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彙 報
会長 国 広 哲 弥 昭 和60 年 度 第 2 回 常 任 委 員 会 日 時 :9月10 日 ( 火 )18 時 ∼21 時30 分 場 所 : 三 省 堂 内 言 語 学 会 事 務局 出 席 者 : 国 広 哲 弥 ( 会 長 ), 梅 田 博 之 , 菊 地 康 人 , 柴 谷 方 良 , 長 嶋 善 郎( 以 上 , 常任 委 員 ). 小 泉 保 ( 編 集 委 貝 長 ). 上 野 善 道 ( 事 務 局 長), 服 部 四 郎( 顧問 ) ( 1 ) 第91 回 大 会 に つい て ( 研 究 発 表 者 の 選 定 , プ ロ グ ラ ム の決 定 ) ( 2) 「 言 語 研 究 」 の 体 裁 変 更 の 件 ( 3) 「 言 語 研 究 」 の バ ッ ク ナン バ ー の取 り扱 い の件 ( 4) 「 言 語 研 究亅 第88 号 か ら の 残 部 取 り 扱い の件 ( 5 ) 寄 贈 図 書 の 取 り 扱 い に 関 す る件 ( 6) 学 会 事 務 セ ン タ ー へ の 事 務 委託 につ い て の中 間 報 告 ( 7) 昭 和61 年 度 春 季 大 会 開 催 校 昭 和60 年 度 第 2 回 委 員 会 日 時:10 月12 日( 土 )10 時 ∼13 時30 分 場 所 : 金 沢 大 学 総 合 図 書 館 出 席 者 : 国 広 哲 弥 ( 会 長 ), 井 出 祥 子 , 井 上 和 子 , 上 野 善 道 ( 事 務 局 長), 大 束 百 合 子 , 筧 賚雄 , 小 泉 保 . 近 藤 達 夫 , 崎 山 理 , 佐 藤 昭 裕 , 庄 垣 内正 弘 , 竹 内 和夫 , 田 村 す ず 子 , 柘 植 洋 一 , 奈 良 毅 , 西 田龍 雄 , 樋 口 康 一, 蛭 沼 寿 紘 堀 井 令 以知 , 前 田富 祺 . 薮 司 郎( 以 上21 名) 委 任 状:38 名 オブ ザ ー バ ー : 松 本 克己 ( 会 計 監 査 委 員 ), 柏 木 英 彦 ( 大 会 運 営 委 員 長 ), 菊 地 康 人( 常 任 委員)彙 報 143 欷 前 島 儀 一 郎 氏( 評 議 員 ) の冥 福 を 祈 って 黙 祷 す る。 議 事な ら び に報 告 ( 1 )「 言 語 研 究 」 誌 の体 裁 の変 更 に つい て , 小 泉 保 編 集 委 員 長 よ り は か り, 次 の よ うに 決 定 し た 。 ・ 邦 文 目 次 を お もて 表 紙 に 印 刷 す る 。( こ れに 伴 い , 表 紙 裏 の印 刷 内 容 も入 れ替 え るこ と に な・・ た 。) ・ 号 数 表 示 を 従 来 の 漢 数 字か ら ア ラ ビ ア 数 字 に す る 。 ・ お も て表 紙 と 背 に 発 行 年 月 を 入 れる 。 ・裏 表 紙 の 英文 目 次 の年 号 に月 名 を 加 え る 。 ・ 表 紙 を 「 ち り 付 き 」 か ら 「 切 り 付 け 」 に変 更 す る ( は み出 し を 切 り 落 と す)。 (2 )「 言 語 研 究」 バ ッ ク ナン バ ー の 取 り 扱 い に つい て 。 第87 号 まで の バ ッ ク ナ ン パー の 販 売 , お よ び 第88 号 以 降 の 会 員 外 へ の頒 布 を 三 省堂 書 店 に 委 託 する こ と が 提 案 さ れ, 承 認 さ れた 。 な お , 学 会 の 永久 保 存 分 と し て 各 号 5 部 を事 務 局 に 保 管 す る こ と に な った 。 ( 3) 学 会 へ の 寄 贈 図 書 をA A 研 図 書 室 に 移管 す る際 の 事 務 手続 きに つい て 報 告 が あ り ,了 承 さ れ た。 ( 4) 昭 和61 年 度 春 季 大 会 は 6月14 日・15 日に 筑 波 大 学 で 開 か れ る こ と に 決 ま,つた。 運営 委 員 長 は 松 本 克 己 氏 。 ( 5) 九 学 会 連 合 に 関 する 件。 昭 和61 年 度 は 日 本 言 語 学 会 が 当 番 学 会 と 。 な る。 そ の 幹 事 理 事 2 名 の人 選 に つ い て は 会 長 に 刪 壬さ れた 。( 委員 会 のあ と , 佐 藤 亮 一 , 井上 史 雄 の両 氏 に 決 定 。) 昭 和61 年 度 か ら 3年 連 続 の テー マ は 「 地 方 文 化 の 均 質 化」。 日 本 言 語学 会 選 出 の 野元 菊雄 理 事 よ り , 理 事 会 出 席 そ の 他 の報 告 が 書 面 に てあ った 。 ( 6)「 言 語 研 究」 発 送 停 止 の 件。 従 来 の 規 定 , a) 11 月 末 日 現 在で , そ の年 度 の 会 費 を 納 め てい な い 会員 は「 言 語 研 究」 の発 送が 停 止 さ れ る。 b )11 月 末 日 現 在 で 。 前 年 度 の 会 費 を 納 め てい な い 会 員 は 退 会 し た
14 4 彙 報 ものとみなす。 の「11 月末日現在で」を,a)b )ともに 「 その年度の第1号が発行される までに」 と変更することが,事務局から提案され,承認された。 (7) 国際言語学者会議の運営委員会への出席報告が井上和子氏からなさ れた。1987 年に東ベルリンで開かれる第 U 回の会議の中心テーマは 「Humboldt から現代言語学へ」と決まった。 第91 回 大 会 期 日 昭 和60 年10j12 日 ( 土 )・13 日( 日 ) 会 場 金沢 大 学 文 ・ 法・ 経 済 学 部 校 舎 第 1 日 (10 月12 日 ) 開 会 の辟 14 時30 分 よ り(40 番 教 室 ) 公 開 講 演 言 語 学 と 実 験 浅 井 亨 Supersentential Semantics Th. R. Hofmann 会 員 懇 親 会 18 時 よ り( 石 川 県 職 員 会 館 に て) 第 2 日(10 月13 日) 研 究 発 表 10 時30 分 ∼12 時00 分 ・ A 会 場(30 番 教 室 ) ( A 1) 非 能 動 者主 語 構 文 どAmphidiathesis ,j 一 受 動・ 再 帰 ・ 使役 ・完 了 の 統 語 位 相 詒 田 原 薫 ( A 2) 語 順 の 変 わ る原 理− ニ ュ ー ギュ ア の オ ー ス ト ロ ネ シ ア語 の場 合 一 崎 山 理 ・B 会 場(20 番 教 室 ) ( B I ) 定 ・ 不 定 表 現 と 記憶 階 層 モ デ ル 風 斗 博 之 ( B 2) 日 本 語 の指 示 表現 吉 本 啓 ( B 3) 日 本 語 の 格 助 詞 省略 に つ い て 平 河 内 健 治
粂 報 145 会 員 総 会 13 時00 分 ∼13 時20 分 (30 番 教 室 )
研 究 発 表 13 時30 分 ∼16 時15 分 ・ A 会 場(30 番 教 室 )
( A 3) 満 洲 語文 語 のinternal・head relative clause に つい て
久 保 智 之 (A 4) 朝 鮮 語 ア ク セ ン ト の 比 較 研 究 試 論 福 井 玲 ( A 5) 無 声 音産 生 の喉 頭 制 御 機 構 に つ い て 吉 岡 博 英 ( A 6) 幼 児 音 の誤 りと そ の 言 語 学 的 示 唆 伊 藤 克 敏 ( A 7) 日本 語 オ ノマ ト ペ の 表 現 力- 英 語 と の 対 比 に お い てー 筧 壽 雄 ・ B 会 場(20 番 教 室 ) ( B 4) 日本 語 に 於 け る擬 似 他 動 詞(deceptive intransitive) と 格 標識 有 働 真 理 子 ( B 5) 構 成素 構 造 と主 題 構造 小 野 尚 之 ( B 6) 根 (root)文 の 自 己 修 飾 高 橋 孝 二 ( B 7) 英 語 の 照 応 と 副 詞 節 : 統 語 論 的 分 析 の問 題点 と 意 味 論 的 解 決 高 見 健 一 ( B 8) で5て規 約 と 日英 語 助 動 詞 の階 層性 澤 田 治 美 閉 会 の辞
146 彙 報 ◇ 物 故 会 員 菊沢 季生( 昭和60 年8月28 日逝去) 木村 彰一(評議員)(昭和61 年1月18 日逝去) 故 木村彰一氏 本村先生,先生の死はあ まりに突然でした。つい先日,七草の 則 に私たちは先 生とお湎を汲み交して,新らしい春を祝ったばかりでした。 その日の先生はいつ にもまして朗らかで,つぎつぎに楽しい話題をもち出され。レ }リックの粋をつ くされた感がありました。「年をとればとるほど新らしい話題を求めなけ ればな らないのですよ」と先生は笑っておっしゃい ました。その先生が,忽然として永 遠の沈黙の世界に消えてい ってし まわれたのですから,残された私たちの淋しさ は言いようもありません。 ふり返ってみますと,先生が北海道大学から東大にお移 卵になり,先生が卒業 された言語学科の教官として, スラヴ語学とラテン語をお教えにな ったのは,ち ょうど30 年前のことでした。 そ の ご講義が始 まるひと月ぐらい前でしょうか。
彙 報 14? 本 郷で 先 生 と の は じ め て の 出会 い があ り まし た 。 私 た ち 学 生 は 亡 くな ら れ た 高 津 先 生 の後 に つ い て, お ずお ず と バ ー に 入 って い き まし た 。 先 生 が ど ん な 方 か, 全 然 知 らな か っ た 私 た ち は , ど の よ う な こ と にな る のか わ か らな い ま まに, 黙 り が ち で し た 。 と こ ろ が お 酒 が 入 る や 否 や 。 雰 囲 気 は一 変 し , 先 生 の ペー ス に 皆 巻 き こまれてしまいました。そして先生のオーバーがだるまストーブで焼けこげるの も気 付 か ぬ ほ ど, 先 生 も私 た ち も話 し に 熱 中 し て し ま った の で す 。 こ9 記 念 す べ き 日か ら , 先 日 の 最 後 に お め に か か った 日 まで,30 年 も の間 , 先 生 は た く ま ざ る ユ ー モ ア を 交 え た そ のお 話 し に よ っ て , 私 た ち に 学問 の 楽 し みを 教 え て 下 さい ま した。教室よりも先生との直接の対話そして先生のおおらかな人格にふれるこ と を 。 私 た ち はい つ も楽 し み に し てい まし た 。 そ し て , 先 生 と の 対 話 を 通 し て, 私 た ちは 自 ら の 生 き方 を 反 省 し て き まし た 。 そ の 意 味 で 先 生 は , 私 た ち の学 問 の 師 で あ る と同 時 に, 人 生 の 師 で もあ り まし た 。 一 度 先 生 に 親 し く 接 し た 学 生 は, い つ まで も そ の魅 力 に と り つ か れる とい う, 不 思 識 な 力 を 先 生 は お もち で した 。 そ れは 学 問 より も っ と大 き な 力 で し た 。 先 生 は ギ リ シ ア, ラ テ ン 語 の研 究 か ら 出 発 さ れた と う か が って い ます 。 こ の西 欧 の古 典 文 献 学 は , い わ ば すべ て の学 問 の 親 で あ り, 言 語 研 究 の原 点 で も あ り ま す。 そ し て こ の 伝 統 のあ る 学 問 の 精神 が ,先 生 の バ ッ ク ・ ボー ン にな っ て , そ の 上 に先 生 は ス ラ ヴ学 の研 究 を 重 ねて い か れ まし た 。 先 生 は 語 学 の天 才 で し た 。 さ す が の高 津先 生 も う ら や む ほ ど, 新 らし い 言 語 を 苦 もな く マ ス タ ー さ れ まし た 。 そ の豊 か な 語 学 力 を 駆 使 し て 東 西 の文 学 を 読 破 さ れ, そ れが 一 つ にな っ て先 生 の 世 界 を 形 成 し て い ました 。 また そ の広 い 智 識 が, た った 一 つ の語 彙 の訳 に 釟 も っ と も適 切 な 日本 語 を 選 ぽ うと 苦 心 さ れる 繊 細な 先 生 の 語 感 を , い や が上 に も 鋭 く磨 き上 げ て い った ので は ない か と思 い ます 。早 稲 田大 学 を 退 職 さ れて か ら は , 再 び ふ り 出 し に もど っ て , 古 典 学 の研 究 に 情 熱 を 燃 や さ れ。 ラ テ ン語 の 辞 書 作 り に と り 組 ん で お ら れ まし た。 仕 事 の 進 め方 , 語 彙 の選 択 ,訳 語 のこ とな ど , 実 に 細 かな 計 画 を 立 て ら れて , 理 想 の辞 書 を 実 現 し よう と 意気 込 ん で お ら れ まし た。 こ の辞 書 が や っと 第 一 歩 を ふ み 出 し た と こ ろ で先 生 は お 亡 くな り に な っ て し ま っ た ので す か ら , 本 当 に 残 念 で 仕 方 があ り ませ ん 。 先生は森鴎外を愛読されていました。「鴎外のすべてがよい」とおっしゃって
148 莖 報 いました。高津先生は夏目漱石のファンでした。生前お二人が,漱石か鴎外かで 議論されてい るのを,私はいく度かうかがったことがあり ます。今ごろはどこか で両先生が久しぶりに再会して, また同じ議論をたたかわせておられるのではな いでしょうか。 木村先生,先生はお亡くなりになりましたが。先生の心は私たちの中に生きて い ます。どうか安らかにお眠り下さい。 昭和61年1月21日 風間喜代三 ( 赤堤教会にて) 永年にわたり評議員などを務められた本学会会員,東京大学名誉教授木村彰一 先生は,昭和61 (1986 )年1月18 日。先生が愛されて止 まなかったラテン語の 辞轡の構想を練 っておられる最中に倒れられ,その後間もなく忽然としてこの世 を去ら れた。享年71 歳である。 先生は大正4 (1915)年,1月5日秋田県にお生 まれになり, 成蹊高等学校を 経て東京帝国大学文学部言語学科を昭和12 (1937)年にご卒業, その数年後より 東京外事専門学校,北海道帝国大学法文学部,北海道大学文学部,東京大学文学 部(言語学),東京大学教養学風 東京大学文学部( ロシア語学・ロシア文学), 早稲田大学文学部で教鞭をとられた。咋年ご退職になり,やっとこれからご自分 のお好きな研究に。いそしまれようとなされた矢先の訃報であ った。 先生が残された業績を拝見すると。先生ご自身がそうであったように,実によ くバランスがとれたヒューマニストの面影が浮んでくるが,言語そのものの研究 を基礎に,言語作品を追求なさるという文献学の忠実な徒であったことが彷彿と うかび上がってくる。ご研究 の範囲は,ロシア語・ ロシア文学を中心にスラブ語・ スラブ文学から西洋古典語・古典文学にも及び,日本における実質上のスラブ学 の創始者で,その頂点に立うて学界をリードしておられ,この分野での基礎作り に文字通り専心しておられたのである。先生の学風の特徴の一つは後から来る人 たちの手助けになるような業績を残 そうとされる,よい意味での実用性で,今日 の日本でスラブ学を学ぽうとすれば,どうしても先生が残されたいくつもの作品 のお世話にならないわけにはいかない。
彙 報 149 そ のい く つ か を こ こ に 挙 げ る と , 八 杉 貞 利 先 生 と の 共 著 の 「 ロ シ ヤ文 法 」( 岩 波 書店 ,1953 ) は 依 然 と し て 本 邦 唯 一 の学 術 的 ロ シ ア文 法 で あ り , また 「 ロ シ ア 文 法 の 基 礎 ( 改 訂 版)」( 白 水 社, 1974) は 日本 の 代 表 的 学 習 書 の ー つ と な っ てい る。 そし て, い や し く も ロ シ ア 語 を 学 ぶ 者 で , 先 生 を 中 心 に 編纂 さ れ たr 博 友 社 ロ シ ア 語 辞 典 』( 博 友 社, 1975) のお 世 話 に な ら な い 者 は い な い で あ ろ う。 こ の方 針 は ポ ー ラ ン ド 語 の 場 合に も 踏 襲 さ れ, 吉上 正 三 氏 と の共 著 の 『 ポ ー ラ ン ド 語 の入 門 』( 白 水 社 ,1973 ), 先 生 の 指 導 下 に で き たr 白 水 社 ポ ー ラン ド語 辞 典 』( 白 水 社 ,1981 ) と, こ れ また ポ ー ラ ン ド 語 を 学 ぶ者 が ど うし て も避 け て 通 れな い 基 礎 を 準 備 な さ れて い る の で あ る 。 し か し , 先 生 のご 活 躍 は , ご 自 分 の言 語 研 究 に 教 育 的 配 慮 を 伴 わ せた 実 用 性 の 高 い 教 科 轡 , 辞 書 の 範 囲 に と ど ま・つた ので は ない 。 永 年 に わ た る ご 研 鑚 を もと に し た, ロ シ ア 古 典 文 学 の訳 業 「 イー ゴ リ遠 征 物 語 」( 岩 波 書店, 1983) は文 献 学 的 研 究 と文 学 的 資質 と が 結 び つ い た 文 字 通 り珠 玉 の よ うな 一 篇 で あ り , 亡 く な ら れ る一 年 前 に 出 版 さ れ た 「 古 代 教 会 ス ラ ブ 語 入 門 」( 白 水 社, 1985) は 先 生 の言 語 学 , 古 典 学 , ス ラブ 学 が 見 事 に 結 晶 し 。 そ れ が賛 嘆 お くあ た わ ざ る 教 育 的 配 慮 に より 整 理 さ れ てい る と い う文 字 通 り の名 作 で あ る 。 。 こ の よ う に し て 見 て くる と, 先 生 の ご 逝 去 が あ まり に も早 す ぎ た と 感 じ る のは 一 人 私 だけ で はな い と 思 わ れ る。 こ こ で は 先 生 が な さ れた 莫 大 な 量 の 翻 訳 や , い くつ も の学 部 , 学 科 の 開 設 とい う行 政 面 で の輝 か しい 。 し か も重 要 な 意 味 を 持 つ ご 業 績 に つ い て 触 れ る余 裕 が な い が , こ の面 で の先 生 のご 足 跡 も ま た非 常 に 大 き な も の があ る の で あ る 。 先 生 の突 然 の逝 去 に よ り, ご 家 族 , ご 親 戚 の悲 し み の 他 に , 日本 の言 語 学 界 は 貴 重 な 一 人 の 印 欧 語 学 者 を失 う こ と に な り , ス ラブ 学 界 は文 字 通 り の大 黒 柱 を 失 い 。 わ れわ れ 弟 子 は 敬 愛 し て 止 まな か っ た師 を 失 う こ と と な う た の であ る。 先生は没後,鳥のことばを解したといわれる「アシジの聖フランシスコ亅の名 を 得 ら れ, 1986 年 2 月12 日 に は 正 四 位 勲 三 等 旭 日中 綬 章 を さ ず けら れ た。 千 野 栄 一
1SO 彙 報 ◇ 受 贈 図 書 リ スト( 昭 和60 年 8 月 1 日 ∼12 月31 日 ) 外 国 文 学 研 究66, 67, 68 ( 立 命 館大 学 外 国 語 科 連絡 協 議会 1985 ) カ ナ ノヒ カ リ ダ イ757 ―758 ゴ ウ, ダ イ760 −761 ゴ ウ ( カ ナモ ジ カ イ 1985 ) 計 量 国 語 学15 巻 2 号 ,3 号 ( 計 量 国 語 学 会 1985 ) 研 究 報 告 集 6 ( 国 立 国 語 研 究 所 1985) 研 究 論 集No. 42 ( 関 西 外 国 語 大 学 , 関 西 外 国 語 短 期 大 学 1985) 言 語 学 論叢1985 年 第 4 号 ( 筑 波 大 学 一 般 ・応 用 言 語 学 研 究 室 1985 ) 八 木 椹 正 雄 篇 「現 代 ギ リ シ ャ語 キプ ロ ス方 言 の 研 究 」( 八 木 柵 氏 私家 版 1985) 考 古 学 雑 誌 第71 巻 第 1 号 ( 日本 考 古 学 会 1985) 国 立 民 族 学 博 物 館国 内 資 料 調 査 委 員 調 査 報 告 集 6 ( 国 立民 族 学 博物 館 1985) 宗 教 研 究 第59 巻 第 2緝 , 第 3 輯 ( 日本 宗 教学 会 1985) 人 類 学雑 誌 第93 巻 第 3号 , 第 4号 ( 日 本人 類 学 会 1985) 朝 胼 学 報 第 百 十 六 輯: ( 朝 鮮学 会 1985) 東 京 外 国 語大 学 論 集35 ( 東 京 外目 語 大 学 1985) 東 方 学 第 七 十 楫 ( 東 方 学 会 1985) 日本 学術 会 議月 報 第26 巻 第7 ∼12 号 ( 日 本 学 術 会 議 広 報 委 員 会 1985) 日本 常 民 文 化 紀 要 第 十 一 輯 ( 成 城大 学 大 学 院 文 学 研 究 科 1985) 方 言 談 話 資 料 集 ( 8 ) ( 国 立国 語 研 究 所 1985 ) 民 族 語 文 1985 年4 −5 ( 中 国社 会 科 学 出 版 社 1985) み ん ぽ く 1985 年8 ―12 月 号 ( 国 立 民 族 学 博 物 館 1985) 山 口 大 学 独 仏 文 学 第 7号 ( 山 口 大 学 独 仏 文 学 研 究 会 1985 ) 論 集 第36 号 ( 神 戸 大 学 教 養 部 1985 ) ACTA ASIATICA 49 ( 東 方 学 会 1985)
ル・u αZ Newsletter・ が・the Scandinai・ian 乃zs吮z心 がAsian Stu ぷ鴎 No 18 (The Scandinavian lnstitute of Asian Studies 1985 ) 乙inguistique et Z・itttralure( Vol. XXVII ―No. 4
彙 報 151 `( Acad6mie Bulgare Des Sciences 1985)
Litteratura 6 ( 名古 屋 工 業 大 学外 国 語 教室 1985)
jV.4、S君 尺£C 1 , 1985
( Academia nakladatelstvi Ceskoslovenske akademie ved 1985) ぶX,ひvo j. SZ::oves!xVO、S7 2―3, XLVI ―1985 (CESKOSLOVENSKA
AKADEMIE ORIENTAL INSTITUTE CSAV 1985) Harvey Pitkin, Wintu Gr・xx細別の・
( University of California Publications 1984) BECTHM1 ぐy7£だgだTPAJXCK ‘Q7 ’0 5・Wg∂£戸CMT. £7`4 No. 16, No. 23
(JeHuHrpM 1985) CEPHfl JlHTEPATYPbl ll a8bIKA, TOM 44, N0.4
( AEaλ朗 H HayK CCCP 1985) Pycctcan JIamep・zノ72即 α3 ,D85 ( Å・《Me 四jl HayK GGGP 1985)
巧 じCKUU %3blK・,qZ 匐,;og 3 ―5, 1985 ( Moctsaa 1985) VKpamcb 心 μ0∂αf ぷ 瓜epamypa ∂Z £/濆)ぷ5 ―9, 1985 ( K叭8 PaμHcb xa ⅢKQjla 1985) 〈 〉 お 知 ら せ 通 訳 電 話 の 展 望 と 問 題 点 に 関 す る 国 際 シ ン ポ ジ ウ ム テ ー マ 「 通 訳 電 話 」 一 技 術 的 ・ 社 会 的 展 望 と 問 題 点 日 時 昭 和61 年 4 月12 日 ( 土 )10 時 ∼17 時30 分 会 場 読 売 ホ ー ル ( 東 京 都 千 代 田 区 有 楽 町1-11-1 Tel. 03-231-0551) 講演者・演題 総 合 講 演 1 ) 藤 崎 博 也 ( 東 京 大 学 ): 通 訳 電 話 一 言 語 障 壁 の:克 服 の た め に-2 ) L. Rabiner ( AT & T Bell Labs,): 音 声 処 理 の 立 場 か ら 3 ) 長 尾 真 ( 京 都 大 学 ): 自 然 言 語 処 理 の 立 場 か ら 4) P, Cohen (CSLI,Stanford University): 談 話 モ デ ル の 立 場 か ら 5)岩男寿美子(慶応義塾大学):国際コミュニケーションの立場から
152 彙 報 引き続き,関連分野の代表的な研究者による討論会を行い ます。 連絡先 通訳電話国際シンポジウム事務局 (〒107 東京都港区赤坂1-8-10 第 9興和ビル ㈱ サイマル・イン ターナショナル気付 Tel. 03-586-8691) 第92 回 大 会 宿 泊 案 内 昭 和61 年 6月14 日( 土 )・15 日( 口), 筑 波 大 学 付 近 の主 な ホ テ ル と し て は 次 の よ う な も の があ り ます。 御 利 用 の方 は 各 自 で 直 接 お 申 し 込 み下 さい 。 ホ テ ル 名 会 場 まで の 距 離 シン グ ル 部 屋 数 ト レ モ ン ト・ ホテ ル 0298-52-1683 5 分( 徒 歩 ) 約20 室 茨 城 県 新 治 郡 桜 村 天 久 保3-19-9 ( ¥5,000 より ) 筑 波 研 修 セ ン タ ー 0298-51-5152 15 分 ( バ ス) 180 室 同 桜 村 天 久 保1-13-5 ( ¥2,800 ) 筑 波 第 一 ホ テ ル 0298-52-1112 15 分( パ ス) 約30 室 同 桜 村 吾 妻1 丁 目 ( ¥8,630 より ) ホ テ ル・ サ ン ル ー1ヽ 0298-52-1151 25 分( バ ス ) 約20 室 同 桜 村 花 室1145 ( ¥6,500 よ り) 土 浦 第 一 ホ テ ル 0298-22-4111 50 分 ( パ ス) 66 室 土 浦 市 港町1-8-26 ( ¥6,200 より ) ホテ ル グ ラン ド 東 雲 02975-5-2211 25 分( バ ス) 46 室 茨 城 県 筑 波 郡 谷田 部 町 小 野 崎 涌# 488-1 ( ¥4,400) ニ ュ ーた かは し 竹 園店 0298-51-1208 20 分 ( バ ス ) 23 室 茨 城県 新 治郡 桜 村 竹 図2-・10-3 ( ¥4, 500) そ の 他 , 土 浦 市 内 に は い くつ か の ホテ ル, ビ ジ ネ スホ テ ル な ど があ り ます 。 ◇ 本誌は文部省昭和60 年度科学研究費補助金の交付を得て刊行された も の で ある。