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“电梯”は「エレベーター」か ――

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(1)

梯 は「エレベーター」か

―― 社會的側面からみた語彙の使用に關する一考察 ――

野 田 寛 達

1.はじめに

 『中國語を歩く』(2009年)は、筆者の荒川清秀氏が中國の街角の看板や標識 などの表現や、自身の中國語教育を通しての小さな發見から、言葉の面白さや 文化的背景を掘り出していく良書である。2014年にはパート2が出版された。

同書は身の回りの些細な現象に探求すべき興味深い問題が隱されていることに 氣づかせてくれる。本稿では中國語の常用語 电梯 、 柔道 、 巴士 に關し て論じる。これらの語彙の使用は一見單純なように思われるが、日本語母語話 者の目からみれば興味深い現象を含んでいる。これらには、語による客觀世界 の切り取り方に關し共通する性質が見出せるように思われるのである。

2.語による客觀世界の切り取り方の問題

 外國語を學ぶと、自國の言語では單語として明確に區別するものが、他の言 語では區別されないことに氣づく。例えば、英語では兄と弟、姉と妹を分ける 單獨の語彙が存在せず、

elder brother/sister

younger brother/ sister

と複合 形式となるが、母語話者は日頃不便を感じないためこのような現象に氣付きに くい。親族關係の表現では、中國語は日本語より複雜で、特に父方、母方のど ちらに屬するかを基準に 爷爷(父方の祖父)―老爷(母方の祖父)、奶奶(父方 の祖母)―姥姥(母方の祖母)等を細かく分ける。中國は儒教思想の影響で、辈 分 (長幼の序)を重んじ、嫁いだ娘を 泼出去的水 (放り出した水)と表現す るなど男性を重んじ、男女を明確に分ける思想が傳統的に存在することを考え ると、この語彙の區別はそれを反映したものだと考えられる。

 言語學では、このような現象に關連するものとしてアメリカの言語學者サピ

(2)

アとその弟子ウォーフなどが提唱した「言語相對論」(「サピア・ウォーフ假説」

とも言われる)がある。これは言語の違いに應じて、それを母語とする人の思 考や認識、文化、社會が異なるとする説である(『明解言語學辭典』69頁)。これ に加え「言語決定論」と言われる言語の人の思考への全面的な決定を主張する 極端な立場もあるが、これには現在樣々な研究から反例も出されており(今井

むつみ2010等)、言語が思考や社會の見え方や文化を決定するか、それともその

逆かは更なる議論が必要となる大きなテーマだが、親族語彙のように、ある概 念を語で分けるか分けないかという點に、コミュニティの文化的要因が關わる ことに疑いの餘地はないだろう。本稿は社會や文化と語彙のあり方の相關性と いう角度から、以下議論を進める。

3.“电梯”が指すものとは何か

3. 1 二義的な“电梯”

 『中國語を歩くパート1』(27頁)では漢字 梯 を取り上げ、エレベーター

(以下文中ではELと表記)は 电梯 、エスカレーター(ESと表記)は 扶梯 と 呼ばれると解説する。ところが、實際に中國人と話していると、日常では兩者 に對して 电梯 を使うことに氣付く。例えば、日本の辭書の中で 电梯 に 關して詳しい『中日大辭典増訂第二版』(以下『第二版』)1)(1987:434)では以 下のように説明する;

  电梯 ①エレベーター(升降机ともいう)〔坐〜上三层〕エレベーターで3階 へいく。

     ②⇒电动扶梯(筆者注=エスカレーターを指す)

 これにより、筆者の觀察はあながち間違いではなさそうである。だが一方 で、前者のみを擧げる辭書もある。以下日本の主な中國語辭書の記述をまとめ た。

(3)

 これによれば、日本の主な中型辭書は『第二版』を除いて全て

EL

のみの記 述である。

 次に中國で出版された主な辭書で 电梯 を引く。『汉语大词典』(1993年、

11卷:671)では「一種のエンジンを動力とした垂直昇降機で、箱型のゴンドラ

を備え付け、高層建築で人を載せたり物を運んだりするのに使用する。階段式 のもあり、踏板がベルトの上で連續運行し、俗に自动电梯と呼ぶ。」(筆者譯、

以下同樣)という解説で、

EL

ES

のどちらにも使うようである。ちなみにこ の項目の插繪としては

ES

が描かれている。『现代汉语规范词典第(2014:

301)は「① 名 モーターで稼働する昇降機。箱状のゴンドラで人や物の運搬に 使う。」「② 名 階段式の運搬機。板がベルトの上の連續で上方向又は下方向に 動き、通常公共の場所で人を乘せるのに使う。」とあり、より『第二版』の説 明に近い。『现代汉语词典第7版』(2016:295)は 电梯 を「高層建築物の電 氣を動力とした昇降機で、人や物を載せるのに使う。エスカレーターも含む。」

とある。つまりこの3つの代表的な辭書の記述は日本の辭書の記述とは異な り、『第二版』の記述を支持する。

 次に、圖解辭典を見てみると、『实用汉语图解词典』(1982)には、

ES

の插繪 に 电动扶梯 (228頁)、

EL

の插繪に 电梯升降机 (229頁)が當てられて いる。『中國語圖解辭典』(1992)は

ES

自动扶梯 (112頁) 电动扶梯

(195頁)の二つをあて、

EL

电梯 (125頁)を使う。そして、『汉语图解词 典』(1995:263、268)は

EL

の插繪に 电梯 である。つまりこれらの圖解辭

表1 日本の主な中國語辭書の“电梯”の記述

辭     書 エレベーター エスカレーター

1963年岩波書店『中國語辭典』 ○ ×

1982年光生館『現代中國語辭典』 ○ ×

1987年大修館書店『中日大辭典増訂第二版』 ○第一義 ○第二義

1991年白帝社『標準中國語辭典』 ○ ×

2002年白水社『中國語辭典』 ○ ×

2004年東方書店『東方中國語辭典』 ○ ×

2008年三省堂『超級クラウン中日辭典』 ○ ×

2010年講談社『中日辭典第三版』 ○ ×

2016年小學館『中日辭典第3版』 ○ ×

(4)

典は 电梯 に關しては

EL

のみである。

 以上を總合すると、 电梯 は二義的で、第一義的には

EL

を指している。

では、この記述は中國社會での使用状況を正確に反映しているのだろうか。中 國人もこの語に關し我々學習者のように混亂することがあるのだろうか。中國 語には 电梯 以外に兩者を區別できる以下のような語彙がある。

EL

电梯升降机

ES

电梯电动扶梯升降梯自动电梯自动扶梯自动楼梯手扶梯 扶梯

etc

ES

は語彙の種類が多い。これらは主に書面語ではあるが、二義性はないた め、考察の第一段階にこの違いを利用する。まず、インフォーマント(劉氏、

承徳市)に協力してもらい、彼女の中國人の友人10人に「 电梯 と聞いてま ず思い浮かぶのは 升降机 か 电动扶梯 か」と尋ねてもらった2)。結果は

「升降机:电动扶梯=9:1」で、意外にも中國人はこの 电梯 という單語に 迷いがほぼなさそうである。ただ、個人的な體驗に左右される可能性もあるの で、これだけではやや確證に缺ける。

 そこで、次にコーパスに出現する頻度を調べた。北京語言大學の「

BCC

料库」(以下BCC)で、 电梯 で檢索しランダムに50例を拔き出したところ

EL

ES

:どちらか不明=36:1:13」で、やはり

EL

が壓倒的に優勢だった。

以下例を擧げる;

 (1)我曾经两次被关在电梯。(かつて二度ELに閉じ込められた。)

 (2)长那么大第一次倒跑电梯。(人生で初めてESを逆走した。)

 (1)は 关 なので

EL

(2)

ES

を指す。このような例とは異なり、

どちらを指すか不明な例も計13例あった。そこで次に文脈が不要で、視覺的に 判斷できる寫眞を調べた。 百度图片(http://image.baidu.com/) で 电梯 を檢 索すると、100例中

EL

ES

=86:14で、前者が壓倒的に多かった。

 インフォーマント2名(承徳市と西安市50代)や以前の中國を知る日本人は、

年代的には

EL

が先に登場したと指摘する。これと關連して、『现代汉语词典』

は『增补本』(2002年)までは若干の説明文の變更はあるものの 电梯 の説明

(5)

には一貫して「高層建築物に用いられる昇降機」という説明だったのが、『现 代汉语词典第5版』(2005年)以降は 也包括自动扶梯。(「ESも含む」)という 一文が足されている。この出現順序という點は中國人の意識の中で 电梯 の 使用が第一義的に

EL

となる1つの理由であろう。

3. 2 “电梯”の二義性が許容される理由

 以上により、中國社會では 电梯 は多く

EL

を指すのは確かなようである が、

ES

を指して用いることもあり、『第二版』(434頁)の記述は妥當である。

电梯 のこの2つの意味での基本度の差は上述の通時的な理由以外に、共時 的な視點からは、中國も日本と同樣に一般的には

ES

がある建築物には必ず

EL

がある(大型の商業施設等)が、

EL

がある建築物には必ずしも

ES

があるわけで はない(マンション等)という環境的制約が影響していると思われる。環境は 暮らす人々の認識に自然と偏りをもたらす原因となりえる。さらにこのこと は、デパートなど大型の商業施設にいる時など限られた場合でのみ 电梯 の 二義性が問題になるということで、日常生活圈では

EL

の意味で使えばほぼ問 題がない。日本と若干異なる點としては、インフォーマント2名(承徳市30代)

から、目下中國のデパートは日本ほど

EL

が一般的ではなく、

ES

のみ設置して ある場合が多いという指摘があり、實際筆者もそれを確認している。空港や驛 などでも

ES

が一般的である。このことは、上述の『现代汉语规范词典第3版』 の②

ES

の解説で 一般用于公共场所载人。(通常公共の場所で人を乘せるのに使 う。)と明記されていることからもわかる。換言すると、中國社會では

EL

ES

は日常と非日常(公共)という使用環境において日本社會よりも分かれ方が 徹底しており、いわば音韻論の「相補分布」を形成しているため、一つの記號 电梯 で二つの對象を表しても言語使用に大きな問題はないということにな る。

  电梯 の二義性の理由として、以上のような社會環境的な背景以外に、言 語的な理由として、形態素 梯 が關係する。『现代汉语词典第7版』(1284頁)

では 梯 に對し①「人が上下移動するのに便利な道具や設備のことで、はし ごや階段が一般的。」とある。つまり 梯 は上下移動に用いるものの總稱で、

意味内容は機能に注目しており、形状は元から含まれていないことになる。

(6)

『中國語を歩くパート1』(27頁)でも「 梯 に共通な意味を探れば「上り下 りに使う道具」とでもいうべきか」とする。そのため日本人には同じものとは 認識されにくい 梯子(はしご) も 楼梯(階段) も同じ 梯 の一種なの である。それが

EL

ES

という形状が全く違うものが 电梯 という1つで 表わされても、中國社會で受け入れられるもう一つの理由であろう。

 二章で、言語が人の思考や社會・文化を決定するという立場と、その逆の立 場があることに觸れたが、 电梯 に關しては、社會的な理由による語彙の内 容決定(社會的相補分布による 电梯 という語彙の内容の決定)と語彙の内容によ る社會認識の決定(形態素 梯 の語彙内容がELとESを同じものと認識させる)の 兩方があるように思う。

3. 3 『中日大辭典第三版』の記述

 ところで、愛知大學『中日大辭典第三版』(2010年、以下『第三版』)では、电 梯 に關する記述に變更が見られる(401頁);

  「 电梯 ①エレベーター:〔自动楼梯〕の通稱。〔坐〜上三楼〕エレベー ターで3階へ行く→〔滚梯〕②リフト」

 項目①の 自动楼梯 は通常

ES

を指すので誤りであろう。 百度图片 でも 100枚中1枚も

EL

を指す寫眞はない。注目すべきは他の日本の中日辭書と同 じく、

ES

の意味項目を削除している點で、『第二版』の「②⇒电动扶梯」(ES) が『第三版』では「②リフト」に代わっている。參照項目の 滚梯 は、649 頁に「 滚梯 エスカレーター:〔自动扶梯〕の通稱」とあり、それが

ES

に對 應する語とされ、そのため 电梯 からその意味を削った可能性がある。 滚 梯 は

BCC

の檢索ではわずか83例で、 电梯 が2萬例以上あることを考える とあまり普及しているとは思えない。北京在住のインフォーマント2名(承徳 市30代、西安市50代)も使用せず、 滚 が「出ていけ」の意味を連想し使用に 抵抗があるという意見も聞かれた。そして、『第三版』にはもう1つ 直梯 という語が新たに收録されている。(2149頁);

  「 直梯 エレベーター:エスカレーターと區別する言い方→ 电梯① 」  これも

BCC

では28例にとどまる。中國社會が變化を遂げていく中で

EL

ES

を併用する施設が増えると、口語にもこのような單義の語の使用頻度が増

(7)

え、 电梯 の使用も

EL

に限定されていくかもしれない。『第三版』はそれを 見越した上での變更なのだろうか。

4.“巴士”に關して

4. 1 “巴士”に關する記述

 現代中國語には、「バス」に相當するものとして 公交车 、公共汽车 、巴 士 の3つがある。その中でここでは 巴士 を取り上げる。 巴士 は比較 的後發の語で、『当代中国流行语辞典』(1992:311)は以下のように説明する:

  「英語の

bus

の音譯語で、意味は 公共汽车 (バス)である。80年代初期 に香港の『巴士奇遇结良缘(バスの結んだ縁)』が我が國で放映されたのを きっかけに、この語が流行した。都市で多くの中型のバスが使われるように なるにつれ、大型バス、中型バス、小型バスなどの區別ができた。この語 は、 公共汽车 に取って代わるほどの勢いがある。」

 つまり、先に 公共汽车 があり、 巴士 は香港からドラマを通して大陸 で廣く使われるようになったという。

 次に、日本の辭書では『中國語辭典』(1963)、『現代中國語辭典』(1982)、

『標準中國語辭典』(1991)ともに「收録なし」、『第二版』(1987:32)は「巴 士→公共汽车」、『第三版』(2010:25)では「公共汽车に同じ。〔大巴〕大型バ ス〔水上〜〕水上バス」とやや詳しくなっているが、基本的には 巴士 と 公共汽车 を同じものとして扱う。また『中國語辭典』(2002:20)「 名 バ ス≒公共汽车,客车,巴士车。」、『東方中國語辭典』(2004:20)「〔名〕バス。

[英

bus

]」、『超級クラウン中日辭典』(2008:15)「 名 バス。由來 英語の

bus

ら。香港などで使われ、大陸に廣まった。」、『中日辭典第三版』(2010: 名 方 外 バス。)、『中日辭典第3版』(2016:25)「 名<方>バス。乘り合い自動車。」

等、方言語彙とするものもある。

 次に中國の辭書を見ると、『汉语大词典』(1993)「收録なし」。『现代汉语词 典第6版』(2012:17)では <方>名公共汽车。[英

bus

(<方言> 名詞 ス。[英語bus])、第7版でも全く同じ説明だった。ここでも<方>で、 巴士 と 公共汽车 の違いは方言と標準語にあるとする。『现代汉语规范词典第3 版』(2014:16)は 英语

bus

的音译公共汽车泛指大型客车(英語busの音

(8)

譯。バス;廣く大型車兩を指す。)。確かに 百度图片 では 巴士 に對し海南 やアモイ、廣州など南方の都市のバスが多く出てくる。『当代中国流行语辞典』 には上述のように 公共汽车 に取って代わる勢いとあったが、未だに限定的 使用のようである。

4. 2 “大巴”は「大型バス」か

  巴士 は南方中心の使用だが、一方本稿の觀察によれば 巴士 由來の 大巴 は北方で特別な地位を築いているように思える。その表れとして『现 代汉语词典修订本』(1996年)から 巴4 を見出し語とし、 巴士:大〜小〜

という説明を擧げる。『東方中國語辭典』(2004:20)も同樣の説明を行う。 巴 士 の 巴 が新たな形態素としての地位を確立しつつあることがわかる。そ して、『现代汉语词典第5版』からは 大巴 (238頁)が單語として收録され、

「大型轿车(多指公共汽车或旅游用车)、[巴,英

bus

(大型車兩(多くはバスや旅行 用車兩を指す))」という説明である。 中巴 は單獨で收録はなく、小巴 (1439 頁)は「小型公共汽车。[巴,英

bus

(小型バス)」という説明がある。『第三版』

では 大巴 (325頁)は「大型バス」、 中巴 (2163頁)は「中型バス」、 小巴

(1844頁)では「小型バス、マイクロバス。〔小公共汽车〕に同じ。」とする。

『现代汉语词典第5版』の 大巴 (238頁)に單に大きさの違いだけでなく、

「多くはバスや旅行用車兩を指す」とあるのは重要である。 百度图片 で 大 巴 は多くが觀光用の大型バスで、普通の市内を走るバスの寫眞はかなり少な く100枚中明らかに市内を走るバスの寫眞は11枚のみだった。上述の北京在住 のインフォーマント2名も 大巴 で市内のバスは指さないという。殘りの寫 眞89枚のうちの大部分は旅行會社の觀光用バスで、その他サッカーチームの移 動用バスもあった。觀光用の車兩だけでなく、市内を出て他の地域に向かうよ うな長距離バスを指したり、空港から市内へのリムジンバスも 机场大巴 等 大巴 を含む語で表される。第三章で 电梯 を取り上げ、社會的に日常と 非日常で相補分布を形成することを指摘したが、ここでも日常と非日常という 層が關係するのではないか。つまり、市内を走るバスが日常的なものならば、

觀光用や長距離用、チャーター用のバスや空港という旅の場所に行くだけのバ スは、いわば非日常的な移動手段と言える。このように、 大巴 は大型バス

(9)

という外觀による分類から、非日常的手段に使われるバスという風に意味の變 化が起こっているように思われる。筆者の觀察や北京在住のインフォーマント 2名への調査によれば、南方では決められたルートを走る路線バスに 小巴、 中巴 等の中小型バスも用いられるが、北京などでは路線バスは大型のバスば かりで、 小巴 や 中巴 を見かけることはほぼない。このため路線バスに 大巴 の對立項が存在しない状態にあるため、 公交车 という語がある中で あえて「大型の路線バス」を意味する 大巴 を使う必要性はない。もともと 車兩の大きさは用途と密接に關連する要素だと考えられるが、路線バスの中で 不要となる 大巴 は「大型のもの」という意味合いから、普段の用途とは異 なる「特別な」バスを指す語として使われるようになったのではないか。その ことが、『现代汉语词典第7版』の 大巴 に對する用途的説明に表れている と考えられる。

 言語成分の意味から考えると、 大巴 の指す對象の變化で、 大 (大きい)

という特徴が、同種の小型バスや中型バスとの對比から、自家用車やタクシー と言った車兩全體を含めたものとの對比になっていることは注目に値する。

大 は當初の小型のバスに對して大型なのではなく、移動手段の車兩の中で 大型であるという意味に變化している。これは例えば私たちが「ゾウ」と呼ぶ ものを中國語では 大象 と呼ぶことと同じで、ここの 大 はゾウという種 類の中の小型のゾウと比べているのではなく、一般的にゾウが他の動物と比べ て大きいという特徴を持っていることによるものである。 小象 という語は あるが、これは小型のゾウではなく、子供のゾウであり、 大象 との對立で 小さいと言っているのではない。子供のゾウもゾウ( 大象 )である。

 それから、非日常的用途のバスに 大巴 を用いるようになったのは、そ の中心的語義素である 巴 の由來とも無關係ではないだろう。先述の通り 巴 は 巴士 であり, 巴士 は香港という發展した地域から借用した流行 語、おしゃれ語である。その餘所行きの語は非日常性を表すという目的と語感 的にマッチしやすいことは想像に難くない。

(10)

5.「柔道をする」をどう表現するか

5. 1 “柔道”と結びつく動詞

  电话 には 打 、 饺子 には 包 などのコロケーションに關し、最近、

ある學生に「 柔道をする は中國語で何というか」という質問を受けた。幼 少期から柔道を學んできたので知りたいとのことだったが、その場ではうま く答えられなかった。後日、日本語を解するインフォーマント(李嵐、承徳市)

に尋ねたが適當な答えが得られなかった。ここではコーパス等を手掛かりに中 國社會と言葉の面からこの問題を考える。

 まず、中國語 柔道 と使用する動詞について、

BCC

v

柔道 という條 件で檢索した結果、計288例あり、 是柔道 、 练柔道 、 学柔道 等116種の 組み合わせがあった。以下頻度順に竝べる(數字なしは1例のみの例):

是(36)、练(35)、学(24)、会(18)、参加(8)、练习(6)、获得(6)、到(5)、 如(5)、玩(5)、 参照(4)、学习(4)、 去(4)、还有(4)、 有(3)、获(3)、 包括(3)、谈到(2)、有如(2)、报名(2)、出(2)、穿(2)、让(2)、不是(2)、 转(2)、真是(2)、走(2)、进行(2)、担任(2)、喜欢(2)、换上(2)、说(2)、 知道(2)、在学、学会、从事、做、使、回、赶到、加上、建立等

 中には 如柔道 (5例)、 有如柔道 (2例)、 例如柔道 (1例)、 恰如柔 道 (1例)など例を列擧したり、例えるものや 让柔道 (1例)等使役構文 や、 黑带柔道专家 (1例)、 残奥会柔道 (類似のもの13例)のように明らか に動詞ではないもの、 穿柔道服 のように統語的に直接結びつかないものも あり、これらは除外した。日本語で多くの動作義を表す「する」に近いと思わ れる 做 は 做柔道教练 1例のみで 柔道 と單獨で結びつく例ではない ため除外した。これらを除外した結果計263例得られた。この中で、「する」に 關連すると思われる動詞は、「练(习)(35+6=41)、学(习)

/

在学

/

学会(24+

4+1+1=30)、会(5)、参加〜比赛

etc

(8)(5)使(1)从事运动(1) である。以下 练(习)、学(习) の例を擧げる。

 (3)来自沈阳体院的东北姑娘袁华15岁才开始练习柔道,但进步很快。

   (瀋陽體育大學出身の東北娘袁華は15歳からやっと柔道を練習し始めた。)

(11)

 (4)戴维是个不易满足的人,1980年,他接受另一项挑战,决意学习柔道。

   (デビットは貧欲な人間で、1980年にもう一つの競技へ挑戰を決め、柔道を學ぶ ことにした。)

  柔道 と最も頻繁に用いる動詞は 练习 と 学习 であった3)。 使柔道 は 看不见的女人也可以使柔道吗?(目の見えない女性でも柔道はできるのか?)

の1例のみ。手を使う行爲に廣く用いる 打 は1例もなく4)、娯樂や遊戲な どに使う 玩 は5例あった。インフォーマント2名(承徳市30代)も 练习

/

学习 を主に用いるという結果は語感に合うという。つまり「柔道をする」に 適當な表現は 练习

/

学习柔道 となるのだが、これは直譯すれば「柔道を練 習する/學ぶ」で「柔道をする」とはややニュアンスが異なる。これをどう理 解すればよいのか。

5. 2 他の武道・格闘技、球技との比較

 以上の疑問を解決するべく、次に 摔跤、空手道、跆拳道 で同樣の調査を 行った。 摔跤 (レスリング、相撲)は 柔道 と同じく投げを中心とした競技 であり、 空手道 (空手)は 柔道 と同じく日本の武道である。また 跆拳 道 (テコンドー)は韓國で盛んな格闘技であり 柔道 と同じく中國にとって は外來の武道であることから選んだ。

 まず

BCC

で「

v

摔跤」を檢索し、計520例、169種を得た。 摔跤 には「① レスリング(をする)」の外に「②轉ぶ、倒れる」(『第三版』(1589頁))もあるの で、ここから②の例は除き、また 十运会摔跤 (8例)等明らかに動詞では ない例も引いた結果、①の意味の例は178例が得られた。結果、「する」に關連 する動詞の内譯は以下のとおりである。

 {练(习)(15)、学(习)(11)、玩儿(5)、参加〜比赛

etc

(5)、会(3)、从事〜运 动(1)}

  玩(儿)摔跤 (5例)は「じゃれあう」などの意味で使われる。以下例を 擧げる。;

(12)

 (5) 他们兄弟俩长得与我们沒什么两样,有时候玩摔跤,我们还斗不过他们    (彼ら兄弟は外見も私たちと變わらず、時々じゃれあったが、彼らには敵わな

かった。)

 次に、

v

跆拳道 は適切な例が373例あった。「する」關連の動詞は以下の ものである。

 {练(习)

/

练完

/

练练

/

磨练(63+2+1+1=67)、学(习)

/

学完

/

学学(62+2+

1=65)、会(10)、参加〜比赛

etc

(12)、打(4)、玩(3)、从事〜运动(1)  テコンドーは足のみで行う競技であるにも拘わらず、 打 の例が見られた。

インフォーマント2名(承徳市30代)もこれを自然だとする。

 そして、

v

空手道 では、適切な例は151例あった。 玩空手道 が10例、

搞空手道 と 打空手道 が各1例見られたが、いずれも 那些沒有实力的 发展商的日子会很难过,那些玩空手道的发展商就很难在市场上混下去。(實力 のない不動産業者にとっては嚴しい道のりとなり、あぶく錢を稼いでいる不動産業者も これ以上市場で生き殘っていくのは難しい。)のように、「あぶく錢を稼ぐこと」の 例えで使われ、競技としての空手ではないため除外している。「する」關連の 動詞は以下のようになる;

 {练(习)(21)、学(习)

/

学学(21)、会(7)參加比赛

etc

(3)、使出(2)  コーパスには比喩義1例のみだった 打空手道 だが、インフォーマント2 名(承徳市30代)によれば競技としても 打 の使用は問題ない。以上の結果 を表2にまとめた。

 表から、まずこれらの武道・格闘技に關して、 打 の頻度が極端に低く、

逆に 学习 练习 の用例數が突出していることがわかる。比較のため球技 を調べ、表3にまとめた。球技は用例數が多いため、300例に絞りその使い分

表2 武道・格闘技と結びつく「する」に關連する動詞

练 学 打 玩 会 参加 从事 使

柔 道 41 30 0 5 5 8 1 1

摔 跤 15 11 0 5 3 5 1 0

跆拳道 67 65 4 3 23 12 1 0

空手道 21 21 0 0 7 3 0 2

(13)

けをまとめた。

 これから、武道・格闘技は「学习

/

练习」、球技は「学习

/

练习」の ように對照的な使用状況を呈する。このような使用状況となる理由は、武道の 性質にあると推察される。球技は娯樂でも訓練目的でも行うものなのに對し、

武道は日頃の娯樂というよりも、修練を念頭においたものである。そのため、

武道・格闘技では、專門的な訓練的動作である 学(习)、 练(习) が増え、

相對的に 打 が減る。それに對し球技は娯樂行爲の意味が含まれる 打+ 球技 の割合が高くなり、逆に訓練的な意味に特化した 学(习)、 练(习)

の割合は減る。以下 打乒乓球 の例を擧げる。

 (6)他留在司令部跟战士打乒乓球、下棋,玩够了才回家睡觉。

   (彼は司令部に殘って、兵士たちと卓球と圍碁をし、十分遊んでから家に歸って 寢た。)

 (7)为了改掉他去电子游戏室的习惯,我们送他去体校打乒乓球。

   (ゲームセンターに行く習慣を治すため、私達は彼に體育學校で卓球を學ばせ た。)

 (6)は仲間と娯樂として卓球を行い、(7)では體育學校で專門的な訓練とし て學ぶという意味である。 柔道 が(6)のように娯樂で行われることはなく、

(7)の場合は 练(习) 学(习) が使用される。つまり、 电梯 の場合と同 樣に、社會での使用環境の住み分け、武道・格闘技は主に訓練で非日常的、球

表3 武道・格闘技と球技の“练(习)”、“学(习)”、“打”の使用 ジャンル 項 目 练(习) 学(习) 打

武道・格闘技

柔 道 41 30 0

摔 跤 15 11 0

跆拳道 67 65 4

空手道 21 21 0

球    技

乒乓球 3 1 154

篮 球 3 1 173

排 球 5 4 189

羽毛球 0 2 215

(14)

技は訓練で非日常的かつ娯樂で日常的と言う點が語彙の組み合わせを決める一 因になっていると考えられる。 柔道をする はつまりはほとんどの場合非日 常的な修練を指し、そのため 练习

/

学习柔道 という中國語になるわけであ る。

 武道・格闘技というジャンルが日常から遠いものであることは、類推を基に した語の擴散の面でも不利に働き、逆に日常に近しい球技には有利に働く。例 えば、球技のジャンルでは、中國ではマイナー競技であるはずの野球にも 打 棒球 と言う表現が定着している。また、特に 打 (打つ)という行爲と關 係のある動作を含まない 篮球 (バスケットボール:ドリブルは 打 ではなく 拍球 、シュートは 投篮 )も 打篮球 が普通に使用される。球技という類が 全般的に武道という類よりも身近なものであるため、類推が働きやすい(打乒 乓球、打羽毛球→類推→打篮球、打棒球)ことが關係していると考えられる。

5. 3 武道・格闘技内部の比較

 次に對象を武道・格闘技の内部に絞って考察する。武道と動詞の結びつきに 關しさらに、外來競技の 泰拳 (ムエタイ)と 拳击 (ボクシング)に同樣の コーパス調査を行うと、武道・格闘技の内部でも 打 の頻度に差があること がわかる。表4にまとめた5)

v

泰拳 は動詞を用いた例74例、35種のうち 打泰拳 は16例あり、

v

击 は593例、228種のうち 打拳击 は44例あるため、使用頻度は球技ほど高 くはないが、打泰拳 や 打拳击 は問題なく使用できる。 空手道 と 打 に關しても上述のようにインフォーマントの許容度は高い。これらに共通す

表4 武道・格闘技と“练(习)”、“学(习)”、“打”の使用 ジャンル 項 目 练(习) 学(习) 打

武道・格闘技

柔 道 41 30 0

摔 跤 15 11 0

跆拳道 67 65 4

空手道 21 21 0

泰 拳 5 7 16

拳 击 55 16 44

(15)

るのは打撃を含む競技だということである。 跆拳道 (テコンドー)は足のみ の競技だが、 打 が使えることから、外來の武道・格闘技でも、打撃を主體 とする競技なら 打 を問題なく使えるようである。つまり、 柔道 や 摔 跤 は打撃を使用しないという性質が 打 を用いないという動詞の制限に つながっている。この他、武具を使う武道でも、

v

剑道 (劍道)は323例がみ つかり、そのうち 打剑道 は4例、 玩儿剑道 1例。

v

击剑 (フェイシン グ)は181例がみつかり、 打击剑 は0例で、 玩儿击剑 は5例だった。イ ンフォーマント2名(承徳市30代)はこの二つの競技に關する 打 の許容度 は低いとの判斷だった。よって、打撃系でも肉體による打撃を含む武道・格闘 技に許容度が上がるようである。これは球技に對する 打 の使用とはやや對 照的である。符准青2006:267は 打 の本義は 击 (打撃)で、設定する28 の用法のうち、より中心的であると考えられる用法には①撞击 打苍蝇 (ハ エを叩く)、②攻打 打土匪 (盜賊をやっつける)、③因撞击而破碎 打了蛋了

(卵を割った)などのように打撃の意味が含まれる。球技は⑥拍击而某些运动、 游戏に分類されている。同書では武道・格闘技がどの類に屬するかは述べられ ていないが、①〜③に近い意味を持つと考えられるため、武道・格闘技に用い られる 打 は本義にかなり近い類に屬し、そのため「(素手による)打撃を 伴う」という制限がかかるということかもしれない。

 まとめると、「柔道をする」という表現に關する問題は、類と個の二つの觀 點からの説明が必要である。まず、柔道の屬する武道・格闘技類は球技類と異 なり、日常生活から離れた修練の場面で行われるため、练(习) や 学(习) などの非日常的な場面での修練行爲を表す語を多用すること。日本語でも「柔 道する」は「練習する、學ぶ」といった意味で多用されるのだが、日本人の頭 の中で 练(习)

/

(习) と萬能動詞「する」が一致せずしっくりこないの である。そして、類の内部の個の觀點から考えると、動詞との結びつきに關し 球技類と異なり、武道・格闘技類の中では制限があり、手を主體とした肉體に よる打撃を含む武道では 打〜 という表現が許容されるが、 柔道 や 摔 跤 のような打撃行爲を含まない武道では許容されない。 打 +球技類や 打 电话 (電話する)等その他の多くの動作は日本語では「〜する」と譯されるの で、日本人には多義動詞 打〜 =多義動詞「〜する」という意識があり、そ

(16)

のため「柔道する」と譯したい際に 打 が使えない 柔道 は、 打 が使 える武道・格闘技に比べ譯しづらいように感じる。以上1武道・格闘技類であ ること、2武道・格闘技類でも打撃を含まない競技であることという2つの特 徴を持つ 柔道 は、「〜をする」という日常的に汎用性の高い表現が中國語 に存在しない浮いた存在のように見えてしまう。これに對し 打 が使用でき る打撃系の武道・格闘技は「〜する」に相當する表現が存在するかのように扱 われやすいが、テコンドーを日頃遊びでする中國人はほぼいないということを 考えれば、 打跆拳道 は要するに「テコンドーを訓練する」等の意味で使わ れるのであり、實質は 柔道 と何ら變わりはない。「する」という汎用性の 高い語彙の多義性や曖昧性がこの現象の本質をわかりづらくしており、「〜す る」に對する中國語を考える際には「修練をする」のか「娯樂としてする」の かといったことを考えなければならないということである。

6.まとめ

 以上の考察は以下のようにまとめられる。

表5 まとめ

日 常 非日常 日 常 非日常 日 常 非日常 語 彙 电梯

(エレベーター、エスカ レーター)

公交车

(バス)

大巴

(リムジンバ ス等)

球技 球技

打 打 /练习/学习 打撃系武道

ほぼなし

打撃系武道 打 /练习/学习

(する)

非打撃系武道・

格闘技 ほぼなし

非打撃系武道・

格闘技

“练习/学习”

(する)

柔道 機 能 昇降移動 昇降移動 出勤、通學 旅行・遠征・

出張

娯樂 訓練

モノの

外見  箱状 階段状 大型車兩 ――

行爲の

外見  ―― ―― 競技に含まれる動作

(17)

 上野2016:85

-

86では、中國語では動詞の 借 が「借りる」と「貸す」を 區別しない一方、名詞では「時計」を 钟 と 表 にわけ、量詞 把 が 一把伞 一把椅子 に使われる例等を擧げ、「目的や用途とは無關係に、動 作の共通性や形態上の特徴によって選擇されるというのが、中國語の特徴と 言ってよさそうです。」とある。これは中國語の語彙化の傾向をとらえた鋭い 指摘だが、本稿で考察した3つの例はより複雜な樣相を示している。

 まず

ES

EL

はその形状は全く異なるため、上野2016の考えに基づけば語 彙を分けるはずだが、口語では頻繁に 电梯 で通用する。これは社會的出現 状況が相補分布であるため、言語的經濟性が働いているからだと考えられる。

 次に、通常の交通バスと空港リムジンバス等はともに大型車兩であり、外見 の違いがあるとするかは微妙である。北京では語彙的に 公交车 と 大巴 に分けるので、上野2016に沿えば、少なくとも北京では外見的に異なるもの であると捉えられていることになるが、以上の考察から日常・非日常を基礎と した目的・用途の違いが明らかなため、機能に注目しての使い分けとするほう が自然なように思う。

 球技・武道はこれらとは異なり行爲を表す語彙である。球技は日常的な娯 樂、非日常的な訓練ともに 打 を用いる。これは球技の行爲内容が日常・非 日常で大きく異ならない點を考えれば上野の指摘に合致する。武道・格闘技は 基本的に日常の娯樂という用法がなく、非日常の修練という用法の中で、非打 撃系武道に關しては、 打 のコア的な意味を滿足させることができないため

打 は使えず,專ら非日常的な鍛錬を表す 练习 学习 が主になる。

 類似の例として、最後に 体操 6)を擧げる。『第三版』(1667頁)によれば、

この語は1)體操2)體操競技という二つの意味がある。 做 と結びつき 做体操 と言うと一般的に1)の健康體操を指し、2)の競技としては 柔 道 と同樣に 练习 等を用いる。この違いは 是〜的 の中で使用可能か どうかでも判斷できる。例えば、 打篮球 や 练篮球 をこの構文で使った 他是打篮球的

/

他是练篮球的。 はどちらも專門的にバスケットボールを訓練 している人を意味する文になる。これに 做体操 と 练体操 を入れてみる と *他是做体操的 とは言えず、 他是练体操的 (彼は體操を專門的に練習し ている人です。)としか言えない。このように 体操 においては 做 と 练

(18)

で日常と非日常の層での使い分けが見られることがわかる。これは球技におけ る 打 が日常・非日常ともに使えるのとは異なる。(5)で 玩儿摔跤 がレ スリングの意味というよりも「じゃれあう」という意味で使われることもこれ と平行する現象だろう。これは上野2016の考えに沿えば、球技に比べ日常(健 康體操)と非日常(體操競技)の行爲の外見の差が大きいため、その差を動詞に 反映させたと考えることができるかもしれない。

 以上本稿では、日常・非日常という枠組みで言語の中の語彙の分擔に關して 考察した。もちろん、 公交车 と 巴士 、

ES

EL

、格闘技・スポーツ等そ れぞれの場合で日常・非日常の設定は具體的には異なるだろう。だが、それは その文化圈において出來事に應じて何を日常・非日常と設定するかが變わる ということではないだろうか。人間は社會的な生き物で、例えば、同じ「モ ノを買う行爲」を日本語と中國語ともに「買い物」

/

买东西 と「ショッピン グ」

/

购物 7)にわけるなど、食事、衣服、マナーなど多方面で日常と非日常 を分けて考える習慣があり、語彙にも日常・非日常という意識の層の違いが關 與することは十分にあり得ることである。振り返ってみれば、考察對象の單語 は外來の概念と關連する語ばかりであることは興味深い。このような層による 分擔は、外來の概念を中國語の中に受け入れる1つの手段となっていると考え られはしないか。

注)

1)第三版に關しては3.3で觸れる。

2)本稿のインフォーマントは以下の通りである;承徳市30代(李嵐、劉雪頴)、承徳 市50代(李志華)、西安市50代(魯俐)。

3) 炼 のように 练 の誤植と思われる例は除外した。

4)北京大學漢語言語學中心のコーパス(CCLコーパス)でも 打柔道 は1例もない 表6 “篮球”と“体操”、“摔跤”

日常 非日常

球技(篮球) 打 打/练(习)/学(习)等 体操 做 练(习)/学(习)等 摔跤 玩儿 练(习)/学(习)等

(19)

(2017年4月17日現在)。

5) 练+拳击 と同類表現として 练练拳击 (2例)、 苦练拳击(3例) も含んで いる。

6)杜俊娟1998:76によれば、 体操 は清末に日本語から中國語に入った語である。

7)荒木典子氏(首都大學東京)提供。

參考文獻

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(20)

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 *  *

作 者:野田 寛達 Author

NODA Hiromichi

標 題: 电梯 是单义词吗?――浅析社会层面的词汇使用情况

Title

Is dianti

电梯

an Elevator

?――

An Investigation of Vocabulary Usage from a Social Viewpoint

――

摘 要:用日语的眼光观察汉语的时候我们经常会发现一些汉语的特点。本文以 电梯 巴士 柔道 为例探讨汉语词汇在使用上的特点。汉语的 电梯 兼备日语中「エレベーター(升降机)」和「エスカレーター(电子扶梯)」之 义,本文探讨中国社会容许此词的多义性的理由。另外,日语「バス」在汉语 中相当于 公交车 或 巴士,许多词典里指出两者的区别在于普通话和方 言上,而通过我们的考察发现,以 巴士 为基础而发展出的 大巴 一词却 在北京地区与 公交车 存在很鲜明的分工。最后我们以 柔道 以及其他武 术・格斗类名词为例讲述这些名词和动词的搭配问题。通过以上考察,我们发 现看似毫无相关的这些词在使用上受到共同的制约,即在社会上日常和非日常 的层次上的制约。

关键词:电梯 巴士 柔道 日常 非日常

参照

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