岡山大学経済学会雑誌
3 0( 4 ), 1 9 9 9,1 1 1 ‑1 3 2
イン ドの先住部族民 と経済開発
‑ 森林 開発 を中心 に‑
真 実 一 美
は じ め に
イン ドには,多様 な文化や生活様式を もつ多 くの先住部族民(1)が全土にわ たって居住 してお り,独立直後か らイ ン ド政府は彼 らのために憲法における さまざまな保護規定に始 まる保護制度の体系を作 り上げてきた。 この ような イ ン ドの試みは,先住民族問題‑の関心が高 まる以前か ら,独立国家の 「国 家建設」 と 「国民統合」 の一環 として これを位置づけてきた とい う点で もユ ニークなものであった。それゆえ,イ ン ドの事例をエスニ ック多元主義の成 功例 として高 く評価す る見解が存在す ることも驚 くにはあた らな い(2)D しか し,そ こには家父長主義的温情主義 と 「国家建設」 と 「国民統合」を部族氏 の問題に優越 させ る傾 向が もちろんみ られ るのであ り,これ らは基本的には 同化主義的 ,統合主義的な役割をはた して きた とみ ることがで きる。 しか
(1) イ ン ドでは ,先住民族 の存在 を政府 は認 めていないが ,かれ らを通常部族民 (trlbal) とい う言葉 で呼んでいるC行政的には指定部族民 (scheduledtribes)とい う言葉 が使わ れ ,州 ご とに登録 された部族民集 団に さまざまの保護 をお こな って い るO な お , ヒ ン デ ィー語 では もともとそ こに住 んでいた人 々 とい う意味 のアデ ィヴ ァシ (Adivasi)と とい う言集を使 うQ
(2)R.スタベンノ、‑ゲン
,
「エスニック問題と社会科学」
,岩波書店編集部霜,『現代世界の危磯と未来‑の展望』,岩波書店
,1 9 8 4
年,1 9 5
ページ。‑ 111‑
1054
し,国際機関の中で初めて先住民族についての具体 的保護 を規定 した
I L0
(国際労働牧園)の見解 も,その当時は基本的には家父長主義的温情主義に 基づいていた
。1 9 5 7
年に,I LO
は先住民族や他の部族民お よび半部族民の保 護 と融和に関す る条約 と勧告を採択 した。 これ らは,部族民を 「国家の他の 階層の到達段階 より遅れた発展段階にある」 と定義 し,かれ らの 「漸進的な 融合」を 目的 とし(3),かれ らの 自決権を含む ,将来についてのかれ ら自身 に よる決定権についてはなん らの配慮 もなされてはいなか った。 この ような時 代の状況を考慮すれば,イ ン ドの先住部族民政策は歴史的な意義 と同時に限 界を ももっていることは言 うまで もないが ,今 日的にみてもなお検討に値す る多 くの優れた点を も含んでいた。 しか しなが ら,その理念に多 くの優れた ものを もっているとして も,現実の保護政策や部族民政策の実施が どの よう になされてきたか とい うことや ,部族民の置かれた状況が実際には どの よう に変化 してきたか とい うことは別 の問題である。現実には,これ らの政策の 成果は乏 しく,部族民の置かれている社会経済的状況は次第に悪化 してきた といわれているのである。 ここではイ ン ドの先住民族の置かれた状況 と森林 汰 ,森林開発の関連について考えてみたい。イン ドの先住民族は森林に居住 した り,それに大 き く依存 した生活をお こなっているものが多い。そ こで, この ような検討は経済開発が社会的弱者層 の一つである先住民族に どの よう な影響を与えてきたのかを考える上で有意義 といえ よう。 ここでは主 として 先住部族民 ,部族民 とい う言葉を使 うが ,特に ことわ らない限 り指定部族民 の ことを指す とともに,国際的に使われている先住民族 とい う用語 とも同様 の意味を持つ もの として使いたい。(3) ジュリアン ・バ ージャー著 ,真実一美,辻野功 他訳,『世 界 の先住民族』,明石 書 店,1992年,502‑503ペ ージ0
‑ 112 ‑
インドの先住部族民と経済開発
1 0 5 5
1.イン ドの先住部族民 と森林
現在 イ ン ドには
,1 0 0
以上 の言語を話 し,それぞれが異 な った独 自の文 化 を もつ2 0 0
を こえる部族民が居住 しているといわれ て い る(4) 。1981
年 セ ンサ スではかれ らの人 口は51 50
万に ものぼ ってお り,イ ン ドの全 人 口の7. 5
パ ー セ ン トを占めている。 しか し,イ ン ドの先住部族民は決 して均質的な集団で はな く,多数 の民族集団がイ ン ド全土 にわた って散 らば り,主に アー リア系 多数派 の非部族民 と複雑 に入 り組 んで居住 している。 しか も,全 国に均等 に■分散 しているのではな く,い くつかの地 域 に集 中が見 られ る。 か れ らの
85
パ ーセ ン ト以上はイ ン ド中央部 (マ ッデ ィヤ ・プラデ シ ュ州 ,オ リッサ州 ,ど‑ール州南部 ,グジ ャラー り 卜1お よび マ‑ ラー シ ュ トラ州 の酉 ガ ‑ ツ山 派 ,ア‑ン ドラ ・プラデ シ ュ州 北 部 に集 中 して い る(5)。 また ,北 東 部 諸州 (ア ッサ ム,マニプル ,ナガ ラン ド, ミゾラム, トリプラ,メガ ラヤ,アル ナチ ャル ・プラデ シュ) に も大 きな集中が見 られ る。前 の地域 では ,部族民 は長期 にわた る ヒン ドゥー社会 との接触を経験 し,その影響を受けなが ら, それぞれの州 の少数派 として存在 して きたのに対 し,後 の地域 では多数 の非 部族民 の流入を経験 したア ッサ ムと トリプラを除けば現在 もそれぞれの州人 口の多数 を占めてお り,独立 以来 自治 や 分離 を要 求 して武 装 闘争 を も含 む 種 々の手段 で闘 って きた。 もちろん ,両者 の間には同 じ先住民族 として,現 在直面 してい る多 くの問題 につ いて共通性 を もっていることはい うまで もな い. しか し,ここでは分離独立や 自治 の拡大 のために武装闘争 な どを長期に わた ってお こな って きた経験 を有す るな どのさまざまな点 で他 の地域 とは異
(4)
少なくとも4 0 0
の部族集団が存在するという見解もある。(JuliaClevesMosseJndia PathstoDevelopment,Oxfam,Oxford.1991.p,24)(5)'Adivasis of India'in the Minority Rights Group ed.,World Directory of Minorities,Longman,Essex,p.286.なお,時期は明確でないが
,5 4 0 0
万という指摘も あるO(Mosse,opcit.,p.22)‑ 113‑
1056
な った独 自の特徴を もっている北東部の部族民を りあえず除外 して議論 した
い 。
これ らの部族民はイ ン ド社会 の多数派を形成す る非部族民の中に散在 しあ るいは入 り阻みなが ら生活 しているが,その生活の様式 も伝統的な狩猟や焼 畑な どの 「前農業的技術」に依存する 「原始的部族」か ら,定着農業の よう なほ とん ど非部族民 と変わ らないものまで多肢にわた って い る。 「原始 的部 族」には
,1 9 8 8
年 の時点で7 3
部族,1 0 0
万人以上が分類 されていた(6)。なお,この 「原始的部族」の保護 とい う考 え方は植民地期に起源を もつ もので,家 父長主義的保護の考えの起源は ここにある。今 日も一般に部族民はお くれた 原始的な民族集団であると理解 されているが,現在 もいわゆる狩猟採集に依 存 し,移動生活を している人 々は先住部族 民 の
1 0
パ ーセ ン ト以下 にす ぎな い。 しか し,今 もなお半数以上が森林の産物に生活の多 くを依存 してお り, 自然環境 のもつ意味はなお大 きい ものがある(7)。それゆえ,かれ らの多 くは 今 日も自然環境 とた くみに共存 しながら,一般には土地の私有化 をお こな う ことな く,比較的商品経済にたいする依存 の度合の低い 自給 自足経済に基づ く独 自の社会を形成 して生活 しているといわれている。 しか し,同時にかれ ら部族民の商品経済 との関わ りには多様なあ り方が見 られ ることに も注意 し ておきたい。かれ らは,建材な どのための材木や燃料 としての薪以外に も,多様な森林 の産物を利用 している。それ らの森林の産物は,マイナ‑ ・フ ォレス ト・プ ロデ ュース(MFP)と呼ばれている。た とえばマファー (mahua)(8)の花 ,サ
(6)̀Adivasisoflndia',p.286.
(7)Ibid.,p288.
(8)Madhuaindica,花 は栄養 に富 んでお り, ど‑ ールや マ ッデ ィヤ ・プラデ シ ュ州 の部 族民 の食料 とな り,また発酵 させて酒 を造 る。果実か らは油が採れ ,北西 イ ン ドでは灯 火 ,石鹸 ,マ‑ガ T)ンの原料 ,食用油な どに使われ るOバ ター ・オイル ・ツ リー とも呼 ばれ るO (R.A Raju,ForestWealthoHndia,DayaPublishingHouse,Delhi.1997,p l111
‑ 1 14 ‑
インドの先住部族民と経済開発 1057
ル (sat)(9)の実 ,ビーデ ィと呼ばれ るイ ン ドの庶民が吸 う 「タバ コ」に使われ るテ ン ドゥ‑ (tendu)の葉 ,樹脂 ,竹 ,マ ンゴーな どの果実 の よ うな さまざ まの ものが利用 されている。そ して ,これ らを直接 に食糧や生活必需品 とし て利用す るだけでな く,それ らの販売 に よって貴重 な貨幣収入を得 ているの である。それゆえ
,
「部族民に とって ,マイナー ・フ ォレス ト・プ ロデ ュース は メジャー ・フ ォレス ト ・プ ロデ ュース で あ るo材 木 は都 市 のイ ン ド人 に とってのみ メジ ャー ・フ ォレス ト ・プ ロデ ュースであるにす ぎない」 とさえ 言われ るのである。 オ リッサ ,マ ッデ ィヤ ・プラデ シュ,ヒマチ ャル ・プラ デ シ ュ,ど‑‑ルな どの州 では,8 0
パ ーセ ン ト以上 の森林 の居住者が25
か ら5 0
パ ーセ ン トの食料を森林 に依拠 している。 と りわけ ,収穫 の少ない時期 に は ,マフ ァー,マ ンゴー,その他 の果実 ,塊茎 ,梶 ,莱 ,野性動物や鳥な ど が ,唯一 の食料 とな ってい るとい う。 オ リッサ の例 を も う少 し詳 し く見 る と,1 3
パ ーセ ン トの森林住民はMFP
に もっぱ ら依存 してお り,他 の1 7
パ ー セ ン トは土地を持たず 日雇 い労働,MFP
の採取 に依 存 して い る。 他 の3 9
パ ーセ ン トに とっては
,MFP
の採取 は副業 とな っている(10)。 この よ うに ,MFP
の よ うな森林 の産物 はそ こに居住す る住民 の多 くに とっては生活 を維 持 してい くために必要不可欠な もの とな っているのである。また ,現在 もかな りの先住部族民が焼畑 に よって主 として主食 を 自給 しつ つ生計 を立 ててい るが ,これは森林 の中で周期的に焼畑 を移動 させなが らお こなわれてい る。 したが って ,この よ うな焼畑 を継続 してい くためには充分 な面積 の森林 の生態系が維持 され ることが必要不可欠 であることはい うまで
(9)Shoriarobusta,Gaertnf,高木で枝を張る。材木として使われるとともに,樹皮や葉 は皮なめしに使われるD樹液から香を作ったり,殺菌剤の原料になったり,樹脂からは 塗料や靴墨がとれる。種子はいって食用とする。また種子からとれる油はサル ・バター
と呼ばれ部族民は料理に使っている。(Ibidリpp202‑203)
(10)'MinorForestProduce',inTheStateofIndia'sEnvironment1984185:TheSecond Citizens'Report,CentreforScienceandEnvironment,New Delhi,1985,p91
‑ 115‑
1058
もない。焼畑 ,移動耕作者 の統計的把握 は容易ではないが ,以下 で若干イ ン ドの移動耕作 についての統計的デ ータを紹介 したい。指定 カース tお よび指 定部族 コ ミッシ ョンに よれ ば260万人,109部族 が焼畑 農 業 を お こな ってい て,12の州 お よび連邦直轄領に分布 してお り,毎年2300万 エーカーの土地 で 移動耕作 をお こな っているとい う。農業省 の移動耕作者 に関す るタ‑ス ク ・
フ ォースの報告では ,全部族民人 口の12パ ーセ ン トを 占め るお よそ85万 の部 族民家族が存在 してお り,かれ らは16州 の62県 の233開発 ブ ロ ックに分布 し ていて ,約1000万‑ クタール (2471万1000ェ ‑ カー) の土 地 で焼 畑 を お こ な ってい る(ll)。なお ,移動耕作 はア ッサ ム,アルナチ ャル ・プラデ シ ュ,マ ニプル ,メガラヤな どの北東部 の諸州においては と りわけ顕著にお こなわれ ているが ,中央部 の丘陵地域 で もかな り広範 にみ られ る。 また ,移動耕作者 の多 くは部族民であるが ,指定 カース ト(9.47% )やその他 の者 (2.87% ) も少数 ではあるがお こな ってい る(12)。 オ リ ッサ州 の場 合 につ い て見 れ ば , 1961年 セ ンサスで45万人が焼畑農業 に従事 している。そ して,1978年 の同州 コラプ ッ ト県の調査 に よれば部族民 の約17.94パ ーセ ン トが これ に従 事 して いた(13)。 しか し,同州 の他 の地域 についてはデ ータは得 ることがで きない と い う。
だが ,と りわけ独立後 ,イ ン ドにおいては大規模かつ急速 に森林 の破壊 が
(ll)JaganathPathy,̀TheAgrarianSituationinTribalArea',JournalofSocialand EconomicStudies,Vo14No.2,1987,pp146‑7.Pathyによれば,このクースク ・
フォースの焼畑の面積は過大に見黄もられているという。
(12)WalterFernandes,GeetaMeれon and Philip Viegas,Forests,Environmentand TribalEconomy:Deforestation,ImpoverishmentandMarginalisationinOrissa,Indian Social lnstitute,New Delhi,1988,p.65
(13)P.C MohapatraandS.C Pathnaik,TribalDevelopmentinaForestryFramework :A CaseStudyofKoraputDistrict1978,1978mimeo.(Femandesetal,op.citH pp65‑6)なお,オリッサ州政府の文香 (TheStatlStica1OutlineofOrissaForests)に よると,移動耕作地は37,084.13平方キロメートル (約916万エーカー),人口 (部族民) は70万6412人であるという。(Fernandesetal,op.°it,pp.65‑65)
‑1 1 6
‑イ ン ドの先住部族民 と経済 開発
1 0 5 9
進み,これ らの森林に居住す る主 として先住部族民の人 々の生活 と経済は生 活基盤の喪失のために深刻な危機に直面す るようになってきた。 また,政府 も焼畑農業か ら定着農業への転換を奨申 してきているO これ らについては , 後で も う少 し詳 しくみてゆ きたい。
2.
独立後の指定部族民保護政策 と経済開発イ ン ドは先住民族 の存在 を公式には認めていない とはいえ,かれ らを社会 的弱者の一翼を占める指定部族民 として認定 し,さまざまな保護を与えるユ ニークな部族民保護 の法一行政体系を作 り上げてきたo もちろん
,1 9 50
年代 までにその根幹が形成 されてきた保護政策体系には,今 日の時点でみれば多 くの限界が存在す るし,先住部族民の自発的意志を尊重 してゆ こうとい う側 面 と家父長的温情主義的保護や同化統合主義的傾 向が混在 していることも事 実であるO しか しなが ら,それに もかかわ らず ,今 日的にみて もなお多 くの 積極的に評価 しうる点を持 っていることもた しかであろ う。それは憲法にお けるさまざまな保護規定には じま り,中央お よび州議会におけ る議席 の人 口 比に応 じた留保 ,公務員 ,公企業における雇用 の留保 ,公立教育機関‑の優 先入学や入学定員の留保な どの構極的 な保護 的差別 に まで及 んでい るO ま た,経済的に後れた地域の多い指定部族民の居住地域を対象 とす る一連の部 族民地域開発計画が1950
年代か ら実施 されてきている。 これ らは,部族民の 独 自性を尊重 しなが ら,かれ らの劣悪な経済状況を改善す ることを意図 した ものであった(14)。 しか し,現実には これ らの成 果 は乏 し く, これ らの中で「実効的に機能 しているものはほ とん どな (く),‑州 都族民の抑圧 と貧困は
(14)指定部族民の保護規定や部族民地域開発計画などについては,真実一美,「イ ン ドの エスニ ック多元主義の理想 と現実」
,
『岡山大学経済学会雑誌』,第2 5
巻第3
号,1 9 9 4
年2
月,1 6 6 ‑ 1 7 0
ページで触れたので参照 されたい。‑ 117 ‑
1060
増 しつつある」(15)といわれている。独立後のイ ン ドの経済開発 ‑国民経済建 設の進行の中で,遅 々とした歩みではあるがイ ン ドは工業化を押 し進め,国 民経済を発展 させてきた。その経済発展が多 くの歪みを持つ ものであること は,さまざまの ところで指摘 されてきた。い くらかのポピュラーな例をあげ れば,線の革命に よる農村 の貧富の格差の拡大 ,都市におけ るスラムや貧困 層 の拡大な どのいわゆ るイ ンフ ォーマル ・セクターの問題 ,更に最近では経 済 自由化の進展に ともな う貧富 の格差の拡大な どがあげ られ るだろ う。イ ン
ドの経済発展が作 り出 してきたそれ らの歪みや矛盾を数 え上げてゆけば際限 がない ように思われ る。 しか し,おそ らくイ ン ドの経済開発の進展の中で最 も大 きな犠牲を強い られてきた社会集団の一つが先住部族民であることには 疑 いがないだろ う。かれ らは優れた保護規定 の存在に もかかわ らず ,今や民 族的アイデ ンテ ィテ ィの解体 と経済的破滅の淵に立たされているとい って も
よいだろ うO
独立後 の経済建設の過程で,政府は種 々の大塊模 プ ロジェク トを意欲的に 遂行 してきた。それ らのプ ロジェク トの多 くは,資源立地や地域格差 の是正 を考慮 して農村 ・辺境地域で遂行 されてきた。そ して,それ らがその地域の 住民 と りわけ部族民の生活基盤を破壊 した り,奪い取 った り,かれ らを元の 居住地域か ら立ち退かせて,生活を破壊 して きてきた。 これ までの政府 プ ロ ジェク トに よる立ち退 き者数については民間の主 として市民団体に よるい く つかの推計があるが ,それ らに よればその数は1500万人か ら2160万人 とな っ ている(16)Qなお,立ち退 きの問題 については前に別 のところで触れたので, 詳細についてはそれをみていだ きたいが(17),ここでも簡単に要約 してお きた
(15)バージャー,前掲書,246ページ。
( 1 6 )
Clarence Maloney,̀Environmentaland ProjectDisplacementofPopulation in lndia,PartI,DevelopmentandDerasination',UFSIFieldStaffReport,Asia/No.14,1990‑91,pp.1‑3.
(17)真実,前掲論文,170‑178ページ。
‑1 1 8‑
イ ン ドの先住部族民 と経済開発 1061
いOこれ らのプロジェク トは河川開発 (ダム,潅概),工業 ,鉱山,野性動物 保護区など多岐にわたっているが,河川開発がもっとも多 くの人々を立ち退 かせてきた。立ち退 きの補償は,通常貨幣で支払われ市場価格 よりもはるか に安かった。それで,多 くの立ち退 き者は立ち退 き前 と同規模の代替地や家 屋を手に入れ ることができず ,大幅な生活水準の低下を経験 している。そ し て,立ち退いてか ら長期間たった後 も,生活の再建ができずにその後遺症に 苦 しみ続けている。そ して,はなはだ しい場合には,借金のために債務奴隷 となった り,都市のスラムで日雇い労働で暮 らす ことを よぎな くされている とい う
。1 983
年に完成 した ラジャスターン州のマヒ川のマヒ ・バ ジャジ ・サ ガール ・ダムの例をあげれば,立ち退 き者は1 0
年後でさえ土地を持つ ことが できず ,政府の用意 した再定住 コロニーは部族民 の生活 に適 していないの で ,自分たちで コロニーをつ くって暮 らす こ とを強 い られ て い る とい ら(18)。政府のデータに よっても,すでに独立後8 5 0
万の部族民が これ らのプ ロジェク T.に よって立ち退かされてきた といわれているが,正確な統計は存 在 しない(19)。これ らの経済開発プロジェク トは先住部族民に大 きな犠牲を強 いてきたが,それに よる恩恵を受けてきたのは主流の非部族民社会であ り, とりわけ都市 と工業であった。国民経済の発展 とは,この場合には非主流社 会の犠牲の上に,主流社会が発展することであったo さらに,部族民の多 く が生活 している森林の 「開発」そのものも,かれ らの生活環境を破壊 してき(18)Roop Singh 石hil,̀Planning forRehabilitation of Displaced Tribals',IWGIA Newsletter.No.59,December1989,p.64.
(19)Mosse,op.cit,,p.24,お よび RaajenSingh,̀Development,Destrtlctionand the Adivasisin lndia',IWGIA Newsletter,No.1.January/Feburary/March 1993,p.
29.しか し,どちらも出典を明 らかに していない。theCommissionerforScheduled CastesandScheduledTribesの報告に よれば,部族民の約15%が立ち退か されてきた と述べてお り,これは前のデータと大体一致す るC(ReportoftheCommissionerfor ScheduledCastesandScheduledTribes:TwentyninthReport1987‑89,Govemment ofIndia,New Delhi,1990,p.277)
・ ‑1 1 9‑
1062
たのであるoそ こで,この森林開発に よる部族民の生活破壊について検討 し てみたい。
3.
森林法 と先住部族民独立イ ン ドでは,多 くのダムや工場が建設 され ,鉱山開発がおこなわれ , 国民経済建設がお し進め られてきた。 これ らの大規模 プ ロジェク トの多 くは 僻地でお こなわれてきた。 と りわけダムは経済開発の要 として重視 され ,大 規模 ダムが続 々と建設 されてきた。 これ らも,多 くは部族民の居住地である 山岳 ,丘陵地域で建設 されてきた。それ らの多 くは多 目的ダムであ り,種 々 の 目的の中で潅概用水の供給が しば しば最 も重要な 目的 として掲げ られてい た。 と りわけ ,早魅多発地域では,これ らの ダ ムの恩恵 は重要祝 され て き た。現在 ,開発 と環境 と先住民の生活の破壊 との関係で注 目を集めているナ ルマダ渓谷開発 プロジェク トの一環であるサルダル ・サ pパル ・ダムの場合 ち,広大な早魅多発地域を持ち,潅概用水や飲料水の不足に悩む グジャラー り Hに,水を供給す ることで早魅に苦 しむ人 々に恩恵を与えることが建設の 主要 目的の一つ とされた。それで,このダムはグジャラー ト州政府な どの推 進側か らはグジャラー トの生命線であるとさえ主張 されてきたo Lか し,実 際には,このプロジ ェク トの水の分配はきわめて不公平で,早魅多発地域は ほ とん ど恩恵に浴す ることはできず ,先進的農業地域が商業的農業の一層 の 展開のために水のほ とん どを取 って しま うとい う指摘 もなされている。 この ように,大鹿模 プロジェク トに よる経済開発 の進展 は地域間 ,階層間の経済 格差を拡大 しつつ進め られてきた といえ よう。だが ,ここで注意 しておかね ばな らないことは ,この地域の早魅は決 して 自然現象 とみなすべ きものでは ない ことであるo現在 ,グジャラー トの早 魅多発地 域 の一 つ で あ るサ ウラ シュ トラは
,5 0 ‑ 7 0
年前 までは,歳豊かな水にめ ぐまれた地域 であ った とい うQ この地域には,次の ような逸話す ら残 っている018
世紀に,グジャラーー
1 2 0
‑インドの先住部族民と経済開発 1063
トの領主サル ブラン ド・カーン (SarbulandKhan)がサ ウラシ ュ トラの首都 ジェ トゲァ (Jethva)を攻めた時 ,かれの騎兵隊は深 い密生 した森林 のた め に阻 まれ ,それを切 り倒 し燃や しなが らしか進 めなか った とい う(20)。 この よ うに ,現在早魅 にひんぽんに悩 まされている地域 の多 くがかつ ては ,少な く とも植民地 とな る以前は ,豊かな森林 に覆われた地域 であ った とい う。そ し て ,独立後 で さえ ,イ ン ド全体を見れば
,
「ほんの4 0
年前には ,イ ン ドの森林 地帯は まだ野性動物 に満 ちたキ ップ リングの ジ ャングル ・ブ ックの森 林 で あ った」 ともいわれてい るよ うに まだかな り豊 かな森林 が残 っていた(21)0イギ リスの植民地 とな る以前 のイ ン ドは豊かな森林 にめ ぐまれ ていた。 イ ギ リスの植民地支配 の下 で ,イ ン ドの豊かな森林 の無残 な破壊 が開始 され , 急速 に森林 は減少 して行 く。 イギ リス人農業経済学者 , ロバ ‑ I ・ワランス は ,イギ リスの森林政策を批判 し
,
「イ ン ドの広大な地域 が恥 しらず に ,浪費 的に貴重な木材をはぎとられ て きた ,そ して貴重 な木材 の収奪 は ライヤ ツ ト あるいは耕作者 の現地 での利用 のための活動に よってではな く,外部 の需要 に応 じて供給す るために雇われた業者 の活動 に よってであ った」(22)と指摘 し てい る。つ ま り,イギ リスは財政的収入を得 るために森林 の商業的伐採 を大 規模にお こな って きた。そ して,そのために これ まで住民の共 同体的管理 の 下 にあ った森林を国有林 としてい ったのである。そ して ,公共 の利益 の名 の 下 に森林行政 の力を強化 し,これ まで森林 で生活 して きた部族民 な どの さま ざまな森林にたいす る伝統的権利 を次第に制限 してい ったのである。1 8 6 5
年 に ,最初 のイ ン ド森林法が制定 され る。 この法 に よって ,政府 は森林や荒蕪(20)RusiEngineer,̀The SardarSarovarContraversy Are the Critics Rightフ',in B D Dhawaned.,Big DamsIClaims,CounterClaims,Commonwealth Publishers, New Delhi,1990,p.168.
(21)Mosse,opcitHp.22.
(22)RobertWallance,Indiain 1887,Calcutta,1889 SharadKulkarniの解介を引用したQ (Sharad Kulkarni,'ForestLegislation and TribalS‑Commentson ForestPolicy Resolution',EconomicandPoliticalWeekly,December12,1987,p.2143)
‑1 2 1 ‑
1064
地を公有林 と布告す る権限を与 え られた(23)。 また ,これは森林 の住民の林産 物利用を制限 しようとす る試 みで もあった(24)0
そ して ,独立後 もこの よ うな森林政策 と行政 の枠阻 みは先 に触れた ように 基本的にはそのまま引 き継がれ ,森林の商業的開発 のみな らず 国民経済建設 の名 の下 にお こなわれて きた多様 な開発 プ ロジ ェク t,ダム,鉱 山 ,プラン テーシ ョン,農地開発 ,工業開発 な どとも相 まって ,森林 の破壊 は一層加速 されて きたのである。 イ ン ドの森林法では環境 のバ ランスを維持す るために 少な くとも国土の
3
分 の 1ほ良好 な森林 で覆われ るべ きとされてい るが ,現 在 では密生 した森林 はわずか国土 のお よそ1 0
パ ーセ ン トに まで減少 し,危機 的な状況にあるといわれてい るO に もか かわ らず ,森 林 の破 壊 は現在 も年1 5 0
万‑ クタールの割合 で続 いてお り,もしこれが このまま続 くな らば21
世 紀 には原生林 は完全 に消滅 して しま うと考 え られている(25)Dそれでは,独立後 の森林法 ,行政 の動 向をみてみ よ う。 まず
,1 9 5 2
年 に新 たな森林法が制定 され るが ,これは クル カル ニに よれば 「イギ リス植民地政 策 の延長 であ り,それは森林 の内や周辺に居住す る コ ミュニテ ィの要求が国 益 に優先 してはな らない」(26)とい う内容 の ものであった。そ して ,ここでの 国益 とは国有林か らの収益を増大 させ ることであった。 また ,森林住民 の利 用権 につ いては1 8 9 4
年法 よ りも後退 し,以前は特権 と して認め られ ていた利 用権 は単 なる与 え られた利権 とな り,新 しい森林法 に よって 「森 の王 である(23)AjitK.Singh,GayaPandyand PrabhatK.Singh,ForestandTribalsinIndia, ClassicalPublishingCompany,New Delhi,1998,p.151.なおインドにおける森林政策 の推移については三宅博之,「インドにおける環境問題」,古賀正則,内藤雅雄,中村平 治編,『現代インドの展望』,岩波書店,1998年所収,159‑164ページで紹介されている。
(24)Kulkarni,op.°it.,p.2143.
(25)Mosse,op,cit.,p.22.なお,フェルナンデスによれば,植民地期の1854年には国土の 40%が森林であったが,1952年には22%,1982年には10%に森林面積は減少している。
(WalterFernandes,"ForestPolicy:A SolutiontoTribalDeprivat10n'\TheIndian JoumalofSocialWork,January1990‑三宅,前掲論文,156ページで紹介されている) (26)Kulkarni,op.cit.p.2144
‑ 122‑
インドの先住部族民と経済開発
1 0 6 5
部族民は,今や奴隷にな って しまった」 とさえ見 る意見 もある(27)。 この後 , 森林法お よび森林 の管理をめ ぐってはさまざまな立場か ら議論が続け られて
きた。
一つの憤 向は,森林 の経済的商業的開発を押 し進め ようとす るものであっ た
。1 9 7 6
年の全国農業審議会( Nat i onalCommi s s i ononAgr i cul t ur e)は,蘇
林 の商業的開発を主張 し,住民の森林産物 にた いす る権利 の制 限 を勧告 し た。 これに よると,
「産業用木材 の生産が森林の存在理 由で あ らね ばな らな い」 のであった。そ して,
「森林産物 の無料の供給 とかれ ら (森林住 民‑筆 者) の権利 と特典が森林の破壊を もた らしてきた」 として,住民の権利 の制 限を考慮 した。1 9 8 0
年 に,計画委員会 の後 進地域 開発 に関す る全 国委員会( Nat i onalCommi t t eeonDevel opmentofBackwar dAr eas )は ,先の審議
会の意見に従 って ,部族民の森林にたいす る権利の削減を勧告 した。 また , MFPについて も,国の収益を増大 させ るために制限 しようと考 えた。森林 局のイ ン ドの森林地域における権利お よび利権についての検討委員会‑ チ ョウ ドリー委 員 会
(Commi t t ee f orRevi ew ofRi g h t sand Conce s s i on i n For es tAr ea si nl ndi a‑Choudhar yCommi t t ee )は ,1 9 8 4
年に報告を発表 し, 森林破壊が部族民に よって引 き起 こされた として,い くつかの制限を勧告 し た。それ らは,権利 と利権を8
キ ロメー トル以内の居住者に制限 し,受益者 の森林‑の立ち入 りを禁止 し,かれ らに よる森林産物 の販売を禁止す るな ど であった(28)。 これ らの厳 しい制限は,これ まで森林 のさまざまな産物に依拠 して生活 してきた森林地域 の部族民の生活 と経済 を根底 か ら脅 かす もので あった。 「この勧告の含意は,イ ン ドの膨大な人 口の うちで森林 に依存 して 生活 しているお よそ6
パ ーセ ン トの移動生活者の存在を禁止す る要求であっ た」(29)。 この ように,森林 の商業的開発を志 向す る意見は,森林破壊 の原因(27)A.
K. Si n g he ta l リO p .
°i t . ,p . 1 5 3 .
(28)Ku l k a
mi ,o p .
°i t . ,p p .
2144‑45.‑ 123‑
1 0 6 6
が部族民であるとしてかれ らの権利 の制限を主張 した。
他方 ,この ような商業的開発を主張す る考 えにたい し,部族民の生活を重 視す る傾 向もみ られた
。1 9 6 0
年に任命 された指定 カース トお よび指定部族民 コ ミッシ ョナー,U.N.デバールは報告の中で,森林政策 とそれが部族民の生 活にお よぼす影響を分析 した。それは,森林が部族民の生活に とってきわめ て重要な役割をはた していることを強調 し,政府機関 (森林局)の森林にた いす る権限の拡大が ,部族民の生活に損害を与 えていると批判 した。 また , 森林局が ,部族民の権利の行使を認めたが らない ことも指摘 して い る。 ま た,内務省に よって1 9 8 0
年に任命 されたイ ン ドの森林お よび部族民に関す る 委員会‑ ロイ ・ブルマン委員会 (CommitteonForestand Tribalsinlndia‑Roy Burman Committee)ち,森林が部族民の生活に とって重要な意味を持 つ ことを強調 し,これまでの森林事業では国家 お よび民間部門の収入 とい う 見地か らのみ考 えられてきた と指摘 してい る。 そ して ,森林 法 は部族 民個 人 ,現地 の部族民社会そ して国家の利益が三者の間の森林政策の
3
つの要 と みなされ るべ きであるとして,部族民の権利‑の配慮を示 した(30)Oまた ,環境の点か ら森林保護を考える見方が近年強 まっている
。1 9 8 0
年 の 森林 (保全)汰 (Forest(Conservation)Act)は,森林 の保護 のために森林を 他の用途に転用す ることを厳 しく規制 し,中央政府の東認のある場合を除 き それを禁止 した。その後,1 9 8 7
年 の森林政策案では,環境保全の観点が強調 され ,経済的利益は この ような環境保全を重視す る原則に従属す るものとさ れた(31)。そ して,これに基づいて1 9 8 8
年に森林法は改正 され ,環境保全を優 先 させ ることとな り,そ こでは土壌流出や砂漠化の防止 ,ソーシャル ・フ ォ(29)‑TheGovernmentViewpoint‑TheForestPolicy:QuestionUnanswered',inCentre forScienceandEnvironment,op.citリp97
(30)Kulkami ,op.cit.,pp.2144‑45.
(31)S.S.Negi,EnvironmentalRegeneration and CrlSis in India,Indus Publishing Company,New Delhi,1991,p38.
‑1 2 4 ‑
イ ン ドの先住部族民 と経済 開発 1067
レス t1)一に よる大規模な植林 ,森林保全 のための大衆運動 の創出があげ ら れている(32)。 この ように さまざまの改善に よって,環境の保全が強調 され る
とともに,部族民‑の配慮 にも言及 され るようになってきた。
しか し,実際には商業的開発重視の森林経営は継続 され ,部族民の権利の 制限あるいは侵害が続いているといわれ る。そ して,しば しば森林局に よる 規制 の強化 は部族 民 との対立 を生み 出 し,死亡者す らも出てい るので あ る(33)。そ して,この ような対立の深刻化 の原因には,イン ドの森林法がイギ リスの植民地期の政策を基本的には踏襲す るものであ り,森林 の住民の生活 と権利を守 るものではなか った ことがあるだろ う。それは,森林住民や部族 民の森林 と森林の産物にたいす る権利を否定 し,全ての森林が国家に よ り所 有 され ,他の権利が国家に より規制 され るべ きであるとい う原則に基づいて いた。そ して,森林法は この ような考えに もとづいて運用 されつづけ られて いるようである。
4.
森林開発 と先住部族民独立後 ,イン ドの経済発展 と工業化の進展に ともな って,工業原料 として の木材需要は飛躍的に増大 してい った。そ して,商業的林業 としての単一樹 種や外来樹種 の植林 が広 く行われて きた。 自然林 を ,商業的に利益 がえ ら
(32)Research and ReferenceDivision,MinistoryofInformation and Broad Casting. GovernmentofIndia ed,India 1991:A Reference Annual,Publication Division, MinistoryofInformationandBroadCasting,Governmentoflmdia,New Delhi,1992, p.228.
(33)例 え ば,K,Balagopal,̀TheForbidden Wood',Economicand Political Weekly. May28,1988を参照。これは,1988年4月24日,アーン ドラ ・プラデシュ州 アデ ィラバ
ド県で起 こった部族民殺害事件をあつかっている。部族民が集 めた木材 を押収 しよう として,森林局官吏 と警官が部族民の村を襲い,発砲によって部族民 1人を殺害 した事 件の報告である。同 じような事件は1年前にも生 じてお り,このような事件はさまざま の地域で頻発 している0
‑125一
1068
れ ,木材やパル プ原料 となる単一 の樹種 ,パイ ンや ユーカ リに置 き換 えるこ とが政策的に追求 されて きた。 これ らには,世界銀行やその他 の国際機関の 援助 ,融資 あるいは二国間援助が用 い られて きた。 いや ,これ らはイ ン ドの 政府 に よってだけではな く,多 くの国際機 関や先進諸国に よって も積極的に 押 し進 め られて きた とい って よいだろ う。世銀 は,開発途上国を国際市場に おけ る安価 な木材 の大規模 な供給源 とす るために,つ ま り先進 国のための木 材供給地 とす るために ,これ らの国 々で商業的樹種 の植林 ,プランテーシ ョ
ンの育成 を意欲的にお こな って きた。例 えば ,世銀 の林 業 につ い て の セ ク ター ・ポ リシー ・ペ ーパ ーに よれば ,熱帯材 の輸 出を開発途上 国の外貨獲得 に役立つ とい うことで重視 していた(34)。 もっとも,イ ン ドの場合ではまず国 内需要を満たすための森林資源開発が 目ざ された。
世銀 はイ ン ドにおいて も,い くつかの林業 プ ロジ ェク トに援助 をお こな っ た。その一つの例 として ,パスタル ・パイ ン ・プランテ‑シ ョン ・プ ロジ ェ ク トを取 り上げ よ う(35)。 また ,イ ン ドは国内的には製紙工場 のための原料パ ル プを大量に供給す る 目的で,この ような プランテーシ ョンの開発 を試 みた のであった。ベルギ ーの広 さに匹敵す るイ ン ド最大 の林業県 であるバ スクル の 自然林 で
4 0 0 0
‑ クタールの主 としてサルか らなる落葉樹 の森林 を伐採 しそ こに トロピカル ・パイ ンを植林す ることが ,マ ッデ ィヤ ・プラデ シ ュ林業開 発公社 に よって1 9 7 6
年 に始め られた。 この計画は ,部族民 を中心 とす る現地(34)BharatDogra,̀TheWorldBankvsthePeopleofBastarlTheEcologist,Vol.15 Nos.1‑2,1985,p.45.
(35)正式名称は,マッディヤ ・プラデシュ林業技術援助プロジェクトという。1980年にイ ンド政府が発表した世銀などの国際機関および二国間援助による林業プロジェクトの 1)ス トが,Dogra,op,cit.,p.45.に掲載されているOこのプロジェクトについては
̀Bastar:TheVanishingFrontie(,inTheStateoflndia'sEnvironment,p.89を参照し た.また,Dograは樹種を トロピカル ・パインとしているが,Andersonたちはカ1)ど アン・パインとしている。(RobertSAndersonandWalterHuber,TheHourofFox:
TropicalForests,theWorldBank.andIndigenousPeopleinCentral India,Vistaar Publications,New Delhi,1988,p.
1
7.)11 2 6‑
インドの先住部族民と経済開発 1069
の 住 民 と環 境 保 護 団 体 ,バ ス ク ル 自然 保 護 協 会
(Ba s t arSo c i e t y f o r Co ns e r va t i o n o fNa t ur e ‑BASCON)
に よ る 強 い 反 対 に 直 面 し た 。BASCON
に よれば ,パイ ン ・プランテーシ ョンは他 の植物 の成育 や 野性 動 物 の居住 に適 してお らず ,落 ちた針葉 は火災をひ きお こす危険があ り,パイ ンの病気が蔓延 し大量 の薬 の使用 に よ り大気 ,土筆や水が汚染 され る可能性 があるな どさまざまの問題 があった。 この よ うな批判 に もかかわ らず ,この プ ロジ ェク トは世銀か らの8 2 0 0
万 ドルの融資 に よって開始 された。 しか し, 部族民住民 と自然保護団体 の反対に よって この計画は結局 中止に追 い込 まれ て しまったCそ して,1 9 8 3
年 までに植林 されたパイ ンの大部分は病害に よっ て枯れて しまい計画は放棄 され て しまったのである。そ して,住民 の生活が 依存 して きた森林 は失なわれて しまった。 この よ うな惨 めな失敗 に もかかわ らず ,こん どはチークや ユーカ リのプランテーシ ョンがバスクルの他 の地域 で試み られた りした。環境上 の問題 に とどまらず ,自然林 の破壊 は部族民に 深刻 な影響 をあたえる。先 に も触れた ように ,部族民は森林 の さまざまな産 物 を利用 しなが ら生活 してい るが ,工業原料 な どの供給 のための単一樹種 の 商業的 プランテーシ ョンは ,この ような生活 の基盤を掘 り崩 して しま うか ら である。イン ドでは ,近年 この よ うな大規模 な林業 プ ロジ ェク トとは別 に全土にわ た って ソーシ ャル ・フ ォレス トリー計画が実施 されている。 これは ,住民 の 燃料や家畜の飼料を供給す るために ,個人所有地や村 の共有地 ,国有地で植 林 をお こなお うとい うものである。 これにつ いては ,政府 が苗木 を無料 で提 供す るな どの援助をお こな っている。そ して政府 の林業政策 において も重視 され て きた し,いろいろな国際機関や外国の援助 もこれにたい してお こなわ れて きたが ,これ らの場合 もユーカ リな どの早生種 の植林 が多 くみ られ ると い う。 ユーカ リは もっぱ らパル プ原料 として しか利用 で きず ,パイ ンと同様 に他 の動植物 の成育に適 してお らず ,水を大量に消費す るな どのさまざまな 問題が指摘 されている。 これ らの問題 は,イ ン ドのみな らず多 くの開発途上
‑1 2 7‑
1070
国で議論を呼んでいる。そ して,この ような商業的 ソーシャル ・フ ォレス ト リー計画の主要な受益者は豊かな農民で,かれ らは しば しば肥沃な農地に植 林を してきた といわれている。かれ らは苗木 な どの援助 を受 け る ことがで き,また成長 した木を工業原料 (パル プ) と して高 く売 る ことが で きた の で,利益を得 ることができた。 しか し,これは同時に これ まで農地で働いて きた農業労働者の仕事を も奪 ってきた。一方 ,貧 しい農民は植 えた苗木が大 き くなるまでの7‑10年の間待つ余裕がないので,この ような利益を得 るこ とができない とい う(36)。 したが って,農村住民の生活 向上を 目ざす ソーシャ ル ・フ ォレス トリーが ,む しろ住民の経済格差を広げ ,貧 しい人 々の生活を かえって困難にす ることす ら見 られるのである。近年 ,この ような状況は改 善 されつつあるともいわれているが,これ らの検討は別 の機会に譲 りたい。
商業的林業のための森林開発は,イ ン ドの森林の破壊 と荒廃を押 し進めて きた最 も大 きな原因の一つであるといわれている。 しか しなが ら,政府 ,森 林局ば,森林破壊の原因を部族民に転化 してきた。例 えば部族民の薪採集や 焼畑耕作はその大 きな一因 とされてきた。た しかに,この問題が膨大な人 口 をもつイ ン ドにおいてほ無視 しえない として も,過度に誇張 されてきた きら いがある。バスクルで もある市民 グループのメンバーは,森林保護官に部族 民の燃料採取が森林破壊に最 も責任があると言われた。 だが
,
「あ る‑イデ ラバー ドの会社が‑‑・鋼の生産 のために使 った木の量は,県のアデ ィヴァシ が使 った薪の総量 よ りも多か った し,この事実は森林当局に よってけ っして 明らかに されないだろ う」 と指摘 している(37)。た しかに ,燃料 としての木の 伐採量は多 く,7 5
パーセ ン トに も達するといわれている。 しか し,これは家 庭用 と工業用を合わせた数字であ る。 また ,カル ナ ‑タカ州 の調査 に よる(36)Mosse.op.citリp.23.
(37)SundayHerald(Bangalore),21July.1985,AndersonetalHop.at.p.136, (38)Mosse,op.citリp.22.
‑1 2 8‑
インドの先住部族民と経済開発 1071
と,78パーセン トもの伐 られた木が州都バ ンガ ロールで燃料 として使われて いるとい う(38)。つ ま り,薪の大部分は森林周辺の住民に よって直掛 こ消費 さ れ るのではな く,都市住民 と工業に よって消費 されているのである。
次に,簡単に焼畑の ことについて もみ よう(39)。焼畑 も森林破壊の元凶 とみ なされて,焼畑 の規制 と定着農業の奨励が森林地域においてお こなわれてき た。 しか し,焼畑は多雨の山岳あるいは丘陵地帯の 自然条件に巧みに適合 し た農業のや り方 とい うことができる。 もちろん,これは開墾 と休閑を繰 り返 すので,休閑期間の長 さに もよるが実際にある時点で直接開墾 ・栽培のため に利用 している開墾地 の何倍 もの土地を必要 とす る。それゆえ,利用 しうる 土地の広 さが制約条件 となる。 したが って,人 口の増加が焼畑 の継続を困難 にす ることは容易に予想で きるだろ うo Lか し,ここで注意 しておかねばな らない ことは,イ ン ドで も他の多 くの開発途上国で も,実際に焼畑 の継続を 危機に陥れているのはけ っして人 口の 自然 な増 加 ではない とい うことであ る。む しろ,森林開発や さまざまのプロジェク トに よる森林破壊に よって, 焼畑のために利用できる土地が急激に減少 させ られて きたのである。 また , 時には政治的 ,経済的理 由か ら先住民族の主流社会‑の強制的統合や貧困対 策の手段 として政府に よって,外部か らの人 口移動が推進 されてきた。 この ような形での森林 ・土地の減少 と人 口の増加が もた らされて きた。そ して , 人 口の人為的増加 と自然的増加は厳密 に区別 されね ばな らない。 この よ う に,さまざまな外的な圧力に よって利用できる土地が減少 していることが , 焼畑農業の継続を困難 に している原因であるといえ よう。
むすびにかえて
イギ リスの文化人類学者‑イメソ ドルフは,ア‑ソ ドラ ・プラデ シュの興
(39)インドの焼畑については,とりあえずPathy,op°it,pp.146‑152を参照
‑ 129‑
1072
味深い例を紹介 している。「アデ ィラバ ドでは,森林局はポ ドゥ(podu)耕作 (焼畑一筆老)にたい して容赦 のない闘いをお こない,そ してかれ らとかれ らの祖 先 が太 古か ら居住 して きた谷や丘 か ら数 え きれ な い コ ラ ム (
t he
Kolams)を追い出 してきたのに,ス リカクラムでは,ほんの限 られた地域だ けが留保林 (reserved forest)として指定 されただけで ,丘陵斜面の大部 分 はポ ドゥ耕作 のために利用す ることができた。」つ ま り,ス リカ クラムでは 部族民の伝統的権利を容認 し,アデ ィラバ ドでは これを否定 し,しば しば部 族民を抑圧 しているのである。かれに よれば ,この違いは,「ス リカクラムで はナクサ ライ トの革命家たちに よって煽動 され指導 された部族民が外都の者 の抑圧にたい し武器を とって立ち上がったのに,アデ ィラバ ドの部族民は今 も自分たちの権利を守 るた めに武器をとるには臆病で従順す ぎる」 とい うこ とにあるとい う(40)。つ ま り,焼畑の継続は人 口や土地 とい う要困 よりは,む しろ部族民の抵抗やそれにたいす る政治的判断に よって決め られているとい うことを意味 している。結局 ,焼畑の制限は環境 ・森林保護のため とい うよ りは,種 々の政治 ・経済 ・社会的理 由でお こなわれてきたのである。部族民 は森林破壊のスケープゴー トとされてきた し,「イン ドの森林法 と森林 開発 はアデ ィヴァシの森林 にたいす る権利の侵害に基づいている」(41)とい う意見 は興味深 い。そ して,イン ドが優れた部族民保護の理念を もちなが らも,結局先住部族 民の生活 と権利を守れなか ったのは,なに よ りも先住部族民の土地にたいす る権利を認めなか った とい うことに ,さらには部族民 とい う遅れた保護すべ き人 々として しかかれ らを位置づけることができず ,自分たちの社会や問題 に関す る決定権を もつ先住民族 として明確に東認 しなか った ことにその根源
(40)Christoph Yon Purer‑Haimendorf,TribesofIndia.The Struggle forSurvival, OxfordUniversityPress,Delhi,1989.p.78.
(41)Singh,op.°it.,p30.
‑ 130‑
イ ン ドの先 住 部 族 民 と経 済 開発 1073
があるように思われる。森林開発 と先住部族民については,まだ検討すべ き 問題が多 く残 されているし,ここで取 り上げたそれぞれの問題 もさらに詳細 に検討することが必要であるが,とりあえず ここでは概括 的な把蛙 をお こ なった。また,部族民を中心 とするさまざまな抵抗運動(42)や住民に よる自力 更正による新たな開発戦略の試みなどについても検討することが必要であろ うoそれは,開発の進行の中で,部族民 の抵抗 と覚醒 がみ られ ,それ と環 竜 ,人権運動が結びついていき,ジャナ ・ヴィカース (人民の開発) とい う 新たな開発戦略の模索が始 まっているか らである。 これ らの検討は,別の機 会に譲 りたい。
また,イン ドの森林問題の検討か ら見えて くることは,市場経済の拡大は 環竜を しば しば破壊するだけでな く,無条件に住民わ生活を向上 させるもの でもないことを示 している。住民の生活向上 とい う視点か ら,経済発展 と環 境の保護を考えることが,今 日も多 くの人々が 自然環境に依拠 して生活 して いる開発途上国の現状を考える時,必要 とされている。
(42)ど‑ ‑ル州 ,西ベ ンガル ,オ リッサ州 ,アー ‑/ ドラ ・プラデ シ ュ州 に またが るチ ョー ク一 ・ナ‑グプル とサ ンタル ・パル ガナの先住部族 民は 自分 た ち の独 自の州 , ジ ャル カソ ドを要求 してい る。 この背景 には ,外部 の者 に よる搾取 ,土地や森林 の喪失があ る と指 摘 され て い るDArunabha,Ghosh,Probing theJharkhandQuestion,Economic andPoliticalWeekly,May4,1991,p.1178.
‑ 131‑
1074