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デ ィ ケ ン ズ の 初 期 「 短 編 小 説 」 ( 2 )
村
田
信
行
今 回の研究は、前 回の研究 を引 き継 ぎ、初 期 ・中期 ・後期 の3つに分 け られ るデ ィケ ン ズの 「短編小説」(shortstories)につ いて、初 期 の後半 をまとめ るものである。(1) 『ピ ッ クウ ィ ッ ク ・クラブ遺 文 録』 (The PosthumousPaper
so
f theEb-ckwickClub,1836-37)中に挿入 されているstoriesに注 目した 批評家はこれ までに少 な くはないが、あ ま り 見 るべ きもの を認め ていない。 デ ィケンズの 少年時代 の体験 に逸早 く注 目して今 日の批評 の基本 を作 ったエ ドモン ド・ウイル ソンは、 それ ら9編 につ いて、出来はひ どい し文学作 品 として現在 ほ どの注 目を受 け るに価 しない としてい る。(2)デ ィケンズの伝 記 を残 して い るエ ドガ一 ・ジ ョンソンも、同様 に、 ピカレ ス ク小説の常套 であ る、長編 中に展開 とは無 関係の短 い話 をい くつか入れ る とい う手法が 認め られ るとして も、『ピックウィック』の挿 話が不 出来 なこ との言い訳にはな らない と言 っている。(3)よ く知 られて い るよ うに、デ ィ ケ ンズは 『ピックウィック』執筆の ときか ら 既 に定期刊行誌 (主に月刊)に分冊形式で長編 を書 き継 いでいて、 しか も人気作家 として他 に も複数の作 品に手 を染め ざるをえなか った。 そのために 『ピックウィッグ』の9編は、彼 の真の意図は ともか くも、結果的に十分 な完 成度に至 らなか った とも言えるだろ う。先 に 挙 げたウイル ソンや ジ ョンソンは、ディケ ン ズがそれで もその9編 を書かずにはいられな か った と考 えて、 その原因 を生 い立 ちに もと め、今 となっては有名 な靴墨工場 での辛 い体 験 な どを引 き合 いに出 してい る。筆者の前 回 の論文 で明 らか に したように、 な るほ ど 『ボ ズの スケ ッチ集』(SketchesbyBoz,1836)の「黒 いベー ル」や 「酔 っ払いの死」の テーマ と同 質 で、犯罪者や監獄 といった ものに結 びつ く 人間の精神 的、心理 的異常が、『ピックウィ ッ ク』 のstoriesに も扱 われ て い るの は明 らか だが、果 た してそれ らはデ ィケ ンズの作家 と しての計算に よ り作 中に配置 され意図 され た ものであったのか どうか。 『ピックウィック』 か ら始 まる今 回の研究では、 まずそれ を判断 しなければな らない。 多 くの批評家の意見は一致 してい る. ロバ ー ト・バ トン氏の言 うよ うに、 9編 は全 て『ピ ックウィック』が書かれ始め た時 にはそれ ぞ れの所定の位置 に入れ るよ う予め用意 され た ものであ る。(4)物 語全体 の流 れ と9編 の挿 話 には一 見つ なが りや必然性 はない。 しか し、 ひ とつの グループ として9編 を見 て行 くとい くつかの特徴が現 われて くる。 この辺 りに、 『ピ ックウイ ッ ク』 とその9編 のstoriesを 積極的に評価 で きる要点が含 まれ ると思 われ る。 ひ とこ とで言 えば、『ピックウィック』中の 挿話 は、デ ィケ ンズがshortstoriesで 「想像 力」(imagination)を奔放 に働 かせ る とい う壮 大 な実験 を してみたことを示 してい る。 9編 の うち多 くは人間の暗い部分 、心 の陰の領域 を扱 ってい るが、 その 「暗 さ」 ではな く、 日
常か ら逸脱す るための 「想像 力」の発揮 こそ が、 この挿話群 に共通す るものである。具体 的に言えば、 9編 中8編が、 『ボズ』中の 「黒 いベー ル」や 「酔 っ払いの死」、 さらには程度 こそ小 さいが 「グレー ト・ウィングルベ リの 決 闘」や 「ラム ズゲイ トの タッグズ家」に も 見 られ るように、何 らかの形で 日常的、常識 的 ものの考 え方か ら外れた、一種 異様 な人間 たちの立 ち回 りを描写 してい る。 さらに、そ の うち4編は読者に不気味な感覚 を引 き起 こ し、登場 人物の異常 で強烈 な感情 に焦点 を当 て る。「放浪者の物語」(TheStroller'sTale,第 3章)はアル中の旅 回 り道化役 者が気がふれ て破 滅 してい く陰惨 な話 で、妻 を捨て、金 に 困 り、体 も廃人同様 とな り果て る。「囚人帰還 の物語」 (TheConvict'sReturn,第6章)では、 刑期 を終 えた囚人が
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年ぶ りに故郷の村-棉 って きたが、幼 い頃一番かわいが って くれた 愛す る母親は既 に亡 く、 ひ どい虐待 を繰 り返 していた父親 は この息子の姿 を見 ると血管 を 破裂 させ て死ん で しま う。 「狂 人の手記」(A Madman'sManuscript,第11章)は一 人称の告 白なが らぞっ とす るような話で、デ ィケ ンズ の 「劇 的独 自」 (dramaticmonologue)の早い 例 であ る。狂人 とも正常 とも知 れぬ主人公が、 妻 を死 なせ、暴れ回 り、捕 え られ るまでの顕 末 を リアルに語 る。「奇妙 な依頼 人の話」(The OldMan'sTaleAbouttheQueerClient,第2
1
章)は、義理 の父親 に受 けた仕打 ちに復讐 しよ うと、 自分 の受 けたその ままのや り方で無慈 悲 に義理 の父親 そ してその妻子 を苦 しめ る男 の話 であ る。 残 りの
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編は、 まるで童話か何かの ように 現実性 を始めか ら巧みに無視 してい る。旅商 人が語 る2つの物語- 「旅商 人の話」 (The Bagman'sStory,第14章)と 「旅商人の叔父の物語」 (TheStoryoftheBagman'sUncle,第
49章)- は、生命のない ものが超 自然的に 活動す る様子 を扱 っている。「墓掘 り男 をさら った鬼の話」 (TheStoryoftheGoblinsWho StoleaSexton,第29章)は 「ク リスマス ・キ
ャ ロル
」(
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)
の 原形 だ とよ く指 摘 され る が、 その改心 よ りも滑稽味が身上 であろ う。 「ブ ラグ ッ ド王 子伝 説 の真相」 (The True LegendofPrinceBladud,第3
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章)では 「異 教 の神 々」 (heathendeities,p.511)が失恋の痛 手のあま り現在 のバー スの地 で永 久 に悲嘆に 暮 れて いた い とい う王 子 の願 い を聞 き入れ るC(5) 「酔 っ払 いの死」は 『ボズの スケ ッチ集』
の第2
集の中の 1編 として1
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年1
2
月に出版 されたが、「放 浪者の物語」はそれ よ り7
か 目 早 く 『ピックウィック』の1
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年5
月号 (第2
回)の中に現われている。他 の8編の うち5編 - 「囚人帰還の物語」
「狂 人の手記」
「旅商 人の話」
「教会庶務係 の真実 の恋 の物語」
「奇 妙 な依頼 人の話」- もまた 「酔 っ払 いの死」 に先行 していて、 それぞれ1
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3
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年6
月か ら11 月号の ものである。同年2月に 『ボズ』の第1
集に収め られて世 に出た 「黒 いベー ル」 と 「グレー ト・ウィングルベ リの決闘」 を最初 と して、1
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年 の 間 じゅ う、デ ィケ ン ズは shortstoriesを人間の精神的異常や混乱 を描 写す るために大 いに使用す る とい う考 えに魅 惑 されていたかの ように思 える。殊 に 「旅商 人の話」の中では、想像 力のほ とん ど妄想に 近 い までの異様 な側面 を描写 して見せ ている。1
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年の秋頃 まで、彼の こうい う意図は とて も明確 であった ようだ。 ギャレッ ト・スチュ アー ト氏は、 これ ら9編の挿話が 『ピックウ イック』の長 い構成の中で想像 力 を生かす あ る種 の隔離 され た特別の場所 として役立 って村 田 :デ ィケ ン ズの 初期 「短 編小 説」 (2) いる と主張す る。(6) 9つの挿話の残 りの1編 「教会庶務係の真 実 の恋 の物語」 (TheParishClerk :A Tale ofTrueLove,第 19章)にはこ うした種類 の storiesに対す るパ ロデ ィのニ ュ ア ンス さえ 窺 える。批評家 のみな らず 多 くの読者 も気づ くように、「教会庶務係」は『ピックウィック』 中の他 の8編 と明 らかに大 き く異 なってい るo スチュアー ト氏の言葉 を借 りれば
、
「
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編の 中 で唯一少 しも不気味 さや狂気が扱 われず、何 らかの幻想や 人間の心理の奥底 といった もの に立 ち入 って い ない作 品 で あ る。」(7)この作 品 を除 く8編はそれぞれ奇異で極端 な状況 を 扱 っていて、 いずれ も尋常 では な く、明 らか に 日常生活か らかけ離れているO その上、 あ りそ うもない驚 くべ き物語であ りなが ら、何 らかの方法で真実の物語 であろ うと体裁 を整 える。 「囚人帰還 の物語」ではただ単に語 り手 が信頼すべ き聖職者 である とい う設定 を示 し、 「奇妙 な依頼 人の話」 では念の入 った信用性 を保証す る前文が付 いている。対照的に 「教 会庶務係」はその タイ トル 自体 に もっ ともら しさを含んでいて、「真実の恋 の物語」とい う 言い方には非常 に現世的 な、 または皮肉 をこ め た意味で、何 か純粋 で 日常的 な部分が感 じ られ る。 とい うの も、 『ピックウイック』の本 筋の話 で、 ピックウィック氏は、旅役者 で何 か と悪事 を働 いて くれ る男 ジングルがあ る土 地の裕福 な婦 人 とあわや金 目当ての駆け落 ち をす るとい う事件 を防 ぐのにひ と苦労 したか らであ る (第16章)。 このつ なが りで見れ ば、 「教会庶務係」はデ ィケンズ駆け出 しの頃の ドタバ タ喜劇 の系統 だ と片付 け られ る。つ ま り 『ボズのスケ ッチ集』 に特徴 的だった人間 の愚か さや 馬鹿 さかげん を取 り扱 った数 多 く の笑劇仕 立 てのstoriesと同 じよ うに、他 の 105 8編 とは違 って、実際の人間 たちの立居振舞 いに結 びつけて作 られている。『ピックウィッ ク』全体 を通 して見受 け られ るピックウィッ ク氏の何 人 もの乙女 たちを困難か ら救 い出そ うとす る誠に ロマ ンティ ックな努 力が、 いか に馬鹿ばか し く滑稽 であ るか をゆっ くり思 い 出 させ るのに十分役立 ってい る。 この作 品に おけ るこの特殊性 は、す なわ ち作者デ ィケ ン ズの持つ他8編の幻想的 で非 日常的 な作 品へ の覚めた意識 を示す ものであろ う。 ピックウィック氏の忠実 な る召使 いで誠に 現実的で如才 ないサム ・ウェラー は、デ ィケ ンズが追求 していた想像 力の物語 と単 なるほ ら話の違 いを一番理解 してい る登場 人物 にほ か な らない。 ところが、 この特殊 な 「教会庶 務係」の話の出 どころは実 は彼 自身だったの であ る(第17章、p.227)。この話 を彼は表面上 は他 の8編 と同様 に驚 くべ き物語 として提供 している。パ ロデ ィ として8編 との対照 を計 算に入れてそ うした と考 えるのが一番妥当だ ろ う。 そ してウェラー は 『ピックウィック』 中の最後の挿話 「旅商人の叔父の話」への導 入場面に至 って、 その語 り手 であ る片 目の奇 妙 な男 を観察 しなが ら、 この男は 「驚異の物 語」 を語 って い た と判 断 す るの で あ る (p. 679)。思 わぬ ところで出て きた この言葉 こそ、 正 に他 の8編の挿話のために用意 され たレッ テル と言 えるのではないだろ うか。サム ・ウ ェラーの こ うした 自由 自在 な様 子は彼の現実 的知 恵ばか りでな く、デ ィケ ンズの1836年 当 時の作家 としての意図 を垣 間見せ るものであ る。 この よ うに見て くると、 『ピックウイック』 の挿話群 は、エ ドモン ド ・ウイル ソンを始め とす る批評家 たちの悪評 に もかかわ らず、何 らかの評価 を受 けて当然 である。「放 浪者の物語
」
「囚人帰還の物語」
「狂人の手記」
「奇妙 な 依頼 人の話」におけ る題材の選 び方は確かに 風変 わ りであろ う。数々の犯 罪行為 、殺人、 債務者監獄、女性 に対す る暴力、堕落 した父 親、幼 児虐待 な どにつ いて詳細 にわたる描写 が施 され、デ ィケ ンズ個 人の生 い立 ちに まつ わ る暗 い側面 を映 し出 している。 自らの嫌 な 過去 であ るに もかかわ らず、 これ ら4編にこ うした題材 を盛 り込 んだのは、人間の特殊 な 心理状 態 と想像 力の解放 されてい く過程 との 微妙 な関係 を描 いて見せ る とい う、言わば作 家 の普遍的信条にかかわる行為 であるか らだ と考 え られ る。 「幽霊話」(ghoststories)が そ の最 た る手段 であ るこ とは、デ ィケ ンズのい くつかの文章の中で言及 されてい る。 そ して、 この こ とが作家の信条たる所以 は 『- ンフ リ ー親方 の時計』 (Master Humphrey's Clock, 1840-41)の 中 で 「奇 妙 な依 頼 人 の 話」が `ghoststory'として取 り上 げ られていること か らもわか る (p.85)。 これ ら4編は、残 りの 4編(
「幽霊話」 と言うほどではな く 「驚異の物 語」であるが)と共 に、デ ィケンズの ご く初期 の もので稚拙ではあ るものの、 日常的思考か ら奔放 な想像 力 を借 りて逸脱 しようとす る懸 命 の試みであ り、十分評価すべ きであ るO程 度 こそ様 々だが、 『ボズ』の時間的に最後 を飾 る 4編 に も同様 の こ とが 当ては まる。(8)さ ら に 『ピックウイック』の8編 を時間的に眺め る と、1837年 に書かれた3編 (9編中最後の 3 編になる)の うち 「墓掘 り男 をさ らった鬼の 話」 と 「旅商人の叔父の話」は巧みにユー モ ア と想像 力の世 界 を混ぜ合 わせ 、 それぞれ気 の利 いた駄酒薄 で締め括 ってい る。前者では、 墓掘 り男 グラブ をさらった ように見える鬼は "spirits‥ .beyondproof"(p.405)であった、 す なわち 「存在 を証明で きない妖精 たち」 と 「並み以上の強 さの酒」 をかけている。後者 では、出発 して しまった幽霊 の運転す る馬車 は"deadletters"(p.697)を運んでいた、す なわ ち 「配達不能郵便」 と幽霊 だか ら当然 「死ん でい る郵便」 であるこ とをかけている。最後 に 「ブラグ ッ ド王子伝 説の真相」 は、 このユ ー モア と想像 力の グルー70の作 品 としては少 し失敗 だった ようだ。 そ して1837年デ ィケ ン ズは 『ピックウィック』以外 では既 にほ とん どshortstoriesには手 を染 め て い ないの で ある。 この停滞は、1837年 と1838年 に彼の編集 で 世 に 出 た 月刊 誌 『ベ ン ト リー の 雑 文 集』
(Bentlq'SMiscelhmy)の今 ではほ とん ど忘 れ 去 られた何編かの短 い文章 を概観すれば明 ら か で あ る。該 当す る ものは5編考 え られ る が、(9)その うち 「昔 マ ドフォ ツグの市長 だ っ た タル ランブル氏の公的生活」(1837年 1月) だけが、登場 人物、設定、展開、そ して語 り 口の点か ら見てstoryと見なす こ とが で きる。 それ も 『ピックウィック』 中の挿話 ほ ど実験 的 な ものではない。 『ピックウィック』の9編 はいずれ も、表面上 は暇 な時間 を潰す手段 と して話が始め られていて、それは シェ- ラザ ー ドの物語 りが そ うであったよ うに、古来お 話や物語が存在す る第一の 目的 であ り、デ ィ ケ ンズのshortstoriesに見 られ る最 大 の特 徴 と言 える ものであ る。「タルランブル氏」は 人が語 るとい う設定が不十分 であ り、また「教 会庶務係の真実の恋 の物語」 を除いて 『ピッ クウィック』の挿話群 がほぼ全 て 『ボズのス ケ ッチ集』の笑劇風の味わいか ら一段 と深味 のあ る実験的 な心理描写 に向か ってい るのに 対 して、再 び笑劇 ものに逆戻 りしてい る感が あ るO 『ベ ン ト))-』の残 り4
編 はいずれ も基 本的に この路線 に沿 った ものであ る。村 田 :デ ィケ ンズの初期 「短編小 説」 (2) 作家 として この時期 にデ ィケ ンズがshort storiesにおけ る想像 力 (imagination)の可能 性 を実験 してみ るこ とに明 らかに興味 を失 っ たその一 因は、作家 としての名声が上が るに つれて様 々の作 品や事柄 に関わ らざるをえな くなったか らである。 ア ンガス ・ウィル ソン 氏が指摘 してい るように、 この時期 ほ どデ ィ ケンズが仕事 をこな した こ とはない。(10)元来 バ イタ リテ ィー にあふれ、人の何倍 もや りと げ る力 を持 ってはいたが、それ らの限度 をは るかに越 える量 を彼は抱 えていた。例 えば、 1837年 に彼は 『ピックウィック』 と 『オ リヴ 7- ・トゥイス ト
』(
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le砂)を同時に 書 き継 ぎ、加 えて1838年1月には匿名で言わ ば金儲け仕事 とも言われ る 「若 き紳士 たちの スケ ッチ」(SketchesofYoungGentlemen)を こな し、 その上 同時にあ る人物 の 自伝の編集 を す る な ど し た。(ll)デ ィ ケ ン ズ がshort storiesを月刊 誌 の約 束のペー ジの埋 め草 と して使 っていた とい う考 え方は、 これ まで見 て きた通 り、 『ピックウイック』に関 しては当 ては まらない。 しか し、 『ベ ン トリー』につ い てはそ うも言 い切れない。デ ィケンズは 『ベ ン トリー』 を開始す るに当た り、雑誌 を編集 す るばか りでな く、各号お よそ1
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ペー ジに も 達す る文章 を提供す るこ とを契約 していた。 これはほぼ 『オ リヴ ァ-』の 1回分 に相 当す る量である。 この頃の短 い文章や作品 を見渡 して も、 『ニ コラス・ニ ックル ビー』中の 「グ ロ ッグツヴ ィッ ヒの 男爵」(The Baron of Grogzwig,第6章,1838年5月)は例外 として、 『ピックウイック』以降ほ とん どの ものが精 彩 をな くしてい るように思 える。「グロッグツ ヴィッヒ」 は 自殺 を図 らん とす るまでに落 ち 107 込んで しまった男 を喜劇仕立てに した もので、 ユー モア と伝統的 な ゴシック物語の小道具 を 適度 に取 り混ぜ 、超 自然的に人間の改心 を描 いてい る。正 に「墓掘 り男 をさらった鬼の話」 を想起 させ る内容 であ る。 この停滞 も1839年 『ニ コラス ・ニ ックル ビ ー』 を終 える頃には、 よ うや くに して解消 の 兆 しを見せ ていた。 デ ィケンズは幼少年時代 の第一 の思 い出であった妖精物語や神秘 的 な 話 な どに本来備 わってい る想像 力の可能性 を 再 び熱心 に追求 し始め た ようである。彼はそ れ を次の仕事 で具体的 に して見せ た。 1840年4月デ ィケンズは新 たに 『- ンフ リ ー親方の時計』なる週刊誌 (のちに月刊誌)を 発行 した。結果的にこの雑 誌か らは『骨董屋』(
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と 『バーナ ビー ・ ラッジ』(
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が生 まれ たが、雑 誌 としては成功 した とは言い難 い。 しか し発 刊に際 して彼 は、 『ボズ』か ら 『ピックウィ ッ ク』にかけで 情熱 を見せ たshortstoriesにお け る想像 力の 自由奔放 な展開に再 び戻 りたい 心情 を吐露 してい る。 フォー スター の伝記 に も見 られ るよ うに、 多 くの批評家は、デ ィケ ンズが 『- ンフ リー』 を始め たのは、長編小 説 を書 くときには当然予想 され る多大 な労苦 か ら逃 れ るため だ と見 な してい る。(12)確 か に、 定期刊行誌 (月刊にしろ週刊にしろ)の中に多 くの執筆者 と様 々の種類 の短 い文章 を取 り揃 えて しか も最終的に大衆 に歓迎 されれば、人 気作家 デ ィケンズ- の 日毎 に高 まる要求 を軽 減す ることが出来 ただ ろ う。 それ と同時に、 や は り彼の胸 の内では、 こ うい う形式 を取 る こ とで創作上 の休 暇 を取 るこ とがで きる し、 想像 力 を自由に振 るうこ ともで きる と考 えた と思われ る。彼の作 品へ挿絵 を書 いて くれて いたダニエル ・マ ク リ- ス (DanielMaclise)へ の 手 紙 は そ の こ とを十 分 に示 唆 して い る,(13)デ ィケンズは 『- ンフ リー親方の時計
』
とい う大 きな媒体 を作 り出す こ とで、かねて よ り 「夢 と幻想の世 界」 (worldoffancy)と 考 えて きた彼の未知 の領域-、向 こう見ず な 飛 び込み を敢行 したのであ る。 『- ンフ リー』の巻頭 を飾 る文章 で、彼の 非 日常への傾倒が示 されてい る。親方は 自分 の住 む場所や家族友人 との関係 には深 く触れ ず、 まるで隠居の身の よ うに 自分 たちの生活 ぶ りが浮世離れ していて、 この世 の俗事 か ら かけ離れているこ とをさかんに強調す る。 私達 は隠遁の生活が身につ いていて、 しば ら くは運勢に も陰 りがあ るように思 われ るが、それで も、年齢 ゆえに情熱 を 失 うとい うこ ともな く、 ロマ ンスに対す る気持 ちもい まだ衰 えず、過酷 な現実 に 改め て 目覚め るよ りは、夢見心地に この 世 をぶ らぶ ら見て歩 くこ とをよ しとす る 人間である。 (p.ll)(14) 隠遁 を装 うこ とも含めて、 こ うした- ンフ リ ー親方に見 られ る人物設定や描写、あ るいは 『ピックウィック』 中の クリスマ ス風景の描 写 な どにつ いては、 多 くの人達がア メ リカの ロマ ンス作家 ワシン トン・7- ヴ ィング (1783 -1859)か ら来 る影響 だ としてい る。デ ィケン ズは直接彼にファンレターの ご とき手紙 も出 してい るし、当時の作家 たちの 多 くが7- ヴ イングを信奉 していたこ とは 自明である。 ロ マ ンスに出て くる大 人たち (主人公たち)は し ば しば古 い時代 の伝説や昔話 を好み、18世紀 のイギ リス作家の今 となっては古色蒼然 とし た文章 を読み耽 り、同様 の文章 を自ら善 いた りす る。 続けて親方 はこれか ら語 り始め る自分 たち のstoriesにつ いて述べ る。「過去の精霊や想 像 力か ら生 まれた生 き物、そ して現在 に生 き る人々」が探 し求め る対象 だ としてはいるが、 この巻頭言の印象では、「現在 の人々」はほ と ん ど影が薄 い (p.ll)。 ほんの2年足 らずの発 行 で しか なか った 『- ンフ リー』 中に発表 さ れた僅かばか りのshortstoriesは、いずれ も 親方 とその仲 間に まつ わる ものだが、「過去 の 精霊や想像 力か ら生 まれた生 き物」 を扱 って い ると言 えるO この 『- ンフ リーの親方の時 計』 とい う理想の廃嘘か ら辛 じてstoryと認 め られ る形 で世 に出た ものは3編であるが、 最初の 「ジャイア ン ト・クロニ クル ズの第-夜」 (FirstNightoftheGiantChronicles)はエ リザベ ス 1世 の時代 を舞 台 とし、「チャー ルズ2世 の時代 に獄 中で発見 された告 白書」
(AConfessionFoundinaPrisonintheTime ofCharlestheSecond)はその タイ トル通 り、 「ピックウィック氏の物語」 (Mr.Pickwick's Tale)は ジェイム ズ2世 の時代 に語 られ る。こ の ように語 りの時代 を設定 してはい るが、 い ずれ も物語 の展開 とはほ とん ど無関係 で、必 然性 は見 られ ない。前者
2
編 では、エ リザベ ス1
世 とチ ャールズ2
世 を入れ換 えた として も何 の差 し障 りもない くらいである。 これ ら の時代設定 は、 それぞれが先程述べ た親方の 言葉 「過酷 な現実」 とい う現代社会か ら十分 時間的に離れているとい う点 を除けば、ほ と ん ど意味が ない。 この こ とか らも、 『ピックウイック』の挿話 9編 と同様 に、デ ィケンズが 『- ン7 リー』 の ため に用意 したstoriesは、 日常 を超 えた 「夢 と幻想の世 界」へ入 ろ うとした と言える だろ う。 ただその世 界 を実際に築 き上 げよ う とした とい うよ り、 その単 なる枠組か青写真村 田 ●テ ィケ ン ズの初期 「短編 小 説」 (2) を作 って見せ た と表現す るほ うが適切だろ う。 「ジャイア ン ト・クロニ クルズ」に して も 「ピ ックウィック氏の物語」に して も、完全 な形 で 「驚異の物語」 として提 出されていない。 過酷 な現実 に対抗すべ き夢や幻想 とい う特効 薬の効用 を十分納得 させ る形 で小説に仕立て た
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年後の 『辛 い時代』(
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につ な が るimaginationとfancyの世 界 の一部 を、 あるいは枠組 を 『- ンフ リー』 ではささやか に試みた。つ ま り、世 の人々に蔓延す る 「想 像す るとい う行為 の欠如」に戦 い を挑み、 ま たその欠如状 態 に安住 して無感覚 になって し まうこ との怖 さを知 らせ ようとした と言える だろ う。 残念なが ら 『- ンフ リー親方の時計』は、 彼 自身 も素直に認めているように、失敗に終 わった。 その原因は大 まかに言 って2
つあ る。 ひ とつは雑誌 としての構成や方針が読者の要 求か ら外れていたこ と、つ ま り当時の大衆 は、 バ ラエテ ィに富んだ雑文の寄せ集めでな く、 わ くわ くす る長編 を望 んでいたか らだ。エ ド ガ一 ・アラン ・ポオ との手紙のや りとりの中 で、デ ィケンズはポオの 『グロテス クとア ラ ベ ス クの物語』(
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をイギ リスの出版社か ら出 して もらえないか とい う要請に対 して、 「ただ、私か ら慰め として申 し上 げ られ るこ とは、仮 にイギ リス人だった として も、 まだ 有名 で もない作家の何編かの独立 した作品の 寄せ集め を出版 して くれ るところは、現在 こ の都会 では見つ け られないだろ うとい うこ と なのです。
」 と答 えている。(15) もうひ とつ の原因は、デ ィケ ンズ自身 も気 づ いていたか もしれないが、 『- ンワ l)-
』で 親方 を始め とす る語 りの人物が四六時中 日常 生活か ら隔絶 されてい るこ とを強調 したこ と であ る。現実か らの逃避 は一時的 な ものであ1
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る限 りは大衆 に受 け入れ られ る、 とデ ィケ ン ズは知 っていたはずだ。『家庭 の 言葉』(
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年 ク リスマ ス号 の企画 に つ いて意見 を述べ てい る、 ウィルキー ・コ リ ンズへ の手紙 の中で彼はこ う言 う。 君 は世 間 を締め出す ことは出来 ない。 そ こに住 ん でいて、 その一部 なのだか ら。 世 間か ら自らを切 り離 そ うとすれば、 た ちまち 自分 を偽 るこ とになる。世 間 と交 わ り、 それ を最大限利用 し、 自分 を最大 限に生か さな くてはいけない。(16) この現実認識 とは対照的に、デ ィケンズは『 -ンフ リー』 では少 しや りす ぎた と言 え る。幼 少年時代 の読書体験 を思 いだす ときに こみあ げ るノスタル ジー ゆえに、作家 として歩み出 して以来追求 して きた想像 力の王国 をさらに 高度 に したいゆ えに、 その現実か らの シフ ト (逃避) を一 時的 にではな く四六時 中に して しまった。王国の イメー ジは当然なが ら、か えって暖味 で効 果の薄 い ものになって しまっ た。 唯一かつ強力な例外 は 「チ ャール ズ2世 の 時代 に獄 中で発見 された告 白書」 であ る。殺 人 を犯 して しまった男が語 るほ とん ど強迫的 な物語 で、 4才 の甥 を殺すに至 った経過 を事 細かに書 き残 している。男は、 どん なふ うに 自分 の土地 に死体 を埋め、不意の客 を もてな す ときに どうして 自分の椅子 をその墓 の上 に 置 いて ご まか そ うと したか な どにつ い て、 淡々 と供述す る。最 後に客 た ちは、訓練手の 許か らた また ま逃 げ出 して来 て しまった2頭 のブ ラッ ド- ウン ド犬が嘆 ぎ出 して騒 いだた めに、事 の真相 を知 る。 この短 い作品で、再 びデ ィケ ンズは 『ボズ』の 「酔 っ払 いの死」や 「黒 いベール」 そ して 『ピックウィック
』
の挿話群 で したよ うに、人間の異常心理 、ほ とん ど狂気 とも呼べ る精神状態の探究 に従事 してい る。例 えば、男が甥 を殺 そ うと決心す るまでの狂お しい までの不安定 な言動 は、「黒 いベール」の母親 の息子 を思 うあ ま りの狂気、 「酔 っ払いの死」の父親の 自殺直前 の心理状 態 を想起 させ る。1868年、す なわち28年後、 月刊誌 『一年 中』 (AlltheYearRound)の中 にデ ィケンズは 「ジ ョー ジ ・シルヴ ァ-マ ン の釈 明」 (GeorgeSilverman'sExplanation) を発表 しているが、 これは この路線の作品で は最終的 な完成度 を有す るものであ る。「チャ -ルズ2世」はそれ と比べれば、や は り習作 の域 だ と思わせ るが、さすがに年 を経 た分 『ボ ズ』や 『ピックウィック』 中の もの よ り、抑 制が利 いてお り印象的で まとま りがあ るo デ ビュ-以来か な り明瞭 な線 をな して続 い てい たshortstoriesに対 す るデ ィケ ン ズの 関わ りも、 この時期 に至 って、 とうとう一つ の終 わ りを迎 えた。彼のshortstoriesに関す る3つの時期 の うち、
「Ⅰ初期 (1833-40)」 は終 了 したのであ る。(17)これ を境 にデ ィケ ン ズはShortstoryを善 くとい う意志 をな くし、 もっぱ ら長編に向か う。 これはほぼ1840年代 に当た り、彼の偉大 な名声 を確立 した 『骨董 屋』
『バ-ナー ビー ・ラッジ』
『マー テ ィン ・ チャズルウィッ ト』(MaylinChuzzleu)it
)
『ドン ビー父子』(Domb砂 andSon)『デ イヴ ィッ ド・ カ ッパ- フィー ル ド』(DavidCol)pedl'eld)な どを残 した。 ただ し、 多 くの読者 もす ぐ気づ く通 り、クリスマ ス特集のshortstoriesだけ は例外 であった。 それ らを経 て、1850年 には 彼 は再 び 『家庭 の言葉』 とい う雑誌 に乗 り出 し、もう一度shortstoriesに深 く関わ って行 く。 『- ンフ リー』の失敗 を通 して、彼は想像 力の王国への過度の傾倒 は、shortstoriesと い う形式つ ま り雑誌や編集 とい う集合体 の形 では、世 の中に受 け入れ られない し経済的に も破綻す るこ とを嫌 とい うほ ど実感 しただろ う。 しば ら くの休み も止む をえない状況だっ た。 ただ し、 その情熱が な くな らずに じっと 残 されていたこ とも当然予想 で きる。後 で ク リスマス特集号 の企画 としてその情熱が不完 全 なが ら復活す るためには、『- ンフ リー親方 の時計』が単 に 『骨董屋』の発表の場 となっ て しまってか ら3年が必要 であ った。この「ⅠⅠ 中期 (1840年代)」の研究は また次回に送 りた い。 注 (1)筆者の論文 (清泉女学院短期大学研究紀要第 8・9合併号、1990年)参考oなお前回の論 文で説明 したように、ディケンズの短い文章 や作品については、短編 (小説)という誤解 を招 く呼び方ではな く、(short)storyという 呼び方をする。(2) Edmund Wilson,"Dickens:The Two Scrooges"in The Wound and theBow (1941;reprinted.,New York:Farrar StrausGiroux,1978),p.10.
(3) Edgar Johnson,Charles Dickens.・His TragedyandTn'umph(1952;reprinted.,
Harmondsworth,England:Penguin,1979),
chapter9.
(4) RobertPatten,hisIntroductiontoPickwick Rapeys (Harmondsworth,England:Pe n-guin,1972),pp.25-26.
(5) ディケンズの作品か らの引用は、いずれ も TheIllustratedDickensEdition(London: OxfordUniv.Press,1947-58)の各作品に拠
る。
(6) GarrettStuart,DickensandtheTrials
o
f
Im ination(Cambridge:HarvardUniv. Press,1974),p.32.
村田 :ディケンズの初期 「短編小説」 (2) (7) op,°it.,p.42. (8)いずれ も1836年 だが、時 間的 な順 番 にす る と、
1
.
「黒いベール」 2.「グ レー ト・ウ ィン グルベ リの決 闘」 (1.と同時) 3.「ラムズゲイ トの タッグズ家」4.
「酔 っ払 いの死」(9) "PublicLifeofMr.TulrumbleOnceMayor ofMudfog"(1837年1月)
"ThePantomimeofLife" (同3月)
…Some ParticularsConcernlng a Lion"
(同5月)
HFullReportofmeFirstMeetingofthe MudfogAssociationfortheAdvance -mentforEverything" (同10月)
"FullReportoftheSecondMeetingofthe MudfogAssociationfortheAdvance -mentforEverything" (1838年9月)
(10)AngusWilson,The World of Charles
Hll
Dickens(1970・,reprinted.,HarmondsI worth,England:Penguin,1972),p.110.
(ll) 『ベ ン トリーの雑文集』の出版元であったベ
ン トリー社 が 出版 す る予定 の道化 役 者 グ リ マルデイ (Grimaldi)の 自伝。
(12)StevenMarcus,Dickens :Fy10m 」巧cku)ick toDomb砂 (1965;reprinted.,NewYork: Norton,1985),pp.130-2.
(13)Deborah A.Thomas,Dickens and the Shod Story(Philadelphia:Univ.ofPenn・ sylvaniaPress,1982),p.26. (14)拙訳。この論文 中特 に説明のない訳文 は全 て 筆者の手に よる。 (15)Thomas,p.29. (16)Ibid.