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Vol.67 , No.2(2019)072曾 柔佳「『楞伽経』における分別事識の問題点」

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印度學佛敎學硏究第67巻第2号 平成31年3月 (102) ― 941 ―

『楞伽経』における分別事識の問題点

曾  柔 佳

1.問題の所在 『楞伽経』(Laṅkāvatāra)は瑜伽行唯識思想に密接に関わっている が,その識説を説明する際に,特有の術語をしばしば用いる.本稿で取り上げる 分別事識 (vastuprativikalpavijñāna) はその一例である.『楞伽経』はこの分別事識に ついて詳述することはなく,さらに文体の難解さも手伝って,特有の術語の理解 を難しくしている.そのため,先行研究においても分別事識に関する見解は分か れている. 『楞伽経』によると,分別事識は八識のいずれかに相当する.勝又1961,安井 1972,高崎1980などは分別事識を末那識や意識と考えているのに対して, 2006は分別事識を阿頼耶識と想定している.本稿は先行研究の主張を整理しな がら,分別事識の内容を再考し,問題点を指摘する. 2.分別事識の記述とその問題点 分別事識は『楞伽経』第二章で以下のよう に説明されている.

dvividhaṃ mahāmate vijñānaṃ saṃkṣepeṇasic aṣṭalakṣaṇoktaṃ khyātivijñānaṃ vastuprativikalpavijñānaṃ

ca / yathā mahāmate darpaṇasya rūpagrahaṇam evaṃ khyātivijñānasyākhyāsyati </> khyātivijñānaṃ ca mahāmate vastuprativikalpavijñānaṃ ca dve py ete bhinnalakṣaṇe nyonyahetuke / tatra khyātivijñānaṃ mahāmate cintyavāsanāpariṇāmahetukaṃ </> vastuprativikalpavijñānaṃ ca mahāmate viṣayavikalpahetukam anādikālaprapañcavāsanāhetukaṃ ca // (LAS pp. 37.14–38.2) 【訳】大慧よ,八つの特徴によって説かれた識は,まとめると二種類である.[すなわち] 現識と分別事識とである.大慧よ,恰も,鏡にとって色の把捉があるように,同様に,現 識には[分別事識が]現れる.そして大慧よ,現識と分別事識,これらは二つとも特徴が 区別されず,相互に原因となるものである.大慧よ,その中で,現識は不可思議なる習気 の転変を原因とするものである.また,大慧よ,分別事識は対象の分別を原因とするもの であり,また無始時来の戯論の習気を原因とするものである. 分別事識に関しては以上の記述しか見られない.これによると,八識は現識と 分別事識に分類される.それらに対する直接の定義はなく,八識との対応関係も

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(103) ― 940 ― 『楞伽経』における分別事識の問題点(曾) 示されていない.これをめぐって先行研究は様々な解釈を提示している. 3.先行研究 先行研究の解釈をまとめると,(1) 勝又(1961, 337; 624)は染汚意, 意識,(2) 安井(1972, 5)は意識,(3) 高崎(1980, 144)は意識(高崎・堀内(2015, 309,: 意識)),(4) 2006は阿頼耶識としている.このうち,勝又氏は,分別事 識を末那識と意識に配当し,その根拠を特に説明していない1).それに対して, 安井氏と高崎氏は『聖入楞伽経注』に基づいて,分別事識を意識とし,現識を前 五識と考えている2).また高崎氏はこのように分類すると六識説になってしま い,八識を包括するものとはならないという問題点も示している(高崎(1980, 139)). しかし,分別事識の特徴の一つは「対象の分別を原因とするもの」であり,そ れに対して,第六意識そのものの機能は分別であって,「分別を原因とするもの」 とは異なる印象を受ける.一方 氏は『楞伽経』の内容および他の文献に基づい て,分別事識を阿頼耶識であると結論付ける. 氏の結論は従来の研究とは異な る視点から導かれており,『楞伽経』の思想研究において重要な指摘と言えるが, 資料の解釈には再考の余地があると考えられる. 4.分別事識を阿頼耶識とする根拠に対する考察  氏は,分別事識は無始 時来の戯論の習気を原因とするものであり,一方,阿頼耶識は無始時来の戯論の 習気によって薫習されているという点に着目する.両者は無始時来の戯論の習気 と緊密に関係しているので, 氏は分別事識を阿頼耶識と見なしている. しかし,無始時来の戯論の習気は,阿頼耶識に深く関わる一方,転識の原因で もある.確かに,『楞伽経』によれば,阿頼耶識は無始時来の戯論の習気によっ て薫習されるが,眼識などの転識も,無始時来の戯論の習気より生じると述べら れている(LAS p. 44, l 3–6, p. 242, l 2–4). 氏が根拠としている分別事識の特徴,す なわち「無始時来の戯論の習気を原因とするもの」は,阿頼耶識と深く関わるも のであるが,眼識などの七識の原因ともされており,分別事識が阿頼耶識である ことを証明する決定的な根拠とはなりえない. また 氏は分別事識が阿頼耶識であることの根拠として,『顕揚論』の記述を あげている. 阿賴耶識者,謂先世所作增長業煩惱為緣,無始時来戲論熏習為因所生.(大正31, 480c) 【訳( 2006)】アーラヤ識とは,前[世]に作られ増長した業と煩悩が条件となり,無始 時来の戯論の潜在印象が原因となって生ずるもの.

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(104) ― 939 ― 『楞伽経』における分別事識の問題点(曾) 氏は『楞伽経』の分別事識の説明が,『顕揚論』の「無始時来の戯論の薫習 が原因となって生ずるもの」という阿頼耶識の説明に一致することから,分別事 識は阿頼耶識であると結論した.一見すると,両者には対応関係が見られる.た だし, 氏の『顕揚論』の記述の解釈には考察の余地があるように思われる.先 の引用文にはまだ続きがあり,「阿賴耶識者 謂先世所作增長業煩惱為緣 無始 時来戲論熏習為因 所生一切種子異熟識為體.」と説かれている. 氏は「所生」 の後ろに句点を置き,阿頼耶識は「無始時来の戲論の熏習を原因として生じたも の」(所生)と解釈している.しかし,漢文の文章の構成から見ると,「為緣」「為 因」「為體」と区切るほうが自然であり,「所生」は最後の句に含まれると見るべ きである. このように理解すると,阿頼耶識は「無始時来の戲論の熏習を因とする」もの なので,一見すると,分別事識の説明と一致するように思われる.しかし,漢文 の構造を念頭におくと,「所生」が後続の句に掛り,直前の「因」から切り離さ れることになるので,何から生じるのか明示されていない.『顕揚論』の中には 直接答えが見当たらないが,それと密接に関係している,同じ玄奘訳の『瑜伽師 地論』に類似した記述がある,サンスクリット語原文と合わせて示す.

sarvabījakaṃ vijñānaṃ katamat / pūrvakaṃ prapañcaratihetum upādāya yaḥ sarvabījako vipāko nirvṛttaḥ //3)YBh p. 4, 11–12)(【訳】一切種子識とは何か.(すなわち)前世の戯論に対す る愛着という原因により,一切種子を有して,生じた異熟である.) [玄奘訳]一切種子識,謂無始時來樂著戲論熏習為因,所生一切種子異熟識.(大正30, p. 279b) ここでは「所生」の原語はnirvṛttaで,原文では明らかにvipāka(異熟)に掛かっ ており,「一切種子異熟識が生じる」と解釈できる.玄奘はpūrvakaを無始時来 と意訳し,さらに「熏習」を補っている.これに対して基は,「一切種子識」は, 一切種子異熟識の意味とし,三通りの解釈を示すが,いずれの場合も,「所生」 は一切種子異熟識に掛けている(大正43,p. 5b26–c1). 『顕揚論』に関して,「為緣」「為因」「為體」という漢文の構造を想定したが,『瑜 伽論』に照合して見ると,「為因所生」(∼を因として生じる)と読むべきである. 「為緣」も所生にかかると考えられる.したがって先の『顕揚論』の一文は次の ように読むべきである. 阿頼耶識者,謂〔先世所作增長業煩悩為緣・無始時来戯論熏習為因所生〕一切種子異熟識

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(105) ― 938 ― 『楞伽経』における分別事識の問題点(曾) 為体.【訳】阿頼耶識とは,前世に作られ増長した業と煩悩を縁とし,無始時來の戯論の 熏習を原因として,生じた一切種子の異熟識を体とする. すなわち,「無始時来戯論熏習為因」は阿頼耶識を直接の修飾するのではなく, 「所生」と結び付いて一切種子異熟識にかかると見るべきである.確かに,阿頼耶 識は異熟識を体としているので,「無始時来の戯論の熏習を原因とするもの」と緊密 に関わっていることになるが,しかし,これを根拠として,『楞伽経』の分別事識が 必ずしも阿頼耶識を指すとは言い切れない.今後分別事識についてさらに検討の余 地があると思われる. 1)勝又(1961, 337):「分別事識は意と意識すなわち染汚意と六識とを指している」.勝又 (1961, 624):「分別事識は意および意識をさすのであり,それは識の転相であるから,転識 と見てよい」.2)'Phags pa lang kar gshegs pa'i 'grel pa『聖入楞伽経注』(智吉祥賢注,P no. 5519),P78b1–2「現識は眼等の識である.分別事識が意識であり,色等の事物を各々了別

するところのものである」.安井(1972, 5)は「現識が前五識であり,分別事識が第六意識

に相当することは,内容から見て明らかであろう」という.高崎(1980, 139)は「注釈は,

眼等の前五識と説明するし,分別事識は[『楞伽経』において: 筆者補足]説明はないけれ

ども,注釈のいうとおり,第六意識を意味することは間違いないであろう」という.3)こ

れに対応するチベット語訳は次のようになっている.sa bon thams cad pa i rnam par shes pa gang zhe na/ sngon gyi spros pa (om. P; / D) dga ba (ba D; bar P) rgyur gyur pa la brten nas sa bon thams cad pa rnam par smin pa mngon par grub pa gang yin pa o// (D tshi 2b2; P dzi 3a1)

〈略号および参考文献〉

LAS: Laṅkāvatārasūtra. 南條文雄校訂『梵文入楞伽経』大谷大学,1923.   YBh: The Yogācārabhūmi of Ācārya Asaṅga. Part 1. Ed. V. Bhattacharya. Calcutta: University of Calcutta, 1957.

P no. 5536; D no. 4035.    有植2006「『楞伽経』における分別事識」『印仏研』54(2): 1085–1082.   勝又俊教1961『佛教における心識説の研究 山喜房仏書林』.   高崎 直道1980『楞伽経』(仏典講座17)大蔵出版.   高崎直道1981「『入楞伽経』のマナス (意)について」『仏教の歴史的展開に見る諸形態 古田紹欽博士古稀記念論集』創文社, 75–89.   高崎直道・堀内俊郎校注2015『新国訳大蔵経』大蔵出版.   安井広済 1972「入楞伽経にあらわれる識の学説について」『大谷学報』52(2):1–15.   曾柔佳2017

「『楞伽経』における涅槃―vikalpasya manovijñānasya vyāvṛttirの解釈をめぐって―」『イ

ンド哲学仏教学研究』25: 75–84.

〈キーワード〉 分別事識,阿頼耶識,意識,末那識,習気

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