小学校教科担任制の運用に関する考察
―福岡市立小学校の実態調査の分析を通してー
キーワード:小学校教育, 学級担任制, 教科担任制, 小学校教科担任制, 専科教科担任 教育システム専攻 岸本 奈美江 1. 目次 序章 本研究の目的と方法 第1節 小学校教科担任制研究をめぐる現状と目的 第2節 本研究の方法と論文の構成 第1章 小学校教育の定義 第1節 義務教育である小学校教育 第1項 義務教育の定義と国民の意識 第2項 初等教育である小学校教育 第3項 義務教育制度の見直し議論 第2節 学級担任制と教科担任制 第1項 小学校と中学校の教授組織の違い 第2項 教師の専門性との関連 第2章 小学校教科担任制の意義 第1節 小学校教科担任制の定義 第1項 中学校の教科担任制との違い 第2項 小学校教科担任制の形態 第2節 小学校教科担任制の変遷 第1項 先行研究(1960年代)と現在の議論の 高まりの違い 第2項 小中連携教育と法的根拠 第3章 小学校教科担任制の先行研究・開発校の検討 第1節 現在の小学校教科担任制研究の到達点 第2節 先行研究開発校の小学校教科担任制の取り組 み 第1項 先行研究開発校の事例1 広島県呉市 第2項 先行研究開発校の事例2 宮城県登米市 第3節 先行研究の課題 第4章 福岡市の小学校教科担任制の実態と運用に関す る認識 第1節 福岡市の小学校教科担任制の実態 第1項 小学校教科担任制の実施校数と形態の把握 第2項 学校規模別の分析 第2節 同一児童における認識の比較 ―小6年時・中1年時― 第1項 小学校6年時の児童の認識 第2項 中学 1 年時の生徒の認識 第3節 専科教科担任の認識 第1項 理科専科教師のインタビュー 第2項 外国語活動専科教師のインタビュー 第4節 福岡市教育委員会の認識 第5節 総括 ―学校と教育委員会の考えとの比較― 終章 本研究の成果と課題 第1節 本研究の成果 第2節 今後の研究上の課題 2.本論の概要 <序章>本研究の目的と方法 新しい教育基本法のもと、国や地方において学校教育 に関する活発な論議が行われている現在、学校が抱える 課題はますます複雑化、多様化している。そのような中、 義務教育の在り方を探る小中連携教育から、小学校での 教科担任制に関する論議が近年盛んになってきた。これ は、中学1年での不登校児が急増する、いわゆる「中1 ギャップ」の問題や、学級崩壊等の生徒指導上の問題、 また学力低下論からの学力保障問題で特に小学校高学年 での教科の専門性が言われるようになったことなどが関 係している。 「学級」という集団と大きく関わる教授組織として「学 級担任制」と「教科担任制」が存在する。従来、小学校 では学級担任制であり、中学校以降では教科担任制であ るという教授組織に対して、私たちの多くは当然のこと のように思ってきた。しかし、多くの問題を抱える現在 の学校において、その教授組織をも見直す動きが近年出 てきた。義務教育の年限や目的の論議から、小中連携教 育のカリキュラム編成と同時に特に小学校高学年での教 科担任制として進められてきている。そしてそれは、1 960年代に一時盛んになった教科担任制とは尐し異な り、学校改革の一つとして大いに意味があると考えられ ている。 小学校教科担任制の先行研究はまだ多いとは言えない が、それらは、従来の学級担任制と比較して小学校教科 担任制の成果と課題についてまとめている。先行研究開 発校の事例もあるが、教科担任制を導入していく形態は、 規模、地域性、内部的諸条件といった学校ごとに抱える 課題が異なるために、そのまま他校にも援用可能であるとは言い難い。拙速な援用はかえって学校現場に混乱を 招きかねないであろう。そこで、小学校教科担任制とい うシステム自体を推進する中で一般化できる可能性を考 えるとともに、具体的な運用上の問題点を探るために、 政令指定都市で多くの学校を抱える福岡市を事例として 取り上げ、公立小学校長、児童・生徒、専科教科担任、 教育委員会の各立場からの小学校教科担任制に対する認 識を分析し、その運用に関する考察を目的とする。 <第1章>小学校教育の定義 小学校教科担任制について考える際、「小学校教育」と は何かということから考える必要がある。小学校教育は、 義務教育であり、初等教育であるが、それらに関する定 義を法令や答申等からまず明らかにした。 義務教育とは、日本国憲法や教育基本法で「国民の権 利であり義務、機会均等、水準確保、無償制」といった 枠組みは従来から規定されていたが、その目的について は曖昧であった。そのため中央教育審議会(以下、中教 審と記す。)を中心に数多くの答申や教育改革案が出され、 2006年の教育基本法改正で、「義務教育の目的」が明 記されることになった。2005年に文部科学省(以下、 文科省と記す。)が行った「義務教育に関する調査」でも、 義務教育に対する国民の意識が伺える。そこでは、義務 教育に対する国民の意識はおおよそ同じであるが、教育 制度の改革に対しては様々な意見があることがわかる。 初等教育という考えは、学校教育を主に人の発達段階 (年齢)に応じて初等・中等・高等教育の3段階に分け る最初の段階の教育である。初等教育の変遷と小学校教 育の目的・目標を学校教育法等の法令をもとに理解した。 中等教育の在り方が戦前と戦後で大きく異なることから、 義務教育制度の見直し論は常にあったが、近年「中1ギ ャップ」の問題からも義務教育9年間の在り方について の論議が高まっているのである。 次に、小学校教育での従来の教授組織である学級担任 制と、教科担任制の違いを先行研究から示した。学級担 任制の長所は教科担任制の短所であり、またその逆でも あると1960年代の研究でも受け止められており、こ れらは現在の論議と何ら違和感がない。そして、現在進 められている小学校教科担任制の成果の一つと言われて いる教師の専門性についても概観した。ただし、「教師の 専門性」については長年さまざまな角度から研究されて おり一概にはいえないが触れる必要があった。 <第2章>小学校教科担任制の意義 本章では、小学校教科担任制の定義や形態・変遷など について考えた。2006年に出された中教審審議経過 報告の中の「小学校高学年における教科担任制について 検討することが必要である」ということから、全国的に 教科担任制の検討が始まった。それより先に、2004 年の「義務教育改革案」で義務教育制度の弾力化・構造 改革が図られ、研究開発特区として先行的に小中一貫教 育が進められる中、義務教育制度そのものについての論 議やカリキュラム編成などの試みがなされるようになっ たことから大いに注目されるようになっていた。一方で、 市区町村・学校の権限と責任を拡大する分権改革が進め られたことも大きな要因である。これによって、市区町 村と学校の主体性と創意工夫がなされるようになり、す でに2000年から試行的に広島県呉市でも行われてい た教育課程の枠組みの弾力化だけでなく、小学校におけ る「学級担任制」そのものについても論議されるように なったのである。つまり小学校教科担任制とは、「中学校 の一教科ごとに一人の教師が行う完全教科担任制とは異 なり、学級担任制を基本として一部の教科を担任外の教 師が行う一部教科担任制である」と理解した。 現在の小学校教科担任制の形態は、協力教授組織とし て研究された1960年代と異なり、①学級担任による 交換授業②特定教科の専科教師の配置③これらを合わせ た交換授業プラス専科教師の3つが主である。1960 年代の関心は、単純な交換授業からT・Tまでを含む、 主として小学校の指導における協力組織としての一つで ある教科担任制であり、学校ごとにさまざまな研究が進 められている段階であった。その後制度として定着しな かったのは、小学校における担任外教員の尐なさ等の教 員配置の問題や時間割編成の複雑さ等が要因であると言 われている。それ以降は、社会の急激な変化に伴う多く の教育問題が起き、矢継ぎ早に教育改革がなされてきた のである。1990年代後半に入り、再度小学校教科担 任制に関する議論が高まってきたのは、小学校教育の在 り方のみならず、義務教育9年間の組織体制を見直す動 きが大きくなったからである。小学校と中学校の接続の 問題が重要視され、6・3制という義務教育9年間の制 度の在り方を探るとともに、小学校高学年において教科 担任制を行うことによって、中学校へのスムーズな移行 を期待している面が近年更に大きくなっているのである。 この点で1960年代と現代の教科担任制の議論は大き く異なると言える。そして、それらを推進する法的根拠 として、2002年の中教審答申「今後の教員免許制度 の在り方について」や教育職員免許法の改正が行われ、 学校兼務専科教員も設けられていることがわかった。
<第3章>小学校教科担任制先行研究・開発校の検討 本章では、現在の小学校教科担任制については模索さ れている最中であるが、それらの先行研究の到達点を明 らかにした。そして、研究開発校として先行実施した事 例校を取り上げ、実際に運用する際に派生する具体的な 成果と課題を示した。 小学校教科担任制の導入が図られるのは、児童の身体 的発達のスピードが以前より2年近く早くなっているこ とや社会の変化による児童の変化などを根拠に、従来の 学級担任制を克服するためのアプローチとしての面が特 に言われているが、理由は大きく分けて3つである。1 つ目は、学級王国等の回避である。これは同時に生徒指 導の効果も期待している。2つ目は、教師の授業づくり に関する負担の軽減である。教師の力量形成の問題も含 んでいる。3つ目は、小中連携の推進である。中1ギャ ップの解消を目的として、スムーズな段差になるように、 中学校の教授組織に慣れさせようと考えられている。ま た、これらに加えて、「教師の専門性」も言われるように なっている。特に理数科教育の充実が推進される中、P ISAの影響もあって、体験的活動の重視や読解力の向 上が盛んに言われるようになった。小学校高学年では、 より教科が専門的になることから、その教科の専門性を 生かした授業ができる教師が求められるようになった。 そのため、中学や高校の理科教師が小学校の教科担任と して配置されることも可能になり、行われるようになっ ている。一方、学級担任制の良さである弾力的な授業運 営や児童との人間関係の構築が、難しいという声も上が っている。また、時間割の調整や打ち合わせ時間の確保 が煩雑・困難になり、教師の多忙はかえって増えている 場合もある。教科担任についても、担当者の配置の問題 や教科指導・児童の学力保障の問題等さまざまある。教 師の同僚性の問題としても、危惧される面がある。教師 の意識改革や運営上の問題も、数多くある。以上のこと が先行研究で明らかになっていることである。 先行研究開発校としては、広島県呉市と宮城県登米市 を取り上げた。その理由としては、広島県呉市の場合は、 文科省の研究指定を受けて2000年から小中連携教育 の一環として教科担任制をいち早く取り入れ、9年間を 通したカリキュラムの編成に取り組んでいるが、大きく 教科の再編に取り組んだのではないこと、公立の小中学 校であるので転入・転出の児童生徒が困ることのないよ うに考えたこと等から、どこの公立学校でも当てはまる 成果や課題として考えやすいと思ったからである。また、 中学校との兼務教員が配置されているため、中学校教員 の小学校教科担任が進められる中、小学校と中学校の学 校文化の課題も明らかになると考えたからである。宮城 県の場合は、同じく2000年から小学校高学年におけ る教科担任制を実施し、教科担任制を校内でいかに運用 すればいいかを研究している。これは、学校の実態や地 域性などさまざまな違いはあっても、実践する際の参考 になりやすいと考えたからである。どちらも、先行研究 とほぼ同じ成果と課題を上げているが、具体的な取り組 みや問題点がわかった。 このように小学校教科担任制の研究に関しては、地域 性や学校の抱える問題がさまざま異なるため、「これが効 果的である」という事例を明確に示せないのが課題であ る。また、現在どれだけの学校で小学校教科担任制が実 施されていて、どの学校にも言える共通の成果や課題は 何なのかについての具体的な検証がなされていないこと がわかった。 <第4章>福岡市の小学校教科担任制の実態と運用に関 する認識 そこで本章では、自治体(教育委員会)をあげて取り 組んでいる福岡市を取り上げ、小学校教科担任制の実施 状況や形態などの運用傾向を明らかにした。福岡市は、 政令指定都市という一つの市であるため、市教育委員会 の政策が徹底しやすく、公立小学校数も多いが地域性が 大きく異なることは尐ないため、学校規模での比較は変 数が尐なく検討しやすいと考えたためである。 最初に、福岡市の小学校教科担任制の実態を調査し把 握した。(回収率69.9%)先の3つの形態に分け調査 したが、何らかの形で教科担任制を実施している学校は、 95%という高い実施率であった。そのうち専科担任の みの形態を取っている学校が特に多いことがわかった。 また、年々教科担任制に取り組む学校が増えてきており、 2年前から実施率が大きく伸びているのは、市の政策と 連動しているからであろうと思われた。一方、学校長の 継続した学校運営が出来にくい状況にあるということも 考えられた。学級数の増減や教職員の定数配置等の問 題・校長の異動等があることが要因である。今年教育委 員会から特に理科を進めた専科配置があった関係で、圧 倒的に理科専科が多いことが分かった。複数学年を担任 している専科教師が多いことも分かった。 学校規模別にみると、19学級以上の大規模校は教科 担任制を100%実施していることがわかった。規模の 大きい学校ほど教科担任制の実施率が高いが、6学級以 下の小規模校でも88%と実施率が高いのは、その必要 性は大いにあるということであり、担任の交換授業や教 務の専科教科などで工夫して行っていた。また、専科教
科担任制を行っている学校がどの規模の学校でも多い。 担任交換授業のみは、小・中規模校で行っており、大規 模校では行っていない。教科担任制が必要な理由は、ど の規模の校長も1番に教師の専門性を、2番目に生徒指 導等の組織面の良さを上げている。しかし、3番目の理 由が小規模校と中・大規模校で異なり、小規模校は小中 連携の面や教師の力量形成を、中・大規模校では教師の 多忙化の軽減を上げている。適した学年は、ほとんどが 高学年を考えている。教科は、上位4つが順番こそ違う が学校規模によって違いはなく、1番は理科である。今 後教科担任制を進めていく場合充実させるべき取り組み も、どの規模の学校でも1位は教員配置の増大を上げて いる。2・3位は、専科教員の配置、定数配置の確保と いったように、どれも教師の数を増やしてほしいという 行政面への要望が大きい。 次に、5・6年の2年間教科担任制を行ったN小学校 と行わなかったO小学校の同規模校2校の児童を比較し た。好き・嫌いな教科は、専科教科の影響もないとはい えないが関連性は断定できなかった。小学校で教科担任 制を行うことについては、どちらも同じような割合で肯 定的であるが、教科担任の力量次第という声も上がって いる。N小は経験している家庭科・理科を、O小は算数・ 体育を希望専科教科の1・2位に上げている。教科担任 制の学年は「何年でもいい」が1番で、2番が「4年か ら」と両校とも答えている。小学校の間は学級担任制を 望む児童も両校とも1割前後いる。中学校での完全教科 担任制について慣れるか心配する声は、N校が高い。O 校では、不安もあるが期待の方が大きくなっている。中 学校で不安な教科や理由に関しては同じ傾向で、小学校 教科担任制の有無に関係なく中学校入学に際しての漠然 とした不安が見て取れる。以上、小学校教科担任制をす れば教師の専門性が高まり児童の学力向上に繋がること や中1ギャップの解消に効果的とは単純に言い切れない こと等がわかった。さらに中学1年になった同一児童(転 出除く)に調査し考察した。小学校教科担任制の有無に 関係なく、児童は小学校の学級担任制の良さを大いに実 感し、一方で小学校教科担任制をすることは中学校で役 に立つと考えていること等がわかった。 さらに、専科教科担任にインタビューした。新任講師 である理科専科教師と中学校からの外国語活動専科教師 である。教師の経験年数や学校の状況が異なるが、どち らも小学校学級担任の多忙を目の当たりにして、孤軍奮 闘したり組織の良さを広げようとしたり努力している。 教科の専門性に関しては、校内外の研修はほとんどなく、 教科担任の力量次第と言える状況であった。 最後に教育委員会にもインタビューした。小学校教科 担任制推進を考え、特に教師の専門性を生かせる専科教 科担任制を進めている。国の政策に合わせて、理数科教 育の充実を図るため理科専科教員の配置を進めているが、 その配置の時期や人選までは整備されていない。今後は、 教科の研修を組んでいくことを1番に考えている。 これらのことから、小学校教科担任制に関してはどの 立場も肯定的であるが、運営上の課題が多くあることが わかった。現行法の枠内だけでは解決しない定数確保の 問題が1番であるが、導入に際して現在の枠内で考える べき問題が数多くあることもわかった。ただ単に教科担 任制を導入するだけでは、思ったような効果は上がらな いことを理解した。 <終章>本研究の成果と課題 本研究の成果は、小学校教科担任制の運用に関して、 地域性を考慮し比較した結果明らかになった成果と課題 をまとめることができたことである。しかし、仮説が十 分に具体化され明確化されているとは言えない。また、 教職員定数配置の問題や小学校教員養成課程の在り方な ど、小学校教科担任制の研究は学校経営の全ての面に関 わってくるので研究が多面的、多角的になる。ある一定 の条件の下で、どのような方法・手順を講じて調査分析 したら、どのような結果が出てくるのか十分に細密に捉 えて出発していないため、仮説の検証も曖昧になってい る。実践研究上のエネルギーの限界を心得て、一定期間 に検証すべき仮説の重点を明確にして進めていくのが、 今後の研究の課題である。 3. 主要引用・参考文献 ・高階怜治編集『小学校教科担任制の効果的な進め方』 教育開発研究所、2006。 ・ 奈須正裕「小学校教科担任制の可能性と課題」『教育 と医学』慶應義塾大学出版会、2008。 ・奈須正裕・桂聖編『こうすればうまくいく!小学校 教 科担任制』ぎょうせい、2007。 ・ 広島県呉市立五番町小学校・二河小学校・二河中学校 編著『公立小中で創る一貫教育―4・3・2のカリキ ュラムが開く新しい学び』ぎょうせい、2005。 ・吉本二郎・須藤久幸編『講座 小学校教科担任制 1 組織と経営』明治図書出版、1969。 ・吉本二郎・須藤久幸編『講座・小学校教科担任制2 授 業の改革』、明治図書出版、1970。 ・吉本二郎・須藤久幸編『講座・小学校教科担任制3 指 導機能の発展』明治図書出版、1970。