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国際文化交流機関の評価に関する研究 : 国際交流基金(Japan Foundation)の「日本語教育事業」の評価調査

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(1)

基金(Japan Foundation)の「日本語教育事業」の

評価調査

著者

真鍋 一史

雑誌名

関西学院大学先端社会研究所紀要 = Annual review

of the institute for advanced social research

7

ページ

67-97

発行年

2012-03-30

(2)

Ⅰ.はじめに

 本稿は、国際交流基金(Japan Foundation) の「事業評価調査」のデータ分析を試みるものである。 そこで、まず、つぎの3 点について述べておかなければならない。(1) 国際交流基金は、さまざまな国際文化交流事業を実施しているが、それらは「文化芸術交流事 業」「日本語教育事業」「日本研究・知的交流事業」の3 つの分野に分けられる。今回の事業評価調 査では、「日本語教育事業」――具体的にいえば、海外拠点における「日本語講座」――を取りあげ る。近年、「日本語教育」というテーマが、新しい様相のもとに、さまざまな領域で、再び活発に議 論されるようになってきた。それは、一方における1992 年の欧州評議会による「地域・少数言語

論 文

国際文化交流機関の評価に関する研究

−国際交流基金(

Japan Foundation)の「日本語教育事業」の評価調査−

真 鍋 一 史

関西学院大学名誉教授

      )

青山学院大学教授

要   旨

 質問紙調査のデータ分析においては、「質問諸項目間の全体的な関連 の構造に焦点を合わせる」という行き方と、「特定の質問項目あるいはそれら特定の質問 項目間の相互の関係に焦点を合わせる」という行き方がある。筆者は、比喩的に、前者の 側面を 「森を見る」、後者の側面を 「木を見る」 と呼んでいる。ここでは、国際交流基金 の日本語教育事業の 「評価調査」 の事例を用いて、このような調査事例における、「森を 見る」タイプのデータ分析の有効性を例証する。それは、具体的にいえば、単独あるいは 複数の質問項目から 「尺度」 を構成し、それら 「尺度」 間の相互の関係を示す「相関マト リックス」を作成し、それをL. Guttman によって開発された多次元尺度構成法の系列に 属する 「最小空間分析(Smallest Space Analysis: SSA)」 の技法を用いて 2 次元の空間に視 覚的に描写するという方法である。このような 「森を見る」 タイプのデータ分析によって、 国際交流基金の海外拠点における日本語講座――および大学の日本語授業――に対する人 びとの評価が、「日本語講座への満足度」を起点として、「日本語学習のもたらす自己変革 の実感」、そして、「日本に対するオリエンテーションのポジティヴな方向への変化」 へと 広がっていく、その軌跡が見事に描き出せるのである。

キーワード

国際交流基金、評価調査、日本語教育事業、データ分析、尺度、         相関マトリックス、最小空間分析

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ヨーロッパ憲章」や、国連による「民族的または種族的・宗教的および言語的少数者に属する者の 権利に関する宣言」の採択などを契機とする「言語権」という基本的な考え方の広がり――例えば、 言語権研究会編『ことばへの権利』、三元社、1999 年を参照されたい――と、他方における 2001 年 の欧州評議会による言語教育政策「言語のためのヨーロッパ共通参照枠: 学習・教育・評価(Common European Framework of Reference for Languages: Learning, Teaching, Assessment)」の発表などを契機と する「言語をめぐる多様のなかの統合」への実践的な取り組みの広がり――例えば、国際交流基金 編『JF 日本語教育スタンダード試行版』、2009 年――、によってもたらされたといえる。こうして、 「日本語教育」というテーマは、理論的にも、実践的にもますます重要な今日的課題となってきてい るのである。 (2) 国際交流基金は、日本の国際文化交流を担う専門機関として、1972 年に設立されたが、2003 年 には独立行政法人に移行し、それにともなってその事業評価の実施が制度的に義務づけられること になった。それ以降、国際交流基金は、いわゆるルーティンとしての「評価業務」と並行する形で、 「評価研究」を出発させ、それを「評価調査」へと発展させてきた。この点は、日本における国際文 化交流機関の評価に関する理論的・実践的な議論という視座からして、きわめて重要である。それ は、国際文化交流機関においても、このような「社会調査」の考え方にもとづく「評価調査」とい う手法を、評価活動に導入することをとおして、初めてその「科学化」が可能となると考えるから にほかならない。ここでは、社会科学が文字どおり実証的な科学として成立するための要件の1 つ が「社会調査(social research)であるとされており(福武直『社会調査』岩波全書、1958 年)、「評 価調査」がこのような社会調査の研究領域においてすでに市民権を獲得している――「評価調査の 歴史は1930 年代までさかのぼることができるが、60 年代以降のアメリカにおいて本格的に展開さ れるようになった」(平岡公一「評価調査」『新社会学辞典』、有斐閣、1993 年)――という点を再 確認しておきたい。この点については、G. Payne と J. Payne、髙坂健次ほか訳『ソーシャル リサー チ 』 新 曜 社、2008 年、pp. 83-88、W. Neuman, Social Research Methods: Qualitative and Quantitative

Approaches, Allyn and Bacon, 2003, pp.524-528, E. Babbie. The Practice of Social Research [Third Edition],

Wadworth Publishing Company, 1983, pp. 304-327、などを参照されたい。  (3) 質問紙調査のデータ分析においては、「質問諸項目間の全体的な関連の構造に焦点を合わせる」 という行き方と、「特定の質問項目あるいはそれら特定の質問項目間の相互の関係に焦点を合わせ る」という行き方がある。筆者は、比喩的に、前者の側面を 「森を見る」、後者の側面を 「木を見 る」 と呼んでいる。ここでは、国際交流基金の 「評価調査」 の事例を用いて、このような調査事例 における、「森を見る」タイプのデータ分析の有効性を例証する。ただ、ここで注意しておかなけれ ばならない点は、質問紙調査のデータ分析において、「森を見る」行き方をとるか、それとも「木を 見る」行き方をとるかは、「どちらかにしなければならない」という問題、つまり二者択一の問題で はないということである。いうまでもなく、「森を見る」行き方、あるいは「木を見る」行き方とい うのは、どこまでも「方法」である。そして「方法」のよしあしは、その「目標」によって決まる ものである。筆者は、本稿のデータ分析の目標を、国際交流基金の海外拠点における「日本語講座」

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に対する人びとの「評価」の、いわば鳥瞰図的な把握というところに置いている。そして、そのよ うな目標からするならば、「森を見る」行き方が有効な方法と考えられる。しかし、国際文化交流機 関の評価調査の意義としては、それによって文化交流事業の個別的な問題が明らかとなり、そのよ うな個々の問題の解決を含めて、今後の事業の発展の方向を模索することが可能となるといった点 も重要である。そのような側面を浮き彫りにするためには、「木を見る」行き方が有効な方法といえ よう。この後者の側面のデータ分析は、別の論文で扱うことを計画している。

Ⅱ.調査票設計のアイディア

 国際交流基金は、さまざまな国際文化交流事業を実施しているが、それらは「文化芸術交流事業」 「日本語教育事業」「日本研究・知的交流事業」の3 つの分野に分けられる。今回の事業評価調査で は、「日本語教育事業」を取りあげる。  国際交流基金の「海外事業」は、21 の海外拠点を中心に展開されている。今回の事業評価調査で は、タイの「バンコク日本文化センター」とイタリアの「ローマ日本文化会館」を調査対象機関に 選んだ。しかし、日本語学習機関としては、これまで国際交流基金が支援事業を展開してきたそれ ぞれの国における大学の日本語学科の存在も忘れることはできない。そこで、国際交流基金の日本 語講座の受講者との比較という視座から、前者では「コンケン大学日本語クラスの履修者」、後者で は「ローマ大学日本語クラスの履修者」を調査対象者に選んだ。  国際交流基金の日本語講座と大学の日本語学科は、同じように「日本語教育」と呼ばれる教育事 業を行っているものの、それぞれの目標・内容・方法にはおのずから違いがあるであろう。つまり、 それぞれには「共通点」と「相違点」があるであろう。ここで、この点を確認しておかなければな らないのは、今回、タイとイタリアの2 か国において、以上のような 2 種類の日本語教育機関―― 「国際交流基金」と「大学」――を対象に「評価調査」――「調査票(質問紙)調査(questionnaire survey)」――を企画・設計・実施するが、このような調査票設計にあたっては、何よりもまずそれ ぞれの機関の日本語教育事業の目標について理解しておかなければならないからである。いうまで もなく、「事業評価調査」における「評価」というものは、事業の「目標」に照準を合わせて、初め てその判断が可能となる――目標が達成された場合、その事業は評価できるとされ、目標が達成さ れなかった場合、その事業は評価できないとされる――のである。 1.ロジック・モデルの作成  さて、以上を踏まえて、つぎに調査票設計の手順とそのアイディアについて述べておきたい。  まず、調査票設計の手順であるが、それは、「評価学」あるいは「評価研究」の領域でいうところ の、「ロジック・モデル(logic model)」を作成するところから始めた。一般に、ロジック・モデル は、Inputs → Activities → Outputs → Outcomes という流れで示される(Harry P. Hatray、上野宏、上 野真城子訳、『政策評価入門』、東洋経済新報社、2004 年、p.17、龍慶昭、佐々木亮『「政策評価」の 理論と技法』、多賀出版、2000 年、pp.25-36 などを参照されたい)。

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(1)Inputs は、Activities のために投入される資金・人・時間などのさまざまな資源である。(2)Activities は、今回の場合は、国際交流基金の海外拠点(タイ・バンコクとイタリア・ローマ) における「日本語講座」という形での日本語教育事業――国際交流基金は、「日本語教育専門家海外 派遣」「海外日本語教育機関助成事業」「日本語能力試験」「日本語教材の開発・製作・寄贈」「日本 語教育に関する調査研究」など広範な事業を展開しているが、今回は海外拠点における「日本語講 座」に焦点を合わせた――と、それとの比較という視点から取りあげたそれぞれの地域の大学―― タイのコンケン大学とイタリアのローマ大学――の「日本語授業」である。このようなActivities に ついては、「評価調査」の企画・設計・実施に携わる者は、事前に、さまざまな形でそのような事業 についての情報を入手しておかなければならない。この点で、今回のような「評価調査」の実施体 制は、「研究運営論」「研究経営論」という視座(例えば、梅棹忠夫『研究経営論』、岩波書店、1989 年、田中一『研究過程論』北海道大学図書刊行会、1988 年、など)からして、きわめて有効なもの といわなければならない。それは、国際交流基金の本部事業(担当は「企画・評価課」)の一つとし て「評価調査」の実施が提案され、そこに筆者ら(筆者のほかに、岡本真佐子桐蔭横浜大学教授、 川端亮大阪大学大学院教授)が客員研究員として加わり、現場のprofessional/practitioner と大学の scholar/scientist とのいわば「共同研究」ともいうべき形で、「評価調査」が実施されたということで ある。そのため、調査票の設計にあたっては、そのActivities についての十分な情報を利用すること ができたのである。そのような情報のなかでも、海外拠点における、いわゆる「日本語教師」経験 者へのヒアリングがきわめ有益であったことを付記しておきたい。  しかし、それにもかかわらず、以上のような情報から得られた国際交流基金の「日本語講座」の Activities の内容は、どこまでも、“What”の側面であり、そして“How" の側面であって、そこから “What for”の側面は見えてこない。それは、国際交流基金がこれまで刊行してきたさまざまな印刷 物からの情報についても、同じようにいえるのである。一例として、国際交流基金が設立30 周年を 記念して編集・刊行した『国際交流基金30 年のあゆみ』(2006 年)を取りあげる。この 400 頁を越 えるA5 版の大著では、国際交流基金の 30 年にわたる歴史的な発展とともに、現在なされているさ まざまな事業内容が詳細に紹介されている。しかし、それにもかかわらず、その日本語教育事業に 関する記述内容から“What for”の側面が鮮明になってくるということはない。  以下において、この点については、もう少し具体的に見ておきたい。  1)「日本語の国際化の意味するところが、日本語教育が世界に広がること、かつ学習者が量的に 増えることであるとすれば、この30 年間の推移は、まさにそれが実現されたことを物語っている。 (中略) 日本語能力試験の受験者・受験地の増加などに見られるように、(中略)日本語の国際化は 今も着実に進んでいる。」(p.120)  この記述からは、「日本語の学習者が量的に増大することは望ましいことである」という含意が読 み取れるものの、「学習者の増大」という事実の“What for”については書かれていない。2)「国際交流基金設立以前」と、「基金設立当時」と、「現在」という時期区分にもとづいて、そ れぞれの時期の日本語教育の目標らしきものが書かれている。

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設立以前:  「日本語教育は、(中略) 経済・技術協力の一環として付随的に行われていたものが主であったと いってよい。」(p.120) 設立当時:  「日本の経済成長にともなう日米間の貿易摩擦問題の発生や、日中国交回復、環太平洋の経済圏の 醸成という国際的社会変動のなかで対外関係が緊密になるにつれ、諸外国との相互理解の重要性が 認識され、その一つのツールとして日本語教育が重要視される状況が現出した。」(p.120) 現在:  「今や日本語教育そのものが新時代に入ったといってよい。その最大の理由として、日本語教育の 必要性や需要が、経済・技術協力や相互理解増進といった国際協調の枠組みにとどまらず、個々人 の文化的関心とも結びついてきたということがあげられよう。すなわち、学習の動機が自発的にな り、かつ目的が多様化していることである。」(p.121)3) 国際交流基金による現在の日本語教育を「国語学から画然と自立した(中略)外国語教育とし ての日本語教育」と位置づけるとともに、つぎのように書いている。「その用途の広さや影響力の強 さからすれば、量的にも質的にもまったく英語の比ではないが、異なる言語をもつ者の間において、 日本語によるコミュニケーションが成立するとき、その機能は間違いなく『国際語としての日本語』 の働きである。基金のこれからの日本語教育には、新たにこの観点があって然るべきである。」 (p.121)  以上の3 点から、いくらかの“What for”を読み取ることは不可能ではない。しかし、国際交流 基金の「日本語教育事業」の目標が明確に示されているとはいいがたい。いうまでもなく、「事業評 価」でいうところの「評価」は、「事業主体」によって想定される「事業目標」が、その「事業」を とおして「達成」されたかどうか、にもとづいてなされる。そこで、そのような「目標」が明確に 示されていない場合、「評価」はどのように行なえばいいのであろうか。この点については、つぎの Outputs と Outcomes のところで、再度、議論することになる。  (3) さて、つぎに、Outputs と Outcomes であるが、両者の違いは、龍慶昭、佐々木亮の前掲書の説 明によれば、つぎのようになる。「プログラムの目的を『ある途上国で、識字率を30% 改善する』 と設立し、そのための手段として『小学校建設とその運営』が選定されたとすると、つぎのような ロジック・モデルの構成になる。『投入(Inputs)』として、資金、人、時間など、プログラム実施の ために投入される資源が示される。そして『活動(Activities)』は、当該途上国での「小学校の建設 と運営」であり、その『結果(Outputs)』は『∼万人が小学校で初等教育を受ける』ということに なる。そして、『成果(Outcomes)』は『識字率が 20% から 50% になる(30% 改善する)』というこ とになる。」(p.27)。つまり、「Outcomes とは、プログラムがしたことではなく、プログラムをした ことによって生じた結果のことである」(前掲訳書、p.17)。両者の概念的な相違について、以上の ように理解しておくとするならば、ここでの国際交流基金の海外拠点――そして、それとも比較の 視点から取りあげることにしたそれぞれの地域の大学の日本学科――の提供する「日本語講座・ク ラス」というActivities(「評価学」「評価研究」の領域では、「サービス」という用語が使われる)の

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もたらすOutputs としては、「日本語教育を受けた人(同じく「評価学」「評価研究」の領域では、 「受益者」という用語が使われる)の数」が想定される。  (4) それでは、Outcomes としては、どのようなことを考えておけばよいのであろうか。国際交流 基金が刊行している印刷物からは、この点が明確に捉えられないということについては、すでに述 べた。もちろん、基金内部の、いわゆる「評価業務」の担当者は、その業務内容に即した「ロジッ ク・モデル」を作成している――例えば、「ロジック・モデルWS――日本語事業を事例に――」な ど――が、この点については、ここでは触れず、むしろ筆者のまとめたOutcomes の構想について、 やや詳細に解説しておきたい。  この場合、まず、筆者のそのまとめ方の方法について述べておかなければならない。筆者は、日 本語教育という事業のOutcomes(すでに述べた日本語教育という事業の“What for”の側面と表裏 一体の関係にある)のまとめを、「日本語教育学」と呼ばれる研究領域における先行研究の渉猟と、 その論点の整理から始めた。しかし、このような文献渉猟の作業は、「網羅的で体系的な方法」では なく、手元にある、あるいは入手が容易である文献に限って利用するという「限定的で便宜的な方 法」で行なわれた。それは、この領域における論点についての、一応の概観ができればよしとした からにほかならない。こうして、以下の文献が選ばれた。 ①玉村文郎編著『日本語学を学ぶ人のために』、世界思想社、1992 年。 ②ダニエル・ロングほか編著『応用社会言語学を学ぶ人のために』、世界思想社、2001 年。 ③青木直子ほか編著『日本語教育学を学ぶ人のために』、世界思想社、2001 年。 ④野山広、石井恵理子編著(水谷修監修)『日本語教育の過去・現在・未来』(第一巻)、凡人社、 2009 年。 ⑤砂川有里子編著『日本語教育研究への招待』、くろしお出版、2010 年。 ⑥河路由佳『日本語教育と戦争』、新曜社、2011 年。  これらの文献から「日本語教育」の理念・目的・目標について書かれている内容を箇条書き的に あげていくならば、つぎのようになる。  1) 現在、多くの場合、公的資金(税金)を使って日本語教育が行われている点に注目し、「日本 語教育は国益のために行われる」、より具体的にいうならば、「海外での日本理解を促し、ひいては 親日家を育てるための外交政策の一環として実施される」のであるという考え方がある。  国際交流基金は、その国際文化交流事業の目的について、「我が国に対する諸外国の理解を深め、 国際相互理解を増進し、文化及びその他の分野において世界に貢献し、もって良好な国際環境の整 備並びに我が国の調和ある対外関係の維持及び発展に寄与することを目的とする」(独立行政法人国 際交流基金法第三条)としているが、この条項は、まさにここでの考え方と軌を一にするものとい える。  2)「国語としての日本語」ではなく、「外国語としての日本語」「国際語としての日本語」「日本語 による国際コミュニケーション」(文献④p.281)という考え方、さらに「共生日本語――多様な言

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語・文化背景を持つ者同士によるコミュニケーションを達成するための言語的手段の一つとして接 触場面で使われる日本語――」(文献④p.41)、あるいは「共生言語としての日本語――異言語話者 同士がコミュニケーションを図るために用いる日本語――」(文献⑤pp.19-20)、という考え方に立 つ日本語教育の捉え方である。  このような考え方は、換言すれば、「対等・平等の上に立ったコミュニケーション」(文献①p.290) というものであろう。ここで、「対等・平等」という考え方が出てきたのは、Robert Phillipson, Linguistic Imperialism, Oxford University, 1992 において議論されているところであるが、「外国語(ここでの文 脈でいえば、日本語)の母語話者が最も優れた外国語(ここでは日本語)教師であるわけではない」 という考え方に端的に示されているように、「非母語話者が日本語を使用することによって、日本語 そのものが文化触変(acculturation)を経験し、新しい日本語の文化を創造していくことを積極的に 肯定していく、という思想の転換」(文献⑥p.317)があったからにほかならない。例えば、リービ 英雄は「西洋出身者として初めての現代日本文学作家」であるといわれる。そのリービ英雄がつぎ のように書いている。「新しい文学が生まれるということは、いつも異言語に身をさらすことだ。異 言語に身をさらすことによって、はじめて新しい表現が生まれてくる」(リービ英雄『我的日本語』、 筑摩選書、2010 年、p.213)。3) 日本語教育については、相対する 2 つの考え方がある。1 番目の考え方は、日本語を日本文化 から「切り離す」、あるいは「解放する」(文献⑥p.317)可能性の側面を示唆するものであった。そ れは、これまで、日本においては、「日本人は、日本社会は、日本文化は、そしてその同じ線上で、 日本語は『特殊である』という考え方が広く浸透していた」(真鍋一史「外国における日本語」『日 本語学』(vol. 13)1994 年、pp. 35-42)ことへの批判あるいは反省に根ざすものといえるかもしれな い。米国スタンフォード大学のHarumi Befu も、このような「日本 = 日本人 = 日本社会 = 日本文化 = 日本語」特殊性論を厳しく批判している(Harumi Befu, Hegemony of Homogeneity, Trans Pacific Press, 2001)。同じように、Benedict Anderson、白石隆ほか訳『想像の共同体』リブロポート、1987 年、イ・ ヨンスク『国語という思想』、岩波書店、1996 年、小熊英二『単一民族神話の起源』などでは、「一 国家一文化一言語」という命題に対し、鋭くその問題性が指摘されている。  このような1 番目の考え方に対して、2 番目の考え方は、そうはいっても、「言語」と「文化」が 深く結びついていることに注目し――例えば、楳垣実『バラとさくら――日英比較語学入門――』、 大修館、1962 年では、「英語はイギリスの文化型(cultural patterns)という枠から一歩も外へ出られ ず、日本語は日本の文化型という手の平から一歩も外へ出られない」と述べられている――、日本 語教育の目標は「異文化理解と異文化コミュニケーション能力の涵養にある」とするものである(文 献①p.290、文献③ p.3)。つまり、日本語学習は、単に「言語能力」の開発に終わるのではなく、異 なる「文化」、そしてより一般的にいえば、「他者性(Otherness)」の根源的な理解につながる、とい う考え方である。  4) 同じく、「言語」と「文化」の結びつきに注目しながらも、さらに踏み込んで、「日本語教育は 『多文化主義』にのっとった『地球市民教育』であるべきだ」という考え方が出てくる(文献③

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p.206)。ここでの「地球市民教育」というアイディアは、E. O. ライシャワーの『地球社会の教育』 (西山千訳、サイマル出版会、1974 年)を踏まえたものであろう。ライシャワーは、世界化の時代 の到来とともに、人びとの世界市民意識の創造の必要性が高まってきたことを指摘する。それは、 「国際的で究極的には地球的な世界社会に適用できるような教育」の推進ということであり、いわゆ る裾野の広がりという点から考えて、とくに初等教育をとおして国民全体が世界の諸問題に対して ある程度まで理解を示し、世界共同社会に加わっているという実感を持つようになることが重要な のであるという。「地球市民教育」をこのように理解するならば、ここでの考え方は、日本語教育 が、そのような教育の促進のためにも役に立つものであるという主張であろう。  また、J.V. ネウストプニーの「日本語学習は、『社会文化能力』、つまり社会文化的な知識にもと づく行動能力、あるいは『二重文化能力』を育む」という考え方も、ここでのアイディアと軌を一 にするものといえるであろう(『新しい日本語教育のために』大修館書店、1995 年)。  さらに、「グローバル化の変動のもとで持続可能な生き方を追求するリテラシーを育成する日本語 教育」という考え方(文献⑤pp.3-17)も、これらと同じ線上にあるものといえる。5)「単一言語主義」から「多言語主義」へという価値観の変容を踏まえて、そのような多言語の 一つとして日本語を位置づけようとする考え方がある。こうして、「多言語性の維持のために」日本 語教育が奨励されることになる(文献⑥pp.310-311、p.316)。しかし、そもそも、多言語主義とい う理念が出てきた背景には、「言語権」という思想がある(言語権研究会編、『ことばの権利』、三元 社、1999 年)。この同じ文脈から、日本語教育に、「多様な日本語の現実――「アイヌ語」「沖縄語」 などについては、しばらく置くとしても、「方言」「マンガ・アニメ・J ポップの日本語」「電子メー ルの世界を飛び交う日本語」など多様な日本語の現実――を反映させることも、今後の日本語教育 の課題の一つである」(文献⑥pp.310-312)とする主張も出てくる。6) 最後に、日本語教育の目標についての筆者自身の提案についても書いておきたい。それは、日 本語の「文化的価値」の再確認という提案である。「日本語という言語が、人類の文化的な共有財産 (cultural heritage)の一つであるという認識のもとに、そのように固有であるとともに、普遍的でも ある文化としての日本語を大切にしていきたい、いかなければならない」という強い志向性をとも なう、日本語教育の目標の提示である(国立国語研究所『環太平洋地域における日本語の地位』、 2006 年、pp.75-82)。  さて、以上において、今回の国際交流基金の海外拠点(タイとイタリア)における日本語講座を 対象とする「事業評価調査」の調査票設計の準備作業として位置づけられる、日本語教育事業の「ロ ジック・モデル」の考え方について解説を加えてきた。結局、この「ロジック・モデル」における 最大の問題は、そのOutcomes として、どのようなことを設定しておくか、ということであった。「日 本語教育学」と呼ばれる研究領域において、新しい価値観にもとづく、さまざまな「日本語教育観」 が提案されるようになってきたということについては、これまでに見てきたとおりである。ところ が、肝心の国際交流基金が明確な日本語教育観を明確に打ち出すに至っていない。確かに、基金設

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立当時の「諸外国との相互理解の増進」から、現在の「外国語・国際語としての日本語」や「文化 的関心」への焦点の移行という点は読み取れるにしても、基金が独立行政法人に移行した際の「独 立行政法人国際交流基金法」の第三条は、かつての1972 年の「国際交流基金法」の第一条が内容的 にはほぼそのまま踏襲されたものとなっている。  国際交流基金の「日本語教育観」がそのようなものにとどまっている現状に鑑みて、ここでは、 日本語教育事業のOutcomes として、(1)「独立行政法人国際交流基金法」の第三条にあげられている「日本に対する諸外国の理解を深 める(そして、そのことが、日本の対外関係の維持・発展に寄与する)」という目標と、  (2)「日本語教育学」の領域で、近年、議論されるようになってきた新しい「日本語教育観」―― ①「共生言語・コミュニケーション能力――文化触変(acculturation)による新しい日本語の文化の 創造の可能性――」、②「異文化・異質性・他者性の理解――自己認識と自己変革の深まり――」、 ③「多文化主義・多言語主義――文化多様性の尊重――」――の示唆する目標、 の2 つの方向をあげておきたい。 2.調査の「仮説的図式」の構成  調査票設計の手順の、つぎの段階は、以上のような「ロジック・モデル」を踏まえた、調査の「仮 説的図式」の構成である。そこで、以下においては、今回の評価調査の「仮説的図式」の構成の考 え方について述べておきたい。図1 に示した「仮説的図式」は、3 種類の変数群(質問項目群)か ら構成されている。それらは、(1) 原因変数群、(2) 日本語学習に関する変数群、(3) 結果変数群、で ある。  この「仮説的図式」では、以上の3 種類に分類された変数群が、それぞれの枠(「左の枠」「真中 の枠」「右の枠」)「内」で相互に関係しているというだけでなく、3 つの枠「間」では、その関係が 図中の矢印で示した方向にあるということも、仮説的に示しているのである。そして、このような 「仮説的図式」は、それにもとづいて、具体的な質問諸項目とその選択肢が準備され、それぞれの ワーディング(wording)が検討されるとともに、そのようにして作成された質問諸項目(とその選 択肢)を用いた「調査票調査」の結果のデータ分析に際しては、そのための「手引き」「青写真」 「ロード・マップ」の役割を果たすのである。  (1) 原因変数群(日本語学習の「誘引(incentive)」変数群)  ここで原因変数群という表現を用いたのは、今回の評価調査では、国際交流基金の海外拠点(タ イとイタリア)における「日本語講座の受講者」、および各地域の大学の日本語学科の「日本語授業 の受講者」、を調査対象者とし、それら受講者の「日本語学習」に結果的につながってきたと仮説的 に考えられる諸変数をあげてみたからにほかならない。それらの諸変数は、以下の3 つの種類に分 けられる。  ①被調査者の社会的属性に関する変数群(Socio-Demographic Variables)  この変数群(D1、2、3、4、5)と、それ以外の変数群との関係の分析は、「条件分析(conditional

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→      → 図 1 評価調査の仮説的図式 原因変数群 (被調査者の社会的属性) D1 性 D2 年齢 D3 学歴 D4 ①職業    ②日本(日系)企業とのかかわり D5 居住地域 | Q2 日本体験(日本語学習以前)  A 日本に関する展覧会 ・ 公演 ・ 講演会  B 日本に行ったこと  C 日本人の友人 ・ 知人 ・ 家族・親戚 | Q3 日本語学習の理由(学習以前)  ①  |  ⑪ 日本語学習に関する変数群 Q1 日本語学習期間 D6 日本語能力テスト ID センター / 大学でのクラス | Q4 日本語学習の理由(現在)  ①  |  ⑪ | Q6  A 日本語の授業への満足度  B 日本語を勉強する時間 結果変数群 Q7   A 日本を知っている  B 日本が好き  C 日本は信頼できる  D 相違点が多い・共通点が多い | Q9 日本の情報に対する接触度   1  |   9 | Q10 日本の事柄に対する関心度   1  |   7 | Q13 日本体験(現在)   A 日本に関する展覧会・公演・講演会   B 日本に行ったこと   C 日本人の友人 ・ 知人 ・ 家族・親戚 | Q5 日本語学習後の変化の実感度   A  |   N | Q8  A 日本語の能力が高まれば日本 イメージはよくなる  B 国際関係がわるくなれば日本 イメージはわるくなる | Q11  A 日本の文化 ・ 社会は日本語が わからないと理解できない  B 日本語は話し言葉としてはむ つかしくない  C マス ・ メディアの日本紹介は 正確でない | Q12 コミュニケーション観  A タイ人の場合   ① 慎重なコミュニケーション   ② 積極的なコミュニケーション  B 外国人の場合   ① 慎重なコミュニケーション   ② 積極的なコミュニケーション

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analysis)」と呼ばれるものである(安田三郎『社会調査の計画と解析』東京大学出版会、1970 年、 p.83)。それは、「性」「年齢」「学歴」「職業」「居住地域」などの社会的属性変数が、「日本語学習」 ――L. Guttman の用語でいえば(真鍋一史ほか『ファセット理論と解析事例』ナカニシヤ出版、2002 年などを参照されたい)、それへのInvolvement と Attitude――を規定する条件となっているであろ うという前提にもとづいているからにほかならない(Earl Babbie, The Practice of Social Research [Third Edition], Wadsworth Publishing Company, 1983, p.81)。  ②日本体験に関する変数群  いうまでもなく、ここでは、さまざまな形での日本体験が、人びとをして「日本語学習」に向か わ し め る 誘 因 と な る で あ ろ う と い う 仮 説 を 考 え て い る の で あ り、 そ の よ う な 日 本 体 験 (Q2ABC:Behavioral Involvement)は、  ⅰ)日本をテーマとした「展覧会・公演・講演会に行ったことがあるか、どうか」、  ⅱ)何かの機会に「日本に行ったことがあるか、どうか」、  ⅲ)「日本人の友人・知人・家族・親戚がいたか、どうか」、 の3 つの側面から捉えることとした。これらの質問諸項目は、これまでの「外国イメージ――例え ば、日本人の対外イメージや外国人の対日イメージ――の研究」で広く用いられてきたものである。  ③「日本語学習の理由」変数群  これまでなされてきている「日本語学習に関する調査研究」においては、必ずといっていいほど、 「日本語学習の理由」が尋ねられている。今回の調査でも、それらの諸項目を利用した。われわれの 調査票のユニークな点は、「日本語学習」を始めた際の「理由」と、現在「日本語学習」を続けてい る「理由」、の両方を尋ねているところにある。こうして、調査票に、時間の経過にともなう「学習 理由」の変化という視座を導入したのである。  このような「日本語学習の理由」としては、選択肢として10 項目と、「その他」として被調査者 に自由に書いてもらう1 項目を準備した。ただ、個々の選択肢の具体的な内容について説明するだ けの紙面の余裕がない。  (2) キー変数群(日本語学習に関する変数群)  今回の評価調査の目的・ねらいは、「日本語学習」が、上述の「ロジック・モデル」において想定 したようなOutcomes をもたらすかどうか、を捉えるというところにある。そこで、「日本語学習」

への、講座あるいはクラスの受講者の、再びL. Guttman の用語でいえば、Attitude と Involvement が、 人びとの一連の意識と行動の連鎖の中心となり、ここでのキー変数群となる。具体的にいえば、  ⅰ)日本語学習期間(Q1: Behavioral Involvement)、  ⅱ)現在の日本語学習の理由(Q4:Behavioral Attitude)、  ⅲ)日本語の授業への満足度(Q6A:Affective Attitude)、3 種類の質問項目である。(3) 結果変数群(日本語学習のもたらす結果についての変数群)  この変数群は、「日本に関する(対日オリエンテーション)変数群」と「日本語学習後の変化に関

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する変数群」に分けられる。  まず前者については、  ⅰ)日本を知っているか(Q7A: Cognitive Involvement)  ⅱ)日本が好きか(Q7B: Affective Attitude)  ⅲ)日本は信頼できるか(Q7C: Evaluative Attitude)  ⅳ)日本の情報・知識への接触度(Q9 ①∼⑧ :Cognitive Involvement)  ⅴ)日本の事柄についての関心度(Q10 ①∼⑥ :Cognitive Involvement)  ⅵ)日本体験に関する変数群(Q13ABC: Behavioral Involvement)  因みに、ⅵ)の変数群は、原因変数群のところで説明したものと同じものであり、「日本語学習」 を始める前と後で、日本体験がどのように変化したかを捉えようとして調査票に組み込んだ変数群 である。  つぎに、後者については、それら変数群は、質問項目の内容・形態によって2 つに分けられる。  ⅰ)日本語学習後の変化に関する変数群として、14 の質問諸項目を準備したが、それらは、一方 で日本・日本人・日本文化・日本語に対するさまざまなオリエンテーションの変化を尋ねるもので あり、他方で日本という対象を越えて、日本以外の国(自分の国も含めて)・人・文化・言語――さ らに一般化していえば「他者性」――へのオリエンテーションの変化を尋ねるものに分けられる (Q5A ∼ N: Cognitive ・Behavioral Involvement)。  ⅱ)日本イメージ、日本語、日本社会・文化、メディアの日本情報などをテーマとするさまざま なステートメント(文章)を提示して、それらに対して「そう思うか」、それとも「そう思わない」 か、を答えてもらうという形式の質問諸項目である(Q8AB,Q11ABC: cognitive Attitude)。  以上において、「評価調査の仮説的図式」を構成する3 つの変数群――「原因変数群」「日本語学 習に関する変数群」「結果変数群」――について説明を加えてきた。  ここで、後の「データ分析」との関連で、このような質問諸項目の「型(タイプ)」――上述のよ うな、質問諸項目の 「内容」 ということとは別に――ということについても記しておかなければな らない。それは、一般に、調査票の質問諸項目はclosed-ended の諸項目(回答の選択肢が準備され た形の質問項目)と、open-ended の諸項目(回答を自由に記入してもらう形の質問項目)に分けら れるが、今回の「評価調査」では、選択肢で「その他」を選んだ回答者に、その内容を具体的に書 いてもらうという場合を除いて、すべてclosed-ended のタイプの質問項目を作成したということで ある。

Ⅲ.調査の概要

 今回の評価調査の対象国・機関・講座として、「タイ・バンコク日本文化センター・日本語講座」 と、「イタリア・ローマ日本文化会館・日本語講座」を選ぶとともに、それらとの比較を目的とし て、それぞれ「タイ・コンケン大学・日本語学科・日本語クラス」と「イタリア・ローマ大学・日 本語学科・日本語クラス」を取りあげた、ということについては、すでに述べた。ここでは、以下

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の点について、調査の概要を記しておきたい。  (1) 調査対象者  <タイ>   バンコク日本文化センター日本語講座:「中級」∼「上級」の講座受講者(約 200 名)。   コンケン大学日本語学科: 履修登録者(約 400 名)。  <イタリア>   ローマ日本文化会館日本語講座:「入門」∼「上級」の講座受講者(約 240 名)。   ローマ大学日本語学科: 履修登録者(約 780 名)。  (2)実査方法  実査は、いずれの国・機関・講座の場合においても、日本語講座・クラスの教室において、「調査 票(質問紙:questionnaire)」を用いた「自記式(householder method)」の「集合調査法(collective survey)」で実施した。なお、調査票使用語は、タイはタイ語、イタリアはイタリア語とし、国際交 流基金においてバック・トランスレーションを繰り返して、最終調査票を確定した。  (3) 実査期間  <タイ>  バンコク日本文化センターの場合も、コンケン大学の場合も、ともに2011 年 1 月 28 日∼ 2 月 17 日の期間内に実施した。  <イタリア>  ローマ日本文化会館の場合は、2011 年 3 月 1 日∼ 3 月 23 日 、ローマ大学の場合は 2011 年 3 月 1 日∼4 月 15 日 、の期間内に実施した。(4) 回収調査票数  <タイ>   バンコク日本文化センター:123 票   コンケン大学:270 票  <イタリア>   ローマ日本文化会館:183 票   ローマ大学:223 票(5) データ入力・処理作業  データ入力作業は、株式会社インテージに委託して実施した。また、SPSS を用いたコンピュー ターによるデータ処理については、流通科学大学の栗田真樹教授の協力を得た。

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Ⅳ.データ分析の手順

 ここでのデータ分析の基本的な考え方は、比喩的にいえば、いきなり「木を見る」のではなく、 まず「森を見る」ところから始めるというものである。筆者は、これまで、さまざまな質問紙調査 のデータ分析において、この考え方を採用し、そのような方法の有効性を例証してきた。ここでは、 以下の2 つの研究領域における調査事例――「宗教意識調査」と「事業評価調査」――をあげてお きたい。  真鍋一史「『宗教意識』の構造――日本とドイツにおける国際比較――」『関西学院大学社会学部 紀要』(第107 号)、2009 年、pp.49-71.  真鍋一史「国際文化交流機関の評価に関する研究――国際交流基金の『文化芸術交流事業』の評 価調査――」『関西学院大学社会学部紀要』(第113 号)、2011 年、pp.13-34.  さて、以下においては、タイとイタリアにおける日本語教育事業の評価調査について、「調査の仮 説的図式」にもとづきながら、「森を見る」タイプのデータ分析を進めていきたい。  ここで、「調査の仮説的図式にもとづきながら」と書いたが、それは、すでに述べたように、「調 査の仮説的図式」が、調査票(質問紙)作成の手引きの役割を果たすものであるとともに、「データ 分析」の青写真あるいはロード・マップの役割を果たすものでもあるからにほかならない。  この点に関連して、「調査の仮説的図式」に記載された質問諸項目のうち、今回の「森を見る」タ イプのデータ分析において、取りあげなかった質問諸項目を明記しておかなければならない。それ らは、以下の諸項目である。 D1 性  D2 年齢  D3 学歴  D4 職業  D5 居住地域 Q3 日本語の学習を始めた理由 ID 日本語講座・クラスのレベル D6 日本語能力テストのレベル Q4 現在の日本語学習の理由 Q7D タイ ・ イタリアは日本の文化・社会とは相違点が多いか、共通点が多いか Q12 タイ人・イタリア人と外国人(日本人)とのコミュニケーションのあり方  これらの諸項目は、「森を見る」タイプのデータ分析から除いたが、それは、これら諸項目は、こ こでのデータ分析のコンテキストから離れた、別のタイプのデータ分析において取りあげるのが適 当であると判断したからにほかならない。  以上について確認した上で、つぎに、「森を見る」データ分析の具体的な手順について述べていき たい。ただ、その基本的な考え方と具体的な手続きについては、上述の調査事例の2 番目の論文に

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おいて詳細に解説したので、それを参照されたい。ここでは、分析の手順について、簡潔に記して おくにとどめる。それは、質問諸項目からいくつかの「尺度(scale)」を構成し、それら「尺度」間 の相互の関係を示す「相関マトリックス(correlation matrix)」を作成し、それを「多次元尺度構成法multi-dimensional scaling)」の手法を用いて視覚的に描写するという手順の説明ということになる。1. 質問項目ごとの「単純集計表(simple tabulation=marginal frequency distribution)」を検討する。  いうまでもなく、ここでの検討のねらいは、そこからさまざまな知見の読み取りを試みるという ところにあるのではなく、以下の「尺度構成(scale construction)」という分析作業に備えて、それ ぞれの質問項目に対する回答の「度数分布(frequency distribution)」の形をチェックするというとこ ろにある。その結果、その回答の「度数分布」の形が原因となって、後の分析作業が困難となると いうような問題点は発見されなかった。  2. 質問項目ごとの質問文の型 ( タイプ ) を確認する。  今回の「評価調査」においては、このような「質問文のタイプ」は、調査票設計の段階で、筆者 らによって選択されたものである。したがって、ここでの作業のねらいは、以下のデータ分析に備 えて、それを再確認しておくということになる。 (1) 単独の「レンジ質問文(range question)」――因みに、その対概念は「カフェテリア質問文(cafeteria question)」であるが、両者の区別については、真鍋一史ほか『ファセット理論とその解析事例』、ナ カニシヤ出版、2002 年、p.2 を参照されたい――の形をとっている質問項目Q6A 日本語の授業への満足度Q7A 日本を知っているかQ7B 日本が好きかQ7C 日本は信頼できるかQ8A 「日本語の能力が高まれば日本イメージはよくなる」Q8B 「国際関係が悪くなれば日本イメージは悪くなる」Q11A 「日本の文化・社会は日本語がわからないと理解できない」Q11B 「日本語は話し言葉としてはむつかしくない」Q11C 「マス・メディアの日本紹介は正確でない」 (2) 複数の「バッテリー質問文(battery question)」の形をとっている質問項目  Q5A ∼ N 日本語学習後の変化の実感度Q9 ①∼⑧ 日本情報への接触度Q10 ①∼⑥ 日本に対する関心度 (3) 具体的な数字記入式の質問項目  Q1 日本語学習期間(年数)

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Q6B 日本語を勉強する時間(時間)Q2(日本語学習以前の日本体験)   A 日本に関する展覧会・公演・講演会に行ったことがあるか(回数)   B 日本に行ったことがあるか(回数)   C 日本人の友人・知人・家族・親戚がいたか(人数)Q13(日本語学習以後の日本体験)   A 日本に関する展覧会・公演・講演会に行ったことがあるか(回数)   B 日本に行ったことがあるか(回数)   C 日本人の友人・知人・家族・親戚がいるか(人数)3. 尺度構成を行なう。  尺度構成は、上述の「質問文の型」に対応させて、つぎの2 つの方法をとる。(a)1 つの質問項 目から1 つの「尺度」を構成する、(b)いくつかの質問項目から 1 つの「単純加算尺度」を構成す る、というのがそれである。いうまでもなく、上述の(1) と (3) の型の質問諸項目については (a) の 方法、(2) の型の質問諸項目については (b) の方法で、それぞれ尺度を構成する。こうして 20 の尺 度が構成された。  4. 以上のような手順で構成された 20 の尺度の相互間の関係を示す「相関マトリックス(correlation matrix)」を作成する。一般に、「相関マトリックス」は、つぎのように説明される。「n 個の変数の 相互間のすべての単純相関係数をn × n のマトリックス(行列)の形に示したもの。対角線に関し て対称をなし、かつ対角線上の桝は空欄である」(安田三郎『社会調査ハンドブック』[新版]、有斐 閣、1969 年、p.294)。  さて、筆者は、ここでの「データ分析」において、「森を見る」タイプの分析を提案したが、この ような「相関マトリックス」は確かに「森」の姿の一面を示したものに違いない。しかし、「相関マ トリックス」という形での「森」の表示の仕方には、重要な問題が残されたままとなっている。そ れは、「相関マトリックス」に示された個々の単純相関係数が、一対の変数間の関係の測度(measure) にとどまるものである限り、それぞれの傾向の読み取りがどこまでも個々に独立したものに終わら ざるをえないということである。それでは、相変わらず、「森」の姿の全体は見えてこない。こうし て、これら個々の独立した傾向を背後で関連づけていると考えられる、いわば「基底的な側面」と もいうべきものの抽出を可能にする技法が要請されることになる。このような要請にこたえる技法 の1 つに L. Guttman の「最小空間分析(Smallest Space Analysis: SSA)」がある(真鍋一史『社会・ 世論調査のデータ解析』、慶應義塾大学出版会、1993 年)。  最小空間分析は、多次元尺度構成法(multidimensional scaling)の系列に属し、「相関マトリック ス」に示されたn 個の項目間の関係を m 次元(m<n)の空間における n 個の点の距離の大小によっ て示す方法である。相関が高くなるほど距離は小さくなり、逆に相関が低くなるほど距離は大きく なる。通常は諸項目間の関係を視覚的に描写するために2 次元(平面)か、あるいは 3 次元(立体)

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の空間布置が用いられる。アウトプットの座標軸には固有の意味はなく、この点が「因子分析」と 異なるところである。  このことから、「最小空間分析」は、データの全体的な構造や関連、つまり筆者の用語でいうなら ば、「森」の姿を視覚的に描き出すのにきわめて適した技法であるといえるのである。「調査の仮説 的図式」という「森」を見るデータ分析において、「最小空間分析」を利用する理由がここにある。

Ⅴ.森を見る――最小空間分析・知見の読み取り・「仮説的図式」の修正――

 以上のような手順で作成された「相関マトリックス」を、データ分析のためのコンピュータ・ソ フトウェアのパッケージHUDAP (Hebrew University Data Analysis Package) Windows 版にかけること によって、4 種類の――「バンコク日本文化センター日本語講座」「コンケン大学日本語学科」「ロー マ日本文化会館日本語講座」「ローマ大学日本語学科」――の「2 次元の SSA マップ(空間布置:Space Diagram, Vector Plots)」が得られた。(図 2、3、4、5)。3 次元の SSA マップも作成したが、確かにどのケースについても、それぞれのマップの「当ては まりのよさ」――それは、coefficient of alienation と Shepard diagram によって検討される――は、一 般的にそうであるが、ここでも3 次元のマップの方で高くなるものの、2 次元のマップにおいても、 十分にそれぞれの「意味連関」を「読み取る」ことが可能であることが確認されたので、ここでは 2 次元のマップを利用することにした。  2 次元の SSA マップ(コンピュータ・アウトプット)は、x 軸と y 軸から成る平面上に、それぞ れの変数――単一あるいは複数の質問項目によって構成された尺度(スケール)――の位置を示し た数字が印字されたものであり、これらのSSA マップに描かれた 3 つの同心円は、筆者が Guttman の「近接仮説(contiguity hypothesis)」――調査で用いられる質問諸項目の意味内容が近い場合には、 それら質問諸項目のSSA マップにおける位置(空間における距離)も近いものとなる――と、「ファ セット理論(facet theory)」――質問諸項目の意味空間と意味連関についての概念装置とその表現技 法(facet design と呼ばれる)と、そのような意味空間と意味連関を検証するためのデータ分析の技 法(facet analysis と呼ばれる)を用いて構築されてきた「質問項目間の関係の構造についての法則law)とその根拠(rationale)」の体系を「ファセット理論」と呼ぶ――を踏まえて、これら 20 変数 (スケール)の空間布置に、以下で解説するような「意味づけ(解釈)」を行なった結果である。そ れは、コンピュータ・プログラムによって作成された諸変数の「空間布置図」を、それぞれの質問 項目の「意味内容」の検証を踏まえて、「空間分割図(spatial partition)」に変換したものということ もできるであろう。いうまでもなく、空間における点のグループ化は、分析者の「意味づけ(解釈)」 に も と づ い て 初 め て 可 能 と な る。 こ の 過 程 は、 あ る 意 味 で、 人 が 天 空 に 輝 く 星 々 を「 星 座 (constellation)」として認識する仕方と通じるところがある――因みに、見田宗介は、社会現象を説 明する諸要因間の関連の構造を図示した「布置連関図式」をconstellation と呼んでおり(「現代にお ける不幸の諸類型」『現代日本の精神構造』弘文堂、1965 年)、生物学者の福岡伸一は、人びとが夜 空の星々をつないで、星座を見るという集合的な体験を 「空目」 と呼んでいる(『ルリボシカミキリ

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図 2 諸変数(スケール)間の関係の SSA マップ ――バンコク日本文化センター日本語講座受講者―― 1 (Q1) 日本語学習期間 2 (Q2A)(日本語学習以前の日本体験)日本に関する展覧会・公演・講演会に行ったことがある 3  (Q2B)(日本語学習以前の日本体験)日本に行ったことがある 4 (Q2C)(日本語学習以前の日本体験)日本人の友人・知人・家族・親戚がいた 5 ( Q5A~N) 日本語学習後の変化の実感度 6 (Q6A) 日本語の授業への満足度 7 (Q6B) 日本語を勉強する時間 8 (Q7A) 日本を知っている 9 (Q7B) 日本が好き 10 (Q7C) 日本は信頼できる 11 (Q8A)「日本語の能力が高まれば日本イメージはよくなる」 12 (Q8B)「国際関係がわるくなれば日本イメージはわるくなる」 13 (Q9 ①∼⑧ ) 日本の情報に対する接触度 14 (Q10 ①∼⑥ ) 日本の事柄に対する関心度 15 (Q11A)「日本の文化・社会は日本語がわからないと理解できない」 16 (Q11B)「日本語は話し言葉としてはむつかしくない」 17 (Q11C)「マス・メディアの日本紹介は正確でない」 18 (Q13A)(日本語学習以後の日本体験)日本に関する展覧会・公演・講演会に行ったことがある 19 (Q13B)(日本語学習以後前の日本体験)日本に行ったことがある 20 (Q13C)(日本語学習以後の日本体験)日本人の友人・知人・家族・親戚がいる

Space Diagram for Dimensionality 2. Axis 1 versus Axis 2. 100.. 50.. 0.. 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20

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図 3 諸変数(スケール)間の関係の SSA マップ ――コンケン大学日本語クラス受講者―― 1 (Q1) 日本語学習期間 2 (Q2A)(日本語学習以前の日本体験)日本に関する展覧会・公演・講演会に行ったことがある 3  (Q2B)(日本語学習以前の日本体験)日本に行ったことがある 4 (Q2C)(日本語学習以前の日本体験)日本人の友人・知人・家族・親戚がいた 5 ( Q5A~N) 日本語学習後の変化の実感度 6 (Q6A) 日本語の授業への満足度 7 (Q6B) 日本語を勉強する時間 8 (Q7A) 日本を知っている 9 (Q7B) 日本が好き 10 (Q7C) 日本は信頼できる 11 (Q8A)「日本語の能力が高まれば日本イメージはよくなる」 12 (Q8B)「国際関係がわるくなれば日本イメージはわるくなる」 13 (Q9 ①∼⑧ ) 日本の情報に対する接触度 14 (Q10 ①∼⑥ ) 日本の事柄に対する関心度 15 (Q11A)「日本の文化・社会は日本語がわからないと理解できない」 16 (Q11B)「日本語は話し言葉としてはむつかしくない」 17 (Q11C)「マス・メディアの日本紹介は正確でない」 18 (Q13A)(日本語学習以後の日本体験)日本に関する展覧会・公演・講演会に行ったことがある 19 (Q13B)(日本語学習以後前の日本体験)日本に行ったことがある 20 (Q13C)(日本語学習以後の日本体験)日本人の友人・知人・家族・親戚がいる

Space Diagram for Dimensionality 2. Axis 1 versus Axis 2. 100.. 50.. 0.. 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 19 18 20

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図 4 諸変数(スケール)間の関係の SSA マップ ――ローマ日本文化会館日本語講座受講者―― 1 (Q1) 日本語学習期間 2 (Q2A)(日本語学習以前の日本体験)日本に関する展覧会・公演・講演会に行ったことがある 3  (Q2B)(日本語学習以前の日本体験)日本に行ったことがある 4 (Q2C)(日本語学習以前の日本体験)日本人の友人・知人・家族・親戚がいた 5 ( Q5A~N) 日本語学習後の変化の実感度 6 (Q6A) 日本語の授業への満足度 7 (Q6B) 日本語を勉強する時間 8 (Q7A) 日本を知っている 9 (Q7B) 日本が好き 10 (Q7C) 日本は信頼できる 11 (Q8A)「日本語の能力が高まれば日本イメージはよくなる」 12 (Q8B)「国際関係がわるくなれば日本イメージはわるくなる」 13 (Q9 ①∼⑧ ) 日本の情報に対する接触度 14 (Q10 ①∼⑥ ) 日本の事柄に対する関心度 15 (Q11A)「日本の文化・社会は日本語がわからないと理解できない」 16 (Q11B)「日本語は話し言葉としてはむつかしくない」 17 (Q11C)「マス・メディアの日本紹介は正確でない」 18 (Q13A)(日本語学習以後の日本体験)日本に関する展覧会・公演・講演会に行ったことがある 19 (Q13B)(日本語学習以後前の日本体験)日本に行ったことがある 20 (Q13C)(日本語学習以後の日本体験)日本人の友人・知人・家族・親戚がいる

Space Diagram for Dimensionality 2. Axis 1 versus Axis 2. 100.. 50.. 0.. 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20

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図 5 諸変数(スケール)間の関係の SSA マップ ――ローマ大学日本語クラス受講者―― 1 (Q1) 日本語学習期間 2 (Q2A)(日本語学習以前の日本体験)日本に関する展覧会・公演・講演会に行ったことがある 3  (Q2B)(日本語学習以前の日本体験)日本に行ったことがある 4 (Q2C)(日本語学習以前の日本体験)日本人の友人・知人・家族・親戚がいた 5 ( Q5A~N) 日本語学習後の変化の実感度 6 (Q6A) 日本語の授業への満足度 7 (Q6B) 日本語を勉強する時間 8 (Q7A) 日本を知っている 9 (Q7B) 日本が好き 10 (Q7C) 日本は信頼できる 11 (Q8A)「日本語の能力が高まれば日本イメージはよくなる」 12 (Q8B)「国際関係がわるくなれば日本イメージはわるくなる」 13 (Q9 ①∼⑧ ) 日本の情報に対する接触度 14 (Q10 ①∼⑥ ) 日本の事柄に対する関心度 15 (Q11A)「日本の文化・社会は日本語がわからないと理解できない」 16 (Q11B)「日本語は話し言葉としてはむつかしくない」 17 (Q11C)「マス・メディアの日本紹介は正確でない」 18 (Q13A)(日本語学習以後の日本体験)日本に関する展覧会・公演・講演会に行ったことがある 19 (Q13B)(日本語学習以後前の日本体験)日本に行ったことがある 20 (Q13C)(日本語学習以後の日本体験)日本人の友人・知人・家族・親戚がいる

Space Diagram for Dimensionality 2. Axis 1 versus Axis 2. 100.. 50.. 0.. 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20

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の青』文藝春秋、2010 年、p.27)。  では、つぎに、4 種類の SSA マップにおいて、3 つの同心円を描いた諸変数のグルーピングの意 味がどのようなものであるかについて述べていきたい。まず、そのようなグルーピング、つまり「空 間分割図」の形についての解説から始めたい。  ここで分析に取りあげた20 の変数(スケール)の空間布置は、変数(スケール)6 の「日本語の 授業への満足度」を中心として、その変数(スケール)との関係――ここではその関係はPearson の 「相関係数(correlation coefficient)」で捉える――の大きさに応じて、近くの――つまり、その変数 (スケール)との「相関係数」の大きい諸変数(スケール)を含む――同心円内、あるいは遠くの― ―つまり、その変数(スケール)との「相関係数」の小さい諸変数(スケール)を含む――同心円 内にそれぞれプロットされる形となっているというものである。いうまでもなく、ここでの空間分 割を、「楕円」によってではなく、「円」によって表示したのは、「円」の場合は、それが原点、つま り変数(スケール)6 からの等距離――つまり、同レベルの「相関係数」の値の範囲――を示すも のであるからにほかならない――因みに、Guttman の用語でいえば、このような同心円で図示され る空間分割は、modular と呼ばれる regional law である――。  さて、変数(スケール)6「日本語の授業への満足度」を原点として、3 つの同心円が描かれると いう点は、ここでの4 種類の SSA マップを通して見られる共通点といえる。ただ、その場合も、そ れぞれの同心円内に位置する変数(スケール)の内容については、4 種類の SSA マップで相違点が 見られる。そのような相違点の詳細については後述するが、その前に、もう一つの共通点について も指摘しておかなければならない。それは、すでに述べたGuttman のいう「近接仮説」が、これら 4 種類の SSA マップについても確認できるということである。例えば、ここで分析に取りあげた 20 の変数(スケール)については、8「日本を知っているか」、9「日本が好きか」、10「日本は信頼で きるか」、13「日本についての情報接触度」、14「日本に対する関心度」の 5 つは、いわば「日本に 対する心理的オリエンテーション」を捉えるための質問諸項目(群)としてひとまとめにすること ができるであろう。そして、そのような変数(スケール)と意味的には近いが、それでも単に心理 的レベルにとどまるものではなく、そのような心理的レベルにあるオリエンテーションが、比喩的 にいえば、海面上に姿を見せている氷山のように、社会的な場における行動、あるいは、そのよう な行動の結果として結実してくるものとしての「日本に関する社会的な体験」を捉えるための質問 諸項目――日本語学習の「以前」と「以後」の2 つの時点における 2 と 18「日本に関する展覧会・ 公演・講演会に行く」、3 と 19「日本に行く」、4 と 20「日本人の友人・知人・家族・親戚がいる」 ――もまたひとまとめにすることができる。そして、さらに、ひとまとめにすることができるもう 1 つのグループが、1「日本語学習期間」、7「日本語を勉強する時間」という日本語学習に対する時 間的な関与のレベルを捉える2 つの質問諸項目である。最後に、日本および日本語に関する「ステー トメント」に対する賛否を尋ねる質問諸項目(11、12、16、17)も、同じようにひとまとめにする ことができる。  以上のように、それぞれの意味内容の類似性という点からして、相互に近いものと考えられる質 問諸項目のグルーピングをしておいた上で、4 種類の SSA マップに目を向けるならば、いくつかの 例外――「バンコク日本文化センターのケース」の2 と、「ローマ日本文化会館のケース」の 12、

図 2 諸変数(スケール)間の関係の SSA マップ ――バンコク日本文化センター日本語講座受講者―― 1   (Q1) 日本語学習期間 2   (Q2A) (日本語学習以前の日本体験)日本に関する展覧会・公演・講演会に行ったことがある 3    (Q2B) (日本語学習以前の日本体験)日本に行ったことがある 4   (Q2C) (日本語学習以前の日本体験)日本人の友人・知人・家族・親戚がいた 5   ( Q5A~N) 日本語学習後の変化の実感度 6   (Q6A) 日本語の授業への満足度 7   (Q6B
図 3 諸変数(スケール)間の関係の SSA マップ ――コンケン大学日本語クラス受講者―― 1   (Q1) 日本語学習期間 2   (Q2A) (日本語学習以前の日本体験)日本に関する展覧会・公演・講演会に行ったことがある 3    (Q2B) (日本語学習以前の日本体験)日本に行ったことがある 4   (Q2C) (日本語学習以前の日本体験)日本人の友人・知人・家族・親戚がいた 5   ( Q5A~N) 日本語学習後の変化の実感度 6   (Q6A) 日本語の授業への満足度 7   (Q6B) 日本語
図 4 諸変数(スケール)間の関係の SSA マップ ――ローマ日本文化会館日本語講座受講者―― 1   (Q1) 日本語学習期間 2   (Q2A) (日本語学習以前の日本体験)日本に関する展覧会・公演・講演会に行ったことがある 3    (Q2B) (日本語学習以前の日本体験)日本に行ったことがある 4   (Q2C) (日本語学習以前の日本体験)日本人の友人・知人・家族・親戚がいた 5   ( Q5A~N) 日本語学習後の変化の実感度 6   (Q6A) 日本語の授業への満足度 7   (Q6B) 日
図 5 諸変数(スケール)間の関係の SSA マップ ――ローマ大学日本語クラス受講者―― 1   (Q1) 日本語学習期間 2   (Q2A) (日本語学習以前の日本体験)日本に関する展覧会・公演・講演会に行ったことがある 3    (Q2B) (日本語学習以前の日本体験)日本に行ったことがある 4   (Q2C) (日本語学習以前の日本体験)日本人の友人・知人・家族・親戚がいた 5   ( Q5A~N) 日本語学習後の変化の実感度 6   (Q6A) 日本語の授業への満足度 7   (Q6B) 日本語を

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