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描くことへの追求

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Academic year: 2021

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描くことへの追求

著者 守屋 友恵

雑誌名 東京家政大学生活科学研究所研究報告

巻 13

ページ 9‑16

発行年 1990‑03

出版者 東京家政大学生活科学研究所

URL http://id.nii.ac.jp/1653/00009788/

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(花々の舞・1)

(花々の舞i・H)

(3)

(貝 殻)

(世・迷い人)

(4)

描くことへの追求

守 屋 友 恵 Investigation for Drawing

Tomoe MORIYA

 はじめに

 幼少の頃から,絵を書くことは好きであった 紙と鉛筆さえあれば,何かしら落書きをしてい た。他人が創造して作った,おもちゃやお人形 などの商品よりも,自分で創造して描いてゆく 世界の方が,おもしろかった。

 そんな私が,成長し,短大に入り,「芸術」

分野の基礎のキソを学び,油絵という領域に興 味を持った。そして,東京家政大学生活科学研 究所,研修生となり2年聞,油絵を書き続けた 表現してゆくうちに,様々な壁とぶっかり,悩 み,苦しみ,そのうちに自分のやっている「も のを描く」行為は一体何なのだろう,という疑 問にぶっかった。自分自身が,今,こうして何 かを書こうとしている,この状態を自分の中で どう,受け止めたらよいか? 疑問はいっも私 の中で隣り合せだった。

 「描く」という行為は,1っは私にとって忘 れかけていた,本当の自分を取り戻す,心の居 り所みたいなもので,人間のあるべき姿に戻る ようなところがある。人間は生きてゆく限り,

現実と夢,理想との相互の関係における戦いで ある。どんな行動や行為一っにしても,理想は 存在し,現実は自己の前に大きく立ちはばかる ものだ。事実と理想は常に隣り合せで,それが 一っになることは,なかなか難しい。

 しかし,絵画の世界ではそれが可能だ。現実 と理想とが一っになることが出来る。表現する ことによって,頭の中に描いていた漠然とした 理想,立ちはばかる現実,過ぎゆく時間,空間,

これから迎える時空間,過去朱来がキャンバス という,一空間の中で共有することが出来る。

そして,描く,考えているという現実と,理想 や過去,次元の違うキャンバスの中の世界とが 空間の中で共有している、この事実……。

 そうやって描いてゆくうちに,キャンバスの 中でのみしか,自分を表現することが出来ない 自分自身のはかなさ,描くという行為でさえも 試行錯誤している自分の愚さ,事実を覆すこと のできない人間のちっぽけさを痛感する。そし て思う。「人間はしょせん,無く,地球生物の 中で一番愚かな生物なのだと……だからこそ自 ら確認しながら,苦しみ苦悩し続けるものなん だな……と。」

 私が2年間の間に制乍した作品は,どれも崖っ ぷちに立たされている,ものばかりである。し かし,どんなに作品的によくなくとも,それも 私の中から生まれたもの,私の心の中から生ま れたものだ。1点1点着実に,消化してゆきた

いo

9

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東京家政大学生活科学研究所研究報告 第13集 A・ 「裸婦」

 モデルの体っき,人間の肌,というものを油 絵の具でどこまで表現できるか? 1っ1っを よく見,人間の体,骨組みを今まで書いてきた りした石膏像などを,頭に入れて描いてみた。

 バックは深みのある色にしたかった為,色を 何度も重ねては塗り,パレットナイフを使用し 厚みのあるバックに仕上っている。

B・ 「風景」

 構図に非常に注意して描き上げた。

 1点透視法を利用し,画面に上の緑の配分と 下の道路の配分が,だいたい半分ぐらいになる 様にして入れている事に注目してほしい。さわ やかな初秋の緑たち,その緑の木々たちの影が うっすらと道路に写っている。緑と道とを同格 として画面に入れたかった。

 幼い頃から風景を描くのは,開放感(外で書 いたりすると,何となく気分が晴れやかになる からか?)の気持ちを味わえることが出来るの で,大好きだった。

 緑と道と光と影,風など,外に出て風景を描 くたびに,自然の偉大さ,無限さを痛感する。

 以上2点の作品は,自分の培われてきた技術 や能力,そして自分自身の絵画に何1っ疑問を 持たなかった時のものである。

C・ 「貝殻」

 短大卒業時の研究制作である。テーマは,貝 殻たちの響きである。子供の頃,海に行った時 捨った貝殻を,家から探し出してきてそれをモ チーフにした。私は昔から海への憧れが強く,

イメージを回想し,目の前の貝殻1っ1っを私 の子供の様に思って,生命を宿す気持ちで描い ていった。貝殻は1っ1っ手で触って,形を捕 えてゆくようにした。時には貝殻を耳にあてて

A・ 「裸婦」 F40号

B・ 「風景」 F40号

一10一

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描くことへの追求

みて,海のイメージを頭に浮かべてみたりもし た。パレットナイフを使用し,何度も何度も色 を塗り自分の色というものを,追求したっもり だ。この作品は私にとって,色を何度も重ねて

ゆくことへの疑問を抱かせてくれた。色の持っ 一色一色の素晴しさ,美しさというものを見っ

め直す必要はないか?

品である。

そう思わせてくれた作

C・ 「貝殻」 F60号 D・ 「風景」

 校内を散歩していたら,木の切り株が石と一 緒に,ごろごろと転っていた。形がおもしろい

と思って,すぐにスケッチした。

 そこに見えたものは,廃虚の悲しさであった。

あまり色を混ぜない様,色の持っ美しさを注意 して描いてみたが……。

D・

 「風景」

 F30号

一11−一

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東京家政大学生活科学研究所研究報告 第13集 E・ 「無題」

 海中の水の流れをイメージして描いたもの。

頭の中でイメージすればするほど,試行錯誤の 状態で,結局は厚ぬりで,海中らしくない作品 になってしまった。

E・ 「無題」 F40号 F・ 「風景」

 右上,Fの作品は,校内のつっじの花を描い たものである。流れるようなバックは,春風が 余りにもさわやかで気持ちがよいので,イメー ジして描いた。書いているうちにっっじの花よ りも,周りのバックに気をとられてしまい,花 びらや花の形まで充分に書けなかった。書こう 書こう,と思っているうちに,悲しくもつつじ

は散っていってしまった……。

 っっじの花らしくない所に,この絵のおもし ろさがあるのかも,と逆に思いたい私である。

F・ 「風景」 F30号

G・ 「想ふこと」 P20号

一12一

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描くことへの追求 G・ 「想ふこと」

 前ページ下,Gの作品は,何を描こうか散々 迷ったあげく,自分の気持ちみたいなものを表 現してみたくて描いてみた。漠然としたイメー

ジを,どう表現するか? 自分の想像力,表現 力の無さ,悔しさを感じ,もっと勉強しなけれ

ばと思わせてくれた。

 3点共に言える事は,見るもの感じるもの,

想うものを追求してゆけばしていく程,色が混 ざってゆくという点だ。混ざってゆく事によっ て,グラデーションが生れる。それはいい事で ある。しかし,色は混ざり画面はどんどん暗く なっていってしまうのだ。

H・ 「無」 P15号

1・ 「無題」 P40号  抽象的なものに大変興味を持ち始めた。対象

物から,想像をかきたてられるのではなく,対 象物のない,「無」の状態から,現在この次元 に存在し得ないものを,表現してみたいと思っ た。Hの作品は,自分の心の中のスケッチといっ てもいい。思うがままに,あるがままに筆を運 ばせた作品である。パレットナイフの先で,ひっ かいてみたりもしている。自由な題材の中から,

自分が果してどこまで見る人を興奮させること が出来るか? この作品を見ると,自分でも恥 かしいばかりである。描くことへの難しさを,

改めて心から痛感した。

 1の作品は,偶然にも割れてしまった,鏡の

形におもしろさを感じ,無意味さ,はかなさを 表現したいがために,形をどんどん自分流に変 えていったら,この様になってしまった。

 この時期,私は特に様々な人達の芸術活動を 見た様な気がする。

 っけたしではあるが,自分では1の作品の,

作品上の電球を逆さにした様な形が色あいとい い,形といい,非常に無心に近い,気に入った 部分である。

一13一

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東京家政大学生活科学研究所研究報告 第13集

J・「花々の舞・1」

K・「花々の舞・Il」 (2点共にカラー頃)

 カラーという名の花である。カラーの花は,

昔から大好きな花の1つで,花の形の単純さの 中に不思議な神秘性が秘んでいる様で魅力を感 じる。「生命」をテーマに置き,大担なタッチ と色使いで仕げている。

 2点の作品は連作で,同じ対象物でも,捕え 方,感じ方によって,画面の表情は全く違う。

 Jの作品,「花々の舞・1」は,1回カドミ ウムレッドのバックとブラックとで仕上げたも のであるが,今年になって少し手を加えた。花 をじっと見っめていると,花の中心部から何だ か,にょきにょきと人間の手が苦しみ,もだえ ながら表われてくるような気がして,怖く恐ろ しかった。茎に関してもリズム,流れに注意し た。余り色を混ぜずに,色々を太筆やハケで大 担にものせている。筆の線を残してゆくように

して,1本の線の流れに注意をはらった。

J・ 「花々の舞・1」 F80号

Kの作品,「花々の舞i・H」は100号という

K・ 「花々の舞・II」 F100号

一14一

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描くことへの追求

大きな画面に,1っ1っ生命のあるカラーの花 々が,散ばっている。流れる様な線の中に,次 元の違う世界を表す。世には絶対あり得ない花々 の舞は,もしかしたら,私達が寝っている

夜中の間にそっと行なわれているかもしれない

…… B作品そのものは,自分自身の衝動と興奮 の中で描いていったため,画面の構成的に少し 問題が残った。

L・ 「世・迷い人」 F100号

 Lの作品「世・迷い人」は,石膏像から発展 していった作品である。視覚で捕えたもの,感 覚的に感じたものを,自分の中でどう消化して ゆくことが出来るか。石膏像を見っめる,この 事一っ取っても,無数の捕え方,表現の仕方が ある。石膏像の口もきけない,動くことも出来 ない淋しさを,自分の淋しさ,苦しさに置き変 えて「世を迷う人々」というテーマにまで持っ ていった。貝殻が下の方に描いてある。これは,

前作品「貝殻」への回想である。現代とこれか らへの不安,予想もできない苦しみを表現した かった。(カラー項)

M・ 「ENJOY・ENJOY」 F 100号

一15一

(11)

東京家政大学生活科学研究所研究報告 第13集

M・「ENJOY・ENJOY」

 前ページMの作品は,まだ制作中の作品であ る。形と色の持っおもしろさ,楽しさを,肩の 力を抜いて表現してみたいと思っている。今ま での作品は,肩の力が入り過ぎて,迫力という 点では良いかもしれないが,人間の求めている 気持ちは「安らぎ」ではないか,という気がし て描いている。安らぎと,文句なしの楽しさ,

その中に逆に、せっなさを表現したい。

 抽象的な形の中から誰も知らない自分だけの おもちゃ箱,を描きたい。

 おわりに

 絵画という世界は,何よりも自由で束縛のな い世界である。そして反面,孤独で自分の無能 さが,ことごとく分るもの…。自由だからこそ 自分自身と戦わなければならない部分は多く,

自由であるからこそ,奥が深いと思う。

 絵画には,答えというものはありません。自 己の持っ,知性,感性,そういったものによっ て,孤々うけとめ方は全く違う。見るものも,

描くものも,答えがないから,答えの居り所は 結局は自分自身の中にある訳だから,そこで本 当の自分,真の姿を知ることが出来る。

 2年間のあいだ,様々な事を考えて,自分は なんて無能で無知なのだろう,書きたくない,

と落ち込んだ時が,何度もあった。心の中では 分っていても,いざ表現できない…。けれども 私は,きっとこれからも描く,作る,創造する ということに携わってゆくのは確実である。結 局は,好きなのである。色々な言葉を並べてみ

たが,自分の作品は,どんなものでもかわいい と思うし,大切にしたい。好きである。だから こそ,もっともっと好きになる為に,もっと勉 強をし,誰よりも苦しみ,不安感にさいなまれ 悩み,真の人間性を問いかけてゆきたい。子供 のように,素直で純粋な気持ちを持ちっづけな がら…。そして,時々肩の力を,ふっと抜きな がら…。自由に,もっと自由に…。

 最後に,2年間最後まで,そっと見っめてい て下さった,酒匂先生に心からお礼を述べたい。

       一ありがとうございました。

一16一

参照

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