麗
気
記
の
基
礎
的
考
察
久
保
田
収
崎 麗 気 記 は 両 部 神 道 の 代 表 的 著 作 で あ る。 両 部 神 道 と い ふ 意 は、 宮 地 直 三 博 士 が ﹁ 神 祇 史 綱 要 ﹂ に お い て ﹁ 両 部 と は 密 教 所 立 の 金 剛 及 び 胎 蔵 両 界 を 呼 ぶ 称 な れ ど も、 今 世 俗 の 慣 用 に 従 ひ て、 神 佛 両 教 を 合 一 せ る 意 に 用 ゐ ん と す ﹂ と い ひ、 山 田 孝 雄 博 士 が ﹁ 神 道 思 想 史 ﹂ の 中 で ﹁ 本 地 垂 迩 の 思 想 が 旦 三体 化 し て、 神 道 行 事 及 理 論 の 上 に 現 は れ た も の が、 此 の 一 般 的 に 謂 ふ 両 部 神 道 と 謂 ふ の で あ り ま す ﹂ と い は れ て ゐ る の が 要 を え て ゐ る。 し か し、 そ の 名 の ひ ろ く 用 ひ ら れ る や う に な つ た の は 吉 田 兼 倶 以 来 の こ と で あ つ た。 兼 倶 は、 早 く 文 明 二 年 の 宗 源 神 道 誓 紙 ( 日 本 紀 正 義 所 収) に お い て、 宗 源 神 道、 本 社 之 縁 起 と 並 ん で 両 部 習 合 神 道 を あ げ、 明 応 六 年 十 一 月 の 日 芳 宛 の 賀 札 ( 番 神 問 答) に お い て も、 本 迩 縁 起 神 道、 両 部 習 合 神 道、 元 本 宗 源 神 道 を あ げ、 有 名 な 唯 一 神 道 名 法 要 集 に お い て も こ れ と 同 じ く 本 迩 縁 起 神 道、 両 部 習 合 神 道、 元 本 宗 源 神 道 と 分 類 し て を り、 こ れ 以 来、 ぴ ろ く 両 部 神 道 と い は れ る や う に な つ た。 こ の 両 部 神 道 の 成 立 と 発 展 に つ い て の 従 来 の 見 解 は、 必 ず し も 明 確 で は な い。 宮 地 博 士 の ﹁ 神 祇 史 綱 要 ﹂ に 説 か れ る と こ ろ は、 ﹁ こ の 説 は 上 述 の 如 く 鎌 倉 時 代 の 始 め に 根 抵 を 固 め 爾 後 徐 々 に 発 達 し 完 成 せ ら れ て、 そ の 歴 史 甚 だ 古 く、 且 つ 頗 る 複 雑 な る 変 化 を 経 た り、 今 そ の 系 統 の 大 体 を 述 べ ん に、 之 を 唱 道 せ し は 古 来 神 道 と 最 も 縁 故 深 ぎ 天 台 真 言 の 両 教 に し て、 之 を 分 つ 時 は 天 台 及 び 真 言 神 道 の 二 派 と な す を 得 べ し ﹂ と て、 天 台 神 道、 真 言 神 道 に 分 つ て、 こ の 二 者 に つ い て 説 い て 麗 気 記 の 基 礎 的 考 察密 教 文 化 ま つ 前 者 に つ い て は ﹁ 天 台 神 道 は 延 暦 寺 の 鎮 守 な る 山 王 権 現 即 ち 日 吉 神 社 を 中 心 と し、 之 を 釈 迦 の 垂 迩 と し て 諸 神 の 第 一 に お き、 一 圓 宗 擁 護 の 因 縁 を 極 め て 巧 妙 に 表 示 せ る も の に し て、 山 王 の 二 字 に 三 諦 即 一、 一 心 三 観 の 深 旨 を 蔵 せ り と す る が 如 き は、 就 中 重 要 な る 玄 理 と 称 せ ら る、 そ の 教 義 を 記 せ る に 耀 天 記、 厳 神 抄、 山 家 要 略 記 等 の 書 あ り、 後 江 戸 時 代 の 初 め 天 海 の 主 張 せ し 山 王 一 実 神 道 は 此 に 源 を 発 せ る な り ﹂ と い ひ、 後 者 に つ い て は ﹁ 真 言 神 道 は 金 胎 両 曼 奈 羅 に よ り、 諸 神 と 諸 佛 と の 合 体 す る 所 以 を 説 い て、 神 祇 の 性 格、 種 別 よ り 教 義 に 及 び、 そ の 範 囲 広 汎 に し て 且 つ 緻 密 に、 殊 に 重 ぎ を 神 宮 に 置 い て、 内 宮 を 金 剛 界、 外 宮 を 胎 蔵 界 に 配 し、 以 て 両 宮 の 三 致 を 明 か に せ ん と せ り、 そ の 説 天 地 麗 気 記 の 外、 次 に い ふ 神 道 五 部 書 の 中 に も 之 を 求 む る を 得 べ し、 後 に 御 流 神 道 と い は れ し は こ の 派 に 属 す ﹂ と な し、 か つ ﹁ さ て こ の 天 台 及 び 真 言 の 両 派 共 に、 そ の 起 源 を 伝 教、 弘 法 等 の 祖 師 に か け、 そ の 由 来 を 頗 る 古 代 に 置 け る も、 之 を 信 用 す る に 足 ら ざ る は、 夙 に 先 入 の 考 証 せ し 如 く な れ ば、 今 こ と みく し く 之 を 述 べ ず ﹂ と い ふ の で あ つ て、 宮 地 博 士 の ﹁ 神 祇 史 大 系 ﹂ も、 こ れ を も と に や や 詳 し く 述 べ ら れ て を り、 当 時 と し て は ま つ 妥 当 な 説 と い へ よ う。 河 野 省 三 博 士 の ﹁ 神 祇 史 概 要 ﹂、 山 田 孝 雄 博 士 の ﹁ 神 道 思 想 史 ﹂ も こ れ と 著 し く 違 つ た 見 解 で は な い。 こ の う ち 天 台 宗 関 係 の 山 王 神 道 は、 鎌 倉 時 代 の 末 期 に 成 立 し た も の で あ つ て ( 神 道 史 研 究 一 ノ 壬 拙 稿 ﹁ 山 王 神 道 説 の 成 立 ﹂)、 真 言 宗 関 係 の 神 道 と 直 接 に は 関 連 す る と こ ろ が な い の で、 こ れ は し ば ら く 別 と し て、 真 言 宗 関 係 と 伝 へ ら れ る 両 部 神 道 に つ い て 考 察 し た い と 思 ふ が、 そ の 成 立 に つ い て は、 諸 説 必 ず し も 一 致 し な い。 ま つ 佐 伯 有 義 博 士 の ﹁ 神 祇 史 ﹂ に 説 く と こ ろ を み る と、 ﹁ 文 武 天 皇 元 年 よ り 安 徳 天 皇 寿 永 三 年 に 至 る 迄 ﹂ の 章 に お い て 麗 気 記 の 説 を 挙 げ て、 ﹁ 之 を 要 す る に、 天 照 太 神 は 胎 蔵 界 の 大 日、 豊 受 太 神 は 金 剛 界 の 大 日 如 来 に て、 天 照 太 神 は や が て 豊 受 太 神 な り、 天 御 中 主 尊 と 申 す も 亦 同 神 に て、 佛 に 所 謂 大 梵 天 王 是 な り と 云 ふ に 在 り、 両 部 神 道 の 名、 因 つ て 起 る 所 明 な れ ど、 此 の 書 果 し て 空 海 の 著 す 所 な り や 否 や は 大 に 疑 は し、 塩 尻 ( 十 四) に、 麗 気 灌 頂 の 書 な ど を 本 と し て、 後 入 の 空 海 に 託 し て 偽 作 せ る も の な る べ し と 云 へ る が 如 く、 恐 ら く は 空 海 の 手 に 成 り し も の に は あ ら ざ る べ し、 開 巻 第 一 に、 天 神 七 葉、 地 神 五 葉 と 書 し、 神 号 に 笛 吹 大 明 神、 高 野 大 明 神、 金 精 大 明 神 等、 頻 に 明 神 の 文 字 を 使 用 す る を
見 れ ば、 天 神 七 代 地 神 五 代 と 称 す る 語 の 治 く 行 は れ、 大 明 神 の 号 を、 一 般 に 使 用 す る に 至 り し 後 に 偽 作 せ る も の な る こ と 明 な り と す ﹂ と い は れ て ゐ る が、 天 神 七 代 地 神 五 代 の 語 の あ ま ね く 行 は れ、 大 明 神 の 号 の一 般 に 使 用 さ れ た の を、 何 時 ご ろ と 考 へ ら れ て ゐ る の か 明 瞭 を 欠 く が、 上 述 の や う に 寿 永 三 年 以 前 の 条 に 論 ぜ ら れ、 ﹁ 鎌 倉 時 代 よ り 室 町 時 代 の 中 頃 兼 倶 の 起 り し ま で は 両 部 神 道 の 全 盛 期 に て、 学 者 も 武 入 も 神 職 も 僧 侶 も、 皆 両 部 習 合 の 説 に 捕 は れ ざ る ぱ な か り き ﹂ と い は れ て ゐ る と こ ろ を み る と、 平 安 時 代 の、 恐 ら く 比 較 的 早 い 時 代 を 考 へ ら れ て ゐ た の で あ ら う。 河 野 省 三 博 士 は ﹁ 神 道 の 研 究 ﹂ の 中 で、 両 部 神 道 に つ い て 解 説 せ ら れ、 ﹁ 此 の 両、 部 神 道 の 成 立 は、 神 道 五 部 書 を 源 流 と し て 発 達 し た 伊 勢 の 度 会 神 道 と 甚 だ 善 く 類 似 し を る 点 が 多 い の で あ つ て、 其 の 神 道 五 部 書 の 成 立 が 平 安 朝 末 期 か ら 鎌 倉 時 代 の 初 期 に か け て の も の と す れ ば、 此 の 両 部 神 道 説 の 発 生 期 も ほ ぼ そ れ と 大 差 の 無 い も の と 見 る こ と が 出 来 よ う。 度 会 の 神 道 書 が 行 基 の 神 佛 習 合 に 関 す る 伝 説 を 取 入 れ て ゐ る と い ふ や う な 点 か ら 見 て、 此 の 神 道 説 の 萌 芽 の 可 な り 古 く か ら 現 は れ て ゐ た こ と が 想 像 さ れ る の で あ る。 ﹂ と い は れ、 両 部 神 道 書 と し て の、 空 海 の 著 と い は れ る 天 地 麗 気 記、 両 宮 形 文 深 釈、 中 臣 被 訓 解、 大 日 尊 神 中 臣 被 天 津 祝 詞 太 祝 詞 文 伝、 十 種 神 宝 図、 両 部 神 道 二 図、 丹 生 太 神 宮 之 儀 軌 な ど を 鎌 倉 時 代 以 後 の 著 述 と み な さ れ て ゐ る。 こ れ に 対 し て、 宮 地 博 士 は ﹁ 神 祇 史 綱 要 ﹂ の 中 で ﹁ 鎌 倉 時 代 の 初 め に 根 抵 を 固 め 爾 後 徐 々 に 発 達 し 完 成 せ ら れ ﹂ た と さ れ、 ま た ﹁ 神 祇 史 大 系 ﹂ で ﹁ 当 代 (○ 鎌 倉 時 代) の 末 期 に は、 教 相 と 事 相 と を 包 ね た る 宗 派 的 体 系 を 成 す に 至 り し が ﹂、 ﹁ そ の 説 の 詳 か に せ ら れ た る は 麗 気 記 に し て、 年 代 の や や 古 ぎ に 中 臣 被 訓 解 あ り ﹂、 ﹁ 当 代 末 期 に 於 け る 分 派 に 大 和 の 三 輪 明 神 を 主 と し て 説 を 成 せ る 三 輪 流 神 道 あ り ﹂ と さ れ て、 鎌 倉 時 代 の 初 め よ り 徐 々 に 形 作 ら れ、 末 期 に な つ て 完 成 し た と 考 へ ら れ、 中 臣 被 訓 解、 麗 気 記 を そ の 説 の 代 表 と せ ら れ た。 清 原 貞 雄 博 士 は 一 層 そ の 成 立 を 遅 く 考 へ ら れ、 ﹁ 神 道 史 ﹂ で 述 べ て、 ﹁ 両 部 神 道 の 書 で 鎌 倉 時 代 の も の と し て は 文 保 二 年 に 書 か れ た 三 輸 大 明 神 縁 起 と 称 す る も の が あ る。 之 が 恐 ら く 両 部 神 道 書 の 中 で は 最 も 古 い も の で は 無 い か と 思 ふ ﹂ と い は れ、 大 和 葛 城 宝 山 記 は ﹁ 恐 ら く 鎌 倉 時 代 の 中 期、 即 ち 三 輪 大 明 神 縁 起 と ほ ぼ 同 時 代 に 出 来 た も の で あ ら う、 ﹂ と さ れ、 ま た 麗 気 記 に つ い て は ﹁ 此 の 書 が 全 然 弘 法 大 師 に 関 係 の 無 い も の で あ る 麗 気 記 の 基 礎 的 考 察
-51-密 教 文 化 と 云 ふ 事 を 決 定 的 に 論 証 し た の は 辻 善 之 助 博 士 で あ る。 此 の 書 が 何 時 頃 偽 作 さ れ た か に 就 て は 辻 博 士 は 室 町 時 代 で あ ら う と 云 つ て 居 る。 然 し 家 行 の 類 聚 神 祇 本 源 に は 此 の 書 が 引 用 さ れ て 居 る ﹂ の で、 ﹁ 此 の 天 地 麗 気 記 が 類 聚 神 祇 本 源 以 前 に 出 来 た も の で あ る 事 は 明 で あ る。 然 し 神 祇 本 源 以 前 に は 全 く 引 用 せ ら れ て 居 ら ず、 又 書 目 な ど に も 見 当 ら ぬ 所 を 見 る と、 其 の 偽 作 せ ら れ た 年 代 は 鎌 倉 時 代 の 中 頃 以 後 で あ る 様 に 思 は れ る ﹂ と い は れ た。 た だ 宝 山 記 に つ い て 鎌 倉 時 代 の 中 期 即 ち 三 輸 大 明 神 縁 起 と ほ ぼ 同 時 代 に 出 来 た も の と い は れ て ゐ る が、 三 輸 大 明 神 縁 起 が 文 保 二 年 に 書 か れ た と す る と、 鎌 倉 時 代 の 後 期 と い ふ べ き で あ つ て、 中 期 を ど こ に お い て 考 へ ら れ て ゐ る か、 や や 明 か で な い。 村 岡 典 嗣 教 授 の 考 へ も こ れ に 近 い。 す な は ち ﹁ 神 道 史 ﹂ に お い て、 ﹁ 真 言 宗 の 方 面 で は、 先 づ 三 輸 流 神 道 に 於 て 両 部 神 道 の 端 緒 が 説 か れ た。 即 ち 文 保 二 年 に な つ た 三 輸 大 明 神 縁 起 等 で 知 ら る る 所 で ﹂ あ る と さ れ、 ﹁ 此 の 両 部 の 考 へ が 漸 次 に 明 ら か に な つ て、 謂 は ゆ る 両 部 神 道 の 学 説 と な つ た。 ﹂ と い は れ て ゐ る。 そ の 説 の 主 な も の を み て も、 上 述 の や う に 区 々 で あ り、 そ の 説 の 始 め と す る の も 中 臣 被 訓 解 と み 三 輸 大 明 神 縁 起 を あ げ る と い ふ 有 様 で あ つ て、 果 し て そ の い つ れ が 古 い か、 ま た 両 部 神 道 史 上 ど の や う な 地 位 を 占 め る の か、 未 だ 明 確 に さ れ て ゐ ず、 ま た 両 部 神 道 の 代 表 的 著 作 と 考 へ ら れ る 麗 気 記 も、 大 山 公 淳 教 授 の 論 考 ( 神 仏 交 渉 史 論) 以 外、 こ れ と い ふ 基 礎 的 考 察 を み な い。 二 ま つ 麗 気 記 の 題 名 と 巻 数、 お よ び 順 序 に つ い て 考 へ よ う。 麗 気 記 は、 弘 法 大 師 全 集 は、 寛 文 十 二 年 九 月 日 下 部 喜 左 衛 門 板 行 の 版 本 を も と と し て、 全 十 八 巻 を 天 地 麗 気 記 の 総 題 の も と に 収 め、 各 巻 毎 に 別 目 を 記 し、 そ の 別 目 名 は 毎 巻 の 巻 末 に も み え て ゐ る が、 そ の 別 目 は 毎 巻 の 巻 初 に あ げ る と こ ろ と 多 少 異 な る と こ ろ が あ る。 い ま、 各 巻 の 順 序 と 別 目 名 を 挙 げ る と、 次 の 如 く で あ る。 天 地 麗 気 記 巻 第 一 天 地 麗 気 記 巻 第 二 天 地 麗 気 記 巻 第 三 ( 巻 初 別 目 名) 天 地 麗 気 記 二 所 太 神 宮 麗 気 記 天 照 太 神 宮 鎮 座 次 第 ( 巻 末 別 目 名) 天 地 麗 気 記 巻 第 三 二 所 太 神 宮 麗 気 記 巻 第 二 天 照 皇 太 神 麗 気 記 巻 第 三
天 地 麗 気 記 巻 第 四 天 地 麗 気 記 巻 第 五 天 地 麗 気 記 巻 第 六 天 地 麗 気 記 巻 第 七 天 地 麗 気 記 巻 第 八 天 地 麗 気 記 巻 第 九 天 地 麗 気 記 巻 第 十 天 地 麗 気 記 巻 第 十 一 天 地 麗 気 記 巻 第 十 二 天 地 麗 気 記 巻 第 十 三 天 地 麗 気 記 巻 第 十 四 天 地 麗 気 記 巻 第 十 五 コ人 地 麗 気 記 巻 一第 十 六ハ 天 地 麗 気 記 巻 第 十 七 五 十 鈴 河 由 田 原 豊 受 皇 太 神 鎮 座 次 第 降 臨 次 第 神 天 上 地 下 次 第 降 臨 次 第 十 八 所 以 後 及 以 往 惣 体 神 梵 語 麗 気 記 万 鏡 霊 瑞 器 記 万 鏡 本 縁 神 霊 瑞 器 記 心 柱 麗 気 記 神 号 麗 気 記 三 田、介 表 麗 気 記 天 札 一 巻 也 神 形 注 天 札 以 後 一麗 気 記 可 伝 之 現 図 麗 天 札 以 後 気 記 可 伝 之 佛 法 神 道 麗 気 評 神 体 図 二 神 体 図 三 豊 受 太 神 鎮 座 次 第 巻 第 四 降 臨 次 第 麗 気 記 巻 第 五 降 臨 次 第 麗 気 記 巻 第 六 神 梵 語 麗 気 記 巻 第 七 万 鏡 霊 瑞 器 麗 気 記 巻 第 八 心 柱 麗 気 記 巻 第 九 神 号 麗 気 記 巻 第 十 天 地 麗 気 記 巻 第 十 一 天 地 麗 気 記 巻 第 十 二 現 図 麗 気 記 巻 第 十 三 佛 法 神 道 麗 気 記 巻 第 十 四 天 地 麗 気 記 巻 第 十 五 天 地 麗 気 記 巻 第 十 六 天 地 麗 気 記 巻 第 十 七 天 地 麗 気 記 巻 第 十 八 神 体 図 四
天
擁
気
記
巻
第
十
八
暴
皇
太
神
宮
継
文
掩
麗
気
記
巻
第
こ れ に よ る と、 巻 第 一 天 地 麗 気 記 の 名 を と つ て 総 題 と し て を り、 毎 巻 に は 別 目 が あ り、 そ の 順 序 は 右 の 通 り で あ る。 こ れ に つ い て、 弘 法 大 師 全 集 の 編 者 は、 そ の 見 解 を 述 べ て、 ﹁ 続 群 書 類 従 所 載 本、 唯 有 二 十 三 章 こ と い ひ、 右 の 版 本 が 十 八 章 で あ る に 対 し、 十 三 章 に と ど ま る と し、 こ れ と 比 較 し て ﹁ 今 本 惣 有 二 十 八 巻 噌、 増 二 加 五 巻 噌、 謂 今 第 十 三、 第 十 五、 第 十 六ハ、 第 十 七、 第 十 八、 是 也、 又 阿 刀 氏 所 蔵 古 写 本 唯 有 二 六 章 一、 一 天 地 麗 気 記、 二 天 照 皇 太 神 宮 鎮 座 次 第、 三 伍 十 鈴 河 山 田 原 豊 受 皇 太 神 鎮 座 次 第、 四 心 柱 麗 気 記、 五 神 梵 語 麗 気 記、 六 万 鏡 本 縁 神 霊 瑞 器 記、 且 章 段 配 列 諸 本 不 レ 同、 此 等 之 事 未 レ 知 二 其 所 以 唱、 又 続 群 書 類 従 本 以 三 麗 気 記 一為 二 惣 題 一、 以 二 天 地 神 号 等 一 為 二 別 目 一、 是 似 三 穏 当 一、 今 本 及 阿 刀 氏 本 以 壬 天 地 麗 気 記 一為 二 惣 題 一者、 蓋 約 レ為 レ 初 歎 ﹂ と 述 べ て ゐ る。 こ こ に 述 べ て ゐ る や う に、 続 群 書 類 従 で は、 麗 気 記 の 惣 題 の も と に 収 め ら れ て ゐ る が、 そ の 各 巻 の 次 第 は 明 三小 し て あ る の で は な い か ら、 巻 の 順 序 が 果 し て 続 群 書 類 従 に 収 め た 通 り 配 列 さ れ て ゐ た か ど う 麗 気 記 の 基 礎 的 考 察、-53-密 教 文 化 か、 この 配 列 が 何 を 根 拠 と し て な さ れ た か、 を 知 る こ と が で き な い。 そ れ ゆ え に、 続 群 書 類 従 は こ の 点 で は 有 力 な 参 考 と は な ら な い の で あ る。 ま た 弘 法 大 師 全 集 の 編 者 の 参 照 し た 阿 刀 本 に つ い て は、 一 見 の 機 を え な い の で 何 と も 断 定 し が た い の で あ る が、 六 巻 と い ふ の は、 最 初 か ら 六 巻 と し て 書 写 さ れ た と い ふ の で は な く、 十 余 巻 の う ち の 六 巻 だ け が た ま た ま 残 存 し た も の で は な い だ ら う か。 従 つ て、 弘 法 大 師 全 集 の 編 者 が 右 に 挙 げ て ゐ る や う な 巻 の 順 序 に は に は か に 従 ひ が た い。 従 つ て、 こ れ ら の 見 解 を 一 応 白 紙 に し て、 改 め て 考 へ る こ と と し た い。 こ れ に つ い て 注 目 す べ き は、 隆 舜 の 見 解 で あ る。 隆 舜 は 幕 末 か ら 明 治 に か け て の 学 匠 で あ る が、 そ の 著 は し た 麗 気 記 愚 考 抄 ( 高 野 山 三 宝 院 蔵、 高 野 山 大 学 図 書 館 寄 托) の 中 で、 麗 気 記 の 構 成 が 三 変 し て ゐ る と い つ て ゐ る。 す な は ち、 ま つ ﹁ 凡 此 書、 当 山 古 刹 往 々 有 二 其 原 本 一、 巻 々 別 々、 無 二 天 地 麗 気 記 之 惣 題 一、 只 題 二 二 所 皇 太 神 宮 麗 気 記 天 照 太 神 宮 鎮 座 次 第 五 十 鈴 河 山 田 原 豊 受 皇 太 神 宮 鎮 座 次 第 等 題 名 一而 己、 謹 以、 是 本 最 古 質 正 本 歎 ﹂ と い つ て ゐ る が、 こ こ に 原 本 と い ふ の が 高 野 山 の ど の 寺 に あ つ た も の を 指 す の か 分 ら な い が、 こ れ を ﹁ 古 質 正 本 ﹂ と は い ふ も の の、 恐 ら く 中 世 に 属 す る 古 写 本 の こ と で は な い だ ら う か。 高 野 山 寺 院 に は い ま も 古 写 本 が か な り 伝 へ ら れ て ゐ る の で、 そ れ ら に つ い て こ の や う に 考 へ た も の か と 思 は れ る。 と こ ろ で 隆 舜 は、 こ れ が = 裟 し た と し て、 ﹁ 次 応 永 年 中、 叡 山 僧 都 良 遍 伝 二 授 此 記 一、 受 者 僧 頼 舜 記 二 其 所 聞 一、 閲 二 此 聞 書 幅、 編 二 次 一 部 十 八 巻 圃見、 但 晶 々 次 第 与 二 今 印 本 一不 レ 同、 見 壬 牒 文 及 編 目 一、 以 二 二 処 皇 太 神 宮 麗 気 記 一為 二 第 一一、 ﹂ と い ひ、 以 下 版 本 と そ の 編 次 を 比 較 し て ゐ る。 こ こ に い ふ、 良 遍 の 麗 気 聞 書 か ら 知 ら れ る 麗 気 記 の 順 序 ぱ、 次 の や う で あ る。 二 処 皇 太 神 宮 麗 気 記 第 一 降 臨 次 第 第 三 天 照 皇 太 神 宮 鎮 座 次 第 第 五 心 御 柱 麗 気 記 第 七 万 鏡 霊 瑞 器 記 第 九 神 形 注 麗 気 記 第 十 一 現 図 麗 気 記 第 十 三 神 躰 図 麗 気 記 第 十 五 図 絵 麗 気 記 第 十 七 神 天 上 地 下 次 第 第 二 天 地 麗 気 記 第 四 五 十 鈴 河 豊 受 皇 太 神 鎮 座 次 第 第 六 神 梵 語 麗 気 記 第 八 神 号 麗 気 記 第 十 三 界 表 麗 気 記 第 十 二 佛 法 神 道 麗 気 記 第 十 四 神 形 図 麗 気 記 第 十 六 深 秘 図 麗 気 記 第 十 八
こ の 麗 気 聞 書 は、 い ま も 高 野 山 に 数 本 存 す る。 つ ぎ に 隆 舜 ぱ 二 変 を 説 い て、 ﹁ 次 至 三 麗 気 記 私 抄 一、 二 変、 毎 レ 巻 安 三 麗 気 記 惣 題 一、 云 壬 麗 気 記 第 二 麗 気 記 第 三 等 蝋、 又 末 抄 云 二 麗 気 記 第 一 私 抄 第 二 私 抄 等 こ と い ひ、 さ ら に 三 変 に つ い て、 ﹁ 寛 文 年 間 洛 陽 書 林 日 下 部 喜 左 衛 門 板 行 時、 三 変、 錯 二 乱 良 遍 已 来 編 次 一、 以 二 天 地 麗 気 記 章 一為 二 第 一 章 一、 是 冠 二 一 部 一立 二 天 地 麗 気 記 題 額 ﹁、 錯 二 乱 編 次 唱混 二 雑 諸 伝 嚇、 剰 安 二 沙 門 空 海 撰 之 号 一、 証 二惑 未 籍 一為 二 商 家 仲 媒 一、 世 間 好 士 学 者 見 二 此 印 本 一 以 為 二 全 書 噂、 或 為 壬 後 人 講 書 唱或 為 二 難 解 書 典 唱、 意 使 下 密 家 所 伝 神 道 原 書 為 中 陶 犬 瓦 難 有 長 物 上、 是 先 レ 他 深 不 レ 尋 二甚 深 本 一故 也 ﹂ と い つ て ゐ る。 こ の や う に、 も と も と 麗 気 記 は 個 々 の 巻 々 で あ つ た の が、 や が て 一 連 の 書 と な り、 つ い で 麗 気 記 巻 第 一、 巻 第 二 と い は れ、 や が て 版 本 に お い て 天 地 麗 気 記 と い は れ る や う に な つ た と し て ゐ る こ と は、 注 目 す べ ぎ 見 解 で あ る。 し か し、 版 本 が 古 来 通 り の 編 次 で な い こ と は 隆 舜 の 指 摘 す る 通 り で あ る が、 そ の 惣 題 を 勝 手 に 天 地 麗 気 記 と な し た こ と と、 撰 者 を 空 海 と な し た こ と と は、 寛 文 十 二 年 に 版 を 起 す と き に 改 め た の で は な く、 そ の 底 本 が す で に さ う あ つ た の で は な か ら う か。 正 祐 寺 蔵 高 野 山 大 学 図 書 館 寄 託 の 写 本 の 麗 気 記 を み る と、 表 紙 に は 麗 気 記 と あ る が、 内 題 は 天 地 麗 気 記 と な し、 巻 一 は 天 地 麗 気 記、 以 下 版 本 と 同 じ 順 序 で あ り、 最 後 に 豊 受 太 神 宮 継 文 を 収 め て ゐ る。 こ の 本 は 書 写 は 近 世 で あ つ て、 里 村 乃 隣 正 徳 の 書 写 と み ら れ る が、 心 柱 麗 気 記 の 奥 に 覚 奥 書 云 為 下開 二 真 如 理 宮 一排 ゆ 本 学 恵 光 上、 謹 以 模 二 此 書 一、 高 野 山 金 剛 三 昧 院 長 者 坊 之 御 本 以 写 レ 之 享 禄 五 年 三 月 六 日 空 音 と あ り、 そ の 拠 る も の は、 享 禄 五 年 以 前 の 古 本 で あ り、 そ れ は す で に 全 体 を 天 地 麗 気 記 と い ひ、 第 一 巻 に 天 地 麗 気 記 を 収 め た 版 本 と 同 じ 順 序 で あ つ た こ と が 知 ら れ る の で あ る。 版 本 が 底 本 と し た の は、 こ れ と 同 種 類 の も の で あ つ た で あ ら う。 正 祐 寺 本 に は ﹁ 空 海 撰 ﹂ の 文 字 は 内 題 の 天 地 麗 気 記 の 下 に は な く、 最 後 に 収 め た 豊 受 太 神 継 文 の 標 題 の 下 に 書 し て ゐ る。 金 剛 三 昧 院 蔵 高 野 山 大 学 図 書 館 寄 託 の 豊 受 皇 太 神 継 文 は 寛 正 五 年 八 月 頼 珍 の 書 写 す る と こ ろ で、 応 永 二 十 一 年 九 月 円 智、 文 中 三 年 二 月 乗 景 伝 写 本 に も と つ い て ゐ る が、 こ れ に も 豊 受 皇 太 神 継 文 の 標 題 下 に ﹁ 空 海 撰 ﹂ と あ り、 も と も と は か う あ つ た に 違 ひ な い。 こ れ を 天 地 麗 気 記 の 内 題 の 下 に 移 し た 本 が 生 じ、 版 本 は そ れ に 拠 つ た の で あ ら う。 麗 気 記 の 基 礎 的 考 察
密 教 文 化 右 に 麗 気 聞 書 に み え る 順 序 を 掲 げ た が、 こ れ は 版 本 と 多 少 の 相 違 が あ る。 恐 ら く 麗 気 聞 書 の 順 序 に 従 ふ べ ぎ で あ ら う。 た と へ ば、 良 遍 と ほ 罫 時 を 同 じ う す る 聖 問 の 麗 気 記 私 妙 は、 巻 十 四 ま でゝ 終 つ て ゐ る が、 巻 一 か ら 巻 十 四 ま で の 順 序 は、 麗 気 聞 書 と 同 じ 順 序 と な つ て ゐ る。 ま た 神 宮 文 庫 蔵 久 遍 宮 家 旧 蔵 の、 明 応 に 荒 木 田 守 辰 の 書 写 し た 麗 気 記 は 全 十 八 巻 で あ る が、 そ の 順 序 は 麗 気 聞 書 の 順 序 と 変 ら な い。 こ の 守 辰 書 写 本 は、 そ の 奥 書 に よ る と、 円 果-匡 興-春 鍮-春 識-守 辰 と 伝 写 し た も の で あ る か ら、 遅 く も 吉 野 時 代 か ら の 伝 承 と み ら れ る。 こ の こ と か ら 考 へ る と、 こ の や う な 巻 の 順 序 が 定 つ た の は、 隆 舜 の い ふ や う に 良 遍 以 来 で は な く、 そ れ 以 前 か ち 定 つ て ゐ た と み な け れ ば な ら な い。 こ の や う に し て、 も と も と は 二 所 太 神 宮 麗 気 記 に は じ ま る 順 序 で あ つ た の が、 や が て 天 地 麗 気 記 を 第 一 と す る や う に な る の で あ る が、 そ の 時 期 が 享 禄 以 前 で あ る こ と を 先 に み た の で あ る。 そ の 享 禄 の 空 音 の 書 写 本 が 金 剛 三 昧 院 長 者 坊 之 御 本 に 拠 つ た こ と は、 右 に 掲 げ た 奥 書 か ら 知 ら れ る が、 恐 ら く そ の 拠 つ た 金 剛 三 昧 院 本 の一 部 と 思 は れ る の は、 金 剛 三 昧 院 蔵 高 野 山 大 学 図 書 館 寄 託 の 麗 気 記 端 本 で あ る。 奥 書 に 応 永 廿 九 年 十 月 下 旬 比 於 勝 楽 寺 明 王 院 書 写 了 善 誉 と あ り、 こ の 奥 書 通 り 応 永 の 書 写 と み て よ い。 内 容 は 二 所 太 神 宮 麗 気 記、 神 天 上 地 下 次 第、 降 臨 次 第 麗 気 記、 神 号 麗 気 記 で あ る が、 表 紙 に 異 筆 で ﹁ 二 所 太 神 宮 麗 気 記 第 二 ﹂ と あ る ほ か、 や は り 異 筆 で 別 目 の 題 名 ﹁ 二 所 太 神 宮 麗 気 記 ﹂ の 下 に ﹁ 第 二 ﹂、 ﹁ 神 天 上 地 下 次 第 ﹂ の 下 に ﹁ 第 五 ﹂、 ﹁ 降 臨 次 第 麗 気 記 ﹂ の 下 に ﹁ 第 六 ﹂、 そ れ か ら 右 降 臨 次 第 麗 気 の 末 に ﹁ 降 臨 次 第 麗 気 記 ﹂ と あ る 下 に ﹁ 第 十 ﹂ と あ る。 こ の ﹁ 第 十 ﹂ の 字 は、 そ れ に す ぐ 続 い て 裏 面 の は じ め に ﹁ 神 号 麗 気 記 ﹂ と あ る 下 に 書 く べ き を 誤 つ て こ こ に 書 ぎ 記 し た も の と 思 は れ る。 そ れ は、、 こ の ﹁ 第 二 ﹂ ﹁ 第 五 ﹂ ﹁ 第 六 ﹂ ﹁ 第 十 ﹂ は 版 本 の 巻 の 順 で あ る か ら で あ る。 と こ ろ が、 右 応 永 の 金 剛 三 昧 院 本 は 貼 付 に 丁 数 を 記 入 し て ゐ て、 ﹁ 麗 之 初 丁 ﹂ よ り ﹁ 麗 之 十 六 丁 ﹂ ま で 欠 く る と こ ろ が な い か ら、 本 来 は 二 所 太 神 宮 麗 気 記、 神 天 上 地 下 次 第、 降 臨 次 第 麗 気 記、 神 号 麗 気 記 の 順 序 で あ つ た こ と は 疑 ひ な ぐ、 後 に こ れ に ﹁ 第 二 ﹂ ﹁ 第 五 ﹂ ﹁ 第 六 ﹂ ﹁ 第 十 ﹂ の 数 字 を 記 入 し た の で あ る。 そ れ 鳳 応 永 二 十 九 年 以 後、 享 禄 五 年 ま で の 問 で あ つ て、 金 剛 三 昧 院 本 に 誰 か が 自 分 の 考 へ で 巻 の 順 序 を つ け た の で あ り、 そ れ が 次 第 に 書 写 さ れ 版 本 と な
つ て 一 般 化 し た も の と 考 へ ら れ る。 右 の や う に 寛 文 の 版 本 で は、 天 地 麗 気 記 を 巻 第 一 に 置 き、 そ の 名 を と つ て 全 体 の 惣 題 と し た の で あ る が、 古 く は 天 地 麗 気 記 は 巻 第 四 と な つ て を り、 巻 第 四 の 名 を も つ て 全 体 の 惣 名 と す る こ と は 考 へ ら れ な い か ら、 聖 問 が 麗 気 記 私 抄 と い ひ、 良 遍 が 麗 気 聞 書 と い つ て ゐ る や う に、 全 体 を 呼 ぶ に 麗 気 記 を も つ て し た の で あ つ た。 こ の や う に 全 体 を 呼 ぶ に 麗 気 記 を も つ て し た こ と は、 鎌 倉 時 代 の 末 期 に お い て、 す で に な さ れ て ゐ た こ と ら し い。 度 会 家 行 の 類 聚 神 祇 本 源 に 麗 気 記 を か な り 引 用 し て ゐ る が、 そ の 多 く は、 二 所 太 神 宮 麗 気、 神 天 上 地 下 麗 気、 降 臨 次 第 麗 気 記、 天 地 麗 気、 天 照 皇 太 神 鎮 座 麗 気、 豊 受 皇 太 神 宮 御 鎮 座 次 第 麗 気 ( 豊 受 皇 太 神 鎮 座 麗 気)、 万 鏡 本 縁 神 霊 瑞 器 麗 気 記 ( 瑞 器 記) と て そ れ ぞ れ の 巻 の 別 目 名 を 記 し て ゐ る け れ ど も、 他 に 麗 気 あ る い は 麗 気 記 と し て 神 天 上 地 下 麗 気 記、 降 臨 次 第 麗 気 記、 天 地 麗 気 記、 天 照 皇 太 神 鎮 座 麗 気 記 の 文 を 引 い て ゐ る か ら、 個 々 の 巻 の 名 を 呼 ぶ と と も に、 こ れ ら 全 般 を 通 じ て 麗 気 記 と 申 し て ゐ た の で あ つ た。 こ の こ と か ら 考 へ る と、 こ の こ ろ は、 あ る い は と く に 巻 第 ]、 巻 第 二 と い ふ や う に は い は れ て ゐ な か つ た か も 知 れ な い が、 全 体 が 一 つ の 組 織 の も と に つ く ら れ た と み て よ い の で は な い だ ら う か。 な ほ 版 本 の 第 十 八 巻 に 豊 受 皇 太 神 宮 継 文 を 収 め て ゐ る け れ ど も、 こ れ は 麗 気 記 と は 無 関 係 で あ つ た が、 版 本 の も と と な つ た 書 写 本 に は、 上 述 正 祐 寺 蔵 本 に み る や う に、 麗 気 記 の 後 に 豊 受 皇 太 神 宮 継 文 が 書 写 さ れ て ゐ た の を、 版 本 を つ く る と き、 こ れ も 麗 気 記 の一 部 と 考 へ て 附 加 せ ら れ た も の で あ ち う。 従 つ て こ れ を 除 い て、 他 の 十 八 巻 は、 す べ て 麗 気 記 の つ く ら れ た と き、 そ の 組 織 の 一 と し て 書 か れ た も の で あ ら う。 麗 気 記 の 作 者 に つ い て は、 大 山 教 授 が あ げ ら れ た や う に、 ( 神 仏 交 渉 史 論) 応 永 九 年 二 月 の 天 台 宗 柏 原 貞 舜 の 七 帖 見 聞 に は 聖 徳 太 子 作 と な し、 応 永 二 十 六 年 三 月 の 比 叡 山 の 良 遍 の 麗 気 聞 書 に は、 醍 醐 天 皇 の 御 代 神 泉 苑 に あ ら は れ た 女 入 が 天 皇 へ 授 け 奉 つ た も の と し、 浄 土 宗 の 了 誉 聖 問 の 麗 気 記 私 紗 で は、 役 行 者、 弘 法 大 師、 伝 教 大 師、 延 喜 帝 の 四 入 の 御 作 と し、 こ れ を 十 八 巻 に 書 き と と の へ ら れ た の は 延 喜 帝 で、 即 位 二 十 一 年 正 月 十 八 日 に 龍 神 の 指 南 に よ つ て こ れ を 記 し た ま う た、 と し て ゐ る。 類 聚 神 祇 本 源 に 本 書 を 官 家 の 部 に 部 類 分 け し た の は、 あ る い は 醐 醍 天 皇 の 御 作 と 考 へ た た め で あ ら う か。 雨鹿 気 記 の 基 礎 的 考 察
-57-密 教 文 化 右 の 四 人 の 御 作 と す る の は、 二 所 太 神 宮 麗 気 記 に 役 行 者、 空 海、 最 澄 の 言 と い ふ も の を 挙 げ、 さ ら に 天 照 太 神 麗 気 記 の 末 に 記 し て、 神 代 金 剛 宝 山 記 井 日 本 書 紀 中、 天 照 太 神 事、 羅 二所 レ 明 多 一、 十 八 所 後、 伊 勢 五 十 鈴 川 上 鎮 座 事、 諸 記 不 レ 具、 深 義 故、 即 位 十 一 年 正 月 一 日、 発 二 偽 殆 一、 祈 レ 佛 告 レ 神、 同 二 十 一 年 正 月 十 八 日、 不 壬 秘 密 灌 頂 壇 一、 以 二 加 持 冥 カ 一 獲 二 奥 書 於 龍 神 指 南 一、 所 レ 記 如 レ左、 轍 不 レ 及 三 披 見 一者、 加 二 冥 慮 一令 二 治 符 噌 給 耳、 と い ふ に 拠 る も の で あ ら う。 し か し、 一 般 に 弘 法 大 師 作 と い は れ て き た が、 こ れ は 隆 舜 の い ふ や う に、 版 本 以 来 ひ ろ く 信 ぜ ら れ る や う に な つ た こ と で あ つ た。 そ れ は 右 に み た や う に、 麗 気 記 の 末 に 書 写 さ れ て ゐ た 豊 受 皇 太 神 宮 継 文 に ﹁ 空 海 捜 ﹂ と あ つ た も の が、 麗 気 記 の 方 へ 移 さ れ て、 麗 気 記 に ﹁ 空 海 撰 ﹂ と 書 写 し て き た 本 を、 底 本 と し て 版 本 が つ く ら れ た か ら で あ り、 古 く は 酔 酬 天 皇 に 関 し て 伝 へ て ぎ た も の で あ つ て、 真 言 宗 関 係 の 神 道 書 と 簡 単 に み な し が た い。 三 麗 気 記 の 内 容 を み る と、 巻 一 に 当 る 二 所 太 神 宮 麗 気 記 は 全 般 の 総 序 に 当 る も の で あ つ て、 は じ め に 役 行 者 の 記 と い ふ を あ げ て、 佛 土 に て 達 磨 を も つ て 本 師 と な し、 大 三 千 界 に て は 神 を も つ て 主 と な す と い ふ 天 照 皇 太 神 の 勅 を 示 し、 さ ら に 空 海 や 最 澄 の 言 と し て ﹁ 錐 レ 隠 二 佛 日 西 天 噌、 弘 二 達 磨 東 土 一、 諸 佛 ヒ ト 得 レ 機 顕 二 三 身 一、 神 明 於 レ仁 現 二 利 生 こ と 本 地 垂 迩 の 理 を 示 し つ つ、 両 宮 の 地 位 の 尊 貴 な る こ と を 説 い て ﹁ 佛 法 人 法 主 者 ノ ミ オ マ 以 二 虚 無 神 一為 二 尊 皇 }、 是 名 二 大 元 尊 神 一、 葦 原 中 国 心 王 如 来 也 ﹂ と い ひ、 二 百 余 部 金 剛 乗 教 者 不 レ 越 二 神 明 神 通 こ と い ひ ﹁ 蔵 王 菩 薩 言、 天 照 太 神 最 貴 最 尊 神、 無 レ 比 三 干 天 下 諸 社 一、 大 日 霊 尊 照 二 天 下 一無 二 昼 夜 噌通 二 内 外 唱無 レ 息 ﹂ と い ひ、 ま た ﹁ 内 外 両 宮 太 神 等 在 二 一 所 一無 レ 二 無 レ 別、 分 二 外 相 於 二 宮 一顕 二 定 恵 相 応 深 意 鞘、 実 仁 波 不 生 一 義 也 ﹂ と い つ て ゐ る。 こ の や う に 両 宮 の 尊 貴 な る ゆ え ん を 説 い て、 以 下 に お い て 両 宮 の 降 臨、 鎮 座 等 に つ い て 詳 説 し よ う と す る も の で あ る。 そ し て、 こ の や う に 両 宮 の 尊 貴 な る こ と を 佛 説 を 背 景 と し て 説 く と こ ろ に、 本 書 が 両 部 神 道 書 で あ る こ と を 示 し て ゐ る。 巻 二 は 神 天 上 地 下 次 第 麗 気 記 で あ る が、 こ れ は 天 照 太 神 の 降 臨 次 第 を 説 く の で あ つ て、 巻 三 の 豊 受 太 神 の 降 臨 を 説 く 降
臨 次 第 と と も に、 天 照 太 神、 豊 受 太 神 の 出 現 を 明 か に す る。 は じ め に 高 日 国 金 剛 宝 山 に 降 臨 の 大 慈 悲 毘 盧 遮 那 如 来 を 国 常 立 尊 と な し、 こ れ を 三 世 常 住 浄 妙 法 身 と み、 以 下 神 世 七 代 を 説 き、 天 照 太 神 の 出 現 と そ の 遷 幸 次 第 を 述 へ て ゐ る が、 天 照 太 神 に つ い て 説 く 大 本 は 伊 勢 神 道 説 と 大 差 な い。 豊 受 太 神 の 降 臨 に つ い て は ﹁ 干 レ 時 大 日 本 国 天 二 降 淡 路 三 上 嶽 嚇率 壬 三 十 三 大 谷 属 M、 従 二 庚 申 年 唱送 二 春 秋 蝸 古 止 五 十 五 万 五 千 五 百 五 十 五 年 ﹂ と い ひ、 布 倉 宮、 八 輸 嶋 宮、 八 国 嶽 を へ て 丹 波 国 与 謝 郡 比 治 山 頂 麻 井 原 に 遷 ら れ た こ と を 説 い て ゐ る と こ ろ は、 他 に 所 見 の な い 説 で あ る。 こ の 中 で 人 皇 二 十 二 代 を 二 十 二 天 の 垂 跡 と な し、 相 殿 神 三 十 二 神 を 金 剛 界 成 身 会 三 十 七 尊 と 結 び つ け て ゐ る こ と は、 大 慈 悲 毘 雇 遮 那 如 来 を 国 常 立 尊 と な す と と も に、 こ の 神 道 説 の 性 格 を 勤 語 る も の で あ る。 つ い で 巻 四 は 天 地 麗 気 記 で あ る が、 こ れ は 天 神 七 代 地 神 五 代 を 説 い て 神 武 天 皇 に 及 ぶ も の で あ つ て、 伊 勢 両 神 の 降 臨 を 中 心 と し て そ の 後 の 神 代 の 展 開 を 説 い て ゐ る の を み る と、 巻 二 巻 三 の 両 神 の 降 臨 の 後 に 説 く こ と は、 順 序 と し て 自 然 の こ と で あ り、 こ れ が 巻 四 に お か れ て も 不 合 理 で は な い。 こ の 中 で 目 に つ く こ と は、 天 神 七 代 を ﹁ 過 去 七 佛、 転 呈 二 天 七 星 こ と な し、 地 神 五 代 を ﹁ 現 在 四 佛 加 二 増 遮 那 ﹃為 二 五 佛 噂、 化 成 二 地 神 五 行 神 こ と な し、 ま た 伊 弊 諾 尊 と 伊 弊 冊 尊 と を そ れ ぞ れ 金 剛 界 と 胎 蔵 界、 光 明 大 梵 天 王 と 棄 大 梵 天 王 に 配 し て ゐ る こ と で あ る。 前 老 は 大 和 葛 城 宝 山 記 と 関 係 し、 後 多 ほ 神 皇 系 図、 仙 宮 秘 文 な ど と そ の 説 が 違 つ て ゐ る ば か り で な く、 神 号 麗 気 記 に 一 天 大 廟 神、 太 一 天 御 中 主 尊、 極 光 天、 高 皇 産 霊 神、 是 天 御 中 主 尊、 戸 棄 天 王、 此 日 二 大 日 如 来 三 ﹂ と い ひ、 ﹁ 地 宗 廟 神、 太 一 大 日 霊 貴、 極 光 浄 天、 神 皇 産 霊 神、 是 天 照 太 神、 光 明 大 梵 天 王、 此 日 二 大 日 如 来 こ と あ る の と も 違 つ て ゐ る の は、 本 書 の 不 統 一、 混 乱 を 三小 す も の で あ り、 そ の 素 材 と な つ た も の が 雑 多 で あ つ た か、 そ の 成 立 に 多 少 の 時 問 的 前 後 が あ つ た か、 問 題 と な る と こ ろ で あ ら う。 そ の 次 の 天 照 太 神 宮 鎮 座 次 第 と 豊 受 太 神 宮 鎮 座 次 第 と は、 表 題 通 り の 内 容 で あ つ て、 神 代 の 展 開 の あ と を う け て、 両 宮 の 鎮 座 に つ い て 述 べ る も の で あ る。 こ の 中、 中 心 と な る も の は、 天 照 太 神 の 本 体 を 大 毘 雇 遮 那 佛、 密 号 を 遍 照 金 剛、 神 体 は 八 腿 鏡 と し、 ﹁ 天 王 如 来、 為 レ 度 二 衆 生 幅、 上 去 下 来、 上 従 二 飛 空 天 一、 下 至 二 大 八 洲 大 日 本 伊 勢 度 会 那 宇 治 郷 五 十 鈴 河 上 一 御 鎮 座 是 也 ﹂ と い ひ、 ま た 豊 受 太 神 を 常 住 三 世 浄 妙 法 身 大 毘 盧 遮 那 佛、 法 性 麗 気 記 の 基 礎 的 考 察
-59-密 教 文 化 自 覚 尊 と し、 金 剛 号 は 遍 照 金 剛、 神 号 ぱ 天 御 中 主 尊 と し、 か つ こ の 二 神 は 本 来 一 で あ る と し て、 ﹁ 両 宮 両 部 不 二、 三 世 常 住 神 座、 応 二 理 智 形 蝋、 天 照 太 神 豊 受 太 神 座 也、 是 両 部 元 祖、 佛 法 本 源 也 ﹂ と い つ て ゐ る こ と で あ る。 こ れ は、 中 臣 被 訓 解 に ﹁ 日 輸 即 天 照 皇 太 神 也、 月 輸 即 豊 受 皇 太 神 也、 両 部 不 二 無 二 差 別 ﹃ 突 ﹂ と あ る を は じ め、 密 教 の 所 論 と 結 び つ け ら れ て 説 か れ 来 つ た と こ ろ で あ り、 伊 勢 神 道 に お い て も そ の 要 素 の 一 と な つ た も の で あ る。 つ い で 心 柱 麗 気 記 で は、 心 御 柱 に つ い て 説 き、 神 梵 語 麗 気 記 で は、 ﹁ 神 主、 神 明 応 化 故、 神 宮 社 司 等、 為 レ先 二 精 進 燭、 奉 レ 供 二 二 尊 神 哺、 勿 レ 交 二機 悪 蝋 ﹂ な ど と い ふ 神 の 御 言 を の べ、 万 鏡 霊 瑞 器 麗 気 記 で は、 宝 器 に つ い て 明 か に し、 神 号 麗 気 記 は、 神 の 種 別 に つ い て 説 明 を な し、 神 形 注 麗 気 記 は、 曼 奈 羅 の 組 織 に も と つ い て 神 鏡 に 関 す る 諸 神 に つ い て 述 べ た。 ま た 三 界 表 麗 気 記 は ﹁ 天 札 巻 也 ﹂ と て 重 視 し た も の と 思 は れ る が、 こ こ で 説 か う と す る の は、 金 胎 両 部 は 二 会 和 合 常 住 不 変 妙 体 ﹂ で あ り、 両 部 を 分 ち が た く ﹁ 三 千 即 三 神 簾 ﹂ で あ る と す る に あ り、 両 宮 不 二 を 示 す の で あ る。 現 図 麗 気 記 は、 三 種 神 器 に つ い て 説 ぎ、 佛 法 神 道 麗 気 記 は、 こ れ 以 下 の 諸 巻 が 神 体 に つ い て 明 か に し て ゐ る の で あ る か ら、 全 般 の 結 論 に 当 る と 考 へ ら れ る。 す な は ち ﹁ 於 二 佛 語 甚 深 一、 顕 二 己 心 神 祇 こ と て、 佛 教 の 教 理 に も と つ い て 神 道 論 を 展 開 し よ う と し、 ﹁ 諸 教 大 綱 只 以 二 一 心 神 体 一為 一一宗 旨 こ と い ひ、 三 論、 天 台 を 論 じ た 後 に 惣 持 教 即 ち 密 教 に つ い て 説 く の で あ る。 以 上 の や う に、 麗 気 記 は、 両 宮 の 降 臨 と 鎮 座、 そ の 伝 統 を 大 綱 と し て、 こ れ に 密 教 的 説 明 を 加 へ た と い ふ こ と が で き る。 そ の 説 き か た は、 上 述 の ほ か、 神 宮 で 重 視 せ ら れ る 心 御 柱 に つ い て は、 心 柱 麗 気 記 に お い て、 こ れ を 独 古 と み な し ﹁ 此 杵 者 我 身 三 昧 耶 形 故、 二 所 皇 太 神 宮 者 以 二 伐 折 羅 一為 レ 宗、 伐 折 羅 者 独 古、 独 古 者 心 肝 玉、 玉 者 神、 神 者 正 見 理、 理 者 法 界 一 心、 一 心 者 真 正 覚、 正 覚 者 心 柱、 心 柱 者 心 王、 心 王 者 大 日、 今 両 宮 是 也 ﹂ と い ひ、 進 ん で ﹁ 天 女 日、 伊 勢 両 宮 無 始 無 終 大 元 宗 神、 亦 一 念 不 生 神 ﹂ と い ふ 句 を 挙 げ て、 両 宮 が 本 源 的 至 上 神 で あ る こ と を 示 し、 ま た 三 種 神 器 に つ い て は、 万 鏡 霊 瑞 器 麗 気 記 で は ﹁ 神 冥 応 用、 諸 佛 擁 護、 天 皇 玉 体 無 レ 動、 如 二 陽 津 磐 邑 天 常 磐 堅 磐 一 爾 三 世 常 住 四 海 浄 照 ﹂ と い ひ、 ﹁ 両 宮 鎮 座 百 大 僧 祇 無 量 無 数 億、 常 住 不 変、 真 実 本 有 法 界 ﹂ と 述 べ て、 国 運 の 無 窮、 両 宮 の 不 変 を 佛 語 を 仮 り て 説 き、 現 図 麗
気 記 で は、 玉 を ﹁ 法 界 元 初 一 水、 国 常 立 尊 心 月 輸 大 空 無 相 妙 体 也 ﹂ と い ひ、 天 叢 雲 剣 は ﹁ 従 二 第 六 天 自 在 天 王 一受 二 持 之 一三 戟 利 剣 ﹂ と な し、 天 環 杵 玉 は 独 股 で あ り、 大 日 本 国 心 御 量 柱 で あ る と し、 ﹁ 己 上 三 種 神 財、 悪 魔 降 伏 戦 具、 貴 賎 上 下 守 護 シ ル シ 文 ﹂ と 述 べ、 佛 法 神 道 麗 気 記 で は、 鏡 に つ い て ﹁ 神 体 八 腿 鏡 者 八 葉 蓮 華 也、 是 則 三 世 常 住 理 体 也、 法 華 真 実 心 文 也 ﹂ と い つ て ゐ る。 こ の や う に 神 道 の 大 綱 に 沿 つ て、 佛 教 的 教 説 を も つ て 説 い て ゐ る の で あ る か ら、 個 々 の 問 題 は と も か く と し て、 全 体 と し て は こ れ を 神 道 の 一 流 と み る こ と が で き、 こ の ゆ え に 両 部 神 道 と い は れ て ゐ る の で あ る。 そ し て、 そ の 基 本 的 立 場 を 示 す も の は、 万 鏡 霊 瑞 器 麗 気 記 に ﹁ 契 哉 神 世、 現 二 威 神 力 蝉、 得 道 得 果、 後 出 世 成 道 時、 学 二 佛 教 一成 二 佛 身 一、 依 二 神 ア ラ ワ ス 擁 護 一撫 二 佛 法 幅、 可 下 治 僧 宝 御 言 説 一給 上 ﹂ と い ふ 一 文 で あ つ て、 こ れ は も と よ り 神 佛 一 致 の 立 場 に 立 つ も の で あ る が、 そ の 根 抵 に 神 本 佛 従 の 思 想 が 横 は つ て ゐ る。 こ れ は 中 臣 被 訓 解 に は、 同 じ く 中 臣 被 を 中 心 に 説 く と は い へ、 ﹁ 以 降 恭 太 神 外 顕 下 異 二 佛 教 一 之 儀 式 上、 為 下 護 二佛 法 一之 神 兵 上、 難 二 内 外 詞 異 一、 同 化 度 方 便、 神 則 諸 佛 魂、 佛 則 諸 神 性 也、 神 経 日、 佛 住 二 不 二 門 一、 常 神 道 垂 レ 述 云 々 ﹂ と て、 本 地 垂 迩 思 想 に も と つ い ゐ る の と 比 す る と、 重 要 な 相 違 が み ら れ る。 そ の 相 違 は、 麗 気 記 が 中 臣 被 訓 解 よ り も 後 の 書 で あ ヴ、 そ の 間 に 伊 勢 神 道 が 介 在 し て、 こ の や う に あ ら は れ た も の と い は ね ば な ら な い (. こ の こ と を 次 に 考 へ て み た い。 四 麗 気 記 の 成 立 の 時 期 に つ い て は、 上 述 の や う に 幾 多 の 推 論 が あ り、 佐 伯 博 士 の 如 く こ れ を 古 く み て 平 安 時 代 に お く 説 か ら、 辻 博 士 の や う に こ れ を 新 し く み て 室 町 時 代 と な す 説 ま で あ り、 多 く は こ れ を 鎌 倉 時 代 と み る の で は あ る が、 未 だ 確 論, が な い。 た だ そ の う ち や や 詳 し く 検 討 さ れ た の は 大 山 教 授 で あ つ て、 ﹁ 神 佛 交 渉 史 ﹂ に お い て、 ﹁ 今 の 天 地 麗 気 記 の 第 三、 四、 五、 六 巻、 第 九 巻 の 首 題 の 如 き は 五 部 書 の 題 目 若 し く は そ の 中 の 文 章 に 順 じ た 名 称 で あ る こ と を 考 へ れ ば そ の 一 端 は 察 せ ら れ る で あ ら う。 或 は 麗 気 記 を 本 と し て 五 部 書 を 作 つ た の で は な い か と い ふ 疑 も 生 ず る で あ ら う が、 そ れ に し て は 麗 気 記 の 方 が 余 り に 多 量 に 佛 教 の 説 を 入 れ 過 ぎ て ゐ る。 従 づ て 五 部 書 な ど が 出 来 て 後 本 書 が 作 ら れ た と す る の が 自 然 の 道 程 の や う に 考 へ ら れ る ﹂ と い は れ て ゐ る。 こ の 推 論 に 従 つ て よ 麗 気 記 の 基 礎 的 考 察
密 教 文 化 い こ と は、 伊 勢 神 道 の 主 要 書 そ の 他 と の 比 較 か ら 断 定 で ぎ る。 ま つ 天 地 麗 気 記 に 神 宝 日 出 之 時、 二 神 大 神、 豫 結 幽 契、 永 治 二 天 下 一、 言 宣、 難 或 為 レ 日 或 為 レ 月、 永 懸 二 大 空 一 不 レ 落 と い ふ の は、 倭 姫 命 世 紀 に 天 地 開 關 之 初、 神 宝 日 出 之 時、 御 醸 都 神 与 二 大 日 霊 貴 輔、 豫 結 二 幽 契 }、 永 治 二 天 下 一、 言 寿 宣、 難 或 為 月 レ 為 レ 日、 永 懸 而 不 レ落、 或 為 レ 神 為 レ皇、 常 以 無 レ 窮 と あ る に も と つ い て ゐ る と 思 は れ る。 そ し て こ の 倭 姫 命 世 記 の 文 は、 中 臣 被 訓 解 の は じ め に ﹁ 天 地 開 關 之 初、 神 宝 日 出 之 時 ﹂ と い ひ、 古 語 拾 遺 に ﹁ 豫 結 壬 幽 契 こ と あ り、 ま た 中 臣 被 訓 解 の 末 の 承 和 二 年 の 記 文 と し て 挙 げ て ゐ る 中 に、 ﹁ 為 レ 日 為 レ 月、 永 懸 而 不 レ 落、 為 レ神 為 レ 皇、 常 以 不 レ 変 矣 ﹂ と あ る を 組 合 せ て つ く ら れ た も の で あ ら う。 ま た、 降 臨 次 第 麗 気 記 に、 天 照 太 神 の 降 臨 と 遷 幸 に つ い て 述 べ た 中 に、 倭 比 売 に つ い て 注 し て ﹁ 崇 神 天 皇 御 姫 也、 伊 勢 斎 宮 始 也、 遷 幸 時 代 抄 有 レ 之 ﹂ と あ る が、 ひ と り 倭 姫 命 に 関 す る こ と に と ど ま ら ず、 こ の 天 照 太 神 の 降 臨 と 遷 幸 と を 説 く と こ ろ は、 ほ と ん ど 遷 幸 時 代 抄 に よ つ て 記 し て ゐ る と い つ て よ い。 た だ 遷 幸 時 代 抄 に は 遷 幸 の 年 月 を 記 し て、 日 に 及 ん で ゐ な い が、 麗 気 記 で は 日 も ま た 加 へ ら れ て ゐ る の で あ る け れ ど も、 そ の 遷 幸 時 代 抄 の 拠 る と こ ろ が 倭 姫 命 世 記 に あ る こ と は、 両 者 の 比 較 に よ つ て 容 易 に 知 る こ と が で ぎ る。 こ れ に よ つ て 考 へ る と、 麗 気 記 は い は ゆ る 五 部 書 よ り も 後 の 成 立 で あ る こ と は 疑 ひ な い。 そ し て ま た 麗 気 記 は 元 応 二 年 成 立 の 類 聚 神 祖 本 源 に 引 用 さ れ、 ま た 同 年 の 高 宮 盗 入 關 入 怖 異 蔓 に も 天 地 麗 気 記 が 引 か れ て ゐ る の で あ る か ら、 そ れ 以 前 の 成 立 と な り、 弘 安 よ り 元 応 に 至 る 約 四 十 年 ば か り の 簡 に 成 つ た の で あ る。 さ て 麗 気 記 が 成 立 す る 上 で 参 照 せ ら れ た 書 物 は か な り 多 く、 右 に み た や う に 伊 勢 神 道 書 も さ う で あ つ た が、 そ の 主 要 な も の を あ げ る と、 第 一 に 挙 ぐ べ き は、 中 臣 被 訓 解 で あ る。 中 臣 被 訓 解 ぱ 伊 勢 神 道 に 先 立 つ て つ く ら れ た も の で あ つ て、 そ の 成 立 は 六 波 羅 時 代 と み ら れ る ( 神 道 史 研 究 六 ノ 三、 拙 稿、 伊 勢 神 道 の 形 成 L 上)。 そ の 内 容 は 伊 勢 神 道 に あ る 程 度 影 響 を 及 ぼ し て ゐ る か ら、 伊 勢 神 道 の 形 成 の あ と を う け て 成 立 し た 麗 気 記 に 問 接 の 影 響 の あ る こ と は 推 察 に 難 く な い が、 神 号 麗 気 記 に 神 を 分 類 し て ゐ る 中 に、 実 迷 神 と 実 悟 神 と を 並 べ て、 実
迷 神 に つ い て ﹁ 忘 二 本 覚 理 吋、 住 二 一 応 三 昧 一、 支 二 結 縁 噛、 遠 二 善 悪 一 ﹂ と い ひ、 実 悟 神 に つ い て 一 貴 二 本 覚 理 一、 遠 離 壬 邪 邪 地一、 坐 二 本 有 位 一、 守 二 護 佛 法 僧 こ と い つ て ゐ る の が、 中 臣 被 訓 解 の 末 に、 神 に 三 等 あ り と し、 本 覚、 不 覚、 始 覚 に 分 ち、 本 覚 神 は 伊 勢 太 神 宮 で あ つ て、 大 元 尊 神 と い ふ と な し、 不 覚 は 実 迷 神 で あ つ て ﹁ 遠 離 二 一 乗 離 法 一、 不 レ 出 二 四 悪 洲 一、 見 二 佛 法 僧 噌、 聞 二 諸 佛 梵 音 一、 失 二 心 神 一、 無 明 悪 思 類 也 ﹂ と い ひ、 始 覚 は 実 悟 神 で あ つ て、 ﹁ 流 転 之 後、 依 二 佛 説 経 教 一、 無 明 眠 覚、 帰 二 本 覚 理 こ と い ふ を 受 け た も の と み ら れ る や う に、 直 接 の 関 連 が 推 測 せ ら れ る。 第 二 は、 二 所 皇 太 神 宮 遷 幸 時 代 抄 で あ る。 遷 幸 時 代 抄 は、 表 題 通 り 内 宮 外 宮 の 遷 幸 の 次 第 に つ い て 年 代 記 的 に 記 し た も の で あ つ て、 真 福 寺 に 鎌 倉 時 代 末 期 の 書 写 と み ら れ る 写 本 が あ り、 高 野 山 大 学 図 書 館 に も 正 祐 寺 蔵 本 と 持 明 院 蔵 本 と が 寄 託 さ れ て ゐ る。 こ れ は 内 宮 の 遷 幸 に つ い て は 倭 姫 命 世 記 に も と つ く も の で あ つ て、 遷 幸 時 代 抄 の 成 立 は 倭 姫 命 世 記 以 後 で あ る が、 麗 気 記 に は こ の 遷 幸 時 代 抄 に 拠 つ て 記 さ れ て ゐ る 部 分 が あ る。 す な は ち 降 臨 次 第 麗 気 記 に 述 べ る と こ ろ は、 遷 幸 時 代 抄 と ほ と ん ど 同 様 で あ り、 し か も 降 臨 次 第 麗 気 記 に、 豊 鋤 入 彦 命 に つ い て 注 し て ﹁ 崇 神 天 皇 御 姫 命 也、 伊 勢 斎 宮 始 也、 遷 幸 時 代 抄 有 レ 之 ﹂ と み え て ゐ る か ら、 麗 気 記 は 遷 幸 時 代 抄 の 後 に 出 来 た も の で あ り、 従 つ て 降 臨 次 第 麗 気 記 は 時 代 抄 に 拠 つ て ゐ る と み な く て は な ら な い。 第 三 に は 神 代 金 剛 宝 山 記 を あ げ る こ と が で ぎ る。 天 照 皇 太 神 麗 気 記 の 奥 書 に 神 代 金 剛 宝 山 記 弁 日 本 書 紀 中、 天 照 太 神 事、 羅 二 所 レ 明 多 一、 十 八 所 後 伊 勢 五 十 鈴 川 上 鎮 座 事、 諸 記 不 レ 旦 ハ深 義 故、 即 位 十 一 年 正 月 一 日、 発 二 偽 殆 咽、 祈 レ 佛 告 レ神、 同 二 十 一 年 正 月 十 八 日、 入 二 秘 密 灌 頂 檀 一、 以 二 加 持 冥 力 噌、 獲 二 奥 旨 於 龍 神 指 南 一、 所 レ 記 如 レ 右、 轍 及 二披 見 一者、 加 二 冥 応 M、 令 二 治 口型 給 耳 と あ る が、 こ の 奥 書 は 仮 托 の も の で あ つ て、 そ の 年 代 の 信 じ が た い こ と は い ふ ま で も な い け れ ど も、 た だ こ こ に、 神 代 金 剛 宝 山 記 の 名 の み え て ゐ る こ と は、 麗 気 記 が こ れ を 参 照 し た こ と を 物 語 る も の で あ る。 神 代 金 剛 宝 山 記 の 名 は、 ひ と り こ の 奥 書 に み え て ゐ る ば か り で な く、 本 文 の 中 に も そ の 名 が み え て ゐ る。 す な は ち、 心 柱 麗 気 記 に は ﹁ 金 剛 宝 山 記 日 ﹂ と し て ﹁ 大 梵 天 王 御 体 遣 二 佛 界 一 大 日
奔
名 二 字 佛 一、 御 心 遣 二 中 道 唱、 麗 気 記 の 基 礎 的 考 察密 教 文 化 名 二 字 実 相 嚇、 相 貌 遣 二 菩 薩 界 哺、 名 二 字 新 発 こ 云 々 と い ふ 長 文 を 引 ぎ、 隆 臨 次 第 麗 気 記 に ﹁ 宝 山 記 日、 宝 珠 者 神 爾 異 名 剣 字 也、 以 レ 象 三 両 体 一 也、 亦 文 字 起 二 一 之 字 一 也、 是 有 二 十 種 形 剛、 品 如 二 本 図 こ と み え、 ま た ﹁ 宝 山 記 日、 月 与 レ 水 本 性 心 水 也 ﹂ と あ り、 三 界 表 麗 気 記 に ﹁ 下 化 俗 体 者、 当 下 持 本 鏡 ﹂ 云 々 の 文 を あ げ て ﹁ 已 上 宝 山 記 ﹂ と 注 し て ゐ る。 従 つ て、 本 書 が 重 要 な 参 考 書 と な つ た こ と は 疑 ひ な い が、 い ま 神 代 金 剛 宝 山 記 は 伝 つ て ゐ な い。 た だ こ れ に 似 た も の と し て 大 和 葛 城 宝 山 記 と い ふ 一 書 が あ る。 こ の 書 は 続 群 書 類 従 に 収 め ら れ て を り、 そ の 写 本 も か な り 多 い。 類 聚 神 徴 本 源 に は、 大 和 葛 城 宝 山 記 (巻 一、 巻 三)、 大 和 葛 宝 ・山 記 ( 巻 四、 巻 九、 巻 十 四)、 神 祇 宝 山 記 ( 巻 十) な ど の 名 で 引 用 さ れ て ゐ る が、 名 は 違 つ て ゐ て 御 鎮 座 本 紀 皇 天 倭 姫 内 親 王 託 宣 久、 各 念、 天 地 大 冥 之 時、 日 月 星 神 像 現 二 於 虚 空 剛之 代、 神 足 履 レ 地、 而 興 二 干 天 御 量 大 和 葛 城 宝 山 記 爾 時、 天 帝 大 和 姫 皇 女 託 宣 久、 各 念、 天 地 大 冥 之 時、 日 月 星 辰 像 照 二 現 於 虚 空 一 之 代、 神 足 履 レ 地 而 興 二 干 天 御 量 神 語 天 硬 文、 亦 天 逆 父、 又 杵 独 玉 も、 そ れ ら が 同 一 の 書 で あ る こ と は、 ﹁ 夫 水 則 為 三 道 流 万 物 父 母 こ 云 々 と い ふ 同 一 の 文 を 右 の 三 つ の 書 名 で も つ て 引 用 し て ゐ る こ と か ら 明 ら か で あ り、 ま た 類 聚 神 徴 本 源 に 引 用 さ れ て ゐ る と こ ろ は、 現 伝 の 大 和 葛 城 宝 山 記 に ふ く ま れ て ゐ る。 と こ ろ が、 正 安 二 年 の 度 会 行 忠 の 著 古 老 口 実 伝 に ﹁ 神 宮 秘 記 数 百 巻 内 最 極 書 ﹂ と し て 飛 鳥 記、 大 宗 秘 府、 心 御 柱 記、 神 皇 実 録 と と も に 大 和 葛 城 宝 山 記 ( 神 祇 部) の 名 が 挙 げ ら れ て ゐ る か ら、 本 書 は 行 忠 の と ぎ に す で に 存 在 し、 神 宮 秘 記 と し て 重 ん ぜ ら れ て ゐ た の で あ つ た。 こ の 大 和 葛 城 宝 山 記 の 成 立 の 時 期 に つ い て 目 安 と な る の は、 倭 姫 命 の 託 宣 で あ つ て、 同 様 の 一 文 を 載 せ る 御 鎮 座 本 紀、 大 和 葛 城 宝 山 記、 神 皇 実 録、 天 地 麗 気 記 の 文 を 比 較 し て み よ う。 神 皇 実 録 天 照 太 神、 天 地 大 冥 之 時、 現 二 日 月 星 辰 像 一 照 二 虚 空 一 之 代、 神 足 履 レ地、 而 興 二 干 天 顔 文 天 地 麗 気 記 凡 天 照 太 神、 天 地 大 冥 之 時、 現 二 日 月 星 辰 像 一 照 二 虚 空 三 之 代、 神 足 履 レ 地、 而 興 二 干 天 環 父
於 父、 中 国 一、 而 上 去 下 来 而 来、 見 二 六 合 一、 天 照 太 神 悉 治 二 天 原 一、 耀 二 天 統 唱、 皇 孫 尊 専 亦 常 住 心 王 柱 於 中 都 国 一、 而 上 去 下 来、 見 二 六 合 一、 而 天 照 太 神 悉 治 二 高 天 原 三 光 天、 耀 二 天 統 一、 皇 孫 杵 独 王 専 治 葦 原 中 国 一、 受 二 日 嗣 一、 聖 明 所 レ 輩、 莫 レ 不 二 砥 属 一、 宗 廟 社 櫻 之 霊、 得 一 無 弐 之 盟、 百 王 之 鎮 護 孔 照、 治 二 豊 葦 原 中 国 三、 受 二 日 嗣 三、 聖 明 所 レ 輩、 莫 レ 不 二 砥 属 一、 宗 廟 社 稜 之 霊、 得 一 無 弐 之 明、 百 王 之 鎮 護 神 宣 孔 照 矣、 右 の 比 較 に よ つ て、 大 和 葛 城 宝 山 記 が 御 鎖 座 本 紀 に も と づ き、 神 皇 実 録 の 文 は 宝 山 記 の 文 を も と と し、 天 地 麗 気 記 の 文 は 神 皇 実 録 に 拠 つ た と み る こ と が で ぎ る。 御 鎮 座 本 紀 と 麗 気 於 豊 葦 原 中 国 一、 上 去 下 来、 而 竪 二 六 合 一、 治 二 天 原 一、 耀 二 天 統 一、 皇 孫 尊 筑 紫 日 向 高 千 穂 偲 触 之 峰、 天 降 坐 以 降 迄 二 干 彦 波 激 武 鶴 鵜 草 葺 不 合 尊 一、 終 レ 年 癸 丑 三 主 治 百 七 十 九 万 二 千 四 百 七 十 六 歳、 ( 以 下 別 項) 於 豊 葦 原 一、 上 去 下 来、 而 竪 二 六 合 一、 治 二 天 原 一、 耀 二 天 統 一、 皇 孫 杵 独 王 人 寿 八 万 歳 時、 筑 紫 日 向 高 千 穂 穂 触 之 峯、 天 降 坐 以 降 迄 レ 至 二 彦 波 激 武 鶴 鵜 草 葦 不 合 尊 一、 終 レ 年 三 主 治 百 七 十 九 万 二 千 四 百 七 十 六 歳、 右 天 照 太 神 悉 治 二 天 原 事 一、 耀 二 天 統 一、 皇 孫 尊 専 就 二 豊 葦 原 中 国 一、 受 二 日 嗣 一、 是 聖 明 所 レ 輩、 莫 レ 不 二 底 属 一、 宗 廟 社 稜 之 霊、 得 ﹁ 無 二 之 盟、 百 王 之 鎮 護 孔 照 焉 記 の 前 後 に つ い て は す で に み た 通 り、 御 鎮 座 本 紀 が 早 い が、 た だ 右 の う ち、 御 鎮 座 本 紀 と 宝 山 記、 神 皇 実 録 と 天 地 麗 気 記 の 文 の 親 子 の 関 係 は 疑 ひ な い と し て も、 宝 山 記 と 神 皇 実 録 の 麗 気 記 の 基 礎 的 考 察
-65-密 教 文 化 関 係 に は 多 少 の 疑 ひ が あ り、 神 皇 実 録 が 直 接 御 鎮 座 本 紀 に 拠 つ て ゐ る と み ら れ る と こ ろ も な し と は い へ な い が、 天 御 量 を 天 環 父 と な す の は、 天 御 量 の 注 に 天 遜 才 と あ る に も と つ く と み ら れ、 神 皇 実 録 が 宝 山 記 を 参 照 し て ゐ る と 考 へ て よ い で あ ら う。 ま た 宝 山 記 と 天 地 麗 気 記 の 関 係 も、 皇 孫 杵 独 王 と な す と こ ろ、 結 び つ く も の が あ る や う に も み ら れ る が、 と も か く 宝 山 記 は 御 鎮 座 本 紀 よ り も 後 の 成 立 で あ る こ と は 信 じ て よ い。 そ し て、 宝 山 記 と 麗 気 記 に は 右 の ほ か に 密 接 な 関 係 の み と め ら れ る と こ ろ が あ り、 そ れ ら を 考 慮 す る と ぎ、 や は り 麗 気 記 は 宝 山 記 よ り 後 で あ る と い は ね ば な ら な い。 い ま そ の 密 接 な 関 係 を み る べ き も の を 挙 げ る と、 大 和 葛 城 宝 山 記 に 豊 葦 原 瑞 穂 国 主 上、 天 津 彦 々 火 環 々 杵 尊、 神 勅 日、 以 天 杵 尊 身 中 国 王、 賜 玄 龍 車、 追 真 床 之 縁 錦 袋 倉 今 世 称 小 車 之 錦 裟 倉 是 縁 也 八 尺 流 大 鏡、 赤 玉 鈴、 草 薙 劒 而 寿 之 云、 嵯 乎 汝 杵、 敬 承 吾 寿、 手 把 流 鈴、 以 御 無 窮、 無 レ 念 二 爾 祖 一、 吾 在 二 鏡 中 一、 宣 久、 凡 中 国 初 定、 万 物 有 霊、 所 以 草 樹 称 宮 魔 神、 鏡 扇、 今 以 杵 就 之、 故 名 称 皇 孫 杵 独 王 也、 今 世 日 伊 勢 国 山 田 原 坐 止 由 気 太 神 相 殿 坐 也、 と あ る に 対 し、 天 地 麗 気 記 に、 爾 時 八 十 柱 諸 神 日、 中 国 初 契 天 下 尊 無 レ 主、 非 二 冥 慮 一 者、 不 レ能 レ 治 レ 之、 誰 神 乎、 神 達 日、 皇 孫 尊 為 二 中 国 皇 一、 三 十 三 天 之 諸 魔 軍 陣 為 レ 去、 所 レ称 玄 龍 車 追 真 床 之 像 錦 衰、 奉 レ 移 二 八 腿 流 大 鏡、 赤 玉 宝 鈴、 草 薙 八 握 劒 一、 而 寿 レ 之 日、 嵯 呼 汝 杵 敬 承 二 吾 寿 一、 手 把 二 流 鈴 一、 以 御 無 レ窮、 無 レ 念 二 爾 祖 三、 吾 在 二 鏡 中 一 矣 と あ り、 ま た 宝 山 記 に 独 古 変 形 神 術、 此 宝 杵、 則 常 世 宮 殿 内 奉 納、 俗 云、 五 百 鈴 川 滝 祭 霊 地 底 津 宝 宮 是 也、 是 名 龍 宮 城 也、 焦 号 二 仙 宮 一 也。 と あ る に 対 し、 万 鏡 霊 瑞 器 麗 気 記 に 天 項 父 者、 独 古 変 也、 天 逆 文、 大 梵 天 王 矛 也、 天 逆 大 刀 大 梵 天 王 矛 也 件 神 宝 蔵 一一滝 祭 仙 宮 三也 亦 号 二 常 世 郷 一、 是 滝 宮 原 宮 也、 と あ る の が、 そ れ で あ る。 ま た 宝 山 記 に ﹁ 謂 天 神 七 代 神、 則 天 七 星、 地 神 五 代、 則 五 行 神 也 ﹂ と い ふ に 対 し、 天 地 麗 気 記 に ﹁ 天 神 七 葉 者、 過 去 七 仏 転 呈 二 天 七 星 一、 地 神 五 葉 者、 現 在 四 仏 加 二 壇 遮 那 一為 二 五 仏 扁、 化 成 二 地 五 行 神 噸、 ﹂ と い ふ の も 関 連 す る も の あ り と み る こ と が で き る。 こ の や う に 麗 気 記 は 大 和 葛 城 宝 山 記 に も と つ い て ゐ る と み ら れ る の で あ る が、 そ れ な ら ば こ の 大 和 葛 城 宝 山 記 と 麗 気 記
に 記 さ れ て ゐ る 神 代 金 剛 宝 山 記 と の 関 係 は ど う 考 へ た ら よ い で あ ら う か。 河 内 と 大 和 の 堺 の 金 剛 山 は 葛 城 山 脈 の 中 に あ り、 葛 城 山 と い ふ も 金 剛 山 と い ふ も、 別 個 の 山 で は な い。 こ の こ と は 大 和 葛 城 宝 山 記 に ﹁ 大 和 高 日 葛 神 繊 宝 山 峯 金 剛 坐 居 焉 ﹂ と い ひ 圏 名 二 大 和 地 哺、 亦 称 二 安 国一、 亦 一 乗 ・峯、 亦 号 二 神 徴 宝 山 二 と あ り、 本 書 の 著 作 者 自 身 葛 城 山 を 金 剛 宝 山 と 同 一 と 考 へ て ゐ た こ と が 明 か で あ る。 従 つ て 大 和 葛 城 宝 山 記 も 神 代 金 剛 宝 山 記 も、 共 に 葛 城 山 を 中 心 と す る 修 験 道 関 係 の 書 と み て よ い の で あ り、 そ の 内 容 も 余り 大 差 の あ る も の で は あ る ま い。 し か し、 麗 気 記 に 引 用 す る 金 剛 宝 山 記 の 文 は 現 存 の 葛 城 宝 山 記 に み え な い か ら、 葛 城 宝 山 記 の 文 を も と に こ れ を 増 補 し て 金 剛 宝 山 記 が 成 つ た の で あ り、 こ れ を 参 照 し て 麗 気 記 が 出 来 た と 考 へ ら れ な い で あ ら う か。 大 和 葛 城 宝 山 記 の 奥 に、 一 金 剛 段 縁 起 云 ﹂ と し て、 白 鳳 四 十 年 三 月 に 役 行 者 が 葛 木 縁 起 十 巻 を 録 し た が、 そ の う ち 金 剛 峯 神 徴 巻 ぱ 世 問 に 流 布 し、 他 は 世 に 出 る に 至 ら な か つ た の で、 養 老 五 年 に 行 基 が 勅 定 に よ つ て、 わ つ か に 金 剛 山 神 祉 等 の 肝 要 を 取 つ て 記 し た と み え る が、 こ れ が 大 和 葛 城 宝 山 記 の こ と で あ ら う。 も と よ り 金 剛 峰 畑 L 祖 巻 の 役 行 者 撰 述 説 の 如 き は 信 じ ら れ な い が、 葛 城 宝 山 記 が わ つ か に 金 剛 峰 神 抵 巻 の 肝 要 を 取 つ た と す る と こ ろ か ら、 大 和 葛 城 宝 山 記 の 成 立 の 後、 役 行 者 に よ つ て つ く ら れ た と す る 右 の 伝 え を も と に、 こ れ を 増 補 し て 神 代 金 剛 宝 山 記 と な し た と も 考 へ ら れ る。 第 四 に 麗 気 記 の 参 照 し た も の と し て 挙 ぐ べ き は、 神 皇 系 図 で あ る。 こ の こ と を 示 す も の は、 神 皇 系 図 に 諾 尊 持 二 左 手 金 鏡 圃陰 生、 持 二 右 手 銀 鏡 吃陽 生、 因 以 日 神 月 神 所 二化 生 図也、 謂 火 珠 水 珠 二 果 曲 玉 変 成、 三 昧 世 界 建 立 日 月 星 座 と あ る に 対 し、 天 地 麗 気 記 に、 伊 弊 諾 伊 弊 再 二 神 尊 持 二 左 手 金 鏡 一陰 生、 持 二 右 手 銀 鏡 一 陽 生、 名 日 壬 日 天 子 月 天 子 "、 是 一 切 衆 生 眼 目 也、 坐 故、 一 切 火 気 変 レ 日、 一 印 水 気 変 レ 月、 三 界 建 立 日 月 是 也 と あ る の が、 そ れ で あ る。 し か し、 神 皇 系 図 と の 関 係 を 一 層 明 白 に み る こ と が で き る の は 天 地 麗 気 府 録 で あ る。 天 地 麗 気 府 録 は、 ま た 麗 気 府 録、 府 録 の 名 で、 土 ハ に 類 聚 神 徴 本 源 に 引 か れ て を り、 鎌 倉 時 代 の 後 期 に 存 し て ゐ る こ と は 明 か で あ り、 恐 ら く 天 地 麗 気 記 の つ く ら れ た と ぎ、 そ れ に 附 随 す る も の と し て つ く ら れ た も の で あ ら う。 従 つ て、 天 地 麗 気 府 録 に 麗 気 記 の 基 礎 的 考 察
密 教 文 化 神 皇 系 図 と の 関 係 が み え る な ら ば、 麗 気 記 を つ く る に 際 し て 神 皇 系 図 が 参 照 さ れ た と み る 右 の 推 定 を 裏 書 き し て ゐ る と い つ て よ い。 天 地 麗 気 府 録 の 写 本 と し て は、 高 野 山 大 学 図 書 館 蔵 本 が あ る。 そ の 中 に、 ﹁ 国 常 立 尊、 亦 名 壬 常 住 砒 尊 踊 也、 無 上 極 尊 所 化 神 云 々、 惟 是 三 世 常 住 妙 法 身、 天 神 地 徴 本 妙 元 神 也 ﹂ と い ひ、 ﹁ 常 住 砒 尊、 一 須 弥 建 立 ⋮ ⋮ 亘 三 世 大 威 神 先 上 極 尊 世 界 大 導 師 ﹂ と あ る の は、 神 皇 系 図 に ﹁ 号 壬 国 常 立 尊 一 矣、 亦 名 二 無 上 極 尊一、 亦 名 日 二 常 住 砒 尊 唱、 謂 二惟 三 世 常 住 妙 心 法 界 体 相 大 智 哺 也、 故 天 神 地 祖 本 妙 大 千 世 界 大 導 師 是 尊 也、 所 レ 形 日 二 天 御 中 主 神 輔、 名 日 二 棄 大 梵 天 唱、 故 為 二 大 千 世 界 主 一矣、 ﹂ と あ る に も と つ い た と み ら れ、 麗 気 府 録 に ﹁ 伊 弊 諾 尊、 是 東 方 善 持 蔵 愛 護 善 通 神、 本 地 阿 閉 過 去 五 十 三 仏 威 音 王、 是 尊 也、 伊 弊 再 尊 者、 南 方 妙 法 蔵 愛 髪 行 識 神、 五 十 三 仏 内 伊 気 仏 是 也、 ﹂ と あ る の は、 神 皇 系 図 に、 伊 弊 諾 伊 弊 再 二 尊 に つ い て ﹁ 盗 聞、 伊 弊 諾 尊 則 東 方 善 持 蔵 愛 護 善 通 由 賀 神、 梵 所 レ 名 之 伊 舎 那 天 也、 伊 弊 再 尊 則 南 方 妙 法 蔵 愛 髪 行 識 神、 亦 名 二 之 伊 舎 那 后 輔也、 ﹂ と 述 べ て ゐ る の に 拠 つ た も の と 思 は れ、 麗 気 府 録 に ﹁ 神 語 日、 而 布 留 部 由 良 由 良 止 布 璃 部、 皇 天 大 神 呪 ﹂ と い ふ の は、 こ れ ま た 神 皇 系 図 に ﹁ 皇 天 寿 日、 而 布 留 部 由 良 由 良 止 布 留 部 云 々、 惟 是 皇 天 死 極 大 神 呪 也 ﹂ と あ る に も と つ く も の で あ ら う。 け だ し、 こ の 神 呪 ぱ 他 書 に も み え る が、 ﹁ 而 布 留 部 ﹂ で 始 ま る も の は 他 に み る と こ ろ が な い か ら で あ る。 な ほ 神 皇 系 図 の 成 立 に つ い て 考 へ る に、 諾 冊 二 尊 が 磯 駅 盧 島 に 降 下 さ れ、 八 尋 殿 を 建 て ら れ た と こ ろ に 註 し て、 ﹁ 社 記 日、 大 日 本 日 高 見 国 神 祇 宝 山 今 此 処 云 々 ﹂ と あ る が、 こ の 社 記 が 何 で あ る か 具 体 的 に は 指 摘 で き な い け れ ど も、 大 和 葛 城 宝 山 記 に 八 尋 殿 に 注 し て ﹁ 神 祇 峯 是 也 ﹂ と い ひ、 ま た 別 に ﹁ 大 日 高 日 葛 神 祖 宝 山 峯 ﹂ と 呼 ん で ゐ る と こ ろ を み る と、 社 記 と い ふ の は 葛 城 宝 山 記 と 関 連 の あ る 書 で あ ら う と 思 は れ る。 神 皇 系 図 に 国 常 之 尊 に つ い て、 ﹁ 亦 名 先 上 極 尊、 亦 名 日 二 常 住 砒 尊 一、 謂 惟 三 世 常 住 妙 心 法 界 体 相 大 智 也、 故 天 神 地 徴 本 妙 大 千 世 界 大 導 師 是 尊 也、 所 レ 形 名 日 天 御 中 主 神 一、 亦 戸 棄 大 梵 天 王、 故 則 為 二 大 千 世 界 主 一 矣、 ﹂ と 述 べ て ゐ る が、 こ れ は 葛 城 宝 山 記 に ﹁ 伝 日、 劫 初 在 二 神 聖 一、 名 常 住 慈 悲 神 王、 法 語 日、 棄 大 梵 天 王、 神 語、 名 天 御 中 主 尊、 大 梵 天 宮 居 焉、 為 衆 生 等 以 広 大 慈 悲 誠 心 故、 作 百 億 日 月 及 百 億 梵 天 而 度 無 量 群 品、 故 為 諸 天 子 之 大 宗、 三 千 大 千 世 界 之 本 主 也 ﹂ と あ る を う け た も の で は な い か と 思 は れ る。 か う し た 点 か ら も 大 和 葛