テキサス大学での研究留学を経験して
中塚佑介
松本歯科大学 総合歯科医学研究所
A report of the opportunity to study abroad in University of Texas
YUSUKE NAKATSUKA
lnstitute∫for Orα1 Science, Mαtsumoto Dentα1 Universityはじめに
2005年の7月より2006年6月まで1年間,多く の先生方のご援助をいただき,米国テキサス州サ ンアントニオにある,テキサス大学ヘルスサイエ ンスセンターサンアントニオ校歯科矯正学講座に 留学する経験を得た.わずか1年間という短い期 間ではあったが,かけがえのない貴重な経験が得 ることができたのでここに報告したいと思う. 留学が決まるまで そもそも私が海外での留学をぼんやりと考え始 めたのは本学の学生時代にさかのぼる.当時,補 綴学第1講座の講師であった山下秀一郎先生の部 分床義歯学の講義を受けたときに,先生の講義内 容が理路整然とまとめられていて,とても理解し やすく,補綴学に興味を持ちはじめ,毎回の講義 を楽しみにしていた.そんな時,講義中に山下先 生からアメリカの留学の話を少し聞いた.私は何 かが閃いたような気がした.歯科医師にも海外留 学などのいろいろな経験が必要なのではないか. しかし,その時の私には海外留学はとても難しく 有り得ないことだと感じていた.その後,本学総 合診療科に研修医として研修させていただくよう になった.山下先生の指導のもと歯科医師として 充実した日々を過ごしていたころ,モントリオー ルから帰国されたばかりの総合歯科医学研究所, 加藤隆史准教授のセミナーを聞く機会があった. そのセミナーは当時の私には少し難しい内容で あったが,山下教授の講義を受けたときと同じよ うに,理路整然としていて,とてもわかりやす かった.この時,忘れていたことを思い出した. 歯科医師として何が必要か,歯科医師として経験 こそ最も必要なものではないのかと再認識するよ うになった.そんなことをぼんやりと思いなが ら,それでもそれは夢として,日々,総合診療科 の職務に励んでいた.ある日,山下教授に海外留 学をされた当時のお話を伺ったことがあった、そ の時には,「とてもいい経験になるからできるこ となら行って来なさい.出来る限りの協力はする から.」と言ってくださった.ちょうどそのころ 私は山下先生が留学されていたRugh教授の顎機 能の研究1”3)に興味があり,Rugh教授はテキサス 大学ヘルスサイエンスセンターサンアントニオ校 歯科矯正学講座のChairmanでもあったため, 私の妻で,当時矯正科に所属していた久美子も歯 科矯正の勉強をするため留学を希望していた.後 日,二人で山下教授,栗原三郎教授に留学の意思 を申し出たところ,お二人ともに惜しみない協力 をしていただけ,Rugh教授のいるテキサス大学 ヘルスサイエンスセンターに留学することが決 まった. (2007年6月30日受付;2007年8月21日受理)テキサス州サンアントニオ 私達が通っていたテキサス大学ヘルスサイエン
スセンターサンアントニオ(UTHSCSA)はテ
キサス州サンアントニオ市にある(図1).私は 正直,留学の話が本当に具体性を帯びてくるまで サンアントニオという街を知らなかった.サンア ントニオ市は,テキサス州の中心南よりに位置 し,人口約125万人を有する全米第8位の長期滞 在型観光都市である.サンアントニオ市街はサン ァントニオ国際空港から15分ほどに位置し,年間 1000万人以上の人が訪れる.テキサス共和国独立 図1:University of Texas Health Science Center at Sall Antonio灘
図2:観光名所の一つであるアラモの砦 戦争の際の激戦地であった,「アラモの砦」(図 2)があり,市内中心部を流れるサンアントニオ 川両岸には,熱帯性の植物に囲まれた「River Walk」という遊歩道(図3)が整備され,現在 では全米屈指の観光都市として栄えている.テキ サス州にあるということから漠然とサボテンや, カウボーイのイメージしかなかった.しかし,実 際にサンアントニオに着いてみると,とても近代 的で,よく整備された街であることがわかった. サンアントニオの最高平均気温は7月で33℃,平 均で33℃と聞くとそれほど驚くような暑さではな いように感じるが実際はとても暑い.そしてすぐ に汗が蒸発してしまうため,脱水症状にならない よう常に水分を取っていた. アメリカでの生活 まず現地に着いてアパート探しに苦労した.ア パートを選ぶうえで多少家賃が高くとも治安がい いことを条件に探していた.そのころRugh教授から連絡があり,UTHSCSAに研究留学してい
る胸部心臓外科医の櫻井先生を紹介してくださっ た.櫻井先生はご夫婦でサンアントニオに来られ ていて,聞けばご夫婦とも和歌山の出身で,大阪 出身の私にとって,同じ関西弁のアクセントも近 く,英語ばかりのパンクしそうな日々に,とても いい休息を与えてくれ,心強くもあり,そして安 心できた(図4).櫻井先生のアパートを見せて いただけることになり,アパートに押しかけたと ころ,ちょうど櫻井先生の部屋の階下の部屋が空 いていた.私達は押しかけついでに一年間,真下 難 彰 ≡塗 晴 羅難
§ 濠 図3:リバーウォーク アラモの砦と並ぶ観光名所で,リバーウオーク沿いにはメキ シカンレストランなどが立ち並び,休日には多くの人でにぎ わう. 図4:櫻井先生ご夫妻と一緒にlnternational Allianceの パーティーにて international Allianceでは,色々な国の方たちと国際的な交 流を深めることができた.の部屋で生活させてもらうことに決めた.アパー トは大学のすぐ隣の敷地であったが,すぐ隣…と 言っても大学の敷地が広すぎるため,私達のラボ まで歩いて40分はかかる.何度か迷って1時間以 上さまよい歩くこともしばしばであった. 次に銀行口座の開設をした.アメリカでは小切 手での支払いをすることがとても多く,ファスト フード店でも小切手で支払うことができる.アメ リカの生活では無くてはならないものである.開 設するときには研究所スタッフのAbe1に助けて もらい何とか開設できた. 電話線,インターネットの開線もすぐに行っ た.インターネットの開線で,アメリカにいても 日本の情報は常に入手できるようになった.本学 のホームページよりCampus innの工事状況な ども見ることが出来,本学の変わりゆく様を自分 の姿と重ね合わせ,励ましになった. そしてアメリカの社会保障番号(Social Secu− rity Number)を発行してもらった. Social Secu. ri七y Numberは本来,納税や年金制度に関する番 号なのだが,生活する上で重要な番号でもある. 例えば,アパートを借りる時,銀行口座を開く 時,運転免許を取る時,電話線をつなぐ時,事あ るごとに使用する.またSocial Security Number を持っていることで,外国籍の私たちの信用度が 増し,生活する上でトラブルになり難いこともあ る.このときもまたAbelにお願いして一緒に申 請してもらった.彼は私たちの留学においては無 くてはならない人で,ビザ取得の際にもいろいろ と世話をしてくれた.私たちはJ1ビザを取得し 渡米した.J1ビザは教育機関,その他の非営利 機関後援の公認プログラム参加者,大学院生,レ ジデントまたはインターンとして渡米する医師な どの主に研究者に支給されるもので,J1ビザを 持っていることで,大学の診療見学などもするこ とができた.このJ1ビザを取得するために,必 要な書類というものも存在する.DS−2019とい う書類である.米国への留学が決定したらDS− 2019を入手する必要がある.DS−2019とはプロ グラム・スポンサー※(米国の大学や研究機関 等)が一定期間にわたって受け入れることを保証 する証明書のことで,Jビザの申請に欠かせない 重要な書類である.このときには私たちの留学を 受け入れてくださるRugh教授の推薦が必要にな る.私たちがRugh教授とお話をさせていただい たのが2005年3月のIADR(ボルチモア),この ときに留学する日にち,1年間という期間など具 体的なことが決まり,帰国後すぐにDS−2019を もってアメリカ大使館に面接を受けに行く必要が あった.留学をした方に聞くと決まってDS−2019 を大学から受け取るのに時間がかかってしまい, 最悪,面接の予約を遅らせなければならなくなる こともあると聞くので,少し焦ったが,Abe1の 迅速な対応もあってか,無事に予約していた日時 にDS−2019を持って,アメリカ大使館の面接を 受けることができた. UTHSCSA Orthodontics Research Lab Orthodontics Research LabにはJohn D. Rugh 教授の他にJohn P. Hatch教授がいる.二人と もが心理学者でDDS, DMDではないため診療 は行わない.私達がアメリカに着いて2ヵ月後, Dr. Daniela R. FreyがLabに加わった.彼女は ブラジルから私たちと同じ研究留学のためにサン アントニオに来た.私達と同じ歳,同じ外国人同 士ということもありすぐに打ち解け,一緒に行動 することが多かった.Rugh教授は矯正科のドク ターや学生を研究テーマごとにチーム分けし,事 あるごとに各チームと私たちResearch Labのメ ンバーを集めミーティングを行った.研究内容は 矯正臨床に則したことが多い.ミーティングでは 毎回私達にも意見を求めるため,ミーティング中 はいつも気を抜けなかった(図5,6). 大学での生活は意外とすぐに始まった.まずは オクルーザルフォースメーターGM 10(長野計 図5:Research Lab 写真左から二番目がRugh教授,三番目がDr. Daniela R. Frey
図6:Hatch教授(右)とAble(右から二番目) 図8:Rugh教授のボートでクルージング 科技工室や補綴科の診療室なども見学することが できた.歯科技工室では日本で私がやっていた同 じような作業風景が見られ,レジデントと技工に 関する談笑ができたりもした.また,Rugh教授 は生活の面でもいろいろ力になってくれた.休日 にはRugh教授の趣味であるボートに乗せても らったり (図8),一緒にダンスのレッスンに 通ったりして,充実した日々を過ごすことが出来 た.
おわりに
図7:AADRでRugh教授と 器製作所)という咬合力メーターの正確性,再現 性を調べ,留学開始から半年後の2006年3月のフ ロリダ州オーランドで開催されたAADRにて発 表を行った(図7).咬合力と顎顔面形態の関係 についての研究は数多くなされている4−7).また, 顎関節疾患や歯周病との関連性も考えられ8−1°), 咬合力を測定することは,歯科治療を行う上で重 要な指標の一つとなる.同時に,発音中の顎運動 を解析するための実験もスタートした.これは2007年3月のIADRにて発表され,今でも研究
は続いている.また,はじめの3ヶ月ほど,Rugh 教授による研究方法論についての講義を,病院内 各科のレジデントとともに受けることができた. 講義の最後には試験があり,かなり大量の冷や汗 をかきながらも何とか合格することができた.ま た海外でも臨床に触れる機会を与えてもらえない かとRugh教授に相談し,矯正科の症例検討会へ の参加や,診療見学を行うことができた.Rugh 教授はとてもオープンな方で,いろいろな場所へ 自由に見学できるよう配慮してくれた.例えば歯 テキサス州サンアントニオヘルスサイエンスセ ンターでの海外留学を通じ,多くの研究,診療の 現場に参加することができ,また多くの友人を得 ることができ,とても貴重な経験をすることがで きた.そして,様々な場面でRugh教授, Ha七ch 教授には多くのご援助を賜り,感謝の言葉が見当 たらない.今後,このような貴重な経験をさせて いただいた本学に微少ながら努力させていただき たいと考えている. 謝 辞 稿を終わるにあたり,海外留学の機会を与え てくださった顎ロ腔機能制御学講座教授 山下 秀一郎先生,総合歯科医学研究所教授 栗原三郎 先生に深甚なる謝意を申し上げます.また留学に あたり様々なお力添えを下さった顎口腔機能制御 学講座教授増田裕次先生,教育学習支援セン ター教授 岡藤範正先生,総合歯科医学研究所准 教授 加藤隆史先生にお礼申し上げます.さらに 様々なご援助,励ましをくださいました本学大学 関係者の皆様に心より感謝申し上げます.1) 2) 3) 4) 5) 文 献 Rugh JD (1997)Special Considerations in the Management of Temporomandibular Disor− ders. Clinical Dentistry, Vol 2,1−6, Mosby Year Book, Inc.,. S七〇rey AT and Rugh JD(1995)How to Carry Out TMD Research in a Clinical Practice. Oro− facial Pain and Temporomandibular Disorders. 509−21,Raven Press, Ltd, New York. Rugh JD, Zarb GA and Carlsson GE (1994) Clinical Mallagement. Temporomandibular Joint and Masticatory Muscle Disorders.529− 48,Munksgaard, Copellhagen. Braun S, Bantleon]EIP, Hnat WP, Freuden− thaler JW, Marcotte MR and Johnson BE (1995)Astudy of bite force, part 2. Relation− ship to various cephalomet亘c measurements. Angle Orthod 65:373−7. Braun S, Bantleon HP, Hnat WP, Freuden− thaler JW, Marcotte MR and Johnson BE (1995)Astudy of bite fbrce, part 1. Rela七ion− ship to various physical characteristics. Angle Orthod 65:367−72. 6)SondaIlg P, Kumagai H, Tanaka E, Ozaki且, Nikawa且, Tanne K and Hamada T(2003) Correlation between maximum bite fbrce and craniofacial morphology of young adults in In− donesia. J Oral Rehabil 30:1109−17. 7)臼井暁昭,駿河充城,栗原三郎(2003)咬合力 と顎顔面形態との関連性簡易型咬合力計を用 いて.松本歯学29:251−57. 8)Chandu A, Suvinell TI, Reade PC and Borro− meo GI、(2004)The effect of an interocclusal apPliance on bite fbrce and masseter electro− myography in asymptomatic subjec七s and pa− tients wi七h temporomandibular pain and dys− fUnction. J Oral Rehabi131:530−7. 9)細井栄二,匠原悦男,川上哲司,都築正史,森本 佳成,高山賢一,杉村正仁(2000)咬合力と積 分筋電図の実測値を用い静力学的平衡式により 試みた顎関節付加算出法.日顎誌12:32−41. 10)白石和仁(2004)咬合崩壊を伴う重度歯周疾患、 に対する包括的アプローチ.日臨歯周誌22: 105−10.