〈資料〉宮城県工業の変容過程(1)――「工業統計 表」(1960〜80年)を中心に――
著者 仁昌寺 正一
雑誌名 東北学院大学東北産業経済研究所紀要
号 5
ページ 81‑139
発行年 1986‑03‑15
URL http://id.nii.ac.jp/1204/00024476/
<資料〉
宮城県工業の変容過程(1)
−「工業統計表」 (1960〜80年) を中心に−
仁昌寺正一
はじめに
本資料作成の意図は,宮城県の工業が1960年 代初頭より今日まで辿った過程をトレースし,
そこにおける変容の特徴を明確にしてみること にある。
周知の如く 東北は長きにわたって「みちの
<」 (道の奥) と呼ばれそれから脱却すること,
つまり 「道の中央」に進出することを至上課題 としてきた。そしてそのために,第1次産業を 主体とした経済購造からのテーク・オーフ,す なわち工業導入・育成による経済基盤づくりが 模索されてきた。この工業開発が東北地方にお いて本格的に推進されはじめたのは,いうまで もなく1960年代初頭からである。宮城県におい ては,全国的な工業開発指向のもとで, 1962年 には鯉漁村部の3地域が低開発地域工業開発 地域(仙南地域,古川地域, 気仙沼地域)に指
定された。また1964年には仙台湾周辺の6市9 町(当時は4市11町)が「新産業都市」を目ざ すことになった。それからすでに20年余経過し ている。この間,宮城県の工業は如何なる変貌 を遂げ今日に至っているのであろうか。このよ うな問題関心のもとに本資料は作成される。そ の第1回目の作業として, 今回は,毎年発行さ れている「工業統計表」をとりあげ分析を行っ
てみたい。
ところで, この作業を行うにあたっては,薮 内武司「産業構造の特質と変貌一「工業統計 表jを中心として−」 (岐阜経済大学地域経 済研究会「地域経済」第1"1977年12月)で 用いられている分析手法一加工・配列のしか た−に専ら依拠した。それは, 「工業統計表」
を駆使して,一県(岐阜県)の工業を地域別。
1980年
1%0年 綱成比
栂成比全 国 宮城県
487,050 5,239
100.0 1. 1
100.0 0.9 734,573
6,934 事業所数
(戸)
全 国 宮城県
10,930,287 137,924
100.0 1.3 8. 169,484
63, 145
100.(〕
従業者数 0.8
(人)
1()0.0 1 1 全 国
宮城県
155,786 83()
100.0 0.5
503984巾?224212
製造品出荷額
(1gITI)
1表である。
そこにおける一つの大きな特徴は,20年間で,
仙台市,石巻市,塩釜市といった県内大都市部 での工業の比重が大きく低下したことである。
すなわち, 1960年の時点では,仙台市,石巻市,
塩釜市の3市で,事業所数で宮城県工業の46.2
%,従業者数でもそれの62.2%,製造品出荷額 でそれの66.9%を占めていたが, 1980年には,
事業所数で39.9%,従業者数で33.4%,製造品 出荷額で46.9%と大きく後退している。また仙 台市だけをとりあげてみると, 1960年の時点で は,事業所数で26.8%,従業者数で39,6%,製 造品出荷額で40.5%を占めていたが, 1980年に は,事業所数で25. 1%,従業者数で20.1%,製 造品出荷額で29.3%となっており, とくに従業 者数の比重が半減しているのが目立つ。
これに対して,県内鯉村部における工業の比 重は相対的に上昇している。
図−1は, 1960〜80年における宮城県工業の 製造品出荷額の伸び率2,681.2ポイントを100と して, 県内諸地域の工業の相対的比重をみたも のである。これによれば,県内大都市部におけ る比重の低下と農村部におけるそれの増大は一 目瞭然であろう。
具体的にみれば,製造品出荷額の伸び率の大 きい地域は,角田市1,347.5,志田郡741. 1,黒 川郡582.6などであり,逆にそれの'j、さい地域 は,名取郡3.8,宮城郡32.5,塩釜市49.2, な どである。仙台市72.4も石巻市78.9も宮城県の 製造品出荷額の平均伸び率を大きく下回ってい
る。
さて,以上のような1960〜80年における宮城 県工業の推移を, さらに5年毎に区分し, それ 部門別・規模別に分析しており, われわれのこ
こでの作業にとっても, この上ない導きの糸と
なっている。
はじめに, 1960年と1980年の宮城県工業の全 国の工業に占める比重をみておこう。
前頁の表でみるように,全国の工業に占める 宮城県の工業の割合は, 20年間で,事業数では 1.1%→0.9%へと低下したが,従業者数では0.
8%→1.3%・‑、,製造品出荷額では0.5→1. 1%‑
と増大している。
次に,宮城県の1960〜80年の産業艤造の変化 を,第1次。2次・3次別就業人口でみると,
次のようになっている。
(1960年)
46.1%
16.1%
9.2%
37.8%
(1980年)
16.1%
27.4%
15.7%
56.5%
第1次産業 第2次産業
うち製造業 第3次産業
このように,第1次産業の比重が3分の1に 低下し,第2次産業と第3次産業の比重が大幅 に増大している。製造業も大きく伸びている。
以上のような特徴をもつ宮城県の工業を,更 に立ち入って,地域別,部門別,規模別に分析
してみよう。
以下, とくに断わらない限り,資料は, 「宮 城県の工業」 (宮城県企画部) と 「工業統計表」
(通産省)から作成したものである。
I 地域別構造分析
1960〜80年における宮城県内諸地域の工業の 比重を5年毎に区分し,時系列的にみたのが第
地域別製造品出荷額の推移
(1960〜80年)
−全県の伸び率平均1 −
図−1
■騒蝿剛川三富團鬮□□
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3(X)〜500未満
2別〜3(X)
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警…へも 伊 丸田(ik) 1970年以前の汽朏リiい'蕊の地域別製造!MIIIWWnl.L !li ・郡別でしか肥戦されていない, ルIIli, 瑞沼市, 多賀城市 は, それぞオ1, 1971if, 1971年, 1971年に'li制を施汀Lた。 したがって, これらの市における1960〜80年の製適品
出荷甑の伸び率は不明である。
ぞれの時期における大きな特徴を摘出してみよ 生産性の高い企業が操業を開始したものと思わ れる。この時期に伸び率が大きい地域は志田郡 [(f)111 4ポイント, (ロ)198.8ポイント, し、)1, 124,2ポイント〕である。 1974年に三本木町に 従業者600人以上を擁する吉田工業株式会社が 設立されたことが影響しているものと思われ
る。
1975〜80年は,宮城県にも, 1973年末に勃発 したオイル・ショックの影響が浸透してきた時 期であり, lf)100.2ポイント, (。)104.4ポイン ト, ●、)186.0ポイントと, いずれの伸び率も前 の諸時期と比較して最低である。 とくに都市部 における伸び率の鈍化が顕著であり,県内11市 を合計した工業の伸び率は,㈹95.1ポイント,
(ロ195.4ポイント, し、)175.8ポイントであった。
農村部においてとくに大きな伸び率を示してい るのは,登米郡[ff)121.6ポイント, (ロ)137.9'f イント, し、)318.9ポイント],志田郡(If)125.0 ポイント, (ロ)124.5ポイント, +、)275.1ポイント〕
である。
以上, 1960〜80年における宮城県の工業の諸 地域での動向を5年毎に区分してみてきたが,
いずれの時期においても,伸びの著しいのは,
仙台市,石巻市,塩釜市といった中心都市部を 除く地域である。
さて次に,第2表によって, 1980年の時点で の宮城県内市町村の工業化指数を調べてみよ
う。
まず, 各市町村の労働力人口に占める製造業 従業者の比率をみよう。大きな特徴を上・ツク・
アップ.してみると,その比率の高い地域は(宮 城県平均14.0%),豊里町35.4%, 高清水町35.
4%,鴬沢町32.5%,三本木町32.1%,登米町30.
フ。
1960〜65年における宮城県工業の平均伸び率 は, (イ)事業所数104,7ポイント, (ロ)従業者数129.
0ポイント, し、)製造品出荷額220.7ポイントであ った。この時期に特に伸びの目立つ地域は,角 田市〔例111.7ポイント, (ロ)248,0ポイント, し、)
394.0ポイント〕,古川市[lf)104.5ポイント,
(ロ)194.2ポイント, し、)357. 1ポイント], 名取市
〔帥133.3ポイント, (ロ)229.7ポイント,い)305.
4ポイント〕などである。これらに共通する特 徴は,宮城県の工業の平均伸び率と比較して,
事業所数の伸び率はさほどではないが,従業者 数と製造品出荷額の伸び率が著しいことであ る。比較的大規模な企業が立地したものと思わ れる。
1965〜70年における宮城県工業の平均伸び率 は(イ)117. 1ポイント, (ロ)146.6ポイント, (ハ)243.
0ポイントであった。この時期には,宮城県内 の中心都市部での伸び率の鈍化と郡部での好調 さが一層顕著になってくる。例えば, 仙台市の 製造品出荷額の伸び率は190.4ポイントと低調 であるのに対し,角田市のそれは1,436.0ポイ ント, 伊具郡のそれは1, 111.9ポイント, 名取 郡のそれは927.4ポイント,黒川郡のそれは589.
2ポイント,亘理郡のそれは539.5ポイント,柴 田郡のそれは545.8ポイントと大きくなってい る。
1970〜75年における宮城県工業の平均伸び率 は, (f)107.6ポイント, (ロ)110.5ポイント,し、1268.
6ポイントであった。この数値を前時期と比較 すると, "Iロ)ではほぼ同率の伸び率を示してい るのに対し, (ハ)が大きな伸び率を示している。
図−2 市町村別労働力人口中の製造業 従業者数比(1980年)
■園Ⅲ三團園□
30〜40未i角
三一
幸〆
十 十
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鰯認蕊謡鍾謝
認評一︾評評謡秤坪詳︾︾一一一咀師組抑吸韓
孔 号 卓 卓
・ 巾 凸 厚 凸 号 刊 中
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・ 中 B B B 号 も 凸
・ 中 凸 厚 口
罵 擬 溌 裁 執 擬 瀧 辞
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■ F
■ 号 与 ロ
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〜30
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+ 中 中
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7%であり, これらの地域では労働力人口の30
%以上が製造業に従事しているのである。これ らの諸地域に次いでこの比率の高い地域は,柴 田町29.8%,津山町25.8%, 中新田町25.2%,
塩釜市25.0%などである。逆に, この比率が極 端に低い地域は,秋保町2.0%,泉市2.2%,松 島町3.7%,桃生町4.5%,色麻町5.5%,小野 田町6.4%などである。尚,仙台市も9.2%と宮 城県平均を下回っている。
こうした特徴をもつこの比率を7段階に区分 してみたのが,図−2である。
次に, 各市町村の労働力人口1人当りの製造 品出荷額をみよう。宮城県平均227.5万円を大 きく上回る地域(400万円以上)は,鴬沢町790.
9万円,岩沼市782.7万円,三本木町728.3万円,
高清水町598.8万円,柴田町560、6万円,多賀城 市523.8万円,石巻市497.3万円,塩釜市424.8 万円,豊里町422.2万円である。逆に宮城県平 均を大きく下回る地域(50万円以下)は,米山 町14.1万円,鳴子町14.4万円,秋保町16.4万円,
鳴瀬町19.9万円, 泉市21.2万円,七ヶ浜町20.3 万円,歌津町20.8万円,鹿島台町26.3万円,色 麻町27 8万円, 松島町33.7万円,北上町33.8万 円,松山町35.8万円,雄勝町41.9万円,小野田 町42.6万円,花山村47 3万円である。尚, 仙台 市も219 4万円で宮城県の平均以下である。
以上の二つの工業化指数の高い地域を念頭に おいて,工業立地特化度をみたのが第3表であ
る '。これによれば,それぞれの地域において,
どの工業諸部門の比重が大きいかが明らかにな るであろう。
まず,宮城県の製造品出荷額で最大の比重を 占める「食料」 (1980年25. 1%)の特化度の大 きな地域は, 1980年で,女川町3.579(1970年2.
252),塩釜市3.180(1970年1.852),気仙沼市2.
8111 (1970年2.251),高清水町2.227(1970年0.
681),名取市1.802(1970年1、873)などである。
全体として,水産加工業の比重が高いことが窺
われる。
「食料」に次いで出荷額の比重が高い「電機」
(1980年14.9%)についてみると, この部門の 特化度の大きい地域は, 1980年で, 多賀城市3.
841(1970年3.414),本吉町2.806(1970年不明) , 古川市2.745 (1970年不明),涌谷町4.674 (「機 械」を含む, 1970年不明),中新田町2.686(「機 械」を含む, 1970年不明)などである。
さらに, 「食料」, 「電機」に次いで製造品出 荷額の宮城県に占める割合が高いのは「石油」
(1980年10.2%)である。この部門の特化度の 高い地域は, 1980年で,仙台市3、288(1970年1̲
370)のみである。
以上の三つの部門に続くの力&「紙」(1980年7.
5%)である。それの特化度の大きい地域は,
1980年で,岩沼市6.535,石巻市3.316である。
これらの地域には,大手製紙メーカーが立地し
ている。
以上の外に,部門ごとに目立った特化係数を とる市町村を上・ツク・アップ.してみると, 1980
ll) 工業立地特化係数は,
各市町村の各部門の製造品出荷額 宮城県の各部門の製造砧出荷額
各市町村の全部門の製造品出荷額 宮城県の全部門の製造品出荷額
という式で計算される。市町村のある部門の数値が1以上の場合には その地域におけるその部門のウエ イトが相対的に高いことになる。つまり特化していることになる。
年で, 「鉄鋼」仙台市2. 104(1970年1.977), 「非 鉄」柴田町8.018 (1970年不明), 「機械」7,859
(1970年不明),同じく多賀城市4.876 (1970年 3.340), 「輸送」角田市18.917 (1970年不明),
「精密」村田町21.440 (1970年不明), 「繊維」
白石市18.729 (1970年15.588),津山町10.323 (1970年13.265)などである。
さて次に, 1980年の時点での宮城県の工業事 業所の各地域への分布状況をみておこう。
第4表によれば, 1980年の宮城県工業の総事 業所数は6,934であるが, そのうちの1,746事業 所(25%)を仙台市が占めている。その次に多 いのが石巻市540事業所(7.8%)である。仙台 市が圧倒的に大きなウェイトを占めていること がわかる。
総事業所数6,934を従業者規模で6段階に区 分し, 各地域への分布状況についてみると, 各 規模層とも事業所数の多い仙台市が大きなウエ イトを占めている。すなわち, 「l〜3人」27.
9%, 「4〜29人」 25.8%, 「30〜99人」 15.2%,
「100〜299人」 16.8%, 「300〜999人」27.5%,
「1,000以上」 12.5%となっている。
宮城県の事業所6,934の占める各規模層の構 成比は,帥「l〜3人」31.5%, (ロl「4〜29人」
55.6%, ヤ、) 「30〜99人」9.6%, (二) 「100〜299 人」2.6%, (ホ) 「300〜999人」0.6%, ('、)0.1%
となっているが, これらの構成比を大きく上回 る地域を各層毎にピック・アップ・してみよう。
帥では名取郡58.2%,玉造郡51.8%,宮城郡44.
6%, 白石市42.7%,岩沼市40.8%, 刈田郡40.
0%などである。 (ロ)では塩釜市65.0%,伊具郡 64.6%,牡鹿郡64.5%,亘理郡61.8%,遠田郡 61.3%,栗原郡60. 1%,石巻市60.0%などであ
る。尚, 名取郡・秋保町はこの層は41.8%であ り,帥と合せると100%になり, 30人以上の事 業所は皆無である。以上が小規模層についての 諸地域の比重であるが,逆に大規模層について の諸地域の比重をみよう。 「300〜999人」「1, 000人以上」では,角田市2.7%,多賀城市2.4
%,柴田郡1.9%,岩沼市1.6%,加美郡1.7%
などでこれらの層の比重が大きい。
以上が宮城県工業の地域別構造の大まかな特 徴である。
ところで, 冒頭で述べたように,宮城県にお いては, 1960年代初頭より,各地域で工業開発 が推進された。 とくに1964年に開始された「仙 台湾新産都市」建設計画は大規模なものであり,
1980年までに1兆4,483億円の公共投資がなさ れた。では, この地域(仙台市,石巻市,塩釜 市, 名取市, 多賀城市,岩沼市,亘理町,山元 町,松島町,七ヶ浜町,利府町,矢本町,鳴瀬 町,女川町,牡鹿町)の工業の全県のそれに占 める比重は大きくなったであろうか。地域別構 造分析に関連して, このことを若干みておきた
い。
結論的にいえば, この地域の宮城県工業に占 める比重は低下している。そのことを示してい るのが以下の資料である。
まず,第5表の①でみるように,全県の製造 業事業所数に占める「仙台湾新産都市」地域内 の製造業所数の比重は, 1960年の57.7%から 1980年の53.9%まで低下している。
次に,第5表の②でみるように,全県の製造 業従業者数に占めるこの地域の製造業従業者数 の比重は, 1960年の71.5%から1980年の48.2%
にまで減少している。第5表の③でみるように,
いる(3)。
「仙台湾新産都市」地域内だけでみても,製造 業の就業人口は, 1960年14.2%, 1980年14.2%
と20年間全く伸びていない。
次に,第5表の④でみるように,全県の工業 出荷額に占めるこの地域の工業出荷額の比重 は, 1960年76.6%, 1980年65.7%と10%以上減 少している。これと対照的に, 「低開発地域工 業開発地域」の工業出荷額の全県のそれに占め る割合は, 1960年の9.6%から1980年の13.4%
まで伸びている。県内中心都市部における工業 の比重低下とそれ以外の地域における比重増大
という先の分析結果を裏付けている。
さらに,第5表⑤でみるように,全県の製造 業の純生産額に占める「仙台湾新産都市」地域 のそれの比重は, 1965年の131.0%から1980年 の84.5%まで減少している。
以上の諸々の資料の数値から明らかなよう に,産業基盤轄備を中心に瞬大な公共投資を行 った「仙台湾新産都市」地域内の製造業は,全 県の製造業の中に位置づけてみるとその比重を
低下させている(2)。
第1グループ.…・ ・・鉄鋼,非鉄,金製,機械,
電機,輸送,精密,化学,石油,土石 第Ⅱグループ……食料,繊維,衣服,製材,
紙,家具, ゴム,皮革,印刷, その他
われわれも, この分類に従って,宮城県工業 の部門別構造を把握することにしよう。
まず,全国の工業の諸部門と比較して,宮城 県では如何なる工業部門の比重が大きいのか,
如何なる部門の特化度が大きいのかをみたのが 第6表である。 1960〜80年における全国の工業 諸部門の動きと宮城県のそれの動きを簡単に比 較してみよう。 1960年の時点においては,全国 の工業の製造品出荷額に占める第1グループ・の それの比重は59.8%,第Ⅱグループ°のそれの比 重は40.2%であった。これに対し,宮城県の工 業の製造品出荷額に占める第1グループのそれ の比重は32.9%,第Ⅱグループのそれの比重は 66.9%であった。つまり,宮城県の工業はもと もと第Ⅱグループ, とりわけ軽工業を中心とし た構造を形成していた。中でも「食料」の比重 は大きく, 1960年の時点では39.2%を占めてい た。それから20年たった1980年においては,全 国工業の製造品出荷額に占める第1グループ・の
Ⅱ部門別構造分析
薮内武司氏の前掲論文は, 山田盛太郎氏の論 文に依拠して, 中分類された工業20部門を次の ように第1グループと第Ⅱグループに大別して
(21 第3期の新産都市建設計画は1980年度で修了する。これに対し,宮城県は再指定を目ざして準備をす すめている。第4期の開発ビジョンの骨子は, 「①仙台港,仙台空港の拡張と併行した国際化機能の充 実②石巻港周辺に,魚油から医薬品を作るバイオテクノロジーなど臨海型先端産業を導入(同地区は地 域フロンティア事業の指定に立候補済み)③新素材を活用した素材型産業の活性化」である(河北新報,
1984年6月20日付)。
(3) 山田盛太郎「戦後再生産擶造の基礎過程」 (龍谷大学「社会科学年報」第3号, 1972年)参照。それ では,製造業諸部門を第1グループ(重化学工業主要素) と第Ⅱグループ(その他一括) とに大別して
いる。
それの比重は69.0%, 第Ⅱグループ・のそれの比 重は31.0%であり, ますます前者の比重が大き くなっている。これに対し,宮城県工業の製造 品出荷額に占める第1グループのそれの比重は 51.4%,第Ⅱグループ・のそれの比重は48.6%で あり,前者と後者の比堕はこの20年間で逆転し たが,全国と比較するとまだまだ第Ⅱグループ・
の比重が大きい。特化度をみても,前者は0.744, 後者は1.568となっている。 とくに全部門の中 で最も特化度の大きいのは「食料」2.282であ り, この点からみても,宮城県の工業は依然と して軽工業を中心とした櫛造を形成していると いえる。
さて, 1960〜80年における宮城県工業の諸部 門の動きにさらに立ち入ってみよう (第7表)。
この20年間の宮城県工業の製造品出荷額の伸 び率2,681.6ポイントと比較すると,第1グルー プの伸び率は4, 172.4ポイント,第Ⅱグループ・
の伸び率は1,947.5ポイントであり,前者の伸 びが著しい。諸部門の中でとくに伸び率の大き な部門は,「石油」20,662.2ポイント,「精密」10, 236.0ポイント, 「電機」6,321.9ポイント, 「土 石」5,600.0ポイント, 「鉄鋼」5,028.6ポイン トなどであり, これらはいずれも第1グループ に属している。反対に,伸び率の低い部門は,
「化学」 1,381.0ポイント, 「非鉄」 1,492.1zi:
イント, 「家具」1,684.4ポイント,「製材」1,711.
7ポイント, 「食料」1,719.6ポイント, 「ゴム」1, 829.9ポイントなどである。
では, 1960年から5年毎に区分してみていこ う。
1960年の時点での宮城県工業の製造品出荷額 を2グループ別構成比でみると,前述したよう
に,第1グループが33.0%,第Ⅱグループが67.
0%であり,後者が前者の2倍であった。とく に,全部門の中で, 「食料」が39.2%と圧倒的 なウエイトを占めている。さて, 1960〜65年の 宮城県工業の製造品出荷額の伸び率は, 220.8 ポイントであった。このうち,第1グループの 伸び率が201.7ポイント,第Ⅱグループのそれ が230.2ポイントであり, この時期の伸び率は まだ後者の方が大きい。両部門を通じて好調な 伸びを示しているのは, 「精密」504.0ポイント,
「土石」376.5ポイント, 「皮革」372.7ポイン ト, 「家具」267.6ポイント, 「金属」261.9ポイ
ントなどである。
1965〜70年の時期には,宮城県工業の製造品 出荷額の伸び率は, 243.0ポイントであった。
その中で,第1グループ.の伸び率は299.7ポイ ント,第Ⅱグループ.のそれは218.7ポイントで あった。ここにきて,前者の伸びが後者の伸び を上回ったのである。この原因は,第1グルー プの中で, とくに「電機」444.6ポイント, 「輸 送」345.9ポイント, 「機械」337.5ポイントの 伸び率が大きかったことにある。その結果,第 1グループと第Ⅱグループの製造品出荷額に占 める比重は次第に接近し, 1970年の時点では,
前者37.1%,後者62.9%となった。尚, この時 点での「食料」の製造品出荷額に占める割合は 33.5%であり, 1960年の時点と比較すれば若干 低下したものの, まだ大きな比重を占めている
といえる。
1970〜75年における宮城県工業の製造品出荷 額の伸び率は268.7ポイントであり,過去の諸 時期と比較して最高の伸びを示した。両部門の 伸び率をみると,第1グループが316.0ポイン
卜,第Ⅱグループが240.5ポイントであるから,
この高い伸び率は第1グループ・の伸びによって もたらされたものである。第1グループの中で は, とくに, 「石油」3,520.6ポイント, 「非鉄」
343.1ポイント, 「土石」312.9ポイント, 「輸送j 286 Oポイントなどの伸び率が大きい。そして,
その結果, 1975年の時点では,宮城県工業の製 造品出荷額の2グループ構成比は,第1グルー プ43.7%,第Ⅱグループ.56.3%となり,両者の 比重は一層均衡してくる。
1975〜80年における宮城県工業の製造品出荷 額の伸び率は186. 1ポイントであり,極めて低 調であった。オイル・ショックの影響は第1グ ループ.よりも第Ⅱグループに及んだといえる。
前者のこの時期の伸び率は218.5ポイントであ ったのに対し,後者のそれは160.9ポイントで あった。オイル・ショックの影響を特に大きく
受けた諸部門は, 「輸送」 (この期間の伸び率は 117.5ポイント), 「紙」(同136.8ポイント), 「繊 維」 (同83.9ポイント)などであり, これらは 購造不況業種に転落した。こうした動きの結果,
宮城県工業の製造品出荷額に占める第1グルー プと第Ⅱグループの地位はついに逆転する。す なわち, 1980年には第1グループ・の比率は51.4
%,第Ⅱグループのそれは48.6%となったので ある。尚,宮城県工業の製造品出荷額に占める
「食料」の割合は, 1980年の時点で25. 1%とな り, 10年前と比べて10%近く比重を低下させて いる。
以上のように,全体としてみると,宮城県の 工業は, この20年間で,第Ⅱグループ・から第1
グループ・にその比重を移行させてきた。それを 象徴的に示しているのが,第1グループの「石 油」の進出であり,第Ⅱグループ.の「食料」の 図−3 部門別製造品出荷額構成比の推移(全事業所)
1960年
一−
城県全国
岬
1965年
一一
城県全国
》
1975年
一
城県全国
198<)年
一
宮城県全届|
■
'''''''
−
−
■■■■■■■■■
−■■■■■■■■■
ー
− 一
■■■■■■■■■
■■■■■■■■■
−
−
薑臺
1970年
一一一
宮城県全国
■︾蕊Ⅷ一一一一一一一一一一一一一一 ■鯵蝋蕊Ⅷ一一一鰯鍵譲
■蕊剛一一一一一一一一一一一一一瀞職繍四I■■︲Ⅵ卜■卜■卜︲F︲Fq■︲J1卜J
■もF四■︒■■ずqFqFqF刊可Ij
熱 ㈱
蹄
# 識 |
100%
その他
| 鯵 蕊 蕊 蕊 柵 剛 一 一 一 一 一 一 一 鍵
一︾識繍Ⅷ一一一一一一一一一一一一一一一一鍵灘蕊
一鯵繍蕊蕊柵圭一一議 |鯵識職識柵柵臺鍵
化学 石油
|鯵蕊蕊柵柵一一一一一一一議闇
機械 電椴・輸送・精密
50
I
!
鉄鋼 非鉄・金製製材 紙・家具
司叫444
二■F■Fp
!
食斜「その他」には上記の部門以外のすべての部門を含む。
4.4%, (ト) 「100〜199人」2. 1%, IF) 「200〜299 人」0.5%, (リ) 「300〜499人」0.4%, (ヌ) 「500
〜999人」0 2%, (ル) 「1,000人以上」0.1%であ るが, これらの構成比を大きく上回る部門を各 層毎に上.ツク・アップ.してみよう。 )では「家 具」 (67.5%) , (。1では「製材」 (47.8%), 「石 油」 (45.5%) , (ハlでは「鉄鋼」 (26.7%), 「精 密」 (25 4%) , (二)では「非鉄」 (23.3%), 「電 機」 (16.5%), (ホ)では「化学」 (28.6%),㈲で は「電機」 (17.7%), (I)では「電機」 (11.0%),
「非鉄」 (10.0%),5)では「皮革」 (7.7%), (リ)では「ゴム」 (10.0%), (ヌ)では「ゴム」 (5.0
%), (ル)では「ゴム」 (5.0%)などである。
次に, 1960年に対する1980年の製造品出荷額 の伸び率と従業者数の伸び率を各部門について 図示したのが, 図−5である。これによれば,
製造品出荷額の平均伸び率(2,681.6%) と従 業者数の平均伸び率(218.4%) をともに上回 っているのは7部門あり, 中でも「精密」 (製 造品出荷額10,236.0%,従業者数896.7%), 「電 機」 (6,321.9%, 846.9%), 「衣服」 (4,574.5
%, 1,026.5%) , 「石油」 (20,662.2%, 271.9
%)の伸びが著しい。次いで, 「その他」(6,685.
6%, 254 9%), 「皮革」(3,554 5%, 289.4%),
「金製」 (2,761.4%, 285.7%)の順となって いる。これに対し,製造品出荷額の平均伸び率 と従業者数の平均伸び率をともに下回るのは9 部門あり,宮城県工業の基幹部門ともいうべき
「食料」 (1,719.6%, 151. 1%) もこの中に含 まれている。このほかに,製造品出荷額では平 均伸び率を上回るのに従業者数ではそれを下回
っている部門に「土石」 と 「鉄鋼」がある。
次に, 1960〜80年における宮城県工業の部門 後退である。
宮城県工業の諸部門の以上のような動きを,
全国工業の諸部門の動きと比較しながら,大雑 把にみたのが図−4である。
次に, 1980年の時点での宮城県の工業事業所 数6,934について各部門の占める比重をみてみ
よう。
第8表でみるように, 2グループ.別にみると,
6,934事業所のうち,第1グループが2,036事業 所(29 4%),第Ⅱグループ・が4,898事業所(70.
6%) を占めている。両グループ・を通じて,最 大の比重を占めているのは「食料」 1,975事業 所(28.5%)である。その次に大きな比重を占 めているのが「家具」642事業所(9.3%)であ るから, 「食料」の比重が如何に突出している かが理解できよう。
従業者規模で11区分し, それぞれの規模層で 如何なる部門が大きなウェイトを占めているか をみてみよう。一つの大きな特徴は, 50人未満 の諸規模層では第Ⅱグループが第1グループに 比して大きなウエイトを占め,逆に200人以上 の諸規模層では第1グループが第Ⅱグループ・に 比して大きなウェイトを占めているということ である。第Ⅱグループ.に属する「食料」は, 「1
〜3人」規模層では全体の24.5%, 「4〜9人j では33.0%, 「10〜19人」では28.0%, 「20〜29 人」では30.3%, 「30〜49人」では25.3%とい ったように,小規模層で圧倒的に大きな比重を 占めている。
宮城県の事業所6,934の占める各規模層の構 成比は,if)「l〜3人」31.5%, (。)「4〜9人」
33. 1%ル、)「10〜19人」14.6%, 1=)「20〜29人」
8.0%, (ホ) 「30〜49人」5.3%,ト) 「50〜99人」
図−4 部門別製造品出荷額と従業者数の伸び率(1960年〜80年)
睡
動
m
9
9
5
8
7
7
6
凸
a
a
4
4
雲 ツ哩
製 遣 品 出 荷 額 の 伸 び 率 へ
〆
・ 一
︑ 一 一
噸咽〆〆咽
平均伸び率一ド
ー
錨●
一
一
一
一
一
一
一
一
一
一
一
室
一
一
知 咽 邪 咽 羽 咽 知 咽 鋤 函 知 咽 知 岬
梢南
●
竜欄
●
そめ池
宿 ら 岡
●
士畉 蝿申
鹿革 3 ●
3
金製
①
....… 藍雫... …‐
印刷。 !
。
袖避l
ゴム 。 ,
製材 ・ 申 1
。 。④ 種塁Ⅱ 化学室具食料
● Cf
非註;
各各 モ午号■■■■巳巳号号号 ニニニロ守■子己守■■守亘守
平箇]伸び串
|
印 叩 弛
2
2
1
1,頓X]ごコ,I I I L 1 1
〃別 l[、 l刊 室町 25n Hm 3帥 4M 4卵 5 5帥 (蝿0 659 7M 75〔) 8脚 駅刊 虫印 9印 1,0イ刃1.050 従粟者の伸び率(1980/l輔0)
小さな部門は, 「非鉄」796.4, 「電機」860.9,
「紙」900.0, 「皮革」932.5, 「家具」941.5な
どである。
部門間の1人当り賃金格差をみるために,
1960〜80年において終始1人当り賃金の高い3 部門と低い3部門を第9表よりとり出してみる
と,次のようになっている。
別1人当り賃金の推移と格差をみてみよう。
第9表によれば宮城県工業の1人当り賃金の 伸びは, 1960年の数値を100とすれば1980年に は1,215.8となっており, 20年間で12倍の伸び を示している。とくに伸びの大きな部門は, 「ゴ ム」2,296.1, 「土石」 1,695.7, 「製材」 1,589.
5, 「機械」 1,345.9などであり,反対の伸びの
1980年 100 1965年 1970年 1975年
100 1960年
全部門平均100 100 100 上
位 3 部 門
油鋼石鉄紙
139.4 149、9 171.5
165‑4 1623 156.9 142.4
165、2 212‑O
145‑4 137、2 153.6
161.2 154.1 145.3
下位3部門 服維料衣繊食 8 0 7
凸中︒2 1 9 7 7 7
O 9 5 L 1 5 7 7 8
59.8 66.()
82.6
6 8 0
屯凸■8 4 4 5 7 8
79.0 61,5 85、0
これをみれば明らかなように, 「衣服」, 「繊 維」は,宮城県工業の1人当り平均賃金の5〜
8割の水準で終始しており, 「石油」, 「鉄鋼」
と比較すると半分以下で推移している。宮城県 工業の捲幹部門である「食料」も低く,宮城県 平均の8割台にある。
最後に,宮城県工業の1人当り賃金を全国工 業のそれと比較してみよう(第10表)。1980年の 時点で両者を比較してみると,全国工業の1人 当り平均賃金は243.3万円,宮城県工業のそれ は192. 1万円であり,前者が51.2万円高くなっ ている。
1980年の時点で全国工業と宮城県工業の諸部 門間の1人当り賃金を比較してみると, 「ゴム」
と「紙」のみで宮城県の方が擾位にある。すな わち, 「ゴム」は,全国256.0万円,宮城県291.
6万円, 「紙」は,全国258.0万円,宮城県301.5 万円となっている。
な特徴は, 1960〜80年で下層淘汰が急激に進ん だことである。今,宮城県工業の事業所数を,
(イ) 「19人以下」=小規模層, (画) 「20〜299人」
=中規模層, ●、) 「300人以上」=大規模層に大 別してみると,宮城県の工業事業所数に占める
㈹の割合は1960年88.5%→1980年79.1%, (ロ)の 割合は1960年11.3%→1980年20.2%, し、1の割合 は1960年0.2%→1980年0.7%となっており, (ロ)
とし、)に比重が移っていることがわかる。上で「急 激に」と述べたのは, kXPMハ)の割合を1980年の 時点で全国のそれと比較してみると,帥全国87.
3%,宮城県79. 1%, (ロ)全国12.2%,宮城県20.
2%ル、)全国0.5%,宮城県0.7%となっており,+f) が全国水準を大きく下回り, (ロlとヤ、)とりわけ(ロ)
が全国水準を大きく上回っているからである。
1960〜80年における宮城県工業の事業所数の 平均伸び率は132.4ポイントであった。 if) 「19 人以下」層では118.4ポイント, (ロ)「20〜299人」
層では235.9ポイント, し、) 「300人以上」層では 480.0ポイントの伸び率であった。この動きは 従業者数,製造品出荷額の各規模層の動きと共 通している。すなわち, 同期間の従業者数の平 均伸び率は214.8ポイントであるが, (イ)は143.5 ポイント, (ロ)は244.5ポイント, ャ、)は315.4ポイ
Ⅲ規模別構造分析
宮城県工業を従業者規模別に区分しその推移 (1960〜80年)をみたのが,第11表の①②③で ある。
まず,事業所数の推移をみよう。一つの大き
6ポイントと,全規模層の中で最低の伸び率に とどまったことである。この規模層の事業所に 急激な変化が起きたものと思われる。
1975〜80年における宮城県工業の平均伸び率 は, +r)100.2ポイント, (ロ)104.4ポイント,し、)186.
1ポイントであった。この時期の特徴は,前時期 と同様に,「500〜999人」規模層が,lfM8.9ポイン ト, (ロ)66.5ポイント沖、1140,0ポイントと全規模 層の中で最低の伸び率を示していることである。
またもう一つ特徴的なことは,「20〜29人」規模 層が剛ロXハ)とも大きく伸びていることである。
さて,図−6は, 1965〜80年における製造品 出荷額と従業者数の規模別構成比をみたもので ある。みられるように, 11規模層の中で,製造 品出荷額と従業者数の比率をもとに増大させて いるのは, 「20〜29人」, 「100〜199人」, 「300 499人」の三つの規模層だけである。
次に, 1970〜80年における付加価値生産性の 推移をみたのが,第12表である。これをみると,
1970年, 1975年, 1980年のいずれにおいても,
全規模平均を上回っているのは「200〜299人」,
「300〜499人」, 「500〜999人」, 「1,000人以上」
の大規模層である。しかし,付加価値生産性の 伸び率をみると, とくに大規模層ほど時間の経 過とともに鈍化している。すなわち, 1970〜75 年の宮城県工業の付加価値生産性の平均伸び率 は185.7ポイントであり, 「500〜999人」規槙層 では220,4ポイント, 「1,000人以上」規模層で は203.6ポイントの伸び率となっていたのに,
1975〜80年では(全規模平均219.8ポイント),
前者187.3ポイント, 後者160、 1ポイントと急激 に伸びが低下している。
最後に, 1970〜80年における宮城県工業の従 ン卜であった。また製造品出荷額の平均伸び率
は2,681.2ポイントであるが, "11,519.3ポイン ト, (ロ)2,495.5ポイント, ●、)3,960.1ポイントで あった。
では, 1960年から5年毎に区分し,それぞれ の時期における大きな特徴を摘出してみよう。
1960〜65年における宮城県工業の平均伸び率 は,前述したように, (イ)事業所数104.7ポイン ト, (ロ)従業者数129.0ポイント, ヤ、)製造品出荷 額220.7ポイントであった。この時期における 一つの大きな特徴は,小規模層に属する二つの 規模層のうち, 「3人以下」の伸び率が極端に 低く, 「4〜29人」のそれが極端に大きくなっ ていることである。すなわち, 「3人以下」規 模層は, lf)69.5ポイント, (ロ)61.9ポイント, し、)
84.6ポイントの伸び率であり, 「4〜29人」規 模層は, (f)200.2ポイント, (ロ1189.4ポイント,
し、)287.9ポイントの伸び率となっている。
1965〜70年における宮城県工業の平均伸び率 は,帥117.2ポイント, (ロ)146.6ポイント,し、)243.
0ポイントであった。この時期には, 「300〜499 人」規模層の製造品出荷額が327.8ポイントと 最も大きな伸び率を示している。 しかし, この 層の従業者数の伸び率は137. 1ポイントと平均 伸び率を下回っている。生産性の高い企業が立 地したものと思われる。他に「500〜999人」規 模層が, (イ1285.7ポイント, 1ロ)311.6ポイント,
ャ、)254.5ポイントと大きな伸びを示している。
1970〜75年における宮城県工業の平均伸び率 は, (f1107.7ポイント, (ロ)110.5ポイント,し、)268.
7ポイントであった。この時期の最大の特徴は,
前時期に大きく伸びていた「500〜999人」規模 層が,FB0.0ポイント, (ロ)75.4ポイント,し、)181.
図−5 製造品出荷額と従業者数の規模別構成比の推移
門烹1
1 1
画%
1
~
副剛〜9 人
1
1
#
15 唾 製 造 品 出 荷 額
1
人︵岡x1lllll・とⅦ頓
一 F 1,−1曲人
10
‑弓急募悪一一一鯛
孝獄 :,/ …
ー
ロ ー
@ムーダー利ノ、11下
0 11 ト ]5 お1%)
淀奨汽数
函1
業者規模別1人当り賃金の推移をみよう。第13 表によれば1970年の宮城県工業の1人当り平均 賃金は, 54.7万円であった。従業者規模で3階 層に区分し1人当り平均賃金をみると, 「19人 以下」層35.3万円, 「20〜299人」層52.3万円,
「300人以上」層74.0万円となっており,「19人 以下」の1人当り平均賃金は,「300人以上」の半 分以下であった。 1980年では全規模層を平均し た1人当り賃金は199.2万円であった。 「19人以 下」層のそれは136.8万円, 「300人以上」層の それは306.5万円であり,両者の格差は1970年
に比較して拡大した。以下,特徴的なことを列 挙すると, 1980年で11階層の1人当り平均賃金 をみると, その高さは事業所規模の大きさに比 例している。 「100〜199人」規模層以下の各階 層の1人当り平均賃金は,すべて全規模層の平 均を下回っている。「l〜3人」規模層の1人当 り平均賃金は,全規模層平均の4分の1以下で あり, 「1,000人以上」層の6分の1以下である。
(以上, 1960〜80年の宮城県の工業について 大雑把な整理を行ってみた。これに続いて今後 更に分析を進めていく予定である。)
第1嚢宮城県工業の地域別構成の推移( 1 ) 1960年
事 業 所 数
(戸) 構成構成
従 業 者 数
(人) 構成費
% 構成費
%
製造品出荷額 (百万円) 構成I構成費 費
% %
県 計 5,239 100 63, 154 100 83,874 100
市 計 3,328 63.5 47.682 75,4 65.538 781
仙台市 石巻市 塩釜市 古川市 気仙沼市 白石市 名取市 角田市 多賀城市
泉 市
岩沼市
1,406 592 424 174 395 206 63 68
8 3 1 3 6 1 2 3
号凸・号号号■■
6 1 8 3 7 3 1 1 2 1
25,039 8.289 5.961 1, 190 4, 103 2,241 582 277
39.6 13. 1 9.4 1.9 6.5 3.6 0.9 0.4
33,972 12,770 9,395 785 5,344 2,323 814 135
40.5 15.2 11.2 0.9 6.4 2.8 1.0 0. 1
刈田郡 柴田郡 伊具郡 亘理郡 名取郡 宮城郡 黒川郡 加美郡 志田郡 玉造郡 遠田郡 栗原郡 登米郡 桃生郡 牡鹿郡 本吉郡
65 148 30 95 63 187 40 97 32 158 109 217 106 259 183 122
2 8 6 8 2 6 8 9 6 0 1 1 0 0 5 3
5■中■■F中■甲・巾■仔叶■F
1 2 0 1 1 3 0 1 0 3 2 4 2 5 3 2
322 1,427 198 822 493 2,439 246 696 308 1,050 866 1,764 1,018 1, 165 1,773 885
5 3 3 3 8 9 4 1 5 7 4 8 6 8 8 4
士■F■■■F中谷■号号凸卓も■
0 2 0 1 0 3 0 1 0 1 1 2 1 1 2 1
187 1.232 81 781 437 3,615 209 557 172 675 862 4,696 804 604 2,763 662
2 5 1 9 5 3 3 7 2 8 0 6 0 7 3 8
B寺545■卓■士■■中甲F■F
O 1 0 O O 4 0 0 0 0 1 5 1 0 3 0
第1表宮城県工業の地壊別構成の推移(2)
1965年
事 業 所 数
(戸) 栂成」
比 成
従 業 者 数
(人) 櫛成1櫛成比
製造品出荷額 (百万円) 構成構成
%
機
%
比
%
県 計 5,486 100 81,488 100 185, 154 100
手▲
巾 計 3,449 62.9 58,361 71 6 140,606 75.9
仙台市 石巻市 塩釜市 古川市 気仙沼市 白石市 名取市 角田市 多賀城市
泉 市
岩沼市
1,581 556 463 182 344 163 84 76
28.8 10. 1 8.5 3.3 6.3 3.0 1.5 1 4
30,221 9,605 7, 178 2,311 4,362 2,660 1,337 687
37. 1 11、8 8.8 2.8 5.4 3.3 1.6 0 8
73,833 26,592 20,481 2,804 9,559 4,319 2,436 532
39,9 14.4 11.0 l,5 5.2 2.3 1.3 0.3
刈田郡 柴田郡 伊具郡 亘理郡 名取郡 宮城郡 黒川郡 加美郡 志田郡 玉造郡 遠田郡 栗原郡 登米郡 桃生郡 牡鹿郡 本吉郡
428 2,436 382 918 1,021 4,400 461 1,613 338 1,415 1, 170 2.478 1,247 1.564 2,368 888
O‑5 3.0 0‑5 1. 1 1.3 5.4 0.6 2.0 0.4 1.7 1.4 3. 1 1.5 1.9 2.9 1. 1
448 3.358 201 1,299 2,620 12,319 513 1,624 334 1,693 2,289 6,929 1,517 1,503 6,087 1,814
3 8 1 7 4 6 3 9 2 9 2 8 8 8 3 0
■も■■も早■■凸f凸○○○守○
0 1 0 0 1 6 0 0 0 0 1 3 0 0 3 1 56
165 33 94 71 213 48 108 39 176 100 218 133 284 177 122
0 0 6 7 3 9 9 0 7 2 8 0 4 2 2 2
甲■■■■■■甲■■■■■■■5
1 3 0 1 1 3 0 2 0 3 1 4 2 5 3 2
第1表宮轤県工業の地壊別構成の推移(3)
1970年
従 業 者 数 製造品出荷額
(百万円) 柵成柵成比
事 業
(戸)
所 数
% 構成比
% 櫛成比
%
(人)
県 計 6.427 100 119,499 100 449,937 100
市 計 3.996 62.2 72.403 60,6 300.246 66.7
仙台市 石巻市 塩釜市 古ノ │ |市 気仙沼市 白石市 名取市 角田市 多賀城市
泉 市
岩沼市
27.7 10.9 6.9 2.8 4 6 3.4 1.7 2.6
140,580 69,555 36,369 8,424 19,797 9,889 7,992 7,640
31.2 15.4 8. 1 1.9 4.4 ワワーォー
1,8 1̲7 1,876
577 473 190 436 229 130 85
2 0 3 0 8 6 0 3
号中仔甲や■■■
9 9 7 3 6 3 2 1
2
33, 101 13,043 8,290 3,328 5,547 4,026 1,971 3,097
刈田郡 柴田郡 伊具郡 亘理郡 名取郡 宮城郡 黒川郡 加美郡 志田郡 玉造郡 遠田郡 栗原郡 登米郡 桃生郡 牡鹿郡 本吉郡
79 180 73 142 104 278 74 109 61 166 122 241 168 310 188 136
2 8 1 2 6 3 2 7 6 6 9 8 6 8 9 1
叶仔甲厚号守凸号■中■中■■■■
■
Ⅱ 且
︑ 〆
﹂ 宙
Ⅱ 且 ハ ノ 告
■
Ⅱ 几
.
〃 斗 令 曲
Ⅱ L
■
Ⅱ 凡 屯
Ⅱ ユ 内 〆
﹄ 勺
Ⅱ ユ 品 ぺ J
︑
/
﹄ j u L
︑
/
﹄ m
/
﹄
1,078 6,385 1,313 2,503 2,853 6,585 1.552 2,277 890 1,837 3,910 4.907 3,760 2,918 2,784 1,544
9 3 1 1 4 5 3 9 7 5 3 1 2 5 3 3
号■も55中■号■凸■卓55Ⅱ■
0 5 1 2 2 5 1 1 0 1 3 4 3 2 2 1
1,880 18,331 2,235 7.脚9 24,298 32,脚8 3,023 3,793 1, 105 4,013 9,839 15,762 5,533 5,712 10, 167 3.543
4 1 5 6 4 3 7 8 2 9 2 5 2 3 4 8
■中■卓巾■■■■■■■中■■■
0 4 0 1 5 7 0 0 0 0 2 3 1 1 2 0
第1豪宮轤県工業の地域別構成の推移(4)
1975年
従 業 者 数 製造品出荷額
(百万円) 構成.構成比
邸 業 所 数
(戸) 構成」構成比
% 構成比
%
%
(人)
県 計 6,919 100 132,088 100 1,208,7871,208,787 100
吟
巾 計 4,467 64.5 81,872 61.9 921,271921.271 76.2
仙台市 石巻市 塩釜市 古川市 気仙沼市 白石市 名取市 角田市 多賀城市
泉 市
岩沼市
356,570 188,546 86,372 31,045 47,677 28,090 32,479 24,059 54,298 5,734 66,401 356,570 188,546 86,372 31,045 47,677 28,090 32,479 24,059 54,298 5,734 66,401
29,4 15、5 7. 1 2.5 3 9 2.3 2.6 1,9 4.4 0.4 5.4 1,877
614 479 184 510 230 154 113 140 57 109
29,537 13,675 7,852 3,659 6,646 4, 115 2,750 3,338 4,819 1,092 4,389
3 3 9
﹇ I 0 1 0 5 6 8 3
中■中中■申士■■5号
2 0 5 2 5 3 2 2 3 0 3 2 1 1
8 9 6 3 3 2 6 0 8 5
F士F甲■巾今谷○心■
7 8 6 2 7 3 2 1 2 0 1
2
刈田郡 柴田郡 伊具郡 亘理郡 名取郡 宮城郡 黒川郡 加美郡 志田郡 玉造郡 遠田郡 栗原郡 登米郡 桃生郡 牡鹿郡 本吉郡
0.4 4.7 0.2 1.3 0.01 1.3 1.6 1.0 1.0 0,6 2,0 3.5 1.6 1.3 2.0 0‑7 1.348
8,188 1,088 2.704 42 1,818 3,008 2,999 1,770 1,585 4,313 6,941 5,282 2,903 2,822 2,405
3
0 1 8 0 0 3 2 2 3 1 2 2 9 1 1 8
叶厚士■■■も士5千BBBB■■
1 6 0 2 0 1 2 2 1 1 3 5 3 2 2 1
5, 114 57.549 3,300 15,876 228 16,263 19,648 12,667 12,423 7,583 24,490 42.308 19,696 16.359 24,815 9, 186 5. 114 57.549 3,300 15,876 228 16,263 19,648 12,667 12,423 7,583 24,490 42.308 19.696 16.359 24,815 9, 186 93
236 75 158 10 173 122 116 68 150 156 259 199 316 171 150
3 4 0 2 1 5 7 6 9 1 2 7 8 5 4 1
BBB■叶厚■■■■士■■■■中
1 3 1 2 0 2 1 1 0 2 2 3 2 4 2 2