューブ軸方向に対して室温で約 3500 W/m·K と報告されている[1.13]. 良い熱伝導を示す材料として知られている銅は約385 W/m·K,アルミニウムは237 W/m·Kで

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あり,CNTはその約10倍となる.この高熱伝導性を活かし,電子機器の冷却機構として利用 される熱伝導材料(Thermal interface materials: TIM)としての応用が,大学や国立研究所など の研究機関のみでなく企業を含め積極的に研究されている[1.14].また,CNTの熱的安定性は真

空中で2800°C,空気中で約750°Cと見積もられており[1.15],化学的・熱的に極めて安定した物

質である.さらに,銅の約 1000 倍もの高い電流密度に耐えることができる.2013 年には,

4.7×107 S/mという高導電性を保持しながら銅の100倍もの電流密度耐性を持つ,CNTと銅の

複合構造体が報告されている[1.16]

このようにCNTは,機械強度,熱伝導性,電気伝導性などで従来の材料にない優れた特性 を持つ.これらの特性を利用して,宇宙軌道エレベータやマイクロプロセッサ,キャパシタお よび電池の電極材料,複合樹脂構造材料など,幅広い用途への応用の可能性を持っており,将 来的に重要な素材になると考えられる.

1.2 カーボンナノチューブの合成手法

CNTの合成方法は,アーク放電法(図1. 4 (a)),レーザーアブレーション法(図1. 4 (b)),

化学気相成長(Chemical vapor deposition: CVD)法(図1. 4 (c), (d))がある.各成長方法の概念 図を図1. 4に示す.

1. 4 CNTの合成法.

(a) アーク放電法,(b) レーザーアブレーション法,

(c) 化学気相成長法(基板法),(d) 化学気相成長法(触媒流動法).

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本研究では,CVD 法を利用して CNTを成長させた.CVD法では,炭素含有ガスを加熱や プラズマなどの外部エネルギーにより分解し,触媒金属と反応させてCNTを合成する[1.17, 1.18]. 触媒金属を基板に担持させる基板法(図1. 4 (c))と,気相で供給する気相流動法(図1. 4 (d))

に大別される.基板法では,条件を調整することにより,ある程度長さの揃ったCNTを基板 上に配向性良く高密度に成長させることができる(CNTフォレスト,図1. 5).CNTを高密度 で成長させることで,CNT 同士が互いに支え合い垂直配向成長が可能になると考えられてい る(crowding効果[1.19]).

基板および触媒担持層としては,酸化シリコン,石英ガラス,アルミナなどが用いられる.

触媒としては,鉄,コバルト,ニッケル等の遷移金属が用いられることが多く,真空蒸着やス パッタ堆積,金属ナノ粒子の塗布などによって成膜される.これらの触媒金属に対し,ガドリ

ニウム[1.20]やモリブデン[1.21]などを添加することによってCNTの成長効率を向上させようとす

る研究もある.炭素源としては,メタン,エチレン,アセチレン,一酸化炭素,エタノールな どが使用される.アルゴンや水素で希釈して反応炉に導入され,熱やプラズマなどにより分解 させたのち触媒金属と反応させる.2004年には,原料ガスに微量の水蒸気を添加することで,

触媒活性度と触媒寿命が飛躍的に向上することが報告された(スーパーグロース法)[1.22].CNT の合成中に,触媒金属表面がアモルファスカーボン(Amorphous carbon: a-C)で覆われること で新たな炭素源を取り込むことができなくなり,CNT 成長が止まると考えられている.少量 の水を原料ガス中に添加することで,不要な a-C がエッチングされて触媒金属粒子の a-C 被 覆を抑制し,成長速度と触媒寿命が改善される.スーパーグロース法では,極微量の水分量を ppmオーダーで精密に制御する必要があるが,水の代わりに二酸化炭素を用いることで,より

1. 5 CNTフォレストの(a) 外観写真と (b) 断面SEM像.

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広い合成ウインドウにてCNTの長尺成長が可能となるという報告もある[1.23]

基板法におけるCNTの成長機構として,図1. 6に示す先端成長(Tip growth)機構と,根本 成長(Base growth)機構が考えられている.先端成長では触媒金属微粒子がCNT上部に保持 されており,根本成長では触媒微粒子は基板表面,すなわちCNTの根本に残り,そこが成長 点となってCNTが成長する.触媒微粒子と下地との結合力が弱ければ,触媒粒子は下地から 浮き上がり先端成長となりやすい.反対に,触媒微粒子と下地との界面の引き付け合う力が強 い,あるいは下地が多孔質物質にトラップされやすい状況であれば,触媒粒子が下地に固定さ れ,根本成長を取りやすいと考えられている.2013 年には,少量の触媒を担持させた基板を 反応炉に導入しガス流を制御することで,先端成長にて長尺(550 mm)かつ高結晶性を有す るCNTの合成が報告された[1.24].2019年には,本合成法の改良により最長650 mmのCNTが 合成されている[1.6].この論文ではさらに,半導体的CNTの成長速度は金属的CNTの10倍以 上と,カイラリティによって成長速度が大きく異なることも報告している.

CNT 成長における触媒金属粒子の働きについては,分解された炭化水素ガスの炭素原子が 触媒金属粒子内に溶け込んで粒子中を拡散し,炭素飽和となることで表面にsp2炭素構造を形 成するという考えが広く採用されている[1.25].一般的なCNT成長に使用される触媒金属は,炭

1. 6 CNTの先端成長機構と根本成長機構.

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素溶解度の高い鉄,コバルト,ニッケルといった遷移金属であるためにこのような考えが受け 入れられていたが,炭素溶解度の低い金や銀といった金属からの SWCNT 成長も報告されて

おり[1.26],CNTの成長機構のさらに詳細な解明が望まれる.

触媒を気相から供給してCNTを成長させるCVD法を,特に気相流動法(図1. 4 (d))と呼 ぶ.触媒としては,フェロセンやペンタカルボニルなどの金属原子を含むガスが使われる.こ れらの有機金属ガスが熱分解すると,金属原子が凝集してクラスターを形成し触媒能を発揮す る.1999年に,鉄ペンタカルボニルと一酸化炭素の熱分解により,平均直径が1.0 nm程度と 比較的細いSWCNTが合成され,この一酸化炭素の触媒分解法はHiPco(High-pressure carbon

monoxide)法と名付けられた[1.27].2001年には,逆ミセルを利用して作製した均一サイズの触

媒ナノ粒子をトルエンコロイド分散液とし,炉内に直接スプレー噴霧することで SWCNT を 得る直接熱分解合成(Direct injection pyrolytic synthesis: DIPS)法が開発された[1.28].2006年に はこの方法をさらに改良し,キャリアガス中にも炭素源ガスを混合導入することで触媒利用効 率を高めたeDIPS法が開発された[1.29].この手法で得られるSWCNTは,精製無しで97.5%も の純度を持つうえ結晶化度も非常に高い.現在では,株式会社 名城ナノカーボンから,eDIPS 法を使用した高品質 CNT が販売されており,特定のカイラリティを持つ高結晶性 CNT のみ を分離した分散溶液なども容易に手に入れられる状況にある.2021 年には,大気圧マイクロ プラズマジェットを用いて,結晶性が非常に高い SWCNT および二層カーボンナノチューブ

(Double-walled carbon nanotube: DWCNT)を1.0–6.4 mm/sという高速で気相成長させられるこ とが報告されている[1.30]

1.3 カーボンナノチューブの長尺・高密度成長

CNTの大量生産に向けた高収率合成や,第2章で詳説する高紡績性CNTを得るため,長尺 で高密度なCNTフォレストを合成する技術開発が求められている.短尺なCNTを束ねたCNT 紡績糸の場合,CNT間での接触抵抗や滑りが大きくなるため,長尺で切れ目のないCNTを合 成することが重要な要素の一つとなる.また,CNTフォレスト重量を体積で除した嵩密度は,

CNT の成長に伴って減少していくことが分かっている[1.31].理想的に全ての CNTが同じ速度 で成長し続ける場合,このような嵩密度の減少は起こり得ない.しかし,基板上に存在する触 媒粒子サイズのばらつきや,成長とともに炭素原料の拡散が均一にならないなどの要因によっ

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て,見かけ上のフォレスト高さが増加する一方で成長を続けているCNT本数は徐々に減少し 嵩密度が減少していく.長尺かつ高密度なCNTフォレストの合成は,様々な触媒失活要因が 絡む非常に難しい課題である.1.2節と一部重複する内容もあるが,本節にて長尺・高密度CNT フォレスト合成を実現するためのアプローチについてまとめる.

長尺,高密度なCNTフォレストが得られない,つまり触媒金属の触媒能が早期に失活して しまう原因として,図1. 7にまとめる3つの要因が主に考えられている.

まず,CNT 成長中に触媒粒子がa-C に覆われ,新たな炭素源の取り込みができなくなるこ とが挙げられる(図1. 7 (a)).水素ガス濃度の調整により,析出したa-Cを還元除去すること で長寿命化を目指した研究[1.32]や,炭素供給用の空間と成長側の空間を分けた合成[1.33]などが 試みられているが,いずれも大幅な触媒長寿命化には繋がっていない.そのような中,2004年 に極微量な水分をCNT成長中に導入することで,析出したa-Cが適度にエッチングされ,触 媒寿命が大きく延びることが報告された[1.22].この手法はスーパーグロース法と名付けられ,

現在,日本ゼオン株式会社にて本手法をベースとしたCNTの大規模合成が行なわれている.

ここで,水と同様にa-Cをエッチングする作用を持つ水素では,なぜここまでの長寿命化を達 成することができなかったのか,という疑問が出てくる.後の研究にて,触媒失活要因の一つ である触媒粒子の基板面内拡散が水の導入により抑えられていることが報告されている[1.34]. 触媒金属が還元され純金属に近づくほど面内拡散が促進されるため[1.35],酸化性ガスを使用し て触媒金属の過還元を抑制しつつ a-C をエッチングすることが重要であると考えられる.水

1. 7 CNT合成触媒の失活要因.

(a) a-C被覆,(b) 下層触媒拡散,(c) 面内触媒拡散.

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を使用する際の問題点として,ppm オーダーの極微量な水を精密に制御しながら導入する必 要があること,大きな反応炉を用いて合成する際に水の拡散ムラによって成長しやすい場所,

成長しにくい場所ができてしまうことなどが挙げられる.そこで,酸化力が比較的弱い二酸化 炭素を水の代わりに使用することで,反応炉全体に均一に拡散し,大面積基板でも触媒寿命を 延ばすことができると報告されている[1.23].流量調整も容易で,現時点で最も大量生産に向い ているエッチングガスの一つとなっている.

触媒粒子の下層拡散について,触媒担持層として数十nm程度のアルミナ層が多くの論文で 採用されているが,CNT 成長プロセスの進行とともにアルミナ層中に触媒金属が拡散してし まい,CNTの成長が停止することが確認されている[1.36](図1. 7 (b)).この問題の解決策とし て,あらかじめアルミナ層に触媒金属を拡散させておくことで,下層への触媒粒子拡散と基板 表面への触媒粒子拡散のバランスをとり,触媒寿命を向上させられるという報告がある[1.37]. しかし,プロセスの進行とともに表面層に析出する触媒金属によって粒子サイズが肥大化し,

太径な CNT が成長してしまう問題もあり[1.38],予備的な下層への触媒金属拡散の量は精密に コントロールする必要がある.

最後に面内拡散についてであるが,触媒金属粒子は高温下で長時間加熱されるほど,粒子の 一部が基板上を拡散し,別の粒子と接触し凝集する.小さな粒子からは金属原子が離れて拡散 し,大きな粒子はその金属原子を取り込んで肥大化するため,時間経過とともに肥大化した粒 子と,小径化した粒子のサイズ差が大きくなる(図1. 7 (c)).この現象はオストワルドライプ ニング,オストワルド熟成と呼ばれ,触媒失活要因の一つであるとともに,構造の揃ったCNT を成長させることを困難にしている要因でもある.面内方向への触媒金属の拡散を抑制する手 法として,触媒金属と触媒担持層の濡れ性[1.39]や,表面形状[1.39–1.41]を制御することで,粒子拡 散を抑えるアプローチが考えられている.また,触媒金属である鉄などに対し,ガドリニウム

[1.20]やモリブデン[1.21]を微量添加することで,面内拡散が抑制されることが分かっている.合

金化によって触媒としての性質が変化しているのか,担持層と触媒との間に働く力を調整して いるのかなど,十分に原理解明されていない部分も多い.しかし,CNT 成長の核となる触媒 金属を改質,探索し,触媒寿命の大幅な向上に繋げることは有効なアプローチの一つである.

下層拡散と面内拡散に関しては基板式のCVD法に固有の問題であり,根本的な解決策がな い状況が続いていた.そのような中,2021 年に下層拡散や面内拡散によって小径化してしま

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う触媒金属に対し,微量な触媒金属原子を含んだガスを継続的に供給することで,触媒能を失 わない粒子サイズを維持するという新たなアプローチが提案された[1.42].この論文では,二酸 化炭素導入によるa-C析出の抑制と,鉄-ガドリニウムの二元触媒による面内拡散抑制に加え,

鉄(フェロセン)とアルミニウム(アルミニウムイソプロポキシド)原料を微量導入し続ける ことで,14 cmという非常に長尺なCNT フォレストの合成に成功している.この報告以前の CNTフォレストの最長は2 cmであったことから,提案手法の効果が重要な役割を果たしてい ることがわかる.このように,長尺,高密度なCNTフォレスト合成を達成するには,本節で 述べた触媒失活要因を解決する手法を総合的に組み合わせ,プロセスを最適化していくことが 重要と言える.

1.4 カーボンナノチューブの紡績手法

CNTは機械強度,熱伝導性,電流密度耐性に優れ,軽量性や柔軟性も併せ持つが,単体サイ ズが非常に微細であるが故に,取り扱いが困難で用途が限定されてしまう.また,合成された CNTは,基本的に層数や直径,カイラリティ,長さなどの構造にばらつきがあるため,全て同 じ性質のものとして扱うことができない.そこで,素材としての性質を均一化させ,マクロス ケールのアプリケーションへと適用範囲を広げるため,無数のCNTを集めて集合体を形成す ることが必要となる.またその際,CNTの高機械強度,高電気伝導性,高熱伝導性といった特 性は CNT のチューブ軸方向に沿って発現するため,いかに CNT を軸方向に配向性良く並べ て構造体を形成するかが課題となる.

湿式紡績法(図1. 8)は,高分子[1.43–1.45]や強酸[1.46]などの溶液にCNTを分散させた後,分散 液を凝固液中に流し込むことで,CNTから構成されるマクロスケールな糸(CNT紡績糸)を 形成する手法である.作製方法が比較的容易であり,また混合させるCNTの種類を自由に変 えることができる利点があるため,CNT 紡績糸の応用デバイスに関する論文などに広く採用 されている[1.47].問題点としては,

① CNT分散時に使用した溶液や分散剤などが紡績糸中に残留すること

② CNTの配向性制御が難しいこと

③ 分散や押出工程においてCNTの破断が起こりやすいこと

などが挙げられる.②に関して,クロロスルフォン酸に分散させたCNTが液晶状態をとり,

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細いノズルから押し出すことで配向性の揃ったCNT紡績糸が作製できるという報告があるが

[1.46],CNTが強酸処理されることで表面改質が起こる問題点が残る.③に関しては,紡績糸を

構成するCNT長が長いほどCNT紡績糸の導電性,機械強度が向上するという報告があり[1.48], CNTの短尺化は大きな課題となる.

特定の構造条件を満たしたCNTフォレストでは,CNTバンドルを基板水平方向に引き出す ことで隣接するCNTバンドルが接続され,長尺な連続繊維が形成される.この現象を用いた CNTの紡績手法を基板式乾式紡績法と呼ぶ[1.49, 1.50].CNTフォレスト中では,CNT同士にファ ンデルワールス力が働き,複数本のCNT がバンドル化している[1.51].図 1. 9の下図に示すよ うに,太いCNTバンドルが細いバンドルと絡まり合い,フォレスト上部あるいは下部で接続 され連続繊維となる.基板式乾式紡績法では,配向方向が揃った状態でCNTが引き出される ため,チューブ軸に沿って発現する高強度性,高熱伝導性,高導電性をマクロスケールなCNT 紡績糸でも活かすことができる.また,分散工程が不要なため,分散剤の混入や超音波処理な どによるCNTの短尺化が起こらないという利点もある.課題としては,紡績可能CNTフォレ ストの合成ウインドウが狭いために[1.31],CNT 1本の構造(長さ,層数,チューブ径,カイラ リティ)を制御した合成が困難である点が挙げられる.また,基板上にCNTを成長させるCVD 法では,基本的にバッチ合成となるため連続製造が難しいという点も産業応用を考えた際の課 題となる.

1. 8 湿式紡績法の概念図.

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12

気相流動 CVD 法において出口側のガス流を制御することにより,成長した CNT を出口箇 所でそのまま束ね合わせて紡績糸を作製することもできる.この手法は気相流動式乾式紡績法 と呼ばれ,基板式乾式紡績法で課題となる基板サイズの限界,連続合成の困難さ,成長可能な CNT 構造の狭さといった課題を解決し得る手法である[1.52].基板式合成の場合,1.3節で説明 したCNT成長中の触媒失活要因が高温になるほど促進されるため,高温合成を用いた高結晶 CNTの製造が困難である.一方,気相流動式の場合は高温で合成した高結晶CNTをそのまま 線材化可能であり,これは基板式と比較した際の大きな利点であると言える.しかし現状,触 媒金属混入の抑制や配向性制御が困難という点に加え,紡績工程を原料ガス流の中で行なう必 要があるため装置が複雑になるなど,根本的に解決すべき課題が残されている.本論文執筆時 点におけるCNT紡績糸に関する研究の方向性の一つは,「比較的容易に高配向,高純度なCNT 紡績糸を作製可能な基板式乾式紡績法を利用し,CNT 単体の長さや層数,チューブ径,結晶 性のほか,バンドルとしての配向性,密度などが紡績糸特性に与える影響を調査し,合成手法 に依らない普遍的な紡績プロセス技術改良を進めること」であると考える.これによる開発技 術を将来的に気相流動式の乾式紡績法などの優れたCNTマクロスケール化手法へと迅速に適 用し,高品質なCNT紡績糸を製造することが望まれる.

1. 9 乾式紡績法(基板式)の概念図.

(17)

13

1.5 カーボンナノチューブ紡績糸の応用展開

1.5.1 電気伝導線材応用

CNT 紡績糸の応用先としてまず考えられるのが,電気伝導線材としての応用である.高圧 送電線や自動車用のワイヤーハーネス,ウェアラブルデバイス用の配線など,軽量性や柔軟性,

高耐久性が必要とされる応用先に対してCNT紡績糸は有望な素材となる.

自動車のエレクトロニクス化に伴ってワイヤーハーネスの重量比率が増加してきており,1 台の自動車に使われるワイヤーハーネスの重量は20 kg,全長は2000 mにも及んでいる.輸送 機の重量増加は,燃費の悪化,温室効果ガス排出量の増加に直結することから,脱炭素社会の 推進が求められる昨今の情勢において,ワイヤーハーネスの軽量化は喫緊の課題である.従来,

配線材料として用いられていた銅(密度: 8.94 g/cm3)を,より軽量な素材へと置き換えること が検討されており,住友電気工業株式会社や古河電気工業株式会社,矢崎総業株式会社などは,

アルミニウム(密度: 2.7 g/cm3)を用いたワイヤーハーネスの開発に積極的に取り組んでいる.

ワイヤーハーネスをさらに軽量なCNT紡績糸(密度: ~ 1.3 g/cm3)に置き換えることができれ ば,次世代配線と呼ばれているアルミニウム配線と比較してもさらに大幅な軽量化が期待でき る.

近年,衣服や装身具に対してセンサ等の機能を付加したウェアラブルデバイスの研究が盛ん に行われている.体温や発汗量,心拍数,血圧などをリアルタイムに計測し続ける機能が特に 期待されており,MEMS 技術による小型センサや,カーボン材料の抵抗変化を利用したセン サなどが使用される.ウェアラブルデバイスの大きな課題の一つは,いかに違和感なくデバイ ス,センサ,配線を取り付けるかという点にある.デバイスの重量が大きい,人間が動作をす る際に違和感がある,体温との温度差が大きいなどの問題が残ると常時身につけることが苦に なる.これらの課題を解決するために,軽量,柔軟な配線材料としてCNT紡績糸の適用が期 待されている.

CNT紡績糸を電気伝導線材として利用する際に考えられる現状の課題として,

①線材間接続が困難

②導電性が低い

③高コスト

などが挙げられる.①に関して,CNT 紡績糸は複数の紡績糸間を導電性を損なわずに接続す

(18)

14

ることが困難であるため,金属のように部分的な取り替えをすることができず,電線が破断し た場合に総取り替えする必要がある.②の導電性に関しては,現状のCNT紡績糸の導電率が

104 – 105 S/m程度と,金属の導電率(107 S/mオーダー)と比較し,2桁から3桁程度低い値と

なっている.導電率が低いことは抵抗発熱によるエネルギー損失の増大に直結する.導電性の 改善手法として,CNT に対する化学ドーピング手法が広く研究されており,クロロスルフォ ン酸やヨウ素を用いた処理により,CNT 紡績糸の導電率を 6×106 S/m まで向上させられるこ とが報告されている[1.46].③のコストに関しては,CNT 紡績糸は一般的な合成手法である熱 CVD 法を使用し,原料としてアセチレンやエチレン,水素,窒素などの一般的な工業ガスで 合成されることから,将来的な大量生産技術の確立により大幅にコストを下げられる可能性が ある.高品質なCNT紡績糸の製造技術を早期に確立し,CNT電線を実用化していくことが望 まれる.

1.5.2 高強度線材応用

優れた強度特性を有しつつ,軽量性,柔軟性も併せ持つCNT紡績糸は,急速に普及が進む 繊維強化プラスチック(Fiber reinforced plastic: FRP)の母材として最適な材料である.FRPの 高機能化は自動車や航空機等の輸送機の軽量化や,風力発電ブレード等の高耐久化に直結し,

脱炭素社会の発展に大きく寄与する.ポリアクリロニトリル等を出発原料とする炭素繊維は,

FRPの母材として最も広く使用されている(Carbon fiber reinforced plastic: CFRP).炭素繊維の 強度は,1950 年代から続く長年の研究により最大引張破断応力が6 GPaまで引き上げられて きたが,近年では強度向上や低コスト化は頭打ちとなってきており,新規材料の開発が求めら れている.

軽量で超高強度なナノ材料であるCNT(< ϕ 10 nm)を無数に集めて配向性良く束ね合わせ たCNT紡績糸(> ϕ 20 μm)は,CNT単体の強度が高く原料費が安いことから,炭素繊維を超 える高強度性・軽量性・低コスト性を兼ね備える線材となることが期待される.しかし,現状 のCNT紡績糸は,軽量性,柔軟性,化学的安定性という静的な特性は維持しているものの,

強度,電気伝導性,熱伝導性というCNT界面での現象(滑り,キャリア伝導,フォノン伝搬)

が絡む特性は,CNT 1本の特性に遠く及んでいない.CNT紡績糸の高強度化のためには,CNT の高結晶化,長尺化,細径化の他に,集合体としての課題となるCNT間を強固に「つなぐ」

(19)

15

技術が求められ,これはナノ材料のスケールアップ応用において重要なテーマである(図 1.

10).これまでに,金属[1.53]や高分子[1.54]との複合化により繊維滑りを抑えることで,最大引張

破断応力6 GPaのCNT線材が報告されている.しかしCNTと異種材料との複合体では,軽量

性,柔軟性といった特性の一部が犠牲となり,本来想定していた用途展開が不可能となる.

CNTのみ,あるいはsp2炭素材料であるグラフェンなどとのナノカーボン複合体において,強 い結合による接合(クロスリンク)が理想的な高強度線材実現を可能とする.近年,CNT紡績 糸への張力を伴う通電加熱により,CNT 間にクロスリンクが形成される可能性が報告されて

おり[1.55, 1.56],この手法のような後処理プロセスのさらなる発展が望まれる.

1.5.3 高熱伝導線材応用

CNT の高熱伝導性を活かす応用先として放熱材料としての利用が考えられる.近年,半導 体の高集積化技術が目覚ましい発展を遂げており,我々が直接触れることのできるコンピュー タやスマートフォンなどの性能も日々向上の一途を辿っている.しかしそれと同時に,回路の 高集積化に伴って増大する発熱をどのように逃がすかという問題が大きくなっている.特に人 工衛星などの宇宙空間で利用される機器においては,空気が存在せず対流が無い空間での放熱 は重大な課題となる.そこで,熱伝導性の高いCNTを集線化し放熱シートとして利用するこ とが考えられる(図1. 11).未処理CNT紡績糸の熱伝導率は20–40 W/m·K程度であるが,加 熱処理を施すことで熱伝導性が向上することが報告されている[1.57].さらなる研究開発により 放熱性能が高く,軽量,柔軟なCNT放熱材の実用化が期待される.

1. 10 CNT紡績糸高強度化へのアプローチ.

(20)

16

1.5.4 その他のデバイス応用例

CNT紡績糸およびCNTシートは,その他にも様々なデバイスへの応用研究が進められてい る.伸縮性のあるエラストマーとCNTシートを複合化させることで作製される抵抗変化型の モーションセンサは,延伸時の長さによってCNTバンドルが一部破断して抵抗値が上がり,

収縮時には切れた CNT バンドルが再度接触し抵抗値が下がる[1.58].この現象により伸縮動作 を電気抵抗として検出し,グローブや衣服に組み込むことでモーションセンサとして動作す る.軽くて柔軟であるため,近年利用範囲が拡大している仮想現実(Virtual reality: VR)関連 デバイスとしての利用が考えられている.

線状熱電発電素子[1.59–1.61]は,温度差から電力を得るエネルギーハーベスタであり,身の周り にありふれている200°C以下の排熱からも電気エネルギーを生み出すことができる.軽量,柔 軟というCNT紡績糸の特性から,例えば配管や人体のような曲面への貼付けが容易で,無機 材料と比較して広範な利用が可能になる.

伸縮発電素子[1.62]は,CNT紡績糸に撚りを掛けてコイル状にし,これを電解液中で伸び縮み させることで発電するデバイスである.機械的に伸縮させる際,紡績糸内部への電解液の侵入 と排出が繰り返されるため電荷の移動が起こる.これが電位差を生み電力として取り出すこと ができる.論文中では,海水中に設置し波力から発電可能であることも実演されており,新た な波力発電や,人間の動作からIoTデバイス用の電力を取り出すなどの利用が想定される.

軽量,柔軟で,生物らしい動作を再現することができるソフトアクチュエータ[1.63]の開発も

1. 11 宇宙空間におけるCNT放熱線材利用イメージ.

(21)

17

近年盛んに進められている.基本的には安価で軽量,柔軟な高分子材料が研究の対象とされる ことが多いが,CNT 紡績糸も通電することによって伸縮動作や回転動作を生み出す[1.64–1.66]. さらに,熱エネルギーにより応答する高分子線材ソフトアクチュエータに対し,軽量,柔軟,

高強度なCNT紡績糸をヒータ線として用いた複合構造アクチュエータも提案されている[1.67]. このように,様々な優れた特性を持つCNT紡績糸を利用したユニークな応用デバイスが近 年続々と報告されており,実用化が近づきつつあると感じることができる.CNT 紡績糸の実 用化を目指してCNT合成や線材化技術開発に取り組んできた日系企業として,以下のような 企業が挙げられる.

 リンテック株式会社(基板法)

 日立造船株式会社(基板式)

 大陽日酸株式会社(基板式)

 浜松カーボニクス株式会社(基板式)

 株式会社 デンソー(基板式)

 帝人グループ(湿式,オランダ Teijin Aramid B.V.にて開発)

 古河電気工業株式会社(湿式および触媒流動式)

 矢崎総業株式会社(基板式)

 杉田電線株式会社(基板式)

 株式会社 名城ナノカーボン(湿式,アメリカ DexMatにて線材化)

 住友電気工業株式会社(触媒流動式)

 高圧ガス工業株式会社(基板式)

 TPR株式会社(基板式)

年々多くの企業が参入してきており,CNT 紡績糸への注目度が高まっている状況にある.

なお,これらの企業情報は,既に公開されているプレスリリース,特許,展示会報告等をベー スとしてリストアップしたものである.

(22)

18

1.6 本研究の目的

CNT は機械強度,熱伝導性,電流密度耐性に優れ,さらにフレキシブルで軽量という従来 の材料にない優れた特徴を併せ持つ.無数のCNTを紡ぎ合わせたCNT紡績糸は,ナノスケー ルのCNTをマクロスケールな構造体へとスケールアップした基本構造体である.どのように 紡績現象の発現する CNT を合成するか,どのような構造を持ったCNT が優れた紡績糸特性 を発揮するか,紡績手法の改善やポストプロセスによって紡績糸の物性値を向上させられない か,どのように従来デバイスおよび新規なデバイスに組み込んでいけばよいのかなど,CNTの 集合体ならではの課題点を整理し,それらの対応策を総合的に示していくことで,大学や国立 研究所などの研究機関のみならず,産業界へもCNT関連研究の展開を促進することができる と考えられる.

本研究では,紡績可能なCNT合成条件の特定,後処理によるCNT紡績糸の特性改善,CNT 紡績糸を用いた新規デバイスの提案および改良という,CNT 紡績糸に関する一連の課題に取 り組んだ(図1. 12).

合成に関して,かねてより合成ウインドウが非常に狭いとされてきた紡績可能CNTフォレ ストに対し,具体的にどのようなバンドル構造を実現すれば連続紡績できるのか,紡績可能条 件を満たしたままCNT単体の構造を制御し得る合成パラメータは何か,というそれぞれの課 題の解明を目指した.

紡績工程において,伝統的な綿紡績で行なわれている繊維の高配向化プロセスを参考に,

CNT 紡績過程に高配向化プロセスを導入した効果を検証した.また,エネルギー効率に優れ る加熱手法である通電加熱処理をCNT紡績糸へ施すことで,CNT紡績糸の強度やドーピング 効率の改善を狙う.さらにこの通電加熱処理について,従来の「高真空下でのバッチ処理」か らの脱却を目指し,産業利用に適した「大気圧下での連続プロセス」への改良を検討した.

CNT 紡績糸の応用デバイスとして,持続可能社会形成において重要な役割を担っていくと 考えられる「ソフトアクチュエータ」および「熱電発電素子」という2種類のデバイスに対し て,CNT紡績糸の特徴を生かした適用手法を検討した.

以上のCNT紡績糸関連のテーマに総合的に取り組むことで,CNTを産業展開する際の現実 的な課題を洗い出し,アカデミックと産業界をつなぐ新たな知見を得ることを最終的な目的と し研究を実施した.

(23)

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27

2 章 紡績性カーボンナノチューブフォレストの構造制御

2.1 緒言

一般的に,単層カーボンナノチューブ(Sigle-walled carbon nanotube: SWCNT)は多層カーボ ンナノチューブ(Multi-walled carbon nanotube: MWCNT)よりも高い物理的特性,輸送特性を

持つ[2.1].これは,MWCNT の持つ複数層間の剪断応力やキャリア・フォノン伝導率が低く,

断面積の増加に抵抗値や機械強度が比例しない,つまり内層を十分に利用できていないことが 大きな要因である.しかし,SWCNTの合成ウインドウは MWCNT よりも狭く,MWCNT と 比べコストが高くなるという点が実用上の問題となる.2020 年現在,シグマアルドリッチか ら販売されているCNT 製品の価格を確認してみると,MWCNTは10–1700 $/g程度であるの

に対し,SWCNTは100–10,000 $/gと,グレードによって値幅はあるものの10倍程度の差がつ

いている.チューブ径が2–10 nm,層数が2–6層程度の少層カーボンナノチューブ(Few-walled carbon nanotube: FWCNT)は,引張破断応力[2.2],ヤング率[2.3],電気的特性[2.4, 2.5],熱伝導性[2.6], 柔軟性などにおいて,SWCNTに匹敵する優れた物理的特性を持つ.さらに,FWCNTは外層 の存在によりチューブ軸方向への圧縮耐性[2.7]やオゾン照射耐性[2.8],電子線照射耐性[2.9]などが

SWCNTよりも高いという利点を有する.合成条件ウインドウもSWCNTより広く,それに伴

ってコストが抑えられることから,CNTを用いたマクロスケールデバイスにおいて,FWCNT は理想的な構造であると言える.

CNTはチューブ軸方向に優れた特性を発揮することから,CNTから構成されるマクロスケ ールな構造体を形成する際,軸方向に揃えて線維化することが重要となる[2.10–2.13].高配向CNT 線材を得る最もシンプルで効果的な方法は,化学気相成長(Chemical vapor deposition: CVD)

法で合成したCNTフォレストからCNT線材を作製する乾式紡績法である[2.14, 2.15].無数のCNT が基板上に垂直配向成長した膜を CNT フォレストと呼び,有限長(200 μm 程度,最大 2.1

mm[2.16])のCNTはファンデルワールス相互作用によってバンドルを形成している.基板端か

ら基板に対して平行に引き出した CNT バンドルは,複雑な CNT の絡み合いにより隣接する CNTバンドルと接続され連続的に引き出される.引き出されたCNT連続繊維に対して,撚り を加えて糸状にしたものをCNT紡績糸(一次元),撚りを加えずシート状に引き出し積層させ たものをCNTシート(二次元)と呼ぶ.近年,抵抗変化型のモーションセンサ[2.17]や線状熱電

発電素子[2.18, 2.19],伸縮発電素子[2.20],ソフトアクチュエータ[2.21, 2.22]など,CNT紡績糸やCNT

(32)

28

シートを用いたユニークな応用デバイスが多数報告されている.FWCNTの持つ優れた物理的 特性や耐環境性,低コスト性に加え,細径のFWCNTはバンドルを形成する際にファンデルワ ールス力がより強く働き,高密度に凝集し空隙を埋めることができる[2.23].これらの利点から,

FWCNTはマクロスケールのCNT線材の素材として最適な物質であると言える.

1991年のCNT発見以来,合成条件とCNT構造との関係を明らかにしようとする論文が数 多く報告されてきた.例えば,合成温度[2.24, 2.25]や触媒金属種[2.26–2.33],触媒担持層[2.34–2.36],炭素

源ガス[2.37–2.40],成長促進ガス[2.41–2.59]などに関して詳細な検討がなされている.しかし,実用上

多くのメリットをもたらす紡績可能な FWCNT フォレストの合成条件に関しては,その合成 ウインドウの狭さから十分な検証が進んでいない[2.42]

これらの背景から,本研究では,

① 紡績性を発現するCNTフォレストのバンドル構造を明らかにすること

② 紡績可能な細径FWCNTを作製するための合成パラメータの特定

を解決すべき課題として掲げる.①のCNTフォレスト内のバンドル構造は,主にフォレスト 高さと嵩密度によって決定づけられる.これらは,経験的に合成温度と合成時間によって制御 可能であることが経験的に分かっており,この二つの合成条件を調整し,紡績性と照らし合わ せることで関係性が明確になると考えられる.②に関して,CNT の層数とチューブ径は触媒 粒子サイズと強い相関があることから[2.43–2.47],触媒粒子形成条件を制御することでFWCNTの 構造を制御できる.触媒粒子は長時間加熱されることで,基板上を拡散し(マイグレーション),

他の粒子と衝突して凝集し肥大化する.この触媒粒子の基板面内拡散を抑制するため,様々な 触媒金属種[2.26–2.29]や触媒担持層[2.34, 2.35]が提案され,また触媒膜厚[2.31–2.33]や合成温度[2.24]を最適 化することの重要性も提唱されている.これらの触媒粒子拡散要因を紡績性発現に必要な CNT バンドル構造形成要因と分離し,独立して制御可能な合成パラメータを見つけ出すこと ができれば,細径FWCNT合成と紡績性FWCNT合成を両立することができると考えられる.

本研究では,合成温度と合成時間を系統的に変化させてCNTフォレストを合成した.高さ,

嵩密度の異なるCNTフォレストに対し,定量的な紡績性評価手法を新規に導入することで,

CNT フォレストの構造と紡績性の関係を詳細に評価した.また,触媒粒子の肥大化を抑えつ つ基板上に均一かつ高密度に分散させる合成条件を特定するため,触媒粒子形成ステップにお ける温度と昇温速度の影響も併せて調査した.

参照

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