稲作信仰論ノート
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(2) 稲 霊の籠 りと増 殖 • 1•石見 山 中八 幡神社の 「お改め神事 」. わ る民俗を考える上で極めて重要な要素を含 んでいるの. で、その意義をたしかめながら、まず、その概略 を記録. 報告 することから始める。. 月十四日、島根県邑智郡桜江 町山中、小字郷の八 幡神社. ― の準備が始まっていた。平成 三年四月二十八 日、 旧暦―. 命の季節を彩 っていた。そして、その谷々の田では田植. 芽に蔽わ れ、その中にツッジ や藤が点々と浮 き出し、生. 芸 北から石見 にかけての山々はナラやクヌギの淡い新. チ」「シシヲハ ナツ 」などと呼 ばれる猪 撃ち 神事 に使 う. 備 を行 う。午 後一時 、 東の 宮 総代 が 拝 殿 に て 「シ シ ウ. 午 前中から東• 西・郷の宮総代が神社に集まり清 掃・準. を本社八 幡神社に迎えて行う特殊な祭り である。当 日、. はこの甘ノ宮の小祠に祭られている、神体を納めた祠箱. があり、その上に甘ノ宮と呼 ばれる小祠がある。春祭り. 天皇 ・比売大神である。本殿の右奥に一 ― 1 0段 ほどの石段. 社は金城 町境に近い尾根筋の一 角にあり、祭神は応神. で行わ れる春祭りに参じた。山中区は、 東・西・郷の三. 「 シ シダ ンゴ」 を作 る。「シシ ヅ クリ 」ともい う。 東の. 田・春祭り概略. 十五 戸と過 疎化 九戸 、郷II 十九戸 、西II が、 現在は東II. つ の ム ラか ら成 り 、 かつ ては一 五 0戸 を数 え た と い う. で、 紙年貢 が行わ れた地であった。また、 キリハタと呼. 現象 が 見 ら れる 。こ の 地は、 かつ て、 石見 和 紙の 本 場. 状にして三方の上に重ねる。いわば「董ね粂」である。. 丁寧に水で練る。練り終えると、それを二つに分け、丸餅. 宮総代は白衣に袴、鉢巻 をして、約一升 ほどの米の粉を. しとぎ. ばれる焼畑や、炭焼きも盛んであったが、 現在の主なる. 「お改め神事 」と呼 ばれるこの祭りは、 天明六年(一. 終ると、神戦•宮総代・自 治会長が拝殿から退き、本殿. より楽が奏せられ、宮司が祓いの祝詞をあげ る。修祓が. 午 後二 時、拝殿にて、大太鼓 •小太鼓 •手平鉦 •笛に. 七八 六 )までは十二月十三日に行わ れていたが、 以後、. 座の祝 詞 をあげ る。 口に桐 をくわ えて奉仕 する神役 達. 右裏にある石段 を登って甘ノ宮に至る。開扉、宮司が遷. 生業は谷田の稲作 農業と林業である。. 旧暦一 二月士 ―一日に変更され、 現在は、 旧贋 ―一月士 ―一日に. は、祝詞が終ると祠 箱の周 囲に納められていた、 m神鏡. 近い日曜日に行わ れている。その祭りについては、 既に 1) (. 千 夫の簡潔な報告 がなされているが、稲作 にかか ― 牛尾 ―. - 16 -. かん の み や. 野本. しし. ト ー. 稲作信仰論ノ.
(3) き、そこに祠箱が運 ばれる。 祠箱の扉を開き、中から御. 人の宮総代が続いて座す。 一 同 着座後、中央に白布を敷. ①如 ② 鍬 ③馬 鍬. 神体を納めてある箱が取り出される。 箱は縦二十一 ニセン. 司、左上座に西の宮総代、右次席 に自 治会長、左には一. ③小型木 製模造農具. 取り出される。神体の入った祠箱は高さ四五 センチ、奥. チ、横三十 五センチ、深さ二 十三 セン チ程で杉板と思わ. ②矛•鈴. ゆき・幅ともに三0セン チ程 で、屋根型がつけられてい. れるが年を経て茶色になっており、麻紐で厳 重に縛られ. ④蓑 ⑤草娃などを受け取る。 そして、最後に祠箱が. は三 五センチ程 である。 神職 の先導により 、祠箱をかつ. る。 模造農具 は写 真①のようなもので、例えば馬 鍬の幅. 総代らの神役が箱に対して拝礼し、紐を解 き、謹しみ. 。 ている(写真② ). 拝殿から本殿へ の階を登ったところに 幣殿に 相当する. 深く蓋をあける。 箱の中には楷和 紙の包みがあり、箱と. - 17 -. いだ東の宮総代 •鏡・矛・農具 の順で本殿に向かう。 空間があり、その本殿寄りのところに祠箱•鏡・矛・農. 包みの隙間にも和 紙が詰められている。 和紙の包みにも. ▲写真②. 祠箱から御神体の鎮まる箱 を出す. 具 などが置 かれる。 そして、本殿に向かって右上座に宮 ▲写真① 甘ノ宮の御神体脇に納めら れている小型模造農具. 3巻1号 1991. 7 文学・ 芸術・文化.
(4) 運 び、 その炭 火 で一 枚一 枚丁 寧に の ばし て乾 繰させる. んであった和紙を拝 殿内に用意されている炭火 のもとへ. がかった二 升ほどの米が出現する。米が出現すると神役. 名が記されたものがある。天保 ・弘化などの年号 も見 え. (写 真⑤) 。外部 の包 紙に は米奉納 の年号 や奉納者の氏. るが、箱書 きに慶長五年(一 六 OO)の墨苫 があり、 こ. 置 く。すると宮 司 はその米に対 して礼拝 し、 やがて榊の 葉を手 に持ちそれで米を掻 きながら米の状態を調 べる。. の神事の古さを告 げている。. 達 は和 紙の上に盛られた状態 になった米を一 旦その座に. のである (写 真③④)。そ の間、宮 総代 の一 人が米 を包. ▲写真⑤ 御神体の米の包み紙を乾燥させる. 丁寧に剥がして ゆく。やがて包みが解かれて中 から茶色. ▲写真④ 米あらためをする宮司と神役. 紐がかけられているのでその紐を解 き、和紙を 一 枚 一枚. ▲写真③ 御神体の米を拝む宮司. 虫がつい ているか否か、米に異 常があるか否かを調べる. - 18 -. 野本 ト ー. 稲作信仰論ノ.
(5) によっ て異る。」と述べ てい る。こ の 牛尾氏 の 記述に よ. 米を榊葉に三掬い ずつ入れるのであるが、このように年. ぼっと出て来る年のあるのは不思議である。毎年新しい. は、「神 体 を 取 り 出 すの に仲 々出 に く い 年 と、 軽 く す. ―一 千夫は当 社の宮 司 を務 め て い たの だ が、 同 氏 牛尾一. で宮総代などの神役 が同様の所作 を行う(写真 ⑦)。. 宮 司がこれをささげ て振り動かし鈴の音を立てる。次い. 根 方の交点に鈴を結びつけたものを箱の上 に添え、先ず. に箱を麻紐で縛り 終えると、 二本の矛先をV字 に糾んで. に米 を包 み、縛り (写貞 ⑥)、そして箱 に納 める。 さら. 年はそれが行わ れなかった。神体の米 改めが終ると厳市. ▲写真⑥ 御神体の米を包む. 右の ような米改めが終ると一 同 拝殿に下り 、献隈、祝. ると、 御神体の米を改めた後、榊菓 三掬分の米を追加す るのが本来の形であったと思わ れるのであるが、平成 三. 詞奏上、 玉串奉莫、撤館を経て祭りが終. 了し、 御神体は、神鏡 ・矛 ・模 造農具 等. の列 を従えて甘ノ宮 に遠 御する。. 次 に、三方に盛られたシシダンゴが拝. - 19 -. ― る ゆ. を. せ 乗. の 祭 り は天 明 以 前 は 新 穀 祭 で あ り、. を総括 し て次 の よう に述べ ている 。「こ. が錯綜してい る。牛 尾三千夫はこの祭り. 針 殿の真中に持ち 出され、猪限ち が行わ れ と 矛 る。牛尾の報告によると、 以前は、米 改 こ 9 箱 め 終了後で、シシウ チの前に田植唄を歌 3) ( る ます い 囃し田の真似をしたとある。 鎮か ②•稲霊 の籠り の動 体に 山中八 幡神社 の春 祭り は右の通り であ 神か 御や るが、この祭り の中には様々な信仰要素 ▲写真⑦. 3巻1号 1991. 7 文学・芸術・ 文化.
(6) なったが神体そのものが稲霊である処に特殊神事として. る。 天明 以後三月祭り となったために祈年祭的なものと. 年占であり、 稲米を眠らしておく祭り であったと思わ れ. さらに気になるのは十 三日の「コト 始め 」に近い十 二月. のであり、正月はここから始まると見ることもできる。. わ れるのであるが、こ の 日、歳神を迎える準備が始まる. 称である。コト始めの一 要素としてたしかに煤払いも行. ( 4). 十 二月十 三日から三月十三 日への祭 日の転換 の真意を. 八 日が「コト八 日」と呼 ばれ、こ の 日を 重要な節の 日と. 価値あるものであろう o」||. ないと思わ れる。この神事の本質は、米を密閉し、紙で. 時 、祭 日の移動に よってこの神事の本質を見失うことは. かかわ るコト 始めの 日に祭り込 んだものと考えることは. うことは、新しい年に活動すべき稲霊をその新しい年に. 山 中八幡神社の古い祭りが十二月十 三日であったとい. する地が多いことである。. 包みこんで箱の中に籠もらせることによって稲霊 の活動. なのである。. できないであろうか。 旧年ではあるが新年のための祭り. - 20 -. 完 全 に解 くのは困 難 であるが、 神 事 の内 容 を注視 する. らさんとするところにある。. を強力にし、稲霊の増殖を祈り 、 よって稲の豊作 をもた. 十二月士 二日という 日が民俗的に見 ていかなる日である. 素があることは否定できないのであろうが、この神事に. の孵きが よいか否かで来る年の米の作柄を占うという要. はそれよりも璽要な信仰要素が含まれているように思わ. いるか否かは確かに年占となり 、矛に結びつけた鈴の音. はこの日を 「コト始め 」と呼び、長さ二尺 ほどの栗の枝. 先に、この神事の米改めに際して御神体の米の中に毎. てみなければならないのであるが、例えば奈良市長谷で. 年枷の葉 三掬分の米を新たに加える決まりがあったこと. れる。. 二個 結んで吊るし、この枝で各神棚を浄めて新しい箕で. を述べたが、ここに重要なポイ ントがあると考えるべき. であろう。侑年新しい米を新たに加えることによって稲. を迎えるための大掃除を行う 日とする事例は多 いのであ るが、注目すべきは、 先に引いた「 コト 始め」という呼. 煤を受ける。全 国的に、この 日を煤払いの 日として正月. を切ってきて、これに、硲で作 った小型の模造の帯を十. のかについては石見地方を初めとして全 国的な調査をし. 御神体の米に虫がついているか否か、米の量が減って. 野本. 新穀祭としては、十二月十三 日という 日は遅すぎる。. ト ー. 稲作信仰論ノ.
(7) 3巻1号 1991. 7 文学・ 芸術・ 文化. 三掬分の米が増えて ゆく勘定 になるのだから、ここに稲. する信仰論理 を窺 うことができる。しかも、伯年榊 の菓. 入れて密 閉するこことによって稲霊の力が強力になると. 霊 が再生する。新穀 を加え、さらにそれを包みこみ箱に. 不幸があった場 合は奉納できない。 ③男性 のみで栽培し. に作る。 田の入口には注連縄を張る。 ②家族 及び親戚に. 件がつけられている。mエキ (谷)の一番 上の清浄な田. してもよかった。ただし、奉納 米栽培にはいくつかの条. 奉納米は主として宮総代などが栽培したが、誰が奉納. なければ/らない。 ④人羹 尿などの肥料 を使ってはいけ. 寸 二分の 霊 の増殖を見ることになる。なお、古くは、 一. 米が神体であったという言い伝えもある。この伝承は一. 人一 二合を奉納するならわ しであった。奉. ない。こうし た条件 を満たして奉納米を収穫し終ると一. 納 者が多 ければごく少景ずつを御神体に. 加 えることになる。いま―つ、矛に鈴を. 付けたものを御神体の箱の上に載せて振. の響 きによる占いと見ることもできるの. る所作 が注目 される。これもたしかに鈴. であるが、この鈴振り は、稲霊に対して. より強力な神霊を降臨付着させる神寄せ. と考えることができよう。. 御神体を包みこみ、籠らせる形で神霊. こだ ま. の強化を図る神事としては静 岡県 榛原郡. 本 川根町梅地の餅 締石神社の「 衣がえ神. 事」 が あ る。『 駿河 志 料』 に「 児玉 石権. 現 社」 と し て、「当 社鎮 座由 来詳 な ら. - 21 -. 粒 の米の増大を語るものと見 ることができよう。. ▲写真⑨.
(8) ト. 野本 ー. 稲作信仰論ノ. 三方の上に置 く。神事のたびに前回の包みの上にさらに. き、真綿と和 紙で御神体を包み、麻 紐で三か所を縛って. の上 に真綿二 枚を 広げ る 。 さ ら にそ の 上 に御神 体 を置. 概略 は次の通り である。ま ず左束の和紙二 枚を敷き、そ. は秘 儀で宮司 以外に見たものはないと言われているが、. に包み封するなりと社家伝へ り…… 」とある。この神事. 此社神体円 石なり 、神事の度、古へ より の例にて、真綿. 輿を出し社家神楽を捧、神興へ 沢 水を振りそそぎ清 む。. ず、 三年目閏月ある年神事あり 、 旧例にて浜垢離 沢へ 神. けて飾 ったが、こ れを『物 作』 と呼 んだといふ。」. 邸 」にさし、紐で吊り 下げ るか又は足を つ て作った「 巻. 以て、鋸 ・鍬•鎌 .斧 等の農具 の模型を作り 、知 梨を束ね. 西村塩沢)では、数 年 前まで、 f月十 四日にカツノキを. している。「 相 州足柄 郡清 水村 字川 西小字 塩沢 (昔 の川. 久吉 は『農村の年中行事』の中 で次のような事例を紹介. られるものの一 っに、 小正月のモノックリがある。武田. のである。小型模造農具にかかわ る民俗行事として挙げ. 際に持ち 出して並べられる小型模造農具 も注日すべきも. 宮の小祠の祠箱の周 囲に納められ、祭り当 日の米改めの. ( 6). 包みが加わ るのだから雪だるま式に大きくなって行くは. さらに武田は、奥上 州の戸倉、 信州北安曇郡北部 に同様. ( 7). ずであるが、 実際には枕ほどの大きさで差を感じないと. の事例があることを記し、 また、武田は、 同書に、 昭和. 十六 年、越後中魚沼郡秋成 村 見倉で撮影した小型模造の. さ づか. いう。白い真綿と和 紙で神体を包み、しかもその枚数を 重ねて ゆくいとなみは神霊の増殖強化を象 徴するもので. 鋤鍬の写真を収めている。そして、 部に、模造農具を. 5. あるが、 現実には、 祝福 ・児玉と表 記がゆれ動く根元に. 作らずに絵を描く形があることも指摘した。. 小型模造農具の登場 する民俗行事としていま―つ注目. ② 奈良盆地のノガミ行事. 「蚕玉 」信仰があったことを 想定させる。白い真綿と紙 の包みの増大は繭の増殖を象 徴するものだったと考えら. ( 8). すべきものに奈良盆 地で盛んに行われるノガミ行事があ. や、奈良県教育委 員会による調査報告がなされている。. る。ノガミ 行事についてはすでに保仙純剛氏 の調査研究. れる。 御神体 の 祭 り 方に類 似 の 点 が ある の で記 し て お. < ③小型模造農具 の呪力. 第 1表 は奈良県 教 育委 員会川の『 人和の野 神行 事』( 卜」. ( 9). ①小正月のモノックリと農具 かみ. 甘ノ宮はおそら く「上の宮」からの転であろう。甘ノ. - 22 -.
(9) 3 巻 1 号 1991. 7. 文学 ・ 芸術 ・ 文化. 12. i[. 謳寺 ノ. 力ミ. 町 ツ. ナ 力 ケ. 11. 旦巾 畠. 町 ツ. ナ ク. ,a,; 10. 町. ノッ ガナ ミ ク サミ ン・. サ ン リ 1 5 ^ 2 ^/ 1 / 旧/ ^ 1 旧11 6 2 11 / 1 5 、一 1 / 1.___,1 、一 、一 マ. ツ. 匹%. 柏. 樫. fJ. 松. 榎. 閲の 鍬勁. !. 力. フ. キ. 嵐ワ フ. の 蛇. 戸 °. ろ ま で は. i. つ. 屑忍 町. 8. 讐. ノ ガ. ノ ガ. / 17. 5 / 5. サ ン. “, 榎. に. ‘. 榊. 鍬. 6. 7. 天. 天. 泉 町. 町. サ ン. 翌. の 蛇. 繋 の 蛇. 並. 5 3 /. +* ^. ヽ. 蛇. こ蛇. 蛇. に か け る. 緯 榎 ノに に 賛 隠 サつ さ ンけ と る゜. し’. う。蛇 の. を. のカ. 鬱. ラ. ス キ. げ る゜. ム ギ の 蛇. た作 ゜っ て. 靡. I. 曜. 曜. )j蛇 に. キ の. - 23 -. ノ. グ チ. サ ン. 以 の. I.. ) IJ. · I I: 1 1. 鋤. 鋤. 鋤. 11 ―. 鍬. 杓•. 録 鎌 の. 〗. 録. 蛇. 合. 立蛇. 醤 け 1J るに. 股 に. ―. 力. ラ. ス キ. [II]. �. 賢. 蛇. 蔽. つ。. 伝. 〗. 承 地. 町 ノ. ^ 合. -1:,. t 鼠虚. 5 / 4. 塁. 月 / 含 ,.g, 日. 委 閉贋 尉秋. 'ピ. 渇 プ・ 闘. 模. 造. ' 以 '" I. 具. 蛇 そ. の 他. ヽ. 誓つ 合 立 け ^ で て. ィ. ノ キ. 鎌 の. 蘭に. 嬰ア. 「'. l. Iヽ. 富に 悶. ヽ. 〖. 介高. 板. ^ム ジ ヤギ ヮ — ジフ ャ ゥの マ蛇. t遵. 1. 榎. ム ジ牛 ム ^ ヤ ・ ギ ジギ ヤ ウ馬 ワ ヮ — マ ・ フ ジ フ ャ ジ の ゥの ヤ 蛇 マ蛇 、-. 嘉t. 2. 榎. シ ゴ. ラ. には か柳 けで. I. 灌. 歳 喜⑮ ノ‘. ワ. 〗. ガキ ガキ ミ ョ ミ ヨ サゥ サウ ン・ ン· ノ ノ. 拾. 杉 、一i. 力. の 蛇. 3. 6 6 .----. 旧6 r--. / @ 旧5 5第 月 5 / �1 / � 5 l / 令 � 含/ 2, / Fl 日 5 / 5. 摩. 鎌. 4. 田. ジ 棗 の:ジ ヤ ォャ マ 多Z キ. ノ ガ. 曲. の. 5. 城贔 〗 〗塁 鳳嗜憎 仕 旦 〗 〗. 贋 鍬 店. 贔 絲. ,. まに. ,. 麿 の �. 蛇 の. 処. 理 等. 第 1表 奈良盆 地のノガ ミ行事. 13.
(10) 稲作信仰 論 ノ ー ト •下)の資料 に筆者の調査若干を加えて、奈良盆地に行. わ れる野 神行事の一 部に関 する骨子を要約的に示したも. の である 。 保 仙 純 剛 氏は 奈良 盆 地の ノ ガ ミ 行事 を 概 観. し 、盆 地の 北半では野 神か牛の守護神としての伝承を持. ち 、盆 地南半には腿などで蛇体を作 る例が多いとしてい. る。 そ し て、 「農 耕 開 始 の野 口祭 に も 降 雨 の 祈 願 が あ. り 、そ れを 農耕予祝儀礼というべきか 、あるいは慈雨を. 次に 、ノガミ 行事で注目すべきことは祭り に際して模. 造の農 具を作 り、供える点である。模造の農 具の素材 、. 寸 法 、 処 理 方 法 等 は 多 様 で あ る 。 第 一 表資 料 番 号 1 で. よ 環 の チ う 境 水 系 ° に の の よ 確 祭 る 保 り に が も 心 多 の で を い゜ あ 砕 り‘ か こ な の 環 け こ 境 れ と の ば は 必 な ‘ 然 ら 大 に な 河 よ い 川 る 大 が 信 和 少 仰 盆 な だ 地 <‘ と の 言 自 稲 ぇ 然 作. 野本. .,,.. ▲写真⑩ 野神祭 り の小型模型農具 ー 奈良県大和高 田市今里 ―. 叩いアかががご溢ぷ ▲写真⑪ 榎の根 も と に 駕籠入 り の蛇が納め ら れ る ― 奈良県川 西町下永東城 ―. J:""1,. の 御 祭 な る 作 所 り の も り 市 に で の 蛇 お あ で も 穴 い る nぁ の o -り が ・ て ‘ 登 田 は 奈 場 原 第 良 い す 本 l 盆 わ る 町 表 地 ば ノ 矢 の に → ガ 部 み お 水 ミ な な け の ・ ど ら る 予 ノ 大 ず‘ 野 祝 グ 蛇 神 ヒ - 24 -. め る 水 乞 い ‘. 雨 乞. の た め に 祭 ら れ い. 植 に 先 立 っ て 田 植 に 不 可 欠 な 水 を 求. 当 か 取 て の 考 で し° る 現 蛇 え あ 水 れ 体 ら りヽ 、と 神 る ^ れ 述 と の 水 な ム ベ し で 神 い ツ て ギ な も い て ヮ く は の ラ る0 祠 現 ‘ で れ 降 牛 あ や 梨 こ る 雨、 の ろ の の の の 守 う 蛇 見 で 祈 護 か゜ は‘ 解 は 願 神 は な を と わ 田 妥 い 受 し ら 万. 求 め る 願 立 と う. い. き. ベ. も の が あ る と.
(11) でこ れを 毎年使 う (写真⑩) 。 資料番 号 3 .4で は経木. は、 昭和 九年に作った木 製品で、寸法は五 0 セン チ前 後. る。小型模造農具もこうした 「 小さきものの呪力」の具. の氏 神の山の神に小型模造の農具 を供え、霜月の山神祭. 秋の涅槃会、桜井市宮田町の亥の子、吉野郡吉野 町小名. 注連縄 に掛けたという。この習俗の最も軍要な点 は農具. に吉野 郡川上村 ・東吉野村 で小 型模造の山道具 を供える. 体 例なのである。 保 仙純剛氏 はさらに、奈良市別所町の. の模造品を作 るということであり、 それは本来、神の使. 事例をあげ てい る。これらも前記と同じ土壌によるも の. で作って子供達 に分け与え る。 8番はかつて柳で作って. 用すべきものであり、農に先立って、 その農具を作って. さて、第 1表にもどろう。この表 に よると、ノガミ 系. と言えよう。. たも のと考えられ る。 それがやがて、供えものとしての. の神の神座としては樹木 が圧倒的に多 く、榎 が その 主流. 神が農の営みを演じ、人がこれを見 習うという形があっ 性 格を帯びるに 至 るの で あ る。この点は先に紹介した小. を な し て い る。 『日本 俗信辞典』 動• 植物 編の 「榎」の. 項を 開くと、鳥取県では 北方に エノキ が一 二本あ ると災難. 正月のモノ ックリの農具 においても同断であ る。 「 小」の呪力、 ミ ニチ ュアの呪力の源泉は少彦名命で. を 逃れ、幸福がく ると伝え る、香川県 丸亀市では戌亥の. 隅に植 えてあ る エノ キには神様が宿っているから伐って. す がる. はならぬ、などという榎に関 す る各地の 伝承が見 え る。. ぺ. 師・桃 太郎•田螺息子に及び、 保儒の芸 能などにも流入. ち 、さ こ. あり、小子部の 蝶巌である。 そして、 その系譜は一 寸法 す る。 一 方、秋 葉 三尺 坊、 式 内 阿波 々神 社 一 寸坊権 現. 榎は ニレ科の落葉喬木 でわ が国には広く自生す る。し. 「小 」を強調 す るものがあり 、祭祀遺物の 「小 」は枚挙. 菓後 その枝が燃料として董要な働きをしたのだった。秋. その榎や椋は夏の台風シ ーズンに防風林 として働き、落. 敷の防風林として育てられた榎と椋が目だつ。じつは、. ) 15 (. や、 寸 僧 坊 とい っ た低 人 聖 者の 伝承も あ る。「小 」な る. 物 でもあった。福 岡県 柳川市南郊の干 拓地帯を歩くと屋. かし、この木は人の手で、人の暮らしの中に導かれた植. に退 かない。李御寧氏 の指摘す る 『「 縮み」志 向の日本 13. ひき ひと. 民 俗 の 底 流 に あ る。 縄 文 土 偶 に 端 を 発 す る人 形 に も. ものが 「大な る力 」を 発揮 するという信仰 論理は日本 の. 人。』 の 底 流 に は、 右 に 見 た よう な 「小 さ き も の の 呪. から年末にかけては枝おろしをし、 それを 燃料とした。. (). カ」を 信 ずるわ が 国の民俗的信仰 論理が存在したのであ. - 25 -. 1991. 7 3 巻1号 文学・ 芸術・ 文化.
(12) れは 、山 か ら 遠く 離 れた 平 地 で 暮 ら す 者の 知 恵 であ っ. 燃料 として利用する 方法は筑後平野 の伝統であっ た。そ. り 、榎を最高の燃料 とした。 屋敷に植え育てた榎の枝を. こ の 地 で は 「榎 は 殿 様の 燃料 だ 」とい う 言 い 伝え が あ. 木 」というこ とになり 、こ こ にこ の木がノガ ミの座とな. に. ヘ田主どんの申すには. 奈良県 大宇陀 町野依白山 神社 御田祭の田主舞の詞章にも. は 、沖縄 で言う 「 ユー」「世乞 い 」の「世 」に 等 しい。. 会 全 体 の 状態 を 意 味 し、「恵 み 」を も 意 味 す る。 そ れ. こ. の. と 歌 わ れる。 ヨノ ミの 木 とは 、「世 を 乞 い 祈 む. よ. 余年までよいよろ. た。山 からの距離 と言えば干拓地の 方がさらに遠いわ け. り 、稲作に不可欠な水神たる蛇の 依り 着く木 とし て選ば. 八 百世の中. た。 榎は枝が燃料 となるばかり でなくその実は美味で食. だ から 、干拓地がこ の 伝統を襲うのは当然のこ とであっ. れる 必然性 があったのである。 奈良 盆地の農民が執拗に. 奈良盆 地においても周 辺の青垣から離 れた地において. を深く知り 、伝承してきたからであろう。 ノガ ミの榎は. 田畔の榎を守り 続けた理由 は 、榎の実用性 とその象 徴性. た ぐろ. 用となった。 は榎が重要な役 割を果たしてきたこ とに変わり はない。. であった。. 第 1表にはいま ―つ 重要な情報が込めら れてい る 。そ. その種をム ラの家々に恵み 、ノ ガ ミの森を守ってきたの. れは 、ノガ ミ祭り の時 期の問題である。 資料 整理番 号1. エノキの 語源は 「枝の木」だ とも言わ れるが、叙上の 事 • 静 岡県 ・和 歌山 県 ・鳥 取 県 な ど では こ の木 を 「 ヨノ. \ 8およ び 13 は、 旧暦 5月 5日を 中 心として きており 、. 実に よ れば 「家の木」であっ たとも考えられる。岐阜 県. ノ ミの 木 」 即 ち 榎 の 実 の 木 と呼 ぶ の で あ る が、 「ヨノ. キ」と呼ぶ地がある。奈良盆 地ではこ の木のこ とを 「 ヨ の. 9 .10.11.12 は 旧暦の一 月に実施さ れ、しかも、原初. よ. ミ」は 「榎の実」を表わ すと同時 に 「世祈み」とい う 意. の行事や芸能は、本来、実際の農耕に先立つ一月 ・ ―一 月. 一月十一 日に行わ れてい た ことが推察される。 農耕予祝. に行わ れる場合が多い。こ れに対して 、苗代の水 口祭り. 月 庵酔醒記』 の よくなる年は万物 よくみのる 」とする 『. 記述 はその点 で 注 目 さ れる。「榎の 実」 の裏 に掛 詞 とし. があるのだが、奈良盆 地の ノガ ミ祭り の 主流は 旧暦 五月. や中 国地 方の花田植 のように、いわ ば農作 業の随伴儀礼. 味を 示し てい る と考えるこ とが で きる。「エ ノ キの 実が. あっ たの である。「恨 」は 、穀 物の 豊穣を 韮 本 とし 、社. て 「世祈 み」を秘 匿するとこ ろに 「世 」を求める 呪力 が. - 26 -. 野本 ト ー. 稲作信仰論ノ.
(13) が合するものが多 く見られる。 旧暦 5月 5日を中 心とし. る ことによる 水田耕起•代か きなどの 「水田農耕予祝 」. る ことに よって為す 「水の予祝 」と、小型模造農具 を作. きものである。 しかも、ノガミ 祭り には、蛇体を作 り祭. 五 R、田植前の時期に行われる予祝 行市 として沈Hすべ. 「 稲の 予祝 」という基本的な性 格が通底している 証であ. モノックリの小型模造農具作 成の共通性 も、「農の予祝 」. 唇具 と、小 正月 かろう。 さらに、ノガミ 祭り の小型模造曲. に併存する ことは、この行市の予祝性の 現れだ と見てよ. の予祝 しだ と言える。類似の内容が一月 と五月に 流動 的. だが、 蛇の 処 理方 法か らす れば逆切 綱 とは 異質の 、— 水. ろう 。. たノガミ 祭り が基本 的に 「稲の予祝 」である点は、大 和. に多 く見られる 御田祭と同 質である。 この ことは、第 1. さて、奈良盆 地のノガミ 祭り に関する 記述が長くなっ. ④• 山中 八 幡神社の神事構造. らも考えられるところである。邸 の 蛇体 と道切 綱の頬似. たのであるが、山中 八 幡神社甘ノ宮の小型模造農具 の意. - 27 -. が御田祭の時 期 と一致していることか 表 資料番 号 9i 12. 性、「ツナカ ケ」「ツナクミ 」といった呼 称などから、一. 味 に つ い て 考 え な け れ ばな ら な い。 牛 尾一 云一 千夫による. ▲写真⑬ 榎に掛け ら れた麦 カ ラ の蛇 ー 川西 町下永西城 一. 月のノガミ 祭に道切 綱の影が潜入している印象 もあるの ▲写真⑫ 野神さんの 榎 ー 大和高 田市今里 一. 1991. 7 3巻 1号 文学 ・ 芸術・文化.
(14) 所作 から行われてい たとい う。しかし、このことは、現. 能 が 行わ れ てい たら しい 。ま た、 伝 承 に よ る と、 こ の. 太鼓 で 囃し田 植の真似 をする。」とい う 田遊び的 な 原芸. 神事 が始ま る ま での間に、 「刀祢 の一人田 植歌を 歌い 、. と、 御神体の米改めが終り、祝 詞奏上が終了して、猪狩. とい う。当地の猪狩は、動物性蛋白質の確保としての狩. 掛けた者が多くの肉を取り、残りはム ラ中で煮て食べた. り 、磯市さんの父豊太の頃には猪狩が盛んで、一 の矢を. 一年 生 ま れ )に よ る と、 山の 所 々 に 猪 の 落 と し穴 が あ. 在はまた増えつつあるとい う。高崎磯市さん(明 治四十. 当 地における猪の数 は、古くは多く、一時 減 少して現. 猟と同時に田畑を荒らす害獣 として の猪を捕獲するとこ. 時 、古くは、小 型模造 農具を用い て耕起 ·代かきなど の 在は行わ れておらず、神事終了後、社前の庭で囃 し 田の. 模造の獣や獣に見たてたものを儀礼的に弓射する神事. るのは当 然のことである。. る 「シシ を放つ 」「猪撃ち 神事 」に害 獣捕獲の 要素 があ. ろに目的があった。 したがって、山中八 幡神社で行わ れ. 現在は消滅して しまった、い わば 「幻の田遊び 」に次. 囃しを行い 、唄を行うのみである。 しし う. は他にもある。沖縄 県 固頭郡国頭村 比地のウ ンジ ャミ祭. 猪撃ち 」である。 現在は、祝 詞奏 い で展開されるのが 「. 上が終り 、撤観の後、三方の上 に重ねたシシダ ンゴ が 拝. ( テ ィ—ル. 殿の中央に運び出される。まず宮司が長さ二 尺、麻糸張. り 紙房つ きの弓に一 の矢をつがえて空を射、次にシシダ. 、宮 崎県西都 市銀鋭銀鋭神 社 銀鏡神 楽シシトギ リ する ). 郡大根占 町池 田旗 山神社 柴 祭り ( 薄の菓を固めて 猪型に. 背負い 籠を 猪 と見た て る ) 、鹿児島 県 肝属 11. ンゴ を狙って矢を放つ。次い で宮総代 ・自 治会長 ・来賓. ( マナ枚 にイ ノコ シ バを 縛り つ けて 猪に 見た て る ) 。こ. など が 次々と二矢ずつ シ シ ダ ンゴ を 射る ( 写真⑮ ) 。予 定 の者達が総て射 終えると、自 治会長が 二本の矢を箸状. 廃絶したものまで加える と十 八例を数 える。この神事が. 集中する参•信 ・遠山地の場合 、神事の時期は旧暦一月. の他、参•信 ・遠 国境山地には模造獣弓射神事が多く、. か ら 三 月ま で が 圧 倒的 に 多く、 しか も、 模 造の 鍬型 を. に使 ってシシダ ンゴ を 分与 する ( 写 真⑯ ) 。宮 司 •宮 総 く。 こ れ を 「 猪 狩分 け」 の意 イ カリ ワケ」と 呼ぶ が、 「. 作 って播種儀礼を行うなど農耕要素と結びつく例も八 例. 代 以下 すべ て の ム ラび と、 参 拝 者に 順次 分 け 与 え て ゆ. を味噌煮にして食べ たともい う。. 味であろう。古くは残りのシシダ ンゴ と大根の銀杏切り. - 28 -. 野本 ト ー. 稲作信仰論ノ.
(15) ほど見られる。また、模造獣の腹に粂を入れる例も七例. 穣を得ようとする心意があ った。多くの校造獣り射神市. とともに、農作物を荒らす害獣を捕獲 ・追放して農の豊. ( 17 ). ある 。但し、参•信・遠においては猪より も庇の半例が. の時 期が 旧暦一 月から三月に行わ れてきたことおよび模. こうしてみると、山 中八 幡神社の猪撃ち は決して孤立. の要素を持 っていたことを語 っている。それは、 田遊び. 造 鍬型と結びついてきたことは、これが農耕予祝 として. 多 い。. したものではなく、神市に粂を 用いる点、模造農具 が登. のと見ることができよう。. - 29 -. 系芸能における鳥追いや、年中行事の烏追いと同系のも. ▲写真⑯. イカ リ ワケ. 壊には、獣を捕獲して食用にする、いわ ゆる狩猟的要素. ▲写真⑮. シシウチ. 場 する点など 共通が見ら れる。模辿獣弓射神事の成立土. ▲写真⑭ 完成 し た シ シ ダ ン ゴを宮司 に渡す. 1991. 7 3巻1号 文学 ・ 芸術 ・ 文化.
(16) ト. 野本 ー. 稲作信仰論ノ. れてい たとい う。しかも、そ の上に、害 獣 たる 猪捕獲の. が登場 し、しかも、古くはそれを用い た模擬農耕が行わ. 山 中八 幡神社の場合には米改め神事を核に、模造農具. 暦二 年戊寅正月 卜 日に勧請 した社にて爾来武門武将の崇. 売 命で、由 緒として、 「 人皇第 六卜 九代 後朱 雀 天皇の長. 静 岡 県神社志 』による と、 祭神は 息長足比 で あっ た。 『. らに、松本•西巾•西山 寺など を併せ た旧菅 山村 の鎮 守. のム ラから成 る。一 幡神社は、 菅 ヶ谷を中心 として、さ. 己丑十二月掛川 城主山内 一豊社殿造 営あり 現今の社殿が. 敬篤く源頼朝 社 領五町余を寄付 したと伝へ、 天正十 七年. ( 18 ). 現実の猪共同狩猟を基唇に持ち ながら 生成したことは、. 神事 まで加わ っているのである。この地の猪撃ち 神事が. 粂の共同儀礼や、銀杏切りの大根の伝承などからもわか. こ れ と は 別 に新 春 に行わ れ て い た模 擬 農 耕 と 猪撃 ち が. 居原より 金扇に座乗して菅山村菅 ヶ谷字高畑( 扇 ヶ谷). なお、同書には、「往古 ―幡 神社 神霊 が当郡 白 羽村鳥. これである 。Lと記されている。. セ ット になっ た原田遊び的な営みとが合して成っている. の山中大なる 玉の木 に御飛来あらせらる」とい う伝説が. は、古く十 二月十三日に行わ れていた米 改めの神事と、. る 。 現在行わ れ て い る 山中 八 幡 神社春 祭り の 神事 構 成. と見 てよかろう。そして、全体 として、稲霊 増殖の神事. 記されており、その折二 十八名と呼ばれる宮座の先祖が. 追放とによって秋の豊穣を予祝する楠造になっているの. 飛神伝説に登場する扇 ヶ谷には何代 日かの 玉の木(タプ. E の木のもとで供物 をささげ たとい う伝承もある。この. み よう. を核に小型模造農具 による豊穣祈願と、猪撃による害獣. である 。. の木)が植えられており、 現在も古例祭 のHにはここに. m.―幡神社概略. 十 月十 日であるが、 別に古例祭と称する祭りを二月十 日. 定めて祭るに至 ったと伝えられている。当社の例祭 日は. 問お祭り した後、 菅 ヶ谷川をはさんだ対庁の地を社地と. 注辿縄 が張られる。この玉の木のもとに仮屋を建て一 年. 静岡県 榛原郡相良町の中心 地は江 戸時代 、田沼意次の. に 行う。そ の占例祭の中核は 「お揃様神市 ーと呼ばれる. お榊 様神事 」 2 ・遠江一 幡神社の 「. 北へ 約 ニキ ロほど 入った地で、萩間川 の支流菅 ヶ谷川 ぞ. 占風な神事であり 、稲孟の祭り として汀11 す べきもので. 城下町で あっ た。同町の菅 ヶ谷地区は町の中心 部から西 いの、 原•新田・人知・大向• 時 ヶ谷・裔和•谷川 など. - 30 -.
(17) 在字 、家 の伝承等 の一既で ある。表中 の•印は名 の変更. 第 2表は平成 三年時 点 の二十八名 の当主名、屋号、所. る。卜 四組が一 巡すると、次 回 の一 番名は、 先に相名を. の意 義を 明らかにする ところに ある のだが、 それを 支え. ある 。 そして、 そ のお榊様神事を支える のが二十八 名と. る 二十八名についてもふ れない わけに は ゆかない。 そ の. たも のと思われる 。 二十 八名 の形成に関 する史 資 料はな. があっ た家であり 、古くはさらにいくつか の変更があっ. 努めたも のが本名となり 、前本名が相名に まわる。. 二十 八名を中心とし た祭祀組織と神事 日程等に ついては. 呼ばれる 祭祀組織である 。小 論 の主眼はこ のお榊様神事. 既に中村 羊一 郎氏 の詳 細な報告 がある。筆者もかつてお. い。 ムラが始まり 、 神を 祭り 始め た時 二十 八 軒 し か な. ( 20 ). 榊様神事に ついては若干 の報告 を試みたことがあるが、. あるが、 実際には少数から多数へ という動きがあっ たも. のと考 えられる。 二十八名 の中 で特に 里嬰な働きをして. かった ので そ の二十八 軒が名になったという言 い伝えも. きた のは増田和之 家と増 田修治家 である。まず、増 田和. 今回、 そ の全体像を描くについては祭 祀組織についても 氏 の成 果に 負うところが大きかっ た。現在、祭祀組織 の. 之家が代 々大世話人を務 め、お榊様神事全体を指導して. 言 及する必要があり 、祭 祀組織・ 日程等については中村. ま れ) の体験、家 の伝承、お よび同氏 を 編集 委員長して. の伝 承 として、 昔、 神霊 が 扇 ヶ谷 の玉 の木 に 飛来 し た. 修 治家 の名義になっている点 も里要である。増田修治家. きた点が注目される。 そして、燈明田即ち 神隈田が増田. 中 心的役 割を果たしている増田修 治氏 (明 治四十 二年 生 ( 21 ). み よう. 郷上誌菅 山』に も負うところが大きかっ た。 成 った 『 ②• 二十八名 と祭 祀組織. 時 、神が増田修 治家 の先祖 の夢枕に立ち 、私を祭ってく. 二十八名 の 「 名 」は 「苗 」と書かれる場 合もある 。名 は、お榊様神事 の当 屋であり 、 それは代 々固定されたも. 産を守るというお告げ があっ たとい う。増 田修 治家 の屋. 号は ド ンダ リ で ある。 そ の意味 は、 「飛んだり 」で、 神. れたら、 ムラびと達 を流行病から守り、 ムラ の女達 の安. とともに移動したこ とを 示すとも言われてきたが、故萩. ので、 家 の世襲である 。 二十八 戸が二戸ずつ組を作 り、. を祭り 、神事を担当する名を本名と呼 び、コンビを組ん. 富足り 」で は ない か と説い た。 ドンダ リ 原龍 夫氏 は、 「. 一 番名から十四番名まで の十四組とする。一 年間お榊様 でこれを補佐する立場 に まわる者 を相名 (合名とも )と ぷく. 称す る 。本 名 家 に 服が あっ た場 合 は 相名 が 本 名 を 勤 め. - 31 -. 1991. 7 3巻1号 文学 ・ 芸術 ・ 文化.
(18) 稲作信仰 論 ノ ー ト. 四. ±. 喜 隠. 十. 忍. 十. 九. 一. ヽI. 八. 得 贔名 得 隠 嘉名 贋 . .. I. ,. . .. 巳 卓 迎 川 増 植 山 菅 増 増 JII 栂 菅 紅 缶 I 口J 水 増 水 田 林 田 平 見 見 塚沼 池 田 田 田 田 田 田 �こ" 9 沼 林 沼 塚 “ エ9 田 野 形 ' 堅 幸 春重 卓 右 徳金金 長 和 芳 勝 信市市 寿惇太澄 索 欽 修 隆 次 昭 一 — 夫 男 吉 丸 平 良II 雄 枝 宏 司 門 平 松 男 志郎夫 治之 平. 増 田 逸 逸. 力 ン ノゞ ン ヤ. 向 百. " 目. 古. 崎摩. サ ダ. カ ヤ ワ プ. ネ. 夕. 一. フ. ジ ユ ウ エ モ ン サ マ. ソ 、. 自. .i. ア ツ チ ノ ヤ. ク ス ミ ザ ワ. オ オ ド ウ リ. ヤ マ オ チ. ヤ オ マ ク ノ 力 ‘. 番. 夏 夏 得 増 八 田 藤. 田 木形波 家 和 之 章ー作 ク モ ズ ン ボ ゼ. ド ン ダ リ. ―. フ. 屋. ‘. ノ. ,--., 「. 裔 嘉 原 / I I 時ケ 谷時ケ 裔 靡 情 靡 向大 ケ 裔 裔 高t J I I J I I 谷JII り 介ケ 裔 靡 和 ケ 眉 闘 谷川 新r-l:1 字 谷. 公 LI. 谷. 逸. 底 曲. ビ 繋. -Iご 二. c谷 9 ・ 9マ. か ら. 望. 谷 谷. 時. 9息 の. 悶 磨 た. い ゜ だ. 高 時. ll. w� 『. 堺. ヘ. の 名 を 継 シ ぃ ヤ ナ ギ ヤ. I. の だ. し、 だ ゜. • 印 は 名 の変更があ っ た 家. - 32 -. 谷. ―. 谷. 谷. 日ー l� 負. の ダ 神 リ ! ! と を. し 人 て れ 祭 た゜. 合. 燈 時 ト 明 ケ キ 田 谷 の は x い 家 う の 醤 の 屋 名 号 ,. 塁. な:. つ い て だ゜ ’. し. �. u. i. 人 の と 裏 し に て. 継 る゜ ‘. し. ゜. だ. I. 代増 々. 棗に. 代 つ て. I 蘊緊 し. 備. 9. ゜. だ. あ. 召. 考. 第 2表 一 幡神社お梱様神事関 係 ―― 十八名. 十. 野本.
(19) 重要である。神霊飛来地と各屋敷間の距離はおのおの約. 10 0 認ほど であ る。 その位置 関 係 か ら し て、 飛来 神. 地を中心として、みごとにその東西に位置 している点が. は、当初両家の氏 神として祭られた可能性 が大きい。 原. は、毎 日馬の背で米を相良に運 んでも蔵の米がなくなら るなど と言わ れ、かつ て大きな財力を持っていたと伝え. 初においては、飛来伝承地に御仮屋を建て、両家が交互. なかったとか、相良の町まで他人の土地を踏まずに行け られる。 ドンダ リがその経済力を以って 、燈明田その他. �へ. 菅 ケ 谷川. 増 田 修治. ロ 神霊飛来 伝 承 地 (扇ケ谷). 章家の 元屋敷が増田. 「 名連」は、神事や、神事にか. 大分散のプ ロセ スが窺 える 。. ている形跡などからも、名の拡. 伴う分 家の形で 「原」に進出し. 本家の逸見 信吉 家から原開拓に. ―一番名の逸見 勝男家が 移り、+ ―. 田開発にかかわって 「 新田 」に. 和 之家の裏にあり 、そこから新. 名の八木. いったものと考 えられる。― 一番. え、 祭 祀 組 織 が 拡 大 充 実 し て. に 遷 座 し、 次 第 に 名 の 数 が 増. えら れる段階で現 一幡神社々地. 神から ムラ全 体の鎮 守として迎. 。 この飛来神が、 両家の氏 る ほど である( 第 1図 参 照). において一 幡神社の祭 祀を 中心的に支えて きたことはま. 且. - 33 -. に本名相名を務めるような形があったことを想定せしめ. .lL. ち がいない。. 土 『. 何より も、増田和 之家、増 田修治家が、神 霊飛来伝承. ff �(�. u. 川Ur ‘ . ". JU. .lt. ー 虹. ゞ. . 増 田和之. ロ. 一幡神社関係概念図 第1 図. 』 .11. 1991. 7 3巻 1号 文学 ・ 芸術 ・ 文化.
(20) 神事、行事に 協力する家の ことで、 これも 世製である。. か わる年中行事などに際して特定の名の家と組を なし、. 番名 ) 、水 野隆之(三番名) 、大向 II川田博一 ・述池堅次. • 紅林. ―一番名) +― +番名)・逸見信吉 ( 寛、 下谷川II植田軍宏 (. 川田金松(七番名)・増 田和 之( ニ 11. 本名と相名は対等であり、 二十八 名がおのおの名連を持. 増 田基志(ド ンダ リ分家)。十 九 司 •菅沼和 平、新 田 II. + 二番名)・山崎敏 、時 ヶ谷 11高塚市丸 ( + 一番名 ) 郎 (. ③• 古例祭次第. 戸 の名連の中で九 戸が名である。. 実、 高 和. 連の関 係の基点 は 「地 縁」だと言 われ、土地の譲渡、貸. つのであるが、その名連の数は一 定してい ない 。名と名 借などの関 係だと言われてい るが、それの みとは限らな い 。―― 十 八 名の中の名同士が、 互い に名連になりあう場. 本名 ・相名 ・名連全 員が集合 し 一月四 日 ・シ メオ ロシ 11. を以下に 記す。. お榊様神事とも呼 ばれる古例祭関 係の行事内容 の要点. するとい う立場 から、総ての名の名連と して 二十七の名. 話人の増田和之家の場 合、常に お榊様神事全体の指導を. て以下の作業を行う。. ンダ ワラ)を吊るす。出入門は二本の竹を門状に立て. が相良の浜に誤ぎに赴い て渚から迎えたシ ョグ サ (ホ. 34. 合もあり、名、名連関 係の構成 要因は複雑 である 。大 世. の 家に か か わり を 持つ 。 ド ンダ リ、 増 田 修 治家の 場 合. が本名の時には当然増田修治家が相名を務めて水島家と. るのであるが、その根本に は前 日相良の浜から迎 えて. 戸 ・西砥・出入門に張る。注連縄には、前日本名 ・相名. か か わる。 )を除い た残り の 二十二名 の名連となってい. m注辿縄八本を作り、 御仮屋 ・洒蔵• 本名相名両家の井. る。 この数は増田和之家に 次ぐもので、ド ンダ リの指導. は任 ③古例祭に 用い る神酒の澗酒を仕 込む。洒仕込みの中. 場合は直ちに 作り 直す。. い てみて異常の有無を点 検する 。微などの異常がある. ②前年の二月十一 日に祭り込 んだお榊様( 御神体 )を 開. きた清浄な砂を山 状に盛る。. • 川田才次郎• 川田亀次• 川田鉄男• 竹内桂舟 .栂林. る 。上 谷川II紅林幸太郎 (六番名 )・菅沼惇志(六番名). ド ンダ リ ・増田 修 治家の 名 連 は 次に 示す 十 九戸 で あ. 八戸 の名とかかわるなど、 名同士のかかわり は多い 。. 的立場 を示すものでもある。他に も、蓮池堅次郎家が十. は、 八 番名増田金 一・増田徳平、十三 番名逸見信吉 ・逸. 野本. 見勝男、それに、自 家の属する名の水島欽一 家(水 島家. ト ー. 稲作信仰論ノ.
(21) よって得た火 でこれを炊く。 白飯 ― 一斗 二升 ‘糀五升 ‘. 仕 する 。 燈明 田で 収 穫し た ウル チを 用い、 揉 み火 に. 族 中から 選ばれた両親健在の若者六人が窟番として奉. 者は相名で、米 研ぎ飯炊きなどの仕事には、名連の家. たことと、村 の生活が変化して、日を固定しておかない. 祭日が 旧暦一 月十 日であったのを新暦 の 二月 十 日に改め. 郎氏 は、シ メオ ロシの日程変更について 「 こ れは本米の. いう、神 酒醸酵の絶対時 間によるものである。中村 羊一. は、酒の仕込みと、その仕Lり を待って古例祭を行うと. かま. 酒粕 三キ ロ、水 三斗、乳酸 五 O CC を 用いて膠を作 る。. と共同 の仕事 が で きなくなってし まったこ とによる。」. 要な鍵になっているのである。. たのであり、 実はこの事が、お榊様神事の本質を解 く重. と述 べている。たしかに、古例祭は原初一月 十 日であっ. ( 22 ). 櫂入れは 相名が行う。 ④シ メオ ロシ 以後二月十 日の古例祭の朝まで本名相名は 毎朝水垢離 をとり、御仮屋に参拝 する。. 「月」 ハロII 税務署による神洒検査. - 35 -. シ メオ ロシの日どり には数回の変 遷があった。 旧暦十 一 月 中の 午の 日↓十二月 二の午の 日↓一 月の二の午の 日↓. 二月八日 11酒搾り 、四斗四升 。この日、 翌日に使う道具. ▲写真⑱ 揉み火を邸巷 に受ける. 一 月 四日、 と い っ た変 化が 見 ら れ る の で あ る が 、 こ れ. ▲写真⑰. 1 991. 7 3巻1号 文学・芸術 ・ 文化.
(22) 類を洗い整える。 11 以. 間餅の投げ合い が行わ れる。 他にノ シ餅三升 ―臼が掲. か れる 。. ①一 同昼食を終 兄、大世話人 ・磁番は再度揉み火を起こ. 二 月九 日午 後. 二月九日午 前 下の営み・作 業が. 以下の作 業・儀礼等が行わ れる。 11. 行われる。. し、 御本飯 (後述 ) 用の餅を拇く。. 床の間の前で新 旧本・相名が対座し、 三々九度の杯で. 次期)の本名 ・相名が羽織、袴で本名宅を訪れ、 ②新 (. 年番引継式を行 う (写真⑲)。. 掲き手となり、二 人ずつ交替で左がまえで拇く、手が. ③御本 飯八升 一臼を拇く。 鼈番かこれに当たり、 四人が. 人 は 羽織袴 で 赤 欅を か け 、 幣 束 を 左 右 に 振 り な が ら. えしは二 人ですべて 口に榊をくわ える。 この時大世話. 式 山本名•相名 ・鼈 庫 番六人 はこ の 日 弓 番 早朝、相良の洵 年 岸に赴き、全裸 ⑲ 真 で楔ぎを行う。 写 ▲ ②諸造具を洗い、 庭に梨を敷いて. 「 エイト 」「エイ ト 」と掛 け 声を 掛ける。こ の こ とか. 臼を据 をる 。. ③大世話人と磁番. らこ の 餅をエイト餅ともいう。拇きあげ ると、これを. | 「イガ モ チ」「ザン モ チ」 と呼 ばれる 餅を 棉く。モ チ. 栗のノ シ板にのせ、二 枚のノ シ餅とする。. が一 室に籠って. 火したものを軽木 を包みこんだ邸 ツト に受けてこれを. 米 一斗二升 、ウル チ米 三升 を五 臼にして拇き、 後に名. 揉み火を起こす。檜板と スズ竹を使って揉み続け、 発 振って火を起こし、その火を瑚に移す(写真⑰⑱)。 名連に一 枚分の餅を渡し、名辿がこれを牛の舌型にの. すべ き餅である。ノ シ餅の フチを切 り落とし、 菱形餅. 御神体 )とな ①御本飯切り。 御本飯は、次期のお枷様 (. 二月九 日夜 11次のことを行う。. 連などてに分配する。. すのであるか、途中両者の 間で餅の投げ 合いが行わ れ. ④米を蒸し、 オ シタと呼ばれる牛の舌餅を掲く。 鼈番が. ―斗二升 七臼掲かれるのであるが、 その る。 オ シタは一. - 36 -. 野本. 稲作信仰 論 ノ ー ト.
(23) にしてさらに乾 燥させ る。. 11. ②二月 十 日の古例祭準備。 古例祭に用い られ る神隈等の. 中 で、 特 に 次のも のの準 備に時 間が かか る。「八 瓶 」. かねて 用意した濁洒を八本の徳利につめ 、前 後 四個ずつ. ④栗の実 ⑤ト コ ロであ る。栗は. 11 五菜とは、① みかん. に 振り分 けて栗の木の棒に結え る。瓶の紙蓋が紙で美し ③干 し柿. く造形され る (写真⑪)。「五菜 」 ② こんぶ. 竹串に さしたもの三本をさらに輪切にした大根に挿す。. ヨリで榊の菓をし ばりつ ける。こんぶ 、ト コ ロも コヨリ. ▲写真⑪. ‘ 血・. - 37 -. 干 し柿とみかんにはおのおの細い串を刺し、その串に コ. で榊の葉に しばりつ けられ る。 いわ ば榊の葉をしばり っ. 八瓶の酒徳利の蓋を作る. 1991. 7 3巻 1号 文学・ 芸術・ 文化. ▲写真⑳ 古例祭神隈の五菜.
(24) お榊様の御渡. ぎる。準備が終るこ ろになると御本飯. の餅も乾 いてくる 。御本飯の 用意であ. の桶の底にノシ餅を敷き、大型の菱餅. る 。径五0セ ンチ、深さ二十セ ンチ程. を 六角星状に組んで間に榊の小枝を敷. きながら積み重ねて藤 災でゆわ える。. 中央に幣束を立て、周 囲には牛の舌餅. を並べ、 隙間には御本飯の切れ端をつ. 担ぎ棒をつ けて注連縄をかける。. め る 。最後に榊をかぶ せ、 中央に栗の. 二 月十日 11 古 例祭. 合、 神 隈 • 神 洒 そ の 他 点 検、 配列 確. m午 前九時、本名家へ 相名・名連全 員集. 認、 御仮屋よりお榊様を迎える。. お の を桐の 菓に盛 っているこ とにもなる( 写真⑳) 。. ① 御満登古茂 IIす ぐり絡を使って編んだ三尺に六尺の. 容 ・行列順•捧持者は次 の通り である。. 相良の浜から迎えた消浄な砂を盛り、 渡 御道中に撒い. ものと衿えられる。名辿捧持。②御砂撒 II四角の盆に. おん ま と こ も. ここ で注目すべきはトコ ロであるが、 トコ ロの食 習 ·. コモを 六尺の栗棒に巻 きつけ、上から 三• 五・七に締. ( 23 ). 食法については既に述 べたことがある 。五菜は各十五 ア ワビを戟せる。. め、シデをつけたもので、 依り代から神旗に変化した. ②十二 時 「 御立ち 」本名家より一 幡神社への行列構成内. ▲写真⑳. 個 ずつ用意して平箱の中に並べ、その上に白麻とノシ. ける形になっているのであるが、視点を変えればおの. ▲写真⑫ 御仮屋の奥に祭ら れているお榊様. ③五菜や八 瓶の準備が終るこ ろには十 日の午 前二時を過. - 38 -. 野本 ト ー. 稲作信仰論ノ.
(25) て浄めをする。 渡御関 係者はすべて相良の浜で浜垢離. 前に供える時 に使う。名連捧持。 ⑫御筵. 御盤 11名連 捧持。⑪ 御台 II御本 飯をのせて一 幡神社神. 11 名辿捧持。. をするので、その折に この砂を迎える。名連奉仕。 ③. 11 名連捧持。 ⑭衣装箱 11 名連捧持。 以上の者は. 口に榊の菓をく わえる 。この後に 来賓が続く。 旧宮前. ⑬桂箱. 四尺 の女竹の手もとに 七• 五•三の縄 結びを 11. 橋 の 鳥 居脇 に て 次 期 本 名 ・ 相 名 が 行 列 を 迎 え 、 さ ら. 御露払. 番 捧担。⑥ 御杯 窄嘔 本名が桂にて捧持。⑤御本 飯 II 様 11. した杖をつく。 氏 子総代と組長が桂にて奉仕 。④ 御梱. に、社前の鳥 居脇にて二十八 名お よび神戦がお榊様を. - 39 -. おん や へい. 迎える。. お榊様の シ バを除 く. ▲写真⑳. 11 名連捧担。⑨ 御酒桶II鼈番捧担。 ⑩. ▲写真⑮. お榊様をひ ろ げる. II角盆 にのせた杯を名辿捧持。 ⑦御八 瓶 II 相名 ·名連. 捧担。⑧ 御五菜. ▲写真⑳ 御榊様の縄を切る. 1991. 7 3巻 l号 文学・芸術・ 文化.
(26) 三に盛り つけて神前に供える。続いて牛の舌餅•八 瓶. ③+―一 時 三0分着。御本飯の荷を解 き、菱餅を七•五・ •五 菜・シ ラ オンクが供えられる。 山午後一時、祝 詞、次 いで玉串奉莫 。 ⑤午後 ― 一時 、お榊様解 毀。全 員が見守る中で、お 榊様の. 色 に な っ た 樺 の 葉 と 固 化 し た ア ラ レ状 の 餅 片 が 現 れ. 簑(後述 )が解かれる。箕が ひろげ られると中から茶 る 。アラ レ状になった神体とシ バと呼 ばれる枯菓とを より分け、 アラレを 丁寧に集 めて二つの三方に盛る。. 神. お榊様. ハI h年の本 名 家 へ. ー. JJ LI 昭和 五十 四年 ―-. 水 野家. ー. 昭和 五十 四年 JJ LJ. お阪 屋. お仮届. 菜に付 着しなくなるころ菱餅を約一 センチ立方に切り、. 十八 名および総代、来賓などに分与 アラ レの半分は 一― され、他の半分は神職にあずけられる。お榊様、 即ち. こ う して さ ら に 一 晩が か り で 餅片を乾 燥さ せ る の で あ. 経を使う。餅が乾 くのを待って榊菓に盛られた餅片を簑. 片の乾 燥が悪いと徴が生えることがあるので乾燥には神. 屋中 にその仏器が所狭しと並べられる。御神体 となる餅. 寧に並べられる。約一 千個の餅片を必要とするため、部. る 。餅片を盛った榊の葉は、二 十センチ四 方の 仏器に丁. これを、一 枚の榊の葉に三個 ずつのせる( 写真⑱⑳)。. 本名の主宰する神事・古例祭が終り 直会となる。 山 •お榊様の誕生 て、新 しいお桐様が誕生する。+日午後三時 、 旧お 榊様. に巻 きこ むのは 二月十一 日午前九時ごろ になる 。餅片は. 二 月 十日午後三時から十 一日にかけて新本名家におい. 飯をもとの形にして桶に納め、他の諸道具 とともに新本. 解 賀が終ると、七•五 •三に分けて供えられていた御本. 二尺一寸 四方の 箕 に巻きこ み、 それをハエガシラと称し. て、七•五 •三に固く縛って固定 する。そして、次 に、. 名家に運 ぶ 。 御本飯を新本名家に迎えると、新本名家では餅が榊の. - 40 -. お榊様循環 図 第2図. アラレは 子授けや安 産に効験があると伝えられ、これ. 野本. を 望む者は神職 から授けられることになる 。以上で 旧. ト ー. 稲作信仰論ノ.
(27) 3 巻1号 1991. 7 文学 ・ 芸術 ・ 文化. ▲写真⑰ 新本名宅につ い た御木飯. そ れを 、長 さ 一 認 五0 セン チ程 の 三叉枝 の 桐 の 三 叉部. れがお桐様であり 、御神体である(写真⑫⑬参 照 ) 。. に、三 叉を利用してしっかり と縛り 、注連縄を張る。こ. お枷様を一 年間納め祭る建物 を 御仮屋と呼 ぶ。御仮屋. は 切 妻 型 で妻 入 り と なる 。 妻側 は 幅 五尺 で、 入 口は 左. 側 、二尺五 寸幅。 ヒラ側 は 七尺である。柱をはじめとす. る 骨組みの木 はすべて栗の木である。棟の高さは八 尺、. 屋根は疑とする。窓や明りとり、通風口は全くなく、暗. 柱は地上 六尺 、地下二尺 の掘立式 。壁面はすべて篠竹、. < 密 閉 さ れ た 空 間 を な す と こ ろ に 特 徴が あ る ( 写真. び、古例祭の前までに用意される。新 しく誕生したお桐. ⑪) 。 御仮屋は 本名 家の 屋敷 近く の 風通しの よい 所 を 選. 様は、この新しい 御仮屋の 奥、突 き当り の妻の内側 高く. お 榊様を 御仮屋に祭りこむと、本名は毎月 一日 ・十 五. に座を占めて祭られるのである ( 。 写真⑫参 照). 日 ・ ニ十八日に水垢離 をとってお榊様を拝む。かつ ては. 十一 月初午のシ メオ ロシ以後は毎朝拝み、シ メオ ロシ・. 餅提き• 酒搾り ・古例祭 前 日・古例祭当日には相 良の浜. で浜垢離 をとってから拝ん だ。乞食に ものを恵むことも. 忌み、コノシ ロ・コ ウ ハダ ・ネギ ・油揚•豆腐を食する. ことも禁忌とするなど、本名はお榊様を祭るために厳し. - 41 -.
(28) く身を謹んだのであった。. だったのである。. むろ. ノミ ア ソビケル ニ、ト リア ヘズ 弓ヲ イケル ニ、 マト ノナ. テ、 スミ ケリ。 アリッキ テ家トミ、タノ シカ リケリ。 酒. 郡 ニスム 人、 ソノ野 ニキタ リ テ、 家ツク リ、 田 ツ ク リ. 「 昔 、豊後ノ 国球珠ノ郡 ニヒ ロキ野 ノアル 所 二、大分ノ. あ った。 『 豊後国風土記逸文』 に次 の文章がある。. 餅な ら ば稲霊 を 、 粟 の 餅なら ば粟 霊 を と ど め る も の で. 餅は 元来穀霊の象 徴としての性 格を持っている。 米の. なく、 人が籠るわ けでもないが、 御仮屋の形態 の中に古. 神事の御仮屋には刈り上げ た稲 穂が籠められるわけでも. 「仮庵 」の閾係については高崎 正秀の論がある。お榊様. 「穂屋」「仮庵 」を連 想させる。 刈り上げ 行事と 「穂屋 」. 衣手 は露 に ぬれつ つ 」( 『 後撰集』 巻 六)など に見 ら れる. は、 その形態 から、「秋 の 田の 刈 穂の 庵の苫 を荒み我 が. 屋に祭り 籠らせるところにある。ここで作 られる 御仮屋. お榊様神事の重い 意義の―つは、その餅を室状 の御仮. カ リ ケル ニャ‘餅ヲク ヽリ テ、 的 ニシテイケル ホド ニ、. 代 的な籠り 屋の残像を見るこ と は可能である。. お榊様が稲霊であり、神体であることは、 餅片を 巻き. わ かる 。 榊 は 稲霊 の依 り 代 と なっ て い る の である 。 ま. 込んだ既が三 叉の榊の枝に結びつけられていることでも. 野 ニナ リタ リケル ヲ、 天平年 中 二速見ノ郡 ニスミ ケル 訓. の葉が依り代的性格を持つ場合があることをよく物 語っ. た、笠に巻 き込 む前の餅片が榊の葉に盛られる点も、木. ソノ 餅、 白キ鳥 ニナ リ テト ビサ リ ニケリ。 ソレ ヨリ後、. 遁卜云ケル 人、 サ シモ ヨク ニギ ハヒタリ シ所ノ ウセ ニケ. 次 第 ニオト ロヘテ、 マド ヒウセ ニケリ。 アト ハムナ シキ. ル ヲ、 アタラ シト ヤ思 ヒケン 又 ココニワタ リ テ田ヲツク. 松迎へ とい ふ 行事 は、 い づれ の山 間 る。 折 口信夫は、 「. 個に及 ぶ在の目餅に切って祭るところにも重い意味があ. ところで、 御本飯を大きい菱餅のままで祭らずに、 千. ている。. リ。し 1. でも、 年の暮れの敬虔な慣例として守られて 居ます。お. キ オ ソレ テ、 又 モ ッ ク ラ ズ ス テ ニケリ ト 云 ヘル 事 ア. リタリケル ホド ニ、 ソノ苗ミ ナ カレウセ ケレバ、 オド ロ. 記逸文 』にも見える。 また、静岡県 賀茂 郡南 伊豆町伊浜. ろすというてきることは言 はない処に縁起がある如く、. 山 城 国 風土 餅が 白鳥 と化して去 る話 は他 に 『. 没落 し て し ま っ たと 語り 伝え て い る 。 餅は 穀 霊 の 象 徴. には粟長者の伝説があり、 長者が粟の餅で壁を塗ったら. - 42 -. 固 •お榊様神事の意義. 野本. ( 24 ). ト ー. 稲作信仰論ノ.
(29) 3 巻 1 号 1991. 7 文学 ・ 芸術 ・ 文化. は鼻 濁音 )などと 一頬の語で、分裂させる義で、ふ ゆ・. はやすと言ふ のも伐る事なのです。 はなす• はがす(が. 賀 砒昨の腹に宿った小蛇を浄き杯に入 れたり 梵に入 れた. り」に ほかならない。 『 常 陸風七記』那賀郡の条に、怒. 稲霊 の 籠 屋に 一年 間鎮 まる こ とに な る。 こ れは また 「. りすると一 晩の中に成 長して器からはみ出す話 がある。. ひらか. ふ やすと同じく、霊魂の分裂せる義で、ふ ゆ•ふ やすと 同 じく 、霊 魂 の 分 裂を 意 味 し て ゐる ら し い の で す :· …. や大音 声で盛. ユ」である。「囃 子 」が 「ハヤシ」と 読ま れ、鳴り も の. 仮屋に籠り続けることによって分割 さ れた稲霊を さらに. 例として特に往目す べきものである。お榊様の稲霊は御. 襲うものであるが、お榊様神事は稲霊 の籠り 、増殖の事. 殖・再生といった信 仰 原 理は稲作以前からの信仰伝統を. ( 26 ). ることができることを語る伝説だと説く。籠り による増. 高崎 正秀は、こ れを 、 籠る ことによって霊力を増大させ. り 立てること. 増大強 化し 、 より 新 し い 稲霊 と し て 復 活 し て ゆく の で. ( 25 ). 刻んで祭ることは、まさに 「 稲霊 の ハ ヤシ 」であり 「 フ. …。 」と述 べている。大型菱餅である御本 飯を賽の目に. を意味するの. あった。この神事を綿 々と 循環継続してきたところに稲. 体 )となる べき御本飯を神瞑のごとくに扱う部 分が見ら. れ、窓のない. 固く巻 きこま. 社の神霊をより強力なものとして稲霊に 重ねて ゆこうと. は、稲霊 の象 徴たるお榊様を誕生させるに際し、一幡神. 内容 、 祭 祀組 織 な ど を 見 れ ば明 ら か で あ る 。 現在 の 形. 現在この神事は 一幡神 社 と深くかかわり、お榊様(神. れるが、本来は一 幅神社の神観念とは 別な ところで典民. べきであろう。. の豊穣を祈 る農民の願いの凝ったこの神事の本質を見る. (27). は霊の分化・. 49 I J •. 囮1. た れ 一 拡大の意味が ら る あったのだっ 盛な こ こt こ°. 葉様 分 割さ れた の榊 榊お _ 稲霊 の象 徴で. の手による稲霊 の祭り として発生してきたことは神事の. . . -• -•. は、四の中に. ある孜の目餅. ⑳ 真 写 ▲. 密 室的な御仮. - 43 -.
(30) 日という 日は稲作農業 にとって重要な日である。. 一. は 旧暦一 月十一日であったとい う ことである 。じつは一 月十. を行う地は多 い。菅ヶ 谷地 区ではこれをタブ チコウ( 旧. この 日に春 田打ち 、作り初めなど と称して 田の耕 起予祝. こす。早稲 •中 稲・ 晩稲の意味だ という。土を起こした. 打 講 )と呼 び、この 日の朝、田に赴き、 田の土を三鍬起. ところへ 薄と萩 と松を立て、洗 米と焼餅を供えて豊作 を. 長崎県対馬 豆酸は赤米栽培で知ら れるが、その赤米は. 祈り、焼 餅は持って帰る。. 観音堂の寺 田と多久 頭魂神社の神 田で栽賠されてきた。. 当 地ではその赤米の籾を神体 として頭屋の天井に吊り 下. げ て祭り ( 写 真⑳ ) 、 頭屋の 受 け継ぎをし てこれを守 り. 続けてきた。赤米及び頸受けの実際については城 田吉 六. 受 け 頭」 ( 新 頭屋) 日か ら 始まるの である が、 実際 に 「. ( 28 ). 八 幡神社境内社の甘 ノ宮に祭られる稲霊 と、 八 幡神社の. 氏の詳 細な報告 がある。頭の引きつ ぎ儀礼は 旧暦一 月十. 家であった。その年を基準 にしてお榊様の循環を図示し. で、その年の本名は水野家、新本名はド ンダリ増田修 治. かう 。沿道の 人びとは土下座で拍手して御神体を拝 むと. 「 お守り申 す 」役に背 負 われて 受 け 頭の 家へ 向 ろ され、. 旧頭屋)の天井に吊られた赤米の俵が下 一時 、晴れ頭 ( ―. 日となる 。十 一日午 前. 一. たのが第 2図である。このようにしてこの神事は守り継. を過 ぎる。こうして、新当 屋で祭られ、 旧暦 四月の、田. ―一時 いう。受け頭の家の天井に御神体が納まるのは 午前―. に御神体 が到着するのは一 月十. がれてきたのであるが、ここで注目す べきことは 、新し. 筆 者が お 榊 様神 事 に 侍 し たの は 昭和 五卜 四年 の こ と. 示すものと見 ることができる。. 関 係と類似しており、信仰の発生と展開の―つの類型を. する 心意が見られる。この形は、先に述 べた、 石見山 中. ▲写真⑳ 赤米の御神体 ー 長 崎県対馬豆酸 —. い お 榊様の誕生と御仮屋入り が現在は二月十一 日、古く. - 44 -. 野本 ト ー. 稲作信仰論ノ.
(31) 籾俵は、寺田 様・天道様など とも呼 ばれ、神体 として祭. 植前 四十五 日に種お ろし が行わ れるという。 この赤米の. が一 月十一 日だ という共通点 を持つ ことである。. 月十 日から十一 日にかけてであり、 実質的な交替、移動. く べきこ とに 、頭屋の交替、御神体の移動の 日が 旧暦一. 一 月十一 日が春 田打ち 、田打講として 軍要 な日で ある. られるので ある が、俵に詰めて籠らせ 祭る点、頭屋の引 きつ ぎが厳正な こと、 御神体 としての道中 がある こ とな. 予祝 行事の重要な 日になったかについては、い. こ とは先に述 べたが、 この 日がな ぜ春田打ち という稲作. ▲写真⑪ 新 し いお榊様を迎える御仮屋. ど、お楯様神事 との 共通点 が多い。そして、何よりも 驚. ま―つの一月十一 日の行事「蔵開き」と併せて. ( 29 ). 考えてみる 必要 があろう。 その蔵開きについて. ――千 夫 は 注 目 す べ き 見 解 を 示 し て い る 。 牛尾 ―. 「正月十 一 日を蔵 開きと称して初めて蔵の戸 を. 開けるようになったのは、塗り込 めの蔵になっ. て か ら の こ とで ある 。 こ れ は 静 か に 眠 ら して. あっ た種籾ーーー今年の稲の種子にしよう と云う. その種籾を取り出して、正月の寒水に浸す 日で. あっ たろう。もっ と古くは元朝の若水に浸すの. が稲作 の原義 であり :· :· …」ー' |豆酸の種籾下. しは 四月 で あり、お榊様神事の神体は餅である. ため、両 者とも 種籾下しと直接かかわるもので. はない が、 ともに春田打ち ・蔵開きといった稲. 作 にとっ て重要な 日に稲霊 の再生を象 徴する行. 事を行っ てきた点を見 逃すわ けにはゆかない。. - 45 -. 1991. 7 3巻1 号 文学 ・ 芸術・ 文化.
(32) の. 後 体 戸 に に と 見 つ は‘ り い れ て‘ 寺 る 院 — そ の 後 れ. ゜ 門 神 は 常 行 悶 米. L. 堂 後 F' に 置 か. ‘. 奥 お 能 登 の. を 小 田 雄 三 氏 の. 五 代 世. 出 の. 戸 ヒ と 関 連 さ せ て 考 ぇ て み た と い ぅ. � 紐各- - ., ��� ▲写真⑫ 種籾囲い ― 滋賀県高島郡今津 町 _ 寺 め‘ こ 米 院 小 秘 分 後 堂 の と を の 田 所 で‘ に 舎 — 摂 を 納 後 氏 で 当 の め 戸 は‘ あ 寺 た 後‘ 常 津 る° 院 る 行 勝 確 置 に の 部 背 堂 尾 か く 稲 寺 れ た 出 挙 米 で. ( 30 ). としている。高取正男は、一 般に、後戸 に、摩 多 羅神・. 執金 剛神・赤山明神などの強力 な障凝神が祭られるから. そ こが秘所となるのではなく、後所の空 間的特色がそ う. した障凝神を引き寄せたのだとし、さらに、後 戸は日本. の 民家における、 最も閉塞性 の強い納戸の系譜を ひくも ( 31 ). 究をふまえての発言である 。石塚氏は、密閉性の強い納. ( 32 ). のだとする。高取、小田氏 ともに石塚尊俊氏 の納戸神研. 戸が穀霊 誕生の場であるとし、その管 理者 は 主婦である. とする。また、納 戸神 は穀霊であり、それは倉にも祀ら. れたという。. 寺院の後戸に貯蔵され、寺 院 の呪力、護法師の 呪力の. ついた出挙米 を種籾として給付するとすれば、たしかに. そ れ は 稲作 農 民に と って 豊 穣 を 約束 さ れ た 強 力 な稲種. だ ったにちかいない。そして、そうした事例が存在した. ことは否定できない。 民俗は常に多様であ り、そうした. 事例を生 むとともに、ま た別な系譜の展開も存在したは. ずである 。民間において、稲種 が納 戸において守られる. 巾 例があ ったと同時に、け阻から離れた場所に祭り守ら. れる場合もあ った。例えば、滋賀 県滋賀 郡志賀町・伺高. ( 33 ). 種籾囲い 」 籾 1 グ ラ」 島 郡今津 町など に は、 屋外 に、 1. と称する小型の高倉で種籾を保存する事例が多 い 。例え. - 46 -. 出 御. の. な 御 神 体 と な る° と す る 信 仰 心 意 が こ 永 松 (6) • 敦 後 氏 p は‘ と 穂 山 倉 中 八 幡 神 社. 行 事 の 根 底 に あ つ た は ず で あ る °. こ 農 こ 耕 で 儀 礼 も ア 籾 が エ 俵 ノ に コ 籠 卜 る に 間 に い 増 お て 殖 も 力 種 を 籾 養 俵 う が は な か つ た か. 野本 ト ー. 稲作信仰 論 ノ.
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