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永野善治先生を偲ぶ: 沖縄地域学リポジトリ

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Academic year: 2021

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Title

永野善治先生を偲ぶ

Author(s)

佐久川, 政一

Citation

沖縄大学紀要 = OKINAWA DAIGAKU KIYO(9): 9-10

Issue Date

1992-03-25

URL

http://hdl.handle.net/20.500.12001/5754

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沖縄大学紀要第9号(1992年)

永野善治先生を偲ぶ

佐久川政 沖縄大学を代表し、永野先生の沖縄大学に対する多大な御貢献を回想しつつ、 ここに謹んで哀悼の言葉を捧げます。 先生は1966年4月沖縄大学教養科の哲学・倫理学担当の講師に就任され、71 年4月助教授、73年4月教授に昇進されました。又その年の5月には、沖縄大 学教務部長に就任されました。それ以来、1988年9月、病気で倒れられるまで の15年余のうち、殆どの期間教務部長、事務局長、副学長、沖縄大学学長、理 事等の要職を引き受けられ、復帰後の沖縄大学造りに多大な御貢献をなされました。 とりわけ沖縄大学が先生に深く感謝しなければならないのは、復帰後の混乱 の中で先生は教務部長に就任され、大学再建のために筆舌に尽くせぬ程の御苦 労を重ねられたことであります。 はじめて、教務部長に就任された1973年というのは、沖縄の日本復帰に伴う 特別処置法に基づく政令によって、これまで琉球政府によって認可された大学 から、在学生が卒業するまでの「みなし大学」とされた時期であり、新たな学 生募集も禁じられ、そのままでは沖縄大学が消滅することが確実視されろとい うまさに大学存亡の危機の時でありました。先生は、文部省に対する沖縄大学 の再認可申請のため、書類作成を担当され、膨大な書類作成者の責任者として 昼夜ご苦労なされました。しかし、その時の先生のご苦労によって、現在の沖 縄大学は法的な根拠に基づき存続することができたのであります。 1976年4月から1978年8月までの2年5ヶ月間は役職を離れる訳であります が、1979年9月には再び副学長兼教務部長として、入学生の減少からくる様々 な困難が進行する中で学内をとりまとめ、教学運営に全力を傾注されました。 また先生が沖縄大学学長に就任された1980年9月から83年3月までの時期は、 大学の財政が極度に落ち込んだ一番苦しい時期から一歩一歩再建に向けて様々 な教学政策が推進されていく時期にあたります。 9

(3)

沖縄大学紀要第9号(1992年) 先生は当時をふり返り可沖大広報に次のように書いておられます。「管理職 を引き受けていた頃の沖大は、どの時期をとっても困難な問題をたくさん抱え ていましたので、わたしとしては、生きのびるためなんだから、人の道にはず れたこと以外なんなりとしなくてはと、いつも自分に言い聞かせておく状況下 にありました。」と。又、学長時代の先生のお気持について別号にはこうも書 いておられます。「これまで、言葉に尽くせないほどの困難に直面するたびに、 それが避けられないものならば、それを他人のせいにして責任逃れすることな く、また手を拱いて助けを乞うこともせず、すべてを勇気をもって引き受けて、

人知れず身にしみる苦悩には必死に耐え忍び、それぞれが知力も尽くして努力

を出し合い、これらを結集して大学の歩みを-つまた-つと進めてまいりまし

た。前例もなく模範もない茨の道を、自分たちらしいやり方で切り開きながら、 せいいっぱいの力で造り上げてきたのが、今日に連なっているのです。私たちは これを自身のある誇りにしてもよいと思っております。」と。先生のこのよう

なお言葉は、事態が困難になればなるほど、人の先頭に立って、解決前進のた

め全力を尽くそうとなさる先生の姿をよく表現しております。 地味な裏方の手作業に近い仕事をも、先生はいつも明るく、柔和な笑顔で片 づけられ、むしろ自らそれを楽しんでおられるかのように視えたせいでしょう か。私達は先生のご苦労、ど尽力をどこか軽くみなしがちでした。しかし、今 改めて思い返しますと、私たちの喪ったものの大きさに心が痛みます。 先生の全精力を傾注したご貢献の上に、現在の沖縄大学があることを想い、先

生の透徹した人物と多くの御業績を偲び、その思想と行動を顧みて、今後の沖

縄大学の発展のため、全力を尽くすことが、黙々と苦労を重ねられた先生の遺 志に報いる私たちの責務と受けとめております。 ご家族の御心中を察するとき、なんとお慰めしてよいか、その言葉も見い出 せないのであります。

先生が沖縄大学のために捧げられました御功績は永久に私たちの胸中に消えさ

ることなく生き続けることでありましょう。ここに限りない哀悼のまことをさ さげ、心から先生のご冥福をお祈り申し上げます。 (沖縄大学広報1990年11月12日より転載) -10-

参照

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