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氾濫原管理における水害保険 ― 全米洪水保険制度を素材として ―

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(1)

社学研論集 Vol. 25 2015年3月

はじめに

 近年,地球温暖化の進行により,甚大な洪水 被害が,世界各国で発生している。日本では,

これまでも,行政による氾濫原管理等により洪 水予防をおこなってきた。しかし,洪水被害が 減少しない現状を踏まえると,従来からおこな われていた洪水被害の予防のみでは,限界があ る。そのため,洪水被害が発生することを前提 に,洪水被害者への金銭的救済が求められてい る。本稿では,被害者救済のツールである保険 制度が,行政に氾濫原管理を適切に実行させる ツールにもなっていることを明らかにする。素 材として,氾濫原管理と保険をセットにした洪 水対策をおこなっているアメリカの事例,特 に全米洪水保険制度(

National Flood Insurance Program

,通称,

NFIP

)の分析をおこなう。

 アメリカでは,1900年代前半から,幾度とな く,ミシシッピ川等で,洪水被害が発生した。

連邦政府も,大洪水のたびに,洪水予防策とし て,堤防建設,ダム建設等をおこなうことで,

洪水から国民を保護することに努めていた。し かし,連邦政府が予防策をおこなうにもかかわ らず,洪水被害者は発生し続け,従来の方法で

は,限界であることが示された。その限界を克 服する方法として,1968年に

NFIP

が登場した。

当時の連邦政府の洪水対策に関する認識は,

NFIP

の制度を定めた法律,通称

NFIA

の条文 に反映されている。連邦政府の認識が,制度の 中でどのように具体化されているかについて分 析をし,そこでの洪水対策の方法を紹介する。

Ⅰ 全米洪水保険制度の背景

 1968年に

National Flood Insurance Act

,通称,

NFIA

が制定され,同年,全米洪水保険制度

NFIP

)の運用が開始された。

NFIP

が目指し ていることは,国民の生命を守り,洪水被害に よる財産損害の被害額を減少させる事であっ た。

 当時の洪水被害に対する連邦政府の救済面と 予防面での問題意識は,条文に反映されてい た。連邦政府は,洪水被害による損害が,結果 的に,連邦政府の財政負担を引き起こしていた とした(1)。その原因は,洪水危険地域での開発 や人口の集中であり,その事が更なる洪水被害 の拡大を招いた(2)。また,予防の側面にも問題 がある事が指摘されていた。過去にも,ダム建 設や堤防建設等による洪水予防対策が実行され

*早稲田大学大学院社会科学研究科 博士後期課程1年(指導教員 黒川哲志)

論 文

氾濫原管理における水害保険

― 全米洪水保険制度を素材として ―

吉 田   朗

(2)

てきたが,洪水による人への被害や経済的損失 の減少に歯止めをかける事が出来ず,従来の洪 水予防の方法では,洪水対策として,不十分で ある事が認められた(3)

 これまでも,連邦政府は,洪水被害者に災害 見舞金を支出していたが,土地の場所や利用 方法によって,支給される金額が変動してい た(4)。また,洪水により生命が奪われる事や財 産への被害が途切れることはなかった(5)。  今後発生する洪水による財産損害を補償する ために,連邦政府は,洪水リスクの高い地域に 住む人々にも洪水保険の購入機会を与える必 要性があると指摘した(6)。その点を踏まえた上 で,合理的で利用可能な洪水保険料率に基づい た保険制度であり(7),洪水によって発生した損 害を合理的に共有する方法として,全米洪水保 険制度(

NFIP

)が誕生した(8)

 

NFIA

について,連邦政府は,洪水危険情報 の提供,国民への洪水危険情報の周知徹底,加 入要件として,連邦基準に適合した氾濫原管理 条例制定を促進すること,洪水保険の購入が必 要である人々がいることを認識することが制度 制定の目的であるとした(9)

 

NFIP

完成前,連邦政府が,洪水対策の予防 と救済の側面に対して,政策を実行したが,洪 水被害の減少にはつながらず,最終的に,国家 財政への問題に発展したとの認識をしているこ とが分かる。その認識の下で,合理的な洪水対 策を実行するために,氾濫原管理と保険を一体 化させた全米洪水保険制度が誕生した。

 この制度に民間の保険会社が参加することに ついては,

NFIA

で述べられている。民間の保 険会社が単独で,制度設計や商品開発をするこ とは可能である。しかし,連邦政府は,「保険

会社が単独で洪水保険制度を作り上げることが 不経済である」(10)と認識をしていた。連邦政府 と民間保険会社が共同参加することにより,実 行可能な制度が出来上がるとしている(11)。  

NFIA

では,氾濫原管理についても触れられ ている部分がある。

 「氾濫原管理が公共の利益の促進につなが る」(12)とした。そして,公共の利益を促進する ための条件は,「洪水での損失からの適切な保 護」(13)と「損失の最小限化」(14)である。また,

「大統領は,

NFIA

発効から2年以内に洪水保 護ために必要なコスト配分に関する提案を議会 に提出しなければならない」(15)とされている。

NFIP

は,コストの最小限化等を意識した制度 でもある(16)

 旧来の方法では,連邦からの支出が莫大とな る問題が残るが,全米洪水保険制度の誕生によ りコストの最小限化を目指すことで,連邦政府 からの予算支出を抑制する方針となった。

 連邦政府は,従来の洪水対策からの転換,洪 水被害の減少,連邦からの支出の削減,自治体 による氾濫原管理の実施を目指し,全米洪水保 険制度を誕生させた。

Ⅱ 全米洪水保険制度(NFIP)の関連 法制

 前章でも述べたように,全米洪水保険制度 は,

NFIA

を根拠として成立し,1968年,制度 の運用が開始された。制度開始当初,担当官庁 は,住宅都市開発省(

the Department of Housing

and Urban Development

)であったが(17),1977 年から現在までは,国土安全保障省の下部組 織の,連邦緊急事態管理庁(

Federal Emergency

Management Agency

),通称

FEMA

が,担当官

(3)

庁となっている。

 

NFIP

完成前(1968年以前)は,民間の保険 会社が,高額な保険料を支払う洪水保険を販売 していた(18)

NFIP

の特徴として,民間の保険 会社が販売する水害保険に比べ,保険料が安価 であることがあげられる。制度完成により,以 前から懸念されていた保険料が高額であるとい う問題が解消され,保険購入可能な顧客の範囲 も広がり,洪水被害者が救済される事が期待さ れていた。ところが,住民の加入は任意である ため,氾濫原付近,特に,100年に1回の確率 で洪水が発生するとされている

SFHA

Special Flood Hazard Area

(19)と呼ばれる地域の住民に

NFIP

未加入者が多く,その結果,保険未加入 のために,洪水被害に対する救済ができなかっ た(20)。その問題を踏まえて,1973年,連邦政府 は,“

Flood Disaster Protection Act

を制定した。

この

ACT

では,

SFHA

での建物の新規建設に あたって,金融機関が融資を実行する場合,そ の実行条件として,

NFIP

への加入を融資希望 者に義務付けることを定め,

NFIP

に未加入の 場合,金融機関は融資をおこなわないとしてい る(21)

 1973年法制定後も,アメリカ各地で,毎年,

洪水が発生し,

SFHA

以外の地域でも多くの被 害が生じた(22)。この事実は,

NFIP

が本来有し ている洪水被害者救済の役割を果たしていない 事を示しており,さらに,救済が必要な範囲 が

SFHA

以外の他地域まで拡大していることを 示している。つまり,

NFIP

の効果が見られず,

NFIP

の役割を発揮するために,連邦政府は何 らかの対応を取らなければならなかった(23)。 そこで,連邦政府は,

NFIP

の効率的な運用の ために,新法を制定した。それが,“

National

Flood Insurance Reform Act of

1994”である。最 大の問題点は,1973年の

ACT

で定めた,

NFIP

の加入義務の範囲であった。つまり,その範 囲を

SFHA

限定とした形を取ったことに問題 があった。

SFHA

以外の地域に73年法の法的効 力は全くなく,

NFIP

未加入者も多かった。こ の制度は,氾濫原管理と保険がセットなので,

氾濫原管理のみでは効果が薄い。住民が保険 に加入してこそ,はじめて

NFIP

の効果が生じ る。この点を改善することが,1994年の

ACT

で求められたことである。94年の

ACT

では,

SFHA

以外の土地を購入等するため,人々が融 資を金融機関から希望する際にも,必ず,金融 機関は融資希望者に対して

NFIP

への加入させ る事が必須となり,それと同時に,融資をお こなう金融機関側にも,

NFIP

の強制加入を融 資希望者にさせなかった場合の罰則が示され た(24)

Ⅲ 全米洪水保険制度(NFIP)の仕組み  1968年 に 開 始 さ れ た 全 米 洪 水 保 険 制 度

NFIP

)の仕組みについて,この章で紹介をす る。この保険は,建物や家財の損害を補償する 保険である。本章では,運営主体と加入主体,

保険加入手続きの流れと保険金請求の流れ,保 険料算定の仕組み,この制度における政府の 役割と民間保険会社の役割,氾濫原管理を中 心に分析する。なお,

NFIP

には,

Emergency Program

Regular Program

の2種類があるが,

本稿では,

Regular Program

に焦点を当てて論じ る。

1.運営主体と加入主体

 全米洪水保険制度の運営主体は,1968年の

(4)

段階では,住宅都市開発省であった。しかし,

1977年以降,連邦緊急事態管理庁(

FEMA

)が 運営をしている。この点は,前述をした。

 加入主体は,「コミュニティ(

community

)」

であると

FEMA

は定義している(25)。しかし,

コミュニティのみでは,対象範囲が定まらな い。

 ここでのコミュニティとは,最大単位が州 で,地域,さらに,さらに最小単位として,部 族,権限を与えられた部族組織,アラスカで 先住民が在住している村の事を示している(26)。 ただし,これらのコミュニティが,無条件で

NFIP

に加入をすることはできない。加入する ための条件として,氾濫原管理条例を施行する ことが求められている(27)

NFIP

に加入したコ ミュニティの中には,市町村郡,非法人地域 も含まれている(28)。加入主体をコミュニティ ベースにした理由について,

FEMA

は,コミュ ニティでなければ適切な氾濫原管理が実行でき ないこと,コミュニティでなければ建築規制を 実行することができないことを主な理由として 挙げている(29)

2.保険加入手続きの流れと保険金請求の流れ  まず,

NFIP

に参加するためには,コミュニ ティが参加表明をするところから始まる。参加 表明は,加入意思を告げるだけではなく,コ ミュニティ名,コミュニティの最高責任者の氏 名,氾濫原の管理責任者の氏名,洪水マップを 市民が見られるための保管場所,土地面積の推 定値,人口の推定値,氾濫原内の建物の数,氾 濫原外の建物の数の情報を,

FEMA

に対して,

コミュニティは,知らせなければならない(30)。 情報提供後,

FEMA

の審査を経て,加入が認

められる。

 

FEMA

は,行政機関であるため,保険販売 等のノウハウを有していない。そこで,民間 の保険会社に販売等を委託することになる。

NFIP

に加入したコミュニティの住民は,民間 保険会社を通じて,保険契約・保険料の支払い をおこなう。契約者が支払った保険料は,基金 にプールされ,そこから保険金が支払われる。

保険金請求は,まず,洪水被害を受けた契約者 が保険会社に保険金請求をすることから始ま る。そして,保険会社が調査をおこない,保険 金額が決定をする。保険会社は,前述した基金

(プール)から,保険金を支出し,契約者に支 払うという流れである。万が一,保険料を溜め ている基金(プール)が底を突く場合には,連 邦政府(財務省)から資金投入がおこなわれる。

3.保険料算定の仕組み

 保険料算定の仕組みで,重要な役割を果た す の は,

FEMA

が 作 成 す る,

Flood Insurance Rating Map

,通称

FIRM

とよばれるマップであ る。このマップで求められる役割は,洪水危険 性の確率を示すことである(31)

NFIP

に参加し ているコミュニティは,氾濫原管理条例を制 定する際に,

FIRM

の情報を取り入れなければ ならない(32)

FEMA

は,100年に1度の大洪水 が発生する確率があるとされる

SFHA

のエリア について,特に重点的に事細かな

MAP

を作成 している(33)。現在,このマップは,

FEMA

が,

最低5年に1度,見直しをおこなっている(34)。  

FIRM

における,洪水危険度の考え方を紹介 する。キーワードとなるのが,ゾーニングであ る。ゾーニングをすることで,

FIRM

が,保険 料の算定だけではなく,氾濫原管理の参考資料

(5)

にもなっているという側面がある(35)。ゾーニ ングの区分についてであるが,

SFHA

のエリア と判定されるのが,洪水危険度の高い順に,

A

A

1

-

30・

AE

AO

AH

A

99・

AR

V

VE

Map

で表記されたエリアであり,洪水危険度 が高くないエリアには,洪水危険度の高い順に

B

X

C

D

(36)

Map

に表記される(37)。なお,

B

以下のエリアでの,洪水発生確率は500年に 1回とされている(38)

 この

Map

を基に,保険料が算出される。実 際に保険料を算出するのは,

FEMA

ではなく,

民間の保険会社である。保険会社は,様々なパ ターンのリスク想定をしている。その想定の上 で,保険料を決定する。保険料を算定する上 で,重要なのは,洪水の発生確率と洪水の被害 の大きさの2つで構成されたリスク評価を保険 会社自らが実行する事,洪水における損失額を 知る事,保険市場の実情を踏まえた上での保険 料である事,リスク評価は1つではなく複数評 価もおこなうことである(39)

 保険料の決定要素は,

FIRM

以外にも,建築 年数等も入るのであるが,大きな要素を占めて いるのは,

FIRM

であるので,それについて検 討した。

 

NFIP

の仕組みの中に,保険料が割り引か れる制度がある。それは,

Community Rating System

,通称

CRS

と呼ばれるシステムである。

コミュニティ自身が,洪水による家財や建物の 損害を軽減するための独自の取り組みをし,氾 濫原管理に対する包括的な独自の取り組みを し,それらの取り組みの結果

NFIP

の保険的側 面が強化された場合,

CRS

のコミュニティで あると

FEMA

から認定される(40)。認定された コミュニティは,保険割引の対象となる。

CRS

は,

Class

1-9まで細分化されていて,そのラ ンクに応じて,保険料が,最低5%,最高45%

割引される(41)

4.NFIP における政府の役割と民間保険会社 の役割

 前述したように,

NFIP

の制度運用をしてい るのは,

FEMA

である。しかし,政府の役割 はそれだけではない。保険料を溜めている基金

(プール)から保険金が支出出来なくなった場 合に,基金に資金を投入するという役割が政府 にはある。

 プールに資金が投入されるケースとして考え られるのが,洪水被害が甚大なために,保険金 額(支出)が保険料(収入)を上回るケース,

支出超過に陥った場合である。その場合,プー ルに財務省から資金が投入される。但し,この 資金投入額も上限が存在し,当初は,上限10億 ドルであったが,1996年からは上限15億ドル,

その後,2005年のハリケーン・カトリーナにお ける激甚な洪水被害に由来する多額の保険金支 出を踏まえて,同年からは上限207億7

,

500万ド ルとなっている(42)

 具体的にどのくらいの資金がプールに投入さ れたのか。1993年,プールに1憶ドルが投入 され,1998年には9億2

,

200万ドルが投入され,

2000年代に入ると,2001年に6億5

,

000万ドルが 投入されケースや,2002年には,3億ドルが投 入されたケースがある(43)。2005年のハリケー ン・カトリーナの襲来による洪水被害発生時 も,ファンドが底をつきかけ,2億2

,

500万ド ルの資金がプールに投入された(44)

 民間の保険会社の

NFIP

における役割を確認 する。民間保険会社の役割は,保険の契約販売

(6)

及び保険料徴収・保険金支払いである。

NFIP

において,民間保険会社のことを

WYO

保険会 社ということがある。

WYO

とは通称で,正式 には,

Write-Your-Own

と呼ばれている。一般 に,

WYO

保険会社では,保険契約・保険料の 徴収・保険金支払いがおこなわれている(45)。  

WYO

は,1983年からスタートした制度で,

FEMA

と民間保険会社が手を組んで,

NFIP

保険の販売等をしていくというものである(46)。 この仕組みでは,民間の損害保険会社には自社 名義で

NFIP

の保険販売が認められている(47)

WYO

保険会社は,独自の保険料設定や

NFIP

の運用の余地は認められておらず,

FEMA

政策方針に従わなければならない(48)。また,

WYO

保険会社は,州の保険法の規制に従って,

保険販売のライセンスを獲得し,損害保険業に 従事していることが前提で,

NFIP

の保険販売 も認められる(49)。保険の販売方法については,

WYO

ができる前は,

FEMA

が,損害保険会社 や州によって許可された保険販売のブローカー を通じて販売をしていたが,現在では,

WYO

が主流である(50)

 

NFIP

開始から15年も経過した段階で,この 制度を導入した点について,

FEMA

は,

NFIP

の加入地域を増加させること,民間保険会社に この仕組みを通して洪水保険の知識を与えるこ と,洪水保険の販売等の機会を与えることとい う見解を示している(51)

5.氾濫原管理

 

NFIP

では,参加するコミュニティに,氾濫 原管理条例の制定を要求している。

FEMA

見解では,洪水被害の最小限化を念頭において おり,建築許可申請時に提出する書類に洪水対

策,特に,氾濫原管理条例を制定した事を記す ことにより,基準を満たした建物のみが

NFIP

の救済の対象となる(52)

 アメリカでいわれている,一般的な氾濫原管 理について確認したい。古くから,氾濫原の近 く,特に湿地では農業や牧畜,産業活動がおこ なわれていた(53)(54)。根底にあるものは,洪水 リスクを正しく測ること,洪水危険地域での開 発の抑制,治水である(55)。氾濫原管理が成功 したと認められるのは,個人の洪水被害リスク や家財損害のリスクを減らすことができた場合 である(56)。カトリーナのような想定外のハリ ケーンによる洪水からもわかるように,氾濫原 管理の実行をもって,洪水リスクを0にするこ とは不可能であるが,氾濫原管理を実行するこ とにより,リスクを低減し,最終的に,連邦政 府からの費用支出の抑制にもつながるのであ る(57)

 氾濫原管理のコストに絡めて,

Holway, James M; Burby, Raymond J

が,興味深い指摘をしてい る。氾濫原管理では,地方政府が建築規制とし て,開発者に家のかさ上げが求めるのである が,そのことは,建築資材も含めたコストを開 発者に支払わせることとなる。家のかさ上げを おこなうためには,更なる建築資材や労働者の 投入が必要である(58)。開発者が,コスト負担 を念頭に家を建てることは少なく,結果とし て,氾濫原管理によって,氾濫原付近での建築 の抑制につながる。最終的には,規制により氾 濫原付近の土地の購入者が減り,土地価格の減 少につながっていく(59)

 ただし,この指摘は,氾濫原管理のみを実行 した場合を想定しており,保険の要素は加味さ れていない。ここでは,一般的に,アメリカで

(7)

の氾濫原管理とコストの関係をどのように捉え ているのかを確認するために,

Holway, James M;

Burby, Raymond J

の指摘を紹介した。

 

NFIP

における氾濫原管理とは,開発許可と 建築許可の事である。

 ここでの開発の定義は,新築・改修された不 動産,構造物,鉱山の開山・掘削行為等,11項 目のことであり(60),その11項目に土地の浄化 を含めた,12項目が開発許可の対象である(61)。 また,開発の際には,

FIRM

を参照しない上で,

開発許可を受けなければならない(62)。開発予 定の場所で新たな洪水リスクが判明した場合,

開発計画の再検討が要求され,開発許可の申請 者は,洪水リスクの低減を踏まえた最善策の再 提示をしなければならない(63)

 次に,建築許可である。建築許可は,開発許 可とセットである事が必須である(64)。建築許 可は,先程の開発の定義で述べた項目のほか,

建物の破損部分の補修,交差点や橋や学校の建 設,改修が対象となる(65)

 一般的なアメリカの氾濫原管理と比較した場 合,

NFIP

が要求をしている氾濫原管理とは,

土地開発の部分が対象となり,治水について は,対象外である。

Ⅳ 全米洪水保険制度(NFIP)の問題点  

NFIP

にも,問題点はある。ここでは,保険 料率の問題,保険会社の問題,資金の問題をと りあげる。

 まず,保険料率の問題である。この問題につ いては,

Government Accountability Office

,通

GAO

が指摘をしている。まず,保険料率 を決定するのに重要な

FIRM

についてである。

FIRM

について,

GAO

は,現在,マップが5

年に一度の更新である事を踏まえ,更なる改善 を求めている(66)。更新が頻繁ではないことで 問題が生じた。それが,グランドファーザー料 率に関する問題である。特に問題となったの が,マップの更新により,最新のマップでは洪 水リスクが高いと判定され,古いマップでは洪 水リスクが低いと判定されていた場合,保険料 率が,最新のマップに基づくもではなく,古い マップに基づいて算定されていた点である(67)

GAO

自身も,理論的に算定された保険料率(フ ルリスク料率)が,正しく洪水リスクを反映 したものであるとは述べられないとしており,

NFIA

も,フルリスク料率が適用される契約者 のみならず,軽減された保険料率が適用された 契約者も含めて,この制度が成立するとの考え を示している(68)

 次に,保険会社の問題である。まず,手数料 に関する問題である。契約者は,保険料支払い の際に,保険会社への手数料を支払う。しか し,

GAO

の指摘では,2005-2007年にかけて,

WYO

保険会社6社を調査したところ,事務手 続き等で使用した総合計の費用より,さらに 16

.

5%上回る費用を手数料として,保険会社が 過剰徴収していたとした(69)。この問題とは異 なるが別の問題として,ホームオーナーズ保険 と

NFIP

の保険金請求問題がある。

NFIP

の救 済対象は洪水であり,風災等が対象外である。

そこで,

WYO

保険会社は,風災等も対象とし たホームオーナーズ保険を

NFIP

販売時に加入 者に同時購入させる。保険金請求時には,この 両者についての保険金請求を契約者はおこな い,調査に基づいて保険金が算定される。しか し,その算定の段階で,保険会社が

NFIP

の保 険金額を高く算定する行為が意図的におこなわ

(8)

れたとの内部告発があった(70)。この内部告発 が事実である場合,保険金額の算定が原因で,

財務省からプールへ不必要な資金投入がされた ことになる。

 最後に,政府(財務省)からの資金投入につ いてである。

GAO

は,前述した問題点に加え て,

FEMA

が財務省から資金投入した188億ド ルが借金として存在し,焦げ付く可能性がある との指摘をおこなった(71)。本来,

NFIP

は,政 府からの支出抑制を意図していた制度である。

しかし,この借金の存在は,制度の意図が達成 されていない事を示している。2005年以降,資 金投入の限度額が207億7

,

500万円に引き上げら れた事態も,制度設計の意図の観点から,問題 であるといえる。

 これらの多くの問題が生じている中で,連邦 議会も,カトリーナ以降,この制度を存続させ るべきかの議論をおこなった。そして,2012年 に,“

Biggert Waters Flood Insurance Reform Act of

2012”が制定され,

NFIP

が5年間延長され ることが決定した(72)

おわりに

 

NFIP

を分析した結果,保険加入要件として,

氾濫原管理の実行を地方政府に課すことで,予 防と救済の両方を満たした洪水対策がおこなわ れていることが明らかになった。このような洪 水対策が誕生した背景には,従来の洪水対策で は対応困難な洪水が発生していたこと,洪水が 発生するたびに連邦政府から多額の資金支出が 発生していたこと,そして,資金の支出抑制が 必要であったことがあげられる。制度誕生から 約50年が経過し,地球温暖化の進行し,カト リーナに代表されるような制度開始当初では想

定不可能であった甚大な洪水被害が発生した。

NFIP

は,この状況に対応した変化が必要であ る。

 日本には,

NFIP

に類似した制度はなく,氾 濫原管理と金銭的救済が,関連付けられていな い。金銭的救済は,民間の損害保険という形で おこなわれていて,火災保険に水災補償を付帯 する形でおこなわれている。しかし,水災補償 の付帯が任意であるため,洪水被害後に人々が 水災補償の重要性を初めて認知する場合が少な くない。金銭的保証による救済の有無は,被害 後の生活再建にも関わる問題である。

 2017年まで延長された

NFIP

がどのような形 に変容していくのか,推移を見守っていきた い。本稿において,水害における

FEMA

の役 割を分析した。

FEMA

は,水害以外の災害に おいても重要な役割を果たしている。例えば,

地震分野での,

National Earthquake Hazards Reduction Program

があげられる。その他の災害 における

FEMA

の役割についての分析を今後 の課題としたい。

〔投稿受理日2014. 12. 20 /掲載決定日2015. 1. 29〕

⑴ 42 U.S.C. § 4001 (a)(1)

⑵ 42 U.S.C. §4002(a)(1)

⑶ 42 U.S.C. §4001(a)(2)

⑷ 42 U.S.C. §4002(a)(2)

⑸ 42 U.S.C. §4002(a)(5)

⑹ 42 U.S.C. §4002(a)(6)

⑺ 42 U.S.C. §4001(a)(4)

⑻ 42 U.S.C. § 4001 (a)(3)

⑼ 42 U.S.C. §4002(b)

⑽ 42 U.S.C. §4001(b)(1)

⑾ 42 U.S.C. §4001(b)(2)

⑿ 42 U.S.C. §4001(c)(1)

⒀ 42 U.S.C. §4001(c)(1)

(9)

⒁ 42 U.S.C. §4001(c)(1)

⒂ 42 U.S.C. § 4001 (c)(2)

⒃ 42 U.S.C. §4001(d)(2)

⒄ R. Jason Richards [April 2008]“, THE NATIONAL FLOOD INSURANCE PROGRAM: A “FLOOD” OF CONTROVERSY”, The Florida Bar Journal, pp5

⒅ Brendan R. Vaughan [2008], “ARE INSURANCE COMPANIES GETTING HOSED IN THE WIND VS. WATER CONTROVERSY?” University of Illinois Law Review, 2008 U. Ill. L. Rev. 777, 2008, pp782

⒆ Special Flood Hazard Areaの邦訳は,特別洪水危 険地域になる

⒇ Christine A. Klein and Sandra B. Zellmer [Fall, 2007], “Mississippi River Stories: Lessons from a Century of Unnatural Disasters”, SMU Law Review, 60 SMU L. Rev. 1471, pp1491

  なお,上記論文のもとになっている,http://www.

fema.gov/doc/library/nfipdescrip.docは,2014年 8 月17 日現在,削除されていた事も追記する

� Christine A. Klein and Sandra B. Zellmer,同上,

注(20),pp1491

� 具体的なデーターは,以下で検索が可能である。

EM-DAT Disaster List http://emdat.be/disaster_list/

index.html (閲覧日2014年11月21日)

� Christine A. Klein and Sandra B. Zellmer,前掲,

注(20),pp1495

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参考 URL

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 http://www.propertycasualty360.com/2010/08/31/ five-years-after-katrina-whistleblower-suit-still- spinning?t=loss-litigation&page=2

参照

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