憲法学習内容論構築のための基礎的考察(2)
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(2) 平成16年2月. 北海道教育大学紀要(教育科学編)第54巻 第2号. February,2004. JournalofHokkaidoUniversityofEducation(Education)Vol.54,No.2. 憲法学習内容論構築のための基礎的考察(2). 安 藤 北海道教育大学旭川校社会科教育教室歴史教育研究室. 〈目 次〉 はじめに Ⅰ.明治憲法の授業プラン(試案). 1.適正な明治憲法認識形成の必要性 2.授業展開. (1)「憲法」(theConstitution)とは何か,定義せよ (2)明子台憲法の三大原則を考える (3)第三条は「君主無答責」規定である (4)「君主無答責」原理の成立経過 (5)「大臣副署制」の意義 (6)名誉革命(一六八八年)と立憲君主制 (7)明治憲法は天皇主権ではない,近代的憲法であった (8)今でも世界の憲法の常識. 3.むすびにかえて一参考文献など (以上,第53巻第2号) 2.授業展開(つづき) (9)明治憲法下の内閣運営は現在とほぼ同じであった 前時まで展開してきた本授業の課題を,板書しながら確認する. 『時間が変わりましたので,ここまでの授業の流れを確認します.先には,現行憲法に倣って,仮の話とて,. 明治憲法三原則を考えてもらいました.それは天皇主権,法律の範囲内での人権保障,軍国主義でした.そ してここまでは天皇主権にかかわって第三条の君主無答貢,第五五条の大臣副署制・大臣輔弼制について学 習してきました』 ここまでの板書は下のようになった.. 89.
(3) 安 藤. 豊. 次のようにいって本時の学習課題を提起する.. 『では,内閣はどうなっていたか.明治憲法の内閣制度,すすんで政治機構,システムがどうなっていたか を見ていきます』. ついで,現行憲法第五章内閣の全文(第六五条∼第七五条)のプリントを配布し,次のように発問する.. 明治憲法には「内閣」に関する規定もその言葉もありません.それに関係ありそうなのがこれまで 学習してきた第五五条の短い条文と第三章帝国議会(第三三条∼第五四条)です. これらの条文から推測して,現行憲法にある内閣制度のうち,明治憲法下の内閣制度にもあったと 思うものに○,無かったと思うものに×を付けてください.どうしてそう予想するかその理由も ノートに苦いてください.時間は5分です.. 黒板に現行憲法第六五条∼第七五条から内閣制度として主要な制度名を順に書き,それをノートの写させ て○×を付けさせる.. 5分後,列指名で何にかにノートに書いた予想と理由を発表させる. 「内閣総理大臣の指名は×+. 明治憲法には議会が首相を指名する規定がない」. 「行政権は×. 明治憲法には行政権の規定がない.また,第四条で『天皇ハ統治権ヲ総. 攫スル』となっていて内閣に行政権があるようにみえない 「国会に対する連帯責任×−規定がない」 「内閣不信任決議×. 規定がない」. 「国務大臣の任命及び罷免×【規定がないし,第五五条だと国務各大臣は天皇に直接責任を負うことにな るので,首相に任免権は無かったと思われる」 「内閣の職務の規定がない」. などが出る. 発表が終わったところで次のようにいう. 『皆さんが予想した制度がはんとに無かったか,検討してい. ≪板書 ②≫ ≪明治憲法下の内閣制度○×≫ 行政権. きましょう.実は,明治憲法に内閣規定が無いのにはわけがあ. 文民規定. るのです.別の法律で規定されていたのです.. 国会に対する連帯責任. 気づいた人もいるでしょうが,内閣制度は大日本帝国憲法の. 内閣総理大臣の指名. 制定より早いのです.明治18年です.それ以前は太政官制で. 衆議院の優越. した.1885年,太政官達と内閣職制が定められました.初代総. 国務大臣の任命及び罷免. 理大臣は伊藤博文でした.そして明治22年,勅令135号として. 内閣不信任決議. 『内閣官制』が公布され,この法律によって,内閣が運営され ていました.. 総理大臣の職務 内閣の職務. この法律は,途中部分的な修正がありましたが,昭和22年, 現在の内閣法まで続きます(要点を板書).明治憲法下の内閣はこの法律により運営されていたのです.. ところで,この内閣制度の創設に力を注いだのが伊藤博文です.当時の日本は,欧米諸国と対抗し,植民 地化を防ぎ,不平等条約を改正し,自主独立の国家として立っために,近代国家建設を急いでいました.そ れには憲法をっくり,国会を開設することが焦眉の課題でした.明治16年8月ヨ一口ツノヾにおける憲法調査 から帰国した伊藤はこの二つの重大課題を成し遂げるには,強力な政治指導体制を確立することが必要であ 90.
(4) 憲法学習内容論構築のための基礎的考察(2). ると考え,欧米各国が行っている内閣制度を導入することに尽力しました.そしてこの内閣のリードで憲法 がつくられ,国会が開設されたのです』. ここで,明治22年12月の「内閣官制」(勅令135号)の全文のプリントを配布する(出典:『法令全書』). そして,プリントを読みながら説明する.. 『では,この「内閣官制」による明治憲法下の内閣制度はどのようになっていたでしょう.プリントを見て ください.まず,最後の「内閣の職務」ですが,これは第五条に次のように規定されています(といって先 の板書事項の頭に○をっける).法律案及び決算案,外国条約及び重要な交際條件,官制又は規則法律に係る 勅令,諸省間の主管権限争議一要するに各省間の権限範囲の調整,縄張り争いの調停です【,天皇より下付 され又は帝国議会より送致する人民の争議,予算外の支出,勅任官及び地方官の任命及び身体,その他各省 主任の事務につき高等行政に関係し事態なお重いもの,の7項目です.そして,第六条に主務大臣が必要に 応じて議題を提出できることになっていますから,職務しては8項目あったことになります』 配布してある現行憲法第五章内閣を見るよう指示して,次のように問う.. 現行憲法「第五章内閣」に規定されている項目で,今読んだ「内閣官制」の8項目と同じ項目を○ で囲んでください.時間は3分です.. 3分ほどして作業を止めさせる. そしていう.. 『現在の内閣の職務の中に,明治の「内閣官制」にある殆どの項目が入っていることが確認できました.そ して予算編成,法律案作成,外交など重要職務を見ると今日の内閣とはぼ同じ仕事をしていたと考えてよい ことがわかります.』. 次の項目の検討に移る.. 『一番下から始めましたので,下から検討していきます.内閣総理大臣の職務です.これは重複する部分 があります.現行の内閣制度で総理大臣の主要な職務・権限は,①内閣を代表する,②行政各部を指揮監督 する,③国務大臣の任免権です』 ①∼③を「総理大臣の職務」の後ろに板書して,次のように説明する.. 『この項目は若干複雑ですが,説明します.内容はどうあれ,総理大臣の仕事,職務はあるのですから,答 えは○です.「内閣官制」をみてください.総理大臣については,その第二条に「内閣総理大臣ハ,各大臣ノ 首班トシテ,機務ヲ奏宣シ,旨ヲ承ケテ行政各部ノ統一ヲ保持ス』と規定しいます.ここではまず「首班」 であるといっています.これは「代表」より権限が弱いと考えられています.先に説明したように,明治憲 法五五条は,各大臣は天皇に直接責任をとるシステムになっていました.ですから明治憲法の総理大臣には 各大臣を指揮監督する,つまり命令する権限はなく,閣議を主宰し,政務を上奏して裁可を受ける,内閣の 中で一番重要な人物,くらいの意味しかありませんでした.しかし対外的には,内閣を代表しました.国会 に法案を出すときなどは内閣を代表しました.総理大臣の権限が強大でなかったことがよく判るのが,国務 大臣の任免権です.明治憲法下の総理大臣は,閣僚の任免権をもっていませんでした.奏薦権はありました が直接の任免権は有りませんでした.ただし,実際の運用では,総理大臣になる人には元老から天皇の名前 で組閣命令一内閣を作ることです−が出され,その人は周りの人と相談して大臣を選んで組閣しますから, 91.
(5) 安 藤. 豊. 実質的に大臣の任命権はもっていたと考えてよいのです.. しかし,罷免権はありませんでした.進んで辞表を出した大臣は何人かいます.閣議は全員一致制だった こともあり,この点がいわゆる「軍部大臣問題」を引き起こしますが,これについては後で学習します.. もっとも,立憲君主制のもとで,形式として閣僚の任免権は君主にあるのが常識で,総理大臣がもつのは 異例だという憲法学者もいます.. 伊藤博文は,内閣は強力でなければならないと考えましたが,総理大臣が横暴に過ぎるのも困ると考え, イギリスのような大臣連帯責任制を採用しなかったといわれています.総理大臣に過度の権限が集中しない ようにしたのです.. このようなわけで,①は半分で△,②は×,③も半分くらいで△ですが,項目自体は○となります.実質 的には,日常的には大きな権限を行使していましたから△くらいでしょうか. それと今説明しましたように,「大臣の任命及び罷免」は,形式は×,実質は△くらいになります.』. 次々と項目の検討をしていく.. 『次に「内閣不信任決議」ですが,これは有りませんでした.形式は×です.しかし,戦前の内閣は,法案 が議会で否決された責任や,野党勢力の支持喪失や,汚職の責任,また閣内不一致など,主に議会に対する 責任を問われ辞職することが殆どでした.つまり実質的には,○です.もっとも,1例だけですが,1929年, 昭和4年の田中義一内閣のように,張作霹爆破事件に関して昭和天皇の不興をかって辞職した内閣もありま した』. 『次に,「衆議院の優越」ですが,明治憲法では貴族院と衆議院は,議員の選出方式は違いますが,院とし ての権限は同等ですから,これは×になります』. 『次に,「内閣総理大臣の指名』です.現在は議院内閣制(板書)ですから,首相は国会で指名されます.. そして政党政治下では,国会の多数党の党首が首相に指名されます.明治憲法ではこの制度はありませんで した.先に説明したように,元勲や首相経験者などの元老が決定して,天皇の裁可を受け,天皇の名前で組 閣を命じました.. しかし,実際はどうだったでしょう.わが国の国会は1890年,明治23年に発足しますが,発足以来の初期 議会は,自由党,改進党など政党を中心に運営され,8年後の1898年,明治31年には,自由党と進歩党が合 同した憲政党の大隈尊信に組閣命令がくだり,大隈と板垣退助が手を結んだ,いわゆる「隈板内閣」が成立, わが国最初の政党内閣となりました.そしてこれに対抗して伊藤博文が立憲政友会を結成し,政党政治確立 への道を開きました.以来,1932年,昭和7年,犬養毅内閣が五・一五事件で倒れるまでの34年間は,『組閣 の大命を拝する者は衆議院における第一党の首領である」】とするのが『憲政の常道」】とされ,そのように運. 用されました.このように明治憲法のもとでも今日と同じ運用が可能だったし,実質的にそのようにしてい たのです.ですからここは形式的には×ですが,実質的には△くらいです.『憲政の常道』は大正デモクラ シーとよばれていますが,それを維持できなかったのは,政党も国民もその運用に未熟だったためといわれ ています』 以上を要点を板書しながら説明する.. 『次は,「国会に対する連帯責任」です.現在の憲法では「内閣は,行政権の行使について,国会に対し連 帯責任を負ふ」となっている事項です.これほどのような意味かといいますと,内閣が議会に対して説明貢 92.
(6) 憲法学習内容論構築のための基礎的考察(2). 任がある,ということです.行政執行上の問題,予算執行上の問題のあらゆる問題が議会の持ち出され,政 府が攻撃され,政府=内閣がそれに説明を加える国会風景は今も昔も変わりません.ですからこれは形式も 実質も○です』. 『次に,「文民規定」です.明治憲法下では,国軍があり,軍事官僚がいたこともあり,この規定はありま せんでした.形式も実質も×です.明治憲法第一一条の統帥権と軍部大臣については後で改めて取り上げま す.. ちなみに,現行憲法にこの条項が入ったのは,貴族院でこの憲法が可決される直前でした.それは,九条 に関係があります.九条は,よく知られていますように日本の戦争と軍備を放棄と規定した条文ですが,こ の第2項に「(診前項の目的を達成するため,」という文言が入っています.これがいわゆる「芦田修正」とい. われるものです.衆議院憲法改正特別委員会委員長,後に総理大臣になりますが,芦田均の発意による修正 です.. これはつまり,「侵略戦争をするための」のみの軍隊は持たないという意味の文言に修正したということで す.そうすると逆に,侵略戦争以外の戦争,自衛戦争のためには軍備をしてもよい,となります.これが「芦 田修正」の意味です.自衛権を認めたのです.これはGHQ民政局の日本国憲法草案作成委員会の責任者ケー ディス大佐の同意にもとづく修正でした.これによって日本は自衛のための軍隊をもてる余地が生じました. これを聞いたニューヨークの対日理事会はこれを問題視し,急遽,国会可決寸前の憲法案に文民規定を滑り 込ませたといわれています.現行憲法第五章内閣の第六六条にある文民規定はこのようにして規定されたの です』(参照:鈴木昭典『日本国憲法を生んだ密室の九日間』創元杜.1995 及び 小山常実『戦後教育と「日本国憲法」』日本図書セ ンター,1992). 『次に「行政権」です.これはいうまでもなく,形式的にも実質的にも○です』 ここまでの板書は以下のようになった.. ≪板書 ③≫ ≪明治憲法下の内閣制度○×≫ 〈形式〉. 〈実質〉 ○. 天皇の名において行使. × 文民規定. ×. cfl「芦田修正」. ○ 国会に対する連帯責任. ○ 内閣の職務. △. ○ 総理大臣の職務. ○. × 内閣不信任決議. △. × 国務大臣の任命及び罷免. 隈坂内閣から犬養内閣まで「憲政の常道」. ×. × 衆議院の優越. 説明責任. △. × 内閣総理大臣の指名. ○. ○ 行政権. 実質的な任命権,罷免した例なし 議会に対する責任 内閣の主宰,行政各部調整統一,大臣任免の奏薦. 法律,予算,外交など8項目. ○ 最後に,黒板の星取表を示して次のことを確認する.. 93.
(7) 安 藤. 豊. 明治憲法下の内閣運営は,実質的に現在の内閣制度をほぼ同じであった.. ㈹ 明治憲法下の政治システムは三権分立であった 次のようにいって,学習課題を移す.. 『それでは次の課題に移ります.明治憲法下の政治システムがどうなっていたかというテーマです.明治 憲法のプリントを見てください.説明していきます』 以下,明治憲法の条文を読みながら,黒板に図を完成させていく. 『先ず,第四条を見てください.「天皇ハ国ノ元首ニシテ統治権ヲ総撹シ此ノ憲法ノ条規二依t」之ヲ行フ」. となっています.天皇主権の根拠にこの条文を挙げた人が沢山いましたが,この条文は,元首っまり国の最 高機関として天皇を位置づけ,その国家機関としての天皇が国家の属するすべての権利を保持するという意 昧です.しかし,ここで最も重. ≪板書 ④≫. 要な文言は「此ノ憲法ノ条規二 依り之ヲ行フ」というところで. す.これは,簡単にいうと,こ. 《明治憲法下の政治システム》−−−← 《三権分立》 (国家機関). 行 政 権(第四条,第五五条). 天皇・ 統治権. 立 法 権(第五条)(第三章)(第七一条). の憲法に従って統治するとい うことです.統治権を憲法で 縛る,これがこの第四条のほん. (第四条). 司 法 権(第五章,第五七条). とうの意味です. ll. そもそも憲法とは,主権を法. 立憲主義. で縛ることでした.このよう. 国務大権 憲法上の大権. な考え方を立憲主義といいま す.明治憲法はこの考え方に 立っています.ちなみに,前に. 統帥大権 栄典大権. 天皇大権. 説明しましたように現行憲法. 皇室大権(皇室法上) 憲法外の大権. は,主権を縛っていません.世. 界的にも珍しい憲法です.ア. 祭示巳大権(習慣法上). メリカ合衆国憲法にも主権規 定はありません』 『それはさておき,明治憲法は,. 行政権,立法権,司法権,各々をそれを担当する国家機関に委任して行わ. せているのです』. 『内閣,行政権についてはすでに学習しました.天皇は内閣が決定したことを機械的に従わなければなら ないことになっていました』. 『次に,第五条を見てください.「天皇ハ帝国議会ノ協賛ヲ以テ立法権ヲ行7」となっています.この「協 賛」という文言は草案では「承認」になっていました.法律は議会が認めなければ作ることができなかった のです.しかも大臣副署制がありますから,天皇がご自分の名前で,勝手に法律を出すことなど,100%不可 能だったのです.そして第三章に議会がくわしく規定されました』 『さらに大事なのが,第七一条です.見てください.この条文は,本年度予算案が議会で成立しなかったら,. 既に一度議会が承認した前年度予算で今年の国家運営をする,という条文です.当時の日本は超スピードの 発展途上国です.予算規模は毎年毎年急増していました.そういう時に,前年度予算での国家運営は不可能 94.
(8) 憲法学習内容論構築のための基礎的考察(2). です.その予算を議会が握っていたのです.それは,政府に対していわば「人質」を取ったようなものでし た.つまり,立法は行政に対して独立していたのです.この条文は,憲法の起草に協力したお雇い外国人の 反対を抑えて,この条文がなければ憲法ではないといって伊藤博文が入れた条文です.当時,世界で最も進 んだ,先進的条文でした』. 『次に,第五章第五七条を見てください.「司法権ハ天皇ノ名二於イテ法律二依こ‥』ですから,これは説 明の必要がありません.司法も独立していたのです』 ここまでの板書を確認していう.. 『このように明治憲法下の政治制度は,天皇の統治権の委任を受けて,三権が分立していたのです.今と少 しも変わりません.なお,この統治権は,天皇大権の一部です.美濃部達吉『憲法提要』(pp.209−231,昭 和3年改訂4版,有斐閣)から天皇大権の分類を紹介しておきます(板書④,下段)』. (11)「臣民の権利」は天皇の恩恵で,法律によって与えられるものだったか ここまでの授業の流れを《板書①》で確認して,次のように話してこの節の授業に入る. 『次に,「法律の範囲内での人権保障」について検討します.ここに東京書籍の中学校教科書『新しい公民」】. (平成14年度使用版)があります.そこにこう苦いてあります.「1889年の大日本帝国憲法(明治憲法)は, 天皇を主権者と定めるとともに,人権を天皇が恩恵によってあたえた「臣民の権利」とし,法律によって制 限されるものとしました」と.皆さんの明治憲法人権規定の理解もこれに似ていると思います.「法律の範囲 内での人権保障」という特徴付けは,このような意味と考えられます.しかし,本当にそうでしょうか.す でにこの教科書にも書いてある「主権」云々が誤りであることを学びましたが,人権についてはどうでしょ うか』. 明治憲法(プリント)の第二章が開かれているか確認して次のように発問する.. では,「臣民権利義務」について勉強します.第二章開いていますか. ここの規定されている義務と権利をノートに列記してください.3分です.. 義務として,兵役,納税 権利として,第一九条・公務員になれる権利で,二二条以下に居住移転の自由, 不当逮捕の禁止,裁判を受ける権利,不当捜査の禁止,信書の自由,私有財産権,信教の自由,出版 言論 の自由,請願権が規定してあることを(ノートに書かれているか)確認する. そして問う.. 『ここには,2つの義務と9つの権利が規定されています.この権利の数は現在,現行憲法という意味で すが,とくらべて多いですか,少ないですか』 多い,少ない等の意見を聞いてから次のように説明する. 『現在は,社会権が言忍められていますから,現在より少ないようにみえますが,社会権は第一次世界大戦後,. ドイツのワイマール憲法ではじめて規定された権利で,明治憲法制定の頃にはありませんでした.このころ 考えられていたのは自由権のみでした.それで,現在規定されている自由権と明治憲法の自由権を比較して みてください.はとんど同じだということを確認してください.明治憲法はこのような種類の自由権を認め ていたのです.これは当時世界でも先進的な規定でした』 『では,みなさんが気にしている「法律の範囲内で」の意味を検討しましょう』 95.
(9) 安 藤. 豊. 『その前に義務の規定をみてください.第二○条が「日本臣民ハ法律ノ定ムル所二従ヒ兵役ノ義務ヲ有ス ル」,第二一条が「日本臣民ハ法律ノ定ムル所二従ヒ納税ノ義務ヲ有スル」です.これは「法律ノ定ムル所二 従ヒ」なのですから,この憲法の規定にしたがって,「兵役法」(徴兵令)とか「地租条例」などの法律によっ. て義務を課せられることを意味しています.実際そのような法律がありました.このことば逆に法律がなけ れば義務は課せられないということを意味します.つまり,この規定は政府や権力が,法律以外にむやみに 国民を兵隊のとったり,税金をとったりすることを禁止する,国民の権利を保障した条項なのです」l このように説明して,次のように発問する.. 「法律ノ定ムル所」というのはこのような意味です.そうだとしたら,たとえば第二二条「日本臣 民ハ法律ノ範囲内二於テ居住及移転ノ自由ヲ有ス」の「法律ノ範囲内」をどのように解釈したらよ いでしょうか.自分の解釈をノートに書いてください.3分です.. 3分後,列指名でノートをよませる. その後次のように説明する.. 『ずばり書けた人は少ないようですが,これは何かの合理的な理由があって国民の「居住及移転ノ自由」を 制限する時は,法律を出して制限するといっているのです.これが「範囲内二於テ」とか「法律二足クル場 合ヲ除ク」の意味なのです.』 『このことについて,伊藤博文は天皇主権の説明の時参照しました『帝国憲法義解」】(p.24)の中で次のよ うに解説しています.プリントしましたから見てください』 プリントを配布して次の部分を読み,線を引かせる.. 第二十二条…………‥ …………‥. (略)‥‥‥‥‥. 凡ソ日本臣民クル者ハ帝国彊内二於テ何レノ地ヲ問ハス定住シ借住シ寄留シ及. 営業スルノ自由アラシメタリ而シテ憲法二其ノ自由ヲ制限スルハ必ス法律二由り行政処分ノ外二在 ルコトヲ掲ケクルハ此ヲ貴重スルノ意ヲ明こスルナリ. 『っまり,自由を制限する時は必ず法律に依らなければだめと規定したのは,それだけこの自由が大事だか らだ, というわけです』. もう一つ見てもらいます.プリントの下です.これは昭和天皇が摂政時代,東宮学問所で勉強された教科 書『帝国憲法 巻一』の一部です.これは進講していた清水澄(行政裁判所長官など歴任)が書いたもので, 明治憲法の公定解釈といってよいものです(清水澄『法政・帝国憲法』明治百年史叢書第488巻,p.192,原苦房,1977年).. 96.
(10) 憲法学習内容論構築のための基礎的考察(2). 『どうです.こういう意味だったんですね.国民の権利は全面に保障すると,しかし,どうしても制限しな ければならないときは,法律で制限すると,法律以外では制限しないと,こういう意味だったのです.この 意味での法律による制限は現在と同じです.道路とか飛行場建設とかダム建設とかの「公共の福祉」のため に財産権などの権利が制限されることがありますね』 といってこの節最後の発問をする.. では,自由を制限した法律にはどんなものがありましたか,知っている法律,ありそうな法律を ノートに書いてみてください.3分あげます.. 3分後,列指名でノートを読ませる. 「出版条例」「新聞紙条例」「治安維持法」「国家総動員法」などが出される.. 「治安維持法」は私有財産を否定する者を取り締まり,自由権を保障するための法律であったことを説明す る.. (以下次稿). (本学教授・旭川校). 97.
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