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地下世界の諸相 : 中世西欧の夢幻視物語と聖書との 関連性について

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Academic year: 2022

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(1)九州大学学術情報リポジトリ Kyushu University Institutional Repository. 地下世界の諸相 : 中世西欧の夢幻視物語と聖書との 関連性について 壬生, 正博 福岡歯科大学 : 教授. https://doi.org/10.15017/1954833 出版情報:総合文化学論輯. 4, pp.1-29, 2016-05-01. 総合文化学研究所 バージョン: 権利関係:.

(2) 地下世界の諸相―中世西欧の夢幻視物語と聖書との関連性について 壬生. 正博. はじめに 小論は、中世西欧の夢幻視物語を中心に、パラダイスの対極にある地下世界について考 察する。夢幻視物語では、主人公の魂は、夢や幻視によって肉体を離れたのち、初めに暗 闇に包まれた陰惨な地下の領域を訪れる。あるいは迷い込む。そこは死後の魂たちがいる 荒涼たる世界である。そして、主人公は、罪深い魂たちが悪魔たちの拷問に苦しむ悲惨な 光景を目撃する。主人公自身も時に悪魔たちに引きずり回されて心身ともに痛手を負う。 悪魔たちの常軌を逸したグロテスクな身体は確かに恐怖心を煽るが、その反面、彼らの理 不尽で利己的な罵詈雑言、悪魔同士の騙し合い、地下に降りた天使を見て一目散に逃げ惑 う様子、あるいは彼らが鍛冶屋のように炉の周りであくせくと働く姿等は、どこか滑稽で 笑いを誘う。彼らの活躍の場である暗鬱で陰惨な領域の地理的形態は一様ではなく、複数 の場所からなっている。小論では、聖書が記す地下世界、即ち、シェオル、ハデス、ある いはゲヘナやヘル等の基本概念を本論考の拠り所として、夢幻視物語や聖書から例証を挙 げて比較し、更に、煉獄、悪魔たち、そして地獄の魔王ルシファーあるいはサタンについ ても言及するつもりである。考察の主たる目的は、夢幻視物語に記された闇の地下世界が、 聖書の概念や記述とどのような関連性があるかを探求し、夢幻視物語を更に深く理解する ことにある。しかし、地下世界を主題とする研究は、それ自体が筆者の能力を超える壮大 な主題であり、1)この理由から、小論では、夢幻視物語の中英語版および聖書正典、外典、 偽典から数作品を研究対象とすることによって考察を試みる。 I.. 地下世界の場所概念. まず、聖書に記された地下世界の場所概念について述べたい。J. Bruce Long の解説を参 照すると、2)ユダヤ教の地下世界にはシェオル(‫שאול‬:Sheol)あるいはゲヘナ(γέεννα: Gehenna)があり、こに加えて、キリスト教ではハデス(ᾅδης:Hades)およびヘル(Hell) 等があることがわかる。以下、これらの四種の場所概念の特徴について考察する。はじめ にシェオルを取り上げる。. . 小論は、 『比較思想論輯-比較思想学会福岡支部紀要-』第 14 号(2009.3.31)に掲載された論述「魂の 赴く場所―中世の夢幻文学における異界描写を聖書思想の潮流にたどる―」 (pp. 63-109)の中で、特に地 下世界の諸相(pp. 68-76)について再考し、地域健康文化学会第 22 回大会(2013 年 11 月 10 日)で口頭 発表した原稿に加筆修正したものである。 1) Jeffrey Burton Russell は、古代社会から現代社会に至るまでの悪魔に関する研究を行った。以下の著 作を挙げておく:The Devil: Perceptions of Evil from Antiquity to Primitive Christianity (Ithaca and London, 1977); Satan: The Early Christian Tradition (Ithaca and London,1981); Lucifer: The Devil in the Middle Ages (Ithaca and London: Cornell University Press, 1984); Mephistopheles: The Devil in the Modern World (Ithaca and London: Cornell University Press, 1986). 2) "Underworld," Encyclopedia of Religion (New York: Thomson Gale, 2005), 2nd ed. vol. 14, pp. 9453-9454 を参照。. 1.

(3) 1.シェオル シェオル(‫שאול‬:Sheol)という語が使用されているのは主にヘブライ語聖書で、New. International Bible Dictionary は、シェオルにについて以下の三つの要素を挙げている。 (1) All the dead alike go there (e.g., Gen 37:35; Isa 14:9ff.). (2) Sheol is in some unspecified sense the lot of the wicked. References such as Psalms 6:5; 30:3, 9; 88:3-6 (cf. Job 17:13-16; Isa 38:18) are often quoted as allegedly showing that the OT knew of no hope after death, that the dead are cut off from the Lord and he from them. (3) On the other hand, there are those who can confidently look forward to glory (Ps 73:23-24), and this is seen as redemption from Sheol (49:14-15).3) このように、上記解説で指摘されている聖書の箇所はすべて旧約聖書である。この点から、 シェオルという概念は、やはり旧約聖書に特有のものであることが再認識できる。解説 (1) は、いわゆる、「墓地」のイメージである。身分の貴賤、善人・悪人に関わらず、死者は すべてこのシェオルに赴いたのである。ここは、他界した者たちが留まる暗黒の場所であ る。そして、この (1) の場所では、"the vitality and energy associated with worldly life are drastically decreased"4) というように、生前の活力は衰えて無に等しい状態になる。即ち、 そこは虚無の世界である。解説 (2) については、邪悪な者の魂が神の怒りによって堕ちる 死の場所であり、神からの離反と関連づけられていると考えられる。解説の中に"no hope" と書かれていることから、シェオルではいかなる希望も絶たれているのだろう。現代英語 訳聖書のNew Revised Standard Version5)(以下、NRSV)を用いて、詩編から一例を挙げ たい。 O Lord, do not rebuke me in your anger, or discipline me in your wrath. Be gracious to me, O Lord, for I am languishing; O Lord, heal me, for my bones are shaking with terror. My soul also is struck with terror, while you, O Lord—how long? Turn, O Lord, save my life; deliver me for the sake of your steadfast love. For in death there is no remembrance of you; "SHEOL," New International Bible Dictionary, J.D. Douglas and Merrill C. Tenney (Michigan: Zondervan, 1987)を参照。Cf. Jacques Le Goff, The Birth of Purgatory, trans. by Arthur Goldhammer (Chicago: The University of Chicago Press, 1981), pp.26-29. 4) "Soul: Jewish Concepts," Encyclopedia of Religion, 2nd ed. vol. 12, p. 8557 を参照。 5) New Revised Standard Version (New York: American Bible Society, 1989). 3). 2.

(4) in Sheol who can give you praise? (Ps. 6:1-5, NRSV)(下線は筆者) このようにシェオルでは、主(Lord)を賛美する希望すらない。しかし、これとは反対に、 解説 (3) では、シェオルにいる霊魂は、神がいつか救済(redemption)の手を差し伸べて くれる可能性のあることが示唆されている。この (3) には、詩編(Psalm 73)が指摘され ているが、この箇所を更に具体的に把握するために、以下の解説も参照したい。 There is a strong suggestion in Psalm 73 that God will manifest his grace to the righteous by taking them to heaven, where they will exist eternally with him. The people of God will, therefore, be saved from She'ol to live with God forever, but the unrighteous will face a deprived existence in the chambers of the subterranean regions (Ps. 49).. 6). このように、神は正しき者たち(the righteous)に恩寵を与え、シェオルから救済して天 へと彼らを引き上げるが、悪しき者たち(the unrighteous)は救済されない。ここでも詩 編から一例を挙げたい。 When we look at the wise, they die; fool and dolt perish together and leave their wealth to others. Their graves are their homes forever, their dwelling places to all generations, though they named lands their own. Mortals cannot abide in their pomp; they are like the animals that perish. Such is the fate of the foolhardy, the end of those who are pleased with their lot. Like sheep they are appointed for Sheol; Death shall be their shepherd; straight to the grave they descend, and their form shall waste away; Sheol shall be their home. But God will ransom my soul from the power of Sheol, for he will receive me. (Ps. 49:10-15, NRSV)(下線は筆者) 先ほどの解説 (2) と (3) における聖書の指摘箇所は、双方とも詩編が含まれている。つま り、詩編に記されたシェオルは、絶望と希望といった相異なる概念が含まれていると思わ. 6). "Underworld," Encyclopedia of Religion, 2nd ed. vol. 14, p. 9454 を参照。. 3.

(5) れる。7) ところで、(2) と (3) について、上述したようにNRSVからPs. 6:1-5とPs. 49:10-15を例 証として挙げ、そこにSheolという語が使用されていたが、他の英語訳聖書、例えば、New. International Version8)(以下、NIV)では、"grave"と英語訳されている。この点から、NRSV とNIVでは訳し方が異なっていることに気づく。そこで、ギリシア語聖書やラテン語聖書な どを含む以下の12種の聖書を取り上げて、言語上の翻訳状況を比較するために対照表を提 示したい。 一覧表には以下の翻訳版を取り上げた。 ギリシア語翻訳版. 1. LXX:七十人訳ギリシア語聖書(Septuaginta) 。9)この聖書は、紀元前3世紀頃にヘブラ イ語からギリシア語に訳され始めたと考えられている。10) ラテン語翻訳版. 2.Vul:ラテン語によるウルガタ聖書(Vulgate) 。11)一般に、St. Jerome (c340-c420) がラ テン語訳した聖書と言われる。12) 英語翻訳版(1380 ― 1611). The English Hexapla13)は、ギリシア語新約聖書の原典と 1380 年から 1611 年にかけて の六種の歴史上有名な英語訳聖書を列記している。以下の 3.~8.がそれである。なお、The. English Hexapla は、新約聖書のみを扱っているので、下記一覧表の英語訳旧約聖書につ いては註に記した書籍やウェブサイトを利用した。 3. Wic:John Wycliffe による英語訳聖書。14)一般的には Wycliffe と綴るが、The English. Hexapla に Wiclif と記載されているので、一覧表ではその綴りを踏襲した。聖書の全文書 を英語訳した最初の聖書。15)Wycliffe はラテン語聖書 Vulgate を底本として翻訳し、新約聖 書は 1380 年に、旧約については 1388 年に発行した。16) Russell, The Devil, p.186n には、Sheol が黙示文書の作家たちによって Gehenna の観念に同化されて いった経緯が以下のように述べられている:"since the Apocalyptic writers came to limit resurrection from the dead to the righteous and to leave the unrighteous below, Sheol began to be thought of as a place of punishment. At that time it was assimilated to the idea of Gehenna."この視点からすると、黙示 録文書の作家たちは Sheol を罪人たちの魂が神の審判後に取り残される絶望的な場所として捉えていたと 推察できる。 8) Holy Bible: New International Version (Michigan: Zondervan Publishing House, 1988). 9) The Septuagint with Apocrypha: Greek and English, Sir Lancelot C.L. Brenton (Hendrickson Publishers, 2009).利用したウェブサイト:http://www.ellopos.net/elpenor/greek-texts/septuagint/default. asp, 2013. Oct. 5. 10) New International Bible Dictionary, p.916 を参照。 11) Biblia Sacra: Iuxta Vulgatam Versionem (Deutsche Bibelgesellschaft, 2007). 12) W.R.F. Browning, Oxford Dictionary of the Bible (Oxford University Press, 2004), p.398 を参照。 13) The English Hexapla (London: Samuel Bagster and Sons, 1841; repr. New York: AMS Press, 1975). 14) The Wycliffe Bible: John Wycliffe's Translation of the Holy Scriptures from the Latin Vulgate (Lamp Post Inc., 2008). 7). 15) The. English Bible: A History of Translations from the earliest English Versions to the New English Bible, F.F. Bruce (New York: Oxford University Press, 1970), p.12 を参照。 16) The Wycliffe Bible, p.6 を参照。. 4.

(6) 4. Tyn:William Tyndale による聖書17) (1534)。新約聖書の全文書が翻訳されたが、旧約聖 書ではモーセ五書(Genesis、Exodus、Leviticus、Numbers、Deuteronomy)、そして Jonah が翻訳された。18)従って、下の一覧表の検索対象は Genesis からのみである。 5. Cran:大司教 Thomas Cranmer による英語訳聖書19) (1539)。この聖書は、The Great Bible とも言われる。 6. Genev:Geneva Bible20) (1557) のこと。この聖書は Shakespeare も利用したと言われ る。21) 7. Rhei:Douay-Rheims Bible22)のこと。新約聖書は 1582 年に、旧約聖書は 1609 年と 1610 年に発行された。23)この聖書も Wycliffe による聖書と同じくラテン語聖書ウルガタからの 翻訳である。 8. KJV:King James Version24) (1611)のこと。Authorized Version とも言われる。 現代英語翻訳版(1979 ― 2001) 現代英語による翻訳聖書は、下記の四種を参考として選んだ。翻訳語彙を見ることがこ こでの目的であり、選定の意図は特にない。 9. NIV = New International Version (1973) 10. NRSV = New Revised Standard Version (1989) 11. REB = Revised English Bible25) (1989) 12. ESV= English Standard Version26) (2001) 複数の聖書を閲覧できるウェブサイト BibleGateway.com27)を利用して、NRSV の Sheol という語を検索すると、63 箇所がヒットした。28)紙面の都合上、これらすべてを取り上げ る余裕がないので、先ほど引用した New International Bible Dictionary の解説 (1) ~ (3) にあった聖書の指摘箇所を拠り所として、特にシェオルと関連する8箇所に絞り以下の表 1を作成した。なお、表の作成目的は、あくまでも翻訳の傾向を把握することにあり、聖 書中の Sheol という語彙のすべてを調査対象としたものではない。なお、ギリシア語とラ Tyndale による聖書の語彙検索には、ウェブサイト Wesley Center Online の以下のサイトを利用した: http://wesley.nnu.edu/sermons-essays-books/william-tyndales-translation/. 18) The English Bible, pp.33-41 を参照。 19) この Cranmer Bible は、ウェブサイト INTERNET ARCHIVE の Cranmer Bible の以下のサイトから ダウンロードした:http://archive.org/details/GreatBible1540. この聖書は 1539 年に世に出たが、左記サ イトから入手したものは 1540 年版のものである。 20) Geneva 聖書の語彙検索には BibleGateway.com を利用した:http://www.biblegateway.com/. 21) The English Bible, p.92. 22) Douay-Reims 聖書の語彙検索には、BibleGateway.com にある以下の Douay-Rheims 1899 American Edition を 利 用 し た : http://www.biblegateway.com/versions/Douay-Rheims-1899-American-EditionDRA-Bible/. 23) The English Bible, p.106. 24) The Holy Bible: King James Version 1611 (New York: American Bible Society). 25) The Revised English Bible with Apocrypha (Oxford University Press & Cambridge University Press, 1989). 26) The Holy Bible: English Standard Version (Crossway, 2001). 27) http://www.biblegateway.com/を参照。 28) 63 箇所の内、ヒット数で目立っているのは Psalm が 15 箇所、Isaiah が 10 箇所、Proverbs が 9 箇所、 Job が 8 箇所、Ezekiel が 5 箇所、Genesis が 4 箇所であった。 17). 5.

(7) テン語は、文脈上格変化している場合があるので、聖書中の表記をそのまま表内に掲載し た。後述する表2,表3についても同様である。 表1 旧約聖書における Sheol の比較対照表 Greek. Gen* 37:35 Job 17:13 Ps* 6:5 Ps 30:3 Ps 49:14 Ps 88:3 Isa* 14:9 Isa 38:18. Latin. English Translations (1380 ― 1611). Current English Versions. 1. 2. 3. 4. 5. 6. 7. 8. 9. 10. 11. 12. LXX. Vul. Wic. Tyn. Cran. Genev. Rhei. KJV. NIV. NRSV. REB. ESV. ᾅδου. infernum. helle. grave. graue. grave. hell. grave. grave. Sheol. Sheol. Sheol. ᾅδης. infernus. helle. ―*. graue. grave. hell. grave. grave. Sheol. Sheol. Sheol. ᾼδῃ. inferno. helle. ―. pitte. grave. hell. grave. grave. Sheol. Sheol. Sheol. ᾅδου. inferno. helle. ―. hell. grave. hel. grave. grave. Sheol. Sheol. Sheol. ᾅδῃ. inferno. helle. ―. hell. grave. hell. grave. grave. Sheol. Sheol. Sheol. ᾅδῃ. inferno. helle. ―. hell. grave. hell. grave. grave. Sheol. Sheol. Sheol. ᾅδης. infernus. Helle. ―. Hell. Hell. Hell. Hell. grave. Sheol. Sheol. Sheol. ᾅδου. infernus. helle. ―. hell. grave. hell. grave. grave. Sheol. Sheol. Sheol. * Gen = Genesis. *Ps = Psalm. *Isa = Isaiah. *― = 該当なし. この一覧表から、まず、1. LXX では Shoel の訳語としてギリシア語 ᾅδης (Hades)が、2. Vul ではラテン語 infernus が用いられており、原語とは異なる訳語が使用されていることがわ かる。同様に、1380 年から 1611 年までの英語訳聖書に関しても、Sheol の語は使用されて いない。訳語として英語の語彙である hell(41 例中 23 例) 、grave(41 例中 17 例)そし て pitte(= pit「穴」 ) (41 例中 1 例)の三種が使用されており、特に hell の使用例が目立 っている。聖書別に見ると、3. Wic と 7. Rhei については、すべて hell が使用されている。 この二種の聖書はウルガタを底本にしているが、ラテン語 infernus に英語 hell を用いた点 は興味深い。しかし、ラテン語 infernus の訳語として hell が使われた史的背景については 筆者にはわからない。5. Cran、6. Genev、8. KJV に目を移すと、4. Tyn も含めて、grave という語が使用されており、死者を埋葬する「墓」としてシェオルを捉えられている特徴 を知ることができる。だが、5. Cran、6. Genev、8. KJV では、grave 以外に hell の語も 使われていて、墓のみのイメージのみではないと言えよう。文脈上 grave と hell を使い分 けている可能性も考えられるが、本稿はそこまで追求するのが目的ではない。 現代英語訳の場合は、9. NIV が grave のみを統一的に使用している一方、10. NRSV、11. REB、12. ESV では、すべて Sheol が用いられているのは原文のヘブライ語を重視したた めであろう。しかし、どの語彙を使うかは、各聖書の翻訳方針によって異なっていると思 われる。 いずれにしても、シェオルにはもともと墓の意味があることから、grave と訳されること に筆者は何ら抵抗を感じないが、hell と訳されている場合は、後述するヘルのシェオルとは. 6.

(8) 異なる特徴から考えると多少の違和感を覚える。 次にシェオルと近い概念をもつハデスについて考察する。 2.ハデス ギリシア語ハデス(ᾅδης:Hades)には "not to be seen"29) という意味があり、本来は ギリシア神話の死者のいる冥界であり、冥府の神の名でもある。ヘブライ語の旧約聖書を 翻訳したギリシア語による七十人訳聖書では、表1に挙げたようにシェオルの訳語として ハデスが使われている。だが、七十人訳聖書のハデスには、ギリシア思想の概念ではなく、 やはり旧約聖書的なシェオルの概念が含まれている。30)更に、ハデスという語は、ギリシア 語の新約聖書にも使用されている。つまり、Hadesという語は、ギリシア語七十人訳聖書と ギリシア語新約聖書の両方に使用されていることになる。以下、Oxford Dictionary of the. Bibleの"Hades"の解説を参照してその特徴を挙げる。 There was a legend (Isa. 38:10; Matt. 16:18) that entry into Hades was through gates, and Christians supposed that the keys were in the possession of the risen Christ (Rev. 1:18), Hades is not a place of torment in the OT ― except for its appalling boredom (Ps. 88:12), but in the NT physical pain seems to be envisaged upon their deaths for some (Luke 16:23).... 'Hades' (Rev. 20:13, 14) and Death are regarded as a demonic realm and associated with the sea (cf. Mark 5:13). Those who had died at sea could not be buried and therefore could not get through the gates of Hades. However, when the purpose of God is fully achieved, both Death (the Last Enemy, I Cor. 15:16, 54) and Hades, where the already dead repose, will surrender their populations, with the establishment of the eternal reign of God.31) (下線は筆者) この解説の1行目に指摘されている聖書の箇所 Isa. 38:10 は旧約聖書であるので、ここでは 「シェオルの門」を示している。これに対して、Matt. 16:18 は新約聖書の箇所なので、「ハ デスの門」を意味している。この点は、NRSV を参照すると、まず、Isa. 38:10 に以下のよ うに Sheol が使われていることからも明らかである。 I said: In the noontide of my days I must depart; I am consigned to the gates of Sheol32). "Hades," New International Bible Dictionary, p. 409 を参照。 New International Bible Dictionary, p. 409 を参照。Cf. Arthur Cotterell, A Dictionary of World Mythology (Oxford University Press, 1986), p.161: "Hades as a place for the dead was a late development, but even then this dim realm bore no resemblance to the Christian hell. It was never a place of punishment." 31) Browning, Oxford Dictionary of the Bible, p. 163 を参照。 32) Cf. Zondervan NIV Study Bible ((Michigan: Zondervan, 2008), p.1012, note on Job.17:16: "In Mesopotamian literature, all who entered the netherworld passed through a series of seven gates": 29) 30). 7.

(9) for the rest of my years. (Isa. 38:10, NRSV)(下線は筆者) 一方、同じく NRSV の Matt. 16:18 は以下のように Hades が使われている。 And I tell you, you are Peter, and on this rock I will build my church, and the gates of Hades will not prevail against it. (Matt. 16:18, NRSV)(下線は筆者) このように、シェオルとハデスには同様に門がある。死者の魂たちは、死を境としてこの 門をくぐりシェオルやハデスへ行くのである。この点から、地下世界の門は、旧約聖書と 新約聖書に共通した概念であることが理解できる。Zondervan NIV Study Bible は、Matt. 16:18 の脚注で"Hades. The Greek name for the place of departed spirits, generally equivalent to the Hebrew Sheol"33)と解説している。このことから、シェオルとハデスはほ ぼ同一のものと見なしてもよいであろう。ところで注意を喚起すべき点は、海で亡くなっ た者たちは土葬されないのでこの門をくぐることができないということである。 また、先ほど引用した Oxford Dictionary of the Bible の解説を見ると、旧約聖書のハデ ス、あるいはシェオルの場合は、責め苦(torment)の場所とは言い難いが、一方、新約聖 書では死後の肉体的な苦痛の場所というイメージが付加されている。以下は、ある金持ち が亡くなってハデスに堕ち苦しんでいる時に、彼が生前に知っていた貧しい Lazarus が Abraham と一緒に遠くにいる姿を見たときの一節である。 In Hades, where he (= a rich man) was being tormented, he looked up and saw Abraham far away with Lazarus by his side. He called out, ‘Father Abraham, have mercy on me, and send Lazarus to dip the tip of his finger in water and cool my tongue; for I am in agony in these flames.’ (Lk. 16:23-24, NRSV) このように金持ちはハデスにいて炎によって苦しめられている。 最後の審判のときに、ハデスと死(Death)は、中にいる魂たちを吐き出さなければなら ない。そしてハデスも死も、審判後に火の湖に投げ込まれる(Rev. 20:14)。更に、解説の 中にハデスと死は"a demonic realm"と見なされていることから、ハデスは、 「悪魔たちがい る場所」であると思われる。Oxford English Dictionary 2. 34)を参照すると、"Hades"の語. 義 2. a.2.a の補足説明として"In the earlier Eng. versions rendered hell...hence by some identified with the abode of the devil and his angels"とある。このことからも判断して、 やはりハデスは悪魔たちが棲む場所である。 ここでも聖書の語彙を比較するために一覧表を示したい。以下の表2は、新約聖書の語 彙を扱った一覧なので、先ほどの表1の 1. LXX を The Greek New Testament35) (表では 1. Gr)に変更した。2.~12.については表1と同じである。ただし、表2の English Cf. Zondervan NIV Study Bible, p.2007, note on Matt. 16:18. Oxford English Dictionary, 2nd Edition, ed. by John Simpson & Edmund Weiner (Oxford: Oxford University Press, 1989). 35) The Greek New Testament, ed. by Kurt Aland, Matthew Black, Carlo M. Martini, Bruce M. Metzger, and Allen Wikgren (United Bible Societies, 1983). 33). 34) The. 8.

(10) Translations (1380―1611)については、前項で言及した The English Hexapla の新約聖書 テクストを用いた。なお、一覧表を作成するにあたって、BibleGateway.com を使い NRSV の新約聖書中の語彙 Hades に絞って検索した。結果として、表中の 10 箇所がヒットした のでこれを基にした。 表2 新約聖書における Hades (ᾅδης)の比較対照表 Greek. Mt* 11:23 Mt 16:18 Lk* 10:15 Lk 16:23 Acts* 2:27 Acts 2:31 Rev* 1:18 Rev 6:8 Rev 20:13 Rev 20:14. English Translations (1380 ― 1611). Latin. Current English Versions. 1. 2. 3. 4. 5. 6. 7. 8. 9. 10. 11. 12. Gr. Vul. Wic. Tyn. Cran. Genev. Rhei. KJV. NIV. NRSV. REB. ESV. ᾅδου. infernum. helle. hell. hell. hel. hel. hell. Hades. Hades. Hades. Hades. ᾅδου. inferi. helle. hell. hell. hel. hel. hell. Hades. Hades. death. hell. ᾅδου. infernum. helle. hell. hell. hel. hel. hell. Hades. Hades. Hades. Hades. ᾅδη. inferno. helle. hell. hell. hell. hel. hell. Hades. Hades. Hades. Hades. ᾅδην. inferno. helle. hell. hell. graue. hel. hell. grave. Hades. death. Hades. ᾅδην. inferno. helle. hell. hell. graue. hel. hell. grave. Hades. death. Hades. ᾅδου. inferni. helle. hell. hell. hel. hel. hell. Hades. Hades. Hades. Hades. ᾅδης. inferus. helle. hell. hell. Hell. hel. Hell. Hades. Hades. Hades. Hades. ᾅδης. inferus. helle. hell. hell. hell. hel. hell. Hades. Hades. Hades. Hades. ᾅδης. inferus. helle. hell. hell. hell. hel. hell. Hades. Hades. Hades. Hades. *Mt = Matthew. *Lk = Luke. *Acts = Acts of the Apostles. *Rev = Revelation. この表2の場合、1. Gr のハデス(ᾅδης:Hades)は、既述の如く、新約聖書のギリシア語 原典に記されたハデスであることを再度言及しておきたい。また、2. Vul では表1と同様に 表2でも infernus が用いられているのはラテン語聖書の特徴と言えよう。そして、1380 年 から 1611 年までの六種の英語訳聖書を見ると、表1では、Sheol の英語訳として hell の使 用例数が最も多く、次に grave が多かったが、表2では、新約聖書の Hades の訳語として、 ほぼ hell が使われていることが理解できる。この意味では、1380 年から 1611 年までの新 約聖書の Hades は、次項で述べる hell のイメージで捉えられていたというひとつの傾向が 見えてくる。9~12 の現代英語訳では、1380 年から 1611 年までの英語訳聖書とは異なり、 ギリシア語 ᾅδης を英語の文字で表記した Hades が使用されている例が多い。他に death、 grave あるいは hell の使用例も見られる。前項のシェオルの場合と同じく、原典の表記に 準じた結果であろう。 事項ではゲヘナとヘルについて述べる。 3.ゲヘナとヘル まず、旧約聖書と関連のあるゲヘナを取り上げて特徴を述べる。 9.

(11) (a) ゲヘナ ゲヘナ(γέεννα:Gehenna)とは、もとはエルサレム近郊にあるベン・ヒノムの谷(2 Kgs. 23:10; 2 Chr.28:3, 33:6)を意味しており、この谷では子供が生け贄とされたり、偶像崇拝 が執り行われていた。聖書から一例を挙げたい。ユダの王Manassehは、12歳で王位に就き、 55年もの間エルサレムを統治したが、彼は神の目に悪とされる行為を行った。以下もその 忌むべき行為であった。 He sacrificed his children in the fire in the Valley of Ben Hinnom, practiced divination and witchcraft, sought omens, and consulted mediums and spiritists. He did much evil in the eyes of the Lord, arousing his anger. (2 Chr.33:6, NIV) この一節から、火を使って子供を生け贄にすることは神に背く罪深い行為であったことが わかる。それは異教の習慣だったからだ。神はManassehの数々の悪行に怒り、アッシリア 軍にエルサレムを攻撃させた。そして、王はアッシリア軍の捕虜となり青銅の足枷に繋が れてバビロンに連行された。しかし、彼は自分の愚行を心底より悔い改めると、神は彼の 祈りを聞き入れ、彼は再びエルサレムに戻ることができた。この一節の中の "fire" は、ベ ン・ヒノムの谷の特徴のひとつであるようだ。更に、このベン・ヒノムの谷は、Browning が "later there was a continuously burning dump"36)と説明していることから推察すると、 この谷で悪臭を放つゴミが焼却されたり、あるいは投棄されたゴミが自然発火することも あったかもしれない。そして、この谷は、黙示文書(Apocalypse)の著者たちによって、 地獄への入り口と考えられるようになり、後に地獄そのものを表すようになった。ゲヘナ は下記の特徴をもつ。 The NT distinguishes sharply between Hades, the intermediate, bodiless state, and Gehenna, the state of final punishment after the resurrection of the body. ... Terms parallel to Gehenna include "fiery furnace" (Matt 13:42, 50), "fiery lake" (Rev 19:20; 20:14-15), "lake of burning sulfur" (20:10), "eternal fire" (Jude 7); "hell" (2 Peter 2:4)....37) (下線は筆者) この解説からわかるように、ゲヘナとは、 「灼熱の地獄」、 「硫黄が燃える湖」 、 「永遠の業火」 である。このことから、ゲヘナは火と密接に結びついた場所であることが理解できる。ハ デスは死者たちの肉体がまだ復活していない状態、つまり最後の審判が行われる「前」の 中間的(intermediate)な場所である。これに対して、ゲヘナは審判の「後」に魂たちが永 遠の処罰に苦しむ場所である。また、ゲヘナは、上記解説の中に "hell" と書いてあるよう に、次項のヘルと似た概念をもっている。 (b) ヘル 36) 37). Browning, Oxford Dictionary of the Bible, pp.148-149 を参照。 "GEHENNA," New International Bible Dictionary を参照。. 10.

(12) 英語のヘル(hell)は、 「隠す、覆う」等を意味する古英語 "helam" に由来し、38)チュー トン民族の地下世界の女神の名がその起源である。39)一般的に不敬虔な者たちが堕ちる場所 と言えば、このヘルを思い浮かべることが多いと思えるが、聖書的にはどのような特徴が あるのだろうか。New International Bible Dictionary の"Hell"の解説を参照する。 The nature of hell is indicated by the repeated reference to eternal punishment (Matt 25:46), eternal fire (18:8, Jude 7), everlasting chains (Jude 6), the pit of the Abyss (Rev 9:2,11), outer darkness (Matt 8:12), the wrath of God (Rom 2:5), second death (Rev 21:8), eternal destruction from the face of God (2 Thess 1:9), and eternal sin (Mark 3:29).40) (下線は筆者) この解説から、ヘルの特徴を確認すると、「永遠の業火」、「永遠の鎖」、「深淵の穴」、 「外側の暗闇」、「神の怒り」、「第二の死」、「神の御顔からの永遠の破滅」、「永遠 の罪業」等である。ゲヘナとヘルの共通点について特に注目すべきは、暗黒の世界に堕ち た魂たちが、「永遠の業火」で焼かれることである。解説にある "second death" (Rev 21:8) について Browning が "the final state of those who have deliberately separated themselves form God for ever"41)と述べていることから、ゲヘナとヘルに堕ちた魂たちは、 どんなに焼かれようとも、その場所から救済される望みは一切絶たれていることがわかる。 このように、ゲヘナとヘルは極めて類似した特徴を持っている。 ここで再び語彙調査のために比較対照表を提示する。表中の聖書は表2とすべて同じで ある。ここでも前項と同様に BibleGateway.com42)を利用して、NRSV の新約聖書に使用さ れている hell の表記箇所を検索した。結果として、13 箇所がヒットしたので、この 13 箇 所を拠り所として下記の表3を作成した。 表3 新約聖書における Gehenna(γέεννα)の比較対照表 Greek. Mt* 5:22 Mt 5:29 Mt 5:30 Mt 10:28 Mt 18:9 Mt. English Translations (1380 ― 1611). Latin. Current English Versions. 1. 2. 3. 4. 5. 6. 7. 8. 9. 10. 11. 12. Gr.. Vul. Wic. Tyn. Cran. Genev. Rhei. KJV. NIV. NRSV. REB. ESV. γέενναν. gehennae. helle. hell. hell. hel. hel. hell. hell. hell. hell-fire. hell. γέενναν. gehennam. helle. hell. hell. hel. hel. hell. hell. hell. hell. hell. γέενναν. gehennam. helle. hell. hell. hel. hel. hell. hell. hell. hell. hell. γεέννη. gehennam. helle. hell. hell. hel. hel. hell. hell. hell. hell. hell. γέενναν. gehennam. helle. hell. hell. hel. hel. hell. hell. hell. hell. hell. γέεννης. gehennae. helle. hell. hell. hell. hel. hell. hell. hell. hell. hell. "HEAVEN AND HELL," Encyclopedia of Religion を参照。 Russell, Satan, p.120 を参照。. 40) "Hell", New International Bible Dictionary を参照。 41) Browning, Oxford Dictionary of the Bible, p. 95 を参照。 42) http://www.biblegateway.com/を参照。 38) 39). 11.

(13) 23:15 Mt. γεέννης. gehennae. helle. hell. hell. hel. hel. hell. hell. hell. hell. hell. γέενναν. gehennam. helle. hell. hell. hel. hel. hell. hell. hell. hell. hell. γέενναν. gehennam. helle. hell. hell. hel. hel. hell. hell. hell. hell. hell. γέενναν. gehennam. helle. hell. hell. hel. hel. hell. hell. hell. hell. hell. γέενναν. gehennam. helle. hell. hell. hel. hel. hell. hell. hell. hell. hell. γεέννης. gehenna. helle. hell. hell. hel. hel. hell. hell. hell. hell. hell. inferni. helle. hell. hell. hell. Hel. hell. hell. hell. hell. hell. 23:33 Mk* 9:43 Mk 9:45 Mk 9:47 Lk* 12:5 Jas* 3:6 2 Pet*. ταρταρώσας. 2:4. (verb). * Matthew. * Mark. * Luke. * Jame. * 2 Peter. まず、2. Vul を見ると、ギリシア語を踏襲して gehenna を使っていることがわかる。ま た、3~12までのほぼすべての英語訳聖書が hell を使用しているのも確認できる。即ち、 ギリシア語およびラテン語の聖書でゲヘナとして認識されている場所は、英語聖書ではヘ ルとして訳されているのである。従って、表3から推察できるのは、ゲヘナとヘルはほぼ 同じ概念をもっているということだ。このことから、ゲヘナもヘルも、最後の審判が行わ れた後の場所であり、救済の望みが完全に絶たれた陰惨な世界であると言えよう。 以上、シェオル、ハデス、ゲヘナ、そしてヘルの特徴を述べつつ、語彙の比較対照表を 示して考察を行った。英語訳聖書のすべてを網羅したわけではないが、表1から表3まで を包括的に振り返ってみると、ある程度の傾向や特徴が見えてくるようだ。表1から表3 までに共通している英語の語彙は hell であった。この点から、hell という語彙は、シェオ ル、ハデス、ゲヘナの特徴を包含していると思われる。この点を下記の表4にまとめた。 表4 Hell が持つ包括的概念 原. 語. 特. 徴. 英語の表記. ・すべての死者の魂が赴く場所(墓のイメージ). ‫שאול‬. ・死者の魂は門をくぐってシェオルに入る. (Sheol). ・虚無の世界. (LXX では Hades). ・救済の望みが絶たれている ・一方では救済される希望もある ・死者の魂は門をくぐってハデスに入る. ᾅδης (Hades). ・ハデスは死とともに悪魔たちがいる場所 ・ハデスと死は審判後に火の湖に投げ込まれる ・肉体的な苦痛を伴う陰惨な場所 ・最後の審判が行われる前の場所(救済される可能性あり). γέεννα. ・谷(ベン・ヒノム)のイメージ(宗教的儀式の行為の場). 12. Hell.

(14) (Gehenna). ・最後の審判が行われた後の場所 ・灼熱の地獄 ・硫黄が燃える湖 ・永遠の業火 ・永遠の鎖. ・深淵の穴. ・外側の暗闇. ・神の怒り. ・第二の死. ・永遠の罪業. ・神の御顔からの永遠の破滅(救済が絶たれた場所). 仮に英語の語彙 hell が、上表の三つの場所、即ち、シェオル、ハデス、ゲヘナの諸概念を 包含しているならば、夢幻視物語等の作品中に明確な場所設定がなく hell という語か使用 された場合は、シェオル、ハデス、ゲヘナのどれを指すのか判別が困難になる。このよう な混乱が生じるのは、hell という語がもともと旧約聖書や新約聖書の原典には存在せず、 シェオル、ハデス、ゲヘナを翻訳するに及んで、この語が使用されたために、特殊な意味 合いを帯びるに至ったからであると思われる。穿った見方をすれば、hell という語は、シェ オル、ハデス、ゲヘナを一語で表現できる万能語彙でもある。しかし、注意を喚起すべき は、シェオルとハデスは、本来は「最後の審判が行われる前の場所」であり、これに対し て、ゲヘナは「審判が行われた後の場所」という点である。 夢幻視物語を読む場合は、以下の煉獄の概念も重要である。 4.煉獄 キリスト教的には、煉獄とは1 Corinthians(3:11-15)や外典2 Maccabees(12:39-45) 等の記述から生じた主にローマカトリック教会の教義であり、死者の魂が地獄へ墜ちるま でもない小罪の汚れから浄化されるために留まる場所、あるいは罪を償うために一時的に 罰を受ける状態である。この煉獄で魂たちは浄化を終えるまで、いつまでも滞在しなけれ ばならない。煉獄がシェオルやハデスと異なるところは、例えば、夢幻視物語のひとつThe. Revelation of the Monk of Eynsham の中に"(St. Nicholas) hath sette me in this place of purgatorye for my purgacion"43)「 (聖ニコラスが私の浄化のためにこの煉獄に連れてきた」 と記されているように、"purgatory"「煉獄」という語が"purification"「浄化」という語と 関連性をもっていることだ。即ち、煉獄とは罪を浄化する浄罪界である。罪の浄化のひと つは火に焼かれることである。44)それは天あるいは神に受け入れられるための浄化である。 一方、シェオルやハデスは、煉獄の概念が持つ浄罪の場所ではない。つまり、シェオルや ハデスにいる死者の魂たちは、最後の審判の日までこれらの場所で待ち続けなければなら ない状況に置かれている。 II.. 諸文書に見る地下世界の描写. 上記の I. の考察によって、地下の場所の聖書的な概念が理解できたが、この章では夢幻 視物語や聖書の諸文書から具体例を挙げたい。しかしながら、地下世界の様子は文書毎に に特徴があり、すべてをここで取り上げることはできないので、興味を惹くいくつかの特 The Revelation of the Monk of Eynsham,, ed.by Robert Easting, EETS, O.S.318 (Oxford University Press, 2002) , pp.68-69. 44) 煉獄の火については、Le Goff, The Birth of Purgatory, pp.7ff. 43). 13.

(15) 徴について論じる。 1.煉獄にいる滞在期間を縮める方法 まず、煉獄について述べる。夢幻視物語の記述を見る限りでは、そこに描かれた一時的 な滞在場所である煉獄は、カトリックの煉獄思想を踏襲している。45)夢幻視物語の作品 The. Vision of Tundale から煉獄の描写の一例を示す。 'These folke,' sayde e angell, 'be all safe, But penaunce yt behoues hem to haue. All lyuede ey wele & honestly, et greuede ey God in some party. Honestly & wele wolde ey lyue, But ouerlytylll wolde ey gyffe; To pore men at hade grette nede They dyde ouerlytull almessedede, Therfor sometyme God wyll ey haue payne Thorow kene stormes of wynde & rayne And orow grete honger & reste, But He wyll ey come to rest.'46). (1528-1538). 天使は言った「この者たちに危害は及ばぬ、 彼らはここで罪を贖わねばならぬ者たちだ。 この者たちは裕福に、そして誠実に生きた。 しかし、彼らはいくぶん神を悲しませた。 誠実にしかも裕福な人生を過ごしたのだが、 与えることがあまりにも少なかったからだ。 生活の糧を欲しがる貧しい者たちへ 喜捨の施しを行なわなかったのだ。 神はそういう者たちにいつか苦痛をあたえる。 嵐と雨をともなった激しい嵐によって、 そして激しい空腹と喉の渇きによって。 しかし神は彼らが休息にやってくるのを望み給う。」 ここに描かれている場所にいるのは、生前に裕福に暮らしたが、喜捨行為を怠った故に神 に忠実でなかった者たちである。つまり、先ほどの煉獄の項で述べたように、善と悪が混 在する魂は、しばらくの間、激しい苦しみを受けなければならない。だが、上の記述を見 ると、これらの魂の苦悩は永遠に続くわけではなく一過性のもので、いつかは神に救済さ 中世キリスト教社会の最盛期はカトリック文化であった点は"CRURCH, HISTORY OF, II (MEDIEVAL)", New Catholic Encyclopedia, vol. 3, p. 597 を参照。 46) The Vision of Tundale, ed. from B.L. MS Cotton Caligula A II , ed. Rodney Means (Carl Winter : Heidelberg 1985), pp. 131-132 を参照。 45). 14.

(16) れるという希望が残っているようだ。しかし、いつまで留まっていなければならないか、 誰にもわからない。夢幻視物語のひとつ St. Patrick's Purgatory には、どうすれば最短で 煉獄から救済されるかについて下記の興味深い記述が見られる。 "ai shul suffri at hete; / Bot if her frendes do godenisse, / if mete, or do sing messe, / at ai han in ere ylete, / Oer ani oer almos-dede, / Alle better hem may spede / Out of her missays...". 47). (163:3-164:3). 煉獄にいる者たちはあの灼熱で苦しまねばならぬ。もしも、地上に残された友が 正しい生活をおくらず、施し物をせず、ミサも歌わないならば。友人がなにか他 の慈善行為を行えば、それだけはやく煉獄の者たちを苦悩から救えるのだ。 煉獄にいる霊魂たちは、罪の穢れが浄化されるまで苦しみを受けなければならないが、上 記の引用から、彼らの苦悩は生者のミサ、喜捨、慈善行為等により緩和され、煉獄の魂た ちの滞在期間も短くなることが理解できる。15世紀の中英語散文The Vision of William of. Stranton には、煉獄の滞在期間の短縮について更に詳しく述べられている。主人公William は、煉獄に堕ちた魂たちの苦悶を見かねて、煉獄にいる魂たちがどうすれば滞在期間を短 縮できるかパラダイスで出会った司教に尋ねる。すると司教は、以下のように答える。 William, God forbede it els; for ow shalt vnderstond at ese sowles may be hoplen owt of ese paynes principallich bi the mercy of God, and bi e good dedis at her frendes and e people levyng in e world may do for hem; as to lernyd men, as bi masses singyng, saing of sawters, Placebo and Dirige; commendacions, .vij. salmes and the .xv. psalmes with e letenye; bi almes-dede, and bi pilgrimage; and aslo bi lewid men with e Pater noster, e Aue Maria, and e Crede; almes-dede, fastyng, and pilgrimage; and bi many other good dedis.48) ウイリアムよ、神は、以下のこと以外による苦悩の軽減を禁じておられる。つま り、煉獄にいるこれらの魂は、主に神のご慈悲によって苦悩から救われ、そして、 現世に生きている友人や死者の魂のために人々ができる善き行いによって、煉獄 の魂は苦悩から救済される。賢者が言っているように、ミサを歌うことによって、 詩編の朗唱によって、あるいは晩祷や早祷によって。そして、死者の魂を鎮める 儀式によって、七つの詩編と十五の詩編の連祷によって、喜捨行為によって、そ して巡礼によって。そして、更に、世俗の人々が行う主の祈り、アベマリア、信 経によって。喜捨行為、断食、そして巡礼によって。 このように煉獄は、現世で生きている者たちの行為が、他界して煉獄にいる者たちに直接 の影響を与える。この記述で興味を惹くのは、貴賎の差、貧富の差、男女の区別などは問 Robert Easting ed. St Patrick's Purgatory; Two Versions of Owayne Miles and the Vision of William of Stranton, together with the Long Text of the Tractatus De Purgatorio Sancti Patricii, EETS 298 47). (Oxford: Oxford University Press, 1991), p. 28 を参照。 48) Easting, St Patrick's Purgatory, p. 106 を参照。. 15.

(17) 題視されず、生前に神に対して罪を犯した者は、煉獄で種々の試練を強いられている点で ある。これは、キリスト教社会の中で生活を営む人々に対する警告でもあろう。つまり、 生前の行いに対する神の審判は、誰にでも平等に行われるのである。王侯貴族や高位聖職 者であろうと例外ではない。 2.地下世界の底部の一風景 ここでは地下世界の底部の風景を描写した数例を挙げる。先ほど、ゲヘナの項で、ベン・ ヒノムの谷は、黙示文書において地獄を表すに至ったと述べた。そこでまず、黙示文書か らいくつかの描写を挙げる。 黙示文書の代表的な旧約聖書偽典 1 Enoch49)(紀元前2世紀から紀元後1世紀頃)では、 諸罪に対する神の審判の場所は、以下のように描写されている。 And the judgement was held first over the stars, and they were judged and found guilty, and went to the place of condemnation, and they were cast into an abyss, full of fire and flaming, and full of pillars of fire. And those seventy shepherds were judged and found guilty, and they were cast into that fiery abyss. And I saw at that time how a like abyss was opened in the midst of the earth, full of fire, and they brought those blinded sheep, and they were all judged and found guilty and cast into this fiery abyss, and they burned; now this abyss was to the right of that house. And I saw those sheep burning and their bones burning. (Chap. 90:24-27)50) このように審判によって有罪とされた星々や羊飼いたちは、火が燃えさかる地下の底部 (abyss)に堕とされる。上記の内容がベン・ヒノムの谷から派生したものか筆者には定か ではないが、51)引用の中の"they were cast into an abyss, full of fire and flaming"、あるは "they were cast into that fiery abyss"等の内容を見ると、火が燃えるベン・ヒノムの谷に 投げ込まれる様子を想起させる。 同じく黙示文書の新約聖書外典 Apocalypse of Peter(紀元1~2世紀頃)では、地下界 はいくつかに分かれており、魂が犯した罪に応じて様々な苦悩が与えられている。例えば、 正義を否定した者たちは、下記の苦しみを受けている。 In another place there is a pit, great and full of fire. In it are those who have denied righteousness, and angels of punishment chastise them there and kindle on them the fire of their torment. And there are women. They hang them up by their necks and by their hair; they will cast them in the pit. These plaited their hair, not for the sake of beauty but to. 49). エチオピア語で書かれたエノク書を指す。 R. H. Charles, ed. The Apocrypha and Pseudepigrapha of the Old Testament, Volume Two: Pseudepigrapha (U. S. A.:Apocryphile Press, 2004), p. 259 を参照。 51) Cf. Le Goff, The Birth of Purgatory, p.31: "…the Book of Enoch contains the images of Hell as a pit or narrow valley and of a mountain on earth where souls reside prior to the last judgment…." 50). 16.

(18) turn men to fornication, so that they might ensnare their souls to perdition.. 52). この一節中の"pit"は、地獄の底にある穴だと思われる。この場所が燃え盛る火に包まれて いるのは、上記の 1 Enoch の描写内容に似ている。この穴もベン・ヒノムの谷を彷彿させ る。また、引用の中の"fornication"(姦淫)は、新約聖書の黙示文書 Revelation(紀元1世 紀頃)におけるバビロンによる姦淫(Rev.17-18)と類似している点も指摘しておきたい。 この Apocalypse of Peter では、審判の日に神は地獄(hell)にすべての魂たちを放出する ように命じ、そして、野獣や鳥たちにも貪り食った人間の肉を吐き出すよう命じる。53) こ の点も、やはり Revelation(Rev.20:13-15)とよく似た内容である。 一方、新約外典 Apocalypse of Paul(紀元4世紀後半頃)では、地獄の底は下記のように 「井戸」がその入り口になっている。この井戸は以下のようにひどい悪臭を放っていて、 井戸の四方では火が燃えている。 When the well was opened, therefore, a hard and very evil stench immediately arose there out of it. It surpassed all the other torments; and I looked into the well and saw masses of fire burning on every side, and anguish, and the mouth of the pit was so narrow that it took only one in at a time. The angel turned and said to me, "If any are thrown into the well of the abyss, and it is sealed over them, there will never be any recollection made of them in the presence of the Father and the Son and the Holy Ghost or of the holy angels."54) このように奈落の底である井戸の入り口は一度に一人が通れるくらいの隙間しかなく、そ の中に堕ちると再び戻ってくることはできない。そして井戸が、はやり火と密接に結びつ いていることが理解できる。この井戸は、先ほどの Apocalypse of Peter の"pit"、あるいは. Revelation の"the lake of fire"(Rev. 19:20)の別形態なのかもしれない。 以上、聖書群から数例を見た。それぞれの記述の内容に差異はあるものの、地下界の最 も特徴的な苦悩は、 「火」による肉体的な苦悩である点で共通している。繰り返しになるが、 この火の世界はやはりゲヘナと類似する特徴をもっている。 夢幻視物語の作品もこのような特徴を継承している。St. Patrick's Purgatory には、地 獄の穴や地獄の門が記されている。 騎士Oweinは悪魔たちによって奈落の底の穴の所まで連 れて行かれると以下のように脅された。. e fende ha e knit ynome, And to e ai weren ycone, And seyd us in her spelle, 'Now, Owain, ou mit solas make, Eileen Gardiner, Visions of Heaven & Hell Before Dante (New York: Italica Press, 1989), p. 6 を参 照。 53) Gardiner, Visions of Heaven & Hell Before Dante , p. 3 を参照。 54) Gardiner, Visions of Heaven & Hell Before Dante , p. 43 を参照。 52). 17.

(19) For ou schalt wi our felawes s'ch'ake Into 'e' pit of helle.. is ben our foule's' in our caghe, And is is our courtelage And our castel-tour;. o at ben herin ybrout, Sir knit, hou trowestow out,. at hem is aniing sour? Now turn oain or to late Ar we e put in at hell-gate; Out no schaltow neuer winne, For no noise no for no crie, No for no clepeing to Mrie, No for no maner ginne.'55) (107:1-109:6) (下線は筆者) 悪魔は騎士をひっつかまえると、 その穴まで連れていき、 騎士にこう告げた、 「さあ、オウェインよ、楽しむがよい、 なぜなら汝は我らの仲間と共に 地獄の穴へ降りていくのだから。 そこは我らの鳥籠のようなところ、 そしてまた中庭でもあり、 さらに要塞でもあるのだ。 騎士よ、一体どう思うかね、 そこへ連れて行かれた者たちにとって、 すべてが不快だと思わないか? さあ、この地獄の門に入れられる前に、 引き返せ、さもなければ手遅れになるぞ、 二度と外へ出られないぞ。 そこには物音ひとつなく、叫び声も聞こえず、 マリアの名を叫ぶこともできぬ、 どんな策を考えようと無駄だぞ」 引用の中の "pit of helle" は、先ほど見た1 Enoch の火が燃える abyss やApocalypse of. 55). Easting, St Patrick's Purgatory, p. 19-20 を参照。. 18.

(20) Peter の火が満ちた pit 等との何らかの相関性を思わせる。また、引用の中の "hell-gate" とは、旧約聖書のシェオルの門(Isa. 38:10)、もしくは新約のハデスの門(Matt. 16:18) のことであろう。. The Vision of Tundale にも、地下界の底部に存在する穴や地獄の門について興味深い記 述がある。なお、下記引用の一行目の"ey"(= they)とは、Tundaleとガイド役の天使を 指す。 A lytull fordermore ey ode And sone at Helle ates ey stode. Ther Tundale sawe a grete pytte, All ys worlde [myghtte it nowt ditte]. 'Come hyer,' sayde e angell bryth, 'Thow shalt se a [wonder] syte: Stonde ner ys pytte & loke downe And ou shalte se a fowle dongyone; [This pytte is aye as merke as nyght And evere shall it bene withowten lyght.56) (1298-1306)(下線は筆者) ふたりが少し歩いていくと、 すぐに地獄の門に辿りついた。 そこには、この世の世界がすっぽり入るほど 巨大な穴が開いているのをタンダールはみた。 「こちらへ来なさい」と輝く天使が言った。 「汝はきっとこの光景に驚くだろう。 この穴の近くに立って下方を見よ。 邪悪な要塞が見えるだろう。 この穴は夜のように真っ黒だ。 光が永久にとどかない世界だ。 引用中の"pytte"「穴」57)は、先ほどSt. Patrick's Purgatory で見た地下の穴の記述に類似 している。また、上記の "Helle ates"「ヘルの門」の他に、"e ates of Dede"「死者の門」 (754) 、"Dethes ate"「死の門」 (1244)等の表記もある。St. Patrick's Purgatory の場 合と同じく、やはりこれらの門はシェオルやハデスの門として解釈すべきである。しかし、 シェオルやハデスであるならば、審判前の場所として救済される希望も残っているが、St.. Patrick's Purgatory やThe Vision of Tundale の上の記述からわかるように、この門の中 に入ると、死者の霊魂は再び昇ってくることはできない。そこは、言葉では表現できない 苦悩が待つ場所であり、永遠に火に焼かれる冥暗の所である。これまでの考察から明らか なように、このような特質をもつ場所はゲヘナである。従って、St. Patrick's Purgatory や. The Vision of Tundale の記述内容は、ヘルという語が使用されているため、シェオル、ハ 56) 57). Rodney Mearns ed. The Vision of Tundale, MET 18. (Heidelberg: Carl Winter, 1985), p. 124 を参照。 Cf. Russell, Lucifer, p.231.. 19.

(21) デス、そしてゲヘナの概念が混同されていると考えられる。 火の描写について、夢幻視物語には以下の特異な記述もある。The Revelation of the. Monk of Eynsham では、"a flame black as pycche"「ピッチ(コールタール)のように真 っ黒な炎」58)という興味深い火の描写の例もある。このように、地下世界の火までも、地下 の暗然たる雰囲気が漂う黒いイメージで描写されている。 ところで、夢幻視物語に限らず中世社会では、以下の解説からわかるように、ヘルは物 理的な火だと考えられていたようだ。 In popular preaching during the Middle Ages and for centuries thereafter, hell was invariably depicted as a physical fire in which the souls of the damned, being somehow endowed with temporary bodies equipped to suffer physical pain, are eventually summoned on the Last Day to have their original bodies returned and enabled to suffer everlasting torture under the same conditions.59) つまり、死者の魂は、最後の審判まで「仮の肉体」が与えられ、魂と仮の肉体は共に地下 界の業火に責め苛まれるのである。夢幻視物語が描く地下世界はまさにこのよう風景であ る。この「仮の肉体」については地下世界のみならず、天界にいる魂にも拡張してあては めてもよい。何故なら、天界の魂たちも天の階段を昇ったり、聖歌をうたったり、神を賛 美する等、種々の肉体的活動を通じて天の喜びを享受しているからである。60) 永遠に燃える火は、上に挙げた諸例からわかるように、確かに物理的(肉体的)に魂た ちに苦痛を与える要因である。しかし、ここで火の象徴性についても指摘しておくべきで あろう。例えば、Browningの解説を参照すると、61)火は神の存在の象徴(Exod. 3:2, 13:21-22) である一方、"God's wrath against sin"の象徴でもある。つまり、地下世界で魂たちが苦し み喘ぐのは、悪魔たちに責め苛まれるからではなく、彼らの苦悩の真の原因は、神の怒り ゆえに生じる絶望という心的苦悩なのではないだろうか。 次に暗黒世界に棲む魔王や小悪魔たちについて言及する。 3.悪魔たちと地獄の魔王 この項では、悪魔たちや魔王ルシファーの描写を取り上げる。ただし、非常に多くの例 があるので、特徴ある数例を挙げるに留めたい。 (a)悪魔たち 中世絵画には多くの悪魔たちが描かれているが、はじめに悪魔の姿を視覚的に理解する The Revelation of the Monk of Eynsham, p.77. "SOUL: CHRISTIAN CONCEPT," Encyclopedia of Religion を参照。 60) Zaleski(Otherworld Journeys, pp. 50-51)によれば、肉体を離れた魂は、人物として認識できるよ うに肉体的な容貌をもっている。なお、Edward E. Foster, ed. Three Purgatory Poems: The Gast of Gy, Sir Owain, The Vision of Tundale (Michigan: Medieval Institute Publications, 2004), p. 257 も参照のこ と。なお、Jan Swango Emerson は、異界の魂は軽い肉体を得ると述べている。これについては、Imagining Heaven in the Middle Ages: A Book of Essays (New York & London : Garland Publishing, Inc., 2000), 58) 59). pp.11ff. を参照。 61) Browning, Oxford Dictionary of the Bible, p. 138 を参照。. 20.

(22) ために、ヨハネ黙示録 Revelation の写本から図像を提示したい。ここでは非常に美麗な図 像が描かれている 13 世紀に創作されたといわれる62) Trinity Apocalypse を参照する (図1) 。 この図像の構図は、以下の Rev. 20:11-15 に記された最後の審判の場面を基にしている。 11 Then. I saw a great white throne and the one who sat on it; the earth and the. heaven fled from his presence, and no place was found for them. 12 And I saw the dead, great and small, standing before the throne, and books were opened. Also another book was opened, the book of life. And the dead were judged according to their works, as recorded in the books. 13 And the sea gave up the dead that were in it, Death and Hades gave up the dead that were in them, and all were judged according to what they had done. 14 Then Death and Hades were thrown into the lake of fire. This is the second death, the lake of fire; 15 and anyone whose name was not found written in the book of life was thrown into the lake of fire. (Rev. 20:11-15, NRSV) 引用の内容を以下に簡単にまとめる。Johnは天の世界で白い大きな玉座を見る。そして死 者たちがその玉座の前に立つと、本が開かれる。命の本もそこにあった。そして死者たち は、本に書かれた彼らの行動によって裁かれる。海は死者たちを吐き出し、死(Death)と ハデス(Hades)も死者たちを吐き出す。Nigel Morganは、この二段目の大きく開いた口 を"Hell (or perhaps Purgatory)". 63)と述べて. いるが、この口はハデスもしくは死と見なす べきである。いずれにしても、審判の玉座の 前にやってきたすべての者たちは、生前の行 いによって裁かれる。彼らのみならず、ハデ スも死も第二の死、即ち、 「火の湖」へと投げ 込まれる。命の本に名前が書かれていなかっ た者たちもこの火の湖に堕とされる。こうし て最後の裁きが終了する。 以上のことを念頭に置いて、図像を見ると、 図像の右上には、海が魂たちを吐き出してい る様子が描かれている。ハデスの項で述べた ように、海で亡くなった者たちは、土に埋葬 されないのでハデスの門をくぐることができ ない。従って、彼らは審判の日まで海にいた のである。彼らは自分の行動が記された本を 手に持っている。二段目右側は死とハデスが. 図 1 Cambridge Trinity Apocalypse, MS No: R.16.2, f.24v. College. 死者たちを吐き出しているのだろう。死者た The Trinity Apocalypse (Trinity College Cambridge, MS R.16.2), ed. by David McKitterick (The British Library and University of Toronto Press, 2005), p.3 を参照。 63) The Trinity Apocalypse, p.61 を参照。 62). 21. Trinity.

(23) ちはやはり本を抱えている。三段目にはたくさんの悪魔たちが描かれている。中央にいる 悪魔は、腹部に別の顔がありグロテスクな姿である。悪魔たちは頭に角が生え、尖った鼻 が突き出ていて、口は大きく裂け、不気味な笑みを浮かべている。長い尻尾も生えている。 悪魔たちはもともと天使であったわけであるが、図像左上の天使の姿と比較するならば、 悪魔の様相は怪物と言うべきであろう。64)Nigel Morganは、"devils are throwing naked figures"65)というように悪魔たちが裸の罪人たちを火の湖に投げ込んでいると述べている が、悪魔たちについては何もコメントしていない。しかし、実のところ、Revelation の審 判の場面には、有罪宣告された魂たちを悪魔たちが火の湖に投げ入れるという記載はない。 従って、図像に描かれたこの悪魔たちの姿は、Trinity Apocalypse が創作される際に挿入 されたものである。いずれにしても、当時の悪魔のイメージを視覚的に把握できる資料に なる。 夢幻視物語には無数の悪魔たちが登場し、その様相は見るにおぞましい。例えば、 St.. Patrick's Purgatory では、Trinity Apocalypse の図像に描かれた悪魔よりも、更にグロテ スクな姿をしている。以下のように記されている。 Sum sexti eien bere,. at loeliche and griseliche we[re], And sum hadde sexti hond.66) (114:4-6) 六十もの眼がついた悪魔がいて、 醜悪で嫌悪をいだかせた。 そして、六十もの手をもつ悪魔もいた。 このように悪魔たちは正常な人間の様相を逸脱しており、読者に恐怖心と嫌悪感を抱かせ る存在である。The Vision of William of Stranton にも、悪魔の様子が具体的に描かれてい る。悪魔たちは、下記の如くやはり異様な姿をしている。 And summe of o spirites had .iiij. visages, summe with .vij. hornes and summe with .v.; summe had a visage in euery elbowe, / summe on every kne. And ei maden to me an hudious noyse with creyes and with bleryng owt of here brennyng tanges and other many noyses mo an I can tell….. 67). (SR, 89-93). この霊(悪魔)たちの中には、四つの顔を持つ者、角が七つある者、あるいは五つある者、 肘に顔がついている者、膝に顔がついている者がいた。彼らは私に対して身の毛がよだ つほどの轟音をたてた。そして嘲りの表情からは燃える舌がつきでていた。その他、私には 語ることのできない程たくさんの大きな音をたてていた。. 64). 悪魔の動物的な様相、悪魔が人間として現れる時の姿、悪魔の色、悪魔のいる方位等については、 Russell, Lucifer, pp.67ff に詳細に述べられている。Cf. Russell, The Devil, p126. 65) The Trinity Apocalypse, p.62 を参照。 66) Easting, St Patrick's Purgatory, p. 20 を参照。 67) Easting, St Patrick's Purgatory, p. 82 を参照。. 22.

(24) 悪魔たちの声は、想像を絶するほど大きく、その声を聞く者に恐怖心を抱かせる。彼らが 話す内容は、虚言に充ちており人を惑わす。また、悪魔たちは罪人たちの魂に排便して、 その悪臭故に苦しみを増加させる。悪魔たちは、魂たちを苦しめるために種々の拷問の道 具を使用するが、The Vision of William of Stranton の描写を基に彼らの道具をまとめると 以下のものがある。 ―‘swerdes’「剣」 (SR,205; 302, etc.) ―’knyves’「ナイフ」 (SR,205; 302, etc.) ―‘brochis’「焼き串」 (SR,205) ―‘tonges of yren’「鉄のはさみ道具」(SR,209) ―‘brondes’「松明」 (SR,233; 252, etc.) ―‘speris’「槍」 (SR,302) ―‘hamours of brennyng yren’「燃えさかる鉄でできたハンマー(金槌) 」 (SR,321) ―‘shovelis’「シャベル(スコップ)」 (SR,371) 上記の道具の特徴として注目すべきは、多くの場合、"brennyng"「燃えさかる・燃えてい る」という語が伴う点である。上に挙げた"shovelis"は、拷問の道具そのものではないが、 業火の中にいる魂たちを取り出して、その直後に氷や雪を魂にかけて苦しめるために使用 される。Eileen Gardiner は、悪魔たちのこのような道具について以下のように述べている。 The images invoked for the descriptions of hell are very often related to the masculine images of work provided by the nascent industrial economy. Forges, furnaces, hammers, smoke and burning metals combine to present a picture that would certainly be hellish to a rural, aristocratic and agrarian audience.68) この解説からわかるように、悪魔たちのイメージは、炉の前で働く鍛冶屋のそれに近い。 炉から吹き出す炎の勢いは、罪人の魂が焼かれる煉獄や地獄の火のイメージと容易に結び ついたのであろう。The Vision of Tundale では、悪魔はまさに鍛冶屋に喩えられている。 Tundale と天使が暗い道を進んでいくと深い渓谷へやってくる。そこに鍛冶屋(悪魔)た ちと、彼らの頭領であるヴァルカン(Vulcan:ローマ神話に登場する火・鍛冶の神)が魂 たちを苦しめていた。その描写は以下のとおりである。 That gylle full of smy smyode With grete hameres in her [ha]nde And grete tonges  smy . 68). Gardiner, Visions of Heaven & Hell Before Dante, p. xviii を参照。. 23.

(25) smy    smy 69)  その渓谷には多くの鍛冶屋(悪魔)が立っていた。 鍛冶屋たちは手に大きな金槌をもち、 ふたりの方へ足早にやってきた。 大きな舌は真っ赤に燃え、 口からは汚らわしい煙がでており、 その様相は見るに恐ろしかった。 鍛冶屋たちのあいだにはたくさんの魂がいて とても悲しげに大声をあげていた。 すると業火の中に魂たちは投げ込まれ、 その後、ハンマーで打ちのめされた。 禿げた鍛冶屋たちの頭領は、 ヴァルカンという名前だった。 ヴァルカンは、元来は地下世界にいる神ではないと思われるが、上記一節において悪魔(鍛 冶屋)たちの頭領として描かれているのは、ヴァルカンが火の神だからであろう。 ところで、悪魔たちの道具とは少し異なるが、St. Patrick's Purgatory には、以下のよ うに、生前に貪欲(covetousness)の罪を犯した者たちを罰する鉤針がついた車輪も見られ る。この車輪にも火の描写が伴っている興味深い記述なのでここで言及したい。 An hundred . . . . . . . . . . . So fast . .  . ting Of a blo fer al brening, . . . . . . . . . . 69). 70) . . The Vision of Tundale, pp. 115-116 を参照。. 24.  .

(26) 何十万、いやもっとたくさんの魂が この車輪に吊されていた、 悪魔たちは車輪へ向かって走っていき、 書物が騎士オウェインについて語っていますように、 騎士が魂を識別できないほど速く 車輪を回転させたのだった。 すると大地から、青黒く燃えさかる 炎の明かりが見えてきた、 炎はさらに嫌な悪臭をはなった、 すると炎は車輪のところへ行くと、 車輪に吊された魂たちを 粉々になるまで焼き尽くした。 このように、暗黒の世界に堕ちた罪人たちは、鉤針車輪を悪魔が高速回転させることによ って苦しめられるばかりでなく、やはり、炎――ここでは悪臭を放つ炎――に焼き尽くさ れることで更に激しい苦痛に喘いでいる。 以上のように悪魔たちの描き方は作品ごとに特徴があり、そのバリエーションはとても 豊富である。 (b) 魔王ルシファー(サタン) 悪魔の描写で特に注目すべきは、はやり魔王ルシファー(あるいはサタン)であろう。 新約聖書の Revelation には、"a great red dragon"(Rev. 12:3, NRSV)の描写がある。こ の巨大な赤い竜は"ancient serpent…the Devil and Satan"(Rev. 12:9, NRSV)と呼ばれて おり、七つの頭をもち十本の角が生え、頭に七つの冠を被っていた。この邪悪な赤い竜は 天界で大天使ミカエルや他の天使たちとの戦いに敗れ、使いの者たちと共に地上に堕とさ れた。その後、地上ではこのサタンとは別の一匹の獣(beast)が海から上がってくる。John はその光景を以下のように描写している。 1 And. I saw a beast rising out of the sea, having ten horns and seven heads; and on. its horns were ten diadems, and on its heads were blasphemous names. 2 And the beast that I saw was like a leopard, its feet were like a bear’s, and its mouth was like a lion’s mouth. And the dragon gave it his power and his throne and great authority. (Rev. 13:1-2, NRSV) 老齢の赤い竜(サタン)は、この獣に自分の玉座と権威とを与える。獣は神を冒瀆し、地 上の人々を支配する。更に第二の獣(偽予言者)も地中からやってくる(Rev. 13:11)。こ の偽予言者には子羊のような角が二本生えていて世を惑わす。 Revelation の中世写本. 70). Easting, St Patrick's Purgatory, p. 16 を参照。. 25.

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