軌道積分,表現の指標 若槻聡 1. 準備 F を標数 0 の非アルキメデス的局所体とする.G を F 上の連結簡約線形代数群とし, Gは GLnの F -部分線形代数群としておく.以下,G = G(F ) とし,dx を G 上のハー ル測度とする. GLn(F )の Lie 環は Mn(F )と同一視される(cf. [8] の例3).仮定より G の Lie 環 g は Mn(F )の部分代数となる.詳しくは [9] を参照されたい.例えば E を F の 2 次拡大 とすると,[8, 例6] のユニタリ群 Un(F )の Lie 環は {X ∈ Mn(E)| XIn+ Inσ(tX) = 0} と同一視される (cf. [8, 例8]).G の g 上への随伴表現 Ad : G → GL(g) は Ad(g)X = g−1Xg (X ∈ g, g ∈ G) によって定められる.不定元 t の多項式 det(1 + t− Ad(x)) =∑ k≥0 Dk(x) tk について,Dk ̸= 0 となる最小の k を G の階数 (rank(G)) といい, DG(x) = Dl(x) , (l = rank(G)) とする.G の部分集合 Greg ={x ∈ G | DG(x)̸= 0}
は G において稠密な開集合であり,∫G\Gregdx = 0となる.この Gregは [7] の Gregと一
致する.g の随伴表現 ad : g → End(g) は ad(X)Y = [X, Y ] (X, Y ∈ g) で定められる. 不定元 t の多項式 det(t− ad(X)) =∑k≥0ηk(X) tkによって ηg(X) = ηl(x) , (l = rank(G)) とする.g の部分集合 gregを greg ={X ∈ g | ηg(X)̸= 0} により定める. g⊂ Mn(F )かつ G⊂ GLn(F )なので,g の元に対する exp と G の元に対する log が exp(X) =En+ X 1! + X2 2! +· · · + Xm m! +· · · ∈ G (X ∈ g), log(x) =(x− En)− (x− En)2 2 +· · · + (−1)m−1(x− E n)m m +· · · ∈ g (x ∈ G) のように収束を仮定した上で定義される.収束については [6, Section 10] を参照された い.固有値が 0 に近い X ∈ g に対して exp(X) は収束することに注意しよう.そして 十分に 0 に近い g の元 X(cf. [6, p.57]) について|ηg(X)| = |DG(exp(X))| が成り立つ. 特に
が成り立つ.exp を用いた Lie 環から Lie 群への持ち上げの議論 (cf. [5, 6, 10]) により, いくつかの条件を仮定すると後で述べる G 上の軌道積分は g 上の軌道積分と同一視で きる.N を g の nilpotent 元全体とし,U を G の unipotent 元全体とする.N の元に 対して exp は有限和になること,U の元に対して log も有限和になることに注意された い.log◦ exp = idN かつ exp◦ log = idU なので exp はN から U への全単射である.N の G-軌道は有限個であることに注意する. 2. 指標 (π, V )を G の既約許容表現とする.テスト関数 f ∈ Cc∞(G)に対して,自己準同形 π(f ) : V → V を π(f )v = ∫ G f (x)π(x)v dx (v ∈ V ) によって定める.G の十分小さい開コンパクトな部分群 K について f が KxK (x∈ G) の特性関数の一次結合となっているので,rank(π(f )) <∞ となる.そのため,Cc∞(G) 上の超関数 Θ(π)(連続な線型汎関数)が Θ(π, f ) = Tr(π(f )) (f ∈ Cc∞(G)) によって与えられる (cf. [12, 2.6]).(注:Cc∞(G)上には,有限個の G の開コンパクト な部分集合の特性関数で張られる空間の位相をC の通常の積位相により定め,それら による帰納的極限の位相が入っている.そのため Cc∞(G)上の任意の線型汎関数は超関 数になる.) 定理 1. [6, Theorem 16.3]. Greg上局所定数であるような G 上局所可積分な関数 Θ(π) が存在して, Θ(π, f ) = ∫ G Θ(π, x)f (x) dx (f ∈ Cc∞(G)) が成り立つ.そして|DG|1/2Θ(π)は G 上局所有界である. 今回のサマースクールでは,関数 Θ(π) を J (π, γ) =|DG(γ)|1/2Θ(π, γ) のように正規化して得られる関数 J (π) を扱い,関数 J (π) を π の指標と言う.特に指 標 J (π) は J(π, g−1γg) = J (π, γ) (γ ∈ Greg, g ∈ G) を満たすことに注意されたい. 3. g上の軌道積分 B(X, Y ) = Tr(XY ) (X, Y ∈ g) とおくと,B(X, Y ) は g 上の G-不変双一次形式とな る.dX を g 上のハール測度とし,χ を F 上の非自明な指標とする.f ∈ Cc∞(g)につ いて b f (Y ) = ∫ g f (X) χ(B(X, Y )) dX により bf ∈ Cc∞(g)を定義する.Cc∞(g)上の超関数 T に対して,そのフーリエ変換であ る Cc∞(g)上の超関数 bT が b T (f ) = T ( bf ) により定まる. Lie環 g の元 X について,その G における X の中心化群を CG(X)とする.つまり, CG(X) ={g ∈ G | Ad(g)X = X} である.CG(X)はユニモジュラーであることが知ら
れているので,G-軌道 O = Ad(G)X ∼= CG(X)\G 上に不変測度 dx∗が定数倍を除いて 唯一定まる.そして [10] により任意の f ∈ Cc∞(g)に対して積分 µO(f ) = ∫ CG(X)\G f (Ad(x)X) dx∗ が値を持つので,Cc∞(g)上の超関数 µOが得られる.この積分 µOのことを軌道積分と 呼ぶ.[6, Theorem 4.4] より,greg上局所定数となる g 上の局所可積分関数µcOが存在 して c µO(f ) = ∫ g c µO(X) f (X) dX (f ∈ Cc∞(g)) が成り立ち,|ηg(γ)|1/2µcOは g 上局所有界となる.特にµcOは greg上の局所定数関数と なっている. 定理 2. [6, Theorem 16.2 の原点近傍のみの場合]. 0 に十分近い任意の Y ∈ gregにつ いて J (π, exp(Y )) =∑ ξ cξ(π)µbξ(Y ) が成り立つような nilpotent 軌道 ξ と π にのみ依存した複素数 cξ(π)が一意的に存在す る.ただし,上の和において ξ は G の nilpotent 軌道全体を動く.
この展開を指標の germ expansion という.特にすべての既約な square integrable 表 現 π に対して,c0(π)は π の形式次数と適当な定数との積に一致する (cf. [6, Theorem 22.3] and [4]). G上の unipotent 軌道 u が g 上の nilpotent 軌道 ξ に対応しているとき,0 に十分近い Y ∈ gregにつてい b J (u, exp(Y )) =µbξ(Y ) , cu(π) = cξ(π) とおく.こうすると上の定理は,1 に十分近い任意の γ ∈ Gregについて J (π, γ) =∑ u cu(π) bJ (u, γ) が成り立つような unipotent 軌道 u と π にのみ依存した複素数 cu(π)が一意的に存在す る,と [7, Theorem 0.19] と同じ形に書き換えれる. 上の定理は原点近傍での展開になっているので,固定した半単純元の近傍での展開 への一般化は次のようになる.δ を G の半単純元とし,Gδを G における δ の中心化群 の 1 を含む連結成分とする.Gδは簡約であることに注意しよう.Gδ = Gδ(F )とおき,
gδをその Lie 環とする.上述の g の場合と同様に Gδの Lie 環 gδの各 nilpotent 軌道 ξ
に対して関数νbξが定まる. 定理 3. [6, Theorem 16.2]. 0 に十分近い任意の Y ∈ gδ,regについて J (π, δ exp(Y )) =∑ ξ cδ,ξ(π)νbξ(Y ) が成り立つような π と δ と ξ に依存した複素数 cδ,ξ(π)が一意的に存在する.ただし和 において ξ は gδの nilpotent 軌道全体を動く. 証明は [6, Theorem 16.1] によるので,δ が 1 でも他の半単純元でも証明は変わらない.
4. G上の軌道積分 γ ∈ G について Gγを,G における γ の中心化群の 1 を含む連結成分とする.そし て,Gγ = Gγ(F )とおく.G の uinipotet 元 u とその G-軌道{g−1ug | g ∈ G} を同一視 しよう.f ∈ Cc∞(G)と unipotent 軌道 u について J (u, f ) = ∫ Gu\G f (x−1ux) dx∗ と unipotent 軌道積分 J (u, f ) を定義する. 次に ω を Gregの元とする.この場合,Gωはトーラスになる.そこで,T = Gωと して,T = T(F ) かつ Treg = T ∩ Gregとおく.T 上のハール測度 dt を固定する.T\G 上の不変測度 dx∗を dt と dx によって定め,f ∈ Cc∞(G)と γ ∈ Tregに関する軌道積分 J (γ, f )を J (γ, f ) =|DG(γ)|1/2 ∫ T\G f (x−1γx) dx∗ と定義する.
定理 4. [11, Theorem 2.1.1], [13, p.955 Proposition の原点近傍のみの場合], [6, Theorem 8.1 Lie環の場合]. 1 に十分近い任意の γ ∈ Treg(近さは f に依存する)について
J (γ, f ) =∑
u
g(u, γ) J (u, f )
が成り立つような unipotent 軌道 u にのみ依存した Treg上の関数 g(u) が一意的に存在
する.ただし,上の和において u は G の unipotent 軌道全体を動く.特に g(u) は Treg
上の局所定数関数となる.
この展開を軌道積分の germ expansion という.続いて,指標の germ expansion と同 様に固定した半単純元の近傍での展開を考えよう.証明は [13, p.954–955] を参照され たい.証明は上述の原点近傍の展開に帰結する形で行われる.G の半単純元 δ を固定 する.δ はトーラス T に属していると仮定して良い.Gδのユニポテント元 u に対して
J (δu, f ) =| det(1 − Ad(δ))g/gδ|
1/2 ∫ Gδu\G f (x−1δux) dx∗ と定義する. 定理 5. [13, p.955 Proposition]. 1 に十分近い任意の γ ∈ Gδ,reg∩ T(近さは f に依存す る)について J (δγ, f ) =∑ u g(δu, γ) J (δu, f )
が成り立つような δu に依存した Gδ,reg∩ T 上の関数 g(δu) が一意的に存在する.ただ
し,上の和において u は Gδの unipotent 軌道全体を動く.特に g(δu) は Gδ,reg∩ T 上の
局所定数関数となる.
5. 捻った場合
Gの捻られた指標(twisted character)と捻られた軌道積分(twisted orbital integral) を考えよう.σ を F 上定義された有限位数の G の自己同型とする.このとき,Go ⟨σ⟩ は非連結な簡約線形代数群となる.以下,
˜
と置く.つまり積は (g1o ε1)(g2o ε2) = g1ε1(g2)o ε1ε2となる.もちろん正則表現を考 えることで ˜Gは GLnlの部分代数群となる.そのため, ˜Gの Lie 環は g と同一視でき, DG˜ や ˜Gregが同様にして定められる (cf. [3, p.151]).そこで DG,σ(g) = DG˜(go σ) (g ∈ G), Greg,σ ={g ∈ G | g o σ ∈ ˜Greg} と記号を定めておく.Greg,σの元を σ-正則元という. (π, V )を G の既約許容表現としよう.π が σ-安定であるとは,πσ(x) = π(σ(x))で 定義される表現 πσと π が同値であることを意味する.以下,π が σ-安定とする.この とき,π と πσの間の零でない intertwining operator I σ : V → V が存在する.そして, Il σ = IdV と正規化してよく,このような Iσは一意的に定まる(cf. [1, p.10–11]).σ-安 定な既約許容表現 π について, π(go σi) = π(g) Iσi と置くことによって ˜Gの既約許容表現 (π, V ) が得られる.テスト関数 f ∈ Cc∞(G)に ついて Θσ(π, f ) = Tr(π(f ) Iσ) と定めることで,超関数 Θσ(π)が得られる. 定理 6. [3, Theorem 1] Greg,σ上局所定数であるような G 上局所可積分な関数 Θσ(π)が 存在して, Θσ(π, f ) = ∫ G Θσ(π, x)f (x) dx (f ∈ Cc∞(G)) が成り立つ.そして|DG,σ|1/2Θσ(π)は G 上局所有界である. [3]において [6] の結果の非連結な簡約線形代数群への一般化がなされているので, ˜G へ適用すればこの定理が従う. Jσ(π, γ) =|DG,σ(γ)|1/2Θσ(π, γ) と正規化して,関数 Jσ(π)を捻られた指標と呼ぶ. δo σ を ˜Gの半単純元として,Gδ,σを g−1δσ(g) = δで定められる G における σ-中心 化群の単位元を含む連結成分とする.Gδ,σ = Gδ,σ(F )とおいて,gδ,σを Gδ,σ の Lie 環 とする.上述と同様に gδ,σの nilpotent 軌道 ξ に対して関数νbξが定まる.捻られた指標
Jσ(π)の germ expansion が次のように記述される. ˜Gにおいて δo σ と exp(Y ) o 1 の
積を考えると分かり易いと思う. 定理 7. [3, Theorem 3]. 0 に十分近い任意の Y ∈ gδ,σ,regについて Jσ(π, exp(Y )δ) = ∑ ξ cδ,σ,ξ(π)νbξ(Y ) が成り立つような π と δo σ と ξ に依存した複素数 cδ,σ,ξ(π)が一意的に存在する.和に おける ξ は gδ,σの nilpotent 軌道全体を動く. f ∈ Cc∞(G)と半単純元 ωo σ と Gω,σのユニポテント元 u に対して捻られた軌道積 分を
Jσ(uω, f ) =| det(1 − Ad(ω o σ))g/gω,σ|
1/2
∫
Guω,σ\G
f (x−1uωσ(x)) dx∗
と定義する.半単純元 δoσ を固定すると,捻られた軌道積分 Jσ(γδ)の germ expansion
定理 8. [13, p.955 Proposition] 1 に十分近い任意の γ ∈ Gδ,σ,reg(近さは f に依存する) について Jσ(γδ, f ) = ∑ u gσ(uδ, γ) Jσ(uδ, f )
が成り立つような uδo σ に依存した Gδ,σ,reg上の関数 gσ(uδ)が一意的に存在する.た
だし,上の和において u は Gδ,σの unipotent 軌道全体を動く.
References
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