生物工学 第99巻 第5号(2021) 〔生物工学会誌 第99巻 第5号 254.2021〕 DOI: 10.34565/seibutsukogaku.99.5_254
ファージを薬として使おう
松本 靖彦
ファージとは,細菌に感染するウイルスのことである. 正式にはバクテリオファージと呼ばれ,多種多様な ファージが自然界に存在している.ファージが細菌に感 染すると,ファージのDNAが細菌のゲノムに挿入され て溶原化することがあり,細菌は薬剤耐性遺伝子などの 生きるために有用な遺伝子を獲得できる.一方,ファー ジが細菌の中で十分に増殖すると,ファージのDNAに コードされている細菌溶解酵素により細菌を溶菌してし まう.このような特徴を有するファージを何かに使えな いだろうか? 近年,細菌感染症の中でも,特に複数の抗菌薬に耐性 である多剤耐性菌による感染症が臨床上問題となってい る.アメリカ疾病予防管理センター(CDC: Centers forDisease Control and Prevention)は,新規抗菌薬が緊急 に必要な薬剤耐性の細菌として,カルバペネム耐性のア シネトバクター・バウマニや腸内細菌科細菌をあげてい る1).それらの多剤耐性菌に感染した患者に対する有効 な治療法は確立されていない.新しい抗菌薬の開発の ソースとして化合物ライブラリーが利用されているが, 細菌を溶かすことができるファージも「抗菌薬」の候補 として注目されている. 2017年に,カリフォルニア大学サンディエゴ校の医 師であるSchooleyらは,多剤耐性のアシネトバクター・ バウマニに感染して意識不明の重体となった患者に,ア シネトバクター・バウマニを溶菌させるファージを投与 して治療したことを報告した2).この症例は,ファージ の投与により細菌感染症を治療するというファージ療法 の有用性を一気に世界に知らしめた.この症例報告以後, さまざまな細菌感染症に対するファージ療法の有効性が 示された.さらに細菌感染症だけではなく,ファージに より特異的に腸内細菌を溶菌させることで,アルコール 性肝疾患の治療ができることがマウスを用いた動物実験 で明らかとなった3).これは,腸内細菌の中でアルコー ル性肝疾患の増悪化に関与する細胞溶解性毒素産生腸球 菌に対するファージを用いた代謝性疾患に対する治療で ある.今後は病原細菌による感染症だけでなく,共生細 菌により発症する疾患に対してもファージ療法が利用さ れると期待できる. しかし,細菌は元来,ファージに対して抵抗性を持っ ており,たとえば,ノーベル化学賞の対象となった遺伝 子組換え技術に利用されるCRISPR(Clustered Regularly Interspaced Short Palindromic Repeats)/Cas( CRISPR-associated)システムはその一例である.よって,抗菌 薬の開発の歴史と同様にファージ耐性菌とファージ薬開 発のイタチごっこになることが予想される.抗菌薬の場 合は,有機化学的手法により化合物の構造を変えること で薬剤耐性菌に効果を示す薬を開発しているが,近年, ファージについても人工的にデザインする技術が開発さ れている. Andoらは,酵母をホストにしたクローニングにより ファージのゲノムを人工的に作製する技術を開発した4). この人工ファージの宿主特異性を決めるタンパク質を変 えることで感染する細菌を決めることができる.さらに Kigaらは,RNA標的型CRISPR/Casシステム(CRISPR/
Cas13a)をファージに組み込んで,薬剤耐性遺伝子や毒
素遺伝子を持っている細菌の増殖を特異的に抑制する技 術を開発した5).CRISPR/Cas13aのcrRNA(CRISPR
RNA)が標的RNA配列を認識すると,RNA分解能酵
素であるCas13aが活性化され,細菌の細胞内RNAを 無差別に分解して細菌の増殖を抑制する.この特性を利 用して,特定の細菌が保持している遺伝子に対する crRNAをファージに組み込むことで,その遺伝子を持 つ細菌を狙って増殖を抑制させることが可能となった. これらの生物工学的な技術革新がさらに進めば,より 特異的で,効率良い,安全な人工ファージが開発される だろう.ファージを介して薬剤耐性遺伝子を獲得した多 剤耐性病原細菌に対して,人工ファージを作製し,それ を薬として使ってやっつける時代が到来することを期待 したい. 1) CDC: https://www.cdc.gov/drugresistance/biggest-threats. html (2020/12/22).
2) Schooley, R. T. et al.: Antimicrob. Agents Chemother., 61,
e00954-17 (2017).
3) Duan, Y. et al.: Nature, 575, 505 (2019).
4) Ando, H. et al.: Cell Syst, 1, 187 (2015).
5) Kiga, K. et al.: Nat. Commun., 11, 2934 (2020).
著者紹介 明治薬科大学(准教授) E-mail: [email protected]