明治前半期の時順表現と時長表現
著者
松井 利彦
雑誌名
文林
巻
42
ページ
19-57
発行年
2008-03-20
URL
http://doi.org/10.14946/00001579
Creative Commons : 表示 - 非営利 - 改変禁止 http://creativecommons.org/licenses/by-nc-nd/3.0/deed.ja明治 前 半期 の時順 表 現 と時長 表現
松 井 利 彦
(1) 《時 》 の 表 現 の う ち 、 現 代 と明 治 前 半 期 とで 大 き く違 う の は 、 時 長 表 現 で あ る。 な ぜ そ うな の か と言 え ば、 時 長 表 現 に は官 製 が な か っ た か らで あ る 。 そ の た め に、 「九 十 七 時 二 十 分 間 」 と い う角 書 き を もっ 小 説 が 明 治13 年 に 出 版 さ れ る こ と に な っ た 。 井 上 勤 がJules Verneの"De la terre a la lune, trajet direct en 97 heures"の 英 訳 本 を 訳 し た 空 想 科 学 小 説 、 『月 世 界 旅 行 』1)が そ れ で あ る。 第1巻 の 扉 に は書 名 の ほ か 、 「米 国 ジユ ル 冥 褒 ル ン 氏 著/日 本 井 上 勤 訳 」 「版 権 免 許 二 書 楼 発 党 」 と あ る 。 ジ ュ ー ル ・ ベ ル ヌ を 「米 国 」 と し た 理 由 は 凡 例 の 第1項 で 次 の よ う に 書 い て い る こ と か ら 判 明 す る 。 1,此 書 ハ 碩 学 「ジ ユ ル ス 、 ベ ル ン 」 氏 ノ 著 書 ニ シ テ 米 国 チ カ ゴ 」 府 「 ド ン ネ リ イ 、 ロ イ ド」 商 会 ノ 発 党 二 係 リ原 名 ヲ 「フ ロ ム 、 ゼ 、 ア ー ス 、 ツ ー 、 ゼ 、 ム ー ン 、 イ ン、 ナ イ ン チ ー セ ブ ン 、 ア ハ ス 、 ヱ ン ド、 ト ウ エ ン チ ー 、 ミ ニ ユ ー チ ス 、」 卜題 セ ル 所 ノ 書 ナ リ シ カ ゴ で 出 版 さ れ た 英 訳 本 を 井 上 が 訳 し た の で 、 著 者 を ア メ リ カ 人 と し 、 日 本 語 訳 の 書 名 も そ の 影 響 を 受 け る こ と に な っ た 。 本 書 の 英 訳 名 は "From the Earth to the Moon Direct in 97 Hours 20 Minutes"で あ る 。2)こ の"in 97 Hours 20 Minutes"に 日 本 語 の 書 名 の 角 書 き は 対 応 す る 。 し か し 、 「九 十 七 時/二 十 分 間 」(内 題 も 「九 十 七 時/二 十 分 間 」。 改
文林 四十二号 行 を 「/」 で 示 す。)と い う時 長 は、 現 代 日本 語 に は存在 しな い。 井 上 は 書 名 にっ いて、 凡 例 の第2項 で 「其 題 名 ノ如 キ冗長 ナ ル ヲ以 テ約 シテ(九 十七 時二 十分 間)月 世 界 旅 行 ト名 ツ ク」 と書 い てお り、 この場 合 は角書 き で はな く、 カ ッコに入 れ て 「(九十七 時二 十 分 間)」 と書 いて い るか ら誤 植 で はな い。 井上 は明 治21年 に本書 の再 版 を出 して い る。 初 版 の漢 字 片仮 名 交 じり文 を漢字 平 仮 名交 じり文 に改 め、 ル ビ も初 版 で付 けなか った の を総 ル ビに し た。 しか し、書 名 に変更 はな い。 表紙 に は、 『九+七 時/二+分 間月世 界旅 行 』 と横 書 き し、 その下 に 「日本 井 上 勤訳 述 」 と横書 き、 右端 に縦書 きで 「東 げっ せ かいりよかう 京 聚 栄 堂 蔵 版 」 とあ る。 内 題 も 「九+七 時/二+分 間月 世 界 旅 行 」 で あ り、 そ の 下 に 「米 国 ジ ユ ー ル ス、 ベ ル ン」 「日本 井 上 勤 訳 述 」 と あ る。3)凡 その だいめ い ご と じや うちや う もっ や く し ぶん かん げつ 例 の第2項 も 「其題 名 の如 き 冗 長 な るを以 て約 して 九十 七 時 二十 分 間 月 せ か い り よ か う 世 界 旅 行 と名 つ く」 で あ り、 「九 十七 時二 十 分 間」 に変 りは な い。 明 治 の 前 半 期 に 「九 十 七 時二 十 分 間」 が時長 を表 して いた こ とは間違 い ない。 この 「九十 七 時二十 分 間」 が 「九十 七 時 間二 十分」 に な る時期 は何 時 か。 シ hours(「 時 」 単 位 の 時 長 を こ う呼 ぶ こ と に す る。)に は 必 ず 「間 」 を 付 け (た と え ば 、 「3時 間 」)、minutes(「 分 」 単 位 の 時 長 を こ う呼 ぶ こ と に す る。)に は 「間 」 を 付 け る こ と も あ れ ば 付 け な い こ と もあ り(た と え ば 、 「30分 」、 あ る い は 「42分 間 」)、 「何 時 間 」 以 上 に付 くminutesに は 「間 」 を付 け る こ と が な い(た と え ば 、2時 間18分)と い う、 ア ンバ ラ ンス な表 現 は何 時 頃 か ら行 わ れ て い る の か 。 どの よ うな 理 由 か らか 。 雑 誌 『太 陽 』4)を 見 る と、1925年 で は 「一 時 間 十 五 分 」 の よ うな 現 代 と 同 じ表 現 が 多 く見 え る。 しか し、 他 に 「十 一 時 三 十 六 分 」 が 時 長 の 表 現 と して 使 わ れ て お り、 ま た 「一 時 間 十 五 分 間 」 や 、 「一 時 間 五 十 一 分 間 」 も 20
明治前 半期 の時順 表現 と時長表 現 出 て くる。 僅 か で は あ る け れ ど も、 これ らが 現 れ る。5)1925年 は大 正14年 で あ るか ら、 時 長 の 書 き方 が 現 代 と 同 じに な る の は、 昭 和 に な っ て か らで あ る と言 って よ い。 そ れ に比 べ る と、 時 順 表 現 の 基 本 が 確 定 す る の は早 か っ た 。 時 順 の 表 現 は、 明 治5年 の 法 令 を承 け、 明 治6年1月 か ら実 施 され て 、 勿 論 、 全 国 一 斉 に、 と は い か な か った が 、 時 長 に比 べ る と早 く確 立 した 。 時 順 表 現 と時 長 表 現 と は 同 時 の 出 発 ・進 行 で は な い 。 そ の 遅 れ を と っ た 時 長 表 現 の 成 立 を 追 う の が 本 稿 の テ ー マ で あ る。 (2} 明治6年 以 後 の時 順 表現 は官製 で あ る。 明治5年11月 に、 「太 政 官 日誌 』 第97号 で次 の よ うに布 告 され た。 2,三 、 時刻 之儀 是 迄 昼 夜長 短 二随 ヒ十 二 時 二相 分 チ候処 今 後 改 テ時辰 儀 時刻 昼 夜 平 分二 十 四時 二定 メ子 刻 ヨ リ午 刻 迄 ヲ十 二 時 二分 チ 午 前幾 時 ト称 シ午 刻 ヨ リ子 刻 迄 ヲ十 二 時 二分 チ午 後 幾 時 ト称 候 事 四、 時鐘 之 儀 来 ルー一月一 日 ヨ リ右 時刻 二可 改事 但 是 迄 時辰 儀 時刻 ヲ何 字 ト唱来 候 処 以後 何 時 ト可称 事 これ は 日本 の 《時》 表 現 に と って画 期 的 な法令 で あ った。 漢 字 と法令 と の関係 にお いて も先駆 的 な存 在 で あ る。 しか し、 この法令 には欠 陥が あ る。 この ことにっ いて は、 本 誌 四十 号 な どに何 度 も書 い た ので詳 し くは言 わ な いが、 法 令 の内容 と欠 陥 を、 新 た な事 柄 を含 め て簡 単 に言 え ば、次 の よ う な ことで あ る。 な お、 ここで、条 項 を第三 項 と第 四項 と した の は、 その前 に太 陽暦 に関す る項 目が あ り、 これ らを仮 に第 一項 、 第 二項 と した ため で 一21一
文林 四十二 号 あ る。 さ て 、 第 三 項 で あ る が 、 明 治5年 ま で は 、1日 を12に 分 け る不 定 時 法 の とき 12刻 制 や12時 制 を 用 い て き た が 、 今 後 は1日 を24等 分 す る、 定 時 法 の 時 制 を 採 用 す る こ と(こ の 時 制 を 私 は24時 制 と呼 ん で い る。 この 呼 称 の 問 題 点 につ い て は 後 で 触 れ る。)、そ して 、 子 の 刻 か ら午 の 刻 ま で を 午 前 と し、 午 の 刻 か ら子 の 刻 ま で を 午 後 と言 う こ と、 こ の2っ が 内 容 で あ る。 第 四 項 で は、 最 近 で は時 刻 を、 た とえ ば 、 「7ジ 」 や 「8ジ 」 を、 「字 」 の 文 字 で 書 く こ と が 一 般 的 に な っ て い るが 、 こ れ を 廃 止 す る と言 っ て い る。 「七 時 」 「八 時 」 を 「な な っ ど き」 「や っ ど き」 と読 ま れ る こ とを 避 け る方 便 と して 「時 」 の代 わ りに 「字 」 が 広 く使 わ れ た。 今 後 は12時 制 を 使 用 しな い か ら、 「何 ど き」 と読 ま れ る こ と は な く、 した が っ て 、 「時 」 の漢 字 を 用 い て 「七 時 」 「八 時 」 と書 く こ と に す る と言 う の で あ る。 「7ジ 」 「8ジ 」 の 「ジ」 に 「時 」 を 当 て る の は、 も と も と蘭 学 者 た ち の 時 順 の 書 き方 で あ る。 第 四 項 は蘭 学 者 た ち が 使 用 して い た、 そ して 、 そ の 影 響 を 受 け た 人 た ち の 時 順 表 示 に戻 す と い う こ とで あ る。 以 上 が 布 告 の 内 容 で あ る。 た だ し、 省 略 した こ と が1っ あ る。 第 四 項 に 「右 時 刻 二 可 改 事 」 と あ る の は 、 この 法 令 に12刻 制 と24時 制 と を 対 照 させ た表 が 掲 載 さ れ て い る こ と を 指 す(表 の 中 に 「時 」 と書 くべ き と こ ろ を 「字 」 と書 い て い る と こ ろが あ る。 そ れ ほ ど に 「字 」 が 流 布 して い た)。 こ こで は そ れ を 省 略 した が 、 「是 迄 時 辰 儀 時 刻 ヲ何 字 ト唱 来 候 処 」 と言 う の で あ れ ば 、 対 照 表 は12時 制 と24時 制 を 並 べ るべ き で あ っ た 。12刻 制 が 当 時 の 正 式 の 時 制 で あ る か ら、 そ して 、 第 三 項 と の 関 係 で12刻 制 と24時 制 を並 べ た の で あ ろ うが 、 両 者 の 対 照 か ら は 、 「字 」 の こ と は 問 題 に な ら な い 。 な お 、 こ こ に書 い て い る 「唱 来 候 」 と言 う の は誤 りで 、 「書 く」、 あ る い は 「記 す 」 で な い と、 い け 一22一
明治前半期の時順表現 と時長表現 な い。 こ の 法 令 が 欠 陥 法 令 だ と先 ほ ど言 っ た の は 、 これ らを 除 け ば 、 次 の2つ の こ とが 欠 け て い る か らで あ る。1つ は、 上 の三 項 と四 項 で 示 され て い る シ の は24時 制 の 「時 」 単 位 ま で の こ とで あ り、 「分 」 「秒 」 に っ い て は触 れ て い な い こ とで あ る 。 《時 》 に 関 す る法 令 の 公 布 さ れ た 明 治5年11月 に は 、 既 に蒸 気 車 が2度 の仮 営 業 を経 て 、 新 橋 と横 浜 間 の本 営 業 が 始 ま って い る。 そ こで は、 「分 」 の 単 位 が 必 要 で あ っ た 。 乗 車 す る人 は多 くは な か っ た で あ ろ う け れ ど も、 必 要 な生 活 時 順 に な っ て い た 。 「秒 」 単 位 に っ い て は 当 時 で は 日常 生 活 に お い て 使 用 さ れ る こ と は な か っ た が 、 「分 」 単 位 は重 要 で あ っ た。 そ の 「分 」 単 位 へ の言 及 が な い。 こ れ は欠 陥 で あ る。 次 の 欠 陥 は、 先 ほ ど も言 っ た が 、 こ の法 令 が 時 長 表 現 に ま った く触 れ て い な い こ とで あ る。 時 長 表 現 が 放 置 さ れ て い る。 近 代 社 会 に お い て は 時 長 は極 め て 重 要 な概 念 で あ る。 労 働 に して も、 学 校 生 活 に して も時 間 割 で 構 成 す る に は時 順 と同 時 に 時 長 の 概 念 が 必 要 で あ っ た 。 ま た、 能 率 ・効 率 ・ 性 能 ・能 力 を 示 す に も、 優 劣 を 比 較 す る基 準 と して も、 時 長 は な くて は な ら な い尺 度 で あ った 。 そ の 時 長 が 置 き去 り に さ れ た 。 も っ と も、 時 順 表 現 に も、 明 治6年 以 後 、 問 題 が な か った わ け で は な い。 い わ ば 純 精24時 制 と も言 うべ き時 制 の 施 行 の 問 題 が あ っ た(今 ま で 本 稿 で シ 用 い て 来 た 「24時 制 」 は実 質 は12時 制 で あ る。 しか し、1日 を24等 分 す る こ と に お い て24時 制 と 呼 ん で き た 。 今 後 も こ の 名 称 を 使 用 す る)。1日 は 0時 か ら始 ま って 、1時 ・2時 ・3時 と進 み 、11時 ・12時 、 そ して 、 次 が 13時 ・14時 と進 ん で23時 ・24時 で 終 わ る。24時 は 同 時 に0時 で あ る。 この 純 精24時 制 の 採 用 が あ っ た 。 こ の こ と に つ い て 石 井 研 堂 は 『明 治 事 物 起 原 』6)で 次 の よ う に書 い て い る。 -23一
文林 四十二号 3,米 国 華盛 頓 府(ワ シ ン トン)に お いて、 明治 十七 年 十 月 に開 き し万 国 子午 線 会 議 にて、 従 来 の計 時法 を廃 し、 午 の前 後 の別 な く、 第 一一 時 よ り第 二 十 四時 まで となす ことに議決 され しが、 十 八年 一 月 一 日 よ り、英 国緑 威(グ リニ ッチ)の 天 文 台 にて は い よい よ これ に改 正 せ り といふ。 今 日 にて も、 な ほ この計 時法 を一 般 に実 用 化 しよ う と の論 絶 え ず、 昭 和十 八 年 、 わ が 国 の鉄道 、 お よ び陸海 軍 は内部 に こ れ を実施 す 万 国子 午 線 会 議 で 明治17年(1884年)に 純 精24時 制 が 決 った こ とはそ の 通 りで あ る。 しか し、 日本 で の実 施 につ い て は、誤 りが あ る。 純 精24時 制 が公 式 に 日本 で 使 用 され たの は、 昭和17年10月 か らで あ る。 この年(1942 年)の6月17日 の 『朝 日新 聞』 は、 「汽 車 の時 間 表 も/午 前 ・午 後 を廃 止 /国 鉄 二 十 四 時 間制 を採 用 」 と見 出 しを書 き、 「鉄 道 省 で は今秋 十 月 か ら くママ 実 施 され る時刻 改 正 を期 して 二 十 四時 間制 を採 用 、午 前 午 後 の呼 称 を廃止 す る ことにな った、」 と報 じて い る。 そ して 、 「す で に鮮 満 支 およ び陸 海軍 にお いて 実施 して ゐ るの で事 務 聯絡 の上 に も非 常 に便利 に な る訳 で あ る」 くママ と書 く。 「そ の結 果汽 車 時 間表 や旅 客 荷 物 の営 業 時 間 な ど も二 十 四 時 間制 に よ る表 示 をす る こ とに な る」 とあ り、 「な ほ地 方 鉄 道 や軌 道 お よ び 自動 車 交通 事 業 に関 して も同様 に実 施 され る」 と記 して い る。 一 方、 鉄 道 省 は 法 律 の改 正 を始 めて い る。 「鉄 道 省 告 示 第 二 百 十 三 号 」 に は 「鉄 道 部 内 二 於 ケ ルニ 十 四時 制実 施 二伴 ヒ左 ノ規定 中改 正 シ昭和 十 七年 十 月十一 日 ヨ リ 之 ヲ実施 ス/昭 和 十七 年 九 月二 十 六 日/鉄 道 大 臣 八 田嘉 明」、 「昭和 六 年 九月 鉄道 省告 示 第 二百 三 十 六号 営 業 規 則第 三 条 中 「午 前 八 時 ヨ リ午 後 四時 迄』 ヲ 『八 時(午 前 八時)ヨ リ十 六 時(午 後 四時)迄 』 二改 メ」 云 々 と あ る。 また、 「「午 後 十二 時』 ヲ 『二 十 四 時(午 後 十 二 時)』 二改 ム」 とか、 -24一
明治前半期の時順表現 と時長表現 「シベ リア経 由亜 欧貨 物 連 絡 運 送 規 則 第 五 十 四条 中 「午 前 零 時 』 ヲ 『零 時 (午 前 零 時)』 二改 ム」(『法 令 全 書16巻31』)と あ る。 純 精24時 制 を主 体 に 書 き、 カ ッコの 中 に従 来 の午 前 ・午 後 の時 刻 を書 い て い る。 過 渡 期 で あ る ので混 乱 を避 け る書 き方 が な され て い る。 この よ うに、 時順 表 現 に も、24時 制 と純精24時 制 との併 用 に関 わ る問 題 が あ った。 しか し、 これ は昭 和17年 以 降 の ことで あ って、 明治 前半 期 で は 24時 制 の 時順 の表 示 に あ ま り混 乱 はな い。 あ え て言 え ば、 「5時50分 」 と 言 うか 「6時10分 前」 と言 うか、 ま た は、 「何 時半 」 か 「何 時三 十 分」 か、 あ るい は、 「正午 」 と書 くか、 「午 後 零 時 」 と書 くか、 「午 前 十二 時」 と書 くか、 いず れ を使 うか な どの 問題 が あ る。 しか し、 これ らは以 下 で取 り上 げ る時長 表 現 と質 的 に異 な る。 (3} 明治 前 半期 の時 長 表現 が いか にな る状 態 で あ ったか を見 るた め に次 の資 料 を使 用 す る。 くママ 4,『 新/説 八 十 日間世 界一 周 前編』(「仏 人 シユ ル、 ウヱ ル ス氏原 著/ 日本 川 島忠 之 助 訳 」 「明 治十 一 年 六 月刊 行」 〔表 紙 によ る〕。 「明 治 十 一 年 五 月三 十 一 日版 権 免 許」 「翻 訳 出版 人 川 島忠之 助 」 「売 捌 書 林 丸 家善 七/山 中市 兵 衛/慶 鷹 義 塾 出版 社」 〔奥 付 によ る〕。)。 「定価 金 四十 銭 」(朱 印)〔 扉 に よ る〕。7) 名著 復 刻全 集 本 は表 紙 の色 が 濃 い緑 色 で あ るが、 架蔵 本 は灰 色 で あ る。 経 年 のた めの多 少 の変色 はあ るに して も、 明 らか に色 調 が異 な る。 しか し、 本 文 に相違 はな い よ うで あ る。 本 書 を 『新 説 』 と略称 す る ことが あ る。 フ ラ ンス語 の原 書 は1873年(明 治6年)刊 。 川 島忠 之助 は フ ラ ンス語 版 一25一
文林 四十二号
を 翻 訳 して い る。私 が 参 照 に し た原 書 は"Bibliothさque D'education et de Recreation"の87版(刊 年 不 明 。 Paris刊)で あ る。 な お 、 本 稿 で は原 書 の 代 わ り に、 鈴 木 啓 二 氏 の 訳 本(『 八 十 日間 世 界 一 周 』 平 成16年 ・2006年 4刷 、 岩 波 文 庫)を 使 用 し、 必 要 に応 じて 原 書 を 引 用 す る。 ま た 、 江 口清 氏 訳 の 『八 十 日間 世 界 一 周 』(昭 和38年 ・1963年 初 版 、 平 成16年 ・2004年 10月 改 版 初 版 、 角 川 文 庫)、 木 村 庄 三 郎 氏 訳 の 『八 十 日間 世 界 一 周 』(昭 和 48年 ・X973年2月 初 版 、 昭 和53年 ・1978年12刷 、 旺 文 社 文 庫)、 田 辺 貞 之 助 氏 訳 の 『八 十 日間 世 界 一 周 』(昭 和51年 ・1976年 初 版 、 平 成16年 ・2004 年10月19版 、 東 京 創 元 社 文 庫)を 参 照 す る こ とが あ る。 原 書 は 第1回 か ら 第37回 ま で の 話 か ら成 る 。 川 島 訳 で も同 じで あ る。 と こ ろ が 、 川 島訳 に は 第31回 に 原 作 に な い増 補 が あ る。Stephen W. Whiteが 英 訳 す る8)と き に 増 補 した箇 所 を 川 島 は取 り入 れ て い る。 他 は基 本 的 に は フ ラ ンス 語 の 原 書 を 訳 して い る が 、 増 補 部 分 以 外 で もWhite訳 を使 って い る所 が あ る。 こ れ らの こ と は冨 田 仁 氏 のrジ ュ ー ル ・ヴ ェ ル ヌ と 日本 』(花 林 書 房 、1984 年6月 刊)や 、 『翻 訳 小 説 集 二』(「新 日本 古 典 文 学 大 系 明治纏5」、 平 成14 年 ・2002年1月 、 岩 波 書 店 刊)所 収 の 、 岡 照 雄 氏 ・清 水 孝 純 氏 ・中 丸 宣 明 氏 に よ る 『八 十 日間 世 界 一 周 』 の 校 注 、 お よ び 解 説 で 指 摘 さ れ て い る。9) 5,「 新/説 八 十 日間 世 界 一 周 後編』(仏 人 ジヱ ル 、 ヴ エ ル ヌ氏 原 著/日 本 川 島 忠 之 助 訳/明 治 十 三 年 六 月 刊 行 〔表 紙 に よ る〕。 「明 治 十 三 年 六 月 二 十 四 日 出 版 御 届 」 「翻 訳 出 版 人 川 島 忠 之 助 」 「売 捌 書 林 丸 屋 善 七/山 中 市 兵 衛/慶 鷹 義 塾 出 版 社 」 「定 価 五 十 銭 」(朱 印) 〔奥 付 に よ る〕)。 表 紙 の 色 は 薄 い 空 色 。 表 紙 の 「後 編 」 が 名 著 復 刻 全 集 で は 「後 篇 」。 奥 付 は、 「丸 家 」 と 「丸 屋 」 の 違 い は あ る が 、 他 は前 編 と 同 じで あ る。 しか 一26一
明治前半期の時順表現 と時長表現 し、 実 質 は前 編 と後 編 に多 少 の相 違 が あ る。 前 編 が川 島 の 自費 出版 で あ る の に対 して後 編 は慶 鷹 義 塾 出版 社 が 引 き受 けた ことが、 表 現 ・文 章 に多少 の変 化 を もた らした よ うで あ る。 前 編 に はル ビが な いが(外 来 語 の ル ビが 若 干 あ るが、 和 語 ・漢 語 の ル ビは な い)、 後 編 はパ ラル ビで あ る こ とや、 活 用語 尾 を記 す こ とが後編 で多 くな って い る こ と、 また、 時長 表現 に若 干、 違 いが あ る こ とな どは、読 み やす さ を考 えて 行 わ れ た と推 定 され る。 た だ し、 これ が川 島 自身 の 自発 的 な行為 で あ る のか、 出版社 の意 向 の反 映 で あ るのか は不 明 で あ る。 6,『 通/俗 八 十 日間 世 界 一 周 』(「日本 井 上 勤 訳 」 「東 京 自 由閣 梓 」 〔表 紙 に よ る〕。10)「明治 二 十年 七 月 四 日版 権 免 許/明 治 二十 一 年 十 月二 十 日印 刷/明 治 二 十 一 年 十 一 月 十 七 日 出 版 」 「訳 述 者 井 上 勤 」 「出 版 者 西 村 冨 太 郎 」 「印 刷 者 江 尻 芳 次 郎 」 「発 党 元 自 由 閣 」 〔奥 付 に よ る〕。)。426ペ ー ジ。 漢 字 平 仮 名 交 じ り文 。 総 ル ビ。11) 本 書 を 「通 俗 』 と略 称 す る こ と が あ る。 ま た 、 『新 説 』 の 前 編(第1回 か ら第19回 ま で)と 後 編(第20回 か ら第37回 ま で)と に対 応 さ せ て 、 「通 俗 』 に つ い て も、 『新 説 」 の 前 編 、 あ る い は後 編 に 当 た る部 分 と い っ た 呼 び 方 を す る こ と が あ る。 井 上 訳 に も、 川 島 訳 と同 様 に 、Stephen W. Whiteの 増 補 した 部 分 が あ る 。 し た が っ て 、 井 上 がStephen W. Whiteの 英 訳 本 を 訳 し た と考 え る の が 自然 で あ る(井 上 が ジ ュ ー ル ・ヴ ェル ヌ の 小 説 を 英 訳 本 で 訳 して い る
こ と は 既 に見 た)。 と こ ろ が 、George M . Towleが 英 訳 した"The Tour of the World in Eighty Days"(1875年 ・明 治8年 に ボ ス ト ンの 「James R .
Osgood And Company」 か ら刊 行 さ れ た 袖 珍 本)を 参 照 した形 跡 が あ る。
そ の こ とが 次 の ① か ら⑤ の 関 係 で 分 か る。 -27一
林 文 四十二号 パ ツ セ パ ル ツ
①濃世 巴児通の身上 を尋ぬ るに此 は仏都 巴里斯府 の府民 に して已 に
め しっかひ 自国 を立 ち 出で1英 国 に来 り し以 来 所 々人 の従 僕 に住 み込 み 自 かな 分 の 心 に 協 ひ し 主 人 は あ ら ず や と 頻 り に 所 々 方 々 之 を 尋 ぬ れ ど も 未 だ 左 る 主 人 に 出 逢 ひ し 事 な く 常 に 嘆 息 し た り け り(「 通 俗 』 13p)DAs for Passepartout, he was a true Parisian of Paris. Since he
had abandoned his own country#'or England, taking service as
avalet, he had in vain searched for a master after his own
heart.(George M, Towle本22p。)
30As for Jean,
∼
called Passepartout, a true Parisian of Paris, he had sought vainly for a master to whom he could attachhim- self, in the five years that he lived in England and served as a
valet in London.(Stephen W. White本39p。)
●Quant a Jean, dit Passepartout, un vrai Parisien de Paris,
depuis cinq ans qu'il habitait I'Angleterre et y faisait a Londres le metier de valet de chambre, it avait cherche
vainement un maitre auquel it put s'attacher.(原 書10p。 鈴 木
啓 二 訳 「パ ス パ ル ト ウ ー の 名 で 呼 ば れ る ジ ャ ン は と い え ば 、 彼 は 生 粋 の パ リ ジ ャ ン で あ っ た 。 五 年 前 か ら 英 国 に 住 み 、 ロ ン ド ン で 一 召 使 の 仕 事 を して 、 我 が 身 を 捧 げ る こ と の で きそ うな 主 人 を 探 し た が 見 っ け る こ と は で き な か った 。」20p) ⑤ パ スパ ル ツ ー ノ緯 名 ア ル ジ ヤ ン ノ如 キ ハ 是 レ純 然 タル 巴 里 児 ニ シ ∼ テ嘗 テ英 国 へ来 寓 シ龍 動 二於 テ家 僕 ノ職 ヲ執 ル コ ト五 年 其 間適 意 一 一 ノ良 主 ヲ索 メ テ未 夕之 ヲ得 ズ(『 新 説 』 上 編12p) -28一
明治前半 期 の時順表現 と時長 表現
④ の 原 書(鈴 木 訳 も 同 じ)と 、 ③ のWhite訳 を 比 べ る と、 後 者 に
"As for Jean"と"i
n the five years"が あ り、 適 切 に 英 訳 さ れ て い る
(波 線 部 分 。 以 下 で も問 題 の あ る 箇 所 に 波 線 を 付 す)。 と こ ろ が 、 ② の
Towle本 に は④ の"Quant a Jean"と"depuis cinq ans"が 英 訳 さ れ て い な い。 そ して 、 ① の 『通 俗 』 に も、 これ ら に対 応 す る訳 語 が な い。 こ の こ
とか ら、 ① の 『通 俗 』 は② のTowle本 を 訳 して い る と推 定 さ れ る。
くママ ii ① 今 日 十 月 九 日 金 曜 日 「ス エ ス 」 の 到 着 を 手 帳 に 時 日 の 記 入 し (『通 俗 』62p)
②0n this Friday, October g th, he noted his arrival at Suez, and observed that he had as yet neither gained nor lost.(George M.Towle本53p。)
③He noted down then this day, Wednesday October 9, his arri- 9, his arri- 9, his arri- 9, his arri- val9, his arri- at9, his arri- Sues,9, his arri- which9, his arri- agreeing9, his arri- with the stipulated arrival, neither made a gain nor a loss(Stephen W. White本49p)
④ll inscrivit donc, ce jour-la, mercredi g octobre, son arrive a Suez,(原 書45p。 鈴 木 訳 「か く し て フ オ ッ グ 氏 は こ の 日 一 〇 月 九 日 水 曜 日 に も 、そ の 旅 程 表 に ス エ ズ へ の 到 着 を 書 き 入 れ た の だ っ た 。」70p) ⑤ フ ヲ ツ グ ハ 今 日 モ 亦 例 ノ 如 ク 此 冊 子 へ 十 月 九 日 水 曜 日 ヲ 以 テ 定 規 ノ 時 間 ニ ス ヱ ズ 港 へ 到 着 シ 結 局 損 得 共 ニ ナ カ リ シ 条 ヲ 筆 記 シ ケ ル (『新 説 』 上 編58P) ④ の 原 書 の 曜 日 は"mercredi"(水 曜 日)で あ り 、 ⑤ の 『新 説 』 で も 「水 曜 日 」 で あ る 。 ③ のWhiteの 英 訳 で も"Wednesday"で あ る 。 と こ ろ が 、 ② のTowleの 英 訳 で は"Friday"と あ り 、 『通 俗 』 で も 「金 曜 日 」 で 一29一
文 林 四十二号
あ る。 『通 俗 』 は③ のTowleの 英 訳 本 を 訳 した と推 定 して よ い で あ ろ う。
は と ば
.. ① 午 後 一 時 船 は 埠 頭 に 着 き け れ ば 船 客 は 皆 な 上 陸 せ り(『 通 俗 』 198p)
②At one o'clock the Rangoon was at the quay, and the passen- the passen- the passen- the passen- gersthe passen- werethe passen- goingthe passen- ashore.(Georgethe passen- M. Towle本137p)
③ln an hour the Rangoon was at the wharf, and the passengers landed。(Stephen W. White本74p)
④Aune heure, le Rangoon etait a quaff, et les passagers debarquaient.(原 書138p。 鈴 木 訳 「一 時 に ラ ン グ ー ン 号 は 埠 頭 に 着 い た 。 そ し て 乗 客 た ち は 船 を 降 り た 。」207p) ⑤ 一 時 間 程 過 ケ ル 頃 「ラ ン グ ウ ン 」 号 ハ 蚤 ヤ 波 止 場 ノ 側 へ 着 シ 船 客 各 陸 へ 上 リ ケ ル 。(『 新 説 』 前 編183p) 『新 説 』 の 「一 時 間 」 は ④ を 訳 し た と す る な ら ば 、 誤 訳 で あ る 。 『翻 訳 小 説 集 二 』 の 脚 注 に も 、 「原 文 は 「午 後 一一時 に 』」 と 書 き 、 原 書 と 訳 語 の 違 い を 指 摘 し て い る(130p)。 し か し 、 川 島 は 原 書 を 誤 訳 し た の で は な く 、 White本 を 訳 し た の か も 知 れ な い 。 そ の 可 能 性 は あ る 。 一 方 、 井 上 が 訳 し た の は ② のTowle本 で あ ろ う 。 た だ し 、 White本 以 外 の 英 訳 本 は Towle本 だ け で は な か っ た か も 知 れ な い 。 そ う す る と 、 「通 俗 』 の 翻 訳 が White本 と 一 致 し な い 場 合 、 Towle本 に 依 っ て い る と は 断 言 で き な く な る 。Towle本 以 外 の 英 訳 本 を 訳 し て い る こ と も あ り 得 る 。 そ こ で 、 本 稿 で はTowle本 を 、 White本 以 外 の 諸 本 の 代 表 と し て 扱 う こ と に す る 。 な お 、 井 上 勤 は 、 英 訳 本 の 第31回 と 第32回 を 合 せ て い る 。 し た が っ て 、 『通 俗 』 の 第32回 以 後 は 『新 説 』(あ る い は 原 書 や 英 訳 本)の 第33回 以 後 に 該 当 す る 。 一一一一30一
明治前半期の時順表現 と時長表現 井 上 は、 川 島訳 の前 編(第1回 か ら第19回 まで)に 当 た る部分 は英 訳本 を独 自に訳 して い るよ うで 、 『新 説』 の語 句 ・文章 と離 れ て い るが、 川 島 訳 の後 編(第20回 か ら第37回 まで)に 該 当 す る辺 は川 島訳 に基 づ くことが 多 か った よ うで、 川 島訳 の語 句 ・文章 との差 が小 さ くな る。 た とえば、 第 30回 に次 の よ うな箇 所 が あ る。 なんな 此 時既 に午 後 二 時 に垂 ん と し降雪 は罪 々 と して中 天 を蔽 ひ折柄 汽 笛 数 声 東 に聞 ゑ て此方 を指 して 来 る者 あ り(『 通 俗 』344p) ナンナ 此 時 既 二午 後 二 時 二垂 ン トシ降雪 ハ罪 々 トシテ中天 ヲ没 セ リ忽 チ汽笛 数 声東 二聞 ヱ此 方 ヲ指 シテ進 ミ来 ル者 ア リ(r新 説』 後 編128p) 両 者 はほ とん ど同 文 で あ る。 「新 説 』 は次 の フ ラ ンス語 を訳 した はず で あ る。
En effet, vers deux heures apres midi, pendant que la neige tombait agros flocons, on entendit de longs sifflets qui venaient de Pest.
(253p)。 鈴 木 訳 「午 後 の 二 時 頃 、 大 き な 雪 片 が 降 り し き る 中 、 東 の
方 か ら 長 い 汽 笛 の 音 が 聞 こ え て き た 。」(373p)
『新 説 」 は 適 訳 と 言 え る 。 と こ ろ が 、Towle訳 とWhite訳 は 次 の よ う に な っ て い る 。
Towards two o'clock in the afternoon, while it was snowing hard,
long whistles were heard approaching from the east.(George M. Towle本243p)
About two o'clock in the afternoon, while the snow was falling in
large flakes, long whistles were heard coming from the east.(Ste- east.(Ste- pheneast.(Ste- W. White本106p)
「新 説 』 と 「通 説 』 の 訳 文 は 、"large flakes"が あ る だ け 、 Towle本 よ
文 林 四十二号
り はWhite本 に 近 い。 しか し、 井 上 勤 がWhite本 を 訳 した に して も、 そ
の文 飾 が 上 の よ う に 『新 説Gと ほ とん ど 同 じに な る こ と は あ り得 な い。 ま
た 、 次 の よ うな 一 致 も あ る。 「通 俗 』 に 「失 敬 な が ら諸 君 朝 飯 を 喫 し玉 は ん と な ら ば 猶 ほ 十 分 間 の 猶 予 候 ぞ 」(362p)と あ る 「十 分 間 」 は 、 White が 第30回 で 増 補 し た 箇 所 に あ り 、 原 文 は"Pardon me, If you desire breakfast there is plenty of time"(110p)で あ る 。 し た が っ て 、
"plenty"の 訳 と して は誤 りで あ る 。 と こ ろ が 、 『新 説 』 で も、 「失 礼 ナ カ ラ諸 君 朝 飯 ヲ喫 シ玉 ハ ン トナ ラバ 猶 ホ十 分 間 ノ猶 予 候 」(後 編145p)で あ る。 「通 俗 』 が 『新 説 』 を 承 け て い る こ と は否 定 で き な い 。 表 記 に っ い て も、r通 俗 』 が 「新 説 』 と 、 後 編 で 緊 密 で あ る こ と が 指 摘 で き る。 「通 俗 』 は 「ロ ン ドン」 を前 半 で 「倫 頓 」 と書 く。 と こ ろ が 、 後 半 で は 「龍 動 」 に変 わ る。 「龍 動 」 は 『新 説 』 が 一 貫 して 使 用 す る 表 記 で あ る。 「通 俗 』 が 後 半 で 「新 説 』 に依 存 して い る こ と は 、 《時 》 表 現 を 考 察 す る と き に 配 慮 しな け れ ば な らな い。 (4} 明治10年 頃 の時長 表 現 が 現代 と違 うこ と は 『月世 界 旅 行 』 で垣 間 見 た。 「新/説 八 十 日間世 界 一 周 』 で は時長 表 現 の型 は次 の ご と くで あ る(例 文 の 固有 名 詞 に底 本 で は単 線 と複 線 が使 わ れて い るが、 複線 は時長 を表 す語 に 付 けた ので 、 す べ て単線 に改 め た。)。 7,ア ラバ バ ッ ドヨ リ行程 僅 カ ニ八 十 里 ナル ヲ以 テ武 時 ニ シテ達 スル ヲ 得 タ リ(前 編136p) アマ 8,今 朝 第 七 時 ヨ リ来 ルニ十 一 日午 後八 時 四十五 分 迄 二藏 ス所 ハ 僅 二九 日 ト十 三 時 四十五 分 ノ ミ(後 編160P)。 -32一
明治前 半期 の時順 表現 と時長表 現 9,衆 客 ハ 皆 快 ク飽 食 シ テ 費 羅 特 比 府 迄 百 五 里 間 ノ長 路 ヲ三 時 三 十 五 分 間 ニー 走 ス ル モ能 ク之 二耐 ヘ ン ト用 意 セ リ(後 編155p)。 10,然 ラバ 其 象 ヲ見 ニ コ ソ参 ル ベ シ ト云 テ頓 テ五 分 時 間 モ過 ケ ル 頃 〈中 略 〉 三 人 ハ 早 ヤー 軒 ノ楼 屋 ノ側 二(前 編100p)。 11,星 学 家 ノ用 ル 時 辰 器 ノ揺 ス トー 般 ナ ル 定 歩 一 秒 時 ニー 足 ヲ進 メ ッ ・ (上 編80p)。 12,君 ハ 龍 動 ノ 時 二 合 セ其 侭 打 置 キ玉 フ故 当 ス エ ズ 港 時 トハ 凡 ソ蚕弍時 間 ノ差 ヲ生 ゼ シナ リ(前 編60p・61p)。 13,我 力 曾 祖 父 ヨ リー 家 伝 来 セ シ珍 器 ニ テー 年 二 差 フ処 僅 二 五 分 二 過 ぎ キ ズ(前 編60p) 14,旅 客 蕃 賊 互 二 奮 闘 ス ル コ ト既 二 十 分 間 二 及 ヘ トモ 勝 敗 未 タ決 セ ス (後 編120p)。 15,頑 固 ニ モ 先 祖 伝 来 ノ時 器 ヲ龍 動 ノ 「ク ロ ノ メ ー トル 」 トー 秒 〔イ ッ セ コ ン ド(左 ル ビ)〕 ノ差 ダ ニ ナ カ リケ レバ(後 編57p)。 16,機 関 ノ運 転 一 秒 間 二二 十 回 二 達 シ其 速 力 ハ 凡 ソー一時 間 二百 里 ノ余 ヲ モ走 ル ベ ク(後 編108p)。 例 文7は 「何 時 」 が 時 長 を 表 す 例 で あ る(「 何 時 」 は 「十 何 時 」 「何 十 時 」 を も表 す 代 表 形 と して 使 用 す る。 以 下 で も同 じ。)。現 代 の 「何 時 間 」 に 当 る。 例 文8は 「何 時 何 分 」(「 何 分 」 は 「何 十 分 」 「十 何 分 」 を も表 す 代 表 形 と して 使 用 す る。 以 下 で も 同 じ)が 時 長 を 表 す 例 で あ り、 現 代 の 「何 時 間 何 分 」 と同 じで あ る。 例 文7と 例 文8は 時 順 が そ の ま ま 時 長 を 表 す 例 で あ る。 例 文9は 「何 時 何 分 間 」 で 時 長 を 表 す 場 合 で あ り、 『月 世 界 旅 行 』 の 角 書 き と同 じで あ る。 時 順 に 「間 」 を付 けて 時 長 を 表 す 。 現 代 な らば 、 「何 時 間 何 分 」 と 言 う と こ ろ で あ る 。 例 文10は 時 長 を 表 す 「何 分 時 」 に 一33一
文林 四十 二号 「間 」 を付 け た もの で あ る。 当 時 は 「何 分 」 が 、 割 合 な ど を 言 う の で は な く、 時 長 を 表 す こ と を 明 らか に 示 す た め に 次 の ご と く 「時 」 を 付 け る こ と が あ った 。 17,十 分 時 ニ テ 汗 出 テ背 ヲ挾 ス 、 亦 其 労 ス ル コ トヲ知 ラ レ タ リ、 二 十 分 時 ノ間 二、 五 分 時 ノ休 ヲ与 フ、 苦 役 ハ ニ 十 分 時 二十 五 分 時 ッ ・ ノ割 ナ リ、(久 米 邦 武 編 『特命全権大使米 欧 回 覧 実 記2』168p。 明 治5年 9月3日)。12) わ た く し あ な た ウ ン ゲ ド 18,私 価 も心 が急 ぎます か ら成 るべ く簡 短 に申 します さて御 身 が雲 電 土 ありさま いつぶん じ ふ た り ことっけ に ふん じ すべ
を去 りし跡 の光景を語 るに一分 時又二人の伝言 を語 るに二分時総 て
さんぷん じ わ 三 分 時 で 吾 が 用 事 は足 り ます る(井 上 勤 訳 『政治/小 説妻 の 嘆 』236p、 明 治20年8月 発 行) 『新 説 』 に は 、 この 「何 分 時 」 が 見 られ ず 、 これ に 「問 」 を付 け た 「何 分 時 間 」 が 使 わ れ て い る。 例 文11は 「何 秒 」 に 「時 」 を 付 け て 時 長 を 表 し た 例 で あ る。 当 時 は 、 「何 秒 時 」 に 「問 」 を 付 け た 「何 秒 時 間 」 も使 わ れ た 。 19,「 ビス コ イ ト」 ノ形 状 一 ナ ラ ス 、 其 器 モ 亦 一 ナ ラ ス 、 或 ハ 大 仕 掛 ヲ ナ シ テ 、 蒸 気 力 ヲ以 テ、 一 度 二数 十 ヲ キ リ、 〈中 略 〉 焙 櫨 ノ仕 掛 種 種 ア リ 〈中 略 〉 徐 徐 ト シ テ櫨 ロ ニ 回 リ入 レハ 、 其 一 方 ハ 又 徐 徐 ト櫨 尾 へ 回 リ出 テ 、 下 二向 ヒ回 リサ ル 、 約 六 秒 時 間 ニー 寸 半 進 ム、 一 分 時 ニ テ 丈 五 尺 ヲ進 ミ入 ル ナ リ、(久 米 邦 武 編 『特命全権大使米 欧 回 覧 実 記2』 371p・372p。 明 治5年10月25日 の 項 。 ビ ス ケ ッ トの 自動 製 造 器 に っ い て の 説 明)。13) 20,地 上 二 伏 シ転 ビ爪 モ テ 我 ト我 ガ 体 ヲ掻 キ 傷 リ朱 二染 リテ 悶 ル ヲ見 テ 笑 ヒ ッ ・ 「猶 二 三 秒 時 間 ノ 辛 抱 ニ テ其 後 ハ 醒 メ ス 睡 二 就 カ ル レバ 少 シ ー一一34-一一明治前半期の時順表現 と時長表現 忍 ンテ待 タ レヨ ト」(川 島 忠 之 助 訳 『虚 無 党退 治奇 談 』198p・199p。 明 治15年9月 刊) 「何 秒 時 間」 は 『新 説 』 で使 用 されな い。 しか し、 川 島 忠之 助 は上 に示 した よ うに 『虚 無 党 退治 奇談 』 で使 用 して い る。 例 文7か ら例 文11ま で と、例 文17か ら例 文20ま で の 時長 表現 の型 は現 代 で は使 用 されず 、 例文12か ら例 文16ま で は現 代 で も使 用 され る型 で あ る。 「新 説 』 で は これ らが 混用 され る。 そ の分 布 を示 したの が次 節 の表 で あ る。 C5) 下 の表 で は、 『新 説 』 を前 編 と後 編 に分 け、 時長 表 現 の タイ プ を、 時 順 表 現 を その ま ま用 い る 「時順 借 用 」型 と、 時 順表 現 に 「問」 を付 け る 「時 順+間 」 型 に分 けて示 した。 『新/説 八 十 日間 世界 一 周』 の 時長 表現 時長表現の型 時順の種類 前 編 後 編 時順 借用 時順 +間 時順 借用 時順 +間 半時 1 2 i 1 一 時 0 7 2 10 二時 2 2 0 1 二三時 0 a 1 2 両三時 1 0 0 0 三時 0 0 2 2 三時三十五分 0 0 a 1 三時四十分 Q a 1 Q 四時 i a 0 0 数時 2 1 0 4 五時 0 1 a i 五時三十分 d 0 0 1 一35一
文林 四十二号 六時 Q a 0 3 八時 0 0 1 0 九時五分 0 0 1 0 十時 0 1 0 0 十二時 i 1 2 2 十三時四十五分 0 a 1 0 十五時 0 2 0 0 十六時 a i 0 1 二十時 a 2 0 2 二十四時 5 3 0 4 二十五時 0 0 i 0 四十八時 0 1 i 0 九十六時 d 0 0 i 百三十八時 0 1 0 0 百五十八時半 1 0 0 0 百六十八時 0 1 0 0 千九百二十時 0 i 0 1 何時 0 i 0 0 小計13 小計28 小 計15 小計37 一 分 a 0 0 一 一 一 一 一 1 二分 0 a 1 0 二分時 0 1 0 1 三分時 0 a a 1 四分 2 0 2 0 数分 1 a 0 0 五分 1 a 1 2 五分時 0 i 0 0 十分 2 a 0 」 十五分 0 d 0 1 十五分時 0 1 Q 0 二十分 1 0 3 1 三十五分 0 d 1 0 四十五分 0 Q 2 0 一36一
明治前半期の時順表現 と時長表現 十一万五千二百分時 0 1 0 0 一 一←_ 小 計7 小 計4 小 計10 小 計12 一 秒 0 0 2 一 ∼ _ _ -i 一秒 時 1 0 0 a 小 計1 小 計0 小計2 小計1 合計 21 32 27 50 合 計130 備考 *1「 武」を 「二」に、「拾」を 「十」 に改めて記 した。 寧2「数時」 と 「何分時」を便宜上、時順として配列 した。 「新 説 』 で の 時 長 表 現 は 、 「時 順 借 用 」 型 と 「時 順+間 」 型 が 、 前 編 で21 対32で あ り、 後 者 の 「間 」 を 付 け た 型 が ほ ぼ60パ ー セ ン トを 占 め る。 ま た 、 後 編 で は、 「時 順 借 用 」 型 と 「時 順+間 」 型 と は27対50で 、 「時 順+間 」 型 が ほ ぼ65パ ー セ ン トで あ る。 前 編 と後 編 は ほ ぼ 同 率 で あ る。 明 治10年 頃 に は、 時 長 表 現 に、 時 順 表 現 を そ の ま ま使 う こ とが40%近 く あ っ た と い う こ ジ と に な る。 しか し、 これ はhours(「 時 」 単 位 の 時 長)とminutes(「 分 」 単 位 の 時 長)、seconds(「 秒 」 単 位 の 時 長)を 合 わ せ た 場 合 で あ る。 これ ら を 分 け て 取 り上 げ る と、 や や 違 った 結 果 に な る(「 秒 」 単 位 は 使 用 数 が 僅 か な の で 考 察 の 対 象 か ら外 す 。)。 hoursの 場 合 に限 る と、 前 編 で は 「時 順 借 用 」 型 と 「時 順+問 」 型 は13 対28で あ り、 「時 順+間 」 型 が 約68パ ー セ ン トで あ る 。 ま た 、 後 編 で は 「時 順 借 用 」 型 が15例 、 「時 順+間 」 型 が37例 で あ り、 「時 順+間 」 型 の 割 合 は71パ ー セ ン トで あ って 、 前 編 ・後 編 と も、 「時 順+間 」 が 約70パ ー セ ン トを 占 め る。 現 代 の 時 長 表 現 に 近 くな る。 しか し、 ま だ 「時 順 借 用 」 型 が 約30パ ー セ ン トあ る。 そ れ で は、 「通 俗 』 で は ど うか と言 え ば 、 た とえ ば、 例 文7に 該 当 す る所 は 「此 れ よ り二 時 間 を 過 ぎて 汽 車 は 『ア ラバ バ ツ ト』 よ り八 十 英 里 の 処 に 来 り し頃 」(149p・150p)で あ り、 「時 順+間 」 -37一
文林 四十 二 号 型 で あ る。 『通 俗 』 で は 「時 順+間 」 型 の 多 い こ とが 予 測 さ れ る。 一 方 、 「分 」 単 位 の場 合 は、 前 編 で 「時 順 借 用 」 型 が7例 、 「時 順+間 」 型 が4例 で あ り、 「間 」 の 付 く型 は全 体 の36パ ー セ ン トに過 ぎ な い 。 後 編 で は 、 「時 順 借 用 」 型 と 「時 順+間 」 型 と は 、10対12で あ っ て 、 「問 」 付 き 型 が 約55パ ー セ ン トで あ る 。 前 編 と後 編 と で 「間 」 を 付 け る率 に 差 が あ る が 、hoursの 場 合 に比 べ る と 、 「間 」 を 付 け る割 合 が 少 な い 。 そ れ に もか か わ らず 、 現 代 のminutesの 表 現 に比 べ る と 、 『新 説 』 のminutesで の 「間 」 付 け は多 い と い う印 象 を 受 け る 。 た と え ば、 例 文14の 「既 二 十 分 間 二 及 ヘ トモ 」 は 現 代 で は 「十 分 」 と言 う の が 普 通 で は な い か 。 た だ し、 「通 俗 』 で は 「既 に十 分 間 に 及 べ ど も」(335p)で あ る。 現 代 語 訳 で も江 口 訳 は 「す で に 十 分 間 もっ つ い て い た 」(273p)で あ る。 しか し、 田 辺 訳 で は 「も う十 分 もっ つ い て い る が 、」(293p)で あ り、 木 村 訳 で も 「す で に十 分 以 上 っ つ い て い た が 、」(273p)、 鈴 木 訳 も 「既 に 一 〇 分 以 上 も続 い て い て 」(362p)で あ っ て 、 現 代 語 訳 で は 「十 分 」 が 多 い 。 原 書 で は "d
urait deja depuis dix minutes"(246p)で あ り、 英 語 訳 で はWhite本 が"had lasted already for ten minutes"(104p)、 Towle本 が"had lasted for ten minutes"(236P)で あ る。 日本 語 と して 「時 順 借 用 」 型 で 訳 す か 、 「時 順+間 」 型 で 訳 す か の情 報 は、 これ ら フ ラ ンス 語 や 英 語 か ら は得 られ な い 。 い ず れ に訳 す か は 日本 語 の 問 題 で あ り、 単 純 に 「十 分 間 」 と 「十 分 」 だ け を 比 較 す る こ と は許 さ れ な い が 、 こ の場 合 に っ い て 言 え ば、 現 代 で は 「問 」 を 付 け な い ほ う に傾 い て い る と言 って よ い 。 hoursに っ い て は、 例 文7に 限 れ ば 、 『新 説 』 と 『通 俗 』 は異 な っ た 型 の 時 長 表 現 を 用 い 、 『通 俗 』 と現 代 語 で 同 じ時 長 表 現 の 型 を 用 い る。 と こ おく ろが 、 例 文12で は 「通 俗 』 に 「倫 頓 の 時 間 は 『ス ヱ ス 』 の 時 間 と二 時 も晩 一38一
明治前 半期 の時順表 現 と時長表現 れ 居 り候 」(65p)と あ るか ら、 「新 説 』 と 「通 俗 』 で 時 長 表 現 の 型 が 違 い 、 現 代 と同 じ時 長 表 現 の型 を 使 うの は 「新 説 』 で あ る と言 う こ と に な る。 こ の よ う に 現 代 語 と の 関 係 が 『新 説 』 と 『通 俗 』 で 逆 の 場 合 が あ る。 minutesに つ い て 見 る と、 例 文14で は 『新 説 』 と 『通 俗 』 の 時 長 表 現 の 型 が 同 じで 、 これ ら と現 代 語 訳 と で は 型 が 異 な る こ とが あ る。 こ の こ と は 先 ほ ど 見 た 。 しか し、 他 の 所 で は 『新 説 』 と 「通 俗 』 で 違 う こ とが あ る (こ こ で は用 例 を 挙 げ る こ と を 控 え 、 後 に示 す 。)か ら、 これ らの 時 長 表 現 の 型 の 関 係 は 一 概 に は言 え な い 。 そ こで 、 『新 説 』 と 『通 俗 』、 そ して 、 現 代 語 訳 で の 「間 」 の 使 用 状 況 に っ い て 具 体 例 を 検 討 し、 「間 」 の 付 加 傾 向 を 見 る こ と に す る。 す な わ ち、 次 の2点 に っ い て 確 認 す る。 1、hoursの 場 合 、 『新 説 』 に お け る 「時 順+間 」 型 が 約70パ ー セ ン ト に止 ま って い る。 「通 俗 』 で も同 じか 。 言 う ま で も な く現 代 で は100 パ ー セ ン トが 「時 順+間 」 型 で あ る。 II、 minutesの 場 合 、 『新 説 』 に お け る 「時 順+間 」 型 の パ ー セ ン テ ー ジが 前 編 と後 編 で 異 な る け れ ど も、 全 体 的 に は、hoursの 場 合 よ り 少 な い。 「通 俗 』 で も同 じか 。 「新 説 』 と 「通 俗 』 で は 現 代 語 と比 べ る と、 「間 」 を 付 け る こ とが 多 い印 象 を 受 け る。 事 実 は ど うか 。 {6} 1とIIで は 、 現 代 語 と比 べ る と、 「間 」 の 使 用 量 が 逆 で あ る。 な ぜ そ う な る の か を 考 え る。 そ の た あ に 、 若 干 例 に つ い て 、 『新/説 八 十 日間 世 界 一 周 』 と 『通/俗 八 十 日聞 世 界 一 周 』、 お よ び 鈴 木 訳 を 対 照 す る。 時 に は 江 口 訳 ・田 辺 訳 ・木 村 訳 も使 用 す る。 必 要 に 応 じて 原 書 や 英 語 訳 を 参 照 す る。 -39一
文林 四十 二号 「新 説 』 と 『通 俗 』 の 時 長 表 現 を 、 そ の 異 同 関 係 に よ っ て 、 そ して 、 現 代 語 訳 の 時 長 表 現 との 関 係 を 加 味 して、 示 す な らば 、 次 の よ う に な る。 バカリ 21、 出 帆 セ シ ヨ リ凡 ソ一 時 可 ヲ経 テ 「ヘ ン リエ ッ タ」 号 ハ ハ ドソ ン河 口 の 標 準 ナ ル 灯 明 台 ヲ打 チ 過 ギ(後 編165p)。 『通 俗 』 「出 帆 せ し よ り凡 そ一 時 許 を経 て 」(383p)。 鈴 木 訳 「そ の 一 時 間 後 蒸 気 船 ヘ ン リエ ッタ号 は く中 略 〉岬 を ま わ っ て海 に 出 た。」 (404p)0 22、 龍 動 へ 来 着 セ シ ヨ リ凡 ソニ 十 五 時 ヲ過 キ シ頃 主 人 ノ命 ヲ奉 シ テ(後 編202p)。 「通 俗 』 「龍 動 に 到 着 せ しよ り凡 そ二 十 五 時 を 過 ぎ し頃 」(420p)。 鈴 木 訳 「二 五 時 間 経 っ た 夜 の」(447p)。 23、 機 関 車 ハ 煤 水 〔セ キ タ ン ミヅ〕 ヲ十 分 二貯 へ 疾 駆 シテ 途 上 更 二 車 ヲ 停 ム ル コ トナ カ リ ケ レバ 厘 二 三 時 四 十 分 二 里 程 百 三 十 二 里 ヲ過 キ (後 編154p。 〔 〕 の 中 は左 ル ビで あ る 。)。 『通 俗 』 「僅 か に三 時 四 十 分 に百 三 拾 二 里 の 里 程 を過 ぎ」(372p)。 31回 の 増 補 部 分 。 し た が っ て 、 鈴 木 訳 は な い が 、 あ る と す れ ば 、 「三 時 間 四 十 分 」 で あ る。 ンヤウガイ 24、 非 常 ノ 障 碍 ナ キ 時 ハ 五 時 三 十 分 間 二 通 過 ス ル ハ 固 ヨ リ難 キ ニ ア ラ ズ ト錐 トモ(後 編185p)。 「通 俗 』 「五 時 三 拾 分 間 に通 過 す る は」(403p)。 鈴 木 訳 「リ ヴ ァ プ ー ル と ロ ン ドン間 の 距 離 は五 時 間 半 で 走 り抜 け る必 要 が あ っ た 。」 (427p)、 田 辺 訳 「五 時 間 三 十 分 で 走 ら な け れ ば な ら な か っ た 。」 (341p)0 25、 「然 リ出 帆 二 先 タ ツ コ ト十 二 時 間 ノ筈 ナ リキ 「然 ラハ 今 後 ル ・コ ト ー40一
明治前半期の時順表現 と時長表現 已 二二 十 時 間 ナ リ然 リナ ガ ラ十 二 時 ノ先 進 ア ル ニ ヨ リ之 ヲ差 引 ク ト マ コ ト キハ真 箇 ノ遅 滞 ハ八 時 ナ リ(後 編134p・135p)。 『通 俗 』 「左 様 出帆 に先 だっ こと十 二 時 間 の筈 に候 」 「然 らば今 後 る1こ と已 に二 十 時間 な り然 りなが ら元 来 十 二 時 間早 く此地 に着 せ しを以 て之 を差 引 と きは真 箇 の遅 滞 は僅 か に八 時 闇 な り」(351P。 会 話 で あ るが 、 話 し手 の名 前 を省 略 した)。 鈴 木 訳 「え え、 客 船 の 出発 時刻 よ り も一 二 時 間早 く着 いて いた はず で す」 「わ か りま した。 とい うこ とは予定 よ り二 〇 時 間遅 れ て い る とい う こ とで す ね。 そ し て二 〇 時間 と一二 時間 の差 は八 時 間 だ。」(382p)。 シヅ 26、 其 熟 睡 ノ体 ヲ看 テ徐 カ ニ之 ヲ奥 ノ方 ナ ル 寝 床 ノ上 へ 移 シ臥 サ シ メ シ バカリ ニ 三 時 可 リノ間 ハ 人 事 ヲ モ知 ラス 昏 睡 セ シガ(後 編28p)。 「通 俗 』 三 時 間 計 の 間 は 全 く人 事 を 覚 え ず 」(241p)。 鈴 木 訳 「三 時 間 後 く 中 略 〉 目 を 覚 ま して 麻 薬 に よ る麻 痺 作 用 と 闘 っ た 。」 (257p)0 27、 二 十 四 時 ノ其 間 憂 悶 焦 ル カ如 ク狂 気 ノ如 ク ニ ナ ツ テ 停 車 場 二 見 張 リ 居 シ ガ(前 編150p)。 「通 俗 』 「停 車 場 を 俳 徊 す る こ と二 十 四 時 間 に 及 び しが 今 朝 待 ち 兼 ね た る主 従 が 」(164p)。 鈴 木 訳 「二 四 時 間 の 間 、 え も言 え ぬ 不 安 の 中 で 」(171p)。 28、 此 数 時 ノ遅 延 ハ 予 メ フ ヲ ッ グ カ表 上 二 記 ス ル 所 ナ レバ 更 二 氏 ノ行 旅 二 害 ア ラ ズ(前 編74p)。 『通 俗 』 「四 時 間 を 費 さ ゴる べ か ら ず 」(79p)。 鈴 木 訳 「四 時 間 を < 中 略 > 停 泊 す る 必 要 が あ っ た 。」(88p)。 原 書 は"quatre heures"(57p)、 英 訳 本 は 両 本 と も"four hours"。
文林 四十二 号 29、 君 ハ 龍 動 ノ時 二 合 セ 其 侭 打 置 キ 玉 フ故¥[/ス エ ズ港 時 トハ 凡 ソ武 時 間 ノ差 ヲ生 ゼ シナ リ(前 編60p・61p)。 おく 「通 俗 』 「「ス ヱ ス 』 の 時 間 と二 時 も晩 れ 居 り」(65P)。 鈴 木 訳 「二 時 間 遅 れ の 」(73p)。 30、 拙 者 ガ八 十 日間 則 チ 千 九 百 武 拾 時 間 乃 チ 拾 一 万 五 千 武 百 分 時 間 已 内 二 地 球 ヲー 周 ナ シ得 ズ ト云 フ人 二対 シ(前 編29p)。 『通 俗 』 「千 九 百 二 十 時 十 一 万 五 千 二 百 分 に世 界 の 一 周 を 誤 る と き は」(31p)。 鈴 木 訳 「一 九 二 〇 時 間 で 、 一 一 万 五 〇 〇 〇 分 で 、」 (37P)。 以 上 の 、hoursが 関 係 す る 時 長 表 現 に つ い て 、 『新 説 』 と 『通 俗 』 を 見 る と、 同 型 が 使 用 され る場 合 と、 違 う型 が 使 わ れ る場 合 と が あ る。 例 文21 か ら例 文23で は 『新 説 』 『通 俗 』 と も に 「時 順 借 用 」 型 で あ る。 例 文24で は 「新 説 』 「通 俗 』 と も に 「何 時 何 分 間 」 の 「時 順+間 」 型 で あ る。 例 文25 で は 、 前 半 の2例 は 「何 時 間 」 の 「時 順+間 」 型 で 、 『新 説 』 と 『通 俗 』 と で 共 通 し、 後 半 の2例 は 「新 説 』 で 「時 順 借 用 」 型 が 使 わ れ 、 『通 俗 』 で 「時 順+間 」 型 が 用 い られ て い る 。 例 文26と 例 文27で は、 「新 説 』 で 「時 順 借 用 」 型 が 使 わ れ 、 「通 俗 』 で 「時 順+間 」 型 が 使 用 さ れ る。 例 文28 は 前 掲 の 表 の 備 考 で 記 し た よ う に 「数 時 」 は 時 順 で は な い が 、 『新 説 』 で 「数 時 」、 「通 俗 』 で 「四 時 間 」(「数 時 間 」 に該 当 。)の 対 応 を す るの で 取 り 上 げ た。 前 者 の 「数 時 」 は意 訳 で あ る。 例 文29と 例 文30は 『新 説 』 で 「時 順+間 」 型 が 、 『通 俗 』 で 「時 順 借 用 」 型 が 使 わ れ る場 合 で あ る。 これ ら 2例 の 時 長 表 現 は、 例 文26・ 例 文27に お け る 『新 説 』 と 『通 俗 』 の 時 長 表 現 の 対 応 か ら見 る と、 時 長 表 現 の 型 が 逆 で あ る。 しか し、 こ の よ うな 関 係 は こ れ ら以 外 に な い。 -42一
明治前半期の時順表現 と時長表現 『新 説 』 と 『通 俗』 の時 長 表現 の全 体 にっ いて 、先 ず その型 の関 係 を言 え ば、 両者 で、 同型 が使 用 され る こ とが多 い の は 「時順+間 」 型 で あ り、 相 違 が 目立 っ の は 『新 説 」 で 「時 順 借 用 」 型 、 「通 俗 』 で 「時順+間 」 型 の場 合 で あ る。 具 体例 に則 して言 え ば、 次 の よ うで あ る。 『新 説』 前 編 の 「時順+間 」 型 が 『通 俗 』 に お いて も使用 され るの は28 例 中25例 で あ る。 例 外 は、 『新 説 』 の 「一 時 間」 が 『通 俗 』 で対 応 しな い ことが1例 あ るの と、 『新 説 』 の 「郵 船 出発 時 限 ノ数 時 間縮 リシ ヲ」(前 編 193p)が 『通俗 』 にお いて 「出帆 の時刻 縮 り し由 を」(206p)で あ るの と、 とき 『新 説 』 の 「半 時 闘 」 が 「通 俗 』 で 「半 時 」 と な って い る3例 で あ る。 「半 時 」 は 原 文 で"une demi-heure"(17p)で あ る か ら 「30分 」 が 正 し い。 した が って 、 「ハ ン ジ」 で な けれ ば な らず 、 『通 俗 』 の ル ビは 間 違 い で あ る。 『新 説 』 後 編 の 「時 順+間 」 型 が 「通 俗 』 で も使 わ れ る の は 、37例 中34で あ る。 例 外 は 『新 説 』 の 「一 時 間 」 が 『通 俗 』 で 対 応 しな い こ とが1例 あ る の と、 例 文29と 例 文30で 見 た 関 係 の2例 に過 ぎ な い 。 『新 説 』 の 「時 順 +間 」 型 の ほ と ん どが 『通 俗 』 で も 「時 順+間 」 型 で 使 用 され る。 と こ ろ が 、 「時 順 借 用 」 型 で は、 『新 説 』 前 編 の13例 巾11例 が 『通 俗 』 で は 「時 順+問 」 型 で 用 い られ る。 例 外 は 「新 説 』 の 「二 十 四 時 間 」 が 『通 俗 』 で 「一 日 中 」、 『新 説 』 の 「百 五 拾 八 時 半 」 が 「通 俗 』 で 「百 五 十 八 時 二 分 の 一 」 に な っ て い る だ け で あ る。 後 編 で は15例 中9例 が 『通 俗 』 で 「時 順+間 」 型 が 使 わ れ て い る。 例 外 は、 『新 説 』 の 「半 時 」 が 『通 俗 』 で 「は ん と き」 と ル ビが 付 い て い る の と、 「三 十 四 分 」 「九 時 五 分 」 「十 三 時 四 十 五 分 」 「二 十 五 時 」 「四 十 八 時 」 が 『通 俗 』 で も 「時 順 借 用 」 型 で あ る の と の6例 で あ る。 『新 説 』 の 後 編 で 、 『通 俗 』 と一 致 、 な い し類 似 す る こ と が 多 い の は 時 長 表 現 に 限 らな い。 この こ と は第3節 で 指 摘 した 。 -43一
文林 四十二号 ジ 結 論 を 繰 り返 せ ば、 「新 説 』 と 「通 俗 』 を 、 「時 」 単 位 の 時 長(hours) が 関 わ る表 現 につ い て 比 較 す る と、 後 者 で 「時 順+間 」 型 の 使 用 の 多 い こ とが 認 め られ 、 『新 説 』 の 時 長 表 現 は 明 治 前 半 期 の 標 準 で は な い と言 う こ と に な る。 次 に 「分 」 単 位 の 時 長(minutes)に つ い て 、 『新 説 』 と 『通 俗 』 の 関 係 を 見 る。 同 時 に 現 代 語 訳 との 比 較 を す る。 31、 何 トテ我 力 時 計 ノ錯 ル ベ キ是 ハ 苛 モ我 力 曾 祖 父 ヨ リー 家 伝 来 セ シ珍 器 ニ テー 年 二差 フ処 僅 二五 分 二 過 ギ ズ(上 編60p)。 『通 俗 』 「余 程 善 き時 計 に候 其 れ 故 一 年 に僅 か 五 分 の 差 が 出 来 候 位 に て 」(64P)、 鈴 木 訳 「一 年 に 五 分 の 狂 い だ っ て あ り ま せ ん 。」 (73p)、 木 村 訳 「五 分 しか 」(62p)、 田 辺 訳 「五 分 と ち が わ な い 」 (68p)、 江 口訳 「五 分 しか 」(61p・62p)。 32、 其 帰 ル ヲ待 ッ コ ト凡 ソニ 十 分 余 ニ シテ 終 二 之 二面 会 シ(後 編202p) 『通 俗 』 「其 の 帰 る を 待 っ こ と凡 そ 二 十 分 余 に して 終 い に長 老 に 面 会 し」(421p)、 鈴 木 訳 「そ して 実 際 、 彼 は少 な く と も た っ ぷ り 二 〇 分 は待 っ た」(447p)、 江 口 訳 「す く な く と も、 二 十 分 は た し か に待 った だ ろ う」(336p)、 木 村 訳 「た っ ぷ り二 十 分 は待 っ た 。」 (335p)、 田 辺 訳 「た っ ぷ り二 十 分 は 待 った 。」(358p)。 33、 林 を 出 て 十 分 斗 り に して 小 川 の 畔 二 至 リ(上 編120P)。 『通 俗 』 「十 分 計 り に して樹 枝 を 潜 りっ っ 」(129p)。 鈴 木 訳 「小 枝 の 下 を 葡 旬 で 一 〇 分 す す ん だ と こ ろ で 彼 ら は、 と あ る小 川 の ほ と り に た ど り着 い た 。」(137p)、 江 口訳 「十 分 ほ ど 枝 葉 の 下 を 這 って 」 (109p)、 田 辺 訳 「十 分 ほ ど小 枝 の 下 を 這 っ て 」(119p)、 木 村 訳 「十 分 間 ば か り這 って 行 く と、 小 さ な 川 の ふ ち に 出 た 。」(111P)。 -44-一
明 治 前 半 期 の 時 順 表 現 と 時 長 表 現 34、 フ ヲ ツ グ ハ 百 折 屈 セ ズ 世 界 一 周 ノ 功 ヲ 畢 リ シ ガ 不 幸 ニ シ テ 厘 カ ニ 五 分 間 ノ 遅 着 ナ ル ニ ヨ リ 終 二 其 勝 算 ヲ 失 ヘ リ(後 編186p)。 「通 俗 』 「五 分 間 延 着 し た る に よ り 」(403p)、 江 口 訳 「五 分 間 遅 れ て 到 着 し た 。」(321p)、 鈴 木 訳 「世 界 一 周 の 旅 を 成 し 遂 げ た あ と 、 五 分 遅 れ で 到 着 し た の だ っ た 。」(427p)。 田 辺 訳 「五 分 お く れ た の だ っ た 。」(342p)、 木 村 訳 「た だ し 、 五 分 後 れ た 。」(320p)。 原 書 "arrivait avec un re七ard de cinq minutes!"(290p)、 White本 "arrived five minutes behind tzme!"(119p)、 Towle本"was behindhand five minutes."(274p)o くママ 35、 此 次 ノ停 車 場 ニ テー 時 間 以 内 二達 ス ヘ シ其 上 汽 車 彼 処 二 至 リナ ハ 十 ハタシアヒ 分 間 ハ 留 ル ヘ シ 十 分 間 ノ 時 ア ラ バ 決 闘 ス ル ニ ハ 余 リ ア リ(後 編115 p)o 『通 俗 』 「十 分 間 は 留 る べ し 十 分 間 の 時 間 あ ら ば 決 闘 す る に は 十 分 の 時 間 」(330p)。 木 村 訳 「そ こ で 汽 車 は 十 分 間 停 車 す る 。 十 分 間 あ れ ば 、 ピ ス ト ル の 撃 ち 合 い に は じ ゅ う ぶ ん だ 」(269p)。 鈴 木 訳 「そ こ に 一 〇 分 間 停 車 す る 。 一 〇 分 あ れ ば 銃 の 撃 ち 合 い ぐ ら い で き る だ ろ う 」(357p)。 江 口 訳 「そ の 駅 で 、 十 分 間 停 車 す る 。 十 分 あ れ ば 、 存 分 に 拳 銃 を 撃 ち あ う こ と が で き る さ 。」(269p)。 田 辺 訳 「十 分 と ま る だ ろ う 。 十 分 あ り ゃ 、 ピ ス ト ル の 射 ち 合 い が で き る 。」 (287p)。 原 書 は"Le train y sera dans une heure. Il y stationnera dix minutes. En dix minutes"(242p)、 White本 は"lt will stop ten minutes. In ten minutes we can exchange a few shots with our revolvers."(103p)、 Towle本 は"The train will be there in an hour, and will stop there ten minutes. In ten minutes,"(233p)o
文林 四十二 号 36、 旅 客 蕃 賊 互 二 奮 闘 ス ル コ ト既 二 に 十 分 間 二 及 ヘ トモ 勝 敗 未 タ決 セ ス (後 編120p)。 『通 俗 』 「既 に十 分 間 に及 べ ど も勝 敗 未 だ 決 せ ず 」(335p)。 江 口 訳 「戦 闘 は す で に 十 分 間 も続 い て い る 。」(273p)。 鈴 木 訳 「戦 い は 既 に一 〇 分 以 上 も続 い て い て 」(362p)。 木 村 訳 「す で に 十 分 以 上 っ つ い て い た 。」(273p)。 田 辺 訳 「も う十 分 も っ つ い て い る が 」 (293p)a 37、 諸 君 ヨ是 ヨ リ僅 二二 十 分 間 ヲ出 ズ シ テ 我 等 トフ ヒ リイ ス フ ヲ ッ グ氏 ノ 間 二 結 ビ シ誓 約 ノ期 限 ハ 切 レ候 ゾ(後 編198p)。 ブイ リヤ スフ ヲ ツ グ 『通 俗 』 「是 よ り僅 に二 十 分 間 を 出 ず して 我 等 と扶 利 亜 斯 扶 倶 氏 と の 間 に 結 び た る賭 の 期 限 は 切 れ 候 ぞ 」(416p)。 鈴 木 訳 「あ と二 〇 分 で フ ィ リア ス ・フ ォ ッ グ氏 と我 々 と の 間 で 約 束 した 刻 限 と な り ま す 」(441p)・ 江 口訳 「あ と二 〇 分 す る と、 い よ い よ フ ィ リア ス ・ フ ォ ッ グ氏 と、 わ れ わ れ と の あ い だ に 結 ば れ た 契 約 期 限 は 切 れ ま す な 」(332p)、 田 辺 訳 「あ と二 十 分 で 、」(353p)、 木 村 訳 「あ と二 十 分 だ 。 二 十 分 た っ と、」(330p)。 38、 第 三 二機 関 ノ笛 声 ヲ合 図 二発 砲 ス ヘ キ 事 第 四 二 二 分 時 闇 ヲ経 テ立 会 人 ハ 戸 ヲ開 キニ 士 ノ中 執 レニ テ モ無 難 ナ ル 方 ヲ助 ケ 出 ス 事(後 編 118p)o 「通 俗 』 「第 四 二 分 時 間 を 経 て 立 会 人 は戸 を 開 き」(333p)。 鈴 木 訳 「そ して 二 分 の 間 を 置 い た 後 」(360p)。 江 口訳 「そ れ か ら二 分 た って か ら」(272p)、 田 辺 訳 「そ れ か ら、 二 分 た った ら」(290p)、 木 村 訳 「そ れ か ら二 分 た っ た ら」(271p)。 原 書"Puis, apres un laps de deux minutes."(244p)、 White訳"Then after a lapse of -46一
明治前 半期 の時順 表現 と時長表 現 two minutes."、 Towle訳"After an interval of two minutes," (235p)。 39、 行 人 二 触 レ テ之 ヲ倒 セ トモ 顧 ル ニ 逞 ナ ク僅 二 三 分 時 間 ヲ出 テ ス シテ サ ビル ロ ー ノ家 二 回 リ主 人 ノ 室 中 へ 転 ビ入 リシ ガ(後 編203p)。 『通 俗 』 「僅 に 三 分 間 を も費 さず して 佐 比 児 楼 な る主 人 の 家 に帰 り」(421p)。 木 村 訳 「三 分 間 で 、 サ ヴ ィ ル 町 の 邸 宅 に 戻 っ た 。」 (335p)、 江 口訳 「三 分 間 で 、 彼 は サ ヴ ィ ー ル8ロ ウ の 邸 に も ど っ た 」(336p)。 鈴 木 訳 「三 分 で サ ヴ ィ ル=ロ ウ の 家 に 戻 って い た。」 (449p)。 田 辺 訳 「三 分 で 、 彼 は サ ヴ ィ ル ・ロ ー の 屋 敷 に も ど っ た」 (359p)0 40、 然 ラバ 其 象 ヲ見 ニ コ ソ参 ル ベ シ ト云 テ 頓 テ五 分 時 間 モ 過 ケ ル 頃 〈中 略 〉 三 人 ハ 早 ヤ ー 軒 ノ綾 屋 ノ側 二(前 編100p)。 「通 俗 』 「『先 づ 行 きて 象 を 見 るべ し』 と云 ひ て 五 分 も過 ぎ し頃 く 中 略 〉一 軒 の 小 屋 に至 る に 」(104p)。 鈴 木 訳 「そ れ か ら五 分 後 、 〈 中 略 〉パ スパ ル トゥの 三 人 は 、 高 い 柵 の取 り巻 く囲 い地 に 隣 接 し た 、 と あ る小 屋 の 近 く に っ い た 。」(115p)。 江 口訳 「そ れ か ら五 分 の 後 、」(92p)、 木 村 訳 「五 分 後 、」(92p)、 田 辺 訳 「五 分 後 に 」
(100p)。 原 書"Cinq minutes plus tard"(75p)、 White訳"Fire minutes later."(57p)。 Towle本 に は 該 当 箇 所 な し。
41、 八 十 日間 則 チ千 九 百 武 拾 時 間 乃 チ拾 壱 万 五 千 弐 百 分 時 間 已 内 二地 球 ヲー 周 ナ シ得 ズ ト云 フ人 二 対 シ(前 編29p)。 『通 俗 』 「十 一 万 五 千 二 百 分 に世 界 の 一 周 を 回 る と き は」(31P)。 鈴 木 訳 「一 九 二 〇 時 間 で 、 一 一 万 五 二 〇 〇 分 で 、 世 界 を 一 周 す る。」 (37p)、 江 口 訳 「十 一 万 五 千 二 百 分 以 内 」(34p)、 木 村 訳 「千 九 百 一47一