災害避難シミュレーションの実証展示に関する事例報告
A case report on an exhibition of disaster evacuation simulation
辻順平
1,2*山下倫央
1,3野田五十樹
1,2Junpei TSUJI, Tomohisa YAMASHITA and Itsuki NODA
1
産業技術総合研究所 サービス工学研究センター
1
Center for Service Research, National Institute of Advanced Industrial Science and Technology (AIST)
2科学技術振興機構 戦略的創造研究推進事業 CREST
2
CREST, Japan Science and Technology Agency (JST)
3科学技術振興機構 戦略的創造研究推進事業 さきがけ
3
PRESTO, Japan Science and Technology Agency (JST)
Abstract: This article reports a case study of application of multi-agent evacuation simulations for
disasters. We developped a system to assist understanding importance of trainings and thinking evacuation in each area based on exhaustive simulation of all combinations of conditions. Our system is displayed as an exhibition in a museum under a collaboration with "Nigechizu" project, in which local residents join to develop a map for evacuation from disasters. We analyzed log data of the usage of the simulation system for future improvements.
1 はじめに
災害が起きたときに,「逃げ道」を考えるのでは遅 い.日頃より,街の危険なポイントを理解して,安 全な避難経路を確保したり,それができない場合に は,確保できるように街を改善したりといった防 災・減災の計画を立てることが重要である. 津波の避難においては,道路・橋梁の通行状況, 滞在人口の多寡,津波避難施設の有無等の多様な要 因が影響するため,効果的な防災・減災の計画策定 は容易ではない. 防災・減災に向けた計画策定をより客観的に網羅 的に行うために,シミュレータの援用が必要である と考え,我々はこれまでマルチエージェントベース の避難シミュレータ Crowd Walk の開発に取り組ん できた. 一方で,近年では「共助」や「自助」といった考 えに基づき,市民自らが自分たちの街をより安全に していこうという動きも広まりつつある.上で述べ たシミュレータは,こうした取り組みの支援にも応 用できると考えた. そこで,本研究では,公共空間で誰もが自由に利 用可能な展示型シミュレータの開発を行った.単に シミュレーションを上映するだけでなく,利用者が 自らの手で街の改善を施すことができ,その結果を リアルタイムで見ることができるようなインターフ ェ ー ス を 用 意 し た . こ れ が NIGECHIZU SIMULATOR である. 本稿では,この NIGECHIZU SIMULATOR を金沢 21世紀美術館に半年間展示することができたので, その事例を報告したい.原稿執筆時点では,半年間 の展示期間のうち二か月程度が終わっているが,こ の時点における来館者の利用データと彼らの反応に ついて本稿では述べたい.2 歩行者シミュレータ CrowdWalk
CrowdWalk は,山下らが開発した一次元歩行者モ デルを仮定したマルチエージェント型の避難シミュ レータのことである [1]. CrowdWalk においては,エージェントが移動でき る空間である道路や交差点は,ネットワークのそれ ぞれリンク,ノードとして定義される.実装方法の 詳細は文献に譲るが,エージェントの避難行動は, 予め設定されたゴール地点に向かって最短経路をと るように移動する単純なモデルを仮定している.3 NIGECHIZU SIMULATOR の概要
NIGECHIZU SIMULATOR は,津波避難シミュレ ータである.単にシミュレーションを見せるだけで なく,親しみをもってもらうためにゲーム形式をと っているのが特徴である. 今回は,展示される美術館の周辺地域である金沢 港付近の津波からの避難を扱った.港周辺の約6,000 人の避難者を安全区域まで短時間で逃がすような効 果的な道路補強案を選ぶことが,本ゲームの目的で ある. 用語の定義 「来館者」 NIGECHIZU SIMULATOR の利用 者本稿においてシミュレータの利 用者は美術館の来館者であるため, このように呼ぶ. 「安全区域」 標高 2m 以上の領域. 「要避難区域」 標高 2m 未満の領域.金沢市の設 定する浸水想定区域とは異なる. 「避難者」 要避難区域にいる住民.マルチシ ミュレーションシミュレーション におけるエージェントに相当する. 「通行不能な道路」 避難者が通行を避けるリンクのこ と.河川や水路、暗渠の周辺に相 当するリンクが該当する. 「補強候補」 来館者の補強により,通行不能で なくなることのできる道路. 11か所設定されている. 「道路補強案」 来館者が選択した補強候補の組. 「避難ポイント」 安全区域と要避難区域の境界に位 置する交差点ノード. ゲームの流れ ゲームは,来館者が「街の防災担当」になって, 住民の避難を改善するために,街の補強工事を指示 するという設定で始まる. 来館者は,設定された補強候補の中から数か所を 選択して補強が可能である.選択が終了すると,そ の補強工事が実行された上で避難シミュレーション が開始される.すなわち,選択された道路が通行可 能となり,それ以外の箇所が「通行不能な道路」と なる.補強の如何によって,避難者が通行可能な道 路が変わり,それによって避難時間が変わる. シミュレーションが開始されると,避難者は以下 の項で示すようなシナリオに基づいて避難行動を開 始する.住民全員が避難完了し終わるまでに要した 時間を「避難時間」とする. 来館者の目的は,もっとも避難時間が短縮できる ような道路補強案を決定することである.Fig. 1 NIGECHIZU SIMULATOR の動作例
避難シナリオの設定 地震による津波を考慮して,到達するまでの間に 避難者が安全区域まで避難する,というシナリオを 設定した. 避難者の初期配置には,金沢市の提供している人 口分布データを用いた.金沢市のデータベースには, 町丁目単位で人口の値が提供されているため,これ を同じ町丁目に属するリンクに均等割り付けした. 避難者は,通行不能な道路を避けつつ,初期配置 にもっとも近い避難ポイントを目指して避難行動を とる. 補強候補は,Fig. 2 のように全11か所を設定し た.うち6か所は避難時間に大きく影響を与えそう な箇所,残り5か所はさほど避難時間に影響を与え ないと想定できる箇所に設定している.来館者は, うち3か所を選択可能である. Fig. 2 補強可能な11個所 上記のシナリオでシミュレーションを行った結果, もっとも避難時間を短縮した道路補強案は,3,4, 5の補強候補を選択した場合で,この場合の避難時
間は16分30秒であった.逆に,最も避難時間が長く なってしまった道路補強案は,1,2,9の補強候 補を選択した場合で,避難時間は 25 分であった. シミュレータの要件 展示システムの待ち時間は,全体で2分程度が望ま しい.それ以上待たせると来館者が飽きてしまう恐 れがある.一方で CrowdWalk によるシミュレーシ ョンの計算は,今回の規模では一回につき 5 分以上 かかる.よって,表示の度に毎回一から計算してい ては,2 分以内に表示が終わらない. そこでシミュレーションの計算はすべての道路補 強案に対して予め計算したものをデータベースに保 存しておき,必要なときに取り出す方法が考えられ る.一方でこの方法は,道路補強案が増えたときに は困難である.考慮すべき要素を増やしていくと, 組み合わせ論的に増えていってしまうからである. 現行のバージョンの NIGECHIZU SIMULATOR では,11か所の補強候補から3か所選択するため, 165の道路補強案に対して計算する必要がある (各パターンに対して試行は1回ずつ行っている.) 今回は道路補強案の数がさほど多くなかったため に前者の方針をとることができたが,今後数が増え たときに,どのように効率的にデータを補填してい くべきか考慮する価値があると考える. 主要な機能 NIGECHIUZ SIMULATOR のシミュレーションを 表示するために VISHOP (Visualization and
Interactive Simulation by Heuristic and Optimized Precedence) と呼ぶバックエンドシステムを構築し た.以下では,VISHOP の主要な機能について説明 する.大きく以下の3つの機能に分けられる. 1. 計算サーバー 2. データベースサーバー 3. 表示クライアント Fig. 3 シミュレータの主要な3機能 計算サーバーでは,先の項で述べた Crowd Walk を用いて,予めすべての道路補強案に対して網羅的 なシミュレーションを行う.その実行結果を KML (Keyhole Map Language) という GIS に表示可能な
データ形式へと変換したのち,データベースサーバ ーへと格納される. データベースサーバーは,クエリーを投げると, 適切な KML を返すようなアプリケーションサー バーである. 表示クライアントは,データベースサーバーにク エリーを投げて KML を取得し,その KML をブラ ウザ上で動作する Google Earth 上に重畳表示する ものである.Google Earth の実行には,ブラウザで 利用可能な JavaScript API を用いた.Google Earth では KML の TimeStamp 機能を用いて,アニメー ション再生することができる.
4 美術館の展示と来館者の利用
金沢21世紀美術館の展示として置かせてもらい, 約二か月間の来館者の利用ログデータを取得するこ とができた.利用回数の総計は現時点で 4,173 回で ある. Fig. 4 展示の様子 (手前にある台が利用者が触る操作パネル) Fig. 5 は,日付毎の利用回数をプロットしたもの である.土日に利用が多く,平日に利用が少ない傾 向がみられる(利用回数が 0 になっている点は休館 日である).公開直後の利用回数に比べ,後半の利用 回数はやや減少傾向にあるが,おおむね一定数の利 用があるようである. Fig. 5 日付ごとの利用回数 (2015-11-01 から 2015-01-29 まで)以下の Fig. 6 は,来館者によって選ばれた道路補 強案とその回数を示したヒストグラムである.もっ とも選ばれた案は,1,9,11の補強候補を選択 したもので,これは避難完了時間としては,もっと も悪い部類に入るものであった.全体として,分布 の形状はロングテールになった. Fig. 6 選択された道路補強案のヒストグラム 以下の Fig. 7 は,11の補強候補に対してそれぞ れの候補が選択された回数と割合を示す図である. Fig. 7 各補強候補の選択回数 来館者の選択の傾向としては,大きく2通りある と考えられる.1つめは,上から順に適当に選択す るような傾向.すなわち1,2の補強候補が多く選 択される.もう1つは,内包する「通行不可の道路」 が多い補強候補を選択する傾向.この場合2,5, 7のような補強候補が数多く選択される. ログデータからは,利用者がどのような選択をし たのかは取得可能であったが,一方でその意図はわ からない.たとえば,今回の舞台となった金沢港周 辺に住んでいる人ほど地域特性についての情報量は 多かったはずであるが,こうした来館者の持つ情報 量の違いによって選択の傾向が異なるはずである. しかしながら,現状では来館者がどの地域に住む人 かどうか判断できない.また,適当に選んでいる人 とそうでない人をログデータから判断することはで きないという課題も存在する.